(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6036879
(24)【登録日】2016年11月11日
(45)【発行日】2016年11月30日
(54)【発明の名称】水処理用選択性透過膜及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B01D 71/06 20060101AFI20161121BHJP
B01D 67/00 20060101ALI20161121BHJP
B01D 69/00 20060101ALI20161121BHJP
B01D 69/12 20060101ALI20161121BHJP
C02F 1/44 20060101ALI20161121BHJP
【FI】
B01D71/06
B01D67/00
B01D69/00
B01D69/12
C02F1/44 C
【請求項の数】10
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-42528(P2015-42528)
(22)【出願日】2015年3月4日
(65)【公開番号】特開2016-159268(P2016-159268A)
(43)【公開日】2016年9月5日
【審査請求日】2016年1月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001063
【氏名又は名称】栗田工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】100086911
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100144967
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 隆之
(72)【発明者】
【氏名】藤井 昭宏
(72)【発明者】
【氏名】川勝 孝博
(72)【発明者】
【氏名】松山 秀人
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 大輔
(72)【発明者】
【氏名】迫 郁弥
【審査官】
中村 俊之
(56)【参考文献】
【文献】
特開2012−192408(JP,A)
【文献】
国際公開第2014/108827(WO,A1)
【文献】
特開2014−100645(JP,A)
【文献】
特開平05−023576(JP,A)
【文献】
特開昭63−051311(JP,A)
【文献】
特表2008−518951(JP,A)
【文献】
特開2012−224634(JP,A)
【文献】
特開2014−094378(JP,A)
【文献】
国際公開第2014/100412(WO,A1)
【文献】
国際公開第2013/043118(WO,A1)
【文献】
特開2014−029153(JP,A)
【文献】
特開2012−052552(JP,A)
【文献】
特表2009−510301(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 53/22
B01D 61/00−71/82
C02F 1/44
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
選択的透過性を有した膜本体と、該膜本体の表面に形成された、チャネル物質を含有するリン脂質二重膜よりなる被覆層とを有する水処理用選択性透過膜において、
該水処理用選択性透過膜で処理される被処理水の温度が10〜40℃であり、
リン脂質二重膜は、リン脂質として、アシル基を構成する脂肪酸が不飽和脂肪酸からなり、相転移温度が被処理水の温度より低い第1のリン脂質と、2つのアシル基を構成する脂肪酸が炭素数16〜24の飽和脂肪酸からなり、相転移温度が40〜80℃である第2のリン脂質とを含有することを特徴とする水処理用選択性透過膜。
【請求項2】
請求項1において、第1のリン脂質と第2のリン脂質との合量に対する第2のリン脂質の割合が20〜80モル%であることを特徴とする水処理用選択性透過膜。
【請求項3】
請求項1又は2において、第1のリン脂質は1−パルミトイル−2−オレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン、1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン、1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン、1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホ−L−セリン、1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホ−rac−(1−グリセロール)、卵黄ホスファチジルコリン、及び大豆ホスファチジルコリンから選ばれる1種もしくは2種以上のリン脂質であり、第2のリン脂質は1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン、1,2−ジヘプタデカノイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン、1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン、1,2−ジノナデカノイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン、1,2−ジアラキドイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン、1,2−ジベヘノイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン、1,2−ジトリコサノイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン、又は1,2−ジリグノセロイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン、1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン、1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホ−L−セリン、1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホ−rac−(1−グリセロール)、水素添加卵黄ホスファチジルコリン、及び水素添加大豆ホスファチジルコリンから選ばれる1種もしくは2種以上のリン脂質であることを特徴とする水処理用選択性透過膜。
【請求項4】
請求項1又は2において、第1のリン脂質はパルミトイルオレオイルホスファチジルコリンであり、第2のリン脂質は1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン又は1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリンであることを特徴とする水処理用選択性透過膜。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項において、チャネル物質はグラミシジン又はアムホテリシンBであることを特徴とする水処理用選択性透過膜。
【請求項6】
請求項1ないし4のいずれか1項において、第1のリン脂質と第2のリン脂質とチャネル物質との合量におけるチャネル物質の割合が1〜20モル%であることを特徴とする水処理用選択性透過膜。
【請求項7】
請求項1ないし5のいずれか1項において、前記膜本体はMF膜、UF膜、NF膜又はRO膜であることを特徴とする水処理用選択性透過膜。
【請求項8】
リン脂質とチャネル物質とを含むリン脂質含有液と膜本体とを接触させることにより、リン脂質二重膜よりなる被覆層を膜本体の表面に形成する工程を有する水処理用選択性透過膜の製造方法において、
該水処理用選択性透過膜で処理される被処理水の温度が10〜40℃であり、
リン脂質含有液は、アシル基を構成する脂肪酸が不飽和脂肪酸からなり、相転移温度が被処理水の温度より低い第1のリン脂質と、2つのアシル基を構成する脂肪酸が炭素数16〜24の飽和脂肪酸からなり、相転移温度が40〜80℃である第2のリン脂質とを含有することを特徴とする水処理用選択性透過膜の製造方法。
【請求項9】
請求項8において、第1のリン脂質と第2のリン脂質との合量に対する第2のリン脂質の割合が20〜80モル%であることを特徴とする水処理用選択性透過膜の製造方法。
【請求項10】
請求項1ないし6のいずれか1項に記載の水処理用選択性透過膜を用いて被処理水を膜分離処理する工程を有する水処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水処理分野で使用される選択性透過膜と、その製造方法に係り、特にリン脂質二重膜よりなる被覆層を有する選択性透過膜と、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
海水、かん水の淡水化や、工業用水および超純水の製造、排水回収などの分野で、選択性透過膜として、逆浸透(RO)膜が広く用いられている。RO膜処理は、イオンや低分子有機物を高度に除去できるという利点を有するが、一方、精密濾過(MF)膜や限外濾過(UF)膜と比べ、高い運転圧力を必要とする。RO膜の透水性を高めるために、例えば、ポリアミドRO膜においては、スキン層のひだ構造を制御し、表面積を大きくするなどの工夫がなされてきた。
【0003】
RO膜は、被処理水に含まれる生物代謝物などの有機物により汚染される。汚染が生じた膜は、透水性が低下するため、定期的な薬品洗浄が必要となるが、洗浄の際に膜が劣化することで分離性能が低下する。
【0004】
膜汚染を抑制する方法として、RO膜等の選択性透過膜を、チャネル物質を含んだリン脂質二重膜で被覆する方法が知られている。リン脂質二重膜で被覆することでバイオミメティックな表面が選択性透過膜上に形成され、生物代謝物による汚染を防止する効果が期待できる。
【0005】
近年、水分子を選択的に輸送する膜タンパク質であるアクアポリンが水チャネル物質として注目され、このタンパク質を組み込んだリン脂質二重膜は、従来のポリアミドRO膜よりも理論上高い透水性を有する可能性が示唆されている(非特許文献1)。
【0006】
水チャネル物質を組み込んだリン脂質二重膜を有する選択性透過膜の製造方法として、水チャネル物質を組み込んだ脂質二重層を多孔質支持体でサンドイッチする方法、多孔質支持体の孔内部に脂質二重層を組み込む方法、疎水性膜周囲に脂質二重層を形成する方法などがある(特許文献1)。
【0007】
リン脂質二重膜を多孔質支持体でサンドイッチする方法では、リン脂質二重膜の耐圧性は向上するが、被処理水と接触する多孔質支持体自体が汚染される、多孔質支持体の中で濃度分極が発生して阻止率が大きく低下する、多孔質支持体が抵抗となり透水性が低下するおそれなどがある。
【0008】
選択的透過性を有した膜本体の表面を水チャネル物質を組み込んだリン脂質二重膜で被覆し、このリン脂質二重膜を露出させた状態で分離層として機能させたRO膜にあっては、リン脂質二重膜の耐圧性が低い。また、リン脂質二重膜が被処理水に直接接触するところから、リン脂質二重膜が容易に剥離することが懸念される。
【0009】
特許文献2には、カチオン性のリン脂質を用いることでナノろ過膜へ強固に担持させることが記載されているが、脂肪酸が飽和脂肪酸であるリン脂質と不飽和脂肪酸であるリン脂質とを併用することについては記載がない。
【0010】
リン脂質二重層は、温度上昇により、リン脂質の流動性の低いゲル相から流動性の高い液晶相へ転移することが知られている(非特許文献2)。この相転移が生じる温度は相転移温度と呼ばれる。リン脂質二重層を形成するリン脂質として、相転移温度が異なるリン脂質を2種類組み込むことで、リン脂質二重層がゲル相と液晶相の2相に相分離することが報告されている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第5616396号
【特許文献2】特開2014−100645号
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Pohl, P et al., Proceedings of the National Academy of Sciences 2001, 98, 9624-9629.
【非特許文献2】野島庄七ら、リポソーム、(1988)、南江堂
【非特許文献3】J. A. Svetlovics et al., Biophysical Journal, 2012, 102, 2526-2535.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上
記の通り、リン脂質二重層は、相転移温度よりも高い温度下では、リン脂質の流動性の低いゲル相から流動性の高い液晶相へ転移する。
【0014】
膜本体を被覆するリン脂質二重膜が、被処理水の温度よりも相転移温度が低いリン脂質のみで形成されている場合、水処理時にリン脂質二重層は全て液晶相となり、その流動性が高いため、容易に剥離および破壊が生じる。
【0015】
本発明は、リン脂質二重膜よりなる被覆層を有し、この被覆層が水処理時の圧力に耐え、剥離することがない選択透過膜及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の
水処理用選択性透過膜は、選択的透過性を有した膜本体と、該膜本体の表面に形成された、チャネル物質を含有するリン脂質二重膜よりなる被覆層とを有する
水処理用選択性透過膜において、
該水処理用選択性透過膜で処理される被処理水の温度が10〜40℃であり、リン脂質二重膜は、リン脂質として、アシル基を構成する脂肪酸
が不飽和脂肪酸
からなり、相転移温度が被処理水の温度より低い第1のリン脂質と、2つのアシル基を構成する脂肪酸が炭素数16〜24の飽和脂肪酸からな
り、相転移温度が40〜80℃である第2のリン脂質とを含有することを特徴とするものである。
【0017】
本発明の
水処理用選択性透過膜の製造方法は、リン脂質とチャネル物質とを含むリン脂質含有液と膜本体とを接触させることにより、リン脂質二重膜よりなる被覆層を膜本体の表面に形成する工程を有する
水処理用選択性透過膜の製造方法において、
該水処理用選択性透過膜で処理される被処理水の温度が10〜40℃であり、リン脂質含有液は、アシル基を構成する脂肪酸
が不飽和脂肪酸
からなり、相転移温度が被処理水の温度より低い第1のリン脂質と、2つのアシル基を構成する脂肪酸が炭素数16〜24の飽和脂肪酸からな
り、相転移温度が40〜80℃である第2のリン脂質とを含有することを特徴とするものである。
【0018】
チャネル物質としては、リン脂質二重層内で細孔を形成し、水の透過を促進するチャネルを形成するものであれば特に限定するものではなく、例えば、グラミシジン、又はアムホテリシンBが使用できる。
【0019】
前記膜本体としては、MF膜、UF膜、RO膜又はNF膜が適用できる。中でも、MF膜、UF膜が好ましい。なお、本発明の選択性透過膜はRO膜だけでなく、正浸透膜(FO膜)にも適用できる。
【発明の効果】
【0020】
本発明者は、研究の結果、リン脂質二重膜を構成するリン脂質として、アシル基に不飽和脂肪酸を含む第1のリン脂質と、2つのアシル基が炭素数16〜24の飽和脂肪酸からなる第2のリン脂質とを用いることにより、選択性透過膜の耐圧性が向上することを見出した。
【0021】
前述の非特許文献3のように、リン脂質二重層を形成するリン脂質として、相転移温度が異なるリン脂質を2種類組み込むことで、リン脂質二重層がゲル相と液晶相の2相に相分離する。
【0022】
リン脂質二重層に、アシル基に不飽和脂肪酸を含む第1のリン脂質と、2つのアシル基が炭素数16以上の飽和脂肪酸からなる第2のリン脂質を組み込むことで、リン脂質二重層はゲル相と液晶相の2相に相分離する。その結果、リン脂質二重層を形成しているリン脂質の流動性が低くなる。これにより、分離膜のリン脂質二重層は十分な耐圧性を示すようになる。
【0023】
また、リン脂質の2つのアシル基が炭素数16以上の飽和脂肪酸からなるリン脂質のみで構成されたリン脂質二重層は、チャネル物質であるグラミシジンAがチャネル構造を形成しないという欠点がある。相転移温度が被処理水の温度より低い第1のリン脂質に対して、リン脂質の2つのアシル基が炭素数16以上の飽和脂肪酸からなる第2のリン脂質を組み込むことで、グラミシジンAのチャネル構造の形成による高い透水性と、リン脂質二重層の耐圧性の向上を両立させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明では、アシル基に不飽和脂肪酸を含む第1のリン脂質と、2つのアシル基が炭素数16〜24の飽和脂肪酸からなる第2のリン脂質とを含有するリン脂質含有液と、選択的透過性を有した膜本体とを接触させて、該膜本体の表面にリン脂質二重膜よりなる被覆層を形成する。
【0026】
[膜本体]
この膜本体としては、NF膜、UF膜、RO膜又はMF膜を用いることができる。膜の材質は、セルロース、ポリエーテルスルホン、アルミナなどが好適であるが、これに限定されない。
【0027】
リン脂質二重膜の付着性を向上させるために、膜本体の表面をシランカップリング処理することが好ましい。シランカップリング処理としては、シランカップリング剤溶液に膜本体を浸漬する方法などが例示される。シランカップリング処理に先立って膜本体の表面をプラズマ処理して親水化することが好ましい。
【0028】
[リン脂質]
アシル基を構成する脂肪酸が不飽和脂肪酸を含む、すなわち、アシル基が不飽和脂肪酸残基を含む第1のリン脂質としては、1−パルミトイル−2−オレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン(POPC)、1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン、1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン、1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホ−L−セリン、1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホ−rac−(1−グリセロール)、卵黄ホスファチジルコリン、大豆ホスファチジルコリンなどが挙げられる。
【0029】
2つのアシル基を構成する脂肪酸が炭素数16〜24の飽和脂肪酸からなる第2のリン脂質、すなわち、2つのアシル基が炭素数16以上の飽和脂肪酸残基からなる第2のリン脂質は、その相転移温度が40〜80℃であることが望ましい。第2のリン脂質としては、例えば、1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン(DPPC)、1,2−ジヘプタデカノイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン、1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン、1,2−ジノナデカノイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン、1,2−ジアラキドイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン、1,2−ジベヘノイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン、1,2−ジトリコサノイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン、1,2−ジリグノセロイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン、1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン、1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホ−L−セリン、1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホ−rac−(1−グリセロール)、水素添加卵黄ホスファチジルコリン、水素添加大豆ホスファチジルコリンなどが挙げられ、中でも1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン、1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリンが好ましい。
【0030】
リン脂質の2つのアシル基が炭素数16以上の飽和脂肪酸からなる第2のリン脂質の割合は、第1のリン脂質と第2のリン脂質との合量に対し20〜80mol%であることが好ましい。
【0031】
[チャネル物質]
チャネル物質としては、グラミシジン、アムホテリシンBなどを用いることができる。
【0032】
[リン脂質二重膜の被覆方法]
膜本体表面をリン脂質二重膜で被覆する方法としては、ラングミュア−ブロジェット法、ベシクル融合法が挙げられる。
【0033】
ベシクル融合法によってリン脂質二重膜を形成するに際しては、まずリン脂質を好ましくはチャネル物質と共に溶媒に溶解させる。溶媒としては、クロロホルム、クロロホルム/メタノール混合液などを用いることができる。
【0034】
第1及び第2のリン脂質とチャネル物質との混合割合は、3者の合計に占めるチャネル物質の割合が1〜20モル%特に3〜10モル%となる程度が好適である。
【0035】
次に、リン脂質とチャネル物質との0.25〜10mM特に0.5〜5mMの溶液を調製し、減圧乾燥させることにより、乾燥脂質膜を得、これに純水を添加し、リン脂質の相転移温度よりも高い温度とすることにより、球殻形状を有したベシクルの分散液とする。
【0036】
本発明の一態様では、このベシクル分散液を孔径0.05〜0.8μmのポアを有した膜(例えばポリカーボネートトラックエッチング膜)で濾過して粒径0.05〜0.8μm又はそれ以下の球殻状ベシクルの分散液とする。次いで、このベシクル分散液を、リン脂質の相転移温度よりも高い温度と、凍結温度以下とに繰り返し保持する凍結融解法により、球殻状ベシクルを粒成長させて、平均粒径が0.5〜5μmのものとする。
【0037】
本発明の別の一態様では、かかる凍結融解処理を施すことなく、そのままベシクル分散液として用いる。
【0038】
本発明で用いるベシクル分散液のベシクルの平均粒径は、好ましくは0.5〜5μm、特に好ましくは1〜5μmである。このベシクル分散液には、平均粒径が0.5μm未満(例えば粒径0.1μm〜0.5μm)のものを含有させてもよい。このように小粒径のベシクルを含有させると、得られる膜が緻密化する。また、ベシクル分散液のベシクルの粒度分布は、動的光散乱法による散乱強度の25%累積値が0.5μm以上であり、散乱強度の75%累積値が5μm以下であることが膜を緻密化させるためには好ましい。
【0039】
このベシクル分散液と膜本体とを接触させ、このベシクル分散液に接触させた状態に0.5〜6Hr特に1〜3Hr程度保つことにより、膜本体の表面にベシクルを吸着させ、リン脂質二重膜の被覆層を形成する。その後、被覆層付きの膜本体を溶液から引き上げ、必要に応じ超純水又は純水で水洗することにより、リン脂質二重膜の被覆層を有した選択性透過膜が得られる。
【0040】
リン脂質二重膜の厚さは1〜30層特に1〜15層程度であることが好ましい。この被覆層の表面にポリアクリル酸、ポリスチレンスルホン酸、タンニン酸などのアニオン性物質を吸着させてもよい。
【0041】
本発明の選択性透過膜を用い、逆浸透膜処理又は正浸透膜処理において透過水を得る場合、駆動圧力0.05〜3MPaの範囲で、透水量1×10
−11m
3m
−2s
−1Pa
−1以上を得ることができる。
【0042】
なお、本発明の選択性透過膜の用途としては、海水、かん水の脱塩処理、工水、下水、水道水の浄化処理の他、ファインケミカル、医薬、食品の濃縮などの用途が例示される。被処理水の温度は10〜40℃特に15〜35℃程度が好ましい。
【実施例】
【0043】
以下、実施例及び比較例について説明する。まず、用いた材料及び評価方法等について説明する。
【0044】
[膜本体]
以下の実施例及び比較例では、膜本体として、陽極酸化アルミナ膜(Anodisc、直径25mm、孔径20nm、Whatmann)を用いた。
【0045】
[リン脂質]
アシル基に不飽和脂肪酸を含む第1のリン脂質としては、1−パルミトイル−2−オレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン(POPC、相転移温度−2℃、日油)を用いた。
【0046】
2つのアシル基が炭素数16の飽和脂肪酸からなる第2のリン脂質としては、1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン(DPPC、相転移温度41℃、日油)を用いた。
【0047】
[チャネル物質]
チャネル物質としては、グラミシジンA(GA、シグマアルドリッチ)を用いた。
【0048】
[膜本体へのシランカップリング処理]
膜本体をリン脂質二重層で被覆するのに先立って、膜本体をシランカップリング剤(オクタデシルトリクロロシラン(シグマアルドリッチ))を用いて以下のようにシランカップリング処理した。
【0049】
最初に膜本体を純水に浸漬させ、5分間超音波洗浄を行った。次に、卓上真空プラズマ装置(YHS−R、魁半導体)を用いてプラズマ処理を行い、膜本体表面を親水化した。この膜本体を2vol%のオクタデシルトリクロロシランのトルエン溶液に15分間浸漬した後、トルエンおよび純水で洗浄し、一晩室温で静置した。
【0050】
[チャネル物質によるチャネル形成の確認方法]
リン脂質二重層内に導入したチャネル物質が水チャネル物質としての機能を有するのかについては、膜本体表面を被覆するリン脂質二重層と同じ組成からなるベシクル分散液の円二色性(CD)スペクトルを円二色性分散計(J−725K、日本分光)を用いて測定することで確認した。
【0051】
グラミシジンAがチャネル物質として機能する場合、スペクトルは、218nmと235nmに正のピークを有し、230nmに谷を形成することが知られている(S. S. Rawat et al., Biophysical Journal, 2004, 87, 831-843)。
【0052】
[選択性透過膜の性能の評価方法]
膜の性能評価装置を
図1に示す。膜1は平膜セルに装着され、膜1で隔てられた一方の容器2内に純水を注入し、他方の容器3内に塩化ナトリウム水溶液を注入する。塩化ナトリウム水溶液の濃度は3.0wt%の条件で浸透圧差3MPaを設けて、駆動圧力3MPaにおける塩漏出率を評価した。容器2,3内でマグネチックスターラーによる撹拌を行い、24時間後の各溶液の電気伝導度を測定した。測定した電気伝導度の値からNaCl濃度を算出し、式(1)を用いて塩漏出率を算出した。
塩漏出率(%)=(C/Cref)×100% ………(1)
【0053】
Cは24時間後の純水側のNaCl濃度(g/L)、Crefは塩化ナトリウム水溶液側の24時間後の塩化ナトリウム濃度(g/L)である。
【0054】
また、塩化ナトリウム水溶液の濃度0.1wt%の条件で浸透圧差0.1MPaを設けて、駆動圧力0.1MPaにおける透水量を評価した。透水量は水位の変化ΔV(m
3)、膜面積S(m
2)、時間t(s)、初期浸透圧差ΔP(Pa)から、式(2)を用いて算出した。
透水量{m
3/(m
2・s・Pa)}=ΔV/S・t・ΔP …(2)
【0055】
まず、チャネル物質を用いない比較参考例及び比較実施例について説明する。
【0056】
[比較参考例1]
リン脂質をクロロホルムに溶解し、POPCの溶液を調製した。減圧下で有機溶媒を蒸発させ、容器内に残存した乾燥脂質薄膜に純水を添加し、35℃で水和させることで、ベシクル分散液を作製した。得られたベシクル分散液は、液体窒素と35℃の湯浴に交互に浸漬操作を5回繰り返す凍結融解法により、粒成長させた。ベシクル分散液は孔径0.1μmのポリカーボネートトラックエッチング膜を用い、押し出し整粒し、脂質濃度が0.4mMになるよう純水で希釈した。
【0057】
このベシクル分散液中に、シランカップリング剤で処理した膜本体を2時間浸漬させることで、膜本体にリン脂質を吸着させた。その後、10分間超音波洗浄を行い、膜本体に余分に吸着したリン脂質を剥がし、POPC被覆膜を製造した。
【0058】
[比較参考例2]
リン脂質として、POPCの代りにDPPCを用いた他は比較参考例1と同様にしてDPPC被覆膜を製造し、塩漏出率を測定した。
【0059】
[実施参考例1]
リン脂質として、POPCとDPPCとを50/50(mol%)の割合で用いた他は比較参考例1,2と同様にしてPOPC/DPPC複合被覆膜を製造し、塩漏出率を測定した。
【0060】
各膜の塩漏出率を表1に示す。
【0061】
【表1】
【0062】
[考察]
表1の通り、リン脂質のアシル基に不飽和脂肪酸を含むリン脂質であるPOPCのみを用いた膜(比較参考例1)は、塩が漏出していることから、浸透圧によりリン脂質二重層が壊れており、耐圧性が不十分であった。リン脂質の2つのアシル基が炭素数16の飽和脂肪酸からなるリン脂質であるDPPCのみを用いた膜(比較参考例2)および、リン脂質にPOPCとDPPCを用いた膜(実施参考例1)では、塩の漏出が低く耐圧性の高い膜が作製できた。
【0063】
しかし、下記の比較例2で示すように、リン脂質の2つのアシル基が炭素数16の飽和脂肪酸からなるリン脂質であるDPPCのみを用いた膜(比較参考例2のリン脂質組成)にチャネル物質を組み込んだところ、十分な透水量を示さなかった。
【0064】
次に、上記比較参考例及び比較実施例においてチャネル物質を用いた比較例及び実施例について説明する。
【0065】
[比較例1]
比較参考例1において、リン脂質にチャネル物質を添加したこと以外は同様にしてGA含有POPC被覆膜を製造し、透水量を測定した。
【0066】
即ち、POPCとGAとをクロロホルムとメタノールの混合溶媒に溶解し、POPC/GA=95/5(mol%)の溶液を調製した。この溶液を用いたこと以外は比較参考例1と同様にしてGA含有POPC被覆膜を製造し、透水量を測定した。
【0067】
[比較例2]
比較参考例2において、リン脂質にチャネル物質を添加したこと以外は同様にしてGA含有DPPC被覆膜を製造し透水量を測定した。
【0068】
即ちDPPCとGAをクロロホルムとメタノールの混合溶媒に溶解し、DPPC/GA=95/5(mol%)の溶液を調製した。この溶液を用いたこと以外は比較参考例2と同様にして、GA含有DPPC被覆膜を製造し、透水量を測定した。
【0069】
[実施例1]
実施参考例1において、リン脂質にチャネル物質を添加したこと以外は同様にして、GA含有POPC/DPPC被覆膜を製造し、透水量を測定した。
【0070】
即ち、POPC、DPPC及びGAをクロロホルムとメタノールの混合溶媒に溶解し、POPC/DPPC/GA=47.5/47.5/5(mol%)の溶液を調製した。
【0071】
[比較例3]
市販のFO膜(Hydration Technology Innovations社)について、透水量を測定した。
【0072】
各膜の透水量の測定結果を表2に示す。また、比較例1,2、実施例1の膜のCDスペクトルの測定結果を
図2に示す。
【0073】
【表2】
【0074】
[考察]
リン脂質のアシル基に不飽和脂肪酸を含むリン脂質であるPOPCのみを用いた膜(比較例1)とリン脂質にPOPCとDPPCを用いた膜(実施例1)は、CDスペクトルの結果が示すように、グラミシジンAがチャネル構造を形成した。比較例1は高い透水量を示したが、比較参考例1が示すように、リン脂質二重層自体の耐圧性が不十分である。
【0075】
リン脂質の2つのアシル基が炭素数16の飽和脂肪酸からなるリン脂質であるDPPCのみを用いた膜(比較例2)は、CDスペクトルにおいて230nmに谷が見られず、グラミシジンAがチャネル構造を形成していないため、透水量が非常に低く、市販品(比較例3)の1/16であった。一方、リン脂質にPOPCとDPPCを用いた膜(実施例1)は、市販品(比較例3)の16倍以上の透水量を示しており、高い透水性と耐圧性を有した膜が得られることが認められた。
【符号の説明】
【0076】
1 膜
2,3 容器