特許第6000545号(P6000545)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6000545
(24)【登録日】2016年9月9日
(45)【発行日】2016年9月28日
(54)【発明の名称】乳酸発酵風味液の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 27/00 20160101AFI20160915BHJP
   A23C 9/12 20060101ALI20160915BHJP
   A23D 7/00 20060101ALI20160915BHJP
   A21D 13/00 20060101ALI20160915BHJP
【FI】
   A23L27/00 C
   A23C9/12
   A23D7/00 500
   A21D13/00
【請求項の数】7
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2011-280176(P2011-280176)
(22)【出願日】2011年12月21日
(65)【公開番号】特開2013-128449(P2013-128449A)
(43)【公開日】2013年7月4日
【審査請求日】2014年10月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000387
【氏名又は名称】株式会社ADEKA
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】特許業務法人翔和国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100076532
【弁理士】
【氏名又は名称】羽鳥 修
(74)【代理人】
【識別番号】100143856
【弁理士】
【氏名又は名称】中野 廣己
(72)【発明者】
【氏名】濱保 達彦
(72)【発明者】
【氏名】茂木 和之
(72)【発明者】
【氏名】山下 敦史
(72)【発明者】
【氏名】田中 光治
【審査官】 田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】 特開平03−127962(JP,A)
【文献】 特開2005−046139(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L
A23C
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳糖及び乳蛋白質を含む乳原料を含有し、水分20〜95質量%、無脂乳固形分2〜50質量%、リン脂質含量0.05質量%以下のミックス液を発酵させる第1乳酸発酵工程と、その後、第1乳酸発酵工程後のミックス液にリン脂質を添加して乳酸発酵させる第2乳酸発酵工程とを含むことを特徴とする乳酸発酵風味液の製造方法。
【請求項2】
上記リン脂質として、乳由来の固形分中のリン脂質の含有量が2質量%以上である食品素材を使用することを特徴とする請求項1記載の乳酸発酵風味液の製造方法。
【請求項3】
上記第1乳酸発酵工程で使用するミックス液が、リン脂質を含有しないことを特徴とする請求項1又は2記載の乳酸発酵風味液の製造方法。
【請求項4】
上記第1乳酸発酵工程の終点は、pHの値が0.1〜0.5低下した時点であり、上記第2乳酸発酵工程の終点は、pHの値が4〜6であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の乳酸発酵風味液の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の製造方法により得られた乳酸発酵風味液。
【請求項6】
請求項5記載の乳酸発酵風味液を使用したマーガリン。
【請求項7】
請求項5記載の乳酸発酵風味液を使用したベーカリー製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、良好な風味バランスを有する乳酸発酵風味液の製造方法に関し、詳しくは、ベーカリー製品に豊かな深いコクのあるバター風味を付与することができる乳酸発酵風味液の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
牛乳から遠心分離により作られる生クリームを、チャーニング、ワーニングして得られるバターは、乳脂自体の口溶けが良好であることに加え、牛乳由来の水溶性成分、油溶性成分、揮発性成分等による豊かなコクのあるバター風味を有しているため、ベーカリー製品に使用する油脂製品として広く使用されている。
そして、より濃厚なバター風味のベーカリー製品を求めて、発酵バターを使用することも今日ではごく普通におこなわれるようになってきた。
しかし、バターや発酵バターをベーカリー製品に使用した場合、加熱変性や揮発成分の消失のため、必ずしも、使用したバターや発酵バターと同等の豊かなコクのあるバター風味が得られるものではない。
しかも、バターや発酵バターは一般に高価であること、供給や品質が安定していないこと、更には、乳脂のもつ特性から広い温度域での良好な可塑性という面で必ずしも使いやすいとは言えないため、ベーカリー製品には、各種動植物油と水性原料を使用して可塑性油中水型乳化物としたマーガリンが、バターに代わって使用されることが多い。
このマーガリンは、通常、脱脂粉乳等の乳蛋白質を溶解して乳風味を付与し、更に、バター香料、特に乳脂を分解して得られる揮発性の短鎖脂肪酸を主成分とする香料を使用してバターの風味付けをしている。しかしこのような風味付けだけでは、コク味が不足することに加え、単調なバター風味しか付与できず、しかも、ベーカリー製品に使用した場合は、焼成時にバター風味自体が消失してしまう問題もあった。
【0003】
上記問題の解決方法はさまざまな方法があるが、最近では、乳原料を乳酸発酵させた乳酸発酵風味液をマーガリンの水相に添加使用することで良好な物性と良好なバター風味を得る方法が注目されている。これは、上記乳酸発酵風味液は、糖の分解による香気成分と蛋白の分解による呈味成分が含まれるため、発酵バターに比べ若干強度が弱く、又風味バランスも異なるものの、濃厚なバター風味が、発酵バターを製造することに比べ比較的簡単な操作で安定して得られるためである。
そしてその乳酸発酵時の基質として用いる乳原料の配合や乳酸菌の選択、更には、他の乳風味成分との組み合わせ、分離・濃縮技術との組み合わせにより、さまざまな乳酸発酵風味液が提案されている。
【0004】
なかでもその乳酸発酵風味液の風味強度を改良する技術としては、例えば、香気成分を多く生産する乳酸菌を使用する方法(例えば特許文献1参照)、複数の菌種を混合して用い、蒸留工程により香気成分を濃縮する方法(例えば特許文献2参照)、ペクチンを基質に使用する方法(例えば特許文献3参照)、乳脂の低融点画分を使用する方法(例えば特許文献4参照)、トータルミルクプロテインを乳酸発酵後プロテアーゼ処理する方法(例えば特許文献5参照)等が提案されている。
【0005】
しかし、特許文献1記載の方法では、糖分の分解によって得られる良好な香気成分の生成時期と蛋白の分解によって得られる呈味性のアミノ酸や香気成分の生成時期が異なるため、単に香気成分生産量を増大可能な乳酸菌を使用しただけでは、香気成分と呈味成分がバランスよく含まれる、良好な風味バランスの乳酸発酵風味液は得られないという問題があった。
また、特許文献2に記載の方法は、蒸留により高濃度の揮発性の香気成分のみを抽出したかたちになるため、該方法によって得られる乳酸発酵風味液は、基本的には香料に近い組成物であり、そのため、良好な風味バランスの乳酸発酵風味にはならないという問題があった。
更に、特許文献3に記載のように、乳原料以外の糖質を基質とした乳酸発酵物は、香気成分含量は高いものが得られたとしても、乳のコク味は感じられない。
特許文献4に記載の方法は、単に乳脂の風味が添加されるだけで、糖質由来の香気成分の基本的な風味は変化なく、乳酸発酵風味液に共通の問題が解消されるわけではない。
特許文献5に記載の方法も、単に蛋白質の分解物であるアミノ酸の呈味が増強されるだけであり、糖質由来の香気成分の基本的な風味は変化なく、乳酸発酵風味液に共通の問題が解消されるわけではない。
【0006】
なお、単に香気成分の含量を増加させるには、基質の配合量を増やせばよく、例えばクエン酸、ピルビン酸、及び、オキザロ酢酸を乳酸発酵の終盤に添加することで可能である(例えば特許文献6参照)。
しかし、特許文献6の方法は、これらの添加によって増加する香気成分は、ごく一部の特定の香気成分(アセト乳酸)であるため、良好な香気成分を得ることもできず、また、十分な香気成分含量の乳酸発酵物は得られない。
このように、風味が強化された乳酸発酵風味液であって、香気成分と呈味成分がバランスよく含まれる、良好な風味バランスの乳酸発酵風味液は従来得られておらず、更には、豊かな深いコクのあるバター風味のマーガリン、更には、豊かな深いコクのバター風味を有するベーカリー製品は従来得られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許第3535121号
【特許文献2】米国特許第4454160号
【特許文献3】特開平06−007177号公報
【特許文献4】特開2007−151459号公報
【特許文献5】特開2008−263828号公報
【特許文献6】特開昭62−259562号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の目的は、風味が強化され、且つ、良好な風味バランスの乳酸発酵風味液、及び、該特徴を有する乳酸発酵風味液を安定して製造することができる新たな乳酸発酵風味液の製造方法を提供することである。
また本発明の目的は、豊かな深いコクのバター風味を有するマーガリン、更には、豊かな深いコクのバター風味を有するベーカリー製品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、上記目的を達成すべく種々検討した結果、乳原料を含有するミックス液を乳酸発酵して乳酸発酵風味液を製造する際に、まず、リン脂質を含有しないミックス液を乳酸発酵させた後、リン脂質を添加し、更に乳酸発酵を行うという2段階の乳酸発酵工程を行うと、風味が強化されることに加え、糖の分解による香気成分と蛋白の分解による呈味成分のそれぞれの生成のピークを合致させることが可能であることを知見した。
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、乳糖及び乳蛋白質を含む乳原料を含有し、水分20〜95質量%、無脂乳固形分2〜50質量%のミックス液を発酵させる第1乳酸発酵工程と、その後、第1乳酸発酵工程後のミックス液にリン脂質を添加して乳酸発酵させる第2乳酸発酵工程とを含むことを特徴とする乳酸発酵風味液の製造方法を提供するものである。
【0010】
また、本発明は、上記乳酸発酵風味液の製造方法によって得られた乳酸発酵風味液を提供するものである。
また、本発明は、上記乳酸発酵風味液を使用したマーガリン、更には、上記乳酸発酵風味液を使用したベーカリー製品を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、風味が強化され、且つ、良好な風味バランスの乳酸発酵風味液を安定して製造することができる。また該乳酸発酵風味液を使用したマーガリンは良好な物性と豊かな深いコクのあるバター風味を有する。また該乳酸発酵風味液を使用したベーカリー製品は豊かな深いコクのあるバター風味を有する。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の乳酸発酵風味液の製造方法の好ましい実施態様について詳述する。
先ず、乳原料を含有するミックス液を調製する。一般的には、牛乳、クリーム、クリームチーズ、ナチュラルチーズ、プロセスチーズ等の水中油型の乳や乳製品、あるいは水に、乳蛋白質、乳糖等の水溶性の乳原料を添加し、水分含量が好ましくは20〜95質量%、より好ましくは70〜90質量%となるように調整して乳原料を含有するミックス液とする。また、該乳原料を含有するミックス液は、食用油脂を添加した水中油型乳化物としてもよいが、良好な風味バランスの乳酸発酵風味液を得るため、本発明では、食用油脂は使用しないことが好ましく、より好ましくは、ミックス液は油脂含量を5質量%以下、更に好ましくは2質量%以下とする。
ミックス液は、風味が強化された乳酸発酵風味液を安定して製造可能な点で、上記乳原料の含量が無脂乳固形分として2〜50質量%であることが好ましく、5〜20質量%であることが更に好ましい。
【0013】
次に、必要に応じて、この乳原料を含有するミックス液を加熱する。加熱する温度は、好ましくは35〜75℃である。更に、必要に応じて均質化を行なう。均質化を行なうための均質化機としては、例えば、ケトル型チーズ乳化釜、ステファンミキサーの様な高速せん断乳化釜、スタティックミキサー、インラインミキサー、ホモゲナイザー、コロイドミル、ディスパーミル等が挙げられ、好ましくは1〜200MPaの均質化圧力にて均質化を行なう。
均質化後、必要に応じて、加熱殺菌を行なう。該加熱殺菌の方法としては、インジェクション式、インフュージョン式、マイクロ波、ジュール加熱式等の直接加熱方式、又は、バッチ式、プレート式、チューブラー式、掻き取り式等の間接加熱方式があり、UHT、HTST、LTLT等の50〜160℃、好ましくは55〜100℃の加熱処理を行なえば良い。
【0014】
このようにして調製された乳原料を含有するミックス液に乳酸菌を添加して、まず、第1乳酸発酵工程の乳酸発酵(以下、第1段階の乳酸発酵ともいう)を行なう。
上記乳酸菌としては、特に制限されるものではないが、Lactococcus lactis subsp. lactis、Lactococcus lactis subsp. cremoris、Lactococcus lactis subsp. lactis var. diacetylactis、Lactobacillus casei subsp. casei、Lactobacillus acidophilus、Lactobacillus delbrueckii subsp. delbrueckii、Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus、Lactobacillus delbrueckii subsp. lactis、Lactobacillus jugurti、Lactobacillus helveticus、Lactobacillus kefyr、Lactobacillus plantarum、Lactobacillus rhamnosus、Streptococcus thermophilus、Leuconostoc mesenteroides subsp. cremoris 、Bifidobacterium longum、Bifidobacterium bifidum、Bifidobacterium infantis、Bifidobacterium breve等が挙げられ、これらを単独で用いることもでき、又は二種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0015】
また、これらの乳酸菌は、乳酸菌を含む発酵乳の形態で上記乳原料を含有するミックス液に加えることも可能である。また、更に、発酵乳製品の風味を向上させる目的で、Candida kefyr、Kluyveromyces marxianus var. marxianus、Saccharomyces unisporus、Saccharomyces florentinus等の酵母を含むスターターを使用してもよい。
【0016】
ここで、本発明では、より良好な香味を有する乳酸発酵風味液が得られる点で、Lactococcus lactis subsp. lactis var. diacetylactis、Leuconostoc mesenteroides subsp. cremorisのうちの1種、又は2種以上を用いることが好ましく、より好ましくは、Lactococcus lactis subsp. lactis var. diacetylactis、Leuconostoc mesenteroides subsp. Cremorisの2種を併用する。
上記第1段階の乳酸発酵の条件は、温度については、使用される各乳酸菌に好適な発酵温度(例えば20〜40℃)を適宜選択すればよい。
【0017】
この第1段階の乳酸発酵は、香気成分の生成が始まり、且つ、香気成分の分解が始まっていない段階で終了する必要がある。香気成分の分解が始まると乳酸が発生して、ミックス液のpHの低下が始まることから、このことを利用し、好ましくは乳酸発酵されたミックス液のpHの値が、乳酸菌の添加時点から0.1〜0.5、より好ましくは0.1〜0.3低下した時点を第1乳酸発酵工程の終点と判断する。
【0018】
なお、第1乳酸発酵工程に使用するミックス液は、リン脂質を含有しないことが好ましい。リン脂質を含有する場合には、0.1質量%以下、より好ましくは0.05質量%以下とする。
【0019】
以下に、第2乳酸発酵工程について説明する。
第2乳酸発酵工程においては、第1乳酸発酵工程後のミックス液にリン脂質を添加して、乳酸発酵(以下、第2段階の乳酸発酵ともいう)を行なう。
本発明で使用する上記リン脂質は、特に限定されるものではなく、食品に使用できるリン脂質であればどのようなリン脂質でも構わない。上記リン脂質としては、例えば、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルグリセロール、ホスファチジン酸等のジアシルグリセロリン脂質を使用することができ、更に上記リン脂質に対し、ホスホリパーゼ等により酵素処理を行い、乳化力を向上させたリゾリン脂質、上記リン脂質や上記リゾリン脂質を含有する食品素材を使用することができる。本発明ではリン脂質としてこれらの中から選ばれた1種又は2種以上を用いることができる。
【0020】
本発明では、上記のリン脂質そのものよりも、得られる乳酸発酵風味液が極めて良好な風味バランスを有する点、更には該乳酸発酵風味液を使用した油脂組成物やベーカリー製品が豊かな深いコクのあるバター風味を有する点で、上記のリン脂質を含有する食品素材を用いる方が好ましい。このリン脂質を含有する食品素材としては、卵黄、大豆、牛乳、ヤギ乳、ヒツジ乳、人乳等の乳が挙げられるが、極めて良好な風味バランスの乳酸発酵風味液が得られる点から乳由来のリン脂質を含有する食品素材を用いるのが好ましく、牛乳由来のリン脂質を含有する食品素材を用いるのが更に好ましい。
【0021】
上記乳由来のリン脂質を含有する食品素材を使用する場合は、固形分中のリン脂質の含有量が2質量%以上である食品素材を使用することが好ましく、更に好ましくは3質量%以上、最も好ましくは4〜40質量%である食品素材を使用する。
また、上記のリン脂質を含有する食品素材は、液体状でも、粉末状でも、濃縮物でも構わない。
但し、溶剤を用いて乳由来の固形分中のリン脂質の含有量が2質量%以上となるように濃縮した食品素材は、風味上の問題から本発明において用いないのが好ましい。
【0022】
上記乳由来のリン脂質を含有する食品素材の固形分中のリン脂質の定量方法は、例えば以下のような方法にて測定することができる。但し、抽出方法等については乳由来のリン脂質を含有する食品素材の形態等によって適正な方法が異なるためこの定量方法に限定されるものではない。
まず、乳由来のリン脂質を含有する食品素材の脂質を、Folch法を用いて抽出する。次いで、抽出した脂質溶液を湿式分解法(日本薬学会編、衛生試験法・注解2000 2.1食品成分試験法に記載の湿式分解法に準じる)にて分解した後、モリブデンブルー吸光度法(日本薬学会編、衛生試験法・注解2000 2.1食品成分試験法に記載のリンのモリブデン酸による定量に準じる)によりリン量を求める。求められたリン量から以下の計算式を用いて乳由来のリン脂質を含有する食品素材の固形分100g中のリン脂質の含有量(g)を求める。
リン脂質(g/100g)=〔リン量(μg)/(乳由来のリン脂質を含有する食品素材−乳由来のリン脂質を含有する食品素材の水分(g)〕×25.4×(0.1/1000)
【0023】
上記の乳由来の固形分中のリン脂質の含有量が2質量%以上である食品素材としては、例えば、クリーム又はバターからバターオイルを製造する際に生じる水相成分が挙げられる。このクリーム又はバターからバターオイルを製造する際に生じる水相成分は、通常のクリームからバターを製造する際に生じるいわゆるバターミルクとは組成が大きく異なり、リン脂質を多量に含有しているという特徴がある。バターミルクは、その製法の違いによって大きく異なるが、乳由来の固形分中のリン脂質の含有量が、通常、0.5〜1.5質量%程度であるのに対して、クリーム又はバターからバターオイルを製造する際に生じる水相成分は、乳由来の固形分中のリン脂質の含有量が、大凡、2〜15質量%であり、多量のリン脂質を含有している。
本発明では、上記のような通常のクリームからバターを製造する際に生じるいわゆるバターミルクそのものを用いることはできないが、バターミルクを乳由来の固形分中のリン脂質の含有量が2質量%以上となるように濃縮したものを用いることは可能である。
【0024】
次に上記のクリーム又はバターからバターオイルを製造する際に生じる水相成分の製造方法について説明する。
クリームからバターオイルを製造する際に生じる水相成分の製造方法は、例えば以下の通りである。まず、牛乳を遠心分離して得られる脂肪濃度30〜40質量%のクリームをプレートで加温し、遠心分離機によってクリームの脂肪濃度を70〜95質量%まで高める。次いで乳化破壊機で乳化を破壊し、再び遠心分離機で処理することによってバターオイルが得られる。本発明で用いられる上記水相成分は、最後の遠心分離の工程でバターオイルの副産物として発生するものである。
一方、バターからバターオイルを製造する際に生じる水相成分の製造方法は、例えば以下の通りである。まずバターを溶解機で溶解し熱交換機で加温する。これを遠心分離機で分離することによってバターオイルが得られる。本発明で用いられる上記水相成分は、最後の遠心分離の工程でバターオイルの副産物として発生するものである。該バターオイルの製造に用いられるバターとしては、通常のものが用いられる。
【0025】
また、本発明で用いられる上記水相成分としては、乳由来の固形分中のリン脂質の含有量が2質量%以上であれば、クリーム又はバターからバターオイルを製造する際に生じる水相成分をそのまま用いてもよく、また噴霧乾燥、濃縮、冷凍等の処理を施したものを用いてもよい。更には加水して均質化してもよい。
ただし、乳由来のリン脂質は高温加熱すると、その機能が低下するため、上記加温処理や、濃縮処理中、あるいは殺菌等により加熱する際は100℃未満であることが好ましく、60℃未満であることが更に好ましい。
【0026】
また、本発明では、上記の乳由来の固形分中のリン脂質の含有量が2質量%以上である食品素材のリン脂質の一部又は全部をそのままリゾ化してもよく、また濃縮した後にリゾ化してもよい。また更に得られたリゾ化物を更に濃縮、あるいは、噴霧乾燥処理等を施してもよい。
上記乳由来の固形分中のリン脂質の含有量が2質量%以上である食品素材中の、リン脂質をリゾ化するにはホスホリパーゼAで処理すればよい。ホスホリパーゼAは、リン脂質分子のグリセロール部分と脂肪酸残基とを結びつけている結合を切断し、この脂肪酸残基を水酸基で置き換える作用を有する酵素である。ホスホリパーゼA2の場合、リン脂質分子のグリセロール部分の2位の脂肪酸残基が選択的に切り離される。ホスホリパーゼAは作用する部位の違いによってA1、A2に分かれるが、A2が好ましい。
【0027】
本発明における上記リン脂質の添加量は、ミックス液100質量部に対し、リン脂質を0.05〜2質量部添加することが好ましい。リン脂質のより好ましい添加量は0.1〜0.5質量部、更に好ましくは0.1〜0.3質量部である。
リン脂質の添加量が0.05質量部未満であると香気成分を有意に増加させる効果が得られなくなるおそれがあり、リン脂質の添加量が0.5質量部を超えると効果に対してコストが見合わないこととなる。なお、上記のリン脂質はリゾリン脂質も含むものとする。
また、本発明において、リン脂質として上記の乳由来の固形分中のリン脂質の含有量が2質量%以上である食品素材を用いる場合、該食品素材をミックス液100質量部に対し、固形分として、好ましくは0.03〜15.0質量部、更に好ましくは0.5〜10.0質量部、最も好ましくは3.0〜7.0質量部添加するのがよい。
【0028】
上記第2段階の乳酸発酵の条件は、温度については、第1段階同様、使用される各乳酸菌に好適な発酵温度(例えば20〜40℃)を適宜選択すればよい。
この第2段階の乳酸発酵は、良好な風味の乳酸発酵風味液とするため、乳酸発酵が十分でありながら且つ過度に行われていないことが必要である。そのため、好ましくは、乳酸発酵したミックス液のpHの値が4〜6、より好ましくは4.0〜5.5、更に好ましくは4.3〜5.2、最も好ましくは4.5〜5.0となった時点を第2乳酸発酵工程の終点と判断する。
【0029】
なお、上記第1乳酸発酵工程、第2乳酸発酵工程とも、乳酸発酵時は静置状態であってもよいが、好ましくは攪拌をおこなう。好ましい攪拌条件は、1分間に5〜50回転、より好ましくは10〜30回転である。
このようにして得られた乳酸発酵風味液は、風味が強化され、且つ、糖の分解による香気成分と蛋白の分解による呈味成分がバランスよく含まれている。
そのため、マーガリンの水相に使用することで、良好な物性を持ちながら、豊かな深いコクのあるバター風味を有するマーガリンとすることができる。
また、上記乳酸発酵風味液や、上記マーガリンは、ベーカリー製品に使用すると、従来のバターや発酵バターを使用することに比べ、より豊かな深いコクのあるバター風味を有するベーカリー食品とすることができる。
【0030】
なお、上記のように乳酸発酵風味液をマーガリンの水相に使用する場合、その添加量は、マーガリン中に、好ましくは0.01〜10質量%、より好ましくは0.1〜8質量%となる量である。なお、水相中の配合割合としては、上記乳酸発酵風味液が水相中に、好ましくは1質量%以上、より好ましくは5質量%以上であるが、添加量の増加によりpHが低下し、加熱殺菌時にタンパク凝集物が発生してしまうおそれがあるという点で、50質量%以下とすることが好ましく、より好ましくは30質量%以下とする。
【0031】
また、上記乳酸発酵風味液をベーカリー製品に使用する場合、その添加量は、乳酸発酵風味液を直接生地に練込使用する場合は、ベーカリー生地に使用する澱粉類100質量部に対し、好ましくは0.05〜10質量部、より好ましくは0.1〜1.0質量部となる量である。なお、ここで言う澱粉類とは、例えば、強力粉、準強力粉、中力粉、薄力粉、デュラム粉、全粒粉等の小麦粉類、ライ麦粉、大麦粉、米粉等のその他の穀粉類、アーモンド粉、へーゼルナッツ粉、カシューナッツ粉、オーナッツ粉、松実粉等の堅果粉、コーンスターチ、タピオカ澱粉、小麦澱粉、甘藷澱粉、サゴ澱粉、米澱粉等の澱粉や、これらの澱粉をアミラーゼ等の酵素で処理したものや、α化処理、分解処理、エーテル化処理、エステル化処理、架橋処理、グラフト化処理等の中から選ばれた1種又は2種以上の処理を施した化工澱粉等が挙げられる。
【0032】
なお、上記乳酸発酵風味液をマーガリンの形態でベーカリー生地に練込又は折込使用する場合、上記乳酸発酵風味液を直接生地に練込使用する場合の添加量範囲よりも少ない添加量で同等の効果を得ることができ、その添加量は、乳酸発酵風味液として、ベーカリー生地に使用する澱粉類100質量部に対し、好ましくは0.01〜5質量部、より好ましくは0.05〜5質量部となる量である。なお、マーガリンとしての使用量は、通常のバターやマーガリンの使用量と同等でよく、ベーカリー生地に使用する澱粉類100質量部に対し、例えばパンに練込使用する場合は、好ましくは1〜50質量部、より好ましくは2〜30質量部、また、クッキーやバターケーキ等の焼菓子に練込使用する場合は、好ましくは5〜200質量部、より好ましくは30〜100質量部、バタースポンジケーキやマフィン等のスポンジケーキ類に練込使用する場合は好ましくは5〜70質量部、より好ましくは10〜50質量部、パイやデニッシュ等の折生地に折込使用する場合は好ましくは5〜120質量部、より好ましくは30〜100質量部となる量である。
【0033】
また、本発明の乳酸発酵風味液は、上記のようにマーガリンの水相に使用する以外にも、もちろんあらゆる飲食品に使用することができ、例えば、牛乳、コーヒークリーム、生クリーム、ホイップクリーム、カスタード、フラワーペースト、チーズ、マヨネーズ、クリームシチュー等に使用することで、乳風味を強化したり、コク味を付与する等、一般の乳酸発酵風味液と同様の使用方法が可能である。
【実施例】
【0034】
次に、実施例及び比較例を挙げ、本発明を更に詳細に説明するが、これらは本発明を何ら制限するものではない。
【0035】
<乳酸発酵風味液の調製>
〔実施例1〕
脱脂粉乳(リン脂質含量0.3質量%未満、無脂乳固形分99質量%、蛋白質含量11質量%)10質量部、ホエイパウダー(リン脂質含量0.2質量%未満、無脂乳固形分99質量%、蛋白質含量34質量%)2質量部及び水87.69質量部を混合し、55℃に加熱し、ケミコロイド社製シャーロットコロイドミルにてクリアランス0.2mm、回転数3500rpmにて均質化し、プレート式熱交換器にて80℃で3分間加熱殺菌後、プレート式熱交換器にて30℃に冷却し、無脂乳固形分含量が11.9質量%であり、リン脂質含量が0.034質量%未満である、乳原料を含有するミックス液を調製した。第1乳酸発酵工程として、この乳原料を含有するミックス液にLactococcus lactis subsp. lactis var. diacetylactis及びLeuconostoc mesenteroides subsp. Cremorisの2種から成る乳酸菌スターター0.01質量部を加え、30℃で15回転/分で攪拌しながら5時間発酵した。なお、乳酸菌スターターを加えた時点の乳原料を含有するミックス液のpHは6.54であり、第1乳酸発酵工程終点でのpHは6.35であった。ここで、リン脂質として、大豆レシチン(リン脂質含量60質量%、蛋白質含量0質量%)0.3質量部を添加し、更に第2乳酸発酵工程として、30℃で10回転/分で攪拌しながら7時間発酵し、pHが4.71である本発明の乳酸発酵風味液を得た。
【0036】
第1乳酸発酵工程におけるpHの低下量については、第1乳酸発酵工程終点でのpH、及び、第2乳酸発酵工程終点でのpHと併せ、表1に記載する。
また、得られた乳酸発酵風味液を使用して、下記に記載の方法に従ってマーガリンを製造し、更に該マーガリンを使用して製パン試験を行なった。得られたパンについては下記の評価基準にしたがって評価を行った。結果を表1に記載する。
【0037】
〔実施例2〕
上記途中に添加するリン脂質として、レシチン0.3質量部に代えて、クリームからバターオイルを製造する際に生じる水相成分の濃縮物(リン脂質含量3.7質量%、蛋白質含量12質量%、無脂乳固形分33.4質量%、乳由来の固形分38質量%、乳由来の固形分中のリン脂質含量9.8質量%)5質量部を使用し、水87.69質量部を82.99質量部に変更した以外は、実施例1と同様にして、pHが4.71である本発明の乳酸発酵風味液を得た。
第1乳酸発酵工程におけるpHの低下量については、第1乳酸発酵工程終点でのpH、及び、第2乳酸発酵工程終点でのpHと併せ、表1に記載する。
また、得られた乳酸発酵風味液を使用して、実施例1同様にマーガリンを製造し、更に実施例1同様に該マーガリンを使用して製パン試験を行ない、得られたパンについて実施例1同様に評価を行った。結果を表1に記載する。
【0038】
〔比較例1〕
実施例1において、途中に添加したレシチンを無添加とし、水87.69質量部を87.99質量部に変更し、乳酸発酵を、発酵時間が12時間の1段階とした以外は、実施例1と同様にして、比較例の乳酸発酵風味液を得た。得られた乳酸発酵風味液のpHについては表1の「第2乳酸発酵工程終了時のpH」の項に記載する。
また、得られた乳酸発酵風味液を使用して、実施例1同様にマーガリンを製造し、更に実施例1同様に該マーガリンを使用して製パン試験を行なった。得られたパンについては実施例1同様に評価を行った。結果を表1に記載する。
【0039】
〔比較例2〕
実施例1において、途中に添加したリン脂質を乳酸発酵の最初から添加し、乳酸発酵を、発酵時間が12時間の1段階とした以外は、実施例1と同様にして、比較例の乳酸発酵風味液を得た。得られた乳酸発酵風味液のpHについては表1の「第2乳酸発酵工程終了時のpH」の項に記載する。
また、得られた乳酸発酵風味液を使用して、実施例1同様にマーガリンを製造し、更に実施例1同様に該マーガリンを使用して製パン試験を行なった。得られたパンについては実施例1同様に評価を行った。結果を表1に記載する。
【0040】
〔比較例3〕
実施例2において、途中に添加したクリームからバターオイルを製造する際に生じる水相成分の濃縮物を乳酸発酵の最初から添加し、乳酸発酵を、発酵時間が12時間の1段階とした以外は、実施例2と同様にして、比較例の乳酸発酵風味液を得た。得られた乳酸発酵風味液のpHについては表1の「第2乳酸発酵工程終了時のpH」の項に記載する。
また、得られた乳酸発酵風味液を使用して、実施例1同様にマーガリンを製造し、更に実施例1同様に該マーガリンを使用して製パン試験を行なった。得られたパンについては実施例1同様に評価を行った。結果を表1に記載する。
【0041】
<マーガリンの製造>
パームスーパーオレインのランダムエステル交換油脂95質量部及びパームステアリン5質量部を均一に混合した混合油脂72.47質量部に、グリセリン脂肪酸エステル3質量部、60%トコフェロール0.01質量部を、添加、混合、溶解した油相を60℃に保温した。一方、水19.52質量部に、乳酸発酵風味液5.0質量部を、添加、溶解した水相(1)を油相に添加し、予備乳化液とし、90℃1分蒸気を用いて殺菌処理したのち、コンビネーターを用いて急冷可塑化を行い、マーガリンを得た。
【0042】
<製パン試験>
強力粉(イーグル:日本製粉製)70質量部、生イースト2質量部、イーストフード0.1質量部及び水40質量部をミキサーボウルに投入し、フックを使用し、低速で2分、中速で2分混合し、中種生地を得た。捏ね上げ温度は24℃であった。この中種生地を生地ボックスに入れ、温度28℃、相対湿度85%の恒温室で、4時間中種発酵を行なった。終点温度は29℃であった。この中種発酵の終了した生地を再びミキサーボウルに投入し、更に、強力粉(イーグル:日本製粉製)30質量部、上白糖5質量部、脱脂粉乳2質量部、食塩1.5質量部及び水25質量部を添加し、低速で3分、中速で3分本捏ミキシングした。ここで、マーガリン10質量部を投入し、フックを使用し、低速で3分、中速で3分、高速で1分ミキシングを行ない、食パン生地を得た。得られた食パン生地の捏ね上げ温度は28℃であった。ここで、フロアタイムを20分とった後、230gに分割・丸目を行なった。次いで、ベンチタイムを20分とった後、 モルダー成形し、6本をU字にして3斤型プルマン型に入れ、38℃、相対湿度85%で50分ホイロをとった後、200℃に設定した固定窯に入れ40分焼成してプルマン型食パンを得た。
得られた食パンは、焼成直後に風味について下記評価基準に従って6段階で評価した。結果を表1に示す。
【0043】
[風味評価基準]
◎+:豊かな深いコクのあるバター風味を有し、きわめて良好
◎:深いコクのあるバター風味を有し、良好
○:コクのあるバター風味を有し、良好
△:コク味が感じられない。
×バター風味がほとんど感じられない。
××:バター風味が感じられない。
【0044】
【表1】
【0045】
<第1乳酸発酵工程の発酵時間による違いの確認>
〔実施例3〜8〕
実施例2における第1乳酸発酵工程の発酵時間を1〜8時間の間で6点とり、第1乳酸発酵工程の終点のpHの違いによる乳酸発酵風味液の違いを比較した。なお、発酵時間については、pH6.50となった時点(pH低下量は0.04)、pH6.42となった時点(pH低下量は0.12)、pH6.29となった時点(pH低下量は0.25)、pH6.19となった時点(pH低下量は0.35)、pH6.06となった時点(pH低下量は0.48)、pH5.92となった時点(pH低下量は0.62)の6点とし、第2発酵段階の発酵時間はpHが実施例1と同等の4.7となるまでとした。
得られた6種の乳酸発酵風味液は、発酵時間の短い方から実施例3〜8の乳酸発酵風味液1〜6とした。
乳酸発酵風味液1〜6の第1乳酸発酵工程の発酵時間と第2乳酸発酵工程の発酵時間を表2に記載する。
また、得られた6種の乳酸発酵風味液1〜6を使用して、実施例1同様にマーガリンを製造し、更に実施例1同様に該マーガリンを使用して製パン試験を行ない、得られたパンについて実施例1同様に評価を行った。結果を表3に記載する。
【0046】
【表2】
【0047】
【表3】