特許第5979302号(P5979302)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5979302摺動膜、摺動膜が形成された部材、及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5979302
(24)【登録日】2016年8月5日
(45)【発行日】2016年8月24日
(54)【発明の名称】摺動膜、摺動膜が形成された部材、及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20160817BHJP
   G03B 17/14 20060101ALI20160817BHJP
   G02B 7/14 20060101ALI20160817BHJP
【FI】
   C23C14/06 N
   C23C14/06 F
   G03B17/14
   G02B7/14
【請求項の数】20
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2015-502912(P2015-502912)
(86)(22)【出願日】2014年2月24日
(86)【国際出願番号】JP2014054332
(87)【国際公開番号】WO2014132923
(87)【国際公開日】20140904
【審査請求日】2015年7月10日
(31)【優先権主張番号】特願2013-39900(P2013-39900)
(32)【優先日】2013年2月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004112
【氏名又は名称】株式会社ニコン
(74)【代理人】
【識別番号】100099793
【弁理士】
【氏名又は名称】川北 喜十郎
(74)【代理人】
【識別番号】100154586
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 正広
(72)【発明者】
【氏名】瀧 優介
【審査官】 伊藤 光貴
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/138967(WO,A1)
【文献】 特開2009−287099(JP,A)
【文献】 特表2009−504919(JP,A)
【文献】 特開2002−113604(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00−14/58
G02B 7/14
G03B 17/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
相対摺動する部材の表面に施される導電性摺動膜であって、
金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層と、
前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層上に形成され、動摩擦係数が前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層よりも大きい導電層とを備える導電性摺動膜。
【請求項2】
前記導電層の動摩擦係数が0.2〜0.3である請求項1に記載の導電性摺動膜。
【請求項3】
前記導電層が、電気抵抗率が5×10-6〜5×10-4[Ωcm]の物質で形成されている請求項1または2に記載の導電性摺動膜。
【請求項4】
前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層は、sp混成軌道のカーボン原子、sp混成軌道のカーボン原子及び金属原子からなり、前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層における前記sp混成軌道のカーボン原子の割合が59原子%以下である請求項1〜3のいずれか一項に記載の導電性摺動膜。
【請求項5】
前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層にドープされた金属が、Ti、Al、Fe、Ni、Co及びCrからなる群から選ばれた少なくとも一種類である請求項1〜4のいずれか一項に記載の導電性摺動膜。
【請求項6】
前記導電層が、窒化クロム膜から形成されている請求項1〜5のいずれか一項に記載の導電性摺動膜。
【請求項7】
前記導電層が、窒化クロムCrN膜(x<0.5)から形成されている請求項6に記載の導電性摺動膜。
【請求項8】
カメラボディに対してレンズユニットが着脱交換可能に構成されたカメラシステムに用いられるボディ側及び/またはレンズ側のマウント部材であって、
基材と、
前記基材上に形成された導電性摺動膜とを備え、
前記導電性摺動膜は、金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層と、該金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層上に形成され、動摩擦係数が前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層よりも大きい導電層とを有するカメラシステムに用いられるマウント部材。
【請求項9】
前記導電層の動摩擦係数が0.2〜0.3である請求項8に記載のカメラシステムに用いられるマウント部材。
【請求項10】
前記導電層が、電気抵抗率が5×10-6〜5×10-4[Ωcm]の物質で形成されている請求項8または9に記載のカメラシステムに用いられるマウント部材。
【請求項11】
前記導電性摺動膜の電気抵抗率が1×10-5〜1×10-3[Ωcm]である請求項8〜10のいずれか一項に記載のマウント部材。
【請求項12】
前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層は、sp混成軌道のカーボン原子、sp混成軌道のカーボン原子及び金属原子からなり、前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層における前記sp混成軌道のカーボン原子の割合が59原子%以下である請求項8〜11のいずれか一項に記載のカメラシステムに用いられるマウント部材。
【請求項13】
前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層にドープされた金属が、Ti、Al、Fe、Ni、Co及びCrからなる群から選ばれた少なくとも一種類である請求項8〜12のいずれか一項に記載のカメラシステムに用いられるマウント部材。
【請求項14】
前記導電層が、窒化クロム膜から形成されている請求項8〜13のいずれか一項に記載のカメラシステムに用いられるマウント部材。
【請求項15】
前記導電層が、窒化クロムCrN膜(x<0.5)から形成されている請求項14に記載のカメラシステムに用いられるマウント部材。
【請求項16】
前記基材が、樹脂製の基材である請求項8〜15のいずれか一項に記載のカメラシステムに用いられるマウント部材。
【請求項17】
前記基材と前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層の間に、Ti、Al、Fe、Ni、Co、及びCrからなる群から選ばれた少なくとも一種から形成された金属層を備える請求項8〜16のいずれか一項に記載のカメラシステムに用いられるマウント部材。
【請求項18】
前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層が100〜500nmの範囲の厚さを有し、前記導電層が10〜100nmの範囲の厚さを有する請求項8〜17のいずれか一項に記載のカメラシステムに用いられるマウント部材。
【請求項19】
請求項8〜18のいずれか一項に記載のマウント部材が設けられたカメラボディ。
【請求項20】
請求項8〜18のいずれか一項に記載のマウント部材が設けられたレンズユニット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、相対摺動する部材の表面に形成されうる摺動膜、及びこの摺動膜が形成されたカメラ用マウント部材のような部材に関する。
【背景技術】
【0002】
相対摺動する部材や、他の部材の被接面と相対摺動して接続される部材(接続部材という)において、部材の表面に被覆膜を形成したものが多数存在する。このような部材として光学機器等の外装材が例示され、接続部材として、カメラボディに対してレンズユニットが着脱交換可能に構成されたカメラシステムにおいてボディ側及びレンズ側に設けられた、バヨネット式マウント(以下、単に「マウント」と表記する)と称される接続部材が例示される。マウントは、一般的に、基材が真鍮からなり、表面に金属クロムからなる導電性の保護被覆膜が形成されて構成される。
【0003】
さらに金属クロム皮膜に代えて、新たに金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボンからなる導電性カーボン膜を用いることが提案されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】WO2011/138967
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、耐摩耗性が高く、適度な摺動性を有し、且つ、電気信号を伝達し得る導電性を有する摺動膜及び接続部材を提供することを目的とする。さらには、本発明は、そのような摺動膜及び接続部材を備えるカメラ用マウント部材のような部材、カメラボディ及びレンズユニットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1の態様に従えば、相対摺動する部材の表面に施される導電性摺動膜であって、
金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層と、
前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層上に形成され、動摩擦係数が前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層よりも大きい導電層とを備える導電性摺動膜が提供される。
【0007】
前記導電性摺動膜において、前記導電層の動摩擦係数が0.2〜0.3であってもよい。
【0008】
前記導電性摺動膜において、前記導電層が、電気抵抗率が5×10-6〜5×10-4[Ωcm]の物質で形成されていてもよい。
【0009】
前記導電性摺動膜において、前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層は、sp混成軌道のカーボン原子、sp混成軌道のカーボン原子及び金属原子からなり、前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層における前記sp混成軌道のカーボン原子の割合が59原子%以下であってもよい。
【0010】
前記導電性摺動膜において、前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層にドープされた金属が、Ti、Al、Fe、Ni、Co及びCrからなる群から選ばれた少なくとも一種類であってもよい。
【0011】
前記導電性摺動膜において、前記導電層が、窒化クロム膜から形成されてもよい。さらに、前記導電層が、窒化クロムCrNx膜(x<0.5)から形成されてもよい。
【0012】
第2の態様に従えば、カメラボディに対してレンズユニットが着脱交換可能に構成されたカメラシステムに用いられるボディ側及び/またはレンズ側のマウント部材であって、
基材と、
前記基材上に形成された導電性摺動膜とを備え、
前記導電性摺動膜は、金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層と、該金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層上に形成され、動摩擦係数が前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層よりも大きい導電層とを有するカメラシステムに用いられるマウント部材が提供される。
【0013】
前記マウント部材において、前記導電層の動摩擦係数が0.2〜0.3であっても良い。
【0014】
前記マウント部材において、前記導電層が、電気抵抗率が5×10-6〜5×10-4[Ωcm]の物質で形成されていてもよい。さらに、前記導電性摺動膜の電気抵抗率が1×10-5〜1×10-3[Ωcm]であってもよい。
【0015】
前記マウント部材において、前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層は、sp混成軌道のカーボン原子、sp混成軌道のカーボン原子及び金属原子からなり、前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層における前記sp混成軌道のカーボン原子の割合が59原子%以下であってもよい。
【0016】
前記マウント部材において、前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層にドープされた金属が、Ti、Al、Fe、Ni、Co及びCrからなる群から選ばれた少なくとも一種類であってもよい。
【0017】
前記マウント部材において、前記導電層が、窒化クロム膜から形成されてもよい。さらに、前記導電層が、窒化クロムCrNx膜(x<0.5)から形成されてもよい。
【0018】
前記マウント部材において、前記基材が、樹脂製の基材であってもよい。
【0019】
前記マウント部材において、前記基材と前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層の間に、Ti、Al、Fe、Ni、Co、及びCrからなる群から選ばれた少なくとも一種から形成された金属層を備えてもよい。
【0020】
前記マウント部材において、前記金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層が100〜500nmの範囲の厚さを有し、前記導電層が10〜100nmの範囲の厚さを有してもよい。
【0021】
第3の態様に従えば、第2の態様のマウント部材が設けられたカメラボディが提供される。
【0022】
第4の態様に従えば、第2の態様のマウント部材が設けられたレンズユニットが提供される。
【発明の効果】
【0023】
上記態様によれば、耐摩耗性が高く、適度な摺動性を有し、且つ、電気信号を伝達し得る導電性を有した摺動膜(導電性摺動膜)及び部材、特にカメラ用マウントに適した部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本実施形態のマウント部材の表面の概略断面図である。
図2】炭素‐水素組成の状態図(三元図)である。
図3】FCVA成膜装置の構成を示す概略構成図である。
図4】カメラボディから着脱可能な交換レンズを有するカメラシステムの概略図である。
図5図5(a)は、図4に示したカメラボディ側のバヨネット式マウントの平面図であり、図5(b)は、図4に示した交換レンズ側のバヨネット式マウントの平面図である。
図6】予備実験1で形成された試料A〜Hの膜の成膜条件、組成及び物理的特性を示す表である。
図7】予備実験1で形成された試料I〜Kの膜の成膜条件、組成及び物理的特性を示す表である。
図8】予備実験2で形成された試料L〜Rの膜の成膜条件、組成及び物理的特性を示す表である。
図9】実施例及び比較例で形成された試料1〜6の積層構造、成膜条件及び物理的特性を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を実施するための形態について、図面を参照しながら説明する。図1に示すように、本実施形態のマウント部材100は、基材60と、基材60上に形成された金属層70と、金属層70上に形成された金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層80と、金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層80上に形成された導電層90とを有する。金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層80と導電層90が導電性を有する摺動膜(導電性摺動膜)50を構成する。導電層90は、図1に示すように、摺動膜50の表面を構成するために表面層とも呼ぶ。
【0026】
<基材>
基材60には、用途に応じて種々の材料が用いられる。カメラシステム用マウント部材に用いられる場合、基材60は例えば、真鍮のような金属やセラミックなどの無機材料、樹脂等の有機材料などで形成され、任意の形状を有する。樹脂等としては、射出成型などの量産化プロセスに適した樹脂が好ましく、例えば、ポリカーボネート、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ABS樹脂、ポリプロピレン、ポリ酢酸ビニル、アクリル樹脂(PMMA)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等のフッ素樹脂,ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリフェニレンスルファイド(PPS)、ポリエステル樹脂、及びこれらの樹脂中にガラスファイバーやカーボンファイバーを添加した樹脂など種々の熱可塑性樹脂を用いることができる。
【0027】
<金属層>
金属層70は、基材60が樹脂等から形成される場合に、摺動膜50の応力制御や付着力向上の目的で用いられるが、金属層70は設けなくてもよい。金属層70として、例えば、Ti、Al、Fe、Ni、Co、Cr、及びこれらの金属を含む合金を用いることができる。金属層70は単層または複数の層から形成されてもよい。金属層70は、FCVA(Filtered Cathodic Vacuum Arc)法、スパッタリング法、イオンプレーティング法、真空蒸着法などによって形成することができる。金属層70は、20nm〜300nmの範囲の膜厚を有することが好ましい。金属膜70の膜厚が20nmより薄い場合には連続膜にならない傾向があり、また、300nmよりも厚い場合には過度に空隙の多い膜となる傾向があり、いずれの場合にも基材60と摺動膜50との付着力向上や応力制御の効果が弱くなることがあるためである。
【0028】
<テトラヘドラルアモルファスカーボン層>
テトラヘドラルアモルファスカーボン(tetrahedral amorphous carbon)は、アモルファスカーボンa‐Cのうち、sp結合からなる炭素(sp‐C)の組成比が高い(30〜90原子%程度の)炭素組成物のことをいう。図2にsp結合からなる炭素(sp‐C)、sp結合からなる炭素(sp‐C)、Hの三成分(三元)系からなる炭素‐水素組成状態図を示す。図2において、三角形の各辺に付記した数値は、下辺が水素Hの組成比、右辺はsp‐Cの組成比(濃度)、左辺はsp‐Cの組成比(濃度)である。また、図中のPECVDはメタンを原料とするプラズマCVD法、IPはベンゼンを原料としたイオンプレーティング法を意味し、それらの方法で製造された炭素‐水素組成が図中に四角で示されている。
【0029】
この状態図において、三角形の各頂点は純粋な単一成分(及び結合)の物質であり、上方の頂点に位置するsp結合の炭素sp‐Cはダイヤモンド、左下の頂点に位置するsp結合の炭素sp‐Cはグラファイト(黒鉛)、右下の頂点に位置するHは水素である。sp‐Cのダイヤモンドとsp‐Cのグラファイトとは、成分元素はともに炭素であるが、原子間の結合状態の相違から結晶構造が明確に異なっている同素体である。
【0030】
三つの頂点を除いた三角形の各辺上の組成物は各々二成分系のアモルファスであり、上方の頂点(sp‐C)と左下の頂点(sp‐C)との間を結ぶ左辺上には、その軸上の位置に応じた組成比でsp‐Cとsp‐Cとがランダムに混じり合った炭素組成物が形成される。この水素を含まない炭素組成物を「アモルファスカーボン」(以下、適宜「a‐C」と表記する)と呼ぶ。
【0031】
アモルファスカーボンのうち、sp‐Cの組成比が高い(30〜90%程度の)炭素組成物が、「テトラヘドラルアモルファスカーボン」(以下、適宜「ta‐C」と表記する)である。テトラヘドラルアモルファスカーボンは水素を含まず、sp‐Cとsp‐Cから構成される。水素を含まないとは、測定装置由来の水素の検出量より低い量(例えば、0.3at%以下)でしか水素を含まないこと(実質的に水素を含まない)を意味する。アモルファスカーボン膜の組成を測定しようとしたときに、バッググラウンドとして測定装置由来の水素(例えば、測定装置の真空容器内に吸着していた水素)が検出されることがあるが、このような場合には水素は実質的に含まないものと扱う。このようなテトラヘドラルアモルファスカーボンは、FCVA法により製造することができるが、従来型の熱CVD法、およびプラズマCVD法、スパッタリング法、イオンプレーティング法、真空蒸着法等のPVD法では製造例がない。
【0032】
三辺に囲まれた三角形の内側領域には、sp‐C、sp‐C、及び水素がランダムに混じり合った三元系の炭素‐水素組成物が形成される。このように水素を含む炭素‐組成物を「水素化アモルファスカーボン」(以下、適宜「a‐C:H」と表記する)と呼ぶ。この水素化アモルファスカーボンのうち、sp‐Cの組成比が高い炭素‐水素組成物(状態図において三角形の上方内部領域)を「水素化テトラヘドラルアモルファスカーボン」(以下、適宜「ta‐C:H」と表記する)と呼ぶ。ta‐C:Hは水素を含むために、摺動性材料に用いる摺動性(摩擦係数)が水素を含まないta‐Cよりも劣ることが分かっている。また、硬度及び耐熱性についてもta‐C:Hはta‐Cよりも劣ることが分かっている。
【0033】
よく知られるように、sp‐Cであるダイヤモンドは、硬度が極めて高く、可視光領域で透明であり、電気的に絶縁物である。一方、sp‐Cであるグラファイトは軟らかく、可視光領域で不透明(黒色)であり、自己潤滑性がある(低摩擦係数である)という特徴を有している。すなわち、ダイヤモンド(sp‐C)とグラファイト(sp‐C)とは、いずれも炭素組成物でありながら対照的な特徴を有している。
【0034】
状態図においてsp‐C(ダイヤモンド)とsp‐C(グラファイト)を結ぶ線上に位置するアモルファスカーボンは、両者の特徴を併せ持った中間的な特性を有しており、組成比に応じていずれかの特徴が強くなる。そのため、sp‐Cの割合が増えると膜は硬くなり可視光線の透過率が上昇する。参考のため、図2には、PECVD法、IP法及びFCVA法でそれぞれ形成されたアモルファスカーボンの摩擦係数の範囲を示した。FCVA法で形成されたテトラヘドラルアモルファスカーボンであってもsp‐Cの配合割合が高くなると摩擦係数が低くなることが分かる。
【0035】
アモルファスカーボンにより、仮に両者の特徴を併有して耐摩耗性と高い摺動性とを獲得できても、金属クロムのように、電気信号をやり取りできるような導電性を持たせることは不可能とされてきた。また、アモルファスカーボンによって所望の金属的な外観を獲得することも困難であると考えられてきた。これは、ダイヤモンドの極めて高い硬度を実現する理由が自由電子をもたない炭素原子間の共有結合による一方、導電性や金属光沢は多数の自由電子を有することにより実現されるからである。本発明では、そのようなアモルファスカーボンのうち、特に金属Mがドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン(以下、適宜「ta‐C:M」と表記する)を用いることで、良好な耐摩耗性、及び導電性を備えた摺動膜を製造することに成功した。
【0036】
テトラヘドラルアモルファスカーボンにドープする金属として、テトラヘドラルアモルファスカーボンの耐摩耗性及び導電性、特に導電性という観点からすれば、Ti、Ni、Cr、Al、Mg、Cu、Fe、Ag、Au、Pt等が挙げられる。このうち、Ti、Al、Cr、Ni、Feが好ましい。金属の含有量(ドープ量)は、テトラヘドラルアモルファスカーボンの耐摩耗性及び導電性を適度に維持するためには、1〜33at%、特に1〜20at%が望ましい。含有量が1at%未満であると導電性が不十分でテトラヘドラルアモルファスカーボンの電気抵抗が高くなる傾向にある。含有量が20at%を超えると、テトラヘドラルアモルファスカーボンの硬度が低下して耐摩耗性が悪化する傾向にある。
【0037】
実施形態に従う金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層80のsp‐Cの割合は、59原子%以下であることが好ましい。金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層80のsp‐Cの割合が59原子%を超えると、金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層80は大きな圧縮応力を有するため、基材から剥離し易い傾向がある。
【0038】
実施形態に従う金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層80は、100nm以上の膜厚を有することが好ましい。金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層80の膜厚が100nmよりも薄い場合には摺動膜の電気抵抗が高くなる傾向にあり、また耐磨耗性が低下する傾向にある。また、金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層80の膜厚が厚い場合には、成膜に要する時間や経費が増大する傾向にあり、生産効率の観点から膜厚の上限値は500nmとすることができる。
【0039】
なお、金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層におけるsp‐Cの割合は次式により表される。
(sp‐Cの割合)=(sp‐C原子数)/{(sp‐C原子数)+(sp‐C原子数)+(金属原子数)}
sp‐Cの割合および金属原子の割合についても同様である。
【0040】
<導電層>
導電層90は、摺動膜50に適度な摺動性(摩擦係数)を持たせるために形成される。導電層90の材料としては、CrNx、NiNx等が用いられる。導電層90は、FCVA法、スパッタリング法、イオンプレーティング法などによって形成することができる。導電層90は、10nm以上の膜厚を有することが好ましく、20nm以上の膜厚を有することがさらに好ましい。導電層90の膜厚が10nmより小さいと連続膜が形成されず、十分な導電率が得られないことがある。また、導電層90の膜厚が厚い場合には、成膜に要する時間や経費が増大する傾向にあり、生産効率の観点から膜厚の上限値は100nmとすることができる。また、実施形態の導電層90としてCrNx膜を用いる場合、CrNx膜が結晶質であると摩擦係数が大きくなるため、CrNx膜は非晶質であることが望ましい。特に、CrNx膜の組成比(CrNxのx値、すなわち元素比率N/Cr)は、x<0.5であることが好ましく、0.05<x<0.5であることがさらに好ましい。前記範囲内の組成比であるCrNx膜は、良好な耐摩耗性を有しており、機械的な耐久性が要求される用途により好適である。0.5≦xであると摩擦係数が大きい傾向があり、x≦0.05であると摩擦係数が大きくかつ硬度が低い傾向がある。
【0041】
<カメラのマウント用途における特性>
ボディ側のマウントとレンズ側のマウントとが相対摺動して係合接続されるマウントには、適度な摺動性(摩擦係数)と高い耐摩耗性(表面硬度)が要求されることに加えて、カメラボディとレンズユニットとの間でグランド電位を共通化したり信号電流の経路として利用したりするために、電気を通す導電性が求められる。また、外観品質を確保するため美しい金属光沢と耐食性が求められる。特に、摺動性と耐摩耗性については、互いに相関しているために、それらの値をバランス良く調整する必要がある。例えば、マウントの表面硬度が高すぎると、摩擦係数が高くなるために、カメラボディにレンズユニットを装着する操作性が悪くなる。逆に、マウントの表面硬度が所定の硬度を有していないと、表面処理(膜)が損傷したり、剥がれ易くなったりする。従って、摩擦係数と表面硬度については、カメラボディにレンズユニット着脱する際の良好な操作性を維持しつつも、所定の回数の着脱に耐え得るような値が要求される。
【0042】
実施形態に従う摺動膜50は、電気抵抗率が1×10-5〜1×10-3[Ωcm]の範囲の値を有することが望ましい。このため、例えば、オートフォーカスなどのレンズの自動制御可能なカメラのマウントにこの摺動膜50を用いることにより、摺動膜50を介してレンズ部とカメラボディとの間での電気信号の通信を行うことができる。また、このようなカメラのマウントに摺動膜50を用いる場合には、ユーザによってはレンズ部やストロボなどをカメラボディから頻繁に着脱することがあり、このような着脱を繰り返すことにより、マウントの摺動部に設けられた摺動膜50が剥がれることがある。しかし、そのような剥がれが生じると、前述の摺動膜50を通じたレンズ部とカメラボディとの導通ができなくなってしまう。それゆえ、摺動膜50は耐摩耗性や硬度も必要である。また、本発明の実施形態に従う摺動膜50は、動摩擦係数が0.2〜0.3の範囲の値を達成している。このため、摺動膜50を介したレンズ部とカメラボディとの間の着脱を適度にスムーズに行うことができるとともに、ユーザがレンズ部をカメラボディから手作業で着脱する時に、誤って部材を落下させるなどのリスクが軽減する。このように、カメラのマウントに使用される摺動部には、i)低い電気抵抗値、ii)適度な硬さ(耐摩耗性)及びiii)適度な動摩擦係数が同時に要求されている。しかし、電気抵抗値を下げるために金属ドープ量を増やすと、硬度が低下して耐摩耗性が低下する。一方、硬度をあまり高くすると、動摩擦係数も高くなり、摺動性が低下する。このため、カメラのマウントの摺動膜には、上記3つの特性をバランスよく満たす必要がある。
【0043】
本発明者の実験によると、上述のように金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン及び導電層を主体とする摺動膜をカメラのマウントに使用する場合には、特に摺動膜の電気抵抗率が1×10-5〜1×10-3[Ωcm]であり、動摩擦係数が0.2〜0.3の範囲であると、上記3つの特性をバランスよく満たすことが分かった。
【0044】
次に、本実施形態の摺動膜の製造方法について説明する。
【0045】
<摺動膜の製造方法>
基材上に摺動膜を形成する成膜方法の一例として、FCVA(Filtered Cathodic Vacuum Arc)法及びその方法を実施する成膜装置1の概要構造を図3を参照しながら説明する。
【0046】
FCVA成膜装置1は、主に、アークプラズマ生成部10と、フィルタ部20と、成膜チャンバ部30とから構成される。アークプラズマ生成部10と成膜チャンバ部30とがダクト状のフィルタ部20により接続され、図示省略する真空装置により成膜チャンバ部30の圧力が10-5〜10-7[Torr]程度の真空度に設定される。
【0047】
アークプラズマ生成部10には、カソードとしてのターゲット11とアノード(ストライカー)が設けられている。ストライカーをターゲット11に接触させて直後に離すことによってアーク放電が生じ、それによりアークプラズマが発生される。アークプラズマによりターゲットから生成された中性粒子及び荷電粒子は、成膜チャンバ部30に向けてフィルタ部20を飛行する。
【0048】
フィルタ部20には、電磁石コイル21が巻かれたダクト23及びイオンスキャン用コイル25が設けられている。ダクト23は、アークプラズマ生成部10と成膜チャンバ部30との間で、直交する二方向に2度曲折されており、その外周に電磁石コイル21が巻き付けられている。ダクト23がこのような屈曲構造(ダブルベンド構造)を有することにより、ダクト23内の中性粒子は内壁面に衝突して堆積することにより除去される。電磁石コイル21に電流を流すことによりダクト23内部の荷電粒子にはローレンツ力が作用し、荷電粒子がダクト断面の中心領域に集約されてダクトの屈曲に沿って飛行し、成膜チャンバ部30に導かれるようになっている。
【0049】
すなわち、この電磁石コイル21とダクト23が、荷電粒子のみを高効率で通過させる狭帯域の電磁気空間的フィルタを構成する。
【0050】
イオンスキャン用コイル25は、上記のようにしてダクト23を通り成膜チャンバ部30に入る荷電粒子のビームをスキャンする。成膜チャンバ部30には、ホルダ31が設けられ、このホルダ31の表面に基材32がセットされる。ホルダ31はモータ35により自公転運動する。ホルダ31には電源37によって任意のバイアスを設定可能になっている。ホルダ31に保持された基材32の表面に、イオンスキャン用コイルによってスキャンされた粒子のビームが入射し、基材上に一様な膜が形成される。
【0051】
金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層80を成膜する場合には、金属を含むグラファイトのターゲットが用いられる。金属種は前述のようにTi、Ni、Cr、Al、Mg、Cu、Fe、Ag、Au、Ptなどが用いられる。ta‐C:M膜中の金属の含有量は、原料となるターゲットの金属含有量を変化させることによって制御することができる。また、例えば、適切な負のバイアス電圧をかけることにより、目的とする組成比(sp‐Cとsp‐Cとの比率)のta‐C:M膜を高効率に形成することができる。金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層は、樹脂等の有機材料や、金属やセラミックなどの無機材料からなる任意の形状の基材、または基材上に形成された金属層の上に成膜される。
【0052】
CrNxからなる導電層90を成膜する場合には、溶融法あるいは粉末冶金法で合成され所望の形状に機械加工された金属Crターゲットが用いられる。成膜チャンバには窒素ガスが導入され、窒素ガスはプラズマ化される。成膜チャンバにおいて、プラズマ状態にある活性なCr種と窒素種は、基材の近傍あるいは表面において化学反応して、窒化クロムCrNx膜が導電層として形成される。導入する窒素ガスの流量を制御することにより、目的とする組成比(CrNxのxの値、すなわち元素比率N/Cr)の導電層を高効率に形成することができる。導電層は、金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層上に成膜される。
【0053】
<摺動膜を有する部材>
本実施形態によれば、上記のような摺動膜を有する部材もまた提供される。本実施形態の摺動膜は、摺動膜の有する高い耐摩耗性、適度な摺動性及び高い導電性(低い電気抵抗)という観点から様々な用途の部材または部品に使用することができるが、特に、他の部材に相対して摺動する部材や、他の部材に相対して摺動しながら他の部材に接続または結合する部材に好適である。また、相対して摺動し合う一対の部材やまたは相対して摺動しながら互いに接続または結合する部材セットやキットにも好適である。特に、レンズユニットがカメラボディから着脱可能なカメラのレンズユニット側のマウント部材及び/またはカメラボディ側のマウント部材に好適である。それらのマウント部材について図4及び5(a)及び(b)を参照しながら簡単に説明する。カメラ40は、互いに着脱可能なカメラボディ41と交換レンズ42を有する。カメラボディ41と交換レンズ42とはそれぞれバヨネット式マウント(以下、適宜「マウント」という)を備える。交換レンズ42の雄マウント52には爪部53が突出して設けられる。カメラボディ41の雌マウント51には、雄マウント52の爪部53が挿入される挿入部54と、爪部53が係止される係止部55とが設けられている。爪部53及び係止部55の一方又は双方には、弾性部材等を利用した係止機構(不図示)が設けられている。
【0054】
カメラボディ41に交換レンズ42を装着するには、雄マウント52の爪部53を雌マウント51の挿入部54に挿入して、雄マウント52の当接面56を雌マウント51の受け面57に当接させ、カメラボディ41に対して交換レンズ42を回転させる。このとき、当接面56と受け面57とは互いに当接した状態で摺動する。その後、更に回転させて、雄マウント52の爪部53を雌マウント51の係止部55に係止させることで装着が完了する。このとき、爪部53の表面と係止部55の表面とは互いに当接した状態で摺動する。また、カメラボディ41から交換レンズ42を離脱させるときは、これらを逆の順序で行う。そのため、このようなカメラボディ41の雌マウント51及び交換レンズ42の雄マウント52は、交換レンズ42を交換する度に、互いに当接した状態で摺動される。
【0055】
これらの雌マウント51及び雄マウント52では、図1に示すように、各マウント51、52の形状を有する基材60上に本実施形態の摺動膜50が形成されている。基材60は、金属、樹脂、セラミックス等から形成され、典型的には、樹脂から形成されている。図1に示すように、基材60と本実施形態の摺動膜50の間に金属層70を形成してもよい。摺動膜50は、前述のFCVA法により基材60または金属層70の表面に十分な付着力で成膜される。摺動膜50は複数の被覆層が積層された多層膜でもよいが、多層膜の場合、最上層が本実施形態の摺動膜となる。
【0056】
図4及び5に示すようなカメラボディ及び/またはレンズユニットも本実施形態に包含される。なお、レンズユニット側のマウント部材及び/またはカメラボディ側のマウント部材はバヨネット式に限らず、ねじ込み式でも構わない。
【実施例】
【0057】
以下に、実施例により摺動膜及びそれを用いた部材の製造方法を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0058】
以下の予備実験1及び予備実験2により、複数の成膜条件で金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン膜またはCrNx膜を成膜した試料を作製し、評価した。
【0059】
[予備実験1]
複数の成膜条件で金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン膜を成膜した試料を単結晶Si(100)ウエハ基板上に作製し、電気抵抗率、膜応力、硬度及び弾性率、膜の組成、並びに摩擦係数などを評価した。
【0060】
[試料A〜Hの作製]
Si(100)基板上に、FCVA法によりta‐C:Ti膜(チタンドープテトラヘドラルアモルファスカーボン膜)を成膜した。金属元素を含むターゲット11としては、Tiを2.15[at%]含有した焼結グラファイトターゲットを用いた。なお、焼結グラファイトターゲットは脱水処理したものを用いた。ta‐C:Ti膜の成膜時におけるFCVA成膜装置1(図3参照)の典型的な運転条件として、アークプラズマ生成部10におけるアーク電源(カソード側電源)のアーク電流を60A、フィルタ部20における電磁石コイル21の電流(フィルタ電流)を13A、アークプラズマ生成部10におけるアノード側電源の電流(アノード電流)を8A、イオンスキャン用コイル25の電圧(ダクト電圧)を0.2Vとした。1500Hzの周波数にて実際にSi(100)基板に印加されるバイアス電圧(実バイアス電圧)は、試料A〜Hについて、それぞれ図6の表に示すような値をそれぞれ用いた。なお、いずれのta‐C:Ti膜も、成膜時間を制御することにより、約300nmの膜厚とした。
【0061】
[試料I〜Kの作製]
Si(100)基板上に、FCVA法によりta‐C:Al膜(アルミニウムドープテトラヘドラルアモルファスカーボン膜)を作製した。ターゲット11としては、Alを8.5[at%]含有した焼結グラファイトターゲットを用いた。なお、焼結グラファイトターゲットは脱水処理したものを用いた。ta‐C:Al膜の成膜時におけるFCVA成膜装置1(図3参照)の典型的な運転条件は、アーク電流を70Aとし、1500Hzの周波数にて実際に基材に印加されるバイアス電圧(実バイアス電圧)を、試料I〜Kについて、それぞれ図7の表に示すような値にした以外は、実施例A〜Hと同様とした。なお、いずれのta‐C:Al膜も、成膜時間を制御することにより、約300nmの膜厚とした。
【0062】
試料A〜Kの膜の化学組成を、RBS(ラザフォード後方散乱分光法)およびHFS(水素前方散乱分析法)により測定し、炭素原子のsp‐C結合(混成軌道)とsp‐C結合(混成軌道)の割合をXPS(X線光電子分光)により測定した。また、膜厚は、触針式段差計で測定した。測定結果を図6及び7の表中に示す。
【0063】
試料A〜Hの膜中に含まれている水素(H)の含有量は、0.1〜0.4[at%]であった。ターゲット11に水素が含まれておらず、ターゲットを脱水処理していることからすれば、これは測定装置に由来の水素(バックグラウンド)と考えられる。
【0064】
試料A〜Hの膜中に含まれているsp‐C結合した炭素は、試料A〜Hの膜中の原子全体に対して45.2at%〜62.2at%であり、試料A〜Hの膜は、金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボンであることが分かる。
【0065】
試料I〜Kの膜中に含まれている水素(H)の含有量は、いずれも0.0[at%]であった。
【0066】
試料I〜Kの膜中に含まれているsp‐C結合した炭素は、試料I〜Kの膜中の原子全体に対して36.3at%〜62.7at%であり、試料I〜Kの膜は、金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボンであることが分かる。
【0067】
試料A〜Kについて、物理的特性として電気抵抗率、膜応力、硬度及び弾性率、並びに摩擦係数などを以下のようにして測定した。
【0068】
(1)電気抵抗率
電気抵抗率(体積抵抗率)は、Si(100)基板上に形成した金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン膜のシート抵抗を四端子法により測定し、シート抵抗値に金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン膜の膜厚を乗じることにより算出した。算出した電気抵抗率を図6及び7の表に示す。ta‐C:Tiを成膜した試料A〜Hの電気抵抗率は、いずれも1×10-4〜1×10-3[Ωcm]の範囲内であった。ta‐C:Alを成膜した試料I〜Kの電気抵抗率は、いずれも1×10-3〜1×10-2[Ωcm]の範囲内であった。
【0069】
(2)膜応力
試料A〜Kの膜について膜応力を測定した。膜応力は、触針式表面形状測定機を用いて成膜前後の基板の曲率半径をそれぞれ計測し、基板のヤング率とポアッソン比から算出した。結果を図6及び7の表に示す。表中、膜応力の符号が負になっているのは、応力が圧縮応力であることを示す。試料C〜H及びKの膜、すなわちsp混成軌道のカーボン原子の割合が59原子%以下の金属がドープされたテトラアモルファスカーボン膜は、試料A、B、I及びJの膜、すなわちsp混成軌道のカーボン原子の割合が59原子%より大きい金属がドープされたテトラアモルファスカーボン膜と比べて圧縮応力が小さいため、基材から剥離しにくく、機械的な耐久性が要求される用途により好適である。
【0070】
(3)硬度及び弾性率
硬度及び弾性率は、Si(100)基板上に形成した金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン膜をナノインデンテーション(nanoindentation)法により複数のサンプリング位置で測定した。測定された試料A〜Kの硬度及び弾性率を図6及び7の表に示した。試料A〜Kの硬度は11〜21[GPa]の範囲にあり、弾性率は113〜202[GPa]の範囲にあることが分かる。なお、参考のため、従来用いられてきた真鍮を基材とする金属クロム膜の硬度はおよそ8[GPa]程度である。従って、試料A〜Kの金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン膜は、従来の金属クロム膜の1.5倍程度の高い硬度を有することが確認された。
【0071】
(4)摩擦係数
Si(100)基板上に形成された試料A〜Kの膜について、摩耗特性をボールオンディスク法により測定した。測定にはアルミナボールを使用し、荷重200[gf]、回転半径2[mm]、回転数100[rpm]とした。試料A〜Kの膜について、動摩擦係数の時間に対する平均値を求め、図6及び7の表中に示した。この測定結果から、試料A〜Kの膜はいずれも動摩擦係数が0.1未満であり、試料A〜Kの膜が、極めて低摩擦で、過度に滑りやすい膜であることがわかる。
【0072】
以上の予備実験1により、試料A〜Kのいずれの金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン膜も、高い導電性(低い電気抵抗率)及び高い硬度を備えるが、極めて低摩擦で滑りやすい膜であることがわかった。さらに、sp混成軌道のカーボン原子の割合が59原子%以下の金属がドープされたテトラアモルファスカーボン膜は、圧縮応力が小さいため基材から剥離しにくく、機械的な耐久性が要求される用途により好適であることがわかった。
【0073】
[予備実験2]
複数の成膜条件でSi(100)基板上にCrNxを成膜した試料を作製した。試料の結晶性、電気抵抗率、硬度、膜の組成、摩擦係数、及び耐摩耗性を評価した。
【0074】
[試料L〜Rの作製]
基材上に、FCVA法によりCrNxを成膜した。CrNx膜の成膜時におけるFCVA成膜装置1(図3参照)の典型的な運転条件として、アークプラズマ生成部10におけるアーク電源(カソード側電源)のアーク電流を160A、フィルタ部20における電磁石コイル21の電流(フィルタ電流)を7.5A、アークプラズマ生成部10におけるアノード側電源の電流(アノード電流)を10.5A、イオンスキャン用コイル25の電圧(ダクト電圧)を0.5Vとした。バイアス電源の電圧はフローティングとした。また、成膜チャンバへの窒素ガスの導入量は0〜80sccmの間の所定値とした。なお、いずれのCrNx膜も、成膜時間を制御することにより、約100nmの膜厚とした。
【0075】
試料L〜Rの膜の結晶性を、XRD(X線回折)により評価した。化学組成を、RBS(ラザフォード後方散乱分光法)により測定した。結果を図8の表中に示す。
【0076】
試料N、O、P、QのCrNx膜は、元素比率N/CrすなわちCrNxのxの値が0.09〜0.37であり、XRD評価によると、非晶質膜であった。一方、試料L、MのCrNx膜はxの値が0.05以下、試料RのCrNx膜はxの値が0.58であり、XRD評価によると、試料L、M、RのCrNx膜は結晶膜または結晶及び非晶質の混合膜であった。
【0077】
試料L〜Rについて、物理的特性として電気抵抗率、硬度、摩擦係数、耐摩耗性を以下のようにして測定した。
【0078】
(1)電気抵抗率
電気抵抗率(体積抵抗率)は、Si(100)基板上に形成したCrNx膜のシート抵抗を四端子法により測定し、シート抵抗値にCrNx膜の膜厚を乗じることにより算出した。算出した電気抵抗率を図8の表に示す。試料L〜Rの電気抵抗率は、1×10-5〜2×10-4[Ωcm]の範囲内であった。
【0079】
(2)硬度
硬度は、Si(100)基板上に形成したCrNx膜をナノインデンテーション(nanoindentation)法により複数のサンプリング位置で測定した。測定された試料L〜Rの硬度を図8の表中に示す。試料L〜Rの硬度は14〜27[GPa]の範囲にあった。なお、従来用いられてきた真鍮を基材とする金属クロム膜の硬度はおよそ8[GPa]程度である。従って、試料L〜RのCrNx膜は、従来の金属クロム膜の1.5倍以上の高い硬度を有することが確認された。
【0080】
(3)摩擦係数
Si(100)基板上に形成された試料L〜Rの膜について、摩耗特性をボールオンディスク法により測定した。測定にはアルミナボールを使用し、荷重200[gf]、回転半径2[mm]、回転数100[rpm]とした。試料L〜Rの膜について、動摩擦係数の時間に対する平均値を求め、図8の表中に示した。この測定結果から、試料L〜RのCrNx膜はいずれも動摩擦係数が0.2〜0.4の、適度な摺動性を有する膜であった。
【0081】
(4)耐摩耗性
Si(100)基板上に形成された試料L〜Rの膜について、摺動耐久性をボールオンディスク法により測定した。測定にはSUS420J2ボールを使用し、回転半径2[mm]、回転数100[rpm]の条件下で行った。荷重を50[g]から開始して、一定荷重にて5分間連続で磨耗試験を行い、膜が剥離しなければ荷重を増加して同じ磨耗試験を行った。この操作を継続することにより膜剥離に至る荷重(耐荷重)[g]を計測した。結果を図8の表中に示す。試料N、O、P、QのCrNx膜、すなわち0.05<x<0.5であるCrNx膜については、耐荷重が1000[g]であり、良好な耐摩耗性を有していたが、試料L、M、RのCrNx膜、すなわちx<0.05または0.5<xであるCrNx膜は、耐荷重が500[g]以下であり、耐摩耗性が劣っていた。
【0082】
以上の予備実験2により、試料L〜RのいずれのCrNx膜も、高い導電性(低い電気抵抗率)及び高い硬度を備え、さらに適度な摺動性(適度な摩擦係数)を備えることがわかった。さらに、0.05<x<0.5であるCrNx膜は、良好な耐摩耗性を有しており、機械的な耐久性が要求される用途により好適であることがわかった。
【0083】
上記予備実験1及び2の結果に基づいて、摺動膜を製造する実施例を以下に説明する。
【0084】
本実施例では、ポリカーボネート製のレンズマウント形状の基材に摺動膜を成膜し、摺動膜の電気抵抗率、膜応力、摩擦係数、及び着脱耐久性を評価した。
【0085】
[試料1(実施例1)]
ポリカーボート製の基材上に金属層として、FCVA法によりTiを成膜した。Ti膜の成膜時におけるFCVA成膜装置1(図3参照)の運転条件として、アークプラズマ生成部10におけるアーク電源(カソード側電源)のアーク電流を140A、フィルタ部20における電磁石コイル21の電流(フィルタ電流)を7.5A、アークプラズマ生成部10におけるアノード側電源の電流(アノード電流)を10.5A、イオンスキャン用コイル25の電圧(ダクト電圧)を0.5Vとした。バイアス電源の電圧はフローティングとした。なお、Ti膜の膜厚は、成膜時間を制御することにより、約200nmとした。
【0086】
次に、Ti膜上に、金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層として、FCVA法によりta‐C:Al膜(アルミニウムドープテトラヘドラルアモルファスカーボン膜)を作製した。金属元素を含むターゲット11としては、Alを8.5[at%]含有した焼結グラファイトターゲットを用いた。なお、焼結グラファイトターゲットは脱水処理したものを用いた。ta‐C:Al膜の成膜時におけるFCVA成膜装置1(図3参照)の運転条件として、アークプラズマ生成部10におけるアーク電源(カソード側電源)のアーク電流を70A、フィルタ部20における電磁石コイル21の電流(フィルタ電流)を13A、アークプラズマ生成部10におけるアノード側電源の電流(アノード電流)を8A、イオンスキャン用コイル25の電圧(ダクト電圧)を0.2Vとした。1500Hzの周波数にて実際に基材に印加されるバイアス電圧(実バイアス電圧)は、−1980Vとした。なお、ta‐C:Al膜の膜厚は、成膜時間を制御することにより、約100nmとした。
【0087】
さらにta‐C:Al膜の上に、導電層としてFCVA法によりCrNx膜を成膜した。CrNx膜の成膜時におけるFCVA成膜装置1(図3参照)の運転条件として、アークプラズマ生成部10におけるアーク電源(カソード側電源)のアーク電流を160A、フィルタ部20における電磁石コイル21の電流(フィルタ電流)を7.5A、アークプラズマ生成部10におけるアノード側電源の電流(アノード電流)を10.5A、イオンスキャン用コイル25の電圧(ダクト電圧)を0.5Vとした。バイアス電源の電圧はフローティングとした。成膜チャンバへの窒素ガスの導入量は35sccmとした。なお、CrNx膜の膜厚は、成膜時間を制御することにより、約20nmとした。
【0088】
[試料2(実施例2)]
試料2について、金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層として、FCVA法によりta‐C:Ti膜(チタンドープテトラヘドラルアモルファスカーボン膜)を作製した以外は試料1と同様にして、ポリカーボネート製基材上に摺動膜を作製した。ta‐C:Ti膜の成膜には、ターゲット11として、Tiを2.15[at%]含有した焼結グラファイトターゲットを用い、FCVA成膜装置1(図3参照)の運転条件として、アークプラズマ生成部10におけるアーク電源(カソード側電源)のアーク電流を60A、フィルタ部20における電磁石コイル21の電流(フィルタ電流)を13A、アークプラズマ生成部10におけるアノード側電源の電流(アノード電流)を8A、イオンスキャン用コイル25の電圧(ダクト電圧)を0.2Vとした。1500Hzの周波数にて実際に基材に印加されるバイアス電圧(実バイアス電圧)は、−1980Vとした。なお、ta‐C:Ti膜の膜厚は、成膜時間を制御することにより、約100nmとした。
【0089】
[試料3(実施例3)]
試料3について、Ti膜の膜厚を100nmとし、金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層として、ta‐C:Ti膜(チタンドープテトラヘドラルアモルファスカーボン膜)を200nmの膜厚に成膜した以外は試料2と同様にして、基材上に摺動膜を作製した。なお、ta‐C:Ti膜の成膜は、まず、バイアス電源の電圧をフローティングとした以外は、試料2のta‐C:Ti膜成膜時のFCVA成膜装置の運転条件と同様の条件でta‐C:Ti膜を100nm成膜し、続いて、試料2のta‐C:Ti膜成膜時のFCVA成膜装置の運転条件と同様の条件でta‐C:Ti膜を100nm成膜することによって行った。
【0090】
[試料4〜6(比較例1〜3)]
試料4〜6(比較例1〜3)について、導電層としてCrNx膜を成膜しなかった以外はそれぞれ試料1〜3と同様にして、基材上に摺動膜を作製した。
【0091】
試料1〜6の摺動膜について、物理的特性として電気抵抗率、膜応力、摩擦係数、及び着脱耐久性を以下のようにして測定した。
【0092】
(1)電気抵抗率
電気抵抗率(体積抵抗率)は、摺動膜のシート抵抗を四端子法により測定し、シート抵抗値に摺動膜の膜厚を乗じることにより算出した。算出した電気抵抗率を図9の表に示す。試料1〜6の摺動膜の電気抵抗率は、いずれも1×10-5〜1×10-3[Ωcm]であった。このことから、試料1〜6の摺動膜はいずれも実用上問題のない電気抵抗率を有することが確認された。
【0093】
(2)膜応力
膜応力は、触針式表面形状測定機を用いて摺動膜成膜前後の基材の曲率半径をそれぞれ計測し、基材のヤング率及びポアッソン比から算出した。算出した膜応力を図9の表に示す。表中、膜応力の符号が負になっているのは、応力が圧縮応力であることを示す。試料1〜6の摺動膜は膜応力の絶対値が1.1[GPa]以下であり、圧縮応力が十分小さいため、機械的な耐久性が要求される用途により適している。
【0094】
(3)摩擦係数
試料1〜6の摺動膜について摩耗特性を、ボールオンディスク法により測定した。測定にはアルミナボールを使用し、荷重200[gf]、回転半径2[mm]、回転数100[rpm]とした。試料1〜6の膜について、動摩擦係数の時間に対する平均値を求め、図9の表中に示した。この測定結果から、試料1〜3の摺動膜はいずれも動摩擦係数が0.2〜0.3であり、このことから、適度な摺動性を有していることが確認された。一方、試料4〜6(比較例1〜3)の摺動膜はいずれも動摩擦係数が0.1未満と、極めて低摩擦で、過度に滑りやすい膜であることが確認された。このような低摩擦の膜をカメラシステムのマウント部材に用いると、着脱に必要なトルクが極めて小さいものとなり、操作者が予想するよりも小さな力でレンズユニットが離脱してしまうため、その勢いでカメラボディからレンズユニットが落下するおそれがある。
【0095】
(4)着脱耐久性(耐摩耗性の評価)
次にカメラマウントの摺動膜としての性能を以下のようにして評価した。従来技術によりCrメッキが施された真鍮製のボディ側マウントと、試料1〜6の摺動膜を成膜したポリカーボネート製のレンズ側マウントを用意した。これらをそれぞれカメラボディ及びレンズユニット(交換レンズ)に取り付けて着脱を繰り返すテストを行い、摺動膜が完全に剥離して基材が露出するまでの着脱回数を計数した。結果を図9の表中に示す。この結果から、試料1〜6の摺動膜は、レンズユニットのカメラボディに対する着脱回数が1200〜6800回に到達しており、極めて優れた耐摩耗性を備えることが分かる。
【0096】
以上の評価結果に示された通り、実施例の摺動膜は、電気信号を伝達可能な高い導電性、及び良好な耐摩耗性を備え、なお且つ、適度な摩擦係数に基づく適度な摺動性を有している。本発明の態様の新規な摺動膜は、これらの特性を同時に呈するものである。また、本発明の態様の摺動膜は可視光(波長370〜670nm)光線に対する反射率が55〜65%とほぼ一様で高い値を示し、シルバー調の金属と全く同等の外観を有するものとすることができる。
【0097】
このような摺動膜が他の部材の接続面と相対摺動して接続される接続面に形成された接続部材は、適度な摺動性により係脱操作が安全かつ容易であり、相対摺動を伴う係脱を繰り返しても高い耐摩耗性により損耗を抑制することができる。摺動膜が金属材料製の基材の表面に形成されるような構成によれば、複雑な構造や高精度の接続部を容易に形成しつつ、金属皮膜では実現不可能な高硬度の接続面を有した接続部材を得ることができる。一方、摺動膜が樹脂材料製の基材の表面に形成されるような構成によれば、樹脂製部品では実現不可能な高硬度かつ導電性の接続面を有する接続部材を容易かつ安価に提供することができる。また、同一形態の金属製部品と使用した場合と比較して、軽量な製品を実現することができる。
【0098】
さらに、本発明の態様の摺動膜は、金属クロム皮膜よりも膜厚が薄くなっているにも関らず、金属クロム皮膜と比べて高い摺動耐久性及び導電性を有する。そのため、金属クロム皮膜よりも総膜厚を減らして成膜時間を短縮することにより、コストダウンが可能である。
【0099】
接続部材が、相対摺動して係脱自在に接続する第1接続部材及び第2接続部材からなり、これらが相対摺動して係合接続されたときに、第1、第2接続部材が機械的に接続されるとともに、電気的に接続されるような構成は、上記実施例の摺動膜が実現した高硬度、適度な摩擦係数、導電性の特性を好適に利用して、大きな効果を享受することができる。例えば、カメラボディに対してレンズユニットが着脱交換可能に構成されたカメラシステムにおけるボディ側のマウント部材や、レンズ側マウント部材、フラッシュ等が係脱されるアクセサリーシュー(ブラケット)等は、外観品質を含めて、最も好適な適用例の代表である。
【0100】
上記実施例の摺動膜は、FCVA法により成膜することができ、これはドライプロセスであり、従来のクロムメッキ工程で用いられている六価クロムのように人体にとって有害な化学物質も成膜プロセスで使用しない。従って、環境に負荷を与えることなく摺動膜を作成することができる。
【0101】
以上、本発明の好ましい実施形態について説明したが、本発明はこれらの実施形態に限定されるものではない。例えば、ta‐C:Mの金属ドープ元素Mの一例としてチタン及びアルミニウムを示したが、以上の説明から当業者であれば理解されるように、金属ドープ元素はta‐Cを基本とする皮膜に導電性を付与する役割を果たせばよく、他の金属元素、例えばNi、Cr、Mg、Cu、Fe、Ag、Au、Pt等であってもよい。
【0102】
また、相対摺動して接続される接続部材の具体的な適用例として、カメラボディに対してレンズユニットが着脱自在なシステムカメラ(銀塩・デジタルのスチルカメラやビデオカメラ等)のマウントを例示したが、本発明はかかる形態に限られるものではなく、広範な用途に適用することができる。その一例を例示すれば、電気コネクタや、スリップリング、連結機器、カメラや携帯電話等の機器の連結部材などが挙げられ、同様の効果を得ることができる。
【符号の説明】
【0103】
1 成膜装置
10 アークプラズマ生成部
11 ターゲット
20 フィルタ部
21 電磁石コイル
23 ダクト
25 イオンスキャン用コイル
30 成膜チャンバ部
31 ホルダ
32 基材
40 カメラ
41 カメラボディ
42 交換レンズ
50 摺動膜
51 雌マウント
52 雄マウント
70 金属層
80 金属がドープされたテトラヘドラルアモルファスカーボン層
90 導電層
100 マウント部材
図1
図2
図3
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図9