【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成24年度、経済産業省、エネルギー使用合理化技術開発等委託事業「革新炭素繊維基盤技術開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
ポリアクリロニトリルが、数平均分子量Mnが3万以上、30万以下であり、重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比である分子量分布(Mw/Mn)が1以上、5以下のポリアクリロニトリルである、請求項1〜3のいずれかに記載の耐炎性を有するポリマーの製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に、本発明について、実施の形態とともに詳細に説明する。
本発明において、耐炎ポリマーとは耐炎性のある(耐炎性を有する)ポリマーであり、また、耐炎ポリマー含有溶液とは耐炎ポリマーを主とする成分が有機溶媒に溶解している溶液である。ここで、溶液としては粘性流体であり、賦形や成形する際に流動性を有するものであればよく、室温で流動性を有するものはもちろんのこと、例えば10℃以下の比較的低い温度で流動性のない固体やゲル状物であっても、加熱やせん断力により加工温度付近で流動性を有するもの全てを含む。
【0022】
また、本発明において、耐炎とは、「防炎」という用語と実質的に同義であり、「難撚」という用語の意味を含んで使用する。具体的に耐炎とは、燃焼が継続しにくい、すなわち燃えにくい性質を示す総称である。繊維の耐炎性の評価の一例としては、JIS L 1091(1977)に記載されている繊維の燃焼試験方法がある。また、耐炎ポリマーの段階においては単離の条件によってポリマーの形状・形態が変化し耐炎としての性質としてかなりバラツキを含みやすいので、一定の形状に成形せしめた後に評価する方法を採用するのが良い。
【0023】
本発明における耐炎ポリマーは、例えばPANからなる繊維を用いて得られる、通常耐炎繊維や安定化繊維と呼称される繊維において存在する構造と同一またはそれに類似する構造を有するものである。
【0024】
PANを前駆体とする場合であれば、耐炎ポリマーの構造は完全には明確となっていないが、PAN系耐炎繊維を解析した文献(ジャーナル・オブ・ポリマー・サイエンス,パートA:ポリマー・ケミストリー・エディション」(J.Polym.Sci.Part A:Polym.Chem.Ed.),1986年,第24巻,p.3101)では、ニトリル基の環化反応あるいは酸化反応によって生じるナフチリジン環やアクリドン環、水素化ナフチリジン環構造を有すると考えられており、構造から一般的にはラダーポリマーと呼ばれている。もちろん耐炎性を損なわない限り未反応のニトリル基が残存してもよいし、溶解性を損なわない限り分子間に微量架橋結合が生じることがあってもよい。
【0025】
本耐炎ポリマー自体またはその溶液の、核磁気共鳴(NMR)装置により13−Cを測定した場合、ポリマーに起因して150〜200ppmにシグナルを有する構造であることが好ましい。該範囲に吸収を示すことで、耐炎性が良好となる傾向がある。
【0026】
本発明に係る耐炎ポリマーは、PANをアミン系化合物によって変性し、ニトロ化合物により酸化したものである。
【0027】
ここでいう「アミン系化合物によって変性した」状態としては、アミン系化合物が原料のPANと化学反応を起こした状態、または水素結合もしくはファンデルワールス力等の相互作用によりポリマー中に取り込まれた状態が例示される。耐炎ポリマーがアミン系化合物によって変性されているか否かは、以下の方法でわかる。
【0028】
A.分光学的方法で、例えば先に示したNMRスペクトルや赤外吸収(IR)スペクトル等を用い、変性されてないポリマーとの構造との差を解析する方法。
B.後述する方法により液相耐炎化前後のポリマーの質量を測定し、耐炎ポリマー質量が原料のPANに対して質量増加しているか否かによって確認する方法。
【0029】
前者の方法Aの場合、通常空気酸化によって得られたポリマー(アミン変性なし)のスペクトルに対し、アミン系化合物で変性された耐炎ポリマーのスペクトルには変性剤として用いたアミン系化合物に由来する部分が新たなスペクトルとして追加される。
【0030】
後者の方法Bの場合、通常、一般にPAN系繊維の質量に対して、空気酸化された耐炎繊維は同程度の質量が得られるが、液相耐炎ポリマーはアミン系化合物で変性されることによりPANに対して、1.1倍以上、さらに1.2倍以上、さらに1.3倍以上に増加していることが好ましい。また、増加量としての上の方の値としては、3倍以下、さらに2.6倍以下、さらに2.2倍以下に増加している方が好ましい。かかる質量変化が小さすぎると、耐炎ポリマーの溶解が不十分となる傾向があり、耐炎成形品とした際や、炭素成形品とした際に、ポリマー成分が異物となる場合がありうる。一方、かかる質量変化が大きすぎるとポリマーの耐炎性を損なう場合がある。
【0031】
耐炎ポリマーを変性するために用いることのできるアミン系化合物は1級〜4級のアミノ基を有する化合物であればいずれでもよいが、具体的にはエチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、ペンタエチレンヘキサミン、N−アミノエチルピペラジン等のポリエチレンポリアミン等やオルト、メタ、パラのフェニレンジアミン等が挙げられる。
【0032】
特にアミノ基以外にも水酸基等の酸素、窒素、硫黄などの元素を有する官能基を有していることも好ましく、アミノ基とこのようなアミン以外の官能基とを含め2つ以上の官能基を有する化合物であることが反応性等の観点から好ましい。具体的にはモノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、N−アミノエチルエタノールアミン等のエタノールアミン類などが挙げられる。中でも、特にモノエタノールアミンがより好ましい。これらは1種または2種以上併用して用いることができる。アミノ基以外の官能基を有する化合物、例えば水酸基を有する場合、水酸基が耐炎ポリマーを変性することもあり得る。
【0033】
本発明におけるニトロ化合物は酸化剤であり、PANを酸化し、PANに高い耐炎性を与える。ニトロ化合物としては、具体的にニトロ系、ニトロキシド系等の酸化剤が挙げられる。中でも、特に好ましいものとして、ニトロベンゼン、o,m,p−ニトロトルエン、ニトロキシレン、o,m,p−ニトロフェノール、o,m,p−ニトロ安息香酸等の芳香族ニトロ化合物を挙げることができる。特に単純な構造を持つニトロベンゼンがより好ましく用いられる。これら酸化剤の添加量は特に限定されないが、PAN100質量部に対して、0.01〜100質量部が好ましく、1〜80質量部がより好ましく、1〜60質量部がさらに好ましい。かかる配合比とすることで最終的に得られる耐炎ポリマー含有溶液の濃度を前述した好ましい範囲に制御することが容易となる。
【0034】
PANをアミン系化合物の存在下、極性有機溶媒に溶解した後に、耐炎化する場合において、アミン系化合物および極性有機溶媒と酸化剤は、PANを加える前に混合していてもよく、PANと同時に混合してもよい。先にPANとアミン系化合物および極性有機溶媒等を混合し、加熱溶解してから、酸化剤を添加し耐炎ポリマーを得ることは、不溶性物が少ない点で好ましい。もちろん、PAN、酸化剤、アミン系化合物、極性有機溶媒以外の成分をかかる溶液に混合することが妨げられるものではない。
【0035】
かかるPANとアミン系化合物および極性有機溶媒等の混合液を適当な温度で加熱することによりPANの溶解および耐炎化を進行させる。この際、温度は、用いる溶剤や酸化剤によって異なるが、100〜350℃が好ましく、110〜300℃がより好ましく、120〜250℃がさらに好ましい。もちろん、予め耐炎化が進行したPANを溶解させた場合であっても加熱により更に耐炎化を進行させてもよい。
【0036】
なお、本発明で用いる耐炎ポリマー含有溶液中にはシリカ、アルミナ、ゼオライト等の無機粒子、カーボンブラック等の顔料、シリコーン等の消泡剤、リン化合物等の安定剤・難燃剤、各種界面活性剤、その他の添加剤を含ませても構わない。また、耐炎ポリマーの溶解性を向上させる目的で塩化リチウム、塩化カルシウム等の無機化合物を含有させることもできる。これらは、耐炎化を進行させる前に添加してもよいし、耐炎化を進行させた後に添加してもよい。
【0037】
PANの重合方法としては溶液重合法、懸濁重合法、乳化重合法等がある。
液相耐炎化において、原料のPANが不純物を多く含んでいると耐炎性と製糸性の高い耐炎ポリマーが得られない。さらに、絶対分子量が低いと製糸性が低下する傾向にある。この点において、高分子量で、不純物をほとんど有しないPANを容易に得るためには、PANの重合方法の中でも水系懸濁重合を用いる必要がある。水系懸濁重合の開始剤としては、過酸化ベンゾイルなどの過酸化物、アゾビスイソブチロニトリルなどのアゾビス化合物またはレドックス開始剤などが挙げられる。ここで、本発明者らは、水系懸濁重合においてレドックス重合開始剤を用いた場合、他種の重合開始剤を用いた場合よりも耐炎性と製糸性に優れる耐炎ポリマーが得られることを見出した。これは、レドックス重合開始剤により耐炎ポリマーの末端が無機的な末端を有するようになり、この末端が、他種の開始剤の末端などに比べて、反応を阻害せず、耐熱性の点でも優れているためと推測される。したがって、本発明において開始剤としてはレドックス開始剤を用いる必要がある。
【0038】
本発明において、水系懸濁重合により重合されたPANは、PAN中の硫黄(S)成分が0〜3000μg/gである必要があり、好ましくはPAN中の硫黄成分が100〜2500μg/gである。硫黄成分が3000μg/g以上であると、高い耐炎性を付与するニトロ化合物との反応性が著しく低下し、得られた耐炎ポリマーの耐炎性は低くなり、また製糸性も低下し、耐炎ポリマーを繊維にすることが困難になる。ここで、このPAN中の硫黄成分とは、PANに結合しているS成分を指し、溶媒に含まれるS成分ではない。
【0039】
さらに、製糸性および耐炎性の両面から、PANは、絶対数平均分子量Mnが3万以上、30万以下であり、重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比である分子量分布(Mw/Mn)が1以上、5以下であることが好ましい。絶対数平均分子量Mnが3万未満ならば製糸性が悪く、耐炎性も低下する傾向にある。絶対数平均分子量Mnが30万を超えるPANを用いると、粘度が高くなりすぎて、反応が進行しにくくなる。その分、濃度を低くして、反応させると、濃度が低いために、これも反応しにくくなり、耐炎性が低下する。分子量分布や絶対数平均分子量Mnは粘度検出器付きGPC/SEC(以下、単にGPC(Gel Permeation Chromatography)という)の測定から求められる。
【0040】
さらに、レドックス開始剤の中でも過硫酸系開始剤と亜硫酸系の開始剤の組み合わせが好ましい、さらに好ましくは、過硫酸アンモニウムと亜硫酸水素ナトリウムの組み合わせであるレドックス開始剤である。
【0041】
また、過硫酸系開始剤と亜硫酸系開始剤の組み合わせとしては、PANに対して過硫酸系開始剤を0.5〜6wt%または、亜硫酸系開始剤を0.25〜3wt%用いることが好ましい。この量未満では反応しづらく、分子量分布が悪くなり、製糸性と耐炎性が低下する。この量を超えると、得られるPANが高分子量体にならず、なおかつ反応が暴走する危険がある。さらには、PAN中の硫黄成分濃度が高くなり、耐炎性が低下する。さらに過硫酸系開始剤と亜硫酸系開始剤の組み合わせは、1:2の比率で用いると効率的に高分子量体を得やすい。
【0042】
過硫酸系開始剤と亜硫酸系開始剤の組み合わせは、硫黄成分を有しているので、重合したPANの硫黄成分が3000μg/gを超えていた場合、洗浄が必要となる。洗浄方法としては例えば下記の通りである。
(1)フラスコなどの容器に水系懸濁重合により得られたPANを入れ、その10倍以上の質量の水を注ぎ、70℃に加温し、撹拌羽により130rpmで1時間撹拌する。
(2)濾過圧20kPaで濾過をする。
(3)PAN中の硫黄成分の量に変化がなくなるまで、(1)と(2)を4回以上繰り返す。
【0043】
硫黄成分と絶対分子量のバランスは、耐炎性および製糸性から、PANの絶対数平均分子量Mnが5万以上30万以下、かつ硫黄成分の含有量が100μg/g以上2000μg/g以下であることがより好ましい。
【0044】
本発明に用いるPANは、ホモPANであってもよいし、共重合PANであってもよい。共重合PANは、耐炎化反応の進行しやすさおよび溶解性の点から、アクリロニトリル(以下、ANということもある。)由来の構造単位が好ましくは85モル%以上、より好ましくは90モル%以上、さらに好ましくは92モル%以上である共重合体であることが好ましい。
【0045】
具体的な共重合成分として、アリルスルホン酸金属塩、メタリルスルホン酸金属塩、アクリル酸エステル、メタクリル酸エステルやアクリルアミドなども共重合できる。また、上述の共重合成分以外にも、耐炎化を促進する成分として、ビニル基を含有する化合物、具体的には、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸等等を共重合することもでき、これらの一部又は全量を、アンモニア等のアルカリ成分で中和してもよい。
【0046】
PANを極性有機溶媒に溶解する場合には、PANの形状・形態としては粉末、フレーク、繊維状のいずれでもよく、重合中や紡糸時に発生するポリマー屑や糸屑等もリサイクル原料として用いることもできる。好ましくは粉末状、とりわけ100μm以下の微粒子となっていることが、溶媒への溶解性の観点から特に好ましい。
【0047】
さらに、本発明の耐炎ポリマーは、含有硫黄成分が0〜3000μg/gであることが好ましく、含有硫黄成分が50μg/g〜2000μg/gであることがさらに好ましい。ここでいう含有硫黄成分とは、耐炎ポリマーに結合しているS成分を指し、溶媒に含まれるS成分ではない。本発明の耐炎ポリマーの含有硫黄成分が3000μg/gを超えると、製糸性も低下する傾向にあり、さらに製糸した耐炎繊維を炭化する際に欠陥を生じやすくなる傾向にある。
【0048】
本発明で用いる耐炎ポリマーは有機溶媒を溶媒とする溶液(以下、耐炎ポリマー含有溶液という)とすることができる。耐炎ポリマー含有溶液の濃度は、濃度が低い場合、本発明自体の効果を損じないが、成形の際の生産性が低い傾向にあり、濃度が高い場合、流動性に乏しく成形加工しにくい傾向にある。紡糸することを考慮すると、8〜30質量%が好ましい。ここで耐炎ポリマー濃度は次の方法で求めることができる。
【0049】
耐炎ポリマー含有溶液を秤量し、約4gを500mlの蒸留水中に入れ、これを沸騰させた。一旦固形物を取り出し、再度500mlの蒸留水中に入れて、これを沸騰させる。残った固形分をアルミニウムパンに乗せ、120℃の温度のオーブンで1日乾燥し耐炎ポリマーを単離する。単離した固形分を秤量し、元の耐炎ポリマー含有溶液の質量との比を計算して濃度を求める。
【0050】
また、本発明で用いる耐炎ポリマーは、有機溶媒の中でも、特に極性有機溶媒を溶媒とする場合に溶液としやすい傾向にある。これは、アミン系化合物で変性された耐炎ポリマーは極性が高く、極性有機溶媒が該ポリマーをよく溶解するためである。
【0051】
ここで極性有機溶媒とは水酸基、アミノ基、アミド基、スルホニル基、スルホン基等を有するもので、さらに水との相溶性が良好なもので、具体例としては、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、分子量200〜1000程度のポリエチレングリコール、ジメチルスルホキシド(以下、DMSOと略記することもある。)、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドン等を用いることができる。これらは1種だけで用いてもよいし、2種以上混合して用いてもよい。とりわけ、DMSOは耐炎ポリマーが水中で凝固しやすく、また緻密で硬いポリマーとなりやすいため、湿式紡糸にも適用可能な点から好ましい。
【0052】
本発明における耐炎ポリマー含有溶液の粘度は、ポリマーを用いての賦形方法、成形方法、成形温度、口金、金型等の種類等によってそれぞれ好ましい範囲とすることができる。一般的には50℃での測定において1〜100000Pa・sの範囲で用いることができる。さらに好ましくは10〜10000Pa・s、さらに好ましくは20〜1000Pa・sの範囲である。かかる粘度は各種粘度測定器、例えば回転式粘度計、レオメータやB型粘度計等により測定することができる。いずれか1つの測定方法により上記範囲に入ればよい。また、かかる範囲外であっても紡糸時に加熱あるいは冷却することにより適当な粘度として用いることもできる。
【0053】
次に、本発明において耐炎ポリマー含有溶液を製造する方法の例について説明する。
本発明における耐炎ポリマー含有溶液を得る方法としては、以下の方法が例示される。
A.上述のようにPANを溶液中で耐炎化する方法。
B.単離した耐炎ポリマー成分を溶媒に直接溶解する方法。
【0054】
耐炎ポリマーを有機溶媒に直接溶解する場合には、溶解は常圧下に行ってもよいし、場合によっては加圧下あるいは減圧下で行ってもよい。溶解に用いる装置としては、通常の撹拌機付き反応容器以外にエクストルーダーやニーダー等のミキサー類を単独もしくは組み合わせて用いることができる。
【0055】
この場合、アクリル系ポリマー100質量部に対して、アミン系化合物と極性有機溶媒の合計を100〜1900質量部、より好ましくは150〜1500質量部用いて溶解することがよい。
【0056】
上記方法により得られた本発明で用いる耐炎ポリマー含有溶液中には未反応物や不溶性物やゲル等はない方が好ましいが、微量残存することもありうる。場合によっては、繊維化の前に、焼結フィルター等を用いて未反応物や不要物をろ過・分散することが好ましい。
【0057】
次に、耐炎ポリマーを使用した耐炎繊維について説明する。
本発明の耐炎繊維は、アミン系化合物で変性された耐炎ポリマーにより一部または全部が構成されてなる。通常、その耐炎繊維の単繊維は集合して、繊維束などの集合体を構成している。
【0058】
本発明の耐炎繊維の態様では、その集合体における単繊維の断面積の変動係数を25%以下、好ましくは25%以下、より好ましくは20%以下とする。単繊維断面積の変動係数が小さくなる、すなわち単繊維断面積のバラツキが小さくなることによって、かかる耐炎繊維は、炭化処理段階での延伸性が向上し、より高倍率での延伸が可能となるため、高物性な炭素繊維が得られるようになる。ここで、単繊維断面積の変動係数は次のようにして求めることができる。すなわち、集合体を構成する単繊維が束状となるよう整列させ、その全体を樹脂で包埋し、その切片を顕微鏡観察し1000倍に拡大して写真をとり、単繊維全数が500本程度の場合は全数、1000本以上の場合でも全体の最低20%の本数をサンプリングし、単繊維断面積を例えば画像処理を用いて求め、その変動係数を計算で求めるのである。ここで変動係数とは母集団の標準偏差/平均値×100として定義される。
【0059】
本発明の耐炎繊維は、その比重が、1.1〜1.6であることが好ましく、1.15〜1.55がより好ましく、1.2〜1.5がさらに好ましい。かかる比重が小さすぎると単繊維内部に空孔が多く、繊維強度が低下する場合があり、逆に大きすぎると緻密性が高まりすぎ伸度が低下する場合がある。かかる比重は、JIS Z 8807(1976)に従った液浸法や浮沈法を利用して測定することができる。
【0060】
かかる本発明の耐炎繊維は、後述するように、前記耐炎ポリマー含有溶液を紡糸する工程と、溶媒を除去する工程を経て得ることができる。
【0061】
本発明の耐炎繊維は、長繊維状であっても短繊維状であってもよい。長繊維状の場合には引き揃えてそのまま炭素繊維の原料として用いる場合などに好適であり、短繊維状の場合には例えば捲縮糸として織物、編物、不織布等の布帛として用いる場合などに好適である。
【0062】
また、束状の繊維とする場合には、1束中の単繊維本数は使用目的によって適宜決められるが、高次加工性の点では、50〜100000本/束が好ましく、100〜80000本/束がより好ましく、200〜60000本/束が更に好ましい。
【0063】
また、各単繊維の繊度は、炭素繊維の原料とする場合には0.00001〜100dtexが好ましく、0.01〜100dtexがより好ましい。一方、布帛等に加工する場合には0.1〜100dtexが好ましく、0.3〜50dtexがより好ましい。また、単繊維の直径は、炭素繊維の原料とする場合は1nm〜100μmが好ましく、10nm〜50μmがより好ましい。一方、布帛に加工する場合は5〜100μmが好ましく、7〜50μmがより好ましい。
【0064】
また、各単繊維の断面形状は、円、楕円、まゆ型等、場合によっては不定形であってもよい。
【0065】
また、本発明の耐炎繊維は、単繊維の引張強度が0.1〜10g/dtexであることが好ましく、0.2〜9g/dtexであることがより好ましく、0.3〜8g/dtexであることがさらに好ましい。かかる引張強度は万能引張試験器(例えばインストロン社製、モデル1125)を用いて、JIS L1015(1981)に準拠して測定できる。
【0066】
また、耐炎繊維に含まれる溶媒成分の残存量は10質量%以下が好ましく、5質量%以下がより好ましく、1質量%以下が更に好ましい。かかる溶媒残存率が大きすぎると耐炎性が損なわれる場合がある。
【0067】
次に、本発明の耐炎繊維を得るに好適な耐炎繊維の製造方法について説明する。
耐炎ポリマーを含有する溶液を繊維状に紡糸する方法としては、プロセスの生産性を上げるために湿式紡糸法あるいは乾湿式紡糸法を採用する。
【0068】
具体的に、紡糸は前記した耐炎ポリマー含有溶液を紡糸原液とし、配管を通しブースターポンプ等で昇圧し、ギアポンプ等で計量押出し、口金から吐出することによって行うことができる。ここで、口金の材質としてはSUSあるいは金、白金等を適宜使用することができる。
【0069】
また、耐炎ポリマー含有溶液が口金孔に流入する前に、無機繊維の焼結フィルターあるいは合成繊維例えばポリエステルやポリアミドからなる織物、編物、不織布などをフィルターとして用いて、耐炎ポリマー含有溶液をろ過あるいは分散させることが、得られる耐炎繊維集合体において単繊維断面積のバラツキを低減させる面から好ましい。
【0070】
口金孔径としては0.01〜0.5mmφ、孔長としては0.01〜1mmの範囲の任意のものを使用できる。また、口金孔数としては10〜1000000の範囲の任意のものを使用できる。孔配列としては千鳥配列など任意とすることができるし、分繊しやすいように予め分割しておいてもよい。
【0071】
口金から直接または間接に凝固浴中に紡糸原液を吐出し、凝固糸を得る。凝固浴液は、紡糸原液に使用する溶媒と凝固促進成分とから構成するのが、簡便性の点から好ましく、凝固促進成分として水を用いるのがさらに好ましい。耐炎ポリマーとして水不溶性のものを選択すれば、水を凝固促進成分として用いることができる。凝固浴中の紡糸溶媒と凝固促進成分の割合、および凝固浴液温度は、得られる凝固糸の緻密性、表面平滑性および可紡性などを考慮して適宜選択して使用されるが、特に凝固浴濃度としては溶媒/水=0/100〜95/5の範囲の中の任意の濃度とすることができるが、30/70〜70/30が好ましく、40/60〜60/40が特に好ましい。また、凝固浴の温度は0〜100℃の中の任意の温度とすることができる。また、凝固浴としてはプロパノールやブタノール等の水との親和性を低減させたアルコールならば100%浴として用いることもできる。
【0072】
ここで、本発明の耐炎繊維の製造方法では、得られた凝固糸の膨潤度を、100〜1000質量%、好ましくは200〜900質量%、さらに好ましくは300〜800質量%とする。凝固糸の膨潤度がかかる範囲となることは凝固糸の粘り強さおよび変形のしやすさと大きく関係し可紡性に影響を与えることになる。膨潤度は可紡性の観点から決められ、さらに後工程の浴延伸性に影響を与えるし、かかる範囲であれば、得られる耐炎繊維において単繊維断面積の変動係数を小さくできる。なお、凝固糸の膨潤度は、凝固糸を形成する耐炎ポリマーと凝固浴との親和性および凝固浴の温度または凝固浴の濃度により制御することができ、特定の耐炎ポリマーに対し凝固浴の温度や凝固浴の濃度を前記した範囲とすることにより前記した範囲の膨潤度とすることができる。
【0073】
次に、凝固糸を、延伸浴で延伸するか、水洗浴で水洗するのがよい。もちろん、延伸浴で延伸するとともに、水洗浴で水洗してもよい。延伸倍率は、1.05〜5倍、好ましく、1.1〜3倍、より好ましくは1.15〜2.5倍とするのがよい。延伸浴には温水または溶媒/水が用いられ、溶媒/水の延伸浴濃度は0/100〜70/30の範囲の任意の濃度とすることができる。また水洗浴としては、通常温水が用いられ、延伸浴および水洗浴の温度は好ましく50〜100℃、より好ましくは60〜95℃、特に好ましくは65〜85℃である。
【0074】
本発明において、凝固が完了している繊維は、乾燥され、必要に応じて延伸して耐炎繊維となる。
【0075】
乾燥方法としては、乾燥加熱された複数のローラーに直接接触させることや熱風や水蒸気を送る、赤外線や高周波数の電磁波を照射する、減圧状態とする等を適宜選択し組み合わせることができる。通常熱風を送る場合、繊維の走行方向に並行流あるいは直交流させることによって行うことができる。輻射加熱方式の赤外線は遠赤外線、中赤外線、近赤外線を用いることができるし、マイクロ波を照射することも選択できる。乾燥温度は50〜450℃程度の範囲で任意に採ることができるが、 一般的に低温の場合には長時間、高温の場合には短時間で乾燥できる。
【0076】
乾燥後に延伸する場合、乾燥後の繊維の比重は、通常、1.15〜1.5、好ましくは1.2〜1.4、より好ましくは1.2〜1.35である。乾燥後の繊維集合体における単繊維の断面積の変動係数は、好ましくは5〜30%、より好ましくは7〜28%、さらに好ましくは10〜25%である。また、乾燥後の繊維集合体における単繊維の伸度は0.5〜20%であることが好ましい。さらに、乾燥後の繊維集合体は、示差走査熱分析(DSC)で求めた酸化発熱量(J/g)が50〜4000J/gであることが好ましい。場合によって連続乾燥ではなくバッチ的な乾燥を行うこともできる。
【0077】
かかる延伸工程には、温水または熱水を用いた浴延伸、またはスチーム(水蒸気)を用いた延伸、あらかじめ繊維に水を付与した後に乾熱装置やロールで加熱延伸するなど、繊維が水を含んだ状態で加熱する方法を用いることが好ましく、スチーム延伸によって加熱・延伸することが特に好ましい。これは本発明の耐炎繊維の製造に用いるアミン変性された耐炎ポリマーが、水によって著しく可塑化するという発見に基づくものである。
【0078】
浴延伸を用いる場合、その温度は好ましくは70℃以上、より好ましくは80℃以上、さらには90℃以上で延伸することが好ましい。この段階では繊維構造は既に緻密化しており、温度を上げてもマクロボイドを発生する心配はなく、可能な限り高温で延伸した方が分子配向の効果が高く、好ましい。浴には水を用いるのが好ましいが、溶媒やその他の化合物を添加してさらに延伸性を高めても構わない。
【0079】
延伸温度は高い方が好ましいが、浴延伸では100℃が基本的に上限となる。そこで、スチームを用いた延伸がより好ましく用いられる。その温度は高い方が良いが、飽和蒸気を用いる場合には装置の内圧が高いため、蒸気の吹き出しによって繊維がダメージを受けることがある。配向度として65%以上の耐炎繊維を得る目的からは100℃以上150℃以下の飽和蒸気を用いればよい。温度が150℃を超えるとその可塑化効果は徐々に頭打ちとなり、蒸気吹き出しによる繊維のダメージの方が大きくなる。飽和蒸気を用いた延伸処理装置としては繊維入口及び出口に複数の絞りを設けて処理装置内部を加圧する工夫をした装置が好ましく用いられる。
【0080】
蒸気の吹き出しによる繊維のダメージを防ぐために、スーパーヒートした常圧高温スチームを使用することも可能である。これは常圧スチームを電熱や水蒸気、誘導加熱などを用いて加熱した後に延伸処理機に導入することによって可能となる。その温度は100℃以上170℃以下が可能であるが、110℃以上150℃以下が好ましい。温度が高すぎるとスチームが包含する水分が低下し、繊維の可塑化効果が得にくくなる。
【0081】
浴延伸倍率およびスチームによる延伸倍率は、1.5倍以上が好ましく、2.0倍以上がさらに好ましい。分子配向を進めるためには延伸倍率は高い方が好ましく、特に上限はない。但し、製糸安定性上の制限から、6倍程度を超えることは困難な場合が多い。
【0082】
また、本発明の繊維の延伸方法は、浴延伸やスチーム延伸に手段は限定されない。例えば、水分を付与した後に乾熱炉やホットローラーで加熱延伸することなども可能である。
【0083】
乾熱炉を用いた非接触式延伸機、さらに接触板やホットローラーなどの接触式延伸機も使用可能である。しかし、接触式延伸機の場合には水分の蒸発が速く、また延伸が起こるポイントで繊維が機械的に擦過される可能性が高い。また、非接触式延伸機の場合には必要とされる温度が250℃以上となり、場合によってはポリマーの熱分解が始まる。さらに、非接触式延伸機や接触式延伸機を用いた場合には、延伸効果は低く、高配向の耐炎繊維を得ることは水分を用いた延伸方法より困難である。これらの理由から、浴延伸またはスチーム延伸を用いるのがより好ましい。
【0084】
こうして延伸された延伸糸は、必要に応じて再度乾燥させることが好ましい。繊維の水分率は10%以下が好ましく、5%以下がより好ましい。この乾燥方法としては乾燥加熱された複数のローラーや熱板に直接接触させることや熱風や水蒸気を送る、赤外線や高周波数の電磁波を照射する、減圧状態とする等を適宜選択し組み合わせることができるが、効率的な乾燥を行うために、ローラーによる乾燥が好ましい。ローラーの個数に制限はない。ローラーの温度は100℃以上300℃以下が好ましく、150℃以上200℃以下がより好ましい。この工程での乾燥が不十分であると、その後の熱処理工程で繊維に張力を与える際に繊維切れの原因となることがある。
【0085】
乾燥された延伸糸は、必要に応じてさらに熱処理工程に供されることが好ましい。本発明で用いる耐炎ポリマーは分子間に架橋が少なく、これを製糸、乾燥、延伸しただけの繊維を使用すると、条件によっては最終製品が高温や薬品に曝された時に配向緩和が起こることがある。これを防止するためには延伸工程の後に化学結合による架橋を設けることが好ましい。この熱処理方法には特に制限はなく、加熱された複数のローラーや熱板に直接接触させることや熱風や水蒸気を送る方法、赤外線や高周波数の電磁波を照射する方法、減圧状態とする方法等を適宜選択し組み合わせることができる。特に、化学反応の制御や繊維構造のムラを抑制するために、乾熱装置を用いることが好ましい。その温度や処理長は使用する耐炎ポリマーの酸化度、繊維配向度や最終製品の必要特性によって適宜選択される。具体的には、処理温度は、200℃以上400℃以下が好ましい。処理時間は短いと、生産効率が高いので好ましいが、そのために温度を上げると繊維断面内での構造差が発生しやすくなるので、製品の必要特性に応じて適宜調整される。具体的には、処理時間は0.01〜60分の任意の値を取ることができる。また、熱処理を施す際には延伸を施すことが好ましい。延伸処理を施すことによってさらに分子配向を高めることができる。その延伸倍率は1.05〜4倍が好ましい。延伸倍率は必要とされる耐炎繊維の強度や繊度、工程通過性、熱処理温度から設定される。
【0086】
こうして得られた繊維は炎をつけても燃焼を起こさないことが好ましく、そのLOI(最低酸素指数)が40以上であることが好ましい。さらに本発明の耐炎繊維は高配向・高密度であり、機械的特性が高く、薬品や熱などに対する環境耐性が高い。乾燥後に延伸する場合、延伸温度は200〜400℃、好ましくは200〜350℃、延伸倍率は1.1〜4倍、好ましくは1.2〜3倍、より好ましくは1.3〜2.5とする。延伸倍率は必要とされる耐炎繊維の強度や繊度から設定される。また、延伸に際して、熱処理することも重要であり、温度によって熱処理時間は、0.01〜15分の任意の値を取れる。延伸と熱処理は同時であっても別々に行ってもよい。
【0087】
本発明の耐炎繊維の製造方法は、得られた凝固糸の膨潤度を、前記した特定の範囲としなくとも、乾燥した後、延伸する場合において、50〜300℃での乾燥と、200〜350℃での延伸を別工程として分離して行うことにより、前記した本発明の耐炎繊維とすることができる。
【0088】
本発明において、凝固糸、または、水洗、延伸された後の水膨潤状態の繊維に、高次加工の必要性に応じて油剤成分を適宜付与することができる。油剤成分を付与する場合、通常、油剤濃度は0.01〜20質量%とする。付与方法としては、糸条内部まで均一に付与できることを勘案し、適宜選択して使用すればよいが、具体的には、糸条の油剤浴中への浸漬、走行糸条への噴霧および滴下などの手段が採用される。ここで油剤とは、例えばシリコーンなどの主油剤成分とそれを希釈する希釈剤成分からなるものである。油剤濃度とは主油剤成分の油剤全体に対する含有比率である。油剤成分の種類としては特に限定されず、ポリエーテル系、ポリエステルの界面活性剤、シリコーン、アミノ変性シリコーン、エポキシ変性シリコーン、ポリエーテル変性シリコーンを単独あるいは混合して付与することができるし、その他の油剤成分を付与してもよい。
【0089】
かかる油剤成分の付着量は、油剤成分も含めた繊維の乾燥質量に対する割合として求められ、0.05〜5質量%が好ましく、0.1〜3質量%がより好ましく、0.1〜2質量%がさらに好ましい。油剤成分の付着量が少なすぎると、単繊維同士の融着が生じ、得られる炭素繊維の引張強度が低下することがあり、多すぎると、本発明の効果が得にくくなることがある。
【0090】
耐炎繊維が複数本の単繊維からなる束状である場合には、1束に含まれる単繊維の数は、使用目的に合わせて適宜選べるが、前記した好ましい本数とするには、口金孔数によって調整することもできるし、複数本の耐炎繊維を合糸してもよい。
【0091】
また、単繊維の繊度を前記した好ましい範囲とするには口金孔径を選択したり、口金からの吐出量を適宜定めたりすることにより制御することができる。
【0092】
また、単繊維繊度を大きくする場合には、乾燥時間を長くする、或いは乾燥温度を上げることが、溶媒残存量の低減の点で好ましい。より単繊維繊度が小さい繊維状耐炎成形品を得たい場合には、電子紡糸法等を用いることが好ましい。かかる方法により、好ましくは直径100nm以下、より好ましくは1〜100nm、さらに好ましくは5〜50nmといったナノファイバーレベルの繊度とすることもできる。
【0093】
また、単繊維の断面形状は丸孔、楕円孔、スリット等の口金吐出孔の形状と溶媒除去する際の条件によって制御することができる。
【0094】
本発明の耐炎繊維を、不活性成雰囲気で高温熱処理する、いわゆる炭化処理することにより炭素繊維を得ることができる。炭素繊維を得る具体的な方法としては、前記本発明の耐炎繊維を、不活性雰囲気中の最高温度を300℃以上、2000℃未満の範囲の温度で処理することによって得られる。より好ましくは、最高温度の下のほうとしては、800℃以上、1000℃以上、1200℃以上の順に好ましく、最高温度の上のほうとしては、1800℃以下も使用できる。また、かかる炭素繊維を、さらに不活性雰囲気中、2000〜3000℃で加熱することによって黒鉛構造の発達した炭素繊維とすることもできる。
【0095】
かかる炭素繊維は、引張強度の下の方としては100MPa以上、200MPa以上、300MPa以上であることが好ましく、より具体的には、好ましくは1000MPa以上、より好ましくは2000MPa以上、さらに好ましくは3000MPa以上であることが良い。
【0096】
また、引張強度の上の方としては10000MPa以下、8000MPa以下、6000MPa以下の順に適当である。引張強度が低すぎると補強繊維として使用できない場合がある。引張強度は高ければ高いほど好ましいが、1000MPaあれば本発明の目的として十分なことが多い。
【0097】
また、かかる炭素繊維は、単繊維の直径が1nm〜7×10
4nm、好ましくは10nm〜5×10
4nm、より好ましくは50nm〜10
4nmであるのが良い。かかる単繊維の直径が1nm未満では繊維が折れやすい場合があり、7×10
4nmを超えるとかえって欠陥が発生しやすい傾向にある。ここで炭素繊維単繊維は中空部を有するものであってもよい。この場合、中空部は連続であっても非連続であってもよい。
【0098】
低コスト化の観点から、耐炎ポリマーから炭素繊維まで一つのプロセスで連続的に炭素繊維を製造する方が好ましい。
【実施例】
【0099】
次に、実施例により、本発明を、より具体的に説明する。なお実施例では、各物性値または特性は以下の方法により測定した。
【0100】
<PANの重合>
表1に記載の通りの組成で、各種PANを重合し、洗浄した。
・PAN(a)〜(g)、(i)の重合方法
内容量が充分にある三口フラスコに温度計、冷却器、攪拌機、窒素導入管をつけ、この中に表1に記載の通りの割合で濃硫酸と表1に記載された分量の9割分の蒸留水を入れた。次いで、窒素ガスを吹き込んで空気を除去し、20分後にフラスコを表1に記載の内温に昇温し、撹拌しながらANを加えた。さらに10分後に過硫酸アンモニウムを表1に記載された分量の0.5割分の蒸留水に溶解して加え、次に亜硫酸水素ナトリウムを表1に記載された分量の0.5割分の蒸留水に溶解した水溶液を徐々に加えた。表1に記載の温度で5時間撹拌し続けた後、フラスコの内温を室温に戻し、生成したPANの沈殿を吸引濾過し洗浄した。
【0101】
・PAN溶液(h)の作製方法
アクリロニトリル100重量部、DMSO
375重量部、アゾビスイソブチロニトリル0.4重量部、オクチルメルカプタン1重量部を反応容器に仕込み、窒素置換後に65℃で5時間、75℃で7時間加熱し重合し、DMSOを溶媒とするアクリロニトリル100モル%を重合してなるPANを含む溶液を調製した。系全体をポンプで排気して30hPaまで減圧することで脱モノマーした。
【0102】
<PANの洗浄>
PANの洗浄方法としては下記の通り、行った。
(1)フラスコなどの容器にPANを入れ、その10倍以上の質量の水を注ぎ、70℃に加温し、撹拌羽により130rpmで1時間撹拌する。
(2)濾過圧20kPaで濾過をする。
(3)(1)と(2)を4回繰り返す。
(4)メタノールで加圧濾過。
【0103】
<PANの乾燥>
減圧乾燥器に、得られた上記PANを入れ、減圧度が0.2kPaになるようにし、60℃で5日間乾燥し続けた。
【0104】
<GPCによる絶対分子量測定>
測定しようとする耐炎ポリマーの濃度が2mg/mLとなるように、N―メチルピロリドン(0.01N−臭化リチウム添加)に溶解し、検体溶液を得る。得られた検体溶液について、GPC装置を用いて、次の条件で測定したGPC曲線から絶対分子量の分布曲線を求め、Mz、Mwおよび数平均分子量Mnを算出した。n=1で測定した。
・GPC装置:PROMINAICE(株式会社島津製作所製)
・カラム :極性有機溶媒系GPC用カラムTSK−GEL−α−M(×2)(東ソー(株)製)
・検出器:(粘度検出およびRI検出システム)Viscotek Model305TDA Detectors(Malvern社製)
・流速 :0.6mL/min.
・温度 :40℃
・試料濾過 :メンブレンフィルター(0.45μmカット)
・注入量 :100μL
【0105】
<燃焼イオンクロマトグラフィーによる硫黄成分の測定>
下記に記載の方法でPANおよび耐炎ポリマー中の全硫黄の定量分析を行った。
硫酸イオン標準液(1003μg/mL、和光純薬工業)を別途調整したリン酸内部標準液で順次希釈し、標準溶液を調製した。これらのうち、試料中の濃度の分析に適切な標準溶液の分析データを用いて検量線を作製した。
【0106】
乾燥したPANの粉末をそのまま、秤量し、下記の分析装置の燃焼管内で燃焼させ、発生したガスを溶液に吸収後、吸収液の一部をイオンクロマトグラフィーにより分析した。試料は秤量からn=2で測定し、測定値の平均を求めた。
燃焼・吸収条件は下記のとおり。
・システム:AQF−100、GA−100(三菱化学社製)
・電気炉温度:Inlet900℃、Outlet1000℃
・ガス:Ar/O
2 200mL/min. O
2 400mL/min.
・吸収液:H
2O
2 90μg/mL、内標P1μg/mL
・吸収液量:10mL
イオンクロマトグラフィー・アニオン分析条件は下記の通り。
・システム:ICS1500(DIONEX社製)
・移動相:2.7mmol/L Na
2CO
3/ 0.3mmol/L NaHCO
3
・流速:1.5mL/min.
・検出器:電気伝導度検出器
・注入量:100μL
【0107】
<液相耐炎化反応>
内容量が充分にある三口フラスコに温度計、冷却器、攪拌翼、窒素導入管をつけた。このフラスコ内でPANをDMSOに溶解し、アミン系化合物とニトロ化合物を加え、撹拌翼にて300rpmで撹拌しながら、オイル浴で150℃、6時間加熱し、反応を行った。
【0108】
<耐炎ポリマーの単離>
得られた耐炎ポリマー含有溶液をエタノールまたは湯で洗浄し、沈殿物を乾燥し、耐炎ポリマーを得た。
【0109】
<紡糸>
液相耐炎化反応によって、得られた耐炎ポリマー溶液のまま湿式紡糸装置で繊維化した。
【0110】
<製糸性評価>
上記紡糸中に口金での単糸切れが2時間以上に起きなければ、製糸性が非常に良好であり、ランクAと判定し、1時間〜2時間起きない場合は製糸性が良好であり、ランクBと判定し、製糸が十分可能であり、1時間から15分の間起きなければ、製糸可能でありランクCと判定し、15分以内に起きた場合は製糸困難であり、ランクDと判定した。
【0111】
<毛羽数カウント>
評価サンプルである耐炎繊維束ボビンを、温度23±5℃、相対湿度60±20%に管理された温調室に30分以上放置した。次に、上記温度と湿度条件が設定されている温調室内に接地された毛羽測定装置を用いて、毛羽数を測定した。すなわち、耐炎繊維束を、パウダークラッチを内蔵したクリールに仕掛けて、糸道を作製した。走行時のスリップが発生しないように糸道形成用の駆動ローラーに耐炎繊維束を5回以上巻き付けた後、ワインダーで巻き上げた。糸速を50m/分に設定して、駆動ローラー、搬送ローラーを介した糸道で耐炎繊維束の走行を開始した。糸道が安定したことを確認し、毛羽カウンターから駆動ローラーの間で測定した走行時の耐炎繊維の張力が6gf/texになるように、上記パウダークラッチで初期張力を調整した。その後、毛羽カウンターを作動させて、走行状態での毛羽数の計測を、サンプル毎に300分間、3回繰り返した。
【0112】
用いた毛羽カウンターは、ランプ光からの光を走行糸に照射し、その照射光をレンズで集光せしめた状態で、フォトトランジスタで毛羽数を検出するものである。検出精度としては、糸長2mm以上で、かつ耐炎繊維束を構成する単繊維の単繊維径が3ミクロン以上の毛羽を検出することができる。
【0113】
<耐炎性の評価>
400本のフィラメントで試料長を15cmとし、JIS L 1091(1977)に準じて、“チャッカマン”(登録商標、着火器具)の炎で5秒間繊維全体を炙った。燃え残った質量を測定し、また燃え残りの形状を観察した。
【0114】
燃え残り質量が50%を超える場合で、燃え残りの形状が繊維形状を保つ状態を、耐炎性良好と判定した。燃え残り質量が35〜50%であり、燃え残りの形状が繊維形状を保つ状態を耐炎性充分と判定した。燃え残り質量が35%未満で、燃え残りの形状が繊維形状を保てず、崩れる状態を不良と判定した。測定数はn=5とし、最も該当数が多かった状態をその試料の耐炎性とした。評価が決まらない場合には、さらにn=5の評価を追加し、評価が決まるまで繰り返し測定した。後述の表2、表3には、耐炎性を、燃え残り質量の%で示してある。
【0115】
(実施例1)
PAN(a)15質量部、ニトロ化合物としてオルトニトロフェノール2.0質量部、アミン系化合物としてN−アミノエチルエタノールアミン1質量部とモノエタノールアミン1質量部、および極性溶媒としてDMSO81質量部、フラスコ内に入れ、撹拌翼で300rpmで撹拌子ながら、オイル浴で150℃、6時間加熱し、反応を行い、耐炎ポリマー含有溶液を得た。PAN:ニトロ化合物:アミン系化合物=15:2:2の比率である。得られた耐炎ポリマーのS成分濃度は1400μg/gであった。
紡糸の結果、製糸性はA、毛羽数は54個と判定され、得られた繊維の耐炎性試験の結果は40%であり、充分な耐炎性であり、良好な結果であった。得られた耐炎ポリマーのS成分濃度は1400μg/gであった。
【0116】
(実施例2)
ニトロ化合物としてメタニトロフェノールを2.0質量部用いた以外は、実施例1と同様に実験を行った。PAN:ニトロ化合物:アミン系化合物=15:2:2の比率である。得られた耐炎ポリマーのS成分濃度は1400μg/gであった。
紡糸の結果、製糸性はA、毛羽数は50個と判定され、得られた繊維の耐炎性試験の結果は41%であり、充分な耐炎性であり、実施例1と同等の結果となった。
【0117】
(実施例3)
ニトロ化合物としてオルトニトロトルエンを2.0質量部用いた以外は、実施例1と同様に実験を行った。PAN:ニトロ化合物:アミン系化合物=15:2:2の比率である。得られた耐炎ポリマーのS成分濃度は1400μg/gであった。
紡糸の結果、製糸性はA、毛羽数は59個と判定され、得られた繊維の耐炎性試験の結果は39%であり、充分な耐炎性であり、実施例1と同等の結果となった。
【0118】
(実施例4)
ニトロ化合物としてオルトニトロベンゼンを2.0質量部用いた以外は、実施例1と同様に実験を行った。PAN:ニトロ化合物:アミン系化合物=15:2:2の比率である。耐炎ポリマーのS成分濃度は1500μg/gであった。
紡糸の結果、製糸性はA、毛羽数は55個と判定され、得られた繊維の耐炎性試験の結果は42%であり、充分な耐炎性であり、実施例1と同等の結果となった。
【0119】
(実施例5)
アミン系化合物としてN−アミノエチルエタノールアミン1質量部とモノエタノールアミン2質量部、およびDMSO80質量部用いた以外は、実施例1と同様に実験を行った。得られた耐炎ポリマーのS成分濃度は1400μg/gであった。
紡糸の結果、製糸性はA、毛羽数は67個と判定され、得られた繊維の耐炎性試験の結果は39%であり、充分な耐炎性であり、実施例1と同等の結果となった。
【0120】
(実施例6)
PAN(a)
10質量部、ニトロ化合物としてニトロ化合物をニトロベンゼンを
1.3質量部、アミン系化合物としてN−アミノエチルエタノールアミン
0.7質量部とモノエタノールアミン
0.7質量部、および極性溶媒としてDMSO
87質量部、以外は、実施例1と同様に実験を行った。得られた耐炎ポリマーのS成分濃度は1400μg/gであった。
ポリマー濃度を
10wt%と低くしたが、紡糸の結果、製糸性はAと判定され、得られた繊維の毛羽数は40個、耐炎性試験の結果は38%であり、充分な耐炎性であり、実施例1と同等の結果となった。
【0121】
(実施例7)
PAN(b)15質量部用いた以外は、実施例4と同様に実験を行った。PAN:ニトロ化合物:アミン系化合物=15:2:2の比率である。得られた耐炎ポリマーのS成分濃度は700μg/gであった。
紡糸の結果、製糸性はAと判定され、得られた繊維の毛羽数は51個、耐炎性試験の結果は44%であり、充分な耐炎性であった。実施例4と比較して、PAN中の硫黄成分が800μg/gにまで減ったため、製糸性、毛羽数、および耐炎性が向上している。
【0122】
(実施例8)
PAN(c)15質量部用いた以外は、実施例4と同様に実験を行った。PAN:ニトロ化合物:アミン系化合物=15:2:2の比率である。得られた耐炎ポリマーのS成分濃度は150μg/gであった。
PAN中の硫黄成分が200μg/gにまで減ったため、製糸性はAと判定され、得られた繊維の毛羽数は50個、耐炎性試験の結果は46%であり、充分な耐炎性であった。製糸性、毛羽数、および耐炎性が実施例4より向上している。
【0123】
(実施例9)
PAN(d)13質量部用いた以外は、実施例4と同様に実験を行った。PAN:ニトロ化合物:アミン系化合物=15:2:2の比率である。得られた耐炎ポリマーのS成分濃度は200μg/gであった。
PAN中の硫黄成分が300μg/gに減り、かつ分子量が増加したため、実施例4と比較して、製糸性はAとなり、得られた繊維の毛羽数は32個にまで減り、耐炎性試験の結果は52%であり良好な耐炎性であった。製糸性、毛羽数、および耐炎性が実施例4より向上した。
【0124】
(実施例10)
PAN(e)
12質量部用いた以外は、実施例4と同様に実験を行った。PAN:ニトロ化合物:アミン系化合物=15:2:2の比率である。得られた耐炎ポリマーのS成分濃度は150μg/gであった。
紡糸の結果、製糸性はAと判定され、得られた繊維の毛羽数は49個であった。PAN中の硫黄成分が
200μg/gとごく微量であるので、繊維の耐炎性試験の結果は54%にまで向上し、耐炎性良好であった。製糸性、毛羽数、および耐炎性が実施例4より向上した。
【0125】
(実施例11)
PAN(f)15質量部用いた以外は、実施例4と同様に実験を行った。PAN:ニトロ化合物:アミン系化合物=15:2:2の比率である。得られた耐炎ポリマーのS成分濃度は700μg/gであった。得られた耐炎ポリマーのS成分濃度は2500μg/gであった。
PAN中の硫黄成分が2800μg/gに増加したので、紡糸の結果、製糸性はBと判定され、得られた繊維の毛羽数は81個、耐炎性試験の結果は36%となり、充分な耐炎性であった。製糸性、毛羽数、および耐炎性が実施例4より劣った。
【0126】
(実施例12)
PAN(g)8質量部用いた以外は、実施例4と同様に実験を行った。PAN:ニトロ化合物:アミン系化合物=15:2:2の比率である。得られた耐炎ポリマーのS成分濃度は20μg/gであった。
紡糸の結果、製糸性はBと判定され、得られた繊維の毛羽数は121個、耐炎性試験の結果は51%であり、良好な耐炎性であった。分子量が大きいために、ポリマー濃度を8wt%までしか上げられず、結果、製糸性が低下した上に、粘度が高く、反応が均一に進行せず、耐炎性も実施例1〜10と比較して低下した。
【0127】
(比較例1)
PAN溶液(h)
75質量部用いた以外は、実施例1と同様に実験を行った。PAN:ニトロ化合物:アミン系化合物=15:2:2の比率である。得られた耐炎ポリマーのS成分濃度は
1700μg/gであった。
PAN中の硫黄成分が
1800μg/gであるが、溶液重合したPAN溶液をそのまま用いているために、製糸性はC、得られた繊維の毛羽数は178個、耐炎性試験の結果は23%であり、不良であり、製糸性、毛羽数、および耐炎性が実施例1より悪化した。
【0128】
(比較例2)
PAN(i)15質量部用いた以外は、実施例2と同様に実験を行った。PAN:ニトロ化合物:アミン系化合物=15:2:2の比率である。得られた耐炎ポリマーのS成分濃度は3300μg/gであった。
PAN中の硫黄成分が3500μg/gにまで増加したため、製糸性はDに低下し、得られた繊維の毛羽数は172個、耐炎性試験の結果は29%であり、不良であり、比較例1と同等の結果となった。
【0129】
(比較例3)
PAN(i)15質量部用いた以外は、実施例3と同様に実験を行った。PAN:ニトロ化合物:アミン系化合物=15:2:2の比率である。得られた耐炎ポリマーのS成分濃度は3300μg/gであった。
PAN中の硫黄成分が3500μg/gにまで増加したため、実施例3と比較して、製糸性はDに低下し、得られた繊維の毛羽数は190個、耐炎性試験の結果は27%であり、不良であった。
【0130】
(比較例4)
PAN(i)15質量部用いた以外は、実施例4と同様に実験を行った。PAN:ニトロ化合物:アミン系化合物=15:2:2の比率である。得られた耐炎ポリマーのS成分濃度は3300μg/gであった。
PAN中の硫黄成分が3500μg/gにまで増加したため、製糸性はDに低下し、得られた繊維の毛羽数は181個、耐炎性試験の結果は28%であり、不良であった。
【0131】
(比較例5)
PAN(i)15質量部用いた以外は、実施例5と同様に実験を行った。PAN:ニトロ化合物:アミン系化合物=15:2:2の比率である。得られた耐炎ポリマーのS成分濃度は3200μg/gであった。
PAN中の硫黄成分が3500μg/gにまで増加したため、実施例5と比較して、製糸性はDに低下し、得られた繊維の毛羽数は178個、耐炎性試験の結果は28%であり、不良であった。
【0132】
(比較例6)
PAN(i)15質量部用いた以外は、実施例6と同様に実験を行った。PAN:ニトロ化合物:アミン系化合物=15:2:2の比率である。得られた耐炎ポリマーのS成分濃度は3300μg/gであった。
PAN中の硫黄成分が3500μg/gにまで増加したため、実施例6と比較して、製糸性はDに低下し、得られた繊維の毛羽数は191個、耐炎性試験の結果は27%であり、不良であった。
【0133】
【表1】
【0134】
【表2】
【0135】
【表3】