(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、駆動装置の容器には、モータと共に、モータを冷却する潤滑油が収容される。駆動装置の容器内で、モータは、その全部あるいは一部が潤滑油中に浸漬され、または潤滑油がミスト状となる雰囲気中に置かれることで、冷却される。
【0008】
駆動装置の内部は稼働により高温、高圧環境となるため、容器に収容される潤滑油には、冷却性能と共に潤滑性や熱安定性などが要求されている。潤滑油には鉱物油と合成油とがあるが、合成油は鉱物油と比較して諸特性に優れていることから、近年、潤滑油として合成油が用いられるようになっている。合成油としては、例えば、エステル系合成油、もしくはこれを一部含む部分合成油などが用いられる。
【0009】
しかしながら、モータをエステル系合成油と共に収容すると、鉱物油と共に収容する場合と比較して、モータの絶縁特性が低下しやすいという問題があった。すなわち、モータのコイルを構成する絶縁電線においては、エステル系合成油に接触する場合、絶縁被膜がより加水分解され、劣化が早いという問題があった。このため、モータがエステル系合成油と共に収容される駆動装置では、寿命が短い傾向があった。
【0010】
この問題を解決するため、モータを収容する容器への水分の混入をさらに低減することも考えられるが、モータにおける絶縁電線の絶縁被膜は大気中の水分を吸湿しているため、駆動装置の容器中にモータを収容する際に、絶縁被膜に吸湿されている水分が容器中に混入することとなる。つまり、容器内への水分の混入を低減するには限度があり、絶縁被膜の加水分解による劣化を抑制することは困難となっている。
【0011】
本発明は、上記課題に鑑みて成されたものであり、その目的は、エステル系合成油に接触するような環境で用いられる場合に、絶縁被膜の劣化が抑制される絶縁電線、およびそれを用いたコイル、モータを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の第1の態様によれば、
エステル系合成油に接触する環境で用いられる絶縁電線であって、
導体と前記導体の外周上に形成される絶縁被膜とを備え、
前記絶縁被膜は、ポリアミドイミド、ポリエステルイミドおよびポリイミドから選ばれる少なくとも1種の樹脂成分と、アルカリ金属イオンまたはアルカリ土類金属イオンを含む無機微粒子とを含有する絶縁塗料から形成される絶縁電線が提供される。
【0013】
本発明の第2の態様によれば、
前記絶縁被膜は、前記樹脂成分100質量部に対して、前記アルカリ金属イオンまたはアルカリ土類金属イオンを0.003質量部以上0.018質量部以下含有する、第1の態様の絶縁電線が提供される。
【0014】
本発明の第3の態様によれば、
前記絶縁被膜は、前記樹脂成分100質量部に対して、前記無機微粒子を1質量部以上30質量部以下含有する、第1の態様又は第2の態様の絶縁電線が提供される。
【0015】
本発明の第4の態様によれば、
前記絶縁電線は、エステル系合成油に2000時間浸漬した後の絶縁破壊電圧の残率が60%以上である、第1〜第3の態様のいずれかの絶縁電線が提供される。
【0016】
本発明の第5の態様によれば、
第1〜第4の態様のいずれかの絶縁電線を巻線させて形成されるコイルが提供される。
【0017】
本発明の第6の態様によれば、
第5の態様のコイルを備えるモータが提供される。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、エステル系合成油に接触するような環境で用いられる場合に、絶縁被膜の劣化が抑制される絶縁電線、およびそれを用いたコイル、モータが得られる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
〈本発明者が得た知見〉
本発明の一実施形態の説明に先立ち、本発明者が得た知見について説明をする。
【0021】
上述したように、駆動装置において、モータは潤滑油と共に容器に収容されるが、容器に混入する水分により、モータの絶縁電線の絶縁被膜は加水分解されて劣化する。特に、潤滑油としてエステル系合成油を用いた場合、鉱物油と比較して、絶縁被膜の劣化が早く、駆動装置の寿命が短い。
【0022】
本発明者らは、上記課題を解決するため、絶縁電線がエステル系合成油に接触するような環境で用いられる場合に、例えば絶縁電線がモータのコイルとしてエステル系合成油に浸漬されて用いられる場合に、絶縁被膜の加水分解が促進されやすく、その劣化が早いことについて鋭意検討を行った。その結果、絶縁被膜の劣化は、水分による絶縁被膜の加水分解よりも、水分によるエステル系合成油の加水分解から発生する酸成分によるところが大きいことが分かった。
【0023】
上述の点について、以下、具体的に説明をする。
【0024】
エステル系合成油は、酸成分とアルコール成分とから合成されている。このエステル系合成油は、容器中に混入する水分により加水分解されて、酸成分を発生させる。酸成分の発生の際に水分が消費され、水分による絶縁被膜の直接的な劣化は減少する。しかし、発生する酸成分は、駆動装置の稼働により温度が高い(例えば150℃程度)容器内においては、水分よりも高い反応性を示し、絶縁被膜をより劣化させる。具体的には、絶縁被膜がポリエステルやポリエステルイミドなどからなる場合、酸成分は絶縁被膜に侵入し、ポリエステルなどのエステル結合を切断することによって絶縁被膜の劣化を生じさせる。また、絶縁被膜がポリアミドイミドなどからなる場合、酸成分がイミド結合などを切断することによって絶縁被膜の劣化を生じさせる。なお、モータのコイルには、ワニスとして例えば不飽和ポリエステルや無水酸硬化型エポキシなどが用いられるが、絶縁被膜と同様に酸成分により劣化される。また、モータのコイルには、相間絶縁紙として例えばポリエステル系フィルム(例えばPETやPENなど)が用いられるが、絶縁被膜と同様に酸成分により劣化される。
【0025】
発生する酸成分は、エステル系合成油によって異なる。エステル系合成油には、例えば有機酸エステル、リン酸エステル、ケイ酸エステルなどがあり、これらからは酸成分として有機酸、リン酸、ケイ酸がそれぞれ発生する。これらの酸成分の中でも、有機酸が、絶縁被膜を劣化させる反応性が高い傾向にある。有機酸には、モノカルボン酸や二塩基性のジカルボン酸(以下、二塩基酸ともいう)があり、有機酸の中でも二塩基酸、特に炭素数の少ない二塩基酸はより高い反応性を有し、絶縁被膜の劣化をより促進させる。このような二塩基酸としては、例えばアジピン酸、セバシン酸またはフタル酸などがある。
【0026】
一方、水分によるエステル系合成油の加水分解では、上記酸成分と共に、アルコール成分が発生する。アルコール成分は、エステル系合成油によって異なるが、例えばエチレングリコール、ネオペンチルグリコール 、ペンタエリスリトールなどが発生する。しかし、アルコール成分は、二塩基酸などの酸成分と比較して反応性が低いため、樹脂成分の劣化への影響は低い。
【0027】
以上のことから、本発明者らは、エステル系合成油に接触するような環境で用いられる絶縁電線には、エステル系合成油から発生する酸成分に対する耐性を向上させる必要があるものと考えた。そこで、絶縁被膜の酸成分に対する耐性を向上させる方法について鋭意検討を行った。検討の結果、絶縁被膜中に、無機微粒子としてアルカリ金属イオンまたはアルカリ土類金属イオンを含む無機微粒子を分散させることによって、エステル系合成油に接触するような環境においても絶縁被膜の劣化を抑制できることを見出した。すなわち、アルカリ金属イオンまたはアルカリ土類金属イオンによれば、エステル系合成油から生成する酸成分を捕捉することによって、酸成分の劣化作用を抑制できることを見出した。
【0028】
本発明は、これらの知見に基づき成されたものである。
【0029】
〈本発明の一実施形態〉
以下、本発明の一実施形態について
図1を参照しながら説明をする。
図1は、本発明の一実施形態に係る絶縁電線の断面図を示す。
【0030】
(1)絶縁電線
本発明の一実施形態に係る絶縁電線1は、例えば、エステル系合成油に接触する環境で使用されるコイルの形成に用いられる。本実施形態の絶縁電線1は、上述したように、エステル系合成油から発生する酸成分による絶縁被膜11の劣化を抑制するため、導体10の外周上に、ポリアミドイミド、ポリエステルイミドおよびポリイミドから選ばれる少なくとも1種の樹脂成分と、アルカリ金属イオンまたはアルカリ土類金属イオンを含む無機微粒子とを含有する絶縁塗料から形成されている絶縁被膜11を備えている。
すなわち、本実施形態の絶縁電線1は、エステル系合成油に接触する環境で用いられるものであって、導体10の外周上に、アルカリ金属イオンまたはアルカリ土類金属イオンを含む無機微粒子が分散している絶縁被膜11を備えている。
【0031】
導体10としては、低酸素銅や無酸素銅等からなる銅線、銅合金線の他、アルミ、銀またはニッケル等の他の金属線などが用いられる。
図1において、導体10は丸形状の断面を有する場合を示すが、本発明はこれに限定されず、例えば矩形状とすることもできる。また、導体10としては、複数の導線を撚り合わせた撚り線を用いることもできる。また、導体10の導体径は特に限定されず、用途に応じて最適な数値が適宜選択される。
【0032】
絶縁被膜11は、導体10の外周上に所定の絶縁塗料を塗布、焼き付けすることで形成されている。
【0033】
絶縁塗料は、ポリアミドイミド、ポリエステルイミドおよびポリイミドから選ばれる少なくとも1種の樹脂成分と、アルカリ金属イオンまたはアルカリ土類金属イオンを含む無機微粒子とを含有している。具体的には、絶縁塗料は、ポリアミドイミド等の成分が溶媒に溶解された樹脂成分(樹脂塗料)中に、所定のイオンを含む無機微粒子が添加されて分散している。この絶縁塗料は、焼付により加熱されることで硬化して絶縁被膜11となる。この絶縁塗料から形成された絶縁被膜11は、ポリアミドイミド、ポリエステルイミドおよびポリイミドから選ばれる少なくとも1種の樹脂からなり、その内部に無機微粒子が分散している。
【0034】
無機微粒子は、アルカリ金属イオンとして例えばナトリウムイオン(Naイオン)やカリウムイオン(Kイオン)を、またはアルカリ土類金属イオンとして例えばマグネシウムイオン(Mgイオン)やカルシウムイオン(Caイオン)を含んでいる。ここで、無機微粒子がアルカリ金属イオンを含むとは、アルカリ金属イオンが無機微粒子の内部に存在し、内在していることを示す。アルカリ金属イオンやアルカリ土類金属イオンは、導電性を示すものと考えられており、無機微粒子の内部に存在することによって導電性の働きが抑制されて、絶縁被膜11の絶縁特性の低下が抑制される。
【0035】
アルカリ金属イオンまたはアルカリ土類金属イオンは、エステル系合成油から発生して絶縁被膜11を劣化させようとする酸成分(例えば、二塩基酸)と反応し、塩を形成する。塩の形成によって、酸成分は、絶縁被膜11における樹脂成分の結合を切断して劣化させる反応性が失われる。すなわち、塩の形成によって、酸成分による絶縁被膜11の劣化が抑制されることになる。このように、アルカリ金属イオンまたはアルカリ土類金属イオンは、酸成分と反応して塩を形成することによって酸成分を捕捉して不活性化させ、絶縁被膜11の劣化を抑制する。
【0036】
本実施形態の絶縁電線1において、絶縁被膜11は、ポリアミドイミド、ポリエステルイミドおよびポリイミドから選ばれる少なくとも1種の樹脂成分から構成されており、絶縁特性や機械的特性に優れている。ただし、これらの樹脂は、分子中にエステル結合やイミド結合を有しているため、エステル系合成油から発生する酸成分によって劣化されやすい。この点、本実施形態では、絶縁被膜11には、アルカリ金属イオンまたはアルカリ土類金属イオンを含む無機微粒子が分散されている。上述したように、アルカリ金属イオンまたはアルカリ土類金属イオンは、酸成分と反応して塩を形成することで酸成分を不活性化し、酸成分による絶縁被膜11の劣化を抑制することができる。具体的には、絶縁電線1は、絶縁被膜11の酸成分による劣化が抑制されており、エステル系合成油に所定時間浸漬した後の絶縁破壊電圧の残率(後述する実施例を参照)が、好ましくは1000時間の浸漬後において60%以上、より好ましくは2000時間の浸漬後において70%以上となる。また、絶縁電線1は、酸成分による絶縁被膜11の劣化が抑制されているため、エステル系合成油に長時間浸漬された場合であっても、絶縁被膜11におけるクラックの発生が抑制される。
【0037】
無機微粒子としては、アルカリ金属イオンあるいはアルカリ土類金属イオンを含有するものであれば特に限定されず、例えばモンモリロナイト、スメクタイト、マイカなどのベントナイト粘土鉱物、シリカ、アルミナ、ジルコニア、チタニア、イットリア、炭酸カルシウム等の無機粒子などが挙げられる。これらの無機微粒子は、人工的に合成されたものでもよいが、鉱物系物質から生成されていることが好ましい。鉱物系物質は元々アルカリ金属イオンあるいはアルカリ土類金属イオンを含んでおり、鉱物系物質から生成される無機微粒子には、鉱物系物質に由来するアルカリ金属イオンまたはアルカリ土類金属イオンが含まれることになる。つまり、鉱物系物質から無機微粒子を生成する場合、製造条件によってアルカリ金属イオン等の含有量を適宜変更することができる。
【0038】
無機微粒子は、絶縁塗料にそのまま添加されて分散されてもよいが、絶縁塗料への分散性を向上させるため、無機微粒子を有機溶媒に分散させたオルガノゾルとすることが好ましい。絶縁塗料にオルガノゾルを添加することによって、絶縁塗料への無機微粒子の分散性を向上させ、絶縁塗料から形成される絶縁被膜11への無機微粒子の分散性を向上させることができる。これにより、絶縁被膜11の絶縁欠陥を抑制することができる。しかも、絶縁被膜11の柔軟性や強靭性などの機械的特性を向上させることができる。
【0039】
無機微粒子を含むオルガノゾルとしては、特に限定されないが、シリカゾルが好ましく、鉱物系物質であるケイ酸ナトリウムから生成されるシリカゾルがより好ましい。このシリカゾルは、例えばケイ酸ナトリウムを陽イオン交換し、アルカリ性触媒下で加熱することにより得られる。得られるシリカゾルは、アルカリ金属イオンとしてNaイオンを所定量含有しており、絶縁被膜11の劣化をより抑制することができる。
【0040】
無機微粒子に含まれるアルカリ金属イオンとアルカリ土類金属イオンは、導電性を示すものと考えられるため、絶縁被膜11の絶縁特性と、その劣化の抑制とを両立する場合、上記金属イオンの含有量が少ないことが好ましい。具体的には、絶縁被膜11は、構成する樹脂成分100質量部に対して、アルカリ金属イオンまたはアルカリ土類金属イオンを0.003質量部以上0.018質量部以下含有することが好ましい。これにより、絶縁被膜11の絶縁特性を高く維持すると共に、酸成分による劣化を抑制することができる。また、絶縁被膜11におけるクラックの発生をさらに抑制することができる。
【0041】
無機微粒子の含有量は、特に限定されないが、分散性の観点から少ないことが好ましい。具体的には、絶縁被膜11は、構成する樹脂成分100質量部に対して、無機微粒子を1質量部以上30質量部以下含有することが好ましい。なお、無機微粒子の含有量は、アルカリ金属イオンまたはアルカリ土類金属イオンの含有量が上記範囲となるように調整することが好ましい。
【0042】
無機微粒子の平均粒子径としては、特に限定されないが、10nm以上50nm以下であることが好ましい。
【0043】
絶縁被膜11の厚さは、特に限定されず、用途に応じて最適な数値が適宜選択される。絶縁被膜11の厚さは、酸成分による絶縁被膜11の劣化を抑制する観点からは、少なくとも5μm以上であることが好ましい。また、
図1に示すように、導体10の外周上に、所定の無機微粒子を含む絶縁被膜11のみが形成される場合、絶縁被膜11の厚さは、所定の絶縁特性を得る観点から、10μm以上100μm以下であることが好ましい。
【0044】
(2)コイルおよびモータ
本発明の一実施形態に係るモータは、上記絶縁電線が巻線されて形成されたコイルを備えている。モータはエステル系合成油と共に容器に収容され、駆動装置に内蔵されることになる。本実施形態のモータにおいて、コイルを構成する絶縁電線は、エステル系合成油から発生する酸成分に対する耐性に優れており、酸成分による劣化が抑制される。したがって、モータは、駆動時間の経過による絶縁特性の低下が低く、寿命が長い。
【0045】
〈本実施形態に係る効果〉
本実施形態によれば、以下に示す1つまたは複数の効果を奏する。
【0046】
本実施形態の絶縁電線によれば、絶縁被膜は、ポリアミドイミド、ポリエステルイミドおよびポリイミドから選ばれる少なくとも1種から構成されており、アルカリ金属イオンまたはアルカリ土類金属イオンを含む無機微粒子を含有している。これにより、絶縁被膜は、エステル系合成油の加水分解から発生する酸成分による劣化が抑制される。つまり、絶縁被膜は、絶縁特性の低下が抑制されており、エステル系合成油に2000時間浸漬した後の絶縁破壊電圧の残率が60%以上となる。また、絶縁被膜は、クラックの発生が抑制される。
【0047】
また、本実施形態の絶縁電線によれば、絶縁被膜は、樹脂成分100質量部に対して、アルカリ金属イオンまたはアルカリ土類金属イオンを0.003質量部以上0.018質量部以下含有する。これにより、絶縁被膜は、優れた絶縁特性を有すると共に、酸成分による劣化がさらに抑制される。
【0048】
また、本実施形態の絶縁電線によれば、絶縁被膜は、樹脂成分100質量部に対して、無機微粒子を1質量部以上30質量部以下含有する。これにより、絶縁被膜は、無機微粒子の分散性に優れており、酸成分による劣化がさらに抑制される。
【0049】
また、本実施形態のモータによれば、上述の絶縁電線から形成されるコイルを備えており、エステル系合成油への耐性に優れている。これにより、モータは、駆動時間の経過による絶縁特性の低下が低く、寿命が長い。
【0050】
〈本発明の他の実施形態〉
以上、本発明の一実施形態について具体的に説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。
【0051】
上述の実施形態では、所定の無機微粒子を含む絶縁被膜が導体の外周上に直接形成されている絶縁電線について説明したが、本発明はこれに限定されない。本発明では、絶縁被膜を2層以上積層させた構造とすることもできる。例えば、所定の無機微粒子を含む絶縁被膜を第1の絶縁被膜11、汎用的な絶縁被膜を第2の絶縁被膜20としたとき、
図2に示すように、導体10の外周上に、第1の絶縁被膜11および第2の絶縁被膜20を順に積層させてもよい。なお、第2の絶縁被膜20を構成する樹脂としては、例えばポリアミドイミド、ポリエステルイミド、ポリイミドなどの汎用的な樹脂を用いることができる。
【0052】
また、
図3に示すように、導体10と第1の絶縁被膜11との間に第2の絶縁被膜20を介在させてもよい。また、
図4に示すように、
図3に示す積層構造上に、汎用的な絶縁被膜である第3の絶縁被膜20´をさらに設けてもよい。なお、
図3および
図4では、所定の無機微粒子を含む第1の絶縁被膜11は絶縁電線1の最表面に位置していないが、上述の実施形態と同様の効果を得ることができる。すなわち、無機微粒子に含まれるアルカリ金属イオンまたはアルカリ土類金属イオンは、第1の絶縁被膜11から第2の絶縁被膜20または第3の絶縁被膜20´中に拡散することで、酸成分を捕捉し、不活性化させることができる。
【0053】
また、
図5に示すように、
図4に示す積層構造上に、滑剤を含む自己潤滑被膜30をさらに設けてもよい。自己潤滑被膜30によれば、絶縁電線1の表面に潤滑性を付与し、絶縁電線1を巻線してコイルを形成する際の加工ストレスを緩和することができる。自己潤滑被膜30は、例えば、滑剤と、ポリイミド、ポリエステルイミド、ポリアミドイミド等のエナメル塗料とを含有する潤滑性塗料により形成される。滑剤としては、特に限定されず、例えばポリオレフィンワックス、脂肪酸アマイド、脂肪酸エステルなどを用いることができる。
【0054】
また、
図6に示すように、導体10の外周上に、密着層40を介して、第1の絶縁被膜11および自己潤滑被膜30を順に積層させてもよい。密着層40によれば、導体10と第1の絶縁被膜11との密着性を向上させることができる。
【実施例】
【0055】
次に、本発明の実施例を説明する。本実施例では、所定の無機微粒子を含む絶縁被膜を備える絶縁電線を製造した後、得られた絶縁電線をエステル系合成油に浸漬させ、浸漬時間の経過による絶縁被膜の劣化を評価した。
【0056】
(1)絶縁電線の製造
実施例1では、樹脂塗料としてのポリアミドイミドエナメル線用塗料(AIW用塗料)に、その樹脂成分100質量部に対してアルカリ金属イオン(Naイオン)の含有量が0.003質量部となるように、無機微粒子を含むオルガノゾルとしてのオルガノシリカゾルを5質量部添加して分散させ、絶縁塗料Aを調製した。
塗布装置にて、絶縁塗料Aを導体としての銅線の外周上に塗布し、焼付炉にて焼付することによって、被膜厚さ25μmの第1の絶縁被膜を形成した。形成された第1の絶縁被膜の外周上に、樹脂塗料としてのAIW用塗料を塗布し、焼付することによって、被覆厚さ5μmの第2の絶縁被膜を形成し、2層構造(被覆厚さ30μm)の絶縁被膜を備える実施例1の絶縁電線(エナメル線)を製造した。
なお、ポリアミドイミドエナメル線用塗料(AIW用塗料)としては、日立化成株式会社製の「HI−406」を用いた。また、オルガノシリカゾルとしては、シクロヘキサノン分散媒に平均粒子径232nmのシリカを分散させたものを用いた。また、導体としては、外径0.8mmの銅線を用いた。
【0057】
実施例2では、樹脂塗料の樹脂成分100質量部に対して、Naイオンの含有量が0.018質量部となるように、オルガノシリカゾルの添加量を30質量部に変更した以外は、実施例1と同様にして、絶縁塗料Bを調製した。そして、銅線の外周上に、絶縁塗料Bからなる第1の絶縁被膜(厚さ25μm)、およびAIW用塗料からなる第2の絶縁被膜(厚さ5μm)をこの順に形成し、実施例2の絶縁電線を製造した。
【0058】
実施例3では、無機微粒子として炭酸カルシウム(CaCO
3)を用いて、Caイオンの含有量が0.018質量部となるように、CaCO
3を30質量部添加した以外は、実施例2と同様にして、絶縁塗料Cを調製した。そして、銅線の外周上に、絶縁塗料Cからなる第1の絶縁被膜(厚さ25μm)、およびAIW用塗料からなる第2の絶縁被膜(厚さ5μm)をこの順に形成し、実施例3の絶縁電線を製造した。
【0059】
実施例4では、Naイオンの含有量が0.030質量部となるように、オルガノシリカゾルの添加量を50質量部に変更した以外は、実施例1と同様にして、絶縁塗料Dを調製した。そして、銅線の外周上に、絶縁塗料Dからなる第1の絶縁被膜(厚さ25μm)、およびAIW用塗料からなる第2の絶縁被膜(厚さ5μm)をこの順に形成し、実施例4の絶縁電線を製造した。
【0060】
比較例1では、所定の無機微粒子を用いずに絶縁被膜を形成し、絶縁電線を製造した。具体的には、銅線の外周上にAIW用塗料を塗布し、焼付することによって、被覆厚さ30μmの絶縁被膜を備える比較例1の絶縁電線を製造した。
【0061】
(2)評価方法
上記で製造された実施例1〜4および比較例1の絶縁電線を、アクリル酸(酸成分)とエチレングリコール(アルコール成分)とからなるエステル系合成油に浸漬させて、浸漬時間の経過による絶縁被膜の劣化を評価した。具体的には、まず、上記で製造された絶縁電線を、導体の外径の3倍の直径を持つ巻き付け棒に10ターン巻き付けて、試料(サンプル)を作製した。このサンプルを密閉容器中のエステル系合成油に浸漬させ、155℃まで加温した。サンプルを所定の時間浸漬させた後、容器を常温(23℃)に冷やし、サンプルを取り出した。本実施例では、浸漬時間を0h、336h、504h、1008h、1512h、2016hとして、各浸漬時間について3つのサンプルを採取した。得られたサンプルについて、以下の方法により評価した。
【0062】
所定時間浸漬させたサンプルについて、絶縁被膜の劣化を確認するため、絶縁破壊電圧試験を実施した。具体的には、各浸漬時間における絶縁電線の絶縁破壊電圧を測定した。そして、浸漬前(0h)の絶縁電線の絶縁破壊電圧を100%として、各浸漬時間後の絶縁電線の絶縁破壊電圧の比率、つまり絶縁破壊電圧の残率(%)を算出した。なお、本実施例では、各浸漬時間における3つのサンプルの平均により絶縁破壊電圧の残率(%)を算出した。
【0063】
(3)評価結果
評価結果を以下の表1に示す。
【0064】
【表1】
【0065】
実施例1〜4では、表1に示すように、浸漬時間1000時間後であっても、絶縁破壊電圧の残率が60%以上であることが確認された。それぞれの実施例の浸漬時間の経過による絶縁破壊電圧の残率の推移を
図7に示す。
図7は、浸漬時間と絶縁破壊電圧の残率との相関を示す図である。
図7において、横軸は、浸漬時間(hour)を示し、縦軸は、絶縁破壊電圧の残率(%)を示す。
図7において、四角のプロットは実施例1を、三角のプロットは実施例2を、丸のプロットは実施例3を、×のプロットは実施例4を、菱形のプロットは比較例1をそれぞれ示す。
図7によれば、実施例1〜4では、浸漬時間の経過と共に絶縁破壊電圧が低下するものの、その低下が抑制されていることが確認された。つまり、エステル系合成油から発生する酸成分による絶縁被膜の劣化が抑制されていることが確認された。これは、オルガノシリカゾルに含まれるNaイオンや炭酸カルシウムに含まれるCaイオンにより、酸成分が捕捉されたためと考えられる。
【0066】
特に、実施例1および実施例2では、Naイオンの含有量を0.003質量部〜0.018質量部としており、酸成分を好適に捕捉することができたため、絶縁被膜の劣化がより抑制され、2000時間浸漬後の絶縁破壊電圧の残率が70%以上であることが確認された。
【0067】
一方、比較例1では、
図7に示すように、浸漬時間の経過と共に絶縁破壊電圧が低下し、504時間浸漬させた後では絶縁破壊電圧が急激に低下することが確認された。そして、2000時間浸漬させた後の絶縁破壊電圧の残率が2〜3%となっていることが確認された。これは、絶縁被膜に、Naイオンを含むオルガノシリカゾルが添加されておらず、エステル系合成油から発生する酸成分により劣化が促進されたためと考えられる。