【実施例】
【0041】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
〔実施例1〕シナレンギョウ枝及び各組織の氷核活性測定
野外に植栽されたシナレンギョウの主に1年生枝(当年枝)の氷核活性を以下の試験管法を用いて調べた(Tubeの数40本)。
氷核活性測定(試験管法)は以下の工程により行った。
所定量のシナレンギョウの枝髄またはシュウ酸カルシウムなどのサンプルを滅菌MilliQ水に分散せしめ、TPX製チューブ10〜40本に1mLずつ分注したものを、冷凍恒温槽に浸して1℃刻みに段階的に温度を下げ(各温度に20分放置後、凍結Tubeの数を数えた。次の1℃の冷却に約5-10分、系全体としての冷却速度:1℃/30分)、各チューブが何℃で凍るかを記録した。この結果を横軸に温度、縦軸に凍結したTubeの積算数をプロットし、50%が凍結する温度(中央値:
Median of
Freezing
Temperature, MFT.)をグラフ上あるいは計算によって求め、氷核活性の指標とした。この方法で、滅菌MilliQ水の氷核活性は50%凍結温度で約−20℃であった。
各季節の1年生枝(当年枝)(春から秋のものは葉を取り除いた後、冬の落葉期間の枝は、そのまま)の節間を5−7mmに裁断し、枝を各チューブ(滅菌MilliQ水1mL)に1個ずつ入れて測定した。必要に応じて、枝を皮層部、木部、木部+髄、髄のみに解剖し(
図1)、試験管にいれて、各部位の氷核活性を測定した。また、氷核活性の熱耐性を調べるため、一度氷核活性の測定に用いた試料をそのまま120℃15分オートクレーブをかけた後、漏出液を除き、新しい滅菌MilliQ水に無菌条件下で取替え、もう一度試験管法による氷核活性測定に用いた。
【0042】
シナレンギョウ枝(
図1A)を5−7mmに裁断し、その氷核活性を試験管法で調べたところ、1年生枝(当年枝)の先端から下部までのいずれもの部位の枝にも高い氷核活性があった(−3〜−4℃:図省略)が、葉(6月)の氷核活性は低かった(-9℃)(
図1C)。枝の氷核活性は、採取する季節によらず殆ど変わらなかった(
図1C)。また、枝の氷核活性は、オートクレーブ処理(120℃15分)でもほぼ同じか、低下しても1℃以内であった(
図1C)。シナレンギョウ枝をカッターナイフで解剖して(
図1B)、皮層部、木部+髄、木部のみ、髄のみ(ピンセット等で分別できる)の各部位にわけ、その氷核活性を調べたところ、皮層部と木部のみでは、氷核活性が低かったが、木部+髄、髄のみでは、高い氷核活性がみられた(
図1C)。これらの結果から、シナレンギョウ枝は季節を問わず高い氷核活性を示し、その活性は枝の髄に存在すると考えられ、オートクレーブ処理にも耐性であった。なお、2年生枝にも1年生枝(当年枝)と同様に高い氷核活性があった(図省略)。
【0043】
同様の氷核活性がシナレンギョウ以外のレンギョウ属植物などの枝にあるか調べるため、レンギョウ属のシナレンギョウ、レンギョウ、チョウセンレンギョウ、ヤマトレンギョウ及びウチワノキ属のウチワノキの1年生枝の氷核活性を調べた(表1(レンギョウ属植物、ウチワノキの1年生枝(7.5mm)の氷核活性(筑波実験植物園に植栽)))。その結果、いずれの種の枝にも、比較的高い氷核活性が見られた。チョウセンレンギョウ、ヤマトレンギョウ、ウチワノキはいずれも、シナレンギョウと同様に薄片がはしご状に並んだ髄をもっているが、レンギョウは、薄片が少なく、中空の髄をもっている(中空の外側に髄の組織がある)。これらの種の枝の氷核活性も部位に分けて活性を測定すると、いずれも髄の部分に高い氷核活性が見られた(図省略)。髄が中空或いは、薄片がはしご状に並ぶという特徴は、レンギョウ属及びウチワノキ属の特徴で、これらに属する他の種(例えば本明細書に記載の種)もすべて髄に同様の氷核活性を持つと推察される。
【表1】
【0044】
〔実施例2〕シナレンギョウの枝髄ならびに枝髄抽出物の調製
シナレンギョウの1年生枝(当年枝)から髄薄片のみを取りだし、これを120℃, 15分のオートクレーブにかけたものを出発材料とした。さらに活性の本体と思われるものを二つの方法によって枝髄より抽出した。
1)酵素を用いる方法:湿潤体積約10mLのシナレンギョウの枝髄薄片に
・4mM酢酸ナトリウム緩衝液 pH5.6 2mL
・1%セルラーゼ0.5mL
・0.1%ペクトリアーゼ0.5mL
を加え、二日間室温で放置した。これをVortexして懸濁した液を20μmのナイロンメッシュで濾過した。濾液を"遠心後上清除去して水添加してさらに遠心"を繰り返すことにより、酵素など水に溶解するものをできるだけ除去した。
2)細胞破砕機を用いる方法:湿潤体積約10mLのシナレンギョウの枝髄薄片にミリQ水約50mLを加えたものを細胞破砕機により十分に破砕した。懸濁液を20μmのナイロンメッシュで濾過した濾液をしばらく静置し、液中に舞っている細胞壁由来と思われる繊維状物質を除去した。
以上の方法で得られたシナレンギョウ抽出物懸濁液を0.22μmPVDF膜(Millipore製)で濾取し、風乾した。
【0045】
シナレンギョウ枝の髄は、成長中の枝の先端部の髄(生きていて分化中)を除き(生きている髄も氷核活性は高い)、死んだ組織で白い薄片状である。この薄片を走査電子顕微鏡観察(SEM)にて観察すると、細胞壁と思われる薄膜とその前後に長六角形の結晶物が多数観察される(
図3a)。
【0046】
走査電子顕微鏡観察(SEM)は、試料を金蒸着後、JSM-5800LV(日本電子、日本)にて、2次電子像を観察した。エネルギー分散型X線分析(EDS)は、試料を日本電子製走査電子顕微鏡JSM-5410にて観察し、付属するEDS装置JED-2110を用いて行った。
【0047】
その結晶の元素組成をSEMに付属のEDS装置によって解析すると、主にCa、C、Oによって構成されることがわかった(Hのような軽い元素は、原理上検出が難しい:図省略)。大量に採取した髄の薄片をMilliQ水に懸濁して(枝髄薄片10枚/mL)、氷核活性を測定すると、約-3℃の活性を示し、Autoclave処理によっても活性は殆ど変化しなかった(
図2)。しかし、髄薄片を1MのHClにより処理すると氷核活性は著しく消失した(
図2)(薬品処理による氷核活性の変化の詳細については、後述)。HCl処理後の試料をSEM観察すると、結晶物は、全く見当たらなかった(
図3b)。このことは、シナレンギョウ枝髄の氷核活性がこの結晶物に由来することを示唆する。
【0048】
シナレンギョウ枝髄の薄片を大量に採取し、酵素処理により細胞壁を溶かすとこの結晶と思われる白い沈殿物を得ることができる。この沈殿物をSEMで観察すると、長さ約10μm程度、幅、高さともに約5μm程度の六角柱状結晶が多数みられた(
図5)。これらは、後述する合成シュウ酸カルシウム一水和物と非常に似たものであった(
図6a)。酵素処理または細胞破砕機で得られた白色沈殿を約6μg/mLの濃度で懸濁させ氷核活性を測定したところ、双方約-2.4℃と非常に高い活性がみられ、シナレンギョウ枝の氷核活性がこの単離結晶物に由来することが強く示唆された。
【0049】
この結晶物を同定するため、シナレンギョウの枝髄ならびに枝髄を酵素処理して得られた白色粉末をX線回折によって解析した。
X線回折(XRD)は、粉末X線回折分析装置Rad-X(線源Cu-Kα1, 40kV, 25mA、(株)リガク社製、日本)を用いて測定した。枝髄の場合は、水でぬれた枝髄をガラス板にdepositして風乾することで貼り付け、一方枝髄抽出物または合成シュウ酸カルシウムなどの粉末の場合は、両面テープによりガラス板に薄く貼り付け、装置にロードした。
その結果をそれぞれ
図4a, bに示す。両者は、いずれも合成シュウ酸カルシウム一水和物および既知の登録されているシュウ酸カルシウム一水和物(Whewellite,
図4c、d)と完全に一致した回折ピークを示した。この結晶物のX線回折の結果(
図4)は、上記のSEM観察結果(
図5,6a)とあわせて、シナレンギョウ枝髄に含まれる結晶物がシュウ酸カルシウム一水和物である直接的証拠となる。
【0050】
さらにシナレンギョウ枝髄薄片から細胞破砕機によって得られた白色沈殿の熱重量分析(TG/DTA)を測ったところ、表2のような結果が得られた。
熱重量分析(TG/DTA)は、試料約1mg〜10mgを、セイコーインスツルメンツ社製示差熱熱重量同時測定装置EXSTAR6000を用いて昇温速度10℃/min、空気中で室温から1000℃まで測定することにより行った。
100〜200℃に見られる脱水による減少率は、12.6%で、シュウ酸カルシウム一水和物の理論値や合成一水和物の実測値に近い値を示し、単離物がシュウ酸カルシウムの一水和物であることを示唆した。
【0051】
なお、シュウ酸カルシウム水和物は熱処理することによって次のような脱水を起こすことが知られている。
一水和物:Ca(C
2O
4)・H
2O → Ca(C
2O
4) + H
2O (50℃〜250℃の段階)
二水和物:Ca(C
2O
4)・2H
2O → Ca(C
2O
4) + 2H
2O (50℃〜250℃の段階)
三水和物:Ca(C
2O
4)・3H
2O → Ca(C
2O
4)・H
2O + 2H
2O (50℃〜135℃の段階)
Ca(C
2O
4)・H
2O → Ca(C
2O
4) + H
2O (135℃〜250℃の段階)
シュウ酸カルシウム無水物Ca(C
2O
4)をさらに熱すると次のような変化をする。
Ca(C
2O
4) → CaCO
3 + CO (250℃〜550℃の段階)
CaCO
3 → CaO + CO
2 (550℃〜1000℃の段階)
出発物質の重量を100%としたとき、それぞれの変化に伴う重量減少は表2(加熱処理に伴うシュウ酸カルシウム水和物の重量変化)の通りである。
【表2】
【0052】
〔実施例3〕シュウ酸カルシウムの合成
石井の方法(石井裕子、植物細胞中の3種類のシュウ酸カルシウム水和物の動態 日本化学会誌1991(1), 63-70)を少し改変した方法により、シュウ酸カルシウム一水和物、二水和物および三水和物を調製した。すなわち水80mLに660mM pH7酢酸ナトリウム緩衝液40mL、50mMシュウ酸水溶液40mLを加えて混合し、さらにクエン酸ナトリウム0〜3gを加え、所定の温度で激しく攪拌しながら50mM塩化カルシウム水溶液40mLを滴下混合し、沈殿を生成せしめた。一水和物、二水和物および三水和物の生成条件は表3(シュウ酸カルシウム水和物の生成条件)の通りである。
【表3】
沈殿は30分〜2時間程度静置後定性濾紙で濾取し、十分量の水で水洗した。その後濾取した沈殿を一晩室温で風乾し、各測定に供した。
【0053】
合成では以下の事項に留意した。
入れる順番:バッファーおよびシュウ酸溶液にCaCl
2溶液を添加する方がバッファーおよびCaCl
2溶液にシュウ酸溶液を添加するより活性が高かった(データ省略)。
添加速度:外径3mm程度のシリコンチューブをペリスタポンプにセットして添加し、約1滴/秒で添加した。
合成温度:酢酸ナトリウム緩衝液のpHを7、クエン酸ナトリウム添加0gに固定し、調製温度を25℃から100℃まで15℃ごとに違えたシュウ酸カルシウム一水和物を合成した。
合成pH:調製温度を85℃、クエン酸ナトリウム添加0gに固定し、酢酸ナトリウム緩衝液のpHのみをpH 3からpH 7まで変化させてシュウ酸カルシウム一水和物を合成した。
【0054】
〔実施例4〕合成シュウ酸カルシウム一水和物、二水和物および三水和物の氷核活性
石井の方法(1991、上述)で合成したシュウ酸カルシウムがそれぞれの水和物であることをSEMによる形態観察、XRDおよびTG/DTAを用いて確認し、各水和物の氷核活性を測定した。
【0055】
図6に合成シュウ酸カルシウムの各水和物の結晶形態をSEMで観察した像を示す。一水和物(
図6a)および二水和物(
図6b)には、それぞれの水和物に特徴的な形である六角板状粒子および八面体粒子が確認できた。しかし三水和物(
図6c)には特徴的な形を見出せなかった。
図4c,e,gに示したXRDの結果より、それぞれのサンプルに一水和物、二水和物および三水和物に特徴的なX線回折ピークのみが見られた(各標品のICDDカードと一致)ので、混合物でなく単一の結晶であることが確認できた。
【0056】
表2にTG/DTAの結果(二水和物については未測定)を示す。100℃〜200℃のあたりに見られる脱水による重量減少が一水和物、三水和物でそれぞれ11.9%、27.9%(=18.4+9.5%)であり、表2の理論値12.3%、29.7%に近い値を示した。この結果も合成されたシュウ酸カルシウムはそれぞれの水和物であることを支持している。
得られたシュウ酸カルシウム各水和物を約3.8mg/mLの濃度で懸濁させ、氷核活性を測定した。その結果、シュウ酸カルシウム一水和物のみが高い活性を示すことが判った(表4(合成シュウ酸カルシウムの各水和物の氷核活性))。
【表4】
【0057】
〔実施例5〕シナレンギョウ枝髄薄片及び合成シュウ酸カルシウム一水和物の各種薬剤、熱処理
シナレンギョウ枝髄の処理は、鱗片100枚に対し、10mLの薬剤溶液(濃度1M)を入れ、合成シュウ酸カルシウム一水和物の場合は、42mgの結晶に対し11mLの薬剤溶液を入れて、(濃度的にはシュウ酸カルシウム3.8mg/mL薬剤溶液)、それぞれ1分ほどVoltexで撹拌した後、一晩静置した。上澄みをすて、ミリQ水で5回ほど洗った。沈降が遅い場合は、弱く遠心をかけて試料を沈ませた。最終的にミリQ水を、鱗片100枚の場合には全体の容量が10mLになるように、また合成シュウ酸カルシウムの場合、処理前の出発物質が42mgに対し、全体の容量が11mLになるように加え、試料とした(合成シュウ酸カルシウム結晶の塩酸処理の場合は、試料が全部溶解するので、結晶はない)。これらを撹拌懸濁した状態で1mLずつ分画し、氷核活性測定の試料とした。
【0058】
上記合成シュウ酸カルシウム一水和物を一晩薬剤処理した際にできた上澄みを回収し(水、塩酸、リンゴ酸、酢酸、酒石酸、グリシンのみ)、その一部を以下に示すNN試薬によるキレート滴定法によりCa濃度を推定し、水に対する溶解度を1として、相対値として表示した(K.Ueno, T. Imamura and K. L. Cheng, "Handbook of Organic Analitical Reagents 2nd Edition"(1992 by CRC Press)., J. Patton and W. Reeder, "New Indicator for Titration of Calcium with (Ethylenedinitrilo) Tetraacetate", Anal. Chem., 1956, 28, 1026., A. Itoh and K. Ueno, "Evaluation of 2-Hydroxy-1-(2-Hydroxy-4-Sulpho-1-Naphthylazo)-3-Naphthoic Acid and Hydroxynaphthol Blue as Metallochromic Indicators in the EDTA Titration of Calcium", Analyst, 1970, 95, 583.)。
<試薬>
・0.01M EDTA標準液
・NN指示薬希釈粉末
・約8N KOH溶液
<Ca滴定操作>
中性の試料溶液50mlの緩衝剤として8N KOH 4mlをかき混ぜながらゆっくり加え(pH約13となる)、ときどきかき混ぜ3〜5分間放置した(Mgは水酸化物となって沈殿した)。
次に、妨害重金属のマスク剤として20%トリエタノールアミン溶液および10%チオグリコール酸溶液数滴とNN指示薬希釈粉末約0.1gを添加し、EDTA標準液で滴定した。
終点の変色は 赤から青である。
0.01M EDTA 1ml = 0.4008mg Ca
オートクレーブ処理は、試料を上記割合(髄薄片10枚/mL、合成シュウ酸カルシウム一水和物3.8mg/mL)でミリQ水に懸濁し、121℃15分処理後で行い、氷核活性測定に供した。また、試料を70℃のOvenにて一晩乾燥後、上記割合にてミリQ水に懸濁し、氷核活性測定に供した。
また有機溶媒に対する耐性を調べるため、枝髄薄片100枚を0.5mLのメタノール、エタノール、アセトン、キシレン、ベンゼン、ジエチルエーテル、ピリジンに2日間浸漬後した。各溶媒を70℃でDryupし、ミリQ水に再懸濁して(髄薄片10枚/mL)、氷核活性測定に供した。
【0059】
〔実施例6〕シナレンギョウの枝髄と合成シュウ酸カルシウム一水和物の氷核活性の熱・薬品処理の影響
シナレンギョウの枝髄薄片および合成シュウ酸カルシウム一水和物のより詳細な性質を知るために、様々な処理(熱、酸、アルカリ、試薬、有機溶媒)を施したときの氷核活性の変化について調べた。枝髄薄片及び合成シュウ酸カルシウム一水和物は、いずれもミリQ水中でのオートクレーブ処理(121℃15分)及び70℃ overnight処理によるDry upに耐性で、氷核活性は殆ど変化しなかった(
図2)。また、シナレンギョウ枝髄薄片をメタノール、エタノール、アセトン、キシレン、ベンゼン、ジエチルエーテル、ピリジン等の有機溶媒処理(2日間浸漬)した後、各溶媒を70℃で乾燥除去したのち、ミリQ水に再懸濁して(髄薄片10枚/mL)、氷核活性を測定すると、その氷核活性に全く変化がなく(50%凍結温度:-2.0〜-2.3℃、controlは-2.6℃)(図表省略)、これらの有機溶媒に耐性であることが判った。
【0060】
シナレンギョウの枝髄、合成シュウ酸カルシウム一水和物の氷核活性は、ともに塩酸(1M HCl)によってその活性が著しく低下することが分かった(
図2)。この時、塩酸処理によって枝髄薄片に見られた六角柱状結晶(
図3)、XRDの回折ピーク(図省略)はほとんど消失してしまった。合成シュウ酸カルシウムの場合も、塩酸処理により本実験系で完全に溶解し、処理液中の白い結晶物は一切残らなかった。これは、塩酸に対するシュウ酸カルシウム一水和物の溶解度(Ca濃度でみたもの)が非常に高いこととよく一致した(
図2)。有機酸のような弱酸処理を行った場合、枝髄薄片のように、シュウ酸カルシウム一水和物が少量しか含まれていない場合は、酒石酸やリンゴ酸処理などにより、多少、氷核活性が低下し、その程度はシュウ酸カルシウム一水和物の各酸への溶解度が高いほど、氷核活性の低下量が大きかった(
図2)。これに呼応して、溶解度が高い有機酸で処理した枝髄薄片ほど、含まれている六角柱状結晶の数が少なくなっていた(図省略)。一方、合成シュウ酸カルシウム一水和物を用いた本薬剤処理実験系のように、処理液中の物質濃度が高い場合(3.8mg/mL)は、有機酸処理により氷核活性はあまり影響を受けず(
図2)、処理液中にも白い結晶が多く残っていた。これらのことから、弱酸処理の場合、薬剤処理後に残存するシュウ酸カルシウム一水和物結晶量(薬剤への溶解度と薬剤と試料の量比により影響される)により、氷核活性への影響度が決まると考えられた(結晶が溶解してなくなるほど氷核活性は低下)。このことは、弱酸だけでなく、他の各種薬剤への耐性をみる場合も同様と考えられた。
【0061】
EDTAのように、ゆっくりシュウ酸カルシウムを溶解させる試薬によっても、枝髄薄片の氷核活性は若干低下した(
図2)。一方、アルカリ(1M KOH)処理のシナレンギョウ枝髄、合成シュウ酸カルシウム一水和物の氷核活性への影響は少なかった(
図2)。以上、強酸、弱酸、EDTAなどに対する挙動は、これまで知られている植物組織中のシュウ酸カルシウム結晶物の挙動とよく一致する(Franceschi VR. and Horner HT Jr., Bot Rev. (1980) 46: 361-427)。これらの結果は、「シナレンギョウの枝髄の氷核活性の本体は、六角柱状結晶のシュウ酸カルシウム一水和物である」という推測を支持する。
【0062】
〔実施例7〕他の氷核活性物質との比較
シナレンギョウから得られたシュウ酸カルシウム、合成シュウ酸カルシウム、既知の氷核活性物質であるヨウ化銀、フェナジン、メタアルデヒドとの比較を行った(
図7)。シナレンギョウより抽出したシュウ酸カルシウム一水和物は非常に希薄な濃度でもヨウ化銀、フェナジンより高い活性を示した。また、合成シュウ酸カルシウム一水和物は薄い濃度(< 0.1mg/mL)では活性は低いが、高濃度(> 1mg/mL)では既知の氷核活性物質に匹敵するほど活性が高いことが分かった。
【0063】
〔実施例8〕シュウ酸カルシウムの結晶面と氷核活性との相関
1)合成温度
シュウ酸カルシウム一水和物のどの結晶面が氷核活性と相関があるかを調べるために、水80mLに660mM pH7酢酸ナトリウム緩衝液40mL、50mMシュウ酸水溶液40mLを加えて混合し、所定の温度で激しく攪拌しながら50mM塩化カルシウム水溶液40mLを滴下混合してシュウ酸カルシウム一水和物を調製し、そのXRDと氷核活性について調べた。
図8に様々な温度で調製したシュウ酸カルシウム一水和物の氷核活性を示す。調製温度が高くなるにつれて、ほぼ単調増加で氷核活性も上がっていくことが分かった。次に
図9にXRDの結果を示す。これより、調製温度が高くなるにつれて(-101)面または(-202)面すなわちシュウ酸カルシウム一水和物結晶のBasal面由来のピーク強度が大きくなっていることが分かる。つまりBasal面が発達してきている。一方、(020)面由来のピークの強度はほとんど変化していないことから、調製温度によって(020)面の発達の程度はほとんど変化しないと思われる。このことは、(-101)面(または(-202)面)由来のピーク強度の(020)面由来のそれに対する比が、調製温度によってどのように変化するか、について示した
図10によってより明確に分かる。
図10の軌跡が、ほぼ
図8の軌跡と同じ傾向を示すことから、シュウ酸カルシウム一水和物の氷核活性は、そのBasal面((-101)面)の発達と相関があることを示している。
【0064】
2)合成pH
以上は調製温度を変化させた場合であるが、調製温度を85℃に固定し緩衝液のpHのみをpH 3からpH 7まで変化させて合成したシュウ酸カルシウム一水和物についても同様の推論が導かれた。
図11に緩衝液のpHを変化させた合成したシュウ酸カルシウム一水和物の氷核活性を、
図12にそれら結晶のXRDパターンを、そして
図13に(-101)面(または(-202)面)由来のピーク強度の(020)面由来のそれに対する比のpH依存性の図を示す。この場合、pHがあがるにつれて氷核活性が単調に上昇する(
図11)。それに伴って(020)面のXRDのピーク強度に比べて相対的に(-101)面(または(-202)面)のピークが大きくなることが分かった(
図12、13)。この結果は調製温度を変化させた実験とほとんどパラレルな結果であり、氷核活性とシュウ酸カルシウム一水和物結晶のBasal面である(-101)面(または(-202)面)がなんらかの相関があることを支持するものである。なお、pH11において合成したシュウ酸カルシウム一水和物もpH7で合成したものと同程度の氷核活性を示した(図省略)。この結果は調製温度を変化させた実験とほとんどパラレルな結果であり、氷核活性とシュウ酸カルシウム一水和物結晶のBasal面である(-101)面(または(-202)面)の発達との間に相関があることを示している。なお、pH11において合成したシュウ酸カルシウム一水和物もpH7で合成したものと同程度の氷核活性を示した(図省略)。
【0065】
〔実施例9〕シナレンギョウの枝随をガラスキャピラリーに固着させた場合の氷核活性
ガラスパスツールピペット(Fischer社製、ディスポーザブルパスツールピペット(足長))の先端部約5cmを切り取ってガラスキャピラリーとしたものに、シナレンギョウからカッターナイフとピンセットで切り取った約10片の枝髄を接着剤(ボンドウルトラ多用途、強力・耐水性:コニシ品番#04592:耐水性の接着剤)で固定し、2mLの滅菌MilliQ水に一本いれて、試験管法で氷核活性を測定したところ、その50%凍結温度は-2.5℃だった。同量の枝髄片をキャピラリに固着せずに同量の滅菌MilliQ水に入れて測定した場合の50%凍結温度は-2.5℃であり、氷核活性に違いは見られなかった。氷核活性剤を固着する材料は、金属等でもかまわないことが確認された。また、このように固定すると、容易に要時に取り出すことが可能になる。