【発明が解決しようとする課題】
【0008】
効率よく、しかも化学的に安定な結合により擬ポリロタキサンの両末端に封鎖基を導入してポリロタキサンを得るには、ポリエチレングリコール(以下、PEGともいう)の両末端を−COOH基とし、封鎖基を該−COOH基と反応する基、例えば−NH
2基、−OH基などとして反応させることが有効である。
しかしながら、このような擬ポリロタキサンの両末端に封鎖基を導入する反応においては系内の水分が反応を失活させるため、反応を効率よく進行させるには、反応系中に水が存在しないかまたは水分量を極めて微量に制御する必要があり、擬ポリロタキサン水性分散体を遠心分離、濾過などにより固液分離した後、または水性分散体をそのまま乾燥し、充分に水を除去する必要があった。
【0009】
特許文献1〜3に開示されているような従来技術では、極めて流動性の低いペースト状やクリーム状、または流動性のないゲル状の擬ポリロタキサン水性分散体が得られる。ペースト状やクリーム状で得られた擬ポリロタキサン水性分散体であっても経時的に流動性を失うため、工業的には、乾燥する前に擬ポリロタキサン水性分散体を遠心分離、濾過などにより固液分離することが極めて難しいという問題があった。
【0010】
また、本発明者らは、擬ポリロタキサン水性分散体をそのまま乾燥する場合、擬ポリロタキサン水性分散体を噴霧乾燥または薄膜状にして乾燥することにより高い包接率を有する擬ポリロタキサンを工業的に有利に製造できることを見出しているが、従来技術において得られた擬ポリロタキサン水性分散体は極めて流動性が低いか、流動性のないゲル状であるため、擬ポリロタキサン水性分散体を噴霧したり均一に薄膜化したりすることが難しいという問題があった。
【0011】
さらに、従来技術において得られた擬ポリロタキサン水性分散体では、極めて流動性が低いか、流動性のないゲル状であるため、擬ポリロタキサン水性分散体にそのまま封鎖剤を添加し、擬ポリロタキサンの両末端に封鎖基を導入しようとする場合、均一な攪拌混合が困難であり、反応が均一に進行しないなどの課題があった。
【0012】
加えて、従来技術において得られた擬ポリロタキサン水性分散体では、例えば、擬ポリロタキサン水性分散体の調製槽から乾燥機への移送など、設備間の移送が困難であるなど、ポリロタキサンの工業的規模での生産において多くの不具合をもたらす。
【0013】
擬ポリロタキサン水性分散体の流動性を改善するため、分散媒を追加して混合し、擬ポリロタキサン水性分散体に占める擬ポリロタキサンの濃度を低下させることも考えられるが、このような方法では、生産性が低下し、経済的でないばかりでなく、シクロデキストリンの遊離を誘発し、擬ポリロタキサンの包接率を低下させる場合があった。
なお、本明細書において前記包接率とは、PEGへのシクロデキストリンの最大包接量に対するPEGを包接しているシクロデキストリンの包接量の割合であり、PEGとシクロデキストリンの混合比、水性媒体の種類などを変化させることにより、任意に調整することが出来る。また、前記最大包接量とは、PEG鎖の繰り返し単位2つに対し、シクロデキストリンが1つ包接された最密包接状態とした場合のシクロデキストリンの個数をいう。
【0014】
本発明は、上記の課題を解決し、流動性がよく、擬ポリロタキサン粒子の分散安定性に優れる擬ポリロタキサン水性分散体を工業的に有利な方法で製造することができる擬ポリロタキサン水性分散体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、シクロデキストリン分子の開口部にポリエチレングリコールが串刺し状に包接された擬ポリロタキサン粒子を含有する擬ポリロタキサン水性分散体を製造する方法であって、ポリエチレングリコールとシクロデキストリンとを、水性媒体中に溶解して混合溶液を調製する混合工程と、前記混合溶液を流動させながら連続的または断続的に冷却して擬ポリロタキサン粒子を析出させる冷却工程とを有
し、混合工程においてポリエチレングリコールとシクロデキストリンとを水性媒体に溶解させて混合する温度が50〜100℃であり、冷却工程における冷却速度が0.01〜30℃/分であり、前記ポリエチレングリコールは、両末端に、アミノ基、カルボキシル基及びチオール基からなる群より選択される反応性基を有する擬ポリロタキサン水性分散体の製造方法である。
以下に本発明を詳述する。
【0016】
本発明者らは、PEGとシクロデキストリンとを、水性媒体中に溶解して混合溶液を調製した後、前記混合溶液を流動させながら連続的または断続的に冷却し、擬ポリロタキサン粒子を析出させることにより、流動性および擬ポリロタキサン粒子の分散安定性に優れた擬ポリロタキサン水性分散体を工業的に有利な方法で製造することができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0017】
本発明の擬ポリロタキサン水性分散体の製造方法は、PEGとシクロデキストリンとを、水性媒体中に溶解して混合溶液を調製する混合工程を有する。
【0018】
前記PEGの重量平均分子量は1000〜50万であることが好ましく、1万〜30万であることがより好ましく、1万〜10万であることがさらに好ましい。前記PEGの重量平均分子量が1000未満であると、得られる架橋ポリロタキサンが特性の低いものとなることがある。前記PEGの重量平均分子量が50万を超えると、擬ポリロタキサン水性分散体の流動性が低くなる場合がある。
なお、本明細書において、前記重量平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)で測定を行い、ポリエチレングリコール換算により求められる値である。GPCによってポリエチレングリコール換算による重量平均分子量を測定する際のカラムとしては、例えば、TSKgel SuperAWM−H(東ソー社製)などが挙げられる。
【0019】
前記PEGは、両末端に反応性基を有することが好ましい。前記反応性基は、従来公知の方法によりPEGの両末端に導入することが出来る。
前記PEGの両末端に有する反応性基は、採用する封鎖基の種類により適宜変更することができ、特に限定されないが、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基などが挙げられ、とりわけ、カルボキシル基が好ましい。前記PEGの両末端にカルボキシル基を導入する方法としては、例えば、TEMPO(2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジニルオキシラジカル)と次亜塩素酸ナトリウムとを用いてPEGの両末端を酸化させる方法などが挙げられる。
【0020】
前記混合工程において、PEGとシクロデキストリンとの重量比は1:2〜1:5であることが好ましく、1:2.5〜1:4.5であることがより好ましく、1:3〜1:4であることがさらに好ましい。シクロデキストリンの重量がPEGの重量の2倍未満であると、PEGを包接するシクロデキストリンの個数(包接量)が低下する場合がある。シクロデキストリンの重量がPEGの重量の5倍を超えても、包接量は増加せず経済的でない。
【0021】
前記シクロデキストリンとしては、例えば、α−シクロデキストリン、β−シクロデキストリン、γ−シクロデキストリン、およびこれらの誘導体などが挙げられる。とりわけ、包接性の観点より、α−シクロデキストリンが好ましい。これらのシクロデキストリンは、1種を単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0022】
前記水性媒体としては、例えば、水、水とDMF、DMSOなどの水性有機溶媒との水性混合物などが挙げられ、とりわけ水が好ましく用いられる。
【0023】
前記混合工程におけるPEGとシクロデキストリンとを水性媒体に溶解させて混合する際には、通常50〜100℃、好ましくは60〜90℃、より好ましくは70〜80℃に加熱、溶解することによりほぼ透明な混合溶液を得ることが出来る。
【0024】
本発明の擬ポリロタキサン水性分散体の製造方法は、前記混合溶液を流動させながら連続的または断続的に冷却して擬ポリロタキサン粒子を析出させる冷却工程を有する。前記冷却工程を行うことにより、PEGとシクロデキストリンからなる擬ポリロタキサン粒子が析出し、概ね白色状の擬ポリロタキサン水性分散体が得られる。
前記混合溶液を冷却する際に、静置下で冷却して擬ポリロタキサン粒子を析出させる従来の方法では、極めて流動性の低いペースト状やクリーム状、または流動性のないゲル状の擬ポリロタキサン水性分散体が得られるが、本発明の擬ポリロタキサン水性分散体の製造方法では、混合溶液を流動させながら連続的または断続的に冷却し、擬ポリロタキサン粒子を析出させることにより、流動性がよく、経時的に流動性が低下しない擬ポリロタキサン水性分散体を得ることができる。
本明細書において流動性とは、例えば、擬ポリロタキサン水性分散体を容器に入れた状態で、当該容器を傾けたとき擬ポリロタキサン水性分散体が自重で流れる、流れ易さを示しており、流動性を評価する指標の一つとして後述する擬ポリロタキサン分散体の粘度が挙げられる。
【0025】
前記冷却工程における到達温度は、0〜30℃であることが好ましく、5〜20℃であることがより好ましく、5〜15℃であることがさらに好ましい。前記混合溶液を0℃未満まで冷却した場合、凍結などにより得られる擬ポリロタキサン水性分散体の流動性が低下することがある。前記到達温度が30℃を超える場合、擬ポリロタキサン粒子が充分に析出しないことがある。
【0026】
前記冷却工程における冷却速度は、0.01〜30℃/分であることが好ましく、0.05〜20℃/分であることがより好ましく、0.05〜10℃/分であることがさらに好ましい。前記冷却速度が0.01℃/分未満であると、析出する擬ポリロタキサン粒子が微細となりすぎるため、得られる擬ポリロタキサン水性分散体の流動性が低下する場合がある。前記冷却速度が30℃/分を超えると、擬ポリロタキサン粒子が大きくなるため分散安定性が低下し、沈降分離する場合がある。
【0027】
また、上述したように、擬ポリロタキサン粒子をより完全に析出させるため、断続的に冷却することも可能であり、冷却の過程で冷却速度や前記混合溶液の流動状態を変化させることも可能である。
【0028】
前記混合溶液を冷却し、所望の温度に到達した後、得られた擬ポリロタキサン水性分散体の流動状態を保持する時間は、通常数秒〜1週間、好ましくは数時間〜3日である。
【0029】
前記冷却工程において、前記混合溶液を冷却する際に、混合溶液を流動させる方法としては、攪拌翼による攪拌、超音波照射などを使用することができる。また、外層に冷却媒体を流した二重管式冷却管などの冷却管に、ローラー式ポンプなどのポンプにて前記混合溶液を送液し、これを繰り返し循環させながら冷却する方法を使用することもできる。
前記混合溶液を流動させる程度は特に限定されず、緩やかな攪拌により混合溶液が僅かに流動する程度からホモジナイザーなどでの強攪拌による激しい流動状態まで任意に選択することが出来るが、過小な流動状態では析出する擬ポリロタキサン粒子が大きくなるため分散安定性が低下し、沈降分離する場合があり、過大な流動状態では析出する擬ポリロタキサン粒子が微細となりすぎ、得られる擬ポリロタキサン水性分散体の流動性が低下する場合があるため、後述する擬ポリロタキサン水性分散体中の粒子の体積平均粒子径が特定の範囲となるように前記混合溶液を冷却する際の流動状態を調整することが好ましい。
例えば、攪拌翼による攪拌にて前記混合溶液を流動させる場合、攪拌翼の先端周速は0.1〜50m/秒であることが好ましく、1〜30m/秒であることがより好ましい。
【0030】
前記擬ポリロタキサン水性分散体中の粒子の体積平均粒子径は、冷却速度、冷却後の到達温度、冷却する際の混合溶液の流動状態などにより変化するが、本発明者らは、前記擬ポリロタキサン水性分散体中の粒子の体積平均粒子径が特定の範囲にある場合、流動性がよく、経時的に流動性が低下せず、粒子の沈降分離が生じない、という良好な流動性と優れた分散安定性とを共に備えた擬ポリロタキサン水性分散体が得られることを見出した。
前記擬ポリロタキサン水性分散体中の粒子の体積平均粒子径は、1〜200μmであることが好ましく、1〜100μmであることがより好ましく、1〜50μmであることがさらに好ましい。擬ポリロタキサン水性分散体中の粒子の体積平均粒子径が1μm未満であると、分散体の流動性が低下するか流動性を示さない場合がある。擬ポリロタキサン水性分散体中の粒子の体積平均粒子径が200μmを超えると、擬ポリロタキサン水性分散体中の粒子が沈降分離することがある。
なお、本明細書において前記擬ポリロタキサン水性分散体中の粒子の体積平均粒子径は、レーザー回折式粒度分布測定装置により分析することが出来る。
【0031】
前記擬ポリロタキサン水性分散体に占める擬ポリロタキサンの濃度(以下、固形分濃度ともいう)は、5〜25重量%であることが好ましく、5〜20重量%であることがより好ましく、10〜20重量%であることがさらに好ましい。前記擬ポリロタキサン水性分散体の固形分濃度が5重量%未満であると、経済的でない。前記擬ポリロタキサン水性分散体の固形分濃度が25重量%を超えると、擬ポリロタキサン水性分散体の流動性が低下する場合がある。
【0032】
前記擬ポリロタキサン水性分散体の粘度は、1万mPa・s以下であることが好ましく、7000mPa・s以下であることがより好ましく、5000mPa・s以下であることがさらに好ましい。
前記擬ポリロタキサン水性分散体の粘度が1万mPa・sを超える場合、前記擬ポリロタキサン水性分散体の流動性が悪く、工業的規模での固液分離、均一な攪拌混合、設備間での移送、擬ポリロタキサン水性分散体の噴霧乾燥などが困難となる。
なお、本明細書において擬ポリロタキサン水性分散体の粘度は、ブルックフィールド粘度計を用い、10℃、6rpmの条件により分析することができる。