【0025】
一方、上述のように構成された植物生育促進剤は、各種植物の根圏に供給されることで植物の生育を促進する。対象となる植物としては、特に限定されないが、例えば、双子葉植物、単子葉植物、例えばアブラナ科、イネ科、ナス科、マメ科、ヤナギ科等に属する植物(下記参照)が挙げられるが、これらの植物に限定されるものではない。
アブラナ科:シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、アブラナ(Brassica rapa、Brassica napus、Brassica campestris)、キャベツ(Brassica oleracea var. capitata)、ハクサイ(Brassica rapa var. pekinensis)、チンゲンサイ(Brassica rapa var. chinensis)、カブ(Brassica rapa var. rapa)、ノザワナ(Brassica rapa var. hakabura)、ミズナ(Brassica rapa var. lancinifolia)、コマツナ(Brassica rapa var. peruviridis)、パクチョイ(Brassica rapa var. chinensis)、ダイコン(Raphanus sativus)、ワサビ(Wasabia japonica)など。
ナス科:タバコ(Nicotiana tabacum)、ナス(Solanum melongena)、ジャガイモ(Solaneum tuberosum)、トマト(Lycopersicon lycopersicum)、トウガラシ(Capsicum annuum)、ペチュニア(Petunia)など。
マメ科:ダイズ(Glycine max)、エンドウ(Pisum sativum)、ソラマメ(Vicia faba)、フジ(Wisteria floribunda)、ラッカセイ(Arachis hypogaea)、ミヤコグサ(Lotus corniculatus var. japonicus)、インゲンマメ(Phaseolus vulgaris)、アズキ(Vigna angularis)、アカシア(Acacia)など。
キク科:キク(Chrysanthemum morifolium)、ヒマワリ(Helianthus annuus)など。
ヤシ科:アブラヤシ(Elaeis guineensis、Elaeis oleifera)、ココヤシ(Cocos nucifera)、ナツメヤシ(Phoenix dactylifera)、ロウヤシ(Copernicia)など。
ウルシ科:ハゼノキ(Rhus succedanea)、カシューナットノキ(Anacardium occidentale)、ウルシ(Toxicodendron vernicifluum)、マンゴー(Mangifera indica)、ピスタチオ(Pistacia vera)など。
ウリ科:カボチャ(Cucurbita maxima、Cucurbita moschata、Cucurbita pepo)、キュウリ(Cucumis sativus)、カラスウリ(Trichosanthes cucumeroides)、ヒョウタン(Lagenaria siceraria var. gourda)など。
バラ科:アーモンド(Amygdalus communis)、バラ(Rosa)、イチゴ(Fragaria)、サクラ(Prunus)、リンゴ(Malus pumila var. domestica)など。
ナデシコ科:カーネーション(Dianthus caryophyllus)など。
ヤナギ科:ポプラ(Populus trichocarpa、Populus nigra、Populus tremula) など。
イネ科:トウモロコシ(Zea mays)、イネ(Oryza sativa)、オオムギ(Hordeum vulgare)、コムギ(Triticum aestivum)、タケ(Phyllostachys)、サトウキビ(Saccharum officinarum)、ネピアグラス(Pennisetum pupureum)、エリアンサス(Erianthus ravenae)、ミスキャンタス(ススキ)(Miscanthus virgatum)、ソルガム(Sorghum)スイッチグラス(Panicum)など。
ユリ科:チューリップ(Tulipa)、ユリ(Lilium)など。
【実施例】
【0027】
以下、実施例を用いて本発明を更に詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
〔実施例1〕<Bacillus pumilus TUAT-1株の単離>
東京都府中市東京農工大学畑圃場の土壌からNFb無窒素反流動培地を用いて単離し、流動培地表面から約5mm下に菌体の塊を形成する特徴を有し、希釈平板法で単コロニー化し、イネへの発根促進効果を確認した。
【0028】
以上のように単離した窒素固定能を有する微生物についてDNAを抽出し16s-rRNA遺伝子領域をPCR法で増幅し、DNAアナライザーを用いてDNA塩基配列を決定し、公的なDNA情報保存機関が有している塩基配列と比較し分類を試みた。16s-rRNA遺伝子領域の塩基配列を配列番号1に示した。配列番号1の塩基配列について、日本DNAデータバンク(DDBJ)でのBlast検索の結果、Bacillus pumilusに分類されることが明らかとなった。
【0029】
本実施例で単離したBacillus pumilusは、窒素固定能、インドール酢酸生産能、及び特に水稲を中心にイネ科作物に強い発根促進を有している点で公知のBacillus pumilus(例えば、Bacillus pumiluis SYBC-W株(laccase生産株)、Bacillus pumilus AUCAB16株(珊瑚に生息している株))とは異なっており、公知株とは異なる新規株である判定した。本実施例で単離したBacillus pumilusは、Bacillus pumiluis TUAT1株と命名し、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NITE特許微生物寄託センター:〒292-0818千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に2012年5月10日付けで受託番号NITE BP-1356として国際寄託した。
【0030】
〔実施例2〕
本実施例では、実施例1で単離・同定したBacillus pumiluis TUAT1株(受託番号NITE BP-1356)における窒素固定能及びこれに基づく植物生育促進作用を検証した。
【0031】
<試験方法>
<供試菌株および接種剤の調整>
Bacillus pumilus TUAT-1株を1g/Lの塩化アンモニウムを含む5LのNFb液体培地で一週間、25℃で振とう培養し、4℃、6000rpm、30分の遠心分離で集菌した。次に、2mmのふるいを通過させた東京農工大学付属農場の黒ボク土壌1kgを121℃、40分のオートクレーブで滅菌し、100mLの滅菌蒸留水に上記集菌菌体を混和し、28℃、最大圃場容水量下で1週間静置し、熟成させた。また、接種材の菌密度は希釈平板法により測定し、10
7〜10
8CFU/gに調整した。
【0032】
<接種法>
TUAT-1株の「リーフスター」等への接種は、ポット試験での場合、苗移植時に上記接種剤200gで苗の根部を包むようにして接種した。また圃場試験においては、接種材100gをバット上で水に懸濁させ懸濁液とし、そこに移植苗の根を1時間浸すことで接種した。
【0033】
接種法の検討で、イネの場合は、播種時に上記接種剤を接種し、その後複数回同様な接種を行うと、安定的な効果が得られることが分かった。また、移植時の接種は、移植苗をオバーナイトで接種剤に浸漬することで安定的な接種は確立される。
【0034】
なお、「リーフスター」は、大川らが新規に長桿でバイオマス生産量が高く、稲わら中のデンプン含量が高い品種として育種されたものである(Biomass production and lodging resistance in 'Leaf Star', a new long-culm rice forage cultivar, Ookawa, T., K. Yasuda, M. Seto, K. Sunaga, H. Kato, M. Sakai, T. Motobayashi, S. Tojo and T. Hirasawa, Plant Production Sceince, 13(1):56-64 2010)。
【0035】
<ポット試験>
1/5000aの磁製ポットに篩別した東京農工大学農学部付属広域都市圏フィールドサイエンス教育研究センターFM本町水田の灰色低地土に肥料を混和して充填し、20日育苗したリーフスター苗を移植した。ポットは3つの施肥段階を設けた。すなわち、慣行区(5kg/10a)、慣行の60%の窒素減肥をした減肥区(2kg/10a)、無施肥区(0kg/10a)である。さらにそれぞれの菌接種区・非接種区を設け、計6処理区とした。リン酸およびカリウムについては慣行区および減肥区で5kg/10aとなるように施用し、無施肥区にはどちらも与えなかった。ポットは東京農工大学農学部ガラス室内にて、各処理区3連で室内に無作為に配置し、自然光下で栽培した。栽培を開始して106日後に植物体を根ごと採取し、穂、茎葉部および根部の部位別に分けた。通風乾燥機内で48時間、70℃で乾燥後、乾物重を測定した。また化学分析項目として、乾燥植物体を以下に記すように植物体養分分析、15N自然存在比の測定に供した。
【0036】
<圃場試験>
圃場における接種試験は、東京農工大学農学部付属広域都市圏フィールドサイエンス教育研究センターFM本町水田(多摩川沖積土壌)及び秋田県大潟村において行った。東京農工大学圃場では3つの施肥段階、すなわち慣行区(10kg/10a)、慣行の30%の窒素減肥をした減肥区(7kg/10a)、無施肥区(0kg/10a)とし、ポット試験と同様にそれぞれ菌接種区・非接種区を設け、計6処理区とした。リン酸およびカリウムについては慣行区および減肥区で10kg/10aとなるように施用し、無施肥区にはどちらも与えなかった。20日間育苗した水稲「リーフスター」苗を、栽植密度が22.2株/m
2となるように、一株当たり3本で移植した。調査項目は1)生育調査項目として、各処理区の群落内から連続する5つの株を生育調査株として選び、1週間ごとに、草丈、茎数、葉色(SPAD値)の測定を行った。葉色の測定には、SPADメーター(MINOLTA, SPAD-502)を使用した。2)成長解析項目として、登熟期である移植後127日目に各処理区から2条8株(計16株)の地上部を採取し、地上部新鮮重を測定した。その内平均的な新鮮重をもつ4株を、穂、葉身(葉とする)、茎及び葉鞘及び枯死部(茎とする)の部位別に分け、乾物重を測定した。また3)また化学分析項目として、乾物を以下に記す植物体養分分析、
15N自然存在比の測定に供した。
【0037】
大潟村では、機械移植前に苗箱を接種剤を懸濁した溶液に浸漬し、その後移植機で移植した。測定項目は、草丈、茎数、葉色(SPAD)、及び収量構成要素とした。
【0038】
<植物体養分分析>
植物体の窒素、リン酸、カリウムの吸収について評価するために、植物体中のそれぞれの濃度、および集積量を求めた。まずポット試験及び圃場試験において得られた乾燥植物体を粉砕機で粉砕し、その植物粉を濃硫酸−過酸化水素法により湿式分解した。その後分解液中の窒素濃度をインドフェノール法、リン濃度をバナドモリブデン酸法によって比色し、分光光度計(Shimadzu,UV-160)を用いて定量した。またカリウム濃度は試料溶液を5倍または10倍に希釈し、炎光光度計(英弘精機産業,FLA型)を用いて測定した。これらから、植物体に含まれる窒素、リン、カリウムの濃度を求め、さらに乾物重の値を乗ずることにより、植物体中のこれらの要素の集積量を計算した。
【0039】
<
15N自然存在比の測定>
接種菌が固定した窒素がリーフスターへと移行しているかを確かめるために、ポット試験及び圃場試験において得られた上記乾燥植物体粉末のさらに一部を超微細粉砕機によって処理し、15N自然存在比の測定に供した。測定はカリフォルニア大学デービス校安定同位体施設に依頼分析した。
【0040】
<結果>
<1/5000aポット試験>
<乾物重>
出穂期におけるリーフスターの部位別乾物重の測定値を表1に示した。
【0041】
【表1】
【0042】
表1に示すように、根部では、慣行区の無接種区を指数表示で100とすると接種区は205となり、接種により根量の乾物重が約2倍に増加していた。また、減肥区でも、慣行無接種区に比べて137の指数を示し、根乾物重が増加する傾向がみられ、TUAT1株の接種は根部の生育を促進することが分かった。また無施肥区では根部への影響は見られず、施肥段階と菌接種との間に危険率5%で交互作用の効果が認められたことから、根の生育に関して、施肥量により菌接種の効果がより発現することが示された。全乾物重の値は窒素の施肥量及び菌接種により有意な増加を示し(P=0.01)、コントロール区との比較では減肥区および慣行区で有意な乾物蓄積の増加が認められた。また減肥菌接種区の全乾物重の値は慣行非接種区のそれと類似し、減肥した窒素分を菌接種により補償できる可能性が示唆された。さらに
図1に施肥段階と乾物重の相関を示した。
図1に示すように、施肥段階と乾物重との間に高い相関が認められ、菌接種によって乾物蓄積量が上積みされるように増加することが明らかとなった。
【0043】
<養分分析>
1ポットあたりのリーフスターへの窒素集積量に関して、分散分析の結果、施肥の段階および菌接種それぞれの効果において有意な差が認められ(P=0.05、P=0.01)、施肥および菌接種によって窒素吸収が促進されていることが示された(表1)。
【0044】
また、リンおよびカリウム集積量に関しては窒素と同様に、施肥の段階および菌接種それぞれの効果において有意な差が認められ(表1)、施肥および菌接種によってリンおよびカリウムの吸収が促進されていることが示された。
【0045】
<δ
15N値に基づく蓄積窒素の由来>
表2にポット試験の根と茎葉部の接種及び非接種区のδ
15N値を示した。
【0046】
【表2】
【0047】
表2に示すように、化学肥料の接種が増えると、無施肥区に比べて非接種区ではδ
15N値が減少し、窒素の原子量が軽くなっていることが分かった。これは、化学窒素肥料がδ
15N値に直接的に影響していることを示している。一方、接種区では、無接種区に比べて、その値は若干増加する傾向を示していた。この結果から、TUAT1株を接種したイネは、発根により化学窒素肥料と共に、土壌中の窒素を、非接種区に比べて多く吸収していることが分かった。
【0048】
<圃場試験1(農工大水田圃場)>
<乾物重>
登熟期におけるリーフスターの地上部部位別乾物重の測定値を表3に示した。
【0049】
【表3】
【0050】
表3に示す分散分析の結果、地上部の全乾物重では施肥および菌接種それぞれの因子について有意差が認められた(P=0.01)。各施肥段階での比較では、慣行区および減肥区において、菌接種区がコントロール区を有意に上回り、接種効果が認められた。また無施肥区では菌接種の効果は認められなかった。また全体として施肥レベルと菌接種の両因子間に交互作用が認められ(P=0.05)、施肥段階が上がるにつれ接種効果が表れることが示唆された。地上部部位別にみると、慣行区ではすべての部位で、減肥区では葉と茎で乾物重の有意な増加が認められた。
【0051】
6処理区のすべての間の多重比較では、減肥菌接種区と慣行非接種区との間に有意差は認められなかったことから、ポット試験と同様に窒素肥料の減肥が菌接種により保証できる可能性が示唆された。
【0052】
<養分分析>
また、表3には、登熟期のリーフスターの窒素、リンおよびカリウムの集積量の値を示している。この値から判るように、各栄養素において、施肥および菌接種両因子の有意な効果が、地上部全体および部位別で認められた(P<0.05)。さらに地上部全体では乾物重の値と同様に両因子間の交互作用が認められた。
【0053】
すべての施肥段階において、菌接種により地上部の窒素集積量が増加することが示され、その増加量は無施肥区では17%、減肥区では34%、慣行区では37%であった。ポット試験では、植物体中の窒素濃度に菌接種の影響は表れていなかったが、圃場試験では、窒素濃度に関して菌接種の明瞭な影響が認められ、さらに窒素濃度と施肥の段階には極めて高い相関(R2>0.99)がみられた。すなわち、ポット試験の結果とは異なり、圃場試験での菌接種による植物体中への窒素の集積の促進は、施肥の量にさらに上積みをする形で、植物体中の窒素濃度を高めることによって起こっていた。
【0054】
また、リンおよびカリウムの集積に関して、窒素と同様に施肥量および菌接種により有意な効果が認められ、植物体全体では、リンでは減肥区と慣行区、カリウムでは慣行区において菌接種による有意な集積量の増加が認められた(表3)。植物体中のリンおよびカリウム濃度は窒素の施肥量と相関する傾向があり、窒素施肥量に伴ってリンやカリウムの吸収も促進されていた。
【0055】
<圃場試験2(秋田県大潟村水田圃場)>
秋田県大潟村で実施されている大規模な機械化水稲栽培に対して、TUAT1株の接種が適応可能か検証した。表4に、農家圃場における、生育状況を示した。
【0056】
【表4】
【0057】
表4に示すように、草丈に関しては、F及びT圃場の水稲に関して、非接種と接種に大きな違いは無かった。葉のSPAD値に関しては、T圃場が、F圃場より若干高めに推移し、T圃場の土壌中の窒素供給力がF圃場のそれより高いことを示していた。茎数に関しては、両圃場のイネ共、最高分けつ期(7月23日)に於いては、接種区の茎数が非接種区を上回り、8月14日の出穂期以降に於いても、茎数は接種区が非接種区を上回った。他の圃場試験でも(データは示さない)、同様な効果が示されていた。
【0058】
また、秋田県大潟村農家圃場におけるTUAT1株の接種が水稲品種「こまち」の収量および収量構成要素へ与えた効果を記載した。
【0059】
【表5】
【0060】
表5に示すように、F圃場では、TUAT1無接種及び接種間で、千粒重、登熟歩合に大きな違いは無く、一穂粒数はむしろ低下した。しかし、接種区の穂数が無接種区のそれより22,4%増加し、その結果、接種区の収量も32.8%増加した。また、T圃場では、千粒重、登熟歩合、一穂粒数は、無接種区と接種区間で大きな違いは無かったが、接種区の穂数が無接種区のそれに比べて14.6%増加し、その結果、接種区の収量が無接種区のそれに比べて17.9%増加した。
【0061】
このように、慣行施肥区にTUAT1株を接種すると、穂数の増加に伴い、水稲の子実収量も増加することが分かった。