特許第5967936号(P5967936)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5967936骨折リスクの低減及び/又は骨折の予防のための組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5967936
(24)【登録日】2016年7月15日
(45)【発行日】2016年8月10日
(54)【発明の名称】骨折リスクの低減及び/又は骨折の予防のための組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 33/30 20060101AFI20160728BHJP
   A61P 19/08 20060101ALI20160728BHJP
   A61P 19/10 20060101ALI20160728BHJP
【FI】
   A61K33/30
   A61P19/08
   A61P19/10
【請求項の数】6
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2011-503829(P2011-503829)
(86)(22)【出願日】2010年3月9日
(86)【国際出願番号】JP2010053907
(87)【国際公開番号】WO2010104079
(87)【国際公開日】20100916
【審査請求日】2013年2月14日
【審判番号】不服2015-7774(P2015-7774/J1)
【審判請求日】2015年4月27日
(31)【優先権主張番号】特願2009-61838(P2009-61838)
(32)【優先日】2009年3月13日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006138
【氏名又は名称】株式会社明治
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(72)【発明者】
【氏名】長田 昌士
(72)【発明者】
【氏名】原 博
【合議体】
【審判長】 蔵野 雅昭
【審判官】 横山 敏志
【審判官】 穴吹 智子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−036256(JP,A)
【文献】 特開平11−080107(JP,A)
【文献】 特表2002−520280(JP,A)
【文献】 J. Med. Food, 2009年, Vol.12 No.1, p.118−123
【文献】 J. Bone Miner. Metab., 2000年, Vol.18 No.5, pp.264−270
【文献】 Arch. Oral. Biol., 1990年, Vol.35 No.6, pp.425−430
【文献】 Am. J. Clin. Nutr., 2004年, Vol.79 No.5, pp.826−830
【文献】 Food Chem. Toxicol., 2005年, Vol.43 No.10, pp.1497−1505
【文献】 Int. J. Mol. Med., 2003年, Vol.12 No.5, pp.755−761
【文献】 日本骨形態計測学会雑誌,1995年,Vol.5,pp.25−32
【文献】 The Bone,1999年,Vol.13 No.3,pp.69−73
【文献】 Biomed. Res. Trace Elem.,2007年,Vol.18 No.4,pp.346−366
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K31/00−33/44
A61P1/00−43/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JST7580/JMEDPlus(JDreamIII)
CiNii
J−STAGE
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
亜鉛換算で1日当たり7〜40mgの摂取量となる亜鉛を有効成分とする、成人及び/又は老人の男性の骨折リスクの低減及び/又は骨折の予防のための医薬組成物であって、該男性の母親に該男性を妊娠可能な時期から妊娠中及び授乳中に投与することを特徴とする、前記医薬組成物。
【請求項2】
亜鉛換算で1日当たり10mgよりも多く30mgよりも少なくなる摂取量となるよう亜鉛を含有する請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
亜鉛換算で1日当たり7〜40mgの摂取量となる亜鉛を有効成分とする男性の骨折リスクの低減剤及び/又は骨折の予防剤であって、該男性の母親に妊娠前及び妊娠中に投与することを特徴とする、骨折リスクの低減剤及び/又は骨折の予防剤。
【請求項4】
亜鉛換算で1日当たり10mgよりも多く30mgよりも少なくなる摂取量となるよう亜鉛を含有する請求項3に記載の剤。
【請求項5】
亜鉛換算で1日当たり7〜40mgの摂取量となる亜鉛を有効成分とする、男性の成人骨粗鬆症及び/又は老人性骨粗鬆症の改善及び/又は予防のための医薬組成物であって、該男性の母親に該男性を妊娠可能な時期から妊娠中及び授乳中に投与することを特徴とする、前記医薬組成物。
【請求項6】
亜鉛換算で1日当たり10mgよりも多く30mgよりも少なくなる摂取量となるよう亜鉛を含有する請求項5に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、骨折リスクの低減及び/又は骨折の予防のための組成物に関する。より具体的には、本願発明は、骨折リスクの低減及び/又は骨折の予防に有効な経口で摂取できる医薬組成物又は食品組成物(経口摂取剤)に関する。
【背景技術】
【0002】
近年では人口の高齢化が進むにつれ、骨折は高齢者の自立的生活、健康な生活を脅かすものとして注目を集めている。高齢者が寝たきりとなる最大の原因の一つが骨折である。また、骨折を増加させる原因の1つとして骨粗鬆症が挙げられる。健康な老人生活を送るためにも、骨折リスクを低減したり、骨折を予防したりすることは、今後にも老化が進む先進国では極めて重要となっている。
【0003】
骨折とは骨が折れたり、骨にヒビが入るなどすることであり、骨強度を上げることで、骨折リスクを低下させて、骨折を予防することができる。骨強度の主な決定因子には、(1)骨量・骨密度、(2)骨質がある。そして、骨質を示す特性には、構造特性と材料特性がある。構造特性には、マクロ的な骨構造や骨寸法、ミクロ的な海綿骨の骨梁構造と皮質骨(緻密骨)の形態・多孔化が含まれる。材料特性には、ミネラル化度や結晶サイズ、コラーゲン、マイクロダメージが含まれる(非特許文献1)。
【0004】
骨粗鬆症は幾つかの態様に分けられ、例えば、(1)特定の病気や薬品により生じる続発性の骨粗鬆症と、(2)様々な原因が重なって起こると考えられている原発性の骨粗鬆症に分けることができる。原発性の骨粗鬆症の主要なものでは、閉経後の女性がかかる骨粗鬆症と老人性骨粗鬆症を挙げることができる。
【0005】
閉経後の女性がかかる骨粗鬆症はエストロゲンの低下により引き起こされる。エストロゲンは主要な骨代謝調節因子であり、エストロゲンの低下により骨量が低下して、骨粗鬆症を発症するものとされている。
【0006】
他方、男性や閉経後の急性期後の女性がかかる老人性の骨粗鬆症では、その原因は複合的なものとされ、性ホルモンの低下、全身性ホルモンやサイトカイン作用の変化により起こるものと考えられている。加齢により細胞レベルでも、骨芽細胞前駆細胞や成熟骨芽細胞の増殖能と機能が低下する。また、加齢により骨吸収が増進し、骨形成が衰えるといわれている。さらに、老化により内分泌系が変化して、成長ホルモンやIGF-Iの濃度が低下し、このため骨形成が低下する、性ホルモンの低下により男性でも骨量の減少を起こすといわれている。
【0007】
以前から、閉経後の女性の骨粗鬆症では、エストロゲンが投与されるなどしている。しかしながら、エストロゲンは子宮出血、乳房の膨張などの副作用があること、子宮内膜癌、乳癌を誘発させる可能性があることなどの問題点を有している(非特許文献2)。また、活性型ビタミンDやビスフォスフェート、マグネシウム、カルシウム、カゼインホスホペプチドなども骨粗鬆症の治療に利用されている。
【0008】
さらに、最近では、ビタミンKの利用と、ビタミンK2と亜鉛の併用が骨粗鬆症の改善剤や予防剤として知られている(特許文献1)。また、高齢者の転倒・骨折防止に役立つ、骨量・筋肉量の増加効果を持つ組成物として、クレアチン類とビタミンD類、グルコサミン類、グリコサミノグリカン類を有効成分する、骨・筋肉増強用食品組成物が開発されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平10-036256号
【特許文献2】特開2008-237070号
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】CLINICAL CALCIUM Vol.14, No.12, 2004
【非特許文献2】John A. Kanis, "Osteoporosis", Blackwell Science, 1994, p.150-169
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本願発明では、男性の骨折リスクの低減及び/又は骨折の予防、特に成人男性、老人男性、さらに男性の成人骨粗鬆症及び老人性骨粗鬆症の改善又は予防に有効な医薬組成物若しくは(健康)食品組成物の開発を第1の課題とする。
【0012】
また、本願発明では、哺乳動物の雄の骨折リスクの低減及び/又は骨折の予防、特に成長した哺乳動物の雄、老いた哺乳動物の雄、さらに哺乳動物の成長した雄の骨粗鬆症及び老齢の骨粗鬆症の改善又は予防に有効な医薬組成物若しくは飼料組成物の開発を第2の課題とする。
【0013】
さらに、本願発明では、妊娠可能時期から妊娠中、或いは妊娠可能時期から妊娠中及び授乳時期に母親に投与することにより生まれた男性又は哺乳動物の雄の骨折リスクの低減及び/又は骨折の予防するための医薬組成物又は(健康)食品組成物若しくは飼料組成物の開発を第3の課題とする。
【0014】
また、以前からの骨折防止剤又は、骨粗鬆症予防剤若しくは治療剤は、骨量や骨密度を指標にして開発されており、実際に骨強度が改善しているか否かの確認や実証が十分ではなかった。そこで、本願発明では、実際に骨強度を改善していることを確認や実証した、骨折リスクを低減できる医薬組成物又は食品組成物の開発を第4の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本願発明者等は、妊娠前で妊娠可能な時期及び妊娠中並びに授乳中までの期間、又は少なくとも妊娠中の期間に、有効量の亜鉛を女性又は哺乳動物の母親に投与することにより、その女性又は動物の母親から生まれた男児又は雄性の仔が成人期に達したときの骨折リスクを有意に低減できることを見出して、本願発明を完成させた。
【0016】
本明細書は本願の優先権の基礎である日本国特許出願2009-061838号の明細書および/または図面に記載される内容を包含する。
【発明の効果】
【0017】
本願発明は、女性に亜鉛を投与することで、その女性から生まれた男児が成人期(以下「成人したとき」、「成人」、「成長後」などともいう。)又は老齢期に達したときに、その男性の骨折リスクの低減及び/又は骨折の予防を可能とするという格別に優れた効果を奏するものである。
【0018】
さらに、本願発明は、哺乳動物の母親に亜鉛と投与することで、その母親から生まれた雄性の仔が成長したとき(以下「成人」ともいう)又は老齢期に達したときに、雄の骨折リスクの低減及び/又は骨折の予防を可能とするという格別に優れた効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】X線CT撮影による当該仔マウスの皮質骨厚(cm) *p<0.05 で有意差あり
図2】全骨面積に対する皮質骨の面積の比率にあたる皮質骨面積比率(%) *p<0.05 で有意差あり
図3】曲げに対する骨強度を示す最小断面2次モーメント(mg・cm) *p<0.05 で有意差あり
図4】ねじれに対する骨強度を示す断面2次極モーメント(mg・cm) *p<0.05 で有意差あり
図5】右大腿骨の3点折れ試験による最大曲げエネルギー(mJ) *p<0.05 で有意差あり
図6】海綿骨の組織体積(mm3) *p<0.05 で有意差あり
図7】皮質骨の全骨量(mg) *p<0.05 で有意差あり
図8】血中の25(OH)ビタミンD3濃度(nmol/L) *p<0.05 で有意差あり
【発明を実施するための形態】
【0020】
1.はじめに
骨粗鬆症は従来、骨量の減少を原因とする骨折を含む病気を指すものとされてきたが、現在では骨折リスクの増加した疾患とされてきている。そして、骨粗鬆症の治療薬には、骨折の予防的治療が必要であることが広く認識されるようになってきている。
【0021】
閉経後のエストロゲンの減少に伴う骨粗鬆症では、その原因が解明されて治療方法が確立されつつあるが、男性の骨強度の低下に伴う骨折では、その原因が複合的要因によるものとされ、未だに根本的な治療方法や予防方法は開発されていない。
【0022】
ところで、近年では妊娠中の栄養と生まれた子の健康状態に相関性のあることが知られるようになってきている。例えば、妊娠中の葉酸の摂取と、脳や脊髄などの神経管に起きる先天異常である神経管閉鎖障害に相関性のあることが見出されている。妊婦が葉酸を摂取することにより、生まれてくる子に神経管閉鎖障害が起きる危険性を低減させることができるといわれており、胎児の神経管が作られるのが妊娠初期の頃であることから、受胎前後に充分に葉酸を摂取することが推奨されている。
【0023】
このような観点なども含めて、妊娠期の栄養と出生児のその後の成長及び健康状態との関係について研究されている。
【0024】
2.微量元素の亜鉛の摂取とその役割
亜鉛は生体内で触媒的機能、構造的機能及び調節的機能を果たしているといわれている。亜鉛依存的酵素には300〜500種もあり、代表的なものだけでも、RNAポリメラーゼ、アルカリファターゼなどが挙げられる。また、Zinc-finger proteinを代表とした、亜鉛結合により構造が維持されるタンパク質が生体内には多数で存在する。具体的には、ヒトの生体内には、亜鉛結合性のタンパク質だけでも2800種もあると見積もられている。
【0025】
さらに、亜鉛の調節機能も多岐に亘るが、亜鉛はアポトーシスにも関与するほか、細胞内のシグナル伝達物質でも働いていることが分かりつつある。
【0026】
このように、亜鉛の体内における多様な役割から、亜鉛欠乏症には、成長障害、性腺機能低下、味覚・嗅覚障害、脱毛、免疫低下などが知られている。
【0027】
日本人の推奨亜鉛摂取量は「2005年度版 日本人の食事摂取基準」によれば、妊娠可能年齢における1日当たりの推奨量の7mgに対して、妊婦の1日当たりの付加量は3mgとなり、妊娠期では1日当たりの推奨量は10mgとされている。しかしながら、平成17年度の国民健康・栄養調査によれば、妊婦の実に9割程度が付加量を含む亜鉛の1日の必要な摂取量を充足していない。
【0028】
また、「2005年度版 日本人の食事摂取基準」によれば、妊娠可能年齢における1日当たりの亜鉛の摂取量は30mgを上限とされているが、亜鉛の経口毒性は非常に低く、余程に大量で摂取しなければ、過剰症は起きないとされている。
【0029】
一方、アメリカの公的な栄養指針である「Dietary Reference Intakes for Vitamin A, Vitamin K, Arsenic, Boron, Chromium, Copper, Iodine, Iron, Manganese, Molybdenum, Nickel, Silicon, Vanadium, and Zinc」(Food and Nutrition Board, Institute of Medicine, 2000)によれば、妊娠可能な年齢における1日当たりの推奨量の8mgに対して、妊婦における1日当たりの推奨量は11〜12mgであり、成人女性における1日当たりの亜鉛の摂取量は40mgを上限とされている。
【0030】
3.骨折リスクと骨強度
現在では骨粗鬆症は骨強度の低下を特徴とし、骨折リスクを増加させる骨疾患であると定義されており、骨強度は骨密度と骨質を統合したものである。従来では骨折リスクの評価として骨量や骨密度に特に関心が向けられてきた。骨量測定では、患者の負担が少なく、臨床的に優れているが、骨折リスクの評価として様々な問題がある。例えば、フッ素による治療では、骨量は増加するにもかかわらず、骨折防止効果はほとんどない。また、ラロキシフェンによる治療でも、対照群で骨量が増加した場合より、骨量が減少した場合に、骨折発生率が低いといわれている。つまり、骨量の増加と骨折の抑制効果の関係は、必ずしも一致しない(Clinical Calcium 第14巻 12号 11-26ページ)。このように、骨量測定では、骨折又は骨粗鬆症の治療効果の指標には限界の生ずることが明らかとなり、最近では骨強度と骨質の評価の重要性が認識されてきている。
【0031】
骨質を表す特性には、マクロ的な骨構造や骨寸法、ミクロ的な海面骨の骨梁構造や骨寸法、ミクロ的な海面骨の骨梁構造と皮質骨の形態・多孔化などの「構造特性」と、ミネラル化度、結晶サイズ、マイクロダメージなどの「材料特性」がある。例えば、マクロ的な骨構造の評価方法には、dual−Xray-absorptiometryを用いる方法(例えば、大腿骨頚部長など)、断面CTを用いる方法(例えば、長管骨など)、マイクロCTを用いる方法(海面骨の骨梁構造、微細骨)を挙げられる。骨材料の評価方法には、骨ミネラル度の定量的な後方散乱電子イメージング(quantative backscattered electron imaging qBEI)や走査型電子顕微鏡を用いた方法、シンクロトロン放射光CTを用いる方法などを挙げられる(Clinical Calcium 第14巻 第12号 27-32ページ)。
【0032】
4.男性の骨折リスク又は老人性骨粗鬆症と妊婦の亜鉛の摂取/哺乳動物の雄の骨折リスク又は老人性骨粗鬆症と哺乳動物の母親の亜鉛の摂取
本願発明者等は、少なくとも妊娠中、妊娠可能な時期から妊娠中、又は妊娠可能な時期から妊娠中更には授乳期間中において、ヒトを含む哺乳動物の母親に十分量の亜鉛を与えることにより、その母親から生まれた男性又は哺乳動物の雄性の仔で、骨折リスクを低下できること、さらに、成人期及び老人性の骨折リスクを有意に低下できることを見出した。従来の骨粗鬆症薬は全て、骨粗鬆症患者又は骨粗鬆症にかかる恐れのある場合に対して投与するものであるが、本願発明は、母親の妊娠前から妊娠中に亜鉛を投与することで、その男児又は哺乳動物の雄性の仔の成人後又は老人期に骨折リスクを低下させるという、画期的な発明である。
【0033】
本願発明は、亜鉛を有効成分として含有する組成物であって、妊婦又は哺乳動物の母親に投与することにより、その妊婦又は哺乳動物の母親が出産した男性又は雄性の仔の骨折リスクの低下に有効な組成物を包含する。
【0034】
さらに、本願発明は、亜鉛を有効成分として含有する組成物であって、妊婦又は哺乳動物の母親に投与することにより、その妊婦又は哺乳動物の母親が出産した男性又は哺乳動物の雄の成人骨粗鬆症及び老人性骨粗鬆症の改善又は予防に有効な組成物を包含する。
【0035】
なお、上記の組成物は、医薬(用)組成物、食品(用)組成物、又は飼料(用)組成物の、いずれであっても良い。そして、哺乳動物とは、ヒトも含むが、家畜やペット及び実験動物なども含む。
【0036】
ところで、後述した実施例では、母親が妊娠可能な時期から妊娠中と授乳中に亜鉛を摂取した効果は、その母親から生まれた男児において、骨折リスクの低減と骨折の予防への有効性の向上として顕著に現れていた。つまり、母親が亜鉛を摂取した場合と摂取しない場合を実験的に比べたところ、その母親から生まれた男児において、骨折リスクの低減と骨折の予防への有効性で、明らかな有意差をもって、母親が亜鉛を摂取した場合が優れていた。
【0037】
一方、後述した実施例では、母親が妊娠可能な時期から妊娠中と授乳中に亜鉛を摂取した効果は、その母親から生まれた女児においても、骨折リスクの低減と骨折の予防への有効性の向上として現れていることもあった。つまり、母親が亜鉛を摂取した場合と摂取しない場合を実験的に比べたところ、その母親から生まれた女児において、骨折リスクの低減と骨折の予防への有効性で、有意差は見られなかったものの、母親が亜鉛を摂取した場合が優れている傾向も見られた。
【0038】
すなわち、母親が妊娠可能な時期から妊娠中と授乳中に亜鉛を摂取する効果は、男児に対してのみではなく女児に対しても、骨折リスクの低減と骨折の予防への有効性の向上として期待できるものである。
【0039】
なお、改めて述べるまでもなく、出産に際して男性や女性の産み分けが可能な特殊な場合を除き、妊娠中の超音波診断などを通じて出生児の性別が判明されない限り、出生児の性別は不明であるが、いかなる妊娠可能な女性はもとより、いかなる妊娠中の女性でも、亜鉛の投与による有効性を事実上で損なうものではない。そして、家畜やペット及び実験動物などでも、前記と同様の亜鉛の投与による有効性を事実上で損なうものではないことも明らかである。
【0040】
4−1.医薬用組成物
本願発明では、亜鉛を有効成分として含有する医薬組成物であって、妊婦又は哺乳動物の母親に投与することにより、当該妊婦又は哺乳動物の母親から生まれた男性又は雄が成人したときの骨折リスクの低下並びに成人骨粗鬆症及び老人性骨粗鬆症の改善又は予防に有効な医薬組成物を包含する。
【0041】
本願発明の医薬組成物は、亜鉛として、亜鉛を含む化合物や組成物なども含めて、いずれのものでも良いが、例えば、硫酸亜鉛、塩化亜鉛、無機亜鉛、グルコン酸亜鉛、キレート亜鉛、ピコリン酸亜鉛などを挙げられ、さらに、亜鉛結合タンパク質、亜鉛結合ペプチドなども挙げられる。
【0042】
本願発明の医薬組成物は、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、液剤など、適宜の剤形とすることができる。製剤化には、賦形剤、結合剤、崩壊剤、及び滑沢剤など、製剤化のために常用される補助剤を添加することができる。賦形剤では、例えば、デンプン、乳糖、白糖、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、アルギン酸ナトリウム、リン酸水素カルシウム、合成ケイ酸アルミニウム、微結晶セルロース、ポリビニルピロリドン(PVP)、ハイドロキシプロピルスターチ(HPS)などがある。 また、結合剤では、デンプン、微結晶セルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリビニルピロリドン(PVP)、アラビアゴム末、ゼラチン、ブドウ糖、白糖などの水溶液、又はそれらの水・エタノール溶液などがある。崩壊剤では、デンプン、カルボキシルメチルセルロース、カルボキシルメチルセルロースカルシウム、微結晶セルロース、ハイドロキシプロピルスターチ、リン酸カルシウムなどがある。滑沢剤では、カルナバロウ、軽質無水ケイ酸、合成ケイ酸アルミニウム、天然ケイ酸アルミニウム、合成ケイ酸マグネシウム、硬化油、硬化植物油誘導体(ステロテックスHM)、ゴマ油、サラシミツロウ、酸化チタン、乾燥水酸化アルミニウム・ゲルステアリン酸、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム、タルク、リン酸水素カルシウム、及びラウリル硫酸ナトリウムなどがある。
【0043】
本願発明の医薬組成物は、亜鉛の形態に応じ、種々の投与の形態を採ることができるが、好適には、経口投与の形態とすることができる。
【0044】
本願発明の医薬組成物は、投与した母親から生まれた男子が成人し、成人期・老年期に骨折リスクを低下できる、或いは骨粗鬆症に罹患するリスクを低減できる有効量の亜鉛を含有する。より具体的には、亜鉛換算で1日当たり、7〜40mgの摂取量となるように投与することができる。食事等の方法による亜鉛の摂取量を考慮して、亜鉛換算で1日当たり7〜40mgの摂取量となるように投与することができる。さらに具体的には、亜鉛換算で1日当たり、1〜40mg、望ましくは4〜30mg、より望ましくは6〜30mg、さらに望ましくは10mgよりも多く30mgよりも少ない摂取量で投与することができる。
【0045】
また、本願発明の医薬組成物は、妊娠可能な時期から妊娠中及び授乳中までの期間に投与することができる。また、前述の期間に投与することが望ましいが、妊娠中に投与することは最低限で必要だと考えられる。
【0046】
なお、本願発明の医薬組成物は、骨折リスクの低下剤、成人骨粗鬆症及び老人性骨粗鬆症の改善剤又は予防剤とも表記される。
【0047】
4−2.食品組成物 : 健康食品、特定保健用食品、妊婦用の特別用途食品又は栄養補助食品
本願発明では、亜鉛を有効成分として含有する食品組成物であって、妊婦又は哺乳動物の母親に投与することにより、当該妊婦又は哺乳動物の母親から生まれた男性又は雄が成人したときの骨折リスクの低下並びに成人骨粗鬆症及び老人性骨粗鬆症の改善又は予防に有効な食品組成物を包含する。
【0048】
本願発明の食品組成物は、亜鉛として、亜鉛を含む化合物や組成物なども含めて、いずれのものでも良いが、例えば、硫酸亜鉛、塩化亜鉛、無機亜鉛、グルコン酸亜鉛、キレート亜鉛、ピコリン酸亜鉛などを挙げられ、さらに、亜鉛結合タンパク質、亜鉛結合ペプチドなども挙げられ、これら亜鉛又は亜鉛を含む化合物若しくは組成物を食品に所要量で添加することができる。
【0049】
本願発明の食品組成物は、チーズ、酵母、レバー、肉、及び納豆など、亜鉛を多量に含む食品をそのまま、或いは処理して、他の食品又は食品原料に添加して調製することができる。前記の処理には、乾燥、粉砕、裁断など、他の食品原料に添加しやすい処理を挙げられる。他の食品又は食品原料とは、加工食品を含む食品、及び飲料、並びに食用原料、及び飲用原料など、いずれでも良い。
【0050】
本願発明の食品組成物は、投与した母親から生まれた男子が成人し、成人期・老年期に骨折リスクを低下できる、或いは、骨粗鬆症に罹患するリスクを低減できる有効量の亜鉛を含有する。より具体的には、亜鉛換算で1日当たり、7〜40mgの摂取量となるように亜鉛を含有する。食事等の方法による亜鉛の摂取量を考慮して、亜鉛換算で1日当たり、7〜40mgとなるように亜鉛を含有する。さらに具体的には、亜鉛換算で1日当たり、1〜40mg、望ましくは4〜30mg、より望ましくは6〜30mg、さらに望ましくは10mgよりも多く30mgよりも少なくなるように含有することができる。
【0051】
また、本願発明の食品組成物は、妊娠可能な時期から妊娠中及び授乳中までの期間に摂取することができる。また、前述の期間に摂取することが望ましいが、妊娠中に摂取することは最低限で必要だと考えられる。
【0052】
食事などの方法による亜鉛の摂取量は、例えば、五訂増補 日本食品標準成分表 食品成分表を用いて算出したり、五訂 日本食品標準成分表 分析マニュアルを用いるなどして、食品中の亜鉛量を実際に測定したりすることで求められる。
【0053】
本願発明の食品組成物は、健康食品、特定保健用食品、妊婦用の特別用途食品又は栄養補助食品とすることができる。前記の食品組成物は、固体状(粉末、顆粒状など)、ペースト状、液状ないし懸濁状などの、いずれでも良く、例えば、ドリンク剤とする場合には、甘味料、酸味料、ビタミン剤、その他ドリンク剤の製造に常用される添加物を加えることもでき、健康食品、特定保健用食品、妊婦用の特別用途食品又は栄養補助食品とする場合には、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、液剤など、適宜の剤形のサプリメントとすることもできる。
【0054】
なお、本願発明の食品組成物は、骨折リスクの低下剤、成人骨粗鬆症及び老人性骨粗鬆症の改善剤又は予防剤とも表記される。
【0055】
さらに、本願発明は、亜鉛を有効成分として含有する健康食品、特定保健用食品、妊婦用の特別用途食品又は栄養補助食品を調製するための食品添加剤とすることもできる。
【0056】
[実施例]
【実施例1】
【0057】
本実施例では、加齢性骨粗鬆症モデルのSAM(Senescence-Accelerated Mouse)P6を使用した。SAMP6(マウス)は16週齢程度で、対照のSAMR1に対して、有意に骨量の減少を伴うことが報告されている。SAMP6(マウス)は20週齢程度で、高齢期の骨粗鬆症を十分に評価できる。また、亜鉛欠乏を伴う齧歯類の事例に、本実施例では、中間的な亜鉛欠乏状態として7ppmの亜鉛レベルを設定した。過去には亜鉛欠乏状態として1ppmなどの極めて低い亜鉛レベルを設定した実験が多数で報告されているものの、そのような極めて低い亜鉛レベルの飼料を摂取し続けると、摂食量が著しく減少したり、摂食量の日間変動が大きくなったりする。極めて低い亜鉛レベルの飼料の摂取による実験では、単に摂取カロリーの低下や摂食異常による現象(影響)を観察(確認)しているのであって、純粋に亜鉛欠乏による影響を確認する試験として全くの不適である。
【0058】
SAMP6のメス(8週齢)に、亜鉛を7ppmで含む飼料(中程度の低い亜鉛レベルの飼料、以下「低レベル群」ともいう)、或いは35ppmで含む飼料(適切な亜鉛レベルの飼料、以下「適切レベル群」ともいう)を摂取させた。これら亜鉛飼料の摂取から2週間後に、当該メスマウスを同系のオスマウスと交配させて妊娠させた。
【0059】
当該メスマウスには妊娠中にも、交配前と同じ飼料を摂取させた。当該メスマウス(母マウス)には出産後に、適切な亜鉛レベルの飼料を摂取させ、仔マウスには離乳後に、同じく適切な亜鉛レベルの飼料を摂取させた。
【0060】
なお、本実施例では、以下の項目を測した。
【0061】
(1)当該仔マウスの4、8、12週齢に、ラシータLCT-100A(アロカ社)により、X線CT撮影を施し、骨関連パラメーターを測定した。
【0062】
(2)当該仔マウスの20週齢を解剖し、左右の大腿骨及び血液を採取した。
【0063】
(2−1)右大腿骨では、骨硬度試験機のModel TK-252C(室町機械社)を用いて、3点折れ試験法により骨強度を測定した。
【0064】
(2−2)左大腿骨では、TDM1000(ヤマト科学社)を用いて、マイクロCT撮影を施し、成長板の付近にある皮質骨及び海綿骨の詳細な形態学的パラメーターを画像解析ソフトのTRI/3D-BON(ラトックシステムエンジニアリング社)により解析した。
【0065】
(2−3)血液では、血清中の25-ヒドロキシエルゴカルシフェロール(以下「25(OH)ビタミンD3」ともいう)について、市販のキットの25-Hydroxy Vitamin D EIA(Immunodiagnostic systems Ltd社)を用いて測定した。
【0066】
骨代謝が性別によって異なる挙動を示すことは周知の事実であることから、それぞれの測定値には、性別毎にスチューデントt-testにより統計解析を施し、p<0.05を統計的に有意と見なした。なお、統計解析には、市販のソフトのStatView Ver5.0(SAS Institute Inc.社)を用いた。
【0067】
(結果)
(1)仔マウスの4、8、12週齢における、X線CT撮影及び骨関連パラメーターの測定結果(図1図4
解剖前のX線CT撮影による皮質骨厚(図1)では、当該仔マウスの4週齢で、オスに対して特異的に、亜鉛レベルに応じた統計的な有意差が認められ、低レベル群のオス仔マウスで、適切レベル群のオス仔マウスに比較して有意に低下した。また、全骨面積に対する皮質骨の面積の比率に当たる皮質骨面積比率(図2)でも同様に、低レベル群のオス仔マウスで、適切レベル群のオス仔マウスに比較して、有意に低下した。当該仔マウスの8週齢では、仔マウス(出生児)の形態学的パラメーターに何らの有意差も認めされなかった。
【0068】
その後に、当該仔マウスの12週齢では、オスに対して特異的に、亜鉛レベルに応じた統計的な有意差が再び認められた。具体的には、皮質骨厚では、低レベル群のオス仔マウスで、適切レベル群のオス仔マウスに比較して有意に低下した。また、曲げに対する骨強度を示す最小断面2次モーメント(図3)と、 捻れに対する骨強度を示す断面2次極モーメント(図4)では、いずれも低レベル群のオス仔マウスで、適切レベル群のオス仔マウスに比較して有意に低下した。一方、メス仔マウスでは、4、8、12週齢で同様に測定しても、両群間に統計的な有意差を認められなかった。
【0069】
上記のように、妊娠前及び妊娠中に、低亜鉛状態を施した母マウスから出生した仔マウスでは離乳後に、オスに対して特異的に、骨成長の抑制が認められるものの、途中では同程度に成長が追い付き、その後に、成獣期以降では再度、皮質骨厚の低下が認められ、骨強度の低下が認められた。母マウスと仔マウスでは授乳期と離乳後以降にも、亜鉛を充足した適切な亜鉛レベルの飼料を摂取させていることから、この現象は、亜鉛の充足により、一旦は回復の認められた骨状態が成長後に再度、悪化することを示している。
【0070】
(2−1)仔マウスの20週齢における、右大腿骨の3点折れ試験による骨強度測定(図5
解剖後に摘出した右大腿骨の強度のうち、折れに至る最大曲げエネルギーは、オスに対して特異的に、亜鉛レベルに応じた統計的な有意差が認められ、低レベル群のオス仔マウスで、適切レベル群のオス仔マウスに比較して有意に低下した(図5)。一方、メス仔マウスでは、当該パラメーターにおいて両群間に統計的な有意差は認められなかった。折れに至る最大曲げエネルギーは、骨の脆性を示すデータであることから、それの低下が認められた低レベル群のオス仔マウスでは、実際に骨折リスクが高まっていることが示唆されたこととなる。
【0071】
(2−2)仔マウスの20週齢における、左大腿骨のマイクロCT撮影による、成長板の付近の骨塩量及び形態学的パラメーターの測定結果(図6図7
左大腿骨の微細骨の形態学的パラメーターのうち、海綿骨の組織体積(以下「TV」ともいう)(図6)と、皮質骨の全骨量(以下「BMC」ともいう)(図7)では、低レベル群のオス仔マウスで、適切レベル群のオス仔マウスに比較して有意に低下した。一方、メス仔マウスでは、いずれのパラメーターにおいても両群間に統計的な有意差は認められなかった。これらのことから、20週齢の時点で、低レベル群の仔(子)の大腿骨は、オスに対して特異的に、皮質骨と海面骨の、いずれでも骨量が減少し、皮質骨の骨塩量が減少することにより、脆弱になったものと考えられた。
【0072】
(2−3)仔マウスの20週齢における、血清中の25(OH)ビタミンD3濃度の測定結果(図8
血中の25(OH)ビタミンD3濃度の測定(図8)では、低レベル群のオスマウスで、適切レベル群のオス仔マウスに比較して統計的に有意に低下した。一方、メス仔マウスでは、両群間に統計的な有意差が認められなかった。25(OH)ビタミンD3は、活性型ビタミンD3といわれる1,25-ジヒドロキシエルゴカルシフェロール(以下「1,25(OH)2ビタミンD3」ともいう)の前駆体である。そして、1,25(OH)2ビタミンD3は、骨芽細胞の核内に存在するvitamin D responsive elementを介した転写制御に影響し、骨形成に重要な役割を果たしている。このことから、低レベル群のオス仔マウスにおける血中の25(OH)ビタミンD3の低下は、マイクロCT画像で得られた解析結果を反映するように、骨形成の低下に寄与しているものと考えられた。
【0073】
(考察)
以上より、オス仔マウスは、その母親の妊娠前及び妊娠中の亜鉛の摂取量に依存して成長後の骨への影響を受けることが示唆された。妊娠前及び妊娠中の栄養が仔(子)の骨の長期的予後に与える影響では、妊娠中の摂取タンパク質量を低下させたラットモデルで長期的予後に骨の脆弱性を示唆することが報告されている(Lanhamら(2008) Osteoporosis Int 19: 147-156及び157-167)。また、疫学的には、胎児期及び乳幼児期における低成長と、成人期における骨折リスクの上昇との関連性が指摘されている(Cooperら(1995) J Bone Miner Res 10: 940-947, Cooperら(1997) Ann Rheum Dis 56: 17-21, Cooperら(2002) Calcif Tissue Int 70: 391-394, Fallら(1998) J Clin Endocrinol Metab 83: 135-139)。しかしながら、妊娠前及び妊娠中の亜鉛が仔(子)の成長後の骨に与える長期的影響は、これまで報告されておらず、本実施例は新規な知見である。
【0074】
本実施例にあるオスの仔(男性の子)に対する特異的な影響は、世代間を超えた現象であり、従来の遺伝的な影響だけでは説明できず、DNAのメチル化やヒストンのアセチル化或いは、その他のエピジェネティックな現象が妊娠前や妊娠中に起こっている可能性が考えられる。より具体的には、メス(母親)の妊娠前や妊娠中の低亜鉛状態により、活性型ビタミンDや骨代謝系などのエピジェネティックな現象として、オスの仔(男性の子)に対して特異的に影響していることが予想される。
【0075】
亜鉛では、その用量を多く摂取できる食品が極めて乏しいことや、日常の食事で多く摂取される穀類、野菜、豆類などにより、その利用性が低下することなどから、日常で無自覚に亜鉛を摂取すること自体が難しい。平成17年度の国民健康・栄養調査によれば、妊婦の実に9割程度が付加量を含む亜鉛の1日当たりの摂取量を充足していない。また、世界の約8割の妊婦が亜鉛を充足していないという実態もある(Caulfieldら(1998) Am J Clin Nutr 68 (Suppl): 499S-508S)。
【0076】
定性的な解釈として、実験動物における亜鉛欠乏状態の現象を、ヒトへ外挿することに議論の余地はなく、男児の成人期における骨への影響の観点から、母親の妊娠期における亜鉛の摂取が大変に重要であることが実証された。
【0077】
本実施例では、メスマウスが妊娠前や妊娠中に、適切な亜鉛レベルの飼料を摂取することで、オス仔マウスの骨粗鬆症を予防して、骨折リスクを緩和できることを確認した。本実施例では、妊娠前や妊娠中に適切な亜鉛レベルの食事を摂取すると、亜鉛の摂取不足に起因した成人期・高齢期における骨折リスクを、出生男性に対して特異的に回避できる可能性を新規に見出した。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本願発明は、ヒトを含む哺乳動物の雄の骨折リスクの低下若しくは骨粗鬆症の予防又は改善のための医薬品製造業の分野、並びに哺乳動物の雄の骨折リスクの低下又は骨折の予防のための食品製造業若しくは飲料製造業の分野又は飼料製造業の分野で利用することができる。
【0079】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8