(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本願発明者は、生活習慣病マーカの一つの候補として考えられるIL−6(インターロイキン−6)を抗原抗体反応によって検出するイムノアッセイのために、従来の周期構造を有するチップ(ベース基板/Cr/Ag/Cr/SiO
2)を用いて表面プラズモン励起増強蛍光の測定を試みた。周期構造(ピッチ500nm(ナノメートル))を有するベース基板には、ポリメチルメタクリレート(PMMA)系高分子を使用し、その上に、膜厚1nmのCr、膜厚40nmのAg、膜厚1nmのCr、及び膜厚40nmのSiO
2を形成した。このチップに対して、公知の検出用キットを用いて、公知のマルチステップアッセイを行なった。即ち、チップ表面の処理(アミノ基修飾)及び洗浄を行ない、抗IL−6抗体の固定、ブロッキング処理、抗原(IL−6)の注入、及び蛍光分子(蛍光標識蛋白質)の注入を行なった。
【0007】
マルチステップアッセイにおいて、ブロッキングのためにブロッキング剤(ブロックエース(登録商標))溶液又はBSA(ウシ血清アルブミン)溶液を投入した段階から、チップ上に形成した多層膜の剥離が発生し始めた。さらに、蛍光分子(蛍光標識蛋白質)を結合させるためにビオチンラベル抗体を注入した段階で、チップ上の溶液の白濁が始まった。剥離及び白濁は、周期構造上に形成した多層膜中の銀が酸化したことによるものである。銀の酸化の原因としては、洗浄に使用したPBS(燐酸緩衝液)に含まれる界面活性剤(Tween20)、高濃度のブロッキング剤、及び、多段階のアッセイであること等が考えられる。これらの点は、抗原抗体反応の検査等におけるバイオアッセイにおいては、不可欠である。
【0008】
特許文献4〜6には、金属層として銀を使用する場合、水中で非常に不安定な銀を保護するために、銀の酸化を防止するための層(酸化防止層)を形成することが望ましいことが記載されている。また、特許文献4〜6には、金属層と消光抑制層とを接着する接着層を、Crで膜厚0.1〜3nmに形成すれば、銀の金属層を保護できることが記載されている。
【0009】
しかし、上記したように膜厚1nmのCrで接着層を形成したチップを用いても、上記のようなバイオアッセイを実行すると、剥離及び白濁が発生する。即ち、チップの用途によっては、Crの接着層は、銀で形成された金属層の保護に有効であるとしても、上記のようなマルチステップのバイオアッセイにおいては、銀で形成された金属層を十分に保護できなかった。そして、バイオアッセイにおいて、銀で形成された金属層を十分に保護し、且つ、十分な蛍光強度を得るためのチップの構造及び材質は知られていなかった。
【0010】
したがって、本発明は、バイオアッセイにおいて周期構造上の多層膜が剥離しないバイオチップ、バイオアッセイ用キット、及びバイオアッセイ方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的は、下記によって達成することができる。
【0012】
即ち、本発明に係るバイオチップは、蛍光分子を用いて抗原抗体反応を検出するために使用されるバイオチップであって、表面に周期構造を有するベース基板と、周期構造の上に、直接又は第1の接着層を間に挟んで形成された金属層と、金属層の上に、直接又は第2の接着層を間に挟んで形成された保護層と、保護層の上に形成された消光抑制層とを備え、金属層は、表面プラズモン共鳴光を発生し且つ水溶液中で酸化され得る金属で形成され、保護層は、酸化亜鉛又は酸化チタンで形成され、消光抑制層は、二酸化ケイ素で形成され、金属層に光が入射されることにより、表面プラズモン共鳴光によって増強された電場を発生し、発生した電場を蛍光分子の励起場として増強蛍光を出力する。
【0013】
好ましくは、保護層の厚さは、5nm以上50nm以下であり、消光抑制層の厚さは、5nm以上50nm以下である。
【0014】
より好ましくは、金属層は、銀で形成され、保護層は、厚さ5nm以上30nm以下の酸化亜鉛である。
【0015】
さらに好ましくは、第2の接着層はチタンで形成される。
【0016】
好ましくは、第1の接着層はチタンで形成される。
【0017】
より好ましくは、第2の接着層の厚さは0.1nm以上3nm以下である。
【0018】
さらに好ましくは、第1の接着層の厚さは0.1nm以上3nm以下である。
【0019】
本発明に係るバイオアッセイ用キットは、表面に周期構造を有するベース基板と、周期構造の上に、直接又は第1の接着層を間に挟んで形成された金属層と、金属層の上に、直接又は第2の接着層を間に挟んで酸化亜鉛又は酸化チタンで形成された保護層と、保護層の上に二酸化ケイ素で形成された消光抑制層とを有するチップと、バイオアッセイ用薬剤と、蛍光分子とを含み、チップの周期構造を有する側の面に、バイオアッセイ用薬剤及び蛍光分子を注入した後、表面プラズモン励起増強蛍光の検出に使用される。
【0020】
好ましくは、バイオアッセイ用薬剤は、特定の抗原に結合する抗体と、チップの表面をアミノ基修飾するためのシランカップリング剤と、抗体をチップに対して固定するための架橋剤とを含み、蛍光分子は、抗原又は抗体に、直接又は媒介分子を介して結合される分子であり、消光抑制層の表面にシランカップリング剤が注入されて消光抑制層の表面がアミノ基修飾され、アミノ基修飾された消光抑制層の表面に架橋剤が注入された後、抗体が注入されて、抗体がチップに対して固定され、抗体が固定されたチップの表面に抗原が注入され、蛍光分子が注入された後、表面プラズモン励起増強蛍光の検出に使用される。
【0021】
本発明に係るバイオアッセイ方法は、表面に周期構造を有するベース基板と、周期構造の上に、直接又は第1の接着層を間に挟んで形成された金属層と、金属層の上に、直接又は第2の接着層を間に挟んで酸化亜鉛又は酸化チタンで形成された保護層と、保護層の上に二酸化ケイ素で形成された消光抑制層とを有するチップを用いて抗原抗体反応を検出する方法であって、チップの周期構造を有する側の面に、バイオアッセイ用薬剤及び蛍光分子を注入する第1ステップと、第1ステップが実行された後のチップに、光を入射して表面プラズモン共鳴光によって増強された電場を発生させ、発生した前記電場を前記蛍光分子の励起場として用いて増強蛍光を検出する第2ステップとを含む。
【0022】
好ましくは、第1ステップは、消光抑制層の表面にシランカップリング剤を注入して消光抑制層の表面をアミノ基修飾するステップと、アミノ基修飾された消光抑制層の表面に架橋剤を注入した後、特定の抗原に対する抗体を注入して、抗体をチップに対して固定するステップと、抗体が固定されたチップの表面に抗原を注入した後、抗原又は抗体に、直接又は媒介分子を介して結合する蛍光分子を注入するステップとを含む。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、表面プラズモン共鳴光によって増強された電場を発生する金属層として銀を用いたバイオチップに、抗原抗体反応等を検出するためのマルチステップのバイオアッセイが実行されても、剥離及び白濁を生じない。したがって、表面プラズモン励起増強蛍光を安定して検出することができ、ELISA法等の従来の検出方法よりも短時間で抗原抗体反等の生物反応を検出することが可能になる。
【0024】
少なくとも、金属層と保護層とを接着するための第2接着層をチタンで形成することにより、マルチステップのバイオアッセイに対するバイオチップの耐性をより向上することができ、界面活性剤を含む洗浄液によって洗浄されても剥離が生じない。バイオアッセイにおいては、蛋白質等の非特異吸着を抑制するために、界面活性剤を含む洗浄液が一般に使用されるので、界面活性剤への耐性が高いバイオチップは特に有効である。
【0025】
また、第1及び第2接着層をチタンで形成することにより、クロムを使用する場合よりも、接着層の厚さを薄くすることができ、表面プラズモン共鳴による増強蛍光強度をより増大させることができる。
【0026】
また、消光抑制層を二酸化ケイ素で形成しているので、市販の抗原抗体反応等のバイオアッセイ用の薬剤をそのまま適用することができる。したがって、安価に実験することができる。
【0027】
また、本発明のバイオチップは、抗原抗体反応の検出に限らず、比較的長期間を要する細胞培養等にも使用可能である。本発明のバイオチップを細胞培養に使用する場合、バイオチップの上で直接、細胞培養が可能であり、長期間にわたって細胞培養を行ないながら、適宜、表面プラズモン共鳴蛍光顕微鏡で観察することが可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下の実施の形態では、同一の部品には同一の参照番号を付してある。それらの名称及び機能も同一である。したがって、それらについての詳細な説明は繰返さない。
【0030】
図1を参照して、本発明の実施の形態に係るバイオチップ100は、周期的構造を有するベース基板102と、周期的構造の上に形成された第1接着層104、金属層106、第2接着層108、保護層110及び消光抑制層112からなる多層膜とを備えて構成されている。
【0031】
バイオチップ100が抗原抗体反応の検出に使用されるとき、消光抑制層112の表面に抗体を含む溶液が滴下され、抗体が消光抑制層112の表面に結合した後、抗原を含む溶液が滴下され、抗原抗体反応を生じさせる。このとき、抗原又は抗体に蛍光標識蛋白質(蛍光分子)を結合させる。バイオチップ100は、その状態で
図2に示したように、バイオチップ100の正面(周期構造を有する面)又は背面から所定波長の光Lin1、Lin2が照射される。これによって、表面プラズモン共鳴が発生し、抗原又は抗体に結合された蛍光標識蛋白質からの増強蛍光Lpを検出することができる。
【0032】
ベース基板102は、表面に周期的構造である格子が形成されている。ベース基板102は、入射光及び放射される蛍光に対して透明な材質、例えばガラス、又はプラスチック(ポリメチルメタクリレート(PMMA)等)等で形成されていれば、正面及び背面の何れからの照射においても使用できる。光の照射と検出を同じ側から行なうのであれば、ベース基板102は透明である必要はない。
【0033】
周期構造は、例えば一方向に沿ってほぼ等間隔に配置された複数の溝を有する形状である。溝は、例えば鋸歯状溝、正弦波状溝、矩形状溝である。上記した特許文献3〜6に開示されたマイクロプレートと同様に形成することができる。ナノスケールの周期構造を持つ周期構造は、例えば、特許第3350711号公報、特許第2832337号公報、特開2004−117810号公報などに開示されている方法を使用して形成することができる。プラスチックであれば、スタンパー(型)を用いたプレス成型法又は射出成型法、モールド(型)を用いた熱ナノインプリント法、モールドを用いた光硬化樹脂による光ナノインプリント法等、公知の方法によって形成することもできる。
【0034】
具体的には、ベース基板102の表面の周期構造は、断面形状が
図3に示した矩形状である。周期構造の周期(ピッチとも記す)、即ち隣接する溝の間隔(M+V)は、蛍光観察に使用する波長以下又は波長程度、例えば10〜1000nmであり、好ましくは100〜600nmである。周期構造の高さd(溝の深さ)は4〜400nm、アスペクト比d/Vは0.005〜10である。凸部の長さをM、凹部の長さ(溝の幅)をVとして、M/(M+V)でデューティ比を定義する。望ましい溝の深さdは20〜40nmであり、望ましいデューティ比は0.5である。
【0035】
第1接着層104は、ベース基板102と金属層106とを接着するための層である。ベース基板102自体が安定して金属層106と固着する材質であれば、第1接着層104はなくてもよい。第1接着層104は、できるだけ薄いことが好ましく、例えば膜厚0.1〜3nmのクロム(Cr)の薄膜として形成される。
【0036】
金属層106は、銀(Ag)であり、例えばスパッタによって形成される。背面から光Lin2が入射される場合、金属層106の膜厚は、好ましくは10〜50nmであり、より好ましくは20〜50nmである。正面から光Lin1が入射される場合、金属層106の膜厚は、好ましくは50nm以上であり、より好ましくは100nm以上である。なお、ベース基板102の表面に、スパッタなどによって金属層106を形成した場合、
図4に示すように、ベース基板102の周期構造の段差部分に対応する部分が傾斜(以下、この部分をスロープ部SLという)する。
図4において、第1接着層104は図示していない。また、後述する金属層106の上の保護層110及び消光抑制層112も同様にスロープSLを有する形状に形成される。
【0037】
第2接着層108は、金属層106と保護層110とを接着するための層である。金属層106が保護層110と安定して固着する材質であれば、第2接着層108はなくてもよい。第2接着層108は、できるだけ薄いことが好ましく、例えば膜厚0.1〜3nmのクロムの薄膜として形成される。
【0038】
保護層110は、バイオアッセイに使用される水溶液(界面活性剤、ブロッキング剤等)から、金属層106を保護するための層である。バイオアッセイにおいて、バイオチップ100の周期構造を有する表面は、界面活性剤、及びブロッキング剤等に繰返し比較的長時間さらされる。金属層106に銀を使用する場合、水中で非常に不安定な銀が酸化し、金属層106が損傷を受けて剥離してしまう。金属層106に金を使用すれば、酸化される問題はない。しかし、銀は金よりも蛍光の増強効果が大きく、イムノアッセイ等のバイオセンシング及びバイオイメージングには有効な金属である。保護層110は、銀の酸化を防止し、金属層106が損傷を受けて剥離することを防止する。保護層110は、入射光及び放射される蛍光に対して吸収が小さく透過率の大きい材質、例えば酸化亜鉛(ZnO)、又は酸化チタン(TiO
2)等で形成されていれば、正面及び背面の何れからの照射においても使用できる。光の照射と検出を同じ側(チップの正面)から行なうのであれば、保護層110は透明である必要はない。
【0039】
保護層110の厚さは、後述する消光抑制層の厚さも考慮して決定する必要がある。保護層110がZnOである場合、約5〜50nmが好ましく、約5〜30nmであることがより好ましい。
【0040】
消光抑制層112は、抗体を結合させるための層でもあり、市販のバイオアッセイ用のキット(薬剤)が使用できるように二酸化ケイ素(SiO
2)で形成されることが好ましい。市販の薬剤には、SiO
2への適用を想定しているものが多い。SiO
2は、通常観察に使用される入射光及び発生する蛍光の波長領域で吸収を持たない(又は吸収が少ない)ので、透明な薄膜として形成することができる。例えば、スパッタによってSiO
2を形成する。
【0041】
表面プラズモン励起増強蛍光法の特徴である増強蛍光は、蛍光分子と金属層106との距離が近いと、強い励起場で励起された蛍光も金属表面にエネルギー移動して消光されてしまう。したがって、蛍光分子を金属層106から所定距離だけ離隔させて消光を抑制することが必要である。また、表面プラズモン共鳴による励起場は近接場であるために、金属表面から離れるにしたがってその電場強度は減衰するため、金属層106の表面からおよそ100nm以内に存在する蛍光分子のみが効率よく励起される。そのために、保護層110及び消光抑制層112を合わせた膜厚は、約10nm〜100nmの範囲で金属層106の種類、消光抑制層112の屈折率、入射光の波長などに応じて決定される。例えば、金属層106が銀であり、保護層110がZnOであり、消光抑制層112がSiO
2であり、633nmの波長の励起光を用いる場合、保護層110及び消光抑制層112の合計の膜厚の最適値は好ましくは約10〜100nmであり、より好ましくは約10〜60nmである。消光抑制層の厚さは、好ましくは約5〜50nmであり、より好ましくは約20〜30nmである。
【0042】
バイオチップ100は上記したように、銀で形成された金属層106の上に酸化亜鉛又は酸化チタンの保護層110を備えているので、抗原抗体反応を検出するためのマルチステップアッセイが実行されても、剥離及び白濁を生じない。即ち、マルチステップアッセイにおいて、高濃度のブロッキング剤等から、金属層106を保護し酸化を防止することができる。
【0043】
さらに、第1接着層104及び第2接着層108に、マルチステップアッセイにおけるチップの耐性を向上させる役割を持たせることもできる。上記では、第1接着層104及び第2接着層108がクロムで形成されることを説明したが、後述するように、第1接着層104及び第2接着層108をチタン(Ti)で形成することにより、洗浄に使用されるPBS(燐酸緩衝液)に含まれる界面活性剤(Tween20)に対するチップの耐性を向上させることができることが分かった。第1接着層104及び第2接着層108の膜厚は、できるだけ薄いことが好ましく、例えば0.1〜3nmに形成されることが好ましい。なお、第1接着層104及び第2接着層108をチタンで形成することが最も好ましいが、金属層106と保護層110とを接着するための第2接着層108の方が、ベース基板102と金属層106とを接着するための第1接着層104よりも、界面活性剤と接する可能性が高いので、第2接着層108のみをチタンで形成しても、十分な耐性を実現できる。この場合、第1接着層104の材質は、接着機能があれば任意であり、クロムであってもよい。
【0044】
したがって、バイオチップ100は、比較的長期間を要する実験にも使用可能である。例えば、細胞培養に使用することができる。従来の構造のバイオチップ又はマイクロプレートでは、培養液によって銀が酸化されてしまうので、細胞培養を行なった後、培養された細胞をバイオチップ又はマイクロプレートに搭載して、表面プラズモン共鳴蛍光顕微鏡で観察する必要がある。これに対して、バイオチップ100を使用すれば、その上で細胞培養が可能であり、長期間にわたって細胞培養を行ないながら、適宜、表面プラズモン共鳴蛍光顕微鏡で観察することが可能である。
【0045】
なお、周期構造の形状は、上記した1方向に溝を有する形状に限定されず、ベース基板の表面に交差する2方向に溝を形成し構造、及び円形(フレネル)の周期構造等の2次元周期構造であってもよい。
図5を参照して、ベース基板200には2次元周期構造が形成されている。ベース基板200の表面には、複数の溝部212が直交する2方向に、即ち凸部214が直交する2方向に配列している。交差する2方向の溝部212は直交している場合に限らず、斜めであってもよい。
【0046】
上記では、金属層106が銀で形成されている場合を説明したが、これに限定されない。金属層106が水溶液によって酸化され得る金属で形成されていれば、上記のように保護層110を形成することによって、金属層106を保護することができる。
【実施例1】
【0047】
以下に実験結果を示し、本発明の有効性を示す。
【0048】
図1に示した構造のバイオチップ2種類と、従来の構造のチップ1種類とを作製した。ベース基板には光硬化性樹脂を用い、1方向に溝を有する、ピッチが500nmの周期構造を形成した。第1接着層104及び第2接着層108はCrで形成し、金属層106、保護層110、及び消光抑制層112はそれぞれAg、ZnO、SiO
2で形成した。各チップの各層の膜厚を表1に示す。第3チップが保護層を形成していない従来の構造のチップである。
【0049】
【表1】
【0050】
図6に示すように、上記の各チップの周期構造及び多層膜を形成した側の面300上に、周期構造を形成した領域302を囲むように、シリコン製の側壁304を固定し、水溶液を保持するためのウェル(以下、シリコンウェルという)を設けた。このシリコンウェルによって、約50〜70μL(マイクロリットル)の水溶液を保持することができる。
【0051】
第1〜第3チップのそれぞれを用いて、生活習慣病マーカ(IL−6)の抗原抗体反応を検出するために、下記のステップ1〜ステップ7の順でアッセイを行なった。
【0052】
[アッセイの順序]
・ステップ1:チップのSiO
2表面をシランカップリング剤によりアミノ基修飾する。
(1)2%シランカップリング剤(信越シリコーン社製、化学名:N−2−(アミノエチル)−3−アミノプロピルトリエトキシシラン、製品番号:KBM−603)を、チップ上に滴下し、40℃で2時間インキュベーションを実行する。
(2)1%酢酸水溶液、及びMILLI−Q(登録商標)水(超純水)を順次用いてチップ上を洗浄し、60℃で4時間インキュベーションを実行する。
・ステップ2:クロスリンカー(架橋剤)により抗体を固定し、シリコンウェルをチップ上に取付ける。
(1)2mM(ミリモラー、1M=1mol/L)のBS3(Thermo社製、製造番号21586)又はPEGリンカーをチップ上に注入し、25℃で10分間インキュベーションを実行する。
(2)MILLI−Q水で、チップ上を洗浄する。
・ステップ3:抗IL−6抗体を固定する。具体的には、1/200希釈抗体をチップ上に注入し、25℃で30分間インキュベーションを実行する。
・ステップ4:ブロッキングを行なう。具体的には、60μg/mLの濃度のBSA(ウシ血清アルブミン)溶液を、チップ上に注入し、25℃で5分間インキュベーションした後、PBS(燐酸緩衝液)で、チップ上をリンス(洗浄)する。
・ステップ5:抗原IL−6をチップ上に注入し、5分間インキュベーションを実行した後、PBSで、チップ上を洗浄する。
・ステップ6:ビオチンラベル抗体をチップ上に注入し、5分間インキュベーションを実行した後、PBSでチップ上を洗浄する。
・ステップ7:10nM(ナノモラー)のCy5−ストレプトアビジン(蛍光標識蛋白質)をチップ上に注入し、5分間インキュベーションを実行した後、PBSでチップ上を洗浄する。
【0053】
上記のマルチステップアッセイを行なった後の各チップを、チップ正面から撮影した写真を
図7に示す。(a)は第1チップ、(b)及び(c)は第3チップの写真である。中央の円形部分が水溶液を注入して、マルチステップアッセイを実行したシリコンウェルである。写真(a)の第1チップでは、シリコンウェル内の周期構造部分に剥離も白濁も発生していない。写真(b)の第3チップでは、剥離が発生しており、周期構造部分が白くなっている。写真(c)の第3チップでは、周期構造部分が白濁して、周期構造領域302が判別できるようになっているが、これもミクロな剥離が始まっていると思われる。
【0054】
図8に示した配置で、表面プラズモン共鳴による増強蛍光をCCD316により撮像して得られた画像を
図9に示す。
図8では、He−Neレーザ(波長633nm)光源310からの光を、偏光器312によって偏光させた後、ミラー314で反射させ、レンズ306及び308を介して各チップ100の背面から入射した。レーザ光の利用効率を上げるために、レンズ306及び308の焦点位置がそれぞれミラー314の反射点及びチップ100(ベース基板102)の入射点と重なる光学配置をとっている。検出角度θout(CCD316の配置方向)を3度とし、入射角度θをミラー314の傾きを調整して20〜26°の範囲で1度ずつ動かし、共鳴角付近の蛍光像を撮影した。なお、チップ100の透過光が直接CCD316に入射しないように、CCD316は、チップ100の法線に対して、レンズ306及び308と同じ側に配置されている。
【0055】
図9において、(a)は第3チップ(保護層なし)の撮像結果であり、(b)は第1チップの撮像結果である。(a)では、増強蛍光による円形の高輝度領域以外に、細かい高輝度部分が多数観察できる。細かい高輝度部分は、通常では観測されないものであり、チップ上の多層膜が剥離し、これにより乱反射されたレーザ光が観測されたものである。これに対して、(b)では、増強蛍光による高輝度領域しか観察されない。このことから、ZnOの保護層を形成した第2チップでは、金属層(Ag)を十分に保護できたことが分かる。
【0056】
図10に示した配置で、チップ背面からの反射光を測定した結果を
図11に示す。
図10に示すように、He−Neレーザ光源310からの光を、シャッタ318、光チョッパ320、及び偏光器312を介して、チップ100の背面に入射した。反射光の測定には、フォトダイオード324を使用した。
図11の横軸は、光の入射角度θin(=反射光の検出角度θr)である。
図11において、(a)〜(c)はそれぞれ、第1〜第3チップに関する結果である。(a)及び(b)では、グラフに大きな谷が生じており、表面プラズモン共鳴が発生していることが分かる。したがって、第1及び第2チップは、表面プラズモン共鳴による蛍光観測に使用可能である。一方、(c)のグラフでは、反射率が0.1よりも小さく、平坦であって谷が生じていない。このことから、第3チップでは、上記したように白濁が生じていたので、レーザ光が散乱され、表面プラズモン共鳴が発生していないことが分かる。したがって、第3チップは表面プラズモン共鳴による蛍光観測には使用できない。
【0057】
図10に示した配置で、表面プラズモン共鳴による増強蛍光の強度を測定した結果を
図12に示す。表面プラズモン共鳴による増強蛍光は、チップの正面(周期構造を有する面)から光電子増倍管(Photomultiplier)322で測定した。入射角度θin(度)、検出角度θout(度)はそれぞれ、θin=23〜24、θout=0 とした。
【0058】
図12の縦軸は、蛍光強度(cps:1秒当たりの観測数)であり、横軸は抗原IL−6の濃度である。第1チップに関する測定値を丸でプロットし、第3チップに関する測定値を三角形でプロットしている。同じ濃度の抗原IL−6に関して、第1チップを用いて測定した蛍光強度は、第3チップを用いて測定された値よりも明らかに大きい。抗原IL−6の濃度が100pg/mLの場合、表面プラズモン共鳴が確認できた第1チップの蛍光強度は第3チップの蛍光強度の約10倍であった。
【実施例2】
【0059】
図13は、保護層を形成したチップ、及び抗原IL−6を用いて、上記と同様のマルチステップアッセイを行ない測定した結果である。実験A(測定値を丸で示す)及び実験B(測定値を三角形で示す)は、上記の第2及び第1チップを用いた結果である。実験C(測定値を四角形で示す)は、上記の第1チップと同じ構造、同じ膜厚で作製したチップであるが、第1チップとは作製日が異なるチップを用いた結果である。
【0060】
図13において、実験A〜Cの測定結果がほぼ曲線に乗っていることから、本バイオチップを用いた測定の再現性が高いことが分かる。通常、抗原IL−6の濃度が高くなると観測される蛍光強度が高くなる(
図13からもこのことが分かる)。10pg/mL以下の濃度のIL−6を公知のELISAキットなどを用いて酵素反応による蛍光を計測する場合には、露光時間は数時間単位になることが知られているが、
図13のグラフから、これらのチップであれば、抗原IL−6の濃度が10pg/mL以下であっても、約1秒で測定できることが分かる。このことから、迅速計測が可能な本バイオチップが非常に有効であることが理解できる。
【実施例3】
【0061】
図1に示した構造のバイオチップ4種類を、それぞれ複数作製した。ベース基板には光硬化性樹脂を用い、1方向に溝を有する、ピッチが500nmの周期構造を形成した。金属層106、保護層110、及び消光抑制層112はそれぞれAg、ZnO、及びSiO
2で形成した。第1接着層104及び第2接着層108は、Cr又はTiで形成した。各チップの各層の材質及び膜厚を表1に示す。第1チップは、第1接着層104及び第2接着層108をCrで形成したチップである。第2〜第4チップは、第1接着層104及び第2接着層108をTiで形成したチップである。第4チップでは、ZnOの保護層を形成しなかった。
【0062】
【表2】
【0063】
実施例1と同様に、
図6に示すようにシリコンウェルを設け、上記のステップ1〜ステップ7と同様のマルチステップのアッセイを行なった。但し、実施例1の場合よりも濃度の高いBSA溶液を使用した。具体的には、6mg/mLの濃度のBSA溶液(市販のELISAキットに含まれるAssay Diluentで希釈)を使用した。また、界面活性剤に対するチップの耐性を評価するために、界面活性剤を含むPBS(Tween20を0.05%含む)でチップを洗浄するマルチステップアッセイと、実施例1と同様に、界面活性剤を含まないPBSでチップを洗浄するマルチステップアッセイとを実施した。
【0064】
マルチステップアッセイ後のチップを目視で確認した結果、界面活性剤を含まないPBSでチップを洗浄するマルチステップアッセイにおいて、実施例1の場合よりもはるかに高濃度(約100倍)のBSA溶液を使用したにもかかわらず、第1〜第4チップの何れも剥離しなかった。
【0065】
界面活性剤を含むPBSで洗浄するマルチステップアッセイにおいては、第1チップにおいてのみ剥離が生じた。第2〜第4チップには、界面活性剤を含むPBSで洗浄するマルチステップアッセイにおいても、剥離は生じなかった。但し、複数作製した第4チップの中には、明確な剥離は生じてはいないが、白濁が観察されたチップもあった。
【0066】
これらのことから、高濃度のBSA溶液及び界面活性剤に対してチップを保護するには、接着層をTiで形成し、ZnOの保護
層を形成することが最も好ましい。なお、接着層がCrで形成されていても、高濃度のBSA溶液に対して、チップを保護することができる。
【0067】
実施例1と同様に、
図10に示した配置で、チップ背面からの反射光を測定した結果を
図14及び
図15に示す。
図14及び
図15の横軸は、光の入射角度θin(=反射光の検出角度θr)である。
図14は第1チップの条件で成膜した2枚のチップ(グラフA及びBに対応)を用いた測定結果であり、
図15は第2チップの条件で成膜した2枚のチップ(グラフA及びBに対応)を用いた測定結果である。
図14及び
図15のグラフA及びBともに、高濃度BSAでのブロッキング処理をアッセイ過程に含み、界面活性剤を含むPBSでチップを洗浄するマルチステップアッセイ後の測定結果である。
【0068】
図14のグラフAでは、グラフに大きな谷が生じており、反射率は下がっているものの、まだ表面プラズモン共鳴が発生していることが分かる。それに対して、グラフBでは、反射率がほぼ0であり、表面プラズモン共鳴が発生していないことが分かる。これは、グラフBを得た第1チップに剥離が生じたためである。グラフAの反射率が低下しているので、グラフAを得た第1チップにおいても、部分的にミクロな剥離が生じていると考えられる。
【0069】
図15のグラフA及びグラフBの何れも、グラフに大きな谷が生じており、表面プラズモン共鳴が発生していることが分かる。また、
図14のグラフAでは、反射率は、入射角度が大きくなると減少する傾向にある(右下がりの破線の直線参照)が、
図15のグラフA及びグラフBではそのような減少傾向は殆どない。即ち、
図15のグラフA及びグラフBは、
図14のグラフAと比較して反射率が保持されており、第2チップの方が第1チップよりも、表面プラズモン共鳴による蛍光観察に、より適したチップであると言える。
【実施例4】
【0070】
実施例3と同様に、金属層106、保護層110、及び消光抑制層112をそれぞれAg、ZnO、及びSiO
2で形成し、第1接着層104及び第2接着層108をTi又はCrで形成したチップを用いて、表面プラズモン共鳴による増強蛍光強度の評価を行なった。各層の膜厚は、実施例3と同様である。具体的には、第1接着層104及び第2接着層108をCrで形成したチップでは、第1接着層104、金属層106、第2接着層108、保護層110、及び消光抑制層112の膜厚はそれぞれ、1nm(Cr)、39nm(Ag)、1nm(Cr)、16nm(ZnO)、20nm(SiO
2)であった。第1接着層104及び第2接着層108をTiで形成したチップでは、第1接着層104、金属層106、第2接着層108、保護層110、及び消光抑制層112の膜厚はそれぞれ、0.2nm(Ti)、39nm(Ag)、0.4nm(Ti)、16nm(ZnO)、20nm(SiO
2)であった。
【0071】
実施したバイオアッセイは、抗原抗体反応を検出するためのアッセイではない。したがって、実施例1とは異なり、上記のステップ3〜6を含まない。また、上記のステップ1におけるアミノ基修飾には、APTES(3−アミノプロピルトリエトキシシラン)を使用した。実施例1のステップ2では、抗体を固定するためにクロスリンカーを使用したが、ここでは、NHS−PEG−Biotinによるビオチン修飾を行った。その後、ステップ7では、100nMのCy5−ストレプトアビジンを注入した。
【0072】
バイオアッセイ後のチップを用いて、
図16に示した配置で、表面プラズモン共鳴による増強蛍光の強度を測定した結果を
図17及び
図18に示す。
図16における機器の構成及び配置は、
図10と同じである。
図10では、光電子増倍管322の位置を固定している(検出角度θout=0(度))が、ここでは、光電子増倍管322を回転移動させ、即ち、チップ100と光電子増倍管322との距離を一定に保ち、検出角度θout(度)を変化させて測定した。
【0073】
図17及び
図18において、横軸は検出角度θout(度)であり、縦軸は蛍光強度(cps)である。
図17は、第1接着層104及び第2接着層108をTiで形成したチップの測定結果である。
図18は、第1接着層104及び第2接着層108をCrで形成したチップの測定結果である。
図17における2本のグラフは、Cy5−ストレプトアビジンをインキュベーションした後と、これをTween入りPBSで洗浄した後のチップの測定結果を表している。下側のグラフがTween入りPBSでの洗浄後の結果である。
図18の2本のグラフの意味も同様である。
【0074】
図17及び
図18のグラフから分かるように、第1接着層104及び第2接着層108をTiで形成したチップの方が、蛍光強度が大きい。それぞれのグラフのピーク位置における、共鳴角度(θin)は、
図17では8.5度、
図18では9度であった。リバースカップリング角(θout)は、
図17では12度、
図18では11度であった。平均蛍光強度は、
図17では6.9×10
8cps、
図18では3.18×10
8cpsであった。
【0075】
このように、バイオチップにおいて、第1接着層104及び第2接着層108をTiで形成することにより、界面活性剤への耐性を向上させることができることに加えて、蛍光強度を、第1接着層104及び第2接着層108をCrで形成した場合と比較して、2倍以上に増大させることができる。これは、プラズモン生成の抑制原因となり得る第1接着層104及び第2接着層108を、より薄く形成することができるからである。
【0076】
上記の実施例では、本発明のバイオチップをイムノアッセイ(免疫測定法)において使用した実験例を示したが、これに限定されない。本発明のバイオチップは、広く生物的反応を分析・評価するためのバイオアッセイにおいて有効である。
【0077】
以上、実施の形態を説明することにより本発明を説明したが、上記した実施の形態は例示であって、本発明は上記した実施の形態に限定されるものではなく、種々変更して実施することができる。