特許第5978869号(P5978869)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5978869乾燥シルクフィブロイン多孔質体の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5978869
(24)【登録日】2016年8月5日
(45)【発行日】2016年8月24日
(54)【発明の名称】乾燥シルクフィブロイン多孔質体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08J 9/28 20060101AFI20160817BHJP
   A61L 15/16 20060101ALI20160817BHJP
   A61K 47/42 20060101ALI20160817BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20160817BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20160817BHJP
   C02F 3/10 20060101ALN20160817BHJP
【FI】
   C08J9/28 101
   A61L15/16
   A61K47/42
   C12M3/00 A
   C12M1/00 C
   !C02F3/10 Z
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-196350(P2012-196350)
(22)【出願日】2012年9月6日
(65)【公開番号】特開2014-51579(P2014-51579A)
(43)【公開日】2014年3月20日
【審査請求日】2015年8月4日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】日立化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078732
【弁理士】
【氏名又は名称】大谷 保
(74)【代理人】
【識別番号】100119666
【弁理士】
【氏名又は名称】平澤 賢一
(72)【発明者】
【氏名】折江 賢
(72)【発明者】
【氏名】小林 一稔
(72)【発明者】
【氏名】川上 努
(72)【発明者】
【氏名】松本 直子
(72)【発明者】
【氏名】角 直祐
【審査官】 大村 博一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−255298(JP,A)
【文献】 特開2011−173963(JP,A)
【文献】 特開平01−118544(JP,A)
【文献】 特開2004−018757(JP,A)
【文献】 特表2011−521020(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08J 9/00− 9/42
A61K 9/00−9/72;47/00−47/48
A61L 15/00−33/00
C12M 1/00− 3/10
C02F 3/02− 3/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シルクフィブロイン水溶液、又は水を含むシルクフィブロイン多孔質体を冷凍する工程(1)、及び前記冷凍されたシルクフィブロイン水溶液、又はシルクフィブロイン多孔質体を通気性基材上に保持し、減圧下で乾燥させる工程(2)を有する、乾燥シルクフィブロイン多孔質体の製造方法。
【請求項2】
前記シルクフィブロイン水溶液、又は水を含むシルクフィブロイン多孔質体が、さらに水溶性有機溶媒を含む請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記水溶性有機溶媒が、メタノール、エタノール及びイソプロピルアルコールから選ばれる少なくとも一種である請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記水及び水溶性有機溶媒を含む混合溶媒中の水溶性有機溶媒の含有量が、5〜30質量%である請求項2又は3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記通気性基材の空隙率が、50〜85%である請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
前記シルクフィブロイン多孔質体が、板状である請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
さらに前記通気性基材を加熱する工程(3)を有する請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
前記加熱が、15〜100℃で行われる請求項7に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乾燥シルクフィブロイン多孔質体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質や糖類などの生物由来物質を利用して作製可能である多孔質体は、創傷被覆材や薬剤徐放担体などの医療分野、紙おむつや生理用品などの生活日用品分野、微生物や細菌などの住処になる支持体として活用しうる浄水分野、エステティックサロンや個人での使用による保湿などを目的とした化粧品・エステ分野、組織工学や再生医工学における細胞培養支持体や組織再生支持体など産業上幅広い分野で利用される。
これら多孔質体を構成する生体由来物質としては、セルロースやキチンなどの糖類、コラーゲン、ケラチン、シルクフィブロインなどのタンパク質群が知られている。
【0003】
これらの生体由来物質のうち、タンパク質としては、コラーゲンがよく利用されてきたが、BSE問題が発生してから牛由来のコラーゲンを利用することが非常に難しくなってきた。また、ケラチンは、羊毛や羽毛から得ることができるが、原料入手に問題があり、工業的に利用することは難しい。羊毛は、原料価格が非常に高騰しており、羽毛に関しては市場がないため、原料を入手することができない。一方、シルクフィブロインは、原料入手の観点からは、安定に供給されることが期待でき、さらに価格も安定しているので、工業的に利用することが容易であるという特長を有している。
シルクフィブロインは、衣類用途以外に、手術用縫合糸として長く使用されてきた実績があり、現在では食品や化粧品の添加物としても利用され、人体に対する安全性にも問題がないことから、上記のような多孔質体の利用分野に利用することが可能である。
【0004】
シルクフィブロイン多孔質体を作製する手法に関しては、いくつか報告がある。例えば特許文献1では、優れた力学的特性を有するシルクフィブロイン多孔質体の製造方法が開示されている。特許文献1によれば、多孔質体は以下に示す工程を経て製造されている。
まず、濃度が1〜12質量%のシルクフィブロイン水溶液に、0.1〜5質量%の脂肪族カルボン酸を添加したシルクフィブロイン溶液を準備し、該溶液を型などに流し込み、−10〜−30℃の低温恒温槽に入れて2時間以上かけて凍結させ、続いて融解することによって、シルクフィブロイン多孔質体が得られる。
【0005】
得られたシルクフィブロイン多孔質体には脂肪族カルボン酸が含まれているため、用途に応じて該脂肪族カルボン酸の除去が必要な場合は、多孔質体を、純水中に浸漬して、シルクフィブロイン多孔質体から脂肪族カルボン酸を除去し、ウェット状のシルクフィブロイン多孔質体が得られる。
【0006】
また、特許文献2には、濃度が0.5〜3質量%のフィブロイン水溶液に、0.1〜1体積%のグリセリンを添加した混合液を深さ0.5〜4mm程度の平底容器に入れ、−40〜−15℃の温度で3〜20時間かけて凍結させて板状物を製作し、該板状物を容器から取り出し、その上端をクリップなどで挟んで垂直に吊るし、両面が同一条件で空気に触れるようにして、−40〜−15℃の温度で60〜100時間程度かけて凍結乾燥する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2010/116994号パンフレット
【特許文献2】特開2011−173963号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1には乾燥方法の具体的な態様についての言及や、多孔質体の形状保持をしつつ、短い乾燥時間ですむような乾燥方法に着目した言及はない。また、特許文献2では、乾燥時間が60〜100時間程度と非常に長い上に、形状保持が困難である。
【0009】
そこで、本発明は、シルクフィブロイン多孔質体の形状保持が容易であり、かつ乾燥時間を大幅に短縮しうる、効率的な乾燥シルクフィブロイン多孔質体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記課題を達成するために鋭意研究を重ねた結果、下記の発明により当該課題を解決できることを見出した。
すなわち、本発明の要旨は、以下の通りである。
【0011】
1.シルクフィブロイン水溶液、又は水を含むシルクフィブロイン多孔質体を冷凍する工程(1)、及び前記冷凍されたシルクフィブロイン水溶液、又はシルクフィブロイン多孔質体を通気性基材上に保持し、減圧下で乾燥させる工程(2)を有する、乾燥シルクフィブロイン多孔質体の製造方法。
2.前記シルクフィブロイン水溶液、又は水を含むシルクフィブロイン多孔質体が、さらに水溶性有機溶媒を含む上記1に記載の製造方法。
3.さらに前記通気性基材を加熱する工程(3)を有する上記1又は2に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の乾燥シルクフィブロイン多孔質体の製造方法によれば、該多孔質体の形状を容易に保持しつつ、短い乾燥時間で、効率的に乾燥シルクフィブロイン多孔質体を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明で使用できる乾燥装置を示す概略図である。
図2】本発明で使用できる乾燥装置の通気性トレー部分を示す詳細図である。
図3】実施例の形状保持の評価において算出するΔH/Lを説明する模式図である。
図4】実施例の形状保持の評価において算出する収縮率を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<工程(1)>
工程(1)は、シルクフィブロイン水溶液、又は水を含むシルクフィブロイン多孔質体を冷凍する工程である。
シルクフィブロイン多孔質体は、例えば、以下のような製造方法により得ることができる。まず、シルクフィブロイン水溶液を準備する。このシルクフィブロイン水溶液には、脂肪族カルボン酸、有機溶媒などの添加剤を添加してもよい。ここで、シルクフィブロインは、家蚕、野蚕、天蚕などの蚕から産生されるものであればいずれでもよく、その製造方法も問わない。シルクフィブロイン水溶液中のシルクフィブロインの濃度は、十分な強度を有する多孔質体を製造する観点から、0.1〜40質量%となるような濃度であることが好ましく、0.5〜20質量%であることがより好ましく、1〜12質量%であることがさらに好ましい。
【0015】
前記添加剤としては脂肪族カルボン酸が好ましい。脂肪族カルボン酸としては、好ましくは炭素数1〜6、より好ましくは炭素数3〜5の飽和または不飽和のモノカルボン酸、ジカルボン酸、トリカルボン酸を好ましく用いることができ、例えば、蟻酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、乳酸、アクリル酸、2−ブテン酸などの不飽和モノカルボン酸;シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸などのジカルボン酸などが好ましく挙げられ、これらを単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。シルクフィブロイン溶液中の脂肪族カルボン酸の含有量は、十分な強度を持った多孔質体を製造する観点から、0.01〜18体積%であることが好ましく、0.1〜5体積%であることがより好ましく、0.5〜4体積%であることがさらに好ましい。
【0016】
次いで、シルクフィブロイン水溶液を、型あるいは容器に流し込み、低温恒温槽(冷凍庫)中で静置して、冷凍(以下凍結という場合もある)されたシルクフィブロイン水溶液が得られる。ここで、凍結状態では、シルクフィブロイン多孔質体が形成され、該多孔質体の孔部に凍結した水等が存在しているものと推測される。よって、本明細書では、冷凍されたシルクフィブロイン水溶液を、「冷凍されたシルクフィブロイン多孔質体」と称する場合がある。低温恒温槽における温度は、シルクフィブロイン水溶液を凍結させる温度が好ましく、−1〜−40℃程度が好ましく、−5〜−40℃程度がより好ましく、−10〜−30℃程度がさらに好ましい。また、凍結時間は、シルクフィブロイン溶液を十分に凍結させ、かつ凍結状態を一定時間保持できるよう、2時間以上が好ましく、4時間以上がより好ましい。
【0017】
型あるいは容器は、所望の形状に応じて適宜選択すればよく、例えば、板状、ブロック状、管状、球状など、目的に応じた形状とすることができる。本発明の製造方法においては、板状であることが効率的に乾燥できる観点から好ましく、その幅と奥行きは10〜1000mm程度であり、厚さは0.1〜50mm程度であるものが好ましい。
【0018】
冷凍されたシルクフィブロイン多孔質体において、脂肪族カルボン酸等の蒸発し難い添加剤が含まれている場合、用途に応じて該添加剤の除去が必要である。脂肪族カルボン酸等の添加剤の除去の方法としては、例えば、冷凍されたシルクフィブロイン多孔質体を融解させ、純水中に浸漬又は洗浄することで、シルクフィブロイン多孔質体から脂肪族カルボン酸等の添加剤や、孔中に残存するシルクフィブロイン水溶液を除去することができる。このようにして、脂肪族カルボン酸等の蒸発し難い添加剤を実質的に除去した、水を含むシルクフィブロイン多孔質体(ウェット状のシルクフィブロイン多孔質体)が得られる。本発明においては、これを低温恒温槽(冷凍庫)中で静置して、工程(1)の冷凍されたシルクフィブロイン多孔質体とすることもできる。前記融解の方法には特に制限はなく、自然融解や恒温槽での保管などが挙げられる。
【0019】
本発明においては、前記シルクフィブロイン水溶液を調整する際に、さらに水溶性有機溶媒を含んでいることが好ましい。すなわち、前記添加剤として記載した有機溶媒として、前記水溶性有機溶媒を含んでいることが好ましい。また、前記蒸発し難い添加剤を実質的に除去した、水を含むシルクフィブロイン多孔質体(ウェット状のシルクフィブロイン多孔質体)を用いる場合も、水溶性有機溶媒をさらに含むことが好ましい。水溶性有機溶媒を含んでいることで、形状保持が容易となり、また短い乾燥時間で、効率的に冷凍されたシルクフィブロイン多孔質体を乾燥することができる。水及び水溶性有機溶媒を含むシルクフィブロイン多孔質体は、上記の水を含むシルクフィブロイン多孔質体を、さらに水溶性有機溶媒、あるいは、水及び水溶性有機溶媒を含む混合溶媒に浸漬することで得られる。
【0020】
ここで用いられる水溶性有機溶媒は、一般に水溶性を有するものとして認知される有機溶媒であれば制限なく使用することができるが、水溶性を有し、かつ水よりも沸点や凝固点が低いものが好ましい。そのような水溶性有機溶媒としては、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコールなどのアルコール類が好ましく挙げられる。また、これらのアルコール類は、シルクフィブロインを分解させてしまうといった悪影響を与えない点でも好ましい。これらの水溶性有機溶媒は一種を単独で用いてもよいし、複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0021】
水溶性有機溶媒を用いる場合、水と水溶性有機溶媒を含む混合溶媒中の水溶性有機溶媒の含有量は、冷凍の温度条件により適宜選択され、該混合溶媒の凝固点が冷凍の温度よりも高いことが好ましい。例えば、水溶性有機溶媒としてエタノールを採用し、−20〜−25℃の温度条件で冷凍する場合、エタノールの含有量は、混合溶媒の凝固点が−2〜−19℃となるような含有量が好ましく、より好ましくは凝固点が−5〜−15℃となるような含有量であり、さらに好ましくは凝固点が−8〜−12℃となるような含有量である。すなわち、混合溶媒の凝固点は、冷凍の温度よりも1〜23℃程度高いことが好ましく、5〜15℃高いことがより好ましく、5〜10℃高いことがさらに好ましい。
また、水と水溶性有機溶媒を含む混合溶媒を用いる場合、該混合溶媒中の水溶性有機溶媒の含有量としては、5〜30質量%程度であることが好ましく、より好ましくは5〜25質量%である。水溶性有機溶媒の含有量が上記範囲内であると、形状保持が容易となり、また短い乾燥時間で、効率的に冷凍されたシルクフィブロイン多孔質体を乾燥することができる。
【0022】
上記のようにして得られた水、好ましくはさらに水溶性有機溶媒を含むシルクフィブロイン多孔質体を冷凍する温度条件としては、−1〜−40℃程度が好ましく、−10〜−40℃程度がより好ましく、−20〜−25℃程度がさらに好ましい。また、冷凍時間は、0.5〜24時間程度であるが、生産性の観点から、0.5〜12時間が好ましい。冷凍の温度条件、冷凍時間を上記範囲内とすることにより、シルクフィブロイン多孔質体の形状を容易に保持しつつ、短い乾燥時間で、効率的に冷凍されたシルクフィブロイン多孔質体を乾燥することができる。
【0023】
<工程(2)>
工程(2)は、上記の工程(1)により得られる、冷凍されたシルクフィブロイン水溶液、又はシルクフィブロイン多孔質体を通気性基材上に保持し、減圧下で乾燥させる工程である。
通気性基材は、上記の工程(1)で得られたシルクフィブロイン多孔質体の形状を保持しつつ、効率よく乾燥させるために用いられる基材であり、実用上の観点から、例えば、順型やトビ型タイプのパンチングメタル、エキスパンドメタル、あるいは平織金網、綾織金網、クリンプ金網などの金網などが好ましく挙げられ、平織金網がより好ましい。金網は、形状保持の観点からも好ましい。
材質としては、鉄、アルミニウム製、ステンレス製などが好ましく挙げられ、ステンレス製であることが好ましい。
【0024】
通気性基材の空隙率は、50%以上であることが好ましく、より好ましくは50〜85%、さらに好ましくは70〜85%である。ここで、空隙率は、通気性基材としてパンチングメタルを採用する場合は開孔率であり、通気性基材として金網を採用する場合は空間率のことである。また、通気性基材としてエキスパンドメタルを採用する場合は、パンチングメタルの空隙率と同程度の開孔を有するものが好ましい。また、金網の線径は、0.1〜5mmが好ましく、より好ましくは0.1〜2mm、さらに好ましくは0.2〜1.5mmである。
本発明で用いられる通気性基材は、上記の範囲の開孔率や空間率を有することで通気性を有する基材となっており、そのような通気性を有する基材を用いることにより、多孔質体に反りが発生することなく形状保持が容易となり、また短い乾燥時間で、効率的に冷凍されたシルクフィブロイン多孔質体を乾燥することを可能としている。
【0025】
本発明で用いられる通気性基材は、上記のような基材を単独で用いてもよいし、例えば、シルクフィブロイン多孔質体の全体の重量を支持するための外層と、該多孔質体の表面状態を保護するために該多孔質体と直接接触する内層とを少なくとも有する二層構成を有する通気性二層基材などの通気性複層基材であることが好ましい。また、通気性複層基材として、必要に応じて三層以上の構成をとるものであってもよい。
この場合、外層と内層とは、同じ通気性基材を用いてもよいし、異なる通気性基材を用いてもよいが、内層の基材に目の細かい(メッシュの大きいもの)を用い、外層には内層の基材よりも目の粗い(メッシュの小さいもの)を用いることが好ましい。例えば、基材として金網を採用する場合、内層は8〜40メッシュ程度であることが好ましく、より好ましくは8〜20メッシュであり、外層は1〜10メッシュ程度であることが好ましく、より好ましくは2〜6メッシュである。
本発明において、通気性基材を上記のような通気性複層基材とすることにより、形状保持が容易となり、また短い乾燥時間で、効率的に冷凍されたシルクフィブロイン多孔質体を乾燥することができ、さらにシルクフィブロイン多孔質体の表面状態を良好なものとすることができる。
【0026】
工程(2)における減圧の条件は、特に制限はないが、短い乾燥時間で、効率的にシルクフィブロイン多孔質体を乾燥する観点から、5〜500Paであることが好ましく、より好ましくは5〜200Paである。
【0027】
また、本発明の製造方法は、さらにシルクフィブロイン多孔質体を加熱する工程(3)を好ましく有する。より短い乾燥時間で、効率的に冷凍されたシルクフィブロイン多孔質体を乾燥させることができるからである。工程(2)において、シルクフィブロイン多孔質体に含まれる混合溶媒が乾燥する際、該混合溶媒が昇華されると乾燥速度が速くなる。よって、該多孔質体に加熱をすることにより、該多孔質体に昇華に必要な昇華熱を供給することができるので、乾燥速度をより速くすることが可能となる。このような観点から、工程(3)は工程(2)の中で行うことが好ましい。
加熱の温度としては、15〜100℃であることが好ましく、より好ましくは40〜80℃である。
【0028】
工程(2)及び工程(3)は、例えば、図1に示されるような乾燥装置を用いて行うことができる。図1に示される乾燥装置10は、真空庫11内に、通気性基材受け冶具12、該通気性基材受け冶具12上に通気性基材13を配置し、該通気性基材受け冶具12を挟むように、上加熱板14、及び下加熱板15が設置された装置である。そして、工程(1)で冷凍されたシルクフィブロイン多孔質体20を、通気性基材13上に保持し、乾燥させるものである。
【0029】
本発明において工程(3)を適用しない場合は、加熱板を用いなければよい。また、上加熱板14、及び下加熱板15は同時に用いてもよいし、いずれか片方だけを用いてもよいし、また加熱板の加熱の設定温度は同じであってもよいし、異なっていてもよい。また、加熱板は、昇温パターンを自由に設定できるものが好ましく採用される。
【0030】
通気性基材13は、図1に示されるように、冷凍されたシルクフィブロイン多孔質体の下部、及び側面を覆うように設ければよい。図2は、通気性基材受け冶具12、通気性基材13(通気性基材内層13a及び通気性基材外層13b)、及び冷凍されたシルクフィブロイン多孔質体20の部分の詳細を示す詳細図である。図2に示されるように、通気性基材13が複層構成である場合、より効率的に乾燥させる観点から、基材の間にスペーサーを設けることもできる。また、図1には通気性基材13が冷凍されたシルクフィブロイン多孔質体の下部及び側面を設ける態様が示されているが、例えば、冷凍されたシルクフィブロイン多孔質体の上部も覆う、すなわち冷凍されたシルクフィブロイン多孔質体の全面を覆うように設けてもよい。全面を覆うように設けることで、より均質に乾燥させることができる。
【0031】
本発明の製造方法により得られた乾燥シルクフィブロイン多孔質体は、水分が実質的に含まれないものである。上記のようにシルクフィブロイン多孔質体は、シルクフィブロイン水溶液を冷凍、必要に応じて融解し、超純水に浸漬して得られるので、通常、孔部に水等が存在した状態となっている。よって、本発明の製造方法により得られた乾燥シルクフィブロイン多孔質体は、本発明の製造方法に規定する工程を経ないシルクフィブロイン多孔質体とは、孔部に水等が存在する量の点で状態は異なるものとなる。
また、本発明の製造方法により得られた乾燥シルクフィブロイン多孔質体は、乾燥装置外に取り出して大気中に置くと、約10%程度吸湿する場合がある。この吸湿は、他のどの製造方法により得られたものでも、シルクフィブロイン多孔質体であれば同様に生じる現象である。しかし、本発明の製造方法により得られた乾燥シルクフィブロイン多孔質体は、吸湿した場合であっても、孔部に水等が存在した状態のシルクフィブロイン多孔質体とは、孔部に水等の存在する量の点で状態は異なるものとなる。
【実施例】
【0032】
以下に、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【0033】
(評価方法)
(1)形状保持の評価(反りの評価)
実施例及び比較例で得られたシルクフィブロイン多孔質体の反りを、図3に示される面内段差ΔHと多孔質体の幅Lとの比率ΔH/Lを算出し、ΔH/Lが0.1未満であれば「反りなし」とし、ΔH/Lが0.1以上であれば「反りあり」と評価した。
(2)形状保持の評価(収縮率の評価)
実施例及び比較例で得られたシルクフィブロイン多孔質体について、図4に示されるシルクフィブロイン多孔質体の幅L、奥行きW、及び厚さHの各々の寸法の収縮率を下記の数式により算出する。全ての寸法で10%未満であれば○、いずれか一つの寸法でも10%以上となれば×と判断した。
収縮率(%)=((乾燥前寸法−乾燥後寸法)/乾燥前寸法)×100
【0034】
製造例1:シルクフィブロイン多孔質体Aの製造
(シルクフィブロイン水溶液の調製)
シルクフィブロイン水溶液は、シルクフィブロイン粉末(KBセーレン社製、商品名:「フィブロインIM」)を9M臭化リチウム水溶液に溶解し、遠心分離で不溶物を除去した後、超純水に対して透析を繰り返すことによって得た。得られたシルクフィブロイン水溶液を透析チューブ中で風乾し濃縮した。この濃縮液に添加剤として酢酸水溶液を添加し、シルクフィブロイン濃度が3質量%、酢酸濃度が2体積%であるシルクフィブロイン水溶液を調製した。
(シルクフィブロイン多孔質体の製造)
このシルクフィブロイン水溶液をアルミニウム板で作製した型(内側サイズ;150mm×220mm×10mm)に流し込み、冷凍庫(EYELA社製、NCB−3300)に入れて凍結保存した。
(凍結条件)
凍結は、予め冷凍庫を−5℃に冷却しておいて、該冷凍庫中にシルクフィブロイン水溶液を入れた型を投入して2時間保持し、その後−25℃に冷却後、そのままの温度で5時間保持した。
凍結した試料を自然解凍で室温に戻してから、型から取り出し、超純水に浸漬し、超純水を1日2回、3日間交換することによって、使用した酢酸を除去し、水を含むシルクフィブロイン多孔質体Aを得た。
【0035】
製造例2:シルクフィブロイン多孔質体Bの製造
製造例1で得られたシルクフィブロイン多孔質体に、エタノールを7.5質量%と水を含む混合溶媒を浸漬し、水及び水溶性有機溶媒を含むシルクフィブロイン多孔質体Bを得た。
【0036】
製造例3:シルクフィブロイン多孔質体Cの製造
製造例1で得られたシルクフィブロイン多孔質体に、エタノールを15質量%と水を含む混合溶媒を浸漬し、水及び水溶性有機溶媒を含むシルクフィブロイン多孔質体Cを得た。
【0037】
実施例1
製造例1で得られた水を含むシルクフィブロイン多孔質体Aを、予め−25℃に冷却した冷凍庫中に2時間保持して冷凍した。冷凍したシルクフィブロイン多孔質体Aを、図1に示される乾燥装置の通気性基材上に配置し、乾燥装置内の圧力を30Paとし、上下加熱板の温度を25℃に設定し、47.5時間で乾燥を終了した。乾燥の終了は、シルクフィブロイン多孔質体内の温度が20℃となった時点とした。通気性基材は、第1表に示される通気性基材外層の上に通気性基材内層をのせた通気性二層基材を使用した。また、評価の結果を第2表に示す。
【0038】
【表1】
【0039】
実施例2
実施例2において、上下加熱板の温度を40℃と設定した以外は実施例1と同様にして、シルクフィブロイン多孔質体Aを乾燥させたところ、40.5時間で乾燥を終了した。評価の結果を第2表に示す。
【0040】
実施例3
実施例3において、製造例1で得られたシルクフィブロイン多孔質体Aを製造例2で得られたシルクフィブロイン多孔質体Bとした以外は実施例1と同様にして、シルクフィブロイン多孔質体Bを乾燥させたところ、42.2時間で乾燥を終了した。評価の結果を第2表に示す。
【0041】
実施例4
実施例4おいて、製造例1で得られたシルクフィブロイン多孔質体Aを製造例3で得られたシルクフィブロイン多孔質体Cとした以外は実施例1と同様にして、シルクフィブロイン多孔質体Cを乾燥させたところ、34.8時間で乾燥を終了した。評価の結果を第2表に示す。
【0042】
実施例5
製造例3で得られたシルクフィブロイン多孔質体Cを、図1に示される乾燥装置の通気性基材上に配置し、乾燥装置内の圧力を30Paとし、上下加熱板の温度を40℃に設定し、乾燥させたところ、30時間で乾燥を終了した。評価の結果を第2表に示す。
【0043】
比較例1
実施例1において、通気性基材をアルミニウム板に代えた以外は、実施例1と同様にしてシルクフィブロイン多孔質体Aを乾燥させたところ、71.5時間で乾燥を終了し、反りが発生した。また、収縮率は10%以上となった。評価の結果を第2表に示す。
【0044】
比較例2
製造例1で得られたシルクフィブロイン多孔質体Aを、図1に示される乾燥装置内に別途設置したクリップ減圧できる低温恒温槽内にクリップでその上端を挟んで吊るして配置し、上下加熱板の温度を25℃に設定し、乾燥させたところ、50時間で乾燥を終了し、クリップで挟んだ上端が局部変形した。また、収縮率は10%以上となった。また、評価の結果を第2表に示す。
【0045】
【表2】
*1,シルクフィブロイン多孔質体を混合溶媒に浸漬する際の、混合溶媒中の水溶性有機溶媒の濃度である。「−」は、シルクフィブロイン多孔質体を混合溶媒に浸漬していないことを示す。
【0046】
上記実施例1〜5の結果から、本発明の製造方法によれば、反りの発生がなく、また収縮率も小さいことから形状保持が容易であり、かつ乾燥時間を大幅に短縮しうる、効率的に乾燥シルクフィブロイン多孔質体を得られることが確認された。一方、通気性基材を用いなかった比較例1では、反りが発生し、収縮率も大きく、形状保持ができず、また乾燥時間が長くなった。シルクフィブロイン多孔質体の上端をクリップで挟んで吊るして乾燥させた比較例2では、クリップで挟んだ箇所が局部変形し、また収縮率が大きく、形状保持ができないことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の乾燥シルクフィブロイン多孔質体の製造方法によれば、該多孔質体の形状を容易に保持しつつ、短い乾燥時間で、効率的に乾燥シルクフィブロイン多孔質体を得ることができる。本発明の製造方法により得られた乾燥シルクフィブロイン多孔質体は、創傷被覆材や薬剤徐放担体、止血スポンジなどの医療分野、紙おむつや整理用品などの生活日用品分野、組織光学や再生医工学における細胞培養支持体や組織再生支持体、浄水用途・環境分野における微生物や細菌などの住処になる支持体など種々の産業に適用が可能である。
【符号の説明】
【0048】
10 乾燥装置
11 真空庫
12 通気性基材受け冶具
13 通気性基材
13a 通気性基材内層
13b 通気性基材外層
14 上加熱板
15 下加熱板
20 シルクフィブロイン多孔質体
図1
図2
図3
図4