特許第6012672号(P6012672)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6012672
(24)【登録日】2016年9月30日
(45)【発行日】2016年10月25日
(54)【発明の名称】絶縁被覆アルミニウム電線
(51)【国際特許分類】
   H01B 7/02 20060101AFI20161011BHJP
   H01B 3/30 20060101ALI20161011BHJP
   H02K 3/30 20060101ALI20161011BHJP
   H02K 3/02 20060101ALI20161011BHJP
   H01F 5/06 20060101ALI20161011BHJP
【FI】
   H01B7/02 A
   H01B3/30 G
   H01B3/30 F
   H01B3/30 P
   H02K3/30
   H02K3/02
   H01F5/06 Q
【請求項の数】10
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2014-144600(P2014-144600)
(22)【出願日】2014年7月14日
(65)【公開番号】特開2016-21324(P2016-21324A)
(43)【公開日】2016年2月4日
【審査請求日】2015年12月11日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】509216094
【氏名又は名称】古河マグネットワイヤ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100076439
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 敏三
(72)【発明者】
【氏名】小比賀 亮介
(72)【発明者】
【氏名】大矢 真
【審査官】 和田 財太
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−233123(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/00
H01B 3/00
H01F 5/06
H02K 3/02
H02K 3/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体の外周に、少なくともベンゼン環とイミド環を有する樹脂を含む絶縁被覆層を有し、かつ2層以上の絶縁被覆層を被覆してなる絶縁被覆アルミニウム電線であって、該導体に接触する最内層の絶縁被覆層を構成する樹脂の下記式(1)で求められたベンゼン環に対するイミド環含有モル比が0.366以上であり、かつ互いに隣接する絶縁被覆層において、該層を構成する樹脂の該イミド環含有モル比の差の絶対値が、いずれの隣接する絶縁被覆層間においても、0.026以上0.167以下であることを特徴とする絶縁被覆アルミニウム電線。
樹脂中のイミド環の全モル数/ベンゼン環の全モル数 式(1)
【請求項2】
前記絶縁被覆層が3層以上であることを特徴とする請求項1に記載の絶縁被覆アルミニウム電線。
【請求項3】
導体の外周に、少なくともベンゼン環とイミド環を有する樹脂を含む絶縁被覆層を有し、かつ、互いの層がベンゼン環数の異なる樹脂からなる3層以上の絶縁被覆層を被覆してなる絶縁被覆アルミニウム電線であって、該導体に接触する最内層の絶縁被覆層を構成する樹脂の下記式(1)で求められたベンゼン環に対するイミド環含有モル比が0.366以上であり、かつ互いに隣接する絶縁被覆層において、該層を構成する樹脂の該イミド環含有モル比の差の絶対値が、いずれの隣接する絶縁被覆層間においても、0.026以上0.167以下であることを特徴とする絶縁被覆アルミニウム電線。
樹脂中のイミド環の全モル数/ベンゼン環の全モル数 式(1)
【請求項4】
前記各絶縁被覆層が、互いに、1)ポリアミドイミド樹脂単独、2)ポリイミド樹脂単独、または、3)混合比の異なるポリアミド樹脂とポリイミド樹脂の混合物のいずれかの点で異なる樹脂であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の絶縁被覆アルミニウム電線。
【請求項5】
前記各絶縁被覆層に含まれる樹脂が、ポリアミドイミド樹脂とポリイミド樹脂の混合物であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の絶縁被覆アルミニウム電線。
【請求項6】
前記導体に接触する最内層の絶縁被覆層を構成する樹脂中の前記イミド環含有モル比が、0.366〜0.634であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の絶縁被覆アルミニウム電線。
【請求項7】
前記絶縁被覆層の全てのうち、前記イミド環含有モル比の最大値と最小値の差の絶対値が、0を超え0.30以下であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の絶縁被覆アルミニウム電線。
【請求項8】
前記絶縁被覆層を構成する樹脂の前記イミド環含有モル比が、前記導体に接触する最内層の絶縁被覆層で最も大きく、前記導体から最も遠い最外層の絶縁被覆層で、最も小さいことを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の絶縁被覆アルミニウム電線。
【請求項9】
前記2層以上の絶縁被覆層のうち、前記導体に接触する最内層の絶縁被覆層の厚さが、残りのいずれかの絶縁被覆層の厚さに対して同じか、または薄いことを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の絶縁被覆アルミニウム電線。
【請求項10】
前記2層以上の絶縁被覆層の少なくとも1層の厚さが、0.1μm以上25μm以下であることを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項に記載の絶縁被覆アルミニウム電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁被覆アルミニウム電線、なかでもモーターや発電機などのコイルを構成するための巻線加工性、特に最適な密着性に優れた絶縁皮膜の多層絶縁被覆アルミニウム電線に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、モーターや発電機のなどに使用されるコイルの軽量化や小型化に伴い、これらに用いられているコイル等の導体においても、特に軽量化が強く要求されている。このため、比重が銅の1/3以下であるアルミニウムまたはアルミニウム合金の採用が検討されている。
【0003】
これに加えて、絶縁皮膜の巻線加工性の向上や耐熱性の向上が求められている。しかしながら、アルミニウム導体は、酸化皮膜を形成しやすいため、被覆樹脂との密着性が銅と比べて劣る傾向にある。また、銅と比べて、導体の抗張力が小さいため、アルミニウム導体を使用して、コイル巻き加工をした場合には、より大きな伸長や導体変形が生じやすく、絶縁皮膜の絶縁性が低下する問題があり、厳しい巻線加工性に対して、アルミニウム導体との密着性、被覆樹脂の層間密着性、加工後の絶縁性を満足する必要がある。
従来は、絶縁層として、ポリアミドイミド、ポリイミドを使用することやポリイミドをブレンドした樹脂を絶縁皮膜の一部として使用することが提案されていた(例えば、特許文献1〜5参照)。しかしながら、従来技術では、厳しい巻線加工性に対するニーズを十分満たしてはいない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−078934号公報
【特許文献2】特開2005−302597号公報
【特許文献3】特開2005−302598号公報
【特許文献4】特開2008−013635号公報
【特許文献5】特開2008−016266号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
導体が銅とアルミニウムでは上記のように性能が大きく異なり、従って、銅導体で得られた知見がそのまま生かせるものではなかった。
従って、本発明は、厳しい巻線加工性に対するニーズに応えるべく、アルミニウム導体との密着性、絶縁被覆樹脂層間での密着性、耐摩耗性(絶縁皮膜の巻線加工性)および加工後の絶縁性の高い絶縁被覆アルミニウム電線を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、種々の絶縁被覆樹脂を各種検討した結果、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂からなる被覆樹脂が優れ、なかでも、被覆樹脂中のベンゼン環に対するイミド環含有モル比が重要であることを見出した。特に、アルミニウム導体と接触する最内層にイミド環含有モル比の高い樹脂を設けることでアルミニウム導体との密着性を満足させることができ、被覆樹脂層の間で、イミド環含有モル比を特定の関係にすることで、アルミニウム導体との密着性に加えて、絶縁被覆樹脂層間での密着性、耐摩耗性、加工後絶縁性に優れることがわかった。本発明は、この知見に基づきなされたものである。
【0007】
すなわち、上記課題は以下の手段により解決された。
(1)導体の外周に、少なくともベンゼン環とイミド環を有する樹脂を含む絶縁被覆層を有し、かつ2層以上の絶縁被覆層を被覆してなる絶縁被覆アルミニウム電線であって、該導体に接触する最内層の絶縁被覆層を構成する樹脂の下記式(1)で求められたベンゼン環に対するイミド環含有モル比が0.366以上であり、かつ互いに隣接する絶縁被覆層において、該層を構成する樹脂の該イミド環含有モル比の差の絶対値が、いずれの隣接する絶縁被覆層間においても、0.026以上0.167以下であることを特徴とする絶縁被覆アルミニウム電線。
【0008】
樹脂中のイミド環の全モル数/ベンゼン環の全モル数 式(1)
【0009】
(2)前記絶縁被覆層が3層以上であることを特徴とする(1)に記載の絶縁被覆アルミニウム電線。
(3)導体の外周に、少なくともベンゼン環とイミド環を有する樹脂を含む絶縁被覆層を有し、かつ、互いの層がベンゼン環数の異なる樹脂からなる3層以上の絶縁被覆層を被覆してなる絶縁被覆アルミニウム電線であって、該導体に接触する最内層の絶縁被覆層を構成する樹脂の下記式(1)で求められたベンゼン環に対するイミド環含有モル比が0.366以上であり、かつ互いに隣接する絶縁被覆層において、該層を構成する樹脂の該イミド環含有モル比の差の絶対値が、いずれの隣接する絶縁被覆層間においても、0.026以上0.167以下であることを特徴とする絶縁被覆アルミニウム電線。
樹脂中のイミド環の全モル数/ベンゼン環の全モル数 式(1)
(4)前記各絶縁被覆層が、互いに、1)ポリアミドイミド樹脂単独、2)ポリイミド樹脂単独、または、3)混合比の異なるポリアミド樹脂とポリイミド樹脂の混合物のいずれかの点で異なる樹脂であることを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1項に記載の絶縁被覆アルミニウム電線。
(5)前記各絶縁被覆層に含まれる樹脂が、ポリアミドイミド樹脂とポリイミド樹脂の混合物であることを特徴とする(1)〜(4)のいずれか1項に記載の絶縁被覆アルミニウム電線。
(6)前記導体に接触する最内層の絶縁被覆層を構成する樹脂中の前記イミド環含有モル比が、0.366〜0.634であることを特徴とする(1)〜(5)のいずれか1項に記載の絶縁被覆アルミニウム電線。
(7)前記絶縁被覆層の全てのうち、前記イミド環含有モル比の最大値と最小値の差の絶対値が、0を超え0.30以下であることを特徴とする(1)〜(6)のいずれか1項に記載の絶縁被覆アルミニウム電線。
(8)前記絶縁被覆層を構成する樹脂の前記イミド環含有モル比が、前記導体に接触する最内層の絶縁被覆層で最も大きく、前記導体から最も遠い最外層の絶縁被覆層で、最も小さいことを特徴とする(1)〜(7)のいずれか1項に記載の絶縁被覆アルミニウム電線。
(9)前記2層以上の絶縁被覆層のうち、前記導体に接触する最内層の絶縁被覆層の厚さが、残りのいずれかの絶縁被覆層の厚さに対して同じか、または薄いことを特徴とする(1)〜(8)のいずれか1項に記載の絶縁被覆アルミニウム電線。
(10)前記2層以上の絶縁被覆層の少なくとも1層の厚さが、0.1μm以上25μm以下であることを特徴とする(1)〜(9)のいずれか1項に記載の絶縁被覆アルミニウム電線。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、厳しい巻線加工性に対するニーズに応えるべく、アルミニウム導体との密着性、絶縁被覆樹脂層間での密着性、耐摩耗性および加工後の絶縁性の高い絶縁被覆アルミニウム電線が提供できる。
特に、アルミニウム導体と接触する最内層にイミド環含有モル比の高い樹脂を設けることでアルミニウム導体との密着性を満足させることができ、被覆樹脂層の間におけるイミド環含有モル比を特定の関係、好ましくはイミド環含有モル比を導体側から順次低くすることで、アルミニウム導体との密着性に加えて、絶縁被覆樹脂層間での密着性、耐摩耗性および加工後絶縁性に優れる。
【0011】
なお、本明細書中で使用する「〜」とは、その前後に記載される数値を上限値および下限値として含むものとする。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の絶縁被覆アルミニウム電線の断面概略図である。
図2】実施例で測定したポリイミド樹脂の赤外吸収スペクトルのチャート図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に本発明の実施の形態を詳細に説明する。
本発明の絶縁被覆アルミニウム電線は、導体の外周に、少なくともベンゼン環とイミド環を有する樹脂を含む絶縁被覆層を有し、かつ2層以上の絶縁被覆層を被覆してなる絶縁被覆アルミニウム電線であり、導体に接触する最内層の絶縁被覆層を構成する樹脂のベンゼンに対するイミド環含有モル比が0.366以上であり、かつ互いに隣接する絶縁被覆層において、該層を構成する樹脂の該イミド環含有モル比の差の絶対値が、いずれの隣接する絶縁被覆層間においても、0.026以上0.167以下である。
以下、本発明で使用する材料、素材を説明する。
【0014】
<導体>
本発明で使用する導体のアルミニウムとは、純アルミニウムまたはアルミニウム合金(本明細書中で、これらを併せて、単に、アルミニウムということがある)である。このような導体は、従来電線で使用されている純アルミニウムまたはアルミニウム合金であればどのようなものでも構わない。アルミニウム合金としては、例えば、1000系アルミニウム合金、2000系アルミニウム合金、3000系アルミニウム合金、4000系アルミニウム合金、5000系アルミニウム合金、6000系アルミニウム合金などが挙げられ、代表的には、Feが0.6質量%以下、Siが0.2〜1.0質量%、Mgが0.2〜1.0質量%の成分を含み、残部がアルミニウムおよび不可避不純物からなるアルミニウム合金が挙げられる。
純アルミニウムまたはアルミニウム合金のなかでも、アルミニウム純度が99%以上の1000系アルミニウム合金が好ましく、また、高い電気導電性を有するものが好ましい。
【0015】
アルミニウム導体の断面形状は用途に応じて決めるものであるため、丸、平角(矩形)または六角形などいずれの形状でも構わない。例えば回転電機のような用途に対しては、ステータスロット内における導体の占有率を高くできるという点においては平角形状の導体が好ましい。
導体のサイズは用途に応じて決めるものであるため特に指定はないが、丸形状の導体の場合は直径で0.3mm〜3.0mmが好ましく、0.4mm〜2.7mmがより好ましい。平角形状の導体の場合は一辺の長さが幅(長辺)は1.0mm〜5.0mmが好ましく、1.4mm〜4.0mmがより好ましく、厚み(短辺)は0.4mm〜3.0mmが好ましく、0.5mm〜2.5mmがより好ましい。ただし、本発明の効果が得られる導体サイズの範囲はこの限りではない。また、平角形状の導体の場合、これも用途に応じて異なるが、断面正方形よりも、断面長方形が一般的である。用途が回転電機の場合には、平角形状の導体断面の4隅の面取り(曲率半径r)は、ステータスロット内での導体占有率を高める観点においては、rは小さい方が好ましいが、4隅への電界集中による部分放電現象を抑制するという観点においては、rは大きい方が好ましい。このため、曲率半径rは0.6mm以下が好ましく、0.2mm〜0.4mmがより好ましい。ただし本発明の効果が得られる範囲はこの限りではない。
【0016】
<絶縁被覆層>
本発明では、絶縁被覆層は2層以上の絶縁被覆層からなる積層樹脂被覆層である。
絶縁被覆層は、2層〜10層が好ましく、2層〜6層がより好ましく、2層〜5層がさらに好ましい。
また、2層以上の絶縁被覆層の少なくとも1層の厚さを、25μm以下、すなわち、0μmを超え25μm以下とすることで、伸張後の絶縁破壊電圧(BDV)に優れる。さらに、0.1〜10μmがより好ましい。
このなかでも、2層以上の絶縁被覆層の個々の絶縁被覆層の厚さが、いずれも0μmを超え25μm以下が好ましく、0.1〜10μmがより好ましい。
本発明では、個々の絶縁層の厚さを、導体に接触する最内層の絶縁被覆層の厚さが、残りのいずれかの絶縁被覆層の厚さに対して同じか、または薄くすることで、伸張後のBDVに優れる。
特に、導体に接触する最内層の絶縁被覆層の厚さは0.1〜10μmが好ましい。
一方、絶縁被覆層全体の厚さは、10〜100μmが好ましく、20〜80μmがより好ましい。
【0017】
絶縁被覆層を構成する樹脂は、本発明では、少なくともベンゼン環とイミド環を有する樹脂であって、導体に接触する最内層の絶縁被覆層は、該樹脂で構成される。
少なくともベンゼン環とイミド環を有する樹脂は、例えば、ポリイミド樹脂(PI)〔本願明細書では、ポリエーテルイミド樹脂(PEI)、ポリエステルイミド樹脂等の周辺樹脂を包含する〕、ポリアミドイミド樹脂(PAI)のように単独の樹脂でも、これらの樹脂を混合した混合物、さらにはこれら以外の樹脂との混合物であってもよい。本発明では、ポリイミド樹脂(PI)とポリアミドイミド樹脂(PAI)を混合した樹脂が好ましい。
【0018】
ポリイミド樹脂(PI)は、テトラカルボン酸二無水物と1分子中に2個以上のアミン基を有する多価アミン類を反応させて合成することができる。
ポリアミドイミド樹脂(PAI)は、例えば、有機溶媒中で、トリカルボン酸無水物と、1分子中に2個以上のイソシアネート基を有する多価イソシアネート類とを直接反応させる方法により、あるいは、極性溶媒中で、トリカルボン酸無水物と、1分子中に2個以上のアミン基を有する多価アミン類を先に反応させて、まずイミド結合を導入し、次いで1分子中に2個以上のイソシアネート基を有する多価イソシアネート類でアミド化する方法等により製造することができる。
ポリアミド樹脂(PA)は、ジカルボン酸、ジカルボン酸のジエステルもしくはジカルボン酸のジハロゲン化物と、1分子中に2個以上のアミン基を有する多価アミン類を反応させて合成することができる。
【0019】
テトラカルボン酸二無水物としては、例えば、3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)、3,3’,4,4’−ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物(BTDA)、3,3’,4,4’−ビフェニルエーテルテトラカルボン酸二無水物(OPDA)、3,3’,4,4’−ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物(DSDA)、ビシクロ(2,2,2)−オクト−7−エン−2,3,5,6−テトラカルボン酸二無水物(BCD)、1,2,4,5−シクロヘキサンテトラカルボン酸二無水物(H−PMDA)、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、2,2−ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン二無水物(6FDA)、5−(2,5−ジオキソテトラヒドロフリル)−3−メチル−3−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸無水物(CP)が挙げられる。
【0020】
トリカルボン酸無水物としては、例えば、トリメリット酸無水物(TMA)、2−(3,4−ジカルボキシフェニル)−2−(3−カルボキシフェニル)プロパン無水物、(3,4−ジカルボキシフェニル)(3−カルボキシフェニル)メタン無水物、(3,4−ジカルボキシフェニル)(3−カルボキシフェニル)エーテル無水物、3,3’,4−トリカルボキシベンゾフェノン無水物、1,2,4−ブタントリカルボン酸無水物、2,3,5−ナフタレントリカルボン酸無水物、2,3,6−ナフタレントリカルボン酸無水物、1,2,4−ナフタレントリカルボン酸無水物、2,2’,3−ビフェニルトリカルボン酸無水物が挙げられる。
【0021】
ジカルボン酸としては、テレフタル酸、イソフタル酸、2,2’−ビフェニルジカルボン酸、2,2−ビス(3−カルボキシフェニル)プロパン、ビス(3−カルボキシフェニル)メタン、ビス(3−カルボキシフェニル)エーテル、3,3’−ジカルボキシベンゾフェノン、コハク酸、アジピン酸、セバシン酸、ドデカンジカルボン酸等の2塩基酸等が挙げられる。
【0022】
1分子中に2個以上のイソシアネート基を有する多価イソシアネート類としては、脂肪族、脂環族、芳香脂肪族、芳香族または複素環ポリイソシアネートが挙げられ、具体的には、エチレンジイソシアネート、1,4−テトラメチレンジイソシアネート、1,6−ヘキサメチレンジイソシアネート、1,12−ドデカンジイソシアネート、シクロブテン−1,3−ジイソシアネート、シクロヘキサン−1,3−ジイソシアネート、シクロヘキサン−1,4−ジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、1,3−フェニレンジイソシアネート、1,4−フェニレンジイソシアネート、2,4−トリレンジイソシアネート、2,6−トリレンジイソシアネート、ジフェニルメタン−2,4’−ジイソシアネート、ジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネート(MDI)、ジフェニルエーテル−4,4’−ジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、ナフタレン−1,5−ジイソシアネート、1−メトキシベンゼン−2,4−ジイソシアネート、1−メトキシベンゼン−2,4−ジイソシアネート、ジフェニルスルホン−4,4’−ジイソシアネートおよびこれらのジイソシアネート類を多量化して得られる1分子中に3個以上のイソシアネート基を有する化合物、ポリフェニルメチレンポリイソシアネート等が挙げられる。
【0023】
ジアミンとしては、p−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、シリコーンジアミン、ビス(3−アミノプロピル)エーテルエタン、3,3’−ジアミノ−4,4’−ジヒドロキシジフェニルスルホン(SO−HOAB)、4,4’−ジアミノ−3,3’−ジヒドロキシビフェニル(HOAB)、2,2−ビス〔4−(4−アミノフェノキシ)フェニル〕ヘキサフルオロプロパン(HOCFAB)、シロキサンジアミン、ビス(3−アミノプロピル)エーテルエタン、N,N−ビス(3−アミノプロピル)エーテル、1,4−ビス(3−アミノプロピル)ピペラジン、イソホロンジアミン、1,3−ビス(アミノメチル)シクロヘキサン、3,3’−ジメチル−4,4’−ジアミノジシクロヘキシルメタン、4,4’−メチレンビス(シクロヘキシルアミン)、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル(DDE)、3,4’−ジアミノジフェニルエーテル(m−DDE)、3,3’−ジアミノジフェニルエーテル、4,4’−ジアミノ−ジフェニルスルホン(p−DDS)、3,4’−ジアミノ−ジフェニルスルホン、3,3’−ジアミノ−ジフェニルスルホン、2,4’−ジアミノジフェニルエーテル、1,3−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼン(m−TPE)、1,3−ビス(3−アミノフェノキシ)ベンゼン(APB)、2,2−ビス〔4−(4−アミノフェノキシ)フェニル〕プロパン(BAPP)、2,2−ビス〔4−(4−アミノフェノキシ)フェニル〕ヘキサフルオロプロパン(HF−BAPP)、ビス〔4−(4−アミノフェノキシ)フェニル〕スルホン(p−BAPS)、ビス〔4−(3−アミノフェノキシ)フェニル〕スルホン(m−BAPS)、4,4’−ビス(4−アミノフェノキシ)ビフェニル(BAPB)、1,4−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼン(p−TPE)、4,4’−ジアミノジフェニルスルフィド(ASD)、3,4’−ジアミノジフェニルスルフィド、3,3’−ジアミノジフェニルスルフィド、3,3’−ジアミノ−4,4’−ジヒドロキシジフェニルスルホン、2,4−ジアミノトルエン(DAT)、2,5−ジアミノトルエン、3,5−ジアミノ安息香酸(DABz)、2,6−ジアミノピリジン(DAPy)、4,4’−ジアミノ−3,3’−ジメトキシビフェニル(CHOAB)、4,4’−ジアミノ−3,3’−ジメチルビフェニル(CHAB)、9,9’−ビス(4−アミノフェニル)フルオレン(FDA)等が挙げられる。
【0024】
ポリイミド樹脂(PI)およびポリアミドイミド樹脂(PAI)の質量平均分子量は、5,000〜100,000が好ましく、10,000〜50,000がより好ましい。
ここで、質量平均分子量は、GPC〔ゲル浸透クロマトグラフィー(Gel Permeation Chromatography)〕によるポリスチレン換算で求めた値である。
【0025】
ポリイミド樹脂(PI)としては、(株)I.S.T社製のPyre−ML(商品名)、東レ(株)社製のトレニース#3000(商品名)、ユニチカ(株)社製のUイミド(商品名)、三井化学(株)社製のオーラムPL450C等が挙げられ、ポリエーテルイミド樹脂(PEI)として分類されるSABIC innovative Plastic IP BV社のウルテム(商品名)、ポリエステルイミド樹脂(トリメリット酸無水物、ジアミンから合成)としても分類される大日精化(株)社製のTerebec850(商品名)、日触スケネクタデー化学(株)社製のIsomi RL(商品名)等も挙げられる。
ポリアミドイミド樹脂(PAI)としては、例えば、日立化成(株)社製のHI406、HI−404(いずれも商品名)、荒川化学(株)社製のAI352、AI301が挙げられる。
【0026】
他の樹脂としては、ポリアミド樹脂(PA)、ポリフェニルスルホン樹脂(PPSU)、ポリエーテルスルホン樹脂(PES)、ポリフェニレンエーテル樹脂(PPE)、ポリエーテルエーテルケトン樹脂(PEEK)、ポリフェニレンスルフィド樹脂(PPS)、ポリケトン樹脂(PK)、ポリスルホン樹脂(PSU)等が挙げられる。
ポリエーテルスルホン樹脂(PES)としては、住友化学(株)社製のスミカエクセル3600G、4100G、4800G等が挙げられる。
【0027】
(絶縁被覆層を構成する樹脂のベンゼン環に対するイミド環含有モル比)
本発明では、導体に接触する最内層の絶縁被覆層を構成する樹脂の下記式(1)で求められたベンゼン環に対するイミド環含有モル比が0.366以上であり、かつ互いに隣接する絶縁被覆層において、該層を構成する樹脂の該イミド環含有モル比の差の絶対値が、いずれの隣接する絶縁被覆層間においても、0.026以上0.167以下である。
【0028】
樹脂中のイミド環の全モル数/ベンゼン環の全モル数 式(1)
【0029】
例えば、ピロメリット酸二無水物(PMDA)と4,4’−ジアミノジフェニルエーテル(DDE)から得られるポリイミド樹脂(PI)では、アミド基は存在せず、イミド基のみであり、上記式(1)で求められたベンゼン環に対するイミド環含有モル比は2/3≒0.667である。また、トリメリット酸無水物(TMA)とジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネート(MDI)から得られたポリアミドイミド樹脂(PAI)では、イミド基とアミド基は1:1で存在し、上記式(1)で求められたベンゼン環に対するイミド環含有モル比は1/3≒0.333である。
【0030】
アルミニウム導体に接触する絶縁被覆層を構成する樹脂中に存在するベンゼン環に対するイミド環含有モル比を0.366以上とすることで、イミド環とアルミニウム導体の表面との分子間力が強くなり、アルミニウム導体との密着性が向上すると推定される。一方、隣接する絶縁被覆層において、隣接する絶縁被覆層のイミド環含有モル比の差の絶対値を、0を超え0.167以下の範囲で変化させた積層構造とすることで、各隣接する絶縁被覆層間での界面の剥離が抑制されるため、耐摩耗性が向上すると推定される。
【0031】
(絶縁被覆樹脂中に存在するベンゼン環に対するイミド環含有モル比の測定)
絶縁被覆樹脂中に存在するベンゼン環に対するイミド環含有モル比は、前記式(1)で求められ、樹脂組成が既知であれば、分子構造から理論的に算出される。
一方、樹脂組成の詳細が不明確な場合や、製造された絶縁電線の絶縁被覆樹脂層に対しては、反射型赤外分光装置で、測定された赤外吸収スペクトルの吸光度面積から求めることができる。
具体的には、例えば、ミクロトーム(Reichert−Jung社製のMicrotome2050 SuperCut等)を用いて、絶縁被覆層の断面を切り出し、面分析が可能なアタッチメントを具備した反射型赤外分光装置(Thermoscientific社製のNicolet iN10顕微赤外分光測定装置等)により、各絶縁被覆層の赤外吸収スペクトルを測定し、得られた赤外吸収スペクトルから、下記式(2)により、ベンゼン環に対するイミド環の特定の吸収ピークの吸光度面積比xを求め、このxを下記式(3)の換算式に代入することで、ベンゼン環に対するイミド環含有モル比を求めることができる。
【0032】
x=Abs(imidoI)/Abs(BzC=C伸縮) 式(2)
【0033】
ここで、Abs(imidoI)はイミド環のimidoI(C=O面内伸縮振動;1700〜1780cm−1付近の吸収ピーク)の吸光度面積であり、Abs(BzC=C伸縮)は、同一絶縁被覆層におけるベンゼン環のC=C伸縮振動(1500cm−1付近の吸収ピーク)の吸光度面積である。
【0034】
y=c×x 式(3)
【0035】
ここで、yはベンゼン環に対するイミド環含有モル比、xは上記式(2)で求めた、ベンゼン環に対するイミド環の特定の吸収ピークの吸光度面積比である。cは定数を表す。
【0036】
定数cは、構造既知の樹脂でのyとxの関係から求められる。
【0037】
例えば、ポリイミド樹脂であるPyre−ML(商品名;I.S.T社製)による絶縁被覆層の樹脂の赤外吸収スペクトルは、図2のようなチャートとして得られる。このチャートから、ベンゼン環由来の吸収ピーク1500cm−1の吸光度面積(α部分)とイミド環由来の吸収ピーク1720cm−1の吸光度面積(β部分)を求め、上記式(2)に代入することでx=2.56が算出される。構造既知の樹脂から求められた定数cは0.2605であるから、式(3)の換算式より求められるベンゼン環に対するイミド環含有モル比は、0.667である。
【0038】
なお、イミド環のimidoI(C=O面内伸縮振動)は、通常1700〜1780cm−1の領域に1本もしくは2本の吸収があり、最も吸収強度の高い高波数側のピークの吸光度を計算に用いる。また、ベンゼン環の骨格振動であるC=C伸縮振動は、1500cm−1付近に強いピークとして現われる。
【0039】
本発明では、絶縁被覆樹脂中に存在するベンゼン環に対するイミド環含有モル比は、前記式(1)で直接求めても、赤外吸収スペクトルの吸光度面積比で間接的に求めてもよく、本明細書では、代表して、以後、「式(1)で求められた」として説明する。
【0040】
アルミニウム導体に接触する最内層の絶縁被覆層の前記イミド環含有モル比は、0.366〜0.634が好ましく、0.393〜0.634がより好ましく、0.400〜0.634がさらに好ましい。
導体に接触する最内層の絶縁被覆層のイミド環含有モル比が0.366以上であると、アルミニウム導体との密着性が優れ、0.366未満であるとイミド基の含有量が少ないため、アルミニウム導体との密着性が悪くなる。なお、該比が0.634以下であると、アルミニウム導体との密着性の良化に加え、絶縁被覆層間での密着性もよく、耐摩耗性にも優れる。
【0041】
また、互いに隣接する絶縁被覆層において、これらの層を構成する樹脂の前記イミド環含有モル比の差の絶対値が、いずれの隣接する絶縁被覆層間においても、0を超え0.167以下である。該イミド環含有モル比の差の絶対値は、0.026〜0.167が好ましく、0.030〜0.167がより好ましく、0.033〜0.134がさらに好ましい。
互いに隣接する絶縁被覆層のイミド環含有モル比の差の絶対値が、0を超え0.167以下であると、耐摩耗性および加工後の絶縁性が優れ、0であると加工後の絶縁性の問題が発生し、0.17以上であると隣接する絶縁被覆層間のイミド環含有モル比の差が大きくなるため、耐摩耗性が悪化する。
ただし、本発明では、いずれの隣接する絶縁被覆層間においてもイミド環含有モル比の差の絶対値は0.026〜0.167である。
【0042】
本発明では、全ての絶縁被覆層で求めた前記イミド環含有モル比のなかで、最大値と最小値の差の絶対値が、0を超え0.30以下であることが好ましい。
上記の最大値と最小値の差の絶対値を、0を超え0.30以下にすることで、特に、優れた耐摩耗性が得られる。
【0043】
本発明では、絶縁被覆層を構成する樹脂の前記イミド環含有モル比は、導体に接触する最内層の絶縁被覆層で最も大きく、導体から最も遠い最外層の絶縁被覆層で、最も小さいことが好ましく、導体から最も近い側の絶縁被覆層から遠くの絶縁被覆層になるに従って、順に小さくなることが特に好ましい。
このようにすることで、特に、優れた耐摩耗性が得られる。
【0044】
前記イミド環含有モル比は、1つの樹脂中に存在するアミド基とイミド基、ベンゼン環数を変更することで本発明の規定する範囲とすることができるが、本発明では、複数の樹脂を混合することで調節することが好ましく、なかでも、ポリイミド樹脂(PI)とポリアミドイミド樹脂(PAI)を混合することで調節することが好ましく、このようにすることで、特に、優れた密着性、耐摩耗性および伸張後のBDVが得られる。
【0045】
(添加物)
本発明では、絶縁被覆層には、目的に応じて、各種の添加物を含有させることができる。
このような添加物としては、例えば、顔料、架橋剤、触媒、酸化防止剤が挙げられる。
このような添加物の含有量は、絶縁被覆層を構成する樹脂100質量部に対し、0.01〜10質量部が好ましい。
【0046】
絶縁被覆層のなかでも、本発明の導体を被覆する最外層の絶縁被覆層には、常法によりワックスや潤滑剤を分散、混合して自己潤滑樹脂としたものを使用することもできる。使用されるワックスとしては、通常用いられるものを特に制限なく使用することができ、例えば、ポリエチレンワックス、石油ワックス、パラフィンワックス等の合成ワックスおよびカルナバワックス、キャデリラワックス、ライスワックス等の天然ワックスが挙げられる。潤滑剤についても特に制限はなく、例えば、シリコーン、シリコーンマクロモノマー、フッ素樹脂等を用いることができる。
【0047】
<絶縁被覆アルミニウム電線の製造方法>
アルミニウム導体は、伸線工程および焼鈍工程を行うことにより、所定の径および硬さに調整する。伸線工程では、例えば、荒引き線を、潤滑剤を使用してダイスで引き抜き、減面加工を繰り返すことにより、所定の径のアルミ導体を得ることができる。焼鈍工程では、例えば、300℃〜550℃に設定された2〜8mの炉内にて1〜100秒間焼鈍する。
また、このアルミニウム導体は、水あるいは有機溶剤などを使用した洗浄工程により、表面に付着する油成分やアルミ粉などの付着物を除去することが望ましい。
アルミニウム導体上に絶縁被覆層を形成する方法としては、一般に知られている銅導体上に絶縁被覆層を形成させる方法と同様でよく、絶縁被覆樹脂をアルミニウム導体上に塗布し、焼付け処理する工程を繰り返し行うことで、2層以上の複数層からなる絶縁被覆層を形成することができる。
具体的な焼き付け条件はその使用される炉の形状などに左右されるが、およそ5mの自然対流式の竪型炉であれば、400〜500℃にて通過時間を30〜90秒に設定することにより達成することができる。
【0048】
(溶剤)
絶縁被覆層を形成するワニスは絶縁被覆層を構成する樹脂や添加物を溶剤に溶解して調製することができる。このような溶剤としては、有機溶剤が好ましく、例えば、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAC)、ジメチルスルホキシド、N,N−ジメチルホルムアミド等のアミド系溶媒、N,N−ジメチルエチレンウレア、N,N−ジメチルプロピレンウレア、テトラメチル尿素等の尿素系溶媒、γ−ブチロラクトン、γ−カプロラクトン等のラクトン系溶媒、プロピレンカーボネート等のカーボネート系溶媒、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン等のケトン系溶媒、酢酸エチル、酢酸n−ブチル、ブチルセロソルブアセテート、ブチルカルビトールアセテート、エチルセロソルブアセテート、エチルカルビトールアセテート等のエステル系溶媒、ジグライム、トリグライム、テトラグライム等のグライム系溶媒、トルエン、キシレン、シクロヘキサン等の炭化水素系溶媒、スルホラン等のスルホン系溶媒が挙げられる。これらのうちでは高溶解性、高反応促進性等の点でアミド系溶媒、尿素系溶媒が好ましく、加熱による架橋反応を阻害しやすい水素原子をもたない等の点で、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルエチレンウレア、N,N−ジメチルプロピレンウレア、テトラメチル尿素がより好ましく、N−メチル−2−ピロリドンが特に好ましい。この有機溶剤の沸点は、好ましくは160℃〜250℃、より好ましくは165℃〜210℃である。
【0049】
<絶縁被覆アルミニウム電線の性能>
本発明の絶縁被覆アルミニウム電線は、アルミニウム導体との密着性、絶縁被覆樹脂層間での密着性、耐摩耗性および絶縁性に優れる。
これらの性能は、以下のようにして測定した値で評価できる。
【0050】
(導体との密着性)
JIS C3003−1984の密着性試験方法に従い、測定器として、例えば、オートグラフAGS−J〔(株)島津製作所製〕を使用し、アルミニウム導体が破断するまで伸長させ、伸長切断後の導体からの絶縁皮膜の浮き長さを測定する。
本発明では、該浮き長さが、20mm未満が好ましく、2mm未満がより好ましい。測定ゲージを使って目視で浮き長さを測定するため、現実的な下限値は0.1mm以上である。
【0051】
(耐摩耗性)
スクレープテスタ(自動車用電線摩耗試験機)、例えば、NEMAスクレープテスター〔(株)東洋精機製作所製〕を使用して一方向摩耗試験を行い、JIS C3003−1984の耐摩耗性試験方法により評価する。
本発明では、温度20±10℃、湿度65±15%の条件で、絶縁電線を10%伸張し、まっすぐにした状態で測定器に取り付け、絶縁被覆層が破壊するまでの荷重を測定した値が、1400g以上が好ましく、1500g以上がより好ましい。本実施例にあるような皮膜の全体の厚さ30μm、直径1mmの円形導体の絶縁被覆アルミニウム電線の場合には現実的な上限値は3520g以下である。
【0052】
(加工後の絶縁性)
卓上形精密万能試験機〔例えば、(株)島津製作所製、オートグラフAGS−J〕を使用し、絶縁電線を10%伸長した試験片に対して、JIS C3003−1984の絶縁破壊試験方法により、絶縁破壊電圧測定器を使用して絶縁破壊電圧(BDV)を測定する。値が大きいほど、加工後の絶縁性が良好である。
本発明では、好ましくは8kV以上、より好ましくは10kV以上である。本実施例にあるような皮膜の全体の厚さ30μm、直径1mm円形導体の絶縁被覆アルミニウム電線の場合には現実的な上限値は25kV以下である。
【0053】
<絶縁被覆アルミニウム電線の適用>
本発明の絶縁被覆アルミニウム電線は、軽量で小型化も可能なため、モーターや発電機などのコイルに使用することができる。具体的には、高積率が要求される、例えばハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)の駆動モーター用の巻線に好ましく使用できる。
【実施例】
【0054】
以下に本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0055】
樹脂組成物に使用した素材は以下の素材である。
(A)ポリアミドイミド樹脂
HI406(商品名;日立化成(株)社製):被覆層を形成した状態での樹脂の、ベンゼン環に対するイミド環含有モル比1/3≒0.333
(B)ポリイミド樹脂
Pyre−ML(商品名;I.S.T社製):被覆層を形成した状態での樹脂のベンゼン環に対するイミド環含有モル比2/3≒0.667
(C)ポリエーテルイミド樹脂
ULTEM 1010(商品名;ソルベイ社製):被覆層を形成した状態での樹脂のベンゼン環に対するイミド環含有モル比0.400
(D)ポリエーテルスルホン樹脂
スミカエクセル4800G(商品名;住友化学(株)社製):被覆層を形成した状態での樹脂のベンゼン環に対するイミド環含有モル比0.0
【0056】
(ワニスの作製)
・ワニス1の作製
ポリアミドイミド樹脂(A)とポリイミド樹脂(B)を固形分比がそれぞれ90%、10%となるように混合、攪拌し、ワニス1を作製した。
【0057】
・ワニス2〜10、ワニス12、ワニスAおよびワニスBの作製
ワニス1と同様に、下記表1に記載した固形分比率になるように、ワニス2〜9はポリアミドイミド樹脂(A)とポリイミド樹脂(B)を、ワニス10はポリアミドイミド樹脂(A)とポリエーテルイミド樹脂(C)を、ワニス12はポリアミドイミド樹脂(A)とポリエーテルスルホン樹脂(D)を混合、攪拌し、ワニス2〜10、12を作製した。ワニスAは、固形分がポリイミド樹脂(B)100%であり、Pyre−ML(I.S.T社製)をそのまま使用した。ワニスBは、固形分がポリアミドイミド樹脂(A)100%であり、HI406(日立化成(株)社製)をそのまま使用した。
【0058】
・ワニス11の作製
容量4リットルの3つ口フラスコに、加熱冷却装置、窒素導入装置、撹拌機を備えた合成装置を用意した。その中に、トリメリット酸無水物(TMA)172.9g(0.9モル)、ピロメリット酸二無水物(PMDA)21.8g(0.1モル)、ジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネート(MDI)250.1g(1.0モル)と、溶媒として、N−メチル−2−ピロリドン851.2gを加え、窒素気流中撹拌しながら常温から140℃ まで2時間かけて昇温した。フラスコ内から激しく炭酸ガスの発生が見られ、フラスコ内の溶液が粘調になるまで、さらに140℃で2時間撹拌を続けた。その後常温まで冷却し、ワニス11(樹脂濃度30質量%)1216gを得た。
【0059】
上記で作製したワニス1〜12、ワニスAおよびBの樹脂成分とともに、各ワニスをアルミニウム純度99.9%以上からなるアルミニウム(直径R=1.0mm)の円形導体に、導体の形状と相似形のダイスを複数個使用して、炉長8mの焼付炉にて、焼き付け温度450℃、焼き付け時間およそ15秒の条件で複数回焼き付けを行って形成された樹脂層の樹脂全体のイミド環含有モル比を下記表1にまとめて示す。
【0060】
【表1】
【0061】
実施例1
アルミニウム純度99.9%以上からなるアルミニウム(直径R=1.0mm)の円形導体に、アルミニウム導体側から、ベンゼン環に対するイミド環含有モル比が0.533であるワニス6(層1)を膜厚3μm、ベンゼン環に対するイミド環含有モル比が0.467であるワニス4(層2)を膜厚3μm、ベンゼン環に対するイミド環含有モル比が0.400であるワニス2(層3)を膜厚3μm、ベンゼン環に対するイミド環含有モル比が0.333であるワニスB(層4)を膜厚21μmの順で絶縁被覆層を形成し、全体の絶縁被覆層の膜厚が30μmの絶縁電線を作製した。
最内層である層1のベンゼン環に対するイミド環含有モル比ならびに全ての隣接層間でのベンゼン環に対するイミド環含有モル比の差および全絶縁被覆層におけるベンゼン環に対するイミド環含有モル比の最大値と最小値の差の絶対値は、下記表2に示した。
なお、絶縁被覆層の形成に際しては導体の形状と相似形のダイスを複数個使用して、炉長8mの焼付炉にて、焼き付け温度450℃、焼き付け時間およそ15秒の条件で複数回焼き付けを行った。
【0062】
実施例2〜12および比較例1〜5
下記表2、3に記載したワニスの種類および膜厚、ならびに層構成のように変更した以外は、実施例1と同様にして、実施例2〜12および比較例1〜5の絶縁電線を作製した。
【0063】
比較例6
アルミニウムの円形導体の代わりに、酸素含有量15ppmの銅の円形導体を使用し、下記表3に記載したワニスの種類および膜厚、ならびに層構成のように変更した以外は、実施例1と同様にして、比較例6の絶縁電線を作製した。
【0064】
上記の各絶縁電線に対して、下記の評価を行った。
【0065】
(赤外吸収スペクトルによる樹脂中のベンゼン環に対するイミド環含有モル比の算出)
上記で作製した各絶縁電線に対して、ミクロトーム(Reichert−Jung社製のMicrotome2050 SuperCut)を用いて絶縁被覆層の断面を切り出す。面分析が可能なアタッチメントを具備した反射型赤外分光装置(Thermoscientific社製のNicolet iN10顕微赤外分光測定装置)を用いて、各絶縁被覆層の樹脂の切り出した断面における赤外吸収スペクトルを測定した。
赤外吸収スペクトルから得られるベンゼン環に対するイミド環の特定の吸収ピークの吸光度面積比xを下記式(2)から求め、以下の換算式(3)から樹脂中のベンゼン環に対するイミド環含有モル比を算出した。
x=Abs(imidoI)/Abs(BzC=C伸縮) 式(2)
【0066】
上記Abs(imidoI)はイミド環のimidoI(C=O面内伸縮振動;1700〜1780cm−1付近の吸収ピーク)の吸光度面積であり、Abs(BzC=C伸縮)は、同一絶縁被覆層におけるベンゼン環のC=C伸縮振動(1500cm−1付近の吸収ピーク)の吸光度面積である。
【0067】
y=c×x 式(3)
【0068】
上記yはベンゼン環に対するイミド環含有モル比、xは上記式(2)で求めた、ベンゼン環に対するイミド環の特定の吸収ピークの吸光度面積比である。cは定数を表す。
【0069】
ポリイミド樹脂であるPyre−ML(商品名;I.S.T社製)で形成された絶縁被覆層の樹脂の赤外吸収スペクトルのチャートを図2に示す。ベンゼン環由来の吸収ピーク1500cm−1の吸光度面積(α部分)とイミド環由来の吸収ピーク1720cm−1の吸光度面積(β部分)から、xは2.56であった。式(3)の定数cは、構造既知の樹脂から求めたベンゼン環に対するイミド環含有モル比とベンゼン環に対するイミド環の特定の吸収ピークの吸光度面積比との関係から、0.2605である。上記式(3)にx=2.56を代入すると、イミド環含有モル比は、0.667であった。
【0070】
ポリアミドイミド樹脂であるHI406(商品名;日立化成(株)社製)の場合、xは1.28であり、ワニス5で形成された絶縁被覆層の樹脂の場合、xは1.92であり、それぞれ、式(3)から、イミド環含有モル比は、順に、0.333、0.500であった。
同様にして、他のワニスから形成された絶縁被覆層の樹脂のイミド環含有モル比を求めた。
【0071】
(密着性評価)
JIS C3003−1984の密着性試験方法に従い、測定器として、オートグラフAGS−J〔(株)島津製作所製〕を使用し、アルミニウム導体が破断するまで伸長させ、伸長切断後の導体からの絶縁皮膜の浮き長さを測定し、2mm未満のものを◎、2mm以上20mm未満のものを○、20mm以上100mm未満のものを△、100mm以上のものを×とした。
【0072】
(耐摩耗性評価)
JIS C3003−1984の耐摩耗性試験方法により、下記のようにして評価した。
一方向摩耗試験に、NEMAスクレープテスター〔(株)東洋精機製作所製〕を使用し、温度20±10℃、湿度65±15%の条件で、絶縁電線を10%伸張し、まっすぐにした状態で測定器に取り付けた状態で、絶縁被覆層が破壊するまでの荷重を測定した。値が高いほど耐摩耗性が良好である。1500g以上を◎、1400g以上1500g未満のものを○、1300g以上1400g未満のものを△、1300g未満のものを×とした。
【0073】
〔加工後の絶縁性評価:伸長後の絶縁破壊電圧(BDV)〕
卓上形精密万能試験機〔(株)島津製作所製、オートグラフAGS−J〕を使用し、絶縁電線を10%伸長した試験片に対して、JIS C3003−1984の絶縁破壊試験方法により行った。測定器として、絶縁破壊電圧測定器を使用し、絶縁破壊電圧(BDV)を測定した。値が大きいほど、加工後の絶縁性が良好である。10kV以上を◎、8kV以上10kV未満のものを○、5kV以上8kV未満のものを△、5kV未満のものを×とした。
【0074】
なお、いずれの評価においても○以上が目標レベルである。
得られた結果を、下記表2、3にまとめて示す。
ここで、イミド環含有モル比については、表中ではイミド環含有比と省略して記載する。
【0075】
【表2】
【0076】
【表3】
【0077】
上記表2、3から明らかなように、実施例1〜12の多層絶縁被覆電線は、密着性、伸長後の絶縁破壊電圧(BDV)および耐摩耗性が全て良好であるのに対して、比較例1〜3の単層絶縁被覆電線および比較例4〜6の多層絶縁被覆電線は、密着性、伸長後のBDV、摩耗性のいずれかが不十分であった。最内層の絶縁被覆層のイミド環含有モル比が0.366に満たない比較例1では、特に密着性が悪かった。また、互いに隣接する絶縁被覆層のイミド環含有モル比の差の絶対値が、0を越え0.167以下の範囲から外れた比較例4および5ならびに単層絶縁被覆電線である比較例2および3では、伸長後のBDVおよび耐摩耗性を満足しなかった。なお、比較例4は、互いに隣接する絶縁被覆層のイミド環含有モル比の差の絶対値が、0を越え0.167の範囲外であるだけでなく、最内層の絶縁被覆層のイミド環含有モル比が好ましい範囲より大きく、絶縁被覆層の全てのうち、イミド環含有モル比の最大値と最小値の差の絶対値が好ましい範囲を超えているため、耐摩耗性が悪化していると思われる。
先行技術文献1の実施例に記載されている絶縁皮覆層構成と同じ比較例6では、最内層の絶縁被覆層のイミド環含有モル比が0.366に満たないため、密着性が悪かった。
【符号の説明】
【0078】
1 アルミニウム導体
10 絶縁層(第1層:最内層)
11 絶縁層(第2層)
12 絶縁層(第3層)
13 絶縁層(第4層)
14 絶縁層(第5層)
20 絶縁層(第6層:最外層)
α ベンゼン環由来の吸収ピーク1500cm−1の吸光度面積
β イミド環由来の吸収ピーク1720cm−1の吸光度面積
図1
図2