(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
負極活物質の等体積球の粒度分布に基づき算出した負極活物質の比表面積と、ガス吸着法により実測した負極活物質の比表面積との比が1:1〜1:30であり、核材の(002)面の面間隔が0.3345nm〜0.3370nmであり、負極活物質の1580cm−1領域(Gバンド)のピーク強度に対する1360cm−1領域(Dバンド)のピーク強度の比I1360/I1580が0.1〜0.6である請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用負極活物質。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係るリチウムイオン二次電池用負極活物質は、黒鉛粒子を核材とし、その表面に被覆層を具備して構成される。そして、被覆層が所定の厚さを有し、被覆層の体積弾性率が核材の体積弾性率より低いことを特徴としている。そのような体積弾性率の大小関係があるために、充放電サイクルの過程で核材がリチウムイオンの吸蔵・放出に伴って体積が膨張・収縮した場合に、その体積変化に被覆層が追随し、被覆層が核材から剥離したり、破損したりすることがなくなる。その結果、負極活物質の劣化が抑制され、電池の長寿命化が達成される。次に、この負極活物質を用いたリチウムイオン二次電池の構成について説明する。
【0016】
図1は、本発明のリチウムイオン二次電池の一実施形態の内部構造を模式的に示したものである。ここで、リチウムイオン二次電池とは、非水電解液中における電極へのリチウムイオンの吸蔵・放出により、電気エネルギーを貯蔵又は利用可能とする電気化学デバイスである。
図1のリチウムイオン二次電池101は、正極110、セパレータ111、負極112、電池缶113、正極集電タブ114、負極集電タブ115、内蓋116、内圧開放弁117、ガスケット118、正温度係数(PTC;Positive temperature coefficient)抵抗素子119及び正極端子付き電池蓋120を有する。正極端子付き電池蓋120は、内蓋116、内圧開放弁117、ガスケット118及びPTC抵抗素子119と一体構造をなしている。正極端子付き電池蓋120を電池缶113へ取り付ける際には、かしめの他に、溶接、接着等の方法を適宜採用して行うことができる。
【0017】
図1の電池缶113は底のあるタイプであるが、これに代えて底面がない円筒形容器を用い、その円筒形容器の底面に電池蓋を取り付け、さらに電池蓋に負極を接続しても良い。端子の取り付け方法に応じて、任意の形状の電池容器を用いることができ、いずれの容器であっても本発明の効果に何ら影響を与えない。
【0018】
正極110は、正極活物質、導電剤、バインダ及び集電体から構成される。正極活物質の代表例としては、LiCoO
2、LiNiO
2、LiMn
2O
4等を挙げることができる。その他にも、LiMnO
3、LiMn
2O
3、LiMnO
2、Li
4Mn
5O
12、LiMn
2−xM
xO
2(ただし、MはCo、Ni、Fe、Cr、Zn、Ta等の金属元素であり、xは0.01〜0.2である)、Li
2Mn
3MO
8(ただし、MはFe、Co、Ni、Cu、Zn等の金属元素である)、Li
1−xA
xMn
2O
4(ただし、AはMg、Ba、Al、Fe、Co、Ni、Cr、Zn、Ca等の金属元素であり、xは0.01〜0.1である)、LiNi
1−xM
xO
2(ただし、MはCo、Mn、Fe、Ga等の金属元素であり、xは0.01〜0.2である)、LiFeO
2、Fe
2(SO
4)
3、LiCo
1−xM
xO
2(ただし、MはNi、Fe、Mn等の金属元素であり、xは0.01〜0.2である)、LiNi
1−xM
xO
2(ただし、MはMn、Fe、Co、Al、Ga、Ca等の金属元素であり、xは0.01〜0.2である)、Fe(MoO
4)
3、FeF
3、LiFePO
4、LiMnPO
4等を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0019】
正極活物質の粒径は、合剤層の厚さ以下になるように規定される。正極活物質粉末中に合剤層の厚さ以上のサイズを有する粗粒がある場合、予めふるい分級、風流分級等により粗粒を除去し、合剤層の厚さ以下の粒子を調製する。粒径は、レーザー回折・散乱粒度分布測定装置(マイクロトラック法を利用した装置)を用いて測定した。なお、本発明において粒径とは、レーザー光の散乱パターンと同等な散乱パターンを示す球形粒子の集合体の粒度分布から算出した数値をいう。
【0020】
また、正極活物質は一般に酸化物系であり電気抵抗が高いので、それらの電気伝導性を補うために炭素粉末からなる導電剤を利用する。導電剤には、アセチレンブラック、カーボンブラック、黒鉛や非晶質炭素等の炭素材料を用いることができる。正極内部に電子ネットワークを形成するために、導電剤の平均粒径は、正極活物質の平均粒径よりも小さく、正極活物質の平均粒径の1/10以下にすることが望ましい。
【0021】
正極活物質と導電剤はともに粉末であるため、これらの粉末にバインダを混合して、粉末同士を結合させるとともに集電体へ接着させる。
【0022】
集電体には、厚さが10μm〜100μmのアルミニウム箔や、厚さが10μm〜100μmで且つ孔径0.11mm〜10mmの孔を有するアルミニウム製の穿孔箔、エキスパンドメタル、発泡金属板等が用いられる。材質は、アルミニウムの他に、ステンレス鋼、チタン等も適用可能である。本発明では、電池の使用中に溶解、酸化等の変化をしないものであれば、材質、形状、製造方法等に制限されることなく、任意の材料を集電体に使用することができる。
【0023】
正極110を作製するために、正極スラリーを調製する必要がある。その組成は、スラリーに混合する材料の種類、比表面積、粒径分布等に応じて変更され、特に限定されない。一例として、正極活物質を89重量部、アセチレンブラックを4重量部、バインダとしてポリフッ化ビニリデン(PVDF)を7重量部とすることができる。正極スラリーの溶媒は、バインダを溶解させるものであれば良く、バインダの種類に応じて適宜選択される。例えば、PVDFをバインダとする場合には溶媒として1−メチル−2−ピロリドンが多用される。正極スラリーの分散処理には、公知の混練機、分散機を用いることができる。
【0024】
正極活物質、導電剤、バインダ及び溶媒を混合した正極スラリーを、ドクターブレード法、ディッピング法、スプレー法等によって集電体へ塗布した後、溶媒を乾燥し、ロールプレス等により加圧成形することによって正極を作製することができる。また、塗布から乾燥工程までを複数回行うことにより、複数の合剤層を集電体に積層化させることも可能である。
【0025】
負極112は、負極活物質、バインダ及び集電体を含む。負極活物質は、黒鉛からなる核材(粒子)の表面に被覆層を形成した構造、いわゆるコア・シェル構造を有している。核材は、グラフェン積層構造(グラファイト構造)を有する炭素材料である。負極活物質の形状は、球状、塊状あるいは扁平球状であることが望ましいが、燐片状、繊維状のようにアスペクト比の大きな形状であっても良い。負極活物質の頻度50%における粒径(メジアン径D
50)は、3μm〜30μmであることが好ましい。粒径は、レーザー回折・散乱粒度分布測定装置(マイクロトラック法を利用した装置)を用いて測定した。
【0026】
黒鉛からなる核材は、例えば、コークス粉末、タールピッチ、炭化ケイ素、コールタール等を混合し、得られた混合物を粉砕してペレット状に加圧成形し、次に窒素雰囲気中3000℃程度で焼成し、得られた焼成物をハンマーミルによって粉砕することにより得ることができる。
【0027】
上記コークス粉末としては、粒径が1μm〜数十μmの粉末を選択することができる。また、コークス粉末、タールピッチ等の各成分の組成は適宜変更することができる。熱処理温度等のその他の条件も、上述の内容に限定されない。
【0028】
また、上記の人造黒鉛の代わりに天然黒鉛を用いることも可能である。例えば、天然黒鉛を粉砕し、粉末を作製し、風流分級装置を用いて、平均粒径を5μm〜20μmの範囲に揃える。バインダを用いて略球状に造粒成形して得た黒鉛粒子に、バインダピッチを添加し、加熱混合した後、800℃〜1400℃で焼成する。核材の平均粒径は、特に制約はないが、負極の厚さよりも小さくする必要がある。
【0029】
黒鉛の種類は、人造黒鉛又は天然黒鉛のいずれであっても本発明の効果に影響を与えない。特に、黒鉛からなる核材の、X線広角回折法による(002)面の面間隔d
002が0.3345nm〜0.3370nmの範囲内であることが好ましい。この範囲であれば、低い負極電位でのリチウムイオンの吸蔵量が大きく、電池のエネルギー(Wh)が増大する。また、核材と被覆層の二層構造にしたとしても、350mAh/gを超える大きな容量を得ることができ好適である。
【0030】
また、核材の黒鉛結晶のc軸長さ(以下、Lcと記す。)は20nm〜90nmであることが好ましいが、これに限定されるものではない。
【0031】
核材表面に被覆層を形成する前に、核材自身の体積弾性率を測定する。体積弾性率の測定には、例えば、ナノインデンテーションの手法による極微小プローブ(探針)を用いた方法が適用される(日本学術振興会炭素材料第117委員会編、炭素材料の新展開、197〜210頁;応用物理、第79巻、第4号、341〜345頁、2010年;及び神戸製鋼技報、第52巻、第2号、74〜77頁、2002年を参照)。極微小プローブの形状は任意であるが、核材と被覆層のそれぞれを測定する際に用いるプローブの材質と形状は同一とする。一般的には、円錐形又は正ピラミッド形が採用される。
【0032】
体積弾性率を測定する別の方法として、原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscopy)を用いて、その探針を核材表面に圧着させ、その力を計測して体積弾性率を計測する方法を用いても良い(応用物理、第79巻、第4号、341〜345頁、2010年を参照)。その他、粒子1個の表面を圧縮してその応力を計測できれば、任意の手法を用いることができる。
【0033】
被覆層の体積弾性率は、核材に被覆層を形成した状態で測定する。核材の体積弾性率の影響を完全に排除することはできないが、本発明での被覆層の体積弾性率は、被覆層の下地に核材が存在する状態での実測値と定義する。
【0034】
核材の体積弾性率は、原料の種類、熱処理条件等の違いによって、種々の値を取り得る。しかしながら、372mAh/gの理論容量に近い容量を得るためには、核材の体積弾性率は5GPa〜20GPaの範囲であることが望ましい。ただし、電極作製時のプレス工程にて負極活物質粒子が圧縮変形を受ける場合には、核材の体積弾性率を8GPa以上にすることが好ましい。また、体積弾性率が大き過ぎると柔軟性が不足するので、14GPa以下の体積弾性率を有する核材がさらに好適である。本発明で規定する比表面積、d
002値、Lc値、ラマンピーク強度比、D
50値等の要件を満足しつつ、体積弾性率が5GPa〜20GPa、望ましくは8GPa〜14GPaの範囲内にある核材を選定すれば、理論容量に極めて近い高い容量を有し、かつ優れた充放電サイクル特性を得ることができる。
【0035】
次に、核材表面に被覆層を形成する方法について説明する。被覆層は、炭素質材料からなるが、少量の窒素、リン、酸素、アルカリ金属、アルカリ土類金属、遷移金属等を含有していても良い。被覆層がリチウムイオンを透過させ、所定の体積弾性率を有していれば、本発明の効果を得ることができる。
【0036】
被覆層の厚さは、1nm〜200nm、特に5nm〜150nmであることが望ましい。被覆層が薄過ぎると、電解液が浸透して核材表面で電解液の還元分解が起こる恐れがある。逆に被覆層が厚過ぎると、リチウムイオンの拡散を阻害し、大電流における容量の低下が起こる可能性がある。
【0037】
被覆層としては、炭素を主成分とする被覆層が最も適している。その炭素を主成分とする被覆層は、細孔の少ない緻密な構造であることが望ましい。被覆層に細孔が多くなると、電解液中の溶媒が被覆層に浸透し、核材表面で還元分解を起こすからである。
【0038】
炭素を主成分とする被覆層は、例えば、以下の手順によって形成することができる。まず、黒鉛からなる核材100重量部をノボラック型フェノール樹脂のメタノール溶液(日立化成工業株式会社製)160重量部に浸漬し、分散して黒鉛粒子・フェノール樹脂混合物溶液を作製する。この溶液をろ過、乾燥し、200℃〜1000℃の範囲での熱処理を順次行うことによって、核材表面を炭素で被覆した黒鉛粒子(負極活物質)を得ることができる。無論、混合物溶液の組成や熱処理温度は、上記の条件に限定されるものではない。
【0039】
また、上述の方法とは異なる方法により、炭素を主成分とする被覆層を形成することもできる。例えば、ポリビニルアルコールで核材を被覆し、熱分解させる方法が挙げられる。この場合、熱処理温度は200℃〜400℃の範囲にすれば良い。特に、300℃〜400℃の範囲であれば、被覆層が核材により強固に接合されるため望ましい。
【0040】
さらに、代替方法として、ポリ塩化ビニル、ポリビニルピロリドン等の含酸素有機化合物で核材を処理することも可能である。これらの化合物を黒鉛粉末と混合した後、熱分解温度まで加熱して、炭素を主成分とする被覆層を形成する。
【0041】
なお、被覆層の厚さは、上述のフェノール樹脂、ポリビニルアルコール等の炭素原料の添加量を核材の重量に対して増減させたり、熱処理条件を調整したりすることによって制御することができる。
【0042】
被覆層の厚さは、以上のようにして黒鉛からなる核材の表面に低結晶性の被覆層を形成した後、集束イオンビーム(FIB;Focused Ion Beam)加工装置にてコア・シェル構造の粉末の断面を切り出し、透過型電子顕微鏡(TEM;Transmission Electron Microscope)を用いることによって測定することができる。
【0043】
このようにして作製された負極活物質は、核材とその核材の表面を覆う被覆層とを有する二層構造である。被覆層の厚さが1nm〜200nmであり、被覆層の体積弾性率が核材の体積弾性率よりも小さければ、本発明が目的とする負極の容量低下防止を図ることができる。なお、負極活物質の製造方法は、上述の方法に限定されず、被覆層の体積弾性率が核材の体積弾性率よりも小さければ、任意の方法を選択することが可能である。
【0044】
さらに効果的に負極容量低下を防止するためには、被覆層の体積弾性率が核材の体積弾性率の50%〜95%であれば良い。体積弾性率の比率は、被覆層の密度(すなわち緻密さ)、結晶子サイズ、細孔や欠陥の有無、厚さ等によって決まり、被覆層の原料、熱分解温度等の製造方法や製造条件によって制御することができる。
【0045】
また、X線回折法で決定した核材の(002)面の間隔が0.3345nm〜0.3370nmの範囲にあることが好ましい。このような負極活物質は、内部に黒鉛結晶を有する核材を有していることになり、高容量な負極となる。
【0046】
また、負極活物質の等体積球の粒度分布に基づき算出した前記負極活物質の比表面積に対する、ガス吸着法により実測した負極活物質の比表面積の比(以下、比表面積の比と記す)が、1〜30であることが好ましい。本発明では、窒素ガスを用いて比表面積を実測するものとする。負極活物質に被覆層がない場合、すなわち負極活物質が核材のみからなる場合は、比表面積の比は30よりも大きな値となる。核材表面には微細な凹凸があり、あるいは内部に細孔を有しているので、ガス吸着法による比表面積はそのような微小の凹凸を反映した表面積が計測される。これに対し、粒度分布計測から求めた粒子の等体積球の比表面積は、それぞれの粒子の微細な凹凸が考慮されず、表面が滑らかな理想的な球として計算されている。
【0047】
粒度分布から求める比表面積の計算方法は、以下の方法による。粒径を細かい区間で区切り、その微小区間における粒子数の頻度(百分率表示とする)Aと、その区間の中央値を粒子の直径とみなして計算した表面積Bとの積A×Bを得る。同様に、微小区間の中央値を粒子の直径とみなして計算した粒子体積Cより、積A×Cが求められる。全区間についてA×Bを累積した値を、全区間についてA×Cを累積した値で割ると、単位体積当りの比表面積(単位はcm
2/cm
3)が得られる。粒子の真密度を液相置換法(ピクノメーター法)等の公知の分析手法により求めれば、単位体積当りの比表面積に粒子の真密度を掛けて、単位重量当りの比表面積(単位はcm
2/g)を計算することができる。この値はガス吸着法(BET法)で求めた比表面積と同じ単位になるので、BET比表面積を、粒度分布から計算した単位重量当りの比表面積で割って、比表面積の比が得られる。
【0048】
上述の微小区間とは、粒子がとり得る直径の範囲を全区間として、その区間を100よりも大きな数に分割した区間をいい、分割数は可能な限り大きくする。また、区間は等分にしても良いが、直径が大きくなるほど等比級数の比率又は指数関数の比率で増加させても良い。なお、後述の実施例では、測定した粒径の区間を指数関数の比率で増加させる方法を採った。
【0049】
被覆前の核材は、その表面に凹凸を有しているが、核材に被覆層が形成され始めると、微細な凹凸が徐々に凹凸の少ない被覆層によって被覆される。その結果、被覆層を形成した負極活物質の比表面積の比は30以下となる。比表面積の比が最も小さくなる場合は、凹凸がない緻密な被覆層が形成された場合に相当し、下限値は1である。
【0050】
比表面積の比が3〜30の範囲であると、本発明の効果を得る上でさらに好適である。比表面積の比が30以下であることにより、適度な細孔を有する表面となり、リチウムイオンが核材まで速やかに到達して核材内部に吸蔵され、また逆に核材からリチウムイオンが電解液に放出されやすくなる。比表面積の比が小さいほど負極の寿命を向上させることができる。電解液との接触面積が減少し、電解液の還元分解による不可逆容量も低下するからである。また、比表面積の比が小さ過ぎると、細孔が少なくなって負極のレート特性が悪くなる傾向があるので、比表面積の比は3以上であることが望ましい。また、比表面積の比が5以上であると、3C以上の大電流(1/3時間率相当の電流)における充放電が可能となり、さらに好適である。
【0051】
逆に、比表面積の比が30を超えると、細孔が大きくなり過ぎて、電解液の溶媒が核材表面で分解し始め、不可逆容量は増加して初期容量が低下する。さらに、充放電サイクルによって被膜層が破損し、寿命が悪化する。
【0052】
さらに、本発明における負極活物質は、1580cm
−1領域(Gバンド)のピーク強度に対する1360cm
−1領域(Dバンド)のピーク強度の比I
1360/I
1580が、0.1〜0.6の範囲であることが望ましい。Gバンドは被覆層の結晶性が高いほど(黒鉛の結晶に近くなるほど)強くなり、Dバンドは非晶質になるほど強くなる。したがって、前記ピーク強度の比は、負極活物質粒子の表面における非晶質の程度を表す指標となる。本発明における被覆層は、ピーク強度の比が0.1〜0.6となる中程度の非晶質性を有する材質になっている。黒鉛単体の場合は0.1より小さくなりやすく、非晶質構造又は乱層構造(ガラス状構造)の場合は0.9〜1.1となる。
【0053】
負極112には、上記のコア・シェル構造の負極活物質に加えて、リチウムイオンを電気化学的に吸蔵・放出可能な他の材料を混合しても良い。そのような材料としては、黒鉛の(002)面の面間隔が0.3370nmよりも大きな炭素材料が挙げられ、膨張黒鉛、あるいはピッチ系炭素質材料、ニードルコークス、石油コークス等から製造された炭素材料が適用可能である。さらに、カーボンブラックあるいは5員環又は6員環の環式炭化水素又は環式含酸素有機化合物を熱分解することによって合成した非晶質炭素材料を添加しても良い。これらの他の材料の添加量は、上記のコア・シェル構造の負極活物質の重量に対して等重量比率よりも小さくすることが好ましい。それよりも多いと、非晶質炭素よりも高容量な黒鉛の比率が減少し、負極の容量密度が顕著に低下するからである。
【0054】
負極に用いるバインダは、結合力のある樹脂、ピッチ等であれば良く、特に限定されない。バインダの種類としては、フェノール樹脂、セルロース樹脂、エポキシ樹脂等の熱硬化性樹脂や、ナフタレン、アントラセン、クレオソート油、ポリビニルアルコール、スチレンブタジエンゴム、コールタールピッチ、ポリエチレン等の種々の樹脂、あるいはそれらの混合物を用いることができる。
【0055】
負極に用いる集電体としては、厚さが10μm〜100μmの銅箔、厚さが10μm〜100μm、孔径0.1mm〜10mmの銅製穿孔箔、エキスパンドメタル、発泡金属板等が用いられ、材質も銅の他に、ステンレス鋼、チタン、ニッケル等も適用可能である。本発明では、材質、形状、製造方法等に制限されることなく、任意の集電体を使用することができる。
【0056】
負極活物質、バインダ及び有機溶媒を混合した負極スラリーを、ドクターブレード法、ディッピング法、スプレー法等によって集電体へ付着させた後、有機溶媒を乾燥し、ロールプレスによって負極を加圧成形することにより、負極を作製することができる。また、塗布から乾燥までを複数回行うことにより、集電体上に合剤層を多層に形成することも可能である。
【0057】
次に、
図1に示すリチウムイオン電池101の作製手順を述べる。上記した方法で作製した正極110と負極112の間にセパレータ111を挿入し、正極110と負極112の短絡を防止する。セパレータ111としては、ポリエチレン、ポリプロピレン等からなるポリオレフィン系高分子シート、あるいはポリオレフィン系高分子と4フッ化ポリエチレンを代表とするフッ素系高分子シートとを溶着させた多層構造のセパレータ、アラミド繊維を添加したセパレータ等を使用することが可能である。電池温度が高くなったときにセパレータ111が収縮しないように、セパレータ111の表面にセラミックスとバインダの混合物を薄層状に形成しても良い。これらのセパレータ111は、電池の充放電時にリチウムイオンを透過させる必要があるため、一般に0.01μm〜10μm径の細孔を有し、気孔率が20%〜90%であることが望ましい。
【0058】
セパレータ111は、電極群の末端に配置されている電極と電池缶113の間にも挿入し、正極110と負極112が電池缶113を通じて短絡しないようにしている。セパレータ111と正極110及び負極112の表面及び細孔内部に、電解質と非水溶媒からなる非水電解液が保持されている。
【0059】
正極110は、正極集電タブ114を介して内蓋116に接続されている。負極112は、負極集電タブ115を介して電池缶113に接続されている。なお、正極集電タブ114及び負極集電タブ115は、ワイヤ状、板状等の任意の形状を採ることができる。電流を流したときにオーム損失を小さくすることのできる構造であり、かつ非水電解液と反応しない材質であれば、正極集電タブ114及び負極集電タブ115の形状及び材質は、電池缶113の構造等に応じて、ニッケル、アルミニウム、チタン、ステンレス鋼、銅等の金属より任意に選択することができる。
【0060】
正温度係数(PTC;Positive temperature coefficient)抵抗素子119は、電池内部の温度が高くなったときに、リチウムイオン二次電池101の充放電を停止させ、電池を保護するために用いる。低融点のポリマー中にカーボンブラック、ニッケル等の導電性粒子を分散させたもの等を、PTCの材質に用いることができる。
【0061】
電極群の構造は、
図1に示した捲回構造のものであっても良いし、扁平状等の任意の形状に捲回したもの、あるいは短冊状等の種々の形状にすることができる。電池容器の形状は、電極群の形状に合わせ、円筒型、偏平長円形状、角型等の形状を適宜選択することができる。
【0062】
電池缶113の材質は、アルミニウム、ステンレス鋼、鋼、ニッケルメッキ鋼製等、非水電解液に対し耐食性のある材料から選択される。また、電池缶113を正極集電タブ114又は負極集電タブ115に電気的に接続する場合は、非水電解液と接触している部分において、電池容器の腐食やリチウムイオンとの合金化による材料の変質が起こらないように、リード線の材料を選定する。
【0063】
その後、正極端子付き電池蓋120を電池缶113に密着させ、電池全体を密閉し、かしめ等の方法によって正極端子付き電池蓋120を電池缶113に取り付ける。電池を密閉する方法には、溶接、接着等の公知の技術を適用しても良い。端子の位置や形状も任意であり、
図1に示された端子に限定されない。
【0064】
本発明で使用可能な非水電解液の代表例として、エチレンカーボネートにジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネート等を混合した溶媒に、電解質として六フッ化リン酸リチウム(LiPF
6)あるいはホウフッ化リチウム(LiBF
4)を溶解させた溶液がある。本発明では、溶媒や電解質の種類、溶媒の混合比等は特に制限されることなく、他の非水電解液も利用可能である。電解質は、ポリフッ化ビニリデン、ポリエチレンオキサイド等のイオン伝導性高分子に含有させた状態で使用することも可能である。この場合は前記セパレータが不要となる。
【0065】
非水電解液に使用可能な溶媒としては、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、ブチレンカーボネート、ビニレンカーボネート、γ−ブチロラクトン、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、メチルエチルカーボネート、1,2−ジメトキシエタン、2−メチルテトラヒドロフラン、ジメチルスルホキシド、1,3−ジオキソラン、ホルムアミド、ジメチルホルムアミド、プロピオン酸メチル、プロピオン酸エチル、リン酸トリエステル、トリメトキシメタン、ジオキソラン、ジエチルエーテル、スルホラン、3−メチル−2−オキサゾリジノン、テトラヒドロフラン、1,2−ジエトキシエタン、クロルエチレンカーボネート、クロルプロピレンカーボネート等の非水溶媒が挙げられる。本発明のリチウムイオン二次電池に内蔵される正極あるいは負極上で分解しなければ、これ以外の溶媒を用いても良い。
【0066】
また、電解質としては、LiPF
6、LiBF
4、LiClO
4、LiCF
3SO
3、LiCF
3CO
2、LiAsF
6、LiSbF
6、あるいはリチウムトリフルオロメタンスルホンイミドで代表されるリチウムのイミド塩等の多種類のリチウム塩が使用可能である。これらの塩を、上述の溶媒に溶解させた非水電解液をリチウムイオン二次電池用の電解液として使用することができる。本発明のリチウムイオン二次電池に内蔵される正極あるいは負極上で分解しなければ、上記以外の電解質を用いても良い。さらに、リン酸エステル、亜リン酸エステル、環状リン酸エステル、環状亜リン酸エステル、環状ホスファゼンのような難燃剤を添加し、電解液が燃焼されにくくしても良い。
【0067】
非水電解液の注入方法は、正極端子付き電池蓋120を電池缶113から取り外して電極群に直接添加する方法、あるいは正極端子付き電池蓋120に設けた注液口から添加する方法がある。
【0068】
非水電解液の代わりに、固体高分子電解質(ポリマー電解質)あるいはゲル電解質を用いることもできる。固体高分子電解質を用いる場合には、ポリエチレンオキサイド、ポリアクリロニトリル、ポリフッ化ビニリデン、ポリメタクリル酸メチル、ヘキサフルオロプロピレンを含む共重合体等のイオン導電性ポリマーを電解質に用いることができる。これらの固体高分子電解質を用いた場合、セパレータ111を省略することができる利点がある。また、ゲル電解質としては、ポリフッ化ビニリデンと非水電解液の混合物が挙げられる。イオン導電性ポリマーをリチウムイオン導電性固体電解質に置き換えても良く、本発明の効果を得ることができる。
【0069】
さらに、イオン性液体を用いることができる。イオン性液体の例として、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート(EMI−BF
4)、リチウム塩LiN(SO
2CF
3)
2(LiTFSI)とトリグライムとテトラグライムとの混合錯体、N−メチル−N−プロピルピロリジニウム等の環状四級アンモニウム系陽イオン、ビス(フルオロスルホニル)イミド等のイミド系陰イオンが挙げられ、これらのイオン性液体から正極と負極にて分解しない組み合わせを選択して、本発明のリチウムイオン二次電池に用いることができる。
【0070】
〔実施例〕
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をさらに詳細に説明するが、これらに限定されるものではない。
【0071】
以下のようにして黒鉛からなる核材を作製した。まず、平均粒径が5〜40μmのコークス粉末50重量部、タールピッチ20重量部、平均粒径が48μmの炭化ケイ素7重量部及びコールタール10重量部を混合し、200℃で1時間混合した。得られた混合物を粉砕し、ペレット状に加圧成形し、次いで窒素雰囲気中、所定の温度で焼成した。得られた焼成物をハンマーミルによって粉砕し、風流分級装置により粒径を制御して微細な黒鉛粒子からなる核材を得た。この核材の粒度分布を、粒度分布計を用いて測定したところ、頻度50%における粒径(メジアン径、D
50)が3μm〜40μmであった。
【0072】
続いて、被覆層を形成した。ここでは2種類の被覆方法を適用した。第1の方法では、ノボラック型フェノール樹脂メタノール溶液を被覆層の形成のための原料に用い、炭素質の被覆層を核材表面に形成した。核材は2500℃の高温熱処理を施し、黒鉛の結晶性を高めたものを用いた。核材に対する被覆層の平均厚さが1nm〜2nm、5nm、20nm、50nm、100nm、150nm、200nmになるようにフェノール樹脂の添加量を増加させ、7種類の被覆層付き黒鉛からなる負極活物質(NM1、NM2、NM3、NM4、NM6、NM7)を作製した。
【0073】
また、メジアン径D
50が3、10、30μmである3種類の黒鉛粉末からなる核材を準備し、同様の方法によって、被覆層を形成した。核材は、黒鉛の破砕、粉砕処理を行った後、風流分級装置を用いて粒径を制御した。このように作製した負極活物質は、それぞれNM8、NM9、NM10の3種類である。
【0074】
NM11は、NM9の製造時における熱処理温度を2800℃〜2900℃に高めて、NM9の被覆層の結晶性を高めた負極活物質である。熱処理は、非酸化性雰囲気で行った。
【0075】
グラファイト層間(d
002)のやや広がった核材を用いて、炭素質の被覆を行った。作製した負極活物質は、NM12、NM13、NM14の3種類である。核材は、非酸化性雰囲気にて石油ピッチを2000℃〜2500℃で焼成することにより合成した。その焼成品を粉砕し、表1に示したメジアン径D
50になるように分級して核材を得た。この表面にナフタレン又はポリビニルアルコールを付着させ、700℃〜900℃の熱処理を行うことにより、負極活物質を得ることができる。表1に示したNM12、NM13、NM14の合成にはナフタレンを用い、被覆層の厚さはその添加量によって制御した。また、NM15は、風流分級にてメジアン径D
50を40μmに制御した核材に、フェノール樹脂の熱分解により被覆層を形成した負極活物質である。
【0076】
比較例として、NM1に用いた核材のみからなる負極活物質NM16、非晶質炭素(ハードカーボン)からなる核材を含む負極活物質NM17、NM1に用いた核材に対し厚さ1nm(一部核材が露出)の被覆層を形成した負極活物質NM18、被覆層の厚さを250nm〜300nmまで厚くした負極活物質NM19をそれぞれ作製した。NM20は、NM10に用いた核材(メジアン径D
50が30μm)を用い、被覆層の厚さを250nm〜300nmとした負極活物質である。NM21は、易黒鉛化炭素の核材に対し厚さ250nm〜300nmの被覆層を形成した負極活物質である。
【0077】
なお、非晶質炭素(ハードカーボン)からなる核材を有する負極活物質NM17は、粉砕した黒鉛粉末にフェノール樹脂を熱処理した後に分級し、メジアン径D
50を20μmとした粉末を核材とし、その表面にナフタレンを原料とした被覆層を形成したものである。NM21は、石油ピッチを1500℃の低温焼成により合成した人造黒鉛を核材とし、ナフタレンを原料とした被覆層を形成した負極活物質である。
【0078】
以上の21種類の負極活物質について、(002)面の面間隔d
002、比表面積の比、及び1580cm
−1(Gバンド)と1360cm
−1(Dバンド)の位置にあるラマンピークの強度比(I
1360/I
1580)を測定した。その結果を表1に示す。
【0080】
なお、表1中の比表面積の比は、上述のように2種類の手法によって測定した負極活物質の比表面積から算出する。すなわち、等体積球の粒度分布に基づき算出した比表面積に対する、窒素ガスを用いたガス吸着法により実測した比表面積の比である。
【0081】
表1の結果について説明する。NM1からNM11、NM15、NM16、及びNM18からNM20の負極活物質は、共通の核材を用いている。核材の結晶性が高いために、d
002の間隔が天然黒鉛のd
002に極めて近い値となっている。NM12からNM14、NM21の核材は結晶性をやや落としたものなので、d
002がわずかに広がっている。NM17は非晶質炭素(ハードカーボン)であるため、d
002を正確に決定することができなかった。
【0082】
比表面積の比は、被覆層の厚さが増加するほど減少する傾向がある。被覆層が増加するほど、核材表面の微細な凹凸が小さくなるので、ガス吸着法による比表面積が減少する。一方、粒度分布測定で計測される粒径に相当する等体積球の表面積の積算値から求められる比表面積は、被覆層の厚さにほとんど影響を受けない。粒径に対する被覆層の厚さが無視できるほどに薄いからである。後者の比表面積がほとんど変化しないのに対し、前者の比表面積が被覆層の厚さの増加につれて減少するため、比表面積の比が減少するものと考えられる。
【0083】
ラマンピークの強度比は、被覆層の厚さが増加するほど増大する。Gバンドは主に核材の構造を反映して変化しないのに対し、被覆層の厚さが増加するにつれて、被覆層の乱れた構造に由来するDバンドの強度が相対的に増大するためである。
【0084】
被覆層の厚さは、リチウムイオンの拡散性に影響を与えるので適切な範囲内である必要があり、本発明では、被覆層の厚さは1nm〜200nmである。
【0085】
黒鉛の粒子サイズに対して被覆層の厚さが十分薄いので、負極活物質のメジアン径D
50は核材の種類に依存し、NM8は3μm、NM9とNM11からNM14は10μm、NM15は40μm、NM1からNM7、及びNM16からNM19及びNM21は20μm、NM10とNM20は30μmとなっている。メジアン径D
50は、粉砕条件と分級条件の調整により制御した。
【0086】
被覆層の厚さは、被覆処理のときに添加した原料の添加量によって制御することができる。なお、表1に示す被覆層の厚さは平均値である。具体的には、複数個の負極活物質粒子の断面を、集束イオンビーム装置(FIB)によって露出させ、10箇所以上の計測点での平均値を示している。なお、負極活物質NM18を除き、ほぼ全面に被覆層が形成されていた。NM18は、その被覆層が薄いため、局所的に核材が露出していた。
【0087】
作製した負極活物質について、円錐形のプローブを用いて体積弾性率の測定を行った。測定回数は、核材及び被覆層の測定ともに、それぞれ5回ずつ行った。それらの測定値から算出される体積弾性率の比(被覆層の体積弾性率/核材の体積弾性率)の最小値及び最大値を含む値の範囲を表2に示す。
【0089】
なお、参考として、上述のように被覆層を形成する前後の負極活物質一粒子から体積弾性率を計測する方法の他に、負極を作製した後にその負極を加工することによる方法でも負極活物質の体積弾性率を測定し、上記の負極活物質一粒子から計測した体積弾性率との差を評価した。後者の方法を用いた理由は、実際の負極に負極活物質が混合されてしまうと、直接的に体積弾性率を測定することができないため、後者の方法により負極作製前の負極活物質の体積弾性率を予測できるか否か検討するためである。
【0090】
まず、負極活物質が存在する合剤層における、負極活物質粒子が露出している位置を観察する。この観察には、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡等の公知の観察手段を用いる。見つけ出した負極活物質の粒子のほぼ中心位置に、ナノインデンテーション法の探針を押しつけて体積弾性率を測定した。これを被覆層の体積弾性率とする。なお、既に述べた原子間力顕微鏡の手法を適用しても良い。
【0091】
次に、負極活物質の核材の体積弾性率の測定方法を述べる。まず、負極集電体の面に対して垂直方向に、負極の層を切断する。次いで、負極活物質一粒子を狙ってイオンミリング法により粒子の断面を切り出した。この断面露出方法は、集束イオンビーム(FIB)法、ウルトラミクロトームを用いた切断法、化学研磨、電解研磨、イオン研磨、あるいは研磨剤を用いた物理的な研磨法(バフ研磨、エメリ紙研磨)等の公知の技術を適用しても良い。また、切断時の粒子の動き、つぶれ、破損等の変質を回避するために、液体窒素等の極低温冷媒を用いて、負極を凍結した状態で切断すると平滑な断面が得られるので、凍結状態での切断法は望ましい方法である。
【0092】
負極活物質粒子の粒径を断面露出の前に測定し、断面露出の後に観察された断面のサイズとほぼ一致することを確認すれば、粒子のほぼ中央を切断できたことがわかる。このようにして、負極活物質粒子の断面を露出させてから、その断面にナノインデンテーション法の探針を押しつけて体積弾性率を測定した。測定に用いた探針は、先端形状がダイヤモンドチップからなる正三角錐(バーコビッチ型)である。その探針を取り付けた圧子を負極活物質の粒子表面に押込み、そのときの圧子にかかる荷重と圧子の下の射影面積から体積弾性率を求めた(神戸製鋼技報、第52巻、第2号、74〜77頁、2002年を参照)。計測した値を核材の体積弾性率とする。なお、既に述べた原子間力顕微鏡の手法を適用しても良い。
【0093】
被覆層の体積弾性率と核材の体積弾性率との比を計算したところ、負極の作製前における負極活物質一粒子から測定した体積弾性率の比とほぼ一致した。
【0094】
NM1からNM11、NM15、及びNM18からNM21に用いた核材自身の体積弾性率は、9GPa〜11GPa(平均11GPa)であった。NM12からNM14の核材の体積弾性率は8GPa〜10GPa(平均9GPa)であった。NM21の核材の体積弾性率は6〜8GPa(平均7GPa)であった。
【0095】
被覆層が厚くなるほど、体積弾性率の比が小さくなる傾向にあった。これは、NM1からNM7の測定結果から明らかである(表2を参照)。被覆層の体積弾性率は核材の体積弾性率よりも低いため、被覆層が厚くなることにより、被覆層自身の体積弾性率が測定結果に反映されたためと考えられる。被覆層がない負極活物質NM16とNM17は、被覆層の体積弾性率を測定できないので、体積弾性率の比の欄に「測定できない」と記載した。
【0096】
表1及び表2の結果から、負極活物質の体積弾性率の比は、一見すると被覆層の厚さとの間に単調な相互関係があるようにみえる。しかし、体積弾性率の比は被覆層の厚さのみによって決まるものではなく、表2の結果には限定されないと考えられる。その理由は、被覆層の体積弾性率は、被覆層を構成するミクロサイズ又はナノサイズでの配向性や結晶同士の配列、あるいは炭素−炭素間の結合距離等に影響されるからである。したがって、被覆層を形成する原料の種類、被覆層の作製手順、あるいは作製条件等を変更することにより、被覆層の体積弾性率は制御可能である。例えば、熱処理温度を変化させて、被覆層の緻密さの度合いを制御すれば、被覆層の体積弾性率を変化させることができる。被覆層を形成するときの熱処理温度を2500℃〜3500℃の高温にして、被覆層の緻密性を向上させ、被覆層自身の体積弾性率を高めることにより、体積弾性率の比を80%〜95%まで増大させることができる。
【0097】
(リチウムイオン二次電池の作製)
次に、上述の負極活物質を用いて
図1に示すようなリチウムイオン二次電池を作製した。リチウムイオン二次電池は、負極活物質ごとに5個ずつ作製した。以下、作製したそれぞれの電池は、その電池に用いた負極活物質の記号(NM1、NM2、NM3、NM4、NM5、NM6、NM7、NM8、NM9、NM10、NM11、NM12、NM13、NM14、NM15)により表すこととする。各電池に用いた負極活物質の重量は10±0.1gであり、負極重量と正極重量から計算した電池の定格容量(計算値)は3.5Ahである。
【0098】
また、比較例である負極活物質NM16からNM21を用いて、それぞれリチウムイオン二次電池を作製した。それぞれの電池を、用いた負極活物質に対応させて、NM16、NM17、NM18、NM19、NM20、NM21とする。電池の定格容量は3.5Ahであった。
【0099】
なお、負極は、表1に示した21種類の負極活物質を別々に秤量し、各負極活物質の98重量部に、スチレン−ブタジエンゴム1重量部とカルボキシメチルセルロース1重量部を添加して負極スラリーを調製し、その負極スラリーを、集電体として厚さ10μmの圧延銅箔の表面に塗布、乾燥させて作製した。負極合剤密度は、1.5g/cm
3とした。
【0100】
また、正極活物質としてはLiNi
1/3Co
1/3Mn
1/3O
2を用いた。正極合剤の組成は、正極活物質、アセチレンブラック、PVDFの順に89:4:7(重量比)とした。スラリーの溶媒には、1−メチル−2−ピロリドンを用いた。正極スラリーの分散処理には、公知の混練機、分散機を用いた。正極の集電体には厚さ20μmの圧延アルミニウム箔を用いた。
【0101】
さらに、リチウムイオン二次電池の非水電解液として、1モル濃度(1M=1mol/dm
3)のLiPF
6を、エチレンカーボネート(EC)とエチルメチルカーボネート(EMC)の混合溶媒に溶解させたものを用いた。ECとEMCの混合割合は体積比率で1:2とした。また、非水電解液には1%のビニレンカーボネートを添加した。
【0102】
(リチウムイオン二次電池の評価)
作製した21種類の電池(それぞれの負極活物質につき、5個ずつ作製)に、初期エージングの処理を行った。まず、開回路の状態から充電を開始した。電流は3.5Aとし、4.2Vに到達した時点でその電圧を維持し、電流が0.1Aになるまで充電を継続した。その後、30分の休止時間を設けて、3.5Aにて放電を始めた。電池電圧が3.0Vに達したときに放電を停止させ、30分の休止を行った。同じように、充電と放電を5回繰り返して、電池の初期エージングの処理を終了させた。最後のサイクル(5サイクル目)の放電容量を負極活物質の重量(10±0.1g)で割って初期容量を算出し、この容量を基準容量とした。その結果を表2に示す。
【0103】
また、3Cレート(電流10.5A)の放電容量を測定し、前記基準容量に対する容量比(3C容量比)を計算した。結果を表2に示す。
【0104】
さらに、初期エージングを済ませた21種類のリチウムイオン二次電池について、50℃の環境温度にて、初期エージングと同じ充放電条件でのサイクル試験を行った。表2に、300サイクル経過後の容量維持率の平均値を示す。
【0105】
表2の結果より、NM1、NM2、NM3、NM4、NM5、NM6、NM7、NM8、NM9、NM10、NM11、NM12、NM13、NM14及びNM15では大きな初期容量が得られた。核材のd
002がやや広くなった負極活物質を用いたNM12、NM13、NM14の場合は、わずかに初期容量が低下したが、345mAh/g以上の高い放電容量を示した。負極活物質の粒径を小さくしたNM8、NM9、NM11、NM12、NM13、NM14についても、初期容量は350mAh/g以上の高い値を有していた。さらに、被覆層が200nm以下と薄いため、3C容量比も大きくなった。
【0106】
比較例の負極活物質を用いたNM16は、核材そのものであるために、不可逆容量が大きく、初期容量が低下した。これは、負極が劣化したのではなく、不可逆容量が大きいために正極の容量が減少してしまい、電池として充放電可能な負極の作動範囲が減少したためである。不可逆容量とは、被覆層がないために非水電解液の分解反応が起こり、この分解反応により消費されるリチウムの損失量を電気量で換算した値である。被覆層がないため、容量維持率も低くなった。
【0107】
比較例の負極活物質を用いたNM17は、負極活物質が非晶質炭素であるため、低容量であった。3C容量比はNM16よりもやや大きくなったが、容量維持率は低くなった。電解液分解反応が負極表面にて起こったためと考えられる。
【0108】
比較例の負極活物質を用いたNM18も同様に、被覆が不十分であるために、不可逆容量の増加に伴う初期容量の低下が起こった。同様に容量維持率も低くなった。
【0109】
比較例の負極活物質を用いたNM19、NM20、NM21は、被覆層の厚さが十分に厚いために、不可逆容量自体は減少するが、充放電に寄与しにくい被覆層が増加するので、初期容量が低下した。
【0110】
比較例の負極活物質を用いたNM21では、d
002が大きくなり過ぎたため、初期容量が小さくなった。さらに、被覆層が200nmを超えるため、3C容量比が低下した。容量維持率はNM17やNM18よりも改善しているが、本発明の負極活物質(NM1からNM14)よりも低くなった。これは、被覆層が厚過ぎるために、リチウムイオンの拡散速度が低下して表面のLiが電解液と反応したためと推定される。
【0111】
以上の結果を整理すると、以下の通りである。
第一に、負極活物質を核材と被覆層の二層構造とし、被覆層の厚さを1nm〜200nmに制御すれば、負極の容量維持率が増大する。NM1からNM15の結果と、比較例との対比により明らかである。
【0112】
第二に、被覆層の体積弾性率が核材の体積弾性率よりも小さいと容量維持率が高くなることがわかった。また、体積弾性率の比は50%以上が好ましいことがわかった。NM1からNM14の結果と、NM19からNM21の比較例との対比により明らかである。
【0113】
負極の長寿命化には、核材と被覆層の体積弾性率をそれぞれ実測値で規定し、その差と負極活物質の寿命との関係を調べる方法が考えられる。しかし、本発明によれば、体積弾性率の比で表した方が負極の性能と良い相関を示すことが見出された。リチウムイオンを吸蔵放出することによって核材が体積変化をする。これに応じて、被覆層が核材表面から剥離しないようにすることが本発明の重要な点である。被覆層の剥離は、核材と被覆層の体積弾性率のそれぞれの値よりも、両者の比によって決まると考えられる。その比がある限界値を超えると、被覆層が核材の体積変化に追随できなくなって、被覆層が核材から剥離すると予想した。核材と被覆層の体積弾性率の差よりも、両者の比が重要であることを見出して、核材と被覆層の関係を明確にすることによって本発明は完成した。
【0114】
第三に、負極活物質の等体積球の粒度分布に基づき算出した負極活物質の比表面積と、ガス吸着法により実測した比表面積との比が1:1〜1:30の範囲あり、核材の(002)面の面間隔が0.3345nm〜0.3370nmであり、1580cm
−1領域(Gバンド)のピーク強度に対する1360cm
−1領域(Dバンド)のピーク強度の比I
1360/I
1580(ラマンピーク強度比)が0.1〜0.6の範囲にあると、高容量かつ長寿命の電池が得られた。比表面積の比については、NM1からNM7及びNM11と、比較例であるNM18との対比により明らかである。(002)面の面間隔に関しては、NM9、NM13及びNM14と、比較例であるNM16とNM17との対比により明らかである。ラマンピーク強度比に関しては、NM1からNM14と、比較例であるNM16、NM17及びNM21との対比から明らかである。
【0115】
第四に、本発明の範囲の中でも、特に粒度分布計測から求めた頻度50%における負極活物質の粒径(メジアン径D
50)が3μm〜30μmであると、より高容量で長寿命な負極が得られる。NM5及びNM8からNM10と、NM15との対比から明らかである。
【0116】
(直流抵抗の評価)
続いてサイクル試験を実施し、300サイクル経過後の直流抵抗(DCR;Direct Current Resistance)を測定した。直流抵抗測定は、以下のように行った。まず、負極と正極を電池から取り出して、負極を作用極、正極を対極、金属リチウムを参照極とした3極式セルを組み立てた。このセルを用いて、負極を電池の場合と同じレベルまで充電する。次いで、1mA/cm
2〜10mA/cm
2の範囲の一定の放電電流値にて負極を放電し、放電開始後10秒後の負極電位の変化幅を測定する。負極電位は参照極を基準に計測した。横軸を放電電流、縦軸を電位変化幅としてプロットし、その直線近似式の傾斜を直流抵抗とした。
【0117】
負極活物質NM1からNM14の抵抗増加率は、容量維持率の増加とともに、逆に低下する傾向があり、抵抗増加率は5%〜15%の範囲であった。例えば、NM1からNM7の直流抵抗は、初期の値に対して、5%〜15%の範囲になり、被覆層の厚さが大きくなるほど抵抗が減少する傾向にあった。NM8からNM10については、粒径が小さいほど抵抗が大きくなる傾向がみられたが、DCRの増加率は5%〜10%であった。NM11の抵抗増加率は7%であった。NM12からNM14は、抵抗増加率は5%〜10%であった。この場合も同様に、被覆層の厚さによる依存性が強く、抵抗は被覆層の増加に伴って低下する傾向があった。
【0118】
比較例のNM16からNM18の負極は、容量維持率が著しく低下しており、それに応じて、抵抗増加率も大きかった。NM16は250%、NM17は210%、NM18は195%であった。NM15、及びNM19からNM21の負極の容量維持率は、前記NM16からNM18の負極の値よりも改善されているが、抵抗増加率は120%〜180%の範囲になり、容量維持率が低いほど、抵抗増加率が大きくなる傾向があった。
【0119】
(負極の充放電試験)
充放電サイクル試験を終えた後に、電池を3.0Vまで完全に放電させた。アルゴンガスを封入したグローブボックスに電池を移し、それぞれの電池をアルゴンガス雰囲気中にて解体し、負極のみを取り出した。その負極と、それぞれの電池に用いた同じ組成の非水電解液と、金属リチウムの電極とを組み合わせて、負極の充放電試験を行った。充電電流は100mA/g相当の値とし、負極電位が10mVに到達した後に、10mA/gに減少するまで10mVでの充電を継続した。その後、30分の休止を経た後に、同じ電流にて負極電位が1.0Vに達するまで放電させた。この充放電サイクル試験を3回行った。
【0120】
その結果、負極活物質NM1からNM15は、340mAh/g〜355mAh/gの大きな放電容量を保持していた。比較例のNM16からNM18は、それぞれ250mAh/g〜260mAh/g、275mAh/g〜285mAh/g、290mAh〜300mAhまで減少していた。NM19からNM21の放電容量も、初期容量に対して低下し、290〜330mAh/gとなった。
【0121】
(電池モジュールの作製例)
図1に示す円筒形のリチウムイオン二次電池を複数個接続し、
図2に示すような電池モジュール(組電池)201を組み立てた。この電池モジュール201は、8個のリチウムイオン二次電池202を直列に接続したものである。また、この電池モジュール201に、充放電回路210、演算処理部209、給電負荷電源211、電力線212、信号線213、外部電力ケーブル214を接続した。
図2のシステムは、さらに、正極端子203、ブスバー204、電池缶205及び支持部品206を備える。なお、用いた8個のリチウムイオン二次電池202としてはNM1を用いた。
【0122】
なお、この実施例は、本発明の有効性を確認するための試験であるので、本来は外部電源又は外部負荷を取り付けるところを、電力の供給と消費の両方の機能を兼ね備えた給電負荷電源211を用いた。これを用いることは、電気自動車等の電気車両や工作機械、あるいは分散型電力貯蔵システムやバックアップ電源システム等における実使用時と比較して、本発明の効果に相違をもたらすものではない。
【0123】
図2に示すシステムを組み立てた直後の充電試験として、充放電回路210より正極外部端子207と負極外部端子208へ1時間率相当の電流値(3.5A)の充電電流を流し、33.6Vの定電圧にて1時間の充電を行った。ここで設定した定電圧値は、単電池の定電圧値4.2Vの8倍の値である。電池モジュールの充放電に必要な電力の授受には、給電負荷電源211を用いた。
【0124】
放電試験は、正極外部端子207と負極外部端子208から逆向きの電流を充放電回路210に流して、給電負荷電源211にて電力を消費させた。放電電流は、1時間率の条件(放電電流として3.5A)とし、正極外部端子207と負極外部端子208の端子間電圧が24Vに達するまで放電させた。
【0125】
このような充放電試験条件にて、充電容量3.5Ah、放電容量3.4Ah〜3.5Ahの初期性能を得た。さらに、300サイクルの充放電サイクル試験を実施したところ、容量維持率94%〜95%を得た。本システムをS1とする。
【0126】
また、電池NM1に代えて、負極活物質を表1のNM21に変更した電池を用いたシステムを製作した。このシステムをS2とする。上記と同じ条件にて300サイクルの充放電サイクル試験を実施した。その結果、S2の容量維持率は83%〜85%となり、本発明における負極活物質が、リチウムイオン二次電池のサイクル特性の向上に有効であることがわかった。
【0127】
本発明は、以上で説明した実施例に限定されない。本発明の要旨を変更しない範囲で、具体的な構成材料、部品等を変更しても良い。また、本発明の構成要素を含んでいれば、公知の技術を追加し、あるいは一部の構成要素を公知の技術で置き換えることも可能である。
【0128】
本発明のリチウムイオン二次電池は、携帯用電子機器、携帯電話、電動工具等の民生用品の他、電気自動車、電車、再生可能エネルギーの貯蔵用蓄電池、無人移動車、介護機器等の電源として用いることが可能である。さらに、本発明のリチウムイオン二次電池は、月や火星等の探索のためのロジステック列車の電源としても適用可能である。また、宇宙服、宇宙ステーション、地球上又はその他の天体上の建造物あるいは生活空間(密閉、開放状態を問わない)、惑星間移動用の宇宙船、惑星ローバー(land rover)、水中又は海中の密閉空間、潜水艦、魚類観測用設備等の各種空間の空調、温調、汚水や空気の浄化、動力等の各種電源に利用することができる。