特許第5992764号(P5992764)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5992764ルテニウム錯体からなる化学蒸着原料及びその製造方法並びに化学蒸着方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5992764
(24)【登録日】2016年8月26日
(45)【発行日】2016年9月14日
(54)【発明の名称】ルテニウム錯体からなる化学蒸着原料及びその製造方法並びに化学蒸着方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 16/16 20060101AFI20160901BHJP
   C07C 21/19 20060101ALI20160901BHJP
   C07C 23/10 20060101ALI20160901BHJP
   C07C 23/16 20060101ALI20160901BHJP
   C07C 17/00 20060101ALI20160901BHJP
   C07F 15/00 20060101ALN20160901BHJP
【FI】
   C23C16/16
   C07C21/19
   C07C23/10
   C07C23/16
   C07C17/00
   !C07F15/00 A
【請求項の数】6
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2012-181329(P2012-181329)
(22)【出願日】2012年8月20日
(65)【公開番号】特開2014-37390(P2014-37390A)
(43)【公開日】2014年2月27日
【審査請求日】2015年4月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】特許業務法人田中・岡崎アンドアソシエイツ
(72)【発明者】
【氏名】原田 了輔
(72)【発明者】
【氏名】中田 直希
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 昌幸
【審査官】 安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】 特表2010−504424(JP,A)
【文献】 特表2002−523634(JP,A)
【文献】 国際公開第2004/050947(WO,A1)
【文献】 Yi-Hwa SONG, et al.,Deposition of conductive Ru and RuO2 thin films employing a pyrazolate complex [Ru(CO)3(3,5-(CF3)2-pz)]2 as the CVD source reagent,Chemical Vapor Deposition,2003年,Vol.9, No.3,P.162-169
【文献】 Yoshihide SENZAKI, et al.,Chemical vapor deposition of ruthenium and osmium thin films using (hexafluoro-2-butyne) tetracarbonylruthenium and -osmium,Chemistry of Materials,1993年,Vol.5, No.12,P.1715-1721
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/00−16/56
H01L 21/205,21/31,21/365,21/469 C07C 17/00
C07C 21/19
C07C 23/10
C07C 23/16
C07F 15/00
CA/REGISTRY(STN)
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ルテニウム錯体からなり、化学蒸着法によりルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜を製造するための原料において、
前記ルテニウム錯体は、次式で示される、ルテニウムに、カルボニル基及びポリエンのフルオロアルキル誘導体が配位したものである化学蒸着用原料。
【化1】
(式中、Lは、炭素数4〜8であり2〜4個の二重結合を有する鎖状のポリエンである。ポリエンLはn個(n≧1)の置換基Rを有し、置換基Rは炭素数1〜6でありフッ素数1〜13のフルオロアルキル基である。ポリエンLが2個以上の置換基Rを有する場合(n≧2)、置換基Rの炭素数およびフッ素数は同一分子中で異なっても良い。)
【請求項2】
ポリエン(L)は、炭素数4〜6であり2個の二重結合を有する鎖状ポリエンである請求項1記載の化学蒸着用原料。
【請求項3】
置換基であるフルオロアルキル基(R)は、炭素数1〜3、フッ素数1〜7であり、nが1〜2である請求項1記載の化学蒸着用原料。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれかに記載の化学蒸着用原料の製造方法であって、
ドデカカルボニルトリルテニウムと、鎖状ポリエンのフルオロアルキル誘導体と加熱下で反応させる合成工程を含み、
前記合成工程は、ドデカカルボニルトリルテニウムに対してポリエンのフルオロアルキル誘導体をモル比で1〜3倍当量反応させるものである化学蒸着用原料の製造方法。
【請求項5】
合成工程における加熱温度を、75〜85℃とする請求項4記載の化学蒸着用原料の製造方法。
【請求項6】
ルテニウム錯体からなる化学蒸着用原料を気化して反応ガスとし、前記反応ガスを基板表面に導入し、前記ルテニウム錯体を分解してルテニウムを析出させるルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜の化学蒸着法において、
前記化学蒸着用原料として請求項1〜請求項3のいずれかに記載の化学蒸着用原料を用いる方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は化学蒸着法によりルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜を製造するための原料に関する。詳しくは、適度の安定性を有し、蒸気圧が高いルテニウム錯体からなる化学蒸着用原料に関する。
【背景技術】
【0002】
CVD法、ALD法等の化学蒸着法によるルテニウム薄膜を形成するための原料を構成するルテニウム錯体として、従来から多くものが知られている。それらの中で有用なものとして報告されているルテニウム錯体として、以下のルテニウム錯体がある。
【0003】
【化1】
【0004】
【化2】
【0005】
上記の2つのルテニウム錯体は、ルテニウムへの配位子としてカルボニル基と、複数の二重結合を有するポリエン(シクロオクタテトラエン、シクロヘキサジエン)が配位するものである。これらのルテニウム錯体が化学蒸着法の原料として有用な理由として、まず、蒸気圧が高いことが挙げられる。蒸気圧が高い化合物は、原料ガスを高濃度で供給可能することができ、成膜効率を改善することができる。また、これらのルテニウム錯体は、分解温度が比較的低いという利点も有する。これにより成膜温度を低温に設定することが可能であり、基板のダメージを抑制しつつ安定した薄膜形成が可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−173979号公報
【特許文献2】特開2006−57112号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、本発明者等によれば、上記のルテニウム錯体は、以下のように改善を要する点がある。第1に、上記のルテニウム錯体は、いずれも、分解温度が低いという利点はあるものの、やや低過ぎる傾向にある。化学蒸着法による薄膜形成では原料容器を加熱して原料化合物を気化し、原料ガスを成膜室へ導入するが、分解温度が低すぎると加熱気化の段階で原料化合物の分解が生じてしまう。これは原料化合物の利用率低下に繋がる。
【0008】
上記のルテニウム錯体の第2の問題点として、その製造コストが挙げられる。上記のルテニウム錯体の合成方法としては、ルテニウムのカルボニル化合物とポリエンとを反応させるのが一般的であるが、この合成反応はポリエンを相当過剰に使用しなければ合成反応が進行しない。例えば、化1のルテニウム錯体では、ドデカカルボニルトリルテニウム(DCR)とシクロオクタテトラエン(誘導体)とを反応させているが、DCRに対して6〜7倍当量のシクロオクタテトラエンが必要である。そのため、ポリエンの過剰使用がルテニウム錯体の製造コストを上昇させていた。また、化1のルテニウム錯体についてであるが、この錯体の合成反応は基本的に光反応であり、合成時に光照射が必要でありこれも合成コストを上昇させる要因となる。
【0009】
上記した化1、化2のルテニウム錯体のデメリットは薄膜形成に致命的なものとまではいい難い。しかし、今後、更なる微細化或いは複雑化・立体化が図られる各種電極の形成に化学蒸着法を活用するには、適切な分解温度(安定性)を有するルテニウム錯体の適用が必要となる。また、各種デバイスのコスト増抑制のため、それらはより低廉な合成コストであることが要求される。そして、これらの要求に応えつつ、従来からの要求特性(高蒸気圧、低融点)を具備するルテニウム錯体の開発が望まれる。本発明は、以上の背景の下になされたものであり、適切な分解温度を有しつつ、蒸気圧が高く常温で液体となる融点を有し、且つ、製造コストも低廉なルテニウム錯体からなる化学蒸着用原料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決する本発明は、ルテニウム錯体からなり、化学蒸着法によりルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜を製造するための原料において、前記ルテニウム錯体は、次式で示される、ルテニウムに、カルボニル基及びポリエンのフルオロアルキル誘導体が配位したものである化学蒸着用原料である。
【化3】
(式中、Lは、炭素数4〜8であり2〜4個の二重結合を有するポリエンである。ポリエンLはn個(n≧1)の置換基Rを有し、置換基Rは炭素数1〜6でありフッ素数1〜13のフルオロアルキル基である。ポリエンLが2個以上の置換基Rを有する場合(n≧2)、置換基Rの炭素数およびフッ素数は同一分子中で異なっても良い。)
【0011】
本発明に係る化学蒸着用原料を構成するルテニウム錯体は、ルテニウムの配位子として3つのカルボニル基と、置換基としてフルオロアルキル基が導入されたポリエンが配位するものである。即ち、上記した従来のルテニウム錯体に対して、配位子であるポリエンにフルオロアルキル基を部分置換させたものである。
【0012】
本発明においてポリエンにフルオロアルキル基を導入したのは、ルテニウム錯体の安定性を向上させてその分解温度を適切な範囲とするためである。これは、電子吸引基であるフルオロアルキル基(CF、C等)をポリエンに導入することで、Ruとポリエンとの結合が強くなるため、ルテニウム錯体分子の安定性が高くなり、低温での分解が抑制されることによるものである。
【0013】
そして、フルオロアルキル基の導入による安定性の向上は、ルテニウム錯体の合成反応(ルテニウムとポリエンとの結合)の進行を容易にする。これにより、ルテニウム化合物とポリエンとを反応させる際のポリエンの使用量を大幅に減少させることができる。また、この反応は熱反応で進行させることができ、光反応のような手間も不要である。本発明に係るルテニウム錯体の製造方法については、後述する。
【0014】
また、置換基としてフルオロアルキル基を導入する意義として、メチル基等のアルキル基といった他の置換基を導入する場合よりも蒸気圧を上昇させるというメリットもある。これは、フルオロアルキル基の導入により、各分子間のファンデルワールス力が低下するためと考えられる。蒸気圧が高いルテニウム錯体を用いることで、高濃度の原料ガスを発生させることができ、効率的な薄膜形成が可能となる。
【0015】
更に、ポリエンへの置換基導入は、ルテニウム錯体の融点を低温化する作用も有し、フルオロアルキル基の導入もこの効果を発揮する。置換基導入による低融点化は、置換基の分子量の増大と共にその効果が大きくなる。そして、これによりルテニウム錯体は常温域でも液体状態とすることができ、薄膜製造の際、原料気化の効率を良好なものとする。
【0016】
以上の利点を有する本発明に係る化学蒸着用原料を構成するルテニウム錯体の構成について、ポリエンの炭素数は4〜8であり、2〜4個の二重結合を有する。この範囲にしたのは、ポリエンの分子量が大きくなりすぎると、融点が高くなり、室温で固体となるからである。ポリエンは、鎖状ポリエン、環状ポリエンの双方を含む。好ましい炭素数は4〜6であり、2個の二重結合を有する鎖状ポリエン又は環状ポリエンである。この範囲にしたのは、高蒸気圧と適度な安定性が得られるからである。
【0017】
また、ポリエンに置換基として導入するフルオロアルキル基は、炭素数1〜6、フッ素数1〜13である。この範囲にしたのは、フルオロアルキル基の炭素数が多くなり過ぎると、蒸気圧が低下するからである。そして、好ましいのは、炭素数1〜3であり、フッ素数1〜7のフルオロアルキル基である。フルオロアルキル基の数(n)は、1以上導入されていれば良い。また、ポリエンに複数のフルオロアルキル基を導入する場合(n≧2となる場合)、相違するフルオロアルキル基が導入されていても良く、それらの炭素数およびフッ素数が同一分子中で異なっても良い。尚、好ましいフルオロアルキル基の数は、1〜2である。
【0018】
本発明に係るルテニウム錯体の上記効果を有する具体例として、下記構造式を有するルテニウム錯体が挙げられる。
【0019】
【表1】
【0020】
次に、本発明に係る化学蒸着用原料を構成するルテニウム錯体の製造方法について述べる。このルテニウム錯体は、ドデカカルボニルトリルテニウム(以下、DCRと称する)と、フルオロアルキル基で部分置換されたポリエン誘導体とを反応させることで合成できる。上記したように、本発明のルテニウム錯体は、DCRとポリエン誘導体との結合力が強いため、その合成反応が比較的容易に進行する。そして、このときDCRに反応させるポリエン誘導体の使用量を低減することができる。具体的には、DCRに対して必要なポリエン誘導体の反応量は、1〜3倍当量(モル比)である。この点、上述した従来のルテニウム錯体(化1、化2)の製造においては、DCRに対して6〜7倍当量の過剰なポリエン(シクロオクタテトラエン、シクロヘキサジエン)を使用しなければ、ポリエンを配位させることができない。これを考慮すると、本発明のルテニウム錯体は、従来よりも少量のポリエン(誘導体)の使用で製造可能であり、その製造コスト低減に寄与することができる。
【0021】
また、本発明のルテニウム錯体の合成反応は、加熱反応のみで進行可能であり、光照射のアシストを要しない。具体的には、反応系を75〜85℃になるように加熱するだけで本発明のルテニウム錯体が合成できる。この点も錯体の製造コスト低減に寄与することとなる。
【0022】
尚、本発明のルテニウム錯体の製造工程は、具体的には、適宜の溶媒(例えば、ヘキサン等)にDCRとポリエン誘導体を溶解し、溶媒を加熱(還流)する。そして、反応液から溶媒及び未反応のポリエン誘導体を留去し、溶媒抽出によりルテニウム錯体は回収できる。得られたルテニウム錯体は、適宜に精製することで化学蒸着用の原料とすることができる。
【0023】
本発明に係る化学蒸着用原料による薄膜形成法は、通常の化学蒸着法に準じる。即ち、ルテニウム錯体からなる化学蒸着用原料を気化して反応ガスとし、この反応ガスを基板表面に導入し、基板表面上のルテニウム錯体を分解してルテニウムを析出させるものである。このとき原料であるルテニウム錯体は任意の方法で気化することができる。特に、本発明のルテニウム錯体は常温で液体とすることができるので、原料容器の原料をバブリングする方式も採用できる。この他、使用環境に応じて気化器による加熱気化を行っても良い。
【0024】
基板の加熱温度については、好ましくは200℃〜400℃の範囲とする。本発明のルテニウム錯体は、分解温度が適度に低温であるためこの温度範囲での成膜が可能である。また、反応器内は、5〜10000Paの減圧雰囲気とするのが好ましい。
【発明の効果】
【0025】
以上説明したように、本発明で適用するルテニウム錯体は、適切な安定性・分解温度を有し、また蒸気圧も高い。そして、製造方法も最適化されており比較的低コストで製造可能である。本発明に係る化学蒸着用原料は、CVD法、ALD法等の化学蒸着に好適に使用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本実施形態で製造した(トリフルオロメチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムのTG−DTA曲線。
図2】従来技術である(シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムのTG−DTA曲線。
図3】本実施形態で製造した(トリフルオロメチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムにより製造されたルテニウム薄膜のSEM写真。
【発明を実施するための形態】
【0027】
第1実施形態:本実施形態では、カルボニル基と、シクロヘキサジエンのトリフルオロメチル誘導体が配位子である(トリフルオロメチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウム(次式)を製造した。
【化4】
【0028】
3つ口フラスコで溶媒としてヘキサン1.0LにDCR50.5gを溶解させ、更に、トリフルオロメチル−シクロヘキサジエン70gを溶解させた。このときのトリフルオロメチル−シクロヘキサジエンは、DCRに対して2倍当量(モル比)となる。そして、この反応液を85℃で20時間還流した。還流後、反応液を減圧留去し、ヘキサンを展開溶媒とするシリカゲルカラムにより精製し、(トリフルオロメチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムを回収した。
【0029】
上記工程により得られた(トリフルオロメチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムの収量は66.3gであり、その収率は84%であった。上記の通り、本実施形態はDCRに対して2倍当量のトリフルオロメチル−シクロヘキサジエンを使用し熱反応のみとしている。このように光反応を使用せず、ポリエンの反応量を抑えた条件でも(トリフルオロメチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムは十分な収率で製造可能である。
【0030】
次に、製造した(トリフルオロメチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムの物性評価を行った。まず、TG−DTAによる分析を行った。分析条件は、大気中で加熱温度範囲:室温〜500℃、昇温速度:5℃/minとした。ここでは、比較として従来のルテニウム錯体である(シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウム(化2)についても同様に分析した。
【0031】
図1は、本実施形態の(トリフルオロメチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムのTG−DTA曲線である。また、図2は、比較例である(シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムのTG−DTA曲線である。これらの分析結果から、まず、ルテニウム錯体の蒸発開始温度、蒸発終了完了温度をみると、本実施形態の(トリフルオロメチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムは、90℃付近で蒸発を開始し、140℃付近で蒸発完了している。一方、(シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウム、80℃付近で蒸発を開始し、130℃付近で蒸発完了している。蒸発温度に関してみると、両者に大差はなく、(シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムの方がわずかに温度が低い。しかし、(シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムのDTA曲線をみると、蒸発完了温度付近以上の温度で発熱ピークの発生・消滅が見られる。これは、(シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムが完全に蒸発せず、部分的に分解生成物を生成し、それが燃焼・蒸発したためと考えられる。即ち、(シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムの場合、蒸発温度域でも分解する可能性があり、これを化学蒸着用原料とする場合、原料気化温度の設定によってはルテニウム錯体が部分的に分解する可能性があることを示す。これは、成膜条件の設定をシビアにするものである。これに対し、本実施形態の(トリフルオロメチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムは、蒸発完了時に分解生成物が生じることなく、安定して蒸発していることがわかる。
【0032】
次に、(トリフルオロメチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムの蒸気圧、融点の測定結果を下表に示す。
【0033】
【表2】
【0034】
表から、本実施形態の(トリフルオロメチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムは、その融点から常温で液体状態を維持できる。そして、蒸気圧も十分高いものである。従来技術である(シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムは、融点が本実施形態よりも高く、蒸気圧は低くなっている。これは、シクロヘキサジエンへの置換基導入及び置換基としてフルオロアルキル基を選択したことによるものと考えられる。
【0035】
次に、本実施形態の(トリフルオロメチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムを化学蒸着用原料としてルテニウム薄膜の成膜試験を行った。製膜装置は、チャンバー内の基板ステージのみが加熱されるコールドウォールタイプのCVD装置を用いた。原料化合物の蒸気を基板上に運ぶためのキャリアーガスをマスフローコントローラーで一定流量となるよう制御している。尚、ルテニウム薄膜を形成する基板には、予め熱酸化してSiO皮膜を形成したSiウエハを用いた。そのほかの成膜条件は以下の通りである。
【0036】
原料加熱温度:70℃
基板加熱温度:175℃
キャリアーガス(アルゴン)流量:10sccm
反応ガス(酸素)流量:2sccm
反応室圧力:50Pa
製膜時間:20分
【0037】
上記の条件にて成膜試験を行ったところ、金属光沢を有するルテニウム膜が形成された。この基板についてのSEM写真を図3に示すが、孔の上部・下部共に均一な薄膜が形成されていた。この結果から、(トリフルオロメチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムからなる化学蒸着用原料は、高品質の薄膜形成に有用であることが確認された。
【0038】
第2実施形態:本実施形態では、カルボニル基と、シクロヘキサジエンのペンタフルオロエチル誘導体が配位子である(ペンタフルオロエチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウム(次式)を製造した。
【化5】
【0039】
3つ口フラスコで溶媒としてヘキサン1.0LにDCR50.5gを溶解させ、更に、ペンタフルオロエチル−シクロヘキサジエン93.9gを溶解させた。このときのペンタフルオロエチル−シクロヘキサジエンは、DCRに対して2倍当量(モル比)となる。そして、この反応液を85℃で20時間還流した。還流後、反応液を減圧留去し、ヘキサンを展開溶媒とするシリカゲルカラムにより精製し、(ペンタフルオロエチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムを回収した。
【0040】
上記工程により得られた(ペンタフルオロエチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムの収量は76.3gであり、その収率は84%、融点は−20℃以下であった。
【0041】
第3実施形態:本実施形態では、カルボニル基と、シクロヘキサジエンのトリフルオロメチル誘導体が配位子である(ビストリフルオロメチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウム(次式)を製造した。
【化6】
【0042】
3つ口フラスコで溶媒としてヘキサン1.0LにDCR50.5gを溶解させ、更に、ビストリフルオロメチル−シクロヘキサジエン102.4gを溶解させた。このときのビストリフルオロメチル−シクロヘキサジエンは、DCRに対して2倍当量(モル比)となる。そして、この反応液を85℃で20時間還流した。還流後、反応液を減圧留去し、ヘキサンを展開溶媒とするシリカゲルカラムにより精製し、(ビストリフルオロメチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムを回収した。
【0043】
上記工程により得られた(ビストリフルオロメチル−シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムの収量は77.0gであり、その収率は81%、融点は−20℃以下であった。
【0044】
第4実施形態:本実施形態では、カルボニル基と、ブタジエンのペンタフルオロエチルトリフルオロメチル誘導体が配位子である(ペンタフルオロエチルトリフルオロメチル−ブタジエン)トリカルボニルルテニウム(次式)を製造した。
【化7】
【0045】
3つ口フラスコで溶媒としてヘキサン1.0LにDCR50.5gを溶解させ、更に、ペンタフルオロエチルトリフルオロメチルシクロヘキサジエン125.8gを溶解させた。このときのペンタフルオロエチルトリフルオロメチル−ブタジエンは、DCRに対して2倍当量(モル比)となる。そして、この反応液を80℃で20時間還流した。還流後、反応液を減圧留去し、ヘキサンを展開溶媒とするシリカゲルカラムにより精製し、(ペンタフルオロエチルトリフルオロメチルシクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムを回収した。
【0046】
上記工程により得られた(ペンタフルオロエチルトリフルオロメチルシクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムの収量は84.5gであり、その収率は79%、融点は−20℃以下であった。
【0047】
第5実施形態:本実施形態では、カルボニル基と、ブタジエンのペンタフルオロエチル誘導体が配位子である(トリフルオロメチル−ブタジエン)トリカルボニルルテニウム(次式)を製造した。
【化8】
【0048】
3つ口フラスコで溶媒としてヘキサン1.0LにDCR50.5gを溶解させ、更に、トリフルオロメチル−ブタジエン57.9gを溶解させた。このときのトリフルオロメチル−ブタジエンは、DCRに対して2倍当量(モル比)となる。そして、この反応液を80℃で20時間還流した。還流後、反応液を減圧留去し、ヘキサンを展開溶媒とするシリカゲルカラムにより精製し、(トリフルオロメチル−ブタジエン)トリカルボニルルテニウムを回収した。
【0049】
上記工程により得られた(トリフルオロメチル−ブタジエン)トリカルボニルルテニウムの収量は59.7gであり、その収率は82%、融点は−20℃以下であった。
【0050】
第6実施形態:本実施形態では、カルボニル基と、ブタジエンのペンタフルオロエチル誘導体が配位子である(ペンタフルオロエチル−ブタジエン)トリカルボニルルテニウム(次式)を製造した。
【化9】
【0051】
3つ口フラスコで溶媒としてヘキサン1.0LにDCR50.5gを溶解させ、更に、ペンタフルオロエチル−ブタジエン81.6gを溶解させた。このときのペンタフルオロエチル−ブタジエンは、DCRに対して2倍当量(モル比)となる。そして、この反応液を80℃で20時間還流した。還流後、反応液を減圧留去し、ヘキサンを展開溶媒とするシリカゲルカラムにより精製し、(ペンタフルオロエチル−ブタジエン)トリカルボニルルテニウムを回収した。
【0052】
上記工程により得られた(ペンタフルオロエチル−ブタジエン)トリカルボニルルテニウムの収量は66.9gであり、その収率は79%、融点は−20℃以下であった。
【0053】
第7実施形態:本実施形態では、カルボニル基と、ブタジエンのペンタフルオロエチルトリフルオロメチル誘導体が配位子である(ペンタフルオロエチルトリフルオロメチル−ブタジエン)トリカルボニルルテニウム(次式)を製造した。
【化10】
【0054】
3つ口フラスコで溶媒としてヘキサン1.0LにDCR50.5gを溶解させ、更に、ペンタフルオロエチルトリフルオロメチル−ブタジエン113.5gを溶解させた。このときのペンタフルオロエチルトリフルオロメチル−ブタジエンは、DCRに対して2倍当量(モル比)となる。そして、この反応液を80℃で20時間還流した。還流後、反応液を減圧留去し、ヘキサンを展開溶媒とするシリカゲルカラムにより精製し、(ペンタフルオロエチルトリフルオロメチル−ブタジエン)トリカルボニルルテニウムを回収した。
【0055】
上記工程により得られた(ペンタフルオロエチルトリフルオロメチル−ブタジエン)トリカルボニルルテニウムの収量は79.6gであり、その収率は79%、融点は−20℃以下であった。
【0056】
第8実施形態:本実施形態では、カルボニル基と、ブタジエンのトリフルオロメチル誘導体が配位子である(ビストリフルオロメチル−ブタジエン)トリカルボニルルテニウム(次式)を製造した。
【化11】
【0057】
3つ口フラスコで溶媒としてヘキサン1.0LにDCR50.5gを溶解させ、更に、ビストリフルオロメチル−ブタジエン90.1gを溶解させた。このときのビストリフルオロメチル−ブタジエンは、DCRに対して2倍当量(モル比)となる。そして、この反応液を80℃で20時間還流した。還流後、反応液を減圧留去し、ヘキサンを展開溶媒とするシリカゲルカラムにより精製し、(ビストリフルオロメチル−ブタジエン)トリカルボニルルテニウムを回収した。
【0058】
上記工程により得られた(ビストリフルオロメチル−ブタジエン)トリカルボニルルテニウムの収量は72.9gであり、その収率は82%、融点は−20℃以下であった。
【0059】
第9実施形態:本実施形態では、カルボニル基と、シクロオクタテトラエンのトリフルオロメチル誘導体が配位子である(トリフルオロメチル−シクロオクタテトラエン)トリカルボニルルテニウム(次式)を製造した。
【化12】
【0060】
3つ口フラスコで溶媒としてヘキサン1.0LにDCR50.5gを溶解させ、更に、トリフルオロメチル−シクロオクタテトラエン102.1gを溶解させた。このときのトリフルオロメチル−シクロオクタテトラエンは、DCRに対して2.5倍当量(モル比)となる。そして、この反応液を85℃で48時間還流した。還流後、反応液を減圧留去し、ヘキサンを展開溶媒とするアルミナカラムにより精製し、(トリフルオロメチル−シクロオクタテトラエン)トリカルボニルルテニウムを回収した。
【0061】
上記工程により得られた(トリフルオロメチル−シクロオクタテトラエン)トリカルボニルルテニウムの収量は64.4gであり、その収率は76%、融点は−20℃以下であった。
【0062】
第10実施形態:本実施形態では、カルボニル基と、シクロオクタテトラエンのペンタフルオロエチル誘導体が配位子である(ペンタフルオロエチル−シクロオクタテトラエン)トリカルボニルルテニウム(次式)を製造した。
【化13】
【0063】
3つ口フラスコで溶媒としてヘキサン1.0LにDCR50.5gを溶解させ、更に、ペンタフルオロエチル−シクロオクタテトラエン142.4gを溶解させた。このときのペンタフルオロエチル−シクロオクタテトラエンは、DCRに対して2.5倍当量(モル比)となる。そして、この反応液を85℃で48時間還流した。還流後、反応液を減圧留去し、ヘキサンを展開溶媒とするアルミナカラムにより精製し、(ペンタフルオロエチル−シクロオクタテトラエン)トリカルボニルルテニウムを回収した。
【0064】
上記工程により得られた(ペンタフルオロエチル−シクロオクタテトラエン)トリカルボニルルテニウムの収量は80.6gであり、その収率は80%、融点は−20℃以下であった。
【0065】
以上の第2〜第10実施形態で製造したルテニウム錯体は、いずれもDCRに対して2倍当量のポリエン誘導体で製造可能であり、また、熱反応のみで合成可能であった。そして、いずれも収率は十分なものであった。これらのルテニウム錯体は、融点も低く常温で液体状態を維持することから化学蒸着用原料として好適である。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明に係る化学蒸着用原料を構成するルテニウム錯体は、蒸気圧が高く、分解温度が適度なものとなっていることから、低温で高精度のルテニウム・ルテニウム化合物白金薄膜を形成できる。本発明に係る化学蒸着用原料は、比較的低コストで製造可能であり、薄膜形成のコストダウンにも寄与できる。
図1
図2
図3