(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
温度Tにある電気抵抗値Rの物体は熱雑音(ジョンソン雑音)電圧を発生する。この熱雑音電圧は、一様な周波数スペクトルを持つ白色雑音である。熱雑音電圧の二乗平均値<ν
2>は次のナイキストの式で表される。
<ν
2>=4kTRB (1)
ここで、上式中、kはボルツマン定数、Bは測定帯域幅である。(1)式は、抵抗体の発生する熱雑音電圧の二乗平均値<ν
2>を測定することで、抵抗体の温度Tを測定できることを示している。この原理に基づき、熱雑音温度計は抵抗体の温度Tを測定する。
【0003】
電気量測定は古くから発展してきた技術であり、誤差の小さな精密計測が可能である。
図13は、各種精密温度計測方式の適用温度範囲を示す。
図13において、[]内は典型的な測定誤差、上部には代表的な温度定点を示す(非特許文献1から作成)。
図13に示すように、熱雑音温度計測法によれば、他の精密温度計測法と比較して、極めて広い温度範囲で10-50ppm程度の極めて小さな誤差で精密な温度測定ができることが知られている。例えば、水の三重点である0℃付近では音響気体温度計測法や定積気体温度計測法でも極めて精密な温度計測ができるが、熱雑音温度計測法によれば、水の三重点の温度計測だけではなく、音響気体温度計測法や定積気体温度計測法では計測できないAl、Ag、Cuの各凝固点の温度も熱温度50ppm以下の極めて小さな誤差で温度計測ができる。従って、熱雑音温度計は、広い温度範囲で高い精度で温度測定ができるという特長から、温度標準や温度計校正などの精密温度計測分野で利用されている。
【0004】
上記の熱雑音温度計では、温度計測対象の抵抗体(抵抗センサ)の雑音電圧を正確に測定するにはケーブル、増幅器、A/D変換器などで構成される測定系の特性に起因する測定誤差を排除しなければならない。そのため、抵抗センサの温度測定前に、抵抗センサの雑音電圧と同等の特性を有する基準雑音電圧波形に対する測定系の応答を評価し、測定系の校正を行う。
【0005】
校正実行時には、抵抗センサの雑音電圧と同等の特性を有する基準雑音電圧波形を発生する基準雑音電圧発生器を二系統の伝送経路(増幅器とA/D変換器からなる伝送系が二系統)を備える測定系に接続し、それら二系統の伝送経路を別々に経た二つの基準雑音電圧の相関をデジタル信号処理部により計算し、測定系の特性を評価する。その後、抵抗センサを特性評価後の上記測定系に接続して、熱雑音温度測定を実行する。
【0006】
従って、抵抗センサの雑音電圧を正確に測定するためには、測定系の校正実行時に用いる基準雑音電圧発生器は熱雑音温度計の重要な構成要素である。この基準雑音電圧発生器は、正確に計算可能(波形が高い精度で決定されている)な周波数スペクトルを持つ擬似雑音波形を出力しなければならない。擬似雑音波形は、抵抗の熱雑音と同じ白色雑音であることが望ましいが、計算可能であれば厳密な白色スペクトルを持つ必要はない。
【0007】
基準雑音電圧発生器としては、例えば
図14のブロック図に示す基準雑音電圧発生方式の構成のものが、米国のNISTにより開示されて現在広く用いられている(例えば、非特許文献2、3参照)。この基準雑音発生器100は、Σ-Δ変調を利用して擬似乱数列を生成するコンピュータ101、擬似乱数列を検証する高速フーリエ変換器102、擬似乱数列から雑音電圧波形を合成するパルスパターン発生器103、及びパルスパターン発生器103からの雑音波形を精密に量子化して基準雑音電圧を出力するジョセフソン接合アレー104からなる。この基準雑音発生器100では、基準雑音波形の精度を保証するために、擬似乱数列の周波数スペクトルが高速フーリエ変換器102により検証されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、
図14に示した基準雑音電圧発生器100では、ジョセフソン接合アレー104における入出力信号間のクロストークにより、入力信号が基準電圧出力波形に結合することで基準雑音波形精度が劣化し、測定誤差が発生し温度測定精度が制限される。
【0010】
また、基準雑音温度発生器では、基準雑音電圧の電圧スペクトル密度は測定温度に対応するように制御しなければならない。また、測定中の抵抗センサの特性変化に追随して電圧スペクトル密度をリアルタイムに微調整しなければならない。
【0011】
しかしながら、
図14に示した基準雑音電圧発生器100では、基準雑音電圧波形の電圧スペクトル密度を変えるには、パルスパターン発生器103への入力擬似乱数列を計算し直す必要があり、この擬似乱数列の生成・検証計算には膨大なコスト(時間、計算機使用料)を要する。例えば、一つの測定温度点のための擬似乱数列を生成、検証するには、コンピュータ101及び高速フーリエ変換器102に、最高級クラスのワークステーションを用いて数日の計算時間を要する。実際には多くの温度点を測定する必要があり、その都度基準雑音電圧スペクトル密度の値を対応する値に制御しなければならない。
【0012】
また、精密測定ではドリフトによる抵抗センサの特性変化に追随して基準雑音電圧スペクトル密度をリアルタイムで制御するために、基準雑音電圧スペクトル密度の短時間でのプログラマブル制御を要する。しかし、従来方式では擬似乱数列生成・検証の膨大な計算コストのため、基準雑音電圧スペクトル密度をリアルタイムで制御するのは困難である。
【0013】
また、パルスパターン発生器103には、必要な帯域で高速・大容量のメモリを用いる必要があるが、このようなメモリは極めて高価であり、市販されているものの価格は数千万円に上る。このパルスパターン発生器103の高価格が、熱雑音温度計全体の価格を押し上げ、熱雑音温度計の普及が進まない要因の一つとなっている。
【0014】
本発明は以上の点に鑑みなされたもので、配線間のクロストークを低減し、また短時間で電圧スペクトル密度を変更でき、さらに装置全体のコストを大幅に低減した熱雑音温度計及びそれに用いる基準雑音電圧発生器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の熱雑音温度計は上記の目的を達成するため、抵抗センサと、前記抵抗センサと同等の特性を有する基準雑音電圧を発生する基準雑音電圧発生手段と、二系統の測定系をそれぞれ経た二つの雑音電圧からデジタル信号処理により測定値を得る測定手段と、校正時に前記基準雑音電圧発生手段からの基準雑音電圧のみを前記測定手段に供給し、前記二系統の測定系を経た二つの基準雑音電圧の相関を計算して前記測定系の特性を評価させた後、測定時に前記抵抗センサからの測定電圧のみを前記測定手段に供給し、前記二系統の測定系を経た二つの測定電圧を、前記校正時に得た前記相関を用いて補正して測定値を決定させるスイッチ手段とを備えた熱雑音温度計であって、前記基準雑音電圧発生手段は、
計算可能な擬似乱数列を発生する、超伝導デジタル回路技術を用いて構成された擬似乱数列発生器と、前記擬似乱数列を構成する磁束量子電圧パルス列が所定の乱数値のときに、単位時間当たりの磁束量子数及び電圧軸方向のレベルのどちらか一方又は両方を、外部からの制御信号により可変制御される割合で増加させた磁束量子電圧パルス列を出力するパルス増倍器と、前記パルス増倍器から出力された前記磁束量子電圧パルス列を、ジョセフソン効果を利用して完全量子化及び重畳して、前記基準雑音電圧として出力する出力回路と、が同一基板上に形成された構成であることを特徴とする。
【0016】
ここで、本発明の熱雑音温度計における上記出力回路は、パルス増倍器から出力された磁束量子電圧パルス列を伝送するジョセフソン伝送線と、ジョセフソン伝送線と磁気結合され、かつ、互いに直列接続された複数の超伝導量子干渉素子からなるSQUIDアレーとからなり、前記SQUIDアレーから前記磁束量子電圧パルス列を完全量子化及び重畳した前記基準雑音電圧を出力することを特徴とする。
【0017】
また、上記の目的を達成するため、本発明の基準雑音電圧発生器は、熱雑音温度計の測定系の特性に起因する測定誤差を排除するため、校正時に前記測定系に基準雑音電圧を供給する基準雑音電圧発生器であって、計算可能な擬似乱数列を発生する、超伝導デジタル回路技術を用いて構成された擬似乱数列発生器と、前記擬似乱数列を構成する磁束量子電圧パルス列が所定の乱数値のときに、単位時間当たりの磁束量子数及び電圧軸方向のレベルのどちらか一方又は両方を、外部からの制御信号により可変制御される割合で増加させた磁束量子電圧パルス列を出力するパルス増倍器と、前記パルス増倍器から出力された前記磁束量子電圧パルス列を、ジョセフソン効果を利用して完全量子化及び重畳して、前記基準雑音電圧として出力する出力回路と、が同一基板上に形成された構成であることを特徴とする。
【0018】
ここで、本発明の基準雑音電圧発生器の上記のパルス増倍器は、擬似乱数列を構成する磁束量子電圧パルス列が入力され、所定のパルス値の時に起動されて一定周期τのパルスを発生する発振手段と、発振手段から出力されるパルスを計数し、その計数値が制御信号により指定された値に達した時に発振手段へ発振動作停止信号を供給して発振動作を停止させるカウント手段と、を備え、発振手段から磁束量子電圧パルス列の単位時間T
0(ただし、T
0>τ)当たりの磁束量子数を制御信号により可変制御された磁束量子電圧パルス列を出力する構成であってもよい。
【0019】
また、本発明の基準雑音電圧発生器の上記のパルス増倍器は、互いの出力端子が接続された複数の増幅器からなる電圧増倍回路と、擬似乱数列を構成する磁束量子電圧パルス列と制御信号とが入力され、入力される磁束量子電圧パルス列が所定のパルス値の時に、複数の増幅器のうち前記制御信号により指定された一又は二以上の増幅器に磁束量子電圧パルスを分配供給するパルス分配器と、を備え、電圧増倍回路から磁束量子電圧パルス列の単位時間当たりの電圧軸方向のレベルが制御信号により可変制御された磁束量子電圧パルス列を出力する構成であってもよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、従来の配線間のクロストークによる温度測定誤差を大幅に低減でき、これにより、熱雑音温度計の測定精度を従来に比べて向上することができる。また、本発明によれば、測定中の抵抗センサの特性変化に追随してほぼリアルタイムに電圧スペクトル密度を微調整することができる。更に、本発明によれば、パルスパターン発生器を不要とすることで、装置全体のコストを大幅に低減できる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
次に、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
図1は、本発明に係る熱雑音温度計の一実施の形態のブロック図を示す。本実施の形態の熱雑音温度計1は、測定対象の熱雑音電圧を発生する抵抗センサ10と、抵抗センサ10の熱雑音電圧と同等の特性を有する基準雑音電圧を発生する基準雑音電圧発生器20と、スイッチ30と、増幅器40a及び40bと、A/D変換器50a及び50bと、デジタル信号処理部60とからなる。増幅器40aとA/D変換器50aは第1の測定系を構成し、増幅器40bとA/D変換器50bは第2の測定系を構成する。スイッチ30は、これら第1及び第2の測定系に抵抗センサ10及び基準電圧発生器20のどちらか一方を接続する。
【0023】
前述したように、測定系の特性に起因する測定誤差を排除するため、抵抗センサ10の熱雑音電圧測定前に、スイッチ30により基準雑音電圧発生器20のみを第1及び第2の測定系にそれぞれ接続して校正を実行する。これにより、基準雑音電圧発生器20から出力された基準雑音電圧は、スイッチ30により第1の測定系の増幅器40a及びA/D変換器50aにより増幅及びA/D変換されてデジタル信号処理部60に供給されるとともに、第2の測定系の増幅器40b及びA/D変換器50bにより増幅及びA/D変換されてデジタル信号処理部60に供給される。デジタル信号処理部60は、これら第1及び第2の測定系を通して供給された二つの基準雑音電圧の相関を計算し、測定系の特性を評価する。その後の温度測定時に、スイッチ30は抵抗センサ10のみを第1及び第2の測定系にそれぞれ接続して、抵抗センサ10が発生する熱雑音電圧を測定し、更にその測定結果を前述した相関に基づいて補正することで抵抗センサ10の温度を精密に計測する。
【0024】
以上の熱雑音温度計1の基本的なブロック構成及び操作自体は従来と同じであるが、本実施の形態の熱雑音温度計1は、基準雑音電圧発生器20の構成が
図14のような従来の構成ではなく、
図2に示す実施の形態の構成とした点に特徴がある。
【0025】
図2は、本発明に係る基準雑音電圧発生器の一実施の形態の構成図を示す。同図に示すように、本実施の形態の基準雑音電圧発生器20は、パルス増倍器21と、擬似乱数列発生器22と、ジョセフソン伝送線23と、複数の超伝導量子干渉素子(SQUID:Superconducting Quantum Interference Device)が直列接続されたSQUIDアレー24とが、すべて単一基板である基準雑音電圧源チップ25に搭載された構成である。ここで、基準雑音電圧源チップ25上の各構成要素(すなわち、パルス増倍器21、擬似乱数列発生器22、ジョセフソン伝送線23、SQUIDアレー24)は、集積回路上のシールド効率が高い短距離配線で接続されているため、信号間のクロストークを効果的に抑制し、測定誤差を低減できる。なお、パルス増倍器21と擬似乱数列発生器22とは、波形発生回路を構成し、ジョセフソン伝送線23及びSQUIDアレー24は出力回路を構成する。
【0026】
パルス増倍器21は、後述する構成により、擬似乱数列発生器22から供給される擬似乱数列中の例えば論理「1」のパルスが入力される毎に、外部から供給されるスペクトル密度制御信号により磁束量子数が、又は磁束量子電圧パルスの重畳による電圧軸方向のレベルが、所定の単位時間T
0内で増倍された磁束量子電圧パルスを出力する。なお、本明細書において、「磁束量子電圧パルス」は、ジョセフソン接合で構成された回路が出力する量子化された(時間積分が磁束量子Φ=h/(2e)=2.07×10
-15Wbの整数倍に厳密に一致する)電圧パルスを意味する。スペクトル密度制御信号は、パルス増倍器21の出力波形に含まれる磁束量子数を時間軸方向で制御すること、又は磁束量子電圧パルスを電圧軸方向で重畳することで、波形精度を保ったままプログラマブルに電圧スペクトル密度を可変する信号である。
【0027】
擬似乱数列発生器22は、発生する擬似乱数列が計算可能(波形が高い精度で決定されている)でなければならない。そのため、擬似乱数列発生器22は、超伝導デジタル回路技術を用いて、例えば後述するようにM系列を発生する構成とされている。シフトレジスタを用いたM系列により、一様な周波数スペクトルを持つ白色雑音に近い計算可能な磁束量子電圧パルス列信号を生成できる。
【0028】
精密計測応用のためには、出力回路は完全量子化が可能なジョセフソン回路を用いる必要がある。本実施の形態では、出力回路はジョセフソン伝送線23及びSQUIDアレー24からなる。SQUIDアレー24を構成する複数のSQUIDは、それぞれ1個以上のジョセフソン接合とコイルとからなる超伝導閉回路であり、ジョセフソン伝送線23を構成するコイルと所定の相互インダクタンスで磁気結合されており、極低温環境下で動作する。
【0029】
次に、パルス増倍器21の各実施形態について説明する。ここで、熱雑音温度計における基準雑音電圧発生器20が発生する基準雑音電圧の電圧スペクトル密度は、測定温度に対応するように制御しなければならず、また、測定中の抵抗センサ10の特性変化に追随して電圧スペクトル密度をリアルタイムに微調整する必要がある。そのため、パルス増倍器21は、広い周波数範囲にわたって波形精度を保ったまま電圧スペクトル密度が可変された磁束量子電圧パルスを出力することが要求される。
【0030】
図3(a)は、パルス増倍器21の第1の実施形態のブロック図、
図3(b)は同図(a)の規格化周波数対ゲイン特性を示す。
図3(a)に示す第1の実施形態のパルス増倍器21Aは、可変カウンタ71及びリング発振器72から構成されている。リング発振器72は、擬似乱数列発生器22から出力される、論理値「1」及び「0」の2値がランダムに時系列的に合成された擬似乱数列のうち、例えば論理値「1」の擬似乱数が入力された時に発振を開始して、周期τで一定振幅の磁束量子電圧パルスを発振出力して可変カウンタ71に供給する。
【0031】
可変カウンタ71は、リング発振器72から供給される磁束量子電圧パルスを計数し、その計数パルス数が、外部からのスペクトル密度制御信号によりプログラマブルに指定された数Nに達した時に発振停止信号を発生してリング発振器72に供給してリング発振器72の発振動作を停止する。ここで、上記擬似乱数列の隣接する論理値「1」間の入力最小時間間隔(ビット周期)が
図3(a)に73で示す入力波形のようにT
0であるものとすると、この最小時間間隔T
0内で上記のN個の磁束量子電圧パルスがリング発振器72から出力される。従って、リング発振器72の出力信号波形は、
図3(a)に74で示すようになる。なお、一例としてτ/T
0=0.0001である。また、上記のパルス数Nは、最小時間間隔T
0内において、磁束量子電圧パルスを時間軸方向にシーケンシャルに増加した磁束量子数であり、外部からの上記スペクトル密度制御信号によりプログラマブルに所望の値に可変指定可能である。
【0032】
本実施形態のパルス増倍器21Aの出力信号の、磁束量子数Nを可変した時の規格化周波数対ゲイン特性は、
図3(b)に示すようになり、磁束量子数Nが2、5、20の場合は、規格化周波数fT
0が0〜100の範囲内でゲイン一定の特性が得られた。なお、規格化周波数fT
0は、入力信号の最小入力時間間隔T
0で出力信号周波数を規格化した周波数である。このように、本実施形態のパルス増倍器21Aによれば、出力波形に含まれる磁束量子数を制御することで、広い周波数範囲にわたって波形精度を保ったまま電圧スペクトル密度が可変された磁束量子電圧パルスを出力することができる。
【0033】
次に、パルス増倍器21の第2の実施形態について説明する。
図4(a)は、パルス増倍器21の第2の実施形態のブロック図、
図4(b)は同図(a)の規格化周波数対ゲイン特性を示す。
図4(a)に示す第2の実施形態のパルス増倍器21Bは、パルス分配器81及び電圧増倍回路82から構成されている。パルス分配器81及び電圧増倍回路82は、
図5に示す構成とされている。
【0034】
電圧増倍回路82は、増幅率が2
m(mは0、1、・・・、n−1)にそれぞれ設定されたn個の増幅器からなる多段電圧増倍回路であり、それらの増幅器の出力が合成された構成であり、そのn個の増幅器の動作がパルス分配器81から供給される磁束量子電圧パルスにより制御される。パルス分配器81は、
図5に模式的に示す構成により、擬似乱数列発生器22から出力される、論理値「1」及び「0」の2値の磁束量子電圧パルスがランダムに時系列的に合成された擬似乱数列のうち、例えば論理値「1」の擬似乱数が入力された時に、外部からのスペクトル密度制御信号の値に応じた所定の増幅率が得られるように、スイッチが選択的にオンとされて電圧増倍回路82を構成するn段の増幅器のうち一以上の増幅器にそれぞれ入力パルスを分配して供給する。
【0035】
図6(a)は電圧増倍回路82を構成する基本セル(1段)の一例の回路図を示す。
図6(a)に示す電圧増倍回路82の基本セルは、2つのコイルと2つのジョセフソン接合とからなる閉回路であるSQUID821と、直列接続されたコイル822〜824と、それらの接続点と接地間に接続されたジョセフソン接合825及び826とからなり、コイル823がSQUID821を構成する一つのコイルに磁気結合されている。
【0036】
コイル822に
図6(d)に示す磁束量子電圧パルスν
inが入力されると、ジョセフソン接合825、826を通り抜ける過程でコイル823に
図6(c)に示す電流I
1が誘起され、その電流I
1は磁気結合を介してSQUID821に
図6(c)に示す電流I
sを誘起する。すると、SQUID821中の2つのジョセフソン接合を流れる電流が増加し、それぞれのジョセフソン接合が
図6(b)に示す電圧ν
s1、ν
s2の磁束量子電圧パルスを出力する。電圧ν
s2の磁束量子電圧パルスは出力パルスν
outとして出力される。これは磁束量子電圧パルスが1個入力されるとSQUID821から磁束量子電圧パルスが1個出力されることに等しい。なお、
図6(d)に示すようにジョセフソン接合825及び826には電圧ν
1、ν
2が発生し、コイル824から電圧ν
3が出力される。電圧増倍回路82を構成する増幅率2
kの増幅器は、
図6(a)に示した基本セルが2
k段直列に接続された構成である。
【0037】
上記の構成の電圧増倍回路82は、入力磁束量子電圧パルスを一以上の増幅器で増幅してそれらの出力を合成して一つの増倍磁束量子電圧パルスとして出力する。従って、上記擬似乱数列の論理値「1」の入力最小時間間隔が
図4(a)に83で示す入力波形のようにT
0であるものとすると、この最小時間間隔T
0内で電圧増倍回路82は
図4(a)に84で示すように入力磁束量子電圧パルスを電圧軸方向で重畳した(振幅が増倍された)磁束量子電圧パルスを出力する。上記の磁束量子電圧パルスに対する合成増幅率(振幅増倍の割合)Nは、外部からの上記スペクトル密度制御信号によりプログラマブルに所望の値に可変指定可能である。
【0038】
本実施形態のパルス増倍器21Bの出力信号の、規格化周波数対ゲイン特性は、
図4(b)に示すようになり、スペクトル密度制御信号により可変制御される値Nが2、5、20、75の何れの場合も、規格化周波数fT
0が0〜100の範囲内でゲイン一定の特性が得られた。なお、規格化周波数fT
0は、入力信号の最小入力時間間隔T
0で出力信号周波数を規格化した周波数である。このように、本実施形態のパルス増倍器21Bによれば、広い周波数範囲にわたって波形精度を保ったまま振幅が増倍された磁束量子電圧パルスを出力することができる。
【0039】
次に、パルス増倍器21の第3の実施形態について説明する。
図7(a)は、パルス増倍器21の第3の実施形態のブロック図、
図7(b)は同図(a)の規格化周波数対ゲイン特性を示す。
図7(a)中、
図3(a)及び
図4(a)と同一構成部分には同一符号を付してある。
【0040】
図7(a)に示す第3の実施形態のパルス増倍器21Cは、
図3(a)に示したパルス増倍器21Aと
図4(a)に示したパルス増倍器21Bとを縱続接続した構成であり、リング発振器72から出力される磁束量子電圧パルスがパルス分配器81に供給される。また、スペクトル密度制御信号は可変カウンタ71とパルス分配器81の両方に、かつ、互いに独立して供給される。
【0041】
このパルス増倍器21Cでは、リング発振器72から磁束量子数Nが制御されて出力された
図7(a)に86で示す磁束量子数増倍磁束量子電圧パルスをパルス分配器81に供給し、ここで外部からのスペクトル密度制御信号の値に応じた所定の電圧軸方向の重畳レベル(増幅率)Mが得られるように、電圧増倍回路82を構成するn個の増幅器のうち一以上の増幅器にそれぞれ入力パルスを分配して供給する。これにより、電圧増倍回路82は、入力された磁束量子数増倍磁束量子電圧パルス86を一以上の増幅器で増幅し、それらの出力を合成して、磁束量子数と振幅の両方が増倍された一つの増倍磁束量子電圧パルスとして出力する。
【0042】
従って、リング発振器72に発振開始信号として供給される前記擬似乱数列の隣接する論理値「1」間の入力最小時間間隔が
図7(a)に85で示す入力磁束量子電圧パルス波形のようにT
0であるものとすると、パルス増倍器21Cは、この最小時間間隔T
0内で磁束量子数Nと電圧軸方向の重畳レベルMの両方が互いに独立して増倍された、
図7(a)に87で示す磁束量子電圧パルスを出力する。
【0043】
図7(b)は、本実施形態のパルス増倍器21Cから出力される増倍磁束量子電圧パルスのN、Mを可変した時の規格化周波数対ゲイン特性を示す。
図7(b)において、増倍磁束量子電圧パルスのパルス数N、電圧軸方向のレベルMが、それぞれ2、5、20の場合は、規格化周波数fT
0が0〜100の範囲内でゲイン一定の特性が得られた。また、N=M=75の場合は、規格化周波数が高くなるほどゲインが低下する特性が得られるが、その低下の程度は比較的小である。なお、規格化周波数fT
0は、入力信号の最小入力時間間隔T
0で出力信号周波数を規格化した周波数である。このように、本実施形態のパルス増倍器21Cによれば、出力波形に含まれる磁束量子数と電圧軸方向のレベルの両方を制御することで、広い周波数範囲にわたって波形精度を保ったまま、磁束量子数と電圧軸方向のレベルの両方を可変した磁束量子電圧パルスを出力することができる。
【0044】
次に、擬似乱数列発生器22について説明する。
図8(a)は、擬似乱数列発生器22の一例の構成図、同図(b)は、同図(a)の出力電圧対時間特性図、同図(c)は、同図(a)の出力スペクトル密度対周波数特性図を示す。
【0045】
擬似乱数列発生器22は、発生する擬似乱数列が計算可能(波形が高い精度で決定されている)でなければならない。そのため、本実施の形態で用いる擬似乱数列発生器22は、
図8(a)に示すように、一例として7段のシフトレジスタ91及びシフトレジスタ91の第6段、第7段出力を排他的論理和演算してシフトレジスタ91の初段に帰還入力する排他的論理和回路92からなり、供給されるクロックパルスCKに同期してシフトレジスタ91の第7段から所定の生成多項式で生成されたM系列を出力する公知のM系列発生器の構成とされている。
【0046】
また、本実施の形態の
図8(a)に示すM系列発生器により構成される擬似乱数列発生器22は、超伝導回路で構成される。超伝導回路で構成されたM系列発生器は公知であるので(例えば、特開昭62−16614号公報参照)、その構成の説明は省略する。
図8(a)に示す擬似乱数列発生器22から出力されるM系列の出力信号は、
図8(b)に示すように、論理値「1」と論理値「0」の磁束量子電圧パルスがランダムに発生して時系列的に合成されたパルス列信号である。また、
図8(a)に示す擬似乱数列発生器22から出力されるM系列は、
図8(c)に示すように、スペクトル密度が周波数によらず一定の白色雑音に近い信号である。
【0047】
次に、
図2に示した基準雑音電圧発生器20の出力回路について説明する。出力回路は、精密計測応用のために完全量子化が可能なジョセフソン回路により構成され、ここではジョセフソン伝送線23とSQUIDアレー24とからなる。
【0048】
ジョセフソン伝送線23は、パルス増倍器21から出力される磁束量子電圧パルスをSQUIDアレー24に伝送する。
図9(a)はジョセフソン伝送線23の一例の回路図を示す。同図(a)に示すように、ジョセフソン伝送線23は、例えば4個のコイル231〜234が直列に接続され、かつ、互いのコイル接続点と接地間にジョセフソン接合235〜237が接続された構成である。このジョセフソン伝送線23は、図の左端に示す入力端子に磁束量子電圧パルスν
inを入力すると、その入力磁束量子電圧パルスν
inは
図9(b)に示すようにジョセフソン接合235〜237を磁束量子電圧パルスν
1、ν
2、ν
3として次々に通り、出力端子に磁束量子電圧パルスν
outとして出力される。また、入力磁束量子電圧パルスν
inによるジョセフソン接合235〜237の電圧発生に伴い、コイル231〜234には
図9(c)に示すように電流i
1〜i
4が流れる。
【0049】
SQUIDアレー24は、これら伝送線23から入力される磁束量子電圧パルスを重畳することにより、精密に合成した磁束量子電圧を生成し、外部へ基準雑音電圧として出力する。
図10は、SQUIDアレー24の一例をジョセフソン伝送線とともに示す回路図である。
図10において、SQUIDアレー241は2つのコイルと2つのジョセフソン接合とからなる閉回路のSQUIDがN段直列に接続されたSQUIDアレー24である。また、
図10に示すジョセフソン伝送線23Aは、基本セルのジョセフソン伝送線を入力に対してN段並列に接続したジョセフソン伝送線23の一例である。
【0050】
この構成では、ジョセフソン伝送線23Aに磁束量子電圧パルスν
inを1個入力すると、各段のSQUIDはそれぞれ1個の磁束量子電圧パルスを生成する。例えば、N段のうちn(nは1以上N以下の自然数)段目のSQUIDに磁気結合されたジョセフソン伝送線23A中のコイルには磁束量子電圧パルスν
inにより
図11(b)に示すI
nが誘起され、また、そのコイルに接続された2つのジョセフソン接合には
図11(c)にν
n1、ν
n2で示す電圧の磁束量子電圧パルスが生成される。
【0051】
また、n段目のSQUIDには上記の電流I
nにより磁気結合を介して
図11(b)に示す電流I
snが誘起される。これにより、SQUIDアレー241を構成するN段のSQUIDは直列接続なので、SQUIDアレー241はN個の磁束量子電圧パルスが重畳された、
図11(a)に示す出力パルスν
outを出力する。
【0052】
図12は、SQUIDアレー24をジョセフソン伝送線とともに示す他の例の回路図である。同図中、
図10と同一構成部分には同一符号を付し、その説明を省略する。
図12において、SQUIDアレー241に磁気結合されたジョセフソン伝送線23Bは、基本セルのジョセフソン伝送線を入力に対してN段直列に接続したジョセフソン伝送線23の例である。この例の構成でも、SQUIDアレー241はN個の磁束量子電圧パルスが重畳された出力パルスν
outを出力することができる。ただし、SQUIDアレー241を構成する各段のSQUIDの動作に時間遅れが生じるため、出力パルス波形はブロードになる。
【0053】
以上説明した本実施の形態の基準雑音電圧発生器20によれば、パルス増倍器21と擬似乱数列発生器22とからなる波形発生回路と、ジョセフソン伝送線23及びSQUIDアレー24からなる出力回路とが同一基板上において、高シールド効率の短距離配線で接続された基準雑音電圧源チップ25を構成しているため、従来の配線間のクロストークによる温度測定誤差を大幅に低減でき、これにより、熱雑音温度計の測定精度を従来に比べて向上することができる。
【0054】
また、本実施の形態の基準雑音電圧発生器20によれば、M系列を発生する擬似乱数列発生器22から出力される擬似乱数列に従いパルス増倍器21から出力される磁束量子電圧パルスの電圧スペクトル密度を、スペクトル密度制御信号に応じてプログラマブルに従来に比べて大幅に短時間に変更できるため、測定中の抵抗センサ10の特性変化に追随してほぼリアルタイムに電圧スペクトル密度を微調整することができる。
【0055】
また、本実施の形態の基準雑音電圧発生器20によれば、パルスパターンの代わりに擬似乱数列発生器22により計算可能な擬似乱数列であるM系列を発生しているため、従来の基準雑音電圧発生器で使用していた極めて高額なパルスパターン発生器は不要であり、その結果、熱雑音温度計1全体のコストを低減できる。
【0056】
更に、本実施の形態の基準雑音電圧発生器20を構成する基準雑音電圧源チップ25の消費電力は十分に小さく、安価な小型冷凍機での冷却が可能であり、高額なパルスパターン発生器が不要であることとあいまって、熱雑音温度計1全体のコストをより一層大幅に低減できる。従って、本実施の形態の基準雑音電圧発生器20によれば、測定に要する時間が短く、低価格であるという特長から、広い温度範囲で精度の高い熱雑音温度計の普及が期待できる。
【0057】
なお、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではなく、例えば擬似乱数列発生器22はシフトレジスタの段数等、
図8の構成に限定されるものではなく、また、M系列以外の擬似乱数列を発生する構成であってもよい(ただし、発生される擬似乱数列の波形が高い精度で決定されており、かつ、超伝導回路で構成されている必要がある。)。