特許第6016037号(P6016037)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6016037赤外線透過膜、赤外線透過膜の製造方法、赤外線用光学部品および赤外線装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6016037
(24)【登録日】2016年10月7日
(45)【発行日】2016年10月26日
(54)【発明の名称】赤外線透過膜、赤外線透過膜の製造方法、赤外線用光学部品および赤外線装置
(51)【国際特許分類】
   G02B 1/14 20150101AFI20161013BHJP
   G03B 11/00 20060101ALI20161013BHJP
【FI】
   G02B1/14
   G03B11/00
【請求項の数】12
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-516285(P2013-516285)
(86)(22)【出願日】2012年5月1日
(86)【国際出願番号】JP2012061934
(87)【国際公開番号】WO2012160979
(87)【国際公開日】20121129
【審査請求日】2014年4月7日
(31)【優先権主張番号】特願2011-115322(P2011-115322)
(32)【優先日】2011年5月24日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100077838
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 憲保
(74)【代理人】
【識別番号】100082924
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100129023
【弁理士】
【氏名又は名称】佐々木 敬
(72)【発明者】
【氏名】明渡 純
(72)【発明者】
【氏名】津田 弘樹
(72)【発明者】
【氏名】大橋 啓之
(72)【発明者】
【氏名】関野 省治
(72)【発明者】
【氏名】中村 新
【審査官】 植野 孝郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−275434(JP,A)
【文献】 特開平6−313802(JP,A)
【文献】 特開2001−124220(JP,A)
【文献】 特開平5−232301(JP,A)
【文献】 特開昭59−228201(JP,A)
【文献】 特許第4022629(JP,B2)
【文献】 特開2003−149406(JP,A)
【文献】 特開平3−197676(JP,A)
【文献】 特開平5−150101(JP,A)
【文献】 特開2008−268281(JP,A)
【文献】 特開2002−131505(JP,A)
【文献】 特開平1−145601(JP,A)
【文献】 特開昭64−9401(JP,A)
【文献】 特開平4−217202(JP,A)
【文献】 特開平1−302203(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 1/10− 1/18
G02B 5/20− 5/28
G03B11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外線光学用の基板に設けられた赤外線透過膜であり
前記赤外線透過膜は、
前記基板表面に形成されたバッファ層と、
前記バッファの表面に形成された耐環境性向上層と、
前記バッファ層と前記環境性向上層との間に設けられたアンカー層と
を有し、
前記アンカー層の厚みは、0.05μm〜0.5μmであり、
前記基板と前記バッファ層と前記耐環境性向上層との各々のビッカース硬度は、基板<バッファ層<耐環境性向上層であり、
前記バッファ層のビッカース硬度は、前記基板のビッカース硬度の4倍以上であり、
前記耐環境性向上層のビッカース硬度は、100〜1000kgf/mmであることを特徴とする赤外線透過膜。
【請求項2】
前記バッファ層を構成する材料は、鉛を含む赤外線光学材料であることを特徴とする請求項1に記載の赤外線透過膜。
【請求項3】
前記バッファ層を構成する材料は、チタン酸鉛(PT)、ジルコン酸鉛(PZ)、ジルコン酸チタン酸鉛(PZT)もしくはランタンドープジルコン酸チタン酸鉛(PLZT)のうち、少なくとも一種を含むことを特徴とする請求項記載の赤外線透過膜。
【請求項4】
前記耐環境性向上層は、金属酸化物の多結晶膜を有することを特徴する請求項1〜のいずれか一項に記載の赤外線透過膜。
【請求項5】
前記金属酸化物は、イットリウム酸化物(Y)であることを特徴する請求項記載の赤外線透過膜。
【請求項6】
前記バッファ層の厚さが0.1μm〜5μmであり、前記耐環境性向上層の厚さが0.1μm〜10μmであることを特徴とする請求項1〜のいずれか一項に記載の赤外線透過膜。
【請求項7】
前記バッファ層および前記耐環境性向上層を構成する材料は、平均結晶粒径0.1μm以下の多結晶材料であることを特徴とする請求項1〜のいずれか一項に記載の赤外線透過膜。
【請求項8】
エアロゾルデポジション法により請求項1から請求項のいずれかに記載の赤外線透過膜を形成することを特徴とする赤外線透過膜の製造方法。
【請求項9】
前記基板と、該基板の表面に設けられた請求項1〜のいずれか一項に記載の赤外線透過膜を有することを特徴とする赤外線用光学部品。
【請求項10】
前記基板を構成する材料は、金属ハロゲン化物を有することを特徴とする請求項9記載の赤外線用光学部品。
【請求項11】
前記基板を構成する材料は、フッ化バリウム(BaF)を有することを特徴とする請求項10記載の赤外線用光学部品。
【請求項12】
請求項11に記載の赤外線用光学部品を有することを特徴とする赤外線装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学部品である窓材やレンズ、特に中赤外から遠赤外領域で用いられる赤外線装置の窓材やレンズに用いられる赤外線透過膜、赤外線透過膜の製造方法、赤外線用光学部品および赤外線装置に関する。
【背景技術】
【0002】
赤外線のイメージセンサを用いた赤外線カメラでは、大気の窓と呼ばれる空気中の水分子等による吸収が少ない波長帯域である3〜5μm帯と8〜12μm帯の2つの波長領域が良く利用される。ここで、特に、8〜12μm帯は室温付近での黒体輻射の最大放射波長に対応することから、人体温度を初めとする幅広い温度の分布測定に用いられている。赤外線カメラなどの赤外線装置において、外部からの埃などの侵入を防ぎ、かつ赤外線を十分に取り込むための窓材としては、上記帯域で高い赤外線透過率を持つ材料が用いられている。例えば、セレン化亜鉛(ZnSe)や硫化亜鉛(ZnS)に代表されるカルコゲナイド系化合物や、ゲルマニウム(Ge)などが広く用いられている。
さらに長い波長の赤外線に対する窓材として、ヨウ化タリウム(TlI)と臭化タリウム(TlBr)の混晶であるKRS−5、および塩化タリウム(TlCl)と臭化タリウム(TlBr)の混晶であるKRS−6が良く知られており、KRS−5は40μm以上まで、KRS−6は20μm以上までの赤外光に対して高い透過率を持つ。しかし、これらの材料であっても、航空システムなどの過酷な環境では、潮解性により表面が荒れて光学特性が変化するという問題がある。
赤外線装置のレンズ材や窓材には、比較的過酷な環境下でも性能を発揮する必要があるため、表面を保護する目的の赤外線透過膜を形成することが必須となる。このような赤外線透過膜に関しては、多くの提案がされている。
例えば、ZnSe基板に、PbF膜とThF膜の2層膜を積層した赤外線透過膜(特許文献1)、ZnSeまたはZnS基板にYF、ZnS、YFの3層膜を積層した赤外線透過膜(特許文献2)、Ge基板にZnS、Ge、ZnS、BaF、ZnSのそれぞれの膜を形成してなる赤外線透過膜(特許文献3)、Ge基板に、ZnSまたはZnSe、Ge、ZnS、BaFのそれぞれの膜を形成してなる赤外線透過膜(特許文献4)などがある。
基板表面の保護に言及した提案としては、例えば、ZnS等の基層と、この基層の2倍以上の弾性率を持つY等の基層を有する、可視光域でも透明な膜を有する光学素子(特許文献5)、ZnSeまたはZnSを基板とし、TiOまたはYの密着力強化層を有し、最外層にYの耐磨耗性強化層を有した赤外線透過膜(特許文献6)、赤外線透過膜として用いる低屈折率層として、耐水性や耐湿性などの耐環境性に優れたYFを用いているものや、さらに、YF層の上に耐磨耗性強化層としてYを配置することで耐久性の高い膜を付与している構造(特許文献7)、赤外線透過膜の耐摩耗性強化層として最外層にダイヤモンド状カーボンを使用する構造などがある(特許文献8)。
上述した文献においては、硫化亜鉛(ZnS)基板、セレン化亜鉛(ZnSe)基板もしくはゲルマニウム(Ge)基板などを用いることを特徴としている。しかし、ZnSは赤外線の透過率が低いという欠点を有し、ZnSeおよびGeは価格が高いという欠点を有している。そのため、赤外線を効率的に取り込むことが求められる窓材に関しては、赤外線透過率が高く、かつ低価格の材料が求められている。
これに対し、例えば、フッ化バリウム(BaF)や塩化ナトリウム(NaCl)などの金属ハロゲン化物は、赤外線透過率が高く、かつ低価格であるため、窓材として適当な材料である。特に、フッ化バリウム(BaF)は、波長13μm程度まで高い透過率を持ち、また500℃以上にならない限り水に対する腐食の影響が小さい(特許文献9)。
一方で、BaFは脆性材料であり、ビッカース硬度で比較すると、Geは1000〜1500kgf/mm、ZnSは約230kgf/mm、ZnSeは約110kgf/mmであるのに対し、BaFは88〜94kgf/mmと、小さい値を示す。そのため、赤外線装置の窓材もしくはレンズ材にBaF基板を使用するためには、機械的な強度を確保するための保護層を付与することが不可欠である(特許文献9)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特公昭61−28962号公報
【特許文献2】特開昭64−15703号公報
【特許文献3】特公平2−11121号公報
【特許文献4】特公平2−13761号公報
【特許文献5】特公平6−82164号公報
【特許文献6】特許第3639822号明細書
【特許文献7】特開平6−313802号公報
【特許文献8】特開昭63−294501号
【特許文献9】特開2002−131505号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前述のように、BaFなどの金属ハロゲン化物は、良好な赤外線透過性能を有するために、赤外線装置のレンズ材や窓材の基板として好ましいが、機械的強度および耐環境性が低いという問題点があるため、それらの基板上に機械的強度および耐環境性を高める効果を持つ赤外線透過膜を形成する必要がある。
しかしながら、BaFなどの脆性材料を基板とする場合、耐環境性を向上させるために、引っ張り応力や圧縮応力が大きい高弾性率の材料を、最外層に用いる方法が上記文献に開示されているものの、硬度の低い脆性材料の基板表面に、硬度の高い膜を形成すると、基板表面の脆さのためにその膜の密着力が低くなる傾向にあり、また、温度変化の激しい環境下においては、層間界面での剥離が起こりやすいという問題点があった。
また、レンズや窓材などの赤外線透過膜には、反射防止膜としての機能も求められており、透過率を最大にするためには、材料の屈折率や膜厚を適切に設定する必要がある。そのため、単層膜で反射防止膜の機能を発揮させるためには、基板の屈折率よりも小さな屈折率の材料をコーティングする必要がある。しかしながら、金属ハロゲン化物の多くは、それ自体が低屈折率材料であるため、単層でのコーティングのみでは、赤外線透過率を落とさずに赤外線透過膜を形成させることが困難であり、光学的設計が必要となるような複数層のコーティングを形成する必要がある。そのため、基板材料としては低価格であるものの、レンズ材や窓材としては、従来部品と大きな価格差はみられなかった。
本発明は、かかる課題を解決するためになされたものであり、従来よりも機械的強度および耐環境性に優れた赤外線透過膜を得ることを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前述した目的を達成するために、本発明者は鋭意検討の結果、基板材料の機械的強度を示す指標の中で、基板材料のみならず、赤外線透過膜を構成する膜に関しても、硬度が重要なパラメータであること見出した。具体的には、赤外線透過膜を構成するバッファ層の硬度が、基板材料の硬度より高いにもかかわらず、赤外線透過膜が基板から剥離しない条件を実験的に証明することに成功した。
即ち、本発明の第1の態様は、赤外線光学用の基板表面に形成され、前記基板より大きなビッカース硬度を有するバッファ層と、前記バッファ層に接して設けられ、前記バッファ層より大きなビッカース硬度を持つ耐環境性向上層と、を有することを特徴とする赤外線透過膜である。
本発明の第2の態様は、エアロゾルデポジション法により第1の態様に記載の赤外線透過膜を形成することを特徴とする赤外線透過膜の製造方法である。
本発明の第3の態様は、第1の態様に記載の赤外線透過膜を有することを特徴とする赤外線用光学部品である。
本発明の第4の態様は、第3の態様に記載の赤外線用光学部品を有することを特徴とする赤外線装置である。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、従来よりも機械的強度および耐環境性に優れた赤外線透過膜を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1は赤外線装置200の構成図である。
図2は光学部品100の構成図である。
図3は比較例1の構成図である。
図4は実施例1の引掻き試験後の赤外線透過膜の表面写真を模した図である。
図5は実施例2の引掻き試験後の赤外線透過膜の表面写真を模した図である。
図6は比較例1の引掻き試験後の赤外線透過膜の表面写真を模した図である。
図7は実施例1および基板1単体の透過率の波長依存性を示す図である。
図8は実施例1の温度サイクル試験前後での透過率の波長依存性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、図面に基づき、本発明の実施形態を詳細に説明する。
まず、図1を参照して本実施形態に係る赤外線透過膜11を備えた光学部品100、および光学部品100を用いた赤外線装置200の構造について説明する。
図1に示すように、赤外線装置200は光学系13が収納されたケース15、およびケース15の1つの面に設けられ、赤外線を透過する光学部品100を有している。赤外線装置200は例えば赤外線カメラである。
図2に示すように、光学部品100は、基板1と、基板1の表面に設けられた赤外線透過膜11を有している。
赤外線透過膜11は、赤外線光学用の基板である基板1の表面に形成され、基板1より大きなビッカース硬度を有するバッファ層5と、バッファ層5に接して設けられ、バッファ層5より大きなビッカース硬度を持つ耐環境性向上層7を有している。
以下、基板1および赤外線透過膜11を構成する各部材の材料および成膜方法について詳細に説明する。
<材料>
(基板1)
基板1を構成する材料としては、金属元素と非金属元素の化合物の単結晶材料、多結晶材料、またはアモルファス材料を用いることができる。金属元素としては、リチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、セシウム(Cs)に代表されるアルカリ金属、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、バリウム(Ba)に代表されるアルカリ土類金属、亜鉛に代表される遷移金属などが挙げられる。非金属元素としては、フッ素(F)、塩素(Cl)、臭素(Br)に代表されるハロゲン元素、酸素(O)、イオウ(S)、セレン(Se)、テルル(Te)に代表されるカルコゲン元素、さらには窒素(N)、リン(P)などに代表されるニクトゲン元素が挙げられる。ただし、ここで挙げたものは一例であり、これらに限定されるものではない。
また、基板1を構成する材料は、特に8〜12μm帯の赤外線透過率が高く、より好ましくは、可視光の波長帯の全部もしくは一部の光を透過することが望ましい。具体的には、フッ化バリウム(BaF)、塩化ナトリウム(NaCl)、フッ化カルシウム(CaF)、フッ化マグネシウム(MgF)といったアルカリハロゲン化物およびアルカリ土類ハロゲン化物に代表される金属ハロゲン化物、硫化亜鉛(ZnS)、硫化セレン(ZnSe)といったカルコゲナイド化合物を選ぶことができる。とりわけ、赤外線カメラの窓材に限定すれば、赤外線透過率が高く、かつ屈折率が小さいことも求められるため、金属ハロゲン化物が好ましく、アルカリハロゲン化物およびアルカリ土類ハロゲン化物が最適である。より具体的には、BaFが最適である。
ただし、基板1を構成する材料は、BaFを代表とする金属ハロゲン化物に限定されるものでなく、一般に光学的に透明であるZnS、ZnSe、KRS−5、KRS−6等の脆性材料を用いることも可能である。さらに、アルミナ、ファライト、BTO、ITO、TiO、などの酸化物材料の他、窒化アルミ(AlN)、立方晶ボロンナイトライド(c−BN)などの窒化物材料、二硼化マグネシウムなどのホウ化物、フッ化物、Si、ガリウムナイトライド(GaN)などの半導体材料などについても適用可能であり、一般に、典型金属元素(アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属)と、非金属元素(ハロゲン族とイオウ、酸素、窒素)の単結晶材料、多結晶材料またはガラス材料を基板1として用いることができる。
(赤外線透過膜11)
前述のように、基板1の表面には、赤外線透過膜11が形成されている。赤外線透過膜11は、基板1と密着するように形成され、基板1と耐環境性向上層7との密着性を向上させるためのバッファ層5と、赤外線透過膜11の耐環境性を向上させるための耐環境性向上層7を有している。
基板1上に形成させた薄膜は、基板1の硬度の影響を強く受けることが知られている。そのため、薄膜の硬度を数値化する目的で、ビッカース硬度を指標として用いることができる。通常のビッカース硬度測定では、対面角が136度の正四角錘ダイヤモンドで作られた圧子を用いる。本実施形態で述べる硬度とは、圧子を押し付ける荷重を1kgf(9.8N)以下にして測定するマイクロビッカース硬度測定に基づく硬度のことである。そのため、本実施形態においては、特に断りの無い限り、ビッカース硬度を硬度として表記する。
基板1、および赤外線透過膜11を構成するバッファ層5と耐環境性向上層7の硬度に関しては、以下の通りの関係を満たすものとする。
基板1の硬度<バッファ層5の硬度<耐環境性向上層7の硬度
なお、赤外線透過膜11は、8〜12μm帯の赤外線光学材料だけに適用できるものではなく、脆性基板が透明な範囲の光波長帯についても適用することができる。
(バッファ層5)
バッファ層5は、基板1の硬度以上の硬度を有する。
バッファ層5として好適な材料は、選ばれる基板1との硬度の大小関係で決定され、同時に赤外線透過率も求められる。例えば、ランタンドープチタン酸ジルコン酸鉛ランタン(PLZT)、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)、チタン酸鉛(PT)などの群の鉛化合物を選ぶことができる。具体的な硬度としては、バッファ層5のビッカース硬度が、基板1のビッカース硬度の4倍以上であることが望ましい。
バッファ層5には、硬度差の大きい基板1と耐環境性向上層7(硬度の小さい基板1と、硬度の大きい耐環境性向上層7)との密着性を向上させることを目的としているため、硬度とともに、緩衝性も求められる。鉛化合物は、比較的緩衝性が高い材料であるため、バッファ層5に用いるのに適している。ただし、同様の緩衝性が得られる可能性のある材料もあり、例えば、Zn、Snなどを含む酸化物系も候補として挙げられる。
(耐環境性向上層7)
バッファ層5に積層される耐環境性向上層7は、水に対する耐水性、環境湿度に対する耐湿度性、化学物質に対する耐薬品性、埃や塵などに対する耐摩耗性、幅広い温度変化で使用するための温度耐性、硬いものや高速移動体が衝突することに対する耐衝撃性を兼ね備え、かつ赤外線透過性にも優れていることが望ましい。さらに、前述の耐性に加えて、静的かつ動的な機械的強度に優れた材料が望ましく、このような材料としては、基板1よりも機械的強度が高いものを選ぶことができ、酸化物系材料が適している。また、耐環境性向上層7としては、基板1およびバッファ層5よりも硬度が大きい材料を選定することが望ましい。具体的には、ビッカース硬度が100〜1000kgf/mmの範囲のものが好ましい。
耐環境性向上層7を構成する材料としては、たとえば酸化イットリア(Y)、酸化アルミニウム(Al)、酸化チタン(TiO)、酸化ジルコニア(ZrO)、酸化鉄(FeO)、チタン酸バリウム(BaTiO)、酸化クロム(Cr)などの金属酸化物、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)、窒化アルミニウム(AlN)などを選ぶことができる。耐環境性向上層7は耐環境性向上を第一の目的としているため、必ずしも(基板1やバッファ層5ほど)赤外線透過率が高いものではなくてもよいが、十分な硬度を得るためには、赤外線透過に影響を及ぼすほどの厚さが必要になる場合もある。そのため、赤外線透過率が比較的高く、かつ十分な耐環境性が得られる材料が好ましく、例えば、Yが適している。
以上が、基板1および赤外線透過膜11を構成する各部材の材料の詳細である。
<成膜方法>
バッファ層5の基板1への成膜方法および耐環境性向上層7のバッファ層5への成膜方法としては、例えば、真空蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法、CVD(Chemical Vapor Deposition)法、ゾル・ゲル法、エアロゾルデポジション法などを選択することができる。特に、エアロゾルデポジション法は脆性粉体の粒径に対する破壊じん性変化を利用した成膜方法であり、脆性材料基板との密着力を増強させやすいことから、本発明におけるバッファ層5の形成に適している。
即ち、真空蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法、CVD(Chemical Vapor Deposition)法では、膜を形成する際に高真空環境下で層材料を原子、もしくは分子状態にまで小さくした後に層材料を表面に輸送し、基板表面に赤外線透過膜11を形成するが、これらの成膜法では、層材料が原子もしくは分子状態になるため、基板温度が十分に高くない場合には、積層膜はアモルファス構造となり、その後の熱処理で結晶化させたとしても格子欠陥が多くなる傾向が見られる。また、脆性をもつ基板材料の場合、耐環境性を向上させる目的で施す赤外線透過膜11には、より強度の高い膜を形成することになるが、赤外線透過膜11と基板1との不整合によって、剥離する可能性がある。
これに対し、エアロゾルデポジション法では、原料粒子を粒子衝突や超音波印加などによる衝撃力で破砕することによって新生面を生成させることができ、比較的低温において粒子間結合を形成することができる(例えば特開2001−3180号公報および明渡純:応用物理、Vol.68、p44−47、1999年参照)。エアロゾルデポジション法では、層材料をサブミクロンサイズの粒子状態で基板表面に付着させていくため、基板温度が室温であっても結晶化した層を得ることができる。また、エアロゾルデポジション法で成膜する場合、高真空を必要としないため、装置や製造プロセスを簡略化できる。さらに、特殊なバインダ等を必要としないため、形成した赤外線透過膜中に不純物が混入しにくく、高純度の膜を形成することが可能となる。また、原料粉に適切な前処理を施すことにより、形成される膜の結晶粒径が小さく、かつ緻密になるために、粒界における光散乱の影響が少なく、光の透過損失が少ない(例えば特許第4022629号明細書参照)。そのため、エアロゾルデポジション法を用いれば、高い赤外線透過性を有する積層膜を、より簡便に作製することができる。
なお、光学部品100においては、基板1とバッファ層5、および耐環境性向上層7の硬度の大小関係、および各層の材料が重要であり、これらの特性は成膜方法には必ずしも依存しない。しかし、薄膜材料に不純物が混入しにくいこと、薄膜形成段階で粒径制御した粒子を導入するために微結晶積層体を形成できること、さらには、比較的脆い基板材料にも成膜制御が容易なことなどの観点からも、エアロゾルデポジション法を用いることが好ましい。
エアロゾルデポジション法においては、バッファ層5および耐環境性向上層7の材料に前処理を加え、脆性材料粒子を得る必要がある。脆性材料粒子を得るための前処理方法は、特に限定されるものではないが、例えば、材料粒子をボールミルなどの機械的応力を印加することができる装置で粉砕することで得ることができる。さらに、200℃〜1200℃の空気中熱処理を加えることによって、脆性化した材料微粒子の吸着水などの不純物を除去すると、成膜した薄膜中の欠陥が減少するため、赤外線の透過率をさらに向上させることも可能である(例えば特許第4022629号明細書参照)。
エアロゾルデポジション法において、脆性材料粒子を基板1に吹き付ける方法としては、例えばガスと微粒子を混合、搬送し、小さな開口ノズルを通して加速して吹き付ける、もしくは帯電させた粒子を静電界の中で加速して、硬質反射体に衝突させ粉砕させる方法を用いることができる。ただし、脆性材料粒子を吹き付ける方法は、ここに示した限りではない。
エアロゾルデポジション法で基板1上に薄膜を形成する方法をより具体的に述べると、減圧された成膜チャンバ内に反射面と基板1とを配置し、脆性材料粒子をエアロゾル化して反射面に衝突させてから、この時に生じる超微粒子の機械的粉砕効果を用いて、新生表面を持つ活性化された脆性材料粒子の超微粒子を生成し、これを減圧状態(1kPa以下)で、基板表面に吹き付け、常温で付着させる。この際、膜と基板1の界面に形成されるアンカー層を一定膜厚以下に抑えることが可能であるため、基板1に与えるダメージを軽減でき、密着性を確保することができる。エアロゾルデポジション法では、比較的低い真空度でプロセスを実行できるなど、装置コストやプロセスコストを低く抑えることが可能となることにも特徴がある。
アンカー層の厚みは、基板材料のビッカース硬度と皮膜粒子材料のビッカース硬度の比率で決定される。例えば、バッファ層5としてPZT、PLZTを用い、耐環境性向上層7としてYを用いる場合、バッファ層5と耐環境性向上層7との間に形成されるアンカー層の厚みは、それらのビッカース硬度との関係から、0.05〜0.5μm程度と見積もれる。バッファ層5の厚みが、0.1μmより薄くなると、耐環境性向上層7を構成するY微粒子は、バッファ層5を突きぬけ、その下にある基板1にまで到達してしまい、密着性を低下させるために剥離が起こりやすく、均一な膜厚が得られなくなるなどの実用上の大きな問題を生じる。また、5μmを超えると赤外光の吸収が大きくなるため、窓材あるいはレンズ材に用いることができなくなる。そのため、エアロゾルデポジション法で成膜する場合、バッファ層材料にPZTやPLZTを例にあげると、バッファ層5の膜厚としては、0.1μm〜5μmの範囲内に設定することが好適であり、0.1μm〜3μmの範囲内に設定することがより好適である。
また、耐環境性向上層7の厚さは0.1μm未満では十分な耐環境性が得られず、一方で10μmを超えると赤外線透過率が急激に低下するため、0.1μm〜10μmの範囲内に設定することが好適である。
なお、前述のように、バッファ層5と耐環境性向上層7は、多結晶材料であるのが望ましいが、その平均結晶粒径は、0.1μm以下であるのが望ましく、100nm(0.01μm)以下であるのがより望ましい。エアロゾルデポジション法を用いれば、このような微細な多結晶粒を得ることができる。
また、図2では基板1の片面にのみ赤外線透過膜11が形成されているが、反対側の面に対しても、上記した成膜方法を用いることにより、基板1の両面に赤外線透過膜11を形成することも可能である。さらに、公知の基板保持および回転機構を用いて、基板1の側面も含む全面に赤外線透過膜11を形成することも可能である。
このように、本実施形態によれば、赤外線透過膜11は、赤外線光学用の基板である基板1の表面に形成され、基板1より大きなビッカース硬度を有するバッファ層5と、バッファ層5に接して設けられ、バッファ層5より大きなビッカース硬度を持つ耐環境性向上層7を有している。
そのため、赤外線透過膜11は、従来よりも機械的強度および耐環境性に優れている。
【実施例】
【0009】
以下、実施例に基づき、本発明をさらに詳細に説明する。
図2に示す赤外線透過膜11を基板1上に形成し、バッファ層5を形成しない場合と機械強度、透過率、および耐環境性を比較した。
<試料の作製>
(実施例1)
基板1には、厚さ2mmのBaFを用いた。バッファ層5を形成する前に、BaFの両面を研磨することによって平滑化した。バッファ層5の原料としては、PZT原料粉を用いた。PZT原料粉は、機械的応力を印加して粉砕し、平均粒径が0.1〜1.0μmのPZT微粒子として調整した。減圧された成膜チャンバ内に反射面とBaF基板とを配置し、PZT微粒子をエアロゾル化して反射面に衝突させてから、減圧状態(1kPa以下)で常温に設定されたBaF基板表面に吹き付けることによって付着させるエアロゾルデポジション法によって、膜厚0.3μm、平均粒子径0.1μm以下のPZTのバッファ層5を形成した。このようにして形成したPZTのバッファ層5の表面には、PZT原料粉と同様の処理を加えて調整した0.1μm〜1μmのY微粒子を、エアロゾルデポジション法を用いて吹き付け、膜厚2〜3μm、平均粒子径100nm以下のYの耐環境性向上層7を形成した。このように、BaFの基板1表面に、PZTのバッファ層5、Yの耐環境性向上層7を形成し、図2に示した構成の赤外線透過膜11を形成させた。実施例1におけるバッファ層5および耐環境性向上層7の厚さに関しては、赤外線透過膜11としての十分な硬度を得ることを主目的としており、光学的な設計には基づいていないが、赤外線透過率をできる限り低下させないように、最小限の厚みになるように設定している。実施例1において、各材料のビッカース硬度の関係は、下記の関係になっていた。
BaF基板(約90kgf/mm)<PZT(約400kgf/mm
<Y(約800kgf/mm
なお、各材料のビッカース硬度との関係は以下の文献も参照されたい(以下の実施例2および比較例も同様)
J.Iwasawa,R.Nishimizu,M.Tokita,M.Kiyohara and K.Uematsu,J.Ceram.Soc.Japan,Vol.114[3](2006)pp272−276
H.Eilers,J.Eur.Ceram.Soc.,Vol 27,Issue 16,(2007),pp4711−4717
J.Akedo and M.Lebedev,Jpn.J.Appl.Phys.,Vol.41(2002)pp6980−6984
J.Li,S.Wang,K.Wakabayashi,M.Esashi and R.Watanabe,J.Am.Ceram.Soc.,Vol.83,Issue 4,(2000),pp955−957
O.Guillon,F.Thiebaud,D.Perreux,C.Courtois,P.Champagne,A.Leriche,J.Crampon,J.Eur.Ceram.Soc.,Vol.25,Issue 12,(2005),pp2421−2424
(実施例2)
バッファ層5の原料としてPLZT原料粉を用いた以外は、実施例1と同様の方法で、赤外線透過膜11を形成した。実施例2において、各材料のビッカース硬度の関係は、下記の関係になっていた。
BaF基板(約90kgf/mm)<PLZT(約400kgf/mm
<Y(約800kgf/mm
(比較例1)
BaFの基板1にバッファ層5を設けずに、耐環境性向上層7であるY膜のみをエアロゾルデポジション法で形成し、図3に示した構成の赤外線透過膜11を形成させた。成膜方法は、実施例1と同様の方法を用いた。比較例1において、各材料のビッカース硬度の関係は、下記の関係になっていた。
BaF基板(約90kgf/mm)<<Y(約800kgf/mm
<引掻き試験>
赤外線透過膜11の機械的強度の評価のため、実施例1、実施例2、および比較例1で示したPZT層およびY層に関して、ボールペンによる引掻き試験を行った。引掻き試験を行った結果を、図4図6に示す。
実施例1の赤外線透過膜11(図4)には、ボールペンによる圧痕が見られるものの、クラックなどの発生は見られなかったため、良好な機械的強度が得られていることが分かった。実施例2の赤外線透過膜11(図5)には、ボールペンによる圧痕に沿って、小さな傷が見られるが、傷の広がりは見られないため、機械的強度は得られていた。それに対し、比較例1の赤外線透過膜(図6)には、ボールペンの圧痕が見られないほどに傷が広がり、クラックとなっていた。この結果より、バッファ層5を設けた本発明の実施例においては、バッファ層5を設けていない従来例と比較して、機械的強度が向上していた。
基板1のビッカース硬度と耐環境性向上層7に使用する材質のビッカース硬度に、5倍以上もの大きな差があるような場合、基板1上に耐環境性向上層7の形成が可能であったとしても、基板1と耐環境性向上層7との間で、硬度が原因となる不整合が起こりやすくなるため、耐環境性向上層7の歪が溜まり、剥離が起こりやすい状態にある。それに対し、実施例1および実施例2では、基板1と耐環境性向上層7との機械的強度の不整合を緩和するように、基板1と耐環境性向上層7の硬度の中間の高度をもつバッファ層を設けることによって、基板1と赤外線透過膜11の密着性が向上し、機械的強度が強くなることが確認できた。
<赤外線透過率測定試験>
図7に、BaF基板のみと、赤外線透過膜11を形成させたBaF基板(実施例1)の赤外線透過率の比較を示した。BaF基板は、10μmを超えるまで90%以上の透過率を示し、14μmにおいても40%程度の透過率が得られている。実施例1の基板1においては、やや透過率が減少しているものの、10μmで85%程度、14μmで30%程度の透過率が得られている。実施例1においては、特に光学的な設計に基づいてはおらず、赤外線透過膜11の膜厚などを最適化していないため、透過率がやや落ちているものの、赤外線透過膜11が無い場合と比較して、5〜10%程度の低下で抑えられていると捉えることができる。また、図は省略するが、実施例2や比較例1に関しても、同様の結果が得られた。
<温度サイクル試験>
耐環境性の一つの指標である、耐温度サイクル性を評価するため、実施例1の試料に温度サイクル試験を行った。温度サイクル試験は、温度変化率1℃/分で、最低温度−20℃、最高温度100℃に設定し、最低温度および最高温度における保持時間を20分とするプロセスを1サイクルとし、実際の測定においては、100サイクル繰り返した。図8に、温度サイクル試験前後の透過率を示す。図8に示したとおり、温度サイクル試験前後で透過率に変化はほとんど見られず、赤外線透過膜11の劣化はほとんど起こらなかった。すなわち、実施例1で示した構成の赤外線透過膜11においては、耐温度サイクル性を十分に確保できており、温度変化が大きな環境下でも使用に耐久性を持っていた。
なお、同様の温度サイクル試験を実施例2および比較例1に関しても行ったが、実施例2に関しては実施例1と同様の結果を得たものの、比較例1に関しては、赤外線透過膜全面にわたって、クラックが発生した。
表1に、上記試験結果の概略をまとめた。実施例1、2で示した、バッファ層5を設けた本発明の赤外線透過膜11では、バッファ層5を設けなかった比較例1と比較して、十分な耐環境性を得られていることが分かった。
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0010】
以上、本発明の赤外線透過膜の構成および作製方法について、説明したが、本発明で例示した構造および構成は、その効果を発現させるための一例であり、その構造および構成は、上記した実施形態および実施例に限定されるわけではない。
本発明の赤外線透過膜は、BaFに代表される低価格の赤外線光学部品に、高い耐環境性を低コストで付与することができる。本発明で得られる赤外線光学部品は、赤外線カメラに代表される、多くの赤外線装置に適用可能である。
なお、本出願は、2011年5月24日に出願された、日本国特許出願第2011−115322号からの優先権を基礎として、その利益を主張するものであり、その開示はここに全体として参考文献として取り込む。
【符号の説明】
【0011】
1 基板
5 バッファ層
7 耐環境性向上層
11 赤外線透過膜
13 光学系
15 ケース
100 光学部品
200 赤外線装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8