特許第6028797号(P6028797)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 旭硝子株式会社の特許一覧

特許6028797高電子密度の導電性マイエナイト化合物の製造方法およびターゲット
<>
  • 特許6028797-高電子密度の導電性マイエナイト化合物の製造方法およびターゲット 図000004
  • 特許6028797-高電子密度の導電性マイエナイト化合物の製造方法およびターゲット 図000005
  • 特許6028797-高電子密度の導電性マイエナイト化合物の製造方法およびターゲット 図000006
  • 特許6028797-高電子密度の導電性マイエナイト化合物の製造方法およびターゲット 図000007
  • 特許6028797-高電子密度の導電性マイエナイト化合物の製造方法およびターゲット 図000008
  • 特許6028797-高電子密度の導電性マイエナイト化合物の製造方法およびターゲット 図000009
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6028797
(24)【登録日】2016年10月28日
(45)【発行日】2016年11月16日
(54)【発明の名称】高電子密度の導電性マイエナイト化合物の製造方法およびターゲット
(51)【国際特許分類】
   C01F 7/16 20060101AFI20161107BHJP
   C04B 35/00 20060101ALI20161107BHJP
   C23C 14/34 20060101ALI20161107BHJP
【FI】
   C01F7/16
   C04B35/00 J
   C23C14/34 A
【請求項の数】15
【全頁数】41
(21)【出願番号】特願2014-521491(P2014-521491)
(86)(22)【出願日】2013年6月19日
(86)【国際出願番号】JP2013066851
(87)【国際公開番号】WO2013191211
(87)【国際公開日】20131227
【審査請求日】2016年2月16日
(31)【優先権主張番号】特願2012-139199(P2012-139199)
(32)【優先日】2012年6月20日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2012-217344(P2012-217344)
(32)【優先日】2012年9月28日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2013-71162(P2013-71162)
(32)【優先日】2013年3月29日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】旭硝子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 和弘
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 暁
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 俊成
(72)【発明者】
【氏名】宮川 直通
【審査官】 廣野 知子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2006/129675(WO,A1)
【文献】 特開2009−298667(JP,A)
【文献】 特開2012−82081(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/095552(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/024205(WO,A1)
【文献】 特開2012−101945(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01F 7/16
C04B 35/00−35/22
C23C 14/34
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子密度が5×1020cm−3以上の導電性マイエナイト化合物の製造方法であって、
(1)マイエナイト化合物またはマイエナイト化合物の前駆体を含む被処理体を調製する工程と、
(2)前記被処理体の表面の少なくとも一部にアルミニウム箔を配置し、前記被処理体を低酸素分圧の雰囲気下、1080℃〜1450℃の範囲の温度に保持する工程と、
を含むことを特徴とする製造方法。
【請求項2】
前記アルミニウム箔の全厚は、5μm〜1000μmの範囲である請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記被処理体は、置いたときに鉛直方向の最下面となる底面を有し、
前記(2)の工程において、前記アルミニウム箔は、前記被処理体の底面に配置される請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記被処理体は、前記底面と対向する上面を有し、
前記(2)の工程において、前記被処理体の前記上面に、アルミニウム箔が配置される請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記(2)の工程において、前記被処理体の表面全体に、アルミニウム箔が配置される請求項1乃至4のいずれか一つに記載の製造方法。
【請求項6】
前記低酸素分圧の雰囲気は、環境中の酸素分圧が10−3Pa以下である請求項1乃至5のいずれか一つに記載の製造方法。
【請求項7】
前記低酸素分圧の雰囲気は、一酸化炭素ガスを含む請求項1乃至6のいずれか一つに記載の製造方法。
【請求項8】
前記(2)の工程は、前記被処理体を、カーボンを含む容器中に入れた状態で行われる請求項1乃至7のいずれか一つに記載の製造方法。
【請求項9】
前記被処理体は、マイエナイト化合物の粉末を含む成形体、マイエナイト化合物を含む焼結体、または仮焼粉を含む成形体である請求項1乃至8のいずれか一つに記載の製造方法。
【請求項10】
前記被処理体は、ハロゲン成分を含む請求項1乃至9のいずれか一つに記載の製造方法。
【請求項11】
前記(2)の工程は、100Pa以下の減圧環境、または窒素を除く不活性ガス雰囲気で行われる請求項1乃至10のいずれか一つに記載の製造方法。
【請求項12】
前記(2)の工程後に、最小寸法が5mm以上の導電性マイエナイト化合物が得られる請求項1乃至11のいずれか一つに記載の製造方法。
【請求項13】
電子密度が5×1020cm−3以上の導電性マイエナイト化合物を含み、
最小寸法が5mm以上の気相蒸着法による成膜用ターゲット。
【請求項14】
相対密度が90%以上である請求項13に記載の成膜用ターゲット。
【請求項15】
請求項1乃至12のいずれか一つに記載の製造方法を用いて、電子密度が5×1020cm−3以上の導電性マイエナイト化合物を含む、成膜用のターゲットを製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高電子密度の導電性マイエナイト化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マイエナイト化合物は、12CaO・7Alで表される代表組成を有し、三次元的に連結された直径約0.4nmの空隙(ケージ)を有する特徴的な結晶構造を持つ。このケージを構成する骨格は、正電荷を帯びており、単位格子当たり12個のケージを形成する。このケージの1/6は、結晶の電気的中性条件を満たすため、内部が酸素イオンで占められている。しかしながら、このケージ内の酸素イオンは、骨格を構成する他の酸素イオンとは化学的に異なる特性を有しており、このため、ケージ内の酸素イオンは、特にフリー酸素イオンと呼ばれている。マイエナイト化合物は、[Ca24Al2864]4+・2O2−とも表記される(非特許文献1)。
マイエナイト化合物のケージ中のフリー酸素イオンの一部または全部を電子と置換した場合、マイエナイト化合物に導電性が付与される。これは、マイエナイト化合物のケージ内に包接された電子は、ケージにあまり拘束されず、結晶中を自由に動くことができるためである(特許文献1)。このような導電性を有するマイエナイト化合物は、特に、「導電性マイエナイト化合物」と称される。
【0003】
このような導電性マイエナイト化合物は、例えば、マイエナイト化合物の粉末を蓋付きカーボン容器に入れて、窒素ガス雰囲気下1300℃で熱処理して作製する方法(特許文献2)により製造できる。以下、この方法を従来方法1という。
【0004】
また、導電性マイエナイト化合物は、マイエナイト化合物をアルミニウムとともに蓋付きアルミナ容器に入れ、真空中で1300℃に熱処理して作製する方法(特許文献2)により製造できる。以下、この方法を従来方法2という。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2005/000741号
【特許文献2】国際公開第2006/129674号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】F.M.Lea,C.H.Desch,The Chemistryof Cement and Concrete,2nd ed.,p.52,Edward Arnold&Co.,London,1956
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述のように、特許文献2には、導電性マイエナイト化合物を製造する方法が示されており、この方法では、1×1021cm−3を超える高い電子密度を有する導電性マイエナイト化合物を製造できる。
【0008】
しかしながら、特許文献2に記載の方法では、被処理体を多量のアルミニウム粉末と接触させた状態で、熱処理することが必要である。この場合、以下のような問題が生じる。
【0009】
すなわち、アルミニウムの融点は、約660℃であり、アルミニウム粉末は、これ以上の温度域では液体となる。従って、特許文献2に記載の方法では、被処理体の熱処理の際、被処理体は、アルミニウムの溶融液に浸漬された状態となる。この状態で、熱処理後に被処理体を降温すると、熱処理後の被処理体、すなわち導電性マイエナイト化合物は、固体となったアルミニウムに半分埋没した状態となる。アルミニウムは熱処理に用いられる容器等にも固着するため、導電性マイエナイト化合物を採取することは極めて困難となる。
【0010】
導電性マイエナイト化合物を採取するには、熱処理に用いられる容器等をハンマーで破壊し、さらに導電性マイエナイト化合物の周囲に固着しているアルミニウムを、電動ノコギリ、セラミックス製リューター、および紙やすりを用いて丁寧に除去してなければならない。このように、熱処理後に、導電性マイエナイト化合物とアルミニウム固着物とを分離するための追加の工程が必要となり、生産性が著しく低下してしまう。
【0011】
特に、導電性マイエナイト化合物の用途として、例えば気相蒸着法による成膜用のターゲットのような比較的大きな製品を想定した場合、熱処理に用いられる容器等から導電性マイエナイト化合物を容易に採取することは、極めて非現実的である。
【0012】
このような問題のため、熱処理後の被処理体を容易に採取できる導電性マイエナイト化合物の製造方法に対して大きな要望がある。
【0013】
本発明は、このような問題に鑑みなされたものであり、本発明では、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を効率良く製造する方法を提供することを目的とする。また、本発明では、高電子密度の導電性マイエナイト化合物の気相蒸着法による成膜用のターゲットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明では、電子密度が5×1020cm−3以上の導電性マイエナイト化合物の製造方法であって、
(1)マイエナイト化合物またはマイエナイト化合物の前駆体を含む被処理体を調製する工程と、
(2)前記被処理体の表面の少なくとも一部にアルミニウム箔を配置し、前記被処理体を低酸素分圧の雰囲気下、1080℃〜1450℃の範囲の温度に保持する工程と、
を含むことを特徴とする製造方法が提供される。
【0015】
ここで、本発明による製造方法において、前記アルミニウム箔の全厚は、5μm〜1000μmの範囲であっても良い。
【0016】
また、本発明による製造方法において、前記被処理体は、置いたときに鉛直方向の最下面となる底面を有し、
前記(2)の工程において、前記アルミニウム箔は、前記被処理体の底面に配置されても良い。
【0017】
また、本発明による製造方法において、前記被処理体は、前記底面と対向する上面を有し、
前記(2)の工程において、前記被処理体の前記上面に、アルミニウム箔が配置されても良い。
【0018】
また、本発明による製造方法において、前記(2)の工程において、前記被処理体の表面全体に、アルミニウム箔が配置されも良い。
【0019】
また、本発明による製造方法において、前記低酸素分圧の雰囲気は、環境中の酸素分圧が10−3Pa以下であっても良い。
【0020】
また、本発明による製造方法において、前記低酸素分圧の雰囲気は、一酸化炭素ガスを含んでも良い。
【0021】
また、本発明による製造方法において、前記(2)の工程は、前記被処理体を、カーボンを含む容器中に入れた状態で行われても良い。
【0022】
また、本発明による製造方法において、前記被処理体は、マイエナイト化合物の粉末を含む成形体、マイエナイト化合物を含む焼結体、または仮焼粉を含む成形体であっても良い。
【0023】
また、本発明による製造方法において、前記被処理体は、ハロゲン成分を含んでも良い。
【0024】
また、本発明による製造方法において、前記(2)の工程は、100Pa以下の減圧環境、または窒素を除く不活性ガス雰囲気で行われても良い。
【0025】
また、本発明による製造方法において、前記(2)の工程後に、最小寸法が5mm以上の導電性マイエナイト化合物が得られても良い。
【0026】
さらに、本発明では、電子密度が5×1020cm−3以上の導電性マイエナイト化合物を含み、
最小寸法が5mm以上の気相蒸着法による成膜用ターゲットが提供される。
【0027】
ここで、本発明による成膜用ターゲットは、相対密度が90%以上であっても良い。
【0028】
また、本発明では、前述のような製造方法を用いて、電子密度が5×1020cm−3以上の導電性マイエナイト化合物を含む、成膜用のターゲットを製造する方法が提供される。
【発明の効果】
【0029】
本発明では、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を効率良く製造する方法を提供することが可能となる。また、本発明では、高電子密度の導電性マイエナイト化合物の気相蒸着法による成膜用のターゲットを提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】被処理体の所定の面にアルミニウム箔が設置された場合の影響を説明するための図である。
図2】本発明の一実施例による高電子密度の導電性マイエナイト化合物の製造方法の一例を模式的に示したフロー図である。
図3】被処理体を高温処理する際に使用される装置の一構成例を模式的に示した図である。
図4】実施例1に係る成形体を高温処理する際に使用した組立体の構成を模式的に示した図である。
図5】被処理体中に含まれるフッ素量と高電子密度の導電性マイエナイト化合物の格子定数の間の関係を示したグラフである。
図6】実施例33に係る成形体を高温処理する際に使用した組立体の構成を模式的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明について、詳しく説明する。
【0032】
本発明では、
電子密度が5×1020cm−3以上の導電性マイエナイト化合物の製造方法であって、
(1)マイエナイト化合物またはマイエナイト化合物の前駆体を含む被処理体を調製する工程と、
(2)前記被処理体の表面の少なくとも一部にアルミニウム箔を配置し、前記被処理体を低酸素分圧の雰囲気下、1080℃〜1450℃の範囲の温度に保持する工程と、
を含むことを特徴とする製造方法が提供される。
【0033】
ここで、本願において、「マイエナイト化合物」とは、ケージ(籠)構造を有する12CaO・7Al(以下「C12A7」ともいう)およびC12A7と同等の結晶構造を有する化合物(同型化合物)の総称である。C12A7の同等の同型化合物としては、12SrO・7Alがある。
【0034】
また、本願において、「導電性マイエナイト化合物」とは、ケージ中に含まれる「フリー酸素イオン」の一部もしくは全てが電子で置換された、電子密度が1.0×1018cm−3以上のマイエナイト化合物を表す。また、電子密度が5×1020cm−3以上のマイエナイト化合物を、特に、「高電子密度の導電性マイエナイト化合物」と称する。全てのフリー酸素イオンが電子で置換されたときの電子密度は、2.3×1021cm−3である。従って、「マイエナイト化合物」には、「導電性マイエナイト化合物」、「高電子密度の導電性マイエナイト化合物」、および「非導電性マイエナイト化合物」が含まれる。
【0035】
本発明では、製造される「導電性マイエナイト化合物」の電子密度は、5.0×1020cm−3以上であり、「高電子密度の導電性マイエナイト化合物」を得ることができる。本発明において製造される導電性マイエナイト化合物の電子密度は、7.0×1020cm−3以上であることが好ましく、1.0×1021cm−3以上であることがより好ましい。
【0036】
なお、一般に、導電性マイエナイト化合物の電子密度は、その電子密度に応じて、2つの方法で測定される。すなわち、電子密度が1.0×1018cm−3〜3.0×1020cm−3未満の場合、電子密度は、導電性マイエナイト化合物粉末の拡散反射を測定し、クベルカムンク変換させた吸収スペクトルの2.8eV(波長443nm)の吸光度(クベルカムンク変換値)から算出される。この方法は、電子密度とクベルカムンク変換値が比例関係になることを利用している。以下、検量線の作成方法について説明する。
【0037】
電子密度の異なる試料を4点作成しておき、それぞれの試料の電子密度を、電子スピン共鳴(ESR)のシグナル強度から求めておく。ESRで測定できる電子密度は、1.0×1014cm−3〜1.0×1019cm−3程度である。クベルカムンク値とESRで求めた電子密度をそれぞれ対数でプロットすると比例関係となり、これを検量線とした。すなわち、この方法では、電子密度が1.0×1019cm−3〜3.0×1020cm−3では検量線を外挿した値である。
【0038】
一方、電子密度が3.0×1020cm−3〜2.3×1021cm−3の場合、電子密度は、導電性マイエナイト化合物粉末の拡散反射を測定し、クベルカムンク変換させた吸収スペクトルのピークの波長(エネルギー)から換算される。関係式は下記の式を用いた:

n=(−(Esp−2.83)/0.199)0.782

ここで、nは電子密度(cm−3)、Espはクベルカムンク変換した吸収スペクトルのピークのエネルギー(eV)を示す。
【0039】
また、本発明において、導電性マイエナイト化合物は、カルシウム(Ca)、アルミニウム(Al)および酸素(O)からなるC12A7結晶構造を有している限り、カルシウム(Ca)、アルミニウム(Al)および酸素(O)の中から選ばれた少なくとも1種の原子の一部が、他の原子や原子団に置換されていても良い。例えば、カルシウム(Ca)の一部は、マグネシウム(Mg)、ストロンチウム(Sr)、バリウム(Ba)、リチウム(Li)、ナトリウム(Na)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、セリウム(Ce)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)および銅(Cu)からなる群から選択される1以上の原子で置換されていても良い。また、アルミニウム(Al)の一部は、シリコン(Si)、ゲルマニウム(Ge)、ホウ素(B)、ガリウム(Ga)、チタン(Ti)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、セリウム(Ce)、プラセオジウム(Pr)、スカンジウム(Sc)、ランタン(La)、イットリウム(Y)、ヨーロピウム(Eu)、イットリビウム(Yb)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)およびテリビウム(Tb)からなる群から選択される1以上の原子で置換されても良い。また、ケージの骨格の酸素は、窒素(N)などで置換されていても良い。
【0040】
本発明において、導電性マイエナイト化合物は、ケージ内のフリー酸素イオンの少なくとも一部がH、H、H2−、O、O、OH、F、Cl、およびS2−などの陰イオンや、窒素(N)の陰イオンによって置換されていても良い。
【0041】
本発明における導電性マイエナイト化合物におけるカルシウム(Ca)とアルミニウム(Al)の割合は、CaO:Alに換算したモル比で、10:9〜13:6の範囲が好ましく、11:8〜12.5:6.5の範囲がより好ましく、11.5:7.5〜12.3:6.7の範囲がより好ましく、11.8:7.2〜12.2:6.8の範囲がさらに好ましく、約12:7が特に好ましい。カルシウム(Ca)の一部が他の原子に置換されている場合は、カルシウムと他の原子のモル数をカルシウムのモル数とみなす。アルミニウム(Al)の一部が他の原子に置換されている場合は、アルミニウムと他の原子のモル数をアルミニウムのモル数とみなす。
【0042】
一般に、マイエナイト化合物を含む被処理体を用いて、導電性マイエナイト化合物を製造する場合、「低酸素分圧の雰囲気」において、被処理体を熱処理する必要がある。製造される導電性マイエナイト化合物のケージ内の酸素を電子に置換し、ケージ内に酸素が侵入しないようにするためである。従って、この「低酸素分圧の雰囲気」における酸素分圧は、できる限り低いことが好ましい。
【0043】
本発明の製造方法では、アルミニウム蒸気(後述するアルミニウム箔により供給される)が環境中に含まれるため、酸素分圧が十分に抑制された雰囲気において、被処理体の熱処理を行うことができる。このため、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を製造できる。
【0044】
本発明の製造方法では、被処理体の表面の少なくとも一部にアルミニウム箔を配置し、被処理体を1080℃〜1450℃の範囲の温度に保持して、該温度の範囲において前記被処理体の表面の少なくとも一部に前記アルミニウム箔に由来するアルミニウムを接触させるという特徴を有する。
【0045】
ここで、被処理体の表面にアルミニウム箔を配置するとき、アルミニウム箔は、被処理体の表面に接触していても、接触していなくても良い。ただし、被処理体が1080℃〜1450℃の範囲の温度に保持される際には、アルミニウム箔に由来するアルミニウムの溶融物が被処理体の表面に接触している状態となるように、アルミニウム箔は配置される必要がある。
【0046】
アルミニウム箔は、被処理体の「底面」に設置されても良い。なお、被処理体の「底面」とは、被処理体を台上に置載したときに、この台と接触する面、すなわち、鉛直方向の最下面を意味する。
【0047】
アルミニウム箔は、例えば、被処理体の「底面」の他、「上面」を覆うように配置されても良い。あるいは、アルミニウム箔は、例えば、被処理体の露出表面全体を覆うように配置されても良い。ここで、被処理体の「上面」とは、被処理体の底面と対向する表面を意味する。
【0048】
このようなアルミニウム箔は、熱処理環境中にアルミニウム蒸気を供給するアルミニウム蒸気源として機能する。
【0049】
アルミニウム箔は、JIS規格では6μm〜200μmである。アルミニウム箔を使用した場合、環境中に含まれるアルミニウムの総量は、例えばアルミニウム箔が被処理体の全表面全体を覆うように配置された場合、すなわち、最も多くのアルミニウム箔が使用された場合であっても、比較的少なくて済む。従って、この場合、多量のアルミニウム粉末を使用する前述の特許文献2の方法とは異なり、熱処理中に被処理体がアルミニウムの溶融液中に浸漬された状態になることが有意に抑制される。
【0050】
なお、本発明による製造方法においても、アルミニウム箔は、熱処理中に溶融する。しかしながら、被処理体の表面に存在するアルミニウムの溶融物からなる層は、比較的薄いため、この溶融物は、例えば環境中の酸素(O)や一酸化炭素(CO)ガス等と反応して、比較的速やかにAlやAlのような酸化物や炭化物等のアルミニウム化合物に変化してしまう。
【0051】
さらに、このようなアルミニウム化合物は、アルミニウム箔から生成するものであるため大変薄い。さらにアルミニウム化合物は後述する被処理体を熱処理する温度の範囲では、焼結または溶融し難いため、熱処理後に、被処理体に大量に固着することはない。また、熱処理に用いられる容器等にも大量に固着しない。従って、熱処理後の被処理体、すなわち導電性マイエナイト化合物は容易に採取できる。
【0052】
従って、本発明による製造方法では、従来の製造方法による問題、すなわち熱処理後に、被処理体の表面や熱処理に用いられる容器等にアルミニウムが固着し、熱処理後の被処理体、すなわち導電性マイエナイト化合物を採取するのが困難であるという問題を有意に抑制できる。
【0053】
以上のことから、本発明による導電性マイエナイト化合物の製造方法では、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を効率良く製造することが可能となる。
【0054】
また、本発明による高電子密度の導電性マイエナイト化合物の製造方法では、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を採取する工程が簡素化されるため、例えば気相蒸着法による成膜用のターゲット等のような比較的大きな製品に対しても、有意に適用できる。このため、本発明による製造方法では、比較的大きな高電子密度の導電性マイエナイト化合物の製品を製造できる。
【0055】
なお、本発明の一実施例による製造方法では、アルミニウム箔は、被処理体の底面に設置することもできる。被処理体の底面にアルミニウム箔を設置することで、電子密度の「ムラ」が少ない高電子密度の導電性マイエナイト化合物を経済的に製造することが可能である。
【0056】
図1には、熱処理のため、被処理体が台上に置載された状態を示す。図1(a)には、被処理体の上面にアルミニウム箔が配置された場合を示し、図1(b)には、被処理体の底面にアルミニウム箔が配置された場合を示す。また、図1(c)には、被処理体の底面および上面にアルミニウム箔が配置された場合を示す。
【0057】
まず、図1(a)に示すように、台10上に置載された被処理体20の底面22には、アルミニウム箔が配置されず、被処理体20の上面25にのみアルミニウム箔30が配置された場合を考える。
【0058】
この場合、被処理体20の底面22は、台10と接触するため、この底面22は、環境ガスとの接触が妨害されやすい傾向にある。従って、アルミニウム箔30からのアルミニウム蒸気は、被処理体20の上面25および側面には十分供給されるものの、被処理体の底面22には、供給され難くなる。
【0059】
厚さが比較的薄い被処理体は、この状態で熱処理しても問題ない。しかし厚さが比較的厚い被処理体をこの状態で熱処理を実施した場合、底面22では、環境側からのアルミニウム蒸気の供給が不十分となる。このため、被処理体20の底面22およびその内方側では、他の側に比べて被処理体20の還元反応が十分に進まなくなるおそれがある。
【0060】
これに対して、図1(b)に示すように、被処理体20の底面22にアルミニウム箔30が配置された場合、アルミニウム箔30側からのアルミニウム蒸気は、被処理体20の上面および側面の他、被処理体20の底面22およびその内方にも、十分に供給されるようになる。
【0061】
従って、この場合、被処理体20の底面22およびその内方側でも、被処理体20の還元反応が十分に進行し、電子密度に「ムラ」の少ない高電子密度の導電性マイエナイト化合物を製造することが可能となる。
【0062】
このような観点から、本発明による一実施例では、アルミニウム箔30は、被処理体20の底面に配置できる。
【0063】
なお、図1(c)に示すように、被処理体20の底面22および上面25の双方に、アルミニウム箔30が配置された場合、被処理体20の底面22および上面25の両側から、被処理体20の各部分に、アルミニウム蒸気を十分に供給することが可能になる。従って、この場合、被処理体20をより迅速に還元することが可能になるという効果が得られる。
【0064】
また、図1には示していないが、同様の理由により、アルミニウム箔30は、被処理体20の底面22および上面25を含む被処理体20の表面全体を覆うように設置されても良い。
【0065】
(本発明の一実施例による高電子密度の導電性マイエナイト化合物の製造方法)
以下、図面を参照して、本発明の一実施例による製造方法について、詳しく説明する。
【0066】
図2には、本発明の一実施例による高電子密度の導電性マイエナイト化合物の製造方法を示す。
【0067】
図2に示すように、本発明の一実施例による製造方法は、
(1)マイエナイト化合物またはマイエナイト化合物の前駆体を含む被処理体を調製する工程(工程S110)と、
(2)前記被処理体の表面の少なくとも一部にアルミニウム箔を配置し、前記被処理体を低酸素分圧の雰囲気下、1080℃〜1450℃の範囲の温度に保持する工程(工程S120)と、
を有する。以下、それぞれの工程について説明する。
【0068】
(工程S110:被処理体の調製工程)
この工程S110では、マイエナイト化合物を含む被処理体が調製される。マイエナイト化合物は、導電性マイエナイト化合物であっても、高電子密度の導電性マイエナイト化合物であっても、非導電性マイエナイト化合物であっても良い。
【0069】
被処理体は、マイエナイト化合物の粉末を含む成形体であっても良い。あるいは、被処理体は、マイエナイト化合物を含む焼結体であっても良い。後者の場合、焼結体は、マイエナイト化合物の粉末を含む成形体を熱処理することにより、成形体の少なくとも一部が焼結されたものであっても良い。被処理体は、マイエナイト化合物の前駆体を含む成形体であっても良い。マイエナイト化合物の前駆体は、仮焼粉の成形体であっても良い。
【0070】
以下、被処理体がマイエナイト化合物の粉末を含む成形体である場合を例に、被処理体の調製工程について説明する。
【0071】
被処理体がマイエナイト化合物の粉末を含む成形体の場合、この粉末は、以下に示す方法により、原料粉末を高温に加熱することにより合成、製造される。
【0072】
まず、マイエナイト化合物粉末を合成するための原料粉末が調合される。原料粉末は、カルシウム(Ca)とアルミニウム(Al)の割合が、CaO:Alに換算したモル比で、14:5〜10:9となるように調合される。特に、カルシウム(Ca)とアルミニウム(Al)の割合は、CaO:Alに換算したモル比で、13:6〜11:8が好ましく、12.6:6.4〜11.7:7.3がより好ましく、12.3:6.7〜11.8:7.2がさらに好ましい。理想的には、CaO:Al(モル比)は、約12:7であることが好ましい。なお、原料粉末に使用される化合物は、前記割合が維持される限り、特に限られない。
【0073】
原料粉末は、カルシウムアルミネートを含むか、または、カルシウム化合物、アルミニウム化合物、およびカルシウムアルミネートからなる群から選定された少なくとも2つを含むことが好ましい。原料粉末は、例えば、カルシウム化合物とアルミニウム化合物とを含む混合粉末であっても良い。原料粉末は、例えば、カルシウム化合物とカルシウムアルミネートとを含む混合粉末であっても良い。また、原料粉末は、例えば、アルミニウム化合物とカルシウムアルミネートとを含む混合粉末であっても良い。また、原料粉末は、例えば、カルシウム化合物と、アルミニウム化合物と、カルシウムアルミネートとを含む混合粉末であっても良い。さらに、原料粉末は、例えば、カルシウムアルミネートのみを含む混合粉末であっても良い。
【0074】
カルシウム化合物としては、炭酸カルシウム、酸化カルシウム、水酸化カルシウム、炭酸水素カルシウム、硫酸カルシウム、メタリン酸カルシウム、シュウ酸カルシウム、酢酸カルシウム、硝酸カルシウム、およびハロゲン化カルシウムなどが挙げられる。これらの中では、炭酸カルシウム、酸化カルシウム、および水酸化カルシウムが好ましい。
【0075】
アルミニウム化合物としては、水酸化アルミニウム、酸化アルミニウム、硫酸アルミニウム、硝酸アルミニウム、およびハロゲン化アルミニウムなどが挙げられる。これらの中では、水酸化アルミニウムおよび酸化アルミニウムが好ましい。酸化アルミニウム(アルミナ)は、α−アルミナ、γ−アルミナ、δ−アルミナなどがあるが、α−酸化アルミニウム(アルミナ)が特に好ましい。
【0076】
カルシウムアルミネートとしては、CaO・Al、3CaO・Al、5CaO・3Al、CaO・2Al、CaO・6Al等が好ましい。C12A7を、カルシウム化合物またはアルミニウム化合物と混合して用いても良い。
【0077】
また、原料粉末は、さらにフッ素(F)および/または塩素(Cl)のようなハロゲン成分を含んでも良い。フッ素(F)成分としては、例えば、フッ化カルシウム(CaF)等が挙げられる。また、塩素(Cl)成分としては、例えば、塩化カルシウム(CaCl)等が挙げられる。
【0078】
原料粉末にハロゲン成分を添加した場合、最終的に(工程S120の後に)、ケージ内にハロゲンイオンが導入された、高電子密度の導電性マイエナイト化合物等を製造できる。
【0079】
ハロゲン成分を含む原料粉末は、これに限られるものではないが、例えば、前述のようなカルシウム化合物とアルミニウム化合物の混合粉末に、ハロゲン化カルシウムを添加して調製しても良い。
【0080】
原料粉末中のハロゲン成分の含有量は、特に限られない。ハロゲン成分の含有量は、例えば、最終的に得られる導電性マイエナイト化合物の化学式を

(12−x)CaO・7Al・xCaA (1)式

で表した際に、xの範囲が0〜0.60の範囲となるように選定されても良い。ここで、Aは、ハロゲンを表す。
【0081】
次に、調合した原料粉末が高温に保持され、マイエナイト化合物が合成される。合成は、不活性ガス雰囲気下や真空下で行っても良いが、大気下で行うことが好ましい。
【0082】
合成温度は、特に限られないが、例えば、1150℃〜1460℃の範囲であり、1200℃〜1415℃の範囲が好ましく、1250℃〜1400℃の範囲がより好ましく、1300℃〜1350℃の範囲がさらに好ましい。1150℃〜1460℃の温度範囲で合成した場合、C12A7の結晶構造を多く含むマイエナイト化合物が得られ易くなる。合成温度が低すぎると、C12A7結晶構造が少なくなるおそれがある。一方、合成温度が高すぎると、マイエナイト化合物の融点を超えるため、C12A7の結晶構造が少なくなるおそれがある。
【0083】
合成温度は、フッ素を含有しないマイエナイト化合物では、1250℃〜1415℃がより好ましく、1270℃〜1400℃がさらに好ましく、1300℃〜1350℃が特に好ましい。
【0084】
合成温度は、フッ素を含有するマイエナイト化合物では、1180℃〜1450℃がより好ましく、1200℃〜1400℃がさらに好ましく、1250℃〜1350℃が特に好ましい。フッ素を含有するマイエナイト化合物は、化合物の融点が高くなるため、合成温度範囲が広くなり、製造しやすい。
【0085】
高温の保持時間は、特に限られず、これは、合成量および保持温度等によっても変動する。保持時間は、例えば、1時間〜12時間である。保持時間は、例えば、2時間〜10時間であることが好ましく、4時間〜8時間であることがより好ましい。原料粉末を2時間以上、高温で保持することにより、固相反応が十分に進行し、均質なマイエナイト化合物を得ることができる。
【0086】
合成により得られるマイエナイト化合物は、一部または全てが焼結した塊状である。塊状のマイエナイト化合物に対して、後述する工程S120の処理を行っても良いが、所望の形状や均質な導電性マイエナイト化合物を得るためには、下記のマイエナイト化合物の粉砕を行い、マイエナイト化合物の粉末を作製することが好ましい。
【0087】
塊状のマイエナイト化合物は、スタンプミル等で、例えば、5mm程度の大きさまで粉砕処理される。さらに、自動乳鉢や乾式ボールミルで、平均粒径が10μm〜100μm程度まで粉砕処理が行われる。ここで、「平均粒径」は、レーザ回折散乱法で測定して得た値を意味するものとする。以下、粉末の平均粒径は、同様の方法で測定した値を意味するものとする。
【0088】
さらに微細で均一な粉末を得たい場合は、例えば、C2n+1OH(nは3以上の整数)で表されるアルコール(例えば、イソプロピルアルコール)を溶媒として用い、湿式ボールミル、または循環式ビーズミルなどを用いることにより、粉末の平均粒径を0.5μm〜50μmまで微細化できる。溶媒としては、水は使用できない。マイエナイト化合物はアルミナセメントの一成分であり、容易に水と反応し、水和物を生成するからである。
【0089】
以上の工程により、マイエナイト化合物の粉末が調製される。
【0090】
なお、原料粉末がハロゲン成分を含む場合は、ケージ内の一部にハロゲンイオンが導入されたマイエナイト化合物を得ることができる。
【0091】
粉末として調製されるマイエナイト化合物は、導電性マイエナイト化合物であっても良い。導電性マイエナイト化合物を作製する場合、例えば、下記の方法が挙げられる:マイエナイト化合物を蓋付きカーボン容器中に入れて、1600℃で熱処理して作製する方法(国際公開第2005/000741号)、マイエナイト化合物を蓋付きカーボン容器に入れて、窒素中1300℃で熱処理して作製する方法(国際公開第2006/129674号)、炭酸カルシウム粉末と酸化アルミニウム粉末から作られる、カルシウムアルミネートなどの粉末を蓋付きカーボン坩堝に入れて、窒素中1300℃で熱処理して作製する方法(国際公開第2010/041558号)、炭酸カルシウム粉末と酸化アルミニウム粉末を混合した粉末を、蓋付きカーボン坩堝に入れて、窒素中1300℃で熱処理して作製する方法(特開2010−132467号公報)など。
【0092】
あるいは、非導電性マイエナイト化合物と導電性マイエナイト化合物の混合粉末を用いても良い。
【0093】
次に、得られたマイエナイト化合物の粉末を用いて、成形体が形成される。(ちなみに、被処理体として、マイエナイト化合物を含む焼結体を利用する場合は、この成形体が焼結処理され、焼結体が形成される。)
成形体の形成方法は、特に限られず、従来の各種方法を用いて、成形体を形成しても良い。例えば、成形体は、マイエナイト化合物の粉末、または該粉末を含む混練物からなる成形材料の加圧成形により、調製しても良い。成形材料をプレス成形、シート成形、押出成形、または射出成形することにより、成形体を得ることができる。成形体の形状は、特に限られない。成形体がバインダーを含む場合は、予め成形体を加熱し、バインダーを除去することが好ましい。
以上の方法により、マイエナイト化合物の粉末を含む成形体を調製できる。
【0094】
一方、得られたマイエナイト化合物の粉末を含む成形体を用いて、マイエナイト化合物を含む焼結体を作製する場合、処理温度は、成形体が焼結される条件であれば、特に限られない。マイエナイト化合物の粉末を含む成形体が、例えば、300℃〜1450℃の温度の範囲で焼結処理され、これによりマイエナイト化合物を含む焼結体が形成される。300℃以上であると有機成分が揮発し粉末の接点が増えるため焼結処理が進行しやすく、1450℃以下であると焼結体の形状を保持しやすい。熱処理の最高温度は、おおよそ1000℃〜1420℃の範囲であり、好ましくは1050℃〜1415℃、より好ましくは1100℃〜1380℃、さらに好ましくは1250℃〜1350℃である。
【0095】
熱処理の最高温度における保持時間は、おおよそ1時間〜50時間の範囲であり、好ましくは2時間〜40時間、より好ましくは3時間〜30時間、さらに好ましくは4時間〜10時間である。また、保持時間を長くしても、特性上は特に問題はないが、作製コストを考えると、保持時間は、48時間以内が好ましい。
【0096】
焼結処理は、大気雰囲気下で行っても良く、アルゴン、ヘリウム、ネオン、窒素などの不活性ガス、酸素ガス、またはこれらの混在した雰囲気中や、真空中で実施しても良い。
【0097】
得られたマイエナイト化合物を含む焼結体は、必要に応じて、所望の形状に加工しても良い。加工方法は、特に限られず、機械加工、放電加工、レーザ加工等が適用されても良い。
【0098】
被処理体の寸法は、特に限られない。ただし、本発明の一実施例による製造方法では、従来のように熱処理後の被処理体が採取し難いことがなく、アルミニウム固着物の分離工程が簡略化できるため、比較的寸法の大きな被処理体に対しても有意に適用できることに留意する必要がある。
【0099】
以下、被処理体が仮焼粉の成形体である場合を例に、被処理体の調製工程について説明する。
【0100】
本願において、「仮焼粉」とは、熱処理を経て調製された粉末であって、(i)酸化カルシウム、酸化アルミニウム、およびカルシウムアルミネートからなる選定された少なくとも2つを含む混合粉末、または、(ii)2種類以上のカルシウムアルミネートの混合粉末を意味する。カルシウムアルミネートとしては、CaO・Al、3CaO・Al、5CaO・3Al、CaO・2Al、CaO・6Al、C12A7等が挙げられる。「仮焼粉」における、カルシウム(Ca)とアルミニウム(Al)の割合は、CaO:Alに換算したモル比で、9.5:9.5〜13:6である。
【0101】
特に、カルシウム(Ca)とアルミニウム(Al)の割合は、CaO:Alに換算したモル比で、10:9〜13:6の範囲となるように調合される。CaO:Al(モル比)は、11:8〜12.5:6.5の範囲が好ましく、11.5:7.5〜12.3:6.7の範囲がより好ましく、11.8:7.2〜12.2:6.8の範囲がさらに好ましく、約12:7が特に好ましい。
【0102】
仮焼粉は、マイエナイト化合物の「前駆体」とも称される。
【0103】
仮焼粉は、以下のようにして調製できる。
【0104】
まず、原料粉末を準備する。原料粉末は、少なくとも、酸化カルシウム源および酸化アルミニウム源となる原料を含む。
【0105】
例えば、原料粉末は、2種類以上のカルシウムアルミネートを含むか、または、カルシウム化合物、アルミニウム化合物、およびカルシウムアルミネートからなる群から選定された少なくとも2つを含むことが好ましい。
【0106】
原料粉末は、例えば、以下の原料粉末であっても良い:カルシウム化合物とアルミニウム化合物とを含む原料粉末、カルシウム化合物とカルシウムアルミネートとを含む原料粉末、アルミニウム化合物とカルシウムアルミネートとを含む原料粉末、カルシウム化合物と、アルミニウム化合物と、カルシウムアルミネートとを含む原料粉末、カルシウムアルミネートのみを含む原料粉末。
【0107】
以下、代表例として、原料粉末が少なくとも、酸化カルシウム源となる原料Aと、酸化アルミニウム源となる原料Bとを含む場合を想定して、仮焼粉の調製方法を説明する。
【0108】
原料Aとしては、炭酸カルシウム、酸化カルシウム、水酸化カルシウム、炭酸水素カルシウム、硫酸カルシウム、メタリン酸カルシウム、シュウ酸カルシウム、酢酸カルシウム、硝酸カルシウム、およびハロゲン化カルシウムなどが挙げられる。これらの中では、炭酸カルシウム、酸化カルシウム、および水酸化カルシウムが好ましい。
【0109】
原料Bとしては、水酸化アルミニウム、酸化アルミニウム、硫酸アルミニウム、硝酸アルミニウム、およびハロゲン化アルミニウムなどが挙げられる。これらの中では、水酸化アルミニウムおよび酸化アルミニウムが好ましい。酸化アルミニウム(アルミナ)は、α−アルミナ、γ−アルミナ、δ−アルミナなどがあるが、α−酸化アルミニウム(アルミナ)が好ましい。
【0110】
なお、仮焼粉は、原料Aおよび原料B以外の物質を含んでも良い。
【0111】
次に、原料Aおよび原料Bを含む原料粉末が熱処理される。これにより、カルシウムとアルミニウムを含む仮焼粉が得られる。前述のように、仮焼粉中のカルシウム(Ca)とアルミニウム(Al)の割合は、CaO:Alに換算したモル比で、約10:9〜13:6の範囲である。
【0112】
熱処理の最高温度は、おおよそ600℃〜1250℃の範囲であり、好ましくは900℃〜1200℃、より好ましくは1000℃〜1100℃である。熱処理の最高温度における保持時間は、おおよそ1時間〜50時間の範囲であり、好ましくは、2時間〜40時間、さらに好ましくは3時間〜30時間である。また、保持時間を長くしても、特性上は特に問題はないが、作製コストを考えると、保持時間は、48時間以内が好ましい。
【0113】
熱処理は、大気中で実施しても良い。アルゴン、ヘリウム、ネオン、窒素などの不活性ガス、酸素ガス、またはこれらの混在した雰囲気中や、真空中で実施しても良い。
【0114】
熱処理後に得られた仮焼粉は、通常、一部または全てが焼結した塊状である。このため、粉砕処理(粗粉砕および/または微細化)を実施しても良い。
【0115】
次に、前述のように調製された仮焼粉を用いて、成形体が形成される。成形体の形成方法は、前述のマイエナイト化合物粉末の成形体の調製方法と同様の方法が適用できるため、ここではこれ以上説明しない。以上の工程により、仮焼粉の成形体が調製される。
【0116】
(工程S120:被処理体の熱処理工程)
次に、被処理体が低酸素分圧の雰囲気下で高温処理される。これにより、被処理体がマイエナイト化合物の粉末を含む成形体、または一部が焼結した焼結体のときは、被処理体中のマイエナイト化合物粒子の焼結が進行するとともに、マイエナイト化合物のケージ中の酸素イオンが電子と置換され、導電性マイエナイト化合物が生成される。被処理体の全てが焼結したマイエナイト化合物を含む焼結体のときは、マイエナイト化合物のケージ中の酸素イオンが電子と置換され、導電性マイエナイト化合物が生成される。
【0117】
ここで、前述のように、本発明の一実施例による製造方法では、被処理体の表面の少なくとも一部にアルミニウム箔が配置される。被処理体の表面にアルミニウム箔を配置するとき、アルミニウム箔は、被処理体の表面に接触していても、接触していなくても良い。ただし、被処理体が1080℃〜1450℃の範囲の温度に保持される際には、アルミニウム箔に由来するアルミニウムの溶融物が被処理体の表面に接触している状態となるように、アルミニウム箔が配置される必要がある。
【0118】
前述のように、アルミニウム箔は、被処理体の底面および/または上面に配置されることが好ましく、被処理体の底面および上面に配置されることがより好ましい。アルミニウム箔は、例えば、被処理体の表面全体に配置されても良い。アルミニウム箔が被処理体の下部にあると、一酸化炭素(CO)ガス源があるときには、熱処理後にほとんど炭化アルミニウム粉末となり、導電性マイエナイト化合物とセッターの離型材の役割も果たす。
【0119】
アルミニウム箔の厚さは、特に限られないが、例えば、5μm〜1000μmの範囲であっても良い。また、総厚さがこの範囲であれば、被処理体の底面に、複数のアルミニウム箔を重ねて配置しても良い。10μm〜400μmが好ましく、15μm〜100μmがより好ましく、20μm〜60μmがさらに好ましく、25μm〜50μmが特に好ましい。
【0120】
アルミニウム箔は導電性マイエナイト化合物の電子密度が、5×1020cm−3以上となるような厚さを採用すれば良い。
【0121】
次に、この表面の少なくとも一部にアルミニウム箔が配置された被処理体は、低酸素分圧の雰囲気下で高温処理される。
【0122】
ここで、「低酸素分圧の雰囲気」とは、環境中の酸素分圧が10−3Pa以下の雰囲気の総称を意味し、該環境は、不活性ガス雰囲気、または減圧環境(例えば圧力が100Pa以下の真空環境)であっても良い。酸素分圧は、10−5Pa以下が好ましく、10−10Pa以下がより好ましく、10−15Pa以下がさらに好ましく、10−18Pa以下が特に好ましい。
【0123】
例えば、圧力が100Pa以下の真空雰囲気下で熱処理を実施しても良い。圧力は、70Pa以下であっても良く、例えば、30Pa以下、あるいは10Pa以下であっても良く、または1Pa以下でも良い。圧力は低いほど好ましい。
【0124】
あるいは、熱処理に用いられる容器等を、酸素分圧が100Pa以下の不活性ガス雰囲気(ただし窒素ガスを除く)で使用しても良い。系外から供給する不活性ガス雰囲気の酸素分圧は、100Pa以下であり、例えば10Pa以下であり、あるいは1Pa以下、例えば0.1Pa以下であっても良い。
【0125】
不活性ガス雰囲気は、アルゴンガス雰囲気等であっても良い。ただし、本発明の一実施例において、不活性ガスとして窒素ガスを使用することは好ましくない。窒素ガスは、反応環境中に存在するアルミニウム蒸気と反応して、窒化アルミニウムを生成する。このため、窒化アルミニウムが生成すると、マイエナイト化合物を還元するために必要な、アルミニウム蒸気が供給され難くなるからである。
【0126】
低酸素分圧の雰囲気は一酸化炭素ガスを含んでも良い。一酸化炭素ガスは、被処理体の置かれる環境に外部から供給しても良いが、カーボンを含む容器内に被処理体を配置し、この容器側から、一酸化炭素ガスを供給しても良い。容器としては、例えば、カーボン製容器を用いても良く、カーボン製シートおよび/またはカーボン製板を環境中に配置しても良い。
【0127】
熱処理温度は、1080℃〜1450℃の範囲であり、1150℃〜1380℃の範囲が好ましく、1180℃〜1350℃がより好ましく、1200℃〜1340℃がさらに好ましく、1230℃〜1330℃が特に好ましい。熱処理温度が1080℃よりも低い場合、マイエナイト化合物に十分な導電性を付与することができないおそれがある。また、熱処理温度が1450℃よりも高い場合、マイエナイト化合物の融点を超えるため結晶構造が分解してしまい、電子密度が低くなる。
【0128】
ハロゲン成分を含まない被処理体では、熱処理温度が1180℃〜1350℃であると、熱処理後に得られる導電性マイエナイト化合物の最小寸法が5mm以上の場合、電子密度が1.0×1021cm−3以上の導電性マイエナイト化合物が得られやすい。1200℃〜1340℃では、電子密度が1.3×1021cm−3以上の導電性マイエナイト化合物が得られやすく、さらに焼結体が変形し難くなる。1230℃〜1330℃では、得られる導電性マイエナイト化合物の相対密度が95%以上となりやすい。
【0129】
一方、被処理体がハロゲン成分を含む場合、熱処理温度は、1080℃〜1450℃の範囲であり、1130℃〜1400℃が好ましく、1150℃〜1380℃がさらに好ましく、1180℃〜1370℃が特に好ましく、1200℃〜1350℃がもっとも好ましい。
【0130】
被処理体の高温保持時間は、30分〜50時間の範囲であることが好ましい。被処理体の保持時間が30分未満の場合、焼結が不十分であり、得られた焼結体が壊れやすくなるおそれがある。また、保持時間を長くしても、特性上は特に問題はないが、マイエナイト化合物の所望の形状が保持しやすいことから、保持時間は50時間以内であることが好ましい。また、無駄なエネルギーを使用しない観点から、40時間以内であることがより好ましく、24時間以内がさらに好ましい。
【0131】
保持時間は、1時間〜18時間が好ましく、2時間〜12時間がさらに好ましく、3時間〜12時間が特に好ましい。
【0132】
なお、さらに導電性マイエナイト化合物を採取し易くする目的で、熱処理に用いられる容器等および/または導電性マイエナイト化合物に、窒化ホウ素(BN)や酸化タンタル(Ta)のような、難焼結性のセラミックス粉末、セラミックス板等を、熱処理される環境中に散布および/または配置しても構わない。このとき、得られる導電性マイエナイト化合物の電子密度やC12A7構造が損なわれない範囲にすることを留意する必要がある。
【0133】
以上の工程により、電子密度が5.0×1020cm−3以上の導電性マイエナイト化合物を製造できる。なお、(工程S110)において、フッ素成分を含む被処理体を使用した場合、フッ素を含む高電子密度の導電性マイエナイト化合物が製造される。この場合、フッ素は、ケージ内に導入されていても良いし、ケージの骨格に導入されていても良い。
【0134】
前述のように、アルミニウム箔は、熱処理中に溶融しても薄い溶融層しか形成されず、アルミニウム溶融液中に被処理体が浸漬された状態になることは生じ難い。また、この薄い溶融層は、環境中の酸素ガスや一酸化炭素ガスと反応して、比較的速やかにAlやAlのような酸化物や炭化物等のアルミニウム化合物に変化する。このようなアルミニウム化合物は、アルミニウム箔から生成したため大変薄い。さらにアルミニウム化合物は被処理体を熱処理する温度の範囲では、焼結または溶融し難いため、熱処理後に、被処理体に大量に固着することはなく、そのほか、熱処理のときに使用される容器等にも大量に固着しない。従って、熱処理後の被処理体、すなわち導電性マイエナイト化合物は容易に採取できる。
【0135】
従って、本発明の一実施例による製造方法では、従来の製造方法による問題、すなわち熱処理後に、被処理体の表面や熱処理に用いられる容器等にアルミニウムが固着し、熱処理後の被処理体、すなわち導電性マイエナイト化合物を採取するのが困難という問題を有意に抑制できる。
【0136】
従って、本発明の一実施例による製造方法では、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を効率良く製造することが可能になる。なお、以上の工程の説明は、単なる一例であって、本発明の一実施例による製造方法は、その他の工程を含んでも良いことに留意する必要がある。
【0137】
図3には、被処理体を熱処理する際に使用される装置の一構成図を模式的に示す。装置100は、全体が真空を含めた雰囲気調整可能な電気炉で構成されており、排気口170が排気系と接続されている。
【0138】
装置100は、真空を含めた雰囲気調整可能な電気炉内部に、上部が開放されている容器120と、該容器120の上部に配置される蓋130と、容器120内に配置された試料支持台140とを有する。容器120はカーボン製またはアルミナ製で構成されても良い。
【0139】
試料支持台140は、高温処理の際に、アルミニウム蒸気や被処理体160と反応しない材料で構成される。例えば、試料支持台140は、カーボン板またはアルミナ板で構成されても良い。なお、試料支持台140は、省略しても良い。
【0140】
試料支持台140の上部(試料支持台140が存在しない場合、容器120の上部)には、マイエナイト化合物を含む被処理体160が配置される。また、被処理体160の底面には、アルミニウム箔180が配置される。ただし、アルミニウム箔は、被処理体160の底面に限られない。熱処理中にアルミニウム箔に由来するアルミニウムが、被処理体160に接しうる場所ならば、どこに配置してもよい。
【0141】
熱処理の際には、被処理体160の底面のアルミニウム箔180は融点以上で溶融する。さらに容器120と蓋130で囲まれた空間には、アルミニウム蒸気が存在する。従って、アルミニウムが還元剤として機能し、被処理体160のマイエナイト化合物は、(2)式の反応により、導電性マイエナイト化合物になる:

3O2− + 2Al → 6e + Al (2)式

容器120および/または蓋130がカーボン製である場合には、容器120および/または蓋130は一酸化炭素ガスの供給源となる。すなわち、被処理体160の熱処理中には、容器120および/または蓋130側から一酸化炭素ガスが生じる。
【0142】
環境中の酸素ガスまたは一酸化炭素ガスは、アルミニウム箔180が溶融して生じたアルミニウム溶融物の層が、熱処理後に、被処理体160の底面に、強固に密着することを抑制する役割を果たす。より具体的には、このアルミニウム溶融物の層は、環境中の酸素ガスまたは一酸化炭素ガスと反応して、例えば、アルミニウム酸化物(例えばAl)、アルミニウム炭化物(例えばAl)、および炭化酸化アルミニウム(例えばAlC)等の、アルミニウム化合物を生成する。このようなアルミニウム化合物は、アルミニウム箔から生成するため大変薄く、アルミニウムがほぼ残存しないため、導電性マイエナイト化合物や試料支持体140に固着することはほとんどない。
【0143】
従って、装置100を使用して被処理体160を熱処理することにより、被処理体が還元され、導電性マイエナイト化合物の製品が形成される。導電性マイエナイト化合物の表面と試料支持体140の間には薄いアルミニウム化合物があり、導電性マイエナイト化合物を試料支持体140から容易に採取できる。
【0144】
なお、図3の装置構成は、一例であって、この他の装置を使用して、被処理体を熱処理しても良いことは、当業者には明らかであろう。
【0145】
(本発明の一実施例による高電子密度の導電性マイエナイト化合物製の気相蒸着法による成膜用ターゲット)
前述のような本発明の一実施例による製造方法を用いた場合、例えば高電子密度の導電性マイエナイト化合物製の気相蒸着法で成膜を行う際に用いられるターゲット(例えば、スパッタリングターゲット)を製造できる。
【0146】
前述のように、特許文献2に記載の方法では、熱処理の際に、被処理体は、アルミニウム粒子が溶融して生じたアルミニウム溶融物中に浸漬された状態となる。従って、熱処理後の被処理体の表面には、アルミニウムの固着物が強固に密着するという問題が生じる。
【0147】
また、このような固着物は、熱処理に用いられる容器とも固着しているため、被処理体を破損せずに採取することは困難である。特に、被処理体が大きな寸法を有する場合、被処理体を破損せずに採取することは極めて難しい。
【0148】
このような問題のため、これまで、高電子密度の導電性マイエナイト化合物製の大型製品、例えば最小寸法が5mm以上のターゲットは、製造することは難しかった。
【0149】
しかしながら、本発明の一実施例では、電子密度が5×1020cm−3以上の導電性マイエナイト化合物を含み、最小寸法が5mm以上の成膜用ターゲットを容易に製造できる。円板の平型ターゲットにおいては、直径が、好ましくは50mm以上、より好ましくは75mm以上、さらに好ましくは100mm以上、特に好ましくは200mm以上のものを有するものを製造できる。長方形の平型ターゲットにおいては、長径が、好ましくは50mm以上、より好ましくは75mm以上、さらに好ましくは100mm以上、特に好ましくは200mm以上のものを有するものを製造できる。回転型ターゲットにおいては、円筒の高さが、好ましくは50mm以上、より好ましくは75mm以上、さらに好ましくは100mm以上、特に好ましくは200mm以上のものを製造できる。
【0150】
気相蒸着法による成膜用ターゲットの電子密度や相対密度は高い方が良く、電子密度は、1.0×1021cm−3以上が好ましく、1.3×1021cm−3以上がさらに好ましく、1.5×1021cm−3以上が特に好ましい。相対密度は、90%以上が好ましく、93%以上がさらに好ましく、95%以上が特に好ましい。
【0151】
本発明の成膜用ターゲットを用いて、酸素分圧が0.1Pa未満の雰囲気下で、気相蒸着法により、基板上に製膜を行うと、電子を含む非晶質の薄膜を形成することができる。電子密度が2×1018cm−3以上2.3×1021cm−3以下の範囲で電子を含む非晶質の薄膜が得られる。非晶質の薄膜は、カルシウム、アルミニウム、および酸素を含む非晶質固体物質で構成されて良い。すなわち、本発明の成膜用ターゲットを用いて、酸素分圧が0.1Pa未満の雰囲気下で、気相蒸着法により、基板上に製膜を行うと、カルシウムおよびアルミニウムを含む非晶質酸化物のエレクトライドの薄膜を形成できる。
【0152】
得られる非晶質の薄膜は、4.6eVの光子エネルギー位置において光吸収を示す。得られる非晶質の薄膜の電子密度は、1×1019cm−3以上であっても良く、1×1020cm−3以上であっても良い。得られる非晶質の薄膜の仕事関数は、2.8〜3.2eVであって良い。得られる非晶質の薄膜において、4.6eVの光子エネルギー位置における光吸収係数に対する、3.3eVの位置における光吸収係数の比は、0.35以下であって良い。得られる非晶質の薄膜において、Fセンターの濃度は5×1018cm−3未満であって良い。
【0153】
本発明の成膜用ターゲットを用いて、有機EL素子の電子注入層の薄膜を形成できる。
【実施例】
【0154】
次に、本発明の実施例について説明する。
【0155】
(実施例1)
以下の方法で、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。
【0156】
(マイエナイト化合物の合成)
まず、酸化カルシウム(CaO):酸化アルミニウム(Al)のモル比換算で12:7となるように、炭酸カルシウム(CaCO、関東化学社製、特級)粉末313.5gと、酸化アルミニウム(α−Al、関東化学社製、特級)粉末186.5gとを混合した。次に、この混合粉末を、大気中、300℃/時間の昇温速度で1350℃まで加熱し、1350℃に6時間保持した。その後、これを300℃/時間の冷却速度で降温し、約362gの白色塊体を得た。
【0157】
次に、アルミナ製スタンプミルにより、この白色塊体を大きさが約5mmの破片になるよう粉砕した後、さらに、アルミナ製自動乳鉢で粗粉砕し、白色粒子A1を得た。レーザ回折散乱法(SALD−2100、島津製作所社製)により、得られた白色粒子A1の粒度を測定したところ、平均粒径は、20μmであった。
【0158】
次に、白色粒子A1を300gと、直径5mmのジルコニアボール3kgと、粉砕溶媒としての工業用ELグレードのイソプロピルアルコール800mlとを、7リットルのジルコニア製容器に入れ、容器にジルコニア製の蓋を載せてから、回転速度72rpmで、16時間、ボールミル粉砕処理を実施した。
【0159】
処理後、得られたスラリーを用いて吸引ろ過を行い、粉砕溶媒を除去した。また、残りの物質を80℃のオーブンに入れ、10時間乾燥させた。これにより、白色粉末B1を得た。X線回折分析の結果、得られた粉末B1は、C12A7構造であることが確認された。また、前述のレーザ回折散乱法により得られた粉末B1の平均粒径は、1.5μmであることがわかった。
【0160】
(マイエナイト化合物の成形体の作製)
前述の方法で得られた粉末B1(7g)を、長さ40mm×幅20mm×高さ30mmの金型に敷き詰めた。この金型に対して、10MPaのプレス圧で1分間の一軸プレスを行った。さらに、180MPaの圧力で等方静水圧プレス処理し、縦約38mm×横約19mm×高さ約6mmの寸法の成形体C1を得た。
【0161】
(導電性マイエナイト化合物の製造)
次に、成形体C1を高温で熱処理し、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を製造した。
【0162】
図4には、成形体C1の熱処理に使用した組立体を示す。図4に示すように、この組立体300は、カーボン製の蓋335付きの第1のカーボン容器330と、カーボン製の蓋355付きの第2のカーボン容器350とを備える。
【0163】
第1のカーボン容器330は、外径60mm×内径50mm×高さ60mmの略円筒状の形状を有し、第2のカーボン容器350は、外径80mm×内径70mm×高さ75mmの略円筒状の形状を有する。
【0164】
この組立体300は、以下のように構成した。まず、前述の成形体C1を市販のカッターで、長さ8mm×幅6mm×厚さ6mmの直方体形状に切断し、被処理体370とした。
【0165】
次に、この被処理体370を、市販のアルミニウム箔(三菱アルミニウム社製、厚さ10μm)で被覆した。なお、アルミニウム箔は、成形体C1の各面に対して、2重となるように設置した。従って、成形体C1の各面におけるアルミニウム箔の総厚さは、それぞれ、20μmである。
【0166】
次に、第1のカーボン容器330内に第1のカーボン板380を配置し、この第1のカーボン板380上に、前述の被処理体370を配置した。また、被処理体370の上部に、第2のカーボン板390を配置した。第1および第2のカーボン板380、390は、いずれも、直径48mm×厚さ5mmの円板状の形状を有する。
【0167】
なお、第1のカーボン板380は、アルミニウム箔により、第1のカーボン容器330が損傷される危険性を抑制する目的で設置した。また、第2のカーボン板390は、熱処理中にアルミニウム箔から生じるアルミニウム蒸気が、第1のカーボン容器330の外に漏れることを抑制するため配置した。
【0168】
次に、第1のカーボン容器330の上部にカーボン製の蓋335を配置した。さらにこの第1のカーボン容器330を、第2のカーボン容器350内に配置した。また、第2のカーボン容器350の上部に、カーボン製の蓋355を配置した。
【0169】
ここで、第2のカーボン容器350とカーボン製の蓋355は、熱処理中に、アルミニウム蒸気が電気炉内の発熱体や断熱材に付着することを防止するために配置した。
【0170】
次に、このようにして組み立てられた組立体300全体を、雰囲気調整可能な電気炉内に設置した。また、ロータリーポンプとメカニカルブースターポンプを用いて、電気炉内を真空引きした。これにより、電気炉内の圧力は、約20Paまで減圧された。
【0171】
次に、組立体300を加熱し、熱処理を実施した。熱処理は、300℃/時間の昇温速度で組立体300を1300℃まで加熱し、この温度に6時間保持した後、300℃/時間の降温速度で、組立体300を室温まで冷却させることにより実施した。
【0172】
この熱処理後に、表面が薄白色の黒色物質D1が得られた。なおアルミニウム箔は、原形を留めておらず、黒色物質D1の周囲には、アルミニウム化合物が残留していることが観察された。このアルミニウム化合物は、黒色物質D1とカーボン板380およびカーボン板390に固着しておらず、黒色物質D1は容易に採取できた。黒色物質D1の相対密度は、97.6%であった。
【0173】
(評価)
次に、黒色物質D1から電子密度測定用サンプルを採取した。サンプルは、アルミナ製自動乳鉢を用いて黒色物質D1の粗粉砕を行い、得られた粗粉のうち、黒色物質D1の中央部分に相当する部分から採取した。
【0174】
得られたサンプルは、焦げ茶色を呈していた。X線回折分析の結果、このサンプルは、C12A7構造だけを有することがわかった。また、得られた粉末の光拡散反射スペクトルのピーク位置から求められた電子密度は、1.6×1021cm−3であった。
【0175】
このことから、黒色物質D1は、高電子密度の導電性マイエナイト化合物の焼結体であることが確認された。
【0176】
(実施例2)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、この実施例2では、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、熱処理温度を1340℃とした。その他の条件は、実施例1の場合と同様である。
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が薄白色の黒色物質が得られた。
【0177】
(実施例3)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、この実施例3では、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、熱処理温度を1360℃とした。その他の条件は、実施例1の場合と同様である。
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が薄白色の黒色物質が得られた。
【0178】
(実施例4)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、この実施例4では、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、熱処理温度を1250℃とした。その他の条件は、実施例1の場合と同様である。
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が薄白色の黒色物質が得られた。
【0179】
(実施例5)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、この実施例5では、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、熱処理温度を1200℃とした。その他の条件は、実施例1の場合と同様である。
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が薄白色の黒色物質が得られた。
【0180】
(実施例6)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、この実施例6では、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、熱処理温度を1150℃とした。その他の条件は、実施例1の場合と同様である。
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が薄白色の黒色物質が得られた。
【0181】
(実施例7)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、この実施例7では、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、熱処理時間を12時間とした。その他の条件は、実施例1の場合と同様である。
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が薄白色の黒色物質が得られた。
【0182】
(実施例8)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、この実施例8では、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、熱処理時間を24時間とした。その他の条件は、実施例1の場合と同様である。
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が薄白色の黒色物質が得られた。
【0183】
(実施例9)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、この実施例9では、成形体の寸法は、55mm×55mm×6mmとした。また、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、成形体の表面全体ではなく、上面および底面(55mm×55mmの面)にのみ、アルミニウム箔を配置した。なお、上面および底面の何れの面にも、アルミニウム箔は、4枚重ねて配置した。従って、アルミニウム箔の総厚さは、それぞれ、40μmである。また、熱処理時間を12時間とした。その他の条件は、実施例1の場合と同様である。
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が薄白色の黒色物質が得られた。
【0184】
(実施例10)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、この実施例10では、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、熱処理時間を2時間とした。その他の条件は、実施例1の場合と同様である。
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が薄白色の黒色物質が得られた。
【0185】
(実施例11)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、この実施例11では、成形体の寸法を、35mm×35mm×22mmとした。また、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、熱処理時間を12時間とし、熱処理温度を1320℃とした。その他の条件は、実施例1の場合と同様である。
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が薄白色の黒色物質が得られた。
【0186】
(実施例12)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、この実施例12では、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、圧力を60Paとした。その他の条件は、実施例1の場合と同様である。
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が薄白色の黒色物質が得られた。
【0187】
(実施例13)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、この実施例13では、マイエナイト化合物の成形体として、電子密度が5.0×1019cm−3の導電性マイエナイト化合物の粉末を使用した。
【0188】
この導電性マイエナイト化合物の粉末は、以下のようにして調製した。カーボン製の蓋付容器の中に、実施例1における成形体C1を設置した。雰囲気は窒素とし、300℃/時間の昇温速度で1300℃まで加熱し、1300℃で6時間保持した。その後、これを300℃/時間の冷却速度で降温し、黒色塊体を得た。
【0189】
この黒色塊体を、実施例1における、(マイエナイト化合物の合成)と同じ粉砕方法で粉砕し、電子密度が5.0×1019cm−3の導電性マイエナイト化合物の粉末を得た。得られた粉末は、深緑色を呈しており、C12A7構造であることが確認された。平均粒径は1.4μmであった。その他の条件は、実施例1の場合と同様である。
【0190】
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が薄白色の黒色物質が得られた。
【0191】
(実施例14)
前述の実施例1と同様の方法により、導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、この実施例14では、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、アルミニウム箔を、被処理体の底面(縦8mm×横6mmの面)にのみ設置した。なお、アルミニウム箔の寸法は、縦10mm×横8mmとし、アルミニウム箔は、被処理体の底面と接した際に、被処理体の底面の各辺から少しずつ突出するように配置した。また、アルミニウム箔は、同じ寸法のものを4枚重ねて使用した。従って、アルミニウム箔の総厚さは、40μmである。その他の条件は、実施例1の場合と同様である。
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が薄白色の黒色物質が得られた。
【0192】
(実施例15)
前述の実施例14と同様の方法により、導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、この実施例15では、被処理体の底面(縦8mm×横6mmの面)に設置されるアルミニウム箔の枚数を1枚とした。従って、アルミニウム箔の総厚さも、10μmである。その他の条件は、実施例14の場合と同様である。
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が薄白色の黒色物質が得られた。
【0193】
(実施例16)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、この実施例16では、被処理体として、非導電性マイエナイト化合物の焼結体を使用した。
【0194】
非導電性マイエナイト化合物の焼結体は、以下のようにして作製した。前述の実施例1における(マイエナイト化合物の成形体の作製)の工程を経て得られた成形体C1を、アルミナ板上に配置し、大気下で、1100℃まで加熱した。昇温速度は、300℃/時間とした。次に、これを1100℃で2時間保持した後、300℃/時間の降温速度で室温まで冷却した。これにより、焼結体(以下、「焼結体E16」称する)が得られた。焼結体E16の開気孔率は、31%であった。
【0195】
このようにして得られた焼結体E16を、長さ8mm×幅6mm×厚さ6mmの直方体状に加工し、これを被処理体として使用した。その他の条件は、実施例1の場合と同様である。
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が薄白色の黒色物質が得られた。
【0196】
(実施例17)
前述の実施例16と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、この実施例17では、非導電性マイエナイト化合物の焼結体は、以下のようにして作製した。
【0197】
前述の実施例1における(マイエナイト化合物の成形体の作製)の工程を経て得られた成形体C1を、アルミナ板上に配置し、大気下で、1300℃まで加熱した。昇温速度は、300℃/時間とした。次に、これを1300℃で6時間保持した後、300℃/時間の降温速度で室温まで冷却した。これにより、焼結体(以下、「焼結体E17」称する)が得られた。焼結体E17の開気孔率は、ほぼ0%であった。
【0198】
このようにして得られた焼結体E17を、長さ8mm×幅6mm×厚さ6mmの直方体状に加工し、これを被処理体として使用した。その他の条件は、実施例16の場合と同様である。
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が薄白色の黒色物質が得られた。
【0199】
(実施例18)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、この実施例18では、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、カーボンがない環境下で行った。すなわち、第2のカーボン容器350、カーボン製の蓋355、第1のカーボン容器330、カーボン製の蓋335、第1のカーボン板380、および第2のカーボン板390を全てアルミナ製にした。その他の条件は、実施例1の場合と同様である。
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が薄白色の黒色物質が得られた。
【0200】
(実施例19)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、被処理体として、仮焼粉の成形体を使用した。仮焼粉の成形体は、以下のようにして作製した。
【0201】
(仮焼粉の合成)
まず、酸化カルシウム(CaO):酸化アルミニウム(Al)のモル比換算で12:7となるように、炭酸カルシウム(CaCO、関東化学社製、特級)粉末313.5gと、酸化アルミニウム(α−Al、関東化学社製、特級)粉末186.5gとを混合した。次に、この混合粉末を、大気中、300℃/時間の昇温速度で1000℃まで加熱し、1000℃に6時間保持した。その後、これを300℃/時間の冷却速度で降温した。
これにより、約362gの白色粉末が得られた。この白色粉末は、自動乳鉢で容易に解砕できた。
【0202】
(仮焼粉の成形体の作製)
白色粉末を7gに、工業用ELグレードのイソプロピルアルコール(IPA)0.7gを添加し、自動乳鉢で混合した。次に、この混合物を、長さ40mm×幅20mm×高さ30mmの金型に敷き詰めた。この金型に対して、10MPaのプレス圧で1分間の一軸プレスを行った。さらに、180MPaの圧力で等方静水圧プレス処理を実施した。
【0203】
これにより、縦約38mm×横約19mm×高さ約6mmの寸法の成形体C19が得られた。なお、IPAは、成形体のバインダーとして機能している。成形体C19は、市販のカッターで、長さ19mm×幅8mm×厚さ6mmの直方体形状に切断して、被処理体として使用した。その他の条件は、実施例1の場合と同様である。
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が薄白色の黒色物質が得られた。
【0204】
実施例2〜19において、アルミニウム箔は、原形を留めておらず、黒色物質の周囲には、アルミニウム化合物が残留していることが確認された。このアルミニウム化合物は、黒色物質とカーボン板380およびカーボン板390に固着しておらず、黒色物質は容易に採取できた。
【0205】
実施例1と同様の方法により回収されたサンプルのX線回折の結果、実施例2〜19で得られた黒色物質は、C12A7構造のみを有することがわかった。実施例2〜19における黒色物質の相対密度、電子密度を表1に示す。
【0206】
以上のことから、実施例2〜19で得られた黒色物質は、高電子密度のマイエナイト化合物の焼結体であることが確認された。
【0207】
(比較例1)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物の作製を試みた。ただし、この比較例1では、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、熱処理温度を1050℃とした。その他の条件は、実施例1の場合と同様である。
【0208】
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が薄白色の黒色物質D51が得られた。黒色物質D51の相対密度は、90.9%であった。
【0209】
実施例1と同様の方法により回収されたサンプルのX線回折の結果、黒色物質D51は、C12A7構造以外の異相を多く含んでおり、黒色物質D51は、マイエナイト化合物の焼結体ではないことがわかった。
【0210】
(比較例2)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物の作製を試みた。ただし、この比較例2では、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、熱処理温度を1470℃とした。その他の条件は、実施例1の場合と同様である。
【0211】
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、表面が黒色の黒色物質D52が得られた。黒色物質D52は、著しく変形していた。また、黒色物質D52は、発泡部分が多く、相対密度を測定することは困難であった。
【0212】
実施例1と同様の方法により回収されたサンプルのX線回折の結果、黒色物質D52は、C12A7構造以外の異相を含んでおり、黒色物質D52は、マイエナイト化合物の焼結体ではないことがわかった。
【0213】
(比較例3)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物の作製を試みた。ただし、この比較例3では、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、成形体C1をアルミニウム箔で被覆しなかった。その代わり、アルミニウム蒸気源として、アルミニウム粉末を使用した。
【0214】
より具体的には、前述の図4に示した組立体300において、第1のカーボン容器330内に、アルミニウム粉末を充填したアルミナ容器を配置した。また、アルミニウム粉末上に、直接、成形体C1を配置した。第1のカーボン380および第2のカーボン板390は、使用しなかった。また、熱処理温度を1250℃とした。その他の条件は、実施例1の場合と同様である。
【0215】
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、黒色物質D53が得られた。黒色物質D53は、アルミニウム粉末が溶融して形成されたアルミニウムに半分沈んだ状態であり、容易に回収することはできなかった。黒色物質D53を採取するには、アルミナ容器を割らなければならず、さらに溶融したアルミニウムを除去するのは困難であった。その上採取後の黒色物質には亀裂がみられた。
【0216】
黒色物質D53の表面を、電動ノコギリ、セラミックス製リューター、および紙やすりを用いて丁寧に除去してから、黒色物質D53の相対密度と電子密度を調べた。黒色物質D53の相対密度は、91.4%であった。
【0217】
さらに、実施例1と同様の方法により、この黒色物質D53を粉砕して得た粉末のX線回折の結果、黒色物質D53は、C12A7構造のみを有することがわかった。黒色物質D53の電子密度は、1.4×1021cm−3であり、電気伝導率は、15S/cmであった。このことから、黒色物質D53は、高電子密度の導電性マイエナイト化合物であることが確認された。
【0218】
しかしながら、比較例3では、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を回収するのに、多大な労力が必要であった。従って、この方法は、工業的な生産には適さない製造方法であると考えられる。
【0219】
以下の表1には、実施例1〜19および比較例1〜3における被処理体の種類、被処理体の熱処理温度、熱処理時間、アルミニウム薄膜の設置面、および真空度、ならびに得られた黒色物質の相対密度、および電子密度をまとめて示した。
【0220】
【表1】
(実施例21)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、実施例1の(マイエナイト化合物の成形体の作製)の工程において、粉末B1の代わりに、フッ素成分を含む混合粉末を使用して成形体を調製し、最終的に、フッ素を含む導電性マイエナイト化合物を製造した。
【0221】
(成形体の調製方法)
まず、実施例1の(マイエナイト化合物の合成)の欄に記載した方法で得られた粉末B1の38.72gに、フッ化カルシウム(CaF、関東化学社製、特級)粉末0.73gと、酸化アルミニウム(α−Al、関東化学社製、特級)粉末0.55gとを添加し、これらを十分に混合して、混合粉末F21を得た。
【0222】
最終的に製造されるマイエナイト化合物においても、この混合粉末F21のCa/Al/Fの組成比が維持されると仮定した場合、製造されるマイエナイト化合物は、化学式

(12−x)CaO・7Al・xCaF (3)式

で表され、特にx=0.32となる。
【0223】
次に、この混合粉末F21の7gを、長さ40mm×幅20mm×高さ30mmの金型に敷き詰めた。また、金型に対して、10MPaのプレス圧で1分間の一軸プレスを行った。さらに、180MPaの圧力で等方静水圧プレス処理した。これにより、縦約38mm×横約19mm×高さ約6mmの寸法の成形体C21が形成された。
【0224】
次に、成形体C21を市販のカッターで、長さ19mm×幅8mm×厚さ6mmの直方体形状に切断し、被処理体として使用した。また、被処理体の全面に、実施例1と同様の方法でアルミニウム箔を配置した。
【0225】
これにより、黒色物質D21が得られた。アルミニウム箔は、原形を留めておらず、黒色物質D21の周囲には、アルミニウム化合物が残留していることが確認された。このアルミニウム化合物は、黒色物質D21とカーボン板380およびカーボン板390に固着しておらず、黒色物質D21は容易に採取できた。
【0226】
黒色物質D21の相対密度は、97.3%であった。
【0227】
実施例1と同様の方法により回収されたサンプルのX線回折の結果、黒色物質D21は、C12A7構造のみを有することがわかった。また、黒色物質D21の電子密度は、1.2×1021cm−3であった。
【0228】
次に、黒色物質D21の格子定数を測定した結果、黒色物質D21の格子定数は、1.1976nmであった。フッ素を含まない黒色物質D1の格子定数は、1.1987nmであったため、黒色物質D21の格子定数は、黒色物質D1の格子定数よりも小さいことがわかった。このことから、マイエナイト化合物はフッ素を含有していると考えられる。
【0229】
次に、黒色物質D21を破断し、エネルギー分散型X線分析(EDX)により、破断面の組成分析を行った。分析結果から、検出されたフッ素の割合は、混合粉末F21の混合比に近いことがわかった。
【0230】
このように、黒色物質D21は、フッ素を含む高電子密度の導電性マイエナイト化合物の焼結体であることが確認された。
【0231】
(実施例22)
前述の実施例21と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、被処理体の熱処理温度を1340℃とした。その他の条件は、実施例21の場合と同様である。
これにより、黒色物質が得られた。
【0232】
(実施例23)
前述の実施例22と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、被処理体の熱処理時の保持時間を2時間とした。
これにより、黒色物質が得られた。
【0233】
(実施例24)
前述の実施例22と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、被処理体の熱処理時の保持時間を12時間とした。
これにより、黒色物質が得られた。
【0234】
(実施例25)
前述の実施例22と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、成形体用の粉末として、電子密度が5.0×1019cm−3の導電性マイエナイト化合物の粉末を使用した。
【0235】
この導電性マイエナイト化合物の粉末は、以下のようにして調製した。カーボン製の蓋付容器の中に、実施例21における成形体C21を設置し、熱処理を実施した。熱処理雰囲気は窒素とした。また、熱処理は、300℃/時間の昇温速度で、成形体C21を1300℃まで加熱し、1300℃で6時間保持することにより実施した。その後、成形体C21を300℃/時間の冷却速度で降温し、黒色塊体を得た。
【0236】
次に、得られた黒色塊体を粉砕して、平均粒径が1.4μmの粉末を得た。この際には、実施例1の(マイエナイト化合物の合成)の欄において示した方法と同様の粉砕方法(すなわちアルミナ製スタンプミルによる粗粉砕、およびその後のジルコニアボールを用いたボールミル粉砕処理)を実施した。なお、分析の結果、得られた粉末は、C12A7構造を有し、電子密度は、5.0×1019cm−3であった。
【0237】
この導電性マイエナイト化合物の粉末を使用して成形体を作製した以外は、実施例22の場合と同様の製造条件で、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。
これにより、黒色物質が得られた。
【0238】
(実施例26)
前述の実施例21と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、被処理体の熱処理温度を1100℃とした。
これにより、黒色物質が得られた。
【0239】
(実施例27)
前述の実施例21と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、被処理体の熱処理温度を1380℃とした。
これにより、黒色物質が得られた。
【0240】
(実施例28)
前述の実施例21と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、(成形体の調製方法)の工程において、粉末B1の38.11gに、フッ化カルシウム(CaF、関東化学社製、特級)粉末1.07gと、酸化アルミニウム(α−Al、関東化学社製、特級)粉末0.82gとを添加し、これらを十分に混合して、混合粉末F28を得た。
【0241】
最終的に製造されるマイエナイト化合物においても、この混合粉末F28のCa/Al/Fの組成比が維持されると仮定した場合、製造されるマイエナイト化合物は、上述の化学式(3)で表され、特にx=0.48となる。この混合粉末F28を実施例21における混合粉末F21の代わりに用いたほかは実施例21と同様にして、被処理体を得て使用した。なお、この被処理体の熱処理温度は、1420℃とした。
これにより、黒色物質が得られた。
【0242】
(実施例29)
前述の実施例21と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、(成形体の調製方法)の工程において、粉末B1の39.78gに、フッ化カルシウム(CaF、関東化学社製、特級)粉末0.12gと、酸化アルミニウム(α−Al、関東化学社製、特級)粉末0.09gとを添加し、これらを十分に混合して、混合粉末F29を得た。
【0243】
最終的に製造されるマイエナイト化合物においても、この混合粉末F29のCa/Al/Fの組成比が維持されると仮定した場合、製造されるマイエナイト化合物は、上述の化学式(3)で表され、特にx=0.06となる。この混合粉末F29を実施例21における混合粉末F21の代わりに用いたほかは実施例21と同様にして、被処理体を得て使用した。
これにより、黒色物質D29が得られた。黒色物質D29の相対密度は、97.8%であった。
【0244】
実施例29の場合も、アルミニウム箔は、原形を留めておらず、黒色物質D29の周囲には、アルミニウム化合物が残留していることが確認された。このアルミニウム化合物は、黒色物質D29とカーボン板380およびカーボン板390に固着しておらず、黒色物質D29は容易に採取できた。
【0245】
実施例1と同様の方法により回収されたサンプルのX線回折の結果、黒色物質D29は、C12A7構造のみを有することがわかった。また、黒色物質D29の電子密度は、1.1×1021cm−3であった。
【0246】
次に、黒色物質D29を破断し、破断面の組成分析を行った。分析結果から、検出されたフッ素の割合は、混合粉末F29の混合比に近いことがわかった。
【0247】
このように、黒色物質D29は、フッ素を含む高電子密度の導電性マイエナイト化合物の焼結体であることが確認された。
【0248】
(実施例30)
前述の実施例21と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、(成形体の調製方法)の工程において、粉末B1の39.51gに、フッ化カルシウム(CaF、関東化学社製、特級)粉末0.28gと、酸化アルミニウム(α−Al、関東化学社製、特級)粉末0.21gとを添加し、これらを十分に混合して、混合粉末F30を得た。
【0249】
最終的に製造されるマイエナイト化合物においても、この混合粉末F30のCa/Al/Fの組成比が維持されると仮定した場合、製造されるマイエナイト化合物は、上述の化学式(3)で表され、特にx=0.12となる。この混合粉末F30を実施例21における混合粉末F21の代わりに用いたほかは実施例21と同様にして、被処理体を得て使用した。
これにより、黒色物質D30が得られた。
【0250】
(実施例31)
前述の実施例21と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、(成形体の調製方法)の工程において、粉末B1の39.17gに、フッ化カルシウム(CaF、関東化学社製、特級)粉末0.47gと、酸化アルミニウム(α−Al、関東化学社製、特級)粉末0.36gとを添加し、これらを十分に混合して、混合粉末F31を得た。
【0251】
最終的に製造されるマイエナイト化合物においても、この混合粉末F31のCa/Al/Fの組成比が維持されると仮定した場合、製造されるマイエナイト化合物は、上述の化学式(3)で表され、特にx=0.21となる。この混合粉末F31を実施例21における混合粉末F21の代わりに用いたほかは実施例21と同様にして、被処理体を得て使用した。
これにより、黒色物質D31が得られた。
【0252】
(実施例32)
前述の実施例21と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、(成形体の調製方法)の工程において、粉末B1の38.11gに、フッ化カルシウム(CaF、関東化学社製、特級)粉末1.07gと、酸化アルミニウム(α−Al、関東化学社製、特級)粉末0.82gとを添加し、これらを十分に混合して、混合粉末F32を得た。
【0253】
最終的に製造されるマイエナイト化合物においても、この混合粉末F32のCa/Al/Fの組成比が維持されると仮定した場合、製造されるマイエナイト化合物は、上述の化学式(3)で表され、特にx=0.48となる。この混合粉末F32を実施例21における混合粉末F21の代わりに用いたほかは実施例21と同様にして、被処理体を得て使用した。
これにより、黒色物質D32が得られた。
【0254】
実施例22〜32において、アルミニウム箔は、原形を留めておらず、黒色物質の周囲には、アルミニウム化合物が残留していることが確認された。このアルミニウム化合物は、黒色物質とカーボン板380およびカーボン板390に固着しておらず、黒色物質は容易に採取できた。
【0255】
実施例1と同様の方法により回収されたサンプルのX線回折の結果、22〜32で得られた黒色物質は、C12A7構造のみを有することがわかった。黒色物質の相対密度、電子密度を表2に示す。
【0256】
実施例22〜32で得られた黒色物質の格子定数を測定したところ、黒色物質の格子定数は、実施例1における黒色物質D1の値より小さかった。マイエナイト化合物にフッ素が含有していると考えられる。なお、格子定数は、実施例1の黒色物質D1は1.1987nm、実施例29の黒色物質D29は1.1985nm、実施例30の黒色物質D30は1.1981nm、実施例31の黒色物質D31は1.1978nm、実施例32の黒色物質D32は1.1969nmであった。
【0257】
実施例22〜32で得られた黒色物質を破断し、破断面の組成分析を行った。分析結果から、検出されたフッ素の割合は、原料として用いた混合粉末の混合比に近いことがわかった。
以上のことから、実施例22〜32で得られた黒色物質は、フッ素を含む高電子密度の導電性マイエナイト化合物の焼結体であることが確認された。
【0258】
図5には、前述の実施例1、実施例21、および実施例29〜32において製造された黒色物質の格子定数の測定結果と、被処理体に含まれるフッ素量((3)式のxの値)の関係を示す。
【0259】
この図5から、被処理体中のフッ素量の増加とともに、格子定数が直線的に小さくなる傾向にあることがわかる。実施例21、および実施例29〜32において、製造された高電子密度の導電性マイエナイト化合物のケージ中に、フッ素イオンが導入されていると考えられる。すなわち、被処理体に含まれるフッ素量が多いほど、より多くのフッ素イオンがマイエナイト化合物のケージ中に導入されると言える。
【0260】
(実施例33)
前述の実施例22と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、(導電性マイエナイト化合物の作製)の工程において、被処理として、長さ113mm×幅113mm×厚さ6mmの板状の成形体C33を用いた。さらに、被処理体の熱処理には、図4に示した組立体300の代わりに、別の組立体を使用した。
【0261】
成形体C33は、以下のようにして作製した。あらかじめ実施例21における混合粉末21とビヒクルを、重量比で10:1.5の割合で自動乳鉢で混合させた造粒粉を作製した。このときビヒクルとは、ポリビニルブチラール(BM−S、積水化学社製)を有機溶剤に固形分で10重量%溶かした液体である。有機溶剤は、トルエンとイソプロピルアルコールとブタノールを重量比で、6:3:1の割合で混合したものである。ポリビニルブチラールは成形体の保型性を高める、バインダーの役割を果たす。
【0262】
前記造粒粉125gを、長さ125mm×幅125mm×高さ50mmの金型に敷き詰めて、10MPaのプレス圧で1分間の一軸プレスを行った。得られた成形体の溶剤分を揮発させるため、80℃のオーブンで1時間乾燥させた。さらに等方静水圧プレス(CIP)を180MPaのプレス圧で1分間保持して、成形体C33を得た。これを被処理体として使用した。
【0263】
図6には、被処理体570(成形体C33)の熱処理に使用した組立体500の構成を概略的に示す。組立体500は、アルミナ製の蓋535付きのアルミナ容器530と、カーボン製の蓋555付きのカーボン容器550と、を備える。
【0264】
アルミナ容器530は、長さ150mm×幅150mm×高さ50mmの略直方体状の形状を有し、カーボン容器550は、外径250mm×内径220mm×高さ140mmの略円筒状の形状を有する。
【0265】
組立体500は、以下のように構成した。まず、長さ100mm×幅100mm×厚さ10μmの市販のアルミニウム箔(三菱アルミニウム社製)を複数準備した。このアルミニウム箔を、被処理体570(成形体C33)の長さ113mm×幅113mmの2つの表面のそれぞれに、4枚積層した。被処理体570の両表面におけるアルミニウム箔の総厚さは、それぞれ40μmである。
【0266】
次に、アルミナ容器530の底面に、第1のアルミナ板582を配置し、この第1のアルミナ板582上に、前述の被処理体570を配置した。次に、被処理体570の上部に、第2のアルミナ板584を配置した。第1および第2のアルミナ板582および584は、いずれも長さ100mm×幅100mm×厚さ1mmの板状の形状を有する。
【0267】
さらに、第2のアルミナ板584の上に、カーボン板586を設置した。カーボン板586は、長さ100mm×幅100mm×厚さ10mmの板状の形状を有する。
【0268】
なお、カーボン板586は、熱処理中にアルミニウム箔から生じるアルミニウム蒸気が、アルミナ容器530の外に漏れることを抑制するため配置した。
【0269】
次に、このようにして組み立てられた組立体500全体を、雰囲気調整可能な電気炉内に設置した。また、ロータリーポンプとメカニカルブースターポンプを用いて、電気炉内を真空引きした。これにより、電気炉内の圧力は、約20Paまで減圧された。
【0270】
このような組立体500を用いて、被処理体の熱処理を実施した。
【0271】
これにより、前述の(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程後に、黒色物質D33が得られた。黒色物質D33は、長さ100mm×幅100mm×厚さ5mmの板状であった。アルミニウム箔は、原形を留めておらず、黒色物質D33の周囲には、アルミニウム化合物が残留していることが確認された。このアルミニウム化合物は、黒色物質D33、第1のアルミナ板582および第2のアルミナ板584に固着しておらず、黒色物質D33は容易に採取できた。
【0272】
黒色物質D33の均質性を確認するため、中央部と端部からサンプルを採取し、分析を行った。なお、中央部のサンプルは、黒色物質D33の中央近傍の領域から採取し、端部のサンプルは、端部から10mm以内の領域から採取した。
相対密度は、中央部のサンプルでは、97.6%、端部のサンプルでは、97.8%であった。
【0273】
両サンプルのX線回折の結果、何れのサンプルもC12A7構造のみを有することがわかった。また、中央部のサンプルの電子密度は、1.1×1021cm−3であり、端部のサンプルの電子密度は、1.1×1021cm−3であった。
【0274】
次に、黒色物質D33の格子定数を測定した結果、黒色物質D33の格子定数は、フッ素を含まない黒色物質D1の格子定数よりも小さいことがわかった。このことから、マイエナイト化合物はフッ素を含有していると考えられる。
これは、マイエナイト化合物にフッ素が含有していることを示唆する結果である。
【0275】
次に、黒色物質D33を破断し、破断面の組成分析を行った。分析結果から、検出されたフッ素の割合は、混合粉末F21の混合比に近いことがわかった。
このように、黒色物質D33は、フッ素を含む電子密度の導電性マイエナイト化合物の焼結体であることが確認された。
【0276】
(実施例34)
前述の実施例30と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、被処理体として、フッ素を含むマイエナイト化合物の焼結体を使用した。
【0277】
なお、フッ素を含むマイエナイト化合物の焼結体は、以下のようにして作製した。混合粉末F27に対して、前述の実施例21の(成形体の調製方法)に示した工程と同様の操作を行い、成形体C34を調製した。
【0278】
次に、成形体C34をアルミナ板上に配置し、大気下で1380℃まで加熱した。昇温速度は、300℃/時間とした。次に、成形体C34を1380℃で2時間保持した後、300℃/時間の降温速度で室温まで冷却した。これを被処理体として用いた。
【0279】
これにより、黒色物質D34が得られた。黒色物質D34の相対密度は、95.2%であった。
【0280】
実施例34の場合も、アルミニウム箔は、原形を留めておらず、黒色物質D34の周囲には、アルミニウム化合物が残留していることが確認された。このアルミニウム化合物は、黒色物質D34とカーボン板380およびカーボン板390に固着しておらず、黒色物質D34は容易に採取できた。
【0281】
実施例1と同様の方法により回収されたサンプルのX線回折の結果、黒色物質D34は、C12A7構造のみを有することがわかった。また、黒色物質D34の電子密度は、1.1×1021cm−3であった。
【0282】
次に、黒色物質D34の格子定数を測定した結果、黒色物質D34の格子定数は、黒色物質D1のものよりも小さくなった。このことから、マイエナイト化合物にフッ素が含有していると考えられる。
【0283】
次に、黒色物質D34を破断し、破断面の組成分析を行った。分析結果から、検出されたフッ素の割合は、混合粉末F28の混合比に近いことがわかった。
【0284】
このように、黒色物質D34は、フッ素を含む高電子密度の導電性マイエナイト化合物の焼結体であることが確認された。
【0285】
(実施例39)
前述の実施例1と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、(マイエナイト化合物の成形体の作製)の工程において、粉末B1の代わりに、塩素成分を含む混合粉末を使用して成形体を調製し、最終的に、塩素を含む高電子密度の導電性マイエナイト化合物を製造した。
【0286】
(成形体の調製方法)
まず、実施例1の(マイエナイト化合物の合成)の欄に記載した方法で得られた粉末B1の39.39gに、塩化カルシウム(CaCl、関東化学社製、特級)粉末0.39gと、酸化アルミニウム(α−Al、関東化学社製、特級)粉末0.21gとを添加し、これらを十分に混合して、混合粉末F39を得た。
【0287】
最終的に製造されるマイエナイト化合物においても、この混合粉末F39のCa/Al/Clの組成比が維持されると仮定した場合、製造されるマイエナイト化合物は、化学式

(12−x)CaO・7Al・xCaCl (4)式

で表され、特にx=0.12となる。
【0288】
次に、この混合粉末F39の7gを、長さ40mm×幅20mm×高さ30mmの金型に敷き詰めた。また、金型に対して、10MPaのプレス圧で1分間の一軸プレスを行った。さらに、180MPaの圧力で等方静水圧プレス処理した。これにより、縦約38mm×横約19mm×高さ約6mmの寸法の成形体C39が形成された。
【0289】
次に、成形体C39を市販のカッターで、長さ19mm×幅8mm×厚さ6mmの直方体形状に切断し、被処理体として使用した。また、被処理体の全面に、実施例1と同様の方法でアルミニウム箔を配置した。また、(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程における被処理体の熱処理温度は、1340℃とした。
【0290】
これにより、黒色物質D39が得られた。
【0291】
アルミニウム箔は、原形を留めておらず、黒色物質D39の周囲には、アルミニウム化合物が残留していることが確認された。このアルミニウム化合物は、黒色物質D39とカーボン板380およびカーボン板390に固着しておらず、黒色物質D39は容易に採取できた。
【0292】
黒色物質D39の相対密度は、98.8%であった。
【0293】
実施例1と同様の方法により回収されたサンプルのX線回折の結果、黒色物質D39は、C12A7構造のみを有することがわかった。また、黒色物質D39の電子密度は、1.1×1021cm−3であった。
【0294】
次に、黒色物質D39の格子定数を測定した結果、黒色物質D39の格子定数は、黒色物質D1のものよりも小さくなった。このことから、マイエナイト化合物に塩素が含有していると考えられる。
【0295】
次に、黒色物質D39を破断し、破断面の組成分析を行った。分析結果から、検出された塩素の割合は、混合粉末F39の混合比に近いことがわかった。
このように、黒色物質D39は、塩素を含む高電子密度の導電性マイエナイト化合物の焼結体であることが確認された。
【0296】
(実施例40)
前述の実施例39と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物を作製した。ただし、(成形体の調製方法)の工程において、粉末B1の38.43gに、塩化カルシウム(CaCl、関東化学社製、特級)粉末1.03gと、酸化アルミニウム(α−Al、関東化学社製、特級)粉末0.55gとを添加し、これらを十分に混合して、混合粉末F40を得た。
【0297】
最終的に製造されるマイエナイト化合物においても、この混合粉末F40のCa/Al/Clの組成比が維持されると仮定した場合、製造されるマイエナイト化合物は、上述の化学式(4)で表され、特にx=0.32となる。この混合粉末F40を実施例39における混合粉末F39の代わりに用いたほかは実施例39と同様にして、被処理体を得て使用した。
【0298】
これにより、黒色物質D40が得られた。アルミニウム箔は、原形を留めておらず、黒色物質D40の周囲には、アルミニウム化合物が残留していることが確認された。このアルミニウム化合物は、黒色物質D40とカーボン板380およびカーボン板390に固着しておらず、黒色物質D40は容易に採取できた。
【0299】
黒色物質D40の相対密度は、91.2%であった。
【0300】
実施例1と同様の方法により回収されたサンプルのX線回折の結果、黒色物質D40は、C12A7構造のみを有することがわかった。また、黒色物質D40の電子密度は、1.1×1021cm−3であった。
【0301】
次に、黒色物質D40の格子定数を測定した結果、黒色物質D40の格子定数は、黒色物質D1のものよりも小さくなった。このことから、マイエナイト化合物に塩素が含有していると考えられる。
【0302】
次に、黒色物質D40を破断し、破断面の組成分析を行った。分析結果から、検出された塩素の割合は、混合粉末F40の混合比に近いことがわかった。
このように、黒色物質D40は、塩素を含む高電子密度の導電性マイエナイト化合物の焼結体であることが確認された。
【0303】
(比較例4)
前述の実施例21と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物の作製を試みた。ただし、(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、熱処理温度を1050℃とした。
【0304】
これにより、表面が薄白色の黒色物質D61が得られた。黒色物質D61の相対密度は、91.0%であった。
【0305】
実施例1と同様の方法により回収されたサンプルのX線回折の結果、黒色物質D61は、C12A7構造のみを有することがわかった。しかし、黒色物質D61の電子密度は、7.2×1019cm−3であり、電子密度はあまり高くないことがわかった。
以上のことから、黒色物質D61は、高電子密度の導電性マイエナイト化合物の焼結体ではないことが確認された。
【0306】
(比較例5)
前述の実施例21と同様の方法により、高電子密度の導電性マイエナイト化合物の作製を試みた。ただし、(導電性マイエナイト化合物の製造)の工程において、熱処理温度を1460℃とした。
これにより、黒色物質D62が得られた。しかし、黒色物質D62は、著しく変形しており、回収は困難であった。
【0307】
以下の表2には、実施例21〜34、39、40および比較例4〜5における被処理体の種類、ハロゲン添加量、被処理体の熱処理温度、熱処理時間、アルミニウム薄膜の設置面、真空度、得られた黒色物質の結晶構造、相対密度、および電子密度をまとめて示した。
【0308】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0309】
本発明は、例えば高電子密度の導電性マイエナイト化合物製のターゲットの製造方法等に適用できる。
【0310】
本願は、2012年6月20日に出願した日本国特許出願2012−139199号、2012年9月28日に出願した日本国特許出願2012−217344号、および2013年3月29日に出願した日本国特許出願2013−071162号に基づく優先権を主張するものであり同日本国出願の全内容を本願に参照により援用する。
【符号の説明】
【0311】
10 台
20 被処理体
22 底面
25 上面
30 アルミニウム箔
100 装置
120 容器
130 蓋
140 試料支持台
160 被処理体
170 排気口
180 アルミニウム箔
300 組立体
330 第1のカーボン容器
335 カーボン製の蓋
350 第2のカーボン容器
355 カーボン製の蓋
370 被処理体
380 第1のカーボン板
390 第2のカーボン板
500 組立体
530 アルミナ容器
535 アルミナ製の蓋
550 カーボン容器
555 カーボン製の蓋
570 被処理体
582、584 アルミナ板
586 カーボン板
図1
図2
図3
図4
図5
図6