【実施例】
【0041】
以下に本発明の実施例を示し、本発明をより詳細に説明する。但し、本発明がこれらの実施例に限定されるものではない。
【0042】
(実施例1)
中性アミノ酸含有水溶液によって、固形物からアルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属を抽出できることを確認するため、
図1に示す装置を用いて、本発明に係る溶出工程を実施した。
図1に示すように、当該装置は、反応容器1、攪拌機2、反応容器1内の溶液の温度を調整する水浴槽3、流量調整器4,5、混合装置6、計測計7、ガスクロマトグラフ8、逆流防止装置9、計算機10を備えて構成される。
【0043】
図2に示すフローに従って、中性アミノ酸含有水溶液(100mL)を調製し、固形物として、セメント(化学分析用ポルトランドセメント、(社)セメント協会、211R化学分析用標準試料)2.40g又はスラグ(高炉スラグ標準物質、(社)日本鉄鋼連盟標準化センター、高炉スラグ6号)3.66gを添加して混合水溶液を調製した。尚、上記セメント及びスラグのそれぞれに含まれるカルシウム量は、CaO換算で、64.2重量%及び42重量%であった。
【0044】
添加した17種類のアミノ酸とその重量、固形物の種類とその重量、及びモル比(固形物中のCaOの物質量(モル):添加したアミノ酸の物質量(モル))については
図3及び
図4に示す。また、セメント及びスラグのそれぞれに含まれるCaOの物質量(モル)を1としたときの各種アミノ酸の物質量(モル)を1又は0.1とした。即ち、本実施例においては、添加したアミノ酸の種類、固形物の種類、及びモル比の違いによって、68種類の混合水溶液を調整した。
【0045】
反応容器1に中性アミノ酸含有水溶液100mLを投入し、次いで所定量の固形物を投入して混合水溶液を調製し、攪拌機2を用いて400rpmで10分間攪拌してカルシウムイオンを溶出させた(溶出工程)。この溶出工程の間、計測計7によって反応容器1内の混合水溶液のpH、酸化還元電位、温度を測定することによって、各混合水溶液のpH及びカルシウムイオンの溶出率(混合水溶液中のCaOの物質量(モル)/固形物(セメント又はスラグ)中のCaOの物質量(モル)×100(%))を調べた。
【0046】
図5〜
図8に固形物投入直後の混合水溶液のpHと、カルシウムイオンの溶出率との関係を示し、
図9〜
図12に固形物を投入してから10分経過後の混合水溶液のpHと、カルシウムイオンの溶出率との関係を示した。
【0047】
図5に示すように、セメント投入直後の各混合水溶液(モル比=1:0.1)のpHは、およそ5〜7となり、幅広いpHとなるが、10分経過すると、
図9に示すように、各混合水溶液のpHは、およそ11〜12となり、アルカリ側に偏るものとなった。
【0048】
図6に示すように、セメント投入直後の各混合水溶液(モル比=1:1)のpHは、およそ3〜7となり、幅広いpHとなるが、10分経過すると、
図10に示すように、各混合水溶液のpHは、およそ9〜11となり、アルカリ側に偏るものとなった。
【0049】
図7に示すように、スラグ投入直後の各混合水溶液(モル比=1:0.1)のpHは、およそ5〜8となり、幅広いpHとなるが、10分経過すると、
図11に示すように各混合水溶液のpHは、およそ9〜11となり、アルカリ側に偏るものとなった。
【0050】
図8に示すように、スラグ投入直後の各混合水溶液(モル比=1:1)のpHは、およそ5〜7となり、幅広いpHとなったが、10分経過すると、
図12に示すように、各混合水溶液のpHは、およそ8〜10となり、アルカリ側に若干シフトした。
【0051】
以上より、いずれの混合水溶液においても、固形物投入直後は、酸性からアルカリ性に亘る幅広いpHとなるが、時間が経つとpHがアルカリ側にシフトする傾向があることが分かった。
【0052】
この傾向について説明すると、アミノ酸含有水溶液に固形物を投入した直後の混合水溶液のpHは、各種アミノ酸の持つ等電点により決定される。このため、中性アミノ酸(L−プロリンやL−アラニン等)を含む混合水溶液のpHは中性側となって、それぞれの混合水溶液に含まれるアミノ酸の種類に対応し全体として広い範囲のpHを示す。しかし、時間が経過するにつれて、固形物中のCaOが混合水溶液中に溶け出してCa(OH)
2となり、これが解離して水酸化物イオン(OH
-)が増加するためpHが高くなり、混合水溶液のpHがアルカリ側にシフトすると考えられる。
【0053】
従って、これらの結果から判断して、アミノ酸含有水溶液を使用することによって、固形物からアルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属を抽出できることが確認された。
【0054】
尚、固形物投入後10分経過した混合水溶液のpHは、固形物から溶出するカルシウムイオンの中和点と各種アミノ酸の等電点とから決定されることとなる。即ち、
図9〜
図11に示される各混合水溶液では、各種アミノ酸の物質量(モル)よりも、溶出したカルシウムイオンの物質量(モル)が高くなり、pHが主にカルシウムイオンの中和点によって決定されていずれの混合水溶液もアルカリ性となったためpHの範囲が狭くなったものと考えられる。一方、
図12に示される各混合水溶液では、各種アミノ酸の物質量(モル)が、溶出したカルシウムイオンの物質量(モル)と略同じか、あるいは溶出したカルシウムイオンの物質量(モル)よりも高くなり、pHが主に各種アミノ酸の等電点から決定されたため、pHの範囲が広くなったものと考えられる。
【0055】
また、
図9及び
図10に示されるように、混合水溶液中のアミノ酸濃度が高いほど、カルシウムイオンの溶出率が高くなる傾向がある。また
図11及び
図12に示されるように、L−プロリンを除いて混合水溶液中のアミノ酸濃度が高いほどカルシウムイオンの溶出率が高くなるという傾向は、固形物としてスラグを用いた場合でも同様である。即ち、同種の固形物におけるCa溶出率はアミノ酸濃度に比例することが分かる。
【0056】
また、
図5及び
図9に示されるように、固形物がセメントの場合、pH範囲は、セメント投入直後でおよそ5〜7であったものが10分経過後におよそ11〜12となる。一方、
図7及び
図11に示されるように、固形物がスラグの場合、pH範囲は、スラグ投入直後でおよそ5〜8であったものが10分経過後におよそ9〜11となる。つまり、混合水溶液中のアミノ酸濃度が同じ場合、セメントを加えた場合の方が、投入直後から10分後までのpH変化が大きくなる。
【0057】
物質移動の駆動力はその物質の濃度に比例し、カルシウム移動の駆動力(F=−gradμ
Ca)はカルシウム濃度に比例する。即ち、固形物に含まれるカルシウム量が多いほど(本実施形態では、固形物中の初期CaO含量が高いほど)、混合水溶液中の初期のカルシウム濃度との差が大きくなるため、カルシウム移動に係る駆動力が大きくなる。
【0058】
セメントのカルシウム含量はスラグのカルシウム含量より高いため、カルシウム移動に関してより大きな駆動力が働く。その結果、スラグよりもセメントの方が、カルシウムが溶出し易く、セメントを投入した混合水溶液のpHがよりアルカリ側にシフトしたためpH変化が大きくなったと考えられる。
【0059】
(実施例2)
中性アミノ酸含有水溶液を繰り返して使用した場合に、その中性アミノ酸含有水溶液のアルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属の抽出能力が維持されるか否かを確認するため、
図1に示す装置を用いて、同じ中性アミノ酸含有水溶液に対して、本発明に係る溶出工程、析出工程、及び回収工程という一連のプロセスを繰り返し実施し、各プロセスにおけるカルシウムイオンの溶出率と析出率とを調べた。
【0060】
図13に示すフローに従い、中性アミノ酸としてDL−アラニン2.40gを含有する中性アミノ酸含有水溶液(100mL)を調製し、固形物として、セメント(化学分析用ポルトランドセメント、(社)セメント協会、211R化学分析用標準試料)2.40gを添加して混合水溶液を調製し、実施例1と同様に10分間攪拌してカルシウムイオンを溶出させた(溶出工程)。尚、このときのセメント中のCaOのモル数:添加したDL−アラニンのモル数=1:1とした。
【0061】
この溶出工程の間、計測計7によって反応容器1内の混合水溶液のpH、酸化還元電位、温度を測定することによって、カルシウムイオンの溶出率(Ca溶出率)を調べた。
【0062】
次いで、混合水溶液中の固形物残渣を吸引ろ過により除去してろ液を採取し、このろ液に対して、酸性ガスとして模擬燃焼排ガスを導入してバブリングして炭酸カルシウムを析出させた(析出工程)。
【0063】
模擬燃焼排ガスは、炭酸ガス(CO
2)と窒素(N
2)ガスとの混合ガスを用いた。模擬燃焼排ガスは、炭酸ガスと窒素ガスとを、それぞれ流量調整器4,5で流量を調整しつつ、混合装置6において所定の混合比で混合して供給した。本実施例では、模擬燃焼排ガスの組成を10vol%CO
2+90vol%N
2として、1リットル/分で90分間導入した。
【0064】
次いで、析出した炭酸カルシウムを吸引ろ過により回収してろ液(中性アミノ酸含有水溶液)を採取した(回収工程)。回収した炭酸カルシウムを乾燥して計量し、カルシウムイオンの析出率(Ca析出率:溶出工程で溶出したカルシウムイオンの量に対する炭酸カルシウム中のカルシウムの割合)を調べた。
【0065】
次いで、採取したろ液(中性アミノ酸含有水溶液)に対して、別の固形物としてセメント2.40gを再び添加して、上述と同様に第2の溶出工程、析出工程、回収工程という一連のプロセスを実施した。このようにして、本実施例では、同じ中性アミノ酸含有水溶液に対して、溶出工程、析出工程、回収工程というこの一連のプロセスを5回繰り返して実施した。
【0066】
各プロセスにおけるカルシウムイオンの溶出率(Ca溶出率)と析出率(Ca析出率)の結果を
図14に示した。
図14に示すように、多少のばらつきはあるものの、同じアミノ酸含有水溶液を少なくとも5回繰り返して使用したとしても、Ca溶出率の大きな低下は見られなかった。よって、中性アミノ酸含有水溶液は、固形物から炭酸塩を析出させる触媒として繰り返し使用できることが確認できた。
【0067】
(実施例3)
実施例1及び実施例2によって、中性アミノ酸を触媒として、固形物からアルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属がアミノ酸濃度に比例して溶出し、繰り返し中性アミノ酸を使用できることが確認された。本実施例では、析出工程において塩を析出する前段階である、固形物からアルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属を溶出させる量について、酸性ガスの第一酸解離定数(pKa1)の±1.5の範囲内に等電点を有するアミノ酸が、他のアミノ酸に比べて優位であることを確認する。
【0068】
本実施例では、炭酸ガスの第一酸解離定数の±1.5の範囲内に等電点を有するアミノ酸(L−システィン、L−アラニン、DL−アラニン、L−プロリン、グリシン)や、他のアミノ酸(L−アスパラギン酸、L−グルタミン酸、L−アルギニン)を含有するアミノ酸含有水溶液100mLを、各種アミノ酸ごとに調整した。次いで、セメント及びスラグのそれぞれに含まれるCaOの物質量(モル)と各種アミノ酸の物質量(モル)との比率を1:1とし、実施例1と同様の溶出工程を用いて、固形物を投入してから10分経過後の混合水溶液中の溶出Ca濃度(mоL/L)を測定した。
【0069】
この測定した溶出Ca濃度(mоL/L)を、各種アミノ酸の飽和溶解度(1Lの水に対して飽和状態となるときのアミノ酸の物質量)に換算(
図15)して、各種アミノ酸の等電点(pH)とカルシウムイオンの溶出量(moL/L)との関係をプロットした(
図16〜
図17)。
図16に示すように、固形物がセメントの場合、炭酸ガスの第一酸解離定数(pKa1=6.35)の近傍(概ねpH=4〜8)に等電点を持つアミノ酸では、他のアミノ酸に比べてカルシウムイオンの溶出量が高いことが分かる。一方、pH=4〜8より酸性側又はアルカリ性側においては、カルシウムイオンの溶出量が少ない。また、
図17に示すように、固形物がスラグの場合においても同様の傾向が見られた。
【0070】
これは、中性付近に等電点を持つアミノ酸の飽和溶解度は、酸性アミノ酸又は塩基性アミノ酸に比べて高い傾向にあるからである。すなわち、カルシウムイオンの溶出率が小さくても、アミノ酸含有水溶液に溶解できるアミノ酸の飽和溶解度が大きければ、カルシウムイオンの溶出量の絶対値が高くなる。このため、後の析出工程で炭酸ガスを接触させると、カルシウムイオンの溶出量に比例して塩の析出量は増大する。さらに、中性付近に等電点を持つアミノ酸の緩衝能範囲は、炭酸ガスの第一酸解離定数の±1.5の範囲と重なるので、塩の析出とアミノ酸の分離回復を促進させる。よって、アミノ酸含有水溶液の等電点が、炭酸ガスの第一酸解離定数の±1.5の範囲内にあることで、固形物残渣の低減と共に、二酸化炭素の消費量を増大させることができる。
【0071】
以上説明したように、中性アミノ酸含有水溶液等を用いることで、アルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属の抽出効率が高まることが確認できた。一方、水1Lあたりに溶解できるアミノ酸の量は、各種アミノ酸固有の値であり、無限にアミノ酸濃度を高めることはできない。このため、アミノ酸の量を増やすために水量を増やしすぎると、装置が大型化してしまう。逆に固形物の投入量を少なくすることも考えられるが、大量の固形物からアルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属を回収するには非効率である。
【0072】
このため、水とアミノ酸と固形物との混合比率を最適化することで、溶出率と塩の析出量とのピーク値を一致させること、又は、溶出率と塩の析出量との積分値を最大化させることが好ましい。ここで、溶出率に着目したのは、固形物の残渣に反比例するからであり、析出量に着目したのは、析出工程における二酸化炭素などの温室効果ガス消費量に比例するからである。なお、この混合比率は、アミノ酸及び固形物の種類によって異なるため、本発明の実施段階において、適宜決定されるものである。