【実施例】
【0039】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。尚、剥離温度、微結晶粒の平均粒径及び体積分率、磁気特性は下記の方法により求めた。
【0040】
(1)剥離温度の測定
ノズルから吹き付ける窒素ガスにより冷却ロールから剥離するときの合金薄帯の温度を放射温度計(アピステ社製、型式:FSV-7000E)により測定し、剥離温度とした。
【0041】
(2)
微結晶粒の平均粒径及び体積分率の測定
微結晶粒(初期微結晶粒も同じ)の平均粒径は、各試料の透過型電子顕微鏡(TEM)写真等から任意に選択したn個(30個以上)の微結晶粒の長径D
L及び短径D
Sを測定し、Σ(D
L+D
S)/2nの式に従って平均することにより求めた。また各試料のTEM写真等に長さLtの任意の直線を引き、各直線が微結晶粒と交差する部分の長さの合計Lcを求め、各直線に沿った結晶粒の割合L
L=Lc/Ltを計算した。この操作を5回繰り返し、L
Lを平均することにより微結晶粒の体積分率を求めた。ここで、体積分率V
L=Vc/Vt(Vcは微結晶粒の体積の総和であり、Vtは試料の体積である。)は、V
L≒Lc
3/Lt
3=L
L3と近似的に扱った。また、数密度(2次元的に観察したもの)については、各試料のTEM写真等から目視で確認できる単位面積当たりの微結晶粒の数を求めた。
【0042】
(3)磁気特性の測定
120mm単板試料を直流磁化自動記録装置(メトロン技研社製)により、B-H曲線を求め、80 A/mにおける磁束密度
B
80 、800 A/mにおける磁束密度
B
800 、8000 A/m における磁束密度 B
8000(ほぼ飽和磁束密度Bsと同じ)及び残留磁束密度Brを測定し、B
80/B
800、B
r/B
80を求めた。尚、ここでB
800 をとったのは、本発明に係る合金ではこのB
800領域の飽和性が悪くなる傾向にある。そこでB
80/B
800の比が1 に近いほど、この領域の飽和性が良いことを示す指標になるからである。
鉄損については、120mm単板試料を交流磁気特性評価装置(東英工業製)により、1.5 T、50 Hz における鉄損P、皮相電力S(励磁VA)の測定を行った。
【0043】
(実施例1)
表1に示す組成についてCu量に対しAg量を変えたナノ結晶軟磁性合金の薄帯を下記により製造した。
各組成(原子%)を有する合金溶湯(1300℃)を銅合金製の冷却ロール(幅:168mm、周速:27m/s、冷却水の入口温度:約60℃、出口温度:約70℃)を用いて、大気中で超急冷し、250℃の薄帯温度でロールから剥離し、幅25mm、厚さ約12〜25μm、長さ約10000mの初期微結晶合金の薄帯を作製した。尚、厚さが異なるのはCu量が多いほど薄くして薄帯の冷却速度がほぼ同じになるように調整したためである。ただ、Ag量が0.1原子%の薄帯は、靭性が低く破断するため巻取りは困難であった。よって床に出しのまま製造した。
Ag量が0.1原子%未満の場合は、巻取りが行え最後まで製造ができた。出湯直後で巻取り前段階の薄帯は、曲げ半径0.5mmまで或いは密着するまで破断することなく180度曲げが可能であった。尚、任意箇所で初期微結晶粒の平均粒径と体積分率を測定した結果、各薄帯とも非晶質母相中に平均粒径30nm以下の初期微結晶粒が30%未満の割合で分散した組織を有することが確認された。
【0044】
その後、それぞれの薄帯から採取した120mm単板試料を熱処理炉に投入し、約15分で430℃まで昇温した後、1時間保持する低温低速の熱処理を施し、ナノ結晶軟磁性合金の薄帯を作製した。
【0045】
各試料について微結晶粒の平均粒径と体積分率を測定した。
また、Agが0.05原子%の実施例(No.6)と、Ag無しの比較例(No.5、7)については、熱処理前と熱処理後のロール面の組織観察(TEM)写真を示す。
図2〜
図4は熱処理前で、
図2は実施例(No.6)、
図3は比較例(No.7)、
図4は比較例(No.5)である。また、
図5〜
図7は熱処理後を示し、
図5は実施例(No.6)であり(A)は全体像、(B)は表面近傍の拡大像である。
図6は比較例(No.7)、
図7は比較例(No.5)を示している。(A)、(B)については
図5と同様である。
測定結果を表1に示す。尚、*を付したものが実施例である。
【0046】
【表1】
【0047】
ナノ結晶軟磁性合金の軟磁気特性の発現には、微細結晶粒径が小さいことが非常に重要な要素として知られているが、それと同様に組織が均一で、且つナノ結晶粒が密に詰まっていることが重要となる。結晶粒径が多少大きくなった場合でも磁気的相関長の目安となる磁壁幅(数十nmあると言われている。)よりも小さい範囲内で他の結晶粒と近接している場合、それぞれの結晶粒の結晶磁気異方性は、他の結晶粒の作る磁場により影響を受け、実効的な結晶磁気異方性は低下する。一方、粗大化した結晶粒が孤立すると、その結晶粒内の結晶磁気異方性が独立して現れるため強い磁気異方性を示し、いわゆるピン止めサイトを形成し易くなる。ピン止めサイトについては後述するB-H曲線で示すが、Ag無しの場合に表れることが分かった。このような観点から熱処理前の組織を見ると、Agを添加した例の
図2では、一つ一つの結晶粒径が小さく、且つ均質に分散していることが分かる。これに対し、Ag無しの
図3、
図4では、初期微結晶粒が凝集し粒径サイズがまばらになっていることが分かった。このようなことからも上述したようにAgは初期微結晶粒の均一な核生成を促す効果があることが確認された。
【0048】
また、Agがあると板厚が薄い状態、すなわち冷却速度が速い場合でも初期微結晶粒が析出するのに対し、Agが無いものでは、板厚を厚くし冷却を遅くしないと、冷却過程における過冷却状態中のCuが過飽和に達さず、析出してこないことがある。その結果、部分的な結晶粒の凝集、成長が起きやすくなると考えている。
【0049】
次に
図5〜
図7の組織観察結果から、熱処理後の組織は何れの合金組成でも最表面近傍では内部の母相組織よりも平均粒径が大きくなる傾向が見られる。Agを添加した
図5とAgが無い
図6、
図7を比べると、例えば、表層から深さ0.5μmまでの領域の数密度は、
図5では250 個/μm
2、
図6では160個/μm
2、
図7では150個/μm
2程度であり、Ag入りのものでは表層近傍までナノ結晶粒の数密度が高いことが分かる。また、深さごとの結晶粒径のバラツキが少なく、細かい結晶も混ざっており、最大粒径も小さい。磁気特性が急激に悪化する80 nm 以上の結晶粒の割合は、ほぼ50% 以下であると言える。よって、内部組織は、Agを適量だけ添加したものが分布および平均粒径共に小さく、軟磁気特性の向上に貢献していると考えられる。軟磁気特性については後述する。
【0050】
次に、表1の単板試料によりB-H曲線を求めた。磁束密度B
80とB
800、飽和磁束密度B
8000及びB
rと、保磁力(Hc)及び1.5T、50Hzでの鉄損P(W/Kg)、皮相電力Sを測定した。以上の結果を表2に示す。
また、Agの有無によるB-H曲線を併記したものを
図8〜
図11に示す。
図8はCuとAgの総量が1.25原子%の場合で、Ag無しの比較例(No.1)を点線で、Ag量が0.01原子%の実施例(No.2)を実線で示している。
図9は同じく0.05原子%の実施例(No.3)、
図10はCuとAgの総量が1.30原子%の場合で、Ag無しの比較例(No.5)を点線で、Ag量が0.05原子%の実施例(No6)を実線で示し、
図11はCuとAgの総量が1.40原子%の場合で、Ag無しの比較例(No.7)を点線で、Ag量が0.05原子%の実施例(No.8)を実線で示している。
【0051】
【表2】
【0052】
表2および
図8〜
図11から、Agの有無とB-H曲線の形状変化に関して以下のことが分かる。Cu量が1.25原子%を基準にして、Ag無しの比較例(No.1)では保磁力が180A/mと高い、対してAgを添加した場合、0.01原子%の微量でも保磁力は約6.5A/mまで減少し、磁束密度B
80は1.6T以上となっている。さらに、Agを0.05原子%添加した場合も保磁力は5.5A/mまで減少し、B
80は1.64Tとなった。
一方、Ag量が0.1原子%では、軟磁気特性自体は悪くないものの生産性の面で問題がある。即ち、比較例(No9)のように板厚をかなり薄くしても初期微結晶粒の析出が多くCuクラスタリングの助長効果が高く現れてくる。これは生産性の面からみると不安定であり、実際、薄帯は靭性が低く破断してしまい巻き取ることができなかった。Ag量が0.1原子%以上では、Ag単相の析出物も現れると考えられるので量産には適さない。
次に、Cu量が1.30原子%の場合もAg量が0.05原子%でも保磁力は5.5 A/mまで減少し、B
80は1.62Tとなった。また、Ag量を0.02原子%、0.03原子%とした場合も同様に保磁力は6.0A/m以下、B
80は1.65T以上となっている。また、皮相電力Sは、Ag入りの場合は概ね0.5VA/Kg以下に収まっている。尚、Cu量が1.4〜1.6原子%の場合についても、Ag量が0.05原子%だけでも保磁力は減少し、磁束密度B
80は上昇することが確認された。
以上のことからAg量は0.1原子%未満であることが良く、0.01〜0.05原子%が好ましく微量でも効果が高い。このことからAg量の下限は、0.005原子%でも同様の効果が得られると考えている。
【0053】
また、Agを入れていない比較例では、結晶粒が大きめで保磁力や鉄損にもその影響が出ており、実施例よりも低めの特性となった。尚、
図8の比較例(No.1)の保磁力が高くなったのは、初期微結晶粒の析出が不足したため、粗大結晶粒相の領域が広がったことが原因であると考える。
以上より本発明のナノ結晶軟磁性合金は、1.7T以上の飽和磁束密度を維持し、且つ6.5A/m以下の保磁力と、1.5T、50Hzでの鉄損を0.26W/Kg以下にすることができている。
【0054】
次に、B-H曲線に注目してみると、Ag無しの場合のB-H曲線は高磁束密度領域でカーブが膨らんでピン角となり、いわゆるピン止めサイトを形成していることが分かる。このピン止めサイトの領域は異方性が強く磁気的飽和性が悪くなる。組織の磁化過程に起因して現れていると考えられるが、この領域が存在することで減磁過程におけるH=0A/m以下の磁束密度の減少の仕方が異なる。即ち、
図10に特徴的に表れているように、Ag入りの場合は減磁カーブが緩やかであるのに対し、Ag無しの場合はピン止角sから急峻に減少する。急峻な分だけ磁化過程における磁壁の移動速度が速くなることを意味する。渦電流損Peは、磁束密度Bと時間tの変化に比例(Pe∝dB/dt)するので移動速度dtが速く(小さく)なるほど渦電流損は増加する。これは結果的に鉄損の増大につながる。実際、1.5T、50Hzの鉄損は、Agを0.05原子%だけ入れた実施例(No.3)では0.23W/kgであるが、Agを入れない比較例(No.7)で0.32W/kg、比較例(No.5)で0.41W/kgと増加している。また、B-H曲線上では角形性に反映され、B
80/B
800は0.90以上と飽和性は高いが、B
r/B
80も0.9以上となり角形性の増加を抑えることができていない結果となっている。即ち、ピン止角が立ちピン止め作用が働いて磁壁の移動を妨げていると言える。
【0055】
(実施例2)
表3に示す組成について実施例1と同様にナノ結晶軟磁性合金の薄帯を製造した。但し、熱処理を下記の高温高速の熱処理とした。即ち、それぞれの薄帯から採取した120mm単板試料を熱処理炉に投入し、300℃から保持温度までの昇温速度を変えて保持温度450℃で5分間保持する熱処理を施した。
尚、熱処理前の薄帯について、任意箇所で初期微結晶粒の平均粒径と体積分率を測定した結果、各薄帯とも非晶質母相中に平均粒径30nm以下の初期微結晶粒が30%未満の割合で分散した組織を有することが確認された。
【0056】
次に、磁束密度B
80とB
800、飽和磁束密度B
8000及びB
rと、保磁力(Hc)及び1.5T、50Hzでの鉄損P(W/Kg)、皮相電力Sを測定した。以上の結果を表4に示す。
表3、表4の結果より、Cu量とAg量の総量xが少ない場合でもAgを少量添加するだけで粗大結晶粒相の領域は少なくなり、平均結晶粒径が小さく深さによるバラツキもほとんど見られなくなっている。その結果、軟磁気特性も満足するものであった。一方、Agが無いものでは、製造過程での冷却能力の影響をそのまま受けて初期微結晶粒の析出が減り、表層から母相に渡り粗大結晶粒相が形成されたものと考えられる。
また、同じ昇温速度でもAgが微量にあるだけで保磁力は急激に低減し、磁束密度B
80、B
800、B
8000と共に向上している。B
r/B
80も0.8以下となりピン止角が取れて、結果的に鉄損の低減効果が表れている。特に実施例(No.17)では昇温速度を遅くしても高速の場合と同等の結果が得られていることから熱処理設備などの制約の緩和が期待できる。逆にAgが無い場合の軟磁気特性は全てにおいて満足できるものではない。特に保磁力やB
r/B
80が非常に高く鉄損の測定は不可である。
【0057】
【表3】
【0058】
【表4】
【0059】
本発明において、Cu量とAg量の比率は、上記実施例に限らず薄帯の靭性と磁気特性の兼ね合いで決めるのが良い。例えば、合金薄帯として使用する場合は、巻取り性やその後の薄帯のハンドリング性から極力靱性を有していることが好ましく、この場合にはAgを0.05原子%以下を目途とすることが良い。また、合金薄帯を粉砕して粉末が欲しい場合には、合金薄帯が脆化している方が良いので、この場合にはAgを0.05原子%超え、0.1原子%未満を目途とすることが良い。
【0060】
尚、本発明はFe-B-Si系の非晶質母相中にCuクラスタリングを利用して効果的なナノ結晶組織を発現させることを趣旨とするものである。従い、このようなメカニズムを用いる限り上記実施例の組成に限らず、非晶質母相中に初期微結晶化し得る組成であれば良い。