【実施例】
【0025】
<<1.積層ファイバー構造を有するNb−W酸化物触媒の調製>>
以下の方法に従って、積層ファイバー構造を有するNb−W酸化物触媒を調製した。
【0026】
<工程(1)水熱合成工程>
ビーカーに脱イオン水60mlとタングステン酸アンモニウム・パラ五水和物2.03gを加え,スターラー上で完全に溶けるまで攪拌した。別のビーカーに脱イオン水10mlとアンモニウムニオブオキサレート0.263gを加え完全に溶けるまで攪拌した。上記二つの溶液を混合し三口フラスコに移し30分窒素(50ml/min)でバブリングした(原料でのW/Nbのモル比は10であった。)。N
2で満たされたグローブボックス内でオートクレーブに移し密閉し,水熱合成反応装置で170℃,48時間,回転速度15rpmの条件下で合成した。水熱合成後,室温までオートクレーブを冷却した後,青白色の固体の生成物を脱イオン水でろ過し,乾燥機で一晩乾燥させ白色の固体を得た。
【0027】
<工程(2)攪拌工程>
Nb
2O
5−WO
x 1.2gに対して40mlの0.2,0.8,1.9,4.6Mシュウ酸水溶液を三角フラスコに加え、80℃,10時間攪拌(マグネチックスターラー、450rpm)した。
【0028】
<工程(3)濾過工程>
攪拌工程後の混合液をブフナー漏斗とアスピレーターを用いて吸引濾過し,一晩乾燥させ薄緑色の固体を得た。
【0029】
<工程(4)焼成工程>
窒素雰囲気下50ml/min,450℃(2時間,5℃/min)で焼成し,濃い青色の試料を得た。この試料は、後述するように、積層ファイバー構造を有している。1.9Mのシュウ酸水溶液で処理して得られた試料(以下、「1.9M試料」と称する。他の濃度のシュウ酸で処理したものも同様。)において、ICP分析によってW/Nbのモル比を測定したところ22であった。
【0030】
<<2.SEM画像>>
攪拌・濾過工程を行なっていない試料(以下、「未処理試料」)、1.9Mのシュウ酸水溶液で処理して得られた試料(以下、「1.9M試料」と称する。他の濃度のシュウ酸で処理したものも同様。)のSEM画像を
図1(a)〜(c)に示す。これらのSEM画像から明らかなように、未処理試料では、ファイバーが凝集しておらず、1.9M試料は、ファイバーが凝集して形成されたシートが積層された構造になっている。この結果は、攪拌・濾過工程によって、積層ファイバー構造が形成されたことを示している。
【0031】
<<3.長さ・太さ分布>>
次に、積層ファイバー構造に含まれるファイバーの長さ・太さ分布を測定した。その結果を
図2に示す。
図2に示すように、ファイバーの平均直径は、26nmであり、平均長さは270nmであった。攪拌・濾過工程を行なっていない試料では、ファイバーの平均長さは数μmであったので、攪拌・濾過工程によってファイバーが切断されて、その長さが1/10程度になったことが分かる。
【0032】
<<4.比表面積及びBJH細孔径分布>>
0.2,0.8,1.9,4.6M試料について、窒素吸着等温線を測定し、その結果に基づいて比表面積及びBJH細孔径分布を求めた。比表面積を表1に示し、BJH細孔径分布を
図3に示す。
表1から明らかなように、攪拌・濾過工程の有無に関わらず、全ての試料で比表面積はほぼ同じであった。積層ファイバー構造では、ファイバーが凝集しているにも関わらず、比表面積が減少しなかったのは驚くべき結果である。
【0033】
【表1】
【0034】
また、
図3のBJH細孔径分布を参照すると、未処理の試料に比べて、攪拌・濾過工程を行った試料では、細孔径のサイズが小さくなっていることが分かる。表1と
図3の結果を合わせると、積層ファイバー構造では、凝集しているファイバー間に微細な孔が非常に多く存在していることが分かる。
【0035】
<<5.IRスペクトル>>
焼成工程前の1.9M試料と未処理試料について測定したIRスペクトルを
図4に示す。点線で囲った部分は、水酸基の伸縮モードに対応する。1.9M試料では、この領域のピーク強度が大幅に低下している。この結果は、攪拌・濾過工程によって水酸基が大幅に減少したことを示しており、この結果は、
図5に示すように、脱水反応によって積層ファイバー構造が形成されていることを示唆している。
【0036】
<<6.Friedel-Craftsアルキル化反応>>
1.9M試料と未処理試料を触媒として用いて、以下の式に示すFriedel-Craftsアルキル化反応を行った。反応条件は、以下の通りである。
【0037】
触媒量:20mg
反応温度:80℃
反応時間:3時間
Arバブリング量:30ml/min
アニソール:92.5mmol
ベンジルアルコール:6.2mmol
【0038】
【化1】
【0039】
反応が終わる度に、上澄み液を除去し、反応基質を追加する操作を10回繰り返し、ベンジルアルコールの転化率の推移を調べた。その結果を
図6に示す。
図6から明らかなように、未処理試料の触媒は、再利用の度に転化率が低下し、10回目には活性がほぼ0になった。一方、1.9M試料では、10回の繰り返し後もほぼ100%の転化率を保っていた。この結果は、積層ファイバー構造を有する本発明のNb−W酸化物触媒が、再利用を繰り返しても活性が低下しにくいものであることを示している。
【0040】
また、反応終了から30分経過後のフラスコ内の触媒の状態を
図7(a)及び(b)に示す。
図7(a)に示すように、未処理試料は、30分経過後もほとんど沈殿しておらず、十分に沈殿するまで、一晩放置する必要があった。一方、1.9M試料は、30分経過後には十分に沈殿していた。この結果は、積層ファイバー構造を有する本発明のNb−W酸化物触媒が、再利用しやすいものであることを示している。
【0041】
<<7.Friedel-Craftsアシル化反応>>
1.9M試料と未処理試料を触媒として用いて、以下の式に示すFriedel-Craftsアシル化反応を行った。反応条件は、以下の通りである。
【0042】
触媒量:0.1g
反応温度:140℃
反応時間:3時間
Arバブリング量:30ml/min
アニソール:92.5mmol
オクタン酸:2mmol
【0043】
【化2】
【0044】
反応が終わる度に、上澄み液を除去し、反応基質を追加する操作を10回繰り返し、オクタン酸の転化率の推移を調べた。その結果を
図8に示す。
図8から明らかなように、未処理試料の触媒は、再利用の度に転化率が低下し、10回目には転化率が約10%にまで低下した。一方、1.9M試料では、10回の繰り返し後の転化率は約43%であった。この結果は、積層ファイバー構造を有する本発明のNb−W酸化物触媒が、再利用を繰り返しても活性が低下しにくいものであることを示している。
【0045】
<<8.Friedel-Craftsアルキル化流通反応>>
図9に示す裝置構成及び反応条件で、Friedel-Craftsアルキル化反応を行った。その結果を
図10に示す。
図10から明らかなように、未処理試料を触媒として用いたものは、15日程度で活性が低下しているのに対し、1.9M試料は、30日が経過しても活性が低下しなかった。この結果は、積層ファイバー構造を有する本発明のNb−W酸化物触媒が、高い耐久性を有するものであることを示している。
【0046】
<<9.攪拌工程で用いる媒体の影響>>
攪拌工程で用いる媒体としてシュウ酸の代わりに、塩酸水溶液(濃度:1.9M)、リン酸水溶液(濃度:1.9M)、酢酸水溶液(濃度:1.9M)又は水を用いた以外は上記と同様の方法で工程(1)〜(4)を行った。得られた試料のSEM画像を
図11に示す。
図11に示すように、何れの媒体を用いた場合にも積層ファイバー構造が形成されていることが分かる。なお、アンモニア水溶液を用いた実験も行ったが、ファイバーが溶解して生成物が得られなかった。
得られた試料を触媒として用いて、上記の「6.Friedel-Craftsアルキル化反応」と同様の条件で実験を行った。その結果を
図12に示す。
図12から明らかなように、何れの媒体を用いた場合も未処理試料よりも良好な結果を示したが、シュウ酸を用いた場合よりも結果が良くなかった。
【0047】
<<10.原料比の影響>>
原料でのW/Nbのモル比が触媒活性に与える影響を調べた。攪拌・濾過工程の有無は、再利用しない場合の触媒活性には影響が小さいので、攪拌・濾過工程を行わず、焼成工程を500℃で行った試料を用いて、「6.Friedel-Craftsアルキル化反応」と同様の実験を行った。本実験では、原料でのW/Nbのモル比を1,5,10とした。その結果を表2に示す。なお、反応条件は、表2の通りとした。
【0048】
【表2】
【0049】
表2から分かるように、W/Nbのモル比が1のものは触媒活性が低かった。この結果は、W/Nbのモル比が小さすぎると、触媒活性が低くなることを示している。なお、Nbが含まれていないものは、触媒活性がなかったので、W/Nbのモル比は大きすぎても好ましくない。
【0050】
<<11.攪拌の有無の影響>>
攪拌工程での攪拌の有無が触媒活性に与える影響を調べた。1.9M試料の作製工程において、上記の通り攪拌を行った試料、攪拌せずに室温で放置した試料、攪拌せずに80℃に放置した試料、固体が回収できるまで攪拌を継続して水及びシュウ酸を蒸発させた試料を準備し、「6.Friedel-Craftsアルキル化反応」と同様の反応を行った。その結果を表3に示す。なお、反応条件は、表3の通りとした。
【0051】
【表3】
【0052】
表3から分かるように、攪拌工程を行わない場合、触媒活性が非常に低くなった。この結果は、高活性な触媒を得るために、攪拌工程が重要であることを示している。また、水及びシュウ酸を蒸発させてしまった試料では、活性が高くなかった。
【0053】
<<12.濾過の方法の影響>>
濾過工程での濾過の方法が触媒活性に与える影響を調べた。1.9M試料の作製工程において、上記の通り吸引濾過を行った試料と、自然濾過を行った試料を準備し、「6.Friedel-Craftsアルキル化反応」と同様の反応を行った。その結果を表4に示す。なお、反応条件は、表4の通りとした。
【0054】
【表4】
【0055】
表4から分かるように、自然濾過を行った場合、触媒活性が非常に低くなった。この結果は、高活性な触媒を得るために、試料に圧力が加わる方法で(つまり、減圧又は加圧下で)濾過を行うことが重要であることを示している。
【0056】
<<13.焼成温度の影響>>
焼成温度が触媒活性に与える影響を調べた。1.9M試料の作製工程において、焼成温度を300〜500℃の間で変化させて試料を準備し、「6.Friedel-Craftsアルキル化反応」と同様の反応を行った。その結果を表5及び
図13に示す。なお、反応条件は、表5の通りとした。
【0057】
【表5】
【0058】
表5及び
図13から分かるように、450℃で焼成を行った場合に触媒活性が最も高くなり、それよりも高温にすると触媒活性が急速に低下することが分かった。一方、400℃にしても触媒活性の低下は小さかった。
【0059】
<<14.焼成時の雰囲気ガスの影響>>
焼成時の雰囲気ガスの種類が触媒活性に与える影響を調べた。攪拌・濾過工程を行わず、焼成工程を500℃で行った未処理試料の作製工程において、焼成時の雰囲気ガスを窒素、酸素、空気に変えて試料を準備し、「6.Friedel-Craftsアルキル化反応」と同様の反応を行った。その結果を表6に示す。なお、反応条件は、表6の通りとした。
【0060】
【表6】
【0061】
また、焼成時の雰囲気ガスを6%H
2及び30%H
2(それぞれ残りの成分はアルゴン)に変えて試料を準備し、「6.Friedel-Craftsアルキル化反応」と同様の反応を行った。その結果を表7に示す。なお、反応条件は、表7の通りとした。
【0062】
【表7】
【0063】
表6及び表7から、焼成工程は不活性ガス又は還元性ガス雰囲気下で行うことが重要であることが分かった。
【0064】
<<15.水熱合成時間の影響>>
水熱合成時間が触媒活性に与える影響を調べた。攪拌・濾過工程を行わず、焼成工程を500℃で行った未処理試料の作製工程において、水熱合成時間を変えて試料を準備し、「6.Friedel-Craftsアルキル化反応」と同様の反応を行った。その結果を表8〜表9に示す。なお、反応条件は、表8の通りとした。
【0065】
【表8】
【0066】
【表9】
【0067】
表8から明らかなように、水熱合成時間が168時間の場合に触媒活性が最高になった。また、表9から明らかなように、水熱合成時間が12時間までは生成量が急速に増大し、それ以降はなだらかに増大することが分かった。
【0068】
<<16.酒石酸を用いたNb−W酸化物触媒調製>>
上記「1.積層ファイバー構造を有するNb−W酸化物触媒の調製」で説明した方法において、原料でのW/Nbのモル比を5にし、シュウ酸水溶液の代わりに0.2,0.8,1.9,4.6,8.0Mの酒石酸水溶液を用いて、Nb−W酸化物触媒の調製を行った。
【0069】
1.9Mの酒石酸水溶液で処理して得られた試料(以下、「1.9M酒石酸処理試料」と称する。他の濃度の酒石酸水溶液で処理したものも同様。)のSEM画像を
図14(a)〜(b)に示す。これらのSEM画像から明らかなように、1.9M酒石酸処理試料は、
図1(b)及び(c)に示すシュウ酸水溶液で処理した1.9M試料と同様に、ファイバーが凝集して形成されたシートが積層された構造になっている。この結果は、シュウ酸水溶液の代わりに酒石酸水溶液を用いても、同様に、積層ファイバー構造が形成可能であることを示している。
【0070】
<<17.比表面積及びBJH細孔径分布>>
未処理試料(原料でのW/Nbのモル比を5にし、攪拌・濾過工程を行なわずに調製した試料)、0.2,0.8,1.9,4.6,8.0M酒石酸処理試料について、窒素吸着等温線を測定し、その結果に基づいて比表面積及びBJH細孔径分布を求めた。比表面積を表10に示し、BJH細孔径分布を
図15に示す。
表10から明らかなように、0.2,0.8,1.9,4.6,8.0M酒石酸処理試料の表面積は、何れも未処理試料よりも大きかった。積層ファイバー構造では、ファイバーが凝集しているにも関わらず、比表面積が未処理試料よりも大きくなったのは驚くべき結果である。なお、表1の未処理試料と、表10の未処理試料とで、比表面積の値が異なるのは、両者のW/Nbのモル比が互いに異なることに起因している。
【0071】
【表10】
【0072】
また、
図15のBJH細孔径分布を参照すると、未処理の試料に比べて、酒石酸水溶液中での攪拌、及びその後の濾過工程を行った試料では、細孔径のサイズが小さくなっていることが分かる。また、酒石酸水溶液の濃度が大きくなるにつれて、細孔径のサイズが小さくなっていることが分かる。
【0073】
<<18.XRD測定>>
未処理試料、0.2,0.8,1.9,4.6,8.0M酒石酸処理試料について、XRD測定を行った。その結果を
図16に示す。
図16のXRDスペクトルを参照すると、酒石酸の濃度が高まるにつれて、ピーク強度が低下している。この理由は、必ずしも明らかではないが、Wの一部が酒石酸に溶解してファイバーが細くなっていることが要因であると推測している。
【0074】
<<19.NH
3−TPD測定>>
未処理試料、0.2,0.8,1.9,4.6,8.0M酒石酸処理試料について、NH
3−TPD測定を行なって、酸量を測定した。その結果を
図17に示す。
図17に示すように、酒石酸処理を行うことによって酸量が大きくなっていることが分かる。この結果から酒石酸で処理した試料は酸量が多く、流通反応において長期間高活性を示す触媒であることが分かる。
【0075】
<<20.Friedel-Craftsアルキル化流通反応>>
1.9M酒石酸処理試料を用い、「8.Friedel-Craftsアルキル化流通反応」で説明した方法によって、Friedel-Craftsアルキル化流通反応を行った。その結果を
図18に示す。「8.Friedel-Craftsアルキル化流通反応」では、30日で実験を打ち切ったが、1.9M酒石酸処理試料を用いた実験では、3ヶ月以上経過した現在も実験を継続しているが、現在でも転化率100%を維持している(
図18には60日目までの結果を示している。)。