特許第5972244号(P5972244)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5972244耐インバータサージ絶縁ワイヤ及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5972244
(24)【登録日】2016年7月22日
(45)【発行日】2016年8月17日
(54)【発明の名称】耐インバータサージ絶縁ワイヤ及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01B 7/02 20060101AFI20160804BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20160804BHJP
   H01B 7/00 20060101ALI20160804BHJP
【FI】
   H01B7/02 Z
   H01B7/02 C
   H01B13/00 517
   H01B7/00 303
【請求項の数】4
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2013-212739(P2013-212739)
(22)【出願日】2013年10月10日
(62)【分割の表示】特願2012-263749(P2012-263749)の分割
【原出願日】2012年11月30日
(65)【公開番号】特開2014-110241(P2014-110241A)
(43)【公開日】2014年6月12日
【審査請求日】2015年8月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】509216094
【氏名又は名称】古河マグネットワイヤ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100076439
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 敏三
(74)【代理人】
【識別番号】100131288
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 尚祐
(72)【発明者】
【氏名】福田 秀雄
(72)【発明者】
【氏名】武藤 大介
(72)【発明者】
【氏名】藤原 大
(72)【発明者】
【氏名】冨澤 恵一
【審査官】 北嶋 賢二
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−123390(JP,A)
【文献】 特開2005−203334(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/02
H01B 7/00
H01B 13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
矩形状の断面を有する導体の外周に、少なくとも1層のエナメル焼付層と、その外側に少なくとも1層の押出被覆樹脂層とを有し、耐インバータサージ絶縁ワイヤの断面における前記エナメル焼付層と前記押出被覆樹脂層の断面形状が矩形状であって、断面図における前記導体を取り囲む該エナメル焼付層と該押出被覆樹脂層が形成する前記矩形の断面形状において、該導体に対して上下または左右で対向する2対の2辺のうちの少なくとも1対の2辺がともに、該エナメル焼付層と該押出被覆樹脂層の合計厚さが100μm以上、該エナメル焼付層の厚さが50μm以下、該押出被覆樹脂層の厚さが200μm以下であり、かつ該押出被覆樹脂層の樹脂が融点300℃以上388℃以下であって、ポリエーテルエーテルケトン、変性ポリエーテルエーテルケトン、熱可塑性ポリイミド及び芳香族ポリアミドからなる群より選択される少なくとも1種の熱可塑性樹脂であり、該押出被覆樹脂層が50%以上の示差走査熱量分析により下記式で求められた皮膜結晶化度を有し、
部分放電開始電圧が、1000V以上である耐インバータサージ絶縁ワイヤ。
式: 皮膜結晶化度(%)=[(融解熱量−結晶化熱量)/(融解熱量)]×100
【請求項2】
前記対向する2対の2辺のうちの少なくとも1対の2辺がともに、該エナメル焼付層と該押出被覆樹脂層の合計厚さが182μm以上である請求項1に記載の耐インバータサージ絶縁ワイヤ。
【請求項3】
前記エナメル焼付層が、厚さが6μm以上50μm以下のポリイミド樹脂またはポリアミドイミド樹脂である請求項1または2に記載の耐インバータサージ絶縁ワイヤ。
【請求項4】
前記エナメル焼付層の外周に、前記熱可塑性樹脂を押出し成形して前記押出被覆樹脂層を形成する請求項1〜3のいずれか1項に記載の耐インバータサージ絶縁ワイヤの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐インバータサージ絶縁ワイヤ及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
インバータは効率的な可変速制御装置として、多くの電気機器に取り付けられるようになってきている。インバータは数kHz〜数十kHzでスイッチングが行われ、それらのパルス毎にサージ電圧が発生する。インバータサージはその伝搬系内でインピーダンスの不連続点、例えば接続する配線の始端、終端等において反射が発生し、その結果、最大でインバータ出力電圧の2倍の電圧が印加される現象である。特に、IGBT等の高速スイッチング素子により発生する出力パルスは電圧俊度が高く、それにより接続ケーブルが短くてもサージ電圧が高く、更にその接続ケーブルによる電圧減衰も小さく、その結果、インバータ出力電圧の2倍近い電圧が発生する。
【0003】
インバータ関連機器、例えば高速スイッチング素子、インバータモーター、変圧器等の電気機器コイルにはマグネットワイヤとして、主にエナメル線である絶縁ワイヤが用いられている。しかも前述したように、インバータ関連機器ではそのインバータ出力電圧の2倍近い電圧がかかることから、それら電気機器コイルを構成する材料の一つであるエナメル線のインバータサージ劣化を最小限にすることが要求されるようになってきている。
【0004】
ところで、部分放電劣化は、一般に、電気絶縁材料がその部分放電で発生した荷電粒子の衝突による分子鎖切断劣化、スパッタリング劣化、局部温度上昇による熱溶融或いは熱分解劣化、放電で発生したオゾンによる化学的劣化等が複雑に起こる現象である。したがって、実際の部分放電で劣化した電気絶縁材料は厚さが減少することがある。
【0005】
絶縁ワイヤのインバータサージ劣化も一般の部分放電劣化と同様なメカニズムで進行するものと考えられている。すなわち、エナメル線のインバータサージ劣化は、インバータで発生した波高値の高いサージ電圧により絶縁ワイヤに部分放電が起こり、その部分放電により絶縁ワイヤの塗膜が劣化を引き起こす現象、つまり高周波部分放電劣化である。
【0006】
最近の電気機器では、インバータサージ劣化を防止するため、数百Vのサージ電圧に耐えうるような絶縁ワイヤが求められるようになってきた。すなわち、絶縁ワイヤは部分放電開始電圧が500V以上であることが必要ということになる。ここで、部分放電開始電圧とは、市販の部分放電試験器と呼ばれる装置で測定する値である。測定温度、用いる交流電圧の周波数、測定感度等は必要に応じて変更するものであるが、上記の値は、25℃、50Hz、10pCにて測定して、部分放電が発生した電圧である。
部分放電開始電圧を測定する際は、マグネットワイヤとして用いられる場合における最も過酷な状況を想定し、密着する二本の絶縁ワイヤの間について観測できるような試料形状を作製する方法が用いられる。例えば、断面円形の絶縁ワイヤについては、二本の絶縁ワイヤを螺旋状にねじることで線接触させ、二本の間に電圧をかける。また、断面形状が方形の絶縁ワイヤについては、二本の絶縁ワイヤの長辺である面同士を面接触させ、二本の間に電圧をかけるという方法である。
【0007】
上述の部分放電による、絶縁ワイヤのエナメル層の劣化を防ぐため、部分放電を発生させない、すなわち、部分放電開始電圧が高い絶縁ワイヤを得るには、エナメル層に比誘電率が低い樹脂を用いる方法、エナメル層の厚さを増す方法が考えられる。しかし、通常使用される樹脂ワニスの樹脂のほとんどは比誘電率が3〜5の間のものであり、比誘電率が特別低いものが無い。また、エナメル層に求められる他の特性(耐熱性、耐溶剤性、可撓性等)を考慮した場合、必ずしも比誘電率が低い樹脂を選択できないのが現実である。したがって、高い部分放電開始電圧を得るためには、エナメル層の厚さを厚くすることが不可欠である。これら比誘電率3〜5の樹脂をエナメル層に用いた場合、部分放電開始電圧を目標の500V以上にするには、経験上エナメル層の厚さを60μm以上にする必要がある。
【0008】
しかし、エナメル層を厚くするためには、製造工程において焼き付け炉を通す回数が多くなり、導体である銅表面の酸化銅からなる被膜の厚さが成長し、それに起因して導体とエナメル層との接着力が低下する。例えば、厚さ60μm以上のエナメル層を得る場合、焼き付け炉を通す回数が12回を超える。12回を超えて焼き付け炉を通すと、導体とエナメル層との接着力が極端に低下することがわかってきた。
一方、焼き付け炉を通す回数を増やさないために1回の焼き付けで塗布できる厚さを厚くする方法もあるが、この方法では、ワニスの溶媒が蒸発しきれずにエナメル層の中に気泡として残るという欠点があった。
【0009】
ところで、従来、エナメル線の外側に被覆樹脂を設けて特性(部分放電開始電圧以外の特性)を高める試みがなされてきた。エナメル層に押出被覆層を設けた従来技術としては、例えば、特許文献1、2等が挙げられる。このような被覆樹脂を設けた絶縁ワイヤにおいては、エナメル層と被覆樹脂との密着性も要求される。しかし、特許文献1及び2の技術は、部分放電開始電圧及び導体とエナメル層との密着性を両立させるという観点からすると、エナメル層や押出被覆の厚さ等の点から必ずしも満足できるものではなかった。
一方、部分放電開始電圧及び導体とエナメル層との密着性の観点から取り組んだ技術として特許文献3が挙げられる。
【0010】
また、近年の電気機器では各種性能、例えば耐熱性、機械的特性、化学的特性、電気的特性、信頼性等を従来のものより一段と高度に上げることが要求されるようになってきている。このような中で宇宙用電気機器、航空機用電気機器、原子力用電気機器、エネルギー用電気機器、自動車用電気機器用のマグネットワイヤとして用いられるエナメル線などの絶縁ワイヤには、優れた耐摩耗性、耐熱老化特性、耐溶剤性が要求されるようになってきている。例えば、近年の電気機器において、優れた耐熱老化特性をより長期間にわたって維持できることが要求されることがある。
【0011】
ところで、近年、モーターやトランスに代表される電気機器はこれらの機器の小型化及び高性能化が進展し、絶縁電線を非常に狭い部分へ押しこんで使用する様な使い方が多く見られるようになった。具体的には、ステータースロット中に何本の電線を入れられるかにより、そのモーターなどの回転機の性能が決定するといっても過言ではない。その結果、ステータースロット断面積に対する導体の断面積の比率(占積率)が非常に高くなってきている。
例えば、ステータースロットの内部に、丸断面の電線を細密充填した場合、デッドスペースとなる空隙と絶縁皮膜の断面積が問題となる。このため、ユーザーでは、丸断面の電線が変形するほど、ステータースロットへ電線を押し込み、少しでも占積率の向上を狙っている。しかし、絶縁皮膜の断面積を少なくすることは、その電気的な性能(絶縁破壊など)を犠牲にするため、望ましいとはいえない。
以上の理由から、占積率を向上させる手段として、ごく最近では導体の断面形状が四角型(正方形や長方形)に類似した平角線を使用することが試みられている。平角線の使用は、占積率の向上には劇的な効果を示すが、平角導体上に絶縁皮膜を均一に塗布することが難しく、特に断面積の小さい絶縁電線には絶縁皮膜の厚さの制御が難しいことから、あまり普及していない。
【0012】
モーターやトランスのコイル巻を行う場合に必要な絶縁皮膜の特性としては、コイル加工前後での電気絶縁性維持の特性(以下、加工前後の加工前後での電気絶縁性維持特性という。)がある。コイル加工工程によって、電線皮膜に損傷が生じるときは電気絶縁性能が低下し、製品の信頼性を失う結果となる。
【0013】
この加工前後での電気絶縁性維持の特性を電線皮膜に付与する方法は各種の方法が考えられている。例えば、皮膜に潤滑性を付与して摩擦係数を下げコイル加工時の外傷を少なくする方法、皮膜と電気導体間の密着性を向上させてその皮膜が導体から剥離することを防止して電気絶縁性能を保持させる方法などである。
前者の潤滑性能を付与させる方法として、電線の表面にワックスなどの潤滑剤を塗布する方法、絶縁皮膜中に潤滑剤を添加して電線の製造時にその潤滑剤を電線表面にブリードアウトさせて潤滑性能を付与させる方法などが旧来採られており、その実施例は多い。しかしながら、皮膜に潤滑性能を付与させる方法は、電線皮膜自体の強度を向上させる訳ではないので、外傷要因に対しては効果があるように見えるが、実際にはコイル加工時の効果に限界があった。
【0014】
皮膜に潤滑性を付与するその他の従来から行われている手段である、前述の絶縁皮膜の表面の摩擦係数を小さくする方法として、特許文献4などに記載の、絶縁電線表面にワックス、油、界面活性剤、固体潤滑剤などを塗布する方法が挙げられる。また、特許文献5などに記載の、水に乳化可能な鑞と水に乳化可能で加熱により固化する樹脂からなる減摩剤を塗布焼き付けして使用する方法が挙げられる。さらには特許文献6などに記載の、絶縁塗料自体にポリエチレン微粉末を添加し潤滑化を図る方法が挙げられる。以上の方法は、絶縁電線の表面潤滑性を向上させ、結果として電線の表面すべりによって外傷から絶縁層を保護しようと考えられたものである。
しかしながら、これらの微粉末を添加する方法は、微粉末の添加手法が複雑であり、分散が困難であるため、多くは溶剤に分散させたこれらの微粉末を絶縁塗料中に添加する方法が採られている。
これらの自己潤滑成分は、その潤滑成分によって自己潤滑性能(摩擦係数)の向上は見られるが、加工前後での電気絶縁性維持特性の低下に対しては、往復摩耗などの特性向上は見られず、電気絶縁性維持ができない。また、ポリエチレンやポリテトラフルオロエチレンなどの多くの自己潤滑成分は、絶縁塗料との比重の差によって、絶縁塗料中で分離してしまい、これらの塗料を使用する方法は実施上の問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特公平7−031944号公報
【特許文献2】特開昭63−195913号公報
【特許文献3】特開2005−203334号公報
【特許文献4】特開昭61−269808号公報
【特許文献5】特開昭62−200605号公報
【特許文献6】特開昭63−29412号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、エナメル層と押出被覆樹脂層との接着強度、耐摩耗性、耐溶剤性及び加工前後での電気絶縁性維持特性のいずれにも優れるうえ、部分放電開始電圧も高く、さらに長期間にわたって優れた耐熱老化特性を維持し得る耐インバータサージ絶縁ワイヤ及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、上記の従来技術が有する課題を解決するため鋭意検討した結果、エナメル層の外側に押出被覆樹脂層を設けた絶縁ワイヤにおいて、押出被覆樹脂層を300℃以上の融点を持つ樹脂で50%以上の皮膜結晶化度に形成し、かつエナメル層及び押出被覆樹脂層それぞれの厚さ及び合計厚さを特定の範囲に設定することによって、エナメル層と押出被覆樹脂層との接着強度、耐摩耗性、耐溶剤性及び加工前後での電気絶縁性維持特性のいずれにも優れるうえ、部分放電開始電圧も高くして、長期間にわたって優れた耐熱老化特性を維持できることを見出した。本発明は、この知見に基づきなされたものである。
【0018】
すなわち、上記課題は以下の手段により解決される。
(1)矩形状の断面を有する導体の外周に、少なくとも1層のエナメル焼付層と、その外側に少なくとも1層の押出被覆樹脂層とを有し、耐インバータサージ絶縁ワイヤの断面における前記エナメル焼付層と前記押出被覆樹脂層の断面形状が矩形状であって、断面図における前記導体を取り囲む該エナメル焼付層と該押出被覆樹脂層が形成する前記矩形の断面形状において、該導体に対して上下または左右で対向する2対の2辺のうちの少なくとも1対の2辺がともに、該エナメル焼付層と該押出被覆樹脂層の合計厚さが100μm以上、該エナメル焼付層の厚さが50μm以下、該押出被覆樹脂層の厚さが200μm以下であり、かつ該押出被覆樹脂層の樹脂が融点300℃以上388℃以下であって、ポリエーテルエーテルケトン、変性ポリエーテルエーテルケトン、熱可塑性ポリイミド及び芳香族ポリアミドからなる群より選択される少なくとも1種の熱可塑性樹脂であり、該押出被覆樹脂層が50%以上の示差走査熱量分析により下記式で求められた皮膜結晶化度を有し、
部分放電開始電圧が、1000V以上である耐インバータサージ絶縁ワイヤ。
式: 皮膜結晶化度(%)=[(融解熱量−結晶化熱量)/(融解熱量)]×100
(2)前記対向する2対の2辺のうちの少なくとも1対の2辺がともに、該エナメル焼付層と該押出被覆樹脂層の合計厚さが182μm以上である(1)に記載の耐インバータサージ絶縁ワイヤ。
(3)前記エナメル焼付層が、厚さが6μm以上50μm以下のポリイミド樹脂またはポリアミドイミド樹脂である(1)または(2)に記載の耐インバータサージ絶縁ワイヤ。
(4)前記エナメル焼付層の外周に、前記熱可塑性樹脂を押出し成形して前記押出被覆樹脂層を形成する(1)〜(3)のいずれか1項に記載の耐インバータサージ絶縁ワイヤの製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明の耐インバータサージ絶縁ワイヤは、エナメル層と押出被覆樹脂層との接着強度、耐摩耗性、耐溶剤性及び加工前後での電気絶縁性維持特性のいずれにも優れるうえ、部分放電開始電圧も高く、さらに長期間にわたって優れた耐熱老化特性を維持ことができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、矩形状の断面を有する導体の外周に、少なくとも1層のエナメル焼付層と、その外側に少なくとも1層の押出被覆樹脂層を有し、該エナメル焼付け層と該押出被覆樹脂層が矩形状であって、対向する2対の2辺のうちの少なくとも1対の2辺がともに、該エナメル焼付層と該押出被覆樹脂層の合計厚さが100μm以上、エナメル焼付層の厚さが50μm以下、押出被覆樹脂層の厚さが200μm以下であり、かつ押出被覆樹脂層の樹脂が融点300℃以上388℃以下であり、押出被覆樹脂層が50%以上の皮膜結晶化度を有する耐インバータサージ絶縁ワイヤである。このような構成を有する本発明の耐インバータサージ絶縁ワイヤは、エナメル層と押出被覆樹脂層との接着強度、耐摩耗性、耐溶剤性及び加工前後での電気絶縁性維持特性のいずれにも優れるうえ、部分放電開始電圧も高く、さらに長期間にわたって優れた耐熱老化特性を維持できる。
したがって、本発明の耐インバータサージ絶縁ワイヤ(以下、単に「絶縁ワイヤ」という)は、耐熱巻線用として好適であり、例えば、インバータ関連機器、高速スイッチング素子、インバータモーター、変圧器等の電気機器コイルや宇宙用電気機器、航空機用電気機器、原子力用電気機器、エネルギー用電気機器、自動車用電気機器用のマグネットワイヤ等に用いることができる。
【0021】
本発明の一つの好適な実施態様は、導体が矩形状の断面を有し、エナメル焼付層と押出被覆樹脂層の合計厚さが、該断面において対向する一方の2辺及び他方の2辺に設けられた押出被覆樹脂層及びエナメル層焼付層の合計厚さの少なくとも一方になるものである
なわち、一つの実施態様は、矩形状の断面を有する導体の外周に、少なくとも1層のエナメル焼付層と、その外側に少なくとも1層の押出被覆樹脂層を有し、該断面において対向する一方の2辺及び他方の2辺に設けられた押出被覆樹脂層及びエナメル層焼付層の合計厚さの少なくとも一方の合計厚さが100μm以上、エナメル焼付層の厚さが50μm以下、押出被覆樹脂層の厚さが200μm以下であり、かつ押出被覆樹脂層の樹脂が融点300℃以上370℃以下であり、押出被覆樹脂層が50%以上の皮膜結晶化度を有する、矩形状の断面を有する耐インバータサージ絶縁ワイヤである。
ただし、本発明では、押出被覆樹脂層の樹脂は融点300℃以上388℃以下である。
【0022】
この好適な実施態様において、放電が起きる方の2辺に形成された押出被覆樹脂層及びエナメル層焼付層の合計厚さが所定の厚さであれば、他方の2辺に形成された合計厚さがそれより薄くても部分放電開始電圧を維持することができ、モーターのスロット内の全断面積に対する導体のトータル断面積の割合(占積率)を上げることもできる。したがって、一方の2辺及び他方の2辺に設けられた押出被覆樹脂層及びエナメル層焼付層の合計厚さは、放電が起きる方の2辺、すなわち少なくとも一方が50μm以上であればよく、好ましくは一方の2辺及び他方の2辺共に50μm以上である。
この合計厚さは、同一であっても異なっていてもよく、ステータースロットに対する占有率の観点から以下のように異なっているのが好ましい。すなわち、モーター等のステータースロット内でおきる部分放電はスロットと電線の間で起きる場合、及び電線と電線の間で起きる場合の2種類ある。そこで、絶縁ワイヤにおいて、フラット面に設けられた押出被覆樹脂層の厚さが、エッジ面に設けられた押出被覆樹脂層の厚さと異なる絶縁ワイヤを用いることによって、部分放電開始電圧の値を維持しつつ、モーターのスロット内の全断面積に対する導体のトータル断面積の割合(占積率)を向上させることができる。
ここで、フラット面とは平角線の断面が矩形の対の対向する2辺のうち長辺の対をいい、エッジ面とは対向する2辺のうち短辺の対をいう。
スロット内に1列にエッジ面とフラット面での厚さが異なる電線を並べるとき、スロットと電線の間で放電が起きる場合はスロットに対して厚膜面が接するように並べ、隣あう電線間の膜厚は薄い方で並べる。膜厚が薄い分より多くの本数を挿入することができ、占積率は向上する。またこの時、部分放電開始電圧の値は維持できる。同様に電線と電線の間で放電が起きやすい場合は膜厚の厚い面を電線と接する面にして、スロットに面する方は薄くすると必要以上にスロットの大きさを大きくしないため占積率は向上する。またこの時、部分放電開始電圧の値は維持できる。
押出被覆樹脂層の厚さが、該断面の一対の対向する2辺と他の一対の対向する2辺とで異なる場合は、一対の対向する2辺の厚さを1とした時もう1対の対向する2辺の厚さは1.01〜5の範囲にするのが好ましく、さらに好ましくは1.01〜3の範囲である。
【0023】
(導体)
本発明の絶縁ワイヤにおける導体としては、従来、絶縁ワイヤで用いられているものを使用することができるが、好ましくは、酸素含有量が30ppm以下の低酸素銅、さらに好ましくは20ppm以下の低酸素銅または無酸素銅の導体である。酸素含有量が30ppm以下であれば、導体を溶接するために熱で溶融させた場合、溶接部分に含有酸素に起因するボイドの発生がなく、溶接部分の電気抵抗が悪化することを防止するとともに溶接部分の強度を保持することができる。
また、導体はその横断面が所望の形状のものを使用できるが、ステータースロットに対する占有率の点で、円形以外の形状を有するものが好ましく、特に平角形状のものが好ましい。更には、角部からの部分放電を抑制するという点において、4隅に面取り(半径r)を設けた形状であることが望ましい。
【0024】
(エナメル層)
本発明の絶縁ワイヤにおけるエナメル焼付層(以下、単に「エナメル層」ともいう)は、エナメル樹脂で少なくとも1層に形成され、1層であっても複数層であってもよい。エナメル層を形成するエナメル樹脂としては、従来用いられているものを使用することができ、例えば、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエステルイミド、ポリエーテルイミド、ポリイミドヒダントイン変性ポリエステル、ポリアミド、ホルマール、ポリウレタン、ポリエステル、ポリビニルホルマール、エポキシ、ポリヒダントインが挙げられる。エナメル樹脂は、耐熱性に優れる、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエステルイミド、ポリエーテルイミド、ポリイミドヒダントイン変性ポリエステルなどのポリイミド系樹脂が好ましい。エナメル樹脂は、これらを1種独で使用してもよく、また2種以上を混合して使用してもよい。
【0025】
エナメル層の厚さは、高い部分放電開始電圧を実現できるほどに厚肉化しても、エナメル層を形成するときの焼付炉を通す回数を減らし、導体とエナメル層との接着力が極端に低下することを防止できる点で、60μm以下が好ましく、本発明では、50μm以下である。また、絶縁ワイヤとしてのエナメル線に必要な特性である、耐電圧特性、耐熱特性を損なわないためには、エナメル層がある程度の厚さを有しているのが好ましい。エナメル層の厚さは、ピンホールが生じない程度の厚さであれば特に制限されるものではなく、好ましくは3μm以上、更に好ましくは6μm以上である。この好適な実施態様においては、一方の2辺及び他方の2辺に設けられたエナメル焼付層の厚さそれぞれが50μm以下になっている。
【0026】
このエナメル焼付層は、上述のエナメル樹脂を含む樹脂ワニスを導体上に好ましくは複数回塗布、焼付して形成することができる。樹脂ワニスを塗布する方法は、常法でよく、例えば、導体形状の相似形としたワニス塗布用ダイスを用いる方法、導体断面形状が四角形であるならば井桁状に形成された「ユニバーサルダイス」と呼ばれるダイスを用いる方法が挙げられる。これらの樹脂ワニスを塗布した導体は常法にて焼付炉で焼き付けされる。具体的な焼付条件はその使用される炉の形状などに左右されるが、およそ5mの自然対流式の竪型炉であれば、400〜500℃にて通過時間を10〜90秒に設定することにより達成することができる。
【0027】
(押出被覆樹脂層)
本発明の絶縁ワイヤにおける押出被覆樹脂層は、部分放電開始電圧の高い絶縁ワイヤを得るために、エナメル層の外側に少なくとも1層設けられ、1層であっても複数層であってもよい。
押出被覆樹脂層は熱可塑性樹脂の層であり、押出被覆樹脂層を形成する熱可塑性樹脂は、押出成形可能な熱可塑性樹脂であって、耐熱老化特性に加えて、加工前後での電気絶縁性維持特性、エナメル層と押出被覆樹脂層と接着強度及び耐溶剤性にも優れる点で、融点が310℃以上の熱可塑性樹脂が好ましく、330℃以上の熱可塑性樹脂がさらに好ましい。熱可塑性樹脂の融点の上限は、388℃であり、370℃以下が好ましく、360℃以下がさらに好ましい。熱可塑性樹脂の融点は、示差走査熱量分析(DSC)により、後述する方法によって、測定できる。
この熱可塑性樹脂は、部分放電開始電圧をより一層高くできる点で、比誘電率が4.5以下であるのが好ましく、4.0以下であるのがさらに好ましい。ここで、比誘電率とは市販の誘電率測定装置で測定することができる。測定温度、周波数については、必要に応じて変更するものであるが、本発明においては、特に記載の無い限り、25℃、50Hzにおいて測定した値を意味する。
【0028】
押出被覆樹脂層を形成する熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、変性ポリエーテルエーテルケトン(modified−PEEK)、熱可塑性ポリイミド(PI)、芳香環を有するポリアミド(芳香族ポリアミドという)、芳香環を有するポリエステル(芳香族ポリエステルという)、ポリケトン(PK)等が挙げられる。これらの中で、本発明では、ポリエーテルエーテルケトン、変性ポリエーテルエーテルケトン、熱可塑性ポリイミド及び芳香族ポリアミドからなる群より選択される少なくとも1種の熱可塑性樹脂を使用し、特にポリエーテルエーテルケトン樹脂、変性ポリエーテルエーテルケトン樹脂が好ましい。これらの熱可塑性樹脂の中から、融点が300℃以上388℃以下(好ましくは300℃以上370℃以下で、好ましくは比誘電率が4.5以下である熱可塑性樹脂を用いる。熱可塑性樹脂は1種独でもよく、2種以上を用いてもよい。なお、熱可塑性樹脂は、少なくとも融点が上記の範囲から外れない程度であれば、他の樹脂やエラストマー等をブレンドしたものでもよい。
【0029】
押出被覆樹脂層の厚さは、200μm以下であり、180μm以下であるのが発明の効果を実現する上で好ましい。押出被覆樹脂層の厚さが厚すぎると、後述する押出被覆樹脂層の皮膜結晶化度の割合に依らず、絶縁ワイヤを鉄芯に巻付け、加熱した際に絶縁ワイヤ表面に白色化した箇所が生じることがある。このように、押出被覆樹脂層が厚すぎると、押出被覆樹脂層自体に剛性があるため、絶縁ワイヤとしての可とう性に乏しくなって、加工前後での電気絶縁性維持特性の変化に影響することがある。一方、押出被覆樹脂層の厚さは、絶縁不良を防止できる点で、5μm以上であるのが好ましく、15μm以上であるのがさらに好ましい。この好適な実施態様においては、一方の2辺及び他方の2辺に設けられた押出被覆樹脂層の厚さそれぞれが200μm以下になっている。
【0030】
本発明者等は、絶縁ワイヤを組み合わせて加工し、加熱処理する工程後の絶縁性能の検討を行い、押出被覆樹脂層の結晶化の割合と絶縁性能の間に相関があることを見出した。すなわち、種々の実験により押出被覆樹脂層の結晶化の割合(皮膜結晶化度ともいう)が50%以上の場合に絶縁性能の1つである加工前後での電気絶縁性維持特性の低下が見られなくなり、特に鉄芯に巻き付けて加熱した後にも絶縁破壊電圧を維持できることを見出した。したがって、この発明において、押出被覆樹脂層は、絶縁性能、特に巻き付け加熱後の絶縁破壊電圧を維持できる点で、皮膜結晶化度が50%以上であり、60%以上であるのが好ましく、65%以上であるのが特に好ましい。押出被覆樹脂層の皮膜結晶化度は、示差走査熱量分析(DSC)を用いて、後述する方法によって、測定できる。
【0031】
押出被覆樹脂層は、導体に形成したエナメル層に上述の熱可塑性樹脂を押出成形して形成することができる。押出成形時の条件、例えば、押出温度条件は、用いる熱可塑性樹脂に応じて適宜に設定される。好ましい押出温度の一例を挙げると、具体的には、押出被覆に適した溶融粘度にするために融点よりも約40℃から60℃高い温度で押出温度を設定する。このように、押出成形によって押出被覆樹脂層を形成すると、製造工程にて被覆樹脂層を形成する際に焼き付け炉を通す必要がないため、導体の酸化被膜層の厚さを成長させることなく、絶縁層すなわち押出被覆樹脂層の厚さを厚くできるという利点がある。
押出成形によって押出被覆樹脂層を形成する場合に、熱可塑性樹脂をエナメル層上に押出成形した後に10秒以上の時間を空けて冷却、例えば水冷するか、又は、熱可塑性樹脂をエナメル層上に押出成形した後に約250℃まで例えば水冷し、次いで外気温に2秒以上晒すと、押出被覆樹脂層の皮膜結晶化度を50%以上にすることができ、所望の絶縁破壊電圧を維持できる。
【0032】
この好適な実施態様において、エナメル焼付層と押出被覆樹脂層の合計厚さが50μm以上である。合計厚さが50μm以上であると、絶縁ワイヤの部分放電開始電圧が1000Vp以上になり、インバータサージ劣化を防止できる。この合計厚さは、より一層高い部分放電開始電圧を発現し、インバータサージ劣化を高度に防止できる点で、75μm以上であるのが好ましく、100μm以上であるのが特に好ましく、本発明では、対向する2対の2辺のうちの少なくとも1対の2辺がともに100μm以上である。この好適な実施態様においては、一方の2辺及び他方の2辺に設けられたエナメル焼付層及び押出被覆樹脂層の合計厚さそれぞれが50μm以上になっている。このように、エナメル層の厚さを50μm以下、押出被覆樹脂層の厚さを200μm以下、かつエナメル層及び押出被覆樹脂層の合計厚さを50μm以上にすると、少なくとも、絶縁ワイヤの部分放電開始電圧、すなわちインバータサージ劣化の防止、導体及びエナメル層の接着強度、及び、エナメル層及び押出被覆樹脂層の接着強度を満足できる。なお、エナメル焼付層と押出被覆樹脂層との合計厚さは、260μm以下であるが、加工前後での電気絶縁性維持特性を考慮し、問題なく加工できるためには230μm以下であるのが好ましい。
【0033】
したがって、この好適な実施態様における絶縁ワイヤは、導体とエナメル層とが高い接着強度で密着している。導体とエナメル層との接着強度は、例えば、JIS C 3003エナメル線試験方法の、8.密着性、8.1b)ねじり法と同じ要領で行い、エナメル層の浮きが生じるまでの回転数で評価することができる。断面方形の平角線においても同様に行うことができる。本発明において、エナメル層の浮きが生じるまでの回転数は15回転以上であるものを密着性の良いものとし、この好適な実施態様における絶縁ワイヤは15回転以上の回転数になる。
この好適な実施態様における絶縁ワイヤは、後述するように、エナメル層と押出被覆樹脂層と接着強度にも優れている。
【0034】
また、この好適な実施態様における絶縁ワイヤは、耐熱老化特性に優れている。この耐熱老化特性は、高温の環境で使用されても長時間、絶縁性能が低下しないという信頼性を保つための指標になるものであり、例えば、JIS C 3003エナメル線試験方法の、7.可撓性に従って巻き付けたものを、190℃高温槽へ1000時間静置した後の、エナメル層又は押出被覆樹脂層に発生する亀裂の有無を目視にて評価できる。この好適な実施態様における絶縁ワイヤは、高温の環境で使用されても、より一層長期間にわたって、例えば1500時間静置した後であっても、耐熱老化特性を維持できる。
本発明において、耐熱老化特性は、エナメル層及び押出被覆樹脂層のいずれにも亀裂が確認できず、異常がない場合に優れたものと評価できる。この好適な実施態様における絶縁ワイヤは、1000時間はもちろん、1500時間であっても、エナメル層及び押出被覆樹脂層のいずれにも亀裂が確認できず、耐熱老化特性に優れ、高温の環境で使用されてもより一層長期間にわたって信頼性を保つことができる。
【0035】
本発明の絶縁ワイヤは、上述のように、押出被覆樹脂層を形成する熱可塑性樹脂を選択し、エナメル層と押出被覆樹脂層との接着強度が高いから、昨今絶縁ワイヤに要求されている、耐摩耗性及び耐溶剤性にも優れる。耐摩耗性は、絶縁ワイヤをモーター等へ加工した場合にうける傷の度合いの指標になり、静摩擦係数はステータースロット中への挿入しやすさの度合いになる。耐溶剤性は使用環境や組立工程の多様化から絶縁ワイヤに必要とされている。
【0036】
耐摩耗性は、例えば、25℃で、JIS C 3003エナメル線試験方法の、9.耐摩耗(丸線)と同じ要領で評価することができる。断面方形の平角線の場合は四隅のコーナーについて行う。具体的には、JIS C 3003で決められた摩耗試験機を用いて、ある荷重下で皮膜が剥離するまで一方向に滑らせる。皮膜が剥離した目盛を読み取り、この目盛値と使用した荷重との積が2000g以上であると非常に優れたものと評価できる。この好適な実施態様における絶縁ワイヤは、上述の目盛値と使用した荷重の積が2000g以上になる。
【0037】
耐溶剤性は、例えば、JIS C 3003エナメル線試験方法の、7.可撓性に従って巻き付けたものを溶剤に10秒間浸漬後、エナメル層又は押出被覆樹脂層の表面を目視にて確認して行うことができる。本発明においては、アセトン、キシレン及びスチレンの3種類の溶剤を用いて行い、温度は常温と150℃(試料を150℃×30分加熱後に熱い状態で溶剤へ浸漬する)の2水準によって行い、エナメル層又は押出被覆樹脂層の表面にいずれも異常無いと非常に優れたものと評価できる。この好適な実施態様における絶縁ワイヤは、アセトン、キシレン及びスチレンのいずれの溶剤であっても、また常温及び150℃であっても、エナメル層及び押出被覆樹脂層の表面にも以上は見られない。
【0038】
本発明では、導体の外周に少なくとも1層のエナメル焼付層と、エナメル焼付層の外側に少なくとも1層の押出被覆樹脂層とを有し好ましくは、さらにエナメル層と押出被覆樹脂層との間に接着層とを有し、接着層を媒体としてエナメル層と押出被覆樹脂層との接着力を強化させた絶縁ワイヤである。
【0039】
接着層は、熱可塑性樹脂の層であり、熱可塑性樹脂はエナメル層に押出被覆樹脂層を熱融着可能な樹脂であればいずれの樹脂を用いてもよい。このような樹脂として、ワニス化する必要性があることから溶剤に溶けやすい非結晶性樹脂であるのが好ましい。さらには、絶縁ワイヤとしての耐熱性を低下させないためにも耐熱性に優れた樹脂であるのが好ましい。これらのことを考慮すると、好ましい熱可塑性樹脂として、例えば、ポリサルホン(PSU)、ポリエーテルサルホン(PES)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリフェニルサルホン(PPSU)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリイミド(PI)等が挙げられ、本発明では、ポリエーテルイミド、ポリフェニルサルホン及びポリエーテルサルホンからなる群より選択される少なくとも1種の熱可塑性樹脂を使用する。これらの中でも、ガラス転移温度(Tg)が200℃を超え、耐熱性に優れた非結晶性樹脂である、ポリエーテルイミド、ポリフェニルサルホン及びポリエーテルサルホンからなる群より選択される少なくとも1種の熱可塑性樹脂であるのが好ましく、押出被覆樹脂と相溶性が高いポリエーテルイミドがさらに好ましい。
【0040】
接着層の厚さは、2〜20μmであり、5〜10μmであるのが好ましい。
【0041】
押出被覆樹脂層とエナメル層の間の接着力が十分でない場合、過酷な加工条件例えば小さな半径に曲げ加工される場合には、曲げの円弧内側に、押出被覆樹脂層のシワが発生する場合がある。このようなシワが発生すると、エナメル層と押出被覆樹脂層との間に空間が生じることから、部分放電開始電圧が低下するという現象につながる場合がある。この部分放電開始電圧の低下を防止するためには、曲げの円弧内側にシワが生じないようにする必要があり、エナメル層と押出被覆樹脂層との間に接着機能を有する層を導入して接着強度をさらに高めることで、上記のようなシワの発生を高度に防ぐことができる。すなわち、本発明の絶縁ワイヤは、エナメル層と押出被覆樹脂層との接着強度が高いので高い部分放電開始電圧を発揮するが、エナメル層と押出被覆樹脂層との間に接着層を設けることで、より一層高い部分放電開始電圧を発揮させ、インバータサージ劣化を効果的に防止できる。また、エナメル層と押出被覆樹脂層との接着強度をさらに高めることによって、加工時の層間剥離等の問題を解決することもできる。
【0042】
接着層は、導体に形成したエナメル層に上述の熱可塑性樹脂を焼き付けて形成することができる。このような接着層を有する、本発明の別の好適な実施態様における絶縁ワイヤは、好適には、エナメル層の外周に、ワニス化された熱可塑性樹脂を焼き付けて接着層を形成し、その後、押出被覆工程において接着層に用いられる樹脂のガラス転移温度よりも高い温度で溶融状態にある、押出被覆樹脂層を形成する熱可塑性樹脂を接着層上に押出して接触させることで、エナメル層と押出被覆樹脂層とを熱融着させて、製造することができる。
この製造方法において、接着層、すなわちエナメル層と押出被覆樹脂層を十分に熱融着させるためには、押出被覆工程における、押出被覆樹脂層を形成する熱可塑性樹脂の加熱温度は、接着層を形成する熱可塑性樹脂のガラス転移温度(Tg)以上であるのが好ましく、さらに好ましくはTgよりも30℃以上高い温度、特に好ましくはTgよりも50℃以上高い温度である。ここで、押出被覆樹脂層を形成する熱可塑性樹脂の加熱温度は、ダイス部の温度である。
接着層を形成する熱可塑性樹脂をワニス化する溶剤は、選択した熱可塑性樹脂を溶解させ得る溶剤であればいずれでもよい。
【実施例】
【0043】
以下に本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0044】
実施例1)
1.8×3.4mm(厚さ×幅)で四隅の面取り半径r=0.3mmの平角導体(酸素含有量15ppmの銅)を準備した。エナメル層の形成に際しては、導体の形状と相似形のダイスを使用して、ポリアミドイミド樹脂(PAI)ワニス(日立化成製、商品名:HI406)を導体へコーティングし、450℃に設定した炉長8mの焼付炉内を、焼き付け時間15秒となる速度で通過させ、この1回の焼き付け工程で厚さ5μmのエナメルを形成した。これを繰り返し5回行うことで厚さ25μmのエナメル層を形成し、被膜厚さ25μmのエナメル線を得た。
【0045】
得られたエナメル線を心線とし、押出機のスクリューは、30mmフルフライト、L/D=20、圧縮比3を用いた。材料はポリエーテルエーテルケトン(PEEK)(ソルベイスペシャリティポリマーズ製、商品名:キータスパイアKT−820、比誘電率3.1)を用い、押出温条件は表1に従って行った。C1、C2、C3は押出機内のシリンダー温度を示し、樹脂投入側から順に3ゾーンの温度をそれぞれ示す。Hはヘッド部、Dはダイス部の温度を示す。押出ダイを用いてPEEKの押出被覆を行った後、10秒の時間を空けて水冷してエナメル層の外側に厚さ26μmの押出被覆樹脂層を形成した。このようにして、合計厚さ(エナメル層と押出被覆樹脂層の厚さの合計)51μmの、PEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。
【0046】
実施例2〜4並びに比較例1、4及び5)
押出被覆樹脂層の厚さ及び合計厚さを表2に示す厚さに変更したこと以外は参考例1と同様にしてPEEK押出被覆エナメル線からなる各絶縁ワイヤを得た。押出温条件は表1に従って行った。
【0047】
(比較例2及び3)
押出被覆樹脂としてPEEKに代えてポリフェニレンスルフィド(PPS、DIC製、商品名:FZ−2100、比誘電率3.4)を用いて、押出被覆樹脂層の厚さ及び合計厚さを表に示す厚さに変更したこと以外は実施例1と同様にしてPPS押出被覆エナメル線からなる各絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1に従った。
【0048】
実施例5)
エナメル樹脂としてポリアミドイミドに代えてポリイミド樹脂(PI)ワニス(ユニチカ製、商品名:Uイミド)を用い、また押出被覆樹脂としてPEEKに代えて芳香族ポリアミド6T(PA6T、三井化学製、商品名:アーレン)を用いて、エナメル層の厚さ、押出被覆樹脂層の厚さ及び合計厚さを表に示す厚さに変更したこと以外は実施例1と同様にして、PA6T押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1に従った。
【0049】
実施例6)
エナメル樹脂としてポリアミドイミドに代えてポリイミド樹脂(PI)ワニス(ユニチカ製、商品名:Uイミド)を用い、また押出被覆樹脂としてPEEKに代えて熱可塑性ポリイミド(熱可塑性PI、三井化学製、商品名:PL450C)を用いて、エナメル層の厚さ、押出被覆樹脂層の厚さ及び合計厚さを表2に示す厚さに変更したこと以外は実施例1と同様にして、熱可塑性PI押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1に従った。
【0050】
実施例7)
エナメル樹脂としてポリアミドイミドに代えてポリイミド樹脂(PI)ワニス(ユニチカ製、商品名:Uイミド)を用いて、エナメル層の厚さ、押出被覆樹脂層の厚さ及び合計厚さを表2に示す厚さに変更したこと以外は実施例1と同様にして、PEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1に従った。
【0051】
実施例8)
エナメル樹脂としてポリアミドイミドに代えてポリエステルイミド(EI)樹脂ワニス(東特塗料製、商品名:ネオヒート8600)を用いて、エナメル層の厚さ、押出被覆樹脂層の厚さ及び合計厚さを表2に示す厚さに変更したこと以外は実施例1と同様にして、PEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1に従った。
【0052】
実施例9及び10)
押出被覆樹脂としてPEEKに代えて変性ポリエーテルエーテルケトン(modified−PEEK、ソルベイスペシャリティポリマーズ製、商品名:アバスパイアAV−650、比誘電率3.1)を用いて、エナメル層の厚さ、押出被覆樹脂層の厚さ及び合計厚さを表2に示す厚さに変更したこと以外は実施例1と同様にして、modified−PEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1に従った。
【0053】
(実施例11
実施例11は、接着層を設けた実験例である。
1.8×3.4mm(厚さ×幅)で四隅の面取り半径r=0.3mmの平角導体(酸素含有量15ppmの銅)を準備した。エナメル層の形成に際しては、導体の形状と相似形のダイスを使用して、ポリアミドイミド樹脂(PAI)ワニス(日立化成(株)製、商品名:HI406)を導体へコーティングし、450℃に設定した炉長8mの焼付炉内を、焼き付け時間15秒となる速度で通過させ、この1回の焼き付け工程で厚さ5μmのエナメルを形成した。これを繰り返し6回行うことで厚さ31μmのエナメル層を形成し、エナメル線を得た。
次に、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)にポリエーテルイミド樹脂(PEI)(サビックイノベーティブプラスチックス製、商品名:ウルテム1010)を溶解させ、20wt%溶液とした樹脂ワニスを、導体の形状と相似形のダイスを使用して、前記エナメル線へコーティングし、450℃に設定した炉長8mの焼付炉内を、焼き付け時間15秒となる速度で通過させ、これを繰り返し2回行うことで厚さ11μmの接着層を形成し(1回の焼き付け工程で形成される厚さは5μm)、厚さ41μmの接着層付きエナメル線を得た。
【0054】
得られた接着層付きエナメル線を心線とし、実施例1と同じ要領で、押出機のスクリューは、30mmフルフライト、L/D=20、圧縮比3を用いた。材料はポリエーテルエーテルケトン(PEEK)(ソルベイスペシャリティポリマーズ製、商品名:キータスパイアKT−820、比誘電率3.1)を用い、押出温度条件は表1のとおりとした。なお、このときの、押出被覆樹脂層を形成する熱可塑性樹脂の押出温度は、D地点(400℃)で接着層を形成するPEIのガラス転移温度(217℃)よりも183℃高かった。押出ダイを用いて樹脂の押出被覆を行い、接着層の外側に厚さ153μmの押出被覆樹脂層を形成し、エナメル層と押出被覆樹脂層との合計厚さ184μm、エナメル層と接着層と押出被覆樹脂層との全体厚さ195μmの接着層付きPEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。
【0055】
(実施例12
接着層を形成する熱可塑性樹脂としてPEIに代えてポリフェニルサルホン(PPSU、ソルベイスペシャリティポリマーズ製、商品名:レーデルR5800)を用いて接着層の厚さ、押出被覆樹脂層の厚さ、合計厚さ及び全体厚さを表2に示す厚さに変更したこと以外は実施例と同様にして、接着層付きPEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1に従い、押出被覆樹脂層を形成する熱可塑性樹脂の押出温度は、D地点(400℃)で接着層を形成するPPSUのガラス転移温度(220℃)よりも180℃高かった。
【0056】
(実施例13
エナメル樹脂としてポリアミドイミドに代えてポリイミド樹脂(PI)ワニスを用いてエナメル樹脂の厚さ、接着層の厚さ、押出被覆樹脂層の厚さ、合計厚さ及び全体厚さを表に示す厚さに変更したこと以外は実施例12と同様にして、接着層付きPEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1に従った。
【0057】
(比較例6及び7)
エナメル樹脂の厚さ、接着層の厚さ、押出被覆樹脂層の厚さ、合計厚さ及び全体厚さを表に示す厚さに変更したこと以外は実施例10と同様にして、接着層付きPEEK押出被覆エナメル線からなる各絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1に従った。
【0058】
(押出温度条件)
施例1〜13及び比較例1〜7における押出温度条件を表1に示す。
表1において、C1、C2、C3は押出機のシリンダー部分における温度制御を分けて行っている3ゾーンを材料投入側から順に示したものである。また、Hは押出機のシリンダーの後ろにあるヘッドを示す。また、Dはヘッドの先にあるダイを示す。
【0059】
【表1】
【0060】
このようにして製造した、施例1〜13及び比較例1〜7の絶縁ワイヤについて以下の評価を行った。結果を表2に示す。
【0061】
(押出被覆樹脂層の皮膜結晶化度)
押出被覆樹脂層の皮膜結晶化度は、熱分析装置「DSC−60」(島津製作所製)を用いて、示差走査熱量分析(DSC)によって次のようにして測定した。すなわち、押出被覆樹脂層の皮膜を10mg採取し、5℃/minの速度で昇温させた。このとき、300℃を超える領域で見られる融解に起因する熱量(融解熱量)と150℃周辺で見られる結晶化に起因する熱量(結晶化熱量)とを算出し、融解熱量に対する、融解熱量から結晶化熱量を差し引いた熱量の差分を、皮膜結晶化度とした。この計算式を以下に示す。
式: 皮膜結晶化度(%)=[(融解熱量−結晶化熱量)/(融解熱量)]×100
【0062】
(融点)
押出被覆樹脂層10mgを、熱分析装置「DSC−60」(島津製作所製)を用いて、5℃/minの速度で昇温させたときの、250℃を超える領域で見られる融解に起因する熱量のピーク温度を読み取って、融点とした。なお、ピーク温度が複数存在する場合には、より高温のピーク温度を融点とする。
【0063】
(鉄芯巻付、加熱後絶縁破壊電圧測定)
加工前後の加工前後での電気絶縁性維持特性を次のようにして評価した。すなわち、絶縁ワイヤを直径が30mmの鉄芯に巻付けて恒温槽内で280℃まで昇温させて30分保持した。恒温槽から取り出した後に、鉄芯に巻き付けたままの状態で鉄芯を銅粒に挿し込んで巻き付けた一端を電極につなぎ、10kVの電圧において絶縁破壊を起こすことなく1分間の通電を保持できれば合格とした。表2において、合格を「○」で示し、不合格を「×」で示した。なお、10kVの電圧の通電を1分間保持できず、絶縁破壊した場合を不合格とした。絶縁破壊する場合、電線の可とう性が乏しくなり電線表面に白化等変化が生じ、亀裂まで生じることもある。
【0064】
(部分放電開始電圧)
絶縁ワイヤの部分放電開始電圧の測定には、菊水電子工業製の部分放電試験機「KPD2050」を用いた。断面形状が方形の絶縁ワイヤを、2本の絶縁ワイヤの長辺となる面同士を長さ150mmに亘って隙間が無いように密着させた試料を作製した。この2本の導体間に電極をつなぎ、温度は25℃にて、50Hzの交流電圧かけながら連続的に昇圧していき、10pCの部分放電が発生した時点の電圧をピーク電圧(Vp)で読み取った。読み取った電圧のピーク電圧(Vp)を表2に示した。なお、表2において「ND」は測定していないことを意味する。
【0065】
(接着強度)
まず、絶縁ワイヤの押出被覆層のみを一部剥離した電線試料を島津製作所製の引張試験機「オートグラフAG−X」にセットし、4mm/minの速度で押出被覆層を上方へ引き剥がした(180℃剥離)。その際に読み取った引張荷重が40g以上であった場合を表2に「○」で示し、引張荷重が100g以上であった場合を「◎」で示した。
【0066】
(耐熱老化特性(190℃))
絶縁ワイヤの熱老化特性を、JIS C 3003エナメル線試験方法の、7.可撓性に従って巻き付けたものを、190℃に設定した高温槽へ投入した。1000時間及び1500時間静置した後の、エナメル層又は押出被覆樹脂層に亀裂の有無を目視にて調べた。1000時間静置した後にもエナメル層及び押出被覆樹脂層に亀裂等の異常が確認できなかった場合を「○」として表2に示し、1500時間静置した後にもエナメル層及び押出被覆樹脂層に亀裂等の異常が確認できなかった場合を「◎」として表2に示した。なお、1000時間静置した後にエナメル層及び押出被覆樹脂層の少なくとも一方に亀裂等の異常が確認できた場合は不合格として「×」とする。
従来、要求されていた耐熱老化特性であれば評価「○」でもよいが、より一層長期間にわたって優れた耐熱老化特性が要求される場合には評価「◎」を合格とする。
【0067】
(総合評価)
総合評価は、優れた耐熱老化特性をより長期間にわたって維持できることが要求される近年の電気機器に適用可能であるか否かを基準にした。すなわち、耐熱老化特性の評価が「○」以下である場合、又は、鉄芯巻付、加熱後絶縁破壊電圧測定部分放電開始電圧及び接着強度の少なくとも1つの評価が「×」である場合を、総合評価として「×」にした。
【0068】
【表2】
【0069】
表1に示されるように、厚さが60μm以下のエナメル焼付層と厚さが200μm以下の押出被覆樹脂層との合計厚さが50μm以上で、かつ押出被覆樹脂層の樹脂が融点300℃以上であり、押出被覆樹脂層が50%以上の皮膜結晶化度を有していると、エナメル層と押出被覆樹脂層との接着強度、耐摩耗性、耐溶剤性及び加工前後での電気絶縁性維持特性のいずれにも優れるうえ、部分放電開始電圧も高く、さらに長期間にわたって優れた耐熱老化特性を維持できることが分かった。
具体的には、実施例1〜4及び比較例1の比較から、合計厚さが50μm以上であると部分放電開始電圧が1000Vpを超えるのに対して、合計厚さが50μm未満であると部分放電開始電圧が500Vにも到達せず、インバータサージ劣化を防止できないことがわかった。
また、比較例2、3、実施例1〜10の結果から、押出被覆樹脂層を形成する熱可塑性樹脂として、融点が300℃以上の熱可塑性樹脂を用いると長期間に及ぶ耐熱老化特性を満足できる一方で、融点が300℃未満の熱可塑性樹脂を用いると、押出被覆層の皮膜結晶化度によらずに、従来要求される程度の耐熱老化特性に留まることがわかった。
さらに、比較例3及び4の結果から、押出被覆層の厚さが200μm以下であっても皮膜結晶化度が50%未満であると、鉄芯に巻付けて加熱後の絶縁性能(加工前後での電気絶縁性維持特性)に低下が見られた。
また、比較例5の結果から、押出被覆層の厚さが200μmを超えると、鉄芯に巻付けて加熱後、ワイヤ表面に白色化した箇所が観察できたうえ、かつ絶縁性能の低下が見られ、加工前後での電気絶縁性維持特性に劣ることがわかった。
【0070】
表2に示されるように、エナメル焼付層と押出被覆樹脂層との間に接着層を有していると、耐熱老化特性を維持しつつも部分放電開始電圧及び接着強度がさらに向上することがわかった。
なお、施例1〜13の各絶縁電線が上述の耐摩耗性及び耐溶剤性を満たしていることを確認している。
【0071】
実施例14
実施例14は、導体の矩形状の断面における一方の2辺及び他方の2辺に異なる厚さの押出被覆樹脂層を設けた実験例である。
1.8×3.4mm(厚さ×幅)で四隅の面取り半径r=0.3mmの平角導体(酸素含有量15ppmの銅)を準備した。エナメル層の形成に際しては、導体の形状と相似形のダイスを使用して、ポリアミドイミド樹脂(PAI)ワニス(日立化成(株)製、商品名:HI406)を導体へコーティングし、450℃に設定した炉長8mの焼付炉内を、焼き付け時間15秒となる速度で通過させ、この1回の焼き付け工程で厚さ5μmのエナメルを形成した。これを繰り返し8回行うことで厚さ39μmのエナメル層を形成し、被膜厚さ39μmのエナメル線を得た。
得られたエナメル線を心線とし、押出機のスクリューは、30mmフルフライト、L/D=20、圧縮比3を用いた。材料はポリエーテルエーテルケトン(PEEK)(ソルベイスペシャリティポリマーズ、商品名:キータスパイアKT−820)を用い、押出温条件は表1に従って行った。押出ダイを用いて導体に対してフラット面がエッジ面よりも厚いダイスを用いて樹脂の押出被覆を行い、エナメル層の外側にフラット面が71μm、エッジ面が45μmの押出被覆樹脂層を形成し、合計厚さがフラット面で110μm、エッジ面で84μmのPEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。
ここでいうフラット面とは該断面が矩形の対の対向する2辺のうち長辺の対をさす。またエッジ面とは対向する2辺のうち短辺の対をさす。
【0072】
実施例15
押出ダイを用いて導体に対してエッジ面がフラット面より厚いダイスを用いてPEEKの押出被覆を行ったこと以外は実施例14と同様にして、エナメル層の外側にフラット面が42μm、エッジ面が75μmの押出被覆樹脂層を形成し、合計厚さがフラット面で82μm、エッジ面で115μmのPEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1の通りである。
【0073】
このようにして製造した参考例11及び12の絶縁ワイヤについて、参考例1と同様の評価を行った。結果を表3に示す。
【0074】
【表3】
【0075】
表3に示されるように、部分放電開始電圧、接着強度、加工前後での電気絶縁性維持特性及び耐熱老化特性は、いずれも、1対の面の厚さが所定の厚さであれば、もう1対の対向する面の厚さがそれよりも薄くても、保持できることがわかった。
なお、実施例14及び15の各絶縁電線が上述の耐摩耗性及び耐溶剤性を満たしていることを確認している。