特許第6024972号(P6024972)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6024972繁殖体被覆物、栽培方法、及び繁殖体被覆物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6024972
(24)【登録日】2016年10月21日
(45)【発行日】2016年11月16日
(54)【発明の名称】繁殖体被覆物、栽培方法、及び繁殖体被覆物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A01G 7/00 20060101AFI20161107BHJP
   A01G 16/00 20060101ALI20161107BHJP
   A01G 1/00 20060101ALI20161107BHJP
   A01C 1/06 20060101ALI20161107BHJP
【FI】
   A01G7/00 601Z
   A01G16/00 Z
   A01G1/00 301Z
   A01C1/06 Z
【請求項の数】15
【全頁数】31
(21)【出願番号】特願2012-272781(P2012-272781)
(22)【出願日】2012年12月13日
(65)【公開番号】特開2013-146266(P2013-146266A)
(43)【公開日】2013年8月1日
【審査請求日】2015年10月28日
(31)【優先権主張番号】特願2011-278860(P2011-278860)
(32)【優先日】2011年12月20日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】原 嘉隆
【審査官】 竹中 靖典
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−183057(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/093341(WO,A1)
【文献】 特開平10−225206(JP,A)
【文献】 米国特許第05918413(US,A)
【文献】 特開2005−192458(JP,A)
【文献】 特開昭55−021705(JP,A)
【文献】 特開2003−226588(JP,A)
【文献】 特開2005−192469(JP,A)
【文献】 特開2004−129591(JP,A)
【文献】 特表2002−519003(JP,A)
【文献】 米国特許第07213366(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 7/00 − 7/06
A01G 1/00
A01G 16/00
A01C 1/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
粒子状固体であってケン化度が78モル%以上のポリビニルアルコールを、実質的に溶解をさせずに機能性資材と混合し、液体を用いて、ポリビニルアルコール、機能性資材、及び、液体を含む被覆層を植物繁殖体の表面に形成する工程と、
上記被覆層を乾燥させる工程とを含む、繁殖体被覆物の製造方法。
【請求項2】
被覆層を植物繁殖体の表面に形成する上記工程は、
1)上記ポリビニルアルコール及び上記機能性資材を上記液体中に懸濁させた懸濁液を植物繁殖体と接触させる、又は、
2)上記ポリビニルアルコール及び上記機能性資材を乾燥状態で混合した後に、得られた混合物を上記液体を介して植物繁殖体の表面に付着させる、
ことにより行う、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
上記ポリビニルアルコールのケン化度が90モル%を越える範囲内である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
上記ポリビニルアルコールのケン化度が90モル%を越え98モル%未満の範囲内である、請求項1から3の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
上記ポリビニルアルコールの重合度が1000以上で5000以下の範囲内である、請求項1から4の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
上記ポリビニルアルコールの重合度が1500以上で3500以下の範囲内である、請求項1から5の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
上記ポリビニルアルコールの粒径が150μm以下である、請求項1から6の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項8】
上記ポリビニルアルコールは、上記機能性資材の重量に対して、0.02%重以上で10%重以下の範囲内で使用される、請求項1から7の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項9】
上記機能性資材が、モリブデン資材、タングステン資材、鉄資材、酸素発生剤、粘土からなる群より選択される少なくとも1つである、請求項1から8の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項10】
上記モリブデン資材は、モリブデン金属、酸化モリブデン、モリブデン酸とその塩、モリブドリン酸とその塩、モリブドケイ酸とその塩からなる群より選択される少なくとも1つであり、
上記タングステン資材は、タングステン金属、タングストリン酸とその塩、タングストケイ酸とその塩、酸化タングステン、及びタングステン酸とその塩からなる群より選択される少なくとも1つであり、
上記鉄資材は酸化鉄及び還元鉄の少なくとも1方であり、
上記酸素発生剤は過酸化カルシウム(CaO)を機能成分とする資材である、
請求項9に記載の製造方法。
【請求項11】
上記鉄資材は、粒径1μm以下の酸化鉄を5重量%以上で50重量%以下の割合で含んでいる、請求項9又は10に記載の製造方法。
【請求項12】
上記植物繁殖体は種子である、請求項1から11の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項13】
請求項1〜12の何れか1項に記載の製造方法で製造される、繁殖体被覆物。
【請求項14】
請求項13に記載の繁殖体被覆物を植え付ける植付工程を含む、植物の栽培方法。
【請求項15】
上記植付工程以降から苗立ち期の間に、植物体の少なくとも一部が湛水状態となる期間を有する、請求項14に記載の植物の栽培方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐水性に優れた繁殖体被覆物、栽培方法、及び繁殖体被覆物の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
米は世界三大穀物の1つであり、イネは日本において最も作付面積が広い重要な作物である。現在の日本で行われている一般的な稲作は、育苗箱に種子を播いて生長させた苗を本田に植えるため、諸外国の稲作と比べてコスト高であり、コスト削減が望まれている。また、農家の高齢化が進んでおり、省力化も求められている。このように、稲作のコスト削減及び省力化を実現する観点から、イネの種子を本田に直接播種する直播が注目されている。
【0003】
しかし、直播のうち、湛水及び代かきの後の水田に種子を播種する湛水直播では苗立ちが不安定になりやすく、その原因は、一般に、酸素不足であるとされている。また、非特許文献1には、土壌中の酸素が無くなったのちに酸素の代わりに電子を受け取る物質が消費される土壌還元が原因であることが記載されている。
【0004】
そこで、湛水直播では、苗立ちを改善する目的で、播種前に、種子の表面を、酸素発生剤等の苗立ちを安定化させる資材で被覆する方法が普及している(非特許文献2)。
【0005】
また、鳥害及び浮き苗の発生を避けるために、鉄等を被覆した種子を酸素不足が起きない土壌の表面に播種する方法も試みられている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−192458(2005年7月21日公開)
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】萩原素之、石川県農業短期大学特別研究報告第20号、「水稲の湛水土壌中直播における出芽・苗立ちに関する研究」、1993年3月
【非特許文献2】農林水産省第9回検討会資料1、「米の直播技術等の現状」、p.13、2008年3月(http://www.maff.go.jp/j/study/kome_sys/09/pdf/data1.pdf)
【非特許文献3】古畑ら2008,酸化鉄コーティング種子における異なるのり成分が湛水直播水稲の出芽・苗立ちに及ぼす影響、北陸作物学会報43、15〜18
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、酸素発生剤等の資材を用いる方法では、被覆する資材にコストがかかり、また、種子に対する資材の必要量が多いため、被覆の手間もかかる。
【0009】
また、鉄等を用いる方法では、そもそも土壌表面に播種しなければならず、種子が土壌中に潜ってしまった場合は、苗立ち低下が起きる。
【0010】
本発明者による検討の結果、多量の酸素発生剤等を被覆しないと苗立ちが安定しないこと、及び鉄を被覆すると土壌中での苗立ちが低下すること、という両者の原因の一つはいずれも結合剤として用いる石膏に起因することが判明した。
【0011】
さらに、鉄を用いた被覆では、石膏による結合効果と共に、石膏によって促進される還元鉄の酸化による結合効果によって硬い被覆層を形成しているが、還元鉄の酸化過程では発熱が大きく、冷却作業の必要性、及び熱による種子の劣化などの問題を有する。
【0012】
しかし、石膏は安価で強力かつ水に安定な結合剤であり、これに代わる結合剤は見当たらない。例えば、他の代表的な結合剤であるPVA(ポリビニルアルコール)又はCMC(カルボキシメチルセルロース)を用いた種子被覆の検討もなされているが、これらは元来水溶性であるために、湛水した水田に入れると被覆が崩壊してしまう。このため、湛水土壌中で資材を種子に保持させる評力が乏しく、実用的ではないという問題がある(非特許文献3)。
【0013】
なお、耐水性が付与されたPVAもあるが、そのようなPVAは水溶性に劣るために予め加熱下(80〜90℃)でPVAを水に溶解して高粘稠溶液を調製しなければならない。そのため、加熱作業が必要になり、作業性に劣る。また、高温の溶液を使うことで種子が障害を受けることが懸念される。
【0014】
本発明は、上記の従来技術が有する問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、PVAを用いて耐水性に優れた繁殖体被覆物(被覆種子等)を提供すること、及びその簡便な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本願発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を行った。その結果、所定のケン化度以上のポリビニルアルコール(PVA)を固体のまま使用することで、耐水性に優れた繁殖体被覆物(被覆種子等)を簡便に製造できることを見出し、本願発明に想到するに至った。
【0016】
すなわち、本願発明は、その一態様として以下の何れかのものを提供する。
(1)粒子状固体であってケン化度が78モル%以上のポリビニルアルコールを、実質的に溶解をさせずに機能性資材と混合し、液体を用いて、ポリビニルアルコール、機能性資材、及び、液体を含む被覆層を植物繁殖体の表面に形成する工程と、上記被覆層を乾燥させる工程とを含む、繁殖体被覆物の製造方法。
(2)被覆層を植物繁殖体の表面に形成する上記工程は、1)上記ポリビニルアルコール及び上記機能性資材を上記液体中に懸濁させた懸濁液を植物繁殖体と接触させる、又は、2)上記ポリビニルアルコール及び上記機能性資材を乾燥状態で混合した後に、得られた混合物を上記液体を介して植物繁殖体の表面に付着させる、ことにより行う、(1)に記載の製造方法。
(3)上記ポリビニルアルコールのケン化度が90モル%を越える範囲内である、(1)又は(2)に記載の製造方法。
(4)上記ポリビニルアルコールのケン化度が90モル%を越え98モル%未満の範囲内である、(1)から(3)の何れかに記載の製造方法。
(5)上記ポリビニルアルコールの重合度が1000以上で5000以下の範囲内である、(1)から(4)の何れかに記載の製造方法。
(6)上記ポリビニルアルコールの重合度が1500以上で3500以下の範囲内である、(1)から(5)の何れかに記載の製造方法。
(7)上記ポリビニルアルコールの粒径が150μm以下である、(1)から(6)の何れかに記載の製造方法。
(8)上記ポリビニルアルコールは、上記機能性資材の重量に対して、0.02%重以上で10%重以下の範囲内で使用される、(1)から(7)の何れかに記載の製造方法。
(9)上記機能性資材が、モリブデン資材、タングステン資材、鉄資材、酸素発生剤、粘土からなる群より選択される少なくとも1つである、(1)から(8)の何れかに記載の製造方法。
(10)上記モリブデン資材は、モリブデン金属、酸化モリブデン、モリブデン酸とその塩、モリブドリン酸とその塩、モリブドケイ酸とその塩からなる群より選択される少なくとも1つであり、上記タングステン資材は、タングステン金属、タングストリン酸とその塩、タングストケイ酸とその塩、酸化タングステン、及びタングステン酸とその塩からなる群より選択される少なくとも1つであり、上記鉄資材は酸化鉄及び還元鉄の少なくとも1方であり、上記酸素発生剤は過酸化カルシウム(CaO)を機能成分とする資材である、(9)に記載の製造方法。
(11)上記鉄資材は、粒径1μm以下の酸化鉄を5重量%以上で50重量%以下の割合で含んでいる、(9)又は(10)に記載の製造方法。
(12)上記植物繁殖体は種子である、(1)から(11)の何れかに記載の製造方法。
(13)上記(1)〜(12)の何れかに記載の製造方法で製造される、繁殖体被覆物。
(14)上記(13)に記載の繁殖体被覆物を植え付ける植付工程を含む、植物の栽培方法。
(15)上記植付工程以降から苗立ち期の間に、植物体の少なくとも一部が湛水状態となる期間を有する、(14)に記載の植物の栽培方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、PVAを用いて耐水性に優れた繁殖体被覆物(被覆種子)を提供すること、及びその簡便な製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】実施例1における耐水性の試験の結果を示す図である。
図2】実施例7−1における耐水性の試験の結果を示す図である。
図3】実施例8−2における耐水性の試験の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
〔1. 繁殖体被覆物の製造方法〕
本発明に係る繁殖体被覆物の製造方法は、粒子状固体であってケン化度が78モル%以上のポリビニルアルコールを、実質的に溶解をさせずに機能性資材と混合し、液体を用いて、ポリビニルアルコール、機能性資材、及び、液体を含む被覆層を植物繁殖体の表面に形成する工程(被覆層形成工程)と、上記被覆層を乾燥させる工程(乾燥工程)とを含む、方法である。
【0020】
被覆層形成工程により、植物繁殖体の外表面に、PVAと機能性資材との混合物を付着させ、乾燥工程により、植物繁殖体上の被覆層の液体含有率を適切に調整して当該被覆層を安定化することができる。本発明に係る製造方法は、一般に70℃〜90℃といった高温で予め加熱して溶かすことが必要とされる水溶性の低いPVAを、粒子状固体のまま機能性資材に混合して、植物繁殖体上に被覆層を形成することを特徴の一つとしている。
【0021】
なお、上記液体の機能の1つは、PVA及び機能性資材を種子の表面になじませ、付着させることである。液体は植物繁殖体に障害を与えにくければ様々な溶媒が利用可能であるが、具体的には例えば、水、又は、親水性溶剤で、種子表面の殺菌もでき、乾燥が速いエタノール等を例示することができ、中でも費用の面から水が好ましい。なお、機能性資材、及びPVAについては後述する。
【0022】
被覆層形成工程を行う方法は特に限定されないが、具体的には、例えば、1)粒子状の機能性資材、及び粒子状のPVAを十分に混ぜ合わせて、そこに種子等の植物繁殖体を加えて、適量の液体(水等)を噴霧器等を用いて添加しながら塑性状の被覆層を植物繁殖体の表面に形成する方法、2)粒子状の機能性資材、粒子状のPVA、及び液体を混合して懸濁状態にして攪拌をし、そこに種子等の植物繁殖体を加えて、さらに液体以外の資材を追加で添加して相対的に水分含量を減らし、塑性状の被覆層を形成する方法、3)懸濁状態にして攪拌するまでは2)と同様にし、次いで、熱、通風、及び/又は放置(保管又は運搬等の他の作業と兼ねて、時間の経過に伴い、徐々に水分含量が低下する工程も放置の範疇に包含される)等で水分を減らし、塑性状の被覆層を形成する方法、4)懸濁状態にして攪拌するまでは2)と同様にし、次いで、植物繁殖体を液体から取り出して、塑性状の被覆層を植物繁殖体の表面に形成する方法、5)植物繁殖体の表面又は内部(植物繁殖体に吸水させておく等)に液体を予め付与しておき、次いで粒子状の機能性資材、及び粒子状のPVAをまぶして、塑性状の被覆層を植物繁殖体の表面に形成する方法、等が挙げられる。ただし、植物繁殖体は最初から機能性資材等と混合しても構わないし、植物繁殖体を予め十分湿らせてから、機能性資材等と混合しても構わない。これらを混合するタイミングは同時でもよく、または適宜順番を変えても構わない。
【0023】
なお、上記2)において用いる液体以外の資材の種類は特に限定されないが、例えば、粒子状の機能性資材及び粒子状のPVAの少なくとも一方(好ましくは両方)が挙げられる。
【0024】
被覆層形成工程において、「PVAを実質的に溶解をさせずに」とは、PVAが粒子状固体の形態を維持したままであることと同義である(なお、粒子状固体の形態を維持していればよく、PVA粒子の表面が一部溶解している状態も含まれる)。具体的には例えば、ケン化度が78モル%以上のPVAを十分に溶解させる温度下にPVAを晒さないことを意図し、より具体的には例えば、70℃以上の高温に晒さないことを意図する。なお、PVAは50℃以上の温度下に晒さないことが好ましく、40℃以上の温度に晒さないことがより好ましい。
【0025】
被覆層形成工程では、PVAを、加熱下で液体に溶解して高粘稠溶液を形成する必要がなく、粒子状固体のまま用いる方法であるから、何れのやり方を選択しても作業が非常に簡便である。ただし、用いるPVAは、本来、高温で溶かして用いるものであることから、被覆する機能性資材、植物繁殖体、又は液体を冷やさずに用いる方が好ましい場合がありえ、また作業に支障がない程度(例えば、30℃程度)に、機能性資材、植物繁殖体又は液体を予め加温しておいた方が好ましい場合もありえる。
【0026】
乾燥工程は被覆層形成工程と同時、又は被覆層形成工程の後に行われる。乾燥工程を行う方法は特に限定されないが、具体的には、例えば、強制乾燥、又は自然乾燥によって、被覆層形成工程で形成された被覆層から液体を蒸発させる方法が挙げられる。乾燥工程はまた、保管又は運搬等の他の作業と兼ねて、時間の経過に伴い、徐々に被覆層の液体含量を低下させる工程でも構わない。乾燥工程はまた、植物繁殖体による水分吸収によって、被覆層の液体含量を低下させる工程でも構わない。
【0027】
(植物繁殖体の種類等)
本発明に係る繁殖体被覆物を構成する「植物繁殖体」の種類は特に限定されず、例えば、種子、むかご等の栄養繁殖器官、幼植物(苗)等が挙げられ、中でも種子が好ましい。
植物繁殖体は、具体的には、例えば、水稲、オオムギ、コムギ等のイネ科植物の種子;ダイズ、ソラマメ、インゲンマメ等のマメ科植物の種子;アブラナ、チンゲンサイ、コマツナ、ダイコン等のアブラナ科植物の種子;ソバ等のソバ科植物の種子等が挙げられる。
【0028】
なお、「種子」は、発芽に必須ではない構造(例えば、籾殻、外種皮、内種皮等)を取り除いた後の種子であってもよい。
【0029】
(PVA)
本発明に係る繁殖体被覆物の製造方法に用いるPVAは、ケン化度が78モル%以上でかつ粒子状固体である。PVAのケン化度は78モル%以上であれば、被覆層に一定の耐水性を付与することができるが、耐水性により優れるという観点ではケン化度が90モル%を越えることが好ましい。PVAのケン化度は、例えばPVAの耐水性に影響を与えるもので、ケン化度が大きくなるほど耐水性が増す傾向がある。
【0030】
他方で、PVAのケン化度の上限は特に限定されないが、乾燥状態における擦れ(例えば、繁殖体被覆物同士の擦れ)に対して被覆層により十分な耐性を付与する観点では、98モル%未満であることが好ましい。
【0031】
すなわち、乾燥状態における擦れに対する耐性、及び耐水性の双方に優れるという観点では、PVAのケン化度は、90モル%を越え、98モル%未満の範囲内であることが好ましく、93モル%を越え、98モル%未満の範囲内であることがより好ましく、95モル%を越え、98モル%未満の範囲内であることがさらに好ましい。
【0032】
ただし、PVAとしてそのケン化度が98モル%以上の粒子状固体と、ケン化度が98モル%のPVAよりは水溶性のある結合剤とを併用することで、乾燥状態(水中に浸漬されない状態)における擦れに対する耐性、及び耐水性の双方に優れる被覆種子を製造することも可能である。混合する結合剤として、ケン化度が78モル%以上で90モル%以下の範囲内の粒子状固体のPVAが好ましいが、それ以外のPVA又はカルボキシメチルセルロース(CMC)などでも良い。
【0033】
なお、本発明において「PVAのケン化度(モル%)」とは、化学の技術分野における一般的な意味で用いており、すなわち、ポリ酢酸ビニルをケン化してPVAを製造するに際して、各酢酸ビニル繰返し単位の何パーセントがケン化されて水酸基になっているか、を意図している。
【0034】
また、PVAの重合度は特に限定されないが、機能性資材の保持性により優れるという観点では、重合度が1000以上で5000以下の範囲内であることが好ましく、1500以上で3500以下の範囲内であることがより好ましく、1500以上で2500以下の範囲内であることがさらに好ましく、1700以上で2400以下であることが特に好ましい。なお、PVAの重合度は例えばPVAの粘性に影響を与えるもので、重合度が大きくなるほど粘性が増す傾向がある。そして、この重合度が1000以上であれば、より確実に機能性資材を種子に付着させることができる。一方、この重合度が5000以下であれば、より容易かつほぼ均一に機能性資材とPVAとを混合することができる。
【0035】
なお、本発明において「PVAの重合度」とは、化学の技術分野における一般的な意味で用いており、ポリ酢酸ビニルをケン化してPVAを製造するに際して、重合鎖を構成する酢酸ビニル繰返し単位の個数を指す。
【0036】
本発明に係る方法において、PVAは粒子状の固体(粒子状固体)のまま使用される。粒子状の固体としてのPVAの形態の一例としては、粉末状の形態、又は、粉末を固めた顆粒状等の形態が挙げられる。粒子状固体の大きさは、機能性資材と混合して植物繁殖体表面の被覆に用いることができる大きさであれば特に限定されない。また、粒径が粉末より大きい顆粒状でも、植物繁殖体に被覆する際に添加する溶媒の量を多めにし、被覆層の粘性を一時的に下げることなどで、機能性資材の保持が可能である。ただし、機能性資材とより均一に混合し易いとの観点と、水などを用いて被覆層を形成する際に、比表面積が大きいので表面近傍が溶解しやすい観点では、PVAの粒径が150μm以下であることがより好ましい。PVAの粒径の好ましい下限は特に限定されないが、例えば、0.1μm以上であるか、或いは1μm以上である。また、粉末状のPVAは、顆粒状のPVAよりも好ましい。
【0037】
なお、本発明に係る方法では、PVAを高粘稠な溶液としてではなく粒子状の固体のまま利用するために作業性に優れるという利点もある。また、結合剤の溶解の手間を無くすために、水に溶けにくい結合剤を予め溶解させて溶液として流通させる場合(耐水性のPVA、ラテックスの懸濁液など)に比べて、流通させる資材の重量が低くすむため、流通コストの削減が図れる。ただし、植え付けられる以前の繁殖体被覆物に関して、被覆層が水分を含んでPVAの一部が粘性を示している状態は、本発明の範疇である。
【0038】
(機能性資材)
本発明に係る繁殖体被覆物の製造方法に用いる機能性資材(繁殖体被覆物に所定の機能を付与する資材)の種類は特に限定されないが、具体的には、例えば、モリブデン資材、タングステン資材、鉄資材、酸素発生剤、粘土、又は、水中での急速な放出を望まない遅効性の農薬等が挙げられる。粒子状固体であるPVAとの混合が容易という観点では、これら機能性資材も、粉末状の形態、又は、粉末を固めた顆粒状等の形態等の粒子状固体であることが好ましい。機能性資材の粒径は特に限定されないが、被覆の作業性の観点では、例えば、0.1μm以上で150μm以下の範囲内である。なお、機能性資材は1種のみを用いてもよく、複数種を併用してもよい。
【0039】
上記例示の機能性資材のうち、モリブデン資材、及びタングステン資材はオキソアニオンを生成することで、植物の生育環境中における硫化物イオンの生成を抑制する。さらに、これらのオキソアニオンは、植物の生育環境中における腐敗等の微生物の活動を抑制する。したがって、モリブデン資材又はタングステン資材を用いることにより、植物の苗立ち及び生育の低下を抑制することができる。
【0040】
なお、モリブデン資材とタングステン資材とを比較した場合、モリブデン資材の方がより好ましい場合がある。より具体的には、モリブデン資材は、植物に対する施用実績も十分にある。また、モリブデン資材は、タングステン資材と比較して腐敗抑制効果がより強い。タングステンも、植物及び動物等への毒性は報告されておらず、安全性が高い。
【0041】
上記モリブデン資材の種類は特に限定されず、種々の物質がその範疇に含まれるが、モリブデン酸イオンを供給し、かつ対象となる植物への安全性が高い資材又は単体を選択することが好ましい。したがって、モリブデン資材は、金属モリブデン(単体)、酸化モリブデン(無水モリブデン酸)、モリブデン酸とその塩、モリブドリン酸(リンモリブデン酸)とその塩、モリブドケイ酸(ケイモリブデン酸)とその塩からなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましい。安価で市販されているものでは、金属モリブデン、酸化モリブデン、モリブデン酸、モリブデン酸カルシウム、モリブデン酸マグネシウム、モリブドリン酸アンモニウム(リンモリブデン酸アンモニウム)、モリブドリン酸カリウム(リンモリブデン酸カリウム)、モリブデン酸アンモニウム、モリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸カリウム、モリブドリン酸、モリブドリン酸ナトリウム(リンモリブデン酸ナトリウム)、モリブドケイ酸からなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましい。なお、これらの機能性資材は、繁殖体被覆物に実際に含まれる場合に限らず、繁殖体被覆物の製造に用いる原料の場合も含む。すなわち、植物繁殖体への被覆前又は被覆時に、これらの機能性資材と反応する別の資材を添加することで、繁殖体被覆物中では異なる化合物に変化している場合もある。
【0042】
また、水に対してわずかに溶ける微溶性のモリブデン資材は、対象となる植物に対する安全性の観点では特に好ましい。微溶性のモリブデン資材とは、水に対する可溶割合が重量比10%以下の資材又は単体であり、例えば、金属モリブデン、酸化モリブデン、モリブデン酸、モリブデン酸カルシウム、モリブデン酸マグネシウム、モリブドリン酸アンモニウム、及びモリブドリン酸カリウム等が挙げられる。また、オキソアニオンが縮合したポリ酸やヘテロ酸、およびそれらの塩やそれらを含む資材は、モリブデン酸イオンが容易に供給されにくく、対象となる植物に対する安全性の観点で特に好ましい。
【0043】
これらのうち、モリブドリン酸アンモニウム及びモリブドリン酸カリウムは、水に対して微溶性であり、かつ、モリブデン酸イオンを容易に供給しないヘテロ酸の塩であるとともに、植物の苗立ち及び生育の低下を抑制する効果に優れている。また、これらの資材は黄色に着色しているため、被覆処理した種子の誤飲が防止できる点からも好ましい。
【0044】
同様に上記タングステン資材の種類は特に限定されず、種々の物質がその範疇に含まれるが、タングステン酸イオンを供給し、かつ対象となる植物への安全性が高い資材又は単体を選択することが好ましい。したがって、タングステン資材としては、金属タングステン、酸化タングステン(無水タングステン酸)、タングステン酸とその塩、タングストリン酸(リンタングステン酸)とその塩、タングストケイ酸(ケイタングステン酸)とその塩からなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましい。安価で市販されているものでは、微溶性の金属タングステン、酸化タングステン、タングステン酸、パラタングステン酸アンモニウム、又はタングストリン酸アンモニウム(リンタングステン酸アンモニウム)が好ましい。
【0045】
また、モリブデン資材の場合と同様に、タングステン資材は微溶性のものが好ましく、また、タングステン酸イオンを容易に供給しにくいポリ酸又はヘテロ酸の形態をとる資材が好ましい。なお、上記具体的に化合物名を例示した化合物は、何れも微溶性のものである。また、タングストリン酸アンモニウム及びタングストリン酸カリウムは、水に対して微溶性であり、かつタングステン酸イオンを容易に供給しないヘテロ酸の塩である。
【0046】
なお、モリブデン資材及びタングステン資材の使用量は、特に限定されないが、例えば、被覆の対象が種子の場合には、風乾種子重量1kgに対して、モリブデン元素やタングステン元素として0.01mol以上で10mol以下の範囲内とすればよく、資材費用を抑制しつつ充分な効力を発揮させる観点では、好ましくは、風乾種子重量1kgに対して、モリブデン元素やタングステン元素として0.01mol以上で0.2mol以下の範囲内とすればよい。
【0047】
機能性資材としての上記鉄資材は、例えば、種子の重量又はかさを増す目的で利用される。また、種子が鉄資材を含む被覆層によって被覆される場合には、種子の周囲における硫化物イオンを鉄が不溶化することで硫化物イオンの増加を抑制できるため、種子の苗立ち低下を抑制することができる。さらに、種子に鉄資材を被覆することによって、硬い被覆層を形成させ、土壌に対して目立たなくすることができるため、鳥害を避けることができる。
【0048】
鉄資材としては、特に限定されないが、具体的には、例えば、還元鉄(Fe)、酸化鉄(III)(Fe)、酸化鉄(II,III)(Fe)、酸化鉄(II)(FeO)等が挙げられ、これらの組成物であっても良い。発熱が生じる虞が無いという観点では各種の酸化鉄がより好ましい。
【0049】
還元鉄は、通常、石膏と混合し、石膏が促進する酸化によって生じる錆によって、種子等(植物繁殖体)への結合を強固とする方法が行われる。しかし、錆が生じるまでには時間がかかるため、その間は水による表面張力とともに石膏による結合作用によって被覆層を維持している。このため、石膏の代わりに、結合作用を持たない、単に酸化を促進するだけの物質を使うと、錆が生成するまでの被覆層が弱く、被覆の作業性が低下する。このため、生育障害の原因となる硫黄を含む石膏を別の物質で代替することが難しかった。しかし、PVAを用いれば、錆を生成するまでの間も、被覆層を維持でき、錆の生成後も錆と伴に被覆層の維持に寄与する。また、還元鉄から作成した鉄被覆種子を水中に播種すると、ゆっくりと錆が軟化し、周囲の水が懸濁する。そこで、還元鉄の被覆時においても、完全ケン化や中間ケン化のPVAを用いることで、耐水性を向上できる。以上から、還元鉄を用いた被覆においてもPVAを用いることが好ましい。
【0050】
上記鉄資材は、粒径が異なる鉄資材を併用したものであってもよい。粒径が比較的大きな(例えば、粒径が10μmを越え100μm以下の範囲内)鉄資材は、資材が飛散する虞が少なく、被覆作業の作業性にも優れるという利点がある。他方で、粒径が比較的小さな(例えば、粒径が10μm以下)鉄資材は、PVAの必要量をより低減することができ、少ないPVAの使用でも乾燥状態(水中に浸漬されない状態)における擦れに対する耐性がとりわけ向上するという利点がある。この併用とは、異なる資材を単純に混合する場合だけでなく、順序を変えて別々に種子に被覆することも含む。例えば、粒径が比較的小さい資材を外層として被覆することで、被覆種子の表面を滑らかにするための、粒径が比較的小さい資材の量を減らすこともできる。したがって、粒径が異なる鉄資材を併用すれば、これらの利点を何れも享受可能な鉄資材による被覆を実現できる。
【0051】
粒径が異なる鉄資材を併用する一つの例では、鉄資材中に占める粒径1μm以下の酸化鉄の割合を5重量%以上で50重量%以下の範囲内とすることが挙げられる。このとき、残りの50重量%以上で95重量%以下の鉄資材は粒径1μmを越えるものであればよいが、粒径10μm以上で150μm以下程度のものがより好ましく、20μm以上で100μm以下程度のものがさらに好ましい。
【0052】
また、PVAの必要量をより低減することができ、少ないPVAの使用でも乾燥状態における擦れに対する耐性がとりわけ向上するという観点では、鉄資材の粒径は0.1μm以上で1μm以下の範囲内であることが好ましい場合がある。
【0053】
なお、鉄資材の使用量は、特に限定されないが、例えば、被覆の対象が種子の場合には、風乾種子重量の5%重以上で200%重以下の範囲内とすればよく、風乾種子重量の5%重以上で50%重以下の範囲内とすることが好ましい。
機能性資材としての上記酸素発生剤は、例えば、種子等(植物繁殖体)の周囲における硫化物イオンの増加を抑制して、種子の苗立ち(植物繁殖体の初期生育)低下を抑制する目的で利用される。酸素発生剤は、酸素の供給源となる資材であればよく、例えば過酸化カルシウム(CaO)、過酸化マグネシウム等、及びこれらを有効成分(機能成分)として含む組成物などが挙げられる。これら例示の中では、過酸化カルシウムを有効成分とする資材が好ましい。
【0054】
酸素発生剤は、現在、石膏を用いて種子等に結合させるが、乾燥が進むと、被覆層に亀裂が生じやすく、長期の保存が難しいという問題がある。石膏の代わりにPVAを用いれば、種子に害を及ぼす硫黄を無くすだけでなく、耐水性が向上し、かつ亀裂が生じにくくなるため好ましい。
【0055】
酸素発生剤の使用量は、特に限定されないが、例えば、被覆の対象が種子の場合には、風乾種子重量の1%重以上で50%重以下の範囲内で有効成分(例えば、過酸化カルシウム)を含むようにすればよい。
【0056】
機能性資材としての上記粘土は、鉄資材と同様に、例えば、種子等(植物繁殖体)の重量又はかさを増すという目的で利用される。粘土の使用量は特に限定されないが、例えば、被覆の対象が種子の場合には、風乾種子重量の5%重以上で200%重以下の範囲内とすればよい。
【0057】
(被覆層)
本発明に係る製造方法で得られる繁殖体被覆物(被覆種子等)において、植物繁殖体の外表面を被覆する被覆層は、上記のPVAと機能性資材とを含む組成物から構成される層である。被覆層は、植物繁殖体の外表面の少なくとも一部を被覆していればよいが、植物繁殖体が種子である場合は、種子の外表面全体を実質的に均一に被覆していることが好ましい。
【0058】
また、被覆層を構成するPVAと機能性資材との混合割合は、機能性資材を植物繁殖体に付着可能な限りにおいて特に限定されない。一例では、PVAは、機能性資材の重量に対して、0.02%重以上で10%重以下の範囲内で使用され、0.1%重以上で5%重以下の範囲内で使用されることが好ましく、0.5%重以上で5%重以下の範囲内で使用されることがより好ましく、0.5%重以上で3%重以下の範囲内で使用されることがさらに好ましい。
【0059】
被覆層は、植物繁殖体の被覆に用いられる結合剤その他の資材をさらに含んでいてもよい。ただし、硫酸塩又は硫酸イオン等の硫黄成分を実質的に含まないことが好ましい。ここで「硫黄成分を含まない」とは、硫黄原子を含む成分を実質的に含まないことを意味する。硫黄原子を含む成分とは、例えば硫酸塩又は硫酸イオン等をさし、より具体的な化合物名を例示すれば、硫酸カルシウム、硫酸マグネシウム、硫酸カリウム、硫酸アンモニウム等が挙げられる。すなわち、本発明では、被覆層を構成する成分中に、例えば硫酸カルシウムを主成分とする石膏等が含まれないことが好ましい。
【0060】
被覆層が硫黄成分を実質的に含まない場合には、植物繁殖体の周囲の硫酸イオン濃度を上昇させない。したがって、酸素が不足して還元条件となった場合、苗立ちを低下させる硫化物イオンの生成を抑制することができる。また、被覆層に含まれる機能性資材が植物繁殖体の周囲の硫化物イオン濃度を低下させることができる資材(例えば、上記した酸素発生剤、鉄資材、モリブデン資材、タングステン資材等)である場合、機能性資材の必要量を低減させて、製造コストを低下させることができる。
【0061】
なお、石膏は、耐水性があり安価な結合剤の代表例であり、これまで、耐水性、取扱い性、並びに価格の観点で石膏に代わり得る資材は実質的に見当たらなかった。しかし、本発明によれば、苗立ち抑制効果を持つ石膏を用いずに、安価なPVAを比較的少量用いて、機能性資材を、耐水性を兼ね備えた状態で植物繁殖体に結合させることもできる。
【0062】
本発明のように所定の性質を有するPVAを用いることで、より具体的には次のことを実現することもできる。(1)PVAは硫黄を含まず、硫化物イオンの発生を助長しないことから、酸素発生剤の被覆に用いることで、酸素発生剤の必要量の削減に寄与できる。(2)同様に、PVAは硫化物イオンの発生を助長しないことから、鉄被覆した種子において土壌中での苗立ちの安定化に繋がることが期待される。(3)PVAを用いることで、発熱する還元鉄を用いずに、発熱しない酸化鉄のみで被覆することもできる。そのため、発熱による植物繁殖体の損傷をなくす事ができる。(4)モリブデン又は粘土などの様々な機能性資材を付着させることができる。石膏と比べても、PVAは必要量が少なく、費用も安いことから、石膏に代わって広く利用できると考えられる。
【0063】
〔2. 繁殖体被覆物〕
本発明に係る繁殖体被覆物は、上記〔1.〕欄で説明した、繁殖体被覆物の製造方法に従い得られるものである。
【0064】
すなわち、繁殖体被覆物は、ケン化度が78モル%以上のPVA及び機能性資材を含む被覆層を植物繁殖体の表面に備えているものである。繁殖体被覆物の特に具体的な一例はこれら被覆層で種子が被覆されてなる被覆種子である。ここで、PVAは当初の粒子形状を保持している必要はないが、そのケン化度が高まるにつれて粒子形状を維持したPVAの比率が高まるという外形的な特徴を有する。なお、被覆層は、繁殖体被覆物の製造プロセスで用いた液体を含みうる。
【0065】
本発明に係る繁殖体被覆物は、被覆層の耐水性に優れており、水中でも機能性資材を十分に保持可能である。したがって、繁殖体被覆物は、その植付工程以降から苗立ち期の間に、植物体(種子自体も含む概念)の少なくとも一部が湛水状態となる期間を有する植物のものであってよい。換言すれば、繁殖体被覆物は、少なくとも一時的に湛水状態となる条件で植付及び/又は出芽するものであってよい。このような繁殖体被覆物としては、例えば、湛水状態の水田等に直播して栽培される種子、水耕栽培されるもの、排水が不良な土壌又は土壌代替物に植付られるもの、植え付けの直前又は直後に多雨に見舞われる可能性があるもの、等が挙げられ、より具体的な一例は水稲の種子である。
【0066】
〔3.植物の栽培方法〕
本発明は、得られた繁殖体被覆物を植え付けて植物を栽培する方法も提供する。すなわち、本発明に係る繁殖体被覆物は、植え付けられ(植付工程)た後に、利用可能な大きさの植物体となるまで栽培される。
【0067】
繁殖体被覆物を植え付ける方法は特に限定されず、例えば、被覆種子の場合であれば、点播機、条播機、又は散播機等の播種機を用いて農地等に播種してもよく、人の手で直接播種してもよい。また、繁殖体被覆物が、機能性資材を付着させた幼植物(苗)の場合には、植え付け機又は人手により植え付ければよい。
【0068】
繁殖体被覆物の植え付けは、例えば、土壌又は土壌代替物に対して行われる。ここで、土壌代替物とは、例えば、人工土(ピートモス等)、水耕用等の培地、等の、土壌の代わりに植物を生育させることが可能な培地を指す。
【0069】
本発明に係る繁殖体被覆物は被覆層の耐水性に優れる。そのため、本発明に係る植物の栽培方法において、上記植付工程以降から苗立ち期の間に、植物体の少なくとも一部が湛水状態となる期間を有する場合でも、機能性資材が種子から剥離する虞が少ない。
【0070】
すなわち、本発明に係る栽培方法の一例では、繁殖体被覆物は、少なくとも一時的に湛水状態となる条件で植付及び/又は出芽するものである。なお、少なくとも一時的に湛水状態となる条件とは、水田、水耕等のような長期湛水状態のみならず、多雨等によって、一時的に湛水状態となる場合をも含む。
【0071】
また、本発明において、上記植付工程は、湛水直播の形態で行われてもよい。ここで、湛水直播とは、湛水状態の土壌又は土壌代替物等に直接播種(直播)することを意味する。湛水状態の土壌又は土壌代替物とは、例えば、代かき後の水田、水耕培地、雨等によって湛水した畑、水耕栽培用の培地等である。なお、「水田」とは、稲を栽培する耕地に限らず、水を引いて作物を栽培する耕地であればよい。
【0072】
〔4.被覆種子のより具体的な例示〕
以下、本発明に係る繁殖体被覆物の一形態である被覆種子のより具体的な構成例を示す。
【0073】
被覆種子(1)
PVA: 重合度1500以上で2500以下の範囲内で、ケン化度は90モル%を越え98モル%未満の範囲内。PVAの粒径は限定されないが、好ましくは150μm以下である。機能性資材の重量の0.5%重以上で3%重以下の範囲内で、機能性資材と混合。
機能性資材:三酸化モリブデン、モリブドリン酸カリウム、またはモリブドリン酸アンモニウムから選択される少なくとも一種類。機能性資材は、風乾種子1kgあたりモリブデン元素で0.01mol以上で0.2mol以下の範囲内で用いる。
なお、種子の種類は限定されない。PVAと機能性資材とが混合された組成物により種子の外表面の被覆が行われる。
【0074】
被覆種子(2)
PVA: 重合度1500以上で2500以下の範囲内で、ケン化度は90モル%を越えてで98モル%未満の範囲内。PVAの粒径は150μm以下。機能性資材の重量の0.5%重以上で3%重以下の範囲内で、機能性資材と混合。
機能性資材:酸化鉄。粒径は1μm以下が好ましい。機能性資材は、風乾種子の重量の5%重以上で50%重以下の範囲内で用いる。
種子の種類は限定されない。PVAと機能性資材とが混合された組成物により種子の外表面の被覆が行われる。
なお、機能性資材として、さらに、三酸化モリブデン、モリブドリン酸カリウム、モリブドリン酸アンモニウム、モリブドリン酸、またはモリブドリン酸ナトリウムから選択される少なくとも一種類を、風乾種子1kgあたりモリブデン元素で0.01mol以上で0.2mol以下の範囲内で添加してもよい。
【0075】
被覆種子(3)
PVA: 重合度1500以上で2500以下の範囲内で、ケン化度は90モル%を越え98モル%未満の範囲内。粒径は150μm以下。機能性資材の重量の0.5%重以上で3%重以下の範囲内で、機能性資材と混合。
機能性資材:酸化鉄、還元鉄、または粘土から選択される少なくとも一種類。機能性資材は、風乾種子の重量の5%重以上で50%重以下の範囲内で用いる。
種子の種類は限定されない。PVAと機能性資材とが混合された組成物により種子の外表面の被覆が行われる。
なお、機能性資材として、さらに、三酸化モリブデン、モリブドリン酸カリウム、モリブドリン酸アンモニウム、モリブドリン酸、またはモリブドリン酸ナトリウムから選択される少なくとも一種類を、風乾種子1kgあたりモリブデン元素で0.01mol以上で0.2mol以下の範囲内で添加してもよい。
【0076】
被覆種子(4)
PVA: 重合度1500以上で2500以下の範囲内で、ケン化度は90モル%を越え98モル%未満の範囲内。粒径は150μm以下。機能性資材の重量の0.5%重以上で3%重以下の範囲内で、機能性資材と混合。
機能性資材:過酸化カルシウムを含む資材(酸素発生剤の一種)。機能性資材は、含まれる過酸化カルシウムが、風乾種子の重量の2%重以上で20%重以下となる範囲内で用いる。
種子の種類は限定されない。PVAと機能性資材とが混合された組成物により種子の外表面の被覆が行われる。
なお、機能性資材として、さらに、三酸化モリブデン、モリブドリン酸カリウム、モリブドリン酸アンモニウム、モリブドリン酸、またはモリブドリン酸ナトリウムから選択される少なくとも一種類を、風乾種子1kgあたりモリブデン元素で0.01mol以上で0.2mol以下の範囲内で添加してもよい。
【0077】
被覆種子(5)
酸化鉄粉末(森下弁柄工業(株)製、品名:No.1094、酸化鉄(III)(99重量%)、平均粒径 0.57μm)に、当該酸化鉄粉末の0.5%重〜3%重(好ましくは1%重)に相当するポリビニルアルコール粉末(日本酢ビ・ポバール(株)製、品名:JM−17S、ケン化度:95.5〜97.5mol%、重合度:約1700、粒径:150μm以下)を混合する。この混合物は、酸化鉄粉末重が風乾種子重の5〜50%重となる量を用いる。
なお、機能性資材として、さらに、三酸化モリブデン、モリブドリン酸アンモニウムから選択される少なくとも一種類を、風乾種子1kgあたりモリブデン元素で0.01mol以上で0.2mol以下の範囲内で添加してもよい。
【実施例】
【0078】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0079】
はじめに、実施例で評価をした「浸漬前剥離割合」、「耐水性」、及び「作業性」の評価方法について纏めて説明する。
【0080】
「浸漬前剥離割合」は、室温で自然乾燥した評価すべき被覆種子2.5g程度をプラスティック遠沈管(45mL容)に入れて、試験管ミキサー(SCIENTIFIC INDUSTRIES G−560、強度最大)で30秒又は60秒震盪させた。その後、被覆種子から剥離した粉末を秤量し、付着させた資材の重量に対する剥離した資材の重量の割合を、浸漬前剥離割合(剥離無しは0%、全て剥離は100%)とした。なお、ここで「資材」とは、PVAを用いない場合は機能性資材を指し、PVAを用いる場合には機能性資材とPVAとを指す。
【0081】
被覆種子の「耐水性」は、評価すべき被覆種子について10粒(又は5粒)を試験管に入れて蒸留水10mL(又は5mL)を加えた。次いで、試験管立てに試験管をテープで固定し、水を添加して所定の日数後に、水がこぼれないように、試験管立てを両手で持ち、水平に円を描くように激しく震盪し、その直後に様子を観察した。そして、観察時における水が濁った程度によって、被覆層の耐水性を○(ほとんど濁らない)、△(少し濁る=機能性資材の大半は種子に付着を維持)、×(著しく濁る=機能性資材の大半は種子から剥離)に分類して評価した。
【0082】
被覆種子を製造する「作業性」は、被覆種子を製造したときに、種子同士の結合が実質的にない場合を○、種子同士の結合が見られるが、乾燥後に容易に分離できる(容器に入れて揺することで分離可)場合を△、種子同士が強く結合し、乾燥後に分離しにくく、分離に手間がかかる場合を×に分類して評価した。
【0083】
〔実施例1:PVAのケン化度が、種子の被覆強度に及ぼす影響〕
風乾水稲種子(品種:にこまる)に対し、風乾種子重の50%重の酸化鉄(ヘマタイト、三酸化二鉄)粉末(DOWA IPクリエイション(株)製、ヘマタイト#32、平均粒径90μm前後、以下「粗粒酸化鉄」と称する:機能性資材の一例)と、0.2mmolMo/g風乾種子(風乾種子重の3.3%重)に相当するモリブドリン酸カリウム(日本新金属(株)製:機能性資材の一例)とをよく混合した。なお、モリブドリン酸カリウムは、湛水条件下での硫化物イオンの生成抑制剤としても機能する。
【0084】
次いで、室温において霧吹きで水を添加しながら機能性資材の混合物と種子とを一緒に攪拌することで、種子の表面に機能性資材の混合物を付着させた後、室温で自然乾燥させて参照用の被覆種子を製造した。
【0085】
また、これとは別に、粗粒酸化鉄とモリブドリン酸カリウムとの混合物(機能性資材の混合物)に対し、当該混合物の総重量の1%重のPVAを粒子状固体のままよく混合して用いた点以外は、PVAを混合しない上記場合と同様にして、水を添加しながら、風乾水稲種子の表面に機能性資材の混合物とPVAとを付着させた後、室温で自然乾燥させて被覆種子を製造した。
【0086】
用いたPVAは、重合度が1,500〜1,800程度の、ケン化度が異なる4種類(1.和光純薬工業(株)製、試薬特級、ケン化度78〜82mol%、以下、PVA品種を「Wako」と略。2.日本酢ビ・ポバール(株)製、品種:JP−18S、ケン化度86〜90mol%。3.日本酢ビ・ポバール(株)製、品種:JM−17S、ケン化度95.5〜97.5mol%。4.日本酢ビ・ポバール(株)製、品種:JF−17S、ケン化度98〜99mol%。)である。他の実施例で用いたPVAとあわせて、これらPVAの特性を表1に示す。なお、JP−18S、JP−20S、JP−24S、JM−17S、JF−17S、V−S08は、粒径が150μm以下(#100パス品)の微粉末で、他よりも特に細かい。
【0087】
【表1】
【0088】
次いで、得られた5種類の被覆種子について、「浸漬前剥離割合(30秒震盪)」、及び「耐水性(種子10粒/水10mL)」の評価を行った。得られた結果を図1及び表2に示す。
【0089】
【表2】
【0090】
表2に示すように、浸漬前剥離割合は、PVAを混合しないと半分近くとなり、PVAを添加すると著しく低下した。また、完全ケン化型のJF−17S(ケン化度98〜99モル%)よりも他のPVAを用いる方が、漬前剥離割合がより一層低下した。
【0091】
また、被覆種子の耐水性は、図1に示すように、PVAを添加しないと資材の剥離が大きく、水が濁った。他方で、ケン化度がより高いJF−17S(ケン化度98〜99モル%)、JM−17S(ケン化度95.5〜97.5モル%)を用いたときは、他のPVAを用いたときに比べてより一層水が濁らず、水中における資材の剥離がほとんど起きず、耐水性が極めて高かった(表2)。
【0092】
以上の結果から、水溶性が低く、予め加熱溶解して用いることが一般的な完全ケン化型(JF−17S)及び中間ケン化型(JM−17S)のPVAを含めて、PVAを予め水に溶解することなく、粒子状固体のまま酸化鉄及び/又は種子と混合し、水を使って被覆層を形成させても、酸化鉄の被覆強度が十分に高まることが確認された。すなわち、水溶性が低く、高温で加熱溶解して用いることが一般的な完全ケン化型及び中間ケン化型のPVAに関しても、作業がより容易な、粉体のままでの利用が可能であると判明した。
【0093】
さらに、水田に播種する前の被覆種子同士の擦れに十分な耐性を付与する観点(浸漬前剥離割合を低減する観点)では、完全ケン化型よりもケン化度が低いPVAを用いることがより好ましいと考えられた。他方で、湛水した水田に播種したのちの機能性資材の剥離を防ぐ観点では、ケン化度がより高いPVAを用いることが望ましいと考えられた。すなわち、両条件に優れるPVAとして、中間ケン化型(JM−17S、ケン化度95.5〜97.5モル%)が特に好ましいと考えられた。
【0094】
〔実施例2:PVAのケン化度及び重合度が、種子の被覆強度に及ぼす影響(1)〕
PVAを添加しない場合と、表1に示した日本酢ビ・ポバール(株)製の9種類のPVAを用いた場合について、実施例1と同様にして、粗粒酸化鉄及びモリブドリン酸カリウムの混合物とPVA(PVAを使用する場合)とを被覆した被覆種子を作成した。そして、実施例1と同様の方法に従い、浸漬前剥離割合及び耐水性を調べた。ただし、耐水性の試験は、各試験管に5粒の被覆種子と5mLの水とを入れ、水を添加した4日後に試験管の震盪を行った。
【0095】
表3に示すように、浸漬前剥離割合は、PVAの添加によって低下し、また、部分ケン化型(ケン化度90mol%未満)のPVA≦中間ケン化型(ケン化度90〜98mol%)のPVA<完全ケン化型(ケン化度98mol%以上)のPVAという傾向がみられた。PVAのケン化度が低いほど親水性がより高く、室温で水に溶解し易いために、粘性が得られやすいためと推定される。
【0096】
さらに、粉末状のPVAは、顆粒状のPVAよりも、浸漬前剥離割合が低くなる傾向があった。これは、粉末状のPVAの方が酸化鉄等の機能性資材とより均一に混合し易く、しかも比表面積が大きいので表面が部分的に溶解し易いからと推定された。また、特に顆粒状のPVAを用いる場合には、重合度が所定の範囲内(1000以上で5000以下、好ましくは1500以上で3500以下、より好ましくは1500以上で2500以下、さらに好ましくは1700以上で2400以下)であるほうが浸漬前剥離割合が低くなる傾向があった。
【0097】
また、耐水性の試験の結果は、表3に示すように、部分ケン化型(ケン化度90mol%未満)のPVAに比べて、完全ケン化型(ケン化度98mol%以上)及び中間ケン化型(ケン化度90〜98mol%)のPVAの方が、水がより濁りにくく、かつ水中における機能性資材の剥離がより生じにくいという傾向が見られた。また、PVAの重合度は大きいほど、耐水性がより高まる傾向がみられた。
【0098】
以上の結果から、浸漬前の機能性資材の剥離割合が低くかつ耐水性を兼ね備える観点では、中間ケン化型(ケン化度90〜98mol%)のPVAがより好ましく、中でもJM−17S(ケン化度95.5〜97.5モル%、重合度1,700)が特に好ましいと考えられた。
【0099】
【表3】
【0100】
〔実施例3:PVAのケン化度及び重合度が、種子の被覆強度に及ぼす影響(2)〕
粗粒酸化鉄(平均粒径90μm前後)の代わりに、平均粒径0.2μm程度の酸化鉄(和光純薬工業(株)製、酸化鉄(III)(三酸化二鉄)、和光一級、以下「細粒酸化鉄」)を用いた点以外は、実施例2に記載の方法に従い、重合度及びケン化度が異なるPVAを用いて、細粒酸化鉄及びモリブドリン酸カリウムの混合物とPVA(PVAを用いる場合)とを被覆した被覆種子を作成し、浸漬前剥離割合と耐水性(種子5粒/水5mL、水を添加して4日後に試験管の震盪)とを調べた。なお、本実施例で用いた酸化鉄は通常は、顔料(ベンガラ)、又は工業用の資材として用いられるもので、農業用の資材として汎用されるものではない。
【0101】
粗粒酸化鉄を用いた場合に比べて、細粒酸化鉄を用いると、浸漬前剥離割合は著しく低下した(表4参照)。なお、部分ケン化型(ケン化度90mol%未満)のPVA及び中間ケン化型(ケン化度90〜98mol%)のPVAを用いた場合は、完全ケン化型(ケン化度98mol%以上)のPVAを用いた場合と比べて、浸漬前剥離割合はさらに低い結果が得られた。
【0102】
耐水性に関しては、細粒酸化鉄を用いるよりも粗粒酸化鉄を用いた場合(実施例2)の方が耐水性により優れる傾向が得られた(結果は図示せず)。また、表4に示すように、細粒酸化鉄を用いる場合、耐水性に特に優れるという観点では、中間ケン化型(JM−17S,JM−33,ケン化度90〜98mol%)及び完全ケン化型(JF−17S)のPVAが好ましく、中間ケン化型がより好ましいことが判った。
【0103】
以上の結果から、細粒酸化鉄でも、PVAを予め溶解させず、粒子状固体のままで、機能性資材と直接混合することによって種子の被覆が可能であることが判る。また、細粒酸化鉄を機能性資材として用いる場合、PVAは、中間ケン化型(ケン化度90〜98mol%)が好ましく、中でもJM−17S(ケン化度95.5〜97.5モル%、重合度1,700)がより好ましいと考えられた。
【0104】
【表4】
【0105】
〔実施例4:PVAの混合比率が種子の被覆強度に及ぼす影響(1)〕
PVAとして後述する量のJM−17Sのみを粒子状固体のまま用いた点以外は、実施例2と同様にして、風乾水稲種子重の50%重の粗粒酸化鉄(機能性資材)及び0.2mmolMo/g風乾種子のモリブドリン酸カリウム(機能性資材)の混合物とPVA(PVAを用いる場合)とを被覆した被覆種子を作成した。ここで、PVA(JM−17S)の使用量は、機能性資材の混合物の総重量に対して0〜10%重(以下、「PVA比率」)とした。
次いで、得られた被覆種子について、実施例2と同様にして、浸漬前剥離割合と耐水性(種子5粒/水5mL)とを調べた。ただし、耐水性の試験は、各試験管に5粒の被覆種子と5mLの水とを入れ、水を添加した3日後に試験管の震盪を行った。あわせて、被覆種子を製造する「作業性」も評価し、表5に評価結果を記載した。
【0106】
耐水性の試験の結果は、表5に示すように、被覆種子を水に浸漬したとき、PVA比率が0.5%重でも、水が濁りにくく、耐水性を十分に示す傾向がみられた。
【0107】
また、PVA比率が高くなるほど、浸漬前剥離割合が低下する傾向が見られた。そして、PVA比率が3%重以上としたときに、浸漬前剥離割合が1%程度に低下したことから、水に浸漬する前の被覆種子の安定性という観点では、PVA比率は2%〜3%重以上が好ましいと考えられた。
【0108】
他方で、PVA比率が低くなるほど、種子同士の結合が抑制されて、被覆作業の効率(作業性)がより向上するという傾向が見られた。また、PVA比率が低くなるほど、水が濁りにくくなる傾向も得られた。PVA比率が低くなるほど水が濁りにくくなり、耐水性が向上する傾向となったのは、PVA比率が低くなるほど作業性が向上して、種子をより均質に被覆しやすくなることを反映している可能性も考えられた。より具体的には、PVA比率が5%重未満では、種子同士が互いに強く付着し難く、被覆作業が比較的効率よく行い得た(表5参照)。
【0109】
以上から、粗粒酸化鉄の被覆において、PVA比率の下限は2〜3%重程度が好ましく、PVA比率の上限は5%重程度が好ましいと考えられた。そして、PVA比率はより好ましくは2%重〜4%重の範囲内であり、特に好ましくは2%重〜3%重の範囲内と考えられた。
【0110】
【表5】
【0111】
〔実施例5:PVAの混合比率が種子の被覆強度に及ぼす影響(2)〕
PVAとして後述する量のJM−17Sのみを粒子状固体のまま用いた点、及びモリブドリン酸カリウムを使用しなかった点以外は、実施例3と同様にして、風乾水稲種子重の50%重の細粒酸化鉄とPVA(PVAを用いる場合)とを被覆した被覆種子を作成した。ここで、PVA(JM−17S)の使用量は、実施例3の結果も参照して、機能性資材である酸化鉄の重量の0〜1%重(以下、「PVA比率」)とした。
【0112】
次いで、得られた被覆種子について、実施例3と同様にして、浸漬前剥離割合と耐水性(種子10粒/水10mL)とを調べた。ただし、耐水性の試験は、各試験管に10粒の被覆種子と10mLの水とを入れ、水を添加した10日後に試験管の震盪を行った。
【0113】
表6に示すように、試験をしたPVA比率の範囲内では、PVA比率が高くなるほど浸漬前剥離割合がより低下した。また、浸漬前剥離割合が1%以下に低下するので、PVA比率は0.4%重以上が好ましいと考えられた。
【0114】
また、耐水性の試験の結果は、表6に示すように、被覆種子を水に浸漬したとき、PVA比率が0.05%重でも水が濁りにくくなることが確認でき、さらにPVA比率が0.2%重以上で水の濁りがなくなり、より一層優れた耐水性が得られた。
【0115】
以上の結果から、粗粒酸化鉄に比べて細粒酸化鉄では、被覆に用いるPVA比率がより低くてよいこと、より具体的には、十分な被覆強度を備えるためには、PVA比率が0.4%重以上で1%重以下程度の範囲内で十分であることが示唆された。
【0116】
【表6】
【0117】
〔実施例6A−1:粒径の異なる機能性資材の混合物が種子の被覆強度に及ぼす影響(1)〕
JM−17Sの使用量としてPVA比率を1%重に固定し、細粒酸化鉄と粗粒酸化鉄とを適宜混合して機能性資材として用いた以外は、実施例5と同様にして被覆種子を作成し、被覆種子の浸漬前剥離割合(ただし30秒震盪ではなく60秒震盪)及び耐水性(種子10粒/水10mL)を調べた。あわせて、被覆種子を製造する「作業性」も評価した。細粒酸化鉄と粗粒酸化鉄との混合割合は、表7の細粒割合、粗粒割合に示す通りの重量比とし、その合計量は常に風乾水稲種子重の50%重とした。ただし、耐水性の試験は、各試験管に10粒の被覆種子と10mLの水とを入れ、水を添加した6日後に試験管の震盪を行った。
【0118】
表7に示す通り、浸漬前剥離割合は、細粒酸化鉄の混合割合が多くなるほど低下した。例えば、粗粒酸化鉄と細粒酸化鉄とを半分ずつ混合することにより、浸漬前剥離割合は1%程度まで低下した。
【0119】
また、耐水性の試験の結果は、表7に示すように、いずれの条件でも耐水性は非常に高かった。また、細粒酸化鉄の割合が80%未満の場合は、種子同士の付着が非常に少なく、被覆作業の作業性に特に優れていた。
【0120】
粗粒酸化鉄は細粒酸化鉄と比べて飛散が少ないという利点がある一方で、細粒酸化鉄と同等の浸漬前剥離割合を確保するためには、より高いPVA比率が求められる。しかし、本実施例の結果から、必要に応じて粗粒酸化鉄を細粒酸化鉄と混合して使用することで、比較的低いPVA比率で、十分な被覆強度を確保できることが示唆された。
【0121】
【表7】
【0122】
〔実施例6A−2:粒径の異なる機能性資材の混合物が種子の被覆強度に及ぼす影響(2)〕
JM−17Sの使用量としてPVA比率を2%重又は3%重に固定し、細粒酸化鉄と粗粒酸化鉄とを適宜混合して機能性資材として用いた以外は、実施例5と同様にして被覆種子を作成し、被覆種子の浸漬前剥離割合(ただし30秒震盪ではなく60秒振盪)及び耐水性(種子10粒/水10mL)を調べた。あわせて、被覆種子を製造する「作業性」も評価した。細粒酸化鉄と粗粒酸化鉄との混合割合は、表8の細粒割合、粗粒割合に示す通りの重量比とし、その合計量は常に風乾水稲種子重の50%重とした。ただし、耐水性の試験は、各試験管に10粒の被覆種子と10mLの水とを入れ、水を添加した6日後に試験管の震盪を行った。
【0123】
表8に示す通り、PVA比率が1%重の場合(表7参照)と比べると、何れも浸漬前剥離割合が低下する傾向があった。ただし、PVA比率が2%重のほうが、当該比率が3%重の場合よりも、種子どうしが付着しがたく作業性がより一層優れていた。
【0124】
また、細粒酸化鉄を粗粒酸化鉄に混合すると、被覆のむらがより小さくなり、かつ被覆層の表面がより滑らかになることが目視で明確に確認できた(データを図示せず)。水に浸漬する前の機能性資材の剥離は、種子同士の擦れの寄与が高いと考えられる。したがって、細粒酸化鉄を粗粒酸化鉄に混合して被覆層の表面を円滑にすることは、被覆むらの発生を抑え、機能性資材の剥離を減らすための有効な手段となる。
【0125】
実施例6A−1及び6A−2の結果から、植物種子を酸化鉄で被覆する場合、粗粒酸化鉄に細粒酸化鉄を加えることによって、被覆の作業性を良好な範囲で維持しつつ、被覆むらの発生を抑え、被覆層の表面を滑らかにして、被覆強度を確保できる。このとき、PVA比率の一例は、1%重以上で3%重以下の範囲内で用いることが特に好ましい。
【0126】
【表8】
【0127】
〔実施例6B:PVAの添加が水稲種子の各種酸化鉄資材の被覆強度に及ぼす影響〕
機能性資材として酸化鉄の種類を変え、JM−17Sの使用量としてPVA比率を1〜5%重とした以外は、実施例5と同様にして、風乾水稲種子重の50%重の酸化鉄を被覆した被覆種子を作成し、被覆種子の浸漬前剥離割合(ただし30秒震盪)及び耐水性(種子10粒/水10mL、水を添加して13日後)を調べた。酸化鉄は、(1)実施例3で示した細粒酸化鉄[Fe(w)と略]、(2)酸化鉄(三酸化二鉄、JFEケミカル(株)製、JC−CPW、平均粒径約0.9μm)[Fe(js)と略]、(3)実施例1で示した粗粒酸化鉄[Fe(d)と略]、(4)粉鉱石微粉(三酸化二鉄、JFEスチール(株)製、75μm以下を篩で採取)[Fe(jl)と略]、(5)酸化第一鉄(分子式FeO、半井化学薬品(株)製)[Fe(n)と略]、(6)ミルスケール微粉(JFEスチール(株)製、酸化第一鉄を主体とする三酸化二鉄との混合物)[Fe(j)と略]、(7)四酸化三鉄(和光純薬工業(株)製、四三酸化鉄)[Fe(w)と略]、以上の7種類とした。
【0128】
表9に示したように、PVA比率が上昇するほど浸漬前剥離割合が低下した。また、PVAを用いない浸漬前剥離割合は酸化鉄の種類に依存し、粒径が小さい三酸化二鉄(Fe(w)とFe(js))及び四酸化三鉄(Fe(w))は、PVA比率1%程度で、浸漬前剥離割合が2%未満となった。一方、粒径が大きい三酸化二鉄(Fe(d)とFe(jl))及び酸化第一鉄(Fe(n))は、PVA比率5%程度で、浸漬前剥離割合が2%未満となった。酸化第一鉄と三酸化二鉄との混合物(Fe(j))の浸漬前剥離割合は、PVA比率2%程度で、浸漬前剥離割合が2%未満となった。いずれの資材も1%重のPVAを加えると十分な耐水性が得られた。
【0129】
【表9】
【0130】
〔実施例6C:PVAの添加が水稲種子の還元鉄の被覆強度に及ぼす影響〕
機能性資材として還元鉄を用いた以外は、実施例6Bと同様にし、JM−17Sの使用量としてPVA比率を1〜5%重として、風乾水稲種子重の50%重の還元鉄を被覆した被覆種子を作成した(一般的な鉄被覆で添加される石膏は添加していない)。種子に還元鉄を被覆した場合、還元鉄が錆びる過程で被覆強度が上がる。しかし、PVAの役割の一つは錆の形成までの強度を維持することと考えて、錆の形成が十分に進んでいない条件で、被覆強度を調査した。すなわち、被覆種子作成後は、追加の加水をせず、すぐに通風乾燥して、錆色への変色が見られない状態で、被覆種子の浸漬前剥離割合(ただし30秒震盪)及び耐水性(種子10粒/水10mL、ただし水を添加して3日後)を調べた。還元鉄は、(1)還元鉄(和光純薬工業(株)製、和光一級、見た目と手触りから次に示すFe(j)より粒径が小さい)[Fe(w)と略]、(2)還元鉄(JFEスチール(株)製、鉄粉(J6)、平均粒径約65μm)[Fe(j)と略]、以上の2種類とした。
【0131】
表10に示したように、PVA比率が上昇するほど浸漬前剥離割合が低下した。また、PVAを添加しない場合、浸種すると水の懸濁が見られたが、PVAを加えると懸濁が無くなり、高い耐水性が得られた。
【0132】
【表10】
【0133】
〔実施例7−1:PVAの添加が種子の被覆強度に及ぼす影響〕
風乾水稲種子(品種:にこまる)に対し、0.2mmolMo/g風乾種子に相当する各種モリブデン資材(機能性資材)、及びPVA(JM−17S、PVA比率1%重、粒子状固体のまま使用)を用いて、実施例1と同様にして、霧吹きで水を添加しながら種子の表面にモリブデン資材とPVAとを付着させ、室温で自然乾燥させることにより被覆種子を製造した。また、参照用としてPVAを用いない以外は、上記と同様の条件に従い、参照用の被覆種子を製造した。
【0134】
なお、使用したモリブデン資材は、何れも微溶性の、三酸化モリブデン(日本無機化学工業(株)製、以下「MoO」と略)、モリブドリン酸アンモニウム(日本新金属(株)製、以下「MoPNH」と略)、又はモリブドリン酸カリウム(日本新金属(株)製、以下「MoPK」と略)である。
【0135】
次いで、実施例1と同様にして、得られた被覆種子の浸漬前剥離割合(30秒振盪)と耐水性(10粒/10mL)とを調べた。なお、耐水性は、水を添加して4日後(播種後4日後と同義)に試験管の震盪を行い、震盪直後の状態で評価した。
【0136】
使用したモリブデン資材は何れも水の添加により硬化する性質があるため、PVAを使用しなくとも浸漬前剥離割合は比較的低かった。しかし、PVAの添加によって浸漬前剥離割合は何れも1%未満と極めて低くなった(表11参照)。また、図2及び表11に示すように、PVAを添加した被覆種子では、耐水性の試験において水の濁りが抑制され、参照用の被覆種子と比較して耐水性がより向上した。
【0137】
【表11】
【0138】
〔実施例7―2:PVAの添加が種子の被覆強度に及ぼす影響2〕
風乾水稲種子(品種:にこまる)に対し、風乾種子重の10%重に相当する各種タングステン資材(機能性資材)、及びPVA(JM−17S、PVA比率10%重、粒子状固体のまま使用)を用いて、実施例7−1と同様にして、霧吹きで水を添加しながら種子の表面にタングステン資材とPVAとを付着させ、室温で自然乾燥させることにより被覆種子を製造した。また、参照用としてPVAを用いない以外は、上記と同様の条件に従い、参照用の被覆種子を製造した。
【0139】
なお、使用したタングステン資材は、何れも微溶性の三酸化タングステン(WO)、タングステン酸(WH)、及びタングストリン酸アンモニウム(WPNH)であり、これら資材は、和光純薬工業(株)製である。
【0140】
次いで、実施例1と同様にして、得られた被覆種子の浸漬前剥離割合(30秒振盪)と耐水性(10粒/10mL)とを調べた。なお、耐水性は、水を添加して13日後(播種後13日後と同義)に試験管の震盪を行い、震盪直後の状態で評価した。
【0141】
使用したタングステン資材は何れも水の添加により硬化する性質があるため、PVAを使用しなくとも浸漬前剥離割合は比較的低かった。しかし、PVAの添加によって浸漬前剥離割合は何れも2%以下と低くなった(表12参照)。また、PVAを添加した被覆種子では、耐水性の試験において水の濁りの発生が低下し、参照用の被覆種子と比較して耐水性がより向上した(表12参照)。
【0142】
【表12】
【0143】
〔実施例8−1:PVAの混合比率が種子の被覆強度に及ぼす影響(3)〕
風乾水稲種子(品種:にこまる)に対し、風乾種子重の50%重の過酸化カルシウム資材(和光純薬工業(株)、25重量%の過酸化カルシウム含有製品:機能性資材)又は粘土(ネオライト興産株式会社、大平DLクレー:機能性資材)と、PVA(JM−17S、PVA比率0〜10%重の範囲内で変更、粒子状固体のまま使用)とを用いて、実施例1と同様にして、霧吹きで水を添加しながら種子の表面に機能性資材とPVAとを付着させ、室温で自然乾燥させることにより被覆種子を製造した。
【0144】
次いで、実施例1と同様にして、得られた被縮種子の浸漬前剥離割合(30秒振盪)と耐水性(10粒/10mL)とを調べた。なお、耐水性は、水を添加して1日後(播種後1日後と同義)に試験管の震盪を行い、震盪直後の状態で評価した。
【0145】
表13に示すように、過酸化カルシウム資材の被覆では、PVAを添加しないと浸漬前剥離割合は30%を超えたが、PVAをPVA比率1%重で添加すると浸漬前剥離割合は1%と著しく低くなった。また、過酸化カルシウム資材は、PVAを添加しなくても種子の被覆ができるが、亀裂が入り剥離が起きやすかった。しかし、PVAを添加すると、亀裂が入らず剥離しにくくなった。
【0146】
また、耐水性の試験の結果、過酸化カルシウム資材は、PVAを添加しなくても水に浸漬時の崩壊が小さかったが、PVAを添加することで水に浸漬時の崩壊がより一層抑えられて、耐水性もより一層高まった(表13も参照)。
【0147】
一方、粘土による被覆では、PVAを添加しないと被覆強度が著しく弱く、PVA比率が高まるに従って、浸漬前剥離割合も浸漬時の濁りも低下し、被覆強度が高まる傾向がみられた(表13参照)。
【0148】
【表13】
【0149】
〔実施例8−2 部分ケン化PVAと完全ケン化PVAとの混合による水稲種子の被覆〕
風乾水稲種子(品種:にこまる)に対し、風乾種子重の50%重の粗粒酸化鉄(実施例1と同様のもの:機能性資材)及びモリブドリン酸カリウム(0.2mmolMo/g風乾種子:機能性資材)の混合物と、PVAとを用いて、実施例1と同様にして、霧吹きで水を添加しながら種子の表面に機能性資材とPVAとを付着させ、室温で自然乾燥させることにより被覆種子を製造した。
【0150】
PVAとしては、PVA比率1%重で、JF−17S、JP−18S、又はJM−17Sを用いた場合に加えて、PVA比率1%重ずつのJF−17SとJP−18Sとの混合物を用いた場合について検討をした。
【0151】
そして、実施例1と同様の方法に従い、浸漬前剥離割合及び耐水性を調べた。ただし、耐水性の試験は、各試験管に10粒の被覆種子と10mLの水とを入れ、水を添加した8日後に試験管の震盪を行った。
【0152】
表14に示すように、浸漬前剥離割合は、JP−18S、JM−18S、又はJP−18SとJF−17Sの混合物を用いた場合に11%以下となり、JF−17Sのみを用いた場合(46%)よりも著しく低くなった。また、耐水性はJF−17S、又はJM−17Sを用いた場合に著しく高く、JP−18Sのみを用いた場合、水中での被覆資材の懸濁がやや見られた(図3)。以上から、中間ケン化PVAは単独で、水に浸漬前の剥離の防止、及び耐水性を兼ね備えることができる。しかし、部分ケン化PVAを用いることで水に浸漬前の剥離を防ぎ、完全ケン化PVAを用いることで耐水性が得られ、両者を併用すれば、水に浸漬前の剥離の防止、及び耐水性を兼ね備えることができる。
【0153】
【表14】
【0154】
〔実施例9:酸化鉄とモリブデン資材との混合物による被覆〕
風乾水稲種子(品種:にこまる)に対し、風乾種子重の50%重の細粒酸化鉄(機能性資材)と、各種モリブデン資材(機能性資材)と、PVA(JM−17S、PVA比率1%重、粒子状固体のまま使用)とを用いて、実施例1と同様にして、霧吹きで水を添加しながら種子の表面に機能性資材とPVAとを付着させ、室温で自然乾燥させることにより被覆種子を製造した。
【0155】
なお、使用したモリブデン資材は、三酸化モリブデン(日本無機化学工業(株)製)、モリブドリン酸アンモニウム(日本新金属(株)製)、又はモリブドリン酸カリウム(日本新金属(株)製)である。また、各種モリブデン資材の使用量は、0、0.02、0.05、0.1、0.2、0.5、1、及び2mmolMo/g風乾種子に相当する量である。
【0156】
いずれの被覆種子でも、機能性資材の剥離はみられず、水中に入れても崩壊しなかった。
【0157】
〔実施例10:水稲種子におけるモリブデン資材又はタングステン資材での被覆〕
風乾水稲種子(品種:にこまる)に対し、各種モリブデン資材又はタングステン資材(機能性資材)と、PVA(JM−17S、PVA比率1%重、粒子状固体のまま使用)とを用いて、実施例1と同様にして、霧吹きで水を添加しながら種子の表面に機能性資材とPVAとを付着させ、室温で自然乾燥させることにより被覆種子を製造した。
【0158】
使用したモリブデン資材又はタングステン資材は、0.1,0.2,0.5,及び1mmolMoまたはW/g風乾種子に相当する量のモリブデン金属粉末(日本新金属(株)製、Mo−H)またはタングステン金属粉(日本新金属(株)製、W−H)である。
【0159】
いずれの被覆種子でも、機能性資材の剥離はみられず、水中に入れても崩壊しなかった。
【0160】
〔実施例11:麦類及び蕎麦の種子におけるモリブデン資材又はタングステン資材での被覆〕
風乾小麦種子(品種:チクゴイズミ)、風乾大麦種子(品種:ニシノチカラ)、及び風乾蕎麦種子(品種:さちいずみ)に対し、各種モリブデン資材又はタングステン資材(機能性資材)と、PVA(JM−17S、PVA比率1%重、粒子状固体のまま使用)とを用いて、実施例1と同様にして、霧吹きで水を添加しながら種子の表面に機能性資材とPVAとを付着させ、室温で自然乾燥させることにより被覆種子を製造した。
【0161】
使用したモリブデン資材又はタングステン資材は、0.1または0.2mmolMoまたはW/g風乾種子に相当する量の、三酸化モリブデン(日本無機化学工業(株)製)、モリブドリン酸アンモニウム(日本新金属(株)製)、モリブドリン酸カリウム(日本新金属(株)製)、及びタングストリン酸アンモニウム(和光純薬工業(株)製)である。
【0162】
いずれの被覆種子でも、機能性資材の剥離はみられず、水中に入れても崩壊しなかった。
【0163】
〔実施例12:大豆種子におけるモリブデン資材又はタングステン資材での被覆〕
風乾大豆種子(品種:フクユタカ)に対し、各種モリブデン資材又はタングステン資材(機能性資材)と、PVA(JM−17S、PVA比率2%重、粒子状固体のまま使用)とを用いて、実施例1と同様にして、霧吹きで水を添加しながら種子の表面に機能性資材とPVAとを付着させ、室温で自然乾燥させることにより被覆種子を製造した。
【0164】
使用したモリブデン資材又はタングステン資材は、0.5mmolMo/g風乾種子に相当する量の、三酸化モリブデン、モリブデン酸、モリブドリン酸アンモニウム、モリブドリン酸カリウム、三酸化タングステン、タングステン酸、またはタングストリン酸アンモニウム、及びモリブドリン酸アンモニウムである。なお、これら資材は、モリブドリン酸カリウムのみ日本新金属(株)製で、他は和光純薬工業(株)製である。
【0165】
いずれの被覆種子でも、機能性資材の剥離はみられず、水中に入れても崩壊しなかった。
【0166】
〔実施例13:多量の水稲種子に対する酸化鉄の被覆〕
風乾水稲種子(品種:にこまる)3kgを網袋に入れて室温で1日間、水に浸漬した。この水稲種子を、脱水機(クボタSW−11)で30秒間、脱水した。この風乾3kg分の浸漬脱水種子に対して、風乾種子重の10%、20%、30%、40%、または50%の酸化鉄粉末(森下弁柄工業(株)製、品名:No.1094、酸化鉄(III)(99重量%)、平均粒径 0.57μm)と、当該酸化鉄粉末の1%重に相当するPVA(JM−17S)とを充分に混合した混合粉末を準備した。種子コーティングマシン(啓文社製作所 KC−151)に、風乾3kg分の浸漬脱水種子を入れ、コーティングマシンのドラムを回転させながら、上記混合粉末を少しずつ添加した。混合粉末の添加量が多くなると、種子に付着しない混合粉末が生じる状態になるため、その際は、霧吹きで種子に水を添加して、混合粉末を種子に付着させた。さらに、混合粉末を少しずつ添加し、霧吹きで水を加えるという操作を繰り返して、全ての混合粉末を種子に付着できた。
【0167】
また、水への浸漬日数を1日から3日に変更し(発芽している種子は見られなかった)、風乾種子重の20%または50%の上記酸化鉄粉末(森下弁柄工業(株)製、品名:No.1094)を当該酸化鉄粉末の1%重に相当する上記PVA(JM−17S)と混合して得た混合粉末を用いて、上記と同様に、被覆種子を作成した。また、同様に、風乾種子重の20%または50%の上記酸化鉄粉末(森下弁柄工業(株)製、品名:No.1094)に、0.05mmolMo/g風乾種子に相当する量のモリブドリン酸アンモニウムを加え、さらに酸化鉄粉末とモリブドリン酸アンモニウムの合計重量の1%重に相当する上記PVA(JM−17S)を加えた混合粉末でも、被覆種子を作成した。
【0168】
被覆種子作成後は、3cm程度の厚さに広げて、一晩、室温で乾燥させた。いずれの条件でも、乾燥時の剥離も、水中での剥離もほとんど見られず、正常に発芽した。
【0169】
〔参考例1:水稲の苗立ちに及ぼす石膏の影響〕
水稲の苗立ちに及ぼす石膏の影響について調べた。
【0170】
乾土100g相当量の水田湿潤土壌(福岡県筑後市の水田で採取、湿潤のまま冷蔵保管)を容器(直径約7cm円筒形)に採取した。これに、乾土の1.5倍重に相当する水溶液(土壌が分散しないように、乾土100kg/m換算で0.1molK/mとなるように塩化カリウムを溶解)を添加した。容器に蓋をして室温で1時間ほど振盪した後、4℃で2日間静置し、湛水土壌を作製した。作製した湛水土壌は、土層が約3.5cm、土壌表面上の水層が約1cmとなった。
【0171】
70%エタノールと、次亜塩素酸ナトリウム溶液(和光純薬工業より購入)の5倍希釈液とに、水稲(品種:ヒノヒカリ)の風乾種子を10分間ずつ浸漬して消毒した後、10℃の水に5日間、30℃の水に1日間程度浸漬し、わずかに発芽させた。この催芽種子に、風乾種子重に対してそれぞれ0.00,0.02,0.05,0.1,0.2,0.5,1,2倍重(8条件)の焼石膏(化学用焼きセッコウ、和光純薬工業より購入)を、霧吹きで水を添加しながら少量ずつ混合し、催芽種子に石膏(石膏量8条件)を付着させた。また、催芽種子と同様の方法で、風乾種子にも石膏(石膏量8条件)を付着させた。
【0172】
上述した湛水土壌に、これらの処理種子(催芽の有無×石膏量8条件=16処理)を播種した。1つの容器には、同じ処理を施した8個の種子を深さ15mm、約2cm間隔で播種し、軽く揺らして播種穴を塞いだ。各処理には6容器を充てた。播種した容器は蓋をせずに、1日のうち半日だけ蛍光灯が点灯する30℃の恒温器内に静置した(以下、「30℃催芽種子」あるいは「30℃風乾種子」と表記する)。
【0173】
さらに、風乾種子については、それぞれ0.00,0.005,0.01,0.02,0.05,0.1,0.2,0.5倍重(8条件)の焼石膏(化学用焼きセッコウ、和光純薬工業より購入)を付着させ、播種した容器を、上述した恒温器と同様であって20℃の恒温器内に静置した(以下、「20℃風乾種子」と表記する)。
【0174】
その後、土壌表面の水が蒸発により減った際に蒸留水を補った。播種約3週間後(20℃風乾種子は5週間後)に、各容器の苗立ち割合(第3葉抽出個体数の割合)を調査し、処理別の苗立ち割合の平均と標準誤差とを求めた。
【0175】
水稲の苗立ち割合は、催芽の有無及び処理温度にかかわらず、石膏を付着させない場合(焼石膏量が0倍重)が最も高く、石膏の付着量が多いほど低い傾向がみられた。20℃風乾種子では0.02倍重以上、30℃風乾種子では0.1倍重以上、また30℃催芽種子では1倍重以上の焼石膏を付着させた場合に、苗立ち割合が10%未満となった。
【0176】
別途、硝子容器の側面にこれらの処理種子を播種し、硝子越しに種子近傍を観察したところ、石膏の付着量が多いほど、種子近傍が黒くなった。この黒い物質は硫化鉄(FeS)と考えられ、有害な硫化物イオン(S2−)の生成を示唆する。この結果から、石膏(CaSO・nHO)に含まれる硫酸イオン(SO2−)が湛水土壌中で還元されて硫化物イオン(S2−)となっていると考えられた。すなわち、石膏が、水稲の苗立ちを悪化させる原因の一つとなっていると考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0177】
本発明は、作物を栽培する農業分野、特に稲作での広範な利用が可能である。
図1
図2
図3