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特許5979571中皮細胞の製造方法、及び癒着防止用細胞シート
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5979571
(24)【登録日】2016年8月5日
(45)【発行日】2016年8月24日
(54)【発明の名称】中皮細胞の製造方法、及び癒着防止用細胞シート
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20160817BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20160817BHJP
   C12N 5/074 20100101ALI20160817BHJP
   C12N 5/0789 20100101ALI20160817BHJP
   C12N 5/073 20100101ALI20160817BHJP
   C12N 5/076 20100101ALI20160817BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20160817BHJP
   A61K 35/12 20150101ALI20160817BHJP
   A61P 1/16 20060101ALI20160817BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20160817BHJP
   A61L 31/00 20060101ALI20160817BHJP
   A61K 9/70 20060101ALI20160817BHJP
   A61K 35/545 20150101ALN20160817BHJP
【FI】
   C12N5/071
   C12N5/0735
   C12N5/074
   C12N5/0789
   C12N5/073
   C12N5/076
   C12N5/10
   A61K35/12
   A61P1/16
   A61P43/00 105
   A61L31/00 Z
   A61K9/70
   !A61K35/545
【請求項の数】10
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2015-562984(P2015-562984)
(86)(22)【出願日】2015年5月25日
(86)【国際出願番号】JP2015064867
(87)【国際公開番号】WO2015178498
(87)【国際公開日】20151126
【審査請求日】2015年12月25日
(31)【優先権主張番号】62/002,448
(32)【優先日】2014年5月23日
(33)【優先権主張国】US
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度、独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】宮島 篤
(72)【発明者】
【氏名】稲垣 奈都子
(72)【発明者】
【氏名】稲垣 冬樹
(72)【発明者】
【氏名】國土 典宏
【審査官】 濱田 光浩
(56)【参考文献】
【文献】 Izumi ONITSUKA et al.,Characterization and Functional Analyses of Hepatic Mesothelial Cells in Mouse Liver Development,Gastroenterology,2010年,Vol. 138, No. 4,p. 1525-1535 e6,p. 1526 Materials and Methods, p. 1533左欄下から3行−p. 1534 1行Supplementary Figure 6
【文献】 稲垣南都子他,肝中皮細胞シートを用いた肝切除後の癒着防止および再生促進療法の開発,再生医療,2013年,Vol. 12 Suppl,p. 173, O-24-2,全体
【文献】 稲垣奈都子他,他家移植における肝中皮細胞シートの有用性の検討,再生医療,2014年 1月27日,Vol. 13 Suppl,p. 251, O-52-4,全体
【文献】 稲垣奈都子他,肝中皮細胞シートを用いた次世代型再生医療,肝臓,2013年,Vol. 54 Supplement (2),A590, 肝P-180,全体
【文献】 和光純薬株式会社,液体培地・細胞培養用試薬 パンフレット,2012年,コードNo. 094-06761
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
A61K 35/12
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
WPIDSX(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
中胚葉細胞を、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)及びオンコスタチンMを含む培地で培養する第1の培養工程を含む、
中皮細胞の製造方法。
【請求項2】
前記第1の培養工程の後、以下の(i)及び(ii)から選択される第1のソーティング工程をさらに含む、請求項1に記載の中皮細胞の製造方法:
(i)ポドカリキシン様タンパク質1(PCLP1)陽性、且つメソセリン陽性の細胞をソーティングする工程;及び
(ii)PCLP1陽性、且つ活性化白血球細胞接着分子(ALCAM)陽性の細胞をソーティングする工程。
【請求項3】
前記第1のソーティング工程の後、bFGF及びオンコスタチンMを含む培地で細胞を培養する第2の培養工程をさらに含む、請求項2に記載の中皮細胞の製造方法。
【請求項4】
前記第2の培養工程の培地が、インスリン−トランスフェリン−セレニウム−X(ITS−X)をさらに含む、請求項3に記載の中皮細胞の製造方法。
【請求項5】
前記第1のソーティング工程が(i)の場合であって、第2の培養工程の後、PCLP1陽性且つALCAM陽性の細胞をソーティングする第2のソーティング工程をさらに含む、請求項3又は4に記載の中皮細胞の製造方法。
【請求項6】
前記中皮細胞が肝中皮細胞である、請求項1から5のいずれか1項に記載の中皮細胞の製造方法。
【請求項7】
前記中胚葉細胞が、多能性幹細胞をin vitroで分化させたものである、請求項1から6のいずれか1項に記載の中皮細胞の製造方法。
【請求項8】
前記多能性幹細胞から中胚葉細胞へのin vitroでの分化は、浮遊培養によって行う、請求項7に記載の中皮細胞の製造方法。
【請求項9】
前記多能性幹細胞から中胚葉細胞へのin vitroでの分化は、胚葉体を形成するように行う、請求項7又は8に記載の中皮細胞の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の製造方法で製造された中皮細胞で細胞シートを作製する工程含む、癒着防止用細胞シートの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中胚葉細胞から中皮細胞を製造する方法、及び、当該中皮細胞を利用した癒着防止用細胞シート等に関する。
【背景技術】
【0002】
生活様式の欧米化による非アルコール性脂肪性肝炎(Non-alcoholic steatohepatitis; NASH)患者や大腸癌患者の増加を背景に、原発性・転移性肝がんの患者数は今後増加することが予想される。
【0003】
再発率の高い肝がんの治療法としては、「繰り返し肝切除」が生存期間の延長や根治を期待しうる方法として最も有効であるとされ、広く施行されている。しかしながら、繰り返し肝切除では、術後癒着の問題がある。術後癒着が生じると、再度肝切除を行う際にまず癒着を剥離する必要があるが、それに伴い、手術時間の延長、出血量の増大、感染症などの合併症の増加といったリスクが高くなる。
癒着は、年齢・性別・人種を問わず腹部手術後には必ず発生する現象であり、肝臓に限らず様々な場所で生じ、腸閉塞、慢性骨盤痛、腹痛、不妊などの原因にもなり得る。
【0004】
程度の軽いものまで含めると外科手術後93〜100%という高い割合で生じるとされる術後癒着については、これまでにも様々な対処法及び防止法が提案されてきた。例えば、開腹又は腹腔鏡による再手術による癒着の剥離が挙げられるが、前者は患者に過度な負担がかかり、後者は術者に高度な技術を要求する。また、再手術そのものに起因する新たな癒着が生じうるという問題がある。
投薬によって術後癒着を軽減する方法も試みられているが、現時点では効果はほとんど認められていない。
現在、術後癒着に対する最も一般的な対処法として、高分子材料を用いた吸収性癒着防止材の貼付がある。吸収性癒着防止材の貼付によって癒着の程度が軽減されることが報告されている(非特許文献1)。しかしながら、近年のメタアナリシスの結果により、腸閉塞の頻度そのものは減少しないことが判明し、腹腔内膿瘍及び縫合不全の頻度が増加することが明らかとなった(非特許文献2、3)。さらに、吸収性癒着防止剤は、創傷治癒を阻害する可能性や、肝臓に使用した場合、術後胆汁漏のリスクが高くなる可能性も指摘されている。
また、繰り返し肝切除では、癒着の問題に加えて、残存肝の予備能が低下するという問題もある。予備能の低下は、肝不全とつながるため、繰り返し肝切除を行うことができる回数や切除範囲が制限されてしまうという問題がある。
【0005】
かかる問題を解決するために、本発明者らは、肝切除後の離断面に配置する、中皮細胞から作製した細胞シートを開発した(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2014/115776
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Fazio, VW. et al., Dis ColonRectum, 49, 1-11, 2006
【非特許文献2】Tang, CL. et al., Ann Surg., 243, 449-455, 2006
【非特許文献3】Zeng, Q. et al., World J Surg., 31, 2125-2131, 2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らが開発した中皮細胞シートは非常に有用であるが、中皮細胞をiPS細胞等の幹細胞から誘導することができれば、より供給が容易になる。そこで、本発明は、中胚葉細胞を中皮細胞に分化させる方法を提供すること等を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために検討を重ねた結果、中胚葉細胞をbFGFとオンコスタチンMを加えた培地で培養することにより、中皮細胞へと分化誘導できることを見出した。また、培養の途中で、PCLP1、メソセリン、ALCAMなどの分子をマーカーとして細胞をソーティングすることにより、中皮細胞指向性を高め、中皮細胞を効率よく得られることを確認した。
さらに、多能性幹細胞由来の中胚葉細胞を用いても、同様の方法で中皮細胞が得られることや、得られた中皮細胞から作製した細胞シートが、肝切除手術後の離断面の癒着防止に有用であることを確認し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、
〔1〕中胚葉細胞を、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)及びオンコスタチンM(OSM)を含む培地で培養する第1の培養工程を含む、中皮細胞の製造方法;
〔2〕前記第1の培養工程の後、以下の(i)及び(ii)から選択される第1のソーティング工程をさらに含む、上記〔1〕に記載の中皮細胞の製造方法:
(i)ポドカリキシン様タンパク質1(PCLP1)陽性、且つメソセリン陽性の細胞をソーティングする工程;及び
(ii)PCLP1陽性、且つ活性化白血球細胞接着分子(ALCAM)陽性の細胞をソーティングする工程;
〔3〕前記第1のソーティング工程の後、bFGF及びオンコスタチンMを含む培地で細胞を培養する第2の培養工程をさらに含む、上記〔2〕に記載の中皮細胞の製造方法;
〔4〕前記第2の培養工程の培地が、インスリン−トランスフェリン−セレニウム−X(ITS−X)をさらに含む、上記〔3〕に記載の中皮細胞の製造方法;
〔5〕前記第1のソーティング工程が(i)の場合であって、第2の培養工程の後、PCLP1陽性且つALCAM陽性の細胞をソーティングする第2のソーティング工程をさらに含む、上記〔3〕又は〔4〕に記載の中皮細胞の製造方法;
〔6〕前記中皮細胞が肝中皮細胞である、上記〔1〕から〔5〕のいずれか1項に記載の中皮細胞の製造方法;
〔7〕前記中胚葉細胞が、多能性幹細胞をin vitroで分化させたものである、上記〔1〕から〔6〕のいずれか1項に記載の中皮細胞の製造方法;
〔8〕前記多能性幹細胞から中胚葉細胞へのin vitroでの分化は、浮遊培養によって行う、上記〔7〕に記載の中皮細胞の製造方法;
〔9〕前記多能性幹細胞から中胚葉細胞へのin vitroでの分化は、胚葉体を形成するように行う、上記〔7〕又は〔8〕に記載の中皮細胞の製造方法;
〔10〕上記〔1〕から〔9〕のいずれか1項に記載の方法で製造された中皮細胞の細胞群であって、
PCLP1陽性且つALCAM陽性細胞を、10%以上含む細胞群;
〔11〕上記〔10〕に記載の細胞群を、bFGF及びオンコスタチンMを含む培地で培養する工程と、該細胞群で細胞シートを作製する工程と、を含む、癒着防止用細胞シートの製造方法;
〔12〕前記培地が、ITS−Xをさらに含む、上記〔11〕に記載の癒着防止用細胞シートの製造方法;
〔13〕培養細胞から、PCLP1陽性細胞を選択する工程と、選択された細胞で細胞シートを作製する工程と、を含む、癒着防止用細胞シートの製造方法;
〔14〕培養細胞から、PCLP1陽性、且つALCAM陽性細胞を選択する工程と、選択された細胞で細胞シートを作製する工程と、を含む、癒着防止用細胞シートの製造方法;
〔15〕上記〔11〕から〔14〕のいずれか1項に記載の方法で製造された癒着防止用細胞シート;及び
〔16〕PCLP1陽性且つALCAM陽性細胞を50%以上含む細胞シートからなる、癒着防止用細胞シート。
に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る方法によれば、培地にbFGFとオンコスタチンMを加えるという簡単な方法により、中胚葉細胞から中皮細胞を誘導することができる。この方法には、多能性幹細胞から分化した中胚葉細胞を用いることもできる。
本発明に係る方法で製造した中皮細胞は、肝切除手術後の離断面の癒着防止材等として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1左は、未分化状態のヒトiPS細胞の位相差顕微鏡写真を示す。図1右は、ヒトiPS細胞から誘導した中胚葉細胞を、オンコスタチンM及びbFGF存在下で培養し、ALCAM陽性及びPCLP1陽性細胞をソーティングし、さらに培養して得られた肝中皮前駆細胞の位相差顕微鏡写真を示す。スケールバーは100μm。
図2図2は、図1におけるALCAM及びPLCP1をマーカーとしたセルソーターによるソーティングの結果を示す。
図3図3は、図1右に示されるヒトiPS細胞由来の肝中皮前駆細胞における遺伝子発現を解析した結果を示す。
図4図4は、マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞の形態を示す。マウスiPS細胞から肝中皮前駆細胞への分化誘導を行った。未分化マウスiPS細胞および誘導後ALCAM、PCLP1共陽性分画を分取し培養した細胞の位相差顕微鏡写真。スケールバーは100 μm。
図5図5は、マウスiPS細胞から分化誘導を行った誘導23日目の細胞について、抗マウスALCAM抗体及び抗PCLP1抗体を用いてFACS解析を行った結果を示す。
図6図6は、マウスiPS細胞由来の肝中皮前駆細胞における遺伝子発現を解析した結果を示す。誘導28日目のマウスiPS細胞由来の肝中皮前駆細胞とE12.5から分離培養した胎仔肝中皮細胞における遺伝子発現を比較した。
図7図7は、マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞シート貼付後10日目における癒着防止効果を調べた結果を示す。マウスiPS細胞由来肝中皮細胞から、温度応答性培養皿を用いてマウスiPS細胞由来肝中皮細胞シートを作成し、先に確立したマウス肝切除後癒着モデルの肝離断面に貼付し10日目に開腹し、癒着率を求めた。シート非貼付群ならびに、E12.5胎仔肝中皮細胞シート貼付群と比較した。
図8図8は、マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞シート貼付後30日目における癒着防止効果を調べた結果を示す。マウスiPS細胞由来肝中皮細胞シートをマウス肝切除後癒着モデルの肝離断面に貼付し30日目に開腹し、癒着率を求めた。
図9図9は、マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞シートにおける肝再生促進効果を調べた結果を示す。マウスiPS細胞由来肝中皮細胞シートをマウス肝切除後癒着モデルの肝離断面に貼付し3日目に開腹し、Ki67陽性肝細胞の割合を、イメージングサイトメトリーを用いて定量した。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(中皮細胞の製造方法)
本発明に係る中皮細胞の製造方法は、中胚葉細胞を、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)及びオンコスタチンMを含む培地で培養して分化させる第1の培養工程を含む。この工程により、中皮細胞マーカーを発現する細胞を得ることができる。
本明細書において「中皮細胞」とは、中皮(胸腔、心嚢、腹腔などの体腔表面を覆う模様組織)の最表面を被覆する単層細胞をいう。本明細書においては、用語「中皮細胞」には、中皮前駆細胞も含む。
【0014】
中胚葉細胞の由来は特に限定されず、生体から抽出したものであっても、多能性幹細胞から分化させたものであってもよい。本明細書において多能性幹細胞とは、生体に存在するあらゆる細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、増殖能を有する幹細胞であり、例えば、胚性幹細胞(embryonic stem cell;ES細胞)、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹細胞(nuclear transfer embryonic stem cell;ntES細胞)、精子幹細胞(germline stem cell;GS細胞)、胚性生殖細胞(embryonic germ cell;EG細胞)、人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell;iPS細胞。例えば、Takahashi, K. and Yamanaka, S., Cell, 126:663-676, 2006)、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の多能性細胞(multi-lineage differentiating stress enduring cell;Muse細胞)などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0015】
多能性幹細胞から中胚葉細胞への分化は、公知の方法に従って行うことができる。例えば、浮遊培養を行って、胚様体(Embryo body;EB)を経由する方法であってもよい。中胚葉細胞は、例えば、血小板由来増殖因子受容体α(PDGFRα)、血管内皮増殖因子受容体2(VEGFR2)等の中胚葉細胞マーカーで特徴づけられる。
【0016】
第1の培養工程の培地は、bFGF及びオンコスタチンMを含む。中胚葉細胞が中皮細胞に分化する限り、bFGF及びオンコスタチンMのほか適宜必要な物質を加えてもよい。培地に添加する物質の濃度は、当業者が適宜決定することができるが、例えば、bFGFの濃度は、1ng/mL〜100ng/mL、2ng/mL〜50ng/mL、3ng/mL〜25ng/mL、約10ng/mLとすることができる。オンコスタチンMの濃度は、1ng/mL〜100ng/mL、2ng/mL〜50ng/mL、3ng/mL〜25ng/mL、約10ng/mLとすることができる。培養温度等の培養条件や、培養日数も適宜選択することができる。
【0017】
本発明に係る中皮細胞の製造方法においては、第1の培養工程の後、中皮細胞マーカー陽性の細胞をセルソーターによりソーティングする第1のソーティング工程を行ってもよい。中皮細胞マーカーは特に限定されないが、ポドカリキシン様タンパク質1(PCLP1)、メソセリン、活性化白血球細胞接着分子(ALCAM)等が挙げられる。一態様として、第1のソーティング工程では、PCLP1陽性且つメソセリン陽性の細胞をソーティングしてもよい。これにより、より中皮細胞指向性の高い細胞集団を得ることができる。第1のソーティング工程で、PCLP陽性且つメソセリン陽性の細胞を選択する場合、後述する第2のソーティング工程を行ってもよい。この態様は、マウス細胞を使用する場合に用いることができる。別の態様として、第1のソーティング工程では、PCLP1陽性且つALCAM陽性の細胞をソーティングしてもよい。この態様は、ヒト細胞を使用する場合に用いることができる。
【0018】
本発明は、第1のソーティング工程でソーティングした細胞群も包含する。かかる細胞群は中胚葉細胞から分化誘導され、一態様においては、PCLP1陽性且つメソセリン陽性の細胞を10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、又は90%以上含む。別の態様においては、PCLP1陽性且つALCAM陽性の細胞を10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、又は50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、又は90%以上含む。ある細胞群において、PCLP1陽性且つメソセリン陽性細胞、又はPCLP1陽性且つALCAM陽性細胞等が占める割合は、例えばセルソーターを利用して、当業者が適宜決定することができる。
【0019】
本発明に係る中皮細胞の製造方法においては、第1のソーティング工程の後、bFGF及びオンコスタチンMを含む培地で細胞を培養する第2の培養工程をさらに行ってもよい。この培地においても、中胚葉細胞が中皮細胞に分化するのを妨げない限り、bFGF及びオンコスタチンMのほか適宜必要な物質を加えてもよい。例えば、第2の培養工程の培地には、インスリン−トランスフェリン−セレニウム−X(ITS−X)をさらに加えてもよい。
【0020】
本発明に係る中皮細胞の製造方法においては、第2の培養工程の後、中皮細胞マーカーでソーティングする第2のソーティング工程を行うことにより、より純度の高い中皮細胞集団を得ることもできる。このとき、中皮細胞マーカーとして胎仔期の中皮細胞マーカーを用いると、胎仔から得られる未成熟な中皮細胞に似た傾向を示す細胞集団を得ることができる。中皮細胞マーカーとしては、例えばポドカリキシン様タンパク質1(PCLP1)が知られている(Onitsuka I., Tanaka M., and Miyajima A. Gastroenterology 138, 1525-1536, 2010)。PCLP1は、podocalyxin-like(PODXL)、又はpodocalyxin-like protein(PCLP)等とも呼ばれる。この細胞集団を用いて作製した癒着防止用細胞シートは、癒着防止のみならず組織や臓器の再生も促進し得る。一態様として、第1のソーティング工程でPCLP1陽性且つメソセリン陽性細胞をソーティングし、第2のソーティング工程でPCLP1陽性且つALCAM陽性の細胞をソーティングしてもよい。
【0021】
本発明は、第2のソーティング工程でソーティングした細胞群も包含する。かかる細胞群は中胚葉細胞から分化誘導され、PCLP1陽性且つALCAM陽性の細胞を10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、又は90%以上含む。
【0022】
本発明に係る中皮細胞の製造方法は、あらゆる中皮細胞に応用することが可能であるが、例えば肝中皮細胞又は肝中皮前駆細胞の製造方法とすることができる。本明細書において、「肝中皮前駆細胞」は、胎仔肝中皮細胞に相当する細胞をいい、妊娠11日〜13日程度の胎仔肝臓から分離した肝中皮細胞、又は、妊娠11日〜13日程度の胎仔肝臓から分離した肝中皮細胞と同程度までin vitroで分化させた細胞をいう。
【0023】
(癒着防止用細胞シート及びその製造方法)
本発明はまた、癒着防止用細胞シート及びその製造方法も包含する。本発明に係る癒着防止用細胞シートは、手術後などの臓器や組織の癒着を抑制する癒着防止材として有用である。癒着防止用細胞シートは、細胞培養や細胞シートの形状維持に必要な支持体を含んでいてもよい。また、別の一態様において、癒着防止用細胞シートは、実質的に細胞シートのみからなるものであってもよい。実質的に細胞シートのみからなるものである場合、より生体内の自然に近い状態を再現できるので、臓器や組織の再生を促進する機能を得やすいという利点がある。
【0024】
一態様において、本発明に係る癒着防止用細胞シートの製造方法は、本発明に係る中皮細胞の製造方法により製造された中皮細胞を用いて、公知の培養細胞シートの製造方法又はそれに準ずる方法で製造することができる。
ここで、「本発明に係る中皮細胞の製造方法により製造された中皮細胞」としては、上記第1の培養工程の結果得られる細胞、第1のソーティング工程の結果得られる細胞、第2の培養工程の結果得られる細胞、第2のソーティング工程の結果得られる細胞、その後さらに培養を行った結果得られる細胞のいずれを用いることもできる。
【0025】
一態様として、「本発明に係る中皮細胞の製造方法により製造された中皮細胞」は、第1の培養工程を行い、第1のソーティング工程として、PCLP1陽性且つALCAM陽性細胞のソーティングを行い、第2の培養工程(ITS−Xの存在下又は非存在下)を行って得られる細胞とすることができる。
【0026】
別の態様として、「本発明に係る中皮細胞の製造方法により製造された中皮細胞」は、第1の培養工程を行い、第1のソーティング工程として、PCLP1陽性且つメソセリン陽性細胞のソーティングを行い、第2の培養工程(ITS−Xの存在下又は非存在下)を行い、第2のソーティング工程としてPCLP1陽性且つALCAM陽性細胞のソーティングを行い、その後第3の培養を行って又は行わないで得られた細胞とすることができる。
【0027】
一態様において、本発明に係る癒着防止用細胞シートの製造方法は、培養細胞から、PCLP1陽性細胞を選択し、選択された細胞で細胞シートを作製する工程と、を含む。この方法では、PCLP1陽性且つALCAM陽性細胞を選択してもよい。後述する実施例に示されるとおり、かかる細胞を選択して作製した細胞シートは、癒着防止材として好適に機能する。
【0028】
癒着防止用細胞シートを作製する方法の一例として、(i)本発明に係る中皮細胞の製造方法で得られた中皮細胞、(ii)PCLP1陽性細胞、又は(iii)PCLP1陽性且つALCAM陽性細胞を、温度応答性高分子でコーティングした培養皿で培養し、中皮細胞がシート状になったら、温度を変えることによって培養皿から回収して細胞シートを得ることができる。温度応答性高分子でコーティングした培養皿による培養工程でも、培地にbFGF、オンコスタチンMを加えてもよく、さらにITS−Xを加えてもよい。
温度応答性高分子は、例えば、温度が変わると親水性が疎水性に変化するものが挙げられる。温度応答性高分子は、公知のもの又はそれに準ずるものを用いることができる。温度応答性高分子で予めコーティングされた市販の培養皿を用いてもよい。温度応答性高分子でコーティングした培養皿を用いることにより、支持体を含まず、実質的に中皮細胞シートのみからなる癒着防止用細胞シートを得ることができる。
【0029】
ここで、「本発明に係る中皮細胞の製造方法により製造された中皮細胞」としては、第1の培養工程後の細胞、第1のソーティング工程後の細胞、第2の培養工程後の細胞、第2のソーティング工程後の細胞のいずれを用いてもよい。
【0030】
一態様において、本発明に係る癒着防止用細胞シートは、PCLP1陽性且つALCAM陽性細胞を50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、98%以上、又は99%以上含む。
【0031】
癒着防止用細胞シートが、肝中皮細胞を含む場合、あらゆる臓器や組織の癒着防止及び/又は再生の促進に用いることができるが、例えば、肝部分切除後の離断面の癒着防止に有用である。肝部分切除後の離断面には、腹腔内の脂肪組織等が付着し、癒着が生じやすい。
現在、原発性肝がんや大腸癌肝転移に対しては、肝切除後の残肝再発に対して「繰り返し肝切除」を積極的に試みることが根治や延命を期待しうる唯一の治療法であるところ、癒着が生じると再手術や再々手術の際にこれを剥離する必要が生じ、大量出血や感染のリスクが高くなる。また、癒着により肝予備能も低下するため、繰り返し回数が制限されるとともに、術後肝不全に陥りやすい。
肝中皮細胞を含む癒着防止用細胞シートによれば、肝部分切除後の離断面の癒着を有意に防止することができるとともに、肝再生を促して、肝予備能の低下を防止することもできる。
なお、本明細書において「離断面」とは、臓器や組織の一部を切除又は剥離することによって現れた面をいう。
【0032】
本明細書において「肝予備能」とは、肝臓自体の働きを意味する。肝予備能は公知の方法によって評価することができ、例えば、肝障害度分類やChild-Pugh分類がよく用いられる。肝障害度は、腹水、血清ビリルビン値、血清アルブミン値、ICG R15、およびプロトロンビン活性値を測定して評価する方法であり、Child-Pughは、脳症、腹水、血清ビリルビン、血清アルブミン、プロトロンビン活性値を測定して評価する方法である。
【0033】
本明細書において「肝再生が促される」とは、腹水、血清ビリルビン値、血清アルブミン値、ICG R15、プロトロンビン活性値、及び脳症の数値の少なくとも1つが改善されること;肝障害度分類又はChild-Pugh分類による評価が向上すること;肝臓が大きくなること;肝臓の重量が増えること;肝細胞の増殖が促進されること;及び肝細胞のサイズが大きくなることの少なくとも1つの状態が達成されることをいう。
【0034】
本発明に係る癒着防止用細胞シートは、細胞外マトリックスを保持している場合は特に、縫合の必要がなく、臓器や組織の表面や離断面に貼り付けるように配置するだけで生着する。
また、本発明に係る癒着防止用細胞シートは、癒着が生じ得るあらゆる臓器や組織の癒着防止に用いることができる。例えば、肝中皮細胞で作製した癒着防止用細胞シートを、腸や腹膜の癒着防止に用いることもできるし、腹膜中皮細胞で作製した癒着防止用細胞シートを肝離断面の癒着防止に用いることもできる。
【0035】
一態様において、本発明に係る癒着防止方法は、上述した癒着防止用細胞シートを、手術中に、癒着が生じる可能性のある組織又は臓器の表面若しくは離断面に配置する工程を含む。癒着防止用細胞シートは、縫合等を要することなく、配置するだけで組織や臓器に生着し、癒着を防止することができるが、縫合してもよい。
【0036】
一態様において、本発明に係る肝再生促進方法は、癒着防止用細胞シートを、肝部分切除後の離断面に配置する工程を含む。この方法によれば、繰り返し肝切除の際に問題となる癒着を防ぐのと同時に、肝臓の予備能の回復を促進する結果、術後の肝不全を防止すると共に、肝切除の繰り返し回数を増やすことも可能となる。
【実施例】
【0037】
1.ヒトiPS細胞からの肝中皮前駆細胞(胎仔肝中皮細胞)への分化誘導
ヒトiPS細胞から機能的な肝中皮前駆細胞への分化誘導を行った。
ヒトiPS細胞(RIKEN BRCより譲渡を受けた。)をmatrigel上で下記培地を用いたフィーダーフリー培養を行い、未分化性を維持した。
ヒトiPS細胞維持培地
StemSure(登録商標)hPSC培地Δ(wako)
5ng/mL bFGF (gibco)
【0038】
続いて、未分化ヒトiPS細胞を、下記の中胚葉分化誘導培地に5ng/mLのBMP4を加えた培地を用いて浮遊培養を行った。1-3日後、更にそれぞれ5ng/mLのBMP4、ActivinA、及びbFGFを添加し、37℃、5%二酸化炭素条件下で引き続き1-5日間培養を行い、中胚葉へと分化させた。
中胚葉分化誘導培地
Iscove’s Modified Dulbecco’s Media (Life Technologies)
20% Fetal Bovine Serum
1% nonessential amino acids (Life Technologies)
1% L-glutamine penicillin streptomycin (Life Technologies)
【0039】
次に、ヒトiPS細胞由来中胚葉細胞を肝中皮前駆細胞へと分化誘導するために、ヒトiPS細胞由来中胚葉細胞をcollagen IVでコーティングした培養皿に播種した。2-7日間は、下記の中皮前駆細胞分化誘導培地で37℃、5%二酸化炭素条件下で培養した。
中皮前駆細胞分化誘導培地
StemPro(登録商標)-34 SFM medium (Life Technologies)
Insulin, Transferrin, Selenium, Ethanolamine Solution (Gibco)
その後、中皮前駆細胞分化誘導培地にそれぞれ10ng/mLのOSM、bFGFを加え1-3週間培養を行った。
PCLP1とALCAMをマーカーとして、分化誘導したヒトiPS細胞由来細胞におけるALCAM、PCLP1共陽性の発現の割合を調べた(図2)。図2の左図は、アイソタイプ・コントロールを用いて行った実験結果を示し、上段は、それぞれPCLP1、ALCAMそれぞれの単染色の結果を示す。右下に示されるとおり、PCLP1陽性且つALCAM陽性細胞は、全体の14.21%であった。
続いて、ALCAM、PCLP1共陽性分画を、セルソーターを用いて分取し純化した。分取した細胞群をさらに培養(培地は、MEM alpha + GlutaMAX medium (invitrogen),10% Fetal Bovine Serum,50 nM 2-Mercaptoethanol (invitrogen),1% L-glutamine penicillin streptomycin,10ng/mL bFGF, 10ng/mL OSM)すると、未分化ヒトiPS細胞の形態(図1右)とは異なる肝中皮前駆細胞特有の形態が観察された(図1左)。
【0040】
2.ヒトiPS細胞由来中皮前駆細胞の遺伝子発現解析
ヒトiPS細胞から分化誘導し作成した肝中皮前駆細胞における種々の遺伝子発現を解析した。未分化ヒトiPS細胞の各遺伝子発現量を1として示してある。これまでの研究から肝中皮前駆細胞が有する特徴として、癒着防止効果と肝再生促進効果が知られている。癒着防止効果に関与しているHGF、肝再生に寄与するHGF(hepatocyte growth factor)、Ptn(pleiotrophin)、Mdk(Midkine)、及びHB-EGF(heparin-binding EGF-like growth factor)が、ヒトiPS細胞由来肝中皮前駆細胞において発現していることが認められた(図3)。
【0041】
3.マウスiPS細胞からの肝中皮前駆細胞への分化誘導
3−1.材料と方法
<マウスiPS細胞>
GT3.2マウスiPS細胞(miPS)は、東京大学のDr. KobayashiとDr. Nakauchiから提供を受けた。GT3.2 miPS細胞は、EGFP-トランスジェニックC57BL/6成体マウスの尾の先端の線維芽細胞に、3つの因子をレトロウイルスベクターで導入することによって樹立された(Cell, 2010, 142, 787-799)。
<細胞培養>
未分化GT3.2 miPS細胞は、ゼラチンコーティングした培養皿で、フィーダー細胞を使用せずに、LIF(Leukemia Inhibitory Factor)、CHIR99021、及びPD0325901を添加した維持培地で培養した。
すべての細胞培養は、37℃、5%CO2の条件で行った。
<培地>
<iPS細胞維持培地>
Glasgow’s modified Eagle’s medium (invitrogen)
10% Fetal Bovine Serum
0.1 mM 2-Mercaptoethanol (invitrogen)
0.1 mM nonessential amino acids (invitrogen)
1 mM sodium pyruvate (invitrogen)
1% L-glutamine penicillin streptomycin (sigma)
1000 U/ml mouse LIF (Millipore)
1 μM PD0325901 (Wako)
3 μM CHIR99021 (Millipore)
<EB分化培地>
Glasgow’s modified Eagle’s medium (invitrogen)
10% Fetal Bovine Serum
0.1 mM 2-Mercaptoethanol (invitrogen)
0.1 mM nonessential amino acids (invitrogen)
1 mM sodium pyruvate (invitrogen)
1% L-glutamine penicillin streptomycin (sigma)
<中胚葉分化培地>
MEM alpha + GlutaMAX medium (invitrogen)
10% Fetal Bovine Serum
50 nM 2-Mercaptoethanol (invitrogen)
1% L-glutamine penicillin streptomycin (sigma)
<抗体>
anti-mouse biotin PCLP1:MBL
anti-mouse ALCAM: eBioscience
anti-rabbit Ki67:Leica
anti-mouse Msln: made in the inventors’ labolatory
<miPS細胞から中皮細胞へのin vitroでの分化>
胚葉体(embryo body;EB)を形成させるために、維持培地をEB分化培地に交換した。4日間培養した後、細胞を、4型コラーゲンでコーティングした培養皿で、中胚葉分化培地を用いて7日間培養した。
培地は、10%のウシ胎仔血清(FBS)、50 nMのメルカプトエタノール、ペニシリン、ストレプトマイシン、グルタミン、10ng/mLの塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor;bFGF)、及び10 ng/mLのオンコスタチンMを含むMEM alpha + GlutaMAX培地(分化培地)に交換し、5日間培養した。
GT3.2 miPS細胞由来の肝中皮指向性細胞を単離するために、GFP、メソセリン(Msln)及びPCLP1陽性細胞を、セルソーターを用いて分画した。分画後、Insulin-Transferrin-Selenium-X Supplement(ITS-X)を加えた分化培地を用いて、さらに培養した。最後に、GT3.2 miPS細胞由来の肝中皮前駆細胞を単離するために、GFP、PCLP1、及びALCAMのすべてが陽性の細胞をセルソーターで分画した。
<フローサイトメトリー>
PCLP1、ALCAM共陽性細胞を解析するために、GF3.2 miPS細胞から分化した細胞を、PE結合ALCAM抗体及びビオチン結合PCLP1抗体で染色した。
<機能解析>
GT3.2 miPS細胞から分化した細胞を、Upcellプレート(セルシード)上に播種し、37℃で培養した。プレートを室温に置き、細胞がプレートから離れて、細胞シートを形成できるようにした。得られた細胞シートを、マウスのPPHx手術の際に離断面に移植した。GFPシグナルは130S-GFPカメラで検出した(Science Eye)。手術後10日目に、癒着が生じた面の最大径÷離断面の最大径の式にしたがって、癒着率を計算した。肝細胞のサイズとKi67陽性幹細胞の数は、IN Cell Analyzer 2000(GE Healthcare)で測定した。
【0042】
3−2.結果
<マウスiPS細胞から機能的な肝中皮前駆細胞への分化誘導>
未分化マウスiPS細胞から機能的な肝中皮前駆細胞への分化誘導を行った。
まず、未分化マウスiPS細胞を、EB分化培地下で浮遊培養を行い、EBを形成させた。EBをコラーゲンタイプIVでコーティングされた培養皿上で、中胚葉分化培地を用いて接着培養を行い中胚葉まで分化させた。続いてサイトカイン(bFGF及びオンコスタチンM)を加え培養を行い肝中皮細胞へと分化させ、PCLP1とMsln陽性のマウスiPS細胞由来肝中皮指向性細胞のみをセルソーターを用いて分取した。この分取した肝中皮指向性を有する細胞群をITS-Xを加えた培地にて更に培養した。マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞の割合を胎仔肝中皮細胞表面マーカー(ALCAM、PCLP1)の発現を指標にFACS解析を行ったところ、約50%の細胞が肝中皮前駆細胞に分化していることが認められた(図5)。ALCAM、PCLP1共陽性の細胞をセルソーターで分取し培養を行うと、未分化マウスiPS細胞の形態(図4右)とは異なる胎仔肝中皮細胞に特徴的な単層扁平上皮の形態が一様に観察された(図4左)。
<マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞の発現解析>
次に、マウスiPS細胞から分化誘導し作製した肝中皮前駆細胞における種々の遺伝子発現を解析した。妊娠12.5日目の肝臓から分離した胎仔肝中皮培養細胞における各遺伝子発現量を1として示してある。これまでの研究から胎仔肝中皮細胞に特徴的と考えられているサイトカイン・成長因子を中心に調べた。癒着防止効果に関与していると考えられるPCLP1、HGFや肝再生に寄与するHGF、EGF、Mdk、HB-EGF、及びIL-6が、マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞においても発現していることが認められた(図6)。
<マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞の機能解析>
妊娠12.5日目のマウスから分離し培養した胎仔肝中皮細胞が、肝切除術後の癒着防止効果ならびに肝再生促進効果を併せ持つことを、既に報告している。マウスiPS細胞から分化誘導した肝中皮前駆細胞が、胎仔肝中皮細胞特異的な上記2つの機能を有するかどうかを検討した。
マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞を温度応答性培養皿上で培養し、マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞シートを作成した。
一方、マウス肝切除癒着モデル(PPHx)を以下の方法で作製した。まず、全身麻酔下で、野生型C57BL/6Jマウスをspin positionに配置した。Xyphoid inferiorlyから2センチ上を正中線に沿って切開し、腹腔内の臓器を傷付けないように、腹膜を持ち上げて切開した。開腹後、鎌状靭帯を上大静脈まで分離した。中葉の根部を4-0シルクで結紮して切離し、中葉を切除した。次に、電気メスを用いて左葉の周囲の肝臓被膜を焼灼し、左葉を中程で切離した。途中、左門脈と左肝静脈をまとめて結紮し、分離した。
続いて、マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞シートを、マウス肝切除癒着モデルの肝離断面に貼付し、まず癒着防止効果について検討した。術後10日目、非貼付群と比較し、有意に癒着を抑制することが認められた。加えて、この癒着防止効果は妊娠12.5日目マウス由来の胎仔肝中皮細胞と変わらない程度であった(図7)。術後30日目においても、術後10日目と同様にマウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞シートの貼付により癒着を軽減することが出来ることが示された(図8)。
次に、肝再生促進効果について、肝再生の程度を肝細胞の分裂という点から検証した。マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞シート貼付群は、非貼付群に比べKi67陽性肝細胞の数が増加しており、イメージングサイトメトリーを用いて定量化を行うと、肝細胞の増殖を促進していることが認められた(図9)。
以上のことから、マウスiPS細胞から機能的な肝中皮前駆細胞を分化誘導することが出来たと考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9