【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素とを含み、残部が銅である軟質希薄銅合金材料からなる銅ボンディングワイヤであって、結晶組織がその表面から内部に向けて線径の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが20μm以下であることを特徴とする銅ボンディングワイヤにある
。
【0018】
また、本発明の銅ボンディングワイヤは、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上55mass ppm以下のチタンとを含むのがよい。
【0019】
また、本発明の銅ボンディングワイヤは、焼鈍処理を施した無酸素銅線と同じ或いはそれ以下の硬さを有し、かつ、伸び率の値の平均値が無酸素銅線に比べて1%以上高い伸び率の値を有するものがよい。
【0020】
また、前記焼鈍処理を施した無酸素銅線と同じ或いはそれ以上の引張強さを有し、かつ、硬さの値が無酸素銅線に比べて2Hv以上低い値を有するものがよい。
【0021】
更に、本発明の銅ボンディングワイヤは、導電率が98%IACS以上であること、硫黄(S)及びチタン(Ti)が、TiO、TiO
2、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物又はTiO、TiO
2、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物の凝集物として含まれ、残部のTi及びSが固溶体として含まれるのがよい。
【0022】
また、前記TiO、TiO
2、TiS、Ti−O−Sの形の化合物又は凝集物が結晶粒内に分布しており、TiOが200nm以下、TiO
2が1000nm以下、TiSが200nm以下、Ti−O−Sの形の化合物又は凝集物が300nm以下のサイズを有し、500nm以下の粒子が90%以上であるのがよい。
【0023】
本発明に係る銅ボンディングワイヤは、Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素を含む軟質希薄銅合金材料を1100℃以上1320℃以下の溶銅温度で溶湯にする溶湯製造工程と、前記溶湯からワイヤロッドを作製するワイヤロッド作製工程と、前記ワイヤロッドに880℃以下550℃以上の温度で熱間圧延を施す熱間圧延工程と、前記熱間圧延工程を経た前記ワイヤロッドに伸線加工を施す伸線加工工程とを備える製造方法によって製造することができる。
【0024】
本発明に係る銅ボンディングワイヤの製造方法では、前記添加元素が4mass ppm以上55mass ppm以下のTiであり、前記軟質希薄銅合金材料が、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超えて30mass ppm以下の酸素とを含むのがよい。
【0025】
本発明に係る銅ボンディングワイヤの製造方法では、前記軟質希薄銅合金材料の軟化温度が、φ2.6mmのサイズで130℃以上148℃以下であるのがよい。
(銅ボンディングワイヤの構成)
(1)添加元素について
本発明は、Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素を含み、残部が銅及び不可避的不純物である軟質希薄銅合金材料を伸線加工し、次いで焼鈍処理が施された銅ボンディングワイヤにある。
【0026】
添加元素としてTi、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択される元素を選択した理由は、これらの元素は他の元素と結合しやすい活性元素であり、特にSと結合しやすいためSをトラップすることができ、マトリックスの銅母材を高純度化し、素材の硬さを低下させることができるためである。また、Swoトラップすることにより高い導電性を実現することができるという効果も得られる。添加元素は1種類又は2種類以上含まれる。また、合金の性質に悪影響を及ぼすことのないその他の元素及び不純物を合金に含有させることもできる。
(2)組成比率について
添加元素として、Ti、Ca、V、Ni、Mn及びCrの1種又は2種以上の合計の含有量は4〜55mass ppmであり、より10〜20mass ppmが好ましく、Mgの含有量は2〜30mass ppm、より5〜10mass ppmが好ましく、Zr、Nbの含有量は8〜100mass ppm、より20〜40mass ppmが好ましい。
【0027】
また、後述する好適な実施の形態においては、酸素含有量が2massppmを超え30massppm以下が良好であり、より5〜15massppmが好ましく、添加元素の添加量及びSの含有量によっては、合金の性質を備える範囲において、2massppmを超え400massppm
以下を含むことができる。
【0028】
Sの含有量は、2〜12mass ppm、より3〜8mass ppmが好ましい。
【0029】
本発明に係る銅ボンディングワイヤは、例えば、自動車等に用いられるパワーモジュールの小型化、及び/又はパワーモジュールに供給される電流の電流密度の増大の観点から、アルミニウムよりも熱伝導率の高い材料である銅を主成分として構成する。
【0030】
例えば、本発明に係る銅ボンディングワイヤは、導電率98%IACS(万国標準軟銅(International Anneld Copper Standard)以上、抵抗率1.7241×10
−8Ωmを100%とした場合の導電率)、好ましくは100%IACS以上、より好ましくは102%IACS以上を満足する軟質型銅材としての軟質希薄銅合金材料を用いて構成される。
【0031】
導電率が98%IACS以上の軟質銅材を得る場合、ベース素材として不可避的不純物を含む純銅をベースに、3〜12mass ppmの硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4〜55mass ppmのチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用い、この軟質希薄銅合金材料からワイヤロッド(荒引き線)を製造する。
【0032】
ここで、導電率が100%IACS以上の軟質銅材を得る場合には、ベース素材として不可避的不純物を含む純銅をベースに、2〜12mass ppmの硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4〜37mass ppmのチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用いる。
【0033】
また、導電率が102%IACS以上の軟質銅材を得る場合には、ベース素材として不可避的不純物を含む純銅をベースに、3〜12mass ppmの硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4〜25mass ppmのチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用いる。
【0034】
通常、純銅の工業的製造において、電気銅を製造する際に硫黄が銅の中に取り込まれるので、硫黄を3mass ppm以下にすることは困難である。汎用電気銅の硫黄濃度の上限は、12mass ppmである。
【0035】
本発明に係る銅ボンディングワイヤは、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素を含有することが好ましいことから、この実施の形態では、いわゆる低酸素銅(LOC)を対象としている。
【0036】
酸素濃度が2massppmより低い場合、銅ボンディングワイヤの硬度が低下しにくいので、酸素濃度は2massppmを超える量に制御する。また、酸素濃度が30massppmより高い場合、熱間圧延加工で銅ボンディングワイヤの表面に傷が生じやすくなるので、30massppm以下に制御する。
(3)銅ボンディングワイヤの結晶組織について
本発明に係る銅ボンディングワイヤは、結晶組織が銅ボンディングワイヤの少なくとも表面から銅ボンディングワイヤの内部に向けて線径の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが20μm以下である
。
【0037】
表層に平均結晶粒サイズが20μm以下の微細な結晶粒が存在することで、材料の引張り強さや伸びの向上が期待できるためである。この理由として、引張り変形により粒界近傍に導入される局所ひずみが、結晶粒径が微細なほど小さくなり、粒界応力集中の緩和に寄与し、これに伴い、粒界応力集中が低減して粒界破壊が抑制されると考えられるからである。
【0038】
また、本発明において、結晶組織が銅ボンディングワイヤの少なくとも表面から銅ボンディングワイヤの内部に向けて線径の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが20μm以下である本発明の効果を備える限りにおいては、線径の20%深さを越えてより線材の中心部に近い領域に微細結晶層が存在する態様を排除するものではない。
(4)分散している物質について
銅ボンディングワイヤ内に分散している分散粒子のサイズは小さいことが好ましく、また、銅ボンディングワイヤ内に分散粒子が多く分散していることが好ましい。その理由は、分散粒子は、硫黄の析出サイトとしての機能を有するからであり、析出サイトとしてはサイズが小さく、数が多いことが要求されるからである。
【0039】
具体的には、銅ボンディングワイヤに含まれる硫黄は、特に添加元素としてのチタンは、TiO、TiO
2、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物又はTiO、TiO
2、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物の凝集物として含まれ、残部のTi及びSが固溶体として含まれる。尚、他の添加元素についてもチタンと同様である。
【0040】
分散粒子の形成及び分散粒子への硫黄の析出は、銅母材のマトリックスの純度を向上させ、材料硬さの低減に寄与する。
(5)銅ボンディングワイヤの硬さ、伸び率及び引張強度について
本発明に係る銅ボンディングワイヤ用の材料には、硬さと伸び率、引張強度のバランスに優れることが求められる。この理由として、もし、ワイヤ或いは、ワイヤ先端に形成されたボールが硬いと、ボンディングパッドとしてのAl配線膜や、或いはその下のSi半導体チップにダメージを与えてしまうためである。更に、ワイヤ自体の引張強さや伸びが小さいと、適正なワイヤーループを保持することが困難となったり、ボンディングの際に、ワイヤ切れ不良などを起こしやすくなるためである。
【0041】
通常、硬さ(やわらかさ)と伸び(の高さ)、引張強さ(の高さ)はトレードオフの関係になるため、これらの特性をバランスよく併せ持つことが望まれる。
【0042】
また、本発明に係る銅ボンディングワイヤは、焼鈍処理を施した無酸素銅線と同じ或いはそれ以下の硬さを有し、かつ、伸び率の値の平均値が無酸素銅線に比べて1%以上高い伸び率の値を有する。ここで硬さとは、材料におけるビッカース硬度を意味する。
【0043】
また、本発明に係る銅ボンディングワイヤは、焼鈍処理を施した無酸素銅線と同じ或いはそれ以上の引張強さを有し、かつ、硬さの値が無酸素銅線に比べて2Hv以上低い値を有する。
(銅ボンディングワイヤの製造方法)
本発明に係る銅ボンディングワイヤの製造方法は以下のとおりである。例として、Tiを添加元素に選択した場合を説明する。
【0044】
まず、銅ボンディングワイヤの原料としてのTiを含む軟質希薄銅合金材料を準備する(原料準備工程)。次に、この軟質希薄銅合金材料を1100℃以上1320℃以下の溶銅温度で溶湯にする(溶湯製造工程)。次に、溶湯からワイヤロッドを作製する(ワイヤロッド作製工程)。続いて、ワイヤロッドに880℃以下550℃以上の温度で熱間圧延を施す(熱間圧延工程)。更に、熱間圧延工程を経たワイヤロッドに伸線加工及び熱処理を施す(伸線加工、熱処理工程)。熱処理方法としては、管状炉を用いた走行焼鈍や、抵抗発熱を利用した通電焼鈍などが適用できる。その他、バッチ式の焼鈍も可能である。これらの工程により、本発明に係る銅ボンディングワイヤが製造される。
【0045】
また、銅ボンディングワイヤの製造には、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上55mass ppm以下のチタンとを含む軟質希薄銅合金材料が好ましい。
【0046】
そこで、本発明者は、銅ボンディングワイヤの硬度の低下を実現すべく、以下の二つの方策を検討した。そして、以下の二つの方策を銅ワイヤロッドの製造に併せ用いることで、本発明に係る銅ボンディングワイヤを得た。
【0047】
まず、第1の方策は、酸素濃度が2mass ppmを超える量のCuに、チタン(Ti)を添加した状態で、軟質希薄銅合金材料の溶湯を作製することである。この溶湯中においては、TiSとチタンの酸化物(例えば、TiO
2)とTi−O−S粒子とが形成されると考えられる。
【0048】
次に、第2の方策は、軟質希薄銅合金材料中に転位を導入することにより硫黄(S)の析出を容易にすることを目的として、熱間圧延工程における温度を通常の銅の製造条件における温度(つまり、950℃〜600℃)より低い温度(880℃〜550℃)に設定することである。このような温度設定により、転位上へのSの析出、又はチタンの酸化物(例えば、TiO
2)を核としてSを析出させることができる。
【0049】
以上の第1の方策及び第2の方策により、軟質希薄銅合金材料に含まれる硫黄が晶出すると共に析出するので、所望の軟質特性と所望の導電率とを有する銅ワイヤロッドを冷間伸線加工後に得ることができる。
【0050】
本発明に係る銅ボンディングワイヤは、SCR連続鋳造圧延設備を用い、表面の傷が少なく、製造範囲が広く、安定生産が可能である。SCR連続鋳造圧延により、鋳塊ロッドの加工度が90%(30mm)〜99.8%(5mm)でワイヤロッドを作製する。一例として、加工度99.3%でφ8mmのワイヤロッドを製造する条件を採用する。
【0051】
溶解炉内での溶銅温度は1100℃以上1320℃以下に制御することが好ましい。溶銅の温度が高いとブローホールが多くなり、傷が発生すると共に粒子サイズが大きくなる傾向にあるので1320℃以下に制御する。また、1100℃以上に制御する理由は、その温度以下では溶銅が固まりやすく、製造が安定しないことがあるものの、溶銅温度は可能な限り低い温度が望ましい。
【0052】
熱間圧延加工の温度は、最初の圧延ロールにおける温度を880℃以下に制御すると共に、最終圧延ロールでの温度を550℃以上に制御することが好ましい。
【0053】
これらの鋳造条件は、通常の純銅の製造条件と異なり、溶銅中での硫黄の晶出及び熱間圧延中における硫黄の析出の駆動力である固溶限をより小さくすることを目的としているものである。
【0054】
また、通常の熱間圧延加工における温度は、最初の圧延ロールにおいて950℃以下、最終圧延ロールにおいて600℃以上であるが、固溶限をより小さくすることを目的として、本実施の形態では、最初の圧延ロールにおいて880℃以下、最終圧延ロールにおいて550℃以上に設定することが望ましい。
【0055】
なお、最終圧延ロールにおける温度を550℃以上に設定する理由は、550℃未満の温度では得られるワイヤロッドの傷が多くなり、製造される銅ボンディングワイヤを製品として扱うことができないからである。熱間圧延加工における温度は、最初の圧延ロールにおいて880℃以下の温度、最終圧延ロールにおいて550℃以上の温度に制御すると共に、可能な限り低い温度であることが好ましい。このような温度設定にすることで、銅ボンディングワイヤのマトリックスの硬さを、高純度銅(5N以上)の硬さに近づけることができる。硫黄トラップの効果として、軟化温度低下のほか、マトリクスを高純度化して、硬さが低減することが挙げられる。
【0056】
ベース材の純銅は、シャフト炉で溶解された後、還元状態で樋に流すことが好ましい。すなわち、還元ガス(例えば、COガス)雰囲気下において、希薄合金の硫黄濃度、チタン濃度及び酸素濃度を制御しつつ鋳造すると共に、材料に圧延加工を施すことにより、ワイヤロッドを安定的に製造することが好ましい。なお、銅酸化物が混入すること、及び/又は粒子サイズが所定サイズより大きいことは、製造される銅ボンディングワイヤの品質を低下させる。
【0057】
以上より、伸び特性、破断強度、ビッカース硬さのバランスのよい軟質希薄銅合金材料を、本発明に係る銅ボンディングワイヤの原料として得ることができる。
【0058】
なお、軟質希薄銅合金材料の表面にめっき層を形成することもできる。めっき層は、例えば、パラジウム、亜鉛、ニッケル、金、白金、銀等の貴金属を主成分とする材料、又はPbフリーめっきを用いることができる。更に、軟質希薄銅合金材料の形状は特に限定されず、断面丸形状、棒状、又は平角導体状にすることができる。
【0059】
また、本実施の形態では、SCR連続鋳造圧延法によりワイヤロッドを作製すると共に、熱間圧延にて軟質材を作製したが、双ロール式連続鋳造圧延法又はプロペルチ式連続鋳造圧延法を採用することもできる。