(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6017372
(24)【登録日】2016年10月7日
(45)【発行日】2016年11月2日
(54)【発明の名称】時効硬化性を有するNi基硼化物分散耐食耐摩耗合金
(51)【国際特許分類】
C22C 19/05 20060101AFI20161020BHJP
C22C 1/04 20060101ALN20161020BHJP
B22F 3/15 20060101ALN20161020BHJP
B22F 3/24 20060101ALN20161020BHJP
【FI】
C22C19/05 Z
!C22C1/04 B
!B22F3/15 M
!B22F3/24 C
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-102382(P2013-102382)
(22)【出願日】2013年5月14日
(65)【公開番号】特開2014-221940(P2014-221940A)
(43)【公開日】2014年11月27日
【審査請求日】2015年11月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100074790
【弁理士】
【氏名又は名称】椎名 彊
(72)【発明者】
【氏名】澤田 俊之
【審査官】
静野 朋季
(56)【参考文献】
【文献】
特開2008−121048(JP,A)
【文献】
特開2004−307874(JP,A)
【文献】
特開2003−55729(JP,A)
【文献】
特開平6−240401(JP,A)
【文献】
特開2012−246517(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 19/00−19/05
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Cr:10〜40%、Mo:10〜40%、B:0.5〜3.0%、かつ、Al,Ti,Nb,Taの1種もしくは2種以上を合計で0.1〜5.0%含み、残部Niおよび不可避的不純物からなり、式(1)を満たすことを特徴とする時効硬化性を有するNi基硼化物分散耐食耐摩耗合金。
35≦Cr+1.5(Mo−7B)≦55 … (1)
【請求項2】
Fe,Si,Cu,V,Wの1種もしくは2種以上を合計で10%以下含むことを特徴とした請求項1に記載の時効硬化性を有するNi基硼化物分散耐食耐摩耗合金。
【請求項3】
時効処理の後ロックウェル硬さが5HRC以上硬化することを特徴とする請求項1または2に記載の時効硬化性を有するNi基硼化物分散耐食耐摩耗合金。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性,耐摩耗性,抗折力に優れ,かつ時効硬化性を有するNi基硼化物分散耐食耐摩耗合金に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、Ni基に硼化物などの硬質粒子を分散させた耐食耐摩耗合金が各種提案されている。例えば特開平8−157991号公報(特許文献1)の合金は主に溶射などに用いる表面硬化用塩酸耐食合金が開示され、また、特開2004−137570号公報(特許文献2)には耐食性,耐摩耗性,抗折力および合金鋼とのクラッド性に優れるNi基硼化物分散耐食耐摩耗合金が開示されている。
【0003】
これらのNi基耐食耐摩耗合金は、いずれも優れた特性を示す一方で、高い耐摩耗性のために機械加工性に劣る課題も有していた。一般に、工具鋼や粉末ハイス鋼のようなFeをベースとし各種の硬質炭化物により耐摩耗性を向上させている材料は、焼鈍処理により硬さを低下させ、この状態で機械加工を施し、その後、焼入れ焼戻し処理により所定の高い硬さに調整して、各種部品に用いられる。したがって、部品として用いる時には高い硬さ、高い耐摩耗性を示すが、機械加工は低い硬さ状態で実施することができる。これはFe−C系状態図からわかるとおり、Cが温度変化によりFeマトリックスに固溶したり、炭化物として析出したり、状態を変化できることに起因する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−157991号公報
【特許文献2】特開2004−137570号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述のような硬質硼化物を分散するNi基耐食耐摩耗合金においては、Ni−B系状態図からわかるとおり、マトリックスであるNi中へのBの固溶限がほとんどなく、温度変化による固溶限の変化がほとんどない。したがって、熱処理によりBの状態を変化させ、硬さを調整することが本質的に困難である。このことから、部品として使用する高硬度な状態のまま機械加工を実施する必要があり、機械加工性が課題となっていた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
このような課題に対し本発明者は、Bの存在状態を変化させるのではなく、Ni基マトリックスへ新たな元素を添加し、これによりマトリックスに時効硬化性を付与することで、熱処理による硬さの調整を可能とし、高い使用時の硬さと、低い機械加工時の硬さを実現し、本発明に至った。その発明の要旨とするところは、
(1)質量%で、Cr:10〜40%、Mo:10〜40%、B:0.5〜3.0%、かつ、Al,Ti,Nb,Taの1種もしくは2種以上を合計で0.1〜5.0%含み、残部Niおよび不可避的不純物からなり、式(1)を満たすことを特徴とする時効硬化性を有するNi基硼化物分散耐食耐摩耗合金。
35≦Cr+1.5(Mo−7B)≦55 … (1)
【0007】
(2)Fe,Si,Cu,V,Wの1種もしくは2種以上を合計で10%以下含むことを特徴とした前記(1)に記載の時効硬化性を有するNi基硼化物分散耐食耐摩耗合金。(3)時効処理の後ロックウェル硬さが5HRC以上硬化することを特徴とする前記(1)または(2)に記載の時効硬化性を有するNi基硼化物分散耐食耐摩耗合金にある。
【発明の効果】
【0008】
以上述べたように、本発明により弗酸をはじめとした各種酸に対する高い耐食性と、高い耐摩耗性を有し、かつ、時効硬化性を示すNi基硼化物分散耐食耐摩耗合金を提供することができる。
【0009】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明における最大の特徴は、Al,Ti,Nb,Taを微量添加することで、Ni基マトリックスに時効硬化性を付与したことである。時効硬化に関する詳細な原理は不明であるが、後述する実施例で試作したいくつかの試験片の組織観察から、以下のような原理が推測された。
【0010】
Al,Ti,Nb,Taを含むNi基合金として、Ni
3(Al,Ti)やNi
3(Nb,Ta)などの金属間化合物を析出させる、いわゆるNi基耐熱超合金が有名である。このNi基耐熱超合金は、温度変化によるAl,Ti,Nb,TaのNi基マトリックスへの固溶限の変化を利用し、時効硬化性を持たせた合金である。これに対し、本発明合金においては、一般的なNi基耐熱超合金と比較し、BやMoの含有量が大きく異なる。したがって、時効硬化の挙動も大きく異なった。
【0011】
すなわち、時効処理したAl,Ti,Nb,Taを含む本発明合金には、主にNi,Cr,Moからなる金属間化合物が多く微細析出していた。なおAl,Ti,Nb,Taを添加していない場合、時効処理してもこの金属間化合物は析出しない。したがって、本発明合金は、Al,Ti,Nb,Taの添加により、Niマトリックス中のCr,Moの固溶限が小さくなるとともに温度による固溶限の変化が顕著となり、比較的低温での時効処理によりCr,Moを含む金属間化合物を析出し,時効硬化性を発現したと推測される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明に係る限定した理由を説明する。
Cr:10〜40%
本発明合金においてCrは耐食性改善の効果がある必須元素であり、特に硝酸に対する耐食性改善効果が高い。しかし、10%未満の添加量では耐食性が十分でなく、また、40%を超えると抗折力が劣化する。好ましくは15を超え35%未満であり、より好ましくは20を超え30%未満の範囲である。
【0013】
Mo:10〜40%
本発明合金においてMoは耐食性改善の効果がある必須元素であり、特に弗酸、塩酸に対する耐食性改善効果が高い。しかし、10%未満の添加量では耐食性が十分でなく、また、40%を超えると抗折力が劣化する。好ましくは15を超え35%未満であり、より好ましくは20を超え30%未満の範囲である。
【0014】
B:0.5〜3.0%
本発明合金においてBは硬さ上昇による耐摩耗性改善の効果がある必須元素である。しかし、0.5%未満の添加量では硬さが十分でなく、3.0%を超えると抗折力が劣化する。また、B添加量は時効処理前の硬さにも影響する。すなわち、時効処理前の状態において、上述のNi,Cr,Moを主とした金属間化合物が析出していなくても、硬質硼化物は既に生成しており、主にB添加量で決まる硬質硼化物量により時効処理前硬さが左右されるためである。好ましくは0.7を超え2.5%未満であり、より好ましくは0.9を超え2.0%未満の範囲である。
【0015】
Al,Ti,Nb,Taの1種もしくは2種以上を合計で0.1〜5.0%
本発明合金においてAl,Ti,Nb,Taは時効硬化性を付与するために少なくとも1種は添加の必要がある必須元素のグループである。その合計添加量が0.1%未満では時効硬化による硬さ上昇が十分でなく、また、5.0%を超えると耐食性が劣化する。好ましくは0.3を超え4.0%未満であり、より好ましくは0.5を超え3.0%未満の範囲である。さらに、添加する元素として好ましいのはAl,Nbの1種もしくは2種であり、より好ましいのはAlである。
【0016】
35≦Cr+1.5(Mo−7B)≦55
本発明合金においてCr+1.5(Mo−7B)は、概ねNi基マトリックスにおけるCrとMoの固溶限に影響するパラメータとなる。すなわち、Cr+1.5(Mo−7B)が35未満では耐食性が十分でなく、また、55を超えると抗折力が劣化する。好ましくは40を超え50未満であり、より好ましくは42を超え48未満の範囲である。
【0017】
Fe,Si,Cu,V,Wの1種もしくは2種以上を合計で10%以下
本発明合金においてFeは原料費削減、Si,V,Wは硬さ上昇、Cuは耐食性改善の効果があり、必要に応じて添加できる。しかしながら、その合計添加量が10%を超えると抗折力が劣化する。好ましくは0.1を超え5%未満であり、より好ましくは0.5を超え3%未満の範囲である。
【0018】
時効処理の後ロックウェル硬さが5HRC以上硬化
本発明合金は、Al,Ti,Nb,Taの1種もしくは2種以上を含むことにより時効硬化性を有し、時効硬化前の低硬化状態で機械加工し、その後、時効硬化により高硬度で部品として使用でき、機械加工性と使用時の耐摩耗性を両立できる。しかしながら、時効処理前後の硬さ変化が、5HRC未満ではこの効果が小さい。
【実施例】
【0019】
以下、本発明について実施例によって具体的に説明する。
まず、Al添加量による時効硬化への影響を詳細に評価した。すなわち、Al添加量を0〜6%の範囲で変化させ、時効硬化挙動とその他の特性について評価を実施した(実験A)。次に、Al,Ti,Nb,Ta添加による時効硬化挙動を評価した。すなわち、Al,Ti,Nb,Taを合計2%となるよう添加し、時効硬化挙動とその他の特性について評価を実施した(実験B)。さらに、各添加元素の種類と添加量を変化させるとともに、固化成形条件、溶体化処理条件、時効処理条件を変化させた実験により、各添加元素量の範囲を検討した(実験C)。
【0020】
供試材の作製として、ガスアトマイズ法により所定の成分の粉末を作製し1000μm以下に分級した。ガスアトマイズは、アルミナ製坩堝を溶解に用い、坩堝下の直径5mmのノズルから合金溶湯を出湯し、これに高圧窒素を噴霧することで実施した。これを原料粉末とし、直径100mm、高さ100mmの炭素鋼製カプセルに充填し、真空脱気し、封入した。この粉末充填ビレットを所定の条件で熱間静水圧プレス(HIP)により成形し、固化成形体を得た。この固化成形体のカプセルを旋盤により除去し、所定の条件で溶体化処理および時効処理した。これから、種々の試験に用いる試験片を作製した。
【0021】
耐食性評価として、縦10mm、横10mm、長さ15mmに切断した試験片を用いた、硝酸10%と弗酸10%の水溶液に、40℃で10h浸漬し、浸漬前後の重量減量により耐食性を評価した。硝酸については、腐食度が5.0g/m
2/h以下のものを○、5.0g/m
2/hを超えるものを×とし、弗酸については1.0g/m
2/h以下のものを○、1.0g/m
2/hを超えるものを×とした。
【0022】
硬さ評価としては時効処理前後で行なった。平面研磨により上下面を平行に仕上げた試験片により、時効処理前後のロックウェル硬さを測定し、時効処理による硬さアップ幅と時効処理後の硬さで評価した。時効処理による硬さアップ幅が5HRC以上のものを○、5HRC未満のものを×とした。また、時効処理後の硬さが,40HRC以上のものを○、40HRC未満のものを×とした。
【0023】
抗折力として、縦2mm、横2mm、長さ20mmの試験片を切り出し、支点間距離10mmの3点曲げ試験機により抗折力を測定し、評価した。1.5GPa以上のものを○、1.5GPa未満のものを×とした。
【0024】
【表1】
【0025】
【表2】
表1に示すように、No.1〜8は本発明例であり、No.9は比較例である。また、表2のNo.10〜17は本発明例であり、No.18〜21は比較例である。
【0026】
表1は、Al添加量による時効硬化への影響を調べた結果である。この表1に示すように、比較例No.1はAlを添加しない場合である。このため時効硬化による硬さの増加はなく硬さが劣る。一方、比較例No.9はAlを6%添加した場合であって、Al添加量が多いために、特に硝酸による耐食性が劣る。これに対し、本発明例である、No.2〜8は、いずれも本発明の条件を満たしていることから、耐食性、硬さおよび抗折力に優れていることが分かる。
【0027】
また、表2は、Al,Ti,Nb,Ta添加による時効硬化挙動を調べた結果である。比較例No.18はAl,Ti,Nb,Taのいずれか1種もしくは2種以上の合計、特にTiを6%添加した場合であって、Ti添加量が多いために硝酸による耐食性が劣る。また、比較例No.19はNbを6%添加した場合で、No.18と同様にNb添加量が多いために硝酸による耐食性が劣る。
【0028】
比較例No.20はTaを6%添加した場合で、この場合もNo.18,19と同様に硝酸による耐食性が劣る。さらに、比較例No.21はAl,Ti,Nb,Taの合計量が6%と合計量が多いために硝酸による耐食性が同じく劣ることが分かる。これに対し、本発明例である、No.10〜17はいずれも本発明の条件を満たしていることから、耐食性、硬さおよび抗折力に優れていることが分かる。
【0029】
【表3】
表3に示すように、No.22〜29は本発明例であり、No.30〜43は比較例である。
【0030】
表3は、各添加元素の種類と添加量による時効硬化挙動を調べた結果である。比較例No.30はCrの添加量が少ないために硝酸による耐食性が劣る。比較例No.31はCrの添加量が多いために抗折力が劣る。比較例No.32はMoの添加量が少ないために弗酸による耐食性が劣る。比較例No.33はMoの添加量が多いために抗折力が劣る。比較例No.34はBの添加量が少ないために硬さが十分でない。また、比較例No.35はBの添加量が多いために抗折力が劣る。
【0031】
比較例No.36はCr+1.5(Mo−7B)の値が小さいために弗酸による耐食性が劣る。逆に、比較例No.37はCr+1.5(Mo−7B)の値が大きいめに抗折力が劣る。比較例No.38〜40はいずれもFe+Si+Cu+V+Wの値が大きいために抗折力が劣る。また、比較例No.41〜43はいずれもAl,Ti,Nb,Taの1種もしくは2種以上のいずれの添加もないために時効処理による硬さアップ幅が見られない。これに対し、本発明例No.22〜29はいずれも本発明の条件を満たしていることから、耐食性、時効処理による硬さアップ幅の上昇、硬さ、および抗折力に優れていることが分かる。
【0032】
以上のように、本発明により弗酸をはじめとした各種酸に対する高い耐食性と、高い耐摩耗性を有し、かつ時効硬化性を有するNi基硼化物分散耐食耐摩耗合金を提供することが出来る極めて優れた効果を奏するものである。
特許出願人 山陽特殊製鋼株式会社
代理人 弁理士 椎 名 彊