(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記上パンチと前記下パンチの少なくとも一方が移動可能な前記方向において、前記磁界中プレス成形前のキャビティの長さ(L0)の前記成形体の長さ(LF)に対する比(L0/LF)が1.1〜1.4であることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の希土類系焼結磁石の製造方法。
【背景技術】
【0002】
R−T−B系焼結磁石(Rは希土類元素(イットリウム(Y)を含む概念)の少なくとも1種、Tは鉄(Fe)または鉄とコバルト(Co)、Bは硼素を意味する)およびサマリウム・コバルト系焼結磁石等の希土類系焼結磁石は、例えば残留磁束密度B
r(以下、単に「B
r」という場合がある)、保磁力H
cJ(以下、単に「H
cJ」という場合がある)などの磁気特性に優れることから広く用いられている。
【0003】
特に、R−T―B系焼結磁石は、これまでに知られている各種磁石の中でも最も高い磁気エネルギー積を示し、かつ比較的安価であることから、ハードディスクドライブのボイスコイルモータ、ハイブリッド自動車用モータ、電気自動車用モータ等の各種モータならびに家電製品等など多種多様な用途に用いられている。そして、近年、各種用途における小型化・軽量化あるいは高能率化のため、R−T−B系焼結磁石等の希土類系焼結磁石のより一層の磁気特性の向上が要望されている。
【0004】
R−T―B系焼結磁石は、強磁性相であるR
2T
14B相を主相とし、非磁性で希土類元素(R)の濃縮した低融点のRリッチ相が共存する組織を有している。R−T―B系焼結磁石の磁気特性を向上させる方法として、(1)R
2T
14B相の微細化、(2)R
2T
14B相の配向度を高めること、(3)酸素量の低減、(4)R
2T
14B相の比率向上、が知られている。
【0005】
R−T−B系焼結磁石を含む多くの希土類系焼結磁石の製造には、金属等の原料を溶解(溶融)し、溶湯を鋳型に鋳造することにより得たインゴット、またはストリップキャスト法により得たストリップ等の所望の組成を有する原料合金鋳造材を粉砕して得た所定の粒径を有する合金粉末が用いられる。当該合金粉末をプレス成形(磁界中プレス成形)して成形体(圧粉体)を得て、さらに当該成形体を焼結することによりR−T−B系焼結磁石を含む多くの希土類系焼結磁石が製造される。
【0006】
鋳造材から合金粉末を得る際、多くの場合、粒径の大きい粗粉末(粗粉砕粉)に粉砕する粗粉砕工程と、粗粉末を更に所望の粒径の合金粉末に粉砕する微粉砕工程の2つの粉砕工程を用いる。
また、プレス成形(磁界中プレス成形)の方法は2つに大別される。一方は、得られた合金粉末を乾燥した状態のままプレス成形する乾式成形法である。他方は、例えば、特許文献1に記載される湿式成形法であり、合金粉末を油等の分散媒に分散させてスラリーとし、合金粉末をこのスラリーの状態で金型のキャビティ内に供給しプレス成形を行う。
【0007】
さらに、乾式成形法および湿式成形法は、それぞれ、磁界中プレス時のプレス方向と磁界の方向との関係により2つに大別できる。一方は、プレスにより圧縮する方向(プレス方向)と合金粉末に印加される磁界の向きが直交する直角磁界成形法(「横磁界成形法」ともいう)であり、他方は、プレス方向と合金粉末に印加される磁界の向きが平行である平行磁界成形法(「縦磁界成形法」ともいう。)である。
【0008】
乾式成形法は、成形機の構造が比較的単純であり、プレス成形中の脱分散媒(分散媒の除去)、成形体からの脱分散媒などの工程が不要であることなどから、多く採用されている。特に、直角磁界成形法によれば、プレス方向と磁界印加方向が直交しているため、磁界印加方向に配向された合金粉末の配向をそれほど乱さずにプレス成形することができ、R
2T
14B相の配向度が高い成形体を製造することができる。一方、平行磁界成形法は、プレス方向と磁界印加方法が平行であるため、プレス成形時に合金粉末の配向が乱れ易く、直角磁界成形法と比べるとR
2T
14B相の配向度は低い。従って、乾式成形法においては、主として直角磁界成形法が用いられ、直角磁界成形法で成形が困難な円板状、リング状、薄板状などの形状に限って平行磁界成形法で製造されている。
【0009】
しかしながら、乾式成形法は、キャビティへ合金粉末を供給する際およびプレス成形時に、合金粉末が大気に触れることが避けられず、また、プレス成形終了後の成形体の取出しの際も、成形体が大気に触れることとなり、成形体の酸素量が増加し、磁気特性の低下を招く。また、合金粉末同士あるいは合金粉末と金型との間に大きな摩擦が生ずるのを避けることが困難であり、印加磁界により合金粉末が回転、配向する際の抵抗が大きいため、R
2T
14B相の配向度を高くするのに限界がある。
【0010】
これに対して、湿式成形法は、スラリーの供給や脱分散媒を行う必要があるため、成形機の構造が比較的複雑となるものの、分散媒によって合金粉末および成形体の酸化が抑制され、成形体の酸素量を低減することができる。また、磁界中プレス成形時に合金粉末の間に分散媒が介在することから、摩擦力などによる拘束が弱いため、合金粉末が磁界印加方向により容易に回転できる。このため、より高い配向度を得ることができる。従って、乾式成形法よりも磁気特性に優れた希土類系焼結磁石を得ることができるという利点がある。
【0011】
このように、湿式成形法を用いると、乾式成形法よりも高い配向度と優れた酸化抑制効果を得ることができ、得られるR−T―B系焼結磁石がより高い磁気特性を有する傾向がある。そして、湿式成形法を用いることによる、この高い配向度と優れた酸化抑制効果は、R−T―B系焼結磁石のみならず、他の希土類系焼結磁石においても同じように得ることができる。
【0012】
しかしながら、湿式成形法においても、以下のような問題がある。
湿式成形法ではキャビティ内にスラリーを入れて磁界中プレス成形を行う際に、スラリー中の分散媒(油等)の多くをキャビティ外に排出する必要があり、通常、上パンチまたは下パンチの少なくとも一方に分散媒排出孔を設け、上パンチおよび/または下パンチの移動によりキャビティの体積が減少し、スラリーが加圧されると分散媒排出孔から分散媒が排出される。この際、分散媒排出孔に近い部分からスラリー中の分散媒が濾過排出(濾過および排出)されるため、プレス成形の初期段階では分散媒排出孔に近い部分に合金粉末の濃度が高くなった(密度が高い)「ケーキ層」と呼ばれる層を形成する。
【0013】
そして、上パンチおよび/または下パンチが移動し、プレス成形が進行するとともに、より多くの分散媒が濾過排出され、キャビティ内のケーキ層の領域が広がっていく。最終的には、キャビティ層内の全域が、合金粉末の密度が高い(分散媒濃度の低い)ケーキ層となり、さらに合金粉末同士が結合し(比較的弱く結合し)成形体が得られる。
【0014】
プレス成形の初期段階において、分散媒排出孔に近い部分(キャビティ内の上部および/または下部)にケーキ層が形成されると、直角磁界成形法では、磁界の方向が曲がる傾向がある。
ケーキ層は合金粉末の密度が高い(単位体積当たりの合金粉末量が多い)ため、スラリーのケーキ層以外の部分(単位体積当たりの合金粉末量が少ない部分)と比較して透磁率が高くなっている。このため、磁界は、ケーキ層に集束することとなる。これは、喩え、キャビティの外側では磁界がキャビティ側面に概ね垂直に印加されても、キャビティ内部では磁界がケーキ層の方に曲げられることを意味する。従って、この曲がった磁界に沿って合金粉末が配向するため、プレス成形後の成形体において、配向が曲がった部分が存在することとなり、成形体単体における配向度が低下し、焼結磁石において十分な磁気特性が得られない場合がある。
【0015】
この磁界が曲がることにより希土類系焼結磁石の磁気特性が低下する問題は、磁界印加方向のキャビティの寸法が大きいほど、例えば10mmを超えると顕著になる。
【0016】
一方、平行磁界成形法では、磁界はプレス方向に平行な方向、すなわち、上パンチから下パンチに向かう方向に平行な方向に印加されるため、喩え、上パンチおよび/または下パンチの分散媒排出口に近い部分にケーキ層が形成されても、磁界は曲げられることなく、ケーキ層の無い部分からケーキ層内へと真っ直ぐ進む。このため、直角磁界成形法のように磁界印加方向のキャビティの寸法に制約を受けることはない。
【0017】
しかしながら、磁界印加方向のキャビティの寸法が大きくなると、磁界発生源となるコイル間の距離が長くなるため、キャビティ内に印加される磁界の強度が小さくなり、合金粉末の配向度が低下してしまう。従って、磁界印加方向の寸法を大きくする際は、磁界強度を大きくしなければならない。また、プレス方向と磁界印加方法が平行であるがゆえに、プレス成形時に合金粉末の配向が乱れ易くなるという問題を解決するためにも、磁界強度を大きくすることは有効である。
【0018】
しかし、磁界強度を大きくしても、所望の磁気特性を得られない場合がある。特に、磁界印加方向のキャビティの寸法が大きな長尺や大型の成形体を得ようとする場合に、成形体の各部分における密度にばらつきが多く発生する傾向がある。これは湿式成形法特有の問題であり、直角磁界成形法でも同様の問題が生じる。成形体の各部分における密度にばらつきが発生すると、プレス成形後の成形体取出し時に成形体に割れが生じる、および焼結時の収縮により割れが生じるなどの問題が生じる。
【0019】
このような状況から、湿式成形法による平行磁界成形法は、特許文献1などにより文献上では知られているものの、実際の製造現場では磁界印加方向のキャビティの寸法(キャビティの深さ寸法)が例えば10mmよりも大きな値を有する、長尺成形体または大型成形体の製造に平行磁界成形法を使用することはなかった。つまり、これまで、磁界印加方向のキャビティの寸法(キャビティの深さ寸法)が10mmを超える成形体より得られ、均一でかつ高い磁気特性を有する、希土類系焼結磁石は湿式成形法では製造されていなかった。
【0020】
これまで、磁界印加方向に寸法が大きい成形体は、主として乾式成形法による直角磁界成形法により製造されていた。例えば、特許文献2に示されるように、断面が略円弧状の外周縁と略円弧状の内周縁と前記外周縁と内周縁とを結ぶ一対の側周縁とからなる形状(以下、「略弓形」という)の長尺成形体をプレス成形し、焼結後、磁界印加方向と直交する方向にスライス加工することにより、ハードディスクドライブのボイスコイルモータ用磁石を製造していた。
【0021】
しかし、前記の通り、乾式成形法では、成形体の酸素量が増加し、磁気特性の低下を招くとともに、R
2T
14B相の配向度を高くするのに限界がある。また、乾式成形法による直角磁界成形法においても磁界印加方法の寸法には限度がある。
このため、前記方法では直方体などの比較的単純な形状は製造可能であるが、断面が略弓形などの複雑形状の場合は、形成するのが困難であり、また喩え特許文献2に記載の方法等により形成できても十分な磁気特性を得ることができない場合が多かった。
さらに、近年、ハードディスクドライブのボイスコイルモータ用磁石として用いられている、断面が略弓形で外R面(略円弧状の外周面)、内R面(略円弧状の内周面)および円弧端面の少なくとも一部に凸部が形成されたような形状など、磁界印加方向に寸法が大きく、且つ磁界印加方向と直交する方向の断面形状が複雑な形状の長尺成形品を乾式成形法により製造することは不可能であった。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、図面に基づいて本発明の実施形態を詳細に説明する。なお、以下の説明では、必要に応じて特定の方向や位置を示す用語(例えば、「上」、「下」、「右」、「左」及びそれらの用語を含む別の用語)を用いるが、それらの用語の使用は図面を参照した発明の理解を容易にするためであって、それらの用語の意味によって本発明の技術的範囲が制限されるものではない。また、複数の図面に表れる同一符号の部分は同一の部分又は部材を示す。
【0033】
従来、湿式成形法の平行磁界成形法において、キャビティの深さ寸法が大きい場合、合金粉末の配向度低下を防止するため磁界強度を大きくしていたが、上述のように磁界強度を上昇させるだけでは、磁気特性をより一層向上させることはできない。
そこで、本発明者らは鋭意検討した結果、平行磁界成形法において、キャビティ内に1.5T以上の磁界を印加した状態で、キャビティ内にスラリーを流量20cm
3/秒〜600cm
3/秒の範囲で供給して成形体を製造することにより成形体の各部分における密度ばらつきがほとんど無くなり、この結果、当該成形体より得た希土類系焼結磁石の各部分における磁気特性が均一で(磁石の部位の差による磁気特性のバラツキが少なく)かつ高い磁気特性を有することを見出し本発明に至ったものである。
【0034】
上述のとおり、そもそも、磁界印加方向のキャビティの寸法(キャビティの深さ寸法)が10mmを超える成形体は湿式成形法ではこれまで製造されていなかった。従って、1.5T以上の磁界を印加するという必要性自体がなかった。また、従来の湿式成形法では、生産能率向上のため、できるだけ早くスラリーを供給する(スラリー流量を多くする)ことが重視されていたので、スラリーの供給量を例えば、600cm
3/秒以下のような比較的小さい値に調整するという技術思想がこれまでなかった。
【0035】
1.5T以上の磁界を印加した状態で、スラリーの供給量を20〜600cm
3/秒の範囲にすることによって、得られた成形体の各部分における密度ばらつきがほとんど無くなる理由は明らかではないが、本発明者らが推定する理由は以下の通りである。
ただし、この理由は、現時点で得られている知見から推定したものであり、本発明の技術的範囲を制限することを意図したものではないことに留意すべきである。
【0036】
1.5T以上の磁界を印加したキャビティ内にスラリーを供給する場合、キャビティ内では上パンチ面および下パンチ面が磁極となっているため、下パンチ近傍から供給されたスラリー(とりわけ、スラリー中の合金粉末)は磁界の方向に配向するとともに、下パンチ面に引きつけられ山状に堆積していくと想定される。そして、更にスラリーを供給すると、新たに供給された、スラリー(とりわけ、スラリー中の合金粉末)は前記の山を押し上げるように満たされていき、最終的にキャビティ内がスラリーにより満たされると想定される。
【0037】
磁界印加方向の寸法が大きな長尺や大型の成形体の場合に、成形体の各部分における密度にばらつきが多く発生していた理由は、スラリーが山状に堆積する際、スラリー中の合金粉末が下パンチ面に引きつけられることにより、固体である合金粉末と液体である分散媒とが分離(固液分離)し、分離した分散媒がキャビティの周囲(前記山の裾部)に集まることに起因すると考えられる。
すなわち、このような状態でスラリーを供給し(前記の山を押し上げるように)キャビティ内をスラリーで満たした後プレス成形することは、合金粉末の密度(単体積あたりに存在する合金粉末の量)が、キャビティの中心部および底部に比べてキャビティの上部および周囲の方が低い状態でプレス成形することとなり、従って、得られた成形体の中心部や底部に比べ上部や周囲の密度が低くなると考えられる。成形体の各部分において密度が異なると、成形体を焼結して得られる焼結磁石の磁気特性の低下および場所によるバラツキを生ずることとなる。
さらに、このような密度のバラツキがあると、プレス成形後の成形体取出し時に成形体に割れが生じる場合があり、また、成形体で割れが無くても、焼結時の収縮により割れが生じる場合がある。
すなわち、1.5T以上の磁界を印加した状態でキャビティ内にスラリーを供給する場合は、磁界の強さが1.5T未満である従来の成形方法と同様に比較的大きい流量でスラリーをキャビティ内に供給すると、固液分離が顕著となり、成形体の各部分における密度にばらつきが多く発生するものと考えられる。
【0038】
本発明では、スラリーの供給量が20cm
3/秒〜600cm
3/秒と従来と比べ少ない量であるため、固液分離が抑制されているものと考えられる。そのため、成形体の各部分における密度ばらつきがほとんど無くなり、結果として、磁石単体の各部分における磁気特性が均一でかつ高い磁気特性を有する、磁界印加方向の寸法が大きな長尺や大型の希土類系焼結磁石が得られると考えられる。
【0039】
また、スラリー流量が多い従来の製造方法では、スラリー供給口から多量のスラリーが流入してくるため、特に、スラリー供給の末期段階(キャビティ内がスラリーで完全に満たされる直前)に、スラリー供給口近傍において、磁界に平行な方向に配向していた合金粉末を押し退ける(排除する)こととなり、合金粉末の配向が乱れる傾向にあることを本発明者らが新たに見出した。このスラリー供給口近傍の配向の乱れた部分は、そのまま(配向が乱れたまま)で、プレス成形、脱油処理、焼結および熱処理等の工程を経て、希土類系焼結磁石となるため、この部分の磁気特性が他の部分に比べ低下するということも本発明者らは見出した。このスラリー供給口近傍の配向の乱れに起因する磁気特性の低下は、キャビティの深さ寸法が大きな長尺や大型の成形体をプレス成形する場合に、より顕著となる。
【0040】
本発明では、スラリーの供給量が20cm
3/秒〜600cm
3/秒と従来と比べ少ない量であるため、磁界の方向に配向している合金粉末に与える影響は限定的であり、スラリー供給口の近傍における配向の乱れは、非常に少ないと考えられる。この結果、本発明では、スラリー供給口の近傍に相当する部分の磁気特性の低下が極めて少なく、磁石単体の各部分における磁気特性が均一でかつ高い磁気特性を有する、磁界印加方向の寸法が大きな長尺や大型の希土類系焼結磁石が得られる。
【0041】
スラリーの供給量を20cm
3/秒〜600cm
3/秒とすることで、得られた焼結磁石の磁気特性を向上できることについて、本発明者らが推定する理由は、上述のように、(1)成形体の密度が均一となること、および(2)スラリー供給口近傍の合金粉末の配向の乱れを抑制できることの2つであり、この2つの理由のうち、少なくとも1つが寄与していると推定している。
【0042】
1.成形
以下に、本発明の希土類系焼結磁石の製造方法に係る成形工程の詳細を示す。
図1(a)〜
図1(d)は、本発明の希土類系焼結磁石の製造方法を示す概略断面図である。以降、
図1(a)〜
図1(d)を纏めて「
図1」という場合がある。
図1(a)は、スラリーを供給する前の成形装置100の概略断面図である。成形装置100は、金型5の貫通孔と上パンチ1と下パンチ3とに取り囲まれたキャビティ9を有している。
【0043】
(1)成形装置
キャビティ9は、成形方向に沿った長さL0を有している。ここで、成形方向とは、上パンチと下パンチの少なくとも一方が他方に接近するために移動する方向(すなわちプレス方向)を意味する。
図1に示す実施形態では、後述するように下パンチ3が固定され、上パンチ1と金型5とが、一体的に移動する。従って、
図1において上から下に向かう方向(
図1(c)および
図1(d)の矢印Pの方向)が成形方向である。
【0044】
上パンチ1の側面と、金型3の下部側面とに電磁石7が配置される。破線Bは、電磁石7により形成される磁界を模式的に示している。キャビティ9内には、破線B上の矢印が示すように、
図1の下から上方向、すなわち成形方向に平行な方向に磁界が印加されている。
【0045】
磁界の強さは、1.5T以上である。キャビティ9の内部にスラリーを供給した際にスラリー中の合金粉末の磁化方向がより確実に磁界の方向に配向し、高い配向度が得られるからである。1.5T未満では合金粉末の配向度が低下する、またはプレス成形時に合金粉末の配向が乱れ易くなる。キャビティ9の内部の磁界の強さは、ガウスメータで測定または磁界解析により求めることができる。
【0046】
なお、電磁石7は、
図1に示すように上パンチ1の側面および金型5の下部側面を取り囲むように、配置されていることが好ましい。キャビティ9内に成形方向に平行でかつ均一な磁界を形成できるからである。成形方法に平行とは
図1に示すように、磁界の向きが下パンチ3から上パンチ1の方向(図の下から上方向)である場合だけでなく、逆方向、すなわち、磁界の向きが上パンチ1から下パンチ3の方向(図の上から下方向)である場合も含む。
【0047】
キャビティ9は、その内部にスラリーを挿入するための供給口15と繋がっている。
図1の実施形態では、金型5の内部を貫通する貫通孔が供給口15として機能する。供給口15は、図示しないスラリー供給装置(油圧シリンダを有する油圧装置)と繋がっており、油圧シリンダ等により加圧されたスラリー25が供給口15を通ってキャビティ9に供給される。
【0048】
上パンチ1は、好ましくは、スラリー中の分散媒をキャビティ9の外側に濾過排出するための分散媒排出孔11を有している。より好ましい実施形態では、上パンチ1は、
図1に示すように複数の分散媒排出孔11を有している。
上パンチ1が分散媒排出孔11を有する場合、上パンチ1は、分散媒排出孔11を覆うように、例えば濾布、濾紙、多孔質フィルターまたは金属フィルターのようなフィルター13を有することが好ましい。これにより、合金粉末が分散媒排出孔11内に侵入するのをより確実に防止(すなわち、分散媒のみを濾過)し、スラリー中の分散媒をキャビティ9の外側に濾過排出できる。
【0049】
分散媒排出孔11を、上パンチ1に設けるのに代えて、または上パンチ1に設けるのと併せて、下パンチ3に分散媒排出孔11を設けてもよい。このように、下パンチ3に分散媒排出孔11を設ける場合も分散媒排出孔11を覆うように、フィルター13を配置することが好ましい。
【0050】
(2)スラリー供給
次に、キャビティ9内に20〜600cm
3/秒の流量(スラリー供給量)でスラリー25を供給する。流量が20cm
3/秒未満では、流量を調整することが困難であり、また、配管抵抗によってキャビティ内にスラリーを供給できない場合があるからである。一方、流量が600cm
3/秒を超えると、上述のように、成形体の各部分における密度にばらつきが発生し、プレス成形後の成形体取出し時に成形体に割れが生じる、または焼結時の収縮により割れが生じる場合があるからである。また、スラリー供給口近傍に配向の乱れが生じ得るからである。
スラリーの流量は、好ましくは20〜400cm
3/秒であり、より好ましくは20〜200cm
3/秒である。前記好ましい範囲さらには前記より好ましい範囲にすることにより、成形体の各部分における密度ばらつきをより一層低減することができる。
スラリーの流量は、スラリー供給装置となる油圧シリンダを有する油圧装置の流量調整弁を調整することによって、油圧シリンダへ送り込む油の流量を変化させ、油圧シリンダの速度を変化させることによって制御することができる。
【0051】
図1(b)は、キャビティ9が供給されたスラリー25により満たされている状態を示す模式断面図である。スラリー25は、希土類元素を含有する合金粉末21と、例えば油等である分散媒23とを含む。
図1(b)に示す状態では、上パンチ1と下パンチ3は、静止した状態であり、従って、キャビティ9の成形方向における長さ(すなわち、上パンチ1と下パンチ3との距離)はL0で一定のままである。また、キャビティ9の内部には、
図1(a)と同じ磁界が印加されている。
【0052】
スラリーの供給圧力は1.96MPa〜14.71MPa(20kgf/cm
2〜150kgf/cm
2)が好ましい。
【0053】
供給口15は、直径2mm〜30mmであることが好ましい。
【0054】
キャビティ9内に供給されたスラリー25の合金粉末21は、キャビティ内に印加された1.5T以上の磁界により、その磁化方向が、磁界の方向に平行、すなわち成形方向に平行となる。
図1(b)〜
図1(d)において、合金粉末21内に示した矢印は、合金粉末21の磁化方向を模式的に示したものである。
【0055】
(3)プレス成形
このように、キャビティ9が供給されたスラリー25により満たされた後、プレス成形を行う。
図1(c)および
図1(d)は、プレス成形を模式的に示す概略断面図である。
図1(c)は、キャビティ9の成形方向の長さがL1(L0>L1)となるまで圧縮した状態を示し、
図1(d)は、キャビティ9の成形方向の長さが得ようとする成形体の長さであるLF(L1>LF)となるまで圧縮した状態である。
【0056】
プレス成形は、上パンチ1と下パンチ3の少なくとも一方を移動させ、上パンチ1と下パンチ3とを接近させることにより、キャビティ9の体積を減少させて行う。
図1(c)および
図1(d)に示す実施形態では、下パンチ3が固定されており、上パンチ1と金型5とが一体となって、図中の矢印Pの方向(図の上方向から下方向)に移動することによって、プレス成形を行う。
【0057】
図1(c)に示すように、磁界中プレス成形を行い、キャビティ9の体積が小さくなると、分散媒排出孔11に近い部分からスラリー25中の分散媒23が分散媒排出孔11を通って濾過排出される。一方、合金粉末21は、キャビティ9に残存するため、分散媒排出孔に近い部分からケーキ層27を形成する。そして、
図1(d)に示すように、遂には、ケーキ層27がキャビティ9の全体に拡がり、合金粉末21同士が結合し、成形方向の長さ(圧縮方向の長さ)がLFの成形体が得られる。なお、本願明細書において、「ケーキ層」とは、スラリー中の分散媒をキャビティ9の外側に濾過排出することにより、合金粉末の濃度が高くなった層のことを言う(多くの場合、所謂、ケーキ状の状態にある)。
【0058】
本発明に係る磁界中プレス成形において、プレス成形を行う前のキャビティ9の成形方向の長さ(L0)の得られる成形体の成形方向の長さ(LF)に対する比(L0/LF)は1.1〜1.4であることが好ましい。L0/LF比を1.1〜1.4にすることにより、磁化方法が磁界の方向に配向している合金粉末21がプレス成形時に付与される応力により回転し、その磁化方向が磁界に平行な方向から逸れるリスクを軽減することができ、磁気特性をさらに向上させることができる。L0/LF比を1.1〜1.4にするには、スラリーを高濃度(例えば84%以上)にするなどの方法を例示できる。
【0059】
なお、
図1(c)および
図1(d)に示す実施形態では、下パンチ3を固定し、上パンチ1と金型5とを一体的に移動させて磁界プレス成形を行うが、上述のようにこれに限定されるものではない。
図2は、磁界中プレスの別の実施形態を例示する概略断面図である。
図2は、成形装置200において、スラリー供給が完了し、プレス成形を開始する状態を示している。
【0060】
上パンチ1Aは上下に移動可能であり、上パンチ1Aの下部は金型5の貫通孔内に位置している。
金型5は固定されており、磁界中プレスは、上パンチ1Aと下パンチ3とをそれぞれに示した矢印Pの向き(すなわち、上パンチ1Aを下方向に、下パンチ3を上方向)に移動させて実施する。
また、この
図2の実施形態の変形例として、金型5と上パンチ1とを固定し、下パンチ3を矢印Pの方向(上方向)に移動させて磁界中プレスを実施してもよい。
さらに、上パンチ1を固定し、金型5と下パンチ3とを一体的に上方向に移動させて磁界中プレスを実施してもよい。
【0061】
2.その他の工程
以下に、成形工程以外の工程について説明する。
(1)スラリーの作製
・合金粉末の組成
合金粉末の組成は、R−T−B系焼結磁石(Rは希土類元素(イットリウム(Y)を含む概念)の少なくとも1種、Tは鉄(Fe)または鉄とコバルト(Co)、Bは硼素を意味する)およびサマリウム・コバルト系焼結磁石を含む既知の希土類系焼結磁石の組成を有してよい。
好ましいのは、R−T―B系焼結磁石である。各種磁石の中でも最も高い磁気エネルギー積を示し、かつ比較的安価であるからである。
【0062】
以下に好ましいR−T−B系焼結磁石の組成を示す。
Rは、Nd、Pr、Dy、Tbのうち少なくとも一種から選択される。ただし、Rは、NdおよびPrのいずれか一方を含むことが好ましい。更に好ましくは、Nd−Dy、Nd−Tb、Nd−Pr−DyまたはNd−Pr−Tbで示される希土類元素の組合せを用いる。
【0063】
Rのうち、DyおよびTbは、特にH
cJの向上に効果を発揮する。上記元素以外に少量のCeまたはLaなど他の希土類元素を含有してもよく、ミッシュメタルやジジムを用いることもできる。また、Rは純元素でなくてもよく、工業上入手可能な範囲で、製造上不可避な不純物を含有するものでもよい。含有量は、従来から知られる含有量を採用することができ、例えば、25質量%以上35質量%以下が好ましい範囲である。25質量%未満では高磁気特性、特に高H
cJが得られない場合があり、35質量%を超えるとB
rが低下する場合があるためである。
【0064】
Tは、鉄を含み(Tが実質的に鉄から成る場合も含む)、質量比でその50%以下をコバルト(Co)で置換してもよい(Tが実質的に鉄とコバルトとから成る場合を含む)。Coは温度特性の向上、耐食性の向上に有効であり、合金粉末は10質量%以下のCoを含んでよい。Tの含有量は、RとBあるいはRとBと後述するMとの残部を占めてよい。
【0065】
Bの含有量についても公知の含有量で差し支えなく、例えば、0.9質量%〜1.2質量%が好ましい範囲である。0.9質量%未満では高H
cJが得られない場合があり、1.2質量%を超えるとB
rが低下する場合がある。なお、Bの一部はC(炭素)で置換することができる。Cによる置換は磁石の耐食性を向上させることができる場合がある。B+Cとした場合(BとCの両方含む場合)の合計含有量は、Cの置換原子数をBの原子数で換算し、上記のB濃度の範囲内に設定されることが好ましい。
【0066】
上記元素に加え、H
cJ向上のためにM元素を添加することができる。M元素は、Al、Si、Ti、V、Cr、Mn、Ni、Cu、Zn、Ga、Zr、Nb、Mo、In、Sn、Hf、TaおよびWからなる群から選択される一種以上である。M元素の添加量は2.0質量%以下が好ましい。5.0質量%を超えるとB
rが低下する場合があるためである。また、不可避的不純物も許容することができる。
【0067】
・合金粉末の製造方法
合金粉末は例えば、溶解法により、所望の組成を有する希土類系磁石用原料合金のインゴットまたはフレークを作製し、この合金インゴットおよびフレークに水素を吸収(吸蔵)させて水素粉砕を行い、粗粉砕粉を得る。
そして、粗粉砕粉をジェットミル等により更に粉砕して微細粉(合金粉末)を得ることができる。
【0068】
希土類系磁石用原料合金の製造方法を例示する。
最終的に必要な組成となるように事前に調整した金属を溶解し、鋳型に入れるインゴット鋳造法により合金インゴットを得ることができる。
また、溶湯を単ロール、双ロール、回転ディスクまたは回転円筒鋳型等に接触させて急冷し、インゴット法で作られた合金よりも薄い凝固合金を作製するストリップキャスト法または遠心鋳造法に代表される急冷法により合金フレークを製造することができる。
【0069】
本発明においては、インゴット法と急冷法のどちらの方法により製造された材料も使用可能であるが、急冷法により製造されるものが好ましい。
急冷法によって作製した希土類系磁石用原料合金(急冷合金)の厚さは、通常0.03mm〜10mmの範囲にあり、フレーク形状である。合金溶湯は冷却ロールの接触した面(ロール接触面)から凝固し始め、ロール接触面から厚さ方向に結晶が柱状に成長してゆく。急冷合金は、従来のインゴット鋳造法(金型鋳造法)によって作製された合金(インゴット合金)と比較して、短時間で冷却されているため、組織が微細化され、結晶粒径が小さい。また粒界の面積が広い。Rリッチ相は粒界内に大きく広がるため、急冷法はRリッチ相の分散性に優れる。
このため水素粉砕法により粒界で破断し易い。急冷合金を水素粉砕することで、水素粉砕粉(粗粉砕粉)のサイズを例えば1.0mm以下とすることができる。
【0070】
このようにして得た粗粉砕粉をジェットミル等により粉砕することで例えば、気流分散式レーザー解析法によるD50粒径で3〜7μmの合金粉末を得ることができる。
ジェットミルは、(a)酸素含有量が実質的に0質量%の窒素ガスおよび/またはアルゴンガス(Arガス)からなる雰囲気中、または(b)酸素含有量が0.005〜0.5質量%の窒素ガスおよび/またはArガスからなる雰囲気中で行うのが好ましい。
得られる焼結体中の窒素量制御するために、ジェットミル内の雰囲気をArガスとし、その中に窒素ガスを微量導入して、Arガス中の窒素ガスの濃度を調整することがより好ましい。
【0071】
・分散媒
分散媒は、その内部に合金粉末を分散させることによりスラリーを得ることができる液体である。
本発明に用いる好ましい分散媒として鉱物油または合成油を挙げることができる。
鉱物油または合成油はその種類が特定されるものではないが、常温での動粘度が10cstを超えると粘性の増大によって合金粉末相互の結合力が強まり磁界中湿式成形時の合金粉末の配向性に悪影響を与える場合がある。
このため鉱物油または合成油の常温での動粘度は10cst以下が好ましい。また鉱物油または合成油の分留点が400℃を超えると成形体を得た後の脱油が困難となり、焼結体内の残留炭素量が多くなって磁気特性が低下する場合がある。
したがって、鉱物油または合成油の分留点は400℃以下が好ましい。
【0072】
また、分散媒として植物油を用いてもよい。植物油は植物より抽出される油を指し、植物の種類も特定の植物に限定されるものではない。例えば、大豆油、なたね油、コーン油、べにばな油またはひまわり油などがあげられる。
【0073】
・スラリーの作製
得られた合金粉末と分散媒とを混合することでスラリーを得ることができる。
合金粉末と分散媒との混合率は特に限定されないが、スラリー中の合金粉末の濃度は、質量比で、好ましくは70%以上(すなわち、70質量%以上)である。20〜600cm
3/秒の流量において、キャビティ内部に効率的に合金粉末を供給できると共に、優れた磁気特性が得られるからである。
また、スラリー中の合金粉末の濃度は、質量比で、好ましくは90%以下である。スラリーの流動性を確実に確保するためである。
より好ましくは、スラリー中の合金粉末の濃度は、質量比で、75%〜88%である。より効率的に合金粉末を供給でき、かつより確実にスラリーの流動性を確保できるからである。
更により好ましくは、スラリー中の合金粉末の濃度は、質量比で、84%以上である。上述のように、キャビティ9の成形方向の長さ(L0)の得られる成形体の成形方向の長さ(LF)に対する比(L0/LF)を1.1〜1.4と低い値にでき、その結果、磁気特性をより一層向上できるからである。
【0074】
合金粉末と分散媒との混合方法は特に限定されるものではない。
合金粉末と分散媒とを別々に用意し、両者を所定量秤量して混ぜ合わせることによって製造してよい。
あるいは粗粉砕粉をジェットミル等で乾式粉砕して合金粉末を得る際にジェットミル等の粉砕装置の合金粉末排出口に分散媒を入れた容器を配置し、粉砕して得られた合金粉末を容器内の分散媒中に直接回収しスラリーを得てもよい。この場合、容器内も窒素ガスおよび/またはアルゴンガスからなる雰囲気とし、得られた合金粉末を大気に触れさせることなく直接分散媒中に回収して、スラリーとすることが好ましい。
【0075】
さらには、粗粉砕粉を分散媒中に保持した状態で振動ミル、ボールミルまたはアトライター等を用いて湿式粉砕し、合金粉末と分散媒とから成るスラリーを得ることも可能である。
【0076】
(2)脱油処理
上述した湿式成形法(縦磁界成形法)により得た成形体には鉱物油または合成油等の分散媒が残留している。
この状態の成形体を常温から例えば950〜1150℃の焼結温度まで急激に昇温すると成形体の内部温度が急激に上昇し、成形体内に残留した分散媒と成形体の希土類元素とが反応して希土類炭化物を生成する場合がある。このように希土類炭化物が形成されると、焼結に充分な量の液相の発生が妨げられ、充分な密度の焼結体が得られず磁気特性が低下する場合がある。
【0077】
このため、焼結の前に成形体に脱油処理を施すことが好ましい。脱油処理は、好ましくは、50〜500℃、より好ましくは50〜250℃でかつ圧力13.3Pa(10
−1Torr)以下の条件で30分以上保持して行う。成形体に残留する分散媒を充分に除去することができるからである。
脱油処理の加熱保持温度は50〜500℃の温度範囲であれば1つの温度である必要はなく、2つ以上の温度であってもよい。また、13.3Pa(10
−1Torr)以下の圧力条件で室温から500℃までの昇温速度を10℃/分以下、好ましくは5℃/分以下とする脱油処理を施すことによっても、前記の好ましい脱油処理と同様の効果を得ることができる。
【0078】
(3)焼結
成形体の焼結は、好ましくは、0.13Pa(10
−3Torr)以下、より好ましくは0.07Pa(5.0×10
−4Torr)以下の圧力下で、温度1000℃〜1150℃の範囲で行なうのが好ましい。なお、焼結による酸化を防止するために、雰囲気の残留ガスは、ヘリウム、アルゴンなどの不活性ガスにより置換しておくことが好ましい。
【0079】
(4)熱処理
得られた、焼結体は、熱処理を行うのが好ましい。熱処理により、磁気特性を向上させることができる。熱処理温度、熱処理時間などの熱処理条件は、公知の条件を採用することができる。
【実施例】
【0080】
実施例1
組成がNd
20.7Pr
5.5Dy
5.5B
1.0Co
2.0Al
0.1Cu
0.1残部Fe(質量%)となるように高周波溶解炉によって溶解し、合金溶湯をストリップキャスト法によって急冷し、厚み0.5mmのフレーク状の合金を得た。前記合金を、水素粉砕法によって粗粉砕し、さらに、ジェットミルにより酸素含有量が10ppm(0.001質量%、すなわち実質的には0質量%)の窒素ガスで微粉砕した。得られた合金粉末の粒径D50は4.7μmであった。前記合金粉末を窒素雰囲気中で分留点が250℃、室温での動粘度が2cstの鉱物油(出光興産製、商品名:MC OIL P−02)に浸漬して表1に示す濃度(質量%)のスラリーを準備した。
【0081】
プレス成形には
図1に示す平行磁界成形装置を使用した。金型にはキャビティ寸法が縦145mm、横145mmのものを使用した。キャビティの深さ(磁界印加方向の長さ)は85mmとした。キャビティ内に表1に示す磁界強度の静磁界をキャビティの深さ方向に印加した後、図示しないスラリー供給装置より、表1に示すスラリー濃度、スラリー流量およびスラリー供給圧力で、供給口15からキャビティ9にスラリーを供給した。キャビティ9がスラリーにより満たされた後、キャビティの長さ(L0)の成形後の成形体の長さ(LF)に対する比(L0/LF)が表1に示す値となるように、成形圧力98MPa(1ton/cm
2)でプレス成形した。
表1において、試料No.4は、スラリー流量が試料No.3、5および9と同じであるが、スラリー供給圧力は異なる。これは、試料No.4については、油圧装置の圧力制御弁を調整し、スラリー供給圧力を変更し、またスラリー流量調整弁を調整することにより、試料No.3、5および9と異なるスラリー供給圧力で、同じスラリー流量を得たものである。
【0082】
なお、スラリー流量が15cm
2/秒(試料No.1)では、配管抵抗によりキャビティにスラリーを供給することができず、プレス成形できなかった。また、スラリー流量が700cm
2/秒(試料No.8)では、プレス成形後の成形体取出し時に成形体に割れが生じたため、焼結することができなかった。
【0083】
【表1】
【0084】
得られた試料No.2〜7および9の成形体を真空中で室温から150℃まで1.5℃/分で昇温し、その温度で1時間保持後、500℃まで1.5℃/分で昇温し、成形体中の鉱物油を除去し、さらに500℃から1100℃まで20℃/分で昇温し、その温度で2時間保持して焼結した。得られた焼結体を900℃で1時間熱処理後、さらに600℃で1時間熱処理した。
【0085】
その形状を
図3に示す、得られた焼結磁石において、
図3に示す12か所の部分から、一辺が7mmの立方体形状(
図3に示すように立方体の一辺が磁界印加方向に平行)の磁石サンプルを切り出し、切り出し後のそれぞれの磁石サンプルについてBHトレーサによって磁気特性(B
r、H
cJ)を測定した。
図3の矢印Bは、プレス成形時に印加した磁界の方向を示す。
図3に示す12か所の部分のうち、1U、2U、3U、4Uは、プレス成形時に上パンチ1と接していた成形体の上面のそれぞれの四隅の近傍に相当し、5Uは上面の中央部近傍に相当する。5Mは成形体の中央部近傍に相当し、6Sは供給口15の近傍に相当する。1L、2L、3L、4Lは、プレス成形時に下パンチ3と接していた成形体の下面のそれぞれの四隅近傍に相当し、5Lは下面の中央部近傍に相当する。
残留磁束密度B
rの値を表2に示す。なお、それぞれの磁石の保磁力H
cJは1710〜1790kA/mの範囲にあった。
【0086】
【表2】
【0087】
表2に示すとおり、1.5T以上の磁界が印加されているキャビティ内に20〜600cm
3/秒の流量でスラリーを供給してプレス成形した成形体に基づく本発明の焼結磁石(試料No.2〜7)は、B
rが高く、かつ磁石単体の各部分におけるB
rがほぼ均一になっている。また、試料No.3と試料No.4の対比から明らかなように、スラリー流量が同じであればスラリー供給圧力を変化させても磁石単体の各部分におけるB
rの均一性は全く変わらない。さらに、試料No.3と試料No.5の対比から明らかなように、L0/LFが1.1〜1.4の範囲内にある試料No.3の方が磁石単体の各部分において均一なB
rが得られている。
【0088】
一方、試料No.9のように、磁界強度が1.5T未満では、合金粉末の配向度が低下するため、全体的にB
rが低下している。
【0089】
実施例2
金型として、R幅35mm、R高さ15mm、肉厚8mmの略弓形の断面を有するキャビティを有する金型5を用い、キャビティの深さ(磁界印加方向の長さ)を80mmとする以外は、実施例1の試料No.3と同じスラリーを用い、同じ条件でプレス成形した。得られた成形体を実施例1と同じ条件で焼結し、断面が略弓形の長尺焼結磁石を得た。
【0090】
得られた焼結磁石から、
図4に示す12か所の部分から一辺が3mmの立方体形状で、当該立方体の一辺が磁界印加方向(
図4の矢印Bの方向)に平行な磁石サンプルを切り出し、切り出し後のそれぞれの磁石サンプルについてBHトレーサによって磁気特性(B
r、H
cJ)を測定した。
図4の矢印Bは、プレス成形時に印加した磁界の方向を示す。
図4に示す12か所の部分のうち、1U、2U、3U、4U、5Uは、プレス成形時に上パンチ1と接していた成形体の上面の近傍に相当し、1Uと4Uは略円弧状の外周面の端部近傍に相当し、2Uと3Uは略円弧状の内周面の端部近傍に相当し、5Uは上面の中央部近傍に相当する。1L、2L、3L、4L、5Lは、プレス成形時に下パンチ3と接していた成形体の下面の近傍に相当し、1Lと4Lは略円弧状の外周面の端部近傍に相当し、2Lと3Lは略円弧状の内周面の端部近傍に相当し、5Lは下面の中央部近傍に相当する。5Mは成形体の中央部近傍に相当し、6Sは供給口15の近傍に相当する。
B
rの値を表3に示す。なお、それぞれの磁石のH
cJは1710〜1790kA/mの範囲にあった。
【0091】
【表3】
【0092】
表3に示すとおり、1.5T以上の磁界が印加されているキャビティ内に200cm
3/秒の流量でスラリーを供給してプレス成形した断面が略弓形の長尺成形体に基づく本発明の焼結磁石(試料No.10)は、B
rが高く、かつ磁石単体の各部分におけるB
rがほぼ均一になっている。平行磁界成形法によれば、磁界方向に直交する方向の形状(金型のキャビティ形状)に自由度があるため、例えば、近年、ハードディスクドライブのボイスコイルモータ用磁石として用いられている、断面が略弓形で外R面(略円弧状の外周面)、内R面(略円弧状の内周面)および円弧端面の少なくとも一部に凸部が形成されたような形状など、磁界印加方向に寸法が大きく、磁界印加方向と直交する方向の断面形状が複雑な焼結磁石でも容易に製造することができる。
【0093】
比較例1
実施例1と同じ合金粉末を使用して、乾式成形法による平行磁界成形法にて大気中でプレス成形を行った。金型にはキャビティ寸法が縦55mm、横40mmのものを使用した。キャビティの深さ(磁界印加方向の長さ)は8mmとした。
【0094】
プレス成形は、キャビティ内に合金粉末を充填し、上パンチを下降させてキャビティを密閉し、磁界強度1.0Tの静磁界をキャビティの深さ方向に印加した後、上パンチをさらに下降させて、キャビティの長さ(L0)の成形後の成形体の長さ(LF)に対する比(L0/LF)が1.7となるように、成形圧力98MPa(1ton/cm
2)でプレス成形した。
【0095】
得られた成形体を実施例1と同じ条件で焼結し、焼結磁石(試料No.11)を得た。
得られた焼結磁石の中央部から一片が3mmの立方体形状(立方体の一辺が磁界印加方向に平行)の磁石サンプルを切り出し、切り出し後の磁石サンプルについてBHトレーサによって磁気特性(B
r、H
cJ)を測定した結果、B
rは1.23T、H
cJは1750kA/mであった。
【0096】
以上のとおり、乾式成形法による平行磁界成形法により得られた焼結磁石は、本発明の焼結磁石に比べ、B
rが低下している。これは、キャビティへ合金粉末を供給する際あるいはプレス成形終了後の成形体の取出しの際に合金粉末および成形体が酸化し、成形体の酸素量が増加しており、また、湿式成形法に比べ合金粉末の配向度が高くないためである。
【0097】
比較例2
実施例1と同じ合金粉末を使用して、乾式成形法による直角磁界成形法にて大気中でプレス成形を行った。金型にはキャビティ寸法が縦64mm、横5mmのものを使用した。キャビティの深さは54mmとした。5mm方向が磁界印加方向である。
【0098】
プレス成形は、キャビティ内に合金粉末を充填し、上パンチを下降させてキャビティを密閉し、磁界強度1.0Tの静磁界をキャビティの深さ方向に印加した後、上パンチをさらに下降させて、キャビティの長さ(L0)の成形後の成形体の長さ(LF)に対する比(L0/LF)が2.2となるように、成形圧力98MPa(1ton/cm
2)でプレス成形した。
【0099】
得られた成形体を実施例1と同じ条件で焼結し、焼結磁石(試料No.12)を得た。得られた焼結磁石の中央部から一片が3mmの立方体形状(立方体の一辺が磁界印加方向に平行)の磁石サンプルを切り出し、切り出し後の磁石サンプルについてBHトレーサによって磁気特性(B
r、H
cJ)を測定した結果、B
rは1.30T、H
cJは1750kA/mであった。
【0100】
以上のとおり、乾式成形法による直角磁界成形法により得られた焼結磁石は、本発明の焼結磁石に比べ、B
rが若干低下している。一方、比較例1の乾式成形法による平行磁界成形法により得られた焼結磁石と比較すると、B
rが向上している。これは、平行磁界成形法よりも直角磁界成形法の方が、磁界印加方向に配向された合金粉末の配向を乱さずに成形できるためである。
【0101】
比較例3
実施例1の試料No.3と同じスラリーを用い、湿式成形法による直角磁界成形法にてプレス成形を行った。金型にはキャビティ寸法が縦60mm、横40mmのものを使用した。キャビティの深さは55mmとした。横40mm方向が磁界印加方向である。
【0102】
プレス成形は、上パンチを下降させてキャビティを形成し、キャビティ内に磁界強度1Tの静磁界をキャビティのキャビティ横方向(40mm方向)に印加した後、スラリー供給装置より、スラリー流量400cm
3/秒、スラリー供給圧力5.88MPa(60kgf/cm
2)で、供給口からキャビティにスラリーを供給した。
【0103】
キャビティがスラリーにより満たされた後、キャビティの長さ(L0)の成形後の成形体の長さ(LF)に対する比(L0/LF)が1.45となるように、成形圧力39MPa(0.4ton/cm
2)でプレス成形した。得られた成形体を実施例1と同じ条件で焼結し、焼結磁石(試料No.13)を得た。
【0104】
得られた焼結磁石から、
図5に示すI〜Xの10か所の部分から一辺が7mmの立方体形状(
図5に示すように立方体の一辺が磁界印加方向に平行)の磁石サンプルを切り出し、切り出し後のそれぞれの磁石サンプルについてBHトレーサによって磁気特性(B
r、H
cJ)を測定した。
図5の矢印Bは、プレス成形時に印加した磁界の方向を示す。
図5に示す10か所の部分のうち、I、II、III、IV、Vは、プレス成形時に上パンチと接していた成形体の上面の近傍に相当する。
図5から判るように、I〜Vは直線状に並んでおり、IIIが中央部近傍に相当し、IとVが端部近傍に相当する。VI、VII、VIII、IX、Xは、プレス成形時に下パンチと接していた成形体の下面の近傍に相当する。
図5から判るように、VI〜Xは直線状に並んでおり、VIIIが中央部近傍に相当し、VIとXが端部近傍に相当する。
B
rの値を表4に示す。なお、I〜Xの磁石のH
cJは1710〜1790kA/mの範囲にあった。
【0105】
【表4】
【0106】
表4に示すとおり、磁石上側の中央部IIIでは高いB
rが得られているが、磁石上側の端部に行くにしたがってB
rが低下している。これは、プレス成形の初期段階において、ケーキ層がキャビティ内の上部に形成された際、その部分の透磁率が高くなり、印加磁界がケーキ層に集束し磁界が曲がってしまったため、磁界印加方向の磁石端部で合金粉末の配向度が低下したことによる。磁界印加方向のキャビティの寸法が比較的小さい(10mm以下)場合はこのような現象は顕著に現われないが、本比較例では、磁界印加方向のキャビティの寸法が40mmと比較的大きいためこのような現象が生じた。本発明は、実施例1および2に示すように、磁界印加方向のキャビティの寸法(キャビティの深さ寸法)が大きくても、磁石単体の各部分における磁気特性が均一でかつ高い磁気特性を有する希土類系焼結磁石を容易に製造することができる。
【0107】
本出願は、日本国特許出願、特願第2012−146704号を基礎出願とする優先権主張を伴う。特願第2012−146704号は参照することにより本明細書に取り込まれる。