【実施例1】
【0014】
本実施例では、工作機械で使用する工具の境界摩耗を抑制して、工具寿命を延ばす加工条件を予測する
図1に示す加工条件予測装置10を説明する。
加工条件予測装置10は、入力部20と、出力部30と、演算部40と、記憶部50と、通信部60とを備える。通信部60は、ネットワーク90を介して、例えば工作機械70、NC制御装置71、3次元CAD80、3次元CAM81等と接続する。
【0015】
演算部40は、解析対象の工作機械に取り付けられる工具と、被削材のモデルデータ、および加工条件の初期値・設定範囲をユーザが定義するためのユーザインタフェースを提供する解析モデルデータ定義部41と、加工条件予測処理を実行する場合の各加工条件の設定値である解析パラメータをユーザが定義することを受付ける解析パラメータ設定部42と、工具と被削材との接点、接触長さなどを幾何学計算に基づいて算出する工具/被削材接触幾何学計算部43と、工具刃先と被削材の境界が移動していると認められる領域の長さが最大接触長さに対する割合である境界移動率(後述)、工具刃先が被削材と接触する幅の割合を示す接触率(後述)を計算する接触状態計算部44と、各解析パラメータにおいて加工条件予測処理を実行して、境界移動率が最大となる解析パラメータ、または接触率が最大となる解析パラメータを探索する加工条件探索部45と、前記探索された解析パラメータ、およびユーザの指定に従って加工条件予測処理結果を出力する予測結果出力部46とを備える。
【0016】
記憶部50は、演算部へロードして各処理を実行する解析プログラム、および各プログラムに設定する初期データを記憶する記憶領域51と、解析対象である解析モデルデータを記憶する記憶領域52と、各解析パラメータにおいて、工具/被削材接触幾何学計算、接触状態計算を行った結果を、解析結果データテーブルに記憶する記憶領域53と、前記加工条件探索処理により境界摩耗が抑制可能な加工条件を探索した結果を記憶する加工条件予測結果記憶領域54とを備える。
【0017】
解析モデルデータ定義部41で定義する解析モデルの例を説明する。
図3には、ターンテーブル(図示せず)上に載置された被削材4を回転する工具1により旋削加工をする5軸加工機械において、被削材4と工具1の関係を定義する解析モデルの例を示している。
【0018】
円筒状の被削材4を丸駒形状の刃先2が取り付けられた工具1を工具傾斜角Bだけ傾け、かつ被削材4の鉛直方向中心軸と工具1の中心軸との水平方向のずれ量であるオフセット量Eだけずれた位置に工具1を設定して、軸切込み量Ap、径切込み量Aeにて被削材4および工具1を回転させながら送り方向Fに沿って、被削材4の外周を転削加工する加工形態の解析モデルである。
【0019】
一般的に、前記発明が解決しようとする課題の欄で挙げた
図2(b)に示す境界摩耗5は、工具1と被削材4の境界部3が、常に一定の位置にある場合に大きく進行する。このため、例えば
図3に示す5軸加工機械で旋削加工をする解析モデルのように、複数の移動自由度を有する加工機を用いた円筒曲面の切削加工では、前記境界摩耗5を抑制する手段の一つとして、工具1と被削材4の前記境界部3が常に移動するような加工条件、即ち工具傾斜角B、オフセット量E、軸切込み量Ap、径切込み量Aeから幾何学的な計算により算出される工具1と被削材4の接触状態に基づき、境界部3の移動状態を評価すればよい。
【0020】
本実施例の加工条件予測装置10では、ユーザが解析モデルデータ定義部41が提供するユーザインタフェースを介して、解析モデルを指示する。この指示に従って、例えば3次元CAD80から素材CADデータが入力され、3次元CAM81から工具データが入力される。入力されたデータに基づき、ユーザが工具および被削材形状ならびに加工パラメータを定義して解析モデルを定義する。また、ユーザは解析パラメータ設定部42により各加工パラメータをどのような値に設定、または離散的に変化させるかを解析パラメータとして設定する。その後、工具/被削材接触幾何学計算部43が工具の刃先2と被削材4との接触領域を幾何学的に計算し、接触状態計算部44、および加工条件探索部45が前記幾何学計算結果から工具1と被削材4の境界部3が最も移動し、または工具1と被削材4とが接触する幅が最大となる加工条件を算出することで、境界摩耗が抑制可能な加工条件を予測可能である。
【0021】
以下、本実施形態の具体的な解析方法について、
図4に示す本発明の解析フローチャートを用いて説明する。
【0022】
ステップS101では、解析モデルデータ定義部41が提供するユーザインタフェース(図示せず)を介して、ユーザがどの工作機械において、どの工具を使用して、如何なる素材の加工を解析するのか指示を入力する。該当する素材CADデータ、工具の仕様を表わす工具データを、例えば3次元CAD80、3次元CAM81より、必要に応じて読み出して入力する。または、事前にデータテーブルを登録しておいて、そこから選択することでもよい。
本実施形態では、
図3に示す解析モデル例、および更に詳細に
図5に示す解析モデルの通り、工具半径Rt、工具刃先の半径Ri、被削材(仕上げ)半径Rw、などを定義する。
【0023】
ステップS102では、ユーザは続いて解析モデルデータ定義部41が提供するユーザインタフェース(図示せず)に対して、被削材4の回転中心軸に対して工具の傾きを表す工具傾斜角Bの範囲(B0〜Bm)、被削材4の中心軸から工具1の中心軸への水平面上のずれ量を表すオフセット量Eの範囲(E0〜El)、工具軸方向に工具が被削材に切り込む量を表す切込み量Apの範囲(Ap0〜Apk)、工具軸と直行方向に工具1が被削材4に切り込む量を表す径切込み量Aeで表される加工条件パラメータを入力する。なお、前記B,E,ApおよびAeは、それぞれ独立したパラメータである。以上、定義・入力された解析モデルデータは、解析モデルデータ記憶領域52に記憶される。
【0024】
ステップS103では、解析パラメータ設定部42が提供するユーザインタフェース(図示せず)を介して、ユーザが、各加工条件パラメータを具体的に如何なる値に設定して、またステップS102において設定した加工条件パラメータの値の範囲内で、如何なる幅の離散値(変化量)を設定して解析を行うかを指定・入力する。例えば、ある加工条件パラメータの値の範囲内では、値の範囲をn等分した離散値(変化量)を解析パラメータとして設定し、また他の加工条件パラメータの値の範囲内では、過去の経験より全ての値の範囲内を調べる必要が無ければ、範囲内の一部の領域を細かな離散値(変化量)を設定することでも良い。または、特定の指定値1つに決めてもよい。
ユーザが指定・入力した各加工条件パラメータの具体的な設定値を解析パラメータと呼び、解析モデルデータ記憶領域52に記憶する。以後のステップS104〜S107の各処理は、解析パラメータの全ての値の組合せに対して実行される。
【0025】
ステップS104では、工具/被削材接触幾何学計算部43が、解析パラメータの1つの組合せにより決まる加工条件において、すなわち工具傾斜角B、オフセット量E、切込み量Ap、径切込み量Ae(本実施例では1つの固定値を設定)に1組の解析パラメータを入力し、
図5の工具中心の原点Oに対して、工具1と被削材4が接触する座標G(p、q)、および被削材4の中心座標P(c、d)を算出するとともに、
図5の刃先2を拡大した
図6において、N個に分割された刃先稜6上の点iごとに、工具1が一回転する間に前記刃先稜6上の点iと被削材4とが接触する接触長さLci、および点iの位置を角度で表したγiを計算する。
【0026】
ここで被削材4と工具1が接する接点G(p、q)および被削材4の中心座標P(c、d)の算出方法について説明する。
図7は被削材4の半径Rwの円と、工具の最外周断面位置8をz軸方向から見たときの楕円9とが接触するときの幾何学モデル図である。ここで、被削材4の円と楕円9は、工具中心の原点Oに定めた座標系x’−y’−z’に対してそれぞれ次の式で表される。
(数1) (x’−c’)
2+(y’−d’)
2=Rw
2 :(円)
(数2) x’
2/ax
2+y’
2/by
2=1 :(楕円)
ただし、ax、byは楕円9の長手方向および短尺方向の半径をそれぞれ意味しており、以下の式で決定する。
(数3) ax=Ri+(Rt−Ri)・cos(B)
(数4) by=Rt
計算では、まず、楕円9に沿って仮の座標q’を数2に入力し、座標p’を算出し、仮の接点G’を求める。ここで、前記仮の接点G’を通り、かつ楕円9に接する接線11が以下の式で定義される。
(数5) (p’/ax
2)x’+(q’/by
2)y’=1
一方、接線11と直交する単位ベクトルC(g,h)を用いて、接線11を別の表現として、
(数6) m=g・x’+h・y’
とすると、単位ベクトルC(g、h)は、
(数7) g=(p’/ax
2)・m
(数8) h=(q’/by
2)・m
(数9) m=√(g・ax)
2+(h・by)
2
で表される。
【0027】
上記数式(7)〜(8)より、(g、h)を用いて被削材4の円の中心座標P’(c’,d’)は以下の式で表される。
(数10) c’=Rw・g+(g・ax
2/m)
(数11) d’=Rw・h+(h・by
2/m)
上記計算をq’=0〜Rtの間で繰り返し、d’が前記設定したオフセット量Eと等しくなる被削材4の中心座標P’および接点G’を数値計算にて求め、計算後にP’,G’を元の座標系P,Gに変換し、被削材4の中心座標Pと接点Gとを算出する。
【0028】
そして、接触長さLciの計算方法について詳細を説明する。
図5の工具刃先2を拡大した
図6において、高さdzでN個に分割された工具1の刃先稜6上の点iが一回転する間に、点iが被削材4と接触する角度φiと、点iにおける工具中心軸からの半径Rtiを求め、前記φiと前記Rtiを用いて、工具が一回転する間に被削材4と接触する長さである刃先接触長さLciを、各点iごとに数12を用いて算出する。
(数12) Lci=Rti×φi
ステップS105では、接触状態計算部44が、前記接触長さLciの前記点iの位置γiに対する分布をプロットし、
図6の境界部3が工具の回転に従い、どのように刃先稜6上を移動するか、境界移動率Lrおよび接触率γrを計算し評価し、前記境界移動率Lrおよび接触率γrを、前記B,E,Apごとに
図9に示す記憶部50の解析結果データ記憶領域53に記録する。
【0029】
接触状態計算部44の処理について詳細を説明する。
図8に示すように、前記ステップS104で算出された刃先2の刃先稜6上の点iにおける接触長さLciと点iの位置γiを用いて、計算機上で横軸にγi、縦軸にLciをとり、各点iごとLciとγiをプロットしていき、刃先稜6と被削材4とが接触する分布波形200を作成する。同図において、γiが変化するに従い接触長さLciが緩やかに変化する領域201では、工具1が回転するとともに被削材4との境界部3が緩やかに移動する領域であり境界摩耗が小さくなる領域である。逆に、点iの位置γiが同一位置において接触長さLciが異なるプロット点が複数に及ぶ領域202は同じ刃先稜の位置が常に境界部3の領域であるため、境界摩耗が大きくなる領域を表している。また、Ltは工具が一回転する間に最も接触長さが長い点iにおける最大接触長さ、Lbは前記領域201における最大長さを表す境界部移動長さ、γbは工具1が被削材4と接触する最大接触角をそれぞれ表している。ここで、工具刃先と被削材の境界部3は同図の波形200の線上を移動し、前記領域201と202を通過することから、接触状態計算部44で作成される同図の波形を用いて、工具と被削材との境界部3の移動状態を評価することができる。
【0030】
具体的には、接触状態計算部44において、前記Lt、Lbを用いて、境界が移動する領域201の長さである前記境界部移動長さLbが、前記最大接触長さLtに対してどの程度の割合かを評価するための境界移動率Lrと、前記γbを用いて、工具刃先が被削材と接触する幅の割合を示す接触率γrを、数13、および数14を用いてそれぞれ計算する。
(数13) Lr=Lb/Lt
(数14) γr=γb/180゜
Lr、γrはともに無次元量であり、被削材半径Rwや工具半径Rtが異なる加工条件でも同様な評価尺度にて評価できる。また、Lrおよびγrが大きい値であるほど、境界が移動している、もしくは接触幅が広いことを意味し、工具摩耗抑制に繋がる。
【0031】
なお、前記Lrを数13で定義したが、境界移動を表すほかの表現方法として、例えば
図8の分布波形200を用いて、接触している総面積St(分布波形200と接触長さLc=0の座標軸とで囲まれる領域の面積)と境界移動部のみの面積Sbを用いて数15にて評価しても良い。
(数15) Lr=Sb/St
また、γrは分母を180゜としているが、基準となる角度は角度の単位であればどのような値でも良いが、丸駒工具の場合、工具の半分以上が被削材と接触することは殆どないため、本実施例では一例として180゜を用いている。また、γrは角度だけではなく、例えば、
図8に示す刃先2と被削材4とが接触する接触弧長Larcに対する工具半周分の長さLmを用いて、数16のように長さに対して無次元化した評価指標を用いても良い。
(数16) γr=Larc/Lm
ステップS105における計算結果は、記憶部50の解析結果データ記憶領域53に記憶する。
図9に解析結果データ記憶領域53の例を示す。本実施例では、工具傾斜角B、オフセット量E、切込み量Apの加工条件を変化させて解析パラメータを構成しているので、1組の解析パラメータ(B,E,Ap)に対応させて、境界移動率Lr、接触率γrの計算結果を格納し、さらにステップS104において計算したN個に分割された刃先稜6上の点iごとに、点iの位置を角度で表したγi、および工具1が一回転する間の接触長さLciのプロット座標値を全て記憶する。
【0032】
ステップS106では、解析パラメータを、一度も選択していない新たな組合せの1つが存在すれば選択して、解析パラメータを更新する。
【0033】
ステップS107では、解析パラメータの新たな組合せが存在すれば、処理をステップS104へ移して、繰り返す。もし、新たな組合せが無くなり全ての解析パラメータの解析処理が終了した場合は、処理をステップS108へ移す。
【0034】
ステップS108では、記憶部50の解析結果データ記憶領域53に記録された各解析パラメータごとの前記境界移動率Lr、接触率γrを読み出して、計算機上にγr(横軸)に対するLr(縦軸)をプロットする。そして、前記Lr若しくはγrが最大となる加工条件(解析パラメータ)を探索する。
【0035】
図10は、
図5の本実施形態の解析モデルにおいて、例えば工具半径Rt=31.5mm、丸駒刃先径Ri=6mm、被削材径Rw=300mm、径切込み量Ae=15mm、軸切込み量Ap=1mmで固定し、工具傾斜角B=5,30,45,60,75゜の解析パラメータとして設定して、工具/被削材接触幾何学計算部43、および接触状態計算部44にて最大接触長さLt、境界部移動長さLb、接触角γbを算出・評価した結果である。この結果から、境界移動率Lrおよび接触率γrを、各解析パラメータ(加工条件)ごとにプロットした本実施例を
図11に示す。本実施例ではB=75゜において境界移動率Lrが最大であり、B=5゜において接触率γrが最大となるため、工具摩耗が小さくなる加工条件はB=5゜若しくはB=75゜と予測される。
【0036】
実際に、Ni基合金を
図3の本実施例の加工形態にて加工試験を実施し、測定した境界摩耗量VBをそれぞれ表すと、(B=5゜,VB=0.74mm)、(B=30゜,VB=2.4mm)、(B=45゜,VB=4.7mm)、(B=60゜,VB=2.8mm)、(B=75゜,VB=1.2mm)となった。この結果は、本発明により予測した通り、B=5゜、若しくはB=75゜にて境界摩耗量が小さくなり、境界摩耗が最も大きいB=45゜の加工条件に対して、半分以下に工具摩耗量を抑制することができ、長寿命な加工条件を算出できることが分かった。
【0037】
ステップS109では、前ステップS108で算出した前記境界移動率Lr、若しくは前記接触率γrが最大となる加工条件(解析パラメータ)を工具摩耗量を抑制することができる加工条件予測結果として、加工条件予測結果記憶領域54に記憶し、出力部30に出力して表示する。
出力部30には、
図11に示す接触率γrと境界移動率Lrの分布図、および前記Lr若しくはγrが最大となる工具傾斜角Bopt、オフセット量Eopt、切込み量Apoptを表示する。また、ユーザの表示指定により、
図10に示すような各解析パラメータに対応した横軸に点iの位置γi、縦軸に接触長さLciをとり、各点iごとのLciとγiをプロットした図を、解析結果データ記憶領域53の(刃先位置、接触長さ)欄53gよりデータを読み出して作図することもできる。
【0038】
加工条件予測結果記憶領域54に記憶された加工条件データは、その後、機械加工を実施する場合、またはNCプログラムを作成する場合に、工作機械70、NC制御装置71、3次元CAM81へダウンロードされて使用される。
以上が加工条件予測装置10において実行される解析処理全体の流れである。
【0039】
前記解析および実験結果から、本発明の加工条件予測装置10を用いることで、5軸加工機械による曲面加工において、工具寿命の絶対値を計算するための基礎データベースを取得することなく、工具、被削材形状や加工条件から、境界移動率と接触率を評価することで容易に工具摩耗を低減し、長寿命な加工条件を予測することができる。
【0040】
本実施例の加工条件予測装置10の各機能は、
図1に示すように単独の装置上に構成する場合だけではなく、例えば3次元CAM81、工作機械70又はNC制御装置71内において実現する構成も考えられる。