(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6045879
(24)【登録日】2016年11月25日
(45)【発行日】2016年12月14日
(54)【発明の名称】リチウムイオン二次電池の負極活物質の原料として用いるSn合金粉末およびその製造方法。
(51)【国際特許分類】
H01M 4/38 20060101AFI20161206BHJP
【FI】
H01M4/38 Z
【請求項の数】2
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2012-234443(P2012-234443)
(22)【出願日】2012年10月24日
(65)【公開番号】特開2014-86276(P2014-86276A)
(43)【公開日】2014年5月12日
【審査請求日】2015年9月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100074790
【弁理士】
【氏名又は名称】椎名 彊
(72)【発明者】
【氏名】澤田 俊之
【審査官】
結城 佐織
(56)【参考文献】
【文献】
特開2006−024517(JP,A)
【文献】
特開2008−179846(JP,A)
【文献】
特開2012−134105(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00−4/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子%(ただし、ピーク強度比の%を除く)で、
Ti,Zrの1種または2種を2.0%を超え5.0%未満含み、Co,Feの1種または2種を下記式(1)を満たす範囲で含み、残部Snおよび不可避的不純物からなり、X線回折によるASn[110]ピークに対するASn2[211]ピークの強度比が500%以上3000%以下、ASn[110]ピークに対するSn[101]ピークの強度比が10%以下(0%を含む)、ASn[110]ピークに対するA3Sn2[102]ピークの強度比が10%以上100%以下であることを特徴とするリチウムイオン電池負極活物質の原料として用いるSn合金粉末。
ただし、Aは、Co,Feの1種または2種である。
0.35≦[(Co+Fe)−2(Ti+Zr)]/[100−4(Ti+Zr)]≦0.45 ・・・(1)
【請求項2】
請求項1に記載の組成の合金溶湯を凝固させた後、250〜400℃の温度で熱処理することを特徴とするリチウムイオン電池負極活物質の原料として用いるSn合金粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放電容量、サイクル寿命に優れるリチウムイオン二次電池負極活物質の原料に用いるSn合金粉末およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、カメラ一体型VTR(ビデオテープレコーダー)、携帯電話、ノートパソコンなどのポータブル電子機器が多く登場し、その小型化および軽量化が図られている。それに伴い、それらの電子機器のポータブル電源として用いられている電池、特に二次電池についてエネルギー密度の向上が強く要請されている。このような要求に応える二次電池としては、従来より、リチウムイオンの二次電池が実用化されている。
【0003】
しかしながら、近年の携帯用機器の高性能化に伴い、二次電池の容量に対する要求はさらに強いものとなっている。このような要求に応える二次電池として、リチウム金属などの軽金属をそのまま負極活物質として用いることが提案されている。この電池では、充電過程において負極に軽金属がデンドライト状に析出しやすくなり、デンドライトの先端で電流密度が非常に高くなる。このため、非水電解液の分離などによりサイクル寿命が低下したり、また、過度にデンドライトが成長して電池の内部短絡が発生したりするという問題があった。
【0004】
これに対し、種々の合金材料などを負極活物質として用いることが提案されている。例えば、珪素合金、Sn−Ni合金、Li−Al−Sn合金、Sn−Zn合金、P−Sn合金、Sn−Cu合金等が提案されている。しかし、これらの合金材料を用いた場合においても、十分なサイクル特性は得られず、合金材料における高容量負極の特徴を十分に活かしきれていないのが実状である。
【0005】
このような課題に対し、例えば、特開2006−24517号公報(特許文献1)には、Co−Sn系合金に種々の元素を添加した合金が提案されている。また、特開2006−236835号公報(特許文献2)には、Fe,Ni,Coのうち少なくとも1つの元素とSnを含む合金が提案されている。さらに、特開2008−66025号公報(特許文献3)にも同類の合金が提案されている。
【0006】
これらの合金はリチウムイオン電池負極用材料として優れた特性を示すが、合金溶湯を凝固させて作製した場合、様々な構成相が生成することがこれら従来例に記載されており、この構成相を制御することにより高い充放電特性が得られる。特許文献2では熱処理によりCo
3Sn
2などの化合物を消失させる方法が提案され、また、特許文献3では2種類の合金粉末の混合粉末とすることで構成相の制御を行なっている。
【0007】
特に、特許文献3に示されている通り、Sn相が有害な相として知られている。さらに発明者が提案した特開2012−134105号公報(特許文献4)は低温で熱処理することにより、本合金系の凝固体に生成する2種類の非平衡相のうち、Sn相を消失させる一方でCo
3Sn
2相は残存させ微細組織を実現したものである。なお、熱処理条件は特許文献1の実施例では450℃、24h、特許文献2の実施例では500℃、12hと高温、長時間であり、これらの条件は主に非平衡相であるSnとCo
3Sn
2を消失させて平衡相の均質化された組織とすることが目的である。
【0008】
一方、特許文献4は熱処理温度を100℃を超え220℃未満とすることで、Sn相を消失させるとともにCo
3Sn
2相を残存させ、さらにCoSn相に対するCoSn
2相の生成量を制御し、放電容量とサイクル寿命の両立を図っている。
しかしながら、近年、さらに放電容量アップの要求が高く、特許文献4の材料を用いても十分な放電容量が十分でない場合が出てきた。そこで本発明は、特許文献4からさらに改良を加え、わずかなサイクル寿命の劣化に留めた上で、放電容量を増加させる技術である。
【特許文献1】特開2006−24517号公報
【特許文献2】特開2006−236835号公報
【特許文献3】特開2008−66025号公報
【特許文献4】特開2012−134105号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したような問題を解消するために、発明者らは鋭意開発を進めた結果、放電容量が高く、サイクル寿命に優れるリチウムイオン二次電池負極活物質の原料として用いるSn合金粉末およびその製造方法を提供するものである。すなわち、本発明では、合金成分としてTi,Zr量を特許文献4の低濃度領域に限定するとともに、Co,Fe量をTi,Zr量と対応させた狭い濃度域に限定しており、さらに熱処理温度として特許文献4よりも高温とすることでCoSn相に対するCoSn
2相の生成量を特許文献4より大幅に増加させることにより、更なる放電容量の増加を実現したものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
その発明の要旨とするところは、
(1)原子%(ただし、ピーク強度比の%を除く)で、
Ti,Zrの1種または2種を2.0%を超え5.0%未満含み、Co,Feの1種または2種を下記式(1)を満たす範囲で含み、残部Snおよび不可避的不純物からなり、X線回折によるASn[110]ピークに対するASn
2[211]ピークの強度比が500%以上3000%以下、ASn[110]ピークに対するSn[101]ピークの強度比が10%以下
(0%を含む)、ASn[110]ピークに対するA
3Sn
2[102]ピークの強度比が10%以上100%以下であることを特徴とするリチウムイオン電池負極活物質の原料として用いるSn合金粉末。
ただし、Aは、Co,Feの1種または2種である。
0.35≦[(Co+Fe)−2(Ti+Zr)]/[100−4(Ti+Zr)]≦0.45 ・・・(1)
【0011】
(2)前記(1)に記載の組成の合金溶湯を凝固させた後、250〜400℃の温度で熱処理することを特徴とするリチウムイオン電池負極活物質の原料として用いるSn合金粉末の製造方法にある。
【発明の効果】
【0012】
以上述べたように、本発明により放電容量が高く、サイクル寿命に優れるリチウムイオン二次電池負極活物質の原料として用いるSn合金粉末およびその製造方法を提供できるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明についての限定理由について述べる。
Ti,Zrの1種または2種を2.0%を超え5.0%未満
本発明合金において、Ti,Zrは主にA
2BSn(BはTiおよび/またはZr)を生成する元素であり、これらの元素が2.0%以下ではサイクル寿命が劣化し、5.0%以上では放電容量が劣化する。好ましくは、2.5%以上5%未満、より好ましくは3.0%以上4.8%以下である。
【0014】
Co,Feの1種または2種を式(1)を満たす範囲で含む
本発明合金において、Co,Feは、A
2BSn、ASn、ASn
2、A
3Sn
2を形成する元素である。ここで、Tiおよび/またはZrは添加した全量がA
2BSnを生成し、その余剰分のCo,Fe,SnがASn、ASn
2、A
3Sn
2を生成する。したがって、ASn、ASn
2、A
3Sn
2の生成量の比率には、Co,Fe,Snの余剰分における(Co+Fe)/(Co+Fe+Sn)の比率が大きく影響し、これが放電容量とサイクル寿命に大きな影響を与える。
【0015】
また、余剰分のCo,Feの合計は[Co+Fe−2(Ti+Zr)]、余剰分のSnは[Sn−(Ti+Zr)]=[(100−Co−Fe−Ti−Zr)−(Ti+Zr)]=[100−Co−Fe−2(Ti+Zr)]で与えられる。すなわち、A
2BSnの量論比から、この化合物を形成するA元素(Coおよび/またはFe)の合計量はB元素(Tiおよび/またはZr)の合計量の2倍であり、この化合物を形成するSn元素はB元素の合計量と同じになるため、合金全体の添加量から、これらを差し引いた量がそれぞれの余剰分となる。
【0016】
したがって、上述の余剰分における(Co+Fe)/(Co+Fe+Sn)の比率は、[(Co+Fe)−2(Ti+Zr)]/[100−4(Ti+Zr)]となり、これが式(1)の中辺である。ここで、余剰分における(Co+Fe)/(Co+Fe+Sn)の比率が0.35以上0.45以下の範囲で放電容量とサイクル寿命を両立することができる。この比率が0.35未満ではサイクル寿命が劣化し、0.45を超えると放電容量が劣化する。
【0017】
ASn[110]ピークに対するASn
2[211]ピークの強度比が500%以上3000%以下
本発明合金において、ASn相とASn
2相はいずれもLiを吸蔵し充放電に寄与する相であるが、ASn相は放電容量は比較的低く、サイクル寿命は比較的優れると考えられ、一方、ASn
2相は放電容量は比較的高く、サイクル寿命は比較的劣ると考えられる。この2相のバランスを一定範囲とすることにより放電容量とサイクル寿命が両立できる。
【0018】
ASn[110]ピークに対するASn
2[211]ピークの強度比が500%未満では、ASn
2相が少ないため放電容量に劣り、3000%を超えるとASn相が少ないためサイクル寿命に劣る。好ましくは600%以上2500%以下、より好ましくは700%以上2000%以下である。
【0019】
ASn[110]ピークに対するSn[101]ピークの強度比が10%以下
(0%を含む)
本発明合金において、Sn相は充放電に寄与するもののサイクル寿命を劣化させてしまう。10%を超えるとサイクル寿命が劣化する。好ましくは5%以下、より好ましくは0%である。
【0020】
ASn[110]ピークに対するA
3Sn
2[102]ピークの強度比が10%以上100%以下
本発明合金において、A
3Sn
2相は放電容量はほとんどないもののサイクル寿命を改善する効果があるとともに、この相を消失させるとミクロ組織が著しく粗大化し、サイクル寿命を劣化させる。10%未満ではサイクル寿命が劣化し、100%を超えると放電容量が低下してしまう。好ましくは20%以上90%以下、より好ましくは40%以上80%以下である。
【0021】
上述のピーク強度比は、全てASn[110]のピーク強度を100%とした百分率で示しており、例えばピーク強度比200%の場合、ASn[110]の2倍の高さであることを示す。また、AはCo,Feの1種または2種を示すものであり、例えばASnは、CoSnや(Co,Fe)Snなどを示す。なお、上述したASnの[110]、ASn
2の[211]、Snの[101]、A
3Sn
2[102]のおおよそのd値を示すと、それぞれ、2.64、2.53、2.79、2.09Åである。
【0022】
熱処理温度を250〜400℃
本発明方法において、請求項1に記載のSn系合金粉末を、200〜450℃の温度で熱処理することにより、ASn相に対するASn
2 相の生成量を増加させ、更なる放電容量の増加を図るものである。しかし、250℃未満ではその効果が十分でなく、また、400℃を超えると非平衡相であるSnとA
3 Sn
2 を消失させて平衡相の均質化の目的を得ることに留まり、放電容量は増加するもののサイクル寿命が劣化することから、その範囲を200〜400℃とした。
【実施例】
【0023】
以下、本発明について実施例によって具体的に説明する。
表1に示す組成のSn系合金をガスアトマイズ法もしくは単ロール法により作製した。ガスアトマイズは、溶解量1000gの母材をアルミナ性耐火坩堝中で、Ar雰囲気にて誘導溶解し、坩堝下部の細孔ノズルより溶湯を出湯した。出湯直後に窒素ガスによりアトマイズした。単ロール法は直径約1mmの小孔の空いた石英管中で、あらかじめアーク溶解法で作製した30gの母材をAr雰囲気で誘導溶解し、溶解直後に直径300mmの銅ロール上に出湯した。なお、ロール回転数は1500rpmとした。この急冷薄帯を1mm程度の長さに切断し粉末状とした。
【0024】
これらのガスアトマイズと急冷薄帯による粉末を所定の温度で2時間熱処理し、負極活物質の原料として用いるSn合金粉末を得た。熱処理はいずれも真空中で実施した。これらについてX線回折を行なった。更に、これらの原料粉末を遊星ボールミルにて粉砕し、25μm以下に分級し充放電用の供試粉末を得た。遊星ボールミルにはステンレス製の容器と直径10mmのボールを用い、300rpmで4時間粉砕した。これら供試粉末について充放電評価を行なった。以下、充放電評価の方法について説明する。
【0025】
供試粉末:市販の人造黒鉛粉末:アセチレンブラック:バインダー(スチレンブタジエンラバー):カルロキシメチルセルロースを45:40:5:5:5の比率で混合、混錬し、スラリーを得た。このスラリーを銅箔に塗布、乾燥させ、直径約10mmに打ち抜き、これを金型でプレスしたものを負極として用いた。対極にLi金属を用いたコイン型セルにて充放電評価を行なった。電解液はエチレンカーボネートとジメチルカーボネートの1:1混合溶媒中に、LiPF
6を1M濃度電解質として添加したものを用いた。
【0026】
このセルを用い、電流値1mAで充電した後、電流値1mAで参照極に対して−1.2Vになるまで放電を行なった。この時、黒鉛材料の放電容量を差し引いて、供試粉末の放電容量を評価した。また、この充放電を1サイクルとし、50サイクル目の放電容量を1サイクル目の放電容量に対する割合(%)で示し、評価した。
【0027】
【表1】
表1は、試作したSn系原料粉末の組成(at%)、式(1)の値、粉末作製法、熱処理温度、X線回折の各ピーク強度比を示し、No.1〜12は、本発明例であり、No.13〜24は比較例である。
【0028】
【表2】
表2は、放電電評価結果である。No.1〜12は、本発明例であり、No.13〜24は比較例である。
【0029】
比較例No.13は式(1)の値が低く、ピーク比(1)および(2)が大きく、ピーク比(3)が小さいためサイクル寿命に劣る。比較例No.14は式(1)の値が低く、ピーク比(3)が小さいためサイクル寿命に劣る。比較例No.15は式(1)の値が高く、ピーク比(3)が高いため放電容量に劣る。比較例No.16は式(1)の値が高く、ピーク比(1)が小さく、ピーク比(3)が大きいため放電容量に劣る。
【0030】
比較例No.17,18はTiとZrの合計量が少ないため、サイクル寿命に劣る。比較例No.19,20はTiとZrの合計量が多いため、放電容量に劣る。比較例No.21,22はピーク比(1)が低いため、放電容量に劣る。比較例No.23はピーク比(3)が低いためサイクル寿命に劣る。比較例No.24はピーク比(1)および(2)が大きく、ピーク比(3)が小さいためサイクル寿命に劣る。
【0031】
以上述べたように、本発明では、合金成分として、Ti、Zr量を限定するとともに、Co、Fe量をTi、Zr量と対応させた狭い濃度域に限定し、さらに熱処理温度を従来より高温とすることでASn相に対するASn
2 相の生成量を大幅に増加させることにより、更なる放電容量の増加を実現させることを可能としたものである。このようにして製造された放電容量が高く、サイクル寿命に優れたリチウム二次電池活物質の原料として用いるSn合金粉末であり、これをそのまま負極活物質として用いることが出来るとともに、一般的な粉砕加工で粒度などを調整したうえで負極活物質として用いることも出来る極めて優れた効果を奏するものである。
特許出願人 山陽特殊製鋼株式会社
代理人 弁理士 椎 名 彊