【実施例】
【0057】
以下に、実施例により摺動膜及びそれを用いた部材の製造方法を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0058】
以下の予備実験1及び予備実験2により、複数の成膜条件で金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン膜またはCrNx膜を成膜した試料を作製し、評価した。
【0059】
[予備実験1]
複数の成膜条件で金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン膜を成膜した試料を単結晶Si(100)ウエハ基板上に作製し、電気抵抗率、膜応力、硬度及び弾性率、膜の組成、並びに摩擦係数などを評価した。
【0060】
[試料A〜Hの作製]
Si(100)基板上に、FCVA法によりta‐C:Ti膜(チタンドープテトラヘドラルアモルファスカーボン膜)を成膜した。金属元素を含むターゲット11としては、Tiを2.15[at%]含有した焼結グラファイトターゲットを用いた。なお、焼結グラファイトターゲットは脱水処理したものを用いた。ta‐C:Ti膜の成膜時におけるFCVA成膜装置1(
図3参照)の典型的な運転条件として、アークプラズマ生成部10におけるアーク電源(カソード側電源)のアーク電流を60A、フィルタ部20における電磁石コイル21の電流(フィルタ電流)を13A、アークプラズマ生成部10におけるアノード側電源の電流(アノード電流)を8A、イオンスキャン用コイル25の電圧(ダクト電圧)を0.2Vとした。1500Hzの周波数にて実際にSi(100)基板に印加されるバイアス電圧(実バイアス電圧)は、試料A〜Hについて、それぞれ
図6の表に示すような値をそれぞれ用いた。なお、いずれのta‐C:Ti膜も、成膜時間を制御することにより、約300nmの膜厚とした。
【0061】
[試料I〜Kの作製]
Si(100)基板上に、FCVA法によりta‐C:Al膜(アルミニウムドープテトラヘドラルアモルファスカーボン膜)を作製した。ターゲット11としては、Alを8.5[at%]含有した焼結グラファイトターゲットを用いた。なお、焼結グラファイトターゲットは脱水処理したものを用いた。ta‐C:Al膜の成膜時におけるFCVA成膜装置1(
図3参照)の典型的な運転条件は、アーク電流を70Aとし、1500Hzの周波数にて実際に基材に印加されるバイアス電圧(実バイアス電圧)を、試料I〜Kについて、それぞれ
図7の表に示すような値にした以外は、実施例A〜Hと同様とした。なお、いずれのta‐C:Al膜も、成膜時間を制御することにより、約300nmの膜厚とした。
【0062】
試料A〜Kの膜の化学組成を、RBS(ラザフォード後方散乱分光法)およびHFS(水素前方散乱分析法)により測定し、炭素原子のsp
2‐C結合(混成軌道)とsp
3‐C結合(混成軌道)の割合をXPS(X線光電子分光)により測定した。また、膜厚は、触針式段差計で測定した。測定結果を
図6及び7の表中に示す。
【0063】
試料A〜Hの膜中に含まれている水素(H)の含有量は、0.1〜0.4[at%]であった。ターゲット11に水素が含まれておらず、ターゲットを脱水処理していることからすれば、これは測定装置に由来の水素(バックグラウンド)と考えられる。
【0064】
試料A〜Hの膜中に含まれているsp
3‐C結合した炭素は、試料A〜Hの膜中の原子全体に対して45.2at%〜62.2at%であり、試料A〜Hの膜は、金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボンであることが分かる。
【0065】
試料I〜Kの膜中に含まれている水素(H)の含有量は、いずれも0.0[at%]であった。
【0066】
試料I〜Kの膜中に含まれているsp
3‐C結合した炭素は、試料I〜Kの膜中の原子全体に対して36.3at%〜62.7at%であり、試料I〜Kの膜は、金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボンであることが分かる。
【0067】
試料A〜Kについて、物理的特性として電気抵抗率、膜応力、硬度及び弾性率、並びに摩擦係数などを以下のようにして測定した。
【0068】
(1)電気抵抗率
電気抵抗率(体積抵抗率)は、Si(100)基板上に形成した金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン膜のシート抵抗を四端子法により測定し、シート抵抗値に金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン膜の膜厚を乗じることにより算出した。算出した電気抵抗率を
図6及び7の表に示す。ta‐C:Tiを成膜した試料A〜Hの電気抵抗率は、いずれも1×10
-4〜1×10
-3[Ωcm]の範囲内であった。ta‐C:Alを成膜した試料I〜Kの電気抵抗率は、いずれも1×10
-3〜1×10
-2[Ωcm]の範囲内であった。
【0069】
(2)膜応力
試料A〜Kの膜について膜応力を測定した。膜応力は、触針式表面形状測定機を用いて成膜前後の基板の曲率半径をそれぞれ計測し、基板のヤング率とポアッソン比から算出した。結果を
図6及び7の表に示す。表中、膜応力の符号が負になっているのは、応力が圧縮応力であることを示す。試料C〜H及びKの膜、すなわちsp
3混成軌道のカーボン原子の割合が59原子%以下の金属がドープされたテトラアモルファスカーボン膜は、試料A、B、I及びJの膜、すなわちsp
3混成軌道のカーボン原子の割合が59原子%より大きい金属がドープされたテトラアモルファスカーボン膜と比べて圧縮応力が小さいため、基材から剥離しにくく、機械的な耐久性が要求される用途により好適である。
【0070】
(3)硬度及び弾性率
硬度及び弾性率は、Si(100)基板上に形成した金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン膜をナノインデンテーション(nanoindentation)法により複数のサンプリング位置で測定した。測定された試料A〜Kの硬度及び弾性率を
図6及び7の表に示した。試料A〜Kの硬度は11〜21[GPa]の範囲にあり、弾性率は113〜202[GPa]の範囲にあることが分かる。なお、参考のため、従来用いられてきた真鍮を基材とする金属クロム膜の硬度はおよそ8[GPa]程度である。従って、試料A〜Kの金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン膜は、従来の金属クロム膜の1.5倍程度の高い硬度を有することが確認された。
【0071】
(4)摩擦係数
Si(100)基板上に形成された試料A〜Kの膜について、摩耗特性をボールオンディスク法により測定した。測定にはアルミナボールを使用し、荷重200[gf]、回転半径2[mm]、回転数100[rpm]とした。試料A〜Kの膜について、動摩擦係数の時間に対する平均値を求め、
図6及び7の表中に示した。この測定結果から、試料A〜Kの膜はいずれも動摩擦係数が0.1未満であり、試料A〜Kの膜が、極めて低摩擦で、過度に滑りやすい膜であることがわかる。
【0072】
以上の予備実験1により、試料A〜Kのいずれの金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン膜も、高い導電性(低い電気抵抗率)及び高い硬度を備えるが、極めて低摩擦で滑りやすい膜であることがわかった。さらに、sp
3混成軌道のカーボン原子の割合が59原子%以下の金属がドープされたテトラアモルファスカーボン膜は、圧縮応力が小さいため基材から剥離しにくく、機械的な耐久性が要求される用途により好適であることがわかった。
【0073】
[予備実験2]
複数の成膜条件でSi(100)基板上にCrNxを成膜した試料を作製した。試料の結晶性、電気抵抗率、硬度、膜の組成、摩擦係数、及び耐摩耗性を評価した。
【0074】
[試料L〜Rの作製]
基材上に、FCVA法によりCrNxを成膜した。CrNx膜の成膜時におけるFCVA成膜装置1(
図3参照)の典型的な運転条件として、アークプラズマ生成部10におけるアーク電源(カソード側電源)のアーク電流を160A、フィルタ部20における電磁石コイル21の電流(フィルタ電流)を7.5A、アークプラズマ生成部10におけるアノード側電源の電流(アノード電流)を10.5A、イオンスキャン用コイル25の電圧(ダクト電圧)を0.5Vとした。バイアス電源の電圧はフローティングとした。また、成膜チャンバへの窒素ガスの導入量は0〜80sccmの間の所定値とした。なお、いずれのCrNx膜も、成膜時間を制御することにより、約100nmの膜厚とした。
【0075】
試料L〜Rの膜の結晶性を、XRD(X線回折)により評価した。化学組成を、RBS(ラザフォード後方散乱分光法)により測定した。結果を
図8の表中に示す。
【0076】
試料N、O、P、QのCrNx膜は、元素比率N/CrすなわちCrNxのxの値が0.09〜0.37であり、XRD評価によると、非晶質膜であった。一方、試料L、MのCrNx膜はxの値が0.05以下、試料RのCrNx膜はxの値が0.58であり、XRD評価によると、試料L、M、RのCrNx膜は結晶膜または結晶及び非晶質の混合膜であった。
【0077】
試料L〜Rについて、物理的特性として電気抵抗率、硬度、摩擦係数、耐摩耗性を以下のようにして測定した。
【0078】
(1)電気抵抗率
電気抵抗率(体積抵抗率)は、Si(100)基板上に形成したCrNx膜のシート抵抗を四端子法により測定し、シート抵抗値にCrNx膜の膜厚を乗じることにより算出した。算出した電気抵抗率を
図8の表に示す。試料L〜Rの電気抵抗率は、1×10
-5〜2×10
-4[Ωcm]の範囲内であった。
【0079】
(2)硬度
硬度は、Si(100)基板上に形成したCrNx膜をナノインデンテーション(nanoindentation)法により複数のサンプリング位置で測定した。測定された試料L〜Rの硬度を
図8の表中に示す。試料L〜Rの硬度は14〜27[GPa]の範囲にあった。なお、従来用いられてきた真鍮を基材とする金属クロム膜の硬度はおよそ8[GPa]程度である。従って、試料L〜RのCrNx膜は、従来の金属クロム膜の1.5倍以上の高い硬度を有することが確認された。
【0080】
(3)摩擦係数
Si(100)基板上に形成された試料L〜Rの膜について、摩耗特性をボールオンディスク法により測定した。測定にはアルミナボールを使用し、荷重200[gf]、回転半径2[mm]、回転数100[rpm]とした。試料L〜Rの膜について、動摩擦係数の時間に対する平均値を求め、
図8の表中に示した。この測定結果から、試料L〜RのCrNx膜はいずれも動摩擦係数が0.2〜0.4の、適度な摺動性を有する膜であった。
【0081】
(4)耐摩耗性
Si(100)基板上に形成された試料L〜Rの膜について、摺動耐久性をボールオンディスク法により測定した。測定にはSUS420J2ボールを使用し、回転半径2[mm]、回転数100[rpm]の条件下で行った。荷重を50[g]から開始して、一定荷重にて5分間連続で磨耗試験を行い、膜が剥離しなければ荷重を増加して同じ磨耗試験を行った。この操作を継続することにより膜剥離に至る荷重(耐荷重)[g]を計測した。結果を
図8の表中に示す。試料N、O、P、QのCrNx膜、すなわち0.05<x<0.5であるCrNx膜については、耐荷重が1000[g]であり、良好な耐摩耗性を有していたが、試料L、M、RのCrNx膜、すなわちx<0.05または0.5<xであるCrNx膜は、耐荷重が500[g]以下であり、耐摩耗性が劣っていた。
【0082】
以上の予備実験2により、試料L〜RのいずれのCrNx膜も、高い導電性(低い電気抵抗率)及び高い硬度を備え、さらに適度な摺動性(適度な摩擦係数)を備えることがわかった。さらに、0.05<x<0.5であるCrNx膜は、良好な耐摩耗性を有しており、機械的な耐久性が要求される用途により好適であることがわかった。
【0083】
上記予備実験1及び2の結果に基づいて、摺動膜を製造する実施例を以下に説明する。
【0084】
本実施例では、ポリカーボネート製のレンズマウント形状の基材に摺動膜を成膜し、摺動膜の電気抵抗率、膜応力、摩擦係数、及び着脱耐久性を評価した。
【0085】
[試料1(実施例1)]
ポリカーボート製の基材上に金属層として、FCVA法によりTiを成膜した。Ti膜の成膜時におけるFCVA成膜装置1(
図3参照)の運転条件として、アークプラズマ生成部10におけるアーク電源(カソード側電源)のアーク電流を140A、フィルタ部20における電磁石コイル21の電流(フィルタ電流)を7.5A、アークプラズマ生成部10におけるアノード側電源の電流(アノード電流)を10.5A、イオンスキャン用コイル25の電圧(ダクト電圧)を0.5Vとした。バイアス電源の電圧はフローティングとした。なお、Ti膜の膜厚は、成膜時間を制御することにより、約200nmとした。
【0086】
次に、Ti膜上に、金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層として、FCVA法によりta‐C:Al膜(アルミニウムドープテトラヘドラルアモルファスカーボン膜)を作製した。金属元素を含むターゲット11としては、Alを8.5[at%]含有した焼結グラファイトターゲットを用いた。なお、焼結グラファイトターゲットは脱水処理したものを用いた。ta‐C:Al膜の成膜時におけるFCVA成膜装置1(
図3参照)の運転条件として、アークプラズマ生成部10におけるアーク電源(カソード側電源)のアーク電流を70A、フィルタ部20における電磁石コイル21の電流(フィルタ電流)を13A、アークプラズマ生成部10におけるアノード側電源の電流(アノード電流)を8A、イオンスキャン用コイル25の電圧(ダクト電圧)を0.2Vとした。1500Hzの周波数にて実際に基材に印加されるバイアス電圧(実バイアス電圧)は、−1980Vとした。なお、ta‐C:Al膜の膜厚は、成膜時間を制御することにより、約100nmとした。
【0087】
さらにta‐C:Al膜の上に、導電層としてFCVA法によりCrNx膜を成膜した。CrNx膜の成膜時におけるFCVA成膜装置1(
図3参照)の運転条件として、アークプラズマ生成部10におけるアーク電源(カソード側電源)のアーク電流を160A、フィルタ部20における電磁石コイル21の電流(フィルタ電流)を7.5A、アークプラズマ生成部10におけるアノード側電源の電流(アノード電流)を10.5A、イオンスキャン用コイル25の電圧(ダクト電圧)を0.5Vとした。バイアス電源の電圧はフローティングとした。成膜チャンバへの窒素ガスの導入量は35sccmとした。なお、CrNx膜の膜厚は、成膜時間を制御することにより、約20nmとした。
【0088】
[試料2(実施例2)]
試料2について、金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層として、FCVA法によりta‐C:Ti膜(チタンドープテトラヘドラルアモルファスカーボン膜)を作製した以外は試料1と同様にして、ポリカーボネート製基材上に摺動膜を作製した。ta‐C:Ti膜の成膜には、ターゲット11として、Tiを2.15[at%]含有した焼結グラファイトターゲットを用い、FCVA成膜装置1(
図3参照)の運転条件として、アークプラズマ生成部10におけるアーク電源(カソード側電源)のアーク電流を60A、フィルタ部20における電磁石コイル21の電流(フィルタ電流)を13A、アークプラズマ生成部10におけるアノード側電源の電流(アノード電流)を8A、イオンスキャン用コイル25の電圧(ダクト電圧)を0.2Vとした。1500Hzの周波数にて実際に基材に印加されるバイアス電圧(実バイアス電圧)は、−1980Vとした。なお、ta‐C:Ti膜の膜厚は、成膜時間を制御することにより、約100nmとした。
【0089】
[試料3(実施例3)]
試料3について、Ti膜の膜厚を100nmとし、金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層として、ta‐C:Ti膜(チタンドープテトラヘドラルアモルファスカーボン膜)を200nmの膜厚に成膜した以外は試料2と同様にして、基材上に摺動膜を作製した。なお、ta‐C:Ti膜の成膜は、まず、バイアス電源の電圧をフローティングとした以外は、試料2のta‐C:Ti膜成膜時のFCVA成膜装置の運転条件と同様の条件でta‐C:Ti膜を100nm成膜し、続いて、試料2のta‐C:Ti膜成膜時のFCVA成膜装置の運転条件と同様の条件でta‐C:Ti膜を100nm成膜することによって行った。
【0090】
[試料4〜6(比較例1〜3)]
試料4〜6(比較例1〜3)について、導電層としてCrNx膜を成膜しなかった以外はそれぞれ試料1〜3と同様にして、基材上に摺動膜を作製した。
【0091】
試料1〜6の摺動膜について、物理的特性として電気抵抗率、膜応力、摩擦係数、及び着脱耐久性を以下のようにして測定した。
【0092】
(1)電気抵抗率
電気抵抗率(体積抵抗率)は、摺動膜のシート抵抗を四端子法により測定し、シート抵抗値に摺動膜の膜厚を乗じることにより算出した。算出した電気抵抗率を
図9の表に示す。試料1〜6の摺動膜の電気抵抗率は、いずれも1×10
-5〜1×10
-3[Ωcm]であった。このことから、試料1〜6の摺動膜はいずれも実用上問題のない電気抵抗率を有することが確認された。
【0093】
(2)膜応力
膜応力は、触針式表面形状測定機を用いて摺動膜成膜前後の基材の曲率半径をそれぞれ計測し、基材のヤング率及びポアッソン比から算出した。算出した膜応力を
図9の表に示す。表中、膜応力の符号が負になっているのは、応力が圧縮応力であることを示す。試料1〜6の摺動膜は膜応力の絶対値が1.1[GPa]以下であり、圧縮応力が十分小さいため、機械的な耐久性が要求される用途により適している。
【0094】
(3)摩擦係数
試料1〜6の摺動膜について摩耗特性を、ボールオンディスク法により測定した。測定にはアルミナボールを使用し、荷重200[gf]、回転半径2[mm]、回転数100[rpm]とした。試料1〜6の膜について、動摩擦係数の時間に対する平均値を求め、
図9の表中に示した。この測定結果から、試料1〜3の摺動膜はいずれも動摩擦係数が0.2〜0.3であり、このことから、適度な摺動性を有していることが確認された。一方、試料4〜6(比較例1〜3)の摺動膜はいずれも動摩擦係数が0.1未満と、極めて低摩擦で、過度に滑りやすい膜であることが確認された。このような低摩擦の膜をカメラシステムのマウント部材に用いると、着脱に必要なトルクが極めて小さいものとなり、操作者が予想するよりも小さな力でレンズユニットが離脱してしまうため、その勢いでカメラボディからレンズユニットが落下するおそれがある。
【0095】
(4)着脱耐久性(耐摩耗性の評価)
次にカメラマウントの摺動膜としての性能を以下のようにして評価した。従来技術によりCrメッキが施された真鍮製のボディ側マウントと、試料1〜6の摺動膜を成膜したポリカーボネート製のレンズ側マウントを用意した。これらをそれぞれカメラボディ及びレンズユニット(交換レンズ)に取り付けて着脱を繰り返すテストを行い、摺動膜が完全に剥離して基材が露出するまでの着脱回数を計数した。結果を
図9の表中に示す。この結果から、試料1〜6の摺動膜は、レンズユニットのカメラボディに対する着脱回数が1200〜6800回に到達しており、極めて優れた耐摩耗性を備えることが分かる。
【0096】
以上の評価結果に示された通り、実施例の摺動膜は、電気信号を伝達可能な高い導電性、及び良好な耐摩耗性を備え、なお且つ、適度な摩擦係数に基づく適度な摺動性を有している。本発明の態様の新規な摺動膜は、これらの特性を同時に呈するものである。また、本発明の態様の摺動膜は可視光(波長370〜670nm)光線に対する反射率が55〜65%とほぼ一様で高い値を示し、シルバー調の金属と全く同等の外観を有するものとすることができる。
【0097】
このような摺動膜が他の部材の接続面と相対摺動して接続される接続面に形成された接続部材は、適度な摺動性により係脱操作が安全かつ容易であり、相対摺動を伴う係脱を繰り返しても高い耐摩耗性により損耗を抑制することができる。摺動膜が金属材料製の基材の表面に形成されるような構成によれば、複雑な構造や高精度の接続部を容易に形成しつつ、金属皮膜では実現不可能な高硬度の接続面を有した接続部材を得ることができる。一方、摺動膜が樹脂材料製の基材の表面に形成されるような構成によれば、樹脂製部品では実現不可能な高硬度かつ導電性の接続面を有する接続部材を容易かつ安価に提供することができる。また、同一形態の金属製部品と使用した場合と比較して、軽量な製品を実現することができる。
【0098】
さらに、本発明の態様の摺動膜は、金属クロム皮膜よりも膜厚が薄くなっているにも関らず、金属クロム皮膜と比べて高い摺動耐久性及び導電性を有する。そのため、金属クロム皮膜よりも総膜厚を減らして成膜時間を短縮することにより、コストダウンが可能である。
【0099】
接続部材が、相対摺動して係脱自在に接続する第1接続部材及び第2接続部材からなり、これらが相対摺動して係合接続されたときに、第1、第2接続部材が機械的に接続されるとともに、電気的に接続されるような構成は、上記実施例の摺動膜が実現した高硬度、適度な摩擦係数、導電性の特性を好適に利用して、大きな効果を享受することができる。例えば、カメラボディに対してレンズユニットが着脱交換可能に構成されたカメラシステムにおけるボディ側のマウント部材や、レンズ側マウント部材、フラッシュ等が係脱されるアクセサリーシュー(ブラケット)等は、外観品質を含めて、最も好適な適用例の代表である。
【0100】
上記実施例の摺動膜は、FCVA法により成膜することができ、これはドライプロセスであり、従来のクロムメッキ工程で用いられている六価クロムのように人体にとって有害な化学物質も成膜プロセスで使用しない。従って、環境に負荷を与えることなく摺動膜を作成することができる。
【0101】
以上、本発明の好ましい実施形態について説明したが、本発明はこれらの実施形態に限定されるものではない。例えば、ta‐C:Mの金属ドープ元素Mの一例としてチタン及びアルミニウムを示したが、以上の説明から当業者であれば理解されるように、金属ドープ元素はta‐Cを基本とする皮膜に導電性を付与する役割を果たせばよく、他の金属元素、例えばNi、Cr、Mg、Cu、Fe、Ag、Au、Pt等であってもよい。
【0102】
また、相対摺動して接続される接続部材の具体的な適用例として、カメラボディに対してレンズユニットが着脱自在なシステムカメラ(銀塩・デジタルのスチルカメラやビデオカメラ等)のマウントを例示したが、本発明はかかる形態に限られるものではなく、広範な用途に適用することができる。その一例を例示すれば、電気コネクタや、スリップリング、連結機器、カメラや携帯電話等の機器の連結部材などが挙げられ、同様の効果を得ることができる。