特許第5967830号(P5967830)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5967830
(24)【登録日】2016年7月15日
(45)【発行日】2016年8月10日
(54)【発明の名称】弾性波素子用基板
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/30 20060101AFI20160728BHJP
   H03H 3/08 20060101ALI20160728BHJP
【FI】
   C30B29/30 B
   H03H3/08
【請求項の数】2
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2013-21915(P2013-21915)
(22)【出願日】2013年2月7日
(65)【公開番号】特開2014-152061(P2014-152061A)
(43)【公開日】2014年8月25日
【審査請求日】2015年1月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100159433
【弁理士】
【氏名又は名称】沼澤 幸雄
(72)【発明者】
【氏名】流王 俊彦
【審査官】 宮崎 園子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−254114(JP,A)
【文献】 特開2005−314137(JP,A)
【文献】 国際公開第2007/046176(WO,A1)
【文献】 特開平06−340497(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/30
H03H 3/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラセオジム、ネオジム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウムのランタノイド金属から選択される1種または2種以上の3価の陽イオンを全陽イオン量の1モル%以上4モル%以下含むことを特徴とするタンタル酸リチウム結晶からなる弾性波素子用基板。
【請求項2】
36°Yカットであって、温度係数の絶対値が20ppm/℃以下であることを特徴とする請求項1に記載のタンタル酸リチウム結晶からなる弾性波素子用基板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、周波数の温度特性が改善された弾性波素子用のタンタル酸リチウム基板に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯電話等の高周波通信において、周波数選択用の部品として、例えば圧電性の基板上に弾性波を励起するための櫛形電極が形成された表面弾性波(Surface Acoustic Wave、SAW)素子が用いられている。そして、これに用いられる圧電性の基板材料としては、電気信号から機械的振動への変換効率(以下、「電気機械結合係数」と記す)が大きいこと、また櫛形電極の電極間隔と弾性波の音速により決まるフィルタ等の中心周波数が温度により変動しないこと等の条件が求められる(以下、「温度係数」と記す)。すなわち、大きな電気機械結合係数と小さな温度係数を兼ね備えた材料の弾性波素子用基板が好ましいとされている。
【0003】
ところで、この弾性波素子用基板に使われる一般的な材料としては、例えば、タンタル酸リチウム結晶が挙げられるが、この結晶から弾性波素子の基板材料を作製すると、周囲の温度変化によりこの基板結晶中を伝播する弾性波の音速が変化して、弾性波素子の動作周波数のシフトが生じる。具体的には、36°Yカットのタンタル酸リチウム結晶では、この温度係数の絶対値は35ppm/℃であるが、一方、最近では、この弾性波素子の周波数の温度シフトを抑える要求が高まる中で、温度係数の絶対値が20ppm/℃以下のものが要求されている状況である。
【0004】
そこで、このような要求に応える材料として、特許文献1には、タンタル酸リチウム基板とサファイア基板とをアモルファス層を介して接合した複合基板が記載されている。また、特許文献2には、タンタル酸リチウム結晶にニッケルを含有させた結晶や、非特許文献1には、タンタル酸リチウムにNaを含有させた結晶が記載されている。
【0005】
しかしながら、特許文献1の複合基板では、タンタル酸基板とサファイア基板といった2種類の基板が必要であり、しかも2種類の基板を直接接合するといった複雑な接合プロセスを必要とするために、どうしても高コストになるという欠点がある。
また、特許文献2の結晶材料は、温度係数の改善用要求比率(−20ppm/℃÷−35ppm/℃)が0.57以下に対して、この特許文献2に記載されている最良の例でも、(−45ppm÷アンドープの値−74ppm/℃)が0.61であり、要求に応えられるものではない。
さらに、非特許文献1の結晶材料も、Fig.2に記載されているように、その温度係数の絶対値が28ppm/℃であり、まだまだ改善レベルとしては不十分な材料であるという問題がある。
【0006】
このように、弾性波素子用基板として既に知られている結晶材料では、コストと温度係数の両方を同時に満たすことは困難であるのが実情である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005―252550号公報
【特許文献2】特開2010−280525号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】R.R.Neurgaonkarら「J.Cryst.Growth」84(1987)409-412
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明は、上記実情に鑑み、弾性波素子として常用されているタンタル酸リチウム結晶を改質することで温度特性が改善された弾性波素子用基板を提供することを目的とする。
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、タンタル酸リチウム結晶にランタノイド金属から選択される1種または2種以上の3価の陽イオンを含有させることで、その温度特性が改善されることを知見し、本発明に至ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
すなわち、本発明は、プラセオジム、ネオジム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウムのランタノイド金属から選択される1種または2種以上の3価の陽イオンを全陽イオン量の1モル%以上4モル%以下含むことを特徴とするものである。
【0012】
また、本発明の弾性波素子用基板は、36°Yカットであって、温度係数の絶対値が20ppm/℃以下であるタンタル酸リチウム結晶からなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、タンタル酸リチウム結晶に、ランタノイド金属から選択される1種または2種以上の3価の陽イオンを含有させることで、温度係数を従来のコングルーエント組成のタンタル酸リチウム結晶に比べて半分以下まで小さくして、温度特性を大幅に改善させることができるので、高品質で安価な弾性波素子用基板を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態について具体的に説明するが、この実施形態は、あくまで例示であり、本発明は、これに限定されるものではない。
【0015】
一般的に、Mg2+、Zn2+、Fe3+などは、タンタル酸リチウム結晶に含有可能ではあるが、温度特性の改善に効果はなく、本発明では、ランタノイド金属からなる陽イオンが温度特性の改善に顕著な効果を発揮する。その理由としては、ランタノイド金属からなる陽イオンは、タンタル酸リチウム結晶を構成するLi+及びTa5+の両方の陽イオンの位置に入り、本発明の陽イオンのイオン半径がLi+やTa5+より大きいために結晶格子の特定方向に歪を加える効果があり、この歪が温度特性の改善効果に影響するのではないかと考えられる。
【0016】
また、本発明の3価の陽イオンは、タンタル酸リチウム結晶を構成するLi+やTa5+の陽イオンの位置にほぼ均等に入ると考えられ、しかも、Li+とTa5+の平均価数が3価であることから、3価の陽イオンを含有させることは、電気的中性を保持することができるという利点がある。
【0017】
そして、本発明の弾性波素子用基板は、ランタノイド金属から選択される1種または2種以上の3価の陽イオンを含むことで、絶対値が20ppm/℃以下という小さな温度係数とすることができると共に、結晶性良く成長させることが容易で、歩留まりも良いことから、高品質でかつ安価な弾性波素子用基板を提供することができる。
【0018】
ここで、ランタノイド金属とは、ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウムガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウムの総称であるが、本発明では、放射性同位元素であるプロメチウムやイオン半径が大きすぎてタンタル酸リチウムの結晶育成が困難となるランタン、セリウムは除外される。
したがって、本発明のランタノイド金属とは、プラセオジム、ネオジム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウムのことである。
【0019】
本発明の3価の陽イオンの含有量は、全陽イオン量の1モル%以上であり、この含有量であれば、温度特性を十分に改善させることができると共に、結晶欠陥の発生を防止しながら、より確実に結晶育成させることができる。また、3価の陽イオンの含有量の上限は、タンタル酸リチウム結晶の変形イルメナイト構造が維持される範囲が限度とされているために、結晶育成の難易度で自ずと決まってくるが、陽イオンのイオン半径に拠るが、4モル%程度が上限となる。
【0020】
本発明では、3価の陽イオンの含有量を全陽イオン量の1モル%以上4モル%以下とすることで、その温度係数の絶対値がコングルーエント組成のタンタル酸リチウム結晶の35ppm/℃の値と比べて、20ppm/℃以下まで小さくすることができるから、温度特性を大幅に改善させることができる。
【0021】
次に、本発明の弾性波素子用基板の製造方法を具体的に説明する。先ず、例えば、炭酸リチウム(LiCO)及び五酸化タンタル(Ta)とランタノイド金属の酸化物(Re:Reはランタノイドを示す)とを秤量して混合し、その後に電気炉で1000℃以上に加熱することで、3価の陽イオンを含有するタンタル酸リチウムの多結晶を得る。そして、このときに、ランタノイド金属の酸化物(Re)の添加量を育成したタンタル酸リチウム結晶中での含有量が1モル%以上になるように調合する。
なお、3価の陽イオンの添加量を予め多様な比率で混合し、焼成して複数のサンプルを用意し、これらサンプルについて、タンタル酸リチウム結晶の変形イルメナイト構造が維持される範囲をX線回折で調べておくことで、各々の陽イオンの含有量の上限値を事前に把握しておくことが好ましい。
【0022】
次いで、得られたタンタル酸リチウムの多結晶をイリジウム等の貴金属製のルツボに入れ、加熱し、溶融して組成を調整する。組成を調整したこの融液から、36°Y軸の種結晶を用いて回転引上げ法(チョクラルスキー法)で結晶を育成して、例えば、直径が2インチの3価の陽イオンを含有するタンタル酸リチウム結晶を作製する。そして、この作製された3価の陽イオンを含有するタンタル酸リチウム結晶に貴金属製電極を設置し、キュリー温度以上の例えば700℃で電圧を印加して単一分域化処理を施す。その後、この単一分域化処理を施した結晶を例えばワイヤーソーでスライスして、直径4インチ、厚さ0.5mmのウェーハを作製し、このウェーハをラップ機で処理し、このラップウェーハの片面を研磨機で鏡面加工して、3価の陽イオンを含有するタンタル酸リチウム結晶からなる36°Yカットの弾性波素子用基板を作製する。
なお、この作製の過程において、スライス処理後又はラップ処理後に、ウェーハに公知の技術に基づいて還元処理することで導電率を向上させることもできる。
【0023】
チョクラルスキー法で結晶を育成する上記方法の外に、市販されているコングルーエント組成の36°Yカットタンタル酸リチウム基板を、非特許文献1に倣って、LiVO−LiTaO−M(Mは、ランタノイド金属である)からなる融液に浸漬して、その基板上に液相エピタキシャル法で3価の陽イオンを含むタンタル酸リチウム結晶膜を成長させることもできる。もっとも、この製法の場合では、液相エピタキシャル成長の後で単分域化処理をする必要がある。
【0024】
このようにして製造された弾性波素子用基板の温度係数を測定する場合は、弾性波素子用基板の鏡面側に、主としてアルミニウムからなる膜を取付け、続いてフォトリソグラフィー技術により所望の微細形状、例えば櫛形の電極を基板表面に形成して弾性波フィルタを作製し、このフィルタの温度を変化させて周波数に対する減衰量という通過特性を低周波数端と高周波数端の両端で測定し、その平均値を温度係数とする。
そして、本発明によれば、その温度係数は、下記表1に示すように、従来のコングルーエント組成のタンタル酸リチウム結晶基板の温度係数の絶対値が35ppm/℃の値と比べて、20ppm/℃以下のかなり小さい値を示す。
【実施例】
【0025】
以下、実施例及び比較例を示して本発明をより具体的に説明する。先ず、五酸化タンタル(Ta)と炭酸リチウム(LiCO)とをコングルーエント組成で秤量し、これに下記表1に示す結晶濃度となるように金属酸化物を秤量して混合し、電気炉で1000℃以上に加熱して、金属酸化物を含有するタンタル酸リチウムの多結晶を作製した。次いで、この結晶をイリジウムの貴金属製のルツボに入れ、加熱し、溶融した後に36°Y軸の種結晶を用いて回転引上げ法(チョクラルスキー法)で8種類の結晶を育成し、これらを実施例及び参考例とした。
【0026】
一方、同様の方法で、金属酸化物を添加しないコングルーエント組成のタンタル酸リチウムとMgOやFeをそれぞれ添加したタンタル酸リチウム結晶の3種類の結晶をも育成し、これらを比較例とした。
なお、表1の添加した金属元素の分析は、結晶育成後にICP-AES法で行なった。
【0027】
以上のようにして作製した6種類の実施例、2種類の参考例と3種類の比較例のタンタル酸リチウム結晶に、貴金属製電極を設置し、キュリー温度以上の温度(700℃)で電圧を印加して単一分域化処理を施した。その後この単一分域化処理を施した結晶をワイヤーソーでスライスして、直径2インチ、厚さ0.5mmのウェーハを作製し、このウェーハをラップ機で処理し、公知の技術で還元処理すると共に、さらにこのウェーハの片面を鏡面加工して弾性波素子用基板を試作した。
【0028】
次に、試作した弾性波素子用基板の鏡面側に、主としてアルミニウムからなる膜を取付け、続いてフォトリソグラフィー技術により微細形状(櫛形)の電極を基板表面に形成して弾性波フィルタを作製し、このフィルタの温度を変化させて、フィルタ構造での周波数に対する減衰量という通過特性を低周波数端と高周波数端の両端で測定して、その平均値を測定基板の温度係数とした。表1に、実施例1〜6、参考例1、2及び比較例1〜3のそれぞれの測定値を示す。
【0029】
【0030】
上記表1に示すように、本発明の実施例1〜6では、無添加のタンタル酸リチウム結晶の比較例1やMg及びFeの金属元素をそれぞれ添加した比較例2及び3に比べて、その温度係数の絶対値がかなり小さい値であることが確認された。また、陽イオンを1.0モル%から3.4モル%の範囲で含有した実施例1〜6では、すべての温度係数の絶対値が20ppm/℃以下の値であるから、温度特性が大幅に改善されたことが確認された。
一方、比較例1〜3では、温度係数の絶対値がいずれも30ppm/℃以上の大きい値であり、従来のものと差がないことが確認された。
なお、温度係数を測定した弾性波素子の試料について、その電気機械結合係数を測定したところ、無添加の比較例1と差がないことも確認された。
【0031】
実施例については、以上のとおりであるが、本発明は、上記実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想と実質的に同一で、かつ同様な作用効果を奏する場合は、本発明の技術的範囲に包含されることは云うまでもない。