特許第5973464号(P5973464)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5973464
(24)【登録日】2016年7月22日
(45)【発行日】2016年8月23日
(54)【発明の名称】塗料塗布前のブリキ板の前処理方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 11/34 20060101AFI20160809BHJP
【FI】
   C25D11/34 B
【請求項の数】14
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-549742(P2013-549742)
(86)(22)【出願日】2011年12月14日
(65)【公表番号】特表2014-506625(P2014-506625A)
(43)【公表日】2014年3月17日
(86)【国際出願番号】EP2011072708
(87)【国際公開番号】WO2012097926
(87)【国際公開日】20120726
【審査請求日】2014年11月26日
(31)【優先権主張番号】102011002836.6
(32)【優先日】2011年1月18日
(33)【優先権主張国】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】391008825
【氏名又は名称】ヘンケル・アクチェンゲゼルシャフト・ウント・コムパニー・コマンディットゲゼルシャフト・アウフ・アクチェン
【氏名又は名称原語表記】Henkel AG & Co. KGaA
(74)【代理人】
【識別番号】100081422
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 光雄
(74)【代理人】
【識別番号】100084146
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100104592
【弁理士】
【氏名又は名称】森住 憲一
(74)【代理人】
【識別番号】100162710
【弁理士】
【氏名又は名称】梶田 真理奈
(72)【発明者】
【氏名】ウタ・ズンダーマイヤー
(72)【発明者】
【氏名】ミヒャエル・ヴォルパース
(72)【発明者】
【氏名】マルセル・ロート
(72)【発明者】
【氏名】ユルゲン・シュトット
【審査官】 國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭57−070292(JP,A)
【文献】 特公昭50−008691(JP,B1)
【文献】 国際公開第2008/123632(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2010/0181201(US,A1)
【文献】 国際公開第2010/057001(WO,A2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 11/00−11/38
C23C 24/00−30/00
C25D 5/00− 9/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ性水性電解液中でアノード分極を行うことによるブリキ板の電解不動態化方法であって、電解液が、SiO:MO[ここで、Mはアルカリ金属イオンまたは第四級アンモニウムイオンである]のモル比が2〜5の範囲である水ガラスから選択される少なくとも1種の水溶性ケイ酸塩を含有し、電解液における水溶性ケイ酸塩の割合が、それぞれの場合にSiOに基づいて少なくとも1重量%であるが30重量%未満である、方法。
【請求項2】
アノード分極を、少なくとも0.2秒、しかしながら合計で300秒を超えずに行う、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
アノード分極を、少なくとも0.005A/dm、しかしながら6A/dm下の電流密度で行う、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
アノード分極を定電流的に行う、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
電解液が、100℃未満の沸点を有するアルコールとして加水分解時に分離される少なくとも1つの加水分解性置換基と、少なくとも1つの非加水分解性置換基とを有する少なくとも1種のオルガノシランを付加的に含有する、請求項1〜のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
一般構造式(I):
【化1】
[式中、置換基Xは、互いに独立して、4個以下の炭素原子を有するアルコキシ基から選択され、mおよびnは、互いに独立して1〜4の整数であり、yは0〜4の整数である]
で示されるオルガノシランを含有する、請求項に記載の方法。
【請求項7】
電解液が、ハロゲン化物不含有水溶性アルミニウム塩を付加的に含有する、請求項1〜のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
電解液が、6個以下の炭素原子を有する有機ジカルボン酸および/またはその塩を付加的に含有する、請求項1〜のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
アルカリ性水性電解液中でアノード分極を行った後、中間の水洗浄および/または乾燥工程を伴ってまたは伴わずに、元素Zr、Ti、Hfおよび/またはSiの水溶性無機化合物を含有する酸性水性組成物とブリキ板とを接触させることによる第二の不動態化を行う、請求項1〜のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
酸性水性組成物が、元素Zr、Ti、Hfおよび/またはSiの水溶性無機化合物として、そのフルオロ酸および/またはそのフルオロ酸塩を含有する、請求項に記載の方法。
【請求項11】
酸性水性組成物がリン酸イオンを付加的に含有する、請求項または10に記載の方法。
【請求項12】
第二の不動態化において、元素Zr、Ti、Hfおよび/またはSiに基づいて少なくとも0.3mg/m、しかしながら20mg/m下の塗布重量をブリキ板上に得る、請求項11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
酸性水性組成物の未乾燥塗膜をブリキ板表面に塗布し、塗布直後に未乾燥塗膜を乾燥することによって不動態化を行う、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
食料を貯蔵するための包装材料を製造するための、請求項1〜13のいずれかに記載の方法に従って処理したブリキ板の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブリキ板を防食前処理するための方法であって、一段階で錆止め下塗り剤を塗布する方法に関する。下塗り剤は、トップコートを備えた本発明の前処理済みブリキ板がイオウ化合物を放出または含有する液体、およびタンパク質含有食品と接触するとき、前処理済みブリキ板の光沢のある金属表面が黒変することを効果的に防ぐ。本発明の方法では、ブリキ板を、組成式:MO・nSiO[式中、Mはアルカリ金属イオンまたは第四級アンモニウムイオンであり、nは0.8〜7の自然数である]で示されるケイ酸塩を含有する電解液中でアノード分極する。続いてブリキ板表面を従来の方法で不動態化することによって、ブリキ板表面の金属的外観を長期にわたって付加的に保つことができる。ジルコニウムおよびチタンの水溶性化合物に基づく酸性水性組成物を使用した不動態化が、特に効果的であり、付加的な利点をもたらす。本発明の方法に従って前処理したブリキ板は特に、飲料用缶またはブリキ缶のような食料貯蔵用包装材料を製造するために使用することができる。
【背景技術】
【0002】
ブリキ板は、電気化学的に不活性なスズ層の故に、長時間であっても、スズ表面と接触した食品に潜在的に有害なスズ塩を少量しか放出しないので、食品産業において、液体または保存食のための包装部材を製造するのに適した材料であると考えられている。従って、ブリキ板は、鋼加工産業における食品包装材料のための、例えば、飲料、保存用のスープ、魚製品または肉製品のための缶を製造するための、重要な出発物質である。缶を製造するため、包装材料産業では、スズ保護層が損傷を受けた場合に食品に混入して味に悪影響を及ぼすことがある鉄塩の混入を最少にするために有機トップコートを備えたブリキ板を主に使用する。塗布済みブリキ板の製造にとって、一方では塗料を金属表面と確実に接着させるため、他方では塗膜下の間隙腐食から更に保護するため、スズ表面を前処理することが必要である。先行技術において既に広まっている適当な前処理は、ブリキ板をクロム塩含有酸性水性組成物と接触させることによる、スズ表面のクロメート処理である。
【0003】
別の不動態化法の開発では、タンパク質含有食品を貯蔵または包装する際は常に重要であるブリキ板のもう一つの特性を、考慮しなければならない。少量の低分子量イオウ化合物がタンパク質の分解生成物として生じ、ブリキ板のスズ表面に接触するとすぐに、今まで光沢のあった金属表面を黒変させる。低分子量イオウ化合物、例えばHSは、有機トップコートを通って拡散することもあり、塗布済みブリキ板であっても黒変する。塗料の接着性の有意な低下とは関係ないが、ブリキ缶の内壁面の変色は、包装された食品が食べられないという印象を消費者に与えるので、食品産業にとって望ましくない。
【0004】
先行技術では、スズ表面の電気化学的変性および続く不動態化を含む、ブリキ板の前処理が知られている。先行技術に記載されているこれらの前処理方法の目的は特に、錆止めに適した下塗り剤を供給することの他には、イオウ化合物を放出する食品との接触時に、前処理され、塗布されたブリキ板製品の自然な色を確実に保持することである。
【0005】
GE 479,746は、タンパク質含有食品と接触したブリキ板製容器内壁面が変色する問題を既に記載しており、アンモニア性電解液中でブリキ板に陽極電流を流してイオウ化合物による変色に強いスズ表面を製造することを提案している。GE 479,746に従って陽極酸化されたブリキ板には、その後、有機トップコートが供給されている。
【0006】
US 3,491,001には、ブリキ板の不動態化方法であって、アルカリ性電解液におけるアノード前処理に続いて、クロム酸塩含有アルカリ性電解液中でブリキ板のカソード処理を行う方法が記載されている。US 3,491,001に記載されている一連の電解プロセスは、イオウ化合物を放出する食品と接触した際の腐食および黒変からスズ表面を保護する。不動態化のためのクロム酸塩含有電解液は、後に適用される有機トップコートのための下塗り剤としても作用する。
【0007】
US 4,448,475からは、後に適用される有機トップコートの接着性を改善するための、酸性水性陽極液中でのブリキ板のアノード前処理が知られている。この方法は特に、缶産業において適用することができ、有用である。
【0008】
EP 0202870は、第一スズ塩および/または第二スズ塩を含有する陽極液により、US 4,448,475の教示を補っている。
【0009】
食品と接触したブリキ板製容器内壁面の金属光沢を保つためにスズ表面を変性することに関する先行技術が既に存在しているにもかかわらず、経済的な実行可能性および効率に関して、既知の方法を改良することが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】GE 479,746
【特許文献2】US 3,491,001
【特許文献3】US 4,448,475
【特許文献4】EP 0202870
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は特に、硫化化合物による変色に対する前処理および塗布済みスズ表面の長期的耐性と共に、ブリキ板との有機トップコートの優れた接着性が確保されるよう、酸洗いの際に可能な限り少ないスズしか減損せず、可能な限り一段階で、食品包装材料を製造するためのブリキ板製品を前処理することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この目的は、アルカリ性水性電解液中でアノード分極を行うことによるブリキ板の電解不動態化方法であって、電解液が、組成式:MO・nSiO[式中、Mはアルカリ金属イオンまたは第四級アンモニウムイオンであり、nは0.8〜7の自然数である]で示される少なくとも1種の水溶性ケイ酸塩を含有する方法によって達成される。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明では、ブリキ板とは、スズメッキまたはスズ合金メッキした鋼板の全てであると理解される。
【0014】
本発明の方法において電解液の成分である塩は、8のpH値および20℃の温度での水に対する溶解度が各塩に基づいて少なくとも50g/Lであれば、本発明において水溶性であると理解される。
【0015】
本発明では、水溶性ケイ酸塩は、温度20℃およびpH値8でSiOに基づいて少なくとも1g/Lの溶解度を有し、一般実験式:MO・nSiO[式中、Mはアルカリ金属イオンまたは第四級アンモニウムイオンであり、nは0.8〜7の自然数である]で示される化合物であると理解される。
【0016】
水溶性ケイ酸塩のアルカリ金属イオンMは、好ましくは、Li、NaおよびKから選択される。また、それぞれの場合に10個以下の炭素原子を有する脂肪族基を伴った第四級アンモニウムイオンも、本発明の方法の電解液において同程度に好ましい。
【0017】
適当な水溶性ケイ酸塩は特に、各酸化物MOと共にSiOを溶融することによって調製される、いわゆる水ガラスである。SiOの割合が20〜40重量%の範囲である水ガラスが好ましい。SiO:MOのモル比が2〜5の範囲、特に3〜4の範囲である水ガラスがとりわけ好ましい。
【0018】
本発明の方法の電解液中に少なくとも1種の水溶性ケイ酸塩が存在することによって、アノード分極の際、薄いケイ酸塩層がブリキ板上に生じ、これは後に適用される有機トップコートにとって好ましい下塗り塗膜となる。同時に、この電解液中でアノード分極し、トップコートを備えたブリキ板は、イオウ含有化合物との接触時に顕著な黒変を示さず、被覆ブリキ板表面の金属光沢はほぼ保持される。従って、本発明の方法は、一段階で行われ、食品包装材料として使用することができるブリキ板に適当であるようにスズ表面を変性する、ブリキ板製品の前処理方法を提供する。
【0019】
本発明の方法の電解液における水溶性ケイ酸塩の割合は、それぞれの場合にSiOの割合に基づいて、好ましくは少なくとも0.1重量%、特に好ましくは少なくとも1重量%、特に少なくとも2重量%であるが、好ましくは30重量%未満、特に好ましくは20重量%未満である。電解液におけるSiOに基づいた割合が0.1重量%より少ないと、アノード分極時にブリキ板表面上に堆積し得るケイ素元素に基づいた塗布重量が、後に塗布される有機塗料系との接着性にプラス効果を与えるには少なすぎる。SiOに基づいた割合が30重量%を超えると高粘性電解液が得られ、これは、SiOの塗布重量がブリキ板表面と接着する電解液フィルムによって著しく増加して前処理の効果が制御しにくくなり、例えば、前処理したブリキ板に有機トップコートを塗布する前に付加的な濯ぎ工程や乾燥工程が必要となるために本発明の方法にあまり適さない。
【0020】
本発明の方法の電解液のpH値は、好ましくは8〜13の範囲、特に好ましくは10〜12の範囲である。強アルカリ性電解液中ではブリキ板のスズ層が浸食される一方で、8未満のpH値ではケイ酸塩の水溶性が急低下してSiOが次第に沈澱する。
【0021】
本発明の方法の電解液は、少なくとも1種のオルガノシランを付加的に含有してよい。オルガノシラン自体は、ブリキ板表面の改良されたシリケーション(Silikatisierung)をもたらし、更に、非加水分解性有機基の中の適当な官能基により、後に適用される有機塗料系との接着性を向上させる。本発明の方法では、100℃未満の沸点を有するアルコールとして加水分解時に分離される少なくとも1つの加水分解性置換基と、少なくとも1つの非加水分解性置換基とを有するオルガノシランが、電解液の成分として好ましい。この非加水分解性置換基は、好ましくは、少なくとも幾つかの第一級アミノ官能基を有する。最も好ましくは、オルガノシランは、下記一般構造式(I):
【化1】
[式中、置換基Xは、互いに独立して、4個以下の炭素原子を有するアルコキシ基から選択され、mおよびnは、互いに独立して1〜4の整数であり、yは0〜4の整数である]
で示される化合物から選択される。
【0022】
本発明の方法の電解液におけるオルガノシランの割合は、好ましくは0.01〜5重量%の範囲である。
【0023】
ブリキ板表面とのオルガノシランの加水分解架橋を促進するために、ハロゲン化物不含有水溶性アルミニウム塩を、合計でアルミニウム塩の好ましくは少なくとも0.001重量%の量で、しかしながら好ましくは1重量%以下の量で、本発明の方法の電解液に添加してよい。
【0024】
更に、本発明の方法の電解液は、6個以下の炭素原子を有する少なくとも1種の有機ジカルボン酸、および/またはその水溶性金属塩を付加的に含有してよい。これは、好ましくは、コハク酸、マロン酸、シュウ酸、グルタル酸、アジピン酸および/またはそれらのアルカリ金属塩から、特に好ましくは、シュウ酸および/またはそのアルカリ金属塩から選択される。これらのジカルボン酸を電解液に添加することによって、本発明の方法のブリキ板表面が、タンパク質含有食品との接触時の変色に対して増大した耐性を有するようになる。
【0025】
本発明の方法の電解液における有機ジカルボン酸の割合は、好ましくは0.01〜2重量%の範囲である。
【0026】
本発明の方法の電解液における他の添加剤として、不活性水溶性塩が含まれてよい。不活性水溶性塩は、適当なベース導電率をもたらし、従って、電解前処理方法の経済的な実行可能性を確保する。これらの不活性塩は、水溶液において電極過程(ブリキ板、陰極)に関与しない。即ち、不活性塩は、不均一電子移動反応に関与せず、電流を輸送するためにもっぱら使用される。適当な不活性水溶性塩は、例えば、アルカリ金属の炭酸塩、リン酸塩、硫酸塩、硝酸塩および水酸化物である。好ましくは、電解液の比導電率が1mS/cm未満であるとき、不活性塩を添加した後に電解液の非導電率がこの値を超えるように、本発明の方法の電解液に不活性塩を添加すべきである。
【0027】
本発明の方法のアノード分極は、好ましくは少なくとも0.005A/dm、特に好ましくは少なくとも0.1A/dm、しかしながら6A/dm以下、特に好ましくは4A/dm以下の電流密度で行う。0.005A/dm未満の電流密度では、スズ表面を適当に変性することができない。即ち、スズ表面をシリケーションすると同時に、スズからなる表面に+IIおよび+IVの酸化状態で存在する混合酸化物を、酸化/水酸化スズ(IV)から主としてなる酸化物層に転化することができない。逆に、6A/dmより大きい陽極電流密度は、そのような電流密度における酸化スズ層の半導電性の故に、ほとんどの電流が酸素の放出に利用されるので、本発明において不利である。一方では、この酸素の放出により、ブリキ板表面のpHが著しく低下するので、酸化スズ層の腐食性損失が増大し、他方では、気泡の激しい放出の故に、有機トップコートにあまり適していない下塗り剤であることを示す、局所的欠陥を伴った不均一な酸化物被覆層が生じる。従って、先に記載したとおり、本発明の方法では、一方ではスズ塗膜の低腐食性が確保され、他方ではSiOとして溶解ケイ酸塩が沈澱するのに十分適したpHシフトがスズ表面近傍で起こり、それによって表面のシリケーションが起こるように、0.5〜4A/dmの範囲に電流密度を設定することが特に有利である。
【0028】
本発明の方法のアノード分極の時間は、好ましくは少なくとも0.2秒、特に好ましくは少なくとも1秒である。これより短い分極時間では、スズ表面が主に、スズ表面の化学的変性を可能にする適当なファラデー電流の流れを伴わずに容量電荷反転する。300秒を超える分極時間では、低い電流密度であっても、下塗り剤被膜としての酸化物被覆層の特性は改善されない。それどころか、分極時間が長くなるにつれて、一定の表面再不動態化の故に、酸化物層の非結晶質が増加するので、分極時間が長い方法では、そのように前処理したブリキ板に対する塗料の接着性は低下する。
【0029】
本発明の方法において、アノード分極の種類は制限なく選択することができ、例えば、定電位的、動電位的、定電流的または動電流的に行うことができる。しかしながら、処理可能性がより広いので、定電流的に電流を適用することが好ましい。電解液の導電率の変動、または陰極に対するブリキ板の空間定位の小さい変化は、スズ表面の電気化学的変性に影響を与えないので、本発明の方法では、定電流法が好ましい。本発明の方法を定電位的または動電位的に実施するならば、一般に好ましい電流密度はそれぞれ、時間平均電流密度として扱われるべきである。
【0030】
陽極電流または電圧パルスを適用するパルス法の実施も、本発明の方法に適している。個々のパルスは好ましくは少なくとも0.2秒であり、全アノード分極時間、即ち陽極パルスの合計時間は好ましくは300秒を超えない。本発明の方法におけるブリキ板と電解液との接触時、カソード分極は好ましくは回避されるべきである。本発明の方法では、電解液中にブリキ板を完全に浸漬することによって、電解液をアノード分極のためのブリキ板と接触させることが好ましい。
【0031】
スズメッキ板材のための電解製造プロセス直後の、輸送目的または後の成形のための油脂加工をまだ施されていないブリキ板のみを本発明に従って処理する場合、本発明の方法を行う前にブリキ板表面を清浄化する必要はない。しかしながら、ブリキ板が既に貯蔵されおり、特に錆止め油または成形油で湿潤されているならば、ほとんどの場合、ブリキ板を本発明に従ってアノード前処理する前に、有機汚染物質および塩残渣を除去するために、清浄工程が必要である。このために、先行技術で知られている界面活性洗浄剤を使用することができる。
【0032】
本発明の方法は特に、食品産業における包装材料として使用するためのブリキ板を、後に適用される有機トップコートとの良好な接着性を有するスズ表面が存在すると同時にスズ表面がタンパク質含有食品との接触時にイオウに起因する黒変に対して良好な耐性を示すよう、一段階で前処理できることに特徴がある。本発明の前処理に続いて、当業者に先行技術から知られている従来の後不動態化を行うことによって、塗料接着性および耐変色性の両方が場合により更に改善されることがあるが、このタイプの方法では、一段階法という利点を放棄しなければならない。従って、本発明の特に好ましい方法では、有機塗料系は、中間の水洗浄および/または乾燥工程を伴ってまたは伴わずに、アノード前処理直後に適用する。
【0033】
しかしながら、先に記載した表面特性を更に改善する必要がある場合は、本発明の別の態様として、アノード前処理の直後に、中間の水洗浄および/または乾燥工程を伴ってまたは伴わずに、後不動態化を行う方法が好ましい。後不動態化では、先に記載したようにアノード分極したブリキ板を、元素Zr、Ti、Hfおよび/またはSi、特に好ましくは元素Zr、Tiおよび/またはSi、とりわけ元素ZrおよびTiの水溶性無機化合物を含有する酸性水性組成物と接触させる。これらの元素の水溶性無機化合物として、特に、それぞれのフルオロ錯塩、フルオロ酸および/またはフルオロ酸塩、特に好ましくはそれぞれのフルオロ酸および/またはフルオロ酸塩が適している。特に好ましい態様では、後不動態化の酸性水性組成物は、チタン元素の水溶性無機化合物を少なくとも1種含有する。この化合物は、好ましくは、チタンのそれぞれのフルオロ錯塩、フルオロ酸および/またはフルオロ酸塩から選択される。
【0034】
後不動態化の酸性水性組成物における、元素Zr、Ti、Hfおよび/またはSiの水溶性無機化合物の割合は、各元素Zr、Ti、Hfおよび/またはSiに基づいて、合計で好ましくは少なくとも0.001重量%、特に好ましくは少なくとも0.01重量%、しかしながら合計で好ましくは0.5重量%以下である。酸性組成物に基づいて、少なくとも0.001重量%、特に好ましくは少なくとも0.01重量%のチタン元素の水溶性化合物を含有する場合が更に好ましい。
【0035】
また、後不動態化の酸性水性組成物が、POに基づいて好ましくは少なくとも0.01重量%、特に好ましくは少なくとも0.1重量%、しかしながら3重量%以下の、後不動態化の酸性水性組成物における割合で、リン酸イオンを含有することが好ましい。
【0036】
更に、アノード前処理済みブリキ板を後不動態化するための酸性水性組成物は、水溶性および/または水分散性有機ポリマー、例えば、ポリアクリレート、ポリイソシアネート、ポリエポキシド、ポリアルキルアミン、ポリアルキレンイミンまたはアミノ置換ポリビニルフェノール誘導体を含有してよい。ブリキ板のアノード前処理における電解液がアミノ官能化オルガノシランを付加的に含有する場合は、縮合反応で更に架橋できる水溶性および/または水分散性有機ポリマー、即ち、ポリイソシアネート、ポリエポキシドおよび/またはそれらの混合物が好ましい。
【0037】
本発明の方法の後不動態化のための酸性水性組成物における、水溶性および水分散性有機ポリマーの総割合は、好ましくは0.05〜10重量%の範囲、特に好ましくは2〜5重量%の範囲である。
【0038】
本発明に従ってアノード前処理済みブリキ板と接触させる酸性水性組成物のpH値は、好ましくは2.5〜5.5の範囲である。
【0039】
アノード前処理済みブリキ板の後不動態化は、無電解で、即ち電流を流さずに行うことが更に好ましい。
【0040】
アノード前処理済みブリキ板は、好ましくは、酸性水性組成物の未乾燥塗膜をブリキ板表面に塗布し、その直後に乾燥させる、いわゆる「塗布型化成」法で酸性水性組成物と接触させる。そのような方法は、前処理済みスズメッキ鋼板材を後不動態化する本発明の方法に特に適している。
【0041】
従って、好ましくは、後不動態化工程の酸性水性組成物は、移動している金属板が連続的に被覆される、いわゆるコイル被覆法によって塗布される。酸性水性組成物は、先行技術において一般的な様々な方法によって塗布することができる。例えば、所望の未乾燥塗膜厚さに直接調節することが可能であるアプリケーターロールを使用することができる。別の態様では、金属板は、酸性水性組成物中に浸漬するか、または酸性水性組成物を噴霧してよい。その後、絞りロールによって、所望の未乾燥塗膜厚さに調節する。
【0042】
酸性水性組成物を塗布した後、このように被覆したブリキ板を所望の乾燥温度に加熱する。加熱トンネルオーブンにおいて、120〜260℃の範囲、好ましくは150〜170℃の範囲の必要基材温度(「ピーク金属温度」=PMT)に、被覆基材を加熱することができる。しかしながら、後不動態化のための酸性水性組成物は、赤外線放射によって、特に近赤外線放射によって、適当な乾燥または架橋温度に加熱してもよい。
【0043】
ケイ酸塩含有電解液中でのアノード前処理と、続く酸性水性組成物中での不動態化の両方を含む本発明の方法は、スズ表面がアノード前処理工程で既にシリカ被覆されているので、下塗り被膜としての表面の優れた特性を得るために、元素Zr、Ti、Hfおよび/またはSiに基づいた比較的少ない塗布重量しか後不動態化において適用する必要がないことに特徴がある。
【0044】
従って、後不動態化において、元素Zr、Ti、Hfおよび/またはSiに基づいて少なくとも0.3mg/m、特に好ましくは少なくとも1mg/m、しかしながら20mg/m以下、特に好ましくは10mg/m以下の塗布重量をブリキ板上に得る、本発明の方法が好ましい。
【0045】
別の態様では、本発明は、食料を貯蔵するための包装材料、特に缶を製造するための、本発明の方法によって処理したブリキ板の使用に関する。
本発明の好ましい態様は、以下を包含する。
〔1〕アルカリ性水性電解液中でアノード分極を行うことによるブリキ板の電解不動態化方法であって、電解液が、組成式:MO・nSiO[式中、Mはアルカリ金属イオンまたは第四級アンモニウムイオンであり、nは0.8〜7の自然数である]で示される少なくとも1種の水溶性ケイ酸塩を含有する方法。
〔2〕アノード分極を、少なくとも0.2秒、好ましくは少なくとも1秒、しかしながら合計で300秒を超えずに行う、上記〔1〕に記載の方法。
〔3〕アノード分極を、少なくとも0.005A/dm、しかしながら6A/dm以下、好ましくは4A/dm以下の電流密度で行う、上記〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔4〕アノード分極を定電流的に行う、上記〔3〕に記載の方法。
〔5〕電解液における水溶性ケイ酸塩の割合が、それぞれの場合にSiOに基づいて、少なくとも0.5重量%、好ましくは少なくとも2重量%、しかしながら30重量%未満、好ましくは20重量%未満である、上記〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の方法。
〔6〕電解液が、100℃未満の沸点を有するアルコールとして加水分解時に分離される少なくとも1つの加水分解性置換基と、少なくとも幾つかの第一級アミノ官能基を好ましくは有する少なくとも1つの非加水分解性置換基とを有する少なくとも1種のオルガノシランを付加的に含有する、上記〔1〕〜〔5〕のいずれかに記載の方法。
〔7〕一般構造式(I):
〔化1〕
[式中、置換基Xは、互いに独立して、4個以下の炭素原子を有するアルコキシ基から選択され、mおよびnは、互いに独立して1〜4の整数であり、yは0〜4の整数である]
で示されるオルガノシランを含有する、上記〔6〕に記載の方法。
〔8〕電解液が、ハロゲン化物不含有水溶性アルミニウム塩、好ましくは、電解液に基づいて1重量%以下の水溶性アルミニウム塩を付加的に含有する、上記〔1〕〜〔7〕のいずれかに記載の方法。
〔9〕電解液が、6個以下の炭素原子を有する有機ジカルボン酸および/またはその塩、好ましくはシュウ酸および/またはそのアルカリ金属塩を付加的に含有する、上記〔1〕〜〔8〕のいずれかに記載の方法。
〔10〕アルカリ性水性電解液中でアノード分極を行った後、中間の水洗浄および/または乾燥工程を伴ってまたは伴わずに、元素Zr、Ti、Hfおよび/またはSiの水溶性無機化合物を含有する酸性水性組成物とブリキ板とを接触させることによる第二の不動態化を行う、上記〔1〕〜〔9〕のいずれかに記載の方法。
〔11〕酸性水性組成物が、元素Zr、Ti、Hfおよび/またはSiの水溶性無機化合物として、そのフルオロ酸および/またはそのフルオロ酸塩、好ましくは元素Zrおよび/またはTiのフルオロ酸および/またはフルオロ酸塩を含有する、上記〔10〕に記載の方法。
〔12〕酸性水性組成物がリン酸イオンを付加的に含有する、上記〔10〕または〔11〕に記載の方法。
〔13〕第二の不動態化において、元素Zr、Ti、Hfおよび/またはSiに基づいて少なくとも0.3mg/m、好ましくは少なくとも1mg/m、しかしながら20mg/m以下、好ましくは10mg/m以下の塗布重量をブリキ板上に得る、上記〔10〕〜〔12〕のいずれかに記載の方法。
〔14〕酸性水性組成物の未乾燥塗膜をブリキ板表面に塗布し、塗布直後に未乾燥塗膜を乾燥することによって不動態化を行う、上記〔13〕に記載の方法。
〔15〕食料を貯蔵するための包装材料、好ましくは缶を製造するための、上記〔1〕〜〔14〕のいずれかに記載の方法に従って処理したブリキ板の使用。
【実施例】
【0046】
例示的な態様:
本発明の方法を説明するために、まず、清浄なブリキ板(スズ塗布重量2.8g/m)を電解前処理に付し、次いで、蒸留水で濯ぎ、その後、Chemcoater(登録商標)を用いて不動態化剤の未乾燥塗膜を場合により塗布し、50℃で1分間乾燥した。相応の一連の試験を表1に示す。
【0047】
【表1】
【0048】
このように処理した、トップコートを有さないブリキ板を、90℃で1分間、硫化カリウム溶液(水中、5g/LのKS+5g/LのNaOH)に半分浸し、水で濯ぎ、乾燥した。
【0049】
下記尺度に従って、ブリキ板の黒変を光学的に評価した:
0:変色せず;金属光沢
1:個々の黒変;表面の10%未満
2:小斑点状に黒変;表面の30%未満
3:小斑点状に黒変;表面の50%未満
4:50%超が小斑点状に黒変し、金属光沢がほぼ完全に喪失
5:50%超が小斑点状に黒変し、金属光沢が完全に喪失
【0050】
硫化カリウム溶液と板との接触(「硫化物試験」)後の黒変に関する結果を、表2に示す。
【0051】
【表2】
【0052】
水ガラス含有電解液中でアノード分極を行った本発明の方法と、電解液が水ガラスを含有しない方法とを直接比較することによって(E1−CE1、E2−CE2およびE3−CE3を参照)、本発明の方法が硫化物試験において常に良好な結果をもたらすことが表2からわかる。また、後不動態化を行わなかった本発明の方法(E1)において、先行技術に記載されているブリキ板の前処理方法(CE3)よりも良好な耐黒変性が既に得られたことが明らかである。比較試験CE4は、水ガラス含有電解液中であってもアノード分極が必要であることを示している。