(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記第2硬質相は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、およびWからなる群より選ばれた一種以上の金属の炭化物、窒化物、または炭窒化物からなる、請求項1に記載の摩擦攪拌接合用ツール。
【背景技術】
【0002】
1991年の英国において、アルミニウム合金などの金属材料同士を接合する摩擦攪拌接合技術が確立された。本技術は、接合を目的とする金属材料同士の接合面において、先端に小径突起部が形成された円柱状の摩擦攪拌接合用ツールを押圧しながら回転させることにより、摩擦熱を発生させて、当該摩擦熱により接合部分の金属材料を軟化させて塑性流動させることにより、金属材料同士を接合するという技術である(特許文献1)。
【0003】
ここで、「接合部分」とは、金属材料を突き合わせたり、金属材料を重ねて設置させたりすることにより、それらの金属材料の接合が所望される接合界面部分をいう。摩擦攪拌接合では、この接合界面付近における金属材料が軟化されて塑性流動が起こり、その金属材料が攪拌されることによってその接合界面が消滅し、接合が行なわれる。さらに、同時にその金属材料に動的再結晶が起こるので、この動的再結晶により接合界面付近の金属材料が微粒化することとなり、金属材料同士を高強度に接合することができる。
【0004】
このような金属材料としてアルミニウム合金を用いる場合、500℃程度の比較的低温で塑性流動が生じるため、安価な工具鋼からなる摩擦攪拌接合用ツールを用いても、その傷みが少なく頻繁にツールを交換しなくてもよい。このため摩擦攪拌接合技術は、アルミニウム合金を接合するのに要するコストが低廉であることから、アルミニウム合金を溶融させて接合する抵抗溶接法に代わる接合方法として、鉄道車両や自動車、飛行機の構造部品の接合技術として既に様々な用途で実用化されている。
【0005】
現在のところ、摩擦攪拌接合技術は、アルミニウム合金、マグネシウム合金、鋼合金等のような比較的低温で塑性流動が生じる非鉄金属に主として適用されている。このような摩擦攪拌接合技術は、接合に要するコストおよび時間、接合部分の強度等の面で、抵抗溶接法に比して優れている。このため、低温で塑性流動が生じる材料だけに摩擦攪拌接合技術を適用するに留まらず、1000℃以上の高温で塑性流動が生じるような鉄鋼材料の接合にも摩擦攪拌接合技術を適用したいというニーズがある。なお、以下において、摩擦攪拌接合技術を用いた種々の加工を摩擦攪拌接合加工というものとする。
【0006】
しかしながら、高温下での摩擦攪拌接合においては、攪拌部の温度が被接合材の融点近くまで上昇することにより、接合時に被接合材と摩擦攪拌接合用ツールの基材とが反応し、基材の合金化が進んだり、被接合材に基材の成分が溶解したりして、摩耗が進みやすくなる。さらに、摩擦攪拌接合用ツールのプローブ部に欠けが生じたり、折れたりしやすくなり、ツールの短寿命化が大きな問題となっている。
【0007】
摩擦攪拌接合加工には、大きく線接合(FSW:Friction Stir Welding)と点接合(スポットFSW)がある。線接合では、摩擦攪拌接合用ツールを被接合材に挿入して摩擦熱を発生させた状態のまま連続的に接合するのに対し、点接合では、摩擦攪拌接合用ツールを2〜3秒ごとに被接合材から離して断続的に接合する。このため、点接合では、接合を行なう度に加熱と冷却が交互に繰り返され、かつ摩擦攪拌接合用ツールが空気に接触し、その表面が酸化環境に曝されて酸化されやすく、ツール寿命の短縮が顕著となる。
【0008】
基材の表面を酸化されにくくするための手法として、基材の表面に、TiN、TiCN、アルミナ等からなるセラミック被覆層を被覆するという方法も期待できる。このような組成の被覆層を用いることにより、基材の露出が軽減され、摩擦攪拌接合用ツールの耐酸化性を向上させることができると考えられる。
【0009】
しかしながら、かかる被覆層は、1000℃以上の融点の被接合材を接合するときに基材から剥離しやすかった。これにより、ショルダー部の表面が酸化されやすく、ツール寿命が短い上に、接合品質も優れたものとはいえなかった。
【0010】
また、特許文献2には、基材に用いる材料として、被接合材の硬度よりも高硬度な超硬合金等を用いることにより、その表面硬度を高める技術が開示されている。さらに、特許文献3には、基材の表面にダイヤモンドライクカーボンやTiNなどのセラミック膜を被覆する技術が開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、特許文献3に開示されるダイヤモンドライクカーボン膜は、接合材金属の付着を阻止することを目的とするものであって、そもそも耐酸化性が低いため、1000℃以上の融点を有する被接合材を接合するときには、その表面が酸化しやすく、摩擦攪拌接合用ツールの長寿命化に寄与しない。また、セラミック膜の被覆は、被接合材を構成する金属の付着を防止することを目的とするものであって、1000℃以上の融点を有する被接合材を接合するときに被覆膜が剥がれやすいという問題に対する対策が講じられていない。
【0013】
また、摩擦攪拌接合技術を鉄鋼材料に適用した場合、摩擦攪拌接合用ツール自体も接合時に高温に晒され、摩擦攪拌接合用ツールに塑性変形が起こりやすい。しかも、摩擦攪拌接合用ツールの被接合材に接触する部分、特にショルダー部が容易に酸化されて膨張する。このように酸化されて膨張した状態で摩擦攪拌接合を続けると、接合部分にバリが生じて接合品質が悪くなるという問題や、酸化された部分が高温となって剥がれ落ち、ショルダー部の摩耗が進行しやすくなるという問題があった。
【0014】
本発明は、上記のような現状に鑑みなされたものであって、その目的とするところは、加熱と冷却とが繰り返される過酷な環境下においても、被覆層が基材から剥離しにくく、耐摩耗性に優れ、摩擦攪拌接合用ツールのショルダー部の損傷の進行を抑制し、耐熱亀裂性を向上させる摩擦攪拌接合用ツールを提供することにある。これにより接合品質がよい摩擦攪拌接合用ツールを提供することができる。
【課題を解決するための手段】
【0015】
従来は、アルミニウム、マグネシウム等のように融点が低く、かつ溶着しやすい材料の接合に、工具鋼製の摩擦攪拌接合用ツールが、まず実用化された。このため、その後の開発方針としては、基材に用いる材料を超硬合金にして高硬度にしたり、耐溶着性に優れるダイヤモンド被膜で基材を被覆したりするというように、もっぱら硬度に優れた材料や耐溶着性に優れた材料をいかにして用いるかというところに絞られていた。
【0016】
本発明者らは、摩擦攪拌接合用ツールによって接合し得る被接合材の適用範囲を広げるべく、種々の検討を行なったが、従来のアプローチでは被接合材の適用範囲を1000℃以上の高融点材料の被接合材にまで拡大するのは困難と考えられた。このため、材料強度以外の手法によって、摩擦攪拌接合用ツールの性能を向上するアプローチを種々検討した。
【0017】
検討の結果、本発明者らは、基材を構成する超硬合金の熱膨張係数が4×10
-6/℃以上5×10
-6/℃であるのに対し、該基材の表面に形成されるセラミック被覆層の熱膨張係数は7×10
-6/℃以上9×10
-6/℃以下であるというようにセラミック被覆層の熱膨張係数の方が大きいことに着目し、これこそが鋼等を摩擦攪拌接合する際に、基材からセラミック被覆層が剥離しやすくなる原因であろうと推測した。すなわち、1000℃以上の融点を有する被接合材を摩擦攪拌接合すると、接合終了後に摩擦攪拌接合用ツールが急速に冷却され、基材とセラミック被覆層の両者の熱膨張係数差によって被覆層に剪断応力が生じ、これにより被覆層が基材から剥離しやすくなるであろうと考えられた。
【0018】
そこで、基材と被覆層との熱膨張係数差を少なくすべく、基材に対し、Ti、Zr、Hf、Nb、Ta、Cr、Mo、およびWからなる群より選ばれた一種以上の金属と、窒素、炭素、硼素、および酸素からなる群より選ばれる一種以上の元素とからなる化合物、または該化合物の固溶体(ただし、WCを除く)を添加することを検討した。この結果、上記化合物または固溶体を3体積%以上30体積%以下の割合で添加することにより、基材と被覆層との密着性が高められ、もって従来の手法では得られない優れた性能を示す摩擦攪拌接合用ツールを完成した。
【0019】
すなわち、本発明の摩擦攪拌接合用ツールは、摩擦攪拌接合加工に使用するものであって、基材と、該基材上に形成された被覆層とを備え、基材は、第1硬質相と、第2硬質相と、結合相とを含み、第1硬質相は、WC粒子からなり、第2硬質相は、Ti、Zr、Hf、Nb、Ta、Cr、Mo、およびWからなる群より選ばれた一種以上の金属と、窒素、炭素、硼素、および酸素からなる群より選ばれる一種以上の元素とからなる化合物、または該化合物の固溶体(ただし、WCを除く)からなり、かつ基材に対し、3体積%以上30体積%以下含まれ、結合相は、鉄族金属からなり、かつ基材に対し、8体積%以上28体積%以下含まれ、第1硬質相と第2硬質相との構成比は、体積比率にして、第1硬質相が、第2硬質相よりも大きいことを特徴とする。
【0020】
第2硬質相は、Ti、Zr、Hf、Nb、Ta、Cr、Mo、およびWからなる群より選ばれた一種以上の金属の炭化物、窒化物、または炭窒化物からなることが好ましい。
【0021】
第2硬質相は、第2硬質相に占める窒化物および/または炭窒化物の体積比率が30体積%以上100体積%以下であることが好ましい。WC粒子の平均粒子径は、3μm以上であることが好ましい。被覆層は、1000℃以上の耐酸化性を有することが好ましく、物理蒸着法により成膜されることが好ましい。上記の摩擦攪拌接合用ツールを用いた摩擦攪拌接合加工が、点接合である場合に、特に優れた性能を発揮できる。
【発明の効果】
【0022】
本発明の摩擦攪拌接合用ツールは、上記のような構成を有することにより、摩擦攪拌接合用ツールの被覆層が剥離しにくく、耐摩耗性に優れ、かつ接合品質がよいという優れた性能を示す。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
<摩擦攪拌接合用ツール>
図1は、本発明の摩擦攪拌接合用ツールの概略断面図である。本発明の摩擦攪拌接合用ツール1は、摩擦攪拌接合加工に使用するものであって、
図1に示されるように、基材4と、該基材4上に形成された被覆層5とを備え、基材4は、第1硬質相と、第2硬質相と、結合相とを含み、第1硬質相は、WC粒子からなり、第2硬質相は、Ti、Zr、Hf、Nb、Ta、Cr、Mo、およびWからなる群より選ばれた一種以上の金属と、窒素、炭素、硼素、および酸素からなる群より選ばれる一種以上の元素とからなる化合物、または該化合物の固溶体(ただし、WCを除く)からなり、かつ基材に対し、3体積%以上30体積%以下含まれ、結合相は、鉄族金属からなり、かつ基材に対し、8体積%以上28体積%以下含まれ、第1硬質相と第2硬質相との構成比は、体積比率にして、第1硬質相が、第2硬質相よりも大きいことを特徴とする。なお、基材4は、第1硬質相、第2硬質相、および結合相以外に不可避不純物を含んでいてもよい。
【0025】
このような本発明の摩擦攪拌接合用ツールは、たとえば線接合(FSW)用途、点接合(スポットFSW)用途等に有用に用いることができる。特に、上記の構成を有することにより、加熱と冷却とが交互に繰り返される過酷な環境下においても、被覆層5が基材4から剥離しにくいため、FSW用途よりも熱衝撃回数が格段に多いスポットFSW用途において極めて有用に用いることができる。
【0026】
本発明の摩擦攪拌接合用ツール1は、
図1に示されるように、小径(たとえば直径2mm以上8mm以下)のプローブ部2と、大径(たとえば直径4mm以上30mm以下)の円柱部3とを備えた形状を有する。これを接合に用いる場合、プローブ部2が被接合材の接合部分に挿入または押圧された状態で回転されることにより、被接合材が接合されることとなる。なお、接合加工時に被接合材と接する部分のことをショルダー部という。
【0027】
線接合用途では、積層状もしくは線接触状に突き合わされた2つの被接合材にプローブ部2を押圧もしくは挿入させ、回転するプローブ部2を当該積層した部分もしくは突き合わされた部分に対して直線状に移動させることにより被接合材同士を接合する。一方、点接合用途では、上下に積層、もしくは突き合わされた2つの被接合材の所望の接合箇所に回転するプローブ部2を押圧し、その場所でプローブ部2を引き続き回転させることにより、被接合材同士を接合する。
【0028】
本発明において、摩擦攪拌接合用ツールを用いて被接合材を接合する場合、接合は、融点が1000℃以上の被接合材に対して行なうことができる。本発明の摩擦攪拌接合用ツールは、従来摩擦攪拌接合用ツールによる接合が困難と考えられていた融点が1000℃以上の被接合材に対しても接合を行なうことができ、極めて優れた産業上の利用性を有するものである。なお、被接合材を接合するときのショルダー部が、800℃以上の温度となる場合に、本発明の摩擦攪拌接合用ツールは、従来のそれに比して優れた性能を発揮する。
【0029】
このように本発明の摩擦攪拌接合用ツール1は、各種用途に用いることができるものであるが、とりわけ従来において抵抗スポット溶接法が主として用いられていた高張力鋼や超高張力鋼の接合に好適に用いることができる。すなわち、本発明の摩擦攪拌接合用ツール1は、高張力鋼の接合用途において、従来の抵抗溶接法に代替する手段を提供するものである。摩擦攪拌接合は、接合部分に動的再結晶が生じて固相状態で被接合材を接合することから、組織が微細化し、以って接合中に被接合材が液相となる従来の抵抗溶接法に比し、接合部分の強度を向上させることができる。したがって、本発明の摩擦攪拌接合用ツールは、高比強度の高張力鋼、特に980MPa以上の超高張力鋼の接合に極めて有効に使用し得るものである。しかも、このような超高張力鋼を点接合する場合、線接合する場合に比して、熱衝撃回数が増加し、プローブ部が酸化環境に曝されやすくなるが、本発明の摩擦攪拌接合用ツールは、ショルダー部の耐酸化性に優れ、接合品質を向上させることができる。以上のような本発明の摩擦攪拌接合用ツールは、高融点の材料からなる被接合材の接合に好適に用いることができる。また、本発明の摩擦攪拌接合用ツールは、摩擦攪拌プロセスとしても使用可能である。
【0030】
<基材>
本発明の摩擦攪拌接合用ツールに用いられる基材は、第1硬質相と、第2硬質相と、結合相とを含むものであり、該第1硬質相は、WC粒子からなり、該第2硬質相は、Ti、Zr、Hf、Nb、Ta、Cr、Mo、およびWからなる群より選ばれた一種以上の金属と、窒素、炭素、硼素、および酸素からなる群より選ばれる一種以上の元素とからなる化合物、または該化合物の固溶体(ただし、WCを除く)からなり、かつ基材に対し、3体積%以上30体積%以下含まれ、該結合相は、鉄族金属(Co、Ni、Fe)からなり、かつ基材に対し、8体積%以上28体積%以下含まれ、第1硬質相と第2硬質相との構成比は、体積比率にして、第1硬質相が、第2硬質相よりも大きいことを特徴とする。
【0031】
本発明の摩擦攪拌接合用ツールの基材は、その組織中に遊離炭素やη相と呼ばれる異常相を含んでいてもよい。
【0032】
基材は、第1硬質相としてWC粒子を含むものであって、それを基材に対し、70体積%以上95体積%以下含むことが好ましい。これにより摩擦攪拌接合用ツールの強度、靭性、および耐熱亀裂性を向上させることができる。70体積%未満であると、摩擦攪拌接合用ツールの強度および靭性が低下し、接合加工中に欠損が生じやすくなる。一方、95体積%を超えると、基材および被覆層の熱膨張係数差が大きくなるため、基材から被覆層が剥離しやすくなる。
【0033】
<第1硬質相>
本発明において、基材に含まれる第1硬質相は、WC粒子からなるものである。かかるWC粒子の平均粒子径は、0.5μm以上10μm以下であることが好ましく、2μm以上であることがより好ましく、さらに好ましくは3μm以上である。WC粒子の平均粒子径が10μmを超えない範囲で大きいほど、破壊靱性を向上させることができ、もって耐熱亀裂性を向上することができる。
【0034】
上記のWC粒子の平均粒子径は、次のようにして測定した値を採用するものとする。まず、走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)とそれに付属の波長分散型X線分析(EPMA:Electron Probe Micro-Analysis)を用いて摩擦攪拌接合用ツールの断面(プローブ部の先端方向に対し垂直な面)中におけるWC粒子とそれ以外の成分とのマッピングを行なう(たとえばWC粒子とそれ以外の部分とを2色に色分けする)。次いで、同断面中の20μmの任意の線分上に存在するWC粒子の個数を計測するとともに、同線分上においてそれぞれのWC粒子が占有する領域の合計長さを測定する。続いて、このように測定された合計長さをWC粒子の個数で除した値をWC粒子の粒子径とする。そして、上記の任意の線分として3本の線分について同様の測定を行なうことにより、個々のWC粒子の粒子径の平均値を求め、その平均値をWC粒子の平均粒子径とする。
【0035】
<第2硬質相>
本発明において、基材に対し、3体積%以上30体積%以下の第2硬質相を含むことを特徴とする。かかる第2硬質相は、第1硬質相とともに基材に含まれるものであって、WC粒子の熱膨張係数よりも熱膨張係数が大きい組成からなるものである。このような第2硬質相を基材が含むことにより、基材の熱膨張係数を被覆層の熱膨張係数に近づけることができ、もって被覆層が基材から剥離しにくくなる。第2硬質相が3体積%未満であると、被覆層が剥離しやすくなるため好ましくない。一方、30体積%を超えると、基材の耐熱亀裂性が低下するため好ましくない。
【0036】
このような第2硬質相は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、およびWからなる群より選ばれた一種以上の金属と、窒素、炭素、硼素、および酸素からなる群より選ばれる一種以上の元素とからなる化合物、または該化合物の固溶体(ただし、WCを除く)からなるものである。これらの化合物またはその固溶体は、その熱膨張係数が7×10
-6/℃以上9×10
-6/℃以下程度と比較的大きいため、これを基材に含むことにより、基材の熱膨張係数を被覆層の熱膨張係数に近づけることができる。これにより基材と被覆層との熱膨張係数の差によって生じる剪断応力が緩和され、もって摩擦攪拌接合用ツールが加熱と冷却とが交互に起こる過酷な環境に曝されても、被覆層を引き剥がす方向に応力が働かず、被覆層が基材から剥離されにくくなる。これによりショルダー部の近傍の基材が酸化しにくくなり、接合品質も低下しにくくすることができる。
【0037】
このような第2硬質相は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、およびWからなる群より選ばれた一種以上の金属の炭化物、窒化物、または炭窒化物からなることが好ましい。これらの化合物は、特に耐酸化性に優れているからである。このような化合物としては、たとえば、(W
1-xTi
x)、(Ta
1-xNb
x)、(Ti
1-xTa
x)、(Ti
1-xZr
x)、(Ti
1-xHf
x)、または(Ti
1-xNb
x)の炭化物、窒化物、または炭窒化物(式中xは1以下の任意の数)等(これらにさらにB、O等を含むものも含む)をその好適な組成として例示することができる。なお、上記において、窒素、および炭素の原子比は特に限定されず、従来公知の原子比をいずれも採用できる。
【0038】
第2硬質相としてより好ましくは、TiCN、TiN、TaC、NbC、ZrC、TiTaNbC、TaNbC、TiTaWC、WTiC、TiTaNbWC、TiNbC、WTiTaCN、WTiTaNbCN、TiHfCN,TiZrCN等を挙げることができる。本発明において、特に原子比を示さない場合は従来公知の原子比を任意に選択できるものとする。
【0039】
ここで、上記の第2硬質相は、第2硬質相に占める窒化物および/または炭窒化物の体積比率が30体積%以上100体積%以下であることが好ましい。窒化物および/または炭窒化物を含むことにより、摩擦攪拌接合用ツールの耐酸化性を向上し、もって摩擦攪拌接合用ツールに欠損が生じにくくなる。しかも、基材のショルダー部の側面が酸化して膨張するのを抑制するため、被接合材の接合部分に生じるバリも生じにくくなり、被接合材の接合品質も向上する。
【0040】
第2硬質相に含まれる窒化物および/または炭窒化物として、より好ましくは、TiN、ZrN、NbCN、TiCN、ZrCN、WTiCN、WTiTaCN、WTiNbCN等を挙げることができる。本発明において、特に原子比を示さない場合は従来公知の原子比を任意に選択できるものとする。
【0041】
<第1硬質相と第2硬質相との構成比>
本発明において、基材は、上述のように第1硬質相と第2硬質相とを含み、かつ、第1硬質相と第2硬質相との構成比は、体積比率にして、第1硬質相が第2硬質相より大きくなることを特徴とする。すなわち、基材が第1硬質相の体積比率よりも少ない体積比率で第2硬質相を含むことを特徴とする。これにより摩擦攪拌接合用ツールの耐熱亀裂性を向上することができ、もって摩擦攪拌接合用ツールの耐欠損性を向上させることができる。
【0042】
<結合相>
本発明において、結合相は、第1硬質相同士、第2硬質相同士、または第1硬質相と第2硬質相とを結合するために基材に含むものである。このような結合相は、鉄族金属からなるものであり、かつ基材に対し、8体積%以上28体積%以下含むことを特徴とする。第1硬質相同士を結合する結合相としては、Coを用いることが好ましく、第2硬質相同士を結合する結合相としては、Niを用いることが好ましい。結合相としてCoとNiを用いる場合の各組成比は、任意に変更することができる。なお、結合相として用いる材料は、鉄製金属からなるものであればいかなるものをも用いることができる。すなわち、CoおよびNiのみに限られるものではなく、Feを用いることができる他、第1硬質相または第2硬質相を構成する元素等を固溶していてもよい。なお、結合相は、基材に対し、8体積%以上28体積%以下含むことが好ましく、より好ましくは、10体積%以上20体積%以下含むことである。結合相が8体積%未満であると、強度が不足する場合があるため好ましくなく、28体積%を超えると、第1硬質相および第2硬質相の体積比率が相対的に低下し、硬度、および耐塑性変形性等の諸特性を十分に得られない場合がある。
【0043】
<被覆層>
本発明の摩擦攪拌接合用ツール1の基材4上には、被覆層5が形成されていることを特徴とする。ここでの被覆層5とは、単一組成の1層のみから構成されていてもよいし、互いに組成の異なる2以上の層によって構成されていてもよい。このような被覆層5を備えることにより、耐摩耗性、耐酸化性、靭性、使用済みプローブの識別のための色付性等の諸特性を向上させる作用を付与することができる。また、被覆層5は、基材の全面を覆うようにして形成されていることが好ましいが、基材4の一部が被覆層5により覆われていなかったり、基材4上のいずれかの部分において被覆層5の構成が異なっていてもよい。また、酸化が最も著しい、ショルダー部のみを被覆してもよい。
【0044】
被覆層を構成する材料としては、熱膨張係数が7×10
-6以上9×10
-6以下の熱膨張係数を有するものを用いることが好ましく、Ti、Al、Cr、Si、Hf、Zr、Mo、Nb、Ta、V、およびWからなる群より選ばれた一種以上の金属の窒化物からなることがより好ましい。
【0045】
さらに、上記の被覆層は、1000℃以上の耐酸化性を有することが好ましい。ここで、「1000℃以上の耐酸化性を有する」とは、被覆層を熱分析−示差熱熱重量同時測定(TG/DTA:Thermogravimetry/Differential Thermal Analysis)装置により、大気中で評価を行ない、重量増加が生じた温度が1000℃以上であることを意味する。このような耐酸化性を有する被覆層を構成する組成の好適な例としては、AlTiSiN、AlCrN、TiZrSiN、CrTaN、HfWSiN、CrAlN等を挙げることができる。
【0046】
本発明の被覆層は、物理蒸着法(PVD法)により形成されることが好ましい。これは、本発明の被覆層を基材表面に成膜するためには結晶性の高い化合物を形成することができる成膜プロセスであることが好ましく、種々の成膜方法を検討した結果、物理蒸着法であると成膜後の被覆層が緻密で、被覆層中に亀裂が生じにくいため、基材の酸化抑制に最適であることが見出されたからである。物理蒸着法には、たとえばスパッタリング法、イオンプレーティング法などがあるが、特に原料元素のイオン率が高いカソードアークイオンプレーティング法を用いると、被覆層を形成する前に基材表面に対して金属またはガスイオンボンバードメント処理が可能となるため、被覆層と基材との密着性が格段に向上するので好ましい。
【実施例】
【0047】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0048】
<実施例1〜11、比較例1〜5>
まず、第1硬質相を構成する材料と、下記の表1に示す第2硬質相を構成する材料と、結合相を構成するCoとを、下記の表1に示す体積比率で混合することにより混合粉末を得た。ここで、第1硬質相を構成する材料としては、表1に示す平均粒子径のWC粒子を用い、結合相を構成する材料としては、平均粒子径が0.5μmのCo粉末を用いた。
【0049】
上記混合粉末にエタノールを添加し、アトライターを用いて7時間攪拌することにより、第1硬質相の材料と第2硬質相の材料と結合相の材料とを混合したスラリーを得た。そして、このスラリーに含まれるエタノールを揮発させることにより、焼結体原料を得た。
【0050】
この焼結体原料を、超硬合金製の金型に充填して100MPaの圧力で単軸加圧することにより加圧成型体を得た。この加圧成型体を真空において1450℃の温度で1時間焼結し、所定の形状に研削加工を行なった。その後、この表面に厚みが10nmのTi
0.5Al
0.5N層と、厚みが10nmのAl
0.7Cr
0.3N層とを交互に積層し、その合計厚みが3μmとなる被覆層をアークイオンプレーティング法を用いて被覆することにより、各実施例および各比較例の摩擦攪拌接合用ツールを作製した。
【0051】
以上のようにして作製した摩擦攪拌接合用ツールは、
図1のような形状を有し、直径8mmで高さが30mmの略円柱形状の円柱部3と、該円柱部3の先端中央部に円柱部3と同心に突設されたプローブ部2とを有しており、当該プローブ部2は、直径4mmで高さが1.8mmの略円柱形状を有するものである。なお、上記で形成した被覆層の耐酸化性を熱分析−示差熱熱重量同時測定装置(製品名:TG−DTA2020SA(ブルガー株式会社製))を用いて評価したところ、酸化の開始温度は1010℃であり、1000℃以上の耐酸化性を有することが明らかとなった。
【0052】
ここで、実施例5〜7は、実施例3の摩擦攪拌接合用ツールに対し、第2硬質相を構成する窒化物および炭窒化物の組成比を表1の「窒化物、炭窒化物」に示されるように異ならしめたものである。また、実施例8〜9は、実施例2の摩擦攪拌接合用ツールに対し、WC粒子の平均粒子径を表1の「平均粒子径」に示されるように異ならしめたものである。さらに、実施例10〜11は、実施例2の摩擦攪拌接合用ツールに対し、結合相の体積比率を表1の「結合相」に示されるように異ならしめたものである。
【0053】
このようにして作製された実施例5〜7の本発明の摩擦攪拌接合用ツール(実施例1〜4、8〜11の摩擦攪拌接合用ツールは参考例である)は、摩擦攪拌接合加工に使用するものであって、基材と、該基材上に形成された被覆層とを備え、基材は、第1硬質相と、第2硬質相と、結合相とを含み、第1硬質相は、WC粒子を含み、第2硬質相は、Ti、Zr、Hf、Nb、Ta、Cr、Mo、およびWからなる群より選ばれた一種以上の金属と、窒素、炭素、硼素、および酸素からなる群より選ばれる一種以上の元素とからなる化合物、または該化合物の固溶体を含み、かつ基材に対し、3体積%以上30体積%以下含まれ、結合相は、鉄族金属を含み、かつ基材に対し、8体積%以上28体積%以下含まれ、第1硬質相と第2硬質相との構成比は、体積比率にして、第1硬質相が第2硬質相よりも大きいものであった。
【0054】
【表1】
【0055】
上記で得られた各実施例および各比較例の摩擦攪拌接合用ツールを鏡面研磨し、任意の領域の摩擦攪拌接合用ツールを構成する結晶組織を走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)を用いて10000倍で写真撮影し、それに付属の波長分散型X線分析(EPMA:Electron Probe Micro-Analysis)を用いて摩擦攪拌接合用ツールの断面(プローブ部の先端方向に対し垂直な面)中におけるWC粒子と第2硬質相の炭化物、炭窒化物、および窒化物、ならびに結合相の成分のマッピングを行なった。そして、上記で撮影された10000倍の写真に対し、成分を確認しながら画像処理ソフトを用いてWC粒子と第2硬質相の炭化物、炭窒化物、および窒化物、ならびに結合相を識別し、同写真のWC粒子、第2硬質相の炭化物、炭窒化物、および窒化物、ならびに結合相のそれぞれの合計面積を算出し、その写真中の摩擦攪拌接合用ツールに占めるWC粒子、第2硬質相、結合相のそれぞれの割合の百分率を算出した。その結果、上記の各原材料の配合比と、最終的に得られる摩擦攪拌接合用ツールを構成する各組成の体積比とは同一とみなし得た。
【0056】
次いで、同断面において、20μmの任意の線分上に存在するWC粒子の個数を計測するとともに同線分上においてそれぞれのWC粒子が占有する領域の合計長さを測定した。なお、WC粒子は、EPMAによって元素を判別することにより特定した。このように測定された合計長さをWC粒子の個数で除した値をWC粒子の粒子径とし、上記の任意の線分として3本の線分について同様の測定を行なうことにより、WC粒子の平均粒子径を得た。
【0057】
<摩擦攪拌接合用ツールの評価>
上記で作製した各実施例および各比較例の摩擦攪拌接合用ツールのそれぞれについて、下記の表2に示す条件による点接合(FSJ)を模した摩耗試験を3000スポット行なった。
【0058】
【表2】
【0059】
上記において、3000スポットの点接合試験を行なった後、摩擦攪拌接合用ツールを塩酸に浸して10分間加熱しながら、その表面に付着した凝着物を除去し、ノギスを用いて摩擦攪拌接合用ツールのショルダー部およびプローブ部の内径を測定した。このようにして点接合を行なう前後のショルダー部およびプローブ部の内径の差を摩耗量として評価し、表3の「摩耗量(mm)」の欄に示した。摩耗量が少ないものほど、耐摩耗性が優れることを示している。
【0060】
【表3】
【0061】
また、表3の「バリの高さ」の欄には、接合試験後に被接合材の表面から最も突出しているバリの高さを示した。バリの高さが小さいほど、接合品質が優れることを示している。
【0062】
比較例4は、100回の押し込み時点で、プローブ部の摩耗量が0.5mmを超えたため、その時点での摩耗量およびバリの高さを測定した。
【0063】
表3から明らかなように、実施例1〜11の本発明に係る摩擦攪拌接合用ツールは、比較例1〜5の摩擦攪拌接合用ツールに比し、プローブ部およびショルダー部の摩耗量が少ないため、摩擦攪拌接合用ツールの耐摩耗性を向上していることが明らかとなった。また、実施例1〜11の本発明に係る摩擦攪拌接合用ツールは、比較例1〜5の摩擦攪拌接合用ツールに比し、バリの高さが低いため、摩擦攪拌接合用ツールの接合品質を向上していることが明らかとなった。
【0064】
実施例5〜7の摩擦攪拌接合用ツールは、第2硬質相に占める窒化物および/または炭窒化物の体積比率が30体積%以上100体積%以下であることにより、基材の耐酸化性が向上した。しかも、基材の熱膨張係数が大きくなることにより、基材と被覆層との剥離が生じにくくなり、もって被覆層の剥離を抑制することができた。このため、ショルダー部の耐酸化性に優れ、かつ接合品質を向上させることができた。
【0065】
実施例8の摩擦攪拌接合用ツールは、実施例2のそれよりもWC粒子の平均粒子径を小さくしたことにより、摩擦攪拌接合用ツールの耐熱亀裂性が低下し、もってプローブ部の熱亀裂による損傷がやや生じやすくなった。それに対し、実施例9の摩擦攪拌接合用ツールは、実施例2のそれよりもWC粒子の平均粒子径を大きくしたことにより、摩擦攪拌接合用ツールの耐熱亀裂性が向上し、もってプローブ部の熱亀裂による損傷を生じにくくすることができた。
【0066】
実施例10〜11の摩擦攪拌接合用ツールは、実施例2に対し、Co結合相の体積比率を増減させているが、これによっても実施例2の摩擦攪拌接合用ツールと同等に優れた耐摩耗性および接合品質を得ることができた。
【0067】
比較例1〜2の摩擦攪拌接合用ツールの耐摩耗性および接合品質が優れないのは、第2硬質相の体積比率が少なすぎることにより、被覆層の剥離が生じやすく、ショルダー部が酸化しやすくなったためと考えられる。一方、比較例3の摩擦攪拌接合用ツールの耐熱亀裂性が優れないのは、第2硬質相の体積比率が多すぎることにより、基材の強度が低下したためと考えられる。
【0068】
比較例4の摩擦攪拌接合用ツールに塑性変形が生じて、100回で試験を中止したのは、Coの体積比率が多すぎるため、基材が柔らかくなり、耐塑性変形性が低下したためと考えられる。
【0069】
比較例5の摩擦攪拌接合用ツールに欠損が生じて100回で試験を中止したのは、Coの体積比率が少なすぎるため、基材の強度が不足し、耐欠損性が低下したためと考えられる。
【0070】
<実施例12〜13>
実施例12では、被覆層の組成を酸化開始温度が1130℃のAl
0.6Ti
0.35Si
0.05N層に代えて、厚みを3μmとしたことを除いては、実施例7と同様のものを準備した。実施例13では、被覆層の組成を酸化開始温度が970℃のTi
0.5Al
0.5N層に代えて、厚みを3μmとしたことを除いては、実施例7と同様のものを準備した。そして、上記の耐摩耗性と同様の評価を行なった。その結果を表4に示す。
【0071】
【表4】
【0072】
表4から明らかなように、実施例12の被覆層の酸化開始温度は、1000℃を超え、実施例7の被覆層の酸化開始温度よりも高いため、実施例12の摩擦攪拌接合用ツールは、実施例7のそれに比して、優れた耐摩耗性を示した。一方、実施例13の被覆層の酸化開始温度は、1000℃よりも低いため、実施例13の摩擦攪拌接合用ツールは、実施例7のそれよりも耐摩耗性が劣る結果となった。
【0073】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0074】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。