(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6011816
(24)【登録日】2016年9月30日
(45)【発行日】2016年10月19日
(54)【発明の名称】温度履歴判定用インジケータおよび温度履歴判定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/78 20060101AFI20161006BHJP
G01N 31/22 20060101ALI20161006BHJP
G01N 33/02 20060101ALI20161006BHJP
G01K 11/12 20060101ALI20161006BHJP
G01K 11/16 20060101ALI20161006BHJP
C09K 3/00 20060101ALN20161006BHJP
A23B 7/00 20060101ALN20161006BHJP
A23B 4/00 20060101ALN20161006BHJP
【FI】
G01N21/78 Z
G01N31/22 122
G01N33/02
G01K11/12 A
G01K11/16
!C09K3/00 Y
!A23B7/00
!A23B4/00 Z
【請求項の数】13
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2013-538610(P2013-538610)
(86)(22)【出願日】2012年10月12日
(86)【国際出願番号】JP2012077022
(87)【国際公開番号】WO2013054952
(87)【国際公開日】20130418
【審査請求日】2015年10月9日
(31)【優先権主張番号】特願2011-225511(P2011-225511)
(32)【優先日】2011年10月13日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成24年8月24日に、山本貴志と一色賢司が日本食品化学学会誌、第19巻、第2号、第84〜87ページにて、山本貴志と一色賢司が発明したメイラード反応を利用した冷蔵食品用温度上昇警告インディケータの開発について公開した。
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度 農林水産省委託プロジェクト研究「生産・流通・加工工程における体系的な危害要因の特性解明とリスク低減技術の開発(病原微生物の迅速検出技術および効果的な殺菌・制御技術の開発)」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100113332
【弁理士】
【氏名又は名称】一入 章夫
(72)【発明者】
【氏名】一色 賢司
(72)【発明者】
【氏名】山本 貴志
【審査官】
吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−107226(JP,A)
【文献】
特開2006−273395(JP,A)
【文献】
特開2011−167166(JP,A)
【文献】
Sara I.F.S. Martins,Kinetics of the glucose/glycine Maillard reaction pathways: influences of pH and reactant initial co,Food Chemistry,NL,Elsevier,2005年 9月,Vol.92/Iss.3,437-448
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/78
G01K 11/12
G01K 11/16
G01N 31/22
G01N 33/02
A23B 4/00
A23B 7/00
C09K 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
キシロース、アミノ酸、pH調整剤および溶媒を含有する温度履歴判定用組成物を含む要冷蔵品の温度履歴判定用インジケータであって、中性から弱塩基性のpH条件下でメイラード反応が起こることにより生じる前記組成物の色調変化に基づいて温度履歴を判定する、温度履歴判定用インジケータ。
【請求項2】
温度履歴の追跡を開始するまでキシロースとアミノ酸とが隔離して収納され、温度履歴追跡開始時にキシロースとアミノ酸とが混合されて温度履歴判定用組成物が調製される構造を有する、請求項1に記載の温度履歴判定用インジケータ。
【請求項3】
密閉された軟質プラスチック製フィルムの透明な小袋構造を有し、
前記小袋が弱シール部を介して連通可能に画成された複数の独立した格納室を有し、
前記格納室の各々には前記温度履歴判定用組成物の構成成分が隔離して収納されており、
温度履歴追跡開始時に前記弱シール部を剥離して前記構成成分が混合されて温度履歴判定用組成物として調製される構造を有する、請求項2に記載の温度履歴判定用インジケータ。
【請求項4】
キシロース、アミノ酸およびpH調整剤が固体状態で収納され、温度履歴追跡開始時に外部から溶媒を加えられることによって温度履歴判定用組成物として調製される構造を有する、請求項1に記載の温度履歴判定用インジケータ。
【請求項5】
前記pH調整剤が炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウムおよびリン酸三カリウムからなる群より選ばれるいずれか1種以上である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の温度履歴判定用インジケータ。
【請求項6】
前記アミノ酸がグリシン、アラニン、グルタミン酸、リジンおよびそれらの塩からなる群より選ばれるいずれか1種以上であり、キシロース、アミノ酸及びpH調節剤の濃度がそれぞれ2モル、1モル及び0.2〜1.0モルである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の温度履歴判定用インジケータ。
【請求項7】
前記アミノ酸がグリシン、アラニンおよび/またはその塩であり、前記pH調整剤がリン酸水素二カリウムおよび/またはリン酸水素二ナトリウムである、請求項1〜6のいずれか1項に記載の温度履歴判定用インジケータ。
【請求項8】
キシロースおよびアミノ酸を含むpHが中性から弱塩基性の温度履歴判定用組成物中でメイラード反応を生じさせ、前記組成物の色調変化を測定し、測定された色調変化に基づいて温度履歴を判定する、要冷蔵品の温度履歴判定方法。
【請求項9】
温度履歴の追跡を開始するまでキシロースとアミノ酸とが隔離して収納され、温度履歴追跡開始時にキシロースとアミノ酸とが混合されて温度履歴判定用組成物が調製される、請求項8に記載の温度履歴判定方法。
【請求項10】
透明から黄色、青色または緑色への前記組成物の色調変化の濃淡に基づいて温度履歴を判定する、請求項8または9に記載の温度履歴判定方法。
【請求項11】
前記pH調整剤が炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウムおよびリン酸三カリウムからなる群より選ばれるいずれか1種以上である、請求項8〜10のいずれか1項に記載の温度履歴判定方法。
【請求項12】
前記アミノ酸がグリシン、アラニン、グルタミン酸、リジンおよびそれらの塩からなる群より選ばれるいずれか1種以上であり、キシロース、アミノ酸及びpH調節剤をそれぞれ2モル、1モル及び0.2〜1.0モルで反応させる、請求項8〜11のいずれか1項に記載の温度履歴判定方法。
【請求項13】
前記アミノ酸がグリシン、アラニンおよび/またはその塩であり、前記pH調整剤がリン酸水素二カリウムおよび/またはリン酸水素二ナトリウムである、請求項8〜12のいずれか1項に記載の温度履歴判定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、野菜や肉類、魚類のような生鮮食品や弁当、惣菜等の加工食品の原材料や中間、最終製品などの飲食品の他、ワクチンなどの薬剤、生化学用サンプル、化粧品など(以下、これらを「飲食品等」とも言う。)の保存環境の温度や各環境下の保存経過時間によって変化する品質に影響する温度履歴を判定するためのインジケータおよび判定方法に関し、とくには、10℃以下での冷蔵流通が必須の物品(以下、これらを「要冷蔵品」という)についても適用することのできる温度履歴判定用インジケータおよび温度履歴判定方法について提案するものである。
【背景技術】
【0002】
生鮮食品や加工食品などの飲食品等のうち要冷蔵品は、これらの食品の安全性を確保するため、冷蔵下に流通させることが必要である。冷蔵食品の保存基準は、食品衛生法では10℃以下に保存することを規定しているが、調理済みの食品については保存および輸送時の製品温度が6℃を超えないこと(2〜4℃)、生食用の魚介類については、4℃以下の温度に保存することが推奨されている。また、その流通環境の温度だけでなく、流通履歴や流通過程において冷蔵のみならず非冷蔵の環境下に保持された時間などの管理も重要である。
しかしながら、要冷蔵品の品質低下は、たとえその要冷蔵品がチルド域(0〜10℃)に保持されていたとしても起こる可能性があることが指摘されている。例えば、Listeria monocytogenesは、冷蔵温度でも増殖活性を示す食品媒介性感染の原因菌であり、このような原因菌に汚染されていた場合、チルド域に保持されていたとしても菌が増殖して食中毒を発生するおそれがあるため、より厳密な温度管理と温度上昇を警告することのできるインジケータが必要となる。
要冷蔵品の品質低下の程度や、食中毒の発生の可能性を予測するため、従来、様々な品質評価方法やそのインジケータが開発されている。例えば、特許文献1では、拡散性の染料が温度上昇と時間の経過により、染料拡散層に拡散浸透し、変色することによって温度履歴を確認する方法が開示されている。また、特許文献2では、加熱温度と時間に依存して変色するインクを用いて、記号、図形または文字を飲食品の包装に直接印刷、または紙や樹脂シートに印刷したものを包装に貼付することにより飲食品の温度履歴を表示する方法が開示されている。さらに、特許文献3〜5では、低温増殖性酵母や乳酸菌等を利用し、微生物の増殖によって生成する酸性ガスの量や、pHによって変色する色素成分の色調によって飲食品等の品質の程度を判定する方法が開示されている。
しかしながら、特許文献1および2に開示の技術は、使用する染料やインク成分の安全性の観点から、飲食品等に用いるのに必ずしも適当でない場合がある。また、特許文献3〜5に開示の技術は、産生ガスの発生量や、酸性物質の発生に伴う色素成分の色調変化によって客観的に品質の程度を判断することができるものの、微生物を利用するため、無菌的な条件下でのインジケータの作成が必要であると共に、微生物の管理や維持に高度の技術や手間、コストが必要であるという点で解決すべき課題がある。その他、温度上昇を蓄積し、食品の異常な温度上昇があった場合にそれを警告することのできるインジケータも市販されているが、高価である上、データの読取に特殊な読取機械やコンピュータが必要であり、現場での機動性や即時判断性に欠けるという問題点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11−194053号公報
【特許文献2】特開平11−296086号公報
【特許文献3】WO2003/067254
【特許文献4】WO2003/096309
【特許文献5】特開2005−87044号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで、本発明は、従来技術が抱えている上述した実情に鑑み、保管環境の温度変動および/または保管時間の経過等による温度被曝の程度や、温度被曝に起因する品質等への影響の程度、例えば、飲食品の鮮度の低下などを、需要者自身が視覚的に判定できるようにすると共に、簡便で安価に、かつ安全に利用することのできる温度履歴判定用インジケータおよび温度履歴判定方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
発明者らは、上記目的を実現するため、鋭意研究を重ねてきた結果、食品成分として存在する糖とアミノ酸によるメイラード反応(アミノ・カルボニル反応とも言う)を加熱によらず、低温下であっても開始できる方法を見出し、以下の要旨構成に係る温度履歴判定用インジケータおよび判定方法を開発するに至った。すなわち、本発明は、
[1] 糖、アミノ酸、pH調整剤および溶媒を含有する温度履歴判定用組成物を含む温度履歴判定用インジケータであって、中性から弱塩基性のpH条件下でメイラード反応が起こることにより生じる前記組成物の色調変化に基づいて温度履歴を判定する、温度履歴判定用インジケータ、
[2] 温度履歴の追跡を開始するまで糖とアミノ酸とが隔離して収納され、温度履歴追跡開始時に糖とアミノ酸とが混合されて温度履歴判定用組成物が調製される構造を有する、前記[1]の温度履歴判定用インジケータ、
[3] 密閉された軟質プラスチック製フィルムの透明な小袋構造を有し、前記小袋が弱シール部を介して連通可能に画成された複数の独立した格納室を有し、前記格納室の各々には前記温度履歴判定用組成物の構成成分が隔離して収納されており、温度履歴追跡開始時に前記弱シール部を剥離して前記構成成分が混合されて温度履歴判定用組成物として調製される構造を有する、前記[2]の温度履歴判定用インジケータ、
[4] 糖、アミノ酸およびpH調整剤が固体状態で収納され、温度履歴追跡開始時に外部から溶媒を加えられることによって温度履歴判定用組成物として調製される構造を有する、前記[1]の温度履歴判定用インジケータ、
[5] 前記pH調整剤が炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウムおよびリン酸三カリウムからなる群より選ばれるいずれか1種以上である、前記[1]〜[4]のいずれかの温度履歴判定用インジケータ、
[6] 前記糖がキシロース、グルコース、フルクトース、ガラクトース、アラビノース、マルトース、マンニトール、スクロースおよびラクトースからなる群より選ばれるいずれか1種以上である、前記[1]〜[5]のいずれかの温度履歴判定用インジケータ、
[7] 前記アミノ酸がグリシン、アラニン、グルタミン酸、リジンおよびそれらの塩からなる群より選ばれる、いずれか1種以上である、前記[1]〜[6]のいずれかに記載の温度履歴判定用インジケータ、
[8] 前記糖がキシロースであり、前記アミノ酸がグリシン、アラニンおよび/またはその塩であり、前記pH調整剤がリン酸水素二カリウムおよび/またはリン酸水素二ナトリウムである、前記[1]〜[7]のいずれかに記載の温度履歴判定用インジケータ、
[9] 糖およびアミノ酸を含むpHが中性から弱塩基性の温度履歴判定用組成物中でメイラード反応を生じさせ、前記組成物の色調変化を測定し、測定された色調変化に基づいて温度履歴を判定する、温度履歴判定方法、
[10] 温度履歴の追跡を開始するまで糖とアミノ酸とが隔離して収納され、温度履歴追跡開始時に糖とアミノ酸とが混合されて温度履歴判定用組成物が調製される、前記[9]の温度履歴判定方法、
[11] 透明から黄色、青色または緑色への前記組成物の色調変化の濃淡に基づいて温度履歴を判定する、前記[9]または[10]の温度履歴判定方法、
[12] 前記pH調整剤が炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウムおよびリン酸三カリウムからなる群より選ばれるいずれか1種以上である、前記[9]〜[11]のいずれかの温度履歴判定方法、
[13] 前記糖がキシロース、グルコース、フルクトース、ガラクトース、アラビノース、マルトース、マンニトール、スクロースおよびラクトースからなる群より選ばれるいずれか1種以上である、前記[9]〜[12]のいずれかの温度履歴判定方法、
[14] 前記アミノ酸がグリシン、アラニン、グルタミン酸、リジンおよびそれらの塩からなる群より選ばれる、いずれか1種以上である、前記[9]〜[13]のいずれかの温度履歴判定方法、
[15] 前記糖がキシロースであり、前記アミノ酸がグリシン、アラニンおよび/またはその塩であり、前記pH調整剤がリン酸水素二カリウムおよび/またはリン酸水素二ナトリウムである、前記[9]〜[14]のいずれかの温度履歴判定方法、
に関する。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、糖およびアミノ酸を含むpHが中性から弱塩基性の温度履歴判定用組成物中で生じるメイラード反応による色調の変化を観察することにより、温度被曝の程度を簡単に、かつ安価に判定することができる。例えば、本発明のインジケータを飲食品や薬剤、化粧品等に随伴帯同させることにより、該飲食品等の温度管理が適切であるか否かや、品質の低下の程度を視覚的に明確に判定することができる。また、本発明によれば、インジケータを回収してデータ処理するなどの手間がなく、その場で温度管理が適切であったのか否かの判断をすることができる。
また、本発明に使用される糖、アミノ酸およびpH調整剤は、飲食品に由来するものであるため安全であり、本発明のインジケータが破損や破袋等して不測に帯同させた飲食品等に触れるなどしても問題がない。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1はD−キシロース飽和水溶液と各アミノ酸飽和水溶液との混合水溶液の20℃環境下における色調変化を示す図である。
図2はD−キシロース水溶液とグリシン水溶液との混合水溶液の8、15および20℃環境下における色調変化を示す図である。
図3はpHを調整したD−キシロース水溶液と各アミノ酸水溶液との混合液の色調変化を示す図である。
図4はpH調整したD−キシロース水溶液とグリシン水溶液との混合水溶液の8℃環境下における色調変化を示す図である。
図5はpH調整したD−キシロース水溶液とグリシン水溶液との混合水溶液の15℃環境下における色調変化を示す図である。
図6pH調整したD−キシロース水溶液とグリシン水溶液との混合水溶液の20℃環境下における色調変化を示す図である。
図7はpH調整剤の種類および濃度を変化させた場合のpH測定結果を示す図である。
図8は環境温度4℃において、pH調整剤の種類および濃度を変化させた場合のインジケータの色調変化の状態を示す図である。
図9は環境温度10℃において、pH調整剤の種類および濃度を変化させた場合のインジケータの色調変化の状態を示す図である。
図10は糖とアミノ酸混合水溶液の色調変化を示す図である(30℃、72時間経過後)。
図11は糖、アミノ酸およびpH調整剤の混合水溶液の色調変化を示す図である(4℃、120時間後)。
図12は本発明のインジケータの一実施形態を示す図である。
図13は実施例3におけるインジケータAの、各温度における色調の経時変化を示す図である。
図14は実施例3におけるインジケータAの、警告時間の測定結果である。
図15は実施例3におけるインジケータBの、各温度における色調の経時変化を示す図である。
図16は実施例3におけるインジケータBの、各温度における色差(ΔE)の測定結果を示す図である。
図17は実施例4におけるインジケータの恒温条件下における色調変化および色差ΔEの測定結果と、BHI培地内のLm菌の生菌数を示す図である。
図18は実施例4におけるインジケータの変温条件下における色調変化および色差ΔEの測定結果と、BHI培地内のLm菌の生菌数を示す図である。
図19は実施例4におけるインジケータの、各家庭用冷蔵庫(a)〜(c)内における色調変化と、色差ΔEの測定結果を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
従来、食品成分に含まれる糖およびアミノ酸によるメイラード反応を、熱履歴を検出する方法に利用したものとして、特開2010−107226号公報や特開平04−74938号公報などに開示されたものがある。これらはいずれも、加熱下(100℃以上)における熱履歴を検出するものであり、本発明は、このメイラード反応を、低温環境下においても開始および進行させる方法を見出し、これを温度履歴判定用インジケータおよび判定方法に利用したところに特徴がある。
なお、メイラード反応とは、糖とアミノ酸とを混合した際に、メラノイジン(褐色物質)を生み出す反応であり、褐変反応とも呼ばれている。この反応は、食品の加熱時のみならず、保存中にも生じ、色や香りなどを重視する食品にとっては、品質を低下させる原因の1つとされている。
しかしながら、通常、メイラード反応は20〜30℃では反応の進行が遅く長時間を要し、とくに10℃以下ではほとんど反応が進まないという特性があり、低温環境下でのメイラード反応の利用は難しいと考えられていた。そこで、発明者は、糖とアミノ酸とを混合した際のpHに着目し、これらにpH調整剤を加え、混合時のpHを中性〜弱塩基性になるように調整したところ、低温環境下においてメイラード反応を開始および進行させることに成功し、さらに、その反応が時間経過および温度履歴に応じて進行して色調が変化していくことを見出して、本発明を開発するに至ったのである。
本発明の温度履歴判定用インジケータは、糖、アミノ酸、pH調整剤および溶媒を含有する温度履歴判定用組成物を含み、中性から弱塩基性のpH条件下で、該組成物中でメイラード反応が開始・進行することで生じる色調の変化に基づいて温度履歴を判定することができる。
本発明においては、糖とアミノ酸とを液体中で混合した時点からメイラード反応が開始されるため、温度履歴の追跡を開始する前までは糖とアミノ酸とを隔離した状態に置くか、糖とアミノ酸との混合物を固体状態で維持する必要がある。
そこで、本発明のインジケータの一つの態様としては、温度履歴追跡を開始するまで糖とアミノ酸とが隔離して収納され、温度履歴追跡開始時に糖とアミノ酸とが混合されて温度履歴判定用組成物が調製される構造を有するのが好ましい。
例えば、本発明のインジケータは密閉された軟質プラスチック製フィルムの透明な小袋構造を有し、前記小袋が弱シール部を介して連通可能に画成された複数の独立した格納室を有し、前記格納室の各々には糖、アミノ酸およびpH調整剤などの温度履歴判定用組成物の構成成分が隔離して収納されており、温度履歴追跡開始時に前記弱シール部を剥離して前記構成成分が混合されて温度履歴判定用組成物として調製される構造を有しており、温度履歴の判定の開始にあたって、前記弱シール部を手指で押圧等して剥離させて構成成分を混合し、反応を開始させる。これにより、例えば、帯同させた飲食品等と同じ環境(温度や経過時間)をインジケータ内に再現することができ、インジケータ内の温度履歴判定用組成物の色調変化を観察するだけで、飲食品等の温度履歴、すなわち品質の良し悪しを簡単に、かつ視覚的に判断することができる。そのため、このインジケータによれば、一般の家庭においても自主的な温度管理が可能となり、衛生管理への意識の向上が期待できる。
前記小袋からなるインジケータを構成する軟質プラスチックフィルムとしては、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレン、ポリエチレン、エチレンエチルアクリレート(EEA)、エチレン−酢酸ビニル共重合樹脂(EVA)あるいはアイオノマー樹脂などを用いることが好ましい。
前記小袋を複数の小室に画成するための前記弱シール部は、加熱温度や、加圧力、加圧時間の少なくとも一の選択によって、小袋を形成する際のヒートシール強度の半分以下のシール強度となるようにすることが好ましく、ヒートシール強度は0.3〜3(N/15mm)、とくに0.7〜1(N/15mm)の範囲とすることが好ましく、また、その弱シール部の開封荷重は50〜350(N)、とくに100〜200(N)の範囲とすることが好ましい。これは、弱シール部が、輸送や作業中に誤って開封することを防止できる一方で、小袋の他のシール部分に何の影響をも及ぼすことなく、その弱シール部を作為的に開封することができるからである。
なお、温度履歴追跡開始前に糖とpH調整剤とを共存させた場合、温度履歴にかかわらず時間の経過とともに両者が反応して変色し、温度履歴の判定に悪影響を及ぼすことがある。したがって本発明のインジケータにおいては、温度履歴追跡を開始するまでメイラード反応を開始させないために、組成物の構成成分である糖とアミノ酸とを隔離収納するのみならず、上記の望ましくない変色を避けるために糖とpH調整剤についても隔離収納しておくのが好ましい。
あるいは、温度履歴判定用組成物を調製後速やかに凍結させてメイラード反応やメイラード反応以外の上記の望ましくない変色が生じない状態で維持し、温度履歴追跡を開始する際に該組成物を解凍してメイラード反応を開始させることで、温度履歴の追跡判定を開始することもできる。
本発明のインジケータの別の態様としては、糖、アミノ酸およびpH調整剤が固体状態で収納され、温度履歴追跡開始時に外部から溶媒を加えられることによって温度履歴判定用組成物として調製される構造を有するのが好ましい。外部からインジケータ内に溶媒を添加・混合されて温度履歴判定用組成物が調製された時からメイラード反応が開始され、温度履歴の追跡が開始される。本態様においても、該組成物を調整後速やかに凍結させることにより、温度履歴の追跡を開始する時期を調節することができる。
本発明において用いられる糖は、メイラード反応を起こすものであればよく、キシロース、グルコース、フルクトース、ガラクトース、アラビノース、マルトース、マンニトール、スクロースおよびラクトースからなる群より選ばれるいずれか1種以上であることが好ましく、特にキシロースが好ましい。
本発明において用いられるアミノ酸は、同様にメイラード反応を起こすものであればよく、グリシン、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン、グルタミン酸、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、トレオニン、トリプトファン、チロシン、およびバリンおよびそれらの塩からなる群より選ばれるいずれか一種以上であることが好ましい。本発明で用いられるアミノ酸はより好ましくはグリシン、アラニン、グルタミン酸およびリジンならびにそれらの塩からなる群より選ばれるいずれか一種以上であり、さらに好ましくはグリシン、アラニンおよび/またはその塩である。上記アミノ酸の塩としては、具体的には塩酸塩、アンモニウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩並びにマグネシウム塩を用いることが好ましい。
本発明において用いられるpH調整剤は、糖とアミノ酸との混合物のpHを中性〜弱塩基性に調整する作用を有しているものであればよく、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウムおよびリン酸三カリウムからなる群より選ばれるいずれか1種以上であることが好ましく、より好ましくはリン酸水素二カリウムおよび/またはリン酸水素二ナトリウムである。
本発明において用いられる溶媒は、糖、アミノ酸およびpH調整剤を溶解できる溶媒であればよく、好ましくは水である。溶媒は、温度履歴判定用組成物の構成成分のいずれか1種以上とともに用いられ、例えば、一の構成成分を予め溶媒によって溶解して溶液の形態とし、これと固体状の他の構成成分とを混合させて温度履歴判定用組成物を調整しても良い。または溶媒は、温度履歴判定用組成物の全ての固体状の構成成分と同時に混合させても良い。
また本発明において用いられる温度履歴判定用組成物は、増粘剤等の添加剤や、所望の温度履歴で最適な色調変化を得るためにメイラード反応を促進又は阻害する物質をさらに含んでも良い。
ところで、判定の対象となる飲食品等の種類によって、その保存温度や賞味期限(消費期限)も異なる。そのため、本発明では判定すべき飲食品等の種類によって前記アミノ酸および糖の濃度を選定することが好ましい。なお、メイラード反応は、アミノ酸および糖の濃度が高いほど、変色反応時間が早くなり、一方、濃度が低いほど変色反応時間が遅くなるという特性があるが、好ましくは、反応後の終濃度が、糖:2.0M、アミノ酸:1.0Mとなるようにする。また、前記アミノ酸および糖の濃度は、pH調整剤の濃度によって調整することも好ましい。
本発明のインジケータの色調変化は、使用する糖、アミノ酸およびpH調整剤の濃度、種類や組み合わせによって異なり、透明から反応初期において黄色、青色あるいは緑色に変色し、反応時間や温度履歴に応じて、その色が徐々に濃くなり、反応終期においてはいずれも褐色を経て黒褐色になる。色調変化は目視観察で測定することもでき、また色差計/分光光度計を用いて測定することもできる。
本発明のインジケータは、様々な条件下(環境温度、アミノ酸および糖の種類と濃度、pH調整剤の種類と濃度、経過時間等)におけるメイラード反応による色調変化の基本データと、インジケータの色調との比較から、温度被爆の程度、例えば、飲食品等の品質の良し悪しを予測するものである。そのため、帯同させる飲食品等に合わせて、上記したように糖、アミノ酸およびpH調整剤の濃度を変化させて作成した好適な条件のインジケータを選定することが重要となる。
また、本発明のインジケータでは、判定対象となる飲食品等に合わせて注意期や危険期などの判定条件(例えば、注意期はインジケータの色調が無色から色調変化し始めた時点、危険期を褐色になった時点など)を変えることにより同じインジケータを使って様々な飲食品等の温度被曝の程度の判定を行うことも可能である。
本発明のインジケータは、従来よりも低温に置かれても、メイラード反応の進行が目視できる程度に促進されるという特徴を具えている。そのため、本発明のインジケータは、低温保存が望まれる飲食品等に随伴帯同させるインジケータとして、特に有用である。その様な低温の例としては、0℃から概ね室温以下、例えば0℃〜25℃以下の範囲で、好ましくは0℃〜10℃以下の範囲で、保存される飲食品等の性質によって求められ、適宜設定されるものでよい。ただし、本発明のインジケータが有する前記の低温における有用性は、室温以上での保存が意図される飲食品等におけるインジケータとしての利用可能性を否定するものではない。
また、本発明のインジケータにおけるメイラード反応の進行は、インジケータが置かれた環境の温度の高低とその環境温度に置かれた時間とによって決定される。従って、本発明のインジケータは、これに随伴帯同された飲食品等が望ましい環境温度にどれだけ長く保存されたか、あるいは飲食品等の品質に影響を与えるおそれのある望ましくない、あるいは予期しない環境温度が飲食品等の保存の過程で発生したのか否かを示すものとして、利用することができる。
なお、本発明のインジケータは、食品成分として含まれる糖やアミノ酸、pH調整剤を用いて簡単に作成することができるため、安価であり、またこれをプラスチック製の軟質フィルムからなる小袋によって形成した場合には、使用後は、家庭ごみとして廃棄することができるため取り扱いが容易である。
本発明の温度履歴判定方法によると、糖およびアミノ酸を含むpHが中性から弱塩基性の温度履歴判定用組成物中でメイラード反応を生じさせ、前記組成物の色調変化を測定し、測定された色調変化に基づいて温度履歴を判定することができる。本発明の方法の詳細は上述のインジケータに関する記述を参照されたい。
【実施例】
【0009】
以下、本発明の温度履歴の判定方法およびそのインジケータの好適な実施形態について、実施例を用いて説明する。
[実施例1]
(1)糖およびアミノ酸(アミノ酸塩)の検討
まず、種々の糖およびアミノ酸(アミノ酸塩)の組み合わせにおいて生じる、メイラード反応による色調変化を確認した。検討に用いた試料は以下のとおりである。
1)糖:D−キシロース、グルコース、ラクトース、マルトース、マンニトール(すべて和光純薬製試薬(特級))、スクロース(関東化学製試薬(特級))
2)アミノ酸(アミノ酸塩):グルタミン酸、グリシン、β―アラニン、グルタミン酸ナトリウム一水和物、リジン一塩酸塩、L−アルギニン塩酸塩(すべて和光純薬製試薬(特級))
上記各糖およびアミノ酸(アミノ酸塩)の20℃における飽和水溶液を調整し、これらを糖とアミノ酸(アミノ酸塩)が体積比で1:1となるようにそれぞれ混合した後、20℃の暗所に5日間静置して混合溶液の経時的な色調の変化を観察した。
その結果、
図1に示すように、D―キシロース(糖)とグリシン、β―アラニン、グルタミン酸ナトリウム一水和物またはリジン一塩酸塩、(アミノ酸)との組み合わせにおいて、無色から淡黄色、黄色または黒褐色への色調変化が観察され、常温(20℃)においてメイラード反応が進行したことが確認された。
そこで、上記において色調の変化が確認されたD−キシロース水溶液とグリシン水溶液との組み合わせを用いてメイラード反応に対する温度の影響を確認した。まず、D−キシロース水溶液:4.0Mと、グリシン水溶液:2.6Mとを体積比が1:1となるように混合(終濃度:2.0M キシロース−1.3M グリシン)した混合溶液を試験管に分注し、8、15および20℃の暗所に168時間静置して各温度における色調の変化を観察した。その結果を
図2に示す。
図2の結果から、温度が8℃の環境下では、色調の変化が認められず、15℃では120時間を超えたあたりから無色から薄い黄色への色調の変化が確認され、さらに20℃では、96時間を超えたあたりから無色から薄い黄色へ色調が変化し、時間経過と共にその色調が濃くなっていくことが確認できた。したがって、pHを調整しない場合、糖とアミノ酸の混合水溶液におけるメイラード反応は、低温環境下においては進行が非常に遅く、温度履歴判定用のインジケータとして利用することが難しいことがわかった。
(2)メイラード反応開始におけるpHの影響について
(a)メイラード反応に対するpHの影響を確認するため、D―キシロース水溶液:2.0Mと、リジン一塩酸塩水溶液、グリシン水溶液、β―アラニン水溶液またはグルタミン酸ナトリウム一水和物水溶液:各1.0Mとを、体積比が1:1となるように混合した後、NaOHを用いて各混合溶液のpHが7、8または9になるように調整した。これらの各混合溶液を30℃の暗所に24時間静置して色調変化を観察した。
その結果を
図3に示す。pHを中性から弱塩基性に調整した場合、pHが塩基性になるにつれて、D−キシロース水溶液とグリシン水溶液との組み合わせにおいては、色調が無色から青色に変化し、またD−キシロース水溶液とリジンー塩酸塩水溶液との組み合わせにおいて、無色からオレンジ色に変化していき、pHがメイラード反応に影響を与えていることが確認できた。
(b)次に、pHを中性から弱塩基性に調整した糖およびアミノ酸混合溶液の、低温環境下におけるメイラード反応の進行の様子を確認した。まず、D−キシロース水溶液:2.0Mと、グリシン水溶液:1.3Mとを用いて、これらを体積比が1:1となるように混合した後、NaOHを用いて混合溶液のpHが5、7または9になるように調整した。次に、これを試験管に分注して、それぞれ8、15および20℃の暗所に168時間静置して色調の変化を観察した。
その結果を
図4〜
図6に示す。pHを中性から弱塩基性に調整(pH7およびpH9)した混合水溶液では、8℃の低温環境下(
図4)においても72時間のあたりから(pH7の場合)、色調が透明から薄い青色に変化し、時間の経過と共に色調が濃くなっていくことが確認できた。したがって、メイラード反応は、糖とアミノ酸の混合溶液のpHを調整することによって、低温環境下においても短い時間で開始および進行させることが可能であり、低温環境下でも使用可能な温度履歴判定用のインジケータへの適用が示唆された。
(3)pH調整剤の検討
上記(1)および(2)の結果に基づき、本発明の温度履歴の判定方法およびそのインジケータにおいて好適なpH調整剤について検討を行った。
pH調整剤としては、リン酸三カリウム(K
3PO
4)、リン酸水素二カリウム(K
2HPO
4)、リン酸水素二ナトリウム(Na
2HPO
4)、炭酸カリウム(K
2CO
3)の4種類とし、各々について濃度を0.2、0.4、0.6、0.8、1.0Mに調整したものを用いた。また、共通試薬として、アミノ酸:2.0M グリシン、糖:4.0M D−キシロースを用いた。
まず、上記キシロース(糖)を含む水溶液と、グリシン(アミノ酸)およびpH調整剤を含む水溶液とを、体積比1:1で混合し、その直後のpH測定結果を
図7に示す。なお、pH調整剤を添加しない場合のpHは4.92であった。
図7の結果より、いずれのpH調整剤を用いた場合においても、pHの調整を行うことなく混合水溶液を中性〜弱塩基性に保つことができること、さらにpH調整剤の濃度が高くなるにつれて混合水溶液のpHも高くなることが確認できた。
次に、上記と同様にキシロース(糖)を含む水溶液と、グリシン(アミノ酸)およびpH調整剤を含む水溶液とを、体積比1:1で混合し、一定温度(4℃および10℃)で経時的に色調変化を目視で観察した結果を
図8(4℃)および
図9(10℃)に示す。なお、各調整剤の濃度は左から順に、0.2、0.4、0.6、0.8、1.0Mである。
図8および
図9の結果より、pH調整剤の濃度に比例して色調変化に要する時間が短くなること、リン酸塩を使用すると上記(2)でNaOHを用いてpH調整した場合よりも色調変化に要する時間を短縮できることがわかった。とくに4℃の低温環境下(
図8)においては、K
2HPO
4またはNa
2HPO
4を使用することで、最短で60〜72時間で色調の変化が見られ、10℃以下の要冷蔵品に対しても、インジケータとして利用できることが確認できた。
なお、pH調整剤としてK
2HPO
4またはNa
2HPO
4を用いた場合には、溶液が透明から青色または緑色に変色し、最終的(96時間後)には褐色となった。一方、pH調整剤としてK
3PO
4またはK
2CO
3を用いた場合には、調整剤濃度が低い範囲(0.2〜0.6M)では、透明から青色または緑色に変色し、調整剤濃度が高い範囲(0.8〜1.0M)では、透明から黄色に変色し、調整剤濃度によって2種類の色調変化が確認された。
以上の検討の結果から、糖、アミノ酸(アミノ酸塩)およびpH調整剤を含む水溶液によるインジケータでは、pH調整剤の濃度を調整すると共に、とくにpH調整剤としてリン酸塩(K
2HPO
4またはNa
2HPO
4)を使用することにより、低温環境下においてメイラード反応による色調変化を短い時間で進行させることができることがわかった。したがって、このような特性を利用することにより、温度被曝(飲食品等の品質)の程度および温度上昇に対する好適な警告用インジケータの提供が期待できる。
[実施例2]
本発明において好適な糖、アミノ酸(アミノ酸塩)およびpH調整剤の組み合わせについて検討を行った。検討に用いた試料は以下のとおりである。
1)糖:D−キシロース、フルクトース、グルコース(すべて和光純薬製試薬)
2)アミノ酸(アミノ酸塩):グリシン、β―アラニン、グルタミン酸ナトリウム一水和物、リジン一塩酸塩、L−アルギニン塩酸塩(すべて和光純薬製試薬)
3)pH調整剤:炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素ナトリウム二水和物、リン酸水素二ナトリウムおよびリン酸三カリウム(和光純薬製試薬)
まず、糖およびアミノ酸(アミノ酸塩)をそれぞれ1.5g秤量(粉末)し、これらを蒸留水7mlと共に試験管に加えて混合する。試験管を30℃の暗所に72時間静置し、色調の変化を目視で観察すると共に、分光光度計(U−2000、株式会社 日立製作所製)を用いて420nmにおける吸光度(A
420)を測定した。その結果を表1および
図10に示す。
【表1】
表1および
図10の結果より、キシロースとグリシンの組み合わせでは赤褐色に、キシロースとβ−アラニンの組み合わせでは焦茶色に、キシロースとグルタミン酸ナトリウムー水和物の組み合わせでは赤褐色に、またはキシロースとリジンー塩酸塩の組み合わせでは淡黄色にそれぞれ色調が変化し、メイラード反応が進みやすいことがわかった。そこで、糖:キシロースと、アミノ酸:グリシンまたはβ―アラニンの組み合わせに対し、冷蔵温度域(10℃以下)でメイラード反応を進行させるのに好適なpH調整剤について検討を行った。
まず、糖およびアミノ酸を1.0gずつ、pH調整剤を0.25g秤量(粉末)し、これらを蒸留水7.75mlと共に試験管に加えて混合した。これらの試験管を4℃の暗所に120時間静置し、色調の変化を目視で観察した。その結果を
図11に示す。
図11の結果から、pH調整剤を使用することにより4℃の低温環境下においても色調の変化が確認され、とくにグリシンとキシロースとの組み合わせにおいては、pH調整剤の種類によって変化する色調が異なることがわかった(例えば、pH調整剤がリン酸水素二カリウムの場合:淡水色、リン酸三カリウムの場合:淡黄色)。なお、糖:キシロース、アミノ酸:グリシン、pH調整剤:リン酸水素二カリウムの組み合わせにおいて最も明確な色調変化を呈し、この組み合わせが低温管理用のインジケータとして有効であることがわかった。
[実施例3]
以下、本発明のインジケータについて実施例を用いて説明する。
本実施例では、
図12に示すような小袋からなる2種類のインジケータ1を作製した。なお、インジケータ1は、食品用樹脂フィルム(PET12μm/XA−S50μm 大成ラミック株式会社製)を用いて形成されてなり、中央位置において弱シール部2を介して2つの小室3a、3bに分離されている。そして、小室3aには下記組成からなるアミノ酸を含む水溶液およびpH調整剤が充填され、小室3bには下記組成からなる糖を含む水溶液が充填されている。
<組成>
インジケータA
アミノ酸:2.0M グリシン水溶液
糖:4.0M キシロース水溶液
pH調整剤:1.0M K
2HPO
4
インジケータB
アミノ酸:1.0M β−アラニン水溶液
糖:2.0M キシロース水溶液
pH調整剤:0.5M K
2HPO
4
使用開始にあたり、インジケータAおよびインジケータBに対し、外部から手指で圧力を加えることにより弱シール部2を剥離して両水溶液を混合し、インジケータを起動させ、インジケータA:4、8、10、12、15、20、25、30および37℃、インジケータB:4,8および12℃の暗所に静置し、経時的に警告色に変化する時間(警告時間)を目視観察から測定した。なお、色相が無色から青色や黄色に変化したと目視判断できた時点の色を警告色とし、この警告色に変色するまでに要する時間を警告時間とした。
インジケータAの色調変化を
図13、警告時間を
図14に、インジケータBの色調変化を
図15に示す。また、インジケータBについては、その色調変化を色差計(CR−10、コニカミノルタ株式会社製)を用いて測定(色差(ΔE))し、その結果を
図16に示す。
これらの結果より、各インジケータとも、4℃および8℃の低温環境下においても72〜96時間で、メイラード反応が進行して無色から青色(マンセル値:5B 8/3〜2PB 2/4程度)や褐色(マンセル値:9R 6/12程度)の警告色に変色し、これらのインジケータの要冷蔵品(10℃以下)への適用の有効性を確認することができた。また、各インジケータとも温度に比例して警告時間が短くなることが確認できた。
[実施例4]
本発明のインジケータの低温増殖性食中毒菌:Listeria monocytogenes(以下、「Lm」と言う。)への利用可能性について検討を行った。
(1)インジケータの作製
実施例3と同様の食品用包装フィルムを用いて小袋からなるインジケータ(
図12)を作成し、インジケータ内の小室3aにはアミノ酸:2.0M グリシン水溶液、小室3bには糖:4.0M キシロース水溶液およびpH調整剤:1.0M K
2HPO
4を体積比が1:1となるように充填した。
(2)Lmの培養
Listeria monocytogenes IID581を、Brain Heart Infusion培地(以下、「BHI培地」と言う。)で30℃、18時間培養し、これを集菌洗浄(10,000xg、2分間の遠心分離×2回)した後、0.1%ペプトン含有生理食塩水を用いて希釈してLmが約1.5logCFU/mlとなるようにBHI培地に接種した。
(3)Lmの増殖とインジケータの色調変化との比較
上記のようにして作製したインジケータを使用開始に合わせて弱シール部2を開封して作動させ、上記BHI培地および温度履歴ロガー(おんどとり、株式会社T&D製)と共に、暗所の恒温(0、5、10℃)および変温(5℃−18時間、20℃−6時間)条件下に設置した。各インジケータについて、経時的な色調変化を目視観察すると共に、色差計(CR−10、コニカミノルタ株式会社製)を用いて色差(ΔE)を算出し、BHI培地については、生菌数を、0.6%Yeast Extract含有Tryptic Soy Agarを用いた混釈平板法(30℃、48時間)により測定した。恒温条件下に設置した場合の結果を
図17に、変温条件下に設置した場合の結果を
図18に示す。
図17の結果によれば、BHI培地中のLmは、0℃では増殖が見られなかったが、温度が高いほど、また経時的に増殖していることがわかる。一方、インジケータの色調は、作動開始直後は無色であったが、24時間経過後から変色し始め、時間に伴って青色、暗緑色を経て褐色へと変色し、それに伴いΔE値も同様に上昇している。
また、
図18の結果によれば、変温条件下においては、温度が高い時(20℃)にBHI培地中のLmの増殖速度が大きくなること、およびインジケータの色調の変化が進むことがわかる。なお、恒温条件下(
図17)および変温条件下(
図18)のいずれにおいても、ΔE値の上昇が、Lmの増殖挙動と類似しており、本発明のインジケータの有効性が確認できた。
さらに、
図17の結果によれば、5℃で培養したLmは、72−96時間以内に1.0−1.5logCFU/ml増加していることから、Lmの増殖を検知するためのインジケータとしては、5℃、96時間以内に色調の変化を呈する必要があると考えられる。これに対し、試作した本発明のインジケータでは、5℃、96時間で警告色(淡青色)に変化しており、要冷蔵品のLm対策に対しても好適に利用できることがわかった。
また、本実施例のインジケータを、温度履歴ロガー(おんどとり、株式会社T&D製)と共に3種類の家庭用冷蔵庫(a)〜(c)内にそれぞれ設置し、インジケータの色調変化および色差を測定した結果を
図19に示す。これによれば、庫内温度が高いほど((c)の冷蔵庫)、インジケータの色調変化に要する時間が短く、色差ΔEも速く上昇することがわかった。また、家庭用冷蔵庫の場合、冷蔵庫の能力やドアの開閉によって庫内の温度が5℃以上になる場合が多いため、Lmに食品が汚染された場合には、菌が増殖する可能性が高く、本発明のインジケータによる品質管理の利用が期待できる。
なお、本発明においては、上記実施例において用いられた糖、アミノ酸およびpH調整剤の組み合わせに限定されるものではなく、メイラード反応を生じさせることができるものであれば使用することができ、今後、組み合わせや濃度等、様々な条件を調整することにより適用の可能性が期待される。
【産業上の利用可能性】
【0010】
本発明の技術は、水産物や野菜などの要冷蔵品の保管、輸送時の温度および品質の管理や、加工工場での温度上昇への警告、生食用材料と加熱加工用材料の分別等に利用できると共に、需要者に供給された後に、家庭で簡単に品質程度を視認することができるため温度、品質管理に関する衛生教育の教材としての役割も期待できる。また、低温増殖性食中毒菌であるListeria monocytogenesの増殖を確認するためのインジケータとしての利用が期待できる。
【符号の説明】
【0011】
1 インジケータ 2 弱シール部 3a、3b 小室