【発明が解決しようとする課題】
【0012】
化学蒸着用の有機ルテニウム化合物に要求される特性は、かつては、ルテニウム薄膜形成の可否や効率性、取り扱い性等の基本的なものが主体であった。化学蒸着法では、原料化合物を気化して原料ガスとし、これを基板に輸送するが、効率的な薄膜形成には蒸気圧の高い化合物が好適であるとされている。また、原料の取り扱い性を考慮して熱的安定性が高く、容易に分解しないものが好ましいとされている。
【0013】
しかし、半導体デバイスの微細化や高性能化への要求はとどまるところを知らず、常に従来以上に高度なものの開発が進行している。この流れに対応するため、化学蒸着用原料となる有機ルテニウム化合物に要求される特性も変遷している。かかる新規な要求特性として挙げられるのが、成膜温度の低温化への要求と反応ガス選定の問題である。これらの問題は、いずれもルテニウム薄膜を形成する際の基板へのダメージや薄膜の品質にかかわるものである。
【0014】
上記した、化1の有機ルテニウム化合物は、蒸気圧が高いことに加え、熱的安定性が高いことから、古くからの観点から好適な有機ルテニウム化合物であった。更に、常温で液体状態にあることもこの有機ルテニウム化合物の有用性を高めていた。しかし、この有機ルテニウム化合物は分解温度が350℃と高いため、成膜温度を低く設定することができない。
【0015】
また、この有機ルテニウム化合物は、反応ガスとして酸素を導入しなければルテニウムを析出させることができないという問題があった。酸素ガスの使用は、シリコン等からなる基板の酸化の可能性があり、デバイス特性への影響が懸念される。
【0016】
化2の有機ルテニウム化合物も、常温で固体ではあるが蒸気圧の観点では好適な化合物である。但し、熱的安定性に乏しく、80℃程度の加熱でも容易に分解するため実用面で課題があった。更に、この有機ルテニウム化合物も反応ガスとして酸素が必要であった。
【0017】
これらに対して、化3の有機ルテニウム化合物は、水素を反応ガスとしてルテニウム薄膜を形成可能であるので、反応ガスの問題はクリアされている。しかし、この化合物は蒸気圧が低く、化学蒸着原料用としての基本的特性に劣るという欠点がある。蒸気圧の高低は、成膜の効率にかかわる特性であり、化学蒸着法の工業的活用の観点から外せない条件である。
【0018】
化4及び化5の有機ルテニウム化合物も、反応ガスとして水素を適用できる点は評価できるものの、配位子の構造中、酸素原子が含まれている点が懸念される。これらの酸素原子を含む有機ルテニウム化合物の場合、反応ガスによる基板への影響は問題ないが、配位子の酸素原子がルテニウム薄膜に混入することがある。ルテニウム薄膜中の酸素は電極特性に影響を及ぼすと考えられる。薄膜への酸素混入については、特許文献4の中でも言及されており、化4の化合物により製造されたルテニウム薄膜中に酸素が3%程度含まれていたことが明らかとなっている。そして、化4の有機ルテニウム化合物も低温成膜には対応し難い化合物であり、400℃以上と相当に高温の成膜温度の設定を要するものである。
【0019】
以上の通り、これまで化学蒸着用原料として適用可能な有機ルテニウム化合物は、多様化する要求特性に対して一長一短があるといえる。そこで本発明は、化学蒸着用原料としての基本特性を具備しつつ低温成膜に対応できる有機ルテニウム化合物を提供する。また、酸素ガスを使用することなくルテニウム薄膜を製造することができ、基板及び生成するルテニウム薄膜への影響が生じ難い有機ルテニウム化合物を提供する。尚、本発明において低温成膜の具体的指針としては、250℃以下での成膜が可能であるとの意義である。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記課題を解決する本発明は、化学蒸着法によりルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜を製造するための化学蒸着用原料において、次式で示される、ルテニウムに2つのジアザジエン配位子、及び、2つのアルキル配位子が配位した有機ルテニウム化合物からなる化学蒸着用原料である。
【0021】
【化6】
(式中、ジアザジエン配位子の置換基R
1〜R
8は、水素又は炭素数1以上4以下の炭化水素基である。置換基R
1〜R
4から選択される2以上の置換基は、相互に結合し、それらが直接結合する炭素原子又は窒素原子と共に環状構造を形成しても良い。置換基R
5〜R
8から選択される2以上の置換基も、相互に結合し、それらが直接結合する炭素原子又は窒素原子と共に環状構造を形成しても良い。アルキル配位子である置換基R
9、R
10は、炭素数1以上3以下のアルキル基である。)
【0022】
本発明の化学蒸着用原料は、ジアザジエン配位子及びアルキル配位子の両配位子を有する有機ルテニウム化合物からなる。これらの配位子を適用するのは、各配位子のルテニウムに対する結合の強弱を考慮し、熱的安定性を適度な範囲とし、水素雰囲気下での低温成膜を可能とするためである。即ち、有機ルテニウム化合物の構造中に、結合力が強固なジアザジエン−ルテニウム結合と、比較的弱い結合力のアルキル−ルテニウム結合とを導入して化合物全体の物性を制御するものである。
【0023】
また、この有機ルテニウム化合物は、窒素・炭素・水素からなるジアザジエン配位子と、炭素・水素からなるアルキル配位子と、ルテニウムとからなり酸素原子を含まない。従って、形成されるルテニウム薄膜に原料由来の酸素が含有することもなく、また、基板を酸化することもない。
【0024】
そして、本発明で適用される有機ルテニウム化合物は、化学蒸着用原料として要求される基本特性である蒸気圧も適切に高くなっている。これは、ジアザジエン配位子の置換基R
1〜R
8を水素又は炭素数1以上4以下の炭化水素基としつつ、アルキル配位子であるR
9、R
10について炭素数1以上3以下の比較的短鎖のアルキル基に限定したことによる。
【0025】
これらの利点を有する本発明に係る化学蒸着用原料の各構成について、以下、詳細に説明する。
【0026】
本発明で適用する有機ルテニウム化合物では、2つのジアザジエン配位子が配位する。このジアザジエン配位子中の置換基R
1〜R
8は、水素又は炭素数1以上4以下の炭化水素基である。置換基R
1〜R
8は全てが水素であっても良く、置換基R
1〜R
8の少なくともいずれかが炭化水素基であっても良い。炭化水素基は、水素と炭素で構成された置換基である。
【0027】
このようにジアザジエン配位子中の置換基R
1〜R
8について、炭素数を1以上4以下に制限するのは、これら置換基R
1〜R
8の炭素鎖も、有機ルテニウム化合物の蒸気圧に影響を与え得るからである。炭素数が過度に多くなると、蒸気圧が低くなるおそれがある。
【0028】
置換基R
1〜R
8を炭化水素基とするとき、これらの置換基の例としては直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、ビニル基、アリル基等が挙げられる。また、置換基R
1〜R
8が炭化水素基であるとき、それらは独立した置換基であっても良いが、相互に結合しても良い。即ち、置換基R
1〜R
4から選択される2以上の置換基が、相互に結合し、それらが直接結合する炭素原子又は窒素原子と共に環状構造を形成しても良い。同様に、置換基R
5〜R
8から選択される2以上の置換基も、相互に結合し、それらが直接結合する炭素原子又は窒素原子と共に環状構造を形成しても良い。例えば、下記のような環状の置換基を有するジアザジエン配位子が配位した有機ルテニウム化合物も本発明の範囲内となる。
【0029】
【化7】
【0030】
本発明に係る有機ルテニウム化合物のより好ましい構成としては、置換基R
1、R
4、R
5、R
8の少なくともいずれかがアルキル基であって、当該アルキル基の少なくともいずれかが炭素数1以上4以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基であるものである。置換基R
1、R
4、R
5、R
8の全てが炭素数1以上4以下のアルキル基であっても良いが、R
1、R
4、R
5、R
8の一部の置換基が炭素数1以上4以下のアルキル基で他の置換基が水素又はそれ以外のアルキル基でも良い。直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、iso−プロピル基、n−ブチル基、iso−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基である。
【0031】
更に、置換基R
2、R
3、R
6、R
7について、それらの少なくともいずれかがアルキル基であるとき、当該アルキル基の少なくともいずれかがメチル基であるものが好ましい。R
2、R
3、R
6、R
7の全てがメチル基であっても良いが、R
2、R
3、R
6、R
7の一部の置換基がメチル基で他の置換基が水素又はそれ以外のアルキル基でも良い。
【0032】
そして、本発明に係る有機ルテニウム化合物で、他方の配位子であるアルキル配位子R
9、R
10は、炭素数1以上3以下のアルキル基(メチル基、エチル基、n−プロピル基、iso−プロピル基)に限定される。アルキル配位子の炭素鎖の長短は、有機ルテニウム化合物の蒸気圧の高低に影響を与える。この配位子を短鎖のアルキル基に限定することで、好適な蒸気圧を確保することができる。
【0033】
次に、本発明に係る化学蒸着用原料を適用した、ルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜の化学蒸着法について説明する。本発明に係る化学蒸着法では、これまで説明した有機ルテニウム化合物からなる原料を、加熱することにより気化させて原料ガスを発生させ、この原料ガスを基板表面上に輸送して有機ルテニウム化合物を熱分解させてルテニウム薄膜を形成させるものである。
【0034】
この化学蒸着法における原料の形態に関し、本発明で適用される有機ルテニウム化合物は、常温で固体状態のものもあるが、蒸気圧が高く昇華法にて容易に気化することができる。従って、原料である有機ルテニウム化合物をそのまま加熱することができる。また、適宜の溶媒に溶解して、溶液を加熱して原料ガスを得ることもできる。原料の加熱温度としては、50℃以上150℃以下とするのが好ましい。
【0035】
気化した原料は、通常、キャリアガスと合流して基板上に輸送される。本発明の有機ルテニウム化合物は、不活性ガス(アルゴン、窒素等)をキャリアガスとし、反応ガスを使用せずともルテニウムの成膜が可能である。
【0036】
また、反応ガスを適宜に設定することもできる。本発明に係る化学蒸着用原料はルテニウムからなる薄膜を製造する際、酸素を使用しなくても成膜可能である。このとき、水素、アンモニア、ヒドラジン、ギ酸等の還元性ガス種を反応ガスとして適用できる。但し、反応ガスとして酸素の適用を忌避するものではない。ルテニウム酸化物等のルテニウム化合物薄膜の成膜においては、酸素ガスを反応ガスとして適用できる。尚、これら反応ガスは、キャリアガスを兼ねることもできる。
【0037】
成膜時の成膜温度は150℃以上500℃以下とするのが好ましい。150℃未満では、成膜反応が進行し難く効率的な成膜ができなくなる。また、高温過ぎると均一な成膜が困難となる、基板へダメージが懸念される等の問題がある。尚、この成膜温度は、通常、基板の加熱温度により調節される。もっとも、本発明の課題である低温成膜の達成を考慮すれば、成膜温度としてより好ましいのは150℃以上400℃以下であり、150℃以上300℃以下がより好ましい。