特許第6036669号(P6036669)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6036669
(24)【登録日】2016年11月11日
(45)【発行日】2016年11月30日
(54)【発明の名称】差動信号用ケーブル及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01B 11/06 20060101AFI20161121BHJP
   H01B 11/12 20060101ALI20161121BHJP
   H01B 7/18 20060101ALI20161121BHJP
   H01B 7/02 20060101ALI20161121BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20161121BHJP
   H01B 13/26 20060101ALI20161121BHJP
【FI】
   H01B11/06
   H01B11/12
   H01B7/18 D
   H01B7/02 G
   H01B13/00 525Z
   H01B13/26 Z
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-253420(P2013-253420)
(22)【出願日】2013年12月6日
(65)【公開番号】特開2015-111529(P2015-111529A)
(43)【公開日】2015年6月18日
【審査請求日】2016年2月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100068021
【弁理士】
【氏名又は名称】絹谷 信雄
(72)【発明者】
【氏名】石川 弘
(72)【発明者】
【氏名】杉山 剛博
(72)【発明者】
【氏名】深作 泉
(72)【発明者】
【氏名】米澤 英徳
(72)【発明者】
【氏名】加賀 雅文
【審査官】 神田 太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−116909(JP,A)
【文献】 特開2011−096574(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 11/06
H01B 7/02
H01B 7/17
H01B 11/12
H01B 13/00
H01B 13/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2本の内部導体と、該2本の内部導体を個別にまたは一括して覆う絶縁体と、該絶縁体の周囲を覆う外部導体と、を備えた差動信号用ケーブルにおいて、
ケーブル長さ1mで測定したとき、下式(1)
ΔX=ΔC+ΔL/Z02 ・・・(1)
但し、ΔC:2本の内部導体のキャパシタンスの差
ΔL:2本の内部導体のインダクタンスの差
0:参照インピーダンス(50Ω)
で表される実効容量差ΔXが、前記2本の内部導体のキャパシタンスの平均値Cの0.2%以下である
ことを特徴とする差動信号用ケーブル。
【請求項2】
前記外部導体は、前記絶縁体の外周に金属テープを縦添え巻きして形成されている
請求項1記載の差動信号用ケーブル。
【請求項3】
前記2本の内部導体のキャパシタンスの差ΔCが、前記2本の内部導体のキャパシタンスの平均値Cの0.2%以上である
請求項1または2記載の差動信号用ケーブル。
【請求項4】
前記絶縁体が、発泡絶縁体からなる
請求項1〜3いずれかに記載の差動信号用ケーブル。
【請求項5】
前記2本の内部導体のインダクタンスの差ΔLが、前記2本の内部導体のキャパシタンスの平均値Cの0.2%以上である
請求項1または2記載の差動信号用ケーブル。
【請求項6】
2本の内部導体と、該2本の内部導体を個別にまたは一括して覆う絶縁体と、該絶縁体の周囲を覆う外部導体と、を備えた差動信号用ケーブルの製造方法において、
ケーブル長さ1mで測定したとき、下式(1)
ΔX=ΔC+ΔL/Z02 ・・・(1)
但し、ΔC:2本の内部導体のキャパシタンスの差
ΔL:2本の内部導体のインダクタンスの差
0:参照インピーダンス(50Ω)
で表される実効容量差ΔXが、前記2本の内部導体のキャパシタンスの平均値Cの0.2%以下となるように、前記2本の内部導体のキャパシタンスの差ΔCと前記2本の内部導体のインダクタンスの差ΔLの一方または両方を調整する
ことを特徴とする差動信号用ケーブルの製造方法。
【請求項7】
前記内部導体の位置を調整することで、前記実効容量差ΔXが前記2本の内部導体のキャパシタンスの平均値Cの0.2%以下となるように調整する
請求項6記載の差動信号用ケーブルの製造方法。
【請求項8】
前記絶縁体の誘電率分布を調整することで、前記実効容量差ΔXが前記2本の内部導体のキャパシタンスの平均値Cの0.2%以下となるように調整する
請求項6または7記載の差動信号用ケーブルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、差動信号用ケーブル及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
数Gbps以上の高速信号伝送には、差動信号用ケーブルを用いた差動信号伝送が用いられている。差動信号伝送では、送信端で対をなす2本の内部導体に180度位相が異なる差動信号を送信し、受信端で受信した2つの信号の差分をとることで、信号の送受信が行われる。
【0003】
差動信号用ケーブルは、少なくとも、2本の内部導体と、2本の内部導体を個別にまたは一括して覆う絶縁体と、絶縁体の周囲を覆うように設けられた外部導体と、を備えている。
【0004】
ところで、差動信号用ケーブルの2本の内部導体を流れる電流は、信号の位相が180度異なる差動伝送モードと、信号の位相が等しい同相伝送モードに分解できる。
【0005】
理想的な差動信号伝送では、送信端で差動伝送モードが入力され、受信端で差動伝送モードが検出されるので、差動信号用ケーブルに対しては、送信端から受信端に信号が伝搬する際の差動伝送モードから同相伝送モードへのエネルギー変換量、すなわちモード変換を、できる限り小さくすることが求められる。
【0006】
しかし、現実の差動信号用ケーブルでは、2本の内部導体の長さの違いや、2本の内部導体を信号が伝搬する速度の違いなどによって、意図しないモード変換が発生してしまうことが知られている。
【0007】
このようなモード変換の発生原因は、信号が2本の内部導体を伝搬するのに要する時間の差、すなわちスキューだと考えられている。そのため、数Gbps未満の比較的低速伝送用の差動信号用ケーブルでは、モード変換の定量的尺度として、TDR測定器を用いて、ステップ波形応答のスキューが測定されてきた。
【0008】
差動信号用ケーブルのスキュー(Skew)は、下式
【0009】
【数1】
【0010】
で表される。よって、内部導体の長さの差ΔS、および実効誘電率の平方根の差Δ(εeff1/2)を小さくすることによって、スキューを低減し、モード変換を抑制することが可能である。
【0011】
他方、数Gbps以上の高速伝送用の差動信号用ケーブルでは、TDR測定器によってスキューが正確に評価できないため、モード変換の定量的尺度として、ミックストSパラメータの一成分であるSCD21(dB)が用いられている。
【0012】
SCD21は、送信端から受信端に信号が伝搬する際の差動伝送モードから同相伝送モードへのエネルギー変換量を直接的に表現したものであり、通常、高周波測定用のネットワークアナライザを用いて使用周波数領域で測定される。SCD21は、従来通り、ΔSとΔ(εeff1/2)を小さくすることで、小さくすることが可能である。
【0013】
なお、この出願の発明に関連する先行技術文献情報としては、特許文献1がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2013−157309号公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】C.Paul、「Introduction to Electromagnetic Compatibility」、WILEY-INTERSCIENCE、A JOHN WILEY & SONS, INC. PUBLICATION、2005年12月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
しかしながら、数Gbps以上の高速伝送用の差動信号用ケーブルにおいては、内部導体の実効誘電率の平方根の差Δ(εeff1/2)を安定して小さくすることには限界がある、という問題がある。
【0017】
各内部導体の実効誘電率εeff(P),εeff(N)は、内部導体の周囲の絶縁体の誘電率と、内部導体の電位の基準となる外部導体との位置関係等によって決まる値であるため、例えば、製造装置のセッティングの際の位置ずれ等により内部導体の偏心が大きくなったり、絶縁体の誘電率が不均一になったりすると、内部導体の実効誘電率の平方根の差Δ(εeff1/2)が大きくなってしまう。
【0018】
内部導体の偏心がなく完全な対称形状となっており、さらに絶縁体の誘電率が完全に均一となっている差動信号用ケーブルを製造することは、実質的に不可能であり、内部導体の偏心や対称性の崩れ、あるいは絶縁体の誘電率の不均一があった場合であっても、SCD21を小さくしモード変換を抑制することが望まれる。
【0019】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、モード変換を抑制可能な差動信号用ケーブル及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明は上記目的を達成するために創案されたものであり、2本の内部導体と、該2本の内部導体を個別にまたは一括して覆う絶縁体と、該絶縁体の周囲を覆う外部導体と、を備えた差動信号用ケーブルにおいて、ケーブル長さ1mで測定したとき、下式(1)
ΔX=ΔC+ΔL/Z02 ・・・(1)
但し、ΔC:2本の内部導体のキャパシタンスの差
ΔL:2本の内部導体のインダクタンスの差
0:参照インピーダンス(50Ω)
で表される実効容量差ΔXが、前記2本の内部導体のキャパシタンスの平均値Cの0.2%以下である差動信号用ケーブルである。
【0021】
前記外部導体は、前記絶縁体の外周に金属テープを縦添え巻きして形成されているとよい。
【0022】
前記2本の内部導体のキャパシタンスの差ΔCが、前記2本の内部導体のキャパシタンスの平均値Cの0.2%以上であってもよい。
【0023】
前記絶縁体が、発泡絶縁体からなってもよい。
【0024】
前記2本の内部導体のインダクタンスの差ΔLが、前記2本の内部導体のキャパシタンスの平均値Cの0.2%以上であってもよい。
【0025】
また、本発明は、2本の内部導体と、該2本の内部導体を個別にまたは一括して覆う絶縁体と、該絶縁体の周囲を覆う外部導体と、を備えた差動信号用ケーブルの製造方法において、ケーブル長さ1mで測定したとき、下式(1)
ΔX=ΔC+ΔL/Z02 ・・・(1)
但し、ΔC:2本の内部導体のキャパシタンスの差
ΔL:2本の内部導体のインダクタンスの差
0:参照インピーダンス(50Ω)
で表される実効容量差ΔXが、前記2本の内部導体のキャパシタンスの平均値Cの0.2%以下となるように、前記2本の内部導体のキャパシタンスの差ΔCと前記2本の内部導体のインダクタンスの差ΔLの一方または両方を調整する差動信号用ケーブルの製造方法である。
【0026】
前記内部導体の位置を調整することで、前記実効容量差ΔXが前記2本の内部導体のキャパシタンスの平均値Cの0.2%以下となるように調整してもよい。
【0027】
前記絶縁体の誘電率分布を調整することで、前記実効容量差ΔXが前記2本の内部導体のキャパシタンスの平均値Cの0.2%以下となるように調整してもよい。
【0028】
前記外部導体に穴を形成することで、前記実効容量差ΔXが前記2本の内部導体のキャパシタンスの平均値Cの0.2%以下となるように調整してもよい。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、モード変換を抑制可能な差動信号用ケーブル及びその製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】(a)は、本実施形態に係る差動信号用ケーブルの横断面図であり、(b)は、SCD21の周波数特性を示すグラフ図、(c)は、実効容量差ΔXを2本の内部導体のキャパシタンスの平均値Cで割った値に対するSCD21の実測値を示すグラフ図である。
図2】本発明において、内部導体のキャパシタンスを測定する方法を説明する図である。
図3】(a)〜(e)は、本発明において、キャパシタンス差ΔCやインダクタンス差ΔLの発生要因を説明する図である。
図4図1の差動信号用ケーブルの一変形例を示す横断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の実施形態を添付図面にしたがって説明する。
【0032】
図1(a)は、本実施形態に係る差動信号用ケーブルの横断面図である。
【0033】
図1(a)に示すように、差動信号用ケーブル1は、2本の内部導体2と、2本の内部導体2を一括して覆う絶縁体3と、絶縁体3の周囲を覆う外部導体4と、を備えている。
【0034】
2本の内部導体2は、略平行に配置されている。絶縁体3としては、発泡絶縁体と非発泡絶縁体のいずれを用いてもよい。絶縁体3は、断面視で略楕円形状となるように形成されている。なお、本実施形態では、2本の内部導体2を一括して覆うように絶縁体3を形成しているが、2本の内部導体2を個別に覆うように絶縁体3を形成してもよい。
【0035】
外部導体4は、樹脂テープの一方の面に金属層を形成した金属テープを絶縁体3の周囲に巻き付けて形成される。本実施形態では、金属テープを絶縁体3の周囲に縦添え巻きすることで外部導体4を形成したが、金属テープを絶縁体3の周囲に螺旋状に巻き付けることで外部導体4を形成してもよい。
【0036】
なお、金属テープを螺旋状に巻き付けて外部導体4を形成した場合、同相信号を減衰させることができるものの、高周波領域では特定の周波数で損失が大きくなるサックアウトと呼ばれる現象が発生する。そのため、外部導体4としては、金属テープを縦添え巻きしたものを用いることが望ましい。
【0037】
金属テープを縦添え巻きした外部導体4では、金属テープを螺旋状に巻き付けた場合と比較して同相信号の減衰が少なくなるが、差動信号用ケーブル1では、モード変換を抑制でき同相信号の発生自体を抑制できるため、問題とはならない。換言すれば、本発明は、サックアウト抑制のために金属テープを縦添え巻きした外部導体4を用いた差動信号用ケーブル1において、特に有効である。
【0038】
図示していないが、外部導体4の周囲にさらに樹脂テープを巻き付けて絶縁層を形成してもよい。また、内部導体2と絶縁体3との間に内層スキン層を備えてもよいし、絶縁体3と外部導体4との間に外層スキン層を備えてもよい。
【0039】
さて、本実施形態に係る差動信号用ケーブル1では、ケーブル長さ1mで測定したとき、下式(1)
ΔX=ΔC+ΔL/Z02 ・・・(1)
但し、ΔC:2本の内部導体のキャパシタンスの差
ΔL:2本の内部導体のインダクタンスの差
0:参照インピーダンス(50Ω)
で表される実効容量差ΔXが、2本の内部導体2のキャパシタンスの平均値Cの0.2%以下である。
【0040】
この理由について、以下に説明する。
【0041】
本発明者らは、SCD21の周波数特性について理論的な検討を行った結果、図1(b)に示すように、SCD21が−20dBを上回るような状況では、SCD21の周波数特性は、低周波領域で常に一定のピーク形状をとることを見出した。
【0042】
より詳細には、SCD21の周波数特性は、低周波領域で図1(b)に破線で示す近似直線Aで近似することができ、SCD21の最悪値は、低周波側の最初のピークPで決まることが多いこと、を見出した。
【0043】
そこで、さらに理論的な検討を進めたところ、本発明者らは、低周波領域における近似直線Aは、下式(2)
SCD21=20log100+20log10|(πZ0/2)・ΔX|
・・・(2)
但し、f0:周波数
0:参照インピーダンス(50Ω)
ΔX:実効容量差
で表されることを見出した。式(2)における実効容量差ΔXは、上述の式(1)で表されるものであり、2本の内部導体2間の電気的アンバランスさの度合いを表すものである。また、参照インピーダンスZ0は、Sパラメータを定義する際に用いるものであり、ここでは50Ωとした。また、周波数f0図1(b)の両対数グラフで、SCD21の周波数特性が近似的に直線的とみなせるような周波数であって、ケーブル長をSとして、概略(0.3/S)GHz以下とすれば十分である。
【0044】
低周波領域での近似直線Aの切片は、式(2)の第2項により決定されるが、この第2項の値、すなわち実効容量差ΔXを小さくすることによって、低周波側の最初のピークPを小さくし、全周波数にわたるSCD21の最大値を小さくすることが可能になる。
【0045】
そこで、本発明者らは、実際に差動信号用ケーブル1を多数試作し、SCD21と実効容量差ΔXを測定して両者の関係を求めた。測定対象のケーブル長さは1mとし、SCD21はネットワークアナライザにより測定した。また、実効容量差ΔXについては、2本の内部導体2のキャパシタンス(自己キャパシタンス)の差ΔCと2本の内部導体2のインダクタンス(自己インダクタンス)の差ΔLを測定して、上述の式(1)により求めた。SCD21と実効容量差ΔXの測定は、周波数帯域7GHz以下、50GHz以下の2つの場合について行った。
【0046】
なお、2本の内部導体2のキャパシタンスの差ΔCを求める際には、両内部導体2のキャパシタンス(自己キャパシタンスと相互キャパシタンスの和)をそれぞれ測定し、その差分をとればよい。図2に示すように、一方の内部導体2と外部導体4を接地し、他方の内部導体2に電圧Vを印加したときの他方の内部導体2の電荷をQnとすると、下式(3)
Cn’=Cn+Cpn=Qn/V ・・・(3)
より他方の内部導体2のキャパシタンスCn’を求めることができる。同様にもう一方の内部導体2のキャパシタンスCp’を、下式(4)
Cp’=Cp+Cpn=Qp/V ・・・(4)
から求めて両者の差Cn’−Cp’=Cn−Cpをとることで、2本の内部導体2のキャパシタンスの差ΔC=Cn’−Cp’=Cn−Cp(以下、キャパシタンス差ΔCという)を求めることができる。また、両キャパシタンスCn’,Cp’の平均をとることで、2本の内部導体2のキャパシタンスの平均値C(=(Cn’+Cp’)/2)を求めることができる。
【0047】
2本の内部導体2のインダクタンスの差ΔL(以下、インダクタンス差ΔLという)については、顕微鏡やX線CT等を用いて差動信号用ケーブル1の断面形状を検出することで、その断面形状より演算することが可能である。これは、インダクタンスの差ΔLが、誘電率の分布によらず、導体の配置と形状だけによって決まるという性質を有するためである。このため、差動信号用ケーブル1では、内部導体2の中心位置と直径、および外部導体4の内面形状を測定すれば、有限要素法、有限差分法、モーメント法などの数値解析法によって、マックスウェル方程式から、インダクタンス差ΔLを計算することができる。ケーブルのインダクタンスの計算方法については、例えば、非特許文献1に詳しく記載されている。
【0048】
測定結果を図1(c)に示す。なお、図1(c)では、横軸を、実効容量差ΔXを2本の内部導体2のキャパシタンスの平均値Cで割った値ΔX/Cとしている。
【0049】
図1(c)に示すように、測定時の誤差等により多少のばらつきはあるものの、2つの周波数帯域とも、SCD21と実効容量差ΔX(ここではΔX/C)との間には、相関関係があるといえる。
【0050】
高速伝送用の差動信号用ケーブル1では、実用上SCD21を−20dBより小さくすることが要求される。図1(c)より、ΔX/Cを0.2%以下とすることで、ばらつきを考慮してもSCD21を確実に−20dBより小さくできることが分かる。
【0051】
つまり、本実施形態に係る差動信号用ケーブル1のように、実効容量差ΔXを、2本の内部導体2のキャパシタンスの平均値Cの0.2%以下(以下、C×0.2%と記載する場合がある)とすることで、SCD21を−20dBより小さい値にし、モード変換を実用上問題ない範囲に抑制することが可能になる。
【0052】
このことから、キャパシタンス差ΔCやインダクタンス差ΔLを理想的な0の値にせずとも、実効容量差ΔXがC×0.2%以下となるように、キャパシタンス差ΔCとインダクタンス差ΔLの一方または両方を調整することで、SCD21を−20dBより小さくできることになる。
【0053】
キャパシタンス差ΔCやインダクタンス差ΔLの発生要因としては、図3(a),(b)に示すような内部導体2に位置ずれ(偏心)、図3(c)に示すような絶縁体3の変形、図3(d)に示すように内部導体2の周囲での空隙31の発生、図3(e)に示すような絶縁体3と外部導体4との間での空隙32の発生、絶縁体3として発泡絶縁体を用いた場合にはその発泡度のばらつき、スキン層を設ける場合にはその厚さのばらつき、等が挙げられる。
【0054】
これらの発生要因は、現状の技術では完全に排除することは不可能であるが、キャパシタンス差ΔCとインダクタンス差ΔLの一方または両方を調整することで、実効容量差ΔXをC×0.2%以下とし、SCD21を実用的な範囲に抑えることが可能になる。
【0055】
より詳細には、インダクタンス差ΔLは、主に、内部導体2の位置ずれと絶縁体3の形状の歪みにより決まるパラメータである。また、キャパシタンス差ΔCは、主に、絶縁体3の誘電率分布の不均一さや形状の歪みにより決まるパラメータである。よって、キャパシタンス差ΔCが大きい場合には、意図的に内部導体2を偏心させてインダクタンス差ΔLを導入しキャパシタンス差ΔCを相殺し、実効容量差ΔXをC×0.2%以下にするとよい。また、インダクタンス差ΔLが大きい場合には、意図的に絶縁体3の誘電率分布を不均一にしてキャパシタンス差ΔCを導入しインダクタンス差ΔLを相殺し、実効容量差ΔXをC×0.2%以下にするとよい。
【0056】
差動信号用ケーブル1では、キャパシタンス差ΔCは、C×0.2%以上であってもよい。絶縁体3として発泡絶縁体を用いる等して、キャパシタンス差ΔCが単独でC×0.2%以上となった場合、従来方法ではSCD21を−20dBより小さくすることは不可能であった。しかし、内部導体2の位置を調整するなどしてキャパシタンス差ΔCを相殺するようにインダクタンス差ΔLを調整することで、実効容量差ΔXをC×0.2%以下とし、SCD21を小さくすることが可能になる。
【0057】
また、差動信号用ケーブル1では、インダクタンス差ΔLは、C×0.2%以上であってもよい。製造装置のセッティングで内部導体2の位置がずれる等して、インダクタンス差ΔLが単独でC×0.2%以上となった場合、従来方法ではSCD21を−20dBより小さくすることは不可能であった。しかし、意図的に誘電率分布を不均一にする等してインダクタンス差ΔLを相殺するようにキャパシタンス差ΔCを調整することで、実効容量差ΔXをC×0.2%以下とし、SCD21を小さくすることが可能になる。
【0058】
なお、本実施形態では、ケーブル長さ1mで測定したときの実効容量差ΔXを規定しているが、測定の際のケーブル長さを規定しているのは、ケーブル長さが長い場合には同相信号の減衰によりSCD21が小さくなり、上述の式(2)から逆算すると見かけ上の実効容量差ΔXが小さく算出される場合が考えられるためである。本実施形態に係る差動信号用ケーブル1は、その長手方向のどの部分で測定した場合であっても、ケーブル長さ1mで測定したときの実効容量差ΔXがC×0.2%以下となっているものである。
【0059】
本実施形態に係る差動信号用ケーブルの製造方法は、ケーブル長さ1mで測定したときの実効容量差ΔXがC×0.2%以下となるように、キャパシタンス差ΔCとインダクタンス差ΔLの一方または両方を調整する方法である。
【0060】
本実施形態に係る差動信号用ケーブルの製造方法では、製造時にキャパシタンス差ΔCとインダクタンス差ΔLを測定し、実効容量差ΔXがC×0.2%以下となるように両者を調整する。
【0061】
上述のように、インダクタンス差ΔLには内部導体2の位置ずれが大きく影響するので、インダクタンス差ΔLを調整する場合には、内部導体2の位置を調整するとよい。なお、インダクタンス差ΔLを調整する方法は、これに限定されるものではない。
【0062】
また、キャパシタンス差ΔCには絶縁体3の誘電率分布が大きな影響を与えるので、キャパシタンス差ΔCを調整する場合には、絶縁体3の誘電率分布を調整するとよい。なお、キャパシタンス差ΔCを調整する方法は、これに限定されるものではない。
【0063】
本実施形態に係る差動信号用ケーブルの製造方法は、絶縁体3が発泡絶縁体である場合にとくに有効である。発泡絶縁体では、絶縁体3の発泡度分布の非対称性のために、キャパシタンス差ΔCがC×0.2%より大きくなる場合がある。その場合には、内部導体2の位置をあえて非対称な位置に変更し、発泡度分布の非対称性によって生じるキャパシタンス差ΔCを、内部導体2の位置ずれによって生じるインダクタンス差ΔLとキャパシタンス差ΔCで相殺することによって、実効容量差ΔXをC×0.2%以下に調整することができる。なお、本発明の趣旨はΔXをC×0.2%以下に調整する点にあるので、キャパシタンス差ΔCとインダクタンス差ΔLを調整する方法は、これに限定されるものではない。
【0064】
また、絶縁体3が発泡絶縁体である場合には、図4に示すように、発泡絶縁体層への水分の侵入を防ぐために、絶縁体3を、発泡絶縁体を非発泡のスキン層41で被覆した構造にすることもできる。その場合には、非発泡のスキン層41の厚さの非対称性のために、キャパシタンス差ΔCがC×0.2%よりも大きくなってしまう場合がある。その場合にも、内部導体2の位置をあえて非対称な位置に変更し、スキン層41の厚さの非対称性によって生じるキャパシタンス差ΔCおよびインダクタンス差ΔLを、内部導体2の位置ずれによって生じるキャパシタンス差ΔCとインダクタンス差ΔLで相殺することによって、実効容量差ΔXをC×0.2%以下に調整することができる。なお、本発明の趣旨はΔXをC×0.2%以下に調整する点にあるので、キャパシタンス差ΔCとインダクタンス差ΔLを調整する方法は、これに限定されるものではない。
【0065】
以上説明したように、本実施形態に係る差動信号用ケーブル1では、ケーブル長さ1mで測定したときの実効容量差ΔXを、2本の内部導体2のキャパシタンスの平均値Cの0.2%以下としている。
【0066】
このように構成することで、内部導体2の実効誘電率の差が大きいような場合であっても、キャパシタンス差ΔCやインダクタンス差ΔLを調整して、SCD21を低減しモード変換を抑制することが可能となり、差動信号の減衰量への影響を抑えつつ、同時に同相信号の減衰量を大きくすることが可能になる。
【0067】
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更を加え得ることは勿論である。
【0068】
例えば、上記実施形態では言及しなかったが、同相信号を減衰する構成をさらに追加することで、SCD21の低減効果をより大きくすることも可能である。
【0069】
同相信号を減衰する構成としては、例えば、2本の内部導体2から等距離の位置の外部導体に、長手方向に沿う開口(穴)の配列を設ける構成を用いることができる。同相新号の減衰量を大きくするためには、同相信号の電流分布をできるだけ大きく撹乱して、同相信号の反射やモード変換を大きくすることが望ましい。開口を長手方向に沿って周期的に配列することで、同相信号の反射率を大きくすることができる。なお、開口を2本の内部導体2から等距離の位置からずらすことで、同相信号のモード変換量を大きくすることも可能である。開口の周期や形状は一定でなくてもよく、除去したい同相信号の周波数等に応じて適宜調整可能である。
【0070】
また、上記実施形態では、一例として、キャパシタンス差ΔCとインダクタンス差ΔLを求めて式(1)より実効容量差ΔXを求める方法について説明したが、実効容量差ΔXを求める方法については、これに限定されるものではない。
【0071】
例えば、式(2)は、下式(5)
|ΔX|=(2/πZ0)×
10^{(SCD21(dB)−20log100)/20}
・・・(5)
但し、f0:周波数
0:参照インピーダンス(50Ω)
SCD21(dB):SCD21のdB表示値(Z0=50Ω)
のように書き直すことができるため、ネットワークアナライザを用いてSパラメータ(SCD21(dB))を測定し、得られた測定データを演算処理することによって実効容量差ΔXを推定することも可能である。このとき、金属テープを縦添え巻きした外部導体4を用いる場合には、周波数f0は、ケーブル長をSとして概略(0.3/S)GHz以下とすれば十分である。その他にも、測定によって得たSパラメータをFパラメータに変換する方法によっても、実効容量差ΔXを推定することが可能であり、実効容量差ΔXを求める方法は任意に選択可能である。
【符号の説明】
【0072】
1 差動信号用ケーブル
2 内部導体
3 絶縁体
4 外部導体
図1
図2
図3
図4