【0008】
以下、図面に基づき、本発明の実施形態を詳細に説明する。
まず、
図1を参照して本実施形態に係る赤外線透過膜11を備えた光学部品100、および光学部品100を用いた赤外線装置200の構造について説明する。
図1に示すように、赤外線装置200は光学系13が収納されたケース15、およびケース15の1つの面に設けられ、赤外線を透過する光学部品100を有している。赤外線装置200は例えば赤外線カメラである。
図2に示すように、光学部品100は、基板1と、基板1の表面に設けられた赤外線透過膜11を有している。
赤外線透過膜11は、赤外線光学用の基板である基板1の表面に形成され、基板1より大きなビッカース硬度を有するバッファ層5と、バッファ層5に接して設けられ、バッファ層5より大きなビッカース硬度を持つ耐環境性向上層7を有している。
以下、基板1および赤外線透過膜11を構成する各部材の材料および成膜方法について詳細に説明する。
<材料>
(基板1)
基板1を構成する材料としては、金属元素と非金属元素の化合物の単結晶材料、多結晶材料、またはアモルファス材料を用いることができる。金属元素としては、リチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、セシウム(Cs)に代表されるアルカリ金属、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、バリウム(Ba)に代表されるアルカリ土類金属、亜鉛に代表される遷移金属などが挙げられる。非金属元素としては、フッ素(F)、塩素(Cl)、臭素(Br)に代表されるハロゲン元素、酸素(O)、イオウ(S)、セレン(Se)、テルル(Te)に代表されるカルコゲン元素、さらには窒素(N)、リン(P)などに代表されるニクトゲン元素が挙げられる。ただし、ここで挙げたものは一例であり、これらに限定されるものではない。
また、基板1を構成する材料は、特に8〜12μm帯の赤外線透過率が高く、より好ましくは、可視光の波長帯の全部もしくは一部の光を透過することが望ましい。具体的には、フッ化バリウム(BaF
2)、塩化ナトリウム(NaCl)、フッ化カルシウム(CaF
2)、フッ化マグネシウム(MgF
2)といったアルカリハロゲン化物およびアルカリ土類ハロゲン化物に代表される金属ハロゲン化物、硫化亜鉛(ZnS)、硫化セレン(ZnSe)といったカルコゲナイド化合物を選ぶことができる。とりわけ、赤外線カメラの窓材に限定すれば、赤外線透過率が高く、かつ屈折率が小さいことも求められるため、金属ハロゲン化物が好ましく、アルカリハロゲン化物およびアルカリ土類ハロゲン化物が最適である。より具体的には、BaF
2が最適である。
ただし、基板1を構成する材料は、BaF
2を代表とする金属ハロゲン化物に限定されるものでなく、一般に光学的に透明であるZnS、ZnSe、KRS−5、KRS−6等の脆性材料を用いることも可能である。さらに、アルミナ、ファライト、BTO、ITO、TiO
2、などの酸化物材料の他、窒化アルミ(AlN)、立方晶ボロンナイトライド(c−BN)などの窒化物材料、二硼化マグネシウムなどのホウ化物、フッ化物、Si、ガリウムナイトライド(GaN)などの半導体材料などについても適用可能であり、一般に、典型金属元素(アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属)と、非金属元素(ハロゲン族とイオウ、酸素、窒素)の単結晶材料、多結晶材料またはガラス材料を基板1として用いることができる。
(赤外線透過膜11)
前述のように、基板1の表面には、赤外線透過膜11が形成されている。赤外線透過膜11は、基板1と密着するように形成され、基板1と耐環境性向上層7との密着性を向上させるためのバッファ層5と、赤外線透過膜11の耐環境性を向上させるための耐環境性向上層7を有している。
基板1上に形成させた薄膜は、基板1の硬度の影響を強く受けることが知られている。そのため、薄膜の硬度を数値化する目的で、ビッカース硬度を指標として用いることができる。通常のビッカース硬度測定では、対面角が136度の正四角錘ダイヤモンドで作られた圧子を用いる。本実施形態で述べる硬度とは、圧子を押し付ける荷重を1kgf(9.8N)以下にして測定するマイクロビッカース硬度測定に基づく硬度のことである。そのため、本実施形態においては、特に断りの無い限り、ビッカース硬度を硬度として表記する。
基板1、および赤外線透過膜11を構成するバッファ層5と耐環境性向上層7の硬度に関しては、以下の通りの関係を満たすものとする。
基板1の硬度<バッファ層5の硬度<耐環境性向上層7の硬度
なお、赤外線透過膜11は、8〜12μm帯の赤外線光学材料だけに適用できるものではなく、脆性基板が透明な範囲の光波長帯についても適用することができる。
(バッファ層5)
バッファ層5は、基板1の硬度以上の硬度を有する。
バッファ層5として好適な材料は、選ばれる基板1との硬度の大小関係で決定され、同時に赤外線透過率も求められる。例えば、ランタンドープチタン酸ジルコン酸鉛ランタン(PLZT)、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)、チタン酸鉛(PT)などの群の鉛化合物を選ぶことができる。具体的な硬度としては、バッファ層5のビッカース硬度が、基板1のビッカース硬度の4倍以上であることが望ましい。
バッファ層5には、硬度差の大きい基板1と耐環境性向上層7(硬度の小さい基板1と、硬度の大きい耐環境性向上層7)との密着性を向上させることを目的としているため、硬度とともに、緩衝性も求められる。鉛化合物は、比較的緩衝性が高い材料であるため、バッファ層5に用いるのに適している。ただし、同様の緩衝性が得られる可能性のある材料もあり、例えば、Zn、Snなどを含む酸化物系も候補として挙げられる。
(耐環境性向上層7)
バッファ層5に積層される耐環境性向上層7は、水に対する耐水性、環境湿度に対する耐湿度性、化学物質に対する耐薬品性、埃や塵などに対する耐摩耗性、幅広い温度変化で使用するための温度耐性、硬いものや高速移動体が衝突することに対する耐衝撃性を兼ね備え、かつ赤外線透過性にも優れていることが望ましい。さらに、前述の耐性に加えて、静的かつ動的な機械的強度に優れた材料が望ましく、このような材料としては、基板1よりも機械的強度が高いものを選ぶことができ、酸化物系材料が適している。また、耐環境性向上層7としては、基板1およびバッファ層5よりも硬度が大きい材料を選定することが望ましい。具体的には、ビッカース硬度が100〜1000kgf/mm
2の範囲のものが好ましい。
耐環境性向上層7を構成する材料としては、たとえば酸化イットリア(Y
2O
3)、酸化アルミニウム(Al
2O
3)、酸化チタン(TiO
2)、酸化ジルコニア(ZrO
2)、酸化鉄(FeO
X)、チタン酸バリウム(BaTiO
3)、酸化クロム(Cr
2O
3)などの金属酸化物、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)、窒化アルミニウム(AlN)などを選ぶことができる。耐環境性向上層7は耐環境性向上を第一の目的としているため、必ずしも(基板1やバッファ層5ほど)赤外線透過率が高いものではなくてもよいが、十分な硬度を得るためには、赤外線透過に影響を及ぼすほどの厚さが必要になる場合もある。そのため、赤外線透過率が比較的高く、かつ十分な耐環境性が得られる材料が好ましく、例えば、Y
2O
3が適している。
以上が、基板1および赤外線透過膜11を構成する各部材の材料の詳細である。
<成膜方法>
バッファ層5の基板1への成膜方法および耐環境性向上層7のバッファ層5への成膜方法としては、例えば、真空蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法、CVD(Chemical Vapor Deposition)法、ゾル・ゲル法、エアロゾルデポジション法などを選択することができる。特に、エアロゾルデポジション法は脆性粉体の粒径に対する破壊じん性変化を利用した成膜方法であり、脆性材料基板との密着力を増強させやすいことから、本発明におけるバッファ層5の形成に適している。
即ち、真空蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法、CVD(Chemical Vapor Deposition)法では、膜を形成する際に高真空環境下で層材料を原子、もしくは分子状態にまで小さくした後に層材料を表面に輸送し、基板表面に赤外線透過膜11を形成するが、これらの成膜法では、層材料が原子もしくは分子状態になるため、基板温度が十分に高くない場合には、積層膜はアモルファス構造となり、その後の熱処理で結晶化させたとしても格子欠陥が多くなる傾向が見られる。また、脆性をもつ基板材料の場合、耐環境性を向上させる目的で施す赤外線透過膜11には、より強度の高い膜を形成することになるが、赤外線透過膜11と基板1との不整合によって、剥離する可能性がある。
これに対し、エアロゾルデポジション法では、原料粒子を粒子衝突や超音波印加などによる衝撃力で破砕することによって新生面を生成させることができ、比較的低温において粒子間結合を形成することができる(例えば特開2001−3180号公報および明渡純:応用物理、Vol.68、p44−47、1999年参照)。エアロゾルデポジション法では、層材料をサブミクロンサイズの粒子状態で基板表面に付着させていくため、基板温度が室温であっても結晶化した層を得ることができる。また、エアロゾルデポジション法で成膜する場合、高真空を必要としないため、装置や製造プロセスを簡略化できる。さらに、特殊なバインダ等を必要としないため、形成した赤外線透過膜中に不純物が混入しにくく、高純度の膜を形成することが可能となる。また、原料粉に適切な前処理を施すことにより、形成される膜の結晶粒径が小さく、かつ緻密になるために、粒界における光散乱の影響が少なく、光の透過損失が少ない(例えば特許第4022629号明細書参照)。そのため、エアロゾルデポジション法を用いれば、高い赤外線透過性を有する積層膜を、より簡便に作製することができる。
なお、光学部品100においては、基板1とバッファ層5、および耐環境性向上層7の硬度の大小関係、および各層の材料が重要であり、これらの特性は成膜方法には必ずしも依存しない。しかし、薄膜材料に不純物が混入しにくいこと、薄膜形成段階で粒径制御した粒子を導入するために微結晶積層体を形成できること、さらには、比較的脆い基板材料にも成膜制御が容易なことなどの観点からも、エアロゾルデポジション法を用いることが好ましい。
エアロゾルデポジション法においては、バッファ層5および耐環境性向上層7の材料に前処理を加え、脆性材料粒子を得る必要がある。脆性材料粒子を得るための前処理方法は、特に限定されるものではないが、例えば、材料粒子をボールミルなどの機械的応力を印加することができる装置で粉砕することで得ることができる。さらに、200℃〜1200℃の空気中熱処理を加えることによって、脆性化した材料微粒子の吸着水などの不純物を除去すると、成膜した薄膜中の欠陥が減少するため、赤外線の透過率をさらに向上させることも可能である(例えば特許第4022629号明細書参照)。
エアロゾルデポジション法において、脆性材料粒子を基板1に吹き付ける方法としては、例えばガスと微粒子を混合、搬送し、小さな開口ノズルを通して加速して吹き付ける、もしくは帯電させた粒子を静電界の中で加速して、硬質反射体に衝突させ粉砕させる方法を用いることができる。ただし、脆性材料粒子を吹き付ける方法は、ここに示した限りではない。
エアロゾルデポジション法で基板1上に薄膜を形成する方法をより具体的に述べると、減圧された成膜チャンバ内に反射面と基板1とを配置し、脆性材料粒子をエアロゾル化して反射面に衝突させてから、この時に生じる超微粒子の機械的粉砕効果を用いて、新生表面を持つ活性化された脆性材料粒子の超微粒子を生成し、これを減圧状態(1kPa以下)で、基板表面に吹き付け、常温で付着させる。この際、膜と基板1の界面に形成されるアンカー層を一定膜厚以下に抑えることが可能であるため、基板1に与えるダメージを軽減でき、密着性を確保することができる。エアロゾルデポジション法では、比較的低い真空度でプロセスを実行できるなど、装置コストやプロセスコストを低く抑えることが可能となることにも特徴がある。
アンカー層の厚みは、基板材料のビッカース硬度と皮膜粒子材料のビッカース硬度の比率で決定される。例えば、バッファ層5としてPZT、PLZTを用い、耐環境性向上層7としてY
2O
3を用いる場合、バッファ層5と耐環境性向上層7との間に形成されるアンカー層の厚みは、それらのビッカース硬度との関係から、0.05〜0.5μm程度と見積もれる。バッファ層5の厚みが、0.1μmより薄くなると、耐環境性向上層7を構成するY
2O
3微粒子は、バッファ層5を突きぬけ、その下にある基板1にまで到達してしまい、密着性を低下させるために剥離が起こりやすく、均一な膜厚が得られなくなるなどの実用上の大きな問題を生じる。また、5μmを超えると赤外光の吸収が大きくなるため、窓材あるいはレンズ材に用いることができなくなる。そのため、エアロゾルデポジション法で成膜する場合、バッファ層材料にPZTやPLZTを例にあげると、バッファ層5の膜厚としては、0.1μm〜5μmの範囲内に設定することが好適であり、0.1μm〜3μmの範囲内に設定することがより好適である。
また、耐環境性向上層7の厚さは0.1μm未満では十分な耐環境性が得られず、一方で10μmを超えると赤外線透過率が急激に低下するため、0.1μm〜10μmの範囲内に設定することが好適である。
なお、前述のように、バッファ層5と耐環境性向上層7は、多結晶材料であるのが望ましいが、その平均結晶粒径は、0.1μm以下であるのが望ましく、100nm(0.01μm)以下であるのがより望ましい。エアロゾルデポジション法を用いれば、このような微細な多結晶粒を得ることができる。
また、
図2では基板1の片面にのみ赤外線透過膜11が形成されているが、反対側の面に対しても、上記した成膜方法を用いることにより、基板1の両面に赤外線透過膜11を形成することも可能である。さらに、公知の基板保持および回転機構を用いて、基板1の側面も含む全面に赤外線透過膜11を形成することも可能である。
このように、本実施形態によれば、赤外線透過膜11は、赤外線光学用の基板である基板1の表面に形成され、基板1より大きなビッカース硬度を有するバッファ層5と、バッファ層5に接して設けられ、バッファ層5より大きなビッカース硬度を持つ耐環境性向上層7を有している。
そのため、赤外線透過膜11は、従来よりも機械的強度および耐環境性に優れている。
【実施例】
【0009】
以下、実施例に基づき、本発明をさらに詳細に説明する。
図2に示す赤外線透過膜11を基板1上に形成し、バッファ層5を形成しない場合と機械強度、透過率、および耐環境性を比較した。
<試料の作製>
(実施例1)
基板1には、厚さ2mmのBaF
2を用いた。バッファ層5を形成する前に、BaF
2の両面を研磨することによって平滑化した。バッファ層5の原料としては、PZT原料粉を用いた。PZT原料粉は、機械的応力を印加して粉砕し、平均粒径が0.1〜1.0μmのPZT微粒子として調整した。減圧された成膜チャンバ内に反射面とBaF
2基板とを配置し、PZT微粒子をエアロゾル化して反射面に衝突させてから、減圧状態(1kPa以下)で常温に設定されたBaF
2基板表面に吹き付けることによって付着させるエアロゾルデポジション法によって、膜厚0.3μm、平均粒子径0.1μm以下のPZTのバッファ層5を形成した。このようにして形成したPZTのバッファ層5の表面には、PZT原料粉と同様の処理を加えて調整した0.1μm〜1μmのY
2O
3微粒子を、エアロゾルデポジション法を用いて吹き付け、膜厚2〜3μm、平均粒子径100nm以下のY
2O
3の耐環境性向上層7を形成した。このように、BaF
2の基板1表面に、PZTのバッファ層5、Y
2O
3の耐環境性向上層7を形成し、
図2に示した構成の赤外線透過膜11を形成させた。実施例1におけるバッファ層5および耐環境性向上層7の厚さに関しては、赤外線透過膜11としての十分な硬度を得ることを主目的としており、光学的な設計には基づいていないが、赤外線透過率をできる限り低下させないように、最小限の厚みになるように設定している。実施例1において、各材料のビッカース硬度の関係は、下記の関係になっていた。
BaF
2基板(約90kgf/mm
2)<PZT(約400kgf/mm
2)
<Y
2O
3(約800kgf/mm
2)
なお、各材料のビッカース硬度との関係は以下の文献も参照されたい(以下の実施例2および比較例も同様)
J.Iwasawa,R.Nishimizu,M.Tokita,M.Kiyohara and K.Uematsu,J.Ceram.Soc.Japan,Vol.114[3](2006)pp272−276
H.Eilers,J.Eur.Ceram.Soc.,Vol 27,Issue 16,(2007),pp4711−4717
J.Akedo and M.Lebedev,Jpn.J.Appl.Phys.,Vol.41(2002)pp6980−6984
J.Li,S.Wang,K.Wakabayashi,M.Esashi and R.Watanabe,J.Am.Ceram.Soc.,Vol.83,Issue 4,(2000),pp955−957
O.Guillon,F.Thiebaud,D.Perreux,C.Courtois,P.Champagne,A.Leriche,J.Crampon,J.Eur.Ceram.Soc.,Vol.25,Issue 12,(2005),pp2421−2424
(実施例2)
バッファ層5の原料としてPLZT原料粉を用いた以外は、実施例1と同様の方法で、赤外線透過膜11を形成した。実施例2において、各材料のビッカース硬度の関係は、下記の関係になっていた。
BaF
2基板(約90kgf/mm
2)<PLZT(約400kgf/mm
2)
<Y
2O
3(約800kgf/mm
2)
(比較例1)
BaF
2の基板1にバッファ層5を設けずに、耐環境性向上層7であるY
2O
3膜のみをエアロゾルデポジション法で形成し、
図3に示した構成の赤外線透過膜11を形成させた。成膜方法は、実施例1と同様の方法を用いた。比較例1において、各材料のビッカース硬度の関係は、下記の関係になっていた。
BaF
2基板(約90kgf/mm
2)<<Y
2O
3(約800kgf/mm
2)
<引掻き試験>
赤外線透過膜11の機械的強度の評価のため、実施例1、実施例2、および比較例1で示したPZT層およびY
2O
3層に関して、ボールペンによる引掻き試験を行った。引掻き試験を行った結果を、
図4〜
図6に示す。
実施例1の赤外線透過膜11(
図4)には、ボールペンによる圧痕が見られるものの、クラックなどの発生は見られなかったため、良好な機械的強度が得られていることが分かった。実施例2の赤外線透過膜11(
図5)には、ボールペンによる圧痕に沿って、小さな傷が見られるが、傷の広がりは見られないため、機械的強度は得られていた。それに対し、比較例1の赤外線透過膜(
図6)には、ボールペンの圧痕が見られないほどに傷が広がり、クラックとなっていた。この結果より、バッファ層5を設けた本発明の実施例においては、バッファ層5を設けていない従来例と比較して、機械的強度が向上していた。
基板1のビッカース硬度と耐環境性向上層7に使用する材質のビッカース硬度に、5倍以上もの大きな差があるような場合、基板1上に耐環境性向上層7の形成が可能であったとしても、基板1と耐環境性向上層7との間で、硬度が原因となる不整合が起こりやすくなるため、耐環境性向上層7の歪が溜まり、剥離が起こりやすい状態にある。それに対し、実施例1および実施例2では、基板1と耐環境性向上層7との機械的強度の不整合を緩和するように、基板1と耐環境性向上層7の硬度の中間の高度をもつバッファ層を設けることによって、基板1と赤外線透過膜11の密着性が向上し、機械的強度が強くなることが確認できた。
<赤外線透過率測定試験>
図7に、BaF
2基板のみと、赤外線透過膜11を形成させたBaF
2基板(実施例1)の赤外線透過率の比較を示した。BaF
2基板は、10μmを超えるまで90%以上の透過率を示し、14μmにおいても40%程度の透過率が得られている。実施例1の基板1においては、やや透過率が減少しているものの、10μmで85%程度、14μmで30%程度の透過率が得られている。実施例1においては、特に光学的な設計に基づいてはおらず、赤外線透過膜11の膜厚などを最適化していないため、透過率がやや落ちているものの、赤外線透過膜11が無い場合と比較して、5〜10%程度の低下で抑えられていると捉えることができる。また、図は省略するが、実施例2や比較例1に関しても、同様の結果が得られた。
<温度サイクル試験>
耐環境性の一つの指標である、耐温度サイクル性を評価するため、実施例1の試料に温度サイクル試験を行った。温度サイクル試験は、温度変化率1℃/分で、最低温度−20℃、最高温度100℃に設定し、最低温度および最高温度における保持時間を20分とするプロセスを1サイクルとし、実際の測定においては、100サイクル繰り返した。
図8に、温度サイクル試験前後の透過率を示す。
図8に示したとおり、温度サイクル試験前後で透過率に変化はほとんど見られず、赤外線透過膜11の劣化はほとんど起こらなかった。すなわち、実施例1で示した構成の赤外線透過膜11においては、耐温度サイクル性を十分に確保できており、温度変化が大きな環境下でも使用に耐久性を持っていた。
なお、同様の温度サイクル試験を実施例2および比較例1に関しても行ったが、実施例2に関しては実施例1と同様の結果を得たものの、比較例1に関しては、赤外線透過膜全面にわたって、クラックが発生した。
表1に、上記試験結果の概略をまとめた。実施例1、2で示した、バッファ層5を設けた本発明の赤外線透過膜11では、バッファ層5を設けなかった比較例1と比較して、十分な耐環境性を得られていることが分かった。
【表1】