【実施例】
【0043】
以下に本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0044】
(
実施例1)
1.8×3.4mm(厚さ×幅)で四隅の面取り半径r=0.3mmの平角導体(酸素含有量15ppmの銅)を準備した。エナメル層の形成に際しては、導体の形状と相似形のダイスを使用して、ポリアミドイミド樹脂(PAI)ワニス(日立化成製、商品名:HI406)を導体へコーティングし、450℃に設定した炉長8mの焼付炉内を、焼き付け時間15秒となる速度で通過させ、この1回の焼き付け工程で厚さ5μmのエナメルを形成した。これを繰り返し5回行うことで厚さ25μmのエナメル層を形成し、被膜厚さ25μmのエナメル線を得た。
【0045】
得られたエナメル線を心線とし、押出機のスクリューは、30mmフルフライト、L/D=20、圧縮比3を用いた。材料はポリエーテルエーテルケトン(PEEK)(ソルベイスペシャリティポリマーズ製、商品名:キータスパイアKT−820、比誘電率3.1)を用い、押出温条件は表1に従って行った。C1、C2、C3は押出機内のシリンダー温度を示し、樹脂投入側から順に3ゾーンの温度をそれぞれ示す。Hはヘッド部、Dはダイス部の温度を示す。押出ダイを用いてPEEKの押出被覆を行った後、10秒の時間を空けて水冷してエナメル層の外側に厚さ26μmの押出被覆樹脂層を形成した。このようにして、合計厚さ(エナメル層と押出被覆樹脂層の厚さの合計)51μmの、PEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。
【0046】
(
実施例2〜4並びに比較例1、4及び5)
押出被覆樹脂層の厚さ及び合計厚さを表2に示す厚さに変更したこと以外は参考例1と同様にしてPEEK押出被覆エナメル線からなる各絶縁ワイヤを得た。押出温条件は表1に従って行った。
【0047】
(比較例2及び3)
押出被覆樹脂としてPEEKに代えてポリフェニレンスルフィド(PPS、DIC製、商品名:FZ−2100、比誘電率3.4)を用いて、押出被覆樹脂層の厚さ及び合計厚さを表
2に示す厚さに変更したこと以外は
実施例1と同様にしてPPS押出被覆エナメル線からなる各絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1に従った。
【0048】
(
実施例5)
エナメル樹脂としてポリアミドイミドに代えてポリイミド樹脂(PI)ワニス(ユニチカ製、商品名:Uイミド)を用い、また押出被覆樹脂としてPEEKに代えて芳香族ポリアミド6T(PA6T、三井化学製、商品名:アーレン)を用いて、エナメル層の厚さ、押出被覆樹脂層の厚さ及び合計厚さを表
2に示す厚さに変更したこと以外は
実施例1と同様にして、PA6T押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1に従った。
【0049】
(
実施例6)
エナメル樹脂としてポリアミドイミドに代えてポリイミド樹脂(PI)ワニス(ユニチカ製、商品名:Uイミド)を用い、また押出被覆樹脂としてPEEKに代えて熱可塑性ポリイミド(熱可塑性PI、三井化学製、商品名:PL450C)を用いて、エナメル層の厚さ、押出被覆樹脂層の厚さ及び合計厚さを表2に示す厚さに変更したこと以外は
実施例1と同様にして、熱可塑性PI押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1に従った。
【0050】
(
実施例7)
エナメル樹脂としてポリアミドイミドに代えてポリイミド樹脂(PI)ワニス(ユニチカ製、商品名:Uイミド)を用いて、エナメル層の厚さ、押出被覆樹脂層の厚さ及び合計厚さを表2に示す厚さに変更したこと以外は
実施例1と同様にして、PEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1に従った。
【0051】
(
実施例8)
エナメル樹脂としてポリアミドイミドに代えてポリエステルイミド(EI)樹脂ワニス(東特塗料製、商品名:ネオヒート8600)を用いて、エナメル層の厚さ、押出被覆樹脂層の厚さ及び合計厚さを表2に示す厚さに変更したこと以外は
実施例1と同様にして、PEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1に従った。
【0052】
(
実施例9及び10)
押出被覆樹脂としてPEEKに代えて変性ポリエーテルエーテルケトン(modified−PEEK、ソルベイスペシャリティポリマーズ製、商品名:アバスパイアAV−650、比誘電率3.1)を用いて、エナメル層の厚さ、押出被覆樹脂層の厚さ及び合計厚さを表2に示す厚さに変更したこと以外は
実施例1と同様にして、modified−PEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1に従った。
【0053】
(実施例
11)
実施例
11は、接着層を設けた実験例である。
1.8×3.4mm(厚さ×幅)で四隅の面取り半径r=0.3mmの平角導体(酸素含有量15ppmの銅)を準備した。エナメル層の形成に際しては、導体の形状と相似形のダイスを使用して、ポリアミドイミド樹脂(PAI)ワニス(日立化成(株)製、商品名:HI406)を導体へコーティングし、450℃に設定した炉長8mの焼付炉内を、焼き付け時間15秒となる速度で通過させ、この1回の焼き付け工程で厚さ5μmのエナメルを形成した。これを繰り返し6回行うことで厚さ31μmのエナメル層を形成し、エナメル線を得た。
次に、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)にポリエーテルイミド樹脂(PEI)(サビックイノベーティブプラスチックス製、商品名:ウルテム1010)を溶解させ、20wt%溶液とした樹脂ワニスを、導体の形状と相似形のダイスを使用して、前記エナメル線へコーティングし、450℃に設定した炉長8mの焼付炉内を、焼き付け時間15秒となる速度で通過させ、これを繰り返し2回行うことで厚さ11μmの接着層を形成し(1回の焼き付け工程で形成される厚さは5μm)、厚さ41μmの接着層付きエナメル線を得た。
【0054】
得られた接着層付きエナメル線を心線とし、
実施例1と同じ要領で、押出機のスクリューは、30mmフルフライト、L/D=20、圧縮比3を用いた。材料はポリエーテルエーテルケトン(PEEK)(ソルベイスペシャリティポリマーズ製、商品名:キータスパイアKT−820、比誘電率3.1)を用い、押出温度条件は表1のとおりとした。なお、このときの、押出被覆樹脂層を形成する熱可塑性樹脂の押出温度は、D地点(400℃)で接着層を形成するPEIのガラス転移温度(217℃)よりも183℃高かった。押出ダイを用いて樹脂の押出被覆を行い、接着層の外側に厚さ153μmの押出被覆樹脂層を形成し、エナメル層と押出被覆樹脂層との合計厚さ184μm、エナメル層と接着層と押出被覆樹脂層との全体厚さ195μmの接着層付きPEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。
【0055】
(実施例
12)
接着層を形成する熱可塑性樹脂としてPEIに代えてポリフェニルサルホン(PPSU、ソルベイスペシャリティポリマーズ製、商品名:レーデルR5800)を用いて接着層の厚さ、押出被覆樹脂層の厚さ、合計厚さ及び全体厚さを表2に示す厚さに変更したこと以外は実施例
1と同様にして、接着層付きPEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1に従い、押出被覆樹脂層を形成する熱可塑性樹脂の押出温度は、D地点(400℃)で接着層を形成するPPSUのガラス転移温度(220℃)よりも180℃高かった。
【0056】
(実施例
13)
エナメル樹脂としてポリアミドイミドに代えてポリイミド樹脂(PI)ワニスを用いてエナメル樹脂の厚さ、接着層の厚さ、押出被覆樹脂層の厚さ、合計厚さ及び全体厚さを表
2に示す厚さに変更したこと以外は実施例
12と同様にして、接着層付きPEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1に従った。
【0057】
(比較例6及び7)
エナメル樹脂の厚さ、接着層の厚さ、押出被覆樹脂層の厚さ、合計厚さ及び全体厚さを表
2に示す厚さに変更したこと以外は
実施例10と同様にして、接着層付きPEEK押出被覆エナメル線からなる各絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1に従った。
【0058】
(押出温度条件)
実施例1〜
13及び比較例1〜7における押出温度条件を表1に示す。
表1において、C1、C2、C3は押出機のシリンダー部分における温度制御を分けて行っている3ゾーンを材料投入側から順に示したものである。また、Hは押出機のシリンダーの後ろにあるヘッドを示す。また、Dはヘッドの先にあるダイを示す。
【0059】
【表1】
【0060】
このようにして製造した、
実施例1〜
13及び比較例1〜7の絶縁ワイヤについて以下の評価を行った。結果を表2に示す。
【0061】
(押出被覆樹脂層の皮膜結晶化度)
押出被覆樹脂層の皮膜結晶化度は、熱分析装置「DSC−60」(島津製作所製)を用いて、示差走査熱量分析(DSC)によって次のようにして測定した。すなわち、押出被覆樹脂層の皮膜を10mg採取し、5℃/minの速度で昇温させた。このとき、300℃を超える領域で見られる融解に起因する熱量(融解熱量)と150℃周辺で見られる結晶化に起因する熱量(結晶化熱量)とを算出し、融解熱量に対する、融解熱量から結晶化熱量を差し引いた熱量の差分を、皮膜結晶化度とした。この計算式を以下に示す。
式: 皮膜結晶化度(%)=[(融解熱量−結晶化熱量)/(融解熱量)]×100
【0062】
(融点)
押出被覆樹脂層10mgを、熱分析装置「DSC−60」(島津製作所製)を用いて、5℃/minの速度で昇温させたときの、250℃を超える領域で見られる融解に起因する熱量のピーク温度を読み取って、融点とした。なお、ピーク温度が複数存在する場合には、より高温のピーク温度を融点とする。
【0063】
(鉄芯巻付、加熱後絶縁破壊電圧測定)
加工前後の加工前後での電気絶縁性維持特性を次のようにして評価した。すなわち、絶縁ワイヤを直径が30mmの鉄芯に巻付けて恒温槽内で280℃まで昇温させて30分保持した。恒温槽から取り出した後に、鉄芯に巻き付けたままの状態で鉄芯を銅粒に挿し込んで巻き付けた一端を電極につなぎ、10kVの電圧において絶縁破壊を起こすことなく1分間の通電を保持できれば合格とした。表2において、合格を「○」で示し、不合格を「×」で示した。なお、10kVの電圧の通電を1分間保持できず、絶縁破壊した場合を不合格とした。絶縁破壊する場合、電線の可とう性が乏しくなり電線表面に白化等変化が生じ、亀裂まで生じることもある。
【0064】
(部分放電開始電圧)
絶縁ワイヤの部分放電開始電圧の測定には、菊水電子工業製の部分放電試験機「KPD2050」を用いた。断面形状が方形の絶縁ワイヤを、2本の絶縁ワイヤの長辺となる面同士を長さ150mmに亘って隙間が無いように密着させた試料を作製した。この2本の導体間に電極をつなぎ、温度は25℃にて、50Hzの交流電圧かけながら連続的に昇圧していき、10pCの部分放電が発生した時点の電圧をピーク電圧(Vp)で読み取った。読み取った電圧のピーク電圧(Vp)を表2に示した。なお、表2において「ND」は測定していないことを意味する。
【0065】
(接着強度)
まず、絶縁ワイヤの押出被覆層のみを一部剥離した電線試料を島津製作所製の引張試験機「オートグラフAG−X」にセットし、4mm/minの速度で押出被覆層を上方へ引き剥がした(180℃剥離)。その際に読み取った引張荷重が40g以上であった場合を表2に「○」で示し、引張荷重が100g以上であった場合を「◎」で示した。
【0066】
(耐熱老化特性(190℃))
絶縁ワイヤの熱老化特性を、JIS C 3003エナメル線試験方法の、7.可撓性に従って巻き付けたものを、190℃に設定した高温槽へ投入した。1000時間及び1500時間静置した後の、エナメル層又は押出被覆樹脂層に亀裂の有無を目視にて調べた。1000時間静置した後にもエナメル層及び押出被覆樹脂層に亀裂等の異常が確認できなかった場合を「○」として表2に示し、1500時間静置した後にもエナメル層及び押出被覆樹脂層に亀裂等の異常が確認できなかった場合を「◎」として表2に示した。なお、1000時間静置した後にエナメル層及び押出被覆樹脂層の少なくとも一方に亀裂等の異常が確認できた場合は不合格として「×」とする。
従来、要求されていた耐熱老化特性であれば評価「○」でもよいが、より一層長期間にわたって優れた耐熱老化特性が要求される場合には評価「◎」を合格とする。
【0067】
(総合評価)
総合評価は、優れた耐熱老化特性をより長期間にわたって維持できることが要求される近年の電気機器に適用可能であるか否かを基準にした。すなわち、耐熱老化特性の評価が「○」以下である場合、又は、鉄芯巻付、加熱後絶縁破壊電圧測定部分放電開始電圧及び接着強度の少なくとも1つの評価が「×」である場合を、総合評価として「×」にした。
【0068】
【表2】
【0069】
表1に示されるように、厚さが60μm以下のエナメル焼付層と厚さが200μm以下の押出被覆樹脂層との合計厚さが50μm以上で、かつ押出被覆樹脂層の樹脂が融点300℃以上であり、押出被覆樹脂層が50%以上の皮膜結晶化度を有していると、エナメル層と押出被覆樹脂層との接着強度、耐摩耗性、耐溶剤性及び加工前後での電気絶縁性維持特性のいずれにも優れるうえ、部分放電開始電圧も高く、さらに長期間にわたって優れた耐熱老化特性を維持できることが分かった。
具体的には、
実施例1〜4及び比較例1の比較から、合計厚さが50μm以上であると部分放電開始電圧が1000Vpを超えるのに対して、合計厚さが50μm未満であると部分放電開始電圧が500Vにも到達せず、インバータサージ劣化を防止できないことがわかった。
また、比較例2、3、
実施例1〜10の結果から、押出被覆樹脂層を形成する熱可塑性樹脂として、融点が300℃以上の熱可塑性樹脂を用いると長期間に及ぶ耐熱老化特性を満足できる一方で、融点が300℃未満の熱可塑性樹脂を用いると、押出被覆層の皮膜結晶化度によらずに、従来要求される程度の耐熱老化特性に留まることがわかった。
さらに、比較例3及び4の結果から、押出被覆層の厚さが200μm以下であっても皮膜結晶化度が50%未満であると、鉄芯に巻付けて加熱後の絶縁性能(加工前後での電気絶縁性維持特性)に低下が見られた。
また、比較例5の結果から、押出被覆層の厚さが200μmを超えると、鉄芯に巻付けて加熱後、ワイヤ表面に白色化した箇所が観察できたうえ、かつ絶縁性能の低下が見られ、加工前後での電気絶縁性維持特性に劣ることがわかった。
【0070】
表2に示されるように、エナメル焼付層と押出被覆樹脂層との間に接着層を有していると、耐熱老化特性を維持しつつも部分放電開始電圧及び接着強度がさらに向上することがわかった。
なお、
実施例1〜
13の各絶縁電線が上述の耐摩耗性及び耐溶剤性を満たしていることを確認している。
【0071】
(
実施例14)
実施例14は、導体の矩形状の断面における一方の2辺及び他方の2辺に異なる厚さの押出被覆樹脂層を設けた実験例である。
1.8×3.4mm(厚さ×幅)で四隅の面取り半径r=0.3mmの平角導体(酸素含有量15ppmの銅)を準備した。エナメル層の形成に際しては、導体の形状と相似形のダイスを使用して、ポリアミドイミド樹脂(PAI)ワニス(日立化成(株)製、商品名:HI406)を導体へコーティングし、450℃に設定した炉長8mの焼付炉内を、焼き付け時間15秒となる速度で通過させ、この1回の焼き付け工程で厚さ5μmのエナメルを形成した。これを繰り返し8回行うことで厚さ39μmのエナメル層を形成し、被膜厚さ39μmのエナメル線を得た。
得られたエナメル線を心線とし、押出機のスクリューは、30mmフルフライト、L/D=20、圧縮比3を用いた。材料はポリエーテルエーテルケトン(PEEK)(ソルベイスペシャリティポリマーズ、商品名:キータスパイアKT−820)を用い、押出温条件は表1に従って行った。押出ダイを用いて導体に対してフラット面がエッジ面よりも厚いダイスを用いて樹脂の押出被覆を行い、エナメル層の外側にフラット面が71μm、エッジ面が45μmの押出被覆樹脂層を形成し、合計厚さがフラット面で110μm、エッジ面で84μmのPEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。
ここでいうフラット面とは該断面が矩形の対の対向する2辺のうち長辺の対をさす。またエッジ面とは対向する2辺のうち短辺の対をさす。
【0072】
(
実施例15)
押出ダイを用いて導体に対してエッジ面がフラット面より厚いダイスを用いてPEEKの押出被覆を行ったこと以外は
実施例14と同様にして、エナメル層の外側にフラット面が42μm、エッジ面が75μmの押出被覆樹脂層を形成し、合計厚さがフラット面で82μm、エッジ面で115μmのPEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。押出温度条件は表1の通りである。
【0073】
このようにして製造した参考例11及び12の絶縁ワイヤについて、参考例1と同様の評価を行った。結果を表3に示す。
【0074】
【表3】
【0075】
表3に示されるように、部分放電開始電圧、接着強度、加工前後での電気絶縁性維持特性及び耐熱老化特性は、いずれも、1対の面の厚さが所定の厚さであれば、もう1対の対向する面の厚さがそれよりも薄くても、保持できることがわかった。
なお、
実施例14及び
15の各絶縁電線が上述の耐摩耗性及び耐溶剤性を満たしていることを確認している。