(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、高品質な炭素繊維を得る
ことができる製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下のような実施の態様を有する。
(I)以下の(1)〜(4)をいずれも満足する炭素繊維の製造方法。
(1)シート状に広げた炭素繊維前駆体繊維束を耐炎化炉に導入し、前記耐炎化炉に導入した炭素繊維前駆体繊維束を200℃〜300℃の温度範囲で耐炎化処理し、前記耐炎化処理で得られた耐炎化繊維束を炭素化炉に導入し、前記炭素化炉に導入した耐炎化繊維束を300℃〜2500℃の温度範囲で炭素化処理する工程を含み、かつ前記炭素繊維前駆体繊維が、油剤が付着した有機化合物の繊維である。
(2)前記耐炎化炉は、熱処理室とこれに隣接するシール室とを有し、前記シール室から前記耐炎化炉外へ排気を行う。
(3)前記熱処理室から前記シール室へ吹き出す熱風の空間速度SV(1/h)が、以下の関係を満足する。
80≦SV≦400
(4)前記炭素繊維前駆体繊維束の前記耐炎化炉への導入量をY(kg/h)、前記熱処理室から前記熱処理室外への総排気量をX(Nm
3/h)としたとき、以下の関係を満足する。
0.001≦Y/X≦0.012
(II)以下の(5)及び(6)を満足する(I)の炭素繊維の製造方法。
(5)前記耐炎化処理は、前記炭素繊維前駆体繊維束を、前記熱処理室内を前記炭素繊維前駆体繊維束の繊維方向に移動させ、前記移動は前記熱処理室内の複数箇所において前記炭素繊維前駆体繊維束を互いに平行に移動させつつ行う。
(6)前記シール室は、前記炭素繊維前駆体繊維束を複数移動させる数とそれぞれ同数の前記耐炎化炉の外に開口した外側スリット及び前記熱処理室に開口した内側スリットを有する。
(III)以下の(7)及び(8)を満足する(II)記載の炭素繊維の製造方法。
(7)前記耐炎化処理は、前記複数箇所は前記熱処理室内における上下方向の位置が異なる複数の箇所で、前記移動は前記熱処理室内での水平方向に移動させつつ行う。
(8)前記複数の前記外側スリットはそれぞれ上下方向に異なる位置に設けられ、前記上下方向の位置で最も下側に位置する前記外側スリットの開口面積が、最も上側に位置する前記外側スリットの開口面積より小さい。
【0008】
また、本発明の実施態様の別の側面は、以下のような構成を有する。
(V) 以下の(1A)〜(3A)を満足する炭素繊維の製造方法。
(1A)シート状に広げた炭素繊維前駆体繊維束を耐炎化炉に導入し、200℃〜300℃の温度範囲で耐炎化処理し、得られた耐炎化繊維束を炭素化炉に導入し、300℃〜2500℃の温度範囲で炭素化処理する。
(2A)前記耐炎化炉は、熱処理室とこれに隣接するシール室とを有し、前記シール室から排気して、前記熱処理室内の熱風が大気中へ漏出することを防止する。
(3A)前記熱処理室から前記シール室へ吹き出す熱風の空間速度SV(1/h)が、以下の関係を満足する。
200≦SV≦400
(VI) 以下の(4A)を満足する、(V)記載の炭素繊維の製造方法。
(4A)前記炭素繊維前駆体繊維束の前記耐炎化炉への導入量をY(kg/h)、前記熱処理室からの総排気量をX(Nm
3)としたとき、以下の関係を満足する。
0.001≦Y/X≦0.012
(VII) 以下の(5A)〜(6A)を満足する(V)又は(VI)記載の炭素繊維の製造方法。
(5A)前記炭素繊維前駆体繊維束を、前記熱処理室内で多段に走行させて耐炎化処理を行う。
(6A)前記シール室は、前記炭素繊維前駆体繊維束の走行段数に応じた複数の外側スリットと内側スリットとを有し、前記外側スリットは前記耐炎化炉の外に開口し、前記内側スリットは前記熱処理室に開口する。
(VIII)以下の(7A)〜(8A)を満足する(III)記載の炭素繊維の製造方法。
(7A)前記炭素繊維前駆体繊維束を、前記熱処理室内で上下方向に多段で、かつ横方向に走行させる。
(8A)複数の前記外側スリットのうち、最も下に位置する前記外側スリットの開口面積が、最も上に位置する前記外側スリットの開口面積より小さい。
【発明の効果】
【0009】
本発明の炭素繊維の製造方法によれば、高強度・高品質な炭素繊維を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の実施形態を以下詳細に説明する。なお、本実施形態において、「上下方向」又は「垂直方向」は重力方向に対して水平な方向、「水平方向」は重量方向に対して垂直な方向、「上」は重力のかかる方向とは逆の方向、「下」は重力のかかる方向を指す。さらに、本実施形態ではそれぞれの方向の−10〜+10°までの、いわゆる略同じ方向も含むものとする。
【0012】
(炭素繊維前駆体繊維束)
本実施形態の炭素繊維の製造方法は、まずシート状に広げた炭素繊維前駆体繊維束を耐炎化炉に導入し、200℃〜300℃の温度範囲で耐炎化処理する。炭素繊維前駆体繊維束は、炭素繊維の前駆体となる有機化合物の繊維を寄り集めて束としたもので、炭化処理を行うことによって炭素繊維となる材料である。有機化合物の繊維は、例えばポリマー化合物を紡糸することにより得られ、3〜50μmのフィラメント繊維が1000〜80000本の集合状態に寄せ集まったものが使用できる。ここで、炭素繊維前駆体繊維は、例えばポリアクリロニトリル繊維、レーヨン繊維等の前駆体繊維を使用することができる。中でもポリアクリロニトリル繊維は、高品質の炭素繊維を製造することができる。
【0013】
シート状とは、シートの厚みに対して長さや幅が大きい形状であることを指す。これらのシートの厚み、長さや幅といった寸法は、例えば任意の3点以上について計測した平均値を指す。シート状とは具体的には、長さ及び幅が厚みに対して10倍以上である形状である。さらに好ましくは、さらに長さが幅の10倍以上(厚みの100倍以上)のリボン状になっているものである。炭素繊維前駆体繊維束の長さが充分に長いことで、
図1に示すように、後述するローラ等の移動手段3a〜3c及び4a〜4cにより、炭素繊維前駆体繊維束1(被加熱物)を巻き取りつつ移動させて耐炎化処理を行うことができ、連続的な処理が可能となる。本実施形態のシート状に広げた炭素繊維前駆体繊維束では、幅が厚みに対して1000〜10000倍、長さが厚みに対して10000〜300000倍である。シート状に広げられている炭素繊維前駆体繊維束とは、例えば炭素繊維前駆体繊維が、主にその繊維方向が長さ方向となるように寄せ合わさり、長さ方向が幅方区より大きく、幅方向が厚み方向より大きくなるように形成されて、それぞれの寸法が上述の関係にあるシート状となっている構成である。
【0014】
炭素繊維前駆体繊維束に対して熱処理を行う場合は、シート状に広げた状態の炭素繊維前駆体繊維束に対して、その厚み方向の少なくともいずれか片方の面に熱風を当てながら行うことが好ましい。前記熱処理は、前記炭素繊維前駆体繊維束の厚み方向の両面に熱風を当てながら行うことがさらに好ましい。炭素繊維前駆体繊維束の耐炎化処理は発熱反応であり、炭素繊維前駆体繊維束のうち狭い面積の一部にのみ熱を当てることで炭素繊維前駆体繊維束全体を加熱しようとすると、炭素繊維前駆体繊維束の熱を当てられた一部が熱暴走を起こすことがある。これに対して、本実施形態のようにシート状に広げた炭素繊維前駆体繊維束の厚み方向の少なくともいずれか片方の面に熱風を当てることで、広い面積に対して処理を行うことができるので、この熱暴走を防ぐことができる。熱風はシート状に広げた炭素繊維前駆体繊維束と平行に当てても、垂直に当てても良い。これを如何に行うかは、当業者であれば容易に設計することができる。
【0015】
(耐炎化処理)
(耐炎化炉の構成)
耐炎化処理に用いる耐炎化炉は、公知のものを使用することができる。例えば特開昭62−228865号公報、特開平11−173761号公報、特開2000−136441号公報、特開2004−143647号公報に開示された構造の耐炎化炉を用いることができる。これらの耐炎化炉は、炭素繊維前駆体繊維束を、熱処理室内の垂直方向での位置が異なる複数の箇所において、繊維方向に移動させて耐炎化処理を行う。耐炎化(不融化又は安定化等ともいう)とは、炭素繊維前駆体繊維を加熱することで、熱収縮を起こさせ、又、酸化等の反応によりピリミジン等の環構造を多く含む構造とすることをいい、耐炎化によって火炎や熱に対してある程度安定となる。
【0016】
本実施形態に使用する耐炎化炉2は、
図1に示すように、室内を加熱する機構を備えた熱処理室7と、これに隣接するシール室8とを有する。シール室8は、熱処理室7に隣接して1以上設けられる。特に、シール室8は熱処理室7を挟んで対向するように一対以上設けられているのが望ましい。図に示した例では、熱処理室7を挟んでシール室8A及び8Bが設けられている。
【0017】
熱処理室7は、200℃〜300℃の温度範囲で炭素繊維束を処理できるような加熱手段を備えた処理室である。具体的には、熱処理室7はヒータ等を備え、室内の温度を上述の温度範囲に調整できるよう構成されてなる。又、熱処理室7は、熱処理室7に対して供気及び/又は排気を行うことができる換気手段(図示せず)を備えていてもよい。換気手段は例えば、熱処理室7に設けられた換気孔と、供気及び/又は排気のために設けられたファン又はポンプ等を備えていてもよい。換気手段はまた、この熱処理室7が供気及び/又は排気した気体を測定する測定手段(図示せず)を備えていてもよい。測定手段は各種の気体流量計が使用でき、本実施形態では例えばピトー管、熱線風速計等が使用できる。
【0018】
シール室8は、外側スリット5と内側スリット6とを有する。外側スリット5は耐炎化炉2の外に(大気に対して)開口し、内側スリット6(開口部)は熱処理室7に対して開口している。本実施形態では、
図1に示すように、シール室8Aには、図において最も下側に設けられた外側スリット51cから、その上側に向かって順次、外側スリット5が設けられ、最も上側の外側スリット51aまで設けられている。図に示した例では、外側スリット5の数は5つとなっており、後述する炭素繊維前駆体繊維束1を複数箇所において移動させる箇所の数(走行段数)も5つとなっている。シール室8には、この外側スリット5のそれぞれに対して同じ高さ(図におけるシール室8の下端からの距離)となるよう、図の左右方向に水平に内側スリット6が設けられている。例えば、シール室8Aには、最も下側に位置する外側スリット51cと同じ高さに内側スリット61cが、最も上側に位置する外側スリット51aと同じ高さに内側スリット61aが設けられている。さらに、熱処理室7を挟んでシール室8Aと対向して設けられているもう一つのシール室8Bにも、これらとそれぞれ同じ高さの内側スリット6と外側スリット5がそれぞれ設けられる。
例えば、シール室8Aには、外側スリット51cと同じ高さに外側スリット52c及び内側スリット62cが、外側スリット51aと同じ高さに外側スリット52a及び内側スリット62aが設けられている。
【0019】
換言すれば、耐炎化炉2は、水平方向を連通するように外側スリット5、内側スリット6、内側スリット6及び外側スリット5の1組が穿たれ、この各スリットを順次通ることで、炭素繊維前駆体繊維束1が耐炎化炉2内を水平に移動できるようになっている。耐炎化炉2には、この水平方向の各スリットの1組が、垂直方向に異なる位置に複数(図の例では5組)設けられている。
【0020】
外側スリット5及び内側スリット6のサイズは、開口の幅(図における上下方向の大きさ)が10〜50mmで、開口の長さ(図における手前から奥行き方向の大きさ)が1000〜10000mmである。なお、図に示した例では、スリットの上部構成物及び下部構成物を垂直方向に位置調整するという手段を用いて、スリットの開口の幅のサイズを調整できるようになっている。
【0021】
シール室はまた、室内の空気を入れ替える換気手段9を備えている。換気手段9は、好ましくは、排気ファン等である。排気ファン等の換気手段9を用いてこのシール室8の空気の入れ替え(以下、排気ともいう)を行うと、大気からシール室8に向かって流れこむ空気の流れと、前記した内側スリット6を介して熱処理室7からシール室8へ吹き出す熱風の流れとが発生する。そしてこれらの流れにより、熱処理室7内の熱風が大気中へ漏出することを防止する。換言すれば、熱処理室7、シール室8及び換気手段9は、熱処理室7内の熱風が大気中へ漏出しないように構成することができる。排気手段9はまた、シール室8が排気した気体を測定する測定手段(図示せず)を備えている。測定手段は各種の気体流量計が使用でき、本実施形態では例えばピトー管、熱線風速計等が使用できる。
【0022】
耐炎化炉2には、外側スリット5のそれぞれに隣接するように、炭素繊維前駆体繊維束1を移動させるための移動手段3、4が設けられている。移動手段3、4は、炭素繊維前駆体繊維束1を移動させて、耐炎化炉2の一方の側面の外側スリット5から内側スリット6を介して他方の側面の外側スリット5へと移動させつつ、熱処理室7内を動かすための手段である。本実施形態では、移動手段3、4は長さの大きい炭素繊維前駆体繊維束1を巻き取ることで移動させることのできるローラである。図に示した例では、シール室8Aのそれぞれの外側スリット5に隣接してそれぞれ移動手段4a、4b及び4cが、シール室8Bのそれぞれの外側スリット5に隣接してそれぞれ移動手段3a、3b及び3cが設けられている。
【0023】
(耐炎化処理の条件)
本実施形態では、炭素繊維前駆体繊維束の耐炎化処理は、炭素繊維前駆体繊維束を、前記熱処理室内を前記炭素繊維前駆体繊維束の繊維方向に移動させて行う。本実施形態では、
図1に示すように移動手段3及び4を用いて、炭素繊維前駆体繊維束1を、上述したように平行に設けられた外部スリット5及び内部スリット6をそれぞれ連通させて、熱処理室7内を平行に移動させる。上述したように、シート状の炭素繊維前駆体繊維束1はその長さ方向がほぼ炭素繊維前駆体繊維束1を構成する炭素繊維前駆体繊維の繊維方向となっているので、このとき炭素繊維前駆体繊維束1は繊維方向に移動する。
また、平行に設けられた外部スリット5及び内部スリット6は垂直方向の異なる位置に複数組(図に示した例では5組)設けられているので、ローラである移動手段3及び4を介して複数回この各スリットの組を連通させて移動させる。図に示した例では、1本の炭素繊維前駆体繊維束1を、移動手段3及び4のローラを介して折り返すことで、上部に平行に設けられた各スリットから順次下部の各スリットに連通してゆき、複数回、熱処理室7内を移動させるようにしている。移動の速度等の条件については後述する。
熱処理室7内では、炭素繊維前駆体繊維束1には加熱手段による熱風が当たることで、炭素繊維前駆体繊維束1が加熱され、耐炎化処理される。このようにして、炭素繊維前駆体繊維束1の耐炎化処理は、熱処理室7内で垂直方向の位置が異なる複数の箇所において、熱処理室内7での水平方向に移動させつつ行う。換言すれば、一の耐炎化炉2内で、一の炭素繊維前駆体繊維束1に対して複数段(多段)の耐炎化処理が行われる。
なお、一般に炭素繊維前駆体繊維束1に熱風を当てることにより耐炎化処理を行う場合、目安として、熱風の強さは風速0.5〜4.5m/sで、30〜100分間行う。
【0024】
耐炎化処理においては、熱処理室からシール室へ吹き出す熱風の流れについて、その空間速度SV(1/h)、即ち熱風の流速(Nm
3/h)をシール室の体積(m
3)で割った値が、以下の式で表す関係を満足することが必要である。
80≦SV≦400
【0025】
空間速度SVは、シール室内において、熱処理室からシール室へ吹き出す熱風が、一時間当たり何回入れ替わるかを示す値である。空間速度SVは、例えば、スリット部に熱線風速計を配置して測定した値を用いる。本実施形態では、各内部スリット6において熱処理室7からシール室8へ向かう熱風の流速を熱線風速計によって測定し、スリット6の開口面積を乗じて、熱風の流速(Nm
3/h)とし、これをシール室8の体積合計で除した値をSV(1/h)とした。空間速度SVが大きいほど、シール室での揮発物質の滞留時間が短くなる傾向となる。従って揮発物質の凝集防止の観点のみから考えるのであれば、一見すると空間速度SVは大きいほど良いように思えるが、実際はそうではない。つまり本発明者は、熱処理室からシール室へ吹き出す熱風を単純に増加させると、逆に揮発物質の凝集が多くなることがあるという事実を見出した。そして本発明者は鋭意検討の結果、空間速度SVを本実施形態の範囲とすることよって、高品質の炭素繊維が得られることを見出した。
【0026】
空間速度SVを大きくするには、シール室のサイズ(室内容積)を小さくするか、又は熱処理室からシール室へ吹き出す熱風の風量を増やせばよい。然るにシール室の大きさは設備上の制約がある。即ちシール室を際限なく小さくしたり大きくしたりすることは、できないか又は合理的でない。
【0027】
従って空間速度SVは、シール室の大きさを、設備上設定される合理的な大きさとし、即ち熱処理室の体積の20〜40%とし、熱処理室からシール室へ吹き出す熱風の風量を調節することによって、空間速度SVを80≦SV≦400の範囲とすることが好ましい。
なお、熱処理室からシール室へ吹き出す熱風の風量は、熱処理室とシール室との圧力差を調整することにより、調整できる。圧力差の調整は、以下の手段で達成できる。1)シール室からの排気量を調整する、2)シール室からの排気とは別に、熱処理室に対し供気及び/又は排気を行い、この供気及び/又は排気の量を調整する。当然ながら、1)及び2)の両方を同時に行うことも可能である。シール室8からの排気量は、排気手段9による排気の調整で行うことができる。熱処理室7に対する供気及び/又は排気は、上述の熱処理室7に設けられた換気手段で行う。
SV>400とすると、熱処理室からシール室に排出される揮発物質の量が増える。従ってシール室内における揮発物質の凝集が多くなる。従って、炭素繊維の強度が本来の水準より低下する。
逆にSV<80とすると、シール室での気体の滞在時間が長くなる傾向にある。従って熱処理室からシール室に排出される揮発物質の量自体は減るとしても、シール室内における揮発物質の凝集は却って多くなる傾向にある。以上により、炭素繊維の強度は本来の水準より低下する。
空間速度SVは、180≦SV≦400が好ましく、200≦SV≦400の範囲がより好ましく、250≦SV≦375 の範囲が更に好ましい。更には、300≦SV≦350 の範囲とすると、より高品質の炭素繊維が得られることから特に好ましい。
【0028】
耐炎化処理の際には、炭素繊維前駆体繊維束を耐炎化炉内を移動させつつ行うが、この際の移動の条件は、炭素繊維前駆体繊維束の耐炎化炉への導入量(導入速度)と熱風の量を調整して行う。炭素繊維前駆体繊維束の耐炎化炉への導入量(時間あたりの導入重量)をY(kg/h)、熱処理室からの総排気量をX(Nm
3/h)としたとき、以下の関係を満足することが好ましい。
0.001≦Y/X≦0.012
ここで総排気量Xとは、シール室のみから排気を行っている場合はその排気量を、シール室からに加えて、熱処理室からも排気を行っている場合は、その両者を合わせた量をいう。総排気量Xは、各内側スリット6で計測した熱風の流量を合計する、及び熱処理室7が上述の換気手段を設けられていれば、そこに設けられた測定装置(図示せず)を用いてそれぞれの排気量を測定して求める。測定装置は、上述した空間速度SVで用いた測定装置と同様のものを用いることができる。
【0029】
上記Y/Xは、熱処理室内における揮発物質の濃度の目安となる値である。揮発物質の凝集防止の観点のみから考えるのであれば、この値が小さいほど良いように思えるが、実際はそうではない。即ち熱処理室からの総排気量Xを単純に増加させると、シール室に流入する揮発物質の総量がかえって増加する場合があるのである。
【0030】
従って上記Y/Xは、0.001≦Y/X≦0.012の範囲とすることが好ましい。この範囲は 0.01≦Y/X≦0.05 であると、より高品質の炭素繊維が得られ、更には生産効率も高くできるので好ましい。更には、0.01≦Y/X≦0.02の範囲とするとより好ましい。
【0031】
本実施形態の耐炎化処理において、空間速度SVの調節は、前述の通り熱処理室からシール室へ吹き出す熱風の風量を変更することによって達成することができる。この風量の変更は、前記したような換気手段(排気ファン)による排気量又は加熱手段による熱処理の温度条件のような、処理の条件変更によって行うこともできるが、以下に述べるような熱処理室、シール室、外側スリット又は内側スリットの大きさの設計によってある程度調整することも可能である。この際、空間速度SVの調節によって、シール室に流入する大気の流量を減少させ、これに伴い熱処理室からシール室へ吹き出す熱風の風量を減少させることができる。これは、シール室の圧力を、以下に述べる方法により制御することによって達成できる。
【0032】
熱風の風量を低減するには、熱風流路の開口面積を小さくすることが一般的である。しかし、炭素繊維の製造においては、単に耐炎化炉のスリットの開口面積を小さくすると、炭素繊維に特有の、以下の問題が発生する。
一般に、耐炎化炉内の圧力と炉外の圧力との差は、気体温度の違いにより生ずる前記熱処理炉内外の浮力差の影響で、炉の高さ方向に変化する。即ち、炉の上部では炉の内外における圧力差が大きく、炉の下部では炉の内外の圧力差が小さくなる。
すなわち、揮発物質を含んだ熱風は、炉の上部に移動し、熱処理室からシール室に吹出す。一方、炉の下部では、炉の内外の圧力差が小さくなるため、外気が炉外からシール室に流入し、さらにシール室から熱処理室に流入する。この流入した外気によって熱処理室内やシール室内の温度が低下するために、揮発物質は、耐炎化炉の上部ほど凝集しやすく、耐炎化炉の下部ほど凝集し難くなる。従って、スリットの開口面積を単に小さくすると、特に耐炎化炉の上部のスリットにおいて、揮発物質の凝集が顕著になる。
この問題を解決するため、本実施形態では、熱処理室内での上下方向(垂直方向)の位置が異なる複数の箇所に各スリットを設け、炭素繊維前駆体繊維束の移動は、熱処理室内での水平方向に移動させつつ行うが、このとき、複数の前記外側スリットのうち、上下方向の位置で最も下側に位置する前記外側スリットの開口面積を、最も上側に位置する外側スリットの開口面積より小さくする。具体的には、最も下側に位置する内側スリットの開口面積を、最も上側に位置する内側スリットの開口面積に対して1/100〜1/2程度にすることが好ましい。さらに好ましくは1/6〜1/3程度である。本実施形態では、各スリットの幅方向の大きさ、図に示す上下方向の大きさを調整可能であることで、スリットの面積を変更することができる。
【0033】
さらに、内側スリットについても、前記外側スリットと同様に、最も下側に位置する内側スリットの開口面積を、最も上側に位置する内側スリットの開口面積より小さくすることができる。上下方向の内側スリットの相互の面積の関係については上述の外側スリットのものと同様である。
係る構成を採用することによって、より簡便にシール室に流入する大気の流量を減少させ、これに伴い熱処理室からシール室へ吹き出す熱風の風量を減少させることができる。
【0034】
(炭素化処理)
本実施形態の炭素繊維の製造方法は、上記のように炭素繊維前駆体繊維束を耐炎化処理して得られた耐炎化繊維束を炭素化炉に導入し、300℃〜2500℃の温度範囲で炭素化処理し、炭素繊維を得る。炭素化処理とは、不活性ガス環境下において上記温度で耐炎化繊維束を炭素化する処理である。炭素化とは、化合物から他の元素を除き、特に有機化合物を上記温度で処理することによって水素や酸素等を除き、化合物の重量の80〜100%が炭素原子からなる状態とすることである。不活性ガスとは、他の物質と反応を起こさない化学的に安定したガスを意味し、具体例として、窒素、ヘリウム又はアルゴン等を挙げることができる。上記温度に勾配を設けつつ反応を行ってもよく、又、温度勾配ごとに複数段階の処理を介しても良い。本実施形態での炭素化処理は、特に、1200〜1800℃の条件で、合計1〜4分間行うのが好ましい。その他の炭素化処理の条件は、例えば上述した特許文献等に記載されている炭素化処理の条件等、得たい炭素繊維の性質に応じて、当業者の技術常識に基づいて適宜調整すればよい。
【0035】
(他の実施形態)
図1に示した例では、耐炎化炉2の側面に水平に設けられた外側スリット5及び内側スリット6の1組の数(段数)は5組となっているが、これらは耐炎化炉2のスケールに応じて、5未満の数でも、5をこえる数でも構わない。目安としては2〜12組前後でもよい。
【実施例】
【0036】
以下に、実施例により本発明の効果をより詳細に説明する。なお各実施例、比較例は、熱処理室とこれに隣接するシール室とを有する耐炎化炉を用いて行った。熱処理室は、炭素繊維前駆体繊維束を、上下方向に5段で、かつ横方向に走行させる。シール室は、炭素繊維前駆体繊維束の走行段数に応じた数の外側スリットと内側スリットとを有し、外側スリットは耐炎化炉の外に開口し、内側スリットは熱処理室に開口する。なおシール室の体積は2.73m
3である。
【0037】
各測定値は下記の方法で求めた。
<炭素繊維束のストランド強度>
JIS R7601試験法に準拠して、ストランド試験片35本について測定し、その平均値を求める。
<シール室への熱風の吸込み・吹き出し量>
スモークテスターを用いて、各スリット部において流れの有無を測定した。シール室から熱処理室に向かう流れがあるスリットを吸込み部、熱処理室からシール室へ向かう流れがあるスリットを吹き出し部とした。さらに、熱線風速計(カノマックス、アネモマスター風速計、6162)にて吹き出し部の風速(m/h)を測定し、開口面積を乗じて熱風の流速(Nm
3/h)を求めた。さらに、吹き出し部の各スリットで測定した熱風の流速の合計(総排気量X)をシール室の体積で除して、これを空間速度SV(1/h)とした。
【0038】
<実施例1>
アクリロニトリル単位98質量%、メタクリル酸単位2質量%を含む重合体をジメチルホルムアミドに溶解させて紡糸原液(重合体濃度:23.5質量%)とした。乾湿式紡糸により、紡糸原液を、直径0.13mm、孔数2000の吐出孔を配置した紡糸口金から、一旦約4mmの空間を通過させ、この後79.5質量%ジメチルホルムアミドを含有する水溶液を15℃に調温した凝固液中に吐出し凝固させ、凝固糸とした。次いで空気中で1.1倍延伸した後、60℃に調温した30質量%ジメチルホルムアミドを含有する水溶液中で2.9倍延伸した。延伸後、溶剤を含有している繊維束を清浄な水で洗浄し、次に、95℃の熱水中で1.1倍の延伸を行った。次いで、前記繊維束を乾燥して、単繊維繊度0.8デニール、12000フィラメントの繊維束を得た。
【0039】
ついで前記繊維束に、下記の油剤を付与し乾燥緻密化した。油剤付着量は乾燥緻密化後の繊維束質量に対し1.1質量%とした。乾燥緻密化後の繊維束を、加熱ロール間で3.0倍延伸して、更なる配向の向上と緻密化を行った後に巻き取って炭素繊維前駆体繊維束を得た。炭素繊維前駆体繊維の繊度は、0.77dtexであった。
<油剤>
以下の(1)アミノ変性シリコーンオイルと(2)乳化剤を混合し、転相乳化法により水分散液(水系繊維油剤)を調製した。
(1)アミノ変性シリコーンオイル;KF−865(信越化学工業(株)製、1級側鎖タイプ、粘度110cSt(25℃)、アミノ当量5000g/mol、85質量%
(2)乳化剤;NIKKOL BL-9EX(日光ケミカルズ株式会社製、POE(9)ラウリルエーテル)15質量%
【0040】
前記炭素繊維前駆体繊維束に対して、耐炎化炉を用いて耐炎化処理を行った。耐炎化炉の熱処理室における循環風は、炉中央から両間口に向かって風速3.0mm/sとした。熱処理室を横方向に5段で通過するシート間の上下方向距離は200mmとした。シール室のスリット幅は350mm、外側及び内側スリット高さは、上から3段は30mm、下から2段は10mmとした。上記炉を3つ使用し、耐炎化処理時間は合計で60minとした。耐炎化温度は220〜280℃とした。
【0041】
次に耐炎化処理を行った炭素繊維前駆体繊維束を、4.5%の伸長を加えながら、窒素中300〜700℃の温度勾配を有する第一炭素化炉を通過させた。温度勾配は直線的になるように設定した。処理時間は1.9分とした。
【0042】
更に、第一炭素化炉を通過させた炭素繊維前駆体繊維束を伸長率−3.8%として、窒素中1000〜1250℃の温度勾配を有する第二炭素化炉を通過させた。ついで、伸長率−0.1%として、窒素中1250〜1500℃の温度勾配を有する第三炭素化炉を通過させて炭素化処理した繊維束を得た。第二炭素化炉および第三炭素化炉を合わせた伸長率は、−3.9%、処理時間は3.7分であった。
【0043】
ついで、前記炭素化処理した繊維束を重炭酸アンモニウム10質量%の水溶液中を走行させつつ、炭素繊維束1g当り40クーロンの電気量で、炭素繊維束を陽極として対極との間で通電処理を行い、温水90℃で洗浄した後、乾燥した。次に、ウレタン樹脂(製品名ハイドランN320、DIC株式会社製)を0.5質量%付着させ、ボビンに巻きとり、炭素繊維束を得た。
【0044】
これらの工程における熱処理室からの総排気量X(Nm
3/h)、炭素繊維前駆体繊維束の耐炎化炉への導入量Y(kg/h)、Y/X、炭素繊維のストランド強度(MPa)、熱風の空間速度SV(1/h)を表1に示した。
【0045】
耐炎化炉の熱処理室における循環風は、炉中央から両間口に向かって風速3.0mm/sとした。熱処理室を横方向に5段で通過するシート間の上下方向距離は200mmとした。シール室のスリット幅は350mm、外側スリット高さは、上から3段は30mm、下から2段は10mmとした。上記炉を3つ使用し、耐炎化処理時間は合計で60minとした。耐炎化温度は220〜280℃とした。
【0046】
熱処理室からの総排気量X(Nm
3/h)、炭素繊維前駆体繊維束の耐炎化炉への導入量Y(kg/h)、Y/X、炭素繊維のストランド強度(MPa)、熱風の空間速度SV(1/h)を表1に示した。
【0047】
<実施例2、3>
炭素繊維前駆体繊維束の耐炎化炉への導入量Yを変えた以外は、実施例1と同様の条件で炭素繊維の製造を行った。結果を表1に示した。
【0048】
<実施例4>
下から2段の外側及び内側スリット高さを5mmに変えた以外は実施例1と同様の条件で炭素繊維の製造を行った。結果を表1に示した。
【0049】
<比較例1>
実施例2と同様の条件において、外側及び内側スリット高さを全て30mmとしたところ、外側スリットからシール室へ流入する外気の量が増加し、これに伴い熱処理室からシール室へ吹き出す熱風の流速が増加し、その結果、熱処理室からの総排気量X及び熱風の空間速度SVが増加した。結果を表1に示した。なお、ストランド強度は別の試験において同条件で測定した際には6627MPaを示していた。
<比較例2>
実施例1と同様の条件において、循環風ラインに設けた排気ラインにより2000Nm
3/hの排気を行ったところ熱処理室からシール室へ吹出す熱風がなくなった。結果を表1に示した。
【0050】
【表1】
【0051】
以上の実施例及び比較例より、本発明の炭素繊維の製造方法は、高いストランド強度を有する炭素繊維が得られていることがわかる。