【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行い、β−ジケトン化合物中の非対称β−ジケトン化合物と対称β−ジケトン化合物との相違点として、水への溶解度(親水性)に差異が生じることを見出した。
【0021】
β−ジケトン化合物はpHによって親水性が変化する化合物である。そして、水との混合溶液において、そのpHをアルカリ側にすることで容易に脱プロトン化してイオン化し親水性が増す傾向にある。これは非対称β−ジケトン化合物、対称β−ジケトン化合物の双方に見られる傾向であるが、本発明者等によると、上記化6の非対称β−ジケトン化合物の溶解度と化7、化8の対称β−ジケトン化合物の溶解度には下記のような関係がある(β−ジケトン化合物の置換基R
1、R
2はアルキル基であり、その炭素数をR
1<R
2とする。また、R
3は水素又はアルキル基である。)。
【0022】
【化9】
【0023】
上記の関係は、置換基R
1より炭素数の多い置換基R
2を有する化8の対称β−ジケトン化合物がアルカリ条件下においてもっとも溶解度が低い(疎水性である)ことを意味する。そこで、アルカリ条件下のβ−ジケトン化合物溶液に疎水性溶媒を接触させることで、この疎水性溶媒に疎水性の高い化8の対称β−ジケトン化合物を移動させて除去することができる。
【0024】
そして、上記の溶解度の大小関係は、β−ジケトン化合物溶液のpHが変化しても変わるものではない。そこで、溶液のpHを下げ中性側にシフトさせていくと、化7の対称β−ジケトン化合物よりも溶解度の低い化6の非対称β−ジケトン化合物が先に溶液から分離する。そして、このときpHの値を好適範囲にすることで、化7の対称β−ジケトン化合物は溶液に溶解させたまま非対称β−ジケトン化合物を回収することができる。
【0025】
本発明者等は、以上説明した、β−ジケトン化合物のpHによる親水性の変動、及び、非対称β−ジケトン化合物と対称β−ジケトン化合物の溶解度の大小関係に着目した。そして、処理対象となるβ−ジケトン化合物の混合溶液のpHを厳密な管理のもとで上下にスイングして、各pH領域において溶液から対称β−ジケトン化合物又は非対称β−ジケトン化合物を分離抽出することで、高純度の非対称β−ジケトン化合物を精製できることを見出し、本発明に想到した。
【0026】
即ち、本発明は、化10で示される非対称β−ジケトン化合物に、化11で示される対称β−ジケトン化合物と化12で示される対称β−ジケトン化合物の少なくともいずれかが混在するβ−ジケトン化合物から、前記非対称β−ジケトン化合物を抽出する方法であって、下記(A)工程及び(B)工程を含み、更に、下記の(a)、(b)の工程の少なくともいずれかを含む非対称β−ジケトン化合物の抽出方法である。
【0027】
(A)工程:前記β−ジケトン化合物と水との混合溶液のpHを11.5以上とし、β−ジケトン化合物を水に溶解させてβ−ジケトン化合物溶液とする工程。
(B)工程:次いで、前記β−ジケトン化合物溶液のpHを9.5以下とし、前記β−ジケトン化合物溶液から分離する化10の非対称β−ジケトン化合物を回収する工程。
【0028】
(a)工程:(A)工程の際、混合溶液のpHの上限を12.5に設定してβ−ジケトン化合物溶液とし、前記β−ジケトン化合物溶液に疎水性溶媒とを接触させることにより、化3の対称β−ジケトン化合物を前記疎水性溶媒に移動させる工程。
(b)工程:(B)工程の際、β−ジケトン化合物溶液のpHの下限を8.0に設定し、β−ジケトン化合物溶液から分離する化1の非対称β−ジケトン化合物を分離させて回収する工程。
【0029】
【化10】
【0030】
【化11】
【0031】
【化12】
(各化学式において、置換基であるR
1、R
2はアルキル基であり、R
1の炭素数<R
2の炭素数の関係を有する。また、R
3は水素又はアルキル基である。)
【0032】
以下、本発明についてより詳細に説明する。まず、本発明において処理対象となるβ−ジケトン化合物について、その合成工程は特に限定されるものではない。従って、上記したエステル化合物とケトン化合物との縮合反応による合成方法、又は、β−ケトエステルを出発原料とする合成方法のいずれの合成法によるβ−ジケトン化合物も対応する。また、これら2つの合成法以外の方法で合成されたものであっても良い。
【0033】
処理対象となるβ−ジケトン化合物に含まれる対称β−ジケトン化合物としては、その置換基に応じて2種の対称β−ジケトン化合物が考えられるが、いずれか一方のみを含んでいても良いし、双方を含んでいても良い。非対称β−ジケトン化合物の合成に際しては、副反応である対称β−ジケトン化合物の生成反応の選択性を制御することができないからである。尚、後述するように一方の対称β−ジケトン化合物のみしか含まれていない場合、或いは、一方の対称β−ジケトン化合物の含有量が少ない場合には、工程を簡略化するためその対称β−ジケトン化合物についての分離除去は行わないようにすることができる。
【0034】
また、本発明は各種のアルキル基(R
1、R
2)を有するβ−ジケトン化合物を対象とし、その炭素数に制限は無いが、好適には炭素数1〜4のアルキル基を有する非対称β−ジケトン化合物の抽出に有用である。R
1、R
2は相違するアルキル基であり、その炭素数がR
1<R
2の関係を有する。R
1、R
2は、メチル基、エチル基、プロピル基(n−プロピル基、イソプロピル基)、ブチル基(n−ブチル基、イソブチル基、tert−ブチル基、sec−ブチル基)からそれぞれ選択され、前記炭素数の大小関係を満足する組合せのものが好ましい。また、置換基R
3は、水素又はアルキル基であるが、置換基R
3がアルキル基である場合、これも炭素数に制限は無いが、好適には炭素数1〜4である。
【0035】
本発明は溶液系の処理を伴うものであるから、上記した非対称β−ジケトン化合物の合成後の反応液を処理対象としても良い。但し、非対称β−ジケトン化合物の合成反応では、対称・非対称β−ジケトン化合物以外のその他の有機物の生成が伴うことが多く、これらその他の有機物は本発明の溶解度差を利用する分離方法では除去が困難である。そのため、好ましくは合成反応後にその他の有機物が除去された状態のβ−ジケトン化合物を処理対象とするのが好ましい。この好ましい処理対称となるβ−ジケトン化合物は、対称・非対称β−ジケトン化合物の合計含有量が80〜100重量%のものである。20%程度のその他の有機物を含むものであれば、非対称β−ジケトン化合物の抽出後に適宜に蒸留等を行うことで除去可能だからである。
【0036】
本発明は、上記の通り任意の方法により得られるβ−ジケトン化合物を処理対象物としてこれを水に混合して混合溶液とし、そのpHを11.5以上のアルカリ領域にする(A)工程と、(A)工程の後、β−ジケトン化合物溶液のpHを9.0以下に下げる(B)工程を基本的な構成とする。
【0037】
(A)工程は、上記の通り、β−ジケトン化合物のpH上昇による親水性の増大を利用し、β−ジケトン化合物(対称、非対称含む)を水に溶解させる工程である。ここで、pHの下限値を11.5としたのは、これ以上のpHにしないとβ−ジケトン化合物を完全に溶解させることができず、最終的な非対称β−ジケトン化合物の収率に影響を及ぼすこととなるからである。好ましい、pHの下限値は12.0である。一方、(A)工程で設定されるpHの上限値は、(a)工程による化12の対称β−ジケトン化合物の除去を行うか否かにより決定される。そして、(a)工程の処理を行わない場合には、pHの上限に特に制限はないが、pH調整のために添加する塩基の節約等を考えると13.5程度を上限とするのが好ましい。
【0038】
(A)工程でpHを上昇させる手段としては、溶液に金属水酸化物を添加するのが好ましい。強アルカリで水への溶解度が高く、pHの調整が容易だからである。具体的な添加物は、アルカリ金属の水酸化物である水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化ルビジウム、水酸化セシウムが挙げられる。
【0039】
そして、(B)工程は、(A)工程により生成したβ−ジケトン化合物溶液のpHを下げることで、β−ジケトン化合物の親水性を低下させて非対称β−ジケトン化合物を溶液から分離させる工程である。このpHの上限を9.5とするのは、これを超えるpHでは溶液中にβ−ジケトン化合物が溶存している可能性があり非対称β−ジケトン化合物の収率を低下させるからである。好ましいpHの上限値は9.0である。一方、(B)工程で設定されるpHの下限値は、(b)工程で規定されるpHの下限値を適用するか否かにより相違する。そして、(b)工程によるpHの設定を適用しない場合には、pHの下限には特に制限はないが、pH調整のために添加する酸の節約等を考えると7.0程度を下限とするのが好ましい。
【0040】
(B)工程で溶液のpHを低下させる手段としては、溶液に塩酸、硫酸、過塩素酸を添加するのが好ましい。安価で強酸であり、pHの調整が容易だからである。
【0041】
この(B)工程によりpHを低下させた溶液には非対称β−ジケトン化合物が有機層として分離した状態にあるから、これを回収することで精製された非対称β−ジケトン化合物を得ることができる。この回収には疎水性溶媒を用いた溶媒抽出を行っても良い。
【0042】
そして、本発明では、上記(A)、(B)工程を基本構成とし、各工程のpH値の上限、下限を(a)工程、(b)工程の有無により決定する。
【0043】
(a)工程は、炭素数の多い置換基を含む化12の対称β−ジケトン化合物を除去する工程である。この工程では、pHの上限値を12.5としてβ−ジケトン化合物溶液を生成し、これに疎水性溶媒を接触させることで、親水性の最も低い化12の対称β−ジケトン化合物を疎水性溶媒に移動させて除去する。pHの上限を12.5とするのは、これを超えるpHにすると、除去目的である化12の対称β−ジケトン化合物の親水性までも高くなり、疎水性溶媒での除去が困難となるからである。このpHの上限値は、より好ましくは12.2とする。また、β−ジケトン化合物溶液に接触させる疎水性溶媒としては、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、石油エーテル、シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン、キシレン、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジクロロメタン、クロロホルムが好ましい。このときの接触時間(方法)は5分以上とするのが好ましい。また、β−ジケトン化合物溶液と疎水性溶媒との接触処理は1回でも良いが、2回以上行うのがこのましい。
【0044】
(b)工程は、(A)工程で生成したβ−ジケトン化合物溶液のpHを下げて非対称β−ジケトン化合物を溶液から分離させる際、炭素数の少ない置換基を含む化11の対称β−ジケトン化合物の同伴を防止するためにpHの下限値を設定する工程である。化11の対称β−ジケトン化合物は、化10の非対称β−ジケトン化合物よりも親水性が高いことから、(A)工程で低下させたpHの値が化11の対称β−ジケトン化合物が分離するpH値よりも高い場合、溶液中に残留することとなる。(b)工程はこの現象を利用するものであり、化11の対称β−ジケトン化合物を分離するため溶液のpHの下限値を8.0に設定するものである。これより低いpHでは、化11の対称β−ジケトン化合物までも溶液から分離することとなる。好ましいpHの下限値は8.5である。
【0045】
以上の各工程における溶液の温度については、常温で実施可能であり、特に限定するものではない。そして、回収された非対称β−ジケトン化合物は、そのまま錯体製造のための原料に供しても良いが、蒸留等の後処理を行っても良い。蒸留は、β−ジケトン化合物以外の有機物等の不純物を完全に除去することができるので好ましい後処理である。この蒸留の条件としては、圧力100Pa、温度30〜35℃で減圧蒸留するのが好ましい。
【0046】
上記説明から理解できるように、(a)工程、(b)工程の実施の有無、即ち、(A)工程におけるpHの上限設定及び疎水性溶液との接触の有無と、(B)工程におけるpHの下限設定の有無は、処理対象となるβ−ジケトン化合物の構成により決定される。これを説明するのが
図1である。処理対象となるβ−ジケトン化合物中に化11、化12の対称β−ジケトン化合物の双方が含まれている場合には、(a)、(b)工程の双方の処理を行う(
図1における実線のようにpHを調整する)。また、処理対象となるβ−ジケトン化合物中に化12の対称β−ジケトン化合物のみが含まれている場合、或いは、化11の対称β−ジケトン化合物の量が極めて少ない場合には、(a)工程の処理のみ行うことで非対称β−ジケトン化合物中を抽出できる((A)工程は実線に、(B)工程は点線に沿ってpHを調整する)。そして、処理対象となるβ−ジケトン化合物中に化11の対称β−ジケトン化合物のみが含まれている場合、或いは、化12の対称β−ジケトン化合物の量が極めて少ない場合には、(a)工程は不要であり、(A)工程のβ−ジケトン化合物の溶解後(pHは11.5以上であれば特に上限はない)、直ちに(b)工程で設定するpHの下限値を考慮してpHを下げることで非対称β−ジケトン化合物中を抽出できる((A)工程は点線に、(B)工程は実線に沿ってpHを調整する。)。尚、上記において「極めて少ない場合」とする基準としては、処理対象となるβ−ジケトン化合物中、いずれかの対称β−ジケトン化合物の含有量が0.1%以下である場合が挙げられる。