(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
量子計算装置は、量子力学的な重ね合わせを用いることで、従来の計算装置では実現できない規模の並列性を実現できるものとして期待され、多くの研究・開発がなされている。量子計算機の実現のためには、一量子ビットゲート操作と二量子ビット間ゲート操作の構築が必須となる。
【0003】
ここで、固体素子で量子ビットを構成する場合、二量子ビット間ゲートの実現には量子ビット間の相互作用が用いられる。ところが、このような相互作用の存在は、1量子ビット操作ゲートの構築を妨げてしまう。このため、一量子ビットゲートと二量子ビット間ゲートとを、ともに高い忠実度で構築するためには、量子ビット間の相互作用を自在にオン/オフできる機構が必要となる。
【0004】
現状では、例えば、相互作用をかけたい量子ビット間に補助量子ビットを作製し、作製した補助量子ビットに対してユニタリー変換を起こすマイクロ波パルスを照射することで、上述した相互作用の制御を行っている(非特許文献1,2参照)。しかしながら、これらの制御では、オン/オフ比を高くすることは難しく、量子計算の実行に必要な閾値を超えるほどの高い忠実度でのゲート操作はまだ実現できていない。
【0005】
また、量子ビット間の共鳴エネルギーを変えることで相互作用をオン/オフにする方法も用いられている(非特許文献4,5参照)。しかしながら、この技術では、ノイズが無い理想的な状況ですらオン/オフ比を100%にすることはできないという問題がある(非特許文献4)。また、位相緩和の影響を受けやすいという問題もある(非特許文献5)。
【0006】
また、NMR(Nuclear Magnetic Resonance)などの分野では、マイクロ波パルスを量子ビットに直接照射することで、相互作用のオン/オフを制御する手法が用いられている(非特許文献6参照)。しかしながら、この技術では、量子ビットの数が増えるにつれて必要なパルスの数が指数関数的に増加してしまうため、大規模量子計算には適さない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】A. J. Kerman et al., "High-Fidelity Quantum Operations on Superconducting Qubits in the Presence of Noise",PHYSICAL REVIEW LETTERS, vol.101, 070501, 2008.
【非特許文献2】K. Harrabi et al., "Engineered selection rules for tunable coupling in a superconducting quantum circuit", PHYSICAL REVIEW B, vol.79, 020507R, 2009.
【非特許文献3】R. Raussendorf and H. J. Briegel, "A One-Way Quantum Computer", PHYSICAL REVIEW LETTERS, vol.86, no.22, pp.5188-5191, 2001.
【非特許文献4】A. Blais et al., "Quantum-information processing with circuit quantum electrodynamics", PHYSICAL REVIEW A, vol.75, 032329, 2007.
【非特許文献5】Y. Matsuzaki and H. Nakano1, "Enhanced energy relaxation process of quantum memory coupled with a superconducting qubit", Arxiv, 1105, 3798, 2011.
【非特許文献6】L. M. K. Vandersypen et al., "Experimental realization of Shor's quantum factoring algorithm using nuclear magnetic resonance", NATURE. vol.414, pp.883-887, 2001.
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。
図1は、本発明の実施の形態における量子ビット制御方法を説明するためのフローチャートである。この量子ビット制御方法は、まず、ステップS101で、2つの量子ビットの各々に結合する補助量子ビットに一量子ビットゲートをかけて補助量子ビットを|−1>の状態とする(第1ゲート操作ステップ)。ここで、2つの量子ビットおよび補助量子ビットが結合している系を表すハミルトニアンで決定されるX方向に一量子ビットゲートをかける。例えば、補助量子ビットに所定の強度のマイクロ波を照射すればよい。この操作により、2つの量子ビットの間の相互作用はオンとなる。
【0016】
次に、ステップS102で、第1ゲート操作ステップで補助量子ビットを|−1>の状態とした所定時間の後で、補助量子ビットの量子状態を測定する(測定ステップ)。ここで、2つの量子ビットおよび補助量子ビットが結合している系を表すハミルトニアンで決定されるY方向に補助量子ビットの量子状態を測定する。この測定は、第1ゲート操作ステップで|−1>の状態としてからπ/g(gは補助量子ビットのハミルトニアン)の後で、補助量子ビットの量子状態を測定すればよい。π/gの時間後には、3つの量子ビットによりクラスター状態が生成される。
【0017】
次に、ステップS103で、ステップS102の測定における測定結果をもとに、補助量子ビットに一量子ビットゲートをかけて補助量子ビットを|−1>の状態とする(第2ゲート操作ステップ)。例えば、測定結果をもとに、所定の強度のマイクロ波を補助量子ビットに照射すればよい。上述した測定および測定結果をもとにした一量子ビットゲートをかける操作により、2つの量子ビットの間の相互作用はオフとなる。
【0018】
以下、上述した量子ビット制御方法について、より詳細に説明する。
【0019】
本発明においては、ユニタリー操作を用いていた従来の技術とは異なり、ノンユニタリーな射影測定を補助量子ビットに対して実行することで、2つの量子ビットの間の相互作用の制御を行うことに大きな特徴がある。以下に、簡単のために、量子ビット間の相互作用が全て等しい場合を例に説明する。
【0020】
まず、2つの量子ビットおよび補助量子ビットの3つの量子ビットが結合している状態におけるハミルトニアンは、以下の式(1)により示されるように構成することができる。
【0022】
また、ω
1は、一方の量子ビットのハミルトニアンであり、ω
2は、補助量子ビットのハミルトニアンであり、ω
3は、他方の量子ビットのハミルトニアンである。また、g
12は、一方の量子ビットと補助量子ビットとの相互作用のハミルトニアンであり、g
23は、補助量子ビットと他方の量子ビットとの相互作用のハミルトニアンである。
【0023】
式(1)により示されるハミルトニアンHは、適切な回転座標系に対応させることで、以下の式(2)に示すハミルトニアンHとなる。なお、式(2)のハミルトニアンHでは、g
12=g
23=gとしている。
【0025】
このとき、補助量子ビットにより、一方の量子ビットと他方の量子ビットとの相互作用を制御することを考える。まず、
図2Aに示すように、2つの量子ビット201と量子ビット202との間に補助量子ビット203を配置した状態とする。この構成において、補助量子ビット203を、|−1>(補助量子ビット203におけるスピン1/2のパウリ演算子の固有状態で固有値が1)の状態に偏極させておけば、ハミルトニアンHは0となり、量子ビット201と量子ビット202との相互作用はオフになる。
【0026】
次に、補助量子ビット203に、例えばマイクロ波を照射することで一量子ビットゲートをかけ、補助量子ビット203を以下の式(3)で示される状態とする。この操作により、
図2Bに示すように、量子ビット201と量子ビット202との相互作用はオンとなる。
【0028】
また、相互作用がオンとなることで、3つの量子ビット201,補助量子ビット203,量子ビット202の間に、エンタングルメントが生成される。特に、補助量子ビット203に対して一量子ビットゲートをかける操作をしてから、t=π/gの時間が経過すると、3つの量子ビット201,補助量子ビット203,量子ビット202の間にクラスター状態が生成される。
【0029】
以上のように、量子ビット201と量子ビット202との相互作用をオン状態とした後、補助量子ビット203の量子状態を、Y方向で測定する。なお、2つの量子ビット201,量子ビット202および補助量子ビット203が結合している系を表すハミルトニアンで決定されるX方向に一量子ビットゲートをかけ、Y方向に補助量子ビットの量子状態を測定する。上述した補助量子ビット203のY方向の測定により、量子ビット201と量子ビット202との間に、量子計算に必要である二量子状態間のゲート「controlled-Z gate」と等価な二量子ビット間ゲートが構成されるようになる。
【0030】
ここで、補助量子ビット203のY方向への測定は、例えば、以下の式(4)で示されるフェイズゲートSと、以下の式(5)で示されるアマダールゲート(Hadamard Gate)Hを、補助量子ビット203にかけた後に、Z方向の射影測定を実行することで行えばよい。なお、Z方向は、上述したX方向およびY方向と同様に、2つの量子ビット201,量子ビット202および補助量子ビット203が結合している系を表すハミルトニアンで決定される方向である。
【0032】
上述したように、補助量子ビット203のY方向への測定を行った後、測定における測定結果をもとに、補助量子ビット203に、例えばマイクロ波の照射により一量子ビットゲートをかけ、
図2Cに示すように、補助量子ビット203を|−1>の状態に戻す。これらの操作により、
図2Cに示すように、量子ビット201と量子ビット202との相互作用はオフとなる。
【0033】
以上のようにして、マイクロ波の照射とY方向への測定(射影測定)とを組み合わせることで、任意のタイミングで、補助量子ビットを挟んで配置された2つの量子ビット間の相互作用のオン/オフが可能になる。
【0034】
ところで、上述した説明では、量子ビット間の相互作用が同じである場合について説明したが、次に、量子ビット間の相互作用が異なる場合について説明する。以下の説明では、g
12>g
23を仮定する。なお、g
12<g
23であっても、同様の操作は可能である。
【0035】
まず、
図2Aに示すように、2つの量子ビット201と量子ビット202との間に補助量子ビット203を配置した状態とする。この構成において、補助量子ビット203を、|−1>(補助量子ビット203におけるスピン1/2のパウリ演算子の固有状態で固有値が1)の状態に偏極させておけば、ハミルトニアンHは0となり、量子ビット201と量子ビット202との相互作用はオフになる。
【0036】
次に、補助量子ビット203に、例えばマイクロ波を照射することで一量子ビットゲートをかけ、補助量子ビット203を以下の式(6)で示される状態とする。この操作により、
図2Bに示すように、量子ビット201と量子ビット202との相互作用はオンとなる。
【0038】
上述したように、相互作用がオンの状態とした後、以下の式(7)で示される時間が経過した後、例えば、量子ビット201にマイクロ波照射によるπパルスをかけることでスピンエコーを起こす。
【0040】
次に、以下の式(8)で示される時間が経過した時点で、補助量子ビット203の量子状態を、Y方向で測定する。これにより、量子ビット201と量子ビット202との間に、「controlled-Z gate」と等価な二量子ビット間ゲートが構成されるようになる。
【0042】
上述した補助量子ビット203をY方向で測定した後、測定における測定結果をもとに、補助量子ビット203に、例えばマイクロ波の照射により一量子ビットゲートをかけ、
図2Cに示すように、補助量子ビット203を|−1>の状態に戻す。これらの操作により、
図2Cに示すように、量子ビット201と量子ビット202との相互作用はオフとなる。
【0043】
以上に説明したように、量子ビット間の相互作用が異なるときでも、補助量子ビットへの測定に、いずれかの量子ビットのスピンエコーを組み合わせることにより、相互作用のオン/オフのスイッチが可能になる。
【0044】
従来技術では、量子ビットの共鳴条件を変えるという相互作用のオン/オフが不完全にしか行えない方法や、量子ビットの数が増えるにしたがって必要なπパルスの数が指数関数的に増大するような方法が用いられてきた。これらに対し、本発明では、必要な操作の回数は、量子ビットの数と同程度で済み、かつ原理的には完全に相互作用のオン/オフが可能となる点が従来の技術とは異なる。また、従来技術では、ユニタリー変換を用いて相互作用のオン/オフを行っていたのに対し、本発明では、ノンユニタリーなプロセスである測定を用いることで、相互作用のオン/オフを行うところに大きな特徴がある。
【0045】
ところで、量子ビットは、
図3に示すように、超伝導磁束量子ビットから構成すればよい。超伝導磁束量子ビットからなる一方の量子ビット301と超伝導磁束量子ビットからなる補助量子ビット303、および補助量子ビット303と超伝導磁束量子ビットからなる他方の補助量子ビット302とは、容量を介して結合して構成すればよい。なお、図中、ジョセフソン接合は、「×」で示している。
図3では、基本的な構成を示しており、実際には、例えば、量子ビット302の右側に、補助量子ビットを介して量子ビットを接続し、量子ビット301の左側に、補助量子ビットを介して量子ビットを接続し、これらを繰り返せば、複数の量子ビットの組から構成することができる。また、各量子ビットの上下においても同様に構成することができる。
【0046】
また、補助量子ビット203の量子状態の検出は、SQUIDから構成したジョセフソン分岐増幅(不図示)を用いることで実施できる。例えば、ジョセフソン分岐増幅用のSQUIDを、補助量子ビット203となる超伝導磁束量子ビットに結合して構成すればよい。また、補助量子ビット203の近傍に設けた制御線(不図示)により共鳴マイクロ波を照射することで、補助量子ビット203に一量子ビットゲートをかければよい。制御線は、各量子ビットが配置される平面の直上または直下に3次元的に配置すればよい。また、量子状態を検出する測定手段も、各量子ビットが配置される平面の直上または直下に3次元的に配置すればよい。
【0047】
なお、例えばマイクロ波共振器を介する場合に比べて、このような直接結合の場合は結合が大きくなるため(数十MHzもしくはそれ以上)、短時間(数十ナノ秒もしくはそれ以下)で必要な二量子ビット間ゲート演算が可能である。
【0048】
ここで、超伝導磁束量子ビットのハミルトニアンは、以下の式(9)で表すことができる。ここで、σ
Zは、式(10)で示される。
【0050】
|L>は、超伝導永久電流が左回りに流れている状態を表し、|R>は、超伝導永久伝導が右回りに流れている状態を表す。σ
xは、これらの2つの状態間のトンネリングを表すため、以下の式(11)で表すことができる。εが0であるときに、量子ビットの寿命が最大となるので、ここではεが0の場合を考える。
【0052】
また、ハミルトニアンを対角化すると、式(12)で表すことができる。
【0054】
また、このとき、一量子ビットゲートをかけるためのマイクロ波を表すハミルトニアンは、以下の式(13)で表すことができる。
【0056】
ここで、λ
tは、マイクロ波の強さを示し、φはマイクロ波の位相を表している。量子ビットの回転を行わないときは、λ
tを0にしておく。量子ビットの回転を行うときには、λ
tの値を、差周波数Δ−ωおよび結合定数gの両方より十分に大きい値(数倍から数十倍程度)とすることで、高い精度で量子ビットの回転を制御できる。
【0057】
回転座標系に乗ると、ハミルトニアンは、以下の式(14)と書き直せる。このような超伝導磁束量子ビットからなる量子ビット301,量子ビット302,補助量子ビット303を、
図3に示すように配置すればよい。
【0059】
ここで、量子ビット301と補助量子ビット303との間や、補助量子ビット303と量子ビット302との間など、隣り合う量子ビット間に、次の式(15)で示す相互作用がかかるものとする。
【0061】
このようなハミルトニアンは、例えば外部磁場を制御することでεを0にし、超伝導磁束量子ビット間は容量を介して結合させれば構成が可能である。あるいは、Δの値がεよりも十分に小さければ、超伝導磁束量子ビット間が磁気的に結合している場合でも同様のハミルトニアンは構成が可能である。
【0062】
量子計算に用いる超伝導磁束量子ビットの間に、補助量子ビットとして役割を持つ超伝導磁束量子ビットを挟むことで、超伝導磁束量子ビット間の相互作用の制御が可能になる。
【0063】
具体的には、相互作用をかけないときは、補助量子ビットの状態を|−1>に偏極させておく。2つの量子ビット間に相互作用をかけたいときは、まず、2つの量子ビットの間にある補助量子ビットに、共鳴マイクロ波を照射することで|+>の状態を生成する。この後、前述したように、2つある量子ビットのうち片方にスピンエコーを起こすπパルスをかけ、次いで、補助量子ビットの量子状態をY方向に測定する。この後、測定結果をもとにしたマイクロ波の照射により補助量子ビットの量子状態を|−1>に戻すことで、2つの量子ビットの間の相互作用を再びオフにできる。
【0064】
上述したことにより、「controlled-Z gate」と等価な二量子ビット間ゲートが構成できる。このような、二次元配置上で「controlled-phase」ゲートが構成できれば、「one-way quantum computer」と呼ばれる方法で任意の量子アルゴリズムが実行できる(非特許文献3参照)。
【0065】
なお、例えば、
図4の平面図に示すように、超伝導磁束量子ビットからなる2つの量子ビット401,量子ビット402と、補助量子ビット403とを、マトリクス状に配列して隣り合う量子ビット同士を結合させるようにしてもよい。
図4において、ジョセフソン接合は、「×」で示している。
【0066】
以上に説明したように、本発明では、2つの量子ビットの各々に結合する補助量子ビットを用い、補助量子ビットに対して一量子ビットゲートをかける操作と、補助量子ビットの状態をY方向に測定する操作と、測定結果をもとに補助量子ビットに対して一量子ビットゲートをかける操作とにより、2つの量子ビットの間の相互作用をオン/オフするようにしたので、位相緩和の影響を受けにくく、大規模量子計算に適用可能な状態で、2つの量子ビット間の相互作用に高いオン/オフ比が得られるようになる。
【0067】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。