特許第5995164号(P5995164)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5995164
(24)【登録日】2016年9月2日
(45)【発行日】2016年9月21日
(54)【発明の名称】ポリリン酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 3/00 20060101AFI20160908BHJP
   A23L 33/135 20160101ALI20160908BHJP
   A61K 33/42 20060101ALI20160908BHJP
   A61P 1/04 20060101ALI20160908BHJP
   A61P 1/14 20060101ALI20160908BHJP
   C12R 1/225 20060101ALN20160908BHJP
【FI】
   C12P3/00 Z
   A23L33/135
   A61K33/42
   A61P1/04
   A61P1/14
   C12P3/00 Z
   C12R1:225
【請求項の数】8
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2012-107433(P2012-107433)
(22)【出願日】2012年5月9日
(65)【公開番号】特開2013-233110(P2013-233110A)
(43)【公開日】2013年11月21日
【審査請求日】2015年4月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(73)【特許権者】
【識別番号】303040183
【氏名又は名称】サッポロビール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100176773
【弁理士】
【氏名又は名称】坂西 俊明
(72)【発明者】
【氏名】黒田 章夫
(72)【発明者】
【氏名】廣田 隆一
(72)【発明者】
【氏名】瀬川 修一
【審査官】 小石 真弓
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−176450(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/125619(WO,A1)
【文献】 J. Bacteriol,1967年,Vol.93,No.1,p472-482
【文献】 Milchwissenschaft,2005年,Vol.60,p256-258
【文献】 Appl. & Environ. Microbiol.,1999年,Vol.65,No.9,p3780-3786
【文献】 J. Bacteriol.,1979年,Vol.140,No.2,p506-517,p506-517
【文献】 学術月報,2005年,Vol.10,p778-783
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 3/00
A23L 33/135
A61K 33/42
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトバチラス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)に属する菌株、及びラクトバチラス・プランタルム(Lactobacillus plantarum)に属する菌株からなる群より選択される少なくとも1種の乳酸菌を予備培養し、前記乳酸菌をリン酸飢餓状態にする工程と、
リン酸飢餓状態の前記乳酸菌を、予備培養後の培地よりもリン酸イオン濃度の高い高リン酸培地で培養する工程と、を備え、
前記高リン酸培地に含まれるリン酸イオンの初期濃度が、25〜1000mMである、ポリリン酸の製造方法。
【請求項2】
前記乳酸菌が、ラクトバチラス・パラカゼイに属する菌株からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記乳酸菌が、ラクトバチラス・パラカゼイ亜種パラカゼイ(Lactobacillus paracasei subsup. paracasei)に属する菌株からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記乳酸菌が、ラクトバチラス・パラカゼイ亜種パラカゼイJCM1163株である、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
予備培養後の培地にリン酸又はその塩を添加する工程を備える、請求項1〜4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
リン酸飢餓状態が、予備培養後の培地のリン酸イオン濃度が0.6mM以下になるまで予備培養することにより引き起こされる状態である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記高リン酸培地での培養を2〜24時間行う、請求項1〜のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
ラクトバチラス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)に属する菌株、及びラクトバチラス・プランタルム(Lactobacillus plantarum)に属する菌株からなる群より選択される少なくとも1種の乳酸菌を予備培養し、前記乳酸菌をリン酸飢餓状態にする工程と、
リン酸飢餓状態の前記乳酸菌を、予備培養後の培地よりもリン酸イオン濃度の高い高リン酸培地で培養し、ポリリン酸蓄積乳酸菌を得る工程と、
前記ポリリン酸蓄積乳酸菌を飲食品又は飲食品原料に添加する工程と、を備え、
前記高リン酸培地に含まれるリン酸イオンの初期濃度が、25〜1000mMである、プロバイオティクス飲食品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリリン酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリリン酸は腸管バリア機能の低下を抑制すること、及び腸管バリア機能を回復することが知られている(特許文献1)。ポリリン酸は、大腸菌をはじめとする微生物において、ポリリン酸キナーゼ(Polyphosphate kinase;PPK)によりATPから合成されることが知られている(例えば、非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2011/125619号
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Annual Review of Biochemistry,2009年,第78巻,p.605−647.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ポリリン酸による腸管バリア機能の増強効果を利用する方法として、ポリリン酸を直接経口摂取する方法に加え、ポリリン酸を高濃度で蓄積又は産生するプロバイオティクスを含有する食品を摂取する方法の開発が期待される。しかしながら、乳酸菌に代表されるプロバイオティクスにおいては、ポリリン酸の蓄積メカニズムについて未だ不明な点が多く、効率よくポリリン酸を産生させることのできる製造方法は知られていない。
【0006】
そこで、本発明は、乳酸菌によりポリリン酸を高効率で製造することのできる、ポリリン酸の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、ラクトバチラス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)に属する菌株、及びラクトバチラス・プランタルム(Lactobacillus plantarum)に属する菌株からなる群より選択される少なくとも1種の乳酸菌を予備培養し、上記乳酸菌をリン酸飢餓状態にする工程と、
リン酸飢餓状態の上記乳酸菌を、予備培養後の培地よりもリン酸イオン濃度の高い高リン酸培地で培養する工程と、を備える、ポリリン酸の製造方法を提供する。
【0008】
上記製造方法は、リン酸飢餓状態にある特定の乳酸菌株を高リン酸培地で培養することにより、乳酸菌によるポリリン酸の産生を顕著に促進(以下、「ポリリン酸産生促進効果」ともいう。)することが可能である。これによりポリリン酸を高収率で製造することができる。なお、このポリリン酸産生促進効果は、必ずしも全ての乳酸菌において奏されるものではなく、上記特定の乳酸菌を用いた場合に顕著に奏されるものである。
【0009】
上記乳酸菌は、ポリリン酸の産生量がより高いことから、ラクトバチラス・パラカゼイに属する菌株からなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましく、ラクトバチラス・パラカゼイ亜種パラカゼイ(Lactobacillus paracasei subsup. paracasei)に属する菌株からなる群より選択される少なくとも1種であることがより好ましく、ラクトバチラス・パラカゼイ亜種パラカゼイJCM1163株(本明細書において、「SBC8207株」ともいう。)であることが更に好ましい。
【0010】
上記製造方法は、予備培養後の培地にリン酸又はその塩を添加する工程を備えることが好ましい。上記製造方法では、予備培養後に高リン酸培地への培地交換を行うことなく、予備培養後の培地にリン酸又はその塩を添加することによって、上記特定の乳酸菌によるポリリン酸の産生を顕著に促進することができる。リン酸又はその塩を添加する工程を備えることにより、予備培養後に培地交換することなく高リン酸培地で培養する工程へと進むこともでき、商業的規模での製造の際の製造コストをより一層低減することができる。
【0011】
リン酸飢餓状態は、乳酸菌により利用可能なリン酸イオンが欠乏している状態を意味し、例えば、予備培養後の培地のリン酸イオン濃度が0.6mM以下になるまで予備培養することにより引き起こされる状態である。
【0012】
高リン酸培地に含まれるリン酸イオンの初期濃度は、25〜1000mMとすることが好ましい。リン酸イオンの初期濃度がこの範囲にあれば、ポリリン酸産生促進効果を充分に奏することができる。
【0013】
また、高リン酸培地での培養は2〜24時間行うことが好ましい。培養時間がこの範囲にあれば、ポリリン酸産生促進効果を充分に奏することができ、かつ培養時間が長時間に亘ることによるコンタミネーションリスクを充分に低減することができる。
【0014】
上記製造方法により得られるポリリン酸は、例えば、飲食品、飲食品添加物、医薬品に含有させて利用することができる。
【0015】
本発明はまた、ラクトバチラス・パラカゼイに属する菌株、及びラクトバチラス・プランタルムに属する菌株からなる群より選択される少なくとも1種の乳酸菌を予備培養し、上記乳酸菌をリン酸飢餓状態にする工程と、
リン酸飢餓状態の上記乳酸菌を、予備培養後の培地よりもリン酸イオン濃度の高い高リン酸培地で培養し、ポリリン酸蓄積乳酸菌を得る工程と、
上記ポリリン酸蓄積乳酸菌を飲食品又は飲食品原料に添加する工程と、を備える、プロバイオティクス飲食品の製造方法、及び該製造方法により得られるプロバイオティクス飲食品を提供する。
【0016】
本発明のポリリン酸の製造方法では、高リン酸培地で培養する工程で乳酸菌に産生させたポリリン酸は、培地中へと分泌されることに加え、当該乳酸菌中に蓄積される。したがって、このポリリン酸蓄積乳酸菌を飲食品又は飲食品原料に添加することにより、ポリリン酸を高含有するプロバイオティクス飲食品を製造することができる。また、これにより得られるプロバイオティクス飲食品は、ポリリン酸を高含有するため、ポリリン酸による腸管バリア機能の増強効果等が期待できる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、乳酸菌の単位菌体あたりのポリリン酸産生量が高く、高効率でポリリン酸を製造することができるポリリン酸の製造方法が提供される。また、本発明によれば、ポリリン酸を高含有するプロバイオティクスを含むプロバイオティクス飲食品、及びその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】各種乳酸菌によるポリリン酸産生試験の結果を示すグラフである。
図2】各種乳酸菌によるポリリン酸産生試験の結果を示すグラフである。
図3】各種培地におけるポリリン酸産生試験の結果を示すグラフである。
図4】培地交換によるポリリン酸産生試験の結果を示すグラフである。
図5】リン酸又はその塩の添加によるポリリン酸産生試験の結果を示すグラフである。
図6】各種培地におけるリン酸又はその塩の添加によるポリリン酸産生試験の結果を示すグラフである。
図7】各種リン酸イオン濃度におけるポリリン酸産生試験の結果を示すグラフである。
図8】産生されたポリリン酸の分布解析の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための形態についてより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0020】
〔ポリリン酸の製造方法〕
本発明のポリリン酸の製造方法は、ラクトバチラス・パラカゼイに属する菌株、及びラクトバチラス・プランタルムに属する菌株からなる群より選択される少なくとも1種の乳酸菌を予備培養し、上記乳酸菌をリン酸飢餓状態にする工程(以下、「予備培養工程」ともいう。)と、リン酸飢餓状態の上記乳酸菌を、予備培養後の培地よりもリン酸イオン濃度の高い高リン酸培地で培養する工程(以下、「本培養工程」ともいう。)と、を少なくとも備える。また、予備培養後の培地にリン酸又はその塩を添加する工程(以下、「リン酸添加工程」ともいう。)を更に備えることが好ましい。
【0021】
本発明の製造方法において用いられる乳酸菌としては、ラクトバチラス・パラカゼイに属する菌株、又はラクトバチラス・プランタルムに属する菌株であればよい。これら菌株は1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0022】
ラクトバチラス・パラカゼイに属する菌株としては、例えば、ラクトバチラス・パラカゼイ亜種パラカゼイJCM1163等の菌株が挙げられる。
【0023】
ラクトバチラス・プランタルムに属する菌株としては、例えば、ラクトバチラス・プランタルム亜種プランタルムJCM1149(以下、「SBC8259」ともいう。)等の菌株が挙げられる。
【0024】
乳酸菌としては、本発明の製造方法によってより多量のポリリン酸を産生することができるため、ラクトバチラス・パラカゼイに属する菌株が好ましく、ラクトバチラス・パラカゼイ亜種パラカゼイに属する菌株がより好ましく、ラクトバチラス・パラカゼイ亜種パラカゼイJCM1163株が更に好ましい。
【0025】
上述した菌株は、自然界から容易に分離でき、16SリボゾームDNAの塩基配列を調べることにより同定できる。また、理化学研究所等の細胞バンクから購入できる。
【0026】
以下、各工程について詳細に説明する。
<予備培養工程>
リン酸飢餓状態は、乳酸菌により利用可能なリン酸イオンが欠乏している状態を意味し、例えば、乳酸菌を培養し、培地に含まれるリン酸イオン濃度を低下させることによりリン酸飢餓状態とすることができる。例えば、予備培養後の培地のリン酸イオン濃度が0.6mM以下になるまで予備培養することによりリン酸飢餓状態を引き起こすことができる。
【0027】
ポリリン酸産生促進効果をより一層顕著にするとの観点から、上述の予備培養後の培地のリン酸イオン濃度は、0.5mM以下であることが好ましく、0.4mM以下であることがより好ましい。
【0028】
予備培養工程では、リン酸イオンの初期濃度が低い培地を用いることが好ましい。これにより、乳酸菌をより早くリン酸飢餓状態にすることができ、予備培養工程での培養時間を短縮することができる。予備培養工程で用いる培地(以下、「予備培養用培地」ともいう。)のリン酸イオンの初期濃度としては、10mM以下であることが好ましく、7.5mM以下であることがより好ましく、5mM以下であることが更に好ましい。
【0029】
なお、本明細書において「リン酸イオン濃度」とは、リン酸二水素イオン(HPO)、リン酸水素イオン(HPO2−)及びリン酸イオン(PO3−)の合計濃度を意味する。
【0030】
予備培養用培地としては、上記製造方法に用いる乳酸菌の種類に応じて、当該乳酸菌に適した培地を選択してよい。例えば、ラクトバチラス・パラカゼイに属する菌株を用いる場合、公知のMRS培地、酵母エキスRB2P培地(RB2P培地)、大豆ペプチドHK培地(SP培地)等を選択することができる。また、ラクトバチラス・プランタルムに属する菌株を用いる場合、公知のMRS培地、RB2P培地、SP培地等を選択することができる。これらの中でもリン酸イオンの初期濃度が低いことから、SP培地を用いることが好ましい。また、上記MRS培地、RB2P培地等からリン酸又はその塩の配合量を減少させた培地を用いてもよい。
【0031】
予備培養工程における培養温度は、用いる乳酸菌の種類に応じて、当該乳酸菌に適した培養温度を選択すればよい。例えば、SBC8207株を用いる場合、20〜50℃とすることができ、30〜37℃とすることが好ましい。
【0032】
予備培養工程における培養時間は、乳酸菌をリン酸飢餓状態にするのに充分であればよく、予備培養用培地の種類及びリン酸イオンの初期濃度、用いる乳酸菌の種類等に応じて適宜設定することができる。例えば、SBC8207株及びSP培地を用いる場合、2〜24時間とすることができ、4〜8時間とすることが好ましい。
【0033】
<本培養工程>
本培養工程で用いる高リン酸培地は、予備培養後の培地よりもリン酸イオン濃度の高い培地であればよい。高リン酸培地に含まれるリン酸イオンの初期濃度は、25〜1000mMであることが好ましく、25〜750mMであることがより好ましく、50〜500mMであることが更に好ましく、100〜400mMであることが更により好ましく、200〜300mMであることが特に好ましい。
【0034】
本培養工程における、高リン酸培地での培養時間は2〜24時間であることが好ましく、2〜10時間であることがより好ましく、2〜6時間であることが更に好ましい。
【0035】
本培養工程における培養温度は、用いる乳酸菌の種類に応じて、当該乳酸菌に適した培養温度を選択すればよく、予備培養工程と同じであってもよい。例えば、SBC8207株を用いる場合、20〜50℃とすることができ、30〜37℃とすることが好ましい。
【0036】
予備培養工程後、例えば、遠心分離、濾過等により、乳酸菌と培地を分離し、分離した乳酸菌を高リン酸培地に再懸濁させてもよく、予備培養後の培地にリン酸又はその塩を添加してもよい(リン酸添加工程の実施)。ポリリン酸産生促進効果がより一層顕著になること、及び培養プロセスがより単純なものとなり、商業的規模での培養により適していることから、リン酸添加工程を実施することが好ましい。
【0037】
<リン酸添加工程>
リン酸又はその塩としては、培地中でリン酸二水素イオン、リン酸水素イオン又はリン酸イオンを生ずるものであればいずれも用いることができる。リン酸塩として、具体的には、リン酸二水素カリウム、リン酸一水素カルシウム、リン酸二水素カルシウム、リン酸一水素ナトリウム等を用いることができる。リン酸又はその塩としては、リン酸二水素カリウムを用いることが好ましい。上述したリン酸又はその塩は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0038】
リン酸又はその塩は、添加により得られる高リン酸培地中のリン酸イオン濃度が上述の条件を満たすように添加される。リン酸又はその塩の溶液(例えば、水溶液)を添加してもよく、リン酸又はその塩の固形物を直接添加してもよい。
【0039】
〔ポリリン酸〕
上記製造方法により得られるポリリン酸は、培養後の培地から回収するか、又は培養後の乳酸菌を破砕等して回収することができる。
【0040】
ポリリン酸を精製する場合、サイズ排除クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、透析、塩析、硫安沈殿、沈殿、結晶化等、本技術分野で汎用されている精製方法を適宜組み合わせて行うことができる。
【0041】
また、乳酸菌は古くから発酵食品に利用されており、生体への安全性が確立されている。したがって、上記製造方法により得られるポリリン酸を高含有する培養後の乳酸菌(ポリリン酸蓄積乳酸菌)をそのままポリリン酸として使用することができる。ポリリン酸蓄積乳酸菌は、生菌のまま使用してもよく、菌の粉砕物等として使用してもよい。
【0042】
上記製造方法により得られるポリリン酸は、飲食品、飲食品添加物、医薬品、飼料成分、飼料添加物等に含有させて利用することができる。また、上記製造方法により得られるポリリン酸は、特定保健用食品、特別用途食品、栄養補助食品、健康食品、機能性食品、病者用食品等の成分として使用することもできる。
【0043】
〔プロバイオティクス飲食品及びその製造方法〕
本発明のプロバイオティクス飲食品の製造方法は、上述のポリリン酸の製造方法により得られるポリリン酸蓄積乳酸菌を飲食品又は飲食品原料に添加する工程を備える。
【0044】
上記ポリリン酸蓄積乳酸菌は、プロバイオティクスとしても使用することができるため、上記プロバイオティクス飲食品の製造方法により得られるプロバイオティクス飲食品は、蓄積したポリリン酸による作用に加え、フローラ(細菌叢)の健常化作用も有する。
【0045】
プロバイオティクス飲食品の製造方法に用いる飲食品又は飲食品原料としては特に制限されないが、一般にプロバイオティクス飲食品に用いられているものが好ましい。具体的には、例えば、ヨーグルト、チーズ、味噌、醤油、漬物等を挙げることができる。
【実施例】
【0046】
以下、本発明を実施例に基づいてより詳細に説明する。
【0047】
〔試験方法〕
<ポリリン酸の定量>
培養液0.2〜1.0mLを15,000rpmで10分間遠心分離し、菌体又は上清を回収した。これに350μLの4Mグアニジンイソチオシアン酸(GITC)(50mM Tris・HCl(pH7.4)溶液)を加えて懸濁した。懸濁液を90℃にて2分間加熱した後、3分間超音波処理することにより菌体を破壊した。50μLをタンパク質定量用に別のチューブに取り分けた後、再度90℃にて2分間加熱した。懸濁液に30μLの10%SDS、300μLの100%エタノールを加えボルテックスミキサーでよく混合し、90℃にて2分間加熱した。3μL のGlass milkを加え懸濁した後、5分間室温で静置し、ポリリン酸をGlass milkへ吸着させた。15,000rpmで10秒間遠心分離し、上清を除いた後、300μLのNEW WASH液にて2回Glass milkを洗浄した。Glass milkに吸着したDNA、RNAを除去するために、Glass milkに20μg/mLのDNase、RNaseを加え、37℃にて15分以上静置しDNA、RNAを分解した。その後、150μLのGITC及び150μLのエタノールを添加し、ボルテックスミキサーでよく混合した。15,000rpmで10秒間遠心分離し上清を除いた後、300μLのNEW WASH液にて2回Glass milkを洗浄した。回収したGlass milkに蒸留水100μLを加え、ボルテックスミキサーでよく混合した後、90℃にて2分間加熱した。その後、15,000rpmにて3分間遠心分離した後、上清のポリリン酸抽出液を回収した。得られた抽出液に含まれるポリリン酸をポリリン酸キナーゼによりADPと反応させることでATPへ変換し、生じたATPを化学発光により定量した。ポリリン酸キナーゼ反応の組成を下記表1及び表2に示す。
【0048】
【表1】

【表2】
【0049】
<リン酸イオン濃度の測定>
希釈したサンプル1mLに対して200μLのリン酸定量試薬(アスコルビン酸0.264g,蒸留水4.5mL,5N HSO 7.5mL,酒石酸アンチモニルカリウム溶液(2.74g/L)0.75mL,モリブデン酸アンモニウム溶液(40g/L)2.25mL)を添加し、室温で10分間以上静置した。880nmでの吸光度を測定し、リン酸標準液の測定にて得た検量線から、サンプルのリン酸イオン濃度を測定した。
【0050】
〔実施例1:各種乳酸菌によるポリリン酸産生試験〕
表3に示す各種乳酸菌株について、リン酸飢餓状態からのリン酸添加によるポリリン酸産生能を評価した。
【表3】
【0051】
表3に示す各種乳酸菌株を、表4に示すリン酸二水素カリウム非添加のSP培地に5×10CFU/mlとなるように播種し、37℃にて24時間予備培養し、リン酸飢餓状態に誘導した。次いで、リン酸イオン濃度が500mM増加するように、予備培養後の培地にリン酸二水素カリウム水溶液を添加した(0時間)。37℃で24時間本培養し、0時間、6時間及び24時間後に培養液を一部回収し、菌体中のポリリン酸濃度を測定した。結果を図1及び2に示す。
【0052】
図1は、ポリリン酸蓄積量(nmol/mg)(菌体粉砕物に含まれる総タンパク質1mgあたりのポリリン酸含有量(nmol/mg−タンパク質))を示すグラフである。意外なことに、ラクトバチラス・パラカゼイに属する菌株(8207)及びラクトバチラス・プランタルムに属する乳酸菌(8259)でのみポリリン酸蓄積量の顕著な増加が認められた。特に、ラクトバチラス・パラカゼイに属する菌株(8207)は、ポリリン酸蓄積量の絶対値も大きかった(図1)。
【0053】
図2は、6時間及び24時間でのポリリン酸蓄積量を、0時間でのポリリン酸蓄積量に対する比で表したグラフである。ラクトバチラス・パラカゼイに属する菌株(8207)及びラクトバチラス・プランタルムに属する乳酸菌(8259)でポリリン酸の蓄積が顕著に促進されていた。特に、ラクトバチラス・プランタルムに属する乳酸菌(8259)で、ポリリン酸産生促進効果が高かった(図2)。
【0054】
〔実施例2:各種培地におけるポリリン酸産生試験〕
MRS培地、RB2P培地、及びSP培地を用い、SBC8207株のポリリン酸産生能を試験した。MRS培地、RB2P培地、及びSP培地の組成を下記表4に示す。なお、RB2P培地及びSP培地ではリン酸二水素カリウム非添加培地及び2g/L添加培地を調製した。それぞれの培地のリン酸含量(リン酸二水素カリウム添加前)はMRS培地15.7mM、RB2P培地26.3mM、及びSP培地1.2mMであった。
【表4】
【0055】
SBC8207株を上記各種培地で37℃にて12時間培養し、ポリリン酸蓄積量(nmol/mg)(菌体粉砕物に含まれる総タンパク質1mgあたりのポリリン酸含有量(nmol/mg−タンパク質))を測定した。結果を図3に示す。
【0056】
培地のリン酸イオン濃度が低い方がポリリン酸蓄積量が高い傾向があった(図3)。特に、リン酸非添加のSP培地において最もポリリン酸蓄積量が高く、MRS培地におけるポリリン酸蓄積量と比べて約2倍高かった(図3)。
【0057】
〔実施例3:培地交換によるポリリン酸産生試験〕
SBC8207株を、表4に示すリン酸二水素カリウム非添加のSP培地で37℃にて予備培養し、培地中のリン酸イオン濃度がほぼ0mMに到達した後(約5時間)、遠心分離により菌体と予備培養後の培地を分離し、菌体を表4に示すMRS培地(予備培養培地と等量)に再懸濁した(0時間)。次いで、37℃にて本培養した。定期的に菌体を回収し、ポリリン酸蓄積量(nmol/mg)(菌体粉砕物に含まれる総タンパク質1mgあたりのポリリン酸含有量(nmol/mg−タンパク質))を測定した。また、同じサンプルについて、培地中のリン酸イオン濃度(P conc.(mM))及び乳酸菌数(OD600値)を測定した。結果を図4に示す。
【0058】
実施例2の結果に示したようにリン酸非添加SP培地でのポリリン酸産生量は元々高いが、リン酸飢餓状態にあるSBC8207株を高リン酸培地に培地交換することにより(図4中、点線で示した時点)、ポリリン酸蓄積量の増加(オーバー・プラス効果)が認められた(図4)。
【0059】
〔実施例4:リン酸又はその塩の添加によるポリリン酸産生試験〕
実施例3と同様にしてSBC8207株を予備培養し、リン酸飢餓状態に誘導した。次いで、培地中のリン酸イオン濃度が0mM、20mM、100mM及び500mM増加するように、予備培養後の培地にリン酸二水素カリウム水溶液を添加し、37℃にて本培養した。実施例3と同様に、ポリリン酸蓄積量(nmol/mg)(菌体粉砕物に含まれる総タンパク質1mgあたりのポリリン酸含有量(nmol/mg−タンパク質))、培地中のリン酸イオン濃度、及び乳酸菌数を測定した。結果を図5に示す。
【0060】
リン酸飢餓状態にあるSBC8207株にリン酸又はその塩を添加することにより(図5中、点線で示した時点)、培地交換した場合と同様、ポリリン酸蓄積量の増加(オーバー・プラス効果)が認められた(図5)。特に、リン酸イオン濃度が100mM又は500mM増加するように添加した場合に、極めて顕著にポリリン酸蓄積量が増加した(図5)。
【0061】
〔実施例5:各種培地におけるリン酸又はその塩の添加によるポリリン酸産生試験〕
SBC8207株を、表4に示すMRS培地、又は表4に示すリン酸二水素カリウム非添加のSP培地で37℃にて予備培養した。SP培地のリン酸イオン濃度がほぼ0mMに到達した時点で、それぞれの培養液にリン酸イオン濃度が0mM、50mM及び500mM増加するように、リン酸二水素カリウム水溶液を添加し、37℃にて本培養した。実施例3と同様に、ポリリン酸蓄積量(nmol/mg)(菌体粉砕物に含まれる総タンパク質1mgあたりのポリリン酸含有量(nmol/mg−タンパク質))、培地中のリン酸イオン濃度、及び乳酸菌数を測定した。結果を図6に示す。
【0062】
SP培地で予備培養したSBC8207株は、リン酸二水素カリウム水溶液の添加により(図6中、点線で示した時点)、ポリリン酸蓄積量の増加(オーバー・プラス効果)が認められた(図6)。一方、MRS培地で予備培養したSBC8207株は、リン酸二水素カリウム水溶液の添加によるポリリン酸蓄積量の増加(オーバー・プラス効果)は認められなかった(図6)。18時間の時点で、SP培地で予備培養した場合のポリリン酸蓄積量は、MRS培地で予備培養した場合の約3.4倍にも達した。MRS培地で予備培養したSBC8207株は、リン酸二水素カリウム水溶液を添加する時点で培地中のリン酸イオン濃度が高く、リン酸飢餓状態に到っていなかったためであると考えられる。
【0063】
〔実施例6:各種リン酸イオン濃度におけるポリリン酸産生試験〕
培地中のリン酸イオン濃度が0mM、5mM、50mM、100mM、250mM及び500mM増加するように、予備培養後の培地にリン酸二水素カリウム水溶液を添加したこと以外は、実施例4と同様にして、ポリリン酸蓄積量(nmol/mg)(菌体粉砕物に含まれる総タンパク質1mgあたりのポリリン酸含有量(nmol/mg−タンパク質))、培地中のリン酸イオン濃度、及び乳酸菌数を測定した。結果を図7に示す。
【0064】
5mMではほとんどオーバー・プラス効果は認められなかったものの、50mMを超えるとオーバー・プラス効果が認められた(図7)。特に、250mMで顕著なポリリン酸蓄積量の増加が認められた(図7)。
【0065】
〔実施例7:産生されたポリリン酸の分布解析〕
8207株、8841株及び8803株を、Difco Lactobacilli MRS Broth(商品名:Becton, Dickinson and Company社製)で37℃にて、24時間培養した。培養開始から12時間後及び24時間後に培養液を回収して、培養上清中のポリリン酸蓄積量(nM)、及び菌体中のポリリン酸蓄積量(nmol/mg)(菌体粉砕物に含まれる総タンパク質1mgあたりのポリリン酸含有量(nmol/mg−タンパク質))を測定した。結果を図8に示す。
【0066】
菌体内及び菌体外(培養上清)のポリリン酸蓄積量には、乳酸菌の種類によらず、連動性が認められた(図8(A)及び(B))。図8(C)は、菌体内外のポリリン酸総量に対する菌体外ポリリン酸比を計算した結果である。ポリリン酸総量のうち約数%〜20%弱程度のポリリン酸が菌体外に分泌されていた(図8(C))。すなわち、ポリリン酸総量のうち約80%以上のポリリン酸が菌体内に蓄積されており、ポリリン酸蓄積乳酸菌それ自体をポリリン酸源として使用することができる。
図1
図2
図3
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図8