【0017】
本発明に係る磁気研磨方法の実施の形態について、図面を参照して説明する。
図1は本発明に係る磁気研磨方法に用いる研磨装置1の模式図、
図2は
図1の研磨装置1における研磨工具3先端部分の拡大模式図である。
図1に示すように、本発明に係る磁気研磨方法に用いる研磨装置1は、図示しないパルス電源よりパルス電圧が印加されるコイル2と、コイル2の中央部に軸方向に設けられた貫通穴に挿通されている研磨工具3と、被研磨物Wを設置するベース(架台)4と、ベース4内で被研磨物Wを固定するOリング5と、研磨時に被研磨物Wの回転数を制御するモータの主軸6およびモータ7と、から構成されている。また、
図2に示すように被研磨物Wは平面Fから深さdの凹面(凹部)を有しており、研磨工具3の先端表面と被研磨物Wの平面Fとの間隔δを保持した状態で凹面およびそれに連続する平面Fの研磨を行う。
【実施例1】
【0020】
図1に示す研磨装置を用いて、コイルに直流電圧(DC)とパルス電圧(周波数0.1Hz)をそれぞれ印加した状態で凹面を有する被研磨物の凹面を研磨する研磨試験を行った。その試験結果について
図4および
図5を用いて説明する。研磨試験は、研磨工具を500rpmの回転数で回転しながら、黄銅製の被研磨物(直径30mm、厚さ10mm、凹面直径8mm、凹面深さ0.5mm)を、200rpmの回転数で回転しながら、研磨工具の先端と被研磨物の平面との距離を1.0mmに保って行った。さらに、研磨工具の中心軸と被研磨物の中心との距離(オフセット距離)を5mmに保ち、被研磨物を毎分40mmの速度で8mmの幅を移動(揺動)しながら、研磨を行った。なお、被研磨物と研磨工具の回転の向き(回転方向)は
図1に示すように互いに逆回転の関係となるように行い、研磨時間は80分間とした。
【0021】
図4は研磨装置のコイルにパルス電圧を印加した場合の被研磨物の研磨前後における表面状態のグラフ、
図5は研磨装置のコイルに直流電圧を印加した場合の被研磨物の研磨前後における表面状態のグラフである。被研磨物の表面状態の
図4および
図5の両グラフは、凹面中心位置から左右約14mm(測定総距離:28mm)の範囲において、被研磨物の表面状態を表面プロファイル測定装置により測定したグラフである。また、両グラフともに、研磨前後のグラフを測定開始位置(直径方向の測定距離:0mm)と測定終了位置(直径方向の測定距離:28mm)の箇所で互いに重ね合わせたものとした。
【0022】
研磨装置のコイルにパルス電圧を印加した場合には、80分の研磨後の形状は
図4に示すように、平面と凹面との境界部分、凹面を形成する傾斜部分、および凹面の底面部分の各々において研磨前の形状との差異がほとんど見られていない。また、凹面部と平面部の表面はともに鏡面状態である。
【0023】
これに対して、研磨装置のコイルに直流電圧を印加した場合には、
図5に示すように80分の研磨後の形状は平面と凹面との境界部分、凹面を形成する傾斜部分、および凹面の底面部分の全ての箇所において研磨前の形状との差異が生じた。具体的には、研磨後の形状は、被研磨物の平面が凹面側へ近づくほど傾斜した形状を呈して、凹面を形成する傾斜部においては底面部へ近づくほどより深く研磨して、凹面の底面部にいたっては平滑面からの距離が約10μm深さ方向に大きくなった。なお、研磨表面は凹面部と平面部ともに鏡面状態である。
【0024】
以上の結果より、本発明に係る磁気研磨方法は、凹面を有する被研磨物であっても被研磨物の表面に沿って研磨工具を移動(平面から凹面方向への上下移動)させることなく、表面全体の形状(形状精度)を保ったまま均一に鏡面研磨できた。
【実施例2】
【0025】
次に、研磨に及ぼす間隔の影響を明らかにするためにコイルにパルス電圧を印加した状態(周波数=0.1Hz)で、研磨工具の先端と被研磨物の平面との距離(
図2中のδ)を変えて研磨試験を行った。その試験結果について
図6ないし
図9を用いて説明する。当該研磨試験は実施例1と同一の研磨装置を用いて行ったが、被研磨物は凹面を有しない平面だけのものを使用して、研磨中における被研磨物の回転は行わずに固定した状態で研磨試験を行った。また、研磨工具については実施例1と同様に500rpmの回転数で回転しながら、研磨工具の中心軸と被研磨物の中心とを同じにして、被研磨物の移動なしに被研磨物の研磨を行った(研磨時間:80分間)。
【0026】
図6は研磨工具の先端と被研磨物の平面との距離を0.5mmとした場合の研磨前後における被研磨物の表面状態、
図7は研磨工具の先端と被研磨物の平面との距離を1.0mmとした場合の研磨前後における被研磨物の表面状態、
図8は研磨工具の先端と被研磨物の平面との距離を1.5mmとした場合の研磨前後における被研磨物の表面状態、
図9は研磨工具の先端と被研磨物の平面との距離を2.0mmとした場合の研磨前後における被研磨物の表面状態をそれぞれ示す。また、
図6ないし
図9における一点鎖線は研磨中心位置を表す。
【0027】
図6ないし
図9の各グラフは、研磨中心位置から左右14mm(測定総距離:28mm)の範囲において、被研磨物の表面状態を表面プロファイル測定装置により測定したグラフである。また、
図6ないし
図9の各グラフは研磨前後のグラフを測定開始位置(直径方向の測定距離:1mm)と測定終了位置(直径方向の測定距離:29mm)の箇所で互いに重ね合わせて表示した。
【0028】
研磨工具の先端と被研磨物の平面との距離を0.5mmとした場合の研磨前後における被研磨物の表面状態は、
図6に示すように直径方向の研磨中心(同図の15mmの位置)から2mmまでの範囲では、研磨工具の回転中心に近いために研磨前後で深さ方向に変化は見られなかった。ところが研磨中心(研磨工具の回転中心)から2mm〜5mmまでの範囲では深さ方向で最深3.5μmの深さまで研磨されており、研磨中心から5mm〜12mmまでの範囲では0.8μm前後の深さまで研磨されていた。すなわち直径方向における測定箇所によって深さ方向の研磨量にバラつきが生じた。
【0029】
また、研磨工具の先端と被研磨物の平面との距離を2.0mmとした場合の研磨前後における被研磨物の表面状態は、
図9に示すように直径方向の研磨中心(同図の15mmの位置)から4mmまでの範囲では研磨前後で深さ方向に変化は見られなかった。ところが研磨中心から4mm〜12mmの範囲では加工深さにバラつきが生じた。
【0030】
これらに対して、研磨工具の先端と被研磨物の平面との距離を1.0mmとした場合の研磨前後における被研磨物の表面状態は、
図7に示すように直径方向の研磨中心(同図の15mmの位置)から2mmまでの範囲では、
図6に示す研磨工具の先端と被研磨物の平面との距離が0.5mmの場合と同様に、研磨前後で深さ方向に変化は見られなかった。しかし、研磨中心から2mm〜12mmの範囲では研磨量は0.7μm程度で変化は少なく、この範囲においてはほぼ均一に研磨されていた。
【0031】
また、研磨工具の先端と被研磨物の平面との距離を1.5mmとした場合の研磨前後における被研磨物の表面状態は、
図8に示すように直径方向の研磨中心(同図の15mmの位置)から2mmまでの範囲では、
図6および
図7に示す研磨工具の先端と被研磨物の平面との距離が0.5mmおよび1.0mmの場合と同様に、研磨前後で深さ方向に変化は見られなかった。しかし、研磨中心から2mm〜12mmまでの範囲での研磨量は約0.8μmであり、この範囲においてはほぼ均一に研磨されていた。
【0032】
以上の結果より、コイルに
周波数0.1Hzのパルス電圧を印加した状態で研磨工具を回転しながら、研磨工具の先端部と被研磨物の
表面との間隔が1.0mm〜1.5mmの範囲の磁気研磨方法は、同等の広い研磨領域において同等の表面性状を有することがわかった。すなわち、本発明に係る磁気研磨方法を用いることで研磨工具
の先端と加工表面の間隔が1.0mm〜1.5mmの範囲で変化する
、凹面を有する被研磨物を、細長く弾力性のある磁気クラスタの特性によって研磨工具の深さ方向の上下移動をさせることなく研磨できる。また、本発明に係る磁気研磨方法を用いることで平面からの距離が0.5mm(500μm)以下の凹面を有する被研磨物であれば、凹面とそれに続く平面を広範囲かつ均一に形状精度を保持したまま研磨できる。なお、本実施例は凹面を有した被研磨物を対象として研磨試験を行ったが、ミクロン単位の溝形状や孔形状などの微細な複雑形状の表面を有する被研磨物であっても同様の効果を得ることができることは言うまでもない。