(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6041231
(24)【登録日】2016年11月18日
(45)【発行日】2016年12月7日
(54)【発明の名称】金型用プリハードン鋼材の製造方法および冷間加工用金型の製造方法
(51)【国際特許分類】
C21D 9/00 20060101AFI20161128BHJP
C21D 8/00 20060101ALI20161128BHJP
B21D 37/01 20060101ALI20161128BHJP
B21D 37/20 20060101ALI20161128BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20161128BHJP
C22C 38/60 20060101ALN20161128BHJP
【FI】
C21D9/00 M
C21D8/00 A
C21D8/00 D
B21D37/01
B21D37/20 Z
!C22C38/00 301H
!C22C38/00 302E
!C22C38/60
【請求項の数】11
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2015-227417(P2015-227417)
(22)【出願日】2015年11月20日
(62)【分割の表示】特願2015-508213(P2015-508213)の分割
【原出願日】2014年3月3日
(65)【公開番号】特開2016-106176(P2016-106176A)
(43)【公開日】2016年6月16日
【審査請求日】2015年11月26日
(31)【優先権主張番号】特願2013-74239(P2013-74239)
(32)【優先日】2013年3月29日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(72)【発明者】
【氏名】庄司 辰也
(72)【発明者】
【氏名】伊達 正芳
【審査官】
田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2012/043228(WO,A1)
【文献】
特開2001−49394(JP,A)
【文献】
特開2001−294974(JP,A)
【文献】
国際公開第2012/115025(WO,A1)
【文献】
特開平8−92657(JP,A)
【文献】
特開2006−150487(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/00− 9/44
C21D 8/00− 8/10
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
58HRC以上の硬さを有する冷間加工用金型の製造に供されるプリハードン鋼材の製造方法であって、
鋼塊を熱間加工して、鋼片を得る第1工程と、
前記第1工程で得た鋼片に焼入れおよび焼戻しを実施して、硬さが58HRC以上であり、断面組織中における円相当径で5μm以上の一次炭化物が2面積%以下である鋼素材を得る第2工程と、
前記第2工程で得た鋼素材を切断して、冷間加工用金型の寸法に対応した大きさのプリハードン鋼材を得る第3工程と、
を備えることを特徴とする金型用プリハードン鋼材の製造方法。
【請求項2】
前記プリハードン鋼材の大きさが、少なくとも、厚み300mm、幅700mmの寸法であることを特徴とする請求項1に記載の金型用プリハードン鋼材の製造方法。
【請求項3】
前記第2工程での鋼素材の硬さは、60HRC以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の金型用プリハードン鋼材の製造方法。
【請求項4】
前記第2工程で実施する鋼片への焼入れは、前記第1工程で鋼塊を熱間加工して得た鋼片に焼鈍を行ってから実施することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の金型用プリハードン鋼材の製造方法。
【請求項5】
前記第2工程で実施する鋼片への焼入れは、前記第1工程で鋼塊を熱間加工して得た鋼片に続けて実施する直接焼入れであることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の金型用プリハードン鋼材の製造方法。
【請求項6】
58HRC以上の硬さを有する冷間加工用金型の製造方法であって、
鋼塊を熱間加工して、鋼片を得る第1工程と、
前記第1工程で得た鋼片に焼入れおよび焼戻しを実施して、硬さが58HRC以上であり、断面組織中における円相当径で5μm以上の一次炭化物が2面積%以下である鋼素材を得る第2工程と、
前記第2工程で得た鋼素材を切断して、冷間加工用金型の寸法に対応した大きさのプリハードン鋼材を得る第3工程と、
前記第3工程で得たプリハードン鋼材を金型の形状に機械加工して、冷間加工用金型を得る第4工程と、
を備えることを特徴とする冷間加工用金型の製造方法。
【請求項7】
前記プリハードン鋼材の大きさが、少なくとも、厚み300mm、幅700mmの寸法であることを特徴とする請求項6に記載の冷間加工用金型の製造方法。
【請求項8】
前記第2工程での鋼素材の硬さは、60HRC以上であることを特徴とする請求項6または7に記載の冷間加工用金型の製造方法。
【請求項9】
前記第2工程で実施する鋼片への焼入れは、前記第1工程で鋼塊を熱間加工して得た鋼片に焼鈍を行ってから実施することを特徴とする請求項6ないし8のいずれかに記載の冷間加工用金型の製造方法。
【請求項10】
前記第2工程で実施する鋼片への焼入れは、前記第1工程で鋼塊を熱間加工して得た鋼片に続けて実施する直接焼入れであることを特徴とする請求項6ないし8のいずれかに記載の冷間加工用金型の製造方法。
【請求項11】
さらに、
前記第4工程で得た冷間加工用金型の表面に、表面処理を実施する第5工程と、
を備えることを特徴とする請求項6ないし10のいずれかに記載の冷間加工用金型の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、家電、携帯電話や自動車等の関連部品の成形に用いられる冷間加工用金型において、該金型用鋼素材およびその製造方法、該金型用プリハードン鋼材の製造方法に関するものである。そして、冷間加工用金型の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
板材の曲げ、絞り、抜きといったプレス成形等に用いられる冷間加工用金型は、その全体の寸法に対応した鋼材を予め準備してから、この鋼材に穴あけや切削等の機械加工を行うことで、金型の形状に整えられる。また、冷間加工用金型は、その使用時の耐摩耗性を付与するために、金型作製時の焼入れ焼戻し処理によって所望の硬さに調整される。そして、最近の被成形材の高強度化によって、上記金型の焼入れ焼戻し硬さには58HRC以上、更には60HRC以上の高硬度が求められている。
【0003】
58HRC以上にも及ぶ高硬度の金型を製造する場合、前記高硬度に調整された後の鋼材を金型形状に機械加工することは容易でない。よって、通常、高硬度の冷間加工用金型の製造工程は、硬さの低い焼鈍状態の鋼材を最終の金型形状に近い形状にまで粗機械加工してから、焼入れ焼戻し処理を実施している。そして、焼入れ焼戻し処理後には、該処理で生じた変形を修正するため等の仕上げ機械加工を施して、最終の金型形状に整えられている(特許文献1〜3)。
【0004】
金型の製作に用いられる上記鋼材は、ハンドリングを容易にして、かつ、次工程である切削加工での削り代を少なくするために、鋼素材を金型寸法に対応した丁度よい大きさに調整して提供される。そして、その丁度よい大きさへの調整は、専ら切断によって行われる。つまり、鋼塊に分塊圧延や鍛造等の熱間加工を行って得たスラブ、ブルーム、ビレット等の大型の鋼片を鋼素材として、この鋼素材を帯鋸や丸鋸等の鋸刃によって個々の鋼材に切断する工程である。そして、熱間加工後の鋼素材(つまり、鋼片)は、通常、焼入れ焼戻し前の硬度の低い焼鈍状態にあるので、上記の切断は容易である。
【0005】
ところで、上記の冷間加工用金型の製作工程において、最近、その工数を短縮するために、プリハードン鋼材の使用が増えている(特許文献4〜10)。プリハードン鋼材とは、予め所望の硬さに焼入れ焼戻しされた鋼材であり、その硬さにおいて穴あけや切削等の機械加工性を向上した鋼材である。プリハードン鋼材を使用すれば、これを最終の金型形状にまで一括して機械加工した後には、焼入れ焼戻しの必要がないので、仕上げ機械加工を省略することができる。
【0006】
プリハードン鋼材も、焼鈍状態で供給される上記鋼材と同様、鋼素材を切断して得られる。そして、プリハードン化のための焼入れ焼戻しは、焼鈍状態にある鋼素材(鋼片)を個々の鋼材に切断してから実施すること以外に、切断前の鋼素材の時点で、その全体に実施しておくことが提案されている(特許文献11、12)。この場合、全体がプリハードン化された鋼素材を、個々の鋼材に切断することとなる。この事前にプリハードン化された鋼素材は、全体が一括して焼入れ焼戻しされたものであるから、これを個々の鋼材に切断することで、例えば機械的特性のばらつきが少ない複数個の鋼材を一度に得ることができる。また、鋼素材メーカーから鋼素材の供給を受けて、この鋼素材を鋼材に切断し、機械加工して金型を作製する金型メーカー側においては、焼入れ焼戻しを実施する必要がないので、熱処理の設備や手間を省略することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−132990号公報
【特許文献2】特開2006−193790号公報
【特許文献3】特開2002−012952号公報
【特許文献4】国際公開第2012/043228号パンフレット
【特許文献5】国際公開第2012/115024号パンフレット
【特許文献6】国際公開第2012/115025号パンフレット
【特許文献7】特開2008−189982号公報
【特許文献8】特開2001−316769号公報
【特許文献9】特開2005−272899号公報
【特許文献10】特開2001−107181号公報
【特許文献11】特開2006−150487号公報
【特許文献12】特開2001−129722号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
事前にプリハードン化された鋼素材を切断する場合、鋼素材の硬度が高いと、切断は容易でない。この切断に関係しては、切断工具の鋸刃を改良して耐久性を持たせたことで、プリハードン化された金型用鋼素材の切断を容易にする手法が提案されている(特許文献11、12)。しかし、この手法であっても、切断できるプリハードン鋼材の硬さは高々35HRC程度である。
一方、冷間加工用金型の用途においては、焼入れ焼戻しによって58HRC以上、更には60HRC以上の高硬度を達成できるプリハードン鋼材が多く提案されている。しかし、これらの高硬度プリハードン鋼材を用いる場合、高硬度(58HRC以上)に調整してから鋼素材を切断し、その後機械加工して金型を得るという冷間加工用金型の製造方法は用いられていなかった。
【0009】
本発明の目的は、58HRC以上の高硬度において切断性に優れた鋼素材およびその製造方法を提供することである。そして、このような鋼素材を確立することで、この事前にプリハードン化された鋼素材から直接にプリハードン鋼材を製造する方法と、このプリハードン鋼材を得て、これを機械加工する冷間加工用金型の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、焼入れ焼戻しによって58HRC以上の高硬度を達成できる様々な鋼素材について、その切断性に影響を及ぼす要因を調査した。その結果、58HRC以上の高硬度を付与するために利用されてきた様々な合金設計の手法において、特に組織中に炭化物を付与する手法は切断性を劣化させることを知見した。そして、58HRC以上の高硬度を達成できた上では、特定の炭化物量を規制した鋼素材であれば、各種鋸刃等による従来の切断条件に特段の改良を施さなくても切断が可能であることを突きとめ、本発明に到達した。
【0011】
すなわち、本発明は、58HRC以上の硬さを有する冷間加工用金型の製造に供される鋼素材であり、前記冷間加工用金型の寸法に対応した大きさのプリハードン鋼材に切断されて使用される鋼素材であって、
該鋼素材は、焼入れおよび焼戻しされた組織を有し、硬さが58HRC以上であり、断面組織中における円相当径で5μm以上の一次炭化物が2面積%以下であることを特徴とする金型用鋼素材である。前記鋼素材の硬さは、60HRC以上であることが好ましい。
【0012】
そして、本発明は、58HRC以上の硬さを有する冷間加工用金型の製造に供される鋼素材の製造方法であり、前記冷間加工用金型の寸法に対応した大きさのプリハードン鋼材に切断されて使用される鋼素材の製造方法であって、
鋼塊を熱間加工して、鋼片を得る第1工程と、
前記第1工程で得た鋼片に焼入れおよび焼戻しを実施して、硬さが58HRC以上であり、断面組織中における円相当径で5μm以上の一次炭化物が2面積%以下である鋼素材を得る第2工程と、
を備えることを特徴とする金型用鋼素材の製造方法である。
【0013】
また、本発明は、58HRC以上の硬さを有する冷間加工用金型の製造に供されるプリハードン鋼材の製造方法であって、
鋼塊を熱間加工して、鋼片を得る第1工程と、
前記第1工程で得た鋼片に焼入れおよび焼戻しを実施して、硬さが58HRC以上であり、断面組織中における円相当径で5μm以上の一次炭化物が2面積%以下である鋼素材を得る第2工程と、
前記第2工程で得た鋼素材を切断して、冷間加工用金型の寸法に対応した大きさのプリハードン鋼材を得る第3工程と、
を備えることを特徴とする金型用プリハードン鋼材の製造方法である。
【0014】
さらに、本発明は、58HRC以上の硬さを有する冷間加工用金型の製造方法であって、
鋼塊を熱間加工して、鋼片を得る第1工程と、
前記第1工程で得た鋼片に焼入れおよび焼戻しを実施して、硬さが58HRC以上であり、断面組織中における円相当径で5μm以上の一次炭化物が2面積%以下である鋼素材を得る第2工程と、
前記第2工程で得た鋼素材を切断して、冷間加工用金型の寸法に対応した大きさのプリハードン鋼材を得る第3工程と、
前記第3工程で得たプリハードン鋼材を金型の形状に機械加工して、冷間加工用金型を得る第4工程と、
を備えることを特徴とする冷間加工用金型の製造方法である。
【0015】
上記本発明において、前記第2工程での鋼素材の硬さは60HRC以上であることが好ましい。また、前記第2工程で実施する鋼片への焼入れは、前記第1工程で鋼塊を熱間加工して得た鋼片に焼鈍を行ってから実施することが可能である。または、前記第2工程で実施する鋼片への焼入れは、前記第1工程で鋼塊を熱間加工して得た鋼片に続けて実施する直接焼入れとすることも可能である。
【0016】
上記本発明は、前記第1工程から第4工程までを備えることに加えて、さらに、前記第4工程で得た冷間加工用金型の表面に、表面処理を実施する第5工程と、を備えることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、事前に58HRC以上の高硬度にプリハードン化した鋼素材から鋼材を切り出せることによって、例えば機械的特性のばらつきが少ない複数個のプリハードン鋼材を一度に得ることができる。また、これらのプリハードン鋼材を用いることで、これを機械加工して得た金型には焼入れ焼戻しを省略することができる。したがって、58HRC以上の高硬度を有した冷間加工用金型の機械的特性を安定化して、かつ、その総合的な製造効率を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】実施例1において、本発明例および比較例に係る切断前の鋼素材である試験片No.1〜4の断面組織中に分布する一次炭化物の一例を示すミクロ組織写真である。
【
図2】実施例1において、前記試験片No.1〜4を切断した後の鋸刃の逃げ面の一例を示す図面代用写真である。
【
図3】実施例2において、本発明例に係る切断前の鋼素材である試験片No.5−A、5−Bの断面組織中に分布する一次炭化物の一例を示すミクロ組織写真である。
【
図4】実施例2において、前記試験片No.5−A、5−Bを切断した後の鋸刃の逃げ面の一例を示す図面代用写真である。
【
図5】実施例1、2において、前記試験片No.1〜5(A、B)を切断した後の鋸刃の逃げ面に生じた摩耗の面積を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の特徴は、鋼素材の切断性を劣化させている直接的な要因が、組織中の特定の炭化物にあることを突きとめた点にある。そして、その特定の炭化物に係る分布状態を最適に調整したことで、58HRC以上の高硬度の鋼素材であっても切断を容易に行うことができ、プリハードン鋼材を用いた冷間加工用金型の総合的な製造効率を向上できる点にある。以下、本発明の鋼素材から、金型用プリハードン鋼材を経て、冷間加工用金型に至るまでの製造方法について説明する。
【0020】
(1)第1工程:鋼塊を熱間加工して、鋼片を得る。
第1工程は、鋼塊の鋳造組織を改善すること等を目的として、鋼塊を熱間加工する工程である。そして、第1工程は、従来の方法等に従うことができる。例えば、鋼塊を得る手法は、インゴットケースを使用した普通造塊法の他に、連続鋳造法や、一旦鋳造後の鋼塊に実施する真空アーク再溶解法やエレクトロスラグ再溶解法等、その手法を問わない。そして、熱間加工は、分塊圧延や鍛造等によって、鋼塊をスラブ、ブルーム、ビレット等の鋼片の形状に整えるものである。なお、前記鋼塊や鋼片には、例えば後述するような、一定の温度および時間で保持する均熱処理(ソーキング処理)を、必要に応じて行ってもよい。
【0021】
(2)第2工程:前記第1工程で得た鋼片に焼入れおよび焼戻しを実施して、硬さが58HRC以上であり、断面組織中における円相当径で5μm以上の一次炭化物量が2面積%以下である鋼素材を得る。
第2工程は、第1工程で得た鋼片を後述する第3工程で切断する前に、その鋼片を予めプリハードン化しておくことで、所望される金型の硬度に事前に調整された鋼素材を得る工程である。そして、この鋼素材に優れた切断性を付与するための、本発明にとっての重要な工程である。
【0022】
冷間加工用金型の用途において、焼入れ焼戻しによって58HRC以上、更には60HRC以上の高硬度を達成できるプリハードン鋼材が求められていることは、上述の通りである。そして、このプリハードン鋼材を得るために、58HRC以上に調整した従来の鋼素材を切断すると、切断工具の刃部には摩耗や欠け等の損耗が進んで、かつ、切断抵抗も大きかった。切断工具の刃部の損耗が進むと、切断工具本来の切断能が失われて、切断後の切断ラインが曲がってしまう「切り曲がり」が発生する。そして、この切り曲がりが過度に大きくなると(一般的には、所望の切断ラインに対して1mmを超えると)、切断面の平坦度が損なわれて、後工程で余計かつ大幅な形状修正が必要となり得て、金型の生産性が低下する。さらに、切断抵抗が著しく大きくなると、切断機のモーターに過大な負荷が掛かる。その結果、切断が中断に至ると、切断機のメンテナンスに余計な工数が掛かって、やはり金型の生産性を著しく阻害する。
【0023】
そこで、本発明者は、58HRC以上に調整された鋼素材について、その切断性の劣化要因を調査した。その結果、切断性を劣化させている直接的要因は、その58HRC以上という硬度の値自体ではなくて、その焼入れ焼戻し後の組織中に多く分布している粗大な一次炭化物であることを突きとめた。つまり、鋼素材中の一次炭化物は、鋼素材を切断する切断工具の刃部を構成する超硬合金や硬質皮膜に匹敵する硬度を有するため、切断中の刃部の損耗に直接的に影響する。そして、一次炭化物の中でも、光学顕微鏡による観察で大きさを確認できる程の、大きさが数十ミクロンにも及ぶ粗大な一次炭化物は、刃部に及ぼす損耗の程度が特に大きい。したがって、本発明の鋼素材では、上記組織中に占める粗大な一次炭化物の面積量を低減すれば、58HRC以上の硬度を有した鋼素材であっても、その切断性を向上させることができる。そして、具体的には、58HRC以上の硬度を有する鋼素材の断面組織中において、円相当径が5μm以上の一次炭化物を2面積%以下にすれば、切り曲がりや切断抵抗の増加を抑制でき、切断性を向上することができる。好ましくは1.5面積%以下、より好ましくは1面積%以下である。円相当径が5μm以上の一次炭化物は、刃部に及ぼす損耗の程度が特に大きい。そして、この円相当径の一次炭化物の面積率が2面積%を超えると、切断工具の刃部に進む損耗が顕著になる。
【0024】
本発明の鋼素材は、切断性に優れることから、その切断前の鋼素材の時点で大きさに制約を受けない。したがって、本発明の鋼素材の寸法は、自動車関連部品等を成形するための大型のプレス金型用鋼材等にも対応できるような、厚み300mm、幅700mmの寸法にも及ぶ鋼材を切り出せるほどの大型にすることができる。
【0025】
本発明の鋼素材の上記一次炭化物の面積率は、例えば、前記第1工程で得た鋼片に実施する焼入れや、必要に応じて実施する固溶化熱処理等で得ることができる。固溶化熱処理によって、粗大な一次炭化物を基地中に固溶させることができる。また、前記第1工程において、熱間加工前の鋼塊や熱間加工の途中の鋼塊に前記均熱処理等を実施することで、得ることができる。そして、粗大な一次炭化物を低減した本発明の鋼素材(すなわち、これを切断して得たプリハードン鋼材)の成分組成は、その焼入れ焼戻し後の硬度を58HRC以上に維持できる等の点において、従来提案されている冷間ダイス鋼のものを適用できる。そして、本発明においては、以下に調整することが好ましい。
【0026】
Cは、鋼中に固溶し、かつ、鋼中の炭化物形成元素と炭化物を形成して、冷間加工用金型に58HRC以上の硬度を付与する重要な元素である。しかし、過多に含有すると、組織中に粗大な一次炭化物が増加して、鋼素材の切断性が低下する。また、冷間加工用金型の表面にPVD(物理蒸着法)による表面被覆処理を実施する場合は、その表面被覆処理性が低下する。したがって、Cの含有量は0.6質量%以上が好ましく、また、1.2質量%以下が好ましい。
【0027】
Crは、上記Cと一次炭化物であるM
7C
3炭化物を形成することで、冷間加工用金型に硬度を付与する。そして、58HRC以上の高硬度の達成のためには、3.0質量%以上の添加が好ましい。しかし、過多に添加すると、粗大な一次炭化物量が増加して、鋼素材の切断性が低下するので、9.0質量%以下が好ましい。より好ましくは7.0質量%以下であり、さらに好ましくは5.0質量%以下である。
【0028】
V、Nbは、焼入れ焼戻し後の組織中に一次炭化物であるMC炭化物を形成して、58HRC以上の冷間加工用金型の硬度を達成するのに効果的な元素である。しかし、一次炭化物の中でもMC炭化物は非常に硬い。よって、V、Nbを過多に含有すると、MC炭化物が多く形成されて、鋼素材の切断性が著しく低下する。また、VとNbは、上記の点において同様の効果を有するが、その効果の程度は、同一の含有量において、VのそれがNbの概ね半分である。したがって、これらの含有量は(Nb+1/2V)の関係で総合的に扱うことができる。そして、その(Nb+1/2V)の関係式で、VおよびNbの1種または2種を1.0質量%以下含有することが好ましい。より好ましくは0.8質量%以下である。
以上をもって、本発明の鋼素材(プリハードン鋼材)の成分組成は、質量%で、C:0.6〜1.2%、Cr:3.0〜9.0%を含有し、選択的にはVおよびNbの1種または2種を(Nb+1/2V)の関係式で1.0質量%以下含有することを基本とする冷間ダイス鋼の成分組成であることが好ましい。
【0029】
その他、本発明の鋼素材(プリハードン鋼材)は、Si、Mn、Mo、W等を添加してもよい。Mnは、鋼中に固溶して、焼入れ性を付与するのに効果的な元素である。Siは、鋼中に固溶して、硬さを付与するのに効果的な元素である。Mo、Wは、微細な炭化物を形成して、焼戻し硬さを付与するのに効果的な元素である。さらに、本発明の鋼素材(プリハードン鋼材)は、Al、S、Ni、Cu等を添加することもできる。AlおよびSは、後述する第4工程において、58HRC以上に調整されたプリハードン鋼材を機械加工するときの機械加工性の向上に寄与する。また、Al、Ni、Cuは、冷間加工用金型の硬度や靱性の向上に寄与する。さらに、一次炭化物の微細分散化のために、適当量のCa、Ti、Zr、希土類金属等を添加することもできる。本発明の鋼素材(プリハードン鋼材)の成分組成には、例えば、特許文献5、6に係る冷間工具鋼の成分組成を適用することができる。
【0030】
また、本発明の鋼素材は、硬度が低いゆえに切断が容易である焼鈍状態を経る必要がない。よって、第2工程で実施する鋼片への焼入れには、前記第1工程で鋼塊を熱間加工して得た鋼片に焼鈍を行ってから実施すること以外に、前記第1工程で鋼塊を熱間加工して得た鋼片に続けて実施する「直接焼入れ」を適用することができる。そして、焼入れ後には、焼戻しを行うことによって、58HRC以上の高硬度を有した鋼素材を製造することができるので、通常、熱間加工後の鋼片に実施される焼鈍工程を省略することができる。
【0031】
(3)第3工程:前記第2工程で得た鋼素材を切断して、冷間加工用金型の寸法に対応した大きさのプリハードン鋼材を得る。
第3工程で実施する鋼素材の切断には、特別の工夫を要しない。従来の切断方法等に従って、例えば帯鋸や丸鋸等の鋸刃によって、鋼素材を個々の要望に適した寸法のプリハードン鋼材に切断すればよい。通常、熱間加工後の鋼片表面には硬質の酸化皮膜が形成されている。しかし、この酸化被膜が鋼素材の切断性に与える影響は小さいものである。したがって、本発明においては、鋼素材の切断時に、切断機への鋼素材の位置決めを正確に行う等の目的を除いて、上記酸化被膜の全部を除去しなくてもよい。そして、前記第2工程で焼入れ前に除去しておく必要もないから、焼入れには上記直接焼入れを適用することができる。
【0032】
(4)第4工程:前記第3工程で得たプリハードン鋼材を金型の形状に機械加工して、冷間加工用金型を得る。
既に個々の冷間加工用金型の寸法に切断された後の「プリハードン鋼材」の時点において、本発明に係るプリハードン鋼材を、従来のプリハードン鋼材と区別して取り扱う必要はない。したがって、第4工程以降では、従来の機械加工等によって、プリハードン鋼を冷間加工用金型の形状に仕上げればよい。金型用鋼材にプリハードン鋼材を用いることによって、これを最終の金型形状にまで一括して機械加工した後には、焼入れ焼戻しに起因する熱処理変形の心配がないから、仕上げ機械加工を省略することができる。
【0033】
(5)第5工程:必要であれば、前記第4工程で得た冷間加工用金型の表面に、表面処理を実施する。
これについても、所望の形状に仕上げた後の「冷間加工用金型」の時点において、本発明に係る冷間加工用金型を、従来の冷間加工用金型と区別して取り扱う必要はない。したがって、必要であれば、従来の表面処理方法等によって、冷間加工用金型の表面に、窒化層や酸化層などを形成する表面硬化処理や、PVD、CVD(化学蒸着法)等による各種の硬質皮膜、潤滑皮膜等を形成する表面被覆処理等を、実施すればよい。
【実施例1】
【0034】
表1の成分組成を有した鋼塊No.1〜4を作製した。
【0035】
【表1】
【0036】
次に、これらの鋼塊に鍛造比が10程度の熱間鍛造を行って、鋼片を得た。そして、鋼片を冷却後、860℃で焼鈍した。そして、焼鈍後の鋼片から、切断性を評価するための試験片(つまり、切断前の鋼素材)No.1〜4を作製した。試験片の寸法は、長さ500mm(上記鍛造による展伸方向である)、幅300mm、厚さ75〜150mmとした。試験片の表面は、500mm×300mmの2面を除いた4面を研削して、前記4面の酸化膜を除去した。そして、前記研削後に、1030℃からの空冷による焼入れ処理と、500〜540℃で2回の焼戻し処理を実施して、60HRCの狙い硬度に調整した。
【0037】
そして、試験片No.1〜4の組織中に分布する一次炭化物を評価した。まず、試験片の長さ方向(展伸方向)に対して平行である15mm×15mmの断面を指定して、この断面を、ダイヤモンドスラリーを用いて鏡面に研磨した。次に、この断面組織を観察したときの一次炭化物と基地との境界が明瞭になるように、10%ナイタールを用いて前記断面を腐食した。そして、この腐食後の断面を倍率200倍の光学顕微鏡で観察して、877μm×661μmの領域でなる1視野を20視野撮影した。
図1は、試験片No.1〜4のそれぞれの断面を撮影した組織写真の一例である(一次炭化物は、白色の分布で示されている)。そして、この組織写真を画像処理することで、断面組織中に観察される円相当径が5μm以上の一次炭化物を抽出し、該断面組織中に占める一次炭化物の面積率を20視野分の平均値として求めた。
【0038】
そして、一次炭化物の分布状況を測定した後の試験片に対して、鋸刃による切断試験を実施して、その切断性を評価した。切断機には、株式会社アマダ製の鋸切断機PCSAW530AXを用いた。そして、鋸刃には、同社コーティング超硬合金製バンドソーブレードAXCELA G−NBN3Nを用いた。切断条件は、切削率16cm
2/min、鋸速50m/min、送り5mm/minとした。
【0039】
切断性の評価は、以下の手順により行った。まず、未使用の鋸刃を鋸切断機にセットした状態で、鋸刃の外観をマイクロスコープによって観察して、鋸刃に欠け等のないことを確認した。次に、ならし運転として、JIS−SKD11相当鋼の焼鈍材(硬さ20HRC)を累積切断面積が2000cm
2に達するまで切断した。切断条件は、上記と同じとした。そして、ならし運転後の鋸刃の外観を再度観察して、鋸刃に摩耗や欠けが殆どないことを確認した後に、上記試験片の切断試験を実施した。尚、これを試験片毎に実施した。切断試験は、累積切断面積が4500cm
2に達するまでを目標にして、連続して切断を行うものとし、累積切断面積が300cm
2に達した毎に、切り曲がりを測定した。ここで、切り曲がりは、鋸全長の両端を結んだ直線(すなわち、所望の切断ライン)に対する、切断中の該直線と鋸刃(すなわち、実際の切断ライン)との隙間量(鋸刃のたわみ量)に反映されている。よって、本実施例では、前記切り曲がりの測定は、切断中の前記隙間量の測定に替えて、その最大および平均の隙間量(切り曲がり)を測定した。最大の隙間量とは、累積切断面積が300cm
2に達した毎に測定して得た複数の最大隙間量のうちで、最も値の大きい隙間量である。平均の隙間量とは、前記複数の最大隙間量を平均した隙間量である。切り曲がりの測定結果を、上記試験片の硬度および一次炭化物の面積率と共に、表2に示す。
【0040】
【表2】
【0041】
本発明例である試験片No.1、2は、その焼入れ焼戻し後の組織中において円相当径が5μm以上の一次炭化物が2面積%以下であった。そして、58HRC以上の高硬度の状態において、切断時の切り曲がりが最大値でも1mm未満に抑えられて、かつ、4500cm
2の累積切断面積も達成され、良好な切断性を示した。これに対して、比較例である試験片No.3は、上記一次炭化物の面積率が2面積%を超えていた。そして、58HRC以上の高硬度の状態において、累積切断面積が4500cm
2に達するまでの連続切断は可能であったが、切断時の切り曲がりが最大、平均の両値で1mm以上であった。さらに、比較例である試験片No.4は、上記一次炭化物の面積率が7面積%以上にも及んだ。そして、切断時には、その初期において、切断抵抗の上昇によって切断機のモーターに過大な負荷が掛かり、累計切断面積が480cm
2に達した時点で切断機が停止し、事実上、切断が不可能であった。
【0042】
図2は、各試験片の切断に用いた鋸刃について、その切断試験終了後の逃げ面の1つをデジタルマイクロスコープで観察した写真である(但し、試験片No.4については、上記切断機が停止した時点での鋸刃の逃げ面である)。
図2には、ならし運転後の鋸刃の逃げ面も示しておく。試験片No.1、2を切断した後の鋸刃の逃げ面は、試験片No.3のそれと比較して、摩耗が少なかった。そして、試験片No.4を切断した後の鋸刃の逃げ面は、切断試験が中断した時点で、既に著しい摩耗が生じていた。また、鋸刃の一部は欠けて、滅失していた。
【実施例2】
【0043】
表3の成分組成(つまり、表1の鋼塊No.3の成分組成)を有した鋼塊No.5を作製した。
【0044】
【表3】
【0045】
次に、鋼塊No.5に鍛造比が10程度の熱間鍛造を行って、鋼片を得た。そして、鋼片を冷却後、860℃で焼鈍した。そして、焼鈍後の鋼片から、切断性を評価するための試験片(つまり、切断前の鋼素材)No.5−A、5−Bを作製した。試験片の寸法は、長さ250mm(上記鍛造による展伸方向である)、幅300mm、厚さ150mmとした。次に、試験片No.5−Aには1170℃で10時間保持する固溶化熱処理を、試験片No.5−Bには1170℃で5時間保持する固溶化熱処理を、それぞれ実施した。そして、固溶化熱処理後の試験片において、その表面のうちの250mm×300mmの2面を除いた4面を研削して、前記4面の酸化膜を除去した。そして、前記研削後に、1030℃からの空冷による焼入れ処理と、500〜540℃で2回の焼戻し処理を実施して、60HRCの狙い硬度に調整した。
【0046】
前記硬度に調整した試験片No.5−A、5−Bの組織中に分布する一次炭化物を評価した。組織観察の要領は、前記実施例1と同じである。
図3は、試験片No.5−A、5−Bのそれぞれの断面を撮影した組織写真の一例である(一次炭化物は、白色の分布で示されている)。そして、この組織写真を画像処理することで、断面組織中に観察される円相当径が5μm以上の一次炭化物を抽出し、該断面組織中に占める一次炭化物の面積率を20視野分の平均値として求めた。
【0047】
そして、一次炭化物の分布状況を測定した後の試験片に対して、鋸刃による切断試験を実施して、その切断性を評価した。切断試験の条件および切断性の評価要領は、前記実施例1のものに準じた。所定の累積切断面積に達したときの切り曲がりの測定結果を、上記試験片の硬度および一次炭化物の面積率と共に、表4に示す。
【0048】
【表4】
【0049】
本発明例である試験片No.5−A、5−Bは、共に、その焼入れ焼戻し後の組織中において円相当径が5μm以上の一次炭化物が2面積%以下であった。そして、58HRC以上の高硬度の状態において、切断時の切り曲がりが平均値で1mm未満に抑えられており、最大値でも1mm程度に抑えられており、かつ、累積切断面積も3600cm
2以上を達成して、良好な切断性を示した。なお、試験片No.5−Bは、前記5μm以上の一次炭化物の面積率が高めであったことから、切断抵抗の上昇を考慮して、累計切断面積が3600cm
2に達した時点で切断試験を終了した。そして、それまでの切断時における切り曲がりは、最大値でも0.25mmに留まっていた。ここで、実施例1で行った比較例である試験片No.3の切断結果は、その累積切断面積が3600cm
2に達したときの切り曲がりが平均値で1.06mm、最大値で1.57mmであった。このことと比較して、試験片No.5−Bであっても、良好な切断性を有していることを確認できた。
【0050】
図4は、試験片No.5−A、5−Bの切断に用いた鋸刃について、その切断試験終了後の逃げ面の1つをデジタルマイクロスコープで観察した写真である。
図4には、ならし運転後の鋸刃の逃げ面も示しておく。試験片No.5−A、5−Bを切断した後の鋸刃の逃げ面は、摩耗が少なかった。そして、4500cm
2の同じ累積切断面積に達するまで切断したときの前記逃げ面の間で比較すると、試験片No.5−Aを切断した後の鋸刃の逃げ面は、実施例1における試験片No.1、2(本発明例)の前記逃げ面より、摩耗が多めであった。しかし、試験片No.3(比較例)の前記逃げ面と比較すると、摩耗は少なかった。
【0051】
図5は、実施例1、2で各試験片を切断した後の上記鋸刃について、その逃げ面1つあたりに生じた平均の摩耗面積を示したグラフ図である。なお、
図5では、試験片No.1、2、3、4、5−A、5−Bのそれぞれを切断した鋸刃の逃げ面に対して、逃げ面1、2、3、4、5−A、5−Bと表記している。鋸刃の逃げ面の摩耗面積は、切断した試験片組織中の上記一次炭化物量の減少に従って、少なくなる傾向であった。以上の結果より、切断後の鋼素材に生じた切り曲がりや、鋸刃の損耗の程度は、切断した鋼素材中の粗大な一次炭化物の面積率と相関があることが認められた。