特許第5996305号(P5996305)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5996305
(24)【登録日】2016年9月2日
(45)【発行日】2016年9月21日
(54)【発明の名称】溶射用サーメット粉末及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/06 20160101AFI20160908BHJP
   B22F 1/00 20060101ALI20160908BHJP
   C22C 29/00 20060101ALI20160908BHJP
   C23C 4/10 20160101ALI20160908BHJP
   C22C 29/06 20060101ALN20160908BHJP
   C22C 29/08 20060101ALN20160908BHJP
【FI】
   C23C4/06
   B22F1/00 E
   B22F1/00 Q
   C22C29/00 Z
   C23C4/10
   !C22C29/06 B
   !C22C29/08
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-149582(P2012-149582)
(22)【出願日】2012年7月3日
(65)【公開番号】特開2014-12862(P2014-12862A)
(43)【公開日】2014年1月23日
【審査請求日】2015年4月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000236702
【氏名又は名称】株式会社フジミインコーポレーテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 和人
【審査官】 深草 祐一
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭59−067363(JP,A)
【文献】 特開平04−358055(JP,A)
【文献】 特開2003−096553(JP,A)
【文献】 特開2001−234320(JP,A)
【文献】 特開2002−220652(JP,A)
【文献】 特開2012−012686(JP,A)
【文献】 特開2009−019271(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00−4/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶射用サーメット粉末であって、
12質量%以上30質量%以下の金属成分を含有し、
前記金属成分は、2000N/mm未満の押し込み硬さを有する第1の金属と2000N/mm以上の押し込み硬さを有する第2の金属とを含み、
溶射用サーメット粉末中の前記第2の金属の含有量に対する溶射用サーメット粉末中の前記第1の金属の含有量の質量比が0.8以上15以下であることを特徴とする溶射用サーメット粉末。
【請求項2】
前記第1の金属は、銅である請求項1に記載の溶射用サーメット粉末。
【請求項3】
請求項1又は2に記載される溶射用サーメット粉末の製造方法において、
セラミックス微粒子及び金属微粒子の混合物を造粒して、焼結することによりサーメット粒子を得る工程を含む溶射用サーメット粉末の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶射用サーメット粉末及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃焼フレームやプラズマジェットなどを熱源として用いて金属やセラミックスなどの粉末を基材に吹き付けることにより基材上に皮膜を形成する溶射は表面改質技術の一種として広く知られている。中でも、例えば特許文献1及び特許文献2に開示されているようなサーメットの粉末を溶射して得られる皮膜は、高硬度で耐摩耗性に優れるという利点がある。しかしながら、サーメット溶射皮膜は一般に耐衝撃性及び耐食性に劣る面があるため、特に湿式環境下で使用される部品を保護する用途での使用には適さないことがある。したがって、主に耐衝撃性及び耐食性についてさらに改良されたサーメット溶射皮膜が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−234320号公報
【特許文献2】特開2002−220652号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで本発明の目的は、耐摩耗性、耐衝撃性及び耐食性に優れたサーメット溶射皮膜を形成することが可能な溶射用サーメット粉末及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の目的を達成するために、本発明の一態様では、12質量%以上30質量%以下の金属成分を含有する溶射用サーメット粉末を提供する。前記金属成分は、2000N/mm未満の押し込み硬さを有する第1の金属と2000N/mm以上の押し込み硬さを有する第2の金属とを含む。溶射用サーメット粉末中の前記第2の金属の含有量に対する溶射用サーメット粉末中の前記第1の金属の含有量の質量比は0.8以上15以下である。第1の金属は銅であることが好ましい。溶射用サーメット粉末の製造方法セラミックス微粒子及び金属微粒子の混合物を造粒して、焼結することによりサーメット粒子を得る工程を含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、耐摩耗性、耐衝撃性及び耐食性に優れたサーメット溶射皮膜を形成することが可能な溶射用サーメット粉末及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、本発明の一実施形態を説明する。
本実施形態の溶射用サーメット粉末は、例えば、高速空気燃料(HVAF)溶射や高速酸素燃料(HVOF)溶射などの高速フレーム溶射、爆発溶射、高速プラズマ溶射、ウォームスプレー、コールドスプレーなどの溶射プロセスによりサーメット溶射皮膜を形成する用途で用いられる。中でも、高硬度で耐摩耗性に優れるサーメット溶射皮膜を得るためには、HVOF溶射が好ましい。
【0008】
溶射用サーメット粉末は、造粒−焼結サーメット粒子から構成されていることが好ましい。造粒−焼結サーメット粒子は、セラミックス微粒子及び金属微粒子が互いに凝集してなる複合粒子であり、セラミックス微粒子及び金属微粒子の混合物を造粒して焼結することにより製造される。すなわち、溶射用サーメット粉末は、セラミックス成分及び金属成分を含有している。
【0009】
溶射用サーメット粉末中の金属成分の含有量が12質量%未満である場合には、耐衝撃性に優れるサーメット溶射皮膜を得られないおそれがある。また、溶射用サーメット粉末の付着効率が低下するおそれがある。そのため、耐衝撃性に優れるサーメット溶射皮膜を得るとともに溶射用サーメット粉末の付着効率を向上させるためには、溶射用サーメット粉末中の金属成分の含有量は12質量%以上であることが好ましく、より好ましくは15質量%以上、さらに好ましくは20質量%以上である。溶射用サーメット粉末中の金属成分の含有量が12質量%以上である場合に耐衝撃性に優れるサーメット溶射皮膜が得られる理由は、サーメット溶射皮膜に加わる衝撃が金属成分によって効果的に吸収又は緩和されるためと考えられる。また、溶射用サーメット粉末の付着効率が向上する理由は、基材に吹き付けられた溶射用サーメット粉末が基材と衝突したときの衝撃が金属成分によって効果的に吸収又は緩和されるためと考えられる。
【0010】
溶射用サーメット粉末中の金属成分の含有量が40質量%を超える場合には、耐摩耗性に優れるサーメット溶射皮膜を得られないおそれがある。そのため、耐摩耗性に優れるサーメット溶射皮膜を得るためには、溶射用サーメット粉末中の金属成分の含有量は40質量%以下であることが好ましく、より好ましくは30質量%以下、さらに好ましくは25質量%以下である。溶射用サーメット粉末中の金属成分の含有量が40質量%以下である場合に耐摩耗性に優れるサーメット溶射皮膜が得られる理由は、サーメット溶射皮膜中に硬度の高いセラミックス成分が比較的多く含まれることになるためである。
【0011】
溶射用サーメット粉末中のセラミックス成分の含有量は60質量%以上であることが好ましく、より好ましくは70質量%以上、さらに好ましくは75質量%以上である。また、溶射用サーメット粉末中のセラミックス成分の含有量は88質量%以下であることが好ましく、より好ましくは85質量%以下、さらに好ましくは80質量%以下である。
【0012】
造粒−焼結サーメット粒子の製造に使用されるセラミックス微粒子は、炭化タングステンや炭化クロムなどの炭化物、ホウ化モリブデンやホウ化クロムなどのホウ化物、窒化アルミニウムなどの窒化物、ケイ化物、又は酸化イットリウムなどの酸化物を含むものでもあってもよいし、それらの混合物を含むものであってもよい。すなわち、溶射用サーメット粉末は、例えば、炭化物、ホウ化物、窒化物、ケイ化物又は酸化物のうちの少なくとも一種をセラミックス成分として含む。中でも、耐衝撃性に特に優れるサーメット溶射皮膜を得るためには、溶射用サーメット粉末は炭化物、ホウ化物又は酸化物、特に炭化物を含むことが好ましい。また、炭化物の中でも、耐摩耗性に特に優れるサーメット溶射皮膜を得るためには、溶射用サーメット粉末は炭化タングステンを含むことが好ましく、耐食性に特に優れるサーメット溶射皮膜を得るためには、溶射用サーメット粉末は炭化クロムを含むことが好ましい。
【0013】
造粒−焼結サーメット粒子の製造に使用される金属微粒子は、2000N/mm未満の押し込み硬さを有する第1の金属を含んだ金属単体又は金属合金から形成される第1の金属微粒子と2000N/mm以上の押し込み硬さを有する第2の金属を含んだ金属単体又は金属合金から形成される第2の金属微粒子との混合物である。すなわち、溶射用サーメット粉末は、第1の金属と第2の金属という少なくとも二種類の金属を金属成分として含む。なお、押し込み硬さの測定は、市販の測定装置、例えば株式会社エリオニクス製の超微小押し込み硬さ試験機“ENT−1100a”を用いて測定することができる。
【0014】
第1の金属微粒子及び第2の金属微粒子を作製する方法は特に限定されない。第1の金属微粒子及び第2の金属微粒子は、例えば、ガスアトマイズ法、水アトマイズ法、遠心力アトマイズ法、プラズマアトマイズ法などのアトマイズ法により作製してもよいし、メルトスピニング法や回転電極法、あるいは粉砕又はメカニカルアロイングのような機械的プロセスにより作製してもよい。また、第1の金属微粒子及び第2の金属微粒子は、酸化物還元法、カルボニル反応法又は湿式冶金技術のような化学的プロセスにより作製してもよい。
【0015】
溶射用サーメット粉末中に含まれる第1の金属、すなわち2000N/mm未満の押し込み硬さを有する金属の具体例としては、銅、アルミニウム、亜鉛、鉛、銀、マグネシウム、錫などが挙げられる。中でも、緻密で耐衝撃性及び耐食性に特に優れるサーメット溶射皮膜を得るためには、溶射用サーメット粉末は銅、アルミニウム又は亜鉛を含むことが好ましい。溶射用サーメット粉末が銅、アルミニウム又は亜鉛を含む場合に緻密で耐衝撃性及び耐食性に特に優れるサーメット溶射皮膜が得られる理由は、これらの金属が溶射用サーメット粉末中及びサーメット溶射皮膜中でよくなじむためと考えられる。
【0016】
第1の金属の押し込み硬さの下限は特に限定されない。ただし、高硬度で耐摩耗性に特に優れるサーメット溶射皮膜を得るためには、第1の金属の押し込み硬さは500N/mm以上であることが好ましく、より好ましくは1000N/mm以上である。
【0017】
また、耐衝撃性に特に優れるサーメット溶射皮膜を得るためには、第1の金属の押し込み硬さは1800N/mm未満であることが好ましく、より好ましくは1500N/mm未満である。
【0018】
溶射用サーメット粉末中に含まれる第2の金属、すなわち2000N/mm以上の押し込み硬さを有する金属の具体例としては、コバルト、ニッケル、クロム、鉄、モリブデン、チタン、タングステン、シリコンなどが挙げられる。中でも、高硬度で耐摩耗性に特に優れるサーメット溶射皮膜を得るためには、溶射用サーメット粉末はコバルト、ニッケル、クロム、チタン又は鉄、特にコバルト又は鉄を含むことが好ましい。溶射用サーメット粉末がコバルト、ニッケル、クロム、チタン又は鉄を含む場合に高硬度で耐摩耗性に特に優れるサーメット溶射皮膜が得られる理由は、これらの金属が溶射用サーメット粉末中及びサーメット溶射皮膜中でよくなじむためと考えられる。
【0019】
第2の金属の押し込み硬さの上限は特に限定されない。ただし、耐衝撃性に特に優れるサーメット溶射皮膜を得るためには、9000N/mm未満であることが好ましく、より好ましくは7000N/mm未満である。
【0020】
また、高硬度で耐摩耗性に特に優れるサーメット溶射皮膜を得るためには、第2の金属の押し込み硬さは2500N/mm以上であることが好ましく、より好ましくは3000N/mm以上である。
【0021】
溶射用サーメット粉末中の第1の金属の含有量をX、溶射用サーメット粉末中の第2の金属の含有量をX’とした場合の第2の金属の含有量に対する第1の金属の含有量の質量比であるX/X’が0.4未満である場合には、耐衝撃性に優れるサーメット溶射皮膜を得られないおそれがある。そのため、耐衝撃性に優れるサーメット溶射皮膜を得るためには、質量比X/X’は0.4以上であることが好ましく、より好ましくは1.0以上、さらに好ましくは2.0以上、特に好ましくは4.0以上である。
【0022】
また、質量比X/X’が15を超える場合には、高硬度で耐摩耗性に優れるサーメット溶射皮膜を得られないおそれがある。そのため、高硬度で耐摩耗性に優れるサーメット溶射皮膜を得るためには、質量比X/X’は15以下であることが好ましく、より好ましくは10以下、さらに好ましくは5以下である。
【0023】
溶射用サーメット粉末の平均径(体積平均径)、すなわち造粒−焼結サーメット粒子の平均径(体積平均径)は、緻密で耐衝撃性及び耐食性に特に優れるサーメット溶射皮膜を得るためには、0.2μm以上であることが好ましく、より好ましくは1.0μm以上、さらに好ましくは4.0μm以上、特に好ましくは6.0μm以上である。その理由は、造粒−焼結サーメット粒子の平均径が大きくなるにつれて、溶射用サーメット粉末の流動性が向上する結果、溶射装置への溶射用サーメット粉末の供給が安定するためと考えられる。なお、造粒−焼結サーメット粒子の平均径の測定は、例えば、レーザー回折散乱法により行うことができる。レーザー回折散乱法による測定の場合、例えば株式会社堀場製作所製のレーザー回折/散乱式粒度測定機“LA−300”を用いることができる。
【0024】
また、造粒−焼結サーメット粒子の平均径は、溶射用サーメット粉末の付着効率の向上のためには、50μm以下であることが好ましく、より好ましくは45μm以下、さらに好ましくは40μm以下、特に好ましくは35μm以下である。その理由は、造粒−焼結サーメット粒子の平均径が小さくなるにつれて、溶射時に加熱を受けたときに溶射用サーメット粉末が軟化又は溶融しやすくなるためである。
【0025】
造粒−焼結サーメット粒子中のセラミックス一次粒子の平均径、すなわちセラミックス粒子部分の平均径(定方向平均径)は、造粒−焼結サーメット粒子の製造コストの低減のためには、0.2μm以上であることが好ましく、より好ましくは1μm以上、さらに好ましくは2μm以上、特に好ましくは4μm以上である。また、セラミックス粒子部分の平均径が大きいと、耐摩耗性及び耐衝撃性に特に優れるサーメット溶射皮膜を得るためにも都合がよい。
【0026】
また、造粒−焼結サーメット粒子中のセラミックス粒子部分の平均径は、溶射用サーメット粉末の付着効率の向上のためには、9μm以下であることが好ましく、より好ましくは6μm以下、さらに好ましくは4μm以下である。
【0027】
造粒−焼結サーメット粒子中の金属一次粒子のうち第1の金属を含んだ一次粒子の平均径、すなわち第1の金属粒子部分の平均径(定方向平均径)は、造粒−焼結サーメット粒子の製造コストの低減のためには、0.1μm以上であることが好ましく、より好ましくは0.5μm以上、さらに好ましくは1μm以上である。
【0028】
また、造粒−焼結サーメット粒子中の第1の金属粒子部分の平均径は、溶射用サーメット粉末の付着効率の向上のためには、10μm以下であることが好ましく、より好ましくは7μm以下、さらに好ましくは5μm以下である。また、第1の金属粒子部分の平均径が小さいと、緻密で耐摩耗性及び耐食性に特に優れるサーメット溶射皮膜を得るためにも都合がよい。
【0029】
造粒−焼結サーメット粒子中の金属一次粒子のうち第2の金属を含んだ一次粒子の平均径、すなわち第2の金属粒子部分の平均径(定方向平均径)は、造粒−焼結サーメット粒子の製造コストの低減のためには、0.1μm以上であることが好ましく、より好ましくは0.5μm以上、さらに好ましくは2μm以上である。
【0030】
また、造粒−焼結サーメット粒子中の第2の金属粒子部分の平均径は、溶射用サーメット粉末の付着効率の向上のためには、10μm以下であることが好ましく、より好ましくは7μm以下、さらに好ましくは5μm以下である。また、第2の金属粒子部分の平均径が小さいと、緻密で耐摩耗性及び耐食性に特に優れるサーメット溶射皮膜を得るためにも都合がよい。
【0031】
なお、造粒−焼結サーメット粒子中のセラミックス粒子部分の平均径、第1の金属粒子部分の平均径、及び第2の金属粒子部分の平均径は、造粒−焼結サーメット粒子の断面の走査型電子顕微鏡像に基づいて決定することができる。これらの平均径はそれぞれ、造粒−焼結サーメット粒子の製造の際に使用されるセラミックス微粒子の平均径、第1の金属微粒子の平均径、及び第2の金属微粒子の平均径を概ね反映する。しかしながら、造粒−焼結サーメット粒子の製造時に行われる焼結の影響を受けることがあるため、セラミックス微粒子の平均径、第1の金属微粒子の平均径、及び第2の金属微粒子の平均径とは一般にやや相違する。
【0032】
造粒−焼結サーメット粒子の圧縮強度は、高硬度で耐摩耗性に特に優れるサーメット溶射皮膜を得るためには、100MPa以上であることが好ましく、より好ましくは200MPa以上である。なお、造粒−焼結サーメット粒子の圧縮強度の測定は、例えば、株式会社島津製作所製の微小圧縮試験装置“MCTE−500”を用いて行うことができる。
【0033】
また、造粒−焼結サーメット粒子の圧縮強度は、溶射用サーメット粉末の付着効率の向上のためには、1000MPa以下であることが好ましく、より好ましくは800MPa以下、さらに好ましくは600MPa以下である。
【0034】
次に、溶射用サーメット粉末の作用を説明する。
本実施形態の溶射用サーメット粉末中の金属成分の主な役割としては、サーメット溶射皮膜に加わる衝撃を吸収又は緩和する役割と、溶射用サーメット粉末が基材と衝突したときの衝撃を吸収又は緩和する役割とがある。前者は、サーメット溶射皮膜の耐衝撃性の向上に寄与するものであり、後者は、基材上に溶射用サーメット粉末が緻密に付着するのを助けることにより、サーメット溶射皮膜の耐摩耗性及び耐食性の向上に寄与するものである。本実施形態の溶射用サーメット粉末は、硬さの異なる二種類の金属を所定の比率で含有していることにより、上記した金属成分の2つの役割がバランスよく発揮されるようになっており、その結果、耐摩耗性、耐衝撃性及び耐食性に優れたサーメット溶射皮膜を形成することができる。
【0035】
従って本実施形態によれば、以下の利点が得られる。
本実施形態の溶射用サーメット粉末によれば、耐摩耗性、耐衝撃性及び耐食性に優れたサーメット溶射皮膜の形成が可能である。このサーメット溶射皮膜は、湿式環境下で使用される部品を保護する用途をはじめ、様々な用途での使用に適する。
【0036】
前記実施形態は次のように変更してもよい。
・ 前記実施形態の溶射用サーメット粉末は、造粒−焼結サーメット粒子以外の成分を含むものであってもよい。例えば、遊離のセラミックス粒子又は金属粒子を含むものであってもよい。
【0037】
・ 前記実施形態において造粒−焼結サーメット粒子の製造に使用される金属微粒子は、第1の金属微粒子と第2の金属微粒子に加えて、それ以外の金属微粒子を含むものであってもよい。
【0038】
・ 前記実施形態において造粒−焼結サーメット粒子の製造に使用される金属微粒子は、2000N/mm未満の押し込み硬さを有する第1の金属と2000N/mm以上の押し込み硬さを有する第2の金属との合金から形成されたものであってもよいし、第1の金属と第2の金属とそれ以外の成分との合金から形成されたものであってもよい。この変更例の場合、造粒−焼結サーメット粒子中の金属一次粒子の平均径、すなわち金属粒子部分の平均径(定方向平均径)は、造粒−焼結サーメット粒子の製造コストの低減のためには、0.1μm以上であることが好ましく、0.1μm以上であることが好ましく、より好ましくは0.5μm以上、さらに好ましくは2μm以上である。また、金属粒子部分の平均径は、溶射用サーメット粉末の付着効率の向上のためには、10μm以下であることが好ましく、より好ましくは7μm以下、さらに好ましくは5μm以下である。なおこの変形例の場合も、溶射用サーメット粉末は、第1の金属と第2の金属という少なくとも二種類の金属を金属成分として含む。溶射用サーメット粉末中の金属成分の含有量の好ましい範囲は、前記実施形態の場合と同じである。
【0039】
・ 前記実施形態の溶射用サーメット粉末は、造粒−焼結サーメット粒子の代わりに、溶融−粉砕サーメット粒子又は焼結−粉砕サーメット粒子から構成されるものであってもよいし、溶融−粉砕サーメット粒子又は焼結−粉砕サーメット粒子の他にそれ以外の成分を含むものであってもよい。あるいは、造粒−焼結サーメット粒子の代わりに、セラミックス粒子と金属粒子の混合物から構成されるものであってもよいし、セラミックス粒子と金属粒子の混合物の他にそれ以外の成分を含むものであってもよい。ただし、造粒−焼結サーメット粒子は一般に、溶融−粉砕サーメット粒子及び焼結−粉砕サーメット粒子に比べて、付着効率に優れる点及び製造時の不純物の混入が少ない点で有利である。また、造粒−焼結粒子は、セラミックス粒子と金属粒子の混合物と比べて、流動性が良好である点で有利である。なお、溶融−粉砕サーメット粒子は、セラミックス微粒子及び金属微粒子の混合物を溶融して冷却固化させた後に粉砕することにより製造することができる。焼結−粉砕サーメット粒子は、セラミックス微粒子及び金属微粒子の混合物を焼結および粉砕することにより製造することができる。
【0040】
次に、実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。
実施例1〜8、参考例9,10及び比較例1〜9では、第1の金属微粒子及び第2の金属微粒子の少なくともいずれか一方とセラミックス微粒子との混合物を造粒及び焼結して得られる造粒−焼結サーメット粒子から構成されるサーメット粉末を用意した。実施例11では、第1の金属微粒子と第2の金属微粒子とセラミックス微粒子との混合物から構成されるサーメット粉末を用意した。各サーメット粉末に関する詳細を表1に示す。なお、表1には示していないが、実施例1〜8、参考例9,10及び比較例1〜9の造粒−焼結サーメット粒子はいずれも、平均径(体積平均径)が35μm、セラミックス一次粒子及び金属一次粒子の平均径(定方向平均径)が4μm、圧縮強度が200MPaであった。
【0041】
【表1】
【0042】
【表2】
表1の“セラミックス”欄の“種類”欄には、各サーメット粉末を用意する際に使用したセラミックス微粒子の種類を示す。“WC”は炭化タングステン粒子を使用したことを、“WC+CrC”は炭化タングステン粒子と炭化クロム粒子の混合物を使用したことを示す。
【0043】
表1の“セラミックス”欄の“含有量”欄には、各サーメット粉末中のセラミックスの含有量を示す。
表1の“第1の金属”欄の“種類”欄には、各サーメット粉末中に含まれる2000N/mm未満の押し込み硬さを有する第1の金属の種類を示す。“Cu”は銅を、“Al”はアルミニウム粒子を、“−”は第1の金属を含んでいないことを示す。なお、株式会社エリオニクス製の超微小押し込み硬さ試験機“ENT−1100a”を用いてJIS Z2255に準拠して銅及びアルミニウムの押し込み硬さを測定したところ、それぞれ1036N/mm及び349N/mmであった。
【0044】
表1の“第1の金属”欄の“含有量”欄には、各サーメット粉末中の第1の金属の含有量を示す。
表1の“第2の金属”欄の“種類”欄には、各サーメット粉末中に含まれる2000N/mm以上の押し込み硬さを有する第2の金属の種類を示す。“Ni”はニッケルを、“Co”はコバルトを、“−”は第2の金属を含んでいないことを示す。なお、“ENT−1100a”を用いてJIS Z2255に準拠してニッケル及びコバルトの押し込み硬さを測定したところ、それぞれ2199N/mm及び3615N/mmであった。
【0045】
表1の“第2の金属”欄の“含有量”欄には、各サーメット粉末中の第2の金属の含有量を示す。
表1の“第1の金属の含有量/第2の金属の含有量”欄には、各サーメット粉末中の第2の金属の含有量に対する同じサーメット粉末中の第1の金属の含有量の質量比を示す。
【0046】
表1の“耐衝撃性”欄には、各サーメット粉末を表2に示す条件で溶射して得られた皮膜の耐衝撃性に関する測定の結果を示す。具体的には、株式会社プラズマ技研工業株式会社製の落球衝撃試験機“PRS−38130”を用いて1mの高さから内径29.3mmのガイドパイプを通して、溶射皮膜に対して60°の角度で一回の試験あたり500個の鋼球(直径9.5mm、重量3.32g)を連続的に落下衝突させる衝撃試験を行った。溶射皮膜の表面に亀裂又は剥離が生じるまでに要した試験回数を“耐衝撃性”欄に示す。同欄中の各数値はn=4の平均値である。ただし、“−”は皮膜を形成できなかったことを表す。
【0047】
表1の“耐食性”欄には、各サーメット粉末を表2に示す条件で溶射して得られた皮膜の耐食性に関する評価の結果を示す。具体的には、耐食性と逆相関の関係にある各溶射皮膜の気孔率を測定し、気孔率が2%以下の場合には“○”、2%を超える場合には“×”と評価した結果を、括弧内に記載した気孔率の測定値と一緒に示す。
【0048】
表1の“耐摩耗性”欄には、各サーメット粉末を表2に示す条件で溶射して得られた皮膜の耐摩耗性に関する評価の結果を示す。具体的には、スガ試験機株式会社製のスガ式摩耗試験機を用いたJIS H8682−1に準拠した往復運動平面摩耗試験に各溶射皮膜を供し、一般構造用圧延鋼材SS400から形成した基準試料を同じ試験に供したときの基準試料の摩耗体積量に対する溶射皮膜の摩耗体積量の比率が0.2%未満の場合には“○”、0.2%以上の場合には“×”と評価した結果を示す。
【0049】
表1に示されるように、実施例1〜8,11のサーメット粉末の場合には、40回以上の衝撃試験に耐えることができる実用上合格レベルの耐衝撃性を有する溶射皮膜が得られた。また、実施例1〜8,11で得られた溶射皮膜は、耐食性及び耐摩耗性に関する評価も良好であった。それに対し、第2の金属の含有量に対する第1の金属の含有量の質量比が20である比較例1のサーメット粉末の場合と、2000N/mm以上の押し込み硬さを有する第2の金属を含まない比較例6のサーメット粉末の場合には皮膜の形成ができなかった。また、セラミックス成分の含有量が90質量%である比較例2のサーメット粉末の場合と、セラミックス成分の含有量が55質量%である比較例3のサーメット粉末の場合と、2000N/mm未満の押し込み硬さを有する第1の金属を含まない比較例5,7〜9のサーメット粉末の場合には、耐衝撃性、耐食性及び耐摩耗性のいずれもが良好な溶射皮膜を得ることができなかった。