特許第6019850号(P6019850)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6019850可鍛鋳鉄の熱処理方法および鋳物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6019850
(24)【登録日】2016年10月14日
(45)【発行日】2016年11月2日
(54)【発明の名称】可鍛鋳鉄の熱処理方法および鋳物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 5/06 20060101AFI20161020BHJP
   C23C 2/02 20060101ALI20161020BHJP
   C22C 37/00 20060101ALN20161020BHJP
【FI】
   C21D5/06
   C23C2/02
   !C22C37/00 P
【請求項の数】7
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2012-156450(P2012-156450)
(22)【出願日】2012年7月12日
(65)【公開番号】特開2014-19878(P2014-19878A)
(43)【公開日】2014年2月3日
【審査請求日】2015年6月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000028
【氏名又は名称】特許業務法人明成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】後藤 亮
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭53−039213(JP,A)
【文献】 特公昭35−014904(JP,B1)
【文献】 特公昭31−007156(JP,B1)
【文献】 特公昭30−002263(JP,B1)
【文献】 特公昭38−021860(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 5/00− 5/06
C21C 1/08
C22C 33/08,37/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
可鍛鋳鉄からなる鋳物素材の表面にメッキ層を生成した鋳物を製造するための一処理であり、鋳物素材を鋳造した後における可鍛鋳鉄の熱処理方法において、
外気に対して気密にした装填室を有し、加熱炉内で加熱される熱処理用容器を用い、
上記熱処理用容器の装填室内に上記鋳物素材を装填して焼鈍した後に、上記鋳物素材が575℃以下の温度に達するまで、100℃/時間〜5000℃/時間の冷却速度で冷却する冷却工程を備えていること、を特徴とする可鍛鋳鉄の熱処理方法。
【請求項2】
請求項1に記載の可鍛鋳鉄の熱処理方法において、
上記冷却速度は、200℃/時間〜5000℃/時間である、可鍛鋳鉄の熱処理方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の可鍛鋳鉄の熱処理方法において、
上記鋳物素材を575℃から300℃以下へ冷却するときの冷却速度が、100℃/時間〜5000℃/時間である、可鍛鋳鉄の熱処理方法。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれか一項に記載の可鍛鋳鉄の熱処理方法において、
上記冷却処理は、上記熱処理用容器から上記鋳物素材を取り出したときの放熱により行なう処理である可鍛鋳鉄の熱処理方法。
【請求項5】
請求項1から請求項3までのいずれか一項に記載の可鍛鋳鉄の熱処理方法において、
上記冷却処理は、上記熱処理用容器の外部から冷却する処理である可鍛鋳鉄の熱処理方法。
【請求項6】
鋳物の製造方法であって、
請求項1から請求項5までのいずれか一項に記載の可鍛鋳鉄の熱処理方法を含み、
上記冷却工程後に、上記鋳物素材の表面に、酸洗後に亜鉛メッキ層を施す工程を備える、鋳物の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の鋳物の製造方法において、
上記亜鉛メッキ層が積層される上記鋳物素材の表面が、該鋳物素材の内部の結晶組織と同一である、鋳物の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可鍛鋳鉄の熱処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の黒心可鍛鋳鉄からなる鋳物は、例えば、ガス管などの鋳鉄管継手に使用されている。鋳鉄管継手は、例えば、直角方向に配置された2つの直管を接続するためのL字形継手であり、その表面に亜鉛メッキ層を備えている。こうした鋳鉄管継手は、以下の工程により製造される(特許文献1)。すなわち、鋳鉄材料を用いて砂型で鋳物を製造した後に、焼鈍処理を施す。その後に、常温にて、ショットブラスト処理を施すことにより、鋳物素材の表面に生成された酸化膜を除去し、その後、亜鉛メッキを施すことにより製造される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平5−98463
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記方法において、良好な亜鉛メッキ層を生成するには、焼鈍処理の後の鋳物素材の酸化膜を除去する必要がある。このため、従来の技術では、鋳物素材に対してショットブラスト処理を施し、その後に酸洗することにより酸化膜を除去している。しかし、ショットブラスト処理は、鋳物の表面に、微小な玉を打ち付けて酸化膜を除去する方法であるために、鋳物の表面に残留応力層を生成し易い。こうした残留応力層は、溶融亜鉛メッキ処理時における鉄・亜鉛合金層を過剰に発達させたり、亜鉛相の流動性を悪化させ、メッキ皮膜を不均一にし易いという課題があった。
また、他の課題として、必要以上に亜鉛皮膜が厚くなるため、多くの亜鉛を消費するという課題もあった。
【0005】
また、焼鈍工程の際に鋳物の表面に酸化膜の生成を抑制するための手段として、鋳物が置かれる雰囲気を真空にする真空炉や、窒素ガス等の不活性ガスを装入し炉内の酸素濃度を下げる雰囲気炉を用いる方法も知られている。しかし、これらの手段は、設備が大がかりになるという課題があった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態または適用例として実現することが可能である。
【0007】
(1) 本発明の一形態によれば、可鍛鋳鉄の熱処理方法が提供される。この可鍛鋳鉄の熱処理方法は、可鍛鋳鉄からなる鋳物素材の表面にメッキ層を生成した鋳物を製造するための一処理であり、鋳物素材を鋳造した後における可鍛鋳鉄の熱処理方法において、外気に対して気密にした装填室を有し、加熱炉内で加熱される熱処理用容器を用い、上記熱処理用容器の装填室内に上記鋳物素材を装填して焼鈍した後に、上記鋳物素材が575℃以下の温度に達するまで、100℃/時間〜5000℃/時間の冷却速度で冷却する冷却工程を備えていること、を特徴とする可鍛鋳鉄の熱処理方法である。この方法により、焼鈍後の鋳物素材の表面には、酸洗の容易な亀裂や歪みのある酸化膜が生成され、つまりメッキ層の生成の妨げとなる酸化膜を抑制でき、良好なメッキ層を生成できる鋳物素材を得ることができる。
【0008】
(2) 上記冷却速度は、200℃/時間〜5000℃/時間としてもよい。
(3) 上記鋳物素材を575℃から300℃以下へ冷却するときの冷却速度が、100℃/時間〜5000℃/時間としてもよい。
(4) 上記冷却処理は、上記熱処理用容器から上記鋳物素材を取り出したときの放熱により行なう処理としてもよい。
(5) 上記冷却処理は、上記熱処理用容器の外部から冷却する処理としてもよい。
(6) 本発明の他の形態によれば、上記可鍛鋳鉄の熱処理方法を含み、上記冷却工程後に、上記鋳物素材の表面に、酸洗後に亜鉛メッキ層を施す工程を備える、鋳物の製造方法が提供される。
(7) 上記鋳物の製造方法において、上記亜鉛メッキ層が積層される上記鋳物素材の表面が、該鋳物素材の内部の結晶組織と同一としてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】鋳鉄管継手を概略的に示す断面図である。
図2】鋳鉄管継手の一連の製造工程を説明する説明図である。
図3】熱処理用容器を説明する説明図である。
図4】鋳物素材の熱処理を説明する説明図である。
図5図4の冷却処理の箇所を拡大して示す説明図である。
図6】試料の冷却速度と酸化膜との関係を説明する説明図である。
図7】冷却速度に対応した亜鉛メッキ層の状態を説明する説明図である。
図8】メッキ不良面積を求める手法を説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の一実施の形態を、鋳鉄管継手に適用した場合について説明する。
(1) 鋳鉄管継手10の概略
図1は鋳鉄管継手10を概略的に示す断面図である。鋳鉄管継手10は、例えば、直角方向に配置された2つの直管(図示省略)を接続するためのL字形継手であり、継手本体12と、継手本体12の表面に施されたメッキ層14とを備えている。継手本体12は、黒心可鍛鋳鉄で生成されており、さらに、焼鈍工程を経ることにより製造されている。継手本体12の肉厚は、4mm〜40mmである。メッキ層14は、継手本体12を溶融亜鉛浴に浸漬させることにより、鉄と亜鉛との合金層および亜鉛皮膜が生成されている。メッキ層14の肉厚は、80μm〜200μmである。
【0011】
(2) 鋳鉄管継手10の熱処理
図2は鋳鉄管継手10の一連の製造工程を説明する説明図である。鋳鉄管継手10は、図2の各工程を順次施すことにより製造される。すなわち、本工程は、鋳造工程、焼鈍工程、酸洗工程、フラックス工程、亜鉛メッキ工程などを備えている。
【0012】
鋳造工程は、黒心可鍛鋳鉄からなる鋳物を製造する通常の工程である。黒心可鍛鋳鉄の成分として、例えば、C:2.0wt%〜3.3wt%、Si:0.9wt%〜1.8wt%を含有した鉄合金を用い、この材料を砂型に鋳込み、その後、脱型する。これにより、継手本体12となる鋳物素材12A(図1)を製造することができる。
【0013】
焼鈍工程は、鋳造工程により製造された鋳物素材12Aを熱処理用容器内に装填して、加熱炉(図示省略)で熱処理を施す工程である。ここで、加熱炉は、真空雰囲気や不活性ガスを満たさない雰囲気下で熱処理されるタイプの大気開放の炉である。図3は熱処理用容器20を説明する説明図である。熱処理用容器20は、装填室22Sを有する容器本体22と、容器本体22の上部に装着されて装填室22S内を外気に対して気密にする蓋24とを備え、ポット形状の容器である。焼鈍工程は、熱処理用容器20の装填室22Sに、鋳造後の鋳物素材12Aを多数装填して、蓋24で気密に保持した状態にて、鋳物素材12Aを加熱炉内で加熱することにより行なう。熱処理用容器20は、装填室22Sを気密にすることで、焼鈍後の冷却の際に、熱処理用容器20の外部の酸素が熱処理用容器20の内部に浸入することが防止され、鋳物素材12Aの酸化を抑制することができる。
【0014】
図4は鋳物素材12Aの熱処理を説明する説明図である。図4において、焼鈍工程おける熱処理は、昇温処理(時点t0〜t1)と、第1焼鈍処理(時点t1〜t2)と、急冷処理(時点t2〜t3)と、第2焼鈍処理(時点t3〜t4)と、冷却処理(時点t4以降)とを備えている。なお、図4の熱処理の際の温度は、鋳物素材12Aの表面で測定することが望ましいが、鋳物素材12Aの温度は、熱処理用容器および加熱炉とほぼ等しい温度であるから、加熱炉の温度を用いることができる。
【0015】
昇温処理は、加熱炉により熱処理用容器20中の鋳物素材12Aを常温から第1焼鈍処理の温度まで上昇させる処理である。昇温処理により、鋳物素材12Aの鉄中に炭素が固溶していき、オーステナイトへの変態が進行する。
【0016】
第1焼鈍処理は、炭素などの成分を鉄中に固溶させ拡散現象により成分濃度を均一にするための処理であり、例えば、鋳物素材12Aを920℃〜1000℃の温度範囲にて、3.0時間〜25.0時間、熱処理する。第1焼鈍処理により、鋳物素材12A中の炭素が鋳物素材12A中を拡散して、鋳物中の濃度が均一化する。
【0017】
第2焼鈍処理は、第1焼鈍処理の後に急冷し、パーライトにした上で、パーライト中のセメンタイトがフェライトと黒鉛に分解させ、鋳物素材12Aに可鍛性を生じさせる処理である。本処理は、例えば、第1焼鈍処理を施した鋳物素材12Aを、730℃〜760℃の温度範囲にて、2.5時間〜35.0時間、熱処理する。第2焼鈍処理は、温度を徐々に下降させるように徐冷しつつ行なう。
【0018】
図5図4の冷却処理の箇所を拡大して示す説明図である。冷却処理は、第2焼鈍処理の直後における鋳物素材12Aの温度を300℃以下まで冷却する処理である。例えば、図5では、試料S1〜S6の6種類の冷却速度Cs1〜Cs6で、鋳物素材12Aを冷却している場合を示している。このような冷却速度は、クレーンやロボットハンドなどの機械を用いて、焼鈍処理完了直後に、熱処理用容器に装填されている鋳物素材12Aを熱処理用容器から取り出して大気放冷を行なったり、熱処理用容器の外側からファン、ミストなどをかけることにより設定することができる。冷却処理により、鋳物素材12Aの表面には、冷却速度の違いにより異なった酸化膜が生成される。冷却速度と酸化膜の形態、およびその評価については、後述する。
【0019】
図2において、冷却処理の後に、通常の工程として、酸洗工程、フラックス工程、メッキ工程を順次行なう。酸洗工程は、鋳物素材12Aの表面の酸化物を酸性溶液で除去するための工程である。例えば、鋳物素材12Aを塩酸とフッ酸の混合液に、5分〜60分、浸漬することにより行なう。酸洗工程により、鋳物素材12Aの表面に生成された酸化膜を除去することができる。
【0020】
フラックス処理とは、(a)メッキ処理の際に亜鉛と鉄の合金化を阻害する物質の生成の防止(一時防錆)と、(b)「酸処理で除去しきれなかった少量の酸化物のメッキ時の除去」を行うために、フラックス膜を鋳物素材表面に形成する処理である。フラックス処理は、鋳物素材を、塩化アンモニウムと塩化亜鉛の混合水溶液に所定の時間浸漬することで行われる。形成された素材表面のフラックス膜により、(a)一時防錆、つまりメッキ処理前の鋳物素材表面における酸化物の生成を防ぐ効果がある。さらに、(b)メッキ処理時に鋳物素材を亜鉛浴に浸漬させたときに、フラックス膜と鉄地表面の酸化物とは熱による化学反応によって黒色の融体物になり、素材表面から除去される。このように、合金化を阻害する物質が除去されることにより鋳物素材表面の鉄地が活性となり、メッキ処理時における亜鉛と鉄との合金化の促進に寄与する。
【0021】
亜鉛メッキ工程は、鋳物素材12Aの表面を溶融亜鉛浴に浸漬させ、鋳物素材12Aの表面に鉄亜鉛合金層の亜鉛膜を生成する工程であり、例えば、鋳物素材12Aを、浴槽中の亜鉛溶液に、40秒〜60秒浸漬することにより行なう。亜鉛メッキ工程により、鋳物素材12Aに、80μm〜200μmの亜鉛メッキ層が生成される。この後、水洗を施し、さらに乾燥することにより、図1の鋳鉄管継手10が得られる。
【0022】
(3) 冷却処理の評価
(3)−1 酸化膜の評価
次に、図5の冷却処理における試料S1〜S6の冷却速度Cs1〜Cs6と、鋳物素材12Aの表面の酸化膜との関係について説明する。鋳物素材12Aを第2焼鈍処理の後に冷却したときに、鋳物素材12Aが置かれる雰囲気に含まれる酸素により、鋳物素材12Aの表面に、酸化膜が生成される。鉄系材料の酸化物は、主に、ヘマタイト(Fe)、マグネタイト(Fe)、ウスタイト(FeO)の3種類であり、温度によって変態する。したがって、第2焼鈍処理の直後の鉄系材料を、例えば、680℃〜760℃の温度から冷却した場合に、まず、ウスタイトが生成され、575℃以下で、ウスタイトがマグネタイトに変態し、300℃でその変態が停止する。変態速度以上の冷却速度で変態完了温度まで冷却した場合には、全てのウスタイトがマグネタイトに変態するのではなく、ウスタイトが多く残留する。しかし、ウスタイトを多く残留させるためには、非常に速い冷却速度(例えば、50℃/秒〜100℃/秒)で冷却をしなければならない。本実施例では、第2焼鈍処理の直後に、ある程度速い冷却速度(100℃/時間〜3000℃/時間)で冷却することにより、生成する酸化膜の厚みを抑制できるとともに、ウスタイトの段階の酸化物に、亀裂や歪みを容易に生じさせることができる。その後、ウスタイトがマグネタイトに変態しても、ウスタイトの段階で形成された亀裂や歪が維持されて、亀裂や歪の多いマグネタイトとなる。
【0023】
図5において、各々の試料の冷却速度は、以下のように設定されている。すなわち、試料S1の冷却速度は、3000℃/時間以上である。この冷却速度は、クレーンやロボットハンドなどの機械を用いて、熱処理用容器に装填されている鋳物素材を熱処理用容器から取り出して大気放冷を行なうことにより設定することができる。試料S2〜S5の冷却速度は、200℃/時間、180℃/時間,125℃/時間,75℃/時間にそれぞれ設定している。このような冷却速度は、熱処理用容器の外側からファン、ミストなどをかけることにより設定することができる。試料S6の冷却速度は、10℃/時間であり、従来の技術に相当し、つまり、熱処理用容器を加熱炉から取り出して鋳物素材を熱処理用容器内で自然冷却したときに得られる値である。
【0024】
図6は試料の冷却速度と酸化膜との関係を説明する説明図である。図6において、熱処理用容器の密閉度とは、図3に示す熱処理用容器20の蓋24を、やや開けた状態(中)、僅かに開けた状態(極小)、密閉した状態(密閉)に設定した場合をそれぞれ意味している。本実験では、それぞれの密閉度に応じて、冷却速度に対応した酸化膜の厚さを求めている。ここで、熱処理用容器20の密閉度に対応して冷却速度の作用・効果を調べたのは、以下の理由による。熱処理用容器の装填室22Sは、外気に対して密閉されていると、第2焼鈍処理後に炉内の酸素が熱処理用容器に浸入せず、酸化膜の生成が抑制される。よって、装填室22Sの密閉度を、酸化膜の厚さなどについて評価した。また、酸処理の除去度とは、酸洗工程により酸化膜の除去の時間の長短、酸量をパラメータとする作業性を評価したものであり、◎が良好、○がやや良好、×が不適を示している。
【0025】
図6から分かるように、冷却速度を変更することにより、以下に述べる酸化膜の評価を得ることができた。
a.冷却速度が大きくなると、酸化膜が薄くなり、酸処理の除去性も向上することが分かった。特に、試料S1の3000℃/時間の場合には、いずれの条件にも酸化膜が1μm以下になり、しかも酸洗工程における作業性も良好であった。
b.熱処理用容器の密閉度を高くすると、炉内の酸素が熱処理用容器に入らないために、第2焼鈍処理の完了後に生成する酸化膜が薄くなり、しかも、その酸化膜は、酸洗工程における作業性も良好であった。
【0026】
(3)−2 メッキ層の評価
次に、鋳物素材12A上に生成された亜鉛メッキ層について調べた。図7は冷却速度に対応した亜鉛メッキ層の状態を説明する説明図である。ここで、縦軸はメッキ不良面積の割合(%)を示し、横軸は冷却速度を示す。図8はメッキ不良面積を求める手法を説明する説明図である。メッキ不良面積は、以下の手法で求めた。冷却処理の後の鋳物素材に亜鉛メッキを施し、さらに、鋳物素材12Aを半割りにして、一定条件で写真を撮り、計測面積Atの中で、メッキ不良面積Adを求め、その不良面積の総和を算出した。そして、不良面積の割合を、メッキ不良面積Adが計測面積Atに対する割合で求めた。
【0027】
図7から分かるように、冷却速度を変更することにより、つまり、冷却速度が200℃/時間以下で、メッキの不良面積が大きいが、200℃を越えると、不良面積が急激に減少していることが分かった。これは、生成された酸化膜に多くの歪み、あるは亀裂が生成され、酸洗処理で剥離しやすくなったことが理由であると推測される。
【0028】
(4) 実施例の作用・効果
(4)−1 鋳物素材の温度が、575℃以上の温度領域、つまりウスタイトの安定領域において、冷却速度が100℃/時間を超えると、冷却処理の初期に生成されるウスタイトの層に亀裂や歪が生じる。こうしたウスタイトの層の亀裂や歪は、ウスタイトがマグネタイトに変態しても、マグネタイトの層の亀裂や歪として残る。亀裂や歪の多いマグネタイ層は、亀裂から酸が浸透して、さらに層自体の機械的強度も小さいから、酸洗により容易に剥離されて除去できる。よって、鋳物素材の表面には、メッキ層の生成の妨げとなる酸化膜(特にマグネタイト層)を酸洗により容易に除去することができ、良好なメッキ層を得ることができる。このように、良好なメッキ層を得るために、酸化膜(マグネタイト層)を酸洗によって除去するには、図6および図7から分かるように100℃/時間以上の冷却速度が必要であり、好ましくは200℃/時間以上である。また、図6から分かるように熱処理完了直後に、例えば、3000℃/時間の大きな冷却速度を与えた場合、酸化膜が生成する温度域を非常に速く通過するため、鋳物素材の表層には、ほとんど酸化膜が生成されず、酸処理で完全に酸化膜を除去できると共に大幅に酸処理時間を短縮できるのでより望ましい。
【0029】
(4)−2 図3および図6に示すように、熱処理用容器20の装填室22Sは、気密性を高めることにより、第2焼鈍処理後の冷却工程の際に、熱処理用容器外部の酸素が熱処理用容器内に浸入することが防止され、これにより、鋳物素材の表面の酸化を抑制することができる。したがって、冷却速度が100℃/時間であっても、酸化膜の厚さを低減でき、良好なメッキ層を得ることができる。
【0030】
(4)−3 本熱処理方法によれば、第2焼鈍処理の後の鋳物素材の冷却速度の設定だけで、良好なメッキ層の生成を妨げる酸化膜を抑制できるので、従来の技術で説明したような、熱処理後に酸化物を除去するためのショットブラスト処理などの機械的な工程も不要である。すなわち、ショットブラスト処理を行なわないので、鋳物素材の表面がショットブラスト処理によって加工硬化することがなく、メッキ後におけるメッキ層の下の鋳物素材の表面の組織が該鋳物素材の内部の結晶組織と同一である、鋳物素材となる。よって、ショットブラスト処理を施すことによる不具合、つまり、ショット玉が当たりにくい複雑な形状にも対応でき、除去処理によって生成された鋳鉄材表面の応力によってメッキ合金皮膜の亜鉛相の流動性が悪化することもなく、生成されるメッキ皮膜が均一になる。さらに、亜鉛皮膜が過剰に発達し亜鉛の使用量が多くなることもない。
【0031】
(4)−4 上記実施例では、鋳物素材の焼鈍工程として、熱処理用容器を用いているから、従来の技術で説明したような、真空炉や雰囲気炉を用いる必要もなく、設備が簡単である。
【0032】
(5) 変形例
上記実施例では、鋳物として、鋳鉄管継手に適用したが、これに限らず、焼鈍処理の後に、酸化膜がメッキ層の生成に妨げとなる各種の鋳物に適用することができる。
【0033】
本発明は、上述の実施形態や実施例、変形例に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要の欄に記載した各形態中の技術的特徴に対応する実施形態、実施例、変形例中の技術的特徴は、上述の課題の一部又は全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部又は全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことが可能である。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することが可能である。
【符号の説明】
【0034】
10…鋳鉄管継手
12…継手本体
12A…鋳物素材
14…メッキ層
20…熱処理用容器
22…容器本体
22S…装填室
24…蓋
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8