特許第6059627号(P6059627)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6059627
(24)【登録日】2016年12月16日
(45)【発行日】2017年1月11日
(54)【発明の名称】光偏向器および光偏向器の制御方法
(51)【国際特許分類】
   G02F 1/29 20060101AFI20161226BHJP
【FI】
   G02F1/29
【請求項の数】7
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2013-201825(P2013-201825)
(22)【出願日】2013年9月27日
(65)【公開番号】特開2015-68933(P2015-68933A)
(43)【公開日】2015年4月13日
【審査請求日】2015年8月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000102739
【氏名又は名称】エヌ・ティ・ティ・アドバンステクノロジ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】特許業務法人 谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】豊田 誠治
(72)【発明者】
【氏名】今井 欽之
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 雄三
(72)【発明者】
【氏名】宮津 純
(72)【発明者】
【氏名】小林 潤也
(72)【発明者】
【氏名】菅井 栄一
(72)【発明者】
【氏名】八木 生剛
(72)【発明者】
【氏名】長沼 和則
(72)【発明者】
【氏名】米山 幸司
(72)【発明者】
【氏名】小平 徹
(72)【発明者】
【氏名】藤浦 和夫
【審査官】 廣崎 拓登
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−020001(JP,A)
【文献】 特開2011−186218(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F 1/00 − 1/125
1/21 − 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気光学結晶と、前記電気光学結晶の対向する面に形成された少なくとも2つの電極と、前記電極を介して前記電気光学結晶内に電界を形成するための制御電圧を出力する制御電圧源とを備え、前記制御電圧により形成される電界の方向に垂直な光軸に沿って入射される入射光を、前記電界に平行な方向に偏向させる光偏向器において、
前記制御電圧源は、前記制御電圧として、正極性または負極性の直流バイアス電圧が重畳された交流電圧からなる駆動電圧であって、伝導帯での電子の移動よりも速い高周波の駆動電圧を出力することを特徴とする光偏向器。
【請求項2】
前記制御電圧源は、前記制御電圧として、前記電気光学結晶のトラップ準位に電子を捕捉させるためのトラップ充填電圧として直流電圧を出力した後、前記直流バイアス電圧が重畳された交流電圧からなる前記駆動電圧を出力することを特徴とする請求項1に記載の光偏向器。
【請求項3】
前記直流バイアス電圧の電圧値は、前記トラップ充填電圧の電圧値以上であることを特徴とする請求項2に記載の光偏向器。
【請求項4】
前記電気光学結晶は、KTN(KTa1-xNbx3(0<x<1):タンタル酸ニオブ酸カリウム)結晶、またはKTN結晶にリチウムを添加したKLTN(K1-yLiyTa1-xNbx3(0<x<1、0<y<1))結晶であることを特徴とする請求項1、2または3に記載の光偏向器。
【請求項5】
電気光学結晶と、前記電気光学結晶の対向する面に形成された少なくとも2つの電極と、前記電極を介して前記電気光学結晶内に電界を形成するための制御電圧を出力する制御電圧源とを備え、前記制御電圧により形成される電界の方向に垂直な光軸に沿って入射される入射光を、前記電界に平行な方向に偏向させる光偏向器の制御方法において、
前記制御電圧として、正極性または負極性の直流バイアス電圧が重畳された交流電圧からなる駆動電圧であって、伝導帯での電子の移動よりも速い高周波の駆動電圧を、前記制御電圧源から出力させる駆動ステップを備えたことを特徴とする光偏向器の制御方法。
【請求項6】
前記駆動ステップの前に、前記制御電圧として、前記電気光学結晶のトラップ準位に電子を捕捉させるためのトラップ充填電圧として直流電圧を、前記制御電圧源から出力させるトラップ充填ステップをさらに備えたことを特徴とする請求項5に記載の光偏向器の制御方法。
【請求項7】
前記直流バイアス電圧の電圧値は、前記トラップ充填電圧の電圧値以上であることを特徴とする請求項6に記載の光偏向器の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光偏向器および光偏向器の制御方法装置に関し、より詳細には、電気光学結晶としてKTN結晶、KLTN結晶を用いた光偏向器およびその制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光の進行方向を変える光偏向器として、電気光学結晶であるKTN(KTa1−xNb)結晶またはKLTN結晶(K1−yLiTa1−xNb)(以下、特に断りのない限り、総称して「KTN結晶」と言う)を用いた光偏向器(以下、「KTN光偏向器」と言う)が知られている。KTN光偏向器は、ガルバノミラー、ポリゴンミラー、MEMSミラー等と異なり、可動部を持たない固体素子にて構成されている(例えば、特許文献1参照)。KTN結晶は、低い電圧で屈折率が大きく変わる電気光学効果が大きい物質として知られている。さらに、Ti、Crからなる電極を用いると、KTN結晶内に電荷を注入することができ、注入された電荷によって生じる内部電界を利用して、高速・広角な光偏向器を実現することができる。
【0003】
したがって、KTN光偏向器は、高速な光偏向ないしは光掃引(スキャン)の動作をさせることができる(例えば、特許文献2参照)。このような高速性を利用して、近年、KTN光偏向器を外部共振器に組み込んだ高速の波長掃引光源を用いた医療用光断層撮像システムに注目が集まっている。医療用光断層撮像システムにおいて、KTN光偏向器は高速性を実現するためのキーデバイスであり、高速性とともに安定に動作することが求められている。
【0004】
図1に、従来のKTN光偏向器の構成を示す。KTN結晶11は、通常、図中のx軸方向の辺の長さが、y軸、z軸方向の辺の長さに比べて短いような、直方体の結晶が用いられる。一般に、KTN結晶は温度によってその物理的性質が変動することから、KTN結晶11は、温調器13によって温度制御されている。KTN結晶11の最も広い2つの対向する面上(図中の上下面)には、KTN結晶11に制御電圧を印加するための電極12a,12bが形成されている(下面の電極12bは不図示)。2つの電極間には、制御電圧源14から、KTN結晶に入射された光の偏向動作を制御するための制御電圧が印加される。
【0005】
KTN光偏向器10への入射光16は、KTN結晶11の図面左側端面から、z軸方向の光軸15に入射される。電極12を介してKTN結晶11に印加された制御電圧により、入射光16は、KTN結晶11内において偏向される。その結果、出射光17は、x軸方向に進行方向を変え、KTN結晶11より出射される。詳細は後述するが、出射光の偏向角θは、制御電圧の電圧値に依存する。
【0006】
従来のKTN光偏向器の偏向動作について、詳述する。KTN結晶には、不純物や格子欠陥などが作るエネルギー準位である「トラップ準位」が存在する。オーミック接触となる材料からなる電極を用いてKTN結晶に電圧を印加すると、KTN結晶のトラップ準位に電子をトラップ(捕捉)させることができる。その結果、KTN結晶内に空間電荷が発生する。ここで、KTN結晶のトラップ準位に捕捉された電子の電子密度を、Ntrapとすると、このKTN結晶への入射光に与えられる偏向角θは、次式で表される(例えば、非特許文献1参照)。
【0007】
【数1】
【0008】
ここで、nはKTNの屈折率、g11は電気光学定数、eは電気素量、εは誘電率、VはKTN結晶に印加された電圧値、LはKTN結晶の光が透過する方向の長さ(図1におけるz軸方向の長さ)、dはKTN結晶の電圧が印加される方向の長さ(図1におけるx軸方向の厚さ)である。式(1)から、偏向角θは、KTN結晶へ印加される電圧値Vのみならず、トラップ準位に捕捉された電子の電子密度Ntrapに比例することが分かる。
【0009】
KTN結晶に、伝導帯での電子の移動よりも速い高周波の制御電圧のみを印加した場合、電子が十分にトラップ準位に捕捉されないため、大きな電子密度Ntrapが得られない。すなわち、大きな偏向角を得ることができない。そこで、KTN光偏向器を「伝導帯での電子の移動よりも速い」程度の高速にスキャン動作させるために、従来、以下のような制御電圧を印加するようにしていた(例えば、非特許文献1参照)。
【0010】
図2を参照して、KTN結晶に印加する制御電圧について説明する。横軸に時間を示し、縦軸に電圧値を示している。制御電圧としては、トラップ準位に電子を充填させるための「トラップ充填電圧」と、それに引き続き、入射光の偏向動作ないしはスキャン動作を制御するための「駆動電圧」とが印加される。図2では、トラップ充填電圧として、正負の一定の直流電圧(DC電圧)を交互に印加している。図2における駆動電圧としては、正弦波の交流電圧(AC電圧)としているが、偏向動作ないしはスキャン動作に応じた種々の波形の交流電圧とされる場合もある。
【0011】
KTN光偏向器にて最大の偏向角を生じさせるために、駆動電圧の振幅は、一般的に、数百V程度に設定される。図2に示したように、偏向動作を行う駆動電圧を印加する前に、トラップ充填電圧を印加するようにしたことにより、駆動電圧印加時には、KTN結晶のトラップ準位に十分に電子が捕捉され、理想的な空間電荷が生成されるようになるため、高速な駆動電圧を印加しても、高速で広角な偏向動作が可能なKTN光偏向器を実現することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】国際公開WO2006/137408号
【特許文献2】特開2012−074597号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】J. Miyazu et al.: “New beam scanning model for high-speed operation using KTa1-xNbxO3 Crystals”, APEX, Vol. 4, Issue 11, pp. 115101-1-111501-3, 2011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、KTN結晶に印加する制御電圧として、駆動電圧を印加する前にトラップ充填電圧を印加するようにしたとしても、長時間にわたり駆動電圧を印加していると、徐々に偏向角が減少するという問題があった。あるいは、駆動電圧を、その振幅を異ならせながら長時間にわたり印加し続けていると、駆動電圧の振幅値に対して一定の偏向角が得られない、すなわち、偏向角の再現性が悪いという問題があった。
【0015】
図3は、図2に示す制御電圧が印加された際の、KTN結晶内のトラップ準位に捕捉された電子の電子密度Ntrapに関する経時変化を表す。横軸は時間であり、縦軸は電子密度である。電子密度は、トラップ充填電圧が印加されることによって、0からNまで増加する(時刻:〜Ttrap)。その後、正弦波状の駆動電圧を印加して偏向動作を継続すると、電子密度は次第に減少する。これは、トラップ準位に捕捉された電子が熱的に励起され、トラップ準位への束縛状態から解放されることにより、捕捉された電子が減少するためと考えられている。この結果、式(1)に従い、偏向角も減少する。
【0016】
従来のKTN光偏向器は、たとえトラップ充填電圧を印加したとしても、長時間にわたり偏向動作させた場合、徐々に偏向角が減少するという課題があった。本発明の目的は、偏向角の時間的安定性に優れたKTN結晶を用いた光偏向器および光偏向器の制御方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、このような目的を達成するために、電気光学結晶と、前記電気光学結晶の対向する面に形成された少なくとも2つの電極と、前記電極を介して前記電気光学結晶内に電界を形成するための制御電圧を出力する制御電圧源とを備え、前記制御電圧により形成される電界の方向に垂直な光軸に沿って入射される入射光を、前記電界に平行な方向に偏向させる光偏向器において、前記制御電圧源は、前記制御電圧として、正極性または負極性の直流バイアス電圧が重畳された交流電圧からなる駆動電圧であって、伝導帯での電子の移動よりも速い高周波の駆動電圧を出力することを特徴とする。
【0018】
前記電気光学結晶は、KTN(KTa1−xNb(0<x<1):タンタル酸ニオブ酸カリウム)結晶、またはKTN結晶にリチウムを添加したKLTN(K1−yLiTa1−xNb(0<x<1、0<y<1))結晶である。
【0019】
本発明は、KTNなどの電気光学結晶を用いた光偏向器において、制御電圧として、伝導帯での電子の移動よりも速い高周波のAC電圧を印加中に、DCバイアスを印加することにより、常に電気光学結晶に電子を供給し、熱的に励起されてトラップからの束縛状態から解放される残留電子を極力無くすことを特徴とする。さらに伝導帯にも電子を供給することにより、AC電圧の振幅値が同じであっても、DCバイアスを印加することにより偏向特性を改善することできる。
【発明の効果】
【0020】
以上説明したように、本発明によれば、偏向動作を制御する制御電圧として、DCバイアスを重畳したAC電圧を印加することによって、長時間にわたり偏向動作を継続しても、偏向角の時間的変動が極めて少ない光偏向器を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】従来のKTN光偏向器の構成を示す図である。
図2】従来のKTN結晶に印加する制御電圧を説明するための図である。
図3】従来のKTN光偏向器におけるKTN結晶内のトラップ準位に捕捉された電子の電荷密度の経時変化を示す模式図である。
図4】本発明の実施例1に係る制御電圧の電圧波形を示す図である。
図5】本発明の実施例1の作用効果を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について詳細に説明する。本実施形態のKTN光偏向器の構成は、図1に示した従来のKTN光偏向器の構成と同じである。すなわち、KTN光偏向器は、直方体の電気光学結晶であるKTN結晶と、KTN結晶の最も広い2つの対向する面上に形成された、KTN結晶に制御電圧を印加するための少なくとも2つの電極とを備える。電極は、オーミック接触となる材料、例えば、Ti、Crなどで構成されることが望ましい。その場合、KTN結晶のトラップ準位に電子を十分に捕捉させることができ、捕捉された電子による内部電界を利用して、高速・広角な光偏向器を実現することができる。
【0023】
さらに、KTN光偏向器は、2つの電極間に接続され、KTN結晶に入射された光の偏向動作を制御するために、KTN結晶内に電界を形成するための制御電圧を出力する制御電圧源を備える。制御電圧源は、後述する制御電圧を出力可能な構成であればよく、典型的には、中央演算装置(CPU)、主記憶装置、補助記憶装置からなり、所定のプログラムを実行可能することにより、後述の制御電圧を出力可能とする構成であればよい。
【0024】
KTN結晶は、温度によってその物理的性質が変動することから、KTN結晶を所望の温度になるように温度制御するための温調器を備えてもよい。その場合、KTN結晶の温度を制御するための制御回路を備えてもよい。図1に示したように、温調器がKTN結晶を保持するような構成としてもよい。
【0025】
具体的なKTN光偏向器の構成例を以下に示す。
【実施例1】
【0026】
KTN結晶11は、4.0x3.2x1.2mmとなるように加工されている。KTN結晶11の4.0x3.2mmの両面に、Ti/Pt/Auを蒸着した電極12a,12bを備える。KTN結晶11の誘電率は、立方晶領域で17,500となるように温調器により温度設定する。
【0027】
KTN偏向器10への入射光は、図1に示したように、制御電圧により形成される電界の方向(x軸方向)に垂直なz軸方向の光軸15に沿って入射される。電極12a,12bを介してKTN結晶11に印加された制御電圧により、入射光16は、KTN結晶11内において偏向され、電界に平行なx軸方向に進行方向を変え、出射光17としてKTN結晶11より出射される。次に、本実施形態のKTN光偏向器における制御電圧について、詳細に説明する。
【0028】
図4に、本発明の実施例1に係る制御電圧の電圧波形を示す。横軸は経過時間を示し、縦軸は電圧値を示している。偏向動作を制御する駆動電圧を印加する前に、トラップ準位に電子を充填させるための「トラップ充填電圧」を、時間Ttrapだけ印加する。「トラップ充填電圧」は、例えば、Ttrap/2の時間だけ正極性の直流電圧(DC電圧)を印加し、引き続いてTtrap/2の時間だけ負極性のDC電圧を印加する。ここで、Ttrapは、KTN結晶のトラップ準位に電子が十分に捕捉されるだけの時間であればよい。なお、図4ではトラップ充填電圧として、正負交互に同じ絶対値のDC電圧を同じ時間だけ印加したが、正負のDC電圧の絶対値、印加時間が異なるようにしてもよい。さらには、正のDC電圧のないし負のDC電圧のみであってもよい。
【0029】
続いて、偏向動作を制御するための「駆動電圧」を印加する。駆動電圧としては、直流電圧(DCバイアス)が重畳された交流電圧(AC電圧)を用いる。典型的には、駆動電圧は、図4に示したように、正極性のDCバイアスが重畳された正弦波状の交流電圧である。しかし、正弦波状のものだけでなく、偏向動作ないしはスキャン動作に応じた種々の交流電圧に、DCバイアスを重畳するようにしてもよい。駆動電圧は、負極性のDCバイアスが重畳された交流電圧であってもよい。本実施形態の特徴は、AC電圧に、正または負のDCバイアスが重畳されていることにある。
【0030】
なお、駆動電圧に重畳するDCバイアスの電圧値は、好ましくは、KTN結晶のトラップ準位に電子を捕捉しうる最低限の電圧値以上であることが望ましい。上述のとおり、トラップ準位とは「不純物や格子欠陥などが作るエネルギー準位」であり、この準位に電子を捕捉させるためには、結晶の組成や製造方法によって決まる一定の電圧値以上の電圧を印加する必要がある。このような電圧値以上のDCバイアスを、駆動電圧に重畳することにより、効果的にKTN結晶のトラップ準位に電子を捕捉させることができる。
【0031】
本実施例の制御電圧を印加したKTN光偏向器の偏向動作を確認した。トラップ充填電圧としては、+300VのDC電圧を30秒印加し、引き続いて−300VのDC電圧を30秒印加した。すなわち、Ttrap=60秒とした。駆動電圧としては、DCバイアスとして+300Vを重畳した正弦波波形の交流電圧とし、その振幅を300V、周波数を200kHzとした。以上のような制御電圧をKTN光偏向器に印加して、偏向動作させたところ、5時間以上にわたってほぼ一定の偏向角が得られた。
【0032】
従来技術と比較すると、図2に示したように、駆動電圧としてDCバイアスを重畳しない場合には、5時間の駆動電圧印加時において徐々に偏向角が減少した。具体的には、駆動電圧印加直後の偏向角は、波長1.3μmにおいて100mradであったが、5時間後の偏向角は70mradに減少していた。
【0033】
一方、本実施例の駆動電圧印加直後の偏向角も、波長1.3μmにおいて100mradであり、駆動電圧として、DCバイアス+300Vを重畳した場合は、前述のとおり5時間以上にわたりほぼ一定の偏向角が得られた。さらに、5時間後の偏向角は120mradと、従来の駆動電圧を印加した場合に比べて増加していた。これは、伝導帯にも電子が注入され、これらの電子も偏向角に寄与していると考えられる。
【0034】
図5を参照して、駆動電圧にDCバイアスを重畳することの意義を説明する。トラップ充填電圧により、負極側の電極よりKTN結晶に注入された電子は、KTN結晶のある準位のトラップサイト(トラップ準位)に捕捉される。この状態でトラップ充填電圧をオフにすると、この捕捉された電子は、熱再放出によって束縛状態から解放されて、捕捉された電子は消失してしまう。しかし、駆動電圧にDCバイアスを重畳して印加し続けることにより、熱再放出される電子を補うように電子が負電極からKTN結晶に供給される。このため、長時間にわたり偏向動作を継続しても、十分な電子がKTN結晶内に残留することになる。このような理由により、長時間にわたり偏向動作を継続しても、偏向角の時間的変動が極めて少ないKTN光偏向器を実現することができる。
【0035】
なお、駆動電圧に重畳するDCバイアスの電圧値は、トラップ充填電圧と同じ電圧値に設定したが、より低い電圧でもよい。その場合であっても、偏向角の時間的安定性は向上する。
【実施例2】
【0036】
実施例1では、制御電圧として、トラップ充填電圧を印加の後、DCバイアスが重畳された交流電圧である駆動電圧を印加するようにした。本実施例では、制御電圧にトラップ充填電圧を用いず、DCバイアスが重畳された交流電圧である駆動電圧のみを印加するものである。それ以外は、実施例1と同様の構成である。
【0037】
本実施例の制御電圧を印加したKTN光偏向器の偏向動作を確認した。制御電圧である駆動電圧としては、DCバイアスとして+300Vを重畳した正弦波波形の交流電圧とし、その振幅を300V、周波数を200kHzとした。このような制御電圧でKTN光偏向器を動作させたところ、制御電圧の印加直後から数分程度は、偏向角が徐々に増加する初期変動が確認されたが、その後は、実施例1の結果と同様、5時間以上にわたってほぼ一定の偏向角(120mrad)が得られた。
【0038】
このように、本実施例に係る発明においても、長時間にわたり偏向動作を継続しても、偏向角の時間的変動が極めて少ないKTN光偏向器を実現することができる。
【符号の説明】
【0039】
10 KTN偏向器
11 KTN結晶
12a,12b 電極
13 温調器
14 制御電圧源
15 光軸
16 入射光
17 出射光
図1
図2
図3
図4
図5