特許第5981483号(P5981483)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社東芝の特許一覧 ▶ 東芝マテリアル株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5981483
(24)【登録日】2016年8月5日
(45)【発行日】2016年8月31日
(54)【発明の名称】親水性部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B32B 9/00 20060101AFI20160818BHJP
   B32B 5/16 20060101ALI20160818BHJP
   C09K 3/00 20060101ALI20160818BHJP
   C01G 41/02 20060101ALI20160818BHJP
   B01J 35/02 20060101ALI20160818BHJP
   B01J 23/30 20060101ALI20160818BHJP
   B01J 23/68 20060101ALI20160818BHJP
【FI】
   B32B9/00 A
   B32B5/16
   C09K3/00 R
   C01G41/02
   B01J35/02 J
   B01J23/30 M
   B01J23/68 M
【請求項の数】11
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2014-98383(P2014-98383)
(22)【出願日】2014年5月12日
(62)【分割の表示】特願2010-501803(P2010-501803)の分割
【原出願日】2009年3月4日
(65)【公開番号】特開2014-194028(P2014-194028A)
(43)【公開日】2014年10月9日
【審査請求日】2014年5月13日
(31)【優先権主張番号】特願2008-54138(P2008-54138)
(32)【優先日】2008年3月4日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2008-54140(P2008-54140)
(32)【優先日】2008年3月4日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】303058328
【氏名又は名称】東芝マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001092
【氏名又は名称】特許業務法人サクラ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中野 佳代
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 光
(72)【発明者】
【氏名】白川 康博
(72)【発明者】
【氏名】布施 圭一
(72)【発明者】
【氏名】笠松 伸矢
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 亮人
【審査官】 安藤 達也
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−006429(JP,A)
【文献】 特開2004−002104(JP,A)
【文献】 特開2000−135755(JP,A)
【文献】 特開2001−152130(JP,A)
【文献】 特開2000−119551(JP,A)
【文献】 特開平09−249542(JP,A)
【文献】 特開昭61−242902(JP,A)
【文献】 特開2001−079978(JP,A)
【文献】 特開2001−131534(JP,A)
【文献】 特開2001−121643(JP,A)
【文献】 特開2005−345338(JP,A)
【文献】 国際公開第2004/052639(WO,A1)
【文献】 国際公開第01/068786(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D1/00〜C09D201/10
C01G41/00〜C01G41/04
B32B1/00〜B32B43/00
C08K3/00〜C08K13/08
B05D1/00〜B05D7/26
B01J23/00〜B01J23/96
B01J35/00〜B01J35/12
B01J37/00〜B01J37/36
C03C17/00〜C03C17/44
C09K3/00
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属タングステン粉末、タングステン化合物粉末、およびタングステン化合物溶液から選ばれるタングステン原料を酸素と共にプラズマ中に供給して昇華させ、金属タングステン蒸気を生じさせると共に、前記金属タングステン蒸気を酸化することにより、結晶構造を有する酸化タングステン微粒子を作製する工程と、
前記酸化タングステン微粒子と水またはアルコールとを混合して塗布液を調製する工程と、
基材の表面に前記塗布液を塗布することにより、前記酸化タングステン微粒子を含有し、かつ基準長さを100μmとしたときの算術平均粗さRaが1nm以上1000nm以下の表面を有する膜を形成する工程とを具備し、
前記膜の表面において、前記酸化タングステン微粒子の結晶方位が配向しておらず、かつ前記膜の表面のX線回折結果において、2θが22〜25°の範囲に存在するピークのうち、強度が最大の回折ピークをA、強度が2番目に大きい回折ピークをB、強度が3番目に大きい回折ピークをCとしたとき、
(1)ピークが3つ存在する場合に、ピークAに対するピークBの強度比(B/A)が0.3以上で、かつピークAに対するピークCの強度比(C/A)が0.3以上である、
(2)ピークが2つ存在する場合に、ピークAとピークBの間の谷の最も低い強度をDとしたとき、ピークAに対するピークBの強度比(B/A)が0.3以上で、強度DがピークBの強度の1/2より大きい(D>B/2)、
(3)ピークが1つしか存在しない場合に、ピークの半値幅が1°以上である、
のいずれか1つの条件を満たし、
前記膜の表面は、前記膜中の前記酸化タングステン微粒子に基づいて光の照射の有無によらず親水性を示し、かつ暗所における水の接触角が10°以下であることを特徴とする親水性部材の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の親水性部材の製造方法において、
前記酸化タングステン微粒子を遷移金属元素または遷移金属元素を含む化合物と複合し、前記遷移金属元素を0.001質量%以上50質量%以下の範囲で含む酸化タングステン複合材微粒子を調製し、前記酸化タングステン複合材微粒子と前記水またはアルコールとを混合して前記塗布液を調製することを特徴とする親水性部材の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の親水性部材の製造方法において、
前記酸化タングステン微粒子をTi、Zr、Mn、Fe、Pd、Pt、Cu、Ag、Zn、AlおよびCeから選ばれる少なくとも1つの金属元素または前記金属元素を含む化合物と複合し、前記金属元素を0.001質量%以上50質量%以下の範囲で含む酸化タングステン複合材微粒子を調製し、前記酸化タングステン複合材微粒子と前記水またはアルコールとを混合して前記塗布液を調製することを特徴とする親水性部材の製造方法。
【請求項4】
金属タングステン粉末、タングステン化合物粉末、およびタングステン化合物溶液から選ばれるタングステン原料を、遷移金属元素または遷移金属元素を含む化合物と混合することにより、混合原料を調製する工程と、
前記混合原料を酸素と共にプラズマ中に供給して昇華させ、金属タングステン蒸気を生じさせると共に、前記金属タングステン蒸気を酸化することにより、前記遷移金属元素を0.001質量%以上50質量%以下の範囲で含み、かつ結晶構造を有する酸化タングステン複合材微粒子を作製する工程と、
前記酸化タングステン複合材微粒子と水またはアルコールとを混合して塗布液を調製する工程と、
基材の表面に前記塗布液を塗布することにより、前記酸化タングステン複合材微粒子を含有し、かつ基準長さを100μmとしたときの算術平均粗さRaが1nm以上1000nm以下の表面を有する膜を形成する工程とを具備し、
前記膜の表面において、前記酸化タングステン複合材微粒子の結晶方位が配向しておらず、かつ前記膜の表面のX線回折結果において、2θが22〜25°の範囲に存在するピークのうち、強度が最大の回折ピークをA、強度が2番目に大きい回折ピークをB、強度が3番目に大きい回折ピークをCとしたとき、
(1)ピークが3つ存在する場合に、ピークAに対するピークBの強度比(B/A)が0.3以上で、かつピークAに対するピークCの強度比(C/A)が0.3以上である、
(2)ピークが2つ存在する場合に、ピークAとピークBの間の谷の最も低い強度をDとしたとき、ピークAに対するピークBの強度比(B/A)が0.3以上で、強度DがピークBの強度の1/2より大きい(D>B/2)、
(3)ピークが1つしか存在しない場合に、ピークの半値幅が1°以上である、
のいずれか1つの条件を満たし、
前記膜の表面は、前記膜中の前記酸化タングステン複合材微粒子に基づいて光の照射の有無によらず親水性を示し、かつ暗所における水の接触角が10°以下であることを特徴とする親水性部材の製造方法。
【請求項5】
金属タングステン粉末、タングステン化合物粉末、およびタングステン化合物溶液から選ばれるタングステン原料を、Ti、Zr、Mn、Fe、Pd、Pt、Cu、Ag、Zn、AlおよびCeから選ばれる少なくとも1つの金属元素または前記金属元素を含む化合物と混合することにより、混合原料を調製する工程と、
前記混合原料を酸素と共にプラズマ中に供給して昇華させ、金属タングステン蒸気を生じさせると共に、前記金属タングステン蒸気を酸化することにより、前記金属元素を0.001質量%以上50質量%以下の範囲で含み、かつ結晶構造を有する酸化タングステン複合材微粒子を作製する工程と、
前記酸化タングステン複合材微粒子と水またはアルコールとを混合して塗布液を調製する工程と、
基材の表面に前記塗布液を塗布することにより、前記酸化タングステン複合材微粒子を含有し、かつ基準長さを100μmとしたときの算術平均粗さRaが1nm以上1000nm以下の表面を有する膜を形成する工程とを具備し、
前記膜の表面において、前記酸化タングステン複合材微粒子の結晶方位が配向しておらず、かつ前記膜の表面のX線回折結果において、2θが22〜25°の範囲に存在するピークのうち、強度が最大の回折ピークをA、強度が2番目に大きい回折ピークをB、強度が3番目に大きい回折ピークをCとしたとき、
(1)ピークが3つ存在する場合に、ピークAに対するピークBの強度比(B/A)が0.3以上で、かつピークAに対するピークCの強度比(C/A)が0.3以上である、
(2)ピークが2つ存在する場合に、ピークAとピークBの間の谷の最も低い強度をDとしたとき、ピークAに対するピークBの強度比(B/A)が0.3以上で、強度DがピークBの強度の1/2より大きい(D>B/2)、
(3)ピークが1つしか存在しない場合に、ピークの半値幅が1°以上である、
のいずれか1つの条件を満たし、
前記膜の表面は、前記膜中の前記酸化タングステン複合材微粒子に基づいて光の照射の有無によらず親水性を示し、かつ暗所における水の接触角が10°以下であることを特徴とする親水性部材の製造方法。
【請求項6】
請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の親水性部材の製造方法において、
前記塗布液に、さらに無機バインダおよび有機バインダから選ばれる少なくとも1つのバインダ成分を混合して塗料を調製し、前記基材の表面に前記塗料を塗布して前記膜を形成することを特徴とする親水性部材の製造方法。
【請求項7】
請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の親水性部材の製造方法において、
さらに、前記酸化タングステン微粒子または前記酸化タングステン複合材微粒子を、酸化雰囲気中にて200℃以上1000℃以下の温度で熱処理する工程を具備することを特徴とする親水性部材の製造方法。
【請求項8】
請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の親水性部材の製造方法において、
前記酸化タングステン微粒子または前記酸化タングステン複合材微粒子は、1nm以上200nm以下の範囲の平均粒子径と、4.1m/g以上820m/g以下の範囲のBET比表面積とを有することを特徴とする親水性部材の製造方法。
【請求項9】
請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の親水性部材の製造方法において、
前記酸化タングステン微粒子または前記酸化タングステン複合材微粒子を構成する酸化タングステンは、三酸化タングステンの単斜晶および三斜晶から選ばれる少なくとも1つの結晶構造、あるいは前記単斜晶および前記三斜晶から選ばれる少なくとも1つと三酸化タングステンの斜方晶とが混在した結晶構造を有することを特徴とする親水性部材の製造方法。
【請求項10】
請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の親水性部材の製造方法において、
前記酸化タングステン微粒子または前記酸化タングステン複合材微粒子を構成する酸化タングステンは、三酸化タングステンの単斜晶と三斜晶とが混在した結晶構造、あるいは前記単斜晶と前記三斜晶と三酸化タングステンの斜方晶とが混在した結晶構造を有することを特徴とする親水性部材の製造方法。
【請求項11】
請求項1ないし請求項10のいずれか1項に記載の親水性部材の製造方法において、
前記膜の表面は可視光の照射下で光触媒性能を示すことを特徴とする親水性部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は親水性部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
表面に親水性が付与された部材は、防曇、結露防止、汚れ防止、水性塗料の印刷等、種々の領域で利用されている。最近、酸化チタン系の光触媒膜を用いた親水性部材(表面に親水性を付与した部材)が開発され、外壁、窓ガラス、自動車のバックミラー等に応用されている。酸化チタン膜は太陽光に含まれる紫外線が照射された際に表面状態が変化して親水性化すると同時に、表面に付着した有機物が光触媒作用で酸化分解されるために高い親水性を示す。酸化チタン系の光触媒膜を適用した建材や窓ガラスにおいては、その表面に付着した汚れが雨で除去され、これによって防汚効果を得ている。
【0003】
光で親水性化する部材を実際に応用する場合、光照射がない状態が問題になる。酸化チタン膜は比較的短時間で親水性が低下するため、例えば自動車のバックミラーの防曇剤に応用した場合、夜間や車庫に保管した状態では防曇効果が不足する。一部の部材では酸化チタンに親水性酸化物である酸化ケイ素等を混合し、親水性の持続時間を長くする工夫がなされているが、十分な性能は得られていない。さらに、励起光として紫外線が必要であるため、日陰や屋内では励起光不足になる場合がある。励起光不足を補うため、酸化チタンに窒素や硫黄を添加したり、また白金坦持が行われているが、利用可能な光の波長範囲はそれほど広がらないため、屋内用途に適用可能な性能は得られていない。親水性効果の持続性も従来の酸化チタンと同等であり、暗所では親水性が短期間で低下する。
【0004】
酸化タングステンは、電子デバイス用の誘電体材料、光学素子用材料、エレクトロクロミック材料、ガスセンサ材料として広く利用されており、さらに可視光応答型光触媒材料としても知られている。酸化タングステンのバンドギャップは2.5eVあり、酸化チタンが380nm以下の紫外線しか利用できないのに対し、450nm近傍の可視光まで励起光として利用することが可能である。このため、酸化タングステンは蛍光ランプや電球による光の波長範囲で光触媒として使用することができる。酸化タングステンは光照射により親水性を示すことも知られており、主に真空蒸着法、スパッタリング法、レーザアブレーション法、ゾル・ゲル法等により作製された膜について報告されている。
【0005】
特許文献1には酸化タングステンを基材上にスパッタ成膜した光触媒材料が記載されており、主に三斜晶系の結晶構造を有する酸化タングステンが用いられている。特許文献1は酸化タングステン膜を可視光で励起して親水性を得ることを開示している。具体的には、スパッタ成膜した酸化タングステン膜の水との接触角(初期値)が10〜30°の範囲であり、酸化タングステン膜に紫外線を照射して約20分経過後に水との接触角が5°以下となることが記載されている。非特許文献1は熱蒸着法やゾル・ゲル法で形成した後に400℃で熱処理した酸化タングステン膜が親水性を示すことを開示している。
【0006】
従来の酸化タングステン膜は光で励起した際に親水性を示すため、光が不足する状態での性能が問題となる。加熱を適用して親水性化する場合には基材の耐熱性が問題となり、面積の大きい部材では加熱方法も問題となる。さらに、光照射や加熱等の後処理で親水性化した場合には持続時間が短く、短期間のうちに定期的な光照射や加熱が必要になる。さらに、親水性作用のみでは有機物を除去することができないため、表面に油成分等の有機物が付着した場合には十分な雨水や水洗等で除去しなければならず、使用環境が制限されるという問題が発生する。このため、光触媒作用で表面の有機物を酸化分解する性能も必要とされるが、従来の酸化タングステン膜では十分な光触媒性能は得られていない。
【0007】
酸化タングステン粉末を用いて均一な膜を形成するためには微細な粉末が必要となる。酸化タングステン粉末の製造方法としては、パラタングステン酸アンモニウム(APT)を空気中で加熱して三酸化タングステン粉末を得る方法が知られている(特許文献2参照)。APTを空気中で加熱する方法によって、一次粒子径が0.01μm(BET比表面積=82m/g)の三酸化タングステン粉末が得られている。酸化タングステンの微粉末を効率的に得る方法としては、特許文献3に熱プラズマ処理が記載されている。熱プラズマ処理を適用することによって、粒子径が1〜200nmの微粉末が得られている。しかしながら、これらの方法を適用して作製した酸化タングステン微粉末をそのまま用いても、光による親水性化が不十分であり、親水性を長期間持続することができない。このように、実用的な親水性を示す酸化タングステン膜は得られていないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−152130号公報
【特許文献2】特開2002−293544号公報
【特許文献3】特開2006−102737号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J.Phys.D:Appl.Phys.40(2007) 1134
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、親水性に優れ、さらにその性能を長時間維持することを可能にした親水性部材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の態様に係る親水性部材の製造方法は、金属タングステン粉末、タングステン化合物粉末、およびタングステン化合物溶液から選ばれるタングステン原料を酸素と共にプラズマ中に供給して昇華させ、金属タングステン蒸気を生じさせると共に、前記金属タングステン蒸気を酸化することにより、結晶構造を有する酸化タングステン微粒子を作製する工程と、前記酸化タングステン微粒子と水またはアルコールとを混合して塗布液を調製する工程と、基材の表面に前記塗布液を塗布することにより、前記酸化タングステン微粒子を含有し、かつ基準長さを100μmとしたときの算術平均粗さRaが1nm以上1000nm以下の表面を有する膜を形成する工程とを具備し、前記膜の表面において、前記酸化タングステン微粒子の結晶方位が配向しておらず、かつ前記膜の表面のX線回折結果において、2θが22〜25°の範囲に存在するピークのうち、強度が最大の回折ピークをA、強度が2番目に大きい回折ピークをB、強度が3番目に大きい回折ピークをCとしたとき、(1)ピークが3つ存在する場合に、ピークAに対するピークBの強度比(B/A)が0.3以上で、かつピークAに対するピークCの強度比(C/A)が0.3以上である、(2)ピークが2つ存在する場合に、ピークAとピークBの間の谷の最も低い強度をDとしたとき、ピークAに対するピークBの強度比(B/A)が0.3以上で、強度DがピークBの強度の1/2より大きい(D>B/2)、(3)ピークが1つしか存在しない場合に、ピークの半値幅が1°以上である、のいずれか1つの条件を満たし、前記膜の表面は、前記膜中の前記酸化タングステン微粒子に基づいて光の照射の有無によらず親水性を示し、かつ暗所における水の接触角が10°以下であることを特徴としている。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態について説明する。本発明の実施形態による親水性部材は、基材と、少なくとも基材の表面に存在する微粒子とを具備する。基材の表面には酸化タングステン微粒子および酸化タングステン複合材微粒子から選ばれる少なくとも1種の微粒子(以下、酸化タングステン系微粒子と記す)が存在する。微粒子が存在する表面は、基準長さを100μmとしたときの算術平均粗さRaが1〜1000nmの範囲とされており、かつ光によらず親水性を示すものである。
【0013】
この実施形態の親水性部材において、基材の表面に存在させる微粒子は酸化タングステンの微粒子に限られるものではなく、酸化タングステン複合材の微粒子であってもよい。酸化タングステン複合材とは、主成分としての酸化タングステンに、遷移金属元素や他の金属元素を含有させたものである。遷移金属元素とは原子番号21〜29、39〜47、57〜79、89〜109の元素である。酸化タングステン複合材はTi、Zr、Mn、Fe、Pd、Pt、Cu、Ag、Zn、AlおよびCeから選ばれる少なくとも1種の金属元素を含むことが好ましい。Cu、AgおよびZnから選ばれる少なくとも1種の金属元素は有効であり、少量で光触媒性能等を向上させることができる。
【0014】
酸化タングステン複合材における遷移金属元素等の金属元素の含有量は0.001〜50質量%の範囲とすることが好ましい。金属元素の含有量が50質量%を超えると、酸化タングステン微粒子が有する特性が低下するおそれがある。金属元素の含有量は10質量%以下であることがより好ましく、さらに好ましくは5質量%以下である。金属元素の含有量の下限値は特に限定されるものではないが、その含有量は0.001質量%以上、さらに0.01質量%以上とすることが好ましい。Cu、AgおよびZnから選ばれる少なくとも1種の金属元素の含有量は0.001〜1質量%の範囲とすることが好ましい。
【0015】
親水性部材に用いられる酸化タングステン複合材において、金属元素は各種の形態で存在させることができる。酸化タングステン複合材は、金属元素の単体、金属元素を含む化合物(酸化物を含む化合物)、酸化タングステンとの複合化合物等の形態として、金属元素を含有することができる。酸化タングステン複合材に含有される金属元素は、それ自体が他の元素と化合物を形成していてもよい。金属元素の典型的な形態としては酸化物が挙げられる。金属元素は単体、化合物、複合化合物等の形態で、例えば酸化タングステン粉末と混合される。金属元素は酸化タングステンに担持されていてもよい。
【0016】
酸化タングステンと金属元素(具体的にはTi、Zr、Mn、Fe、Pd、Pt、Cu、Ag、Zn、AlおよびCeから選ばれる少なくとも1種の元素の単体、化合物、複合化合物)との複合方法は特に限定されるものではなく、粉末同士を混合する混合法、含浸法、担持法等の種々の複合法を適用することが可能である。代表的な複合法を以下に記載する。酸化タングステンに銅を複合させる方法としては、酸化タングステン粉末と酸化銅粉末を混合する方法が挙げられる。硝酸銅や硫酸銅の水溶液やエタノール溶液に酸化タングステン粉末を加えて混合した後、70〜80℃の温度で乾燥させてから500〜550℃の温度で焼成する方法も有効である。
【0017】
また、塩化銅水溶液や硫酸銅水溶液に酸化タングステン粉末を分散させ、この分散液を乾燥させる方法(含浸法)を適用することも可能である。含浸法は銅の複合方法に限らず、塩化鉄水溶液を用いた鉄の複合方法、塩化銀水溶液を用いた銀の複合方法、塩化白金酸水溶液を用いた白金の複合方法、塩化パラジウム水溶液を用いたパラジウムの複合方法等にも応用することができる。さらに、酸化チタンゾルやアルミナゾル等の酸化物ゾルを用いて、酸化タングステンと金属元素(酸化物)とを複合させてもよい。これら以外にも各種の複合方法の適用が可能である。
【0018】
この実施形態の親水性部材は、例えば酸化タングステン系微粒子を基材の表面に付着させる、酸化タングステン系微粒子を含有する膜(塗膜等)を基材の表面に形成する、酸化タングステン系微粒子を基材中に練り込む、基材の成形工程で酸化タングステン系微粒子を含有する表面層を形成する等の方法を適用して作製される。酸化タングステン系微粒子は基材の任意の表面に存在させることができる。親水性部材の基材としては、ガラス、プラスチック、アクリル等の樹脂、紙、繊維、金属、木材等が挙げられる。酸化タングステン系微粒子を有する表面の形成方法は基材の材質に応じて適宜に選択される。
【0019】
親水性部材の表面における酸化タングステン系微粒子の量は5〜95質量%の範囲とすることが好ましい。ここで、酸化タングステン系微粒子の量は、膜中に微粒子を存在させる場合には膜中の微粒子の含有量、また基材中に微粒子を練り込む場合には表面の基材中の微粒子の含有量を示すものである。微粒子の含有量が5質量%未満の場合には、酸化タングステン系微粒子が有する親水性を十分に発揮させることができないおそれがある。微粒子の含有量が95質量%を超えると、表面の強度不足が生じるおそれがある。
【0020】
酸化タングステン系微粒子を基材の表面に付着させる方法としては、酸化タングステン系微粒子を水やアルコール等の分散媒と混合し、これを超音波分散機、湿式ジェットミル、ビーズミル等で分散処理を施して作製した分散液を、スピンコート、ディップ、スプレー等の一般的な塗布法を適用して基材表面に塗布する方法が挙げられる。酸化タングステン系微粒子が光触媒性能を有する場合、表面に付着させた後に光触媒性能を発揮させるためには、分散処理で微粒子に歪を与えすぎないような条件を設定することが好ましい。
【0021】
基材の表面に塗膜を形成する場合には、上述した酸化タングステン系微粒子の分散液(例えば水系分散液)をバインダ成分等と混合して塗料を作製し、この塗料を基材の表面に塗布することによって、酸化タングステン系微粒子を含有する膜を形成する。塗料は水系分散液と共に無機バインダおよび有機バインダから選ばれる少なくとも1種のバインダ成分を含有する。バインダ成分の含有量は5〜95質量%の範囲とすることが好ましい。バインダ成分の含有量が95質量%を超えると、所望の性能(親水性等)を得ることができないおそれがある。バインダ成分の含有量が5質量%未満の場合には十分な結合力が得られず、膜特性が低下するおそれがある。このような塗料を基材表面に塗布することによって、膜の強度、硬さ、基材への密着力等を所望の状態に調整することができる。
【0022】
無機バインダとしては、例えばアルキルシリケート、ハロゲン化ケイ素、およびこれらの部分加水分解物等の加水分解性ケイ素化合物を分解して得られる生成物、有機ポリシロキサン化合物とその重縮合物、シリカ、コロイダルシリカ、水ガラス、ケイ素化合物、リン酸亜鉛等のリン酸塩、酸化亜鉛、アルミナ、ジルコニア等の金属酸化物、重リン酸塩、セメント、石膏、石灰、ほうろう用フリット等が用いられる。有機バインダとしては、例えばフッ素系樹脂、シリコーン樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂、メラミン樹脂、ウレタン樹脂、アルキド樹脂等が用いられる。
【0023】
上述したバインダ成分のうちでも、シリカ(SiO)、アルミナ(Al)、およびジルコニア(ZrO)から選ばれる少なくとも1種は親水性を示すことから好ましい材料である。特に、シリカは高い親水性を示す。これら金属酸化物は塗膜中で結晶構造およびアモルファス構造のいずれの構造で存在していてもよいが、膜形成性等を考慮するとアモルファス酸化物として膜中に存在させることが好ましい。ここで、酸化タングステン系微粒子が光触媒性能を有する場合には、有機物の分解効果により部材表面の清浄化を図ることができる。光触媒性能に基づく親水性を長期間にわたって維持するためには、バインダ成分としての金属酸化物の含有量を10〜50質量%の範囲とすることが好ましい。
【0024】
水系分散液や塗料を用いて形成された膜の厚さは2〜2000nmの範囲であることが好ましい。膜厚が2nm未満の場合には、均一な膜を形成することが困難となる。膜厚が2000nmを超えると、膜の基材に対する密着力が低下する。膜厚は2〜1000nmの範囲であることがより好ましく、さらに好ましくは2〜400nmの範囲である。酸化タングステン系微粒子を含有する膜による親水性の発現効果やそのような膜を有する基材の強度等の実用性を考慮すると、膜厚は4〜100nmの範囲とすることが望ましい。酸化タングステン系微粒子を基材中に練り込む場合には、少なくとも親水性を付与する表面に酸化タングステン系微粒子が露出していればよい。
【0025】
親水性部材に用いられる酸化タングステン系微粒子は1〜200nmの範囲の平均粒子径を有することが好ましい。また、酸化タングステン系微粒子のBET比表面積は4.1〜820m/gの範囲であることが好ましい。平均粒子径とは酸化タングステン系粉末の平均一次粒子径(D50)であり、膜等の形成に用いる粉末、あるいは膜等を直接SEMやTEM等により評価し、写真の画像解析からn=50個以上の粒子の体積基準の積算径における平均粒子径(D50)に基づいて求めるものとする。平均粒子径(D50)は比表面積から換算した平均粒子径と一致していてもよい。
【0026】
親水性に優れる表面を得るためには、酸化タングステン系微粒子を表面に均一な状態で存在させることが好ましい。このような点から、酸化タングステン系微粒子は平均粒子径が小さく、比表面積が大きい方が好ましい。酸化タングステン系微粒子の平均一次粒子径(D50)が200nmを超える場合やBET比表面積が4.1m/g未満の場合には、十分な特性(親水性等)を得ることができない。酸化タングステン系微粒子の平均一次粒子径が1nm未満の場合やBET比表面積が820m/gを超える場合には、粒子が小さくなりすぎて、粉末としての取扱い性が劣ることから実用性が低下する。
【0027】
また、光触媒粉末の性能は一般に比表面積が大きく、粒子径が小さい方が高くなる。酸化タングステン系微粒子が光触媒性能を有する際に、平均一次粒子径が200nmを超える場合やBET比表面積が4.1m/g未満の場合には光触媒性能が低下すると共に、均一で安定な表面を形成することが困難になる。これによっても、光触媒性能が低下する。酸化タングステン系微粒子の一次粒子径が小さすぎる場合には分散性が低下し、均一な分散液や塗料の作製が困難になる。そのような分散液や塗料では膜の均一性が低下し、十分な光触媒性能を得ることができないおそれがある。
【0028】
酸化タングステン系微粒子の平均一次粒子径は2.7〜75nmの範囲であることがより好ましく、さらに好ましくは5.5〜51nmの範囲である。BET比表面積は11〜300m/gの範囲であることがより好ましく、さらに好ましくは16〜150m/gの範囲である。酸化タングステン系微粒子を含む分散液や塗料を用いて膜を形成したり、また基材に練り込んで使用する場合、粒子径が小さすぎると酸化タングステン系粒子の分散性が低下する。このような点を改善する上で、平均一次粒子径が5.5nm以上の酸化タングステン系微粒子を用いることが好ましい。
【0029】
なお、親水性部材に用いられる酸化タングステン系微粒子(粉末)は、不純物として金属元素を含有していてもよい。不純物元素としての金属元素の含有量は2質量%以下であることが好ましい。不純物金属元素としては、タングステン鉱石中に一般的に含まれる元素や原料として使用するタングステン化合物等を製造する際に混入する汚染元素等があり、例えばFe、Mo、Mn、Cu、Ti、Al、Ca、Ni、Cr、Mg等が挙げられる。これらの元素を複合材の構成元素として用いる場合には、この限りではない。
【0030】
この実施形態の親水性部材における表面(酸化タングステン系微粒子を有する表面)は、光によらず親水性を示すことを特徴としている。ここで言う光とは、白色蛍光灯、太陽光、白色LED、電球、ハロゲンランプ、キセノンランプ等の一般照明や青色発光ダイオード、青色レーザ等を光源として照射される可視光、紫外領域に波長を有する光等、光全般を指すものである。親水性部材の表面は上記した光の種類、さらに光の照射の有無にかかわらず、親水性を示すものである。このような表面を有する部材によれば、暗所での親水性の保持時間を大幅に延長することが可能となる。
【0031】
親水性部材の表面は基準長さを100μmとしたときの算術平均粗さRaが1〜1000nmの範囲とされている。算術平均粗さRaはJIS B 0601(2001)で定義される値であり、表面形状測定装置、走査型プローブ顕微鏡、電子顕微鏡等を用いて観察並びに測定した断面曲線から算出することができる。高い親水性能を得るためには表面が滑らかであることが好ましいが、親水性能の保持時間を長くするためには表面に僅かな凹凸が必要とされる。このため、表面の算術平均粗さRaは1nm以上とする。
【0032】
一方、基準長さを100μmとしたときの算術平均粗さRaが1000nmを超える場合には、親水性を付与しようとする表面の凹凸が大きくなりすぎる。このため、親水性に基づく本来の効果である防曇、汚れ防止等の効果を得ることができない。さらに、算術平均粗さRaが1000nmを超えると表面が白濁し、表面の凹凸のために汚れやすくなり、さらに水による汚れの除去も困難になる。親水性部材の表面の基準長さを100μmとしたときの算術平均粗さRaは2〜400nmの範囲であることがより好ましく、さらに好ましくは2〜100nmの範囲である。
【0033】
表面に酸化タングステンや酸化タングステン複合材の粗大粒子が存在する等、酸化タングステン系粒子が表面に不均一に存在している場合にも、算術平均粗さRaが大きくなる。このような場合には、酸化タングスン系微粒子が本来有する活性が損なわれるため、表面の親水性能が低下する。さらに、表面の算術平均粗さRaが著しく大きい場合には、親水性の評価法である接触角の測定そのものが困難になる。
【0034】
親水性部材の表面は、基準長さを100μmとしたときの輪郭曲線要素(粗さ曲線要素)の平均長さRSmが算術平均粗さRaの2倍以上であることが好ましい。Raに対してRSmが2倍以上であると表面がより滑らかになり、高い親水性を発揮させることができる。RSmがRaの2倍未満であると表面の凹凸が大きくなる。親水性部材の表面の輪郭曲線要素の平均長さRSmは算術平均粗さRaの3倍以上であることがより好ましい。
【0035】
さらに、親水性部材の表面において、酸化タングステン系微粒子は結晶方位が配向していないことが好ましい。表面の結晶方位の配向状態はX線回折や後方散乱電子線回折を実施することにより確認できる。例えば、X線回折で2θが22〜25°の範囲に存在するピークのうち、強度が最大の回折ピークをA、強度が2番目に大きい回折ピークをB、強度が3番目に大きい回折ピークをCとしたとき、下記の(1)〜(3)の条件のいずれかを満たす場合に、結晶方位が配向していないことを確認することができる。ピーク強度の測定は山の高い位置をピークとし、その高さを読み取って強度とする。肩がある場合もその高さを読み取ってピーク強度とする。
【0036】
(1)ピークが3つ存在する場合に、ピークAに対するピークBの強度比(B/A)が0.3以上で、かつピークAに対するピークCの強度比(C/A)が0.3以上である。
(2)ピークが2つ存在する場合に、ピークAとピークBの間の谷の最も低い強度をDとしたとき、ピークAに対するピークBの強度比(B/A)が0.3以上で、強度DがピークBの強度の1/2より大きい(D>B/2)。
(3)ピークが1つしか存在しない場合に、ピークの半値幅が1°以上である。
【0037】
親水性部材の表面に存在する酸化タングステン系微粒子がアモルファス構造を有する場合には、所望の特性を得ることができない。このため、親水性部材の表面には結晶構造を有する酸化タングステン系微粒子を存在させるものとする。ただし、上述したように表面全体を見た場合に、酸化タングステンの結晶方位が配向した状態とはならないように、酸化タングステン系微粒子を表面に存在させることが好ましい。
【0038】
酸化タングステンの代表的な結晶構造はReO構造であることから、表面の最外層に酸素を持つ反応活性が高い結晶面が露出しやすい。このため、水を吸着して高い親水性を示す。蒸着法、スパッタリング法、ゾル・ゲル法で作製した酸化タングステン膜は、成膜時に結晶がアモルファスとなって親水化しにくい。このような膜も熱処理して結晶性を向上させると親水性表面になる。しかし、熱処理温度を高くすると結晶が配向し、同時に親水性が低下する。これは親水性を示しにくい結晶面が表面に多くなるためと考えられる。
【0039】
これに対して、実施形態の親水性部材では酸化タングステン系微粒子を用いて表面を構成している。このため、表面に結晶性の高い酸化タングステンや酸化タングステン複合材を存在させることができ、さらに親水性を示す結晶面が任意な方向に向いた状態が得られる。そして、酸化タングステン系微粒子を表面全体に均一に存在させることができるため、他の成膜方法より高い親水性を示す表面を得ることが可能となる。
【0040】
この実施形態の親水性部材における表面は可視光の照射下で光触媒性能を示すことが好ましい。一般に可視光とは波長が380〜830nmの領域の光であり、白色蛍光灯、太陽光、白色LED、電球、ハロゲンランプ、キセノンランプ等の一般照明や、青色発光ダイオード、青色レーザ等を光源として照射される光である。この実施形態の親水性部材は、通常の屋内環境下で光触媒性能を発揮するものである。光触媒性能とは、光を吸収して光子一個に対し一対の電子と正孔が励起され、励起された電子と正孔が表面にある水酸基や酸を酸化還元により活性化し、その活性化で発生した活性酸素種によって、有機ガス等を酸化分解する作用であり、さらに親水性や抗菌・除菌性能等を発揮する作用である。
【0041】
親水性部材の表面に光触媒性能を付与するためには、光触媒性能を有する酸化タングステン系微粒子を用いて表面を構成する。例えば、単斜晶および三斜晶から選ばれる少なくとも1種(単斜晶、三斜晶、または単斜晶と三斜晶との混晶)の結晶構造、あるいはそれに斜方晶を混在させた結晶構造を有する三酸化タングステンやそれをベースとする複合材の微粒子を用いることによって、高い光触媒性能を得ることができる。さらに、三酸化タングステンの結晶構造が単斜晶と三斜晶との混晶、あるいは単斜晶と三斜晶と斜方晶の混晶である場合に、光触媒性能をより一層向上させることが可能となる。
【0042】
親水性部材の光触媒性能、すなわち有機物の分解性能は、例えば表面にオレイン酸を塗布し、可視光を照射しながら水の接触角の時間変化を測定することにより評価する。光触媒性能を有する場合、膜等の形成直後は接触角が大きくても、オレイン酸を分解することで接触角が低下し、やがて親水性を示すようになる。
【0043】
この実施形態の親水性部材に用いられる酸化タングステン系微粒子(粉末)は、以下に示す方法で作製することが好ましいが、これに限定されるものではない。酸化タングステン微粒子は昇華工程を適用して作製することが好ましい。また、昇華工程に熱処理工程を組合せることも有効である。このような方法で作製した三酸化タングステン系微粒子によれば、上述した平均一次粒子径やBET比表面積を安定して実現することができる。さらに、平均一次粒子径がBET比表面積から換算した値に近似し、粒子径ばらつきが小さい微粒子(微粉末)を安定して提供することができる。
【0044】
まず、昇華工程について述べる。昇華工程は、金属タングステン粉末、タングステン化合物粉末、またはタングステン化合物溶液を、酸素雰囲気中で昇華させることによって、三酸化タングステン微粒子を得る工程である。昇華とは固相から気相、あるいは気相から固相への状態変化が、液相を経ずに起こる現象である。原料としての金属タングステン粉末、タングステン化合物粉末、またはタングステン化合物溶液を、昇華させながら酸化させることによって、微粒子状の酸化タングステン粉末を得ることができる。
【0045】
昇華工程の原料(タングステン原料)には、金属タングステン粉末、タングステン化合物粉末、またはタングステン化合物溶液のいずれを使用してもよい。原料として使用するタングステン化合物としては、例えば三酸化タングステン(WO)、二酸化タングステン(WO)、低級酸化物等の酸化タングステン、炭化タングステン、タングステン酸アンモニウム、タングステン酸カルシウム、タングステン酸等が挙げられる。
【0046】
上述したようなタングステン原料の昇華工程を酸素雰囲気中で行うことで、金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末を瞬時に固相から気相とし、さらに気相となった金属タングステン蒸気を酸化することによって、酸化タングステン微粒子が得られる。溶液を使用した場合でも、タングステン酸化物あるいは化合物を経て気相となる。このように、気相での酸化反応を利用することによって、酸化タングステン微粒子を得ることができる。さらに、酸化タングステン微粒子の結晶構造を制御することができる。
【0047】
昇華工程の原料としては、酸素雰囲気中で昇華して得られる酸化タングステン微粒子に不純物が含まれにくいことから、金属タングステン粉末、酸化タングステン粉末、炭化タングステン粉末、およびタングステン酸アンモニウム粉末から選ばれる少なくとも1種を使用することが好ましい。金属タングステン粉末や酸化タングステン粉末は、昇華工程で形成される副生成物(酸化タングステン以外の物質)として有害なものが含まれないことから、特に昇華工程の原料として好ましい。
【0048】
原料に用いるタングステン化合物としては、その構成元素としてタングステン(W)と酸素(O)を含む化合物が好ましい。構成成分としてWおよびOを含んでいると、昇華工程で後述する誘導結合型プラズマ処理等を適用した際に瞬時に昇華されやすくなる。このようなタングステン化合物としては、WO、W2058、W1849、WO等が挙げられる。また、タングステン酸、パラタングステン酸アンモニウム、メタタングステン酸アンモニウムの溶液あるいは塩等も有効である。
【0049】
酸化タングステン複合材微粒子を作製する際には、タングステン原料に加えて遷移金属元素やその他の元素を、金属、酸化物を含む化合物、複合化合物等の形態で混ぜてもよい。酸化タングステンを他の元素と同時に処理することによって、酸化タングステンと他の元素との複合酸化物等の複合化合物微粒子を得ることができる。酸化タングステン複合材微粒子は、酸化タングステン微粒子を他の金属元素の単体粒子や化合物粒子と混合、担持させることによっても得ることができる。酸化タングステンと他の金属元素との複合方法は特に限定されるものではなく、各種公知の方法を適用することが可能である。
【0050】
タングステン原料としての金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末は0.1〜100μmの範囲の平均粒子径を有することが好ましい。タングステン原料の平均粒子径は0.3μm〜10μmの範囲がより好ましくは、さらに好ましくは0.3μm〜3μmの範囲、望ましくは0.3μm〜1.5μmの範囲である。上記範囲内の平均粒子径を有する金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末を用いると、昇華が生じやすい。
【0051】
タングステン原料の平均粒子径が0.1μm未満の場合には原料粉が微細すぎるため、原料粉の事前調整が必要になったり、取扱い性が低下することに加えて、高価になるために工業的に好ましくない。タングステン原料の平均粒子径が100μmを超えると均一な昇華反応が起きにくくなる。平均粒子径が大きくても大きなエネルギー量で処理すれば均一な昇華反応を生じさせることができるが、工業的には好ましくない。
【0052】
昇華工程でタングステン原料を酸素雰囲気中で昇華させる方法としては、誘導結合型プラズマ処理、アーク放電処理、レーザ処理、電子線処理、およびガスバーナー処理から選ばれる少なくとも1種の処理が挙げられる。これらのうち、レーザ処理や電子線処理ではレーザまたは電子線を照射して昇華工程を行う。レーザや電子線は照射スポット径が小さいため、一度に大量の原料を処理するためには時間がかかるものの、原料粉の粒子径や供給量の安定性を厳しく制御する必要がないという長所がある。
【0053】
誘導結合型プラズマ処理やアーク放電処理は、プラズマやアーク放電の発生領域の調整が必要であるものの、一度に大量の原料粉を酸素雰囲気中で酸化反応させることができる。また、一度に処理できる原料の量を制御することができる。ガスバーナー処理は動力費が比較的安いものの、原料粉や原料溶液を多量に処理することが難しい。このため、ガスバーナー処理は生産性の点で劣るものである。なお、ガスバーナー処理は昇華させるのに十分なエネルギーを有するものであればよく、特に限定されるものではない。プロパンガスバーナーやアセチレンガスバーナー等が用いられる。
【0054】
昇華工程に誘導結合型プラズマ処理を適用する場合、通常アルゴンガスや酸素ガスを用いてプラズマを発生させ、このプラズマ中に金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末を供給する方法が用いられる。プラズマ中にタングステン原料を供給する方法としては、例えば金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末をキャリアガスと共に吹き込む方法、金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末を所定の液状分散媒中に分散させた分散液を吹き込む方法等が挙げられる。
【0055】
金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末をプラズマ中に吹き込む場合に用いられるキャリアガスとしては、例えば空気、酸素、酸素を含有した不活性ガス等が挙げられる。これらのうち、空気は低コストであるために好ましく用いられる。キャリアガスの他に酸素を含む反応ガスを流入する場合や、タングステン化合物粉末が三酸化タングステンの場合等、反応場中に酸素が十分に含まれているときには、キャリアガスとしてアルゴンやヘリウム等の不活性ガスを用いてもよい。反応ガスには酸素や酸素を含む不活性ガス等を用いることが好ましい。酸素を含む不活性ガスを用いる場合、酸化反応に必要な酸素量を十分に供給することが可能なように、酸素量を設定することが好ましい。
【0056】
金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末をキャリアガスと共に吹き込む方法を適用すると共に、ガス流量や反応容器内の圧力等を調整することによって、三酸化タングステン微粒子の結晶構造を制御しやすい。具体的には、単斜晶および三斜晶から選ばれる少なくとも1種(単斜晶、三斜晶、または単斜晶と三斜晶との混晶)、あるいはそれに斜方晶を混在させた結晶構造を有する三酸化タングステン微粒子が得られやすい。三酸化タングステン微粒子の結晶構造は、単斜晶と三斜晶との混晶、あるいは単斜晶と三斜晶と斜方晶の混晶であることがより好ましい。
【0057】
金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末の分散液の作製に用いられる分散媒としては、分子中に酸素原子を有する液状分散媒が挙げられる。分散液を用いると原料粉の取扱いが容易になる。分子中に酸素原子を有する液状分散媒としては、例えば水およびアルコールから選ばれる少なくとも1種を20容量%以上含むものが用いられる。液状分散媒として用いるアルコールとしては、例えばメタノール、エタノール、1−プロパノールおよび2−プロパノールから選ばれる少なくとも1種が好ましい。水やアルコールはプラズマの熱で容易に揮発しやすいため、原料粉の昇華反応や酸化反応を妨害することはなく、分子中に酸素を含有していることから酸化反応を促進しやすい。
【0058】
金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末を分散媒に分散させて分散液を作製する場合、金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末は分散液中に10〜95質量%の範囲で含ませることが好ましく、さらに好ましくは40〜80質量%の範囲である。このような範囲で分散液中の分散させることで、金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末を分散液中に均一に分散させることができる。均一に分散していると原料粉の昇華反応が均一に生じやすい。分散液中の含有量が10質量%未満では原料粉の量が少なすぎて効率よく製造ができない。95質量%を超えると分散液が少なく、原料粉の粘性が増大することで、容器にこびりつき易くなるために取扱い性が低下する。
【0059】
金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末を分散液にしてプラズマ中に吹き込む方法を適用することによって、三酸化タングステン微粒子の結晶構造を制御しやすい。具体的には、単斜晶および三斜晶から選ばれる少なくとも1種、またはそれに斜方晶を混在させた結晶構造を有する三酸化タングステン微粒子が得られやすい。さらに、タングステン化合物溶液を原料として用いることによっても、昇華反応を均一に行うことができ、さらに三酸化タングステン微粒子の結晶構造の制御性が向上する。上記したような分散液を用いる方法は、アーク放電処理にも適用することが可能である。
【0060】
レーザや電子線を照射して昇華工程を実施する場合は、金属タングステンやタングステン化合物をペレット状にしたものを原料として使用することが好ましい。レーザや電子線は照射スポット径が小さいため、金属タングステン粉末、タングステン化合物粉末を用いると供給が困難になるが、ペレット状にした金属タングステンやタングステン化合物を用いることで効率よく昇華させることができる。レーザは金属タングステンやタングステン化合物を昇華させるのに十分なエネルギーを有するものであればよく、特に限定されるものではないが、COレーザが高エネルギーであるために好ましい。
【0061】
レーザや電子線をペレットに照射する際に、レーザ光や電子線の照射源またはペレットの少なくとも一方を移動させると、ある程度の大きさを有するペレットの全面を有効に昇華することができる。これによって、単斜晶および三斜晶から選ばれる少なくとも1種に斜方晶を混在させた結晶構造を有する三酸化タングステン粉末が得られやくなる。上記したようなペレットは誘導結合型プラズマ処理やアーク放電処理にも適用可能である。
【0062】
この実施形態の親水性部材に用いられる酸化タングステン系微粒子は、上述したような昇華工程のみによっても得ることができるが、昇華工程で作製した酸化タングステン系微粒子に熱処理工程を実施することも有効である。熱処理工程は、昇華工程で得られた三酸化タングステン系微粒子を、酸化雰囲気中にて所定の温度と時間で熱処理するものである。昇華工程の条件制御等で三酸化タングステン微粒子を十分に形成することができない場合でも、熱処理を施すことで酸化タングステン微粒子中の三酸化タングステン微粒子の割合を99%以上、実質的には100%にすることができる。さらに、熱処理工程で三酸化タングステン微粒子の結晶構造を所定の構造に調整することができる。
【0063】
熱処理工程で用いられる酸化雰囲気としては、例えば空気や酸素含有ガスが挙げられる。酸素含有ガスとは酸素を含有した不活性ガスを意味する。熱処理温度は200〜1000℃の範囲とすることが好ましく、さらに好ましくは400〜700℃である。熱処理時間は10分〜5時間とすることが好ましく、さらに好ましくは30分〜2時間である。熱処理工程の温度および時間を上記範囲内にすることによって、三酸化タングステン以外の酸化タングステンから三酸化タングステンを形成しやすい。また、欠陥が少ない結晶性の良い粉末を得るためには、熱処理時の昇温や降温を緩やかに実施することが好ましい。熱処理時の急激な加熱や急冷は結晶性の低下を招くことになる。
【0064】
熱処理温度が200℃未満の場合には、昇華工程で三酸化タングステンにならなかった粉末を三酸化タングステンにするための酸化効果を十分に得ることができないおそれがある。熱処理温度が1000℃を超えると酸化タングステン微粒子が急激に粒成長するため、得られる酸化タングステン微粉末の比表面積が低下しやすい。さらに、上記したような温度と時間で熱処理工程を行うことによって、三酸化タングステン微粉末の結晶構造や結晶性を調整することが可能となる。
【0065】
この実施形態の親水性製品は上述した親水性部材を具備するものであり、それに用いられる該当部材に親水性部材を適用して構成される。親水性製品の具体例としては、エアコン、空気清浄機、扇風機、冷蔵庫、電子レンジ、食器洗浄乾燥機、炊飯器、鍋蓋、ポット、IHヒータ、洗濯機、掃除機、照明器具(ランプ、器具本体、シェード等)、衛生用品、便器、洗面台、鏡、浴室(壁、天井、床等)、建材(室内壁、天井材、床、外壁)、インテリア用品(カーテン、絨毯、テーブル、椅子、ソファー、棚、ベッド、寝具等)、ガラス、サッシ、手すり、ドア、ノブ、衣服、家電製品等に使用されるフィルタ、文房具、台所用品、自動車の室内空間で用いられる部材等が挙げられる。
【0066】
この実施形態の親水性部材や親水性製品は、光の照射の有無にかかわらず高い親水性を有し、さらにその性能を長時間維持することができる。従って、暗所でも高い親水性を長時間にわたって発揮することが可能な部材や製品を提供することができる。光触媒性能を有する酸化タングステン系微粒子を使用した場合には、光触媒性能に基づく有機物の分解性能、親水性、抗菌・除菌性能等を有する部材や製品を提供することが可能となる。
【0067】
一般的に金属酸化物は親水性であり、酸化チタンや酸化タングステンも表面は親水性と考えられている。しかし、従来の製法で作製した材料は、大気中では短時間で親水性が低下し、通常の状態では親水性部材を得ることはできない。この実施形態においては、本来親水性である酸化タングステンや酸化タングステン複合材の微粒子を使用しているため、光によらずに親水性を示す部材や製品を実現することができる。従って、暗所での親水性保持時間を大幅に延長し、防汚、防曇、汚れ除去等の効果を長期間にわたって得ることを可能にした部材や製品を提供することが可能となる。
【0068】
さらに、可視光の照射下で光触媒性能を示す酸化タングステン系微粒子を用いて部材の表面を構成することによって、有機物による汚れで親水性が低下した場合においても、光が照射されることで短時間のうちに表面を親水性化することができる。そのような部材や製品を可視光が照射される環境下で使用することによって、有機ガスの分解性能、抗菌・除菌性能等の光触媒性能に基づく効果を得ることが可能となる。
【実施例】
【0069】
次に、本発明の具体的な実施例およびその評価結果について述べる。なお、以下の実施例では粉末の製造方法として、昇華工程に誘導結合型プラズマ処理を適用した方法を使用しているが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0070】
(実施例1)
まず、原料粉末として平均粒子径が0.5μmの三酸化タングステン粉末を用意した。この原料粉末をキャリアガス(Ar)と共にRFプラズマに噴霧し、さらに反応ガスとしてアルゴンを40L/min、酸素を40L/minの流量で流した。このようにして原料粉末を昇華させながら酸化反応させる昇華工程を経て、酸化タングステン粉末を作製した。さらに、酸化タングステン粉末を1050℃×0.25時間の条件で熱処理した。
【0071】
得られた酸化タングステン粉末の平均一次粒子径(D50)とBET比表面積を測定した。平均一次粒子径はTEM写真の画像解析によって測定した。TEM観察には日立社製H−7100FAを使用し、拡大写真を画像解析にかけて粒子50個以上を抽出し、体積基準の積算径を求めてD50を算出した。BET比表面積の測定は、マウンテック社製比表面積測定装置Macsorb1201を用いて行った。前処理は窒素中にて200℃×20分の条件で実施した。平均一次粒子径(D50)とBET比表面積を表1に示す。
【0072】
次いで、酸化タングステン粉末を水と混合した後に、超音波分散処理を行って分散液を作製した。分散液を5×5cmのガラス板に広げ、200℃で30分間乾燥させることによって、0.05gの酸化タングステン微粒子を塗布した試料を作製した。得られた膜の表面粗さRa、RSmを測定した。表面粗さはアルバアック社製表面形状測定装置Dektak6Mを用いて、基準長さを100μmとして測定した。その結果、Raは150nm、RSmは618nmであった。さらに、膜のX線回折を行って結晶方位の配向性を確認した。X線回折は日本電子社製X線回折装置JDX−3500を用いて実施した。その結果、結晶方位は配向していないことが確認された。
【0073】
次に、膜の親水性を以下のようにして評価した。0.4mgの水滴に対する膜の接触角を、接触角計(協和界面科学社製CA−D)を用いて時間経過毎に測定した。接触角は膜の作製直後、通常の実験室内の環境下における暗所に3日間保管した後、さらに暗所に1ヶ月保管した後に測定した。さらに、暗所に1ヶ月保管した後の膜に可視光を1時間照射し、その後の接触角も測定した。光源には白色蛍光灯(東芝ライテック社製、FL20SS・W/18)を使用し、紫外線カットフィルタ(日東樹脂工業社製、クラレックスN−169)を用いて380nm未満の波長の光をカットした。照度は1000lxに調整した。これらの評価結果を表2に示す。
【0074】
接触角が10〜1°の場合、高い親水性であるとされる。特に、接触角が5°未満の場合に超親水性を示すと言う。この実施例の膜は暗所保管や光照射にかかわらず、高い親水性を示し、また長期間親水性を維持していることが確認された。
【0075】
さらに、光触媒の有機物分解による親水性効果を確認するため、得られた膜にオレイン酸を塗布し、照度が1000lxの可視光を照射した際の接触角の推移を評価した。光源は上記と同様のものを使用した。可視光の照射から24時間、48時間、72h時間経過後の評価結果を表2に示す。比較のため、ブラックライト(東芝ライテック社製、FL20S・BLB・JET20W)を用いて、紫外線(0.5mW/cm)を72時間照射した後の接触角についても評価した。
【0076】
実施例1の膜は、可視光の照射当初は十分な親水性を示さなかったが、時間の経過と共に水の接触角が低下しており、オレイン酸が分解されていることが確認された。これは、高温で熱処理を行っているために酸化タングステン粒子が粒成長し、これにより光触媒としての効果が十分に発揮できなかったためと考えられる。
【0077】
(実施例2)
反応ガスとして酸素を80L/minの流量で流し、反応容器内の圧力を25kPaと減圧側に調整する以外は、実施例1と同様にして昇華工程を実施して酸化タングステン粉末を作製した。次に、得られた酸化タングステン粉末を用いて、実施例1と同様にしてガラス板上に膜を形成した。酸化タングステン粉末および膜の特性を実施例1と同様にして評価した。その結果を表1に示す。さらに、得られた膜の親水性を実施例1と同様にして評価した。親水性の評価結果を表2に示す。実施例2の膜は暗所での接触角が1°未満であり、暗所および光照射を問わず高い親水性を示し、さらに長期間親水性を維持していることが確認された。光触媒による親水性効果を有することも確認された。
【0078】
(実施例3〜5)
実施例1と同様の昇華工程を経て酸化タングステン粉末を作製した。さらに、酸化タングステン粉末を大気中にて500〜900℃×1〜2時間の条件下で熱処理した。次に、得られた酸化タングステン粉末をそれぞれ用いて、実施例1と同様にしてガラス板上に膜を形成した。酸化タングステン粉末および膜の特性を実施例1と同様にして評価した。その結果を表1に示す。さらに、得られた膜の親水性を実施例1と同様にして評価した。親水性の評価結果を表2に示す。
【0079】
実施例3〜5によるガラス部材(膜を有するガラス板)は、いずれも暗所での接触角が1°未満であり、暗所および光照射を問わず高い親水性を示し、さらに長期間親水性を維持していることが確認された。光触媒による親水性効果を有することも確認された。特に、実施例3および実施例4は可視光を72時間照射した後に高い親水性を示した。粒径が小さい実施例2より実施例3、4の方が高い光触媒効果を示したのは、製造条件の最適化により酸化タングステン微粒子の結晶性が向上したためと考えられる。
【0080】
(実施例6)
実施例3で得られた酸化タングステン粉末5質量%をコロイダルシリカ0.5質量%と混合し、この混合物を水中で分散させて水系塗料を作製した。この水系塗料を5×5cmのガラス板に塗布した後、200℃で30分間乾燥させて膜を形成した。粉末と膜の特性を実施例1と同様にして評価した。その結果を表1に示す。さらに、得られた膜の親水性を実施例1と同様にして評価した。親水性の評価結果を表2に示す。
【0081】
(実施例7)
プラズマに投入する原料として、FeやMo等の不純物量が多い酸化タングステン粉末を用いた以外、実施例3と同様の昇華工程と熱処理工程を実施し、Feを300ppm含有する酸化タングステン複合材粉末を作製した。次に、得られた酸化タングステン複合材粉末を用いて、実施例1と同様にしてガラス板上に膜(0.05g塗布)を形成した。粉末および膜の特性を実施例1と同様にして評価した。その結果を表1に示す。さらに、得られた膜の親水性を実施例1と同様にして評価した。親水性の評価結果を表2に示す。
【0082】
(実施例8)
実施例3で得られた酸化タングステン粉末に酸化銅(CuO)粉末を1質量%混合した。このようにして得た酸化タングステン複合材粉末を用いて、実施例1と同様にしてガラス板上に膜を形成した。粉末および膜の特性を実施例1と同様にして評価した。その結果を表1に示す。さらに、得られた膜の親水性を実施例1と同様にして評価した。親水性の評価結果を表2に示す。
【0083】
(実施例9)
実施例3で得られた酸化タングステン粉末5質量%に、硝酸銀をAg換算で0.002質量%混合し、これを水中で分散させて水系分散液を作製した。光還元処理を行った後、水系分散液を5×5cmのガラス板に塗布した後、200℃で30分間乾燥させて膜(0.05g塗布)を形成した。粉末と膜の特性を実施例1と同様にして評価した。その結果を表1に示す。さらに、得られた膜の親水性を実施例1と同様にして評価した。親水性の評価結果を表2に示す。
【0084】
実施例6〜9によるガラス部材(膜を有するガラス板)は、いずれも実施例3と同様に、暗所および光照射を問わず高い親水性を示し、さらに長期間親水性を維持していることが確認された。光触媒による親水性効果を有することも確認された。
【0085】
(比較例1)
試薬等として市販されている酸化タングステン粉末(レアメタリック社製)を評価した。実施例1と同様にしてガラス板上に膜を形成したが、粒径が著しく大きいために膜が形成できず、膜の評価を行うことができなかった。粉末の特性のみを表1に示す。
【0086】
(比較例2)
スパッタリング法を適用して、600℃に加熱したガラス基板上に酸化タングステン膜を形成した。得られた膜の特性を実施例1と同様にして評価した。その結果を表1に示す。酸化タングステン膜は三斜晶が配向した結晶構造を有していた。さらに、得られた膜の親水性を実施例1と同様にして評価した。親水性の評価結果を表2に示す。スパッタリング法で形成した膜は結晶方位が配向しているため、成膜直後および暗所保管後の親水性が低かった。可視光を照射することで接触角の低下が見られたが、親水性は不十分であった。オレイン酸の分解能力も低いものであった。
【0087】
(比較例3)
ガラス板上にコロイダルシリカを用いてシリカ(SiO2)膜を形成した。得られた膜の特性を実施例1と同様にして評価した。その結果を表1に示す。さらに、得られた膜の親水性を実施例1と同様にして評価した。親水性の評価結果を表2に示す。シリカ膜は成膜直後には高い親水性を示したが、暗所での保管中に雰囲気の汚れを吸着して親水性が低下した。光照射による変化も見られなかった。オレイン酸の分解性能も得られなかった。
【0088】
(比較例4)
アナターゼ型チタニアゾルを用いて、ガラス板上に膜を形成した。得られた膜の特性を実施例1と同様にして評価した。その結果を表1に示す。さらに、得られた膜の親水性を実施例1と同様にして評価した。親水性の評価結果を表2に示す。ただし、暗所で1ヶ月保管した後の試料に可視光を照射しても接触角が変化しなかったため、紫外線を照射した試料の接触角を測定した。その結果を表2に示す。酸化チタン膜は成膜直後には低いながらも親水の傾向が見られたが、暗所での保管中に雰囲気の汚れを吸着して親水性が低下した。紫外線の照射後には接触角が低下する傾向があり、光照射による効果が見られた。オレイン酸の分解試験においても、紫外線の照射時にのみ親水性が発現した。
【0089】
【表1】
【0090】
【表2】
【0091】
(実施例10〜実施例15)
実施例10においては、プラズマに投入する原料として、酸化タングステン粉末に酸化ジルコニウム粉末を混合して使用する以外は実施例3と同様にして昇華工程と熱処理工程とを実施することによって、Zrを500ppm含有する酸化タングステン複合材粉末を作製した。実施例11においては、実施例3で得られた酸化タングステン粉末を塩化白金酸水溶液に分散させ、可視光照射とメタノール投入を行い、光析出法による担持を行った。遠心分離を実施し、上澄みの除去と水の追加による洗浄を2回行った後、上澄み除去後の粉末を110℃で12時間乾燥させることによって、Ptを0.1質量%含有する酸化タングステン複合材粉末を作製した。
【0092】
実施例12においては、実施例3で得られた酸化タングステン粉末を塩化パラジウム水溶液に分散させた。この分散液を遠心分離し、上澄みの除去と水の追加による洗浄を2回行った後、上澄み除去後の粉末を110℃で12時間乾燥させることによって、Pdを0.5質量%含有する酸化タングステン複合材粉末を作製した。実施例13においては、実施例3で得られた酸化タングステン粉末に酸化チタン粉末を5質量%の割合で混合することによって、酸化タングステン複合材粉末を作製した。
【0093】
実施例14においては、実施例3で得られた酸化タングステン粉末を塩化セリウム水溶液に分散させた。この分散液を遠心分離し、上澄みの除去と水の追加による洗浄を2回行った後、上澄み除去後の粉末を110℃で12時間乾燥させることによって、Ceを0.1質量%含有する酸化タングステン複合材粉末を作製した。実施例15においては、実施例3で得られた酸化タングステン粉末をアルミナゾルに分散させ、この分散液を110℃で12時間乾燥させることによって、アルミナ(Al)を2質量%含有する酸化タングステン複合材粉末を作製した。
【0094】
実施例10〜14の酸化タングステン複合材粉末については、ビーズミルによる分散処理を行った後、ガラス板上に塗布して膜を形成した。実施例15については、乾燥させる前の分散液をガラス板上に塗布して膜を形成した。粉末と膜の特性を実施例1と同様にして評価した。その結果を表3に示す。さらに、得られた膜の親水性を実施例1と同様にして評価した。親水性の評価結果を表4に示す。
【0095】
実施例10〜15においては、いずれも実施例3と同様な粉末特性および膜特性が得られた。膜の親水性に関しても、いずれも暗所および光照射を問わず高い親水性を示し、さらに長期間親水性を維持していることが確認された。各膜は光触媒による親水性効果を有していることも確認された。
【0096】
【表3】
【0097】
【表4】
【0098】
(実施例16)
実施例6で作製した水系塗料を自動車の室内空間のガラスに塗布して親水性を評価したところ、接触角は1°以下であり、超親水性を発現することが確認された。このため、結露が発生しにくく、またガラスが汚れにくくなった。黄色ブドウ球菌、大腸菌、カビを用いて抗菌性の評価を行ったところ、いずれも優れた抗菌性を示すことが確認された。
【0099】
各実施例の酸化タングステン粉末や酸化タングステン複合材粉末を用いた水系分散液や水系塗料は優れた分散性を有するため、均一な膜を有する部材を作製することができる。酸化タングステン粉末や酸化タングステン複合材粉末は光触媒性能を有するため、アセトアルデヒド等の有機ガスの分解性能を安定して発揮することができ、視覚的に色ムラ等の問題が生じにくい。そのため、自動車の室内空間で使用される部材や工場、商店、公共施設、住宅等で使用される建材、内装材、家電等に好適に用いられる。
【産業上の利用可能性】
【0100】
本発明の態様に係る親水性部材は光によらずに親水性を示し、さらにそのような性能を長時間維持することができる。従って、そのような親水性部材を適用することによって、暗所での親水性保持時間を延長した親水性製品を提供することが可能となる。親水性製品は親水性に基づく防汚、防曇、汚れ除去等の効果が求められる各種製品に適用される。