【実施例】
【0037】
以下に、本発明の実施例について説明する。本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0038】
<1>N末端アシル化DILRG−NH
2の合成
ペプチド合成装置(PSSM−8、(株)島津製作所製)を用いて、通常の方法によってペプチド、アスパラギン酸−イソロイシン−ロイシン−アルギニン−グリシン−NH
2(DILRG−NH
2)を合成した。ついで、樹脂上でパルミトイル化した後に、切り出し反応に付し、下記の化学構造からなるC16−DILRG−NH
2を得た。
【0039】
【化2】
【0040】
なお、精製は逆相カラム Develosil−ODS HG-5(20mm×250mm、野村化学(株)製)をHPLCのシステム(ガリバー(株)日本分光)に接続して行った。溶出は、4ml/分の流速で、0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)の存在下でアセトニトリルの濃度勾配(0〜120分で0〜100%)を用いて行い、活性画分を溶出せしめた。吸光度は220nmで測定した。ペプチドは、サンプルプレート上で等量のマトリックス(40%アセトニトリル/0.1%TFAα−CHCAを飽和させたもの)と混合した後乾燥させ、MALDI−TOF MS(Discovery、(株)島津製作所製)によって構造確認した。
【0041】
また、上記以外の手法としては、一旦、遊離のDILRG−NH
2を得た後に、そのN末端に、炭素数16のパルミチン酸を結合させてパルミトイル基を導入して(アシル化)、C16−DILRG−NH
2を合成することもできる。
【0042】
以下、C16−DILRG−NH
2を例にして説明するが、本発明の保存液の有効成分におけるアシル基の炭素数は、6〜28であればよく、C16−DILRG−NH
2の例に限定されるものではない。
【0043】
<2>C16−DILRG−NH
2の活性試験
(1)細胞系統
ショウジョウバエの胚子由来培養細胞系統であるSchneider S2細胞を遠心分離し、回収した。
【0044】
(2)透過化細胞の調製
遠心により回収した細胞に、透過化処理剤であるジギトニンを添加し、透過化処理細胞を調製した。ジギトニンによる処理は、細胞膜を基質透過性とすることができるため、ミトコンドリアを分離することなく、ミトコンドリアの酸素消費量を測定することができる。
【0045】
(3)酸素消費量の測定
(i)測定方法
5×10
7の透過化処理細胞を検定用培地に添加し、培地中のC16−DILRG−NH
2の濃度は、0μM(添加なし)、50μM、100μMに調製した。基質は、5mMのコハク酸を使用した。
【0046】
比較のため、溶媒であるDMSOとパルミチン酸を用意し、培地中の濃度は、それぞれ、0μM(添加なし)、50μM、100μMに調製したものを対照区とした。基質は、5mMのコハク酸を使用した。
【0047】
酸素消費量は、クラークタイプのキュベット電極により、培地中の溶存酸素量を測定することで求め、時間ごとの溶存酸素量から傾きを算出することで、酸素消費速度(nmol O
2/min/5×10
7 cells)とした。測定時の温度は、27℃とした。
(ii)結果
結果を、
図1に示す。DMSO対照区の酸素消費量は、0μM(添加なし)で13.61、50μMで15.34、100μMで16.67、であった。パルミチン酸対照区の酸素消費量は、0μM(添加なし)で11.32、50μMで11.92、100μMで10.58、であった。そして、C16−DILRG−NH
2を添加しなかった場合(0μM)の酸素消費量は13.76であり、C16−DILRG−NH
2の濃度50μMで12.35、100μMで4.76であった。
【0048】
また、呼吸阻害剤(KCN)を添加した場合、DMSO、パルミチン酸およびC16−DILRG−NH
2を添加しても酸素消費量は0になった。
【0049】
以上の結果から、C16−DILRG−NH
2は、濃度が高くなるにしたがって、酸素消費量抑制効果が高まることが分かった。特に、100μMにおいては、酸素消費量抑制効果が顕著であった。また、常温でも十分な酸素消費量抑制効果があることが示された。
【0050】
そして、比較として用いたパルミチン酸、DMSOには、酸素消費量抑制効果は認められず、C16−DILRG−NH
2との間に有意差が確認された。なお、
図1におけるグラフ上の記号*および記号**は有意水準を示し、*は、p<0.005、**は、p<0.001を示している。
【0051】
(4)可逆性試験
(i)試験方法
C16−DILRG−NH
2に酸素消費抑制効果が認められたことから、この効果の可逆性について検討した。
【0052】
透過化処理細胞を含む検定培地に、C16−DILRG−NH
2、パルミチン酸およびDMSOを、濃度が100μMとなるように添加した。すなわち、
図1の100μMの場合に示されるように、C16−DILRG−NH
2の添加によって、細胞の酸素消費速度を低下状態とした。
【0053】
その後、透過化処理細胞を、1,000g、 5min遠心、沈殿を回収し、5mMのコハク酸を基質として添加し、再度、酸素消費速度(nmol O
2/min/5×10
7 cells)を測定した。
【0054】
(ii)結果
図2に示すように、回収細胞の酸素消費速度は、DMSOで7.44、パルミチン酸で6.44、C16−DILRG−NH
2で4.52であった。すなわち、C16−DILRG−NH
2とパルミチン酸では、酸素消費速度にほとんど差が見られなかった。したがって、C16−DILRG−NH
2による酸素消費抑制活性は、可逆的であることが分かった。
【0055】
なお、上記酸素消費量測定(100μMの場合)と比較して、回収細胞の酸素消費速度が全体的に低下しているのは、遠心により回収できなかった細胞が存在するためである。上記酸素消費量測定(100μMの場合)に確認された酸素消費速度の有意差が、上記の通り、回収細胞では、C16−DILRG−NH
2添加区とパルミチン酸対照区との間に確認されなかったことから、C16−DILRG−NH
2による酸素消費抑制活性は、可逆的であると判断することができる。
【0056】
以上の通り、C16−DILRG−NH
2の酸素消費抑制効果が可逆的であることから、C16−DILRG−NH
2を有効成分とすることで、細胞および臓器の保存液として有効利用であることが明らかになった。
【0057】
<3>細胞保存効果の確認試験
(1)K562(CML、慢性骨髄性白血病)
K562細胞を、10%FCS(牛胎児血清)を含むRPMI培地(日水製薬(株)製)中で、37℃、CO
2濃度5%条件下で種培養を行なった。その後、種細胞を96well培養プレートに、1ウエル当たり100μLの2.5×10
4cell/mL細胞を分注した。更に、細胞を分注した培養プレートに、以下の3条件で、被検物質を添加し、37℃、CO
2濃度5%条件下で培養を行なった。
【0058】
なお、以下、この実施例では、「C16−DILRG−NH
2」を便宜的に「C16−ヤママリン」と記す。
1)PBSを1ウェル当たり1μL添加(C16−ヤママリンは無添加)
2)DMSOに溶解した250μMのC16−ヤママリンを1ウェル当たり0.5μL添加(終濃度12.5μM)
3)DMSOに溶解した250μMのC16−ヤママリンを1ウェル当たり1.0μL添加(終濃度25μM)
細胞数は、WST-1アッセイ(Premix WST-1 タカラバイオ(株)製)による増殖確認試験で0日、1日、2日、3日、7日目に測定した。すなわち、対象のマイクロプレートの1ウェル当たり10μLのPremix WST-1を加え、37℃、CO
2濃度5%条件下で1時間から4時間インキュベートした後、450nmで吸光度を測定した。なお、WST-1アッセイによる細胞数は、あらかじめ作成した検量線より求めた。
【0059】
結果を
図3に示す。培養開始時に、C−16ヤママリンを添加することで、継代培養することなしに1週間培養することができた。同様に、C−16ヤママリンは添加濃度依存的に細胞数を抑制することがわかった。すなわち、細胞の酸素消費量が抑制されたことで、細胞の増殖も抑制されたと判断することができる。なお、無添加系では、細胞の増殖が速く、3日目には死細胞が増加していた。
【0060】
このように、C−16ヤママリンの添加により、細胞を長期間継代なしで培養することが可能であり、C−16ヤママリンを培養液に添加・培養することで、細胞培養担当者の継代培養に関する労力を著しく軽減することができる。
【0061】
(2)HUVEC(正常ヒト臍帯静脈血管内皮細胞)
HUVEC(クラボウ社製)を、解凍後、Hu-Media-EG2(クラボウ社製)中で、37℃、CO
2濃度5%条件下で種培養を行なった。その後、種細胞を96well培養プレートに、1ウエル当たり100μLの2.5×10
4cell/mL細胞を分注した。本プレートを37℃、CO
2濃度5%条件下で、1日培養を行い、細胞がウエル底面に接着したことを確認した後、培養プレートに、以下の2条件で、被検物質を添加し、37℃、CO
2濃度5%条件下で培養を行なった。
1)PBSを1ウェル当たり1μL添加(C16−ヤママリンは無添加)
2)DMSOに溶解した250μMのC16−ヤママリンを1ウェル当たり0.5μL添加(終濃度12.5μM)
7日間被検物質添加下で、培養した後、培養上清を除去し、新たなHu-Media-EG2(被検物質含まず)中で、37℃、CO
2濃度5%条件下でさらに培養を継続した。細胞数は、WST-1アッセイ(Premix WST-1、タカラバイオ(株)製) による増殖確認試験で被検物質添加後0日、3日、7日目と培地交換後3日、7日目に測定した。すなわち、対象のマイクロプレートの1ウェル当たり10μLのPremix WST-1を加え、37℃、CO
2濃度5%条件下で1時間から4時間インキュベートした後、450nmで吸光度を測定した。なお、WST-1アッセイによる細胞数は、あらかじめ作成した検量線より求めた。
【0062】
結果を
図4に示す。無添加系では、7日目でコンフラントになり、細胞の死滅が始まったのに対し、培養開始時にC16−ヤママリンを添加した場合には、細胞の増殖が顕著に抑制され、さらに、培地中から、C16−ヤママリンを除去することにより、増殖を開始することが確認された。
【0063】
C16−ヤママリン添加により、細胞の酸素消費量が抑制され、細胞を増殖可能な状態で、37℃で培養器の中で保存することができることが確認された。
【0064】
(3)NHDF(正常ヒト成人皮膚繊維芽細胞)
NHDF(クラボウ社より購入)を、解凍後、Medium106SにLSGS特注増殖添加剤(クラボウ社、製品番号:KE-6350)を加えた培地(クラボウ社製)中で、37℃、CO
2濃度5%条件下で種培養を行なった。その後、種細胞を96well培養プレートに、1ウエル当たり100μLの2.5×10
4cell/mL細胞を分注した。本プレートを37℃、CO
2濃度5%条件下で、1日培養を行い、細胞がウエル底面に接着したことを確認した後、培養プレートに、以下の2条件で、被検物質を添加し、37℃、CO
2濃度5%条件下で培養を行なった。
1)PBSを1ウェル当たり1μL添加(C16−ヤママリンは無添加)
2)DMSOに溶解した250μMのC16−ヤママリンを1ウェル当たり0.5μL添加(終濃度12.5μM)
7日間被検物質添加下で、培養した後、培養上清を除去し、新たなMedium106SにLSGS特注増殖添加剤を加えた培地(被検物質含まず)中で、37℃、CO
2濃度5%条件下でさらに培養を継続した。細胞数は、WST-1アッセイ(Premix WST-1 タカラバイオ(株)製)による増殖確認試験で被検物質添加後0日、3日、7日目と培地交換後3日、7日目に測定した。すなわち、対象のマイクロプレートの1ウェル当たり10μLのPremix WST-1を加え、37℃、CO
2濃度5%条件下で1時間から4時間インキュベートした後、450nmで吸光度を測定した。なお、WST-1アッセイによる細胞数は、あらかじめ作成した検量線より求めた。
【0065】
結果を
図5に示す。無添加系では、7日目でコンフラントになり、細胞の死滅が始まったのに対し、培養開始時にC16−ヤママリンを添加した場合には、細胞の増殖が顕著に抑制され、さらに、培地中から、C16−ヤママリンを除去することにより、増殖を開始することが確認された。
【0066】
C16−ヤママリン添加により、細胞の酸素消費量が抑制され、細胞を増殖可能な状態で、37℃で培養器の中で保存することができることが確認された。