特許第6018680号(P6018680)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6018680
(24)【登録日】2016年10月7日
(45)【発行日】2016年11月2日
(54)【発明の名称】放射線検出素子の製造方法
(51)【国際特許分類】
   G01T 1/24 20060101AFI20161020BHJP
   H01L 31/08 20060101ALI20161020BHJP
【FI】
   G01T1/24
   H01L31/00 A
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-197429(P2015-197429)
(22)【出願日】2015年10月5日
(62)【分割の表示】特願2012-17611(P2012-17611)の分割
【原出願日】2012年1月31日
(65)【公開番号】特開2016-29380(P2016-29380A)
(43)【公開日】2016年3月3日
【審査請求日】2015年10月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090033
【弁理士】
【氏名又は名称】荒船 博司
(72)【発明者】
【氏名】村上 昌臣
【審査官】 山本 元彦
(56)【参考文献】
【文献】 特開平08−125203(JP,A)
【文献】 特開2001−177141(JP,A)
【文献】 特開2003−142673(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/025631(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 31/00−31/0392、31/08−31/119
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
テルル化カドミウムまたはテルル化亜鉛カドミウムを含む化合物半導体結晶で形成された基板を、白金または金を含むめっき液に浸漬することで前記基板表面の所定箇所に白金または金の単体、もしくは白金または金を含む合金の金属電極を形成する放射線検出素子の製造方法において、前記めっき液には、予め35質量%の塩酸を5ml/L以上60ml/L以下の割合で混入させておくことを特徴とする放射線検出素子の製造方法。
【請求項2】
前記基板を、前記めっき液へ15分以上浸漬することを特徴とする請求項1に記載の放射線検出素子の製造方法。
【請求項3】
前記めっき液には、予め酢酸鉛を混入させておくことを特徴とする請求項1または2に記載の放射線検出素子の製造方法。
【請求項4】
前記基板の前記金属電極が形成される主面を、研磨剤を用いて物理的に研磨する工程を複数回経た後に、前記基板を前記めっき液に浸漬することを特徴とする請求項1から3の何れか一項に記載の放射線検出素子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化合物半導体で形成された基板と基板の表面に形成された金属電極とを備える放射線検出素子を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
テルル化カドミウム(CdTe)やテルル化亜鉛カドミウム(CdZnTe)などを含む化合物半導体の用途の1つに放射線検出器がある。放射線検出器は、化合物半導体結晶で形成された板状の基板の両面に金属電極を形成した放射線検出素子に回路を接続することで構成され、放射線検出素子が放射線を受けた際に放出する電子量を回路で電流に変換して増幅することにより、放射線を検出することができるようになっている。
CdTeやCdZnTeはSiやGeに比べてバンドギャップエネルギーが大きいため、常温で使用でき、かつ高い精度で放射線を検出することができる。また、CdTeやCdZnTeは光電子増倍管を用いるシンチレータと異なり、放射線を直接電流に変換するので、放射線検出器を小型化することができる。
【0003】
基板の表面に回路と接続するための金属電極を形成する方法としては、従来、真空蒸着やめっき等が知られているが、最近では、塩化金酸や塩化白金酸を含むめっき液に基板を浸漬し、基板表面の所定箇所に金あるいは白金を析出させることにより金電極または白金電極を形成する無電解めっきがよく用いられている(特許文献1〜7参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平2003−142673号公報
【特許文献2】特開平2001−177141号公報
【特許文献3】特開平08−125203号公報
【特許文献4】特開平07−038132号公報
【特許文献5】特開平07−034480号公報
【特許文献6】特開平03−248578号公報
【特許文献7】特開平03−201487号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の無電解めっきにより形成された金電極あるいは白金電極は、基板との密着性が充分ではないことが多く、基板から剥がれ易くなっていた。このため、製造時の歩留まりが低下してしまうという問題や、放射線検出器としての寿命が短くなってしまうという問題を招いていた。
【0006】
本発明は、上記課題を解決するためになされたもので、テルル化カドミウムまたはテルル化亜鉛カドミウムを含む化合物半導体で形成された基板と、基板表面に形成された金属電極と、を備えた放射線検出素子において、製造時の歩留まりを高めるとともに、その寿命を長くすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1に記載の発明は、テルル化カドミウムまたはテルル化亜鉛カドミウムを含む化合物半導体結晶で形成された基板を、白金または金を含むめっき液に浸漬することで前記基板表面の所定箇所に白金または金の単体、もしくは白金または金を含む合金の金属電極を形成する放射線検出素子の製造方法において、前記めっき液には、予め35質量%の塩酸を5ml/L以上60ml/L以下の割合で混入させておくことを特徴としている。
【0009】
請求項に記載の発明は、請求項に記載の放射線検出素子の製造方法において、前記基板を、前記めっき液へ15分以上浸漬時間することを特徴としている。
【0010】
請求項に記載の発明は、請求項1または2に記載の放射線検出素子の製造方法において、前記めっき液には、予め酢酸鉛を混入させておくことを特徴としている。
【0011】
請求項に記載の発明は、請求項1からの何れか一項に記載の放射線検出素子の製造方法において、前記基板の前記金属電極が形成される主面を、研磨剤を用いて物理的に研磨する工程を複数回経た後に、前記基板を前記めっき液に浸漬することを特徴としている。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、テルル化カドミウムまたはテルル化亜鉛カドミウムを含む化合物半導体で形成された基板と、基板表面に形成された金属電極と、を備えた放射線検出素子において、製造時の歩留まりを高めることができるとともに、その寿命を長くすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の実施形態に係る放射線検出器の構成図である。
図2図1の放射線検出器に備えられる放射線検出素子を示す斜視図である。
図3図2のIII−III断面図である。
図4】同実施形態の放射線検出素子のA面側表層断面図であり、(a)は研磨工程を3回経てから製造したもの、(b)は研磨工程を1回経てから製造したものである。
図5】同実施形態の放射線検出素子のB面側表層断面図であり、(a)は研磨工程を3回経てから製造したもの、(b)は研磨工程を1回経てから製造したものである。
図6】(a)は比較例の放射線検出素子のA面側における深さ方向の組成を示す図であり、(b)は同実施形態の放射線検出素子のA面側における深さ方向の組成を示す図である。
図7】(a)は比較例の放射線検出素子のB面側における深さ方向の組成を示す図であり、(b)は同実施形態の放射線検出素子のB面側における深さ方向の組成を示す図である。
図8】(a)は同実施形態の放射線検出素子を用いた放射線検出器により得られる放射線スペクトルであり、(b)はこの放射線検出素子の深さ方向の組成を示す図である。
図9】(a)は従来の放射線検出素子を用いた放射線検出器により得られる放射線スペクトルであり、(b)はこの放射線検出素子の深さ方向の組成を示す図である。
図10】中間層におけるOとTeの比(O/Te)と、放射線検出素子のエネルギー分解能と、の相関について説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<実施形態>
以下、図面を参照して、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0015】
〔放射線検出器の構成〕
まず、本実施形態の放射線検出器の概略構成について説明する。
図1に示すように、本実施形態の放射線検出器1は、放射線検出素子2、コンデンサ3、増幅器4、マルチチャンネルアナライザ(MCA)5等で構成されている。放射線検出素子2は、その一方の電極(共通電極7)がグランドに接続(接地)され、他方の電極(ピクセル電極8)が負電位に接続されることにより所定のバイアス電圧が印加されている。また、他方の電極は、コンデンサ3、増幅器4を介してMCA5に接続されている。
【0016】
放射線検出素子2の基板6は、II−VI族化合物半導体であるテルル化亜鉛カドミウム(CdZnTe(CdTe中のCdを例えば2〜9原子%程度Znで置き換えたもの))の結晶で形成されている。このCdZnTeが放射線(硬X線やγ線)を受けると電子を放出し、この電子がバイアス電圧により電離電流となり、コンデンサ3、増幅器4を経てパルス信号に変換される。そして、パルス信号がMCA5で解析され、放射線のスペクトルが得られる。
このようにして、本実施形態に係る放射線検出器1が構成されている。
【0017】
〔放射線検出素子の構成〕
次に、上記放射線検出素子の具体的構成について説明する。
図2に示すように、本実施形態の放射線検出素子2は、基板6、共通電極7、ピクセル電極8等で構成されている。
基板6は、薄い板状に形成されており、共通電極7およびピクセル電極8が形成される主面は、(111)面となっている。結晶方位[111]は、CdZnTeにおける極性軸であるため、基板6の表面のうち一方の主面(以下A面)6a側の表面組成はCdの割合が高く、他方の主面(以下B面)6b側の表面組成はTeの割合が高くなっている。
【0018】
共通電極(金属電極)7は、基板6のB面6b全体を覆うように形成されている。ピクセル電極8(金属電極)は、基板6のA面6aに複数設けられるとともに、マトリクス状(図では縦横4列)に配列されている。共通電極7およびピクセル電極8は共に白金(Pt)で薄膜状に形成されている。すなわち、基板6と共通電極1、基板6とピクセル電極8は共にオーミック接触している。以下、共通電極7とピクセル電極8を区別しない場合は、両電極を合わせてPt電極7,8と称する。
また、図3に示すように、基板6の表層(ここではA面6a側)であって、その表面にPt電極7,8(ここではピクセル電極8)の形成された部位、すなわち、基板のバルク結晶61とPt電極7,8との間には、主にTeの酸化物とPtからなる中間層62が形成されている。
本実施形態の放射線検出素子2はこのようにして構成されている。
【0019】
〔放射線検出素子の製造方法〕
次に、上記放射線検出素子の製造方法について説明する。
本実施形態の放射線検出素子2は、基板製造工程、電極形成工程、ダイシング工程を経て製造される。
はじめに行われる基板製造工程は、切断工程、研磨工程からなる。
切断工程では、CdZnTeの単結晶インゴットを結晶面(111)に沿って切断することにより薄い円盤状のウエハー(基板6)を切り出す。
切断工程の後は、研磨工程に移る。研磨工程では、切り出したウエハーの切断面をアルミナ粉末等の研磨剤を用いて物理的に鏡面研磨する。この研磨工程は、ウエハー毎に複数回繰り返してもよい。
【0020】
基板製造工程の後は電極形成工程に移る。電極形成工程は、電極パターン形成工程、めっき工程からなる。
電極パターン形成工程では、まず、基板製造工程で製造されたウエハーをメタノールに浸漬し、室温で30秒間超音波洗浄することにより、ウエハーに付着した異物を除去する。そして、ウエハーの表面にフォトレジストを塗布し、ピクセル電極パターンが描かれたフォトマスクを用いてフォトレジストを露光する。そして、現像することにより感光したフォトレジストを除去する。そして、ウエハーを1容量%の臭素を混合したメタノール(ブロメタ液)に浸漬し、室温で3分間ウエハーの研磨面をエッチングして基板6の表面から加工変質層を除去する。そして、メタノールを用いてウエハーからブロメタ液を除去し、純水を用いてウエハーからメタノールを除去して電極パターン形成工程を終了する。
【0021】
電極パターン形成工程の後はめっき工程に移る。めっき工程では、ウエハーを塩化白金酸(IV)六水和物水溶液に塩酸を混合しためっき液に浸漬することで、ウエハーの研磨面6a,6bのうちフォトレジストの除去された箇所にPtを析出させPt層を形成する。このPt層が所定の膜厚まで成長したものがPt電極7,8となる。Pt電極7,8が形成された後は、不要になったフォトレジストを除去し、純水を用いてウエハーを洗浄する。そして、ウエハーおよびPt電極7,8に窒素ガスを噴きつけることによりウエハーおよびPt電極7,8を乾燥させて電極形成工程を終了する。
【0022】
電極形成工程の後はダイシング工程に移る。ダイシング工程では、研磨面6a,6bにPt電極7,8が形成されたウエハーを切断して複数の基板6に分割するとともに、個々の放射線検出素子2をウエハーから切り出す。
以上の各工程を経ることにより、CdZnTe結晶で形成された基板6の表面にTeの酸化物を含む中間層62を介してPt電極7,8が形成されてなる放射線検出素子2が製造される。
【0023】
〔中間層〕
次に、中間層62について説明する。
基板6のバルク結晶61とPt電極7,8との間に介在する中間層62は、上記めっき工程において無電解めっきを行う際に、基板6表層に含まれるCdとめっき液に含まれるPtとが置換されることにより形成される。すなわち、中間層62は、基板6の表層のうちPt電極7,8と接する部分が無電解めっきを行ったことにより変質したものである。
【0024】
中間層62は、めっきを行う際の各種条件によってその状態が変わってくる。例えば、中間層62は、無電解めっきを行う前の基板6の表面状態により、その平均膜厚や膜厚の均一さが異なってくる。具体的には、上記研磨工程を3回繰り返し経て製造された基板と、1回のみ経て製造された基板に、それぞれ同様の条件で無電解白金めっきを行うと、研磨工程を3回経たものは、図4(a)に示すように、中間層62の膜厚が均一になっているのに対し、1回だけ経たものは、図4(b)に示すように、バルク結晶61と中間層62との境界面に起伏が大きく、中間層62の膜厚が均一になっていないことがわかる。これは図5に示すB面についても同様である。
【0025】
また、A面に限れば、図4(a)に示した研磨工程を3回経たものは、図4(b)に示した1回だけ経たものに比べ中間層が厚く形成されている。すなわち、基板6を製造する際に研磨工程を多く経るほど、中間層62、Pt電極7,8共に膜厚を均一にすることができ、少なくともA面においては、厚い中間層62を厚くすることが可能になるといえる。
【0026】
また、発明者は、無電解めっきを行う際のPtの析出速度により、所定時間で形成される中間層62の厚さが異なることを見出した。具体的には、Ptの析出速度が速いとCdとPtの置換が充分に行われないので中間層62は薄くなり、逆に、Ptの析出速度が遅いとCdとPtの置換が基板6の深部まで行われるので中間層62は厚くなる。
Ptの析出速度を制御する方法としては、めっき液中の塩酸濃度の調節が効果的である。具体的には、塩酸濃度を高くすると析出速度を遅くすることができ、逆に、塩酸濃度を低くすると析出速度を速くすることができる。
【0027】
つまり、めっきを行う時間が同じであれば、めっき液中の塩酸濃度が高いほど中間層62は厚く、Pt電極7,8は薄く形成され、塩酸濃度が低いほど中間層62は薄く、Pt電極7,8は厚く形成されることになる。しかし、塩酸濃度が高い場合であっても、めっき時間を長くすることで、中間層62、Pt電極7,8を共に厚くすることが可能である。
【0028】
<実施例>
実施例では、まず、温度50℃、濃度0.8g/Lの塩化白金酸(IV)六水和物水溶液が等量ずつ入れられた7つの容器を用意し、各容器のうち1つの容器の水溶液には塩酸を加えず、他の6つの容器の水溶液には35質量%の濃度の塩酸を、濃度がそれぞれ3,5、10,20,40、60ml/Lとなるように加えることより、塩酸濃度の異なる7種類のめっき液を用意した。そして、上記の原理を利用し、CdZnTeの単結晶で形成した基板を、塩酸を含まないめっき液には3分間、塩酸を含む6つのめっき液のうち、濃度が3,5,10,40,60ml/Lのものには15分間、濃度が20ml/Lのものには15,30分間それぞれ浸漬して無電解めっきを行ない、中間層の膜厚が異なる8種類のPt電極のサンプル(比較例1,2、実施例1〜6)を作成した。下の表1は、各サンプルのめっき条件、Pt電極の膜厚、中間層の膜厚をそれぞれ示したものである。
【0029】
【表1】
【0030】
〔組成の比較〕
また、上記サンプルのうち、比較例1(両面とも中間層なし)と実施例3(中間層膜厚A面0.35μm、B面0.3μm)について、スパッタリングによるサンプル表面の削り取りとオージェ電子分光法によるサンプル表面の組成分析を交互に繰り返すことにより、Pt電極表面から基板へ向かう深さ方向(Pt電極表面に垂直な方向)の組成分析を行った。図6(a)は比較例1の(111)A面側の組成分析をした結果であり、図6(b)は実施例3の(111)A面側の組成分析をした結果であり、横軸がスパッタリングの実行時間(電極表面から基板方向への深さに該当する)、縦軸が各元素のピーク強度である。
【0031】
図6(a)に示すように、比較例1のサンプルでは、最表層(スパッタリング時間0〜約3分)でPtが検出されている。また、上記CdZnTe基板と最表層の中間部分(スパッタリング時間約1〜5分:A1で示される範囲)では、その最表層側から上記基板側へ(深さ方向に)向かうにつれて、Te,Cdの濃度が急激に増加している。また、上記中間部分では、酸素(O)がスパッタリング時間約3分の箇所に濃度分布のピークを有するように分布していることがわかる。無電解めっきを行う前のCdZnTe基板は、臭素2vol%濃度のメタノール液で表面処理されていて、その中に酸素は存在しないので、ここで酸素(O)が検出されるのは、めっき液に浸漬されている間にめっき液中の水分と上記中間部分中のTeが反応してTeの酸化物を形成したことによるものと考えられる。この酸素(O)が分布している範囲は、無電解めっきを行う前のCdZnTe基板の表層に該当する部分と考えられ、比較例1のサンプルでは、上記最表層と上記CdZnTe基板との中間部分は、主にTe,Cd,Oから構成されていることがわかる。
【0032】
これに対し、図6(b)に示す実施例3では、図6(a)の比較例1と同様に、最表層においてPtが検出されている。図6(b)の場合、Ptの濃度分布は、スパッタリング時間で0〜約5分の範囲に広がっており、比較例1よりもPtが基板側へ深く混入している。また、最表面からCdZnTe基板側へ組成分析を進めていくと、図6(b)のスパッタリング時間が約2〜8分のA2で示される範囲では、Te,Oが比較例1と同様の増加傾向を示しているのに対して、Cd濃度が減少している。また、Ptが最表層近傍にピークを有し、緩やかに減少して、基板側へ混入している。つまり、実施例3のサンプルでは、比較例1の場合と異なり、この最表層とCdZnTe基板の中間部分(実施例3のA2領域)で、上記基板中のCdとPtが置換して濃度分布に変化を起こしている。このCdとPtの置換されている領域(中間層)は、Te、O及び微量のPtからなり、Cdが殆ど含まれないことがわかる。なお、実施例3における中間層厚は約0.35μmであった。
【0033】
この分析の結果、塩酸を用いて無電解めっきを行うことにより形成される中間層62は、塩酸を用いずに無電解めっきを行った際の基板表層と比べ、含有されるCdの割合に大きな相違があることが判明した。
なお、比較例1と実施例3との基板表層の組成の相違は、図7(a)に示す比較例1の(111)B面側の表層領域(スパッタリング時間約2〜5分:B1で示される範囲)と、図7(b)に示す実施例3の(111)B面側の中間層(スパッタリング時間約2〜5分:B2で示される範囲)においても同様に見られる。
【0034】
〔基板とPt電極の密着性評価〕
また、上記のようにして作成した各サンプルについて、JIS・H8504に準拠した「めっきの密着性試験方法」のうち「テープ試験方法」により、基板6とPt電極7,8との密着性を評価した。具体的には、各サンプルのPt電極表面に、JIS・Z1522に規定された粘着テープ(幅25mm当たり約8Nの粘着力、呼び幅12〜19mm)を貼り付け、気泡ができないように強く押し付ける。そして、粘着テープの端部を持ち、粘着テープをPt電極表面に対して垂直方向に強く引っ張って瞬時に引き剥がす。そして、剥離したPt膜の面積を測定し、剥離したPt膜の面積が、粘着テープに貼り付いたPt膜の面積全体の5%以下であったものを密着性良好(○)とし、5%を超えたものを密着性不良(×)とした。
【0035】
この試験の結果、表1に示したように、比較例1,2のサンプルは密着性不良(×)と判定され、実施例1〜5のサンプルはA,B面共に密着性良好(○)と判定された。つまり、中間層62が無い又はその厚さが非常に薄いサンプルでは、基板6とPt電極7,8の密着性が低く、中間層62が厚い(0.1μm以上の)サンプルでは、A,B面共に密着性が良好であることが判明した。特に、実施例3〜5のサンプルのように、中間層厚さが0.35〜0.70μmのときには、剥離するPt膜が粘着テープに貼り付いたPt膜全体の1%未満となり、粘着性が極めて良好であった。
なお、本実施例では中間層厚0.7μmを上限として密着性を評価したが、これより厚さが増しても密着性が低下することは無いものと思われる。しかし、中間層を厚くするほど塩酸が大量に必要になったり、めっきに時間がかかったりするので、密着性とコスト等のバランスを勘案し1μm程度を上限膜厚とするのが好ましい。
【0036】
〔素子特性〕
次に、放射線検出素子2の密着性以外の特性について説明する。
まず、本実施形態の放射線検出素子2と従来の放射線検出素子とで、リーク電流の量を比較した。その結果、本実施形態の放射線検出素子2は従来の放射線検出素子よりもバイアス電圧印加時のリーク電流を減少させることができることが判明した。リーク電流を少なくすることができれば、放射線検出素子2に更に高いバイアス電圧をかけることができるので、エネルギー分解能をより高めることができる。
【0037】
また、本実施形態の放射線検出素子2を用いた放射線検出器1と従来の放射線検出素子を用いた放射線検出器とで、得られる放射線スペクトルを比較した。その結果、本実施形態の放射線検出器1は、図8(a)に示すように、良好なスペクトルが得られるのに対し、従来の放射線検出器は、図9(a)に示すように、得られるスペクトルが良好でないことが見て取れる。これは、中間層62からバルク結晶61にかけてのOおよびCdの組成勾配の緩急、すなわち、OおよびCdの組成勾配が、本実施形態の放射線検出素子2では、図8(b)に示すように急になっているのに対し、従来の放射線検出素子では、図9(b)に示すように緩やかになっていることが影響しているものと思われる。
【0038】
また、本実施形態の放射線検出器1と従来の放射線検出器2つとで、得られるスペクトルの半値幅(エネルギー分解能)を比較した。その結果、本実施形態の放射線検出器1は約13%という半値幅が得られたのに対し、従来の放射線検出器では約15.5%、17%という半値幅が得られた。
また、本実施形態の放射線検出素子2の中間層62におけるTeに対するO比(以下O/Te)、および従来の放射線検出素子の表層におけるO/Teを調べた。その結果、本実施形態の放射線検出素子2はO/Teが約100at%であったのに対し、従来の放射線検出素子では2つとも約60at%であった。この結果を、横軸をO/Te、縦軸を半値幅としてプロットしたところ、図10に示すように、中間層62または表層におけるO/Teが大きい、すなわち、中間層62または表層にOが多く含まれているほど、放射線検出素子2のエネルギー分解能が高まることが判明した。
【0039】
このように、本実施形態の放射線検出素子2は、基板6の表層であってその表面にPt電極7,8が形成される部位には、Teの酸化物を含む中間層62が形成されているので、基板6とPt電極7,8との密着性が高まり、Pt電極7,8が基板6から剥がれにくくなる。このため、製造時の歩留まりを向上させることができるとともに、その寿命を長くすることができる。
また、リーク電流が低減する、より精度の高い検出が可能となるなど素子特性を高めることもできる。
【0040】
また、Teの割合が高い(111)B面は、従来(111)A面に比べてPt電極との密着性が低いとされてきたが、本実施形態のような中間層62を形成することにより(111)B面6bとPt電極7,8との密着性も向上させることができる。
更に、ピクセル電極8は基板6との接触面積が小さいことから、従来、共通電極に比べて密着性が劣り基板の(111)B面に形成することが困難であったが、本実施形態のような中間層62を形成することによりピクセル電極8を(111)A面6a,(111)B面6bの何れにも形成することができる。
【0041】
また、本実施形態では、無電解めっきでPt電極7,8を形成する際、塩酸を含むめっき液を用いることにより、基板6表層のCdとめっき液中のPtが置換され、基板6のバルク結晶61とPt電極7,8との間にTeの酸化物を含む中間層62を形成することができる。
また、塩酸の濃度を高めることにより、Ptの析出速度が遅くなり、Pt層がゆっくりと形成される。その間に基板6表層のCdとPtとの置換が基板の深部まで進み、厚く均一な中間層62を形成しつつ薄く均一なPt電極7,8を形成することができる。
【0042】
以上、本発明者によってなされた発明を実施形態に基づいて具体的に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で変更可能である。
例えば、上記実施形態では、基板を形成する化合物半導体にCdZnTe結晶を用いたが、CdTe結晶を用いてもよいし、CdZnTeまたはCdTeに微量の不純物(塩素やインジウム)をドープしたものを用いてもよい。また、本実施形態では、CdZnTeの単結晶インゴットを(111)面に沿って切断して切り出した基板を用いたが、他の結晶面(例えば(110)面、(100)面など)に沿って切断して形成した基板を用いてもよい。
【0043】
また、上記実施形態では金属電極をPtで形成する例を挙げたが、金(Au)で形成してもよいし、Pt単体の電極ではなく、Ptを含む合金を用いたり、Pt層の上に更に他の金属の層を積層することで形成したりしてもよい。このようにすれば高価なPtの使用量を減らし、製造コストを下げることができる。
また、上記実施形態では基板6のA,B両面にPt電極を形成したが、B面の電極をインジウム(In)やガリウム(Ga)、アルミニウム(Al)で形成(ショットキー接合)してもよい。このようにすれば、両面をPt電極とした場合に比べバイアス電圧印加時のリーク電流が抑えられ、放射線検出素子2に更に高い電圧を印加することができるので、エネルギー分解能が高まり、より精密な検出が可能となる。
【0044】
また、無電解めっきに用いるめっき液に安定剤を添加するようにしてもよい。例えば、酢酸鉛を安定剤として添加しためっき液を用いることで、酢酸鉛を添加しないめっき液を用いる場合に比べ、中間層62にできる空隙を少なくすることができるので、Pt電極7,8との密着性を更に高めることができる。
【0045】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0046】
1 放射線検出器
2 放射線検出素子
6 基板
6a A面(主面)
6b B面(主面)
61 バルク結晶
62 中間層
7 共通電極(金属電極)
8 ピクセル電極(金属電極)
図1
図2
図3
図6
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図8
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図10
図4
図5