【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度、独立行政法人科学技術振興機構、研究成果展開事業[戦略的イノベーション創出推進プログラム]「遺伝子・細胞操作を駆使したヒトES/iPS細胞利用基盤技術の開発」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【文献】
EIRAKU M., et al.,Self-organizing optic-cup morphogenesis in three-dimensional culture,Nature,2011年 4月 7日,Vol.472, No.7341,pp.51-56
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記基底膜標品が、ラミニン、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカンおよびエンタクチンからなる群から選ばれる少なくとも1つの細胞外マトリックス分子であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか記載の網膜色素上皮細胞の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。
【0009】
本発明における「形質転換体」とは、形質転換により作製された細胞等の生命体の全部又は一部を意味する。形質転換体としては、例えば、原核細胞、酵母、動物細胞、植物細胞、昆虫細胞等を挙げることができる。形質転換体は、その対象に依存して、形質転換細胞、形質転換組織、形質転換宿主等とも呼ばれることがある。本発明において用いられる細胞は、形質転換体であってもよい。
【0010】
本発明における遺伝子操作技術で使用される原核生物細胞としては、例えば、Eschericia属、Serratia属、Bacillus属、Brevibacterium属、Corynebacterium属、Microbacterium属、Pseudomonas属等に属する原核生物細胞、例えば、Eschericia XL1-Blue、Eschericia XL2-Blue、Eschericia DH1等を挙げることができる。このような細胞は、例えば、「Molecular Cloning(3rd edition)」 by Sambrook,J and Russell, D.W., Appendix 3(Volume3),Vectors and Bacterial strains. A3.2(Cold Spring Harbor USA 2001)に具体的に記載されている。
【0011】
本発明における「ベクター」とは、目的のポリヌクレオチド配列を目的の細胞へと移入させることができるベクターを意味する。このようなベクターとしては、例えば、原核細胞、酵母、動物細胞、植物細胞、昆虫細胞、動物個体及び植物個体等の宿主細胞において自立複製が可能であり、又は、染色体中への組込みが可能である、ポリヌクレオチドの転写に適した位置にプロモーターを含有しているもの等を挙げることができる。
このようなベクターのうち、クローニングに適したベクターを「クローニングベクター」と記すこともある。このようなクローニングベクターは、通常、制限酵素部位を複数含むマルチプルクローニング部位を含む。現在、遺伝子のクローニングに使用可能なベクターは、当該技術分野において多数存在しており、販売元により、微妙な違い(例えば、マルチクローニングサイトの制限酵素の種類や配列)から名前を代えて販売されている。例えば、「Molecular Cloning(3rd edition)」 by Sambrook, J and Russell, D.W., Appendix 3 (Volume 3), Vectors and Bacterial strains. A3.2 (Cold Spring Harbor USA, 2001)) に代表的なものが記載(発売元も記載)されており、このようなものを当業者は適宜目的に応じて使用することができる。
【0012】
本発明における「ベクター」は、「発現ベクター」、「レポーターベクター」、「組換えベクター」も含む。尚、「発現ベクター」とは、構造遺伝子及びその発現を調節するプロモーターに加えて種々の調節エレメントが宿主細胞の中で作動し得る状態で連結されている核酸配列を意味する。「調節エレメント」としては、例えば、ターミネーター、薬剤耐性遺伝子のような選択マーカー、及び、エンハンサーを含むもの等を挙げることができる。生物(例えば、動物)の発現ベクターのタイプ及び使用される調節エレメントの種類が宿主細胞に応じて変わり得ることは、当業者に周知の事項である。
【0013】
本発明に関連して「組換えベクター」としては、例えば、(a)ゲノムライブラリーのスクリーニングのためには、ラムダFIXベクター(ファージベクター)、(b)cDNAのスクリーニングのためには、ラムダZAPベクター(ファージベクター)、(c)ゲノムDNAのクローニングするためには、例えば、pBluescript II SK+/−, pGEM,pCR2.1ベクター(プラスミドベクター)等を挙げることができる。また「発現ベクター」としては、例えば、pSV2/neoベクター、pcDNAベクター、pUC18ベクター、pUC19ベクター、pRc/RSVベクター、pLenti6/V5-Destベクター、pAd/CMV/V5-DESTベクター、pDON-AI-2/neoベクター、pMEI-5/neoベクター等(プラスミドベクター)等を挙げることができる。また「レポーターベクター」としては、例えば、pGL2ベクター、pGL3ベクター、pGL4.10ベクター、pGL4.11ベクター、pGL4.12ベクター、pGL4.70ベクター、pGL4.71ベクター、pGL4.72ベクター、pSLGベクター、pSLOベクター、pSLRベクター、pEGFPベクター、pAcGFPベクター、pDsRedベクター等を挙げることができる。このようなベクターは、前述のMolecular Cloning誌を参考にして適宜利用すればよい。
【0014】
本発明に関連して、核酸分子を細胞内に導入する技術としては、例えば、形質転換、形質導入、トランスフェクション等を挙げることができる。このような導入技術としては、具体的には例えば、Ausubel F. A.ら編(1988)、Current Protocols in Molecular Biology, Wiley, New York, NY; Sambrook J.ら(1987)Molecular Cloning: A Laboratory Manual, 2nd Ed.及びその第三版,Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, NY、別冊実験医学「遺伝子導入&発現解析実験法」羊土社、1997等に記載される方法等を挙げることができる。遺伝子が細胞内に導入されたことを確認する技術としては、例えば、ノーザンブロット分析、ウェスタンブロット分析又は他の周知慣用技術等を挙げることができる。
【0015】
また、本発明に関連して、ベクターの導入方法としては、例えば、トランスフェクション、形質導入、形質転換等(例えば、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法、エレクトロポレーション法、パーティクルガン(遺伝子銃)を用いる方法等)を挙げることができる。
【0016】
本発明において「幹細胞」とは、細胞分裂を経ても同じ分化能を維持する細胞のことであり、組織が傷害を受けたときにその組織を再生することができる。ここで幹細胞は、胚性幹細胞(ES細胞)又は組織幹細胞(組織性幹細胞、組織特異的幹細胞又は体性幹細胞ともいう)、又は人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell細胞)であり得るがそれらに限定されない。上記の幹細胞由来の組織細胞は組織再生が可能なことから分かるように生体に近い正常な細胞を分化できることが知られている。
【0017】
幹細胞は、所定の機関より入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES−1、KhES−2及びKhES−3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。また、マウス胚性幹細胞であるEB5細胞は、独立行政法人理化学研究所より、D3株は、ATCCより入手可能である。
【0018】
幹細胞は、自体公知の方法により維持培養できる。例えば、幹細胞は、ウシ胎児血清(FCS)、Knockout Serum Replacement(KSR)、LIFを添加した無フィーダー細胞による培養により維持できる
【0019】
本発明における「多能性幹細胞」とは、インビトロにおいて培養することが可能で、かつ、胎盤を除く生体を構成するすべての細胞(三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)由来の組織)に分化しうる能力(分化多能性(pluripotency))を有する幹細胞をいい、胚性幹細胞(ES細胞)もこれに含まれる。「多能性幹細胞」は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞から得られる。また、体細胞に数種類の遺伝子を導入することにより、胚性幹細胞に似た分化多能性を人工的に持たせた細胞(人工多能性幹細胞ともいう)も含む。多能性幹細胞は、自体公知の方法で作製することが可能である。作製方法としては、例えばCell 131(5)pp.861−872や、Cell 126(4)pp.663−676に記載の方法などが挙げられる。
【0020】
本発明における「胚性幹細胞(ES細胞)」とは、自己複製能を有し、多分化能(すなわち多能性「pluripotency」)を有する幹細胞であり、初期胚に由来する多能性幹細胞をいう。胚性幹細胞は、1981年に初めて樹立され、1989年以降ノックアウトマウス作製にも応用されている。1998年にはヒト胚性幹細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。
【0021】
本発明における「人工多能性幹細胞」とは、繊維芽細胞等分化した細胞をOct3/4、Sox2、Klf4、Myc等数種類の遺伝子の発現により直接初期化して多分化能を誘導した細胞であり、2006年、山中らによりマウス細胞で樹立された(Takahashi K, Yamanaka S.Cell. 2006, 126(4), p663-676)。2007年、ヒト繊維芽細胞でも樹立され、胚性幹細胞と同様に多分化能を有する(Takahashi K, Tanabe K, Ohnuki M, Narita M, Ichisaka T, Tomoda K, Yamanaka S. Cell.2007, 131(5),p861-872. 、Yu J, Vodyanik MA, Smuga-Otto K, Antosiewicz-Bourget J, Frane JL, Tian S, Nie J, Jonsdottir GA, Ruotti V, Stewart R, Slukvin II, Thomson JA.,Science. 2007, 318(5858), p1917-1920. 、Nakagawa M, Koyanagi M, Tanabe K, Takahashi K, Ichisaka T, Aoi T, Okita K, Mochiduki Y, Takizawa N, Yamanaka S. Nat Biotechnol., 2008, 26(1), p101-106)。
【0022】
本発明における「網膜色素上皮細胞」とは生体網膜において神経網膜組織の外側に存在する上皮細胞を意味する。網膜色素上皮細胞であるかは、当業者であれば、例えば細胞マーカー(RPE65(色素上皮細胞)、Mitf(色素上皮細胞)など)の発現や、メラニン顆粒の存在、多角形の特徴的な細胞形態などにより容易に確認できる。
【0023】
本発明において用いられる培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、およびこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。
【0024】
本発明における「無血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味する。精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地は無調整又は未精製の血清を含まない限り無血清培地に該当するものとする。
【0025】
培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。しかしながら、調製の煩雑さを回避するという観点からは、かかる無血清培地として、市販のKSRを適量(例えば、1−20%)添加した無血清培地(GMEM又はDMEM、0.1mM 2−メルカプトエタノール、0.1mM 非必須アミノ酸Mix、1mM ピルビン酸ナトリウム)を使用できる。
【0026】
また、無血清培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2−メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを適宜含有するものであり得る。かかる血清代替物は、例えば、WO98/30679記載の方法により調製できる。また、本発明の方法をより簡便に実施するために、血清代替物は市販のものを利用できる。かかる市販の血清代替物としては、例えば、Chemically−defined Lipid concentrated(Gibco社製)、Glutamax(Gibco社製)が挙げられる。
【0027】
また、浮遊培養で用いる無血清培地は、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2−メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有できる。
【0028】
本発明における「血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含む培地を意味する。培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。また、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2−メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有できる。
【0029】
本発明における「浮遊培養」とは、上記第一工程で形成された凝集体を形成した多能性幹細胞を、培養培地中において、細胞培養器に対して非接着性の条件下での培養をいう。
【0030】
浮遊培養で用いられる培養器は、細胞の浮遊培養が可能なものであれば特に限定されないが、このような培養器としては、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マイクロポア、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトルが挙げられる。そしてこれらの培養器は、細胞非接着性であることが好ましい。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、細胞外マトリクス等によるコーティング処理)されていないものなどを使用できる。
【0031】
本発明は、下記(1)〜(4)の工程を含むことを特徴とする網膜色素上皮細胞の製造方法である。
(1)多能性幹細胞を、Wntシグナル経路阻害物質を含む無血清培地中で浮遊培養することにより多能性幹細胞の凝集体を形成させる第一工程
(2)第一工程で形成された凝集体を、基底膜標品を含む無血清培地中で浮遊培養する第二工程
(3)第二工程で培養された凝集体を、血清培地中で培養する第三工程、及び
(4)第三工程で培養された凝集体を、Wntシグナル経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地(但し、ソニック・ヘッジホッグシグナル経路作用物を含まない)中で培養する第四工程
【0032】
(1)第一工程
多能性幹細胞をWntシグナル経路阻害物質を含む無血清培地中で多能性幹細胞の凝集体を形成させる第一工程について説明する。
【0033】
Wntシグナル経路阻害物質は、Wntにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されない。Wntシグナル経路阻害物質としては、例えば、Dkk1、Cerberus蛋白、Wnt受容体阻害剤、可溶型Wnt受容体、Wnt抗体、カゼインキナーゼ阻害剤、ドミナントネガティブWnt蛋白、CKI−7(N−(2−アミノエチル)−5−クロロ−イソキノリン−8−スルホンアミド)、D4476(4−{4−(2,3−ジヒドロベンゾ[1,4]ジオキシン−6−イル)−5−ピリジン−2−イル−1H−イミイダゾール−2−イル}ベンズアミド)、IWR-1-endo(IWR1e)、IWP-2など が挙げられる。
【0034】
本発明製造方法に用いられるWntシグナル経路阻害物質の濃度は、多能性幹細胞の凝集体が形成する濃度であればよい。例えばIWR1e等の通常のWntシグナル経路阻害物質の場合は、約0.1μM 〜100μM、好ましくは約1μM〜10μM、より好ましくは3μM前後の濃度で添加する。
【0035】
Wntシグナル経路阻害物質は、浮遊培養前に無血清培地に添加されていてもよく、また、浮遊培養開始後数日以内(例えば、5日以内)に培地に添加してもよい。好ましくは、Wntシグナル経路阻害物質は、浮遊培養開始後5日以内、より好ましくは3日以内、最も好ましくは浮遊培養開始と同時に無血清培地に添加する。また、Wntシグナル経路阻害物質を添加した状態で、浮遊培養開始後18日目まで、より好ましくは12日目まで培養する。
【0036】
第一工程における培養温度、CO
2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は特に限定されるものではないが、例えば約30〜40℃、好ましくは約37℃前後である。またCO
2濃度は、例えば約1〜10%、好ましくは約5%前後である。
【0037】
本発明における「凝集体」とは、培地中に分散していた細胞が集合して形成した塊をいうが、本発明における「凝集体」には、浮遊培養開始時に分散していた細胞が形成した凝集体と浮遊培養開始時に既に形成されていた凝集体とが含まれるものとする。
「凝集体を形成させる」とは、細胞を集合させて細胞の凝集体を形成させて培養させる際に、「一定数の分散した幹細胞を迅速に凝集」させることで質的に均一な細胞の凝集体を形成させることをいう。
【0038】
凝集体を形成させる実験的な操作としては、例えば、ウェルの小さなプレート(96穴プレート)やマイクロポアなどを用いて小さいスペースに細胞を閉じ込める方法、小さな遠心チューブを用いて短時間遠心することで細胞を凝集させる方法などが挙げられる。
【0039】
第一工程における多能性幹細胞の濃度は、多能性幹細胞の凝集体をより均一に、効率的に形成させるように当業者であれば適宜設定することができる。凝集体形成時の多能性幹細胞の濃度は、幹細胞の均一な凝集体を形成可能な濃度である限り特に限定されないが、例えば96穴マイクロウェルプレートを用いてヒトES細胞を浮遊培養する場合、1ウェルあたり約1×10の3乗〜約5×10の4乗細胞、好ましくは約3×10の3乗〜約3×10の4乗細胞、より好ましくは約5×10の3乗〜約2×10の4乗細胞、最も好ましくは9×10の3乗細胞前後となるように調製した液を添加し、プレートを静置して凝集体を形成させる。
【0040】
凝集体を形成させるために必要な浮遊培養の時間は、細胞を迅速に凝集させることができる限り、用いる多能性幹細胞によって適宜決定可能であるが、均一な凝集体を形成するためにはできる限り短時間であることが望ましい。例えば、ヒトES細胞の場合には、好ましくは24時間以内、より好ましくは12時間以内に凝集体を形成させることが望ましい。この凝集体形成までの時間は、細胞を凝集させる用具や、遠心条件などを調整することで当業者であれば適宜調節することが可能である。
【0041】
多能性幹細胞の凝集体が形成されたことは、凝集体のサイズおよび細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態およびその均一性、分化および未分化マーカーの発現およびその均一性、分化マーカーの発現制御およびその同期性、分化効率の凝集体間の再現性などに基づき、当業者であれば判断することが可能である。
【0042】
(2)第二工程
第一工程で形成された凝集体を、基底膜標品を含む無血清培地中で浮遊培養する第二工程について説明する。
【0043】
「基底膜標品」としては、その上に基底膜形成能を有する所望の細胞を播腫して培養した場合に、上皮細胞様の細胞形態、分化、増殖、運動、機能発現などを制御する機能を有するような基底膜構成成分を含むものをいう。ここで、「基底膜構成成分」とは、動物の組織において、上皮細胞層と間質細胞層などとの間に存在する薄い膜状をした細胞外マトリックス分子をいう。基底膜標品は、例えば基底膜を介して支持体上に接着している基底膜形成能を有する細胞を、該細胞の脂質溶解能を有する溶液やアルカリ溶液などを用いて除去することで作成することができる。好ましい基底膜標品としては、基底膜成分として市販されている商品(例えばMatrigel)や、基底膜成分として公知の細胞外マトリックス分子(例えばラミニン、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチンなど)を含むものが挙げられる。
【0044】
Matrigelは、Engelbreth Holm Swarn(EHS)マウス肉腫由来の基底膜調製物である。Matrigelの主成分はIV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチンであるが、これらに加えてTGF−β、線維芽細胞増殖因子(FGF)、組織プラスミノゲン活性化因子、EHS腫瘍が天然に産生する増殖因子が含まれる。Matrigelの「growth factor reduced製品」は、通常のMatrigelよりも増殖因子の濃度が低く、その標準的な濃度はEGFが<0.5ng/ml、NGFが<0.2ng/ml、PDGFが<5pg/ml、IGF−1が5ng/ml、TGF−βが1.7ng/mlである。本発明の方法では、「growth factor reduced製品」の使用が好ましい。
【0045】
第二工程における浮遊培養で無血清培地に添加される基底膜標品の濃度としては、神経組織(例えば網膜組織)の上皮構造が安定に維持される限り特に限定されないが、例えばMartigelを用いる場合には、好ましくは培養液の1/20〜1/200の容量、より好ましくは1/100前後の容積を挙げることができる。基底膜標品は幹細胞の培養開始時に既に培地に添加されていてもよいが、好ましくは、浮遊培養開始後5日以内、より好ましくは浮遊培養開始2日以内に無血清培地に添加される。
【0046】
第二工程で用いられる無血清培地は、第一工程で用いた無血清培地をそのまま用いることもできるし、新たな無血清培地に置き換えることもできる。
第一工程で用いた無血清培地をそのまま本工程に用いる場合、「基底膜標品」を培地中に添加すればよい。
【0047】
第一工程及び第二工程における浮遊培養に用いられる無血清培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。しかしながら、調製の煩雑さを回避観点から、かかる無血清培地として、市販のKSR(Knockout Serum Replacement)を適量添加した無血清培地(GMEM又はdMEM、0.1mM 2−メルカプトエタノール、0.1mM 非必須アミノ酸Mix、1mM ピルビン酸ナトリウム)を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの投与量としては特に限定されず、例えばヒトES細胞の場合は、通常1〜20%であり、好ましくは2〜20%である。
【0048】
第二工程における培養温度、CO
2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は特に限定されるものではないが、例えば約30〜40℃、好ましくは約37℃前後である。またCO
2濃度は、例えば約1〜10%、好ましくは約5%前後である。
【0049】
(3)第三工程
第二工程で培養された凝集体を、血清培地中で浮遊培養する第三工程について説明する。
【0050】
第三工程で用いられる血清培地は、第二工程で培養に用いた無血清培地に血清を直接添加したものを用いてもよいし、新たな血清培地におきかえたものを用いてもよい。
【0051】
本工程で培地に添加される血清として、例えば、牛血清、仔牛血清、牛胎児血清、馬血清、仔馬血清、馬胎児血清、ウサギ血清。仔ウサギ血清、ウサギ胎児血清、ヒト血清など哺乳動物の血清などを用いることが出来る。
【0052】
血清の添加は、例えばヒトES細胞を浮遊する場合、浮遊培養開始後7日目以降、より好ましくは9日目以降、最も好ましくは12日目に行う。血清濃度については、約1〜30%、好ましくは約3〜20%、より好ましくは10%前後で添加する。
【0053】
第三工程で用いられる血清培地は、上述したようなものである限り特に限定されないが、前記無血清培地(GMEM又はDMEM、0.1mM 2−メルカプトエタノール、0.1mM 非必須アミノ酸Mix、1mM ピルビン酸ナトリウム)に血清を添加したものを用いることが好ましい。
また、かかる血清培地として、市販のKSR(Knockout Serum Replacement)を適量添加したものを用いてもよい。
【0054】
第三工程において、血清に加えてShhシグナル経路作用物質を添加することで網膜色素上皮細胞の製造効率を上昇させることが出来る。
【0055】
Shhシグナル経路作用物質としては、Shhにより媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されない。Shhシグナル経路作用物質としては、例えば、Hedgehogファミリーに属する蛋白(例えば、Shh)、Shh受容体、Shh受容体アゴニスト、Purmorphamine、SAGなどが挙げられる。
【0056】
本発明製造方法に用いられるShhシグナル経路作用物質の濃度は、例えばSAG等の通常のShhシグナル経路作用物質の場合は、約0.1nM 〜10μM、好ましくは約10nM〜1μM、より好ましくは100nM前後の濃度で添加する。
【0057】
(4)第四工程
第三工程で培養された凝集体を、Wntシグナル経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地(但し、ソニック・ヘッジホッグシグナル経路作用物を含まない)中で浮遊培養する第四工程について説明する。
【0058】
Wntシグナル経路作用物質としては、例えば、Wntファミリーに属するタンパク質、Wnt受容体、Wnt受容体アゴニスト、GSK3β阻害剤(例えば、6-Bromoindirubin-3'-oxime(BIO)、CHIR99021、Kenpaullone)などが挙げられる。
【0059】
本方法に用いられるWntシグナル経路作用物質の濃度は、例えばCHIR99021等の通常のWntシグナル経路作用物質の場合には、約0.1μM 〜100μM、好ましくは約1μM〜30μM、より好ましくは3μM前後の濃度で添加する。
【0060】
Wntシグナル経路作用物質は、例えばヒトES細胞を用いる場合、製造開始後12日目以降、最も好ましくは15日目に添加する。この際、第一工程で添加したWntシグナル経路阻害物質及び第三工程で添加したShhシグナル経路作用物質を含まない培地を使用する。
【0061】
第四工程において、Wntシグナル経路作用物質とActivinシグナル経路作用物質と含む無血清培地又は血清培地中で培養することが好ましい。
【0062】
Activinシグナル経路作用物質としては、Activinにより媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されない。Activinシグナル経路作用物質としては、例えば、Activinファミリーに属する蛋白(例えば、Activin A,Activin B,Activin CActivin ABなど)、Activin受容体、Activin受容体アゴニストなどが挙げられる。
【0063】
第四工程に用いられるActivinシグナル経路作用物質の濃度は、例えばRecombinant Human/Mouse/Rat Activin A (R&D systems社 #338-AC)等の通常のActivinシグナル経路作用物質の場合、1ng/ml 〜10ug/ml、好ましくは約10ng/ml〜1ug/ml、より好ましくは100ng/ml前後の濃度で添加する。
【0064】
このようにして製造された網膜色素上皮細胞は凝集体の表面に存在するため、顕微鏡観察等で容易に確認が可能である。網膜色素上皮細胞が存在する凝集体を用いて、例えば分散処理(例えば、トリプシン/EDTA処理)し、FACSを用いて選別することで高純度な網膜色素上皮細胞を得ることも可能である。また、ピンセット等を用いて、凝集体から物理的に網膜色素上皮細胞を切り出し、培養することも可能である。分散または切り出した網膜色素上皮細胞は接着条件下で培養することができる。接着培養する場合、細胞接着性の培養器、例えば細胞外マトリクス等(例えば、ポリ−D−リジン、ラミニン、フィブロネクチン)によりコーティング処理された培養器を使用することが好ましい。また、接着培養における培養温度、CO
2濃度、O
2濃度等の培養条件は、当業者であれば容易に決定できる。また、この際、血清、既知の増殖因子や増殖を促進する添加剤や化学物質存在下で培養してもよい。既知の増殖因子としては、例えばEGF、FGFなどをあげることができる。増殖を促進する添加剤としてN2 supplement(Invitrogen社)やB27 supplement(Invitrogen社)などをあげることができる。
【0065】
(5)網膜色素上皮細胞の毒性・薬効評価用試薬としての使用
本発明製造方法により製造された網膜色素上皮細胞は、生体の網膜色素上皮細胞に極めて類似した特徴を有しているので、網膜細胞の障害に基づく疾患の治療薬のスクリーニング、その他の原因による細胞損傷状態における治療薬に対しての細胞治療用移植用材料や疾患研究材料、創薬材料として利用可能である。また化学物質等の毒性・薬効評価においても、光毒性等の毒性研究、毒性試験等に活用可能である。
【0066】
(6)網膜色素上皮細胞の移植用生体材料としての使用
本発明製造方法により製造された網膜色素上皮細胞は、細胞損傷状態において、当該細胞や、障害を受けた組織自体を補充する(例えば、移植手術に用いる)ためなどに用いる移植用生体材料として用いることができる。
【0067】
以下の実施例により本発明をより具体的に説明するが、実施例は本発明の単なる例示を示すものにすぎず、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【実施例】
【0068】
以下、本発明を実施例によりさらに詳しく説明する。
【0069】
実施例1:ヒトES細胞を用いた高効率な網膜色素上皮細胞製造
(方法)
ヒトES細胞(KhES-1)を「Ueno, M. et al. PNAS 2006」 「Watanabe, K. et al. Nat Biotech 2007」に記載の方法に倣って培養し、実験に用いた。培地にはDMEM/F12 培地(Invitrogen)に20%KSR(Knockout Serum Replacement;Invitrogen)、0.1mM 2−メルカプトエタノール、1mM ピルビン酸、5〜10ng/ml bFGFを添加したものを用いた。浮遊培養による網膜組織の形成には、0.25%trypsin−EDTA(Invitrogen)を用いてES細胞を単一分散し、非細胞接着性の96穴培養プレート(スミロン スフェロイド プレート,住友ベークライト社)の1ウェルあたり9×10^3細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、凝集体を速やかに形成させた後、37℃、5%CO
2で培養した。その際の無血清培地には、G−MEM培地に20%KSR、0.1mM 2−メルカプトエタノール、1mM ピルビン酸、20μM Y27632、Wntシグナル経路阻害物質(3μM IWR1e)を添加した無血清培地を用いた。また、浮遊培養開始2日目から容積あたり1/100量のマトリゲルを添加して浮遊培養した。浮遊培養開始12日目にWntシグナル経路阻害物質を含まない無血清培地へ凝集体を移し、容積あたり1/10量の牛胎児血清を添加して培養した。15日目からWntシグナル経路作用物質(3μM CHIR99021)含む培地で浮遊培養した。
(結果)
上記方法で製造したところ、ほぼ全ての凝集体の表面において黒色を呈する網膜色素上皮細胞の集団が出現した(
図1)。
【0070】
実施例2:ヒトES細胞を用いた網膜色素上皮細胞の製造
(方法)
ヒトES細胞(KhES-1)を「Ueno, M. et al. PNAS 2006」 「Watanabe, K. et al. Nat Biotech 2007」に記載の方法に倣って浮遊培養し、実験に用いた。培地にはDMEM/F12 培地(Invitrogen)に20%KSR(Knockout Serum Replacement;Invitrogen)、0.1mM 2−メルカプトエタノール、1mM ピルビン酸、5〜10ng/ml bFGFを添加したものを用いた。浮遊培養による網膜組織の製造には、0.25%trypsin−EDTA(Invitrogen)を用いてES細胞を単一分散し、非細胞接着性の96穴培養プレート(スミロン スフェロイド プレート,住友ベークライト社)の1ウェルあたり9×10^3細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、凝集体を速やかに形成させた後、37℃、5%CO
2で浮遊培養した。その際の無血清培地には、G−MEM培地に20%KSR、0.1mM 2−メルカプトエタノール、1mM ピルビン酸、20μM Y27632、Wntシグナル経路阻害物質(3μM IWR1e)を添加した無血清培地を用いた。また、培養2日目から容積あたり1/100量のマトリゲルを添加して浮遊培養した。浮遊培養開始後12日目にWntシグナル経路阻害物質を含まない無血清培地へ凝集体を移し、容積あたり1/10量の牛胎児血清を添加して培養した。15日目からWntシグナル経路作用物質(3μM CHIR99021)とActivinシグナル経路作用物質(Recombinant Human/Mouse/Rat Activin A (R&D systems社 #338-AC) 100ng/mlとを含む培地で浮遊培養した。
(結果)
上記方法で製造したところ、ほぼ全ての凝集体の表面において黒色を呈する網膜色素上皮細胞が出現した。さらに、凝集体表面のほぼ全面が網膜色素上皮細胞で覆われており(
図2)、驚くべき高効率で網膜色素上皮細胞が製造された。
【0071】
実施例3:ヒトES細胞から製造した網膜色素上皮細胞の眼への移植
眼球の強膜切開後、強膜切開創から硝子体中に注射針を挿入し、眼圧を低下させる。強膜切開創から網膜下腔に細胞移植針を用いて眼内灌流液を注入し、人工的に浅い網膜剥離の状態を形成する。形成した空間に細胞移植針または細胞シート移植デバイスを用いて網膜色素上皮細胞を移植する。