特許第6041154号(P6041154)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6041154
(24)【登録日】2016年11月18日
(45)【発行日】2016年12月7日
(54)【発明の名称】並列反応方法およびスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20161128BHJP
   C12Q 1/68 20060101ALI20161128BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20161128BHJP
   G01N 33/566 20060101ALI20161128BHJP
   G01N 33/548 20060101ALI20161128BHJP
【FI】
   C12N15/00 AZNA
   C12Q1/68 A
   G01N33/53 D
   G01N33/566
   G01N33/53 M
   G01N33/548 Z
【請求項の数】14
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2013-529010(P2013-529010)
(86)(22)【出願日】2012年8月10日
(86)【国際出願番号】JP2012070531
(87)【国際公開番号】WO2013024821
(87)【国際公開日】20130221
【審査請求日】2015年8月3日
(31)【優先権主張番号】特願2011-176465(P2011-176465)
(32)【優先日】2011年8月12日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100085257
【弁理士】
【氏名又は名称】小山 有
(72)【発明者】
【氏名】市川 創作
(72)【発明者】
【氏名】山本 達之
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 大輔
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 慎治
(72)【発明者】
【氏名】金森 敏幸
【審査官】 飯室 里美
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−106533(JP,A)
【文献】 特表2010−524432(JP,A)
【文献】 特表2009−543862(JP,A)
【文献】 特表2003−504011(JP,A)
【文献】 BioTechniques,2000年,Vol. 29, No. 4,pp. 844-857
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
C12Q 1/00− 3/00
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/WPIDS/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アガロースからなるゲル粒子中に固定するDNAを核酸増幅反応プライマーとして機能する長さが15〜50塩基の範囲に含まれる1本鎖DNAとし、複数種のDNAが含まれる溶液を1つのゲル粒子中にDNAが平均1分子以下となる濃度でゲル粒子の懸濁液と混合することで1つのゲル粒子中に1種類のDNAを固定し、この操作と同時もしくは次いで、核酸増幅反応を行うのに必要な物質が含まれる溶液にゲル粒子を懸濁することで、核酸増幅反応に必要な物質をゲル粒子中に導入し、次いで、個々のゲル粒子中で個別の核酸増幅反応を同時に並行して行うことを特徴とする並列反応方法。
【請求項2】
アガロースからなるゲル粒子中にDNAを固定し、タグ配列を持つタンパク質を認識する物質をニトリロ三酢酸(NTA)、抗体、グルタチオン、マルトースの何れかとし、ゲル粒子中に固定されたDNAと相補的な配列を有する複数種のDNAが含まれる溶液を限界希釈し、この限界希釈した溶液がゲル粒子となる懸濁液を作製し、1つのゲル粒子中に1種類のDNAを固定し、次いで、タンパク質合成反応を行うのに必要な物質が含まれる溶液にゲル粒子を懸濁することで、タンパク質を合成するのに必要な物質をゲル粒子中に導入し、次いで、個々のゲル粒子中で個別のタンパク質合成反応を同時に並行して行うことを特徴とする並列反応方法。
【請求項3】
アガロースからなるゲル粒子中にDNAを固定し、タグ配列を持つタンパク質を認識する物質をニトリロ三酢酸(NTA)、抗体、グルタチオン、マルトースの何れかとし、ゲル粒子中に固定されたDNAと相補的な配列を有する複数種のDNAが含まれる溶液を、1つのゲル粒子中にDNAが平均1分子以下となる濃度でゲル粒子の懸濁液と混合することで1つのゲル粒子中に1種類のDNAを固定し、この操作と同時もしくは次いで、タンパク質を合成するのに必要な物質をゲル粒子中に導入し、次いで、個々のゲル粒子中で個別のタンパク合成反応を同時に並行して行うことを特徴とする並列反応方法。
【請求項4】
アガロースからなるゲル粒子中に固定するDNAを核酸増幅反応プライマーとして機能する長さが15〜50塩基の範囲に含まれる1本鎖DNAとし、複数種のDNAが含まれる溶液を限界希釈し、この限界希釈した溶液がゲル粒子となる懸濁液を作製し、1つのゲル粒子中に1種類のDNAを固定するとともに、核酸増幅反応に必要な物質を導入し、個々のゲル粒子中で個別の核酸増幅反応を同時に並行して行った後にタンパク質を合成するのに必要な物質をゲル粒子中に導入し、次いで、個々のゲル粒子中で個別のタンパク合成反応を同時に平行して行うことをすることを特徴とする並列反応方法。
【請求項5】
請求項に記載の並列反応方法において、核酸増幅反応によってゲル粒子中のDNAを増幅させた後に、ゲル粒子中にタンパク質を合成するのに必要な物質を導入し、次いで、個々のゲル粒子中で個別のタンパク合成反応を同時に平行して行うことをすることを特徴とする並列反応方法。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5の何れか1項に記載の並列反応方法において、ゲル粒子中に核酸増幅反応およびタンパク合成反応に必要な物質を導入した後に、ゲル粒子を水と混じり合わない液体に懸濁させ、次いで前記核酸増幅反応およびタンパク合成反応を行うことを特徴とする並列反応方法。
【請求項7】
請求項2乃至請求項6の何れか1項に記載の並列反応方法において、前記タンパク質を合成するのに必要な物質はアミノ酸と酵素であることを特徴とする並列反応方法。
【請求項8】
請求項に記載の並列反応方法に続いて、個々のゲル粒子に固定されているDNAの量を評価することで、元のテンプレートDNA中の特定の配列を検査する検査方法。
【請求項9】
請求項2乃至請求項7の何れか1項に記載した並列反応方法に続いて、個々のゲル粒子内に固定されているタンパク質の特性を検査し、目的のタンパク質をコードするDNAを選別することを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項10】
請求項に記載のスクリーニング方法において、前記DNAの選別は蛍光を発するゲル粒子を分取することを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項11】
核酸増幅反応プライマーとして機能することのできる15〜50塩基のDNAと、特定のタグ配列を有するタンパク質を認識する物質としてニトリロ三酢酸(NTA)、抗体、グルタチオン、マルトースの何れかを固定したゲル粒子を用いたスクリーニング方法であって、以下の工程からなることを特徴とするスクリーニング方法。
工程1
前記DNAプライマーと相補的な部位と、タンパク質をコードする遺伝子にランダムに変異が入った部位とを有する複数種のDNA(DNAライブラリー)が含まれる溶液を用意する工程。
工程2
工程1で得られた複数種のDNAが含まれる溶液を希釈し、この希釈した複数種のDNAが含まれる溶液と、核酸増幅反応に必要な物質を含む溶液と、アガロースからなるゲル粒子の懸濁液とを混合して、ゲル粒子内にDNAを平均1分子以下で導入・固定するとともにゲル粒子内に核酸増幅反応に必要な物質を導入する工程。
工程3
前記ゲル粒子を水と混じり合わない溶液に再び懸濁させる工程。
工程4
核酸増幅反応によって前記ゲル粒子中のDNAを増幅させる工程
工程5
前記ゲル粒子を水系の溶液に再び懸濁させる工程。
工程6
タンパク質を合成するのに必要な物質を含む溶液と前記ゲル粒子の懸濁液とを混合する工程。
工程7
工程6でタンパク質を合成するのに必要な物質が導入されたゲル粒子を水と混じり合わない溶液に再び懸濁させる工程。
工程8
前記ゲル粒子内でタンパク質合成反応によってタンパク質を合成する工程。
工程9
内部でタンパク質が合成されたゲル粒子を水系の溶液に再び懸濁させる工程。
工程10
ゲル粒子とタンパク質の機能を評価する試薬とを混合する工程。
工程11
目的の機能を有するタンパク質を含むゲル粒子を分取する工程。
工程12
分取したゲル粒子中に含まれるDNA配列を解読して、目的の活性を有するタンパク質のアミノ酸配列を得る工程。
【請求項12】
相補的な配列を有するDNAを補足できる10塩基以上のDNAと、特定のタグ配列を有するタンパク質を認識する物質としてニトリロ三酢酸(NTA)、抗体、グルタチオン、マルトースの何れかを固定したアガロースからなるゲル粒子を用いるタンパク質のスクリーニング方法であって、以下の工程よりなるタンパク質のスクリーニング方法。
工程1
前記ゲル粒子に固定化されたDNAと相補的な部位と、タンパク質をコードする遺伝子にランダムに変位の入った部位とを有する複数種のDNA(DNAライブラリー)が含まれる溶液を用意する工程。
工程2
工程1で得られた複数種のDNAが含まれる溶液を希釈し、この希釈された溶液を用いてゲル粒子を作製することで、ゲル粒子内にDNAが平均1分子以下の濃度で固定されたゲル粒子を作製する工程。
工程3
タンパク質を合成するのに必要な物質を含む溶液と前記ゲル粒子の懸濁液を混合する工程。
工程4
前記ゲル粒子を水と混じり合わない溶液に再懸濁する工程。
工程5
タンパク質合成反応によって前記ゲル粒子中でタンパク質を合成する工程。
工程6
前記ゲル粒子を水系の溶液に再び懸濁する工程。
工程7
前記ゲル粒子とタンパク質の機能を評価する試薬と混合する工程。
工程8
目的の機能を有するタンパク質を含むゲル粒子を分取する工程
工程9
分取したゲル粒子中に含まれるDNA配列を解読することで、目的の活性を有するタンパク質のアミノ酸配列を得る工程。
【請求項13】
相補的な配列を有するDNAを補足できる10塩基以上のDNAと、特定のタグ配列を有するタンパク質を認識する物質としてニトリロ三酢酸(NTA)、抗体、グルタチオン、マルトースの何れかを固定したアガロースからなるゲル粒子を用いるタンパク質のスクリーニング方法であって、以下の工程よりなるタンパク質のスクリーニング方法。
工程1
前記ゲル粒子に固定化したDNAと相補的な部位と、タンパク質をコードする遺伝子にランダムに変位の入った部位とを有する複数種のDNA(DNAライブラリー)が含まれる溶液を用意する工程。
工程2
工程1で得られた複数種のDNAが含まれる溶液を希釈し、この希釈した複数種のDNAが含まれる溶液と、ゲル粒子の懸濁液とを混合して、ゲル粒子内にDNAを平均1分子以下で導入・固定する工程。
工程3
タンパク質を合成するのに必要な物質を含む溶液と前記ゲル粒子の懸濁液を混合する工程。
工程4
前記ゲル粒子を水と混じり合わない溶液に再び懸濁する工程。
工程5
タンパク質合成反応によって前記ゲル粒子中でタンパク質を合成する工程。
工程6
前記ゲル粒子を水系の溶液に再び懸濁する工程。
工程7
前記ゲル粒子とタンパク質の機能を評価する試薬とを混合する工程。
工程8
目的の機能を有するタンパク質を含むゲル粒子を分取する工程
工程9
分取したゲル粒子中に含まれるDNA配列を解読することで、目的の活性を有するタンパク質のアミノ酸配列を得る工程。
【請求項14】
核酸増幅反応プライマーとして機能することのできる15〜50塩基の1本鎖DNAと、特定のタグ配列を有するタンパク質を認識する物質としてニトリロ三酢酸(NTA)、抗体、グルタチオン、マルトースの何れかを固定したアガロースからなるゲル粒子を用いるタンパク質のスクリーニング方法であって、以下の工程よりなるタンパク質のスクリーニング方法。
工程1
核酸増幅反応プライマーと相補的な部位と、タンパク質をコードする遺伝子にランダムに変位の入った部位とを有する複数種のDNA(DNAライブラリー)が含まれる溶液を用意する工程。
工程2
工程1で得られた複数種のDNAが含まれる溶液を希釈し、この希釈した複数種のDNAが含まれる溶液と核酸増幅反応に必要な物質を含む溶液とを混合し、この希釈・混合された複数種のDNAが含まれる溶液を用いてゲル粒子を作製することで、ゲル粒子内にDNAが平均1分子以下の濃度で固定されたゲル粒子を作製する工程。
工程3
前記ゲル粒子を水と混じり合わない溶液に再び懸濁する工程。
工程4
核酸増幅反応によって前記ゲル粒子中のDNAを増幅させる工程。
工程5
前記ゲル粒子を水系の溶液に再び懸濁する工程。
工程6
タンパク質を合成するのに必要な物質を含む溶液と前記ゲル粒子の懸濁液とを混合する工程。
工程7
前記ゲル粒子を水と混じり合わない溶液に再び懸濁する工程。
工程8
タンパク質合成反応によって前記ゲル粒子中でタンパク質を合成する工程。
工程9
前記ゲル粒子を水系の溶液に再び懸濁する工程。
工程10 前記ゲル粒子とタンパク質の機能を評価する試薬とを混合する工程。
工程11
目的の機能を有するタンパク質を含むゲル粒子を分取する工程
工程12
分取したゲル粒子中に含まれるDNA配列を解読することで、目的の活性を有するタンパク質のアミノ酸配列を得る工程。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多数のゲル粒子内で複数の化学反応、生化学反応を同時並行的に行うための懸濁液、この懸濁液を用いた並列反応方法およびこの並列反応を用いたスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ランダムに変異が入った多くの候補タンパク質の中から、目的の活性を有する酵素を探索したり、多くの候補物質の中から目的の活性を持つ触媒を探索する手法は、創薬や新規化学物質の探索においてしばしば用いられている。
例えば、非特許文献1には目的のタンパク質を発現する細胞をクローニングする際に、限界希釈法により1つの容器に1つの細胞が入る濃度から細胞を培養し、目的のタンパク質を発現するクローンを取得する方法が提案されている。
【0003】
また非特許文献2及び非特許文献3には、ある酵素の一部のアミノ酸をランダムに置換してライブラリーを作製し、このライブラリーから産業上有用な活性を有する酵素を探索することが開示されている。
【0004】
上記した手法では、一般的に96穴ウェルプレートなどの数百マイクロリットルから数ミリリットル程度の容積の反応器を使用している。
例えば、目的の細胞を含む細胞懸濁液を96穴ウェルプレートに分注し、抗体などを含む分析用試薬類を順次添加して細胞表面に発現した物質若しくは細胞から分泌される物質の量を定量したり、多様なアミノ酸置換を含む酵素を発現するライブラリーの中から活性の高い酵素を発現するクローンを選択する際に、96穴ウェルプレート等の反応器の中で酵素を発現させ、酵素の反応基質等を添加することにより酵素の活性を測定している。
つまり96穴ウェルプレート等を用いる場合には、多数の反応器(穴)に順次複数の試薬を分注する必要があり、分析対象となる酵素や細胞の数の増加に伴い必要となる反応器数が増大し、それに伴う溶液・試薬の分注操作が煩雑となる。
【0005】
非特許文献4には、半導体加工技術を利用して微小な反応容器を作製することが提案されているが、分注操作の問題は解消されていない。そこで、反応容器を更に小さくし且つ分注操作等も不要とする提案が特許文献1、2、3及び、非特許文献5、6、7、8、9に提案されている。
【0006】
特許文献1には、W/O型エマルションを構成する水滴中に、親水性分子と酵素などの機能性分子を別々に封じ込め、これら水滴を融合させることで、特異的な反応を誘導する内容が開示されている。また、この特許文献1にはDNAを封じ込めることも開示されている。
【0007】
特許文献2には、一方の荷電を有するベシクルに反応性物質を内包させ、他方の荷電を有するベシクルに前記反応性物質と反応する物質を内包させ、これら2つのベシクルを融合させ、融合した1つのベシクル内で反応を起こさせるようにしたことが開示されている。
【0008】
特許文献3には、エマルジョンの水相(水滴)内にPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)用のプライマーが結合した固相担体を含ませ、水滴内でPCRを起こさせて固相担体に核酸複合体を連結させ、この後エマルジョンを破壊して固相担体−核酸複合体の結合体を回収し、この固相担体−核酸複合体を用いて無細胞タンパク質合成を行うことが開示されている。
【0009】
非特許文献5にはエマルジョンの水相中(水滴)内にPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)用のプライマーを含ませ、この水滴を酵素分解したゲノムDNAを含む水滴とマイクロ流体デバイス内で合一させ、この後水滴内でPCRを行い、ゲノムDNA中の特定の部分を増幅する方法が開示されている。また非特許文献6には、エマルジョンの水相(水滴)内にタンパク合成用の酵素及び基質を含ませ、水滴内でタンパク合成反応を行う方法が開示されている。
【0010】
非特許文献7には、リン脂質二重膜により構成される閉鎖小胞であるベシクルに目的とする分子を封じ込め、これらベシクルをレーザにより移動させて融合させる技術が開示されている。
また非特許文献8には、ゲル粒子内でタンパク質合成反応を行わせるために、ゲル粒子表面の高分子皮膜を通してゲル粒子内に基質を供給する内容が開示されている。更に非特許文献9にはゲル粒子を反応容器として用いてPCRを行う方法が開示されている。
【0011】
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2000−271475号公報
【特許文献2】特開2008−29952号公報
【特許文献3】特開2009−178067号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】バイオ実験イラストレイテッド,6,128-130
【非特許文献2】AISTToday 5(4), 18-19 (2005)
【非特許文献3】生化学,vol.72(12), 1430-1433,2000
【非特許文献4】Analytical Chemistry, 77(24), 8050-8056 (2005)
【非特許文献5】Nature Biotechnol., 27, 1025-1031 (2009)
【非特許文献6】Nature Biotechnol., 16, 652-656 (1998)
【非特許文献7】Langmuir, 19(20), 8206-8210 (2003)
【非特許文献8】Journal of Biotechnology, 143, 183-189 (2000)
【非特許文献9】Lab Chip, 10, 2841-2843 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
特許文献1〜3或いは非特許文献5〜9に開示されるような、ベシクル、エマルジョン或いはゲル粒子を反応容器とすることで、反応容器を小さくでき、多数の並列反応が可能になる。しかしながら、ゲル粒子などの微小容器内でタンパク質合成反応を起こさせ目的のタンパク質を得たとしても、タンパク質が容易にゲル粒子などの微小反応容器から溶出してしまう問題がある。
【0015】
また、ベシクル、エマルジョン或いはゲル粒子を反応容器として用いる場合には、反応試薬を反応容器に導入する際には、非特許文献5,9に開示されるようなマイクロ流体デバイスがしばしば用いられるが、これらの加工は非常に複雑で高価である。
更に非特許文献9にはアガロースを分散相とし油相を連続相としたエマルションの当該アガロース滴中にプライマーDNAを含ませ、アガロース滴中でPCRを行うことが開示されているが、タンパク質の合成と合成したタンパク質を固定することについての開示がない。また、多段階の生化学反応に応用する方法は開示されていない。また、マイクロ流体デバイスを用いてDNAを含ませる方法が用いられているが、マイクロ流体デバイスの加工は非常に複雑で高価である。
【0016】
また、ゲル粒子等を用いた懸濁型の並列反応において、核酸増幅反応(PCR)とタンパク質合成を連続して行おうとすると、PCRの二本鎖DNAを一本鎖DNAに熱変性(denaturation)させる際の熱(94℃)で、タンパク質合成酵素が失活してしまう問題がある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解決するため本発明に係る並列反応用懸濁液は、DNA(デオキシリボ核酸)及び特定のタグ配列を持つタンパク質を認識する物質を内部に固定したゲル粒子が液体中に分散している。
【0018】
前記DNAは核酸増幅反応プライマーとして機能するために、長さが15〜50塩基の範囲に含まれる1本鎖DNAとすることが好ましい。また、DNAがコードするタンパク質としては、プロテアーゼ、リパーゼ、アミラーゼ、セルラーゼ等の酵素や蛍光タンパク質が考えられる。
【0019】
また、前記タグ配列を持つタンパク質を認識する物質は、例えば、ニトリロ三酢酸(NTA)、抗体、グルタチオン、マルトースの何れかである。
【0020】
前記ゲル粒子を構成する材料としては、PCRを阻害しないものとして、アガロース、特に低融点アガロースが好ましい(図5)。前記1本鎖DNAやNTAをアガロースの網目構造部分に結合するリンカーとしてはポリエチレングリコールが考えられる。
【0021】
また、並列反応を行うには1つの反応容器(ゲル粒子)中に1分子のDNAが包含されることが最適である。このためには、DNA溶液を限界希釈するとともに、ゲル粒子の大きさを1〜500μmとすることが好ましい。
尚、実際には限界希釈しても1つのゲル粒子中に複数のDNA分子が包含されたり、1つのゲル粒子中に包含されるDNA分子がない場合も想定される。本発明における限界希釈の意味は、平均的に1つのゲル粒子に1つのDNAが包含される濃度である。
【0022】
また本発明に係る並列反応方法は、DNAと特定のタグ配列を持つタンパク質を認識する物質をアガロースゲル粒子中に固定化し、アガロースゲル粒子中にDNAが平均一分子含まれる濃度でアガロースゲル粒子を複数種のDNA(DNAライブラリー)が含まれる溶液中に懸濁させ、1つのゲル粒子中に1分子のDNAを固定し、この操作と同時もしくは次いで、核酸増幅反応およびタンパク質を合成するのに必要な物質を含む水溶液中にゲル粒子を懸濁させ、次いで、個々のゲル粒子中で個別の核酸増幅反応およびタンパク質合成反応を同時に並行して行うようにした。
【0023】
実際の並列反応方法においては、前記ゲル粒子中に固定するDNAを核酸増幅反応プライマーとして機能する長さが15〜50塩基の範囲に含まれる1本鎖DNAとし、核酸増幅反応によってゲル粒子中のDNAを増幅させ、この後にタンパク質を合成するのに必要な物質を導入する。
【0024】
核酸増幅反応(PCR)は熱変性して二本鎖DNAを一本鎖DNAにする際に高温(94℃)となり、タンパク質合成酵素が失活するため、核酸増幅反応(PCR)が終了した後にタンパク質を合成するのに必要なアミノ酸と酵素などを導入する。
【0025】
また、並列反応方法においては、反応中に反応物質がゲル粒子間を相互移動するのを抑制するために、核酸増幅反応およびタンパク質合成ともに水と混じり合わない液体にゲル粒子を懸濁させることが必要である。
ゲル粒子となる水溶液中に核酸増幅反応およびタンパク質を合成するのに必要な物質を導入し、次いで、水と混じり合わない液体にゲル粒子を懸濁させることで、複雑で高価なマイクロ流体デバイスを用いずとも、個々のゲル粒子中でコンパートメント化された核酸増幅反応およびタンパク合成反応を実施することが可能となる。
【0026】
また本発明に係るスクリーニング方法は、上記の並列反応に続いて、個々のゲル粒子内に固定されているタンパク質の特性を検査し、目的のタンパク質をコードするDNAを選別する。この選別は例えば、蛍光を発するゲル粒子を分取することで行う。分取の具体的な手段としては、フローサイトメトリーやマイクロマニュピュレータが挙げられる。
【0027】
本発明に係るスクリーニング方法は、核酸増幅反応プライマーとして機能することのできる15〜50塩基の1本鎖DNAと、特定のタグ配列を有するタンパク質を認識する物質としてニトリロ三酢酸(NTA)、抗体、グルタチオン、マルトースの何れかを固定したゲル粒子を用い、以下の工程1〜12からなる。
工程1
前記DNAプライマーと相補的な部位と、タンパク質をコードする遺伝子にランダムに変異が入った部位とを有する複数種のDNA(DNAライブラリー)が含まれる溶液を用意する工程。
工程2
工程1で得られた複数種のDNAが含まれる溶液を希釈し、この希釈した複数種のDNAが含まれる溶液と、核酸増幅反応に必要な物質を含む溶液と、ゲル粒子の懸濁液とを混合して、ゲル粒子内にDNAを平均1分子以下で導入・固定するとともにゲル粒子内に核酸増幅反応に必要な物質を導入する工程。
工程3
前記ゲル粒子を水と混じり合わない溶液に再び懸濁させる工程。
工程4
核酸増幅反応によって前記ゲル粒子中のDNAを増幅させる工程
工程5
ゲル粒子を水系の溶液に再び懸濁させる工程。
工程6
タンパク質を合成するのに必要な物質を含む溶液とゲル粒子の懸濁液とを混合する工程。
工程7
工程6でタンパク質を合成するのに必要な物質が導入されたゲル粒子を水と混じり合わない溶液に再び懸濁させる工程。
工程8
前記ゲル粒子内でタンパク質合成反応によってタンパク質を合成する工程。
工程9
内部でタンパク質が合成されたゲル粒子を水系の溶液に再び懸濁させる工程。
工程10
ゲル粒子とタンパク質の機能を評価する試薬とを混合する工程。
工程11
目的の機能を有するタンパク質を含むゲル粒子を分取する工程。
工程12
分取したゲル粒子中に含まれるDNA配列を解読して、目的の活性を有するタンパク質のアミノ酸配列を得る工程。
【0028】
本発明に係る別のスクリーニング方法は、相補的な配列を有するDNAを補足できる10塩基以上の1本鎖DNAと、特定のタグ配列を有するタンパク質を認識する物質としてニトリロ三酢酸(NTA)、抗体、グルタチオン、マルトースの何れかを固定したゲル粒子を用いるタンパク質のスクリーニング方法であって、以下の工程1〜9からなる。
工程1
前記ゲル粒子に固定化されたDNAと相補的な部位と、タンパク質をコードする遺伝子にランダムに変位の入った部位とを有する複数種のDNA(DNAライブラリー)が含まれる溶液を用意する工程。
工程2
工程1で得られた複数種のDNAが含まれる溶液を希釈し、この希釈された溶液を用いてゲル粒子を作製することで、ゲル粒子内にDNAが平均1分子以下の濃度で固定されたゲル粒子を作製する工程。
工程3
タンパク質を合成するのに必要な物質を含む溶液と前記ゲル粒子の懸濁液を混合する工程。
工程4
前記ゲル粒子を水と混じり合わない溶液に再懸濁する工程。
工程5
タンパク質合成反応によって前記ゲル粒子中でタンパク質を合成する工程。
工程6
前記ゲル粒子を水系の溶液に再び懸濁する工程。
工程7
前記ゲル粒子とタンパク質の機能を評価する試薬と混合する工程。
工程8
目的の機能を有するタンパク質を含むゲル粒子を分取する工程
工程9
分取したゲル粒子中に含まれるDNA配列を解読することで、目的の活性を有するタンパク質のアミノ酸配列を得る工程。
【0029】
本発明に係る別のスクリーニング方法は、相補的な配列を有するDNAを補足できる10塩基以上の1本鎖DNAと、特定のタグ配列を有するタンパク質を認識する物質としてニトリロ三酢酸(NTA)、抗体、グルタチオン、マルトースの何れかを固定したゲル粒子を用いるタンパク質のスクリーニング方法であって、以下の工程1〜9からなる。
工程1
前記ゲル粒子に固定化したDNAと相補的な部位と、タンパク質をコードする遺伝子にランダムに変位の入った部位とを有する複数種のDNA(DNAライブラリー)が含まれる溶液を用意する工程。
工程2
工程1で得られた複数種のDNAが含まれる溶液を希釈し、この希釈した複数種のDNAが含まれる溶液と、ゲル粒子の懸濁液とを混合して、ゲル粒子内にDNAを平均1分子以下で導入・固定する工程。
工程3
タンパク質を合成するのに必要な物質を含む溶液と前記ゲル粒子の懸濁液を混合する工程。
工程4
前記ゲル粒子を水と混じり合わない溶液に再び懸濁する工程。
工程5
タンパク質合成反応によって前記ゲル粒子中でタンパク質を合成する工程。
工程6
前記ゲル粒子を水系の溶液に再び懸濁する工程。
工程7
前記ゲル粒子とタンパク質の機能を評価する試薬とを混合する工程。
工程8
目的の機能を有するタンパク質を含むゲル粒子を分取する工程
工程9
分取したゲル粒子中に含まれるDNA配列を解読することで、目的の活性を有するタンパク質のアミノ酸配列を得る工程。
【0030】
本発明に係る別のスクリーニング方法は、核酸増幅反応プライマーとして機能することのできる15〜50塩基の1本鎖DNAと、特定のタグ配列を有するタンパク質を認識する物質としてニトリロ三酢酸(NTA)、抗体、グルタチオン、マルトースの何れかを固定したゲル粒子を用いるタンパク質のスクリーニング方法であって、以下の工程1〜12からなる。
工程1
核酸増幅反応プライマーと相補的な部位と、タンパク質をコードする遺伝子にランダムに変位の入った部位とを有する複数種のDNA(DNAライブラリー)が含まれる溶液を用意する工程。
工程2
工程1で得られた複数種のDNAが含まれる溶液を希釈し、この希釈した複数種のDNAが含まれる溶液と核酸増幅反応に必要な物質を含む溶液とを混合し、この希釈・混合された複数種のDNAが含まれる溶液を用いてゲル粒子を作製することで、ゲル粒子内にDNAが平均1分子以下の濃度で固定されたゲル粒子を作製する工程。
工程3
前記ゲル粒子を水と混じり合わない溶液に再び懸濁する工程。
工程4
核酸増幅反応によって前記ゲル粒子中のDNAを増幅させる工程。
工程5
前記ゲル粒子を水系の溶液に再び懸濁する工程。
工程6
タンパク質を合成するのに必要な物質を含む溶液と前記ゲル粒子の懸濁液とを混合する工程。
工程7
前記ゲル粒子を水と混じり合わない溶液に再び懸濁する工程。
工程8
タンパク質合成反応によって前記ゲル粒子中でタンパク質を合成する工程。
工程9
前記ゲル粒子を水系の溶液に再び懸濁する工程。
工程10
前記ゲル粒子とタンパク質の機能を評価する試薬とを混合する工程。
工程11
目的の機能を有するタンパク質を含むゲル粒子を分取する工程
工程12
分取したゲル粒子中に含まれるDNA配列を解読することで、目的の活性を有するタンパク質のアミノ酸配列を得る工程。
【発明の効果】
【0031】
本発明に係る並列反応用懸濁液を用いることで、例えば、1012個の反応を同時並列して行うことができる。
また、ゲル粒子からのDNAやタンパク質の溶出を防止し、ゲル粒子内での反応が効率よく行われ、且つ反応生成物であるタンパク質の回収も効率よく行われる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1】アガロースゲル粒子へプライマーDNAとNTAが固定化された本発明に係る懸濁液を説明した図
図2】アガロースへのプライマーおよびNTAの固定化を説明した化学式
図3】本発明に係るプライマーDNAが固定化されたアガロースゲル粒子懸濁液を利用した、DNA増幅反応を説明した図
図4】本発明に係るプライマーDNAが固定化されたアガロースゲル粒子懸濁液を利用した、DNA増幅反応を説明した化学式
図5】PCRを説明した図
図6】本発明に係るプライマーDNAが固定化されたアガロースゲル粒子懸濁液を利用したDNA増幅反応を用いてDNAを増幅し、増幅されたDNAが固定化されたゲル粒子の蛍光写真。PCR緑色の蛍光がPCRによって増幅されたDNAを示す。テンプレートDNAの濃度は0(A), 0.13(B), 1.3(C), 13(D)分子/ゲル粒子となるように調製されている。
図7】PCRが進んだビーズの存在確率の理論値と実験的な観測値を示した図
図8】低融点アガロースとアルギン酸カルシウムのPCR適性を比較したグラフ
図9】本発明に係るNTAが固定化されたアガロースゲル粒子懸濁液を利用した、タンパク質合成反応を説明した図
図10】本発明に係るNTAが固定化されたアガロースゲル粒子懸濁液を利用した、タンパク質合成反応を説明した化学式
図11】ゲル粒子中でのタンパク質合成を説明した図
図12】本発明に係るプライマーDNAとNTAが固定化されたアガロースゲル粒子懸濁液を利用した、DNA増幅反応とタンパク質合成反応の二段階並列反応を説明した図
図13】本発明に係るプライマーDNAとNTAが固定化されたアガロースゲル粒子懸濁液を利用した、DNA増幅反応とタンパク質合成反応の二段階並列反応を説明した化学式
図14】本発明に係るプライマーDNAとNTAが固定化されたアガロースゲル粒子懸濁液を利用した、DNA増幅反応とタンパク質合成反応の二段階並列反応によりGFPを合成し、合成された緑色蛍光タンパク質(GFP)が補足されたゲル粒子の蛍光写真。緑色の蛍光が合成されたGFPを示す。
図15】本発明に係る並列反応用懸濁液を用いたスクリーニング方法を説明した図
【発明を実施するための形態】
【0033】
図1は本発明に係る懸濁液中のゲル粒子の模式図であり、ゲル粒子は低融点アガロースからなり水溶液もしくは有機溶媒中に分散している。低融点アガロースは多糖鎖間の水素結合による網目構造を有し、この網目構造の部分にDNAおよび特定のタグ配列を持つタンパク質を認識(保持)する物質のいずれか一方もしくは両方が固定されている。
【0034】
図示例では、DNAとして核酸増幅反応プライマーとして機能する長さが15〜50塩基の範囲に含まれる1本鎖DNAを固定し、特定のタグ配列を持つタンパク質を認識する物質としてはNTA(ニトリロ三酢酸)を固定している。これらプライマー及びNTAは図2に示す臭化シアン(CNBr)による活性化反応を経て、低融点アガロースの網目構造部分に固定される。
【0035】
以下にDNAのみが固定化されたゲル粒子懸濁液を利用したDNA増幅反応を説明する。
DNAが固定化されたアガロースゲル粒子の懸濁液を用いて、核酸増幅反応を行うには、図3(a)の状態、即ち低融点アガロースの網目構造部分に核酸増幅反応プライマーが固定されている状態から、ゲル粒子をテンプレートDNAおよび増幅反応に必要な物質を含んだ水溶液中に懸濁させ、これらの分子を拡散によりゲル粒子内に供給する(図3b)。引き続き、ゲル粒子を油相中に懸濁させることで、ゲル粒子間の相互物質移動を遮蔽し(図3c)、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)によって核酸増幅反応を行う。増幅されたDNAはゲル粒子に固定化されているプライマーDNAによって補足され、ゲル粒子に固定化される(図3dおよび図4)。
【0036】
PCRは図5に示すように、加熱(約94℃)し、熱変性によってゲル粒子中の二本鎖DNAを一本鎖DNAに分離する。
次いで、55〜60℃でアニーリングすることで、一本鎖DNAを既にゲル粒子の網目構造部分に固定されているプライマーに結合させ、更にDNAポリメラーゼによる酵素反応によってプライマーを伸長させ二本鎖DNAとする。
以上の操作を繰り返すことによって、図3(d)に示すように、1つのゲル粒子内に同一の塩基配列を有するDNAが高濃度に存在することになる。
【0037】
図6に増幅されたDNAが固定化されたゲル粒子の蛍光写真を示す。緑色の蛍光はPCRによって増幅されたDNAを示す。テンプレートDNAの濃度に依存して、緑色の蛍光を有するゲル粒子の割合が増加している。
【0038】
図7に蛍光を有するゲル粒子、つまりDNA増幅反応が進んだゲル粒子の存在確率の理論値と実験的な観測値の比較を示す。ゲル粒子に導入したテンプレートDNAの濃度と実際にPCRが進んだゲル粒子の存在割合とには、きれいな相関が確認された。これにより、油相中に分散したゲル粒子が独立したコンパートメントとして機能し、個々のゲル粒子内でDNA増幅反応が並列的に行われたことが確認された。
【0039】
また、図8では、アガロースゲル粒子中とアルギン酸カルシウムゲル粒子中でのPCR反応の増幅特性を検討した。この結果、PCRによるDNAの増幅反応はアガロースゲル粒子中ではバッファー中と遜色ない増幅を示したが、アルギン酸カルシウムゲル中では、ほとんど増幅が確認されなかった。以上の結果より、ゲル粒子の構成材料として、アガロースが好ましいことが確認された。
【0040】
以下にNTAのみが固定化されたゲル粒子懸濁液を利用したタンパク質合成反応を説明する。
NTAが固定化されたアガロースゲル粒子の懸濁液を用いて、無細胞タンパク質合成反応を行うには、図9(a)の状態、ゲル粒子をアミノ酸配列をコードしたDNAおよび無細胞タンパク合成反応に必要な物質(アミノ酸、酵素、ATPなど)を含んだ水溶液中に懸濁させ、これらの分子を拡散によりゲル粒子内に供給する(図9b)。引き続き、ゲル粒子を油相中に懸濁させることで、ゲル粒子間の相互物質移動を遮蔽し(図9c)、37℃でインキュベーションすることでタンパク質合成反応を行う。合成されたタンパク質はゲル粒子に固定化されているNTAによって補足され、ゲル粒子に固定化される(図9dおよび図10)。
【0041】
これを図11に基づいて詳細に説明すると、RNAポリメラーゼがDNAの二重螺旋の一部をほどいて塩基を剥き出しにし、剥き出しになった塩基を鋳型にしてmRNAが転写され、このmRNAの情報に基づいてtRNAが必要なアミノ酸を集めてリボソーム(ribosome)でタンパク質を合成する。そして、合成されたタンパク質はNTAに結合する。
【0042】
以下にDNAおよびNTAが固定化されたゲル粒子懸濁液を利用したDNA増幅反応とタンパク質合成反応の二段階反応を説明する。
DNAおよびNTAが固定化されたアガロースゲル粒子の懸濁液を用いて、DNA増幅反応に引き続き、無細胞タンパク質合成反応を行うには、図1の状態、即ち低融点アガロースの網目構造部分に核酸増幅反応プライマーとNTAが固定されている状態からゲル粒子をテンプレートDNAおよび増幅反応に必要な物質を含んだ水溶液中に懸濁させ、これらの分子を拡散によりゲル粒子内に供給する(図12a)。引き続き、ゲル粒子を油相中に懸濁させ、適切なサーマルサイクルを行うことで、独立したコンパートメント内でPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)によって核酸増幅反応を行う。増幅されたDNAはゲル粒子に固定化されているプライマーDNAによって補足され、ゲル粒子に固定化される(図12bおよび図13)。その結果、1つのゲル粒子内に同一の塩基配列を有するDNAが高濃度に存在することになる。
【0043】
次いで、図12(c)に示すように、PCRが終了したゲル粒子にタンパク質合成に必要な物質(アミノ酸、酵素、ATPなど)を染み込ませゲル粒子中で無細胞タンパク質合成を行わせる。
【0044】
合成されたタンパク質は、図12(d)に示すように、NTAに結合する。 図14にDNA増幅反応と無細胞タンパク質合成反応の二段階並列反応により合成されたタンパク質が固定化されたゲル粒子の蛍光写真を示す。緑色の蛍光は無細胞タンパク質合成によって合成された緑色蛍光タンパク質(GFP)の蛍光を示す。これにより、アガロースゲル粒子に複数のリガンド(DNAおよびNTA)を固定することで、核酸増幅反応と無細胞タンパク質合成反応の二段階の生化学反応を独立したコンパートメント内で行うことが可能であることが確認された。
【0045】
以上が本発明に係る懸濁液中の1個のゲル粒子内の反応であるが、この懸濁液を用いた並列反応とスクリーニングについて図15に基づき以下に述べる。
先ずDNAライブラリーを限界希釈し、ゲル粒子を作製する。希釈濃度およびゲル粒子の大きさは、ゲル粒子1つにDNAが1分子のみ入るようにする。現実にはゲル粒子の数は極めて多いため、すべてのゲル粒子にDNAが正確に1分子含まれる分けではなく、中にはDNAが入っていないものや複数入っているゲル粒子も存在するが、並列反応を行うには問題とならない。
【0046】
次いで、前記したPCRにより、各ゲル粒子内で核酸増幅反応を行い、更にタンパク質合成に必要な物質をゲル粒子内に供給してゲル粒子内で無細胞タンパク質合成を行う。
【0047】
目的とするタンパク質が合成されているゲル粒子を他のゲル粒子と分けるため、FACS(登録商標)などのフローサイトメトリー(flow cytometory)を用いて分取する。具体的にはタンパク質が内部で合成されているゲル粒子を1個づつシース流に送り出し、流路の途中でレーザ光を照射する。目的のタンパク質が内部で合成されているゲル粒子は蛍光抗体で染色され、他のゲルと区別されるので、そのゲル粒子を正に荷電し、下流側に負に荷電した偏向板によって他のゲルから分離して回収される。
【0048】
このようにして並行反応とスクリーニングを行うことで、目的のタンパク質を合成するDNAを特定することができる。
【0049】
次に本発明に係るスクリーニング方法を進化工学的手法に基づく酵素の改変に利用する例を説明する。ここで、進化工学的手法は合理的にタンパク質を改変する手法に対立する手法である。合理的手法はコンピュータシミュレーションによって、タンパク質の立体構造に基づき、改変に有効な変異部位を割り出し、候補となるタンパク質を実験的に作り出して検証する手法である。一方、進化工学的手法は対象とする遺伝子にランダムに変異を入れ、変異酵素ライブラリーをスクリーングし、形質の向上した変異酵素を選抜し、更にこの変異酵素の遺伝子にランダムに変異を入れ、より形質が向上した変異酵素を選抜する方法である。
【0050】
進化工学的手法において、遺伝子に変異を入れる手法としては、Overlap Extension PCR法、エラープローンPCR法、サチュレーション変異法、DNAシャッフリング法などが挙げられる。
【0051】
以下に、Overlap Extension PCRを用いて変異を導入した酵素アルカリフォスファターゼ(E.coli. Alkaline Phospatase、以下ERPと記す)の変異体ライブラリーから高活性体を取得するためのスクリーニング方法を記載する。
【0052】
(1)ランダム変異を導入したDNAライブラリーの構築
(1.1)野性型ERPコード直鎖DNAの作成
野性型ERPをコードしたDNAとして、pUT/phoA Vector (Biuomedal) のAlkaline Phospataseコード領域を利用する。RTS 100 E.coli lin tempGenSet, His-tag kit (5prime)を用いて、pUT/phoA Vector (Biuomedal) のAlkaline Phospataseコード領域を直鎖DNAとして増幅する。この直鎖DNA作製はキットのプロトコルに従い、二回のPCRによって行われる。この2回のPCRの反応条件は下記の通りである。
【0053】
1回目のPCR
使用したプライマーの配列を次に示す。 プライマーの設計にはprimer3を用いた。(left primer及びright primerについては図5参照)
left primer; CTTTAAGAAGGAGATATACCATGACACCAGAAATGCCTGTTCTG, right primer; TGATGATGAGAACCCCCCCCTTTCAGCCCCAGAGCG
PCRを行うにあたり、PCR溶液の各成分を最終濃度 として、300nM left primer, 300nM right primer, 2.5mM MgCl2, 250μM 各dNTP, 3U Expand High Fidelity Enzyme mix (Roche),1ng pUT/phoA Vectorとなるように添加し、PCR grade waterで総量を50uLにして調製した。PCRにおけるサーマルサイクルの条件は、 94℃で4分、その後 (94℃で 1分, 60℃で30秒, 72℃で1分)を25サイクル、さらに72℃で7分加熱することで行った。サーマルサイクルにはTakara Thermal cycler Dice Real Time PCR Systemを用いた。
【0054】
2回目のPCR
プライマーはTS 100 E.coli lin tempGenSet, His-tag kitに含まれるT7プロモータープライマーおよびT7ターミネータープライマーを用いた。これらのプライマーを用いてPCRを行うことで、Alkaline Phospataseコード領域N末端にT7プロモーター領域、C末端にT7ターミネーター及びHis-tagコード領域を付加した形で直鎖DNAを作製することができる。
【0055】
PCRを行うにあたり、PCR溶液の各成分を最終濃度として、480nM T7プロモータープライマー, 480nM T7ターミネータープライマー, 2.5mM MgCl2, 250uM 各 dNTP, 3U Expand High Fidelity Enzyme mix, 300ng 1回目のPCR 産物となるように添加し、PCR grade waterで総量を50uLにして調製した。PCRにおけるサーマルサイクルの条件は1回目のPCRの条件と同じである。
【0056】
また、1回目のPCR及び2回目のPCR後の反応液はHigh Pure PCR Product Purification Kit (Roche)を用いて目的DNA断片のみに精製しNano drop (Thermo Fisher Scientific)を用いて定量した。その後アガロース電気泳動(4wt% agarose, 100V, 30min, TAE buffer) を行いTAE buffer (Ph 8.0) 10000倍希釈Sybr Green I(Roche)で染色し観察する事で、目的生成物の生成を確認した(1回目のPCRの生成物;1373塩基, 2回目のPCRの生成物;1763塩基)。
【0057】
(1.2) 野性型ERP活性部位への変異の導入
Overlap extension PCR法 (Steffan N. Ho, Site-directed mutagenesis by overlap extension using polymerase chain reaction, 1989.) を用いて、前述の野性型ERPコード直鎖DNAの活性部位周辺のアミノ酸三か所 [100番目のスレオニン(T), 101番目のアルギン酸(D), 102番目のセリン(S)]に網羅的な変異を導入した。実際の操作プロトコルを以下に示す。
【0058】
まず、二種類の異なるPCR(First PCR 1と First PCR 2)を行う。ここで使用したプライマーの配列を次に示す。
First PCR 1
left primer; CGGCGTAGAGGATCGAGA,
right primer ; TGATGCAGCNNNNNNNNNGACGTAGTCC,
First PCR 2
left primer; GGACTACGTCNNNNNNNNNGCTGCATCA
right primer ; ACCCCTCAAGACCCGTTTAG
【0059】
PCRを行うにあたり、PCR溶液の各成分を最終濃度 として、300nM left primer, 300nM right primer, 2.5mM MgCl2, 250uM 各 dNTP, 3U Expand High Fidelity Enzyme mix, 10ng 野性型ERPコード直鎖DNAとなるように添加し、PCR grade waterで総量を50uLにして調製した。PCRにおけるサーマルサイクルの条件は、1)のPCRの条件と同じである。生成物を精製後、定量および電気泳動による分子量確認を行った(First PCR 1 生産物;435塩基, First PCR 2 生産物;1241塩基)。
この二種類の異なるPCRによって生成された二種類のDNAは、変異導入箇所及び周辺に共通の配列を持つことになる。
【0060】
次に、この共通の配列(TGATGCAGCNNNNNNNNNGACGTAGTCC)をのりしろとして、二種類のDNAをPCRによって繋いだ。ここで使用したプライマーの配列を次に示す。
left primer; CGGCGTAGAGGATCGAGA,
right primer; ACCCCTCAAGACCCGTTTAG,
【0061】
PCRを行うにあたり、PCR溶液の各成分を最終濃度として、300nM left primer, 300nM right primer, 2.5mM MgCl2, 250μM 各 dNTP, 3U Expand High Fidelity Enzyme mix, 10ng 野性型ERPコード直鎖DNAとなるように添加し、PCR grade waterで総量を50uLにして調製した。PCRにおけるサーマルサイクルの条件は、1)のPCRの条件と同じである。生成物を精製後、定量および電気泳動による分子量確認を行った(1,643塩基)。
【0062】
(2)プライマーDNAおよびNTA固定化ゲル粒子の作製
ゲル粒子として臭化シアン化セファロース (CNBr - activated Sepharose 4B Fast Flow、GE Heath care)を用い(図2参照)、乾燥重量180mgのセファロースを2mLの0.1mM HCl水溶液で洗浄し、900uLまで膨潤させ、1mLだけ上澄みを除去した。(900uL分のゲル粒子はおおよそ106個と考えられ、全てのゲル粒子内で独立的な反応が進んだ場合、アミノ酸三箇所の全変異13824通りを網羅できると考えられる。)
【0063】
次に0.1 M炭酸水素ナトリウム水溶液1mLを加え、洗浄し上澄みを除去することを三回繰り返した。その後5’アミノ化リバースプライマー
(NH2-TTTTTTTTACCCCTCAAGACCCGTTTAG) 1.08 nmolおよびAB-NTA (Dojindo) 9.9 nmolを0.1 M炭酸水素ナトリウム水溶液 1mL中に添加し、同セファロースと混合し、4℃で一晩撹拌した。その後、余剰のCNBr活性部位を十分量の1.0Mグリシン溶液と反応させ不活性化した。最後に同ゲル粒子を十倍量の2.5mM MgCl2 in 0.1M NaHCO3 aqで6回洗浄した。
【0064】
(3)ゲル粒子内でPCR
作製した粒子900uLに限界希釈濃度2.0 [copy/bead]となるようにERP変異体ライブラリー水溶液を添加し、同時にPCR系900uLを添加した。この時のPCR系の各成分の濃度として、300nMフォワードプライマー(CGGCGTAGAGGATCGAGA, 500uM 各 dNTP, 100U Expand High Fidelity Enzyme mixとなるように添加し、PCR grade waterで総量を900uLにして調製した。PCR系とゲル粒子を撹拌することで、分子を拡散によりゲル粒子内に供給した。
【0065】
ゲル粒子のコンパートメント化のため、PCR試薬を供給後、PCR反応溶液からゲル粒子を回収し、ピペッティングにより油相中に再分散させ、サーマルサイクルを行った。サーマルサイクルの条件は94℃で4分、その後 (94℃で 1分, 60℃で1分, 72℃で1分)を25サイクル、さらに72℃で7分加熱することで行った。油相にはspan80 1 wt%, Sun Soft 818SK (Taiyou Kagaku)4 wt%を溶解したミネラルオイルを用いた。反応後はゲルビースを2mLのヘキサンで二回洗浄後、2mLの水で二回洗浄した。次に塩化ニッケル水溶液で洗浄することで、Ni2+を加えNi-NTA複合体を形成させた。過剰量のニッケルイオンはこの後に十倍量の水で8回洗浄することで十分希釈した。
【0066】
(4)ゲル粒子内での無細胞タンパク質合成
PCR後のゲル粒子900uLをRTS 100 E. coli HY Kit (Roche) 100uLと粒子を混合し、タンパク質合成系を粒子内に4℃で供給後、油相に再分散させ30℃で6時間、4℃で24時間静置し各ゲル粒子内でHis-tag-mutation ERPの合成を行った。油相にはspan80 1 wt%, PGCR (Taiyou Kagaku) 4 wt%を溶解したミネラルオイルを用いた。反応後はゲルビースを2mLのヘキサンで二回洗浄後、2mLのph 10 bufferで二回洗浄した。
【0067】
(5)高活性ERPが発現したゲル粒子の探索と分取
ERPと反応して蛍光(Excitation/Emission= 345/530) 沈殿を形成するELFR 97 Phosphatase Substrate (Invitrogen) 100(in ph 10 buffer )倍希釈液1mLと無細胞タンパク質合成後のゲル粒子900uLを混合させ室温で1h反応させる。その後pH 8.0 buffer で洗浄し蛍光顕微鏡下で観察する。ゲル粒子の懸濁液を直径10cmのディッシュに展開し、ピペットマンにより粒子近傍の液体ごとゲル粒子を採取することで、蛍光を有するゲル粒子を分取した。
【0068】
(6)分取されたゲル粒子内のDNA配列及び変異体ERPの活性評価
蛍光を有する個々のゲル粒子を1個ずつ個別にPCR試薬中に添加し、PCRを行った。このPCR試薬に含まれるプライマーの配列を次に示す。
left primer; CGGCGTAGAGGATCGAGA,
right primer ACCCCTCAAGACCCGTTTAG,
【0069】
PCR試薬中には、PCR溶液の各成分を最終濃度 として、300nM left primer, 300nM right primer, 2.5mM MgCl2, 250uM 各 dNTP, 3U Expand High Fidelity Enzyme mix,が含まれており、PCR grade waterで総量を50uLとなるように調製した。
サーマルサイクルの条件は94℃で4分、その後 (94℃で 1分, 60℃で1分, 72℃で1分)を25サイクル、さらに72℃で7分加熱することで行った。生成物を精製後、定量および電気泳動による分子量確認を行った(1,643塩基)。次にABI 3500x1 genetic analyzer (Applied Biosystems)を用いて各DNA配列を解析した。野生型ERPと異なる配列を持ったDNAのみをRTS 100 E. coli HY Kit (Roche)を用いてマイクロプレート上で発現した。その後ELFR 97 Phosphatase Substrate (Invitrogen) 100倍希釈液1mL (in pH 8.0)を各ウェルに添加し、プレートリーダーで蛍光強度を経時的に読み取ることで、kcat及びKm値を算出した。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明に係る懸濁液は、多数の細胞の中から目的物質の分泌量の多い細胞を探索したり、ランダムに変異が入った多くの候補タンパク質の中から目的とする活性を有する酵素を探索する際の並列反応に利用できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15