(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5979536
(24)【登録日】2016年8月5日
(45)【発行日】2016年8月24日
(54)【発明の名称】微小物の3次元操作装置
(51)【国際特許分類】
G02B 21/32 20060101AFI20160817BHJP
【FI】
G02B21/32
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-107277(P2012-107277)
(22)【出願日】2012年5月9日
(65)【公開番号】特開2013-235122(P2013-235122A)
(43)【公開日】2013年11月21日
【審査請求日】2014年12月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 芳夫
【審査官】
越河 勉
(56)【参考文献】
【文献】
特開平04−210231(JP,A)
【文献】
特開2005−010516(JP,A)
【文献】
特開2000−241310(JP,A)
【文献】
特表2009−540350(JP,A)
【文献】
特表2004−517742(JP,A)
【文献】
国際公開第02/056431(WO,A1)
【文献】
特開2001−147374(JP,A)
【文献】
特開平07−225349(JP,A)
【文献】
米国特許第05610758(US,A)
【文献】
特開2004−029685(JP,A)
【文献】
国際公開第2007/141678(WO,A1)
【文献】
米国特許第05212382(US,A)
【文献】
米国特許出願公開第2002/0185591(US,A1)
【文献】
特開2005−260169(JP,A)
【文献】
特開2001−194591(JP,A)
【文献】
国際公開第02/093202(WO,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2005/0017161(US,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2006/0044648(US,A1)
【文献】
米国特許第07436587(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 21/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学顕微鏡に取り付けられた対物レンズへレーザ光を導入し、前記対物レンズで集光されるレーザ光により、容器内の液体に含まれる微小物を捕捉・操作するための装置であって、
焦点可変レンズを有し、前記焦点可変レンズの焦点距離を制御することで、前記対物レンズで集光されるレーザ光の光軸方向の焦点距離を制御する第二結像光学系と、
前記第二結像光学系と直列に接続されており、前記対物レンズに入射するレーザ光の入射角度を偏向させるレーザ光偏向機構を有し、前記入射角度を制御することで、前記対物レンズで集光されるレーザ光の光軸に対して直交する面内における焦点位置を制御する第一結像光学系とを備え、
前記第一結像光学系および前記第二結像光学系は、前記焦点可変レンズに入射するレーザ光のレーザ光口径に対する前記対物レンズに入射するレーザ光のレーザ光口径の比を一定に保つ調整機構をさらに有する、微小物の3次元操作装置。
【請求項2】
前記レーザ光偏向機構は、2軸ミラー、音響光学素子または電気光学素子からなる、ことを特徴とする請求項1に記載の微小物の3次元操作装置。
【請求項3】
前記調整機構は、前記第一結像光学系において、前記レーザ光偏向機構の偏向面と前記対物レンズの後瞳面とが共役面となるように、前記レーザ光偏向機構および前記対物レンズの間に配置された第一結像レンズと、
前記第二結像光学系において、前記レーザ光偏向機構の偏向面と前記可変焦点レンズの主点とが共役面となるように、前記レーザ光偏向機構および前記可変焦点レンズの間に配置された第二結像レンズとからなる、ことを特徴とする請求項1または2に記載の微小物の3次元操作装置。
【請求項4】
前記第一結像光学系および前記第二結像光学系がともに等倍の結像光学系を構成し、
前記第一結像光学系を構成する前記第一結像レンズの焦点距離をf3、前記第二結像光学系を構成する前記第二結像レンズの焦点距離をf2とした時、
前記第二結像光学系を構成する前記焦点可変レンズの焦点距離可変範囲の中心焦点距離f1をf1=f2f3/(f2+f3)となる値に設定する、ことを特徴とする請求項3に記載の微小物の3次元操作装置。
【請求項5】
前記対物レンズに入射するレーザ光のレーザ光口径を、前記第一結像光学系および前記第二結像光学系と独立に調整するために、直列接続された2つの前記第一および第二結像光学系の前段、中間、後段のいずれかの位置にレーザ光口径調整機構が配備されている、ことを特徴とする請求項1または請求項4に記載の微小物の3次元操作装置。
【請求項6】
前記第一結像光学系を構成する前記レーザ光偏向機構を制御するために送られる電気信号と、前記第二結像光学系を構成する前記可変焦点レンズを制御するために送られる電気信号とを時間的に同期させることで、3次元空間内に複数の曲線状の光トラップ場を発生させるとともに前記光トラップ場の形状を変更する、ことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の微小物の3次元操作装置。
【請求項7】
前記第一結像光学系を構成する前記レーザ光偏向機構を制御するために送られる電気信号と、前記第二結像光学系を構成する前記可変焦点レンズを制御するために送られる電気信号とを時間的に同期させることで、3次元空間内に複数の孤立点型の光トラップ場を発生させるとともに前記光トラップ場の位置を変更する、ことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の微小物の3次元操作装置。
【請求項8】
光学顕微鏡に取り付けられた撮像手段からの撮像画像を用いて微小物の3次元位置および姿勢を決定し、
その結果に基づいて、3次元空間内に複数の曲線状または孤立点型の光トラップ場を発生させ、かつ、前記光トラップ場の形状または位置の変更を逐次行うことで、微小物の3次元空間内での位置・姿勢・運動を制御する、ことを特徴とする請求項6または7に記載の微小物の3次元操作装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微小物の3次元操作装置に関し、特に、光学顕微鏡に取り付けられた対物レンズへレーザ光を導入し、対物レンズで集光されるレーザ光により、容器内の液体に含まれた微小物を捕捉・操作するための3次元操作装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
液体中の微小物を非接触で捕捉・操作できる技術として、レーザ光を利用する光ピンセット法が従来から知られている。光ピンセット法の原理は、高開口数の光学顕微鏡の対物レンズを用いてレーザ光を高密度に集光し、その際に光の強度勾配によって発生する勾配力を利用して、レーザ光が集光する集光点(焦点位置)にサブミクロンから数十ミクロンサイズの微小物を捕捉するというものである。従って、この光ピンセット法を用いて微小物を3次元操作するためには、レーザ光の集光点と微小物との相対的な3次元距離を制御する必要がある。
【0003】
前記3次元距離を制御する方法としては、微小物を載せたステージをXYZ方向に移動する方法(間接法)と、レーザ光の集光点をXYZ方向に移動する方法(直接法)との2通りの方法が想定されるが、間接法では、複数のレーザ光の集光点をそれぞれ独立して制御することができず、よって、微小物の3次元並進運動および観察面内(光軸に直交する面内)の回転運動の操作しかできない。従って、あらゆる形状の微小物の3次元移動操作を可能とするには、直接法が不可欠である。
【0004】
上記した直接法で、レーザ光の集光点を複数個生成し、これらの集光点の位置を独立して制御可能な方法としては、ホログラム光ピンセット法(非特許文献1)、一般位相コントラスト法(非特許文献2)、光ファイバーの束で捕捉する方法(非特許文献3)、および時分割走査型光ピンセット法(非特許文献4)などが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−147374号公報
【特許文献2】特開2006−235319号公報
【特許文献3】特表2009−540350号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Grier, D.G., Nature, Vol.424, pp.810-816, 2003
【非特許文献2】Eriksen, R. L., et al., Optics Express, Vol.10, No. 14, pp.597-602, 2002
【非特許文献3】Tam, J.M., et al., Applied Physics Letters, Vol.84, No. 21, pp.4289-4291, 2004
【非特許文献4】Tanaka, Y., et al., Optics Express, Vol.16, No. 19, pp.15115-15122, 2008
【非特許文献5】Ashkin, A., Biophysical Journal, Vol.61, pp.569-582, 1992
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記した方法において、ホログラム光ピンセット法は、回折の0次光が利用できないためレーザパワーの利用効率が悪い、ホログラム計算に時間がかかる、複数のレーザ光の集光点のレーザ強度を均一にすることが困難である、などの問題があった。特に、光軸方向(Z方向)に異なったZ座標を有する複数のレーザ光の集光点を生成するには非常に多大な時間を要し、また、複数の集光点のレーザ強度をすべて均一にするという点も本手法の適用に不可欠な空間光変調器の解像度の点などから困難であるため、3次元観察・作業領域での実時間操作に適用することはできなかった。
【0008】
また、一般位相コントラスト法は、2次元型の捕捉で、3次元操作を行うには、2個の対物レンズを対向して配置する必要があり、生物試料の観察などに一般的に使用される光学顕微鏡システムに対してはそのまま適用することができない、という問題がある。また、光ファイバーの束で捕捉する方法は、分解能、操作性、コストなど多くの点で課題が多く、微小物の3次元操作に用いるには現実的ではない。
【0009】
一方、時分割走査型光ピンセット法は、例えば2次元走査ミラーを用いて、対物レンズの後瞳面に入射するレーザ光の入射角度を高速に偏向させることで、対物レンズによって集光されるレーザ光の集光点を高速走査する方法であり、集光点の高速走査および停止を周期的に繰り返す時分割走査の結果として、複数のレーザ光の集光点を生成するという方法である。このため、光学顕微鏡外部に設置されたレーザ光源から蛍光観察に使用する落射ポートなどを利用してレーザ光を光学顕微鏡内に導入するだけの簡便さで、容易に生物試料の観察などに一般的に使用される顕微鏡システムへ適用できる、という実用上の大きな利点がある。また、レーザ光の1つの集光点を、ある指定された停止時間をおいて高速移動させることを周期的に繰り返すことで、微小物を捕捉可能な複数の光トラップ点を生成することから、生成された複数の光トラップ点のレーザ強度を均一にすることも容易である。しかし、対物レンズの後瞳面に入射するレーザ光のビーム口径を一定に保ったまま、入射ビームの状態(発散、平行、収束)を高速に制御できる方法がなかったため、均一なトラップ力を発生させながら、かつ、光軸方向すなわちZ座標を変更できるような高速走査を行うことは困難であった。
【0010】
現在、細胞などの微小物を多方向から観察したり、それらに微細作業を施すために3次元操作を行えるマイクロ作業システムの開発は、生物物理学やライフサイエンス分野における極めて重要な研究・技術課題の1つであり、非接触かつ閉鎖環境でこのような作業の行える可能性のある光ピンセット法は、特に注目されている。しかし、上述したように、これまでに研究・考案されている光ピンセット装置は、広い3次元作業空間において、均一なトラップ力を有する光トラップ点を実時間で多数生成することは困難であり、これが安定した多点光クランプによる捕捉(多点光クランプについては、非特許文献4を参照)および画像認識を利用したフィードバック制御による微小物の3次元操作技術の開発の障害となっている。また、上述したホログラム光ピンセット法や一般位相コントラスト法の適用に必要不可欠な空間光変調器は高価であり、現在広く一般的に使用されている光学顕微鏡システムに容易かつ安価に拡張光学系パーツとして利用できるマルチビーム光ピンセット装置の考案が、光ピンセット法による微小物の3次元操作技術の実用化上の課題でもあった。
【0011】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、第1に、光学顕微鏡下の3次元観察・作業空間内に、複数の均一なトラップ力を有する光トラップ点を実時間で生成できる微小物の3次元操作装置を提供することを目的とする。また、第2に、現在一般的に使用されている光学顕微鏡システムに容易に拡張光学系パーツとして適用でき、小型化および高精度化する際に、経済的に有利な微小物の3次元操作装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の上記目的は、光学顕微鏡に取り付けられた対物レンズへレーザ光を導入し、前記対物レンズで集光されるレーザ光により、容器内の液体に含まれる微小物を捕捉・操作するための装置であって、焦点可変レンズを有し、前記焦点可変レンズの焦点距離を制御することで、前記対物レンズで集光されるレーザ光の光軸方向の焦点距離を制御する第二結像光学系と、前記第二結像光学系と直列に接続されており、前記対物レンズに入射するレーザ光の入射角度を偏向させるレーザ光偏向機構を有し、前記入射角度を制御することで、前記対物レンズで集光されるレーザ光の光軸に対して直交する面内における焦点位置を制御する第一結像光学系とを備え、前記第一結像光学系および前記第二結像光学系は、前記焦点可変レンズに入射するレーザ光のレーザ光口径に対する前記対物レンズに入射するレーザ光のレーザ光口径の比を一定に保つ調整機構をさらに有する微小物の3次元操作装置によって達成される。
【0013】
また、本発明の好ましい実施態様においては、前記レーザ光偏向機構は、2軸ミラー、音響光学素子または電気光学素子からなることを特徴としている。
【0014】
また、本発明の好ましい実施態様においては、前記調整機構は、前記第一結像光学系において、前記レーザ光偏向機構の偏向面と前記対物レンズの後瞳面とが共役面となるように、前記レーザ光偏向機構および前記対物レンズの間に配置された第一結像レンズと、前記第二結像光学系において、前記レーザ光偏向機構の偏向面と前記可変焦点レンズの主点とが共役面となるように、前記レーザ光偏向機構および前記可変焦点レンズの間に配置された第二結像レンズとからなることを特徴としている。
【0015】
また、本発明の好ましい実施態様においては、前記第一結像光学系および前記第二結像光学系がともに等倍の結像光学系を構成し、前記第一結像光学系を構成する前記第一結像レンズの焦点距離をf
3、前記第二結像光学系を構成する前記第二結像レンズの焦点距離をf
2とした時、前記第二結像光学系を構成する前記焦点可変レンズの焦点距離可変範囲の中心焦点距離f
1をf
1=f
2f
3/(f
2+f
3)となる値に設定することを特徴としている。
【0016】
また、本発明の好ましい実施態様においては、前記対物レンズに入射するレーザ光のレーザ光口径を、前記第一結像光学系および前記第二結像光学系と独立に調整するために、直列接続された2つの前記第一および第二結像光学系の前段、中間、後段のいずれかの位置にレーザ光口径調整機構が配備されていることを特徴としている。
【0017】
また、本発明の好ましい実施態様においては、前記第一結像光学系を構成する前記レーザ光偏向機構を制御するために送られる電気信号と、前記第二結像光学系を構成する前記可変焦点レンズを制御するために送られる電気信号とを時間的に同期させることで、3次元空間内に複数の曲線状の光トラップ場を発生させるとともに前記光トラップ場の形状を変更することを特徴としている。
【0018】
また、本発明の好ましい実施態様においては、前記第一結像光学系を構成する前記レーザ光偏向機構を制御するために送られる電気信号と、前記第二結像光学系を構成する前記可変焦点レンズを制御するために送られる電気信号とを時間的に同期させることで、3次元空間内に複数の孤立点型の光トラップ場を発生させるとともに前記光トラップ場の位置を変更することを特徴としている。
【0019】
また、本発明の好ましい実施態様においては、光学顕微鏡に取り付けられた撮像手段からの撮像画像を用いて微小物の3次元位置および姿勢を決定し、その結果に基づいて、3次元空間内に複数の曲線状または孤立点型の光トラップ場を発生させ、かつ、前記光トラップ場の形状または位置の変更を逐次行うことで、微小物の3次元空間内での位置・姿勢・運動を制御することを特徴としている。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る微小物の3次元操作装置によれば、光学顕微鏡下の3次元観察・作業空間内に、複数の均一なトラップ力を有する光ピンセットビームを実時間で生成することができる。さらに、現在一般的に使用されている光学顕微鏡システムに容易に拡張光学系パーツとして適用できるので、小型化および高精度化する際に、経済的に有利である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の一実施形態に係る微小物の3次元操作装置の原理を説明するための模式的な光学配置図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る微小物の3次元操作装置の1例を示す装置構成図である。
【
図3】8個の球状の微小物を同時に光ピンセット3次元操作する過程を示す顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明に係る微小物の3次元操作装置の実施形態を、添付した図面に基づいて詳細に説明する。すなわち、レーザ光源からのコリメートされたレーザ光が、2枚の固定焦点レンズ、2軸ミラー、および1枚の焦点可変レンズで構成される光学系を経由して、光学顕微鏡の対物レンズへ導入される場合を例にとって、微小物の3次元操作装置について説明する。
【0023】
図1は、本発明に係る微小物の3次元操作装置の原理を説明するための模式的な光学配置図である。レーザ光口径h
iを有するコリメートされたレーザ光Lは、第二結像光学系を構成する焦点可変レンズ4および第二結像レンズ2を通過した後、第一結像光学系を構成するレーザ光偏向機構(2軸ミラー)5で反射されて第一結像レンズ1を通過することで、対物レンズ3の後瞳位置においてレーザ光口径h
0を有するレーザ光として入射する。光ピンセット法は、微小物にレーザ光が照射された場合に働く光の勾配力を利用するため、大きな開口数NAを有する対物レンズ3を用いるほど、また、レンズ中心からだけでなく対物レンズ3の後瞳全体からレーザ光が入射するほど、大きなトラップ力を生じさせることが知られている(例えば、光ピンセット法の原理を発見した非特許文献5を参照)。
【0024】
したがって、光学顕微鏡の対物レンズ3にレーザ光を導入して光ピンセット法を実現する際には、導入するレーザ光の口径は、できる限り対物レンズ3の後瞳径に一致するよう光学系を配置することが重要である。ここで、対物レンズ3で集光されるレーザ光L’の集光点(焦点位置)0を、光軸に対して直交する方向(X,Y方向)あるいは光軸方向(Z方向)へ変位させるためには、導入するレーザ光を対物レンズ3の後瞳位置において、光軸に対して傾斜角度θ
0で入射させること、および、レーザ光の状態をコリメート光から発散光あるいは収束光に変えることが必要となる。このような対物レンズ3の後瞳位置での入射レーザ光の状態を制御する方法として、まず、光軸に対して所定の傾斜角度θ
0でレーザ光を入射させるためには、ガルバノミラーによる偏向を用いることが可能である(例えば、特許文献1を参照)。また、レーザ光の状態をコリメート光から発散光あるいは収束光に変える方法としては、第二結像光学系を構成するレンズを光軸方向に動かす方法(例えば特許文献1を参照)や焦点可変レンズを用いる方法(例えば特許文献2,3を参照)などがすでに知られている。
【0025】
しかし、上記したガルバノミラーを使用してレーザ光のXY方向の変位を生じさせる方法と、焦点可変レンズを使用してレーザ光のZ方向の変位を生じさせる方法とを単に直列に接続しただけの光学系では、対物レンズ3の後瞳面に入射するレーザ光のレーザ光口径を一定に保ったまま、その入射角度およびそのビーム状態(発散、平行、収束)の両方を独立に制御できない。したがって、上述したように、対物レンズ3で集光されるレーザ光L’の集光点(焦点位置)Oの3次元空間における座標(X,Y,Z)を独立に制御し、かつ、複数の集光点(焦点位置)に対して安定して一定のレーザパワーを照射して均一のトラップ力を生じさせることができない。
【0026】
一方、本発明に係る微小物の3次元操作装置においては、第一結像レンズ1を、光学顕微鏡の対物レンズ3およびレーザ光偏向機構(2軸ミラー)5の間に、対物レンズ3の後瞳面とレーザ光偏向機構(2軸ミラー)5の偏向面とが共役関係になるように配置することで、レーザ光のビーム状態(発散、平行、収束)に関わらず、2軸ミラー5の偏向面でのレーザ光口径h
gと対物レンズ3の後瞳面でのレーザ光口径h
0とを一定の比に保ったまま、対物レンズ3の後瞳面に入射するレーザ光の入射角度θ
0を制御することができる。
【0027】
つぎに、第二結像レンズ2を、焦点可変レンズ4およびレーザ光偏向機構(2軸ミラー)5の間に、焦点可変レンズ4の主点とレーザ光偏向機構(2軸ミラー)5の偏向面とが共役関係になるように配置することで、焦点可変レンズ4の焦点距離の値に関わらず、焦点可変レンズ4に入射するコリメートレーザ光Lのレーザ光口径h
iと2軸ミラー5の偏向面でのレーザ光口径h
gとを一定の比に保つことができる。したがって、焦点可変レンズ4の焦点距離を制御することで、レーザ光偏向機構(2軸ミラー)5におけるレーザ光口径h
gを一定の比に保ったまま、レーザ光偏向機構(2軸ミラー)5で偏向されるレーザ光のビーム状態(発散、平行、収束)を制御することができる。
【0028】
以上の原理より、本発明に係る微小物の3次元操作装置では、第一および第二結像レンズ1,2が、焦点可変レンズ4に入射するレーザ光のレーザ光口径h
iに対する対物レンズ3に入射するレーザ光のレーザ光口径h
0の比を一定に保つ調整機構を構成している。よって、第一結像光学系および第二結像光学系を直列に接続することで、コリメートレーザ光Lのレーザ光口径h
iと対物レンズ3の後瞳面でのレーザ光口径h
0とを一定の比に保ったまま、対物レンズ3の後瞳面におけるレーザ光の入射角度θ
0およびレーザ光のビーム状態(発散、平行、収束)を、レーザ光偏向機構5および焦点可変レンズ4を用いて独立に制御することができる。よって、対物レンズ3で集光されるレーザ光L’の集光点(焦点位置)Oの3次元空間における座標(X,Y,Z)を独立に制御し、かつ、複数の集光点(焦点位置)Oに対して一定のレーザパワーを照射して安定したトラップ力を発生させることが可能となる。
【0029】
次に、本発明に係る微小物の3次元操作装置の実施の形態について説明すると、
図1に示すように、第一結像光学系を構成する顕微鏡対物レンズ3、第一結像レンズ1(その焦点距離をf
3とする)、およびレーザ光偏向機構(2軸ミラー)5のそれぞれ間隔を、第一結像レンズ1の焦点距離の2倍、すなわち2f
3とすれば、対物レンズ3の後瞳面とレーザ光偏向機構(2軸ミラー)5の偏向面とが等倍の結像光学系を構成する。したがって、2軸ミラー5の偏向面でのレーザ光口径h
gと対物レンズ3の後瞳面でのレーザ光口径h
0とは等しくなり、また、レーザ光偏向機構(2軸ミラー)5の振れ角θ
gと対物レンズ3の後瞳面へのレーザ光の入射角度θ
0も等しくなる。よって、光学顕微鏡の対物レンズ3は、fθレンズの働きをするので、対物レンズ3の焦点距離をf
0、光軸に対して直交する方向XYへの変位をδ
XYとした時、以下の式1を満たす。
【0031】
一方、対物レンズ3の像面と入射レーザ光の光軸方向(Z方向)の焦点深さ(Z座標)とが一致するためには、対物レンズ3の後瞳面に入射するレーザ光がコリメートされる必要がある。このコリメート条件を、焦点可変レンズ4の主点およびレーザ光偏向機構5の偏向面がM−1倍の共役面であるという制約条件と、第一結像レンズ1およびレーザ光偏向機構5の偏向面間の間隔が2f
3であるという制約条件との下で求めると、第二結像レンズ2およびレーザ光偏向機構5の偏向面間の間隔をd
2g、焦点可変レンズ4および第二結像レンズ2の間隔をd
12、焦点可変レンズ4の焦点距離可変範囲の中心焦点距離(つまりは、焦点距離が変化する可変範囲の中心近辺の焦点距離)をf
1、第二結像レンズ2の焦点距離をf
2、第一結像レンズ1の焦点距離をf
3とした時、以下の式2〜式4を満たす。
【0035】
故に、第二結像光学系も等倍の結像光学系とする場合は、式2〜式4にM=2を代入することにより、焦点可変レンズ4の焦点距離可変範囲の中心焦点距離f
1を以下の式5を用いて設定すればよい。なお、焦点可変レンズ4の焦点距離の前記中心焦点距離f
1からの変化量をδf
1(
図1に示す)とし、対物レンズ3を通過後のレーザ光の焦点位置の変化量をδzとすると、以下の式6を満たす。
【0038】
以上より、レーザ光偏向機構5の振れ角θ
gと焦点可変レンズ4の焦点距離(前記中心焦点距離f
1からの変化量δf
1)とを変化させることで、上記式1および式6によって算出できる量だけ、対物レンズ3を通過後のレーザ光L’の焦点位置Oを変化させることができる。この時、対物レンズ3の後瞳位置におけるレーザ光の口径h
0は焦点可変レンズ4へ入射前のコリメートされたレーザ光Lの口径h
iに常に等しいので、対物レンズ3を通過後のレーザ光L’の焦点位置Oに関わらず、各集光点(光トラップ点)のトラップ力を常に一定とすることができ、その結果、安定した光ピンセット3次元操作が可能となる。
【0039】
なお、以上の説明においては、第一結像光学系および第二結像光学系に用いる結像レンズは、それぞれ1枚の両凸レンズとしたが、同等の効果を有するように配置された組み合わせレンズ系であってもよいことは勿論である。
【0040】
レーザ光源のレーザパワーをトラップ力として最大限に利用するためには、対物レンズ3の後瞳面でのレーザ光口径h
0と対物レンズ3の後瞳口径とを一致させることが重要である。この条件を満たすために、第一結像光学系および第二結像光学系の像の転送比を等倍から変更することができる。このための方法としては、上記式2〜式4を用いて、第二結像光学系の倍率のみを変更する方法が可能であり、容易かつ経済的な最良の実施形態の1つである。また、第一結像光学系および第二結像光学系の像の転送比率とは独立に対物レンズ3の後瞳面でのレーザ光口径h
0を調整するために、直列接続された2つの第一および第二結像光学系の前段(可変焦点レンズ4の前段)、中間(第二結像レンズ2および2軸ミラー5の間)、後段(第一結像レンズ1および対物レンズ3の間)のいずれかの位置にレーザ光口径調整機構(ビームエキスパンダ)を備えることも可能である。
【0041】
本実施形態において、直列接続された2つの第一および第二結像光学系内に組み入れられた焦点可変レンズ4およびレーザ光偏向機構5の周波数帯域を、それぞれ100Hz以上、(すなわち、応答時間10m秒以内)とし、これらへ指令を送る電気信号の発生・変更・停止を時間的に同期させることで、3次元空間において座標(X,Y,Z)の異なる光トラップ点(すなわち、孤立点型の光トラップ場)や3次元曲線型の光トラップ場を均一なトラップ力で複数個生成することができる。なお、この際の指令電気信号の発生・変更・停止の時間配分を調整することで、トラップ力がそれぞれ異なった所望の値を有する光トラップ点を複数個生成することも可能である。
【0042】
次に、実施例により本発明をより詳細に説明する。
【0043】
(1)実施例1
図2は、本発明の実施形態に係る微小物の3次元操作装置の1例を示す装置構成図である。本実施例1においては、第一結像光学系および第二結像光学系が共に、等倍(1倍)の結像光学系を構成し、その前段にビームエキスパンダ14を配置することで、レーザ光源12から出力されるレーザ光13のレーザ光口径を、焦点可変レンズ4へ入射するコリメートレーザ光のレーザ光口径h
i、すなわち、対物レンズ3の後瞳面におけるレーザ光口径h
0に拡大している。また、第一結像レンズ1を通過したほぼコリメート状態にあるレーザ光は、落射ポート9から光学顕微鏡8に導入され、光学顕微鏡8内に設置されたダイクロイックミラー22で反射され、光学顕微鏡8に取り付けられた対物レンズ3へと導かれる。また、レーザ光偏向機構5としては、2軸のジンバルミラーが採用されている。
【0044】
本実施例1では、制御装置16を用いて、レーザ光の焦点位置走査の停止および変更を周期的に繰り返す時分割走査制御のための指令電気信号を焦点可変レンズ4および2軸ミラー5へ与えることで、光軸に対して直交する方向(XY方向)へ変位されたレーザ光6や、光軸方向(Z方向)へ変位されたレーザ光7などを同時に複数生成することができる。そして、これら異なった3次元座標を有する各々のレーザ光の集光点(焦点位置)で、1個ずつ液体21中に含まれる微小物20を同時に捕捉(トラップ)することができる。なお、同期時分割走査の停止時間は、1ミクロン〜10ミクロンの微小物に対しては、10ミリ秒〜20ミリ秒が適当である。
【0045】
この時の様子は、光学顕微鏡8に取り付けたカメラ11により実時間画像として観察できる。また、この実時間画像を画像処理装置17を用いて逐次、画像処理することで、液体21中に含まれる微小物20の3次元位置および姿勢を決定し、その結果に基づいて、光トラップ場の発生と位置および形状の変更を行うことができる。その結果、3次元空間内での複数の微小物の位置・姿勢・運動を制御することもできる。なお、この際の画像処理は、エッジ抽出フィルターや一般化ハフ変換などの、微小物の位置や姿勢、形状を認識できる公知の各種認識手法が利用可能である。
【0046】
(2)実施例2
図3は、
図2の装置構成のシステムにおいて、光学顕微鏡8に搭載された100倍の油浸対物レンズ3を用いて、液体21中の8個の球状の微小物(ガラス球:約2ミクロン)20を同時に光ピンセット3次元操作する過程を撮像した顕微鏡画像である。停止時間15ミリ秒の時分割走査を行い、
図3(a)に示すような、異なる3次元座標を有する8個の光トラップ点を生成し、それぞれの光トラップ点に1個ずつ微小物を捕捉した(
図3(b))。その後、画像モニター18によりカメラ11で逐次取得される顕微鏡実時間画像を参照しつつマウスおよびキーボード19を用いて、制御装置16から焦点可変レンズ4および2軸ミラー5へ送信する指令電気信号を逐次変更し、XYZ軸の周りに3次元的に回転させた。
図3(c)はX軸の周りに回転させた様子を、
図3(d)はZ軸の周りに回転させた後、X軸の周りに回転させた様子を、それぞれ表している。本実施例2のように、実施例1で示した形態の装置を用いることで、複数の微小物21を同時に3次元空間内において自由自在に操作することができる。なお、本実施例2では、人間がマニュアル操作で3次元操作する例を示したが、微小物21の位置や姿勢、形状を認識できる公知の画像認識法を利用することで、このような作業は対象の認識・捕捉から3次元操作まで、必要な行程をすべて自動化可能である。また、本実施例2では、球形の微小物21の場合を示したが、非特許文献4で公知となっている多点光クランプ法などを捕捉時に適用することで、非球状の微小物21を3次元空間内で安定して捕捉し、並進と回転の6自由度のマイクロ操作できる。
【0047】
本発明に係る微小物の3次元操作装置よると、対物レンズ3で集光されるレーザ光の集光点(焦点位置)に形成される光トラップ点を、その3次元位置に関係なく、トラップ力を一定にして生成することが可能となり、また、装置内の焦点可変レンズ4およびレーザ光偏向機構5により、レーザ光の集光点(焦点位置)を高速に3次元時分割同期走査することで、トラップ力の均一な複数のトラップ点を自由自在に生成・制御することができる。その結果、光ピンセットおよび多点光クランプの原理により、容器内の液体20に含まれる微小物21を均一な力で安定して捕捉し、自由自在に3次元操作(3次元移動と3次元回転)することが可能となり、また、3次元マイクロ操作を必要とする、すべての研究および産業分野へ、簡便かつ経済的に有利なマルチビーム光ピンセット装置を提供することが可能となる。
【0048】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記した実施形態の構成に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。例えば、レーザ光偏向機構5は、電気信号によりレーザ光を2次元に偏向できる機能を有する、2軸ガルバノミラー、音響光学素子、電気光学素子などが利用可能である。また、1軸の偏向機能しかない前記素子を2つ組み合わせることにより2軸偏向可能な素子として利用可能であるのは勿論である。さらに、光トラップ用光源に関しては、レーザ光の発振モード(連続、パルス)、ビームプロファイル(TEM00、TEM01など)、ビームの偏光状態(直線偏光、円偏光)、位相状態に関係なく本発明に適用可能であり、前記レーザ光を最適に光学顕微鏡8内に導入するための光学系の増設、構成変更は、この発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜設計変更しうるものであることは勿論である。
【符号の説明】
【0049】
L、L’ レーザ光
1 第一結像レンズ
2 第二結像レンズ
3 顕微鏡対物レンズ
4 焦点可変レンズ
5 レーザ光偏向機構(2軸ミラー)
6 光軸に対し直交する(XY)方向へ変位されたレーザ光
7 光軸(Z)方向へ変位されたレーザ光
8 光学顕微鏡
9 顕微鏡の落射ポート
10 顕微鏡内の観察用結像レンズ
11 カメラ
12 レーザ光源
13 レーザ光源からのレーザ光
14 ビームエキスパンダ
15 電磁シャッター
16 制御装置
17 画像処理装置
18 画像モニター
19 マウスおよびキーボード
20 液体中に含まれる微小物
21 容器内に充填された液体
22 ダイクロイックミラー