特許第6013197号(P6013197)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6013197セリン、スレオニンの翻訳後修飾解析用標識剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6013197
(24)【登録日】2016年9月30日
(45)【発行日】2016年10月25日
(54)【発明の名称】セリン、スレオニンの翻訳後修飾解析用標識剤
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/66 20060101AFI20161011BHJP
   G01N 30/06 20060101ALI20161011BHJP
   G01N 30/88 20060101ALI20161011BHJP
   G01N 27/62 20060101ALI20161011BHJP
【FI】
   G01N33/66 B
   G01N30/06 E
   G01N30/88 N
   G01N30/88 J
   G01N27/62 V
【請求項の数】13
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2012-558024(P2012-558024)
(86)(22)【出願日】2012年2月16日
(86)【国際出願番号】JP2012053718
(87)【国際公開番号】WO2012111775
(87)【国際公開日】20120823
【審査請求日】2015年2月12日
(31)【優先権主張番号】特願2011-31420(P2011-31420)
(32)【優先日】2011年2月16日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501345220
【氏名又は名称】株式会社セルシード
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100075270
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 泰
(74)【代理人】
【識別番号】100101373
【弁理士】
【氏名又は名称】竹内 茂雄
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100096013
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 博行
(72)【発明者】
【氏名】篠原 康郎
(72)【発明者】
【氏名】武川 泰啓
(72)【発明者】
【氏名】藤谷 直樹
(72)【発明者】
【氏名】古川 潤一
(72)【発明者】
【氏名】坂井 秀昭
【審査官】 三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】 特表2005−539243(JP,A)
【文献】 国際公開第03/078401(WO,A1)
【文献】 国際公開第03/080583(WO,A1)
【文献】 特公平07−037990(JP,B2)
【文献】 特表2012−517216(JP,A)
【文献】 本田進,キャピラリー電気泳動の最近の成果と展望 糖および糖タンパク質分析へのキャピラリー電気泳動の応用,生物物理化学,1996年,Vol.40, No.3, Page.147-154
【文献】 Honda S et al.,Analysis of carbohydrates as 1-phenyl-3-methyl-5-pyrazolone derivatives by capillary/microchip electrophoresis and capillary electrochromatography,J Pharm Biomed Anal,2003年,Vol.30, No.6,Page.1689-1714
【文献】 LATTOVA Erika et al.,Influence of the Labeling Group on Ionization and Fragmentation of Carbohydrates in Mass Spectrometry,J Am Soc Mass Spectro,2005年,Vol.16, No.5,Page.683-696
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/66
G01N 27/62
G01N 30/06
G01N 30/88
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩基性条件下で、翻訳後修飾を受けた糖タンパク質及び/又は糖ペプチドのセリン残基及び/又はスレオニン残基から翻訳後修飾基を選択的に切断し、セリン残基及び/又はスレオニン残基、並びに当該アミノ酸残基より切断された翻訳後修飾基標識する標識剤であって、
翻訳後修飾基がO−グリカンを含み、
標識剤がピラゾロン誘導体を有効成分として含む、
前記標識剤
【請求項2】
前記ピラゾロン誘導体が、3−メチル−1−フェニル−5−ピラゾロン、1,3−ジメチル−ピラゾロン、3−メチル−1−p−トリル−5−ピラゾロンのいずれか1種、もしくは2種以上組み合わせからなる群より選ばれる、請求項記載の標識剤。
【請求項3】
前記O−グリカンが、O原子と結合する糖として、N−アセチルガラクトサミン、マンノース、フコース、N−アセチルグルコサミン、キシロース、グルコースのいずれかから始まるものである、請求項1または2記載の標識剤。
【請求項4】
前記O−グリカンが、O原子と結合する糖として、N−アセチルガラクトサミン、マンノース、フコース、キシロース、グルコースのいずれかから始まり、さらに糖が結合して伸長したものである、請求項1〜3のいずれか1項記載の標識剤。
【請求項5】
被検物質の糖タンパク質及び/又は糖ペプチドと請求項1〜のいずれか1項記載の標識剤を溶媒中に溶解、若しくは分散させ、塩基性条件下で加熱することで、被検物質のセリン残基及び/又はスレオニン残基から選択的に翻訳後修飾基を切断し、セリン残基及び/又はスレオニン残基並びに当該アミノ酸残基より切断された翻訳後修飾基を標識する、翻訳後修飾基の切断方法であって、
翻訳後修飾基がO−グリカンを含む、前記方法
【請求項6】
切断と同時に翻訳後修飾基が標識される、請求項記載の翻訳後修飾基の切断方法。
【請求項7】
分離と同時にセリン残基及び/又はスレオニン残基が標識される、請求項5または6記載の翻訳後修飾基の切断方法。
【請求項8】
糖タンパク質及び/又は糖ペプチドと標識剤を水中で溶解させた条件下で行う、請求項5〜7のいずれか1項記載の翻訳後修飾基の切断方法。
【請求項9】
標識剤と共にチオール化合物を利用する、請求項5〜8のいずれか1項記載の翻訳後修飾基の切断方法。
【請求項10】
チオール化合物がジチオトレイトールである、請求項記載の翻訳後修飾基の切断方法。
【請求項11】
請求項5〜10のいずれか1項記載の方法で被検物質のセリン残基及び/又はスレオニン残基から翻訳後修飾基を切断し、標識した当該翻訳後修飾基に対して、液体クロマトグラフィー分析及び/又は質量分析を行うことを特徴とする、翻訳後修飾基の解析方法。
【請求項12】
請求項5〜10のいずれか1項記載の方法で被検物質のセリン残基及び/又はスレオニン残基から翻訳後修飾基を切断し、標識した被検物質に対して、液体クロマトグラフィー分析及び/又は質量分析を行うことを特徴とする、翻訳後修飾基の解析方法。
【請求項13】
請求項11または12の解析を同時に行うことを特徴とする、翻訳後修飾基の解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生化学、生物学、薬学、創薬、医学等の分野において有用なセリンやスレオニンへの翻訳後修飾基の新規な解析方法に関するものである。特に、本発明は、翻訳後修飾を受けた糖タンパク質及び/又は糖ペプチドのセリンやスレオニンから翻訳後修飾されたO−リン酸基、O−硫酸基、O−グリカン等を選択的に切断し、標識させる標識剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
生体内のタンパク質がさまざまな生理活性を示すのは、遺伝子によって翻訳されたタンパク質がリン酸化、硫酸化、或いは糖鎖修飾等の多様な翻訳後修飾がなされた結果と考えられている。その中でリン酸化、硫酸化は一般的な翻訳後修飾であり、多くのタンパク質にとって、この修飾により生物学的活性や機能を持つようになる。その中でグリコシル化は最近、注目を浴び始めている領域であり、修飾された類鎖はさまざまな機能をタンパク質へ付与させる。例えば、いくつかのタンパク質は最初にグリコシル化されない限り正確に折りたたまれない。また、オリゴ糖がアスパラギンに結合されることによってタンパク質に安定性を与え、糖タンパク質の体内動態を制御する例が知られている。さらに、グリコシル化は細胞間の接着のような役割も担うとされている。タンパク質を修飾する糖鎖はN−グリカン、O−グリカン、グリコサミノグリカン(GAG)の3つに大別される。また、その糖鎖を構成する単糖の種類は高等生物の場合、マンノース(Man)、グルコース(Glc)、ガラクトース(Gal)、キシロース(Xyl)、グルクロン酸(GlcA)、N−アセチルグルコサミン(GlcNAc)、N−アセチルガラクトサミン(GalNAc)、フコース(Fuc)、シアル酸(SA)とされている。N−グリカンは、−アスパラギン−X−スレオニン、或いは−アスパラギン−X−セリン(Xはプロリン(Pro)以外のアミノ酸残基)の配列を持つペプチドのアスパラギン(Asn)にN−結合型で糖鎖が転移されたものである。O−グリカンはスレオニン(Thr)やセリン(Ser)残基に、O−結合で最初の糖が転移されたものである。O−グリカンの最初の糖はN−アセチルガラクトサミンの場合が多いが、他にもマンノース、フコース、N−アセチルグルコサミン等がある。しばしば最初の糖の後に次から次へと糖が転移され、O−グリカン糖鎖が伸長していく。プロテオグリカンはタンパク質に多本数の極めて長い糖鎖が付加された形をとる。そのアミノ糖(N−アセチルグルコサミンやN−アセチルガラクトサミン)を持つ糖鎖部分をグリコサミノグリカン(GAG)という。グリコサミノグリカンの特徴は2糖が1単位となって、その繰り返し構造により極めて長い糖鎖になっている点が挙げられる。
【0003】
その中で、セリンとスレオニンはリン酸化や硫酸化、糖鎖修飾(O−GalNAc型、O−GlcNAc型、O−Fuc型、O−Man型、O−Xyl型、O−Gal型、O−Glc型)等の多様な翻訳後修飾を受けるアミノ酸残基であり、これらの翻訳後修飾がシグナル伝達や分化制御などのさまざまな生命の高次機能調節において重要な役割を担っている。例えば、特定のタンパク質のリン酸化を担うキナーゼの阻害剤は既に医薬品として上市されており、また、O−結合型糖鎖の定性、定量的な変動が種々の疾患の診断に応用されている。セリンとスレオニンの翻訳後修飾のうち、O−リン酸化、O−硫酸化、O−GlcNAc化は、それぞれリン酸基、硫酸基、O−GlcNAc基が単独に結合したものであるが、一般に、O−GalNAc化、O−Fuc化、O−Man化、O−Xyl化等のO−結合型糖鎖修飾は、さらに伸長して多様な構造をとることが知られている。
【0004】
ここで、リン酸化セリンおよびリン酸化スレオニンのリン酸化結合部位の切断、標識方法の一つとして、β脱離・マイケル付加(BEMA)法が挙げられる。塩基性条件下に、リン酸基がβ脱離し、不飽和カルボニルが生成され、これがマイケル反応受容体となることを応用したものである(特許文献1、2、非特許文献1参照)。例えば、ジチオトレイトールのようなチオール基を有する化合物を作用させることで、リン酸化部位を標識させられ、ペプチドの精製やオンビーズ、オンチップ上の蛍光標識化等に利用されている(特許文献3参照)。BEMA法はタンパク質のリン酸化に関わる研究に貢献し、広く使われる手法となっているが、O−GlcNAc化を含めた他のセリン、スレオニンの翻訳後修飾基もBEMAで切断されるため、どの修飾基がどのような状態で存在していたのかを区分することができない問題があった。また、BEMAにおけるマイケル供与体としては、チオール基を有する化合物が一般的であり、他のマイケル供与体の応用例はほとんどなく応用範囲が狭いものであった。また、O−GlcNAc化を受けるタンパク質の解析法として、2位にアジド基を有する非天然型のGlcNAc誘導体によりメタボリックラベルする方法が報告されている(非特許文献2)。さらに、O−GalNAc型(ムチン型)の糖鎖部分の多様な構造を解析する場合、タンパク質から糖鎖を切り出す有効な酵素が発見されていないため、糖鎖を切り出すためには、強アルカリ下のβ脱離が広く用いられる。この場合、遊離した糖鎖も還元末端側から順次β脱離を受け分解(ピーリング反応)を起こし得るため、高濃度の還元剤を加えて、β脱離と同時に還元末端を糖アルコールに還元する。この方法は1968年にCarlsonによって報告されたものであり、今もO−GalNAc型糖鎖の遊離の標準的な方法となっている(非特許文献3)。しかしながら、本法には(1)還元剤存在下のβ脱離はペプチド部分の分解を引き起こすため、タンパク質部分の解析を行うことが困難であること、(2)還元により糖鎖の還元末端が失われるため、糖鎖の分離や高感度分析のための誘導体化が困難であること等の問題点があった。従って、以前よりO−結合型糖鎖を分解せずに高収率でペプチドやタンパク質から遊離して、分離、高感度化のために誘導体化する方法論の開発が強く求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2007−515625号公報
【特許文献2】米国特許第7803751号
【特許文献3】特開2009−19002号公報
【特許文献4】米国特許公開公報2006−0099604 A1
【特許文献5】米国特許公開公報2005−0176093 A1
【特許文献6】米国特許公開公報2005−0095725 A1
【特許文献7】米国特許公開公報2005−0014197 A1
【特許文献8】米国特許公開公報2004−0038306 A1
【特許文献9】米国特許公開公報2003−0219838 A1
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Nature Biotechnology、19(4), 379-382(2001)
【非特許文献2】Proceedings of the National Academy of Sciences of the UnitedStates of America, 100(16), 9116-9121(2003)
【非特許文献3】J. Biol. Chem.,243, 616-626(1968)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
タンパク質の構造解析技術が進歩し、種々の翻訳後修飾基を分析する機会が増えているが、従来技術では、セリンやスレオニンへ翻訳後修飾されたO−リン酸基のみが上述したBEMA法によって解析されてきた。その他のO−硫酸基、O−グリカン等の翻訳後修飾の解析は、このBEMA法でそれぞれを切断することができても、その後の標識化ができず、例えば、O−グリカンがどの位置のアミノ酸残基に結合していたのか、さらにはそのO−グリカンの構造を解析することはできなかった。本発明の目的は、このような課題を解決するためものであり、翻訳後修飾を受けた糖タンパク質及び/又は糖ペプチドのセリン残基やスレオニン残基へ翻訳後修飾されたO−リン酸基、O−硫酸基、O−グリカン等を共通に標識できる標識剤を利用してこれらの翻訳後修飾を選択的に切断し、効率良く解析する方法を提供することにある。更に、本発明の目的は、修飾の種類とペプチド上の修飾位置に関する情報が得られる方法を提供すること、翻訳後修飾部位を化学的に修飾すると同時に、遊離した糖鎖もピーリング反応を起こさずに、分離や検出に有利な任意の誘導体として回収する方法を提供すること、及びBEMA法によるペプチド部分の標識のために新たな化合物群を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて研究開発を行ってきた。その結果、塩基性条件下でセリンやスレオニンへ翻訳後修飾されたO−リン酸基、O−硫酸基、O−グリカン等に対し特定の標識剤を加えて加熱することで、翻訳後修飾基が選択的に切断され、切断された翻訳後修飾基を効率良く標識できることを見出した。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。本発明は、簡便性、選択性において従来法を上回る分析法であり、種々の翻訳後修飾を受けた糖タンパク質及び/又は糖ペプチドのセリン残基及び/又はスレオニン残基から、翻訳後修飾基を選択的に当該アミノ酸残基より切断し、解析を行うことができるようになる。さらに本発明では、切断元である糖タンパク質及び/又は糖ペプチドの解析を行うこともできるようになる。
【0009】
すなわち、本発明は、塩基性条件下で、翻訳後修飾を受けた糖タンパク質及び/又は糖ペプチドのセリン残基及び/又はスレオニン残基から翻訳後修飾基を選択的に切断し、セリン残基、スレオニン残基、および当該アミノ酸残基より選択的に切断された翻訳後修飾基のうち少なくとも1つを標識する標識剤を提供するものである。また、本発明は、被検物質の糖タンパク質及び/又は糖ペプチドと標識剤を溶媒中に溶解、若しくは分散させ、塩基性条件下で加熱することで、被検物質のセリン残基及び/又はスレオニン残基から翻訳後修飾基を選択的に切断する、翻訳後修飾基切断方法を提供するものである。さらに、本発明は、その翻訳後修飾基切断方法を利用して、糖タンパク質及び/又は糖ペプチドのセリン残基及び/又はスレオニン残基の翻訳後修飾基を解析する方法を提供するものである。本発明は、従来技術では困難であった、セリンやスレオニンへ翻訳後修飾されたO−リン酸基、O−硫酸基、O−グリカン等を総合的に解析することを可能とする世界に類のない新規な発想による極めて重要な発明と考えている。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によれば、簡単な操作、穏和な条件で、有害な試薬を用いずに糖タンパク質からO−リン酸基、O−硫酸基、O−グリカン等を遊離するのと同時に、遊離した糖鎖およびペプチドの両者をそれぞれ同じ、または別々の試薬で標識することができるようになる。このような標識により、その後の分離の容易さ及び/又は検出における高感度化等に寄与するため、標識された糖鎖およびペプチドを容易に精製することができるようになる。また標識された糖鎖およびペプチドを液体クロマトグラフィーや質量分析装置により、高感度に構造解析、定量分析を行うことが可能になり、セリンとスレオニンの翻訳後修飾を総合的に解析することができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例1において、O-GalNAc型糖鎖を有するモデル糖ペプチドを、塩基性条件下にPMP, DP,MTPとそれぞれ加熱したときに得られるMALDI−TOFスペクトルの結果を示す図である。
図2】実施例1において、想定される反応経路を示す図である。
図3】実施例2において、O−GalNAc型糖鎖を有するモデル糖ペプチドから種々の条件下で切り出したO−結合型糖鎖のプロファイルを示す図である。A:還元的β脱離(Carlson法)、B:β−Elimination Kit(Sigma),4℃、24時間、C:β−Elimination Kit(Sigma),室温、24時間、D:ジメチルアミン、50℃、16時間、E:ジメチルアミン、70℃、16時間、F:塩基性条件下PMP、70℃、16時間
図4】実施例3において、実施例1で得られたDPによりそれぞれ標識されたペプチドのTOF/TOFスペクトルを示す図である。
図5】実施例3において、実施例1で得られたPMPによりそれぞれ標識されたペプチドのTOF/TOFスペクトルを示す図である。
図6】実施例3において、実施例1で得られたMTPによりそれぞれ標識されたペプチドのTOF/TOFスペクトルを示す図である。
図7】実施例4において、O-GalNAc型糖鎖を有するモデル糖ペプチドを塩基性条件下でDTT、DP、DTT/DPと共に加熱したときの生成物のMALDI−TOFスペクトルを示す図である。
図8】実施例4において、O-GalNAc型糖鎖を有するモデル糖ペプチドを塩基性条件下でDTT/DPと共に加熱したときの想定される反応経路を示す図である。
図9】実施例5において、ウシフェチュイン、ブタ胃ムチンを塩基性条件下にDPと加熱したときに得られるO−結合型糖鎖プロファイルを示す図である。図中の○印はガラクトースを意味し、薄い色の□印はN−アセチルガラクトサミンを意味し、濃い色の□印(黒塗りの□印)はN−アセチルグルコサミンを意味し、△印はフコースを意味し、◇印はN−アセチルノイラミン酸を意味する。
図10】実施例6において、リン酸化モデルペプチド(左図)およびO−GlcNAc化モデルペプチド(右図)を塩基性条件下にそれぞれPMP,DPと加熱したときの生成物のMALDI−TOFスペクトルを示す図である(上図が原料、下図が生成物をそれぞれ示す。)。
図11】実施例7において、O-GalNAc型糖鎖を有するモデル糖ペプチドを塩基性条件下にDTT,DP、DTTとDPとそれぞれ加熱したときの反応成績物のMALDI−TOFスペクトルを示す図である。
図12】実施例7において、O−GlcNAc型糖鎖を有する糖ペプチドに、塩基性条件下にピラゾロン誘導体(DP)とジチオトレイトール(DTT)を加え、70℃で16時間加熱したときのマススペクトルを示す図である。
図13】ウシフェチュイン、ブタ顎下腺ムチンを塩基性条件下にDPと加熱したときに得られるO−結合型糖鎖プロファイルを示す図である。図中の○印はガラクトースを意味し、薄い色の□印はN−アセチルガラクトサミンを意味し、濃い色の□印(黒塗りの□印)はN−アセチルグルコサミンを意味し、△印はフコースを意味し、◇印はN−アセチルノイラミン酸を意味する。
図14】新規ピラゾロン試薬による糖鎖標識後のMALDI−TOFスペクトルを示す図である(上段が化合物5、中段が化合物10、下段が化合物14で標識)。
図15】アルギニン付加ピラゾロン試薬の合成経路を示す反応スキームである。
図16】アルギニン付加ピラゾロン試薬の合成経路を示す他の反応スキームである。
図17】ビオチン付加ピラゾロン試薬の合成経路を示す反応スキームである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、翻訳後修飾を受けた糖タンパク質及び/又は糖ペプチドの中で、セリン残基及び/又はスレオニン残基が係わる翻訳後修飾の解析を実施するための技術に関するものである。その対象となる糖タンパク質及び/又は糖ペプチドの由来は全く限定されるものではなく、例えば、ヒト、ラット、マウス、モルモット、マーモセット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ブタ、チンパンジーあるいはそれらの免疫不全動物等の動物、或いは植物が挙げられるが、本発明の成果をヒトの治療に用いる場合はヒト、ブタ、チンパンジー由来の細胞を用いる方が望ましい。上述のように、本発明は、翻訳後修飾を受けた糖タンパク質及び/又は糖ペプチドの中のアミノ酸として水酸基有するセリン残基及び/又はスレオニン残基へ修飾された翻訳後修飾基を解析するための手段を提供するものである。そのような翻訳後修飾基も特に限定されるものではないが、例えば、アミノ酸側のO原子を介して、リン酸基、硫酸基、グリカン等が挙げられるが、本発明ではそれらのいずれか1種でも良く、2種以上のものでも良い。特に、アミノ酸側のO原子を介して結合したグリカン(以後、アミノ酸側のO原子を介して結合したグリカンをO−グリカンと呼ぶときがある。同様に、アミノ酸側のO原子を介して結合したリン酸基、硫酸基をそれぞれO−リン酸基、O−硫酸基と呼ぶことがある。)としては、O原子と結合する糖として、N−アセチルガラクトサミン、マンノース、フコース、N−アセチルグルコサミン、キシロース、グルコースのいずれかから始まるものや、さらにO原子と結合する糖として、N−アセチルガラクトサミン、マンノース、フコース、キシロース、グルコースのいずれかから始まり、さらに糖が結合して伸長したものでも良い。
【0013】
本発明では、こうしたセリン残基及び/又はスレオニン残基に対して修飾された翻訳後修飾基をセリン残基及び/又はスレオニン残基から切断することが必要である。その切断反応は常法に従ってβ脱離反応を行えば良く、その条件は特に限定されるものではないが、例えば、翻訳後修飾された糖タンパク質及び/又は糖ペプチド溶媒中に溶解、若しくは分散させ、塩基性条件下で加熱する方法が挙げられる。β脱離条件として、たとえば10mM〜1Mの水酸化リチウムまたは水酸化ナトリウムまたは水酸化バリウム中で、4℃〜60℃程度で10分〜24時間程度静置する。
【0014】
本発明は、このセリン、スレオニンの翻訳後修飾をβ脱離で遊離する際に生成した二重結合に対してマイケル付加により標識する。本マイケル付加は一般に、ワンポットで行われ、β脱離時にたとえば20mM〜1M程度のピラゾロン誘導体等のマイケル付加反応供与体を添加することで行われる。また、遊離した翻訳後修飾基側も標識させることができるものである。本発明とは、セリン残基及び/又はスレオニン残基側だけを標識しても良く、両者を標識することでも良く、さらに、セリン残基及び/又はスレオニン残基側と翻訳後修飾基側とを異なった試薬で標識することでも良い。そのようなマイケル付加反応の際に用いる試薬は特に限定されるものではないが、例えば、チオール化合物、ピラゾロン誘導体、イソキサゾロン誘導体、ヒダントイン誘導体、ローダニン誘導体、マレイミド誘導体等が挙げられ、本発明ではそれらのいずれか1種でも良く、2種以上のものを併用しても良い。その中でピラゾロン誘導体、イソキサゾロン誘導体、ヒダントイン誘導体、ローダニン誘導体、マレイミド誘導体等についてはマイケル付加反応と同時に標識化できるため本発明として好都合である。本発明の標識剤とは、こうした試薬を含む製剤を意味している。本発明では、さらにピラゾロン誘導体が本発明の標識剤として有用で、これらはピラゾロン基を有した化合物であれば特に限定されないが、例えば、3−メチル−1−フェニル−5−ピラゾロン(PMP)、1,3−ジメチル−ピラゾロン(DP)、3−メチル−1−p−トリル−5−ピラゾロン(MTP)、3-メチル−1−(キノリン−8−イル)−1H−ピラゾール−5(4H)−オン等が挙げられる。イソキサゾロン誘導体としては、例えば3(2H)−イソキサゾロン、5−メチル−3(2H)−イソキサゾロン、2,5−ジメチル3(2H)−イソキサゾロン等が挙げられる。ヒダントイン誘導体としては、例えば2,4−イミダゾリジンジオン、3−メチル−2,4−イミダゾリジンジオン、3−(2−プロピン−1−イル)−2,4−イミダゾリジンジオン等があげられる。ローダニン誘導体としては、2−チオキソ−4−チアゾリジノン、3−メチル−2−チオキソ−4−チアゾリジノン等があげられる。
【0015】
本発明では、上述した標識剤と共にチオール化合物を併用することでも良い。その際に用いられるチオール化合物はチオール基を有した化合物であれば特に限定されるものでないが、例えば、ジチオトレイトール(DTT)、2−アミノエタンチオール、チオコリン、2−(ピリジン−4−イル)エタンチオール等が挙げられる。その組み合わせによって、上述したようにセリン残基及び/又はスレオニン残基側だけを標識する場合、両者を標識する場合が起こり、目的に合わせて適宜選択できる。このことを、標識剤として上述した1,3−ジメチル−ピラゾロン(DP)とジチオトレイトール(DTT)を例に取り具体的に説明する。翻訳後修飾基を糖鎖としたとき、DPを加えたときに標識されるが、DTTを加えた場合には標識されず、DPとDTTの両者を加えた場合には、DP標識体のみが検出される。また、タンパク質、或いはペプチド側は、DTTを添加したときにDTT標識体が検出され、DPを添加したときにはDP標識体として検出された。DTTとDPを併用した場合には、DTT標識体のみがペプチドと反応し、DPはタンパク質、或いはペプチドに反応しないことが経験的に分かっている。
【0016】
本発明における被検物質の糖タンパク質及び/又は糖ペプチドからの翻訳後修飾基を切断する際の反応液の状態は特に限定されるものではないが、溶媒中に溶解させた状態でも良く、分散させた状態でも良い。本発明では、糖タンパク質及び/又は糖ペプチドと標識剤を水中で溶解させた条件下で行う方法が反応を効率良く進められ好都合である。また、さらに反応を効率良く進めるために反応液を撹拌しても良い。
【0017】
本発明では、こうして得られた被検物質のセリン残基やスレオニン残基から翻訳後修飾基を切断し、標識させた当該翻訳後修飾基、或いは被検物質のセリン残基やスレオニン残基から翻訳後修飾基を切断し、標識させた被検物質のいずれか、若しくは両者を液体クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィーを用いて分析することができる。さらには、目的分子の種類に応じて適宜の方法を使用することができるが、例えば、質量分析(MS)や核磁気共鳴(NMR)を用いることができそれら以外にも、紫外吸光光度計(UV)、エバポレイテイブ光散乱検出器(ELS)、電気化学検出器等を用いることができる。本発明においてはそれらのいずれかの方法で分析しても良く、2つ以上の方法を組み合わせて分析しても良い。
【0018】
本発明により、被検物質の糖タンパク質及び/又は糖ペプチドの翻訳後修飾を高感度に構造解析、定量分析を行うことが可能になり、セリンとスレオニンの翻訳後修飾を総合的に解析することができるようになる。
【実施例】
【0019】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【0020】
[実施例1]
(実験詳細1)
O−GalNAc型糖鎖を有する糖ペプチドは既報に従い合成した。糖ペプチドの水溶液(4μg/mL、5μL)に45μLの水、50μLの0.6M NaOH、100μLの0.5M 3−メチル−1−フェニル−5−ピラゾロン(PMP)のメタノール溶液または0.5M 1、3−ジメチル5−ピラゾロン(DP)の水溶液または0.5M 3−メチル−1−p−トリル−5−ピラゾロン(MTP)のメタノール溶液を加え、70℃で16時間静置した。反応後、0.3M塩酸で中和し、反応液を直接2、5−ジヒロド安息香酸(10mg/mL)と混合し、MALDI−TOF(/TOF)(UltraFlex II、ブルカー社)により解析を行った。
【0021】
(実験詳細2)
次に、そのO−GalNAc型糖鎖を有する糖ペプチドに、塩基性条件下に3種類の異なるピラゾロン誘導体を加え、70℃で16時間加熱、分解した。具体的には、O−GalNAc型糖鎖を有する糖ペプチドの水溶液(4μg/mL、5μL)に10μLの1M NaBH4(100mM NaOH溶液)、水5μLを添加し、50℃で15時間静置した(A)。糖ペプチドの水溶液(4μg/mL、5μL)に12μLの水および3.4μLのβ―エリミネーションリエージェントミックス(シグマ社)を加え、4℃または室温で24時間静置した(B、C)。糖ペプチドの水溶液(4μg/mL、5μL)に18μLのジメチルアミンを加え、50℃または70℃で16時間静置した(D、E)。糖ペプチドの水溶液(4μg/mL、5μL)に45μLの水、50μLの0.6M NaOH、100μLの0.5M 3−メチル−1−フェニル−5−ピラゾロン(PMP)のメタノール溶液を加え、70℃で16時間静置した(F)。それぞれ反応後に中和し、Aは1%酢酸メタノール溶液を加え繰り返し乾固した。A−Eは、それぞれDowex50x8およびZipTipC18により糖鎖部分を精製し、2、5−ジヒロド安息香酸(10mg/mL)をマトリクスとして、MALDI−TOF(/TOF)(UltraFlex II、ブルカー社)により解析を行った。Fは実験詳細1に記載の方法で糖鎖の分析を行った。得られたマススペクトルの結果を図1に示す。いずれも原料である糖ペプチドのシグナルが著しく低下し、新たに添加したピラゾロン誘導体によって標識されたペプチドおよび糖鎖のシグナルが出現した。想定される反応を図2に示した。
【0022】
[実施例2]
既存の様々な方法により、O−GalNAc型糖鎖を有する糖ペプチドから糖鎖を遊離したときに得られる糖鎖のプロファイルを比較した。得られたマススペクトルの結果を図3に示す。用いた糖ペプチドはシアリルTと呼ばれる3糖構造(Neu5Acα2−3Galβ1−3GalNAc)を主に持ち、微量のT抗原(Galβ1−3GalNAc)と呼ばれる2糖構造を含むことが分かっている。糖鎖の分解を防ぐために、還元剤(NaBH4)存在下にβ脱離と同時に糖鎖の還元末端を糖アルコールに還元するCarlson法で得られた糖鎖プロファイルを図3Aに示す。シアリルTとT抗原のピークが認められ、分解物に相当するピークは微量しか存在しない。シグマ社から市販されているβエリミネーションキットを用い、推奨されている2種類の条件で糖鎖を遊離したときの結果を図3B,Cに示した。また、ジメチルアミンを用いる方法(Anal.Chem.,2010,82,2421−2425)も2種類の条件で行った(図3D,E)。いずれの場合も、ピーリング反応により生じた分解物が非常に大きな割合を占め、還元を施さない場合は著しく糖鎖プロファイルが損なわれる結果が得られた。還元を施さない場合には、糖鎖プロファイルが損なわれる傾向にあることは、最近のヒトプロテオーム機構の論文においても指摘されている(Mol.Cel.Proteomics、2010、9、719−727)。塩基性条件下にPMPを加えた場合、シアリルTがPMP標識体と微量のT抗原のPMP標識体のみが検出され、分解物のピークは全く検出されなかった(図3F)。
【0023】
これらの結果から、塩基性条件下にO−結合型糖鎖をβ脱離によって遊離しても、ピラゾロン誘導体が存在すれば、速やかに糖鎖と反応して安定な標識体を与え、分解産物をほとんど与えないことが示された。
【0024】
[実施例3]
実施例1で得られたDP、PMP、MTPによりそれぞれ標識されたペプチドのTOF/TOFスペクトルをそれぞれ図4図5図6に示した。いずれの場合も、良好にペプチド配列情報ならびに糖鎖の修飾位置情報を与えた。この結果から、β脱離反応にピラゾロン誘導体を添加することによって糖鎖、ペプチドともに構造、配列情報が良好に得られることが示された。
【0025】
[実施例4]
O−GalNAc型糖鎖を有する糖ペプチドに、塩基性条件下にピラゾロン誘導体(DP)とジチオトレイトール(DTT)を加え、70℃で16時間加熱した。具体的には、O−GalNAc型糖鎖を有する糖ペプチドの水溶液(4μg/mL、5μL)に5μLの0.6M NaOHを添加した。さらに、10μLの0.5M DTTまたは10μLの0.5M DPまたは5μLの0.5M DTT+5μLの0.5MDPを加え、70℃で16時間静置した。反応後、反応液をそれぞれ希釈し、DHBと混合し、MALDI−TOF(/TOF)(UltraFlex II、ブルカー社)により解析を行った。そのときのマススペクトルの結果を図7に示す。糖鎖はDPを加えたときのみ標識された(図7左上図)が、DTTを加えた場合には標識されなかった(図7左中図)。DPとDTTの両者を加えた場合には、DP標識体のみが検出された(図7左下図、図8)。ペプチドはDTTを添加したときにはDTT誘導体が、DPを添加したときにはDP誘導体として検出された(図7右上図及び中図)。DTTとDPを添加した場合には、DTTのみがペプチドと反応したもののみが検出され、DPが直接ペプチドに反応したものは検出されなかった(図7右下図、図8)。この結果から、糖鎖とペプチドはそれぞれ別々の試薬により選択的に標識することが可能であることが示された。
【0026】
[実施例5]
O−結合型糖鎖を持つことで知られるウシフェチュイン、ブタ胃ムチン及びヒトIgAに対し本発明で示すところの技術を用いて、O−結合型糖鎖のプロファイリングを行った。結果を図9に示す。ウシフェチュインまたはブタ胃ムチンまたはヒトIgAをそれぞれ50μgとり、50μLの水、100μLの0.5M DP溶液、50μLの0.6M NaOHを添加し、70℃で16時間静置した。反応後に中和し、反応液の1/4量(50μL)をDowex50x8およびZipTipC18により糖鎖部分を精製し、一旦乾固した後にDHBに溶解し、MALDI−TOF(/TOF)(UltraFlex II、ブルカー社)により解析を行った。いずれの結果も過去に報告されている結果と定性、定量的に同等な結果であった。このことから、本発明が糖タンパク質のO−結合型糖鎖の解析に有用であることが示された。また、ウシフェチュインはO−結合型糖鎖とN−結合型糖鎖の両者を有することが知られているが、本法ではO−結合型糖鎖のみが検出され、N−結合型糖鎖は全く検出されなかった。この結果から、本発明技術はN−結合型糖鎖には作用せず、O−結合型糖鎖に高選択的に作用することが示された。
【0027】
[実施例6]
リン酸化修飾、O−GlcNAc型糖鎖修飾のそれぞれ有する2種類のペプチドに本発明技術を利用したときの結果のマススペクトルである(図10)。 具体的にはウシβ−カゼインの由来のリン酸化糖ペプチド(FQpSEEQQQTEDELQDK)はANASPEC社から購入した。O−GlcNAc化ペプチド(TAPT(O−GlcNAc)STIAPG)はINVITROGEN社から購入した。リン酸化糖ペプチド50μg(5μL)に10μLの0.5M PMP、5μLの0.6M NaOHを加え、70℃で16時間静置した。O−GlcNAc化ペプチド5.6μg(10μL)に20μLの0.5M DP、10μLの0.6M NaOHを加え、70℃で16時間静置した。反応液を直接DHBと混合し、MALDI−TOFにより解析した。その結果、いずれも原料の修飾ペプチドが反応後に著しく低下し、ペプチドはそれぞれ添加したピラゾロン誘導体に高収率で変換された。この結果から、本法がO−GalNAc型糖鎖同様に、セリンやスレオニンのリン酸化、O−GlcNAc型糖鎖修飾に対しても同様に作用することが示された。
【0028】
[実施例7]
O−GalNAc型糖鎖を有する糖ペプチドの水溶液(4μg/mL、5μL)に5μLの0.6M NaOHを添加した。さらに、10μLの0.5M DTTまたは10μLの0.5M DPまたは5μLの0.5M DTT+5μLの0.5MDPを加え、70℃で16時間静置した。反応後、反応液をそれぞれ希釈し、DHBと混合し、MALDI−TOF(/TOF)(UltraFlex II、ブルカー社)により解析を行った。
【0029】
O−GalNAc型糖鎖を有する糖ペプチドの水溶液(4μg/mL、10μL)に20μLの0.45M NaOHを添加した。さらに、20μLの0.5M PMPまたは20μLの0.5M DTTまたは10μLの1.0M DTT+10μLの1.0MDPPMPを加え、85℃で16時間静置した。反応後、反応液をそれぞれ希釈し、DHBと混合し、MALDI−TOF(/TOF)(UltraFlex II、ブルカー社)により解析を行った。結果を図11及び図12に示す。
【0030】
図12はO−GlcNAc型糖鎖を有する糖ペプチドに、塩基性条件下にピラゾロン誘導体(DP)とジチオトレイトール(DTT)を加え、70℃で16時間加熱したときのマススペクトルである。糖鎖はDPを加えたときのみ標識されたが、DTTを加えた場合には標識されなかった。DPとDTTの両者を加えた場合には、DP標識体のみが検出された。ペプチドはDTTを添加したときにはDTT誘導体が、DPを添加したときにはDP誘導体として検出された(図11、上段および中段)。DTTとDPを添加した場合には、DTTのみがペプチドと反応したもののみが検出され、DPが直接ペプチドに反応したものは検出されなかった(図11、下段)。この結果から、糖鎖とペプチドはそれぞれ別々の試薬により選択的に標識することが可能であることが示された。
【0031】
[実施例8]
ウシフェチュインまたはブタ顎下腺ムチンをそれぞれ50μgとり、50μLの水、100μLの0.5M DP溶液、50μLの0.6M NaOHを添加し、70℃で16時間静置した。反応後に中和し、反応液の1/4量(50μL)をDowex50x8およびZipTipC18により糖鎖部分を精製し、一旦乾固した後にDHBに溶解し、MALDI−TOF(/TOF)(UltraFlex II、ブルカー社)により解析を行った。結果を図13に示す。
【0032】
図13は、O−結合型糖鎖を有することが知られているウシフェチュイン及びブタ顎下腺ムチンについて、本法を用いて、O−結合型糖鎖のプロファイリングを行った結果である。いずれも過去に文献等で報告されている結果と定性、定量的に同等な結果が得られたことから、本法が糖タンパク質のO−結合型糖鎖の解析に有用であることが示された。また、ウシフェチュインはO−結合型糖鎖とN−結合型糖鎖の両者を有することが知られているが、本法ではO−結合型糖鎖のみが検出され、N−結合型糖鎖は全く検出されなかった。この結果から、本法はN−結合型糖鎖には作用せず、O−結合型糖鎖に高選択的に作用することが示された。
【0033】
[合成例]
図14は、新規ピラゾロン試薬により標識された糖鎖のマススペクトルである。ピラゾロン骨格を有する試薬を用いた場合、monoもしくはbis誘導体化される事が確認された。図15図16および図17は新規ピラゾロン試薬の合成スキームである。
【0034】
(合成例1)
1mMのグルコース、N−アセチルグルコサミン、N−アセチルラクトサミンおよびキトテトラオースの混合物10μLに20μLの0.45M NaOHを添加した。さらに、20μLの0.5M 合成ピラゾロン試薬(化合物5もしくは10もしくは14)を加え、85℃で2時間静置した。反応後、反応液をそれぞれ希釈し、DHBと混合し、MALDI−TOF(/TOF)(UltraFlex II、ブルカー社)により解析を行った。
【0035】
(合成例2)
3−ヒドラジノ安息香酸(592mg、3.9mmol)をジメチルフォルムアミド10mLに溶解し、二炭酸ジ−t−ブチル(854mg、3.9mmol)加え室温で16時間反応した。反応液を酢酸エチルで抽出し、10mM塩酸および水で洗浄した。抽出液を濃縮し、目的物であるBoc−3−ヒドラジノ安息香酸(980mg、100%)を得た。
【0036】
Boc−3−ヒドラジノ安息香酸(491mg、1.95mmol)をメタノール5mLに溶解し、WSC(560mg、2.93mmol)を加えた(溶液1)。溶液2)メチルアルギニン2塩酸塩(509mg、1.95mmol)を水2mLに溶解し、トリエチルアミン(395mg、3.9mmol)を加えた溶液を溶液1に加え、室温で16時間反応した。反応液を濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフィ(クロロフォルム:メタノール、9:1→5:1)で分離し、目的物であるBoc−3−ヒドラジノベンゾイルアルギニンメチルエステル(406mg、49%)を得た。MALDI−TOF−MSによる解析により、目的物の[M+H]+イオンをm/z:423.4に観測した。
【0037】
Boc−3−ヒドラジノベンゾイルアルギニンメチルエステル(386mg、0.91mmol)にトリフルオロ酢酸4mL加え、室温で1時間反応した後溶媒を濃縮し目的物である3−ヒドラジノベンゾイルアルギニンメチルエステルを定量的に得た。MALDI−TOF−MSによる解析により、目的物の[M+H]+イオンをm/z:323.2に観測した。
【0038】
3−ヒドラジノベンゾイルアルギニンメチルエステル(29mg、0.09mmol)をエタノール1mLに溶解し、1Mアセト酢酸エチルのエタノール溶液(80μL、0.08mmol)さらに酢酸200μL加え65℃で30分反応した。反応液を濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフィ(クロロフォルム:メタノール、9:1→5:1)で分離し、最終目的物である3−アルギニン付加ピラゾロン(21.7mg、70%)を得た。MALDI−TOF−MSによる解析により、目的物の[M+H]+イオンをm/z:389.2に観測した。
【0039】
(合成例3)
4−ヒドラジノ安息香酸(1.52g、10mmol)をジメチルフォルムアミド10mLに溶解し、二炭酸ジ−t−ブチル(2.18g、10mmol)加え65℃で1時間反応した。反応液を酢酸エチルで抽出し、10mM塩酸および水で洗浄した。抽出液を濃縮し、目的物であるBoc−4−ヒドラジノ安息香酸を得た。
【0040】
Boc−4−ヒドラジノ安息香酸(252mg、1.00mmol)をメタノール10mLに溶解し、4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルホリニウムクロリド(295mg、1.00mmol)を加えた(溶液1)。溶液2)メチルアルギニン2塩酸塩(261mg、1.00mmol)を水2mLに溶解し、トリエチルアミン(100μL、1.00mmol)を加えた溶液を溶液1に加え、室温で2時間反応した。反応液を濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフィ(クロロフォルム:メタノール、9:1→5:1)で分離し、目的物であるBoc−3−ヒドラジノベンゾイルアルギニンメチルエステル(417mg、99%)を得た。MALDI−TOF−MSによる解析により、目的物の[M+H]+イオンをm/z:423.3に観測した。
【0041】
Boc−4−ヒドラジノベンゾイルアルギニンメチルエステル(417mg、0.99mmol)にトリフルオロ酢酸4mL加え、室温で30分反応した後溶媒を濃縮し目的物である4−ヒドラジノベンゾイルアルギニンメチルエステルを定量的に得た。MALDI−TOF−MSによる解析により、目的物の[M+H]+イオンをm/z:323.2に観測した。
【0042】
4−ヒドラジノベンゾイルアルギニンメチルエステル(159mg、0.49mmol)をエタノール5mLに溶解し、1Mアセト酢酸エチルのエタノール溶液(450μL、0.45mmol)さらに酢酸1000μL加え65℃で30分反応した。反応液を濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフィ(クロロフォルム:メタノール、9:1→5:1)で分離し、最終目的物である4−アルギニン付加ピラゾロン(175mg、92%)を得た。MALDI−TOF−MSによる解析により、目的物の[M+H]+イオンをm/z:389.2に観測した。
【0043】
(合成例4)
Boc−4−ヒドラジノ安息香酸(117mg、0.46mmol)をメタノール5mLに溶解し、4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルホリニウムクロリド(137mg、0.47mmol)を加えた。ジメチルスルフォキシド5mLに溶解したビオチンヒドラジド(1)(100mg、0.39mmol)を加えた室温で16時間反応した。反応液を濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフィ(クロロフォルム:メタノール、9:1→5:1)で分離し、目的物であるN−(Boc−4−ヒドラジノベンゾイル)−ビオチンヒドラジド(2)(120mg、63%)を得た。MALDI−TOF−MSによる解析により、目的物の[M+Na]+イオンをm/z:515.4に観測した。
【0044】
N−(Boc−4−ヒドラジノベンゾイル)−ビオチンヒドラジド(2)(120mg、0.24mmol)にトリフルオロ酢酸4mL加え、室温で30分反応した後溶媒を濃縮し目的物であるN−(4−ヒドラジノベンゾイル)−ビオチンヒドラジド(3)を定量的に得た。MALDI−TOF−MSによる解析により、目的物の[M+Na]+イオンをm/z:415.2に観測した。
【0045】
N−(4−ヒドラジノベンゾイル)−ビオチンヒドラジド(3)(39mg、0.1mmol)をエタノール1mLに溶解し、1Mアセト酢酸エチルのエタノール溶液(90μL、0.09mmol)さらに酢酸200μL加え65℃で30分反応した。反応液を濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフィ(クロロフォルム:メタノール、9:1→5:1)で分離し、最終目的物であるビオチン付加ピラゾロン(4)(38mg、92%)を得た。MALDI−TOF−MSによる解析により、目的物の[M+H]+イオンをm/z:459.4に観測した。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明は、これまで長く方法論の開発が望まれていたO−結合型糖鎖の解析に極めて有効な方法となる。また、従来、リン酸修飾の解析に用いられてきたBEMA法に対しても新たな選択肢をもたらすこととなる。本発明により、セリン、スレオニンの翻訳後修飾の総合的な解析が可能となり、生化学、生物学、薬学、創薬、医学等の領域への多大なる貢献が期待される。
図1
図2
図3
図8
図11
図13
図14
図4
図5
図6
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図9
図10
図12
図15
図16
図17