【実施例】
【0037】
1.ヒトiPS細胞からの肝中皮前駆細胞(胎仔肝中皮細胞)への分化誘導
ヒトiPS細胞から機能的な肝中皮前駆細胞への分化誘導を行った。
ヒトiPS細胞(RIKEN BRCより譲渡を受けた。)をmatrigel上で下記培地を用いたフィーダーフリー培養を行い、未分化性を維持した。
ヒトiPS細胞維持培地
StemSure(登録商標)hPSC培地Δ(wako)
5ng/mL bFGF (gibco)
【0038】
続いて、未分化ヒトiPS細胞を、下記の中胚葉分化誘導培地に5ng/mLのBMP4を加えた培地を用いて浮遊培養を行った。1-3日後、更にそれぞれ5ng/mLのBMP4、ActivinA、及びbFGFを添加し、37℃、5%二酸化炭素条件下で引き続き1-5日間培養を行い、中胚葉へと分化させた。
中胚葉分化誘導培地
Iscove’s Modified Dulbecco’s Media (Life Technologies)
20% Fetal Bovine Serum
1% nonessential amino acids (Life Technologies)
1% L-glutamine penicillin streptomycin (Life Technologies)
【0039】
次に、ヒトiPS細胞由来中胚葉細胞を肝中皮前駆細胞へと分化誘導するために、ヒトiPS細胞由来中胚葉細胞をcollagen IVでコーティングした培養皿に播種した。2-7日間は、下記の中皮前駆細胞分化誘導培地で37℃、5%二酸化炭素条件下で培養した。
中皮前駆細胞分化誘導培地
StemPro(登録商標)-34 SFM medium (Life Technologies)
Insulin, Transferrin, Selenium, Ethanolamine Solution (Gibco)
その後、中皮前駆細胞分化誘導培地にそれぞれ10ng/mLのOSM、bFGFを加え1-3週間培養を行った。
PCLP1とALCAMをマーカーとして、分化誘導したヒトiPS細胞由来細胞におけるALCAM、PCLP1共陽性の発現の割合を調べた(
図2)。
図2の左図は、アイソタイプ・コントロールを用いて行った実験結果を示し、上段は、それぞれPCLP1、ALCAMそれぞれの単染色の結果を示す。右下に示されるとおり、PCLP1陽性且つALCAM陽性細胞は、全体の14.21%であった。
続いて、ALCAM、PCLP1共陽性分画を、セルソーターを用いて分取し純化した。分取した細胞群をさらに培養(培地は、MEM alpha + GlutaMAX medium (invitrogen),10% Fetal Bovine Serum,50 nM 2-Mercaptoethanol (invitrogen),1% L-glutamine penicillin streptomycin,10ng/mL bFGF, 10ng/mL OSM)すると、未分化ヒトiPS細胞の形態(
図1右)とは異なる肝中皮前駆細胞特有の形態が観察された(
図1左)。
【0040】
2.ヒトiPS細胞由来中皮前駆細胞の遺伝子発現解析
ヒトiPS細胞から分化誘導し作成した肝中皮前駆細胞における種々の遺伝子発現を解析した。未分化ヒトiPS細胞の各遺伝子発現量を1として示してある。これまでの研究から肝中皮前駆細胞が有する特徴として、癒着防止効果と肝再生促進効果が知られている。癒着防止効果に関与しているHGF、肝再生に寄与するHGF(hepatocyte growth factor)、Ptn(pleiotrophin)、Mdk(Midkine)、及びHB-EGF(heparin-binding EGF-like growth factor)が、ヒトiPS細胞由来肝中皮前駆細胞において発現していることが認められた(
図3)。
【0041】
3.マウスiPS細胞からの肝中皮前駆細胞への分化誘導
3−1.材料と方法
<マウスiPS細胞>
GT3.2マウスiPS細胞(miPS)は、東京大学のDr. KobayashiとDr. Nakauchiから提供を受けた。GT3.2 miPS細胞は、EGFP-トランスジェニックC57BL/6成体マウスの尾の先端の線維芽細胞に、3つの因子をレトロウイルスベクターで導入することによって樹立された(Cell, 2010, 142, 787-799)。
<細胞培養>
未分化GT3.2 miPS細胞は、ゼラチンコーティングした培養皿で、フィーダー細胞を使用せずに、LIF(Leukemia Inhibitory Factor)、CHIR99021、及びPD0325901を添加した維持培地で培養した。
すべての細胞培養は、37℃、5%CO
2の条件で行った。
<培地>
<iPS細胞維持培地>
Glasgow’s modified Eagle’s medium (invitrogen)
10% Fetal Bovine Serum
0.1 mM 2-Mercaptoethanol (invitrogen)
0.1 mM nonessential amino acids (invitrogen)
1 mM sodium pyruvate (invitrogen)
1% L-glutamine penicillin streptomycin (sigma)
1000 U/ml mouse LIF (Millipore)
1 μM PD0325901 (Wako)
3 μM CHIR99021 (Millipore)
<EB分化培地>
Glasgow’s modified Eagle’s medium (invitrogen)
10% Fetal Bovine Serum
0.1 mM 2-Mercaptoethanol (invitrogen)
0.1 mM nonessential amino acids (invitrogen)
1 mM sodium pyruvate (invitrogen)
1% L-glutamine penicillin streptomycin (sigma)
<中胚葉分化培地>
MEM alpha + GlutaMAX medium (invitrogen)
10% Fetal Bovine Serum
50 nM 2-Mercaptoethanol (invitrogen)
1% L-glutamine penicillin streptomycin (sigma)
<抗体>
anti-mouse biotin PCLP1:MBL
anti-mouse ALCAM: eBioscience
anti-rabbit Ki67:Leica
anti-mouse Msln: made in the inventors’ labolatory
<miPS細胞から中皮細胞へのin vitroでの分化>
胚葉体(embryo body;EB)を形成させるために、維持培地をEB分化培地に交換した。4日間培養した後、細胞を、4型コラーゲンでコーティングした培養皿で、中胚葉分化培地を用いて7日間培養した。
培地は、10%のウシ胎仔血清(FBS)、50 nMのメルカプトエタノール、ペニシリン、ストレプトマイシン、グルタミン、10ng/mLの塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor;bFGF)、及び10 ng/mLのオンコスタチンMを含むMEM alpha + GlutaMAX培地(分化培地)に交換し、5日間培養した。
GT3.2 miPS細胞由来の肝中皮指向性細胞を単離するために、GFP、メソセリン(Msln)及びPCLP1陽性細胞を、セルソーターを用いて分画した。分画後、Insulin-Transferrin-Selenium-X Supplement(ITS-X)を加えた分化培地を用いて、さらに培養した。最後に、GT3.2 miPS細胞由来の肝中皮前駆細胞を単離するために、GFP、PCLP1、及びALCAMのすべてが陽性の細胞をセルソーターで分画した。
<フローサイトメトリー>
PCLP1、ALCAM共陽性細胞を解析するために、GF3.2 miPS細胞から分化した細胞を、PE結合ALCAM抗体及びビオチン結合PCLP1抗体で染色した。
<機能解析>
GT3.2 miPS細胞から分化した細胞を、Upcellプレート(セルシード)上に播種し、37℃で培養した。プレートを室温に置き、細胞がプレートから離れて、細胞シートを形成できるようにした。得られた細胞シートを、マウスのPPHx手術の際に離断面に移植した。GFPシグナルは130S-GFPカメラで検出した(Science Eye)。手術後10日目に、癒着が生じた面の最大径÷離断面の最大径の式にしたがって、癒着率を計算した。肝細胞のサイズとKi67陽性幹細胞の数は、IN Cell Analyzer 2000(GE Healthcare)で測定した。
【0042】
3−2.結果
<マウスiPS細胞から機能的な肝中皮前駆細胞への分化誘導>
未分化マウスiPS細胞から機能的な肝中皮前駆細胞への分化誘導を行った。
まず、未分化マウスiPS細胞を、EB分化培地下で浮遊培養を行い、EBを形成させた。EBをコラーゲンタイプIVでコーティングされた培養皿上で、中胚葉分化培地を用いて接着培養を行い中胚葉まで分化させた。続いてサイトカイン(bFGF及びオンコスタチンM)を加え培養を行い肝中皮細胞へと分化させ、PCLP1とMsln陽性のマウスiPS細胞由来肝中皮指向性細胞のみをセルソーターを用いて分取した。この分取した肝中皮指向性を有する細胞群をITS-Xを加えた培地にて更に培養した。マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞の割合を胎仔肝中皮細胞表面マーカー(ALCAM、PCLP1)の発現を指標にFACS解析を行ったところ、約50%の細胞が肝中皮前駆細胞に分化していることが認められた(
図5)。ALCAM、PCLP1共陽性の細胞をセルソーターで分取し培養を行うと、未分化マウスiPS細胞の形態(
図4右)とは異なる胎仔肝中皮細胞に特徴的な単層扁平上皮の形態が一様に観察された(
図4左)。
<マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞の発現解析>
次に、マウスiPS細胞から分化誘導し作製した肝中皮前駆細胞における種々の遺伝子発現を解析した。妊娠12.5日目の肝臓から分離した胎仔肝中皮培養細胞における各遺伝子発現量を1として示してある。これまでの研究から胎仔肝中皮細胞に特徴的と考えられているサイトカイン・成長因子を中心に調べた。癒着防止効果に関与していると考えられるPCLP1、HGFや肝再生に寄与するHGF、EGF、Mdk、HB-EGF、及びIL-6が、マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞においても発現していることが認められた(
図6)。
<マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞の機能解析>
妊娠12.5日目のマウスから分離し培養した胎仔肝中皮細胞が、肝切除術後の癒着防止効果ならびに肝再生促進効果を併せ持つことを、既に報告している。マウスiPS細胞から分化誘導した肝中皮前駆細胞が、胎仔肝中皮細胞特異的な上記2つの機能を有するかどうかを検討した。
マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞を温度応答性培養皿上で培養し、マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞シートを作成した。
一方、マウス肝切除癒着モデル(PPHx)を以下の方法で作製した。まず、全身麻酔下で、野生型C57BL/6Jマウスをspin positionに配置した。Xyphoid inferiorlyから2センチ上を正中線に沿って切開し、腹腔内の臓器を傷付けないように、腹膜を持ち上げて切開した。開腹後、鎌状靭帯を上大静脈まで分離した。中葉の根部を4-0シルクで結紮して切離し、中葉を切除した。次に、電気メスを用いて左葉の周囲の肝臓被膜を焼灼し、左葉を中程で切離した。途中、左門脈と左肝静脈をまとめて結紮し、分離した。
続いて、マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞シートを、マウス肝切除癒着モデルの肝離断面に貼付し、まず癒着防止効果について検討した。術後10日目、非貼付群と比較し、有意に癒着を抑制することが認められた。加えて、この癒着防止効果は妊娠12.5日目マウス由来の胎仔肝中皮細胞と変わらない程度であった(
図7)。術後30日目においても、術後10日目と同様にマウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞シートの貼付により癒着を軽減することが出来ることが示された(
図8)。
次に、肝再生促進効果について、肝再生の程度を肝細胞の分裂という点から検証した。マウスiPS細胞由来肝中皮前駆細胞シート貼付群は、非貼付群に比べKi67陽性肝細胞の数が増加しており、イメージングサイトメトリーを用いて定量化を行うと、肝細胞の増殖を促進していることが認められた(
図9)。
以上のことから、マウスiPS細胞から機能的な肝中皮前駆細胞を分化誘導することが出来たと考えられる。